第六章『電脳の迷宮』
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背を壁に預けながら両腕を組んで瞑想するように立っていたコードは、ふと自分の他に存在していなかった空間に現れた気配を察知すると、目線をそちらに向けた。
「オラトリオか。首尾はどうだ」
「ちょっ! ちょっと待って下さい師匠!! いま映像を作りますから」
抑揚のない呼びかけに応じてきたオラトリオの声が空間に響くと、やがてアイボリーのコートを纏っていない、トルコ帽とお揃いの制服姿となった彼の不鮮明なCGが現れる。
侵入者が仕掛けていた爆破トラップが作動してしまった際に、シグナルと瑠璃はオラトリオが出現させた空間移動扉に飛び込んでこの場から脱出した。
しかし、その空間移動扉も侵入者の二重トラップにより消失してしまい、コードとオラトリオはそのまま爆破に巻き込まれてしまった。
その後、この場に駆けつけてきたカルマから現実空間でパルスが自分のコピーロボットと闘っているという話を聞くと、今回の一連の黒幕がDr.クエーサーであったのだと覚ったオラトリオは、緊急事態ということで<ORACLE>の全権を自身に移す事を決めた。
そうして、カルマが現実空間にパルスの手助けに戻ると、オラトリオは<ORACLE>の取り込みを開始したのだ。
「<ORACLE>の大部分は掌握できました・・・が肝心要のオラクルの意識がいる、中枢のスクランブルがまだ解けません。もう少し時間が掛かるかと・・・」
「シグナルと瑠璃は?」
眉根を寄せながら呻くような口調で告げてきたオラトリオは、コードの問いに無言で首を振る。
「中枢のどこかにはいるのだろ」
「まぁ、多分」
カルマから聞いたところによれば、二人はその辺りに飛ばされたらしい。
思慮深い表情で腕を組みながら話に耳を傾けていたコードは、顔を上げるとオラトリオを見据えて言った。
「・・・よし。オラトリオ、俺様を中枢に連れて行け」
「え」
一瞬、オラトリオの目が茫然と見開かれた。
「師匠―――――っ!! 中枢の様子がまだ分からないのにんなこと・・・」
「大丈夫だ。いざとなったら俺様にはコレがある」
そのまま愕然と声を上げたオラトリオの前に、コードは袂から出現させた『細雪』を掲げる。
何か障害となるものがあった場合、この刃を使って叩き斬ってしまえばいい。
「それに瑠璃の身に万が一の事があったらどうする! だから、さっさと俺様を送れ」
「ちょっ師匠!! 分かりましたから俺に『細雪』を向けるのは止めて下さいよっ!!」
剣呑な眼差しとなったコードに対し、オラトリオが顔を引き攣らせながらそう言うと、空間移動用の扉がその場に出現する。
一方、オラクルが囚われている場所に飛ばされてきたシグナルは、牢獄から脱出を試みようと奮闘を繰り返していた。
「たりゃあああ」
「シグナル!!」
「シグナル君、もう止めて!!」
牢獄から出ようと鉄格子に力を加えれば、たちまち流出してくる電撃に打たれてしまう。
しかし、オラクルと瑠璃がいくら止めさせようとしても、シグナルはそれを聞かず、また鉄格子に向かおうと身体を起き上がらせていく。
「負けるか―――――っ」
闘争本能を剥き出しにしたシグナルの頭上に、ふいに影が現れたのはその時だった。
やがて、フッとその姿が明確なものになると同時に、上を見上げたシグナルはそのまま踏み潰されてしまう。
「ん?」
みぎゃあ―――――と悲鳴を上げたシグナルを踏み潰したのは空間移動してきたコードだった。
「コード!!」
「おぉ、オラクル、瑠璃。無事だったか」
目を瞠り、声を上げたオラクルと瑠璃の姿を認めると、コードは安堵した様子で口元を綻ばせる。
しかし、その際に踏み潰されてしまっていたシグナルはやはり気づかれる事はなかった為、
本人が抗議の声を上げるとその存在もまた漸く認められることとなったのだった。
そして。
「あーよかった。ちゃんとドンピシャについたか―――――」
コードに続いて現れたのはオラトリオだった。
「瑠璃お嬢さん、ご無事で何よりでした。それにオラクルも元気そうだな」
