第七章『導きの手』
『TWINSIGNAL夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
覚えているのはぼくが生まれた時のこと
初めて目覚めた時のこと
夜の闇の中、目の前に居たのはぼくの「弟」の信彦
そして、ぼくにとって「大切な人」である瑠璃さん
じゃあ、その前は?
何もなかったのかな?
ロボットも人間も生まれる前は知らないのかな?
導きの手
季節はそろそろ秋から冬に移り変わろうとしている為に、近頃では夜がだいぶ冷え込むようになってきた。
だから本日の夕食はなにか身体が温まるものということで、考案の結果シチューに決まると、早めの買い物に出かけることにした瑠璃と一緒に外出したのはシグナルと信彦だった。
本当はシグナルだけで瑠璃の買い物に付き合おうとしたのだが、ちょうど出ようとしたところで学校から帰宅してきた信彦に見つかってしまい、結局三人で行く事になってしまったのだ。
いつもならば瑠璃の傍に居るだけで睨みを向けてくるコードは珍しくその場に居らず、またカルマも何やら正信の手伝いをしていて、さらにパルスもどこかで昼寝をしているらしく姿を見せていなかったのに、なかなかうまい具合に事は進まないものである。
そして、買い物を済ませた帰り道。
「生まれた時? シグナル君の?」
シグナルが切り出した話に瑠璃が瞠目した表情となると、代わりに口を挟むように答えたのはちゃっかりと瑠璃と手を繋ぎながら歩いていた信彦だった。
「シグナルが目ぇ覚ました時ってアレだろ? 庭の木、殴って倒しちゃったじゃんか」
「後ですっげぇ怒られたんだ。アレ」
初めて教授からお説教を受けた時の事を思い出したシグナルは思わず苦笑を零す。
が、そのまま眉を顰めると自身が知りたいと思っている事を、改めて瑠璃の方を見ながら口にした。
「じゃなくて―――――その前のぼくがどうしてたか知りたいんだよ。瑠璃さんも動く前のぼくを見たことあるんですよね?」
「えぇ。でも、研究室の調整台の上に立っていただけだと思うのだけど・・・」
珍しく真剣な表情となったシグナルに、微かに困惑しながら瑠璃は言う。
そこで二人のやり取りを聞いていた信彦が再び、眉を顰めながら口を開いた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「ん―――――・・・」
言うか、言わないか。暫しの間シグナルは迷うように眉根を寄せていた。
が、やがて信彦の肩にがしっと手を置くと「笑うなよ」と据えてから、淡々と口を開いたのだ。
「・・・この頃『夢』を・・・見るんだ。それも多分・・・生まれる前のことを」
「―――――・・・生まれる前?」
シグナルの口から告げられた言葉に、瑠璃の顔に呆然とした表情が浮ぶ。
しかし、その傍らの信彦の反応は逆のものだった。
「あははは。うっそだぁ」
「笑うなっつ―――――たろ!!」
「だって―――――~なんか変なんだもん」
「あ―――――ひで―――――」
よほど可笑しかったのだろう。
目元に浮んだ涙を拭いながら、尚も笑いを止めない信彦を、シグナルは憮然とした顔で睨みつける。
「シグナルさん、信彦さん、瑠璃さん、こんにちは」
「あら、エララちゃん」
そこにちょうど通りかかって声を掛けてきたのがエララだった。
「私たちも休止します。休止状態の時は人間の眠っている時と変わりませんし・・・ましてシグナルさんの体の<MIRA>は『考える金属』です。『夢』を見せてくれていても驚きませんわ」
同じロボット同士―――――エララならばなにか良い『答え』を出してくれるのではないか。
そんな瑠璃の提案により、少しだけ付き合ってほしいと頼むと快く承諾してくれた彼女と一緒に三人は近くの公園に場所を移していた。
話を終えたところで、柔らかい微笑を浮べたエララがそう言うと、その『答え』に満足したらしいシグナルは、帽子をかぶっていた信彦の頭を「ほらっ」と軽く肘で小突いた。
すると、小突かれたことによって落ちかけてしまった帽子に手を伸ばし、直しながら信彦は眉を顰めて言った。
「ふつーの夢を見るならわかるけどさ『生まれる前』の夢を見るなんてなんか変だよ―――――」
「それは・・・」
言葉を続けようとしたものの、今度はどう答えれば良いものか。
笑みを浮べていたエララの表情が、数秒後には当惑したようなものになってしまう。
そのまま口元に手を当てながら俯き、考え始めてしまったエララの姿を見て、さすがにこれ以上この話題に固執して彼女に付き合わせるのは申し訳ないと感じたらしい。
「エララさん、無理しないでいいですから」
信彦と二人で苦笑を浮べると、シグナルが口を開いた。
TVか何かで見たものを夢で見ているだけかもしれませんしね。
そうシグナルは続けて言う。
しかし、シグナルの表情はどこか冴えないものだった。
その様子を黙って見つめていた瑠璃は、静かな口調でシグナルに尋ねかけた。
「ねぇ、シグナル君・・・その夢って一体どんな夢だったの?」
先程、生まれる前の自身に関して尋ねてきた時のシグナルの真剣な顔。
もしかして―――――この世界に自分が呼ばれるきっかけとなったあの夢。
それに関係したものをシグナルも見たのではないだろうか。
―――――やっと逢えたんですから
