第七章『導きの手』
『TWINSIGNAL夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一寸先は闇―――――コードを追って地下違法空間に潜り込んでいってしまったシグナルを連れ戻すべく、二人が通った見通しのきかない穴の中を瑠璃が降りていく。
闇に惑ってしまえば二度と光の世界には戻れないだろう。
だから流れに身を任せて目的地に辿り着くのを待つしかない。
そうして計り知れない道のりを越えて、違法空間に降り立った瑠璃の前に現れたのは廃墟のような建物だった。
その無数に点在する建物の陰には、奇怪な姿をした生き物達が身を潜めている。
あれは違法空間のみに存在している、プログラムに寄生する〝ウィルス〟だ。
「まずいわね・・・早くシグナル君を見つけないと」
周囲を見回した瑠璃は、眉根を寄せ呟く。
先にこの場所に降り立ったはずのシグナルの姿が近くに見当たらないということは、おそらくコードを探してあちこち走り回っているのだろう。
しかし、それではシグナルが〝ウィルス〟たちの格好の餌食になってしまう可能性がある。
コードは『細雪』があるから問題ないが、シグナルはこの違法空間において身を護るための術を持っていないのだから。
けれど、シグナルを見つけるために瑠璃まで闇雲に行動したのでは埒が明かない。
ならば瑠璃がシグナルを見つけ出す方法は―――――
「おい! オラトリオ!!」
「んな、でけぇ声出すなよ。オラクル」
シグナルを連れ戻すべく瑠璃が穴に飛び込んでいった後。
顔を顰めながら穴を睨みつけていたオラトリオは、少し経つとその場から離れて本棚から取ってきた一冊の本を没頭するように読み始めていた。
その本の題名は『サルでもわかるパソコン通信』というものだ。
「悠長なことを言ってる場合か!! シグナルが違法空間に降りてしまったんだぞ!
それに瑠璃までシグナルを連れ戻すために、地下に行ってしまったというのにお前は一体何をやっているんだ!?」
オラトリオの態度に、オラクルが困惑した様子で訴えかける。
「違法地下空間へ私は降りたことはないが・・・危ないところなんだろう? 犯罪まがいの情報が横行していると聞く!」
「一般ネットと違って普通のユーザーからは見えねーからな」
「法律でもアクセスすることすら禁止されている所だ。早く助けにいってやらなければ・・・」
オラクルの口調が徐々に思いつめたものになっていく。
そしてそれに気づいたオラトリオは、ふと本から顔を離すとオラクルを見据えた。
「オラクル・・・おめぇさぁ、一つ勘違いしている!」
「は?」
眉を顰めたオラクルに、オラトリオが憮然とした表情で言い放つ。
「俺は人捜しできるほど地下空間は詳しくねーの!」
ぱちくりとオラクルは目を瞬かせた。
うそ、と思わず呟いてしまう。
するとオラトリオが半眼になりながら、
「よく考えてみろ。俺の仕事ってなんだ?」
と指を突きつけて問いかけてくる。
「ウィルスや侵入者から<ORACLE>を護ること」
「確かに俺は電脳空間じゃかなりの力を持たされている。お前の守護のためにな」
呆然としつつオラクルが答えると、それをオラトリオが肯定して注釈を加えながら、そのまま話を進めていく。
「だからこそ、この力はお前の守護以外使っちゃなんねーの。下に降りて力を振るったなんてバレタ日にゃ俺ぁこれもんだよ」
そう言い終えるとスッと首の下にオラトリオは指を滑らせて切る仕草を行なう。
そしてオラクルはここからオラトリオが動かなかった理由を漸く知り得たのだが。
「でも、シグナルや瑠璃を助けに行くのは犯罪では・・・」
「アクセスするのも犯罪っておめ―――――今言ったの忘れたか?」
思わずオラクルが洩らした不満をオラトリオは聞き咎めて顔を顰めると、そのまま頭を抱えるようにしながら苛立った様子で叫ぶ。
「瑠璃お嬢さん一人だけで行かせちまったのは気がかりだし、何かいい方法があれば行くよ!