「オラトリオ!? ・・・貴方、その姿・・・」
「お前、まさか私の代わりに・・・!?」
不鮮明なCGを見て絶句した二人にオラトリオはVサインを向けると、軽い口調でオラクルに告げる。
「は―――――い。君のネット機能ぜ―――――んぶ俺に移しちゃいました」
つまり今ネットを動かしているのは、オラクルではなくオラトリオということだ。
「お前なぁ下手したら自分の体に戻れなくなるんじゃ・・・」
「しゃあねーよ。相手が相手だ・・・Dr.クエーサーが敵なんだから」
呆れるオラクルに、それまでの軽い態度から纏う空気を厳しいものに変えたオラトリオは、牢獄の向こうに居る侵入者を見据えていく。
「貴方がたが敵とは思っていませんよ、オラトリオ。単に利害の一致をみないだけでしょう」
緊迫感が漂う中、しかしクォンタムはそれを気にすることなく、目当ての情報であったうちのひとつ『MIRA』と書かれた本を手の中に出現させた。
「オラクル!! ありゃ門外不出のデータだろ!? なんであいつが持ってんだよ!!」
「待ってオラトリオ!!・・・あれは渡さなければデータを道づれに自爆するってクォンタムが言ったからなの」
険しい表情となったオラトリオに、間に入るようにしながら先の出来事を瑠璃が語ると、オラクルは顔を俯かせていく。
「私は・・・・・・データを守るために存在する私は・・・断れん」
「お前のデータを人質に取られたって訳か。ずいぶんうまい手を使いやがるもんだぜ」
苦々しい表情でオラトリオが唸ると、そりゃどうもとクォンタムが微笑を浮べながら応じてくる。
だが、オラトリオは別に褒めたわけではない。
クォンタムも分かっていて、わざと返事をしたのだろう。
怒りに肩を震わせるオラトリオに、わざわざ見える位置でクォンタムが本に手を翳すと、そこに寸分違わぬものが浮かび上がってくる。
「あの野郎!! MIRAのデータをコピーしやがって、持ち帰るつもりか!!」
「させん!!」
オラトリオが叫ぶと、コードが『細雪』を手の内に出現させる。
が、クォンタムは動じることなく、もう一つのデータを得るべく書籍の棚に手を伸ばしていく。
「そこから何かするのは難しいでしょ? 中枢に来たものがその檻へ入るようプログラムするのは大変だったんですよ」
「構わん!! この檻ごと壁をぶった斬る」
『細雪』で斬れないプログラムはない。
絶対的な自信の下に、コードが刃を振り下ろす。
その瞬間、確かに牢獄は斬れていた。
だが、瞬く間に元に戻ってしまう。
「コード―――――っ。『細雪』で斬れないプログラムはないんだろぉ!?」
「知らん!! 斬れてはいるのだ!!」
非難の声を上げたシグナルに、コードは柳眉を吊り上げる。
「斬れても元に戻れば同じ事ですからね」
コードに皮肉を言いながら今度は<シリウス>のデータのコピーをクォンタムは行なっていく。
この場の支配権はクォンタムが持っている為に、オラクルもオラトリオもそれを阻止する事は出来ない。
三人が苛立った表情でクォンタムを睨みつけていると、ふと口を開いたのはシグナルだった。
「いちかばちか、やってみてもいいか?」
「何を・・・」
眉をオラトリオが顰めると、シグナルは自身を指し示しながら言う。
「今のぼくは小さい隙間なら抜けられるよ。壁が元に戻る前にね」
「危険よ!? 戻る壁に巻き込まれでもしたら・・・?」
シグナルの案に瑠璃が反対を口にするとオラクルも眉根を寄せ同意を示す。
が、コードとオラトリオの反応は違っていた。
小さいシグナルが壁を抜けたとしてもクォンタムに対抗は出来ないだろう。
だが、その後にシグナルの心意気をコードは認め『細雪』を取り出すと構えていく。
「斬ったらすぐ飛び込め!! いいな!」
「おうっ」
気合十分といった風情でシグナルが頷く。
ザンと『細雪』に薙ぎ払われ霧散した牢獄の隙間に向かってシグナルが飛ぶ。
「たあっ」
「よし!」
拳を握り締め、歓喜の声を上げたのはオラクルだった。
このままいけばシグナルは隙間から抜け出せるだろう。
しかし、シグナルが隙間に接触した瞬間そこにまた電撃が走ったのだ。
「無駄無駄。どこを通り抜けようとしても攻撃される。そういうプログラムです」
