第六章『電脳の迷宮』
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コードが『細雪』で斬ったのは、オラトリオが壁面から取り出した2本の接続ケーブル―――――〝ほころび〟―――――の、オラクルから切り離した〝輪のプログラム〟だった。
だが、無限ループから脱出すると、その先に待っていたのは無数の扉―――――床や壁面のあちこちに存在するそれは何処に繋がっているのやら。
下手をすればオラクルに近づくどころか遠退いてしまうかもしれない。
「カルマ、聞こえるか」
「はい。良かった、無限ループから抜け出られましたね」
オラトリオが呼びかけると、自動的に現れたモニター画面にカルマの姿が映し出される。
「とりあえず、オラクルの『意識』に会いたい。最短ルートを出してくれないか?」
「先程からオラクル全体にスキャニングをかけています・・・が、オラクル本体が居るとおぼしき場所にはスクランブルがかかっていてよく見えません」
「それでもいい。地図を出してくれ」
探査状況を歯切れの悪い口調で告げてきたカルマに、オラトリオは地図を要請すると、カルマの姿に代わって現状で分かっている範囲のオラクルへの最短ルートである地図が画面に現れる。
「罠も山のように仕掛けられています。注意していかないと・・・」
「忘れたのか? カルマ。俺ぁオラクルの『守護者』だぜ。奴を守るのは俺の使命・・・」
画面には地図が映し出されている為に、諭すような口調で話をするカルマの声のみが聞こえてきていたのだが、それを制するようにオラトリオは真剣な口調で告げる。
そうして使命の事を口にしたところで、ふと表情を緩めるといつものように軽い調子でぼやきを洩らしたのだ。
「・・・って本当なら可憐なお嬢さんを護ってる方が性に合うのによ」
「その方が貴方らしいですね。では、瑠璃さんの事はきっちりと護って上げて下さいね」
オラトリオに思わずつられたのか。
くすくすとカルマは笑いを零したが、その後に瑠璃の事を口にした時にはその声音は厳しいものに変わっていた。
もちろん、瑠璃の件はオラトリオも重々承知している事なので、それに対しては真面目な顔で頷きカルマとの通信を終えたのだった。
しかし、二人の最後のやり取りを当事者である瑠璃はその時、何やら自己嫌悪に陥ってしまっているらしいシグナルの様子を気にかけていたために聞いていなかった。
「シグナル君、どうかしたの?」
コードの肩の上で暗い表情を浮べ溜息を吐き出したシグナルに眉を顰めながら瑠璃が声を掛ける。
シグナルがそのような状態になってしまったのは、先程の無限ループでのオラトリオとコードの活躍を見てからだった。
「おい、こら、シグナル!!」
「んにゅる」
カルマとの通信を終えると不意にどやすような口調で振り返ってきたオラトリオが、ひょいとシグナルをコードの肩の上から腕を伸ばし持ち上げる。
と、同時にむぎゅと両頬をオラトリオの手に挟み込まれたシグナルは目を見開き奇妙な悲鳴を上げた。
そんなシグナルの様をコードは呆れたような表情で見ていたのだが、どうやら口を挟む気はないようだ。
「何すんだよ!!」
「悩むのは構わねーけど・・・」
じたばたと暴れながら、憤慨した顔でシグナルはオラトリオを睨みつける。
すると、シグナルはオラトリオの頭の上にあるトルコ帽の上に乗せられ、
「俺だって生まれた時から格好良かったわけじゃないぜ。どうだ、安心するだろ?」
片目を瞑りながら、ニヤと笑みを浮べてオラトリオが言った言葉のおかげで、確かに多少はシグナルの気持ちは軽くなったようだった。
「前向きに善処します」
「ぜひ、そ―――しなさい」
シグナルが洩らした言葉にオラトリオが笑みを浮かべ答える。
「シグナル君はシグナル君らしく、自分のペースで成長していけば良いんじゃないかしら」
「はい!」
そして、瑠璃もまたそれを聞いてふわと微笑すると、シグナルは晴れ晴れとした笑顔で返事をしたのである。
その後、カルマが出してくれた地図と照らし合わせながら無数にあった扉の中から最短距離でオラクルが居る場所へ繋がるものを選んで進んで行くと、最後に目の前に現れたのはトラップ解除に成功すれば通ることが出来るという少々危険な扉だった。
そのトラップの解除作業をオラトリオが開始したのだが、暫らくすると出現させたモニター画面を見ながら作業するその顔は憮然としたものに変わっていたのだ。