俺の『力』を使わねーで下に降りる方法がよ!!」
「お手伝いしましょうか?」
ふと、聞こえてきた第三者の声。
二人が同時にそれに反応して振り返り、「あ」とオラトリオが声を洩らすと、現れた相手に向かって呼びかけたのはオラクルだった。
「カルマ」
「いきなり連絡がとれなくなったでしょう? 教授から何が起きたか調べるよう言いつけられまして」
にことカルマは微笑を浮べると、二人に向かって歩み寄っていく。
「お困りのようですが、私なら地下空間でもうまく力を使わず動けますよ。これでもリュケイオンの市長ですから。
リュケイオンを護るために私を攻撃するもの全てを灼く守護壁を持っていますしね。
下に降りるのは違法行為ですが、何も知らないシグナル君と彼を連れ戻しに向かった瑠璃さんを保護するくらいなら問題ないでしょう」
悠然と顎に指を添えながら告げてきたカルマの言葉にオラトリオが思案顔となる。
「お前が一緒に来てくれれば、何かに襲われても俺は力を使わなくていいってわけか」
人さし指で頬をかきながらそう呟いたオラトリオの目線は、その時さりげなくカルマから逸らされて中を泳いでいた。
―――――おそらく瑠璃が地下空間に降りるのを止められなかったからだろう。
カルマの顔には笑みが浮んではいたが、オラトリオの姿を捉えた瞳は笑っていなかったのだ。
そうしてオラトリオがオラクルに誘導を頼むと、カルマと二人で地下空間に降りることが決まったのだった。
一方、コードを探して地下空間を走り回っていたシグナルは、気がつけば入り組んだ脇道に入り込んでしまったらしい。
「どうしよう・・・迷った・・・」
行き止まりとなってしまった場所で、途方に暮れた様子でシグナルは立ち尽くしていた。
「<ORACLE>はどこだろう・・・ここから現実空間に戻れるの?」
不安げな表情でシグナルはそう呟く。
と、それをきっかけにしてふと浮上してきた思い。
―――――前にもこんなことがなかっただろうか?
口元に手を当てながらシグナルは眉根を寄せて記憶を探ってみる。
が、残念ながら思い出すことは出来なさそうだった。
「まっいっか―――――。それより帰り道探そっと」
頭をかきながら苦笑を浮べてシグナルは踵を返す。
「誰だ!!」
刹那、ヌッと背後に現れた気配を感じて勢いよく振り返ると、視界に映ったのはドロドロの身体からパイプなどを生やした化け物だった。
「え?」と声を洩らしたシグナルの顔が途端に真っ青になってしまう。
―――――シグナルは化け物が嫌いなのだ。
「ふしゅう」と化け物が息を吐き出すと同時にシグナルも悲鳴を上げて一目散にその場から逃げ出していた。
「なんで―――――!!? どうして電脳空間にバケモンが!?」
しかし半泣き状態に陥りながら逃げたシグナルを追ってきた化け物は、気がつけば一匹ではなく複数に増えていた。
「増えてる~~~~~!!」
シグナルの絶叫が辺りに響き渡る。
その時だった。
シグナルが夢で聴いた〝あの歌声〟が聞こえてきたのは。
時鳥の記憶
忘れていた想い
手をつないで確かめた絆
覚えている君の温かみ
雲雀の記憶
夜明け前
君の源さえも無くなって
眠っていた心が蠢き出す
此処に居るよと言って
優しく温かい響きを持った歌声が恐慌状態に陥りかけていたシグナルの意識の内に静かに染み渡っていく。
―――――この歌声が聴こえてくる場所に行けば、きっと帰ることが出来る。
瞬間、閃いたその想いに突き動かされて、化け物から逃げる為に当て所もなく必死で走っていたシグナルの足は、そこを目指す事を決めたのだ。
そして辿り着いたシグナルを待っていたのは―――――〝彼女〟―――――瑠璃だった。
「シグナル君!!」
歌を唄っていた瑠璃がシグナルの姿に気づいて声を上げた。
その時、シグナルは、早朝に夢で見た光景と現実の情景が重なり合ったのを感じた。
「―――――!」
「こちらへ」
刹那、ふと聞こえてきた声と右腕に触れてきた誰かの手の感覚にシグナルが驚き目を瞬かせると、すっぽりと頭から全身を覆うように布を被った人物がいつの間にか瑠璃と並んで立っていた。
「シグナル君、あれに捕まると大変な事になるわ。急いでこの場から離れましょう」
そうして、俄に厳しい表情を見せた瑠璃の言葉にシグナルがハッと自分の背後を顧みると、まだあの化け物達が追いかけてきているのだという事を理解した。
その後は布を被った人物の誘導に従って、化け物の姿が見当たらない場所まで移動を行なったのだ。