クォンタムが肩越しにこちらに振り返りながら、勝ち誇ったような微笑を浮べそう告げてくる。
このままだとシグナルは壁に取り込まれてしまう。
そう瑠璃達が思った瞬間だった。
「負けるか。負けるか・・・負けるか!! 負けるか―――――っ」
絶叫したシグナルの身体が、カッと閃光に包まれる。
そして、ちびの姿から青年の姿に変わったシグナルが牢獄の向こうに倒れこんでいく。
「―――――・・・なるほど。変形してドサクサに檻から抜けられたのはいいが、私の攻撃プログラムと自らの突然の変形で全エネルギーを消耗した・・・と」
一瞬驚いた表情となったクォンタムは起き上がる事がままならず、呻き声を洩らすシグナルを見下ろすと嘲笑の笑みを浮べた。
「お疲れ様シグナル君。でも動けなくて残念だったね」
「ほら、やっぱり役に立たん」
一方で、呆れた様子で腕を組みながらコードが嘆息するとそれを聞き咎めたオラクルが訴えを口にする。
「コード!! せっかくシグナルが体を張ってここから出たのに、何かしてやろうとは思わないのか?」
「落ち着いて、オラクル。ここからじゃ、何も手を出す事ができないわ。それに、クォンタムの目的は『情報』だけで、シグナル君や皆を破壊する事ではないはずよ」
憤然となったオラクルに、諭すように言ったのは瑠璃だった。
そうして、それによりオラクルは落ち着きを取り戻したのだが、やはり腹立たしさは残ってしまう。
「あんな犯罪者に私の空間を荒らされるのを、手をこまねいて見ているだけとは・・・」
「奇遇だなオラクル。俺も手をこまねいているつもりねーんだ」
オラクルの言葉を聞き口元を歪めながらオラトリオがそう言うと、クォンタムに向かって指を突きつけ高らかに宣言する。
「電脳空間の無敵の守護者!! A-O<ORATORIO>をなめてもらっちゃ困るぜ!!」
「!!?」
刹那、背後に並んでいた書籍の棚が濁流に変わるとクォンタムが愕然と声を上げた。
「しまった!! シグナルに気を取られている間に空間<ORACLE>のメインコントロールを奪われたか!!」
「そう・・・俺はこのために空間機能を俺に移した。でも・・・・・・まだ奴の闘争ルートは閉められない・・・」
クォンタムを見据えていたオラトリオの身体がふいに仰け反っていく。
「オラトリオ!?」
後ろに立っていたオラクルが、慌ててオラトリオの身体を支えようと手を伸ばす。
「俺の能力では・・・これが精一杯・・・演算が・・・きつい・・・。すまん。あとは・・・たの・・・む」
だが、オラクルの腕に倒れこむと同時にオラトリオの姿は消失してしまう。
「オラトリオ!!」
「あのバカモン!! 自分のCGすら操れなくなるほど無茶しおって!! あの巨大なデータバンクを無理矢理管理下におくとは元の体に戻れなくなる確立が上がるだけだ!!」
瑠璃が茫然と口元に手を当てると、コードの叫び声が響く。
「―――――・・・戻れない・・・?」
それを聞いて茫然と顔を上げたシグナルは、正面に立っているクォンタムがこの場から去ろうとしているのに気づくと、力の入らない身体を何とか起こしながら逃がすまいと必死に手を伸ばした。
「てめぇは逃がさねぇ・・・。体張ってくれたオラトリオの為にもてめぇは・・・逃がさねぇ」
コートの裾を掴まれたのに気づき、眉を顰め振り返ってきたクォンタムを、シグナルは片膝で立ちながら睨みつける。
しかし、そうやって立っているだけで精一杯のシグナルの体は小刻みに震えている。
ふっと笑ったクォンタムがコートの裾を握るとバッと勢いよく翻す。
すると、シグナルは体勢を崩して再び倒れこんでしまう。
「おもしろい。やってみて下さい。動くのもままならないその体で私を止められるものならね」
パンパンとコートの裾をクォンタムは手で掃うと、シルクハットの縁に手をかけ、軽く会釈をするとそれが立ち去る合図となる。
「―――――では行かせていただきましょうか」
クォンタムの周囲をシールドのようなものが取り囲み始めると、ハッと意識を取り戻したシグナルがその瞬間突き動かされた様子で身体を起こした。
―――――逃げられる!!
