第八章『導きの歌』(未完)
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眠りに就いてから気がつけば夢の中
私が立っているのは暗い静かな場所
そして、聴こえてくる〝少女の歌声〟
〝少女の歌声〟は、私が幼い頃に失った
『記憶』を呼び覚ます『鍵』となる
何故ならあの少女は〝過去の私〟だから
だけど、私は―――――
導きの歌
「・・・・・―――――っ!!」
はっと目を開けると、視界に映ったのは見覚えがある部屋の天井だった。
激しく脈打つ鼓動を鎮めるべく、身体を起こした瑠璃は俯き加減となりながら、ゆっくりと息を吐き出す。
ここは〝あちらの世界〟に呼ばれる前――――― 一人で暮らしていたマンションの自室だ。
そして〝こちらの世界〟に帰ってきたのは一週間前―――――目覚めた場所は病院のベッドの上だった。
通学の為に乗っていた電車が脱線事故に遭い、三日間意識を取り戻すことなく眠り続けていたのだという。
そう告げてきたのは、亡くなった両親の大学時代の親友であった「紫藤真」だった。
瑠璃にとって真は、両親が亡くなった後に施設に入ってから高校に進学して一人暮らしを始めるまでの間、何かと気にかけてくれていた人物―――――いわば後見人のような存在である。
そして今回、瑠璃が搬送された病院が真の運営していた病院であったため、彼が担当医となってくれたのだ。
しかし、その真の口から聞かされた話の中で瑠璃が衝撃を受けたのは、自分が電車事故に遭ったのだという事実よりも・・・・・。
〝あちら〟で『約半年』という時を過ごした筈なのに―――――〝こちら〟ではたった『三日間』しか過ぎていなかったのだという〝現実〟を知ったときだった。
それから三日後。
奇跡的に外傷はなく、さらに一通り行われた精密検査でも幸い異常が見つからなかったおかげで、瑠璃は真から退院の許可を得て、自宅に戻って来た。
その日から、瑠璃はまた、眠りの中で〝少女の歌声〟を聴くようになったのだ。
―――――あの〝歌声〟は両親を事故で亡くした際に失った『記憶』を呼び覚ます『鍵』となる。
その『答』に瑠璃が気づいたのは、まだ〝あちらの世界〟にいたとき。
地下違法空間に降りていったシグナルを探していた中でのことだった。
けれど―――――
過去に失った〝自分の記憶〟が蘇るかもしれないと感じたときに、瑠璃が胸の内に抱いたのは言いようのない『不安』と『迷い』だった。
〝・・・なぁコード、『導きの歌』を唄っていたのって〟
〝―――――シグナル君。それに関しての答えは、もう少しだけ待ってもらえないかしら〟
だからあの時、コードに向かって『答』を問おうとしたシグナルに、瑠璃はそう告げたのだ。
そして現実空間へシグナルが帰った後―――――。
『エモーションさん、私は子供の頃に貴女と会った事がありますか?』
『・・・えぇ。お会いした事がありますわ』
最初に音井家の研究室で対面した際に彼女が、瑠璃に向けてきたのは安堵と懐かしさが入り混じったような不思議な眼差し。
そんな彼女に対して瑠璃の内にも気がつけば懐かしさが込み上げてきていた。
だから瑠璃は、記憶を取り戻すための手立てとして、彼女から話を訊くという方法を選択した。
けれど、やはり記憶を取り戻すことを瑠璃は心の内で拒んでしまった。
だから、彼らの存在していた〝異世界〟から、この生まれ育った〝現実世界〟に
「・・・―――――」
激しく脈打っていた鼓動が息を吐き出したとことによって緩やかなものに変わったとき。伏せていた顔を瑠璃が上げると、ベッドの近くに備え付けた、コンピューターデスクの上に飾ってあった写真立てが目に映った。
そこには亡くなった両親と、二人の親友であった真とともに、瑠璃が10歳の誕生日を迎えたとき、記念に撮った写真が飾られていた。
写真の中の両親と真は、とても優しげな微笑を浮かべており。
三人に囲まれるようにして写っている幼い頃の瑠璃もまた、満面の笑みをこちらに向けてきている。
「・・・ごめんなさい・・・」
ベッドから瑠璃は降りると、デスクに飾ってあった写真に手を伸ばし、呟いた。
すると、瑠璃の瞳から涙が零れだし、頬を濡らしていく。
―――――眠りに就くと聴こえてくる〝少女の歌声〟
あれは、記憶の奥深くに封じられた、幼い頃の瑠璃自身のものだ。
一度、瑠璃が記憶を取り戻そうとすることを拒んでしまったことによって、その姿を夢の中に現すことはなくなったが・・・・。
―――――暗い闇の中、〝少女〟はたった一人で待っているのだ。
―――――自分の内に
その思いに辿り着いた瑠璃の瞳からまた涙が零れ落ちたとき、ふと意識の内に浮かんできたのは鮮やかなプリズム・パープルの光だった。
それは『過去』の瑠璃と繋がりを持ち―――――『現在』の瑠璃をあの世界に導いた少年が纏っていた輝きの色だ。
「・・・シグナル君」
祈るような響きを持って、瑠璃の口から少年の名前が零れだす。
―――――その刹那の出来事だった。
まるで、瑠璃がその名を呼ぶのを待っていたかのように。
目の前にあったコンピューターの画面が、眩いばかりの閃光を放ったのは―――――。