ふいに、以前ちびシグナルが言っていた言葉が瑠璃の中に蘇る。
「あ」
ふと、声を洩らしたのは信彦だった。
斜向かいに何か見つけたらしく、三人の傍から離れて駆け出して行く。
一方、エララは相談を受けたからなのだろう。
シグナルが夢の内容を話し出すのを待つようにそのまま二人の傍に佇んでいた。
そうして、シグナルは自分が見た夢を淡々と語り出したのだ。
いつも夢の中でシグナルは暗い静かな所にいるのだという。
何もない所でどこへ行けば良いのかわからず、ふらふら彷徨っていると迷子になってしまい、しかし途方に暮れているとどこからか歌が聞こえてくる。
そこでその歌声が聞こえてくる場所を目指して行くといつも誰かが現れ、その人がシグナルの手を引いて連れて帰ってくれるらしい。
そして、最後にこう言うのだそうだ。
『―――――貴方はこんな所で迷っていてはいけない・・・・まだ生まれてもいないのだから―――――』
シグナルの見たという〝生まれる前の夢〟は、瑠璃が以前見ていた〝始まりの夢〟とは異なるものだった。
しかし、その後にエララが口にした電脳空間の話題をきっかけにして、シグナルは何かに気づいたようだった。
だが、そこに信彦が猫を連れて戻って来てシグナルを小さくしてしまった為に、それに関しては聞く事が出来なかったのである。
「ただいま―――――」
そう言いながら玄関の扉を開けると、パタパタと軽快なスリッパの足音が聞こえてくる。
「お帰りなさい、信彦、瑠璃ちゃん」
出迎えに姿を見せたのはみのるだった。
そして、瑠璃と信彦の後ろにはメンテナンスを受けに来たエララの姿が在った。
しかし、エララが挨拶をするよりも先にみのるが行動を起こしたのだ。
「瑠璃ちゃん、ちょうどいいタイミングで帰ってきたわね! それにエララちゃんもいいところに! 二人とも、こっち来てくれる?」
「え? あの、みのるさん?」
「どっ、どうしたんです?」
ふと、満面の笑みを浮べたみのるにぐいと腕を引っ張られた瑠璃とエララは瞠目する。
エララの腕にはちびシグナルが抱えられていたのだが、やはり突然の出来事に呆然と目を瞬かせている。
そうして、瑠璃とエララがみのるの勢いに連れていかれそうになると、そこで呼び止めてきたのはその状況から取り残され一人唖然となっていた信彦だった。
「ちょっと母さん―――。エララさんと瑠璃姉ちゃんをどこへ連れていくのさ―――」
「研究室よ―――。あのね、これからエルが・・・エモーションが来るのよ」
嬉々とした口調でみのるが言う。
すると、エララが歓喜の声を上げた。
「まぁ。エモーション姉さまですか」
「エララちゃんも会いたいでしょ?」
みのるの言葉に「もうぜひ」と嬉しそうな顔でエララが頷く。
と、みのるが続けて瑠璃に言う。
「エルがね、瑠璃ちゃんに会ってみたいって言っていたのよ。瑠璃ちゃん、電脳空間でエルとは顔を会わせたことがなかったでしょ?」
「あ・・・はい」
そういえば<ORACLE>を訪れた折に、オラトリオやオラクルからエモーションの話は聞いた事があったが、確かにまだ一度も彼女と直接対面した事はなかった。
そう思い返した瑠璃は、そのままみのるに着いて研究室に向かうことを決めた。
研究室に入ると巨大なホログラムプロジェクターが用意されていた。
プロジェクターの傍にはそれの用意を手伝ったカルマと、エモーションに会うべく待機していたコードとクリスの姿が在った。
そして、研究室の扉の向こうから様子を窺っていた信彦を正信が連れて入室してくるとプロジェクターを起動させるべくコンピューターの操作を行なっていく。
ブンという音を立てプロジェクターが電光を瞬かせると、そこに現れたのはネオン・グリーンの髪をサイドだけ長く伸ばし、左頬に『E』という文字を浮かび上がらせた少女だった。
「ごきげんよう、皆々様。
「お姉さま」
「お久しぶり。エル」
優雅に微笑んで挨拶をしたエモーションにエララとみのるが笑顔で応える。
「エモーションさんてCGなの? もしかして」
「そう。エモーションはプログラムのみの存在なんだよ。世界初の女性的な感情をもった人格プログラムだ」
一方で、エララとそっくりなエモーションの顔を見て、呆然と声を洩らした信彦の頭をぐりっと撫でながら正信が言う。
「エララさんもみのるさんもごきげんよう。カルマさんもコード兄様もお元気そうで安心致しました」
「ふん。この通り姿は変わっているがな」
エモーションに向かって軽くカルマが頭を下げると、カルマの肩の上に止まっていたコードがいつものぞんざいな口調で言葉を返した。
だが、その言葉に込められた雰囲気は普段より柔らかいものになっている。
エララの『姉』であるエモーションは、つまりコードの『妹』だからである。
「あら、正信
ふと、挨拶を交わした面々の顔を見つめていたエモーションの瞳が、正信のほうに向けられた。
その刹那、名前を呼ばれた正信はがくっと脱力してしまい、瞠目した信彦が「正信ちゃん」と思わず繰り返して呟く。
他の者達もまた呆然となっていた中でふと瑠璃は自分を見つめてくるエモーションの不思議な眼差しに気づき目を瞬かせた。
安堵と懐かしさが入り混じったような眼差し。
そうして気がつけば瑠璃自身の内にも彼女に対して懐かしさが込み上げてきている。
―――――彼女の事を自分は知っていた?