「シグナル!!」
クォンタムに向かって駆け出したシグナルが、呼ばれたほうに目線を向けると、牢獄の中からコードが一振りの刀を投げてくる。
「受け取れ!!」
鋭く煌く刀身に触れるプログラムは微塵と消える。
コードの愛刀―――――『細雪』―――――。
それがシグナルの手に渡るのを見た時、反射的に瑠璃は祈るように胸の前で手を組んでいた。
それは敵ではあるがやはり彼に自身を道具と捉えたまま、消滅して欲しくないという思いが、瑠璃の心の内にあったからだった。
「たああああ!」
「ちぃっ!!」
勢いよく振り下ろされた刃がクォンタムに接触するかと思われた時、現れた障壁がそれを阻んだ。
それを見たコードが瞠目の表情で声を上げた。
「バカな!! 細雪は俺様の最強攻撃プログラムなんだぞ!?」
「対コード用に細雪でも斬れない防御壁を練り上げておいたかいがあったというわけか。残念だねシグナル。タイムアップだ」
淡々とクォンタムがそう宣言した瞬間、シグナルの双眸が鋭いものに変化した。
「いいや、まだだ。まだ勝負は終わっちゃいない」
不敵な微笑を浮べたシグナルが刀身を滑らせるように掲げていく。
「!? 剣の形が・・・!!」
刹那、目を見開いたクォンタムを槍のような形状に変わった『細雪』が貫いた。
「やったか!?」
コードが真剣な眼差しで見据え呟く。
ふいにクォンタムがニヤと口元を歪めると、自身の身体に突き刺さっていた刃をズズと引き抜いたのはその直後だった。
「バカな!!」
「さ・・・再生した!?」
消失したクォンタムの体の部位が元の状態に戻ったのを見て、オラクルとコードが驚愕に目を見開く。
「電脳空間にいる間、常に自動的に私自身のバックアップを取り随時再生するようしているのです。なのでこのように簡単に再生できるんですよ」
悠然とクォンタムが語り一礼すると足元からその姿が徐々に消えていく。
「それでは皆様。また会う日までごきげんよう」
ここまで用意周到に策を練っていた相手を止める術はもうない。
シグナルが悔しげに顔を歪めると、フッとクォンタムの姿が消え去り、あとに残ったのは元の形に戻った『細雪』のみだった。
その後、支配権がクォンタムの手から無くなったことにより、本来の姿を白亜の図書館が取り戻したのを見届けるとシグナル達と一緒に瑠璃は現実空間に帰還した。
そして、オラトリオも一時は元の体に戻れるか危ぶまれたが無事戻る事が出来た。
だが、音井家の方はかなりひどい惨状となってしまっていた。
それは現実空間の方にもDr.クエーサーの人間形態ロボットが現れ、戦闘型ロボット同士で手加減なしに闘った事により訪れた結果だった。
そうして、教授たちが帰ってくると研究所を壊したのは誰なのか、<ORACLE>を侵入したのは誰なのか問いただされる事となったのだが、ロボット達はもちろん瑠璃もその事については何も話そうとはしなかった。
物的証拠がない以上、Dr.クエーサーを罪に問う事はできない。
だから教授たちには話さない。
これはロボット達と瑠璃の間で話し合って決めた事。
ぼくらで何とかしてみせる。
皆を守ってみせる。
そして、これはロボット達が誓った言葉だった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第六章の<クォンタム>&オラクル登場編編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
今回は、クォンタムとどうヒロインを関わらせていくか。
それをかなり悩んだ末、こういう結果に落ち着きました。
ただ、ヒロインが電脳空間に降りてしまった為、今回はまったくパルス君の出番・・・もとい、絡みがありませんでした。
そして次回は、ついに「導きの手」に突入するのですが、それには原作中パルス君が出ていないので、
ドラマCDとミックスという感じで進めようかとと検討しております。
尚、その物語後は一話だけオリジナルを入れる予定なのですが・・・・。
この場をお借りして、読んで下さっている方々に質問をひとつさせて頂きます。
そのオリジナルの回で、ヒロインには一度自分の世界(現実世界)に戻ってもらうつもりなのですが、
その際にキャラの逆トリップというのはありでしょうか?