「・・・さっきのあれは・・・」
「ウィルスの一種よ。健康なプログラムを見ると、とりつこうとするの」
安全な場所に身を潜めると、遭遇した化け物の事を思い返して困惑の様子で唸ったシグナルに、〝あれ〟がどういう存在だったのか瑠璃が説明を行なう。
すると、シグナルを救ったもう一人の人物が続いて溜息混じりに口を開いた。
「守護壁 もプロテクトもないのに地下空間に降りてくるなんて無茶ですねぇ」
「でも・・・コードが何か隠してるしどうしても知りたかったから―――――ぼく・・・夢を見るんです。迷子のぼくを導いてくれる歌と、ヒトの手を」
呆れた様子の相手に対して、シグナルは思い惑いながら、両手を握り締めて地下空間に降りてきた理由を告げる。
そして「今みたく!」と言ったシグナルは、一度様子を見るように瑠璃のほうに視線を向けてから、正体を隠していた人物に向かってこう呼びかけたのだ。
「教えてください! エモーションさん!」
シグナルの呼びかけに、相手は小さく笑いを零した。
直後、正体を隠していた布がバサと翻されるとその下から現れたのはシグナルが思ったとおりの人物だった。
「さすがA-S そう・・・私はA-ナンバーズ<A-E>EMOTION:ELEMENTAL ELECTRO-ELEKTRA」
「やっぱり・・・」
感嘆の言葉を口にしながら微笑んだエモーションにつられたようにシグナルも安堵の笑みを零した。
そうして、自分が見るあの夢は一体なんなのか、シグナルがエモーションに尋ねようとしたとき。
「あ、もうめっかったか」
「A-ナンバーズ二人の信号は追いやすいですね。それに瑠璃さんの場合はダイブシステムから送受信されていた信号を辿る事が出来ましたから」
上から降り立ってきた閃光―――――それはオラトリオとカルマだった。
「オラトリオ! カルマ君!」
「まぁ。お二人ともごきげんよう」
瑠璃が二人に呼びかけると、エモーションもまた彼らに挨拶をする。
しかし、シグナルや瑠璃と一緒に居るのはコードだろう思っていたらしい二人は彼女の姿を見ると驚いた表情となっていた。
「やだ! 本当の事がわかるまで帰らない!!」
オラトリオとカルマが一緒に地下空間へ降りてきたのは、シグナルと瑠璃を保護するためである。
しかし、<ORACLE>へ帰還する事をシグナルが拒んだのだ。
―――――理由は〝夢〟の事を話すにはコードの許可が必要だと、エモーションから言われたからだった。
「つってもよぉ地下空間にまぎれこんだコードを捜し出すのは難しいから・・・」
「地下空間に長居するのは賛成できませんね」
眉を顰めるオラトリオとカルマに、シグナルが断固の姿勢で言う。
「それでもぼくは今! 本当の事が知りたい!! 一人でも・・・コードを捜す!!」
そんなシグナルの姿を見て複雑な面持ちとなった瑠璃が、傍らで三人の様子を見ながら思案するようにしていたエモーションに視線を向ける。
すると、彼女は困ったような微笑を浮べたが、やがてシグナルに向かって口を開いた。
「分かりました。<A-S> コード兄様を誘き寄せましょう」
「え?」
きょとんとシグナルが目を瞬かせる。
「おびきよせる―――――~!!」
それからすぐに瞠目して声を上げると、
「あの コードをですか!?」
「どうやって?」
カルマとオラトリオも驚愕の表情でエモーションを振り返った。
「あら。簡単ですわ」
小さく肩を竦めると、エモーションは瑠璃を見つめる。
「私でもいいのですけれど。瑠璃さん、ご協力をお願いできますかしら」
「・・・分かりました、私に出来る事なら」
瑠璃が頷くと、エモーションが瑠璃の耳元で作戦を囁く。
その作戦内容を聞き終えると思わず瑠璃は目を見開いたが、しかし了承した以上やるしかないだろう。
「―――――ごめんね、オラトリオ」
「瑠璃お嬢さん? 一体何を・・・・・」
呟いた言葉にオラトリオが眉を顰めたが、それに瑠璃は答えることなくアイボリーのコートの袖を握り締めるとスゥと深く息を吸い込む。
と―――――
「キャ―――――!! 助けてコード! 襲われる!!」
「―――――!?」
突如、瑠璃が上げた悲鳴にオラトリオが反射的に身体を仰け反らせると、怪訝そうな顔をしながら様子を見ていたシグナルとカルマの表情もまた思わず呆気に取られたものとなってしまう。
その、直後だった。
「誰だ。瑠璃に手を出すのは」