「エル。こっちは息子の信彦。それから君の察しの通り、彼女が瑠璃さんだよ」
それから少しすると力のない笑みを浮べながら正信が二人の肩に手を置いて口を開いた。
「こんにちは・・・」
「初めまして、エモーションさん・・・」
正信に促されるように背を押されて、はっと意識を戻した瑠璃はエモーションの正面に信彦と一緒に立つと浮んでいる彼女に向かって挨拶を口にした。
「まぁ、信彦さん。それに瑠璃さん。エモーションと申します」
胸の前で手を組みながら、柔らかに微笑んだエモーションは『エル』と呼ぶ人もおりますわと言葉を付け足す。
それを聞いた信彦が「エル?」と首を傾げると、そのあだ名を決めた正信と自分の付き合いは30年くらいになるのだとエモーションは語り出した。
正信がエモーションと出会ったのは今の信彦よりも幼い頃の事。
だから『正信ちゃん』とエモーションは呼び、正信は彼女の事を『エル』と呼んでいた。
それが今も続いている。
しかし、『エル』はともかく『正信ちゃん』というのは・・・・・。
「エル・・・いいかげんに『正信ちゃん』て呼ぶのやめてくんない?」
「あら、どうしてですの?」
片手で額を押さえるような仕草をしていた正信が、恨めしげな表情でエモーションを見つめながら訴えるもどうやらそれは聞き届けられることはなさそうだった。
「エルって最初に覚えた事を引きずっちゃうからね」
はぁ――――~と重い溜息を吐き出した正信に、みのるが慰めの言葉を掛けながらポンッと背中を叩く。
そこでエララの腕の中に居たちびシグナルが無邪気な様子でエモーションを見ながら口を開いた。
「エモーションちゃんは絵のヒトなんですね。エララちゃん」
「そ、そうですねぇ。シグナルさん」
正信とエモーションの様子を些か戸惑った表情で見ていたエララは腕の中のちびシグナルに目線を向けて頷く。
と―――――。
「シグナル・・・?・・・って・・・」
エララの腕に抱かれていたちびシグナルをエモーションがじっと見つめる。
「A-S!! まぁA-S!! これがA-S!!」
その刹那、驚いた様子で彼女は声を上げた。
そのまま眉根を寄せながら、口元に手を当てたエモーションは怪訝そうな様子で呟く。
「なんか・・・小さい・・・」
「普段はもう少し違うんですよ。お姉様」
エララがそうフォローを口にする。
「あら―――――? エルとシグナル君、会ったことなかったわよね。ねぇ? コード」
一方でエモーションの態度を疑問に感じたみのるがカルマの肩に止まっていたコードを振り返る。
しかし、珍しく気まずそうな様子でそっぽを向いていたコードからの返事はなく。
また、その後もシグナルがちびの姿のままだった為に結局その疑問はその日の内に明らかになることはなかったのだ。
時鳥の記憶
忘れていた想い
手をつないで確かめた絆
覚えている君の温かみ
雲雀の記憶
夜明け前
君の源さえも無くなって
眠っていた心が蠢き出す
此処に居るよと言って
暗い静かな空間に聞こえてくる歌。
これが聞こえてくる場所に行けば、きっと帰ることができる。
そしてそこに行けば彼女にも逢う事ができる。
でも歌を唄っている、そして導いてくれる、彼女の姿を思い出すことができない。
・・・君は誰?
06・3/18掲載
LYRICS~詞 By laudese