以前、書いたものにその設定があるもののやはり
『現実世界から』というイメージを壊してしまうとなるとまずいだろうとと思いましたので・・・。
よろしければ、拍手や一言などを利用してご意見を送って下さいませ。
簡単に賛成または反対という回答でも構いませんので、ご協力の程宜しくお願い致します。
06・2/14 朱臣繭子 拝
「オラトリオか。首尾はどうだ」
「ちょっ! ちょっと待って下さい師匠!! いま映像を作りますから」
抑揚のない呼びかけに応じてきたオラトリオの声が空間に響くと、やがてアイボリーのコートを纏っていない、トルコ帽とお揃いの制服姿となった彼の不鮮明なCGが現れる。
侵入者が仕掛けていた爆破トラップが作動してしまった際に、シグナルと瑠璃はオラトリオが出現させた空間移動扉に飛び込んでこの場から脱出した。
しかし、その空間移動扉も侵入者の二重トラップにより消失してしまい、コードとオラトリオはそのまま爆破に巻き込まれてしまった。
その後、この場に駆けつけてきたカルマから現実空間でパルスが自分のコピーロボットと闘っているという話を聞くと、今回の一連の黒幕がDr.クエーサーであったのだと覚ったオラトリオは、緊急事態ということで<ORACLE>の全権を自身に移す事を決めた。
そうして、カルマが現実空間にパルスの手助けに戻ると、オラトリオは<ORACLE>の取り込みを開始したのだ。
「<ORACLE>の大部分は掌握できました・・・が肝心要のオラクルの意識がいる、中枢のスクランブルがまだ解けません。もう少し時間が掛かるかと・・・」
「シグナルと瑠璃は?」
眉根を寄せながら呻くような口調で告げてきたオラトリオは、コードの問いに無言で首を振る。
「中枢のどこかにはいるのだろ」
「まぁ、多分」
カルマから聞いたところによれば、二人はその辺りに飛ばされたらしい。
思慮深い表情で腕を組みながら話に耳を傾けていたコードは、顔を上げるとオラトリオを見据えて言った。
「・・・よし。オラトリオ、俺様を中枢に連れて行け」
「え」
一瞬、オラトリオの目が茫然と見開かれた。
「師匠―――――っ!! 中枢の様子がまだ分からないのにんなこと・・・」
「大丈夫だ。いざとなったら俺様にはコレがある」
そのまま愕然と声を上げたオラトリオの前に、コードは袂から出現させた『細雪』を掲げる。
何か障害となるものがあった場合、この刃を使って叩き斬ってしまえばいい。
「それに瑠璃の身に万が一の事があったらどうする! だから、さっさと俺様を送れ」
「ちょっ師匠!! 分かりましたから俺に『細雪』を向けるのは止めて下さいよっ!!」
剣呑な眼差しとなったコードに対し、オラトリオが顔を引き攣らせながらそう言うと、空間移動用の扉がその場に出現する。
一方、オラクルが囚われている場所に飛ばされてきたシグナルは、牢獄から脱出を試みようと奮闘を繰り返していた。
「たりゃあああ」
「シグナル!!」
「シグナル君、もう止めて!!」
牢獄から出ようと鉄格子に力を加えれば、たちまち流出してくる電撃に打たれてしまう。
しかし、オラクルと瑠璃がいくら止めさせようとしても、シグナルはそれを聞かず、また鉄格子に向かおうと身体を起き上がらせていく。
「負けるか―――――っ」
闘争本能を剥き出しにしたシグナルの頭上に、ふいに影が現れたのはその時だった。
やがて、フッとその姿が明確なものになると同時に、上を見上げたシグナルはそのまま踏み潰されてしまう。
「ん?」
みぎゃあ―――――と悲鳴を上げたシグナルを踏み潰したのは空間移動してきたコードだった。
「コード!!」
「おぉ、オラクル、瑠璃。無事だったか」
目を瞠り、声を上げたオラクルと瑠璃の姿を認めると、コードは安堵した様子で口元を綻ばせる。
しかし、その際に踏み潰されてしまっていたシグナルはやはり気づかれる事はなかった為、
本人が抗議の声を上げるとその存在もまた漸く認められることとなったのだった。
そして。
「あーよかった。ちゃんとドンピシャについたか―――――」
コードに続いて現れたのはオラトリオだった。
「瑠璃お嬢さん、ご無事で何よりでした。それにオラクルも元気そうだな」