鬼のごとき形相となったコードが、細雪を手にしながらオラトリオの背後に出現したのは。
そのまま凄まじい殺気をコードから浴びせられ、同時に首筋に突きつけられた刃の感触にオラトリオが引き攣った表情で固まっていると、そこへエモーションが歩み寄って来る。
「はい。コード兄様、落ち着いて」
そしてエモーションが声を掛けながら慣れた手つきで兄の手から刀を取り上げると、
「あ! お前らいつの間に!」
途端に我に返ったコードが一同の姿を目にして驚きの声を上げたのだった。
それから暫らくすると一同はコードを伴って<ORACLE>に帰還した。
そこで皆の帰りを待っていたオラクルも仲間に加わると、件の夢に隠されていた内情が漸くエモーションの口から語られた。
生まれる前、迷子になっていたシグナルを連れて帰った「導きの手」―――――こちらはオラトリオの推測どおりやはりエモーションだった。
彼女は度々、迷子になっていたシグナルを見つけると音井教授の電脳空間に連れて帰ったのだという。
その中で、シグナルが一度ウィルスに襲われそうになっていたことがあったということから、それがトラウマとなってシグナルは化け物嫌いとなってしまったのだろう。
しかし、もう一人―――――迷っていたシグナルを呼び寄せた「導きの歌」を唄っていたのは誰なのか。
そちらはエモーションの口から明かされる事なく。
「―――――あれは侵入者 を追いかけていた時だ」
代わって、どうして未完成のロボットプログラムが外に出る事が出来たのか。
カシオペア博士の電脳空間を侵入しようとしたモノを追いかけて細雪で斬ったところ、その背後に音井教授の電脳空間があったのだと―――――あくまでも話す事を渋っていたコードが語ったのだ。
「つまりシグナル君はそのコードが斬ったところから・・・」
カルマが額を手で押さえるようにしながら呟く。
「出てしまわれていたのですわ」
そうして苦笑を浮べたエモーションが答えを言うと、オラトリオとオラクルが呆れた様子でひっそりと息を吐き出した。
一方で、明かされたその事実に憤慨したのはシグナルである。
「コード!! てめぇ!! ヒトが生まれる前に何しやがる!!」
「貴様が勝手に出ていかなければ何事もなかったんじゃい!!」
噛み付いてきたシグナルに、コードが責任転嫁を口にする。
そのまま両者の睨み合いが続くかと思われたのだが。
「・・・なぁコード、『導きの歌』を唄っていたのって」
―――――瑠璃さんじゃないのか
ふと、真剣にコードを見据えたシグナルがそう言おうとすると、瑠璃が静かに口を開いたのだ。
「―――――シグナル君。それに関しての答えは、もう少しだけ待ってもらえないかしら」
「・・・瑠璃さん・・・」
シグナルを見つめる瑠璃の表情は、声音と同様に静かなものだった。
けれど、もう少しだけ待ってもらえないかと言った言葉通り、その内ではまた何かを思い悩んでいるように見受けられた。
だからシグナルはそれ以上言う事が出来ず「分かりました」と瑠璃に向かって首を縦に振ると、気を取り直すように再びコードに顔を向けた。
そして、今回の件を教授たちに他言しないかわりに、強くなれるよう特訓して欲しいという約束をコードから取り付けると、シグナルは現実空間に戻ったのだ。
―――――が、瑠璃と一緒に戻らなかった事をシグナルはその少し後に後悔することとなってしまう。
電脳空間から戻ったシグナルが研究室で目を覚ますと、そこには教授を始めとして現在、音井家に居る全ての人物達が揃っていた。
突然、<ORACLE>と連絡が取れなくなって以降、教授がカルマに何があったのか調べてきてくれるよう頼んだ時に、最初からその場に居たパルスとみのるを除けば、一人は好奇心から残りの三人は心配だからと研究室にやって来たのだ。
そうして皆の顔を見て驚いた様子となったシグナルに教授が事情を聞こうとしたとき、俄に研究室で不可思議な光が瞬いた。
『―――――!?』
全員が目を瞠り、その光のほうを振り返ると、それは電脳空間に意識が降りたために眠りに就いていた瑠璃の身体から発せられたもので。
「―――――っ、瑠璃さん!?」
次の瞬間―――――忽然と瑠璃の姿は研究室から消失してしまったのだ。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第七章の導きの手偏。