何やら嫌な電波が送られてくる所為で作業が上手くいかないらしい。
『ったく・・・オラトリオの奴さぼりやがって。今度会った時、覚えてやがれ。ヌケサク!! スカタン!! 給料ドロボー!!』
電波の送り主は囚われの身となってしまっているオラクルだった。
これは二人が同じ電脳を共有しているからこそなせるものである。
その事をコードが指摘した後は「覚えておけよっ」とオラトリオはオラクルに対して唸ると作業に集中することにしたようだ。
そうして、沈黙が訪れると何やら思案するような表情を浮べていたシグナルが、瑠璃に疑問を投げかける。
「あの、瑠璃さん。オラクルってロボットじゃないんですよね」
「えぇ。でもちゃんと『人格』はあるわよ」
「どんな奴なんですか?」
シグナルからの質問に、瑠璃は困ったような表情を浮べてしまう。
オラトリオとオラクル。
二人の外見はよく似ていると思うのだが・・・・。
オラトリオの様子を眺めていたコードに瑠璃は意見を窺うように視線を向けていく。
それにコードは気づくと暫し悩むように眉根を寄せた。
そして、そのままオラトリオを示すときっぱりと一言。
「やっぱ、アレによく似とる」
「師匠! アレってなんですかい!!」
コードの結論が聞こえたオラトリオが抗議を口にする。
「しょうがないでしょう。俺ぁ、オラクルのスペア電脳なんですから」
オラクルに何かあった場合、オラトリオがネットホスト電脳にならなければならない。
その事はシグナルも、先日オラトリオが音井家に来た折に挑んでいった勝負の中で、弱点を調べていた時に瑠璃とカルマから話に聞いたので知っている。
「・・・きっとオラクルは元気だよっ。オラトリオ」
深い溜息を吐き出したオラトリオの姿を見て、シグナルが励ましの言葉を口にする。
しかし。
「・・・あぁ。ネットホスト電脳になったら瑠璃お嬢さんとお付き合いするのも難しくなっちまうし・・・」
「じゃかあしいっ」
オラトリオの後頭部を柳眉を吊り上げたコードが踏みつける。
そうして、瑠璃がオラトリオの言葉に苦笑を零した。
その刹那―――――。
「師匠! シグナル! 瑠璃お嬢さん! 俺の後ろに!!」
俄かに焦った様子で声を上げたオラトリオに従い、その背後に瑠璃達が素早く移動すると正面にあった扉が爆発したのだ。
「しくりました!! トラップを作動させちまったっ!!」
取り出した杖でオラトリオが瞬時に障壁を張ったおかげで何とか猛火は食い止められている。
「もちこたえられるか!?」
「オラクルまで回り道になりやすが空間移動します!!」
叫んだコードにオラトリオはそう言い放つと、杖を振るって扉を出現させる。
「シグナル!! 瑠璃お嬢さんと一緒に先に行け!! その扉の中に入るんだ!!」
「う、うんっ」
シグナルはオラトリオの言葉に促されるまま、すぐに返事をしたが瑠璃はなんとなく躊躇いを感じて頷く事が出来なかった。
―――――これも敵の罠ではないだろうか。
そんな思いが意識の片隅を占めていた。
「瑠璃、大丈夫だ! 俺様達もすぐに後から行く!!」
だが、結局コードの言葉に瑠璃は迷いを振り切られる形となって、シグナルと一緒に扉の向こうに飛び込んで行った。
そうして、シグナルと瑠璃の姿がその場から消えると、その後にコードも続こうとしたのだが。
「オラトリオ!!」
「!!」
コードの叫びを聞いてオラトリオが振り返ると、スウと扉は消失してしまったのだ。
「しまった!! これも敵のトラップ!!? っくしょう!! 完全にやられた・・・!!」
気づいた時には既に遅し。
「聞こえるかぁ、カルマぁぁぁっ!! 頼む!! シグナルと瑠璃お嬢さんだけでもフォローを!!」
オラトリオの絶叫とともに障壁が破れ、残された二人に向かって遮られていた猛火が噴出してきたのだ。
扉の向こうに飛び込むと、そこに広がっていたのは漆黒の闇。
その中を勢いよく落下していく中で、ちびの姿だった所為か。
身に受ける圧力の負担から、先に意識を手放してしまったのはシグナルだった。
「・・・シグナル君っ・・・!!」
脱力したシグナルの身体は、さらに落下の速度を増してしまう。
それを見た瞬間、瑠璃は必死にシグナルに向かって手を伸ばし、小さな身体を捉えると、腕の中に庇うように抱きしめた。
そうして、そのまま自身も落下の衝撃に耐えるべく、無意識のうちにぎゅっと目を閉じていく。
「瑠璃!! 大丈夫か!?」
どのくらいの距離を落ちてきたのだろうか。
軽く意識が遠退きかけていた瑠璃