「オラトリオ!? ・・・貴方、その姿・・・」
「お前、まさか私の代わりに・・・!?」
不鮮明なCGを見て絶句した二人にオラトリオはVサインを向けると、軽い口調でオラクルに告げる。
「は―――――い。君のネット機能ぜ―――――んぶ俺に移しちゃいました」
つまり今ネットを動かしているのは、オラクルではなくオラトリオということだ。
「お前なぁ下手したら自分の体に戻れなくなるんじゃ・・・」
「しゃあねーよ。相手が相手だ・・・Dr.クエーサーが敵なんだから」
呆れるオラクルに、それまでの軽い態度から纏う空気を厳しいものに変えたオラトリオは、牢獄の向こうに居る侵入者を見据えていく。
「貴方がたが敵とは思っていませんよ、オラトリオ。単に利害の一致をみないだけでしょう」
緊迫感が漂う中、しかしクォンタムはそれを気にすることなく、目当ての情報であったうちのひとつ『MIRA』と書かれた本を手の中に出現させた。
「オラクル!! ありゃ門外不出のデータだろ!? なんであいつが持ってんだよ!!」
「待ってオラトリオ!!・・・あれは渡さなければデータを道づれに自爆するってクォンタムが言ったからなの」
険しい表情となったオラトリオに、間に入るようにしながら先の出来事を瑠璃が語ると、オラクルは顔を俯かせていく。
「私は・・・・・・データを守るために存在する私は・・・断れん」
「お前のデータを人質に取られたって訳か。ずいぶんうまい手を使いやがるもんだぜ」
苦々しい表情でオラトリオが唸ると、そりゃどうもとクォンタムが微笑を浮べながら応じてくる。
だが、オラトリオは別に褒めたわけではない。
クォンタムも分かっていて、わざと返事をしたのだろう。
怒りに肩を震わせるオラトリオに、わざわざ見える位置でクォンタムが本に手を翳すと、そこに寸分違わぬものが浮かび上がってくる。
「あの野郎!! MIRAのデータをコピーしやがって、持ち帰るつもりか!!」
「させん!!」
オラトリオが叫ぶと、コードが『細雪』を手の内に出現させる。
が、クォンタムは動じることなく、もう一つのデータを得るべく書籍の棚に手を伸ばしていく。
「そこから何かするのは難しいでしょ? 中枢に来たものがその檻へ入るようプログラムするのは大変だったんですよ」
「構わん!! この檻ごと壁をぶった斬る」
『細雪』で斬れないプログラムはない。
絶対的な自信の下に、コードが刃を振り下ろす。
その瞬間、確かに牢獄は斬れていた。
だが、瞬く間に元に戻ってしまう。
「コード―――――っ。『細雪』で斬れないプログラムはないんだろぉ!?」
「知らん!! 斬れてはいるのだ!!」
非難の声を上げたシグナルに、コードは柳眉を吊り上げる。
「斬れても元に戻れば同じ事ですからね」
コードに皮肉を言いながら今度は<シリウス>のデータのコピーをクォンタムは行なっていく。
この場の支配権はクォンタムが持っている為に、オラクルもオラトリオもそれを阻止する事は出来ない。
三人が苛立った表情でクォンタムを睨みつけていると、ふと口を開いたのはシグナルだった。
「いちかばちか、やってみてもいいか?」
「何を・・・」
眉をオラトリオが顰めると、シグナルは自身を指し示しながら言う。
「今のぼくは小さい隙間なら抜けられるよ。壁が元に戻る前にね」
「危険よ!? 戻る壁に巻き込まれでもしたら・・・?」
シグナルの案に瑠璃が反対を口にするとオラクルも眉根を寄せ同意を示す。
が、コードとオラトリオの反応は違っていた。
小さいシグナルが壁を抜けたとしてもクォンタムに対抗は出来ないだろう。
だが、その後にシグナルの心意気をコードは認め『細雪』を取り出すと構えていく。
「斬ったらすぐ飛び込め!! いいな!」
「おうっ」
気合十分といった風情でシグナルが頷く。
ザンと『細雪』に薙ぎ払われ霧散した牢獄の隙間に向かってシグナルが飛ぶ。
「たあっ」
「よし!」
拳を握り締め、歓喜の声を上げたのはオラクルだった。
このままいけばシグナルは隙間から抜け出せるだろう。
しかし、シグナルが隙間に接触した瞬間そこにまた電撃が走ったのだ。