この話は、過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
ついに、ここまで物語は進みました。
ラストの方は、あえて説明で話を進めて、端的に纏めてみましたが・・・。
次回は六章の後書きで予告していた通り、オリジナルを一話投入となります。
ヒロインの過去を含めて、再びTS世界に帰還して貰うためにも、頑張って書き進めるつもりです。
尚、その際にまた執筆に時間をとってしまうかと思われますが、出来ましたら長い目でお待ち頂けたらありがたく思います。
あと、こちらは本文中にあった『歌』に関しての補足なのですが、こちらは素材サイト様からお借りしたものです。
あしからず、御了承下さいませ。
06・6/17加筆
朱臣繭子 拝
LYRICS~詞 By laudese
闇に惑ってしまえば二度と光の世界には戻れないだろう。
だから流れに身を任せて目的地に辿り着くのを待つしかない。
そうして計り知れない道のりを越えて、違法空間に降り立った瑠璃の前に現れたのは廃墟のような建物だった。
その無数に点在する建物の陰には、奇怪な姿をした生き物達が身を潜めている。
あれは違法空間のみに存在している、プログラムに寄生する〝ウィルス〟だ。
「まずいわね・・・早くシグナル君を見つけないと」
周囲を見回した瑠璃は、眉根を寄せ呟く。
先にこの場所に降り立ったはずのシグナルの姿が近くに見当たらないということは、おそらくコードを探してあちこち走り回っているのだろう。
しかし、それではシグナルが〝ウィルス〟たちの格好の餌食になってしまう可能性がある。
コードは『細雪』があるから問題ないが、シグナルはこの違法空間において身を護るための術を持っていないのだから。
けれど、シグナルを見つけるために瑠璃まで闇雲に行動したのでは埒が明かない。
ならば瑠璃がシグナルを見つけ出す方法は―――――
「おい! オラトリオ!!」
「んな、でけぇ声出すなよ。オラクル」
シグナルを連れ戻すべく瑠璃が穴に飛び込んでいった後。
顔を顰めながら穴を睨みつけていたオラトリオは、少し経つとその場から離れて本棚から取ってきた一冊の本を没頭するように読み始めていた。
その本の題名は『サルでもわかるパソコン通信』というものだ。
「悠長なことを言ってる場合か!! シグナルが違法空間に降りてしまったんだぞ!
それに瑠璃までシグナルを連れ戻すために、地下に行ってしまったというのにお前は一体何をやっているんだ!?」
オラトリオの態度に、オラクルが困惑した様子で訴えかける。
「違法地下空間へ私は降りたことはないが・・・危ないところなんだろう? 犯罪まがいの情報が横行していると聞く!」
「一般ネットと違って普通のユーザーからは見えねーからな」
「法律でもアクセスすることすら禁止されている所だ。早く助けにいってやらなければ・・・」
オラクルの口調が徐々に思いつめたものになっていく。
そしてそれに気づいたオラトリオは、ふと本から顔を離すとオラクルを見据えた。
「オラクル・・・おめぇさぁ、一つ勘違いしている!」
「は?」
眉を顰めたオラクルに、オラトリオが憮然とした表情で言い放つ。
「俺は人捜しできるほど地下空間は詳しくねーの!」
ぱちくりとオラクルは目を瞬かせた。
うそ、と思わず呟いてしまう。
するとオラトリオが半眼になりながら、
「よく考えてみろ。俺の仕事ってなんだ?」
と指を突きつけて問いかけてくる。
「ウィルスや侵入者から<ORACLE>を護ること」
「確かに俺は電脳空間じゃかなりの力を持たされている。お前の守護のためにな」
呆然としつつオラクルが答えると、それをオラトリオが肯定して注釈を加えながら、そのまま話を進めていく。
「だからこそ、この力はお前の守護以外使っちゃなんねーの。下に降りて力を振るったなんてバレタ日にゃ俺ぁこれもんだよ」
そう言い終えるとスッと首の下にオラトリオは指を滑らせて切る仕草を行なう。
そしてオラクルはここからオラトリオが動かなかった理由を漸く知り得たのだが。
「でも、シグナルや瑠璃を助けに行くのは犯罪では・・・」
「アクセスするのも犯罪っておめ―――――今言ったの忘れたか?」
思わずオラクルが洩らした不満をオラトリオは聞き咎めて顔を顰めると、そのまま頭を抱えるようにしながら苛立った様子で叫ぶ。
「瑠璃お嬢さん一人だけで行かせちまったのは気がかりだし、何かいい方法があれば行くよ!