『・・・・・おそらく、瑠璃さんは〝帰って〟しまったんじゃ』
電脳空間から瑠璃の〝意識〟が消えるのと同時に、現実空間にあった瑠璃の〝体〟もまた音井家の研究室から消失してしまった。
そんな衝撃の出来事が起こってから、少しして口を開いたのは教授だった。
だが、〝帰った〟というのはどういうことなのか。
教授以外で、詳しく瑠璃の素性を知っていたのは正信とみのるだけ。
他の面々の表情は、やはり困惑に彩られていた。
そこで教授が瑠璃から聞いていた『秘密』と『真実』を、初めてその面々にも明かしたのだ。
瑠璃の『秘密』―――――それは繰り返し見るようになっていた〝誰かに呼ばれる夢〟に導かれて、こことは異なる世界。〝異世界〟から、こちらにやって来たのだということ。
瑠璃の『真実』―――――それは10歳の時に亡くなった両親に幼い頃に買って貰った本に〝この世界〟のことが描かれていたということ。
しかし、その『記憶』は両親を事故で失ったショックから、断片的にしか瑠璃は覚えていなかったのだということ。
その明かされた内容は普通ならば受け入れがたく。
また、俄かに信じられるような内容ではなかった。
しかし、それらは本当の話なのだと皆が一様に納得せざるを得ない出来事が、目の前で起こったのだ。
さらに、これまで瑠璃と過ごしてきた日々を振り返ってみれば、確かに彼女はまるでその時に起こる出来事を一部知っていたかのような行動を、ふと気づけば取っていたことがあったのだ。
「―――――・・・瑠璃さん」
そうして瑠璃が音井家から姿を消してしまってから、一週間という時が過ぎようとしている現在。
いま研究室に在るのは、<ORACLE>で療養中のオラトリオの体と、電脳空間に降りているコードの体のみ。
そんな中で瑠璃の名前を呟いたのはシグナルだった。
シグナルの瞳は、瑠璃の体がこの場から消えてしまう直前まで稼動していた、ダイブシステムを捉えていた。
ダイブシステム―――――『Dream Travel』―――――その名の意味は、直訳すると『夢の旅路』というのだと、そう瑠璃が教えてくれたのは<ORACLE>侵入事件があってから暫らく過ぎた頃。
電脳空間に上手に降りられるようになるための練習に、コードと一緒に瑠璃が付き合ってくれた際の事だった。
『―――――・・・このシステムは、どれだけ私が遠い場所に居たとしても、〝夢〟を介して皆がいる〝この世界〟に導いてくれるから』
そして、その名をつけた理由を口にした時の瑠璃の表情。
それは刹那の事だったが、何とも言えない複雑なものを帯びていたように見えた。
けれど、どうしてそんなものが瑠璃の顔に浮んでいたのか。
いくら考えてみてもその時は〝理由〟に辿り着く事が出来なかった。
―――――瑠璃が胸の内に抱えていた『秘密』と『真実』を、まだシグナルは知らなかったから。
そして、瑠璃が消えてしまってからそれらを知った後―――――彼女が消えてしまったのは自分の「あの発言」が原因だったのではないだろうかと考えたシグナルの胸の内に残ったのは、後悔の想いだった。
―――――だから、その日からシグナルは2階の研究室には足を運ばないようにしていたのだが・・・・・。
『―――――瑠璃に関する事でお前に話がある。電脳空間まで降りて来い』
拒否を許さぬ鋭い眼光を持って、シグナルにそう告げてきたのはコードだった。
電脳空間に降りるには、2階にある研究室に行くしかない。
そうしてこの研究室にシグナルは一週間ぶりにやって来た。
しかし、入室するとそこで今は使用者なき〝ダイブシステム〟を目にして、一週間前の出来事を思い返したシグナルはそのまま立ち尽くしてしまっていた。
「―――――シグナル君」
「いつまで、そうしているつもりだ」
ふと、入り口近くから聞こえてきた声。
「・・・・っ!?」
我に返ったシグナルは驚きに目を見開き振り返る。
そこに立っていたのは、カルマとパルスだった。
「・・・カルマ、パルス・・・」
「シグナル君、電脳空間でコードが待っているんでしょう?」
腕を組みながら、入り口に背を預けるようにして立つパルスの傍らで、カルマが薄く微笑みながら口を開く。
「・・・う、うん」
どうしてここに二人が居るのか?
―――――と、シグナルは尋ねようとしたのだが、しかし、「とっとといけ」と言わんばかりに見据えてくるパルスの視線に、口を閉ざすとそのまま電脳空間に潜入するべく、自身のジャックポッドにケーブルを接続した。
「・・・じゃあ、ぼく行くから」
そして、床に腰を下ろしながら二人にそう告げると、シグナルは瞳を閉じていく。
「―――――頑張ってくださいね、シグナル君」
「―――――任せたぞ、シグナル」
それからシグナルの意識が体から切り離される瞬間、二人が紡ぎ出した言葉。
その言葉に込められたモノをシグナルが理解するのは、電脳空間においてコードと、そしてエモーションから―――――瑠璃に関する話を聞いた後のことだった。
07・1/2 掲載
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