「無駄無駄。どこを通り抜けようとしても攻撃される。そういうプログラムです」
クォンタムが肩越しにこちらに振り返りながら、勝ち誇ったような微笑を浮べそう告げてくる。
このままだとシグナルは壁に取り込まれてしまう。
そう瑠璃達が思った瞬間だった。
「負けるか。負けるか・・・負けるか!! 負けるか―――――っ」
絶叫したシグナルの身体が、カッと閃光に包まれる。
そして、ちびの姿から青年の姿に変わったシグナルが牢獄の向こうに倒れこんでいく。
「―――――・・・なるほど。変形してドサクサに檻から抜けられたのはいいが、私の攻撃プログラムと自らの突然の変形で全エネルギーを消耗した・・・と」
一瞬驚いた表情となったクォンタムは起き上がる事がままならず、呻き声を洩らすシグナルを見下ろすと嘲笑の笑みを浮べた。
「お疲れ様シグナル君。でも動けなくて残念だったね」
「ほら、やっぱり役に立たん」
一方で、呆れた様子で腕を組みながらコードが嘆息するとそれを聞き咎めたオラクルが訴えを口にする。
「コード!! せっかくシグナルが体を張ってここから出たのに、何かしてやろうとは思わないのか?」
「落ち着いて、オラクル。ここからじゃ、何も手を出す事ができないわ。それに、クォンタムの目的は『情報』だけで、シグナル君や皆を破壊する事ではないはずよ」
憤然となったオラクルに、諭すように言ったのは瑠璃だった。
そうして、それによりオラクルは落ち着きを取り戻したのだが、やはり腹立たしさは残ってしまう。
「あんな犯罪者に私の空間を荒らされるのを、手をこまねいて見ているだけとは・・・」
「奇遇だなオラクル。俺も手をこまねいているつもりねーんだ」
オラクルの言葉を聞き口元を歪めながらオラトリオがそう言うと、クォンタムに向かって指を突きつけ高らかに宣言する。
「電脳空間の無敵の守護者!! A-O<ORATORIO>をなめてもらっちゃ困るぜ!!」
「!!?」
刹那、背後に並んでいた書籍の棚が濁流に変わるとクォンタムが愕然と声を上げた。
「しまった!! シグナルに気を取られている間に空間<ORACLE>のメインコントロールを奪われたか!!」
「そう・・・俺はこのために空間機能を俺に移した。でも・・・・・・まだ奴の闘争ルートは閉められない・・・」
クォンタムを見据えていたオラトリオの身体がふいに仰け反っていく。
「オラトリオ!?」
後ろに立っていたオラクルが、慌ててオラトリオの身体を支えようと手を伸ばす。
「俺の能力では・・・これが精一杯・・・演算が・・・きつい・・・。すまん。あとは・・・たの・・・む」
だが、オラクルの腕に倒れこむと同時にオラトリオの姿は消失してしまう。
「オラトリオ!!」
「あのバカモン!! 自分のCGすら操れなくなるほど無茶しおって!! あの巨大なデータバンクを無理矢理管理下におくとは元の体に戻れなくなる確立が上がるだけだ!!」
瑠璃が茫然と口元に手を当てると、コードの叫び声が響く。
「―――――・・・戻れない・・・?」
それを聞いて茫然と顔を上げたシグナルは、正面に立っているクォンタムがこの場から去ろうとしているのに気づくと、力の入らない身体を何とか起こしながら逃がすまいと必死に手を伸ばした。
「てめぇは逃がさねぇ・・・。体張ってくれたオラトリオの為にもてめぇは・・・逃がさねぇ」
コートの裾を掴まれたのに気づき、眉を顰め振り返ってきたクォンタムを、シグナルは片膝で立ちながら睨みつける。
しかし、そうやって立っているだけで精一杯のシグナルの体は小刻みに震えている。
ふっと笑ったクォンタムがコートの裾を握るとバッと勢いよく翻す。
すると、シグナルは体勢を崩して再び倒れこんでしまう。
「おもしろい。やってみて下さい。動くのもままならないその体で私を止められるものならね」
パンパンとコートの裾をクォンタムは手で掃うと、シルクハットの縁に手をかけ、軽く会釈をするとそれが立ち去る合図となる。
「―――――では行かせていただきましょうか」
クォンタムの周囲をシールドのようなものが取り囲み始めると、ハッと意識を取り戻したシグナルがその瞬間突き動かされた様子で身体を起こした。
―――――逃げられる!!