俺の『力』を使わねーで下に降りる方法がよ!!」
「お手伝いしましょうか?」
ふと、聞こえてきた第三者の声。
二人が同時にそれに反応して振り返り、「あ」とオラトリオが声を洩らすと、現れた相手に向かって呼びかけたのはオラクルだった。
「カルマ」
「いきなり連絡がとれなくなったでしょう? 教授から何が起きたか調べるよう言いつけられまして」
にことカルマは微笑を浮べると、二人に向かって歩み寄っていく。
「お困りのようですが、私なら地下空間でもうまく力を使わず動けますよ。これでもリュケイオンの市長ですから。
リュケイオンを護るために私を攻撃するもの全てを灼く守護壁を持っていますしね。
下に降りるのは違法行為ですが、何も知らないシグナル君と彼を連れ戻しに向かった瑠璃さんを保護するくらいなら問題ないでしょう」
悠然と顎に指を添えながら告げてきたカルマの言葉にオラトリオが思案顔となる。
「お前が一緒に来てくれれば、何かに襲われても俺は力を使わなくていいってわけか」
人さし指で頬をかきながらそう呟いたオラトリオの目線は、その時さりげなくカルマから逸らされて中を泳いでいた。
―――――おそらく瑠璃が地下空間に降りるのを止められなかったからだろう。
カルマの顔には笑みが浮んではいたが、オラトリオの姿を捉えた瞳は笑っていなかったのだ。
そうしてオラトリオがオラクルに誘導を頼むと、カルマと二人で地下空間に降りることが決まったのだった。
一方、コードを探して地下空間を走り回っていたシグナルは、気がつけば入り組んだ脇道に入り込んでしまったらしい。
「どうしよう・・・迷った・・・」
行き止まりとなってしまった場所で、途方に暮れた様子でシグナルは立ち尽くしていた。
「<ORACLE>はどこだろう・・・ここから現実空間に戻れるの?」
不安げな表情でシグナルはそう呟く。
と、それをきっかけにしてふと浮上してきた思い。
―――――前にもこんなことがなかっただろうか?
口元に手を当てながらシグナルは眉根を寄せて記憶を探ってみる。
が、残念ながら思い出すことは出来なさそうだった。
「まっいっか―――――。それより帰り道探そっと」
頭をかきながら苦笑を浮べてシグナルは踵を返す。
「誰だ!!」
刹那、ヌッと背後に現れた気配を感じて勢いよく振り返ると、視界に映ったのはドロドロの身体からパイプなどを生やした化け物だった。
「え?」と声を洩らしたシグナルの顔が途端に真っ青になってしまう。
―――――シグナルは化け物が嫌いなのだ。
「ふしゅう」と化け物が息を吐き出すと同時にシグナルも悲鳴を上げて一目散にその場から逃げ出していた。
「なんで―――――!!? どうして電脳空間にバケモンが!?」
しかし半泣き状態に陥りながら逃げたシグナルを追ってきた化け物は、気がつけば一匹ではなく複数に増えていた。
「増えてる~~~~~!!」
シグナルの絶叫が辺りに響き渡る。
その時だった。
シグナルが夢で聴いた〝あの歌声〟が聞こえてきたのは。
時鳥の記憶
忘れていた想い
手をつないで確かめた絆
覚えている君の温かみ
雲雀の記憶
夜明け前
君の源さえも無くなって
眠っていた心が蠢き出す
此処に居るよと言って
優しく温かい響きを持った歌声が恐慌状態に陥りかけていたシグナルの意識の内に静かに染み渡っていく。
―――――この歌声が聴こえてくる場所に行けば、きっと帰ることが出来る。
瞬間、閃いたその想いに突き動かされて、化け物から逃げる為に当て所もなく必死で走っていたシグナルの足は、そこを目指す事を決めたのだ。
そして辿り着いたシグナルを待っていたのは―――――〝彼女〟―――――瑠璃だった。
「シグナル君!!」
歌を唄っていた瑠璃がシグナルの姿に気づいて声を上げた。
その時、シグナルは、早朝に夢で見た光景と現実の情景が重なり合ったのを感じた。
「―――――!」
「こちらへ」
刹那、ふと聞こえてきた声と右腕に触れてきた誰かの手の感覚にシグナルが驚き目を瞬かせると、すっぽりと頭から全身を覆うように布を被った人物がいつの間にか瑠璃と並んで立っていた。
「シグナル君、あれに捕まると大変な事になるわ。急いでこの場から離れましょう」
そうして、俄に厳しい表情を見せた瑠璃の言葉にシグナルがハッと自分の背後を顧みると、まだあの化け物達が追いかけてきているのだという事を理解した。
その後は布を被った人物の誘導に従って、化け物の姿が見当たらない場所まで移動を行なったのだ。
「・・・さっきのあれは・・・」
「ウィルスの一種よ。健康なプログラムを見ると、とりつこうとするの」