「シグナル!!」
クォンタムに向かって駆け出したシグナルが、呼ばれたほうに目線を向けると、牢獄の中からコードが一振りの刀を投げてくる。
「受け取れ!!」
鋭く煌く刀身に触れるプログラムは微塵と消える。
コードの愛刀―――――『細雪』―――――。
それがシグナルの手に渡るのを見た時、反射的に瑠璃は祈るように胸の前で手を組んでいた。
それは敵ではあるがやはり彼に自身を道具と捉えたまま、消滅して欲しくないという思いが、瑠璃の心の内にあったからだった。
「たああああ!」
「ちぃっ!!」
勢いよく振り下ろされた刃がクォンタムに接触するかと思われた時、現れた障壁がそれを阻んだ。
それを見たコードが瞠目の表情で声を上げた。
「バカな!! 細雪は俺様の最強攻撃プログラムなんだぞ!?」
「対コード用に細雪でも斬れない防御壁を練り上げておいたかいがあったというわけか。残念だねシグナル。タイムアップだ」
淡々とクォンタムがそう宣言した瞬間、シグナルの双眸が鋭いものに変化した。
「いいや、まだだ。まだ勝負は終わっちゃいない」
不敵な微笑を浮べたシグナルが刀身を滑らせるように掲げていく。
「!? 剣の形が・・・!!」
刹那、目を見開いたクォンタムを槍のような形状に変わった『細雪』が貫いた。
「やったか!?」
コードが真剣な眼差しで見据え呟く。
ふいにクォンタムがニヤと口元を歪めると、自身の身体に突き刺さっていた刃をズズと引き抜いたのはその直後だった。
「バカな!!」
「さ・・・再生した!?」
消失したクォンタムの体の部位が元の状態に戻ったのを見て、オラクルとコードが驚愕に目を見開く。
「電脳空間にいる間、常に自動的に私自身のバックアップを取り随時再生するようしているのです。なのでこのように簡単に再生できるんですよ」
悠然とクォンタムが語り一礼すると足元からその姿が徐々に消えていく。
「それでは皆様。また会う日までごきげんよう」
ここまで用意周到に策を練っていた相手を止める術はもうない。
シグナルが悔しげに顔を歪めると、フッとクォンタムの姿が消え去り、あとに残ったのは元の形に戻った『細雪』のみだった。
その後、支配権がクォンタムの手から無くなったことにより、本来の姿を白亜の図書館が取り戻したのを見届けるとシグナル達と一緒に瑠璃は現実空間に帰還した。
そして、オラトリオも一時は元の体に戻れるか危ぶまれたが無事戻る事が出来た。
だが、音井家の方はかなりひどい惨状となってしまっていた。
それは現実空間の方にもDr.クエーサーの人間形態ロボットが現れ、戦闘型ロボット同士で手加減なしに闘った事により訪れた結果だった。
そうして、教授たちが帰ってくると研究所を壊したのは誰なのか、<ORACLE>を侵入したのは誰なのか問いただされる事となったのだが、ロボット達はもちろん瑠璃もその事については何も話そうとはしなかった。
物的証拠がない以上、Dr.クエーサーを罪に問う事はできない。
だから教授たちには話さない。
これはロボット達と瑠璃の間で話し合って決めた事。
ぼくらで何とかしてみせる。
皆を守ってみせる。
そして、これはロボット達が誓った言葉だった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第六章の<クォンタム>&オラクル登場編編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
今回は、クォンタムとどうヒロインを関わらせていくか。
それをかなり悩んだ末、こういう結果に落ち着きました。
ただ、ヒロインが電脳空間に降りてしまった為、今回はまったくパルス君の出番・・・もとい、絡みがありませんでした。
そして次回は、ついに「導きの手」に突入するのですが、それには原作中パルス君が出ていないので、
ドラマCDとミックスという感じで進めようかとと検討しております。
尚、その物語後は一話だけオリジナルを入れる予定なのですが・・・・。
この場をお借りして、読んで下さっている方々に質問をひとつさせて頂きます。
そのオリジナルの回で、ヒロインには一度自分の世界(現実世界)に戻ってもらうつもりなのですが、
その際にキャラの逆トリップというのはありでしょうか?
以前、書いたものにその設定があるもののやはり
『現実世界から』というイメージを壊してしまうとなるとまずいだろうとと思いましたので・・・。
よろしければ、拍手や一言などを利用してご意見を送って下さいませ。
簡単に賛成または反対という回答でも構いませんので、ご協力の程宜しくお願い致します。
06・2/14 朱臣繭子 拝