安全な場所に身を潜めると、遭遇した化け物の事を思い返して困惑の様子で唸ったシグナルに、〝あれ〟がどういう存在だったのか瑠璃が説明を行なう。
すると、シグナルを救ったもう一人の人物が続いて溜息混じりに口を開いた。
「
「でも・・・コードが何か隠してるしどうしても知りたかったから―――――ぼく・・・夢を見るんです。迷子のぼくを導いてくれる歌と、ヒトの手を」
呆れた様子の相手に対して、シグナルは思い惑いながら、両手を握り締めて地下空間に降りてきた理由を告げる。
そして「今みたく!」と言ったシグナルは、一度様子を見るように瑠璃のほうに視線を向けてから、正体を隠していた人物に向かってこう呼びかけたのだ。
「教えてください! エモーションさん!」
シグナルの呼びかけに、相手は小さく笑いを零した。
直後、正体を隠していた布がバサと翻されるとその下から現れたのはシグナルが思ったとおりの人物だった。
「さすがA-S そう・・・私はA-ナンバーズ<A-E>EMOTION:ELEMENTAL ELECTRO-ELEKTRA」
「やっぱり・・・」
感嘆の言葉を口にしながら微笑んだエモーションにつられたようにシグナルも安堵の笑みを零した。
そうして、自分が見るあの夢は一体なんなのか、シグナルがエモーションに尋ねようとしたとき。
「あ、もうめっかったか」
「A-ナンバーズ二人の信号は追いやすいですね。それに瑠璃さんの場合はダイブシステムから送受信されていた信号を辿る事が出来ましたから」
上から降り立ってきた閃光―――――それはオラトリオとカルマだった。
「オラトリオ! カルマ君!」
「まぁ。お二人ともごきげんよう」
瑠璃が二人に呼びかけると、エモーションもまた彼らに挨拶をする。
しかし、シグナルや瑠璃と一緒に居るのはコードだろう思っていたらしい二人は彼女の姿を見ると驚いた表情となっていた。
「やだ! 本当の事がわかるまで帰らない!!」
オラトリオとカルマが一緒に地下空間へ降りてきたのは、シグナルと瑠璃を保護するためである。
しかし、<ORACLE>へ帰還する事をシグナルが拒んだのだ。
―――――理由は〝夢〟の事を話すにはコードの許可が必要だと、エモーションから言われたからだった。
「つってもよぉ地下空間にまぎれこんだコードを捜し出すのは難しいから・・・」
「地下空間に長居するのは賛成できませんね」
眉を顰めるオラトリオとカルマに、シグナルが断固の姿勢で言う。
「それでもぼくは今! 本当の事が知りたい!! 一人でも・・・コードを捜す!!」
そんなシグナルの姿を見て複雑な面持ちとなった瑠璃が、傍らで三人の様子を見ながら思案するようにしていたエモーションに視線を向ける。
すると、彼女は困ったような微笑を浮べたが、やがてシグナルに向かって口を開いた。
「分かりました。<A-S> コード兄様を誘き寄せましょう」
「え?」
きょとんとシグナルが目を瞬かせる。
「おびきよせる―――――~!!」
それからすぐに瞠目して声を上げると、
「
「どうやって?」
カルマとオラトリオも驚愕の表情でエモーションを振り返った。
「あら。簡単ですわ」
小さく肩を竦めると、エモーションは瑠璃を見つめる。
「私でもいいのですけれど。瑠璃さん、ご協力をお願いできますかしら」
「・・・分かりました、私に出来る事なら」
瑠璃が頷くと、エモーションが瑠璃の耳元で作戦を囁く。
その作戦内容を聞き終えると思わず瑠璃は目を見開いたが、しかし了承した以上やるしかないだろう。
「―――――ごめんね、オラトリオ」
「瑠璃お嬢さん? 一体何を・・・・・」
呟いた言葉にオラトリオが眉を顰めたが、それに瑠璃は答えることなくアイボリーのコートの袖を握り締めるとスゥと深く息を吸い込む。
と―――――
「キャ―――――!! 助けてコード! 襲われる!!」
「―――――!?」
突如、瑠璃が上げた悲鳴にオラトリオが反射的に身体を仰け反らせると、怪訝そうな顔をしながら様子を見ていたシグナルとカルマの表情もまた思わず呆気に取られたものとなってしまう。
その、直後だった。
「誰だ。瑠璃に手を出すのは」
鬼のごとき形相となったコードが、細雪を手にしながらオラトリオの背後に出現したのは。
そのまま凄まじい殺気をコードから浴びせられ、同時に首筋に突きつけられた刃の感触にオラトリオが引き攣った表情で固まっていると、そこへエモーションが歩み寄って来る。
「はい。コード兄様、落ち着いて」
そしてエモーションが声を掛けながら慣れた手つきで兄の手から刀を取り上げると、
「あ! お前らいつの間に!」
途端に我に返ったコードが一同の姿を目にして驚きの声を上げたのだった。
それから暫らくすると一同はコードを伴って<ORACLE>に帰還した。
そこで皆の帰りを待っていたオラクルも仲間に加わると、件の夢に隠されていた内情が漸くエモーションの口から語られた。
生まれる前、迷子になっていたシグナルを連れて帰った「導きの手」―――――こちらはオラトリオの推測どおりやはりエモーションだった。
彼女は度々、迷子になっていたシグナルを見つけると音井教授の電脳空間に連れて帰ったのだという。
その中で、シグナルが一度ウィルスに襲われそうになっていたことがあったということから、それがトラウマとなってシグナルは化け物嫌いとなってしまったのだろう。
しかし、もう一人―――――迷っていたシグナルを呼び寄せた「導きの歌」を唄っていたのは誰なのか。
そちらはエモーションの口から明かされる事なく。
「―――――あれは
代わって、どうして未完成のロボットプログラムが外に出る事が出来たのか。
カシオペア博士の電脳空間を侵入しようとしたモノを追いかけて細雪で斬ったところ、その背後に音井教授の電脳空間があったのだと―――――あくまでも話す事を渋っていたコードが語ったのだ。
「つまりシグナル君はそのコードが斬ったところから・・・」
カルマが額を手で押さえるようにしながら呟く。
「出てしまわれていたのですわ」
そうして苦笑を浮べたエモーションが答えを言うと、オラトリオとオラクルが呆れた様子でひっそりと息を吐き出した。
一方で、明かされたその事実に憤慨したのはシグナルである。
「コード!! てめぇ!! ヒトが生まれる前に何しやがる!!」
「貴様が勝手に出ていかなければ何事もなかったんじゃい!!」
噛み付いてきたシグナルに、コードが責任転嫁を口にする。
そのまま両者の睨み合いが続くかと思われたのだが。
「・・・なぁコード、『導きの歌』を唄っていたのって」
―――――瑠璃さんじゃないのか
ふと、真剣にコードを見据えたシグナルがそう言おうとすると、瑠璃が静かに口を開いたのだ。
「―――――シグナル君。それに関しての答えは、もう少しだけ待ってもらえないかしら」
「・・・瑠璃さん・・・」
シグナルを見つめる瑠璃の表情は、声音と同様に静かなものだった。
けれど、もう少しだけ待ってもらえないかと言った言葉通り、その内ではまた何かを思い悩んでいるように見受けられた。
だからシグナルはそれ以上言う事が出来ず「分かりました」と瑠璃に向かって首を縦に振ると、気を取り直すように再びコードに顔を向けた。
そして、今回の件を教授たちに他言しないかわりに、強くなれるよう特訓して欲しいという約束をコードから取り付けると、シグナルは現実空間に戻ったのだ。
―――――が、瑠璃と一緒に戻らなかった事をシグナルはその少し後に後悔することとなってしまう。
電脳空間から戻ったシグナルが研究室で目を覚ますと、そこには教授を始めとして現在、音井家に居る全ての人物達が揃っていた。
突然、<ORACLE>と連絡が取れなくなって以降、教授がカルマに何があったのか調べてきてくれるよう頼んだ時に、最初からその場に居たパルスとみのるを除けば、一人は好奇心から残りの三人は心配だからと研究室にやって来たのだ。
そうして皆の顔を見て驚いた様子となったシグナルに教授が事情を聞こうとしたとき、俄に研究室で不可思議な光が瞬いた。
『―――――!?』
全員が目を瞠り、その光のほうを振り返ると、それは電脳空間に意識が降りたために眠りに就いていた瑠璃の身体から発せられたもので。
「―――――っ、瑠璃さん!?」
次の瞬間―――――忽然と瑠璃の姿は研究室から消失してしまったのだ。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第七章の導きの手偏。
この話は、過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
ついに、ここまで物語は進みました。
ラストの方は、あえて説明で話を進めて、端的に纏めてみましたが・・・。
次回は六章の後書きで予告していた通り、オリジナルを一話投入となります。
ヒロインの過去を含めて、再びTS世界に帰還して貰うためにも、頑張って書き進めるつもりです。
尚、その際にまた執筆に時間をとってしまうかと思われますが、出来ましたら長い目でお待ち頂けたらありがたく思います。
あと、こちらは本文中にあった『歌』に関しての補足なのですが、こちらは素材サイト様からお借りしたものです。
あしからず、御了承下さいませ。
06・6/17加筆
朱臣繭子 拝
LYRICS~詞 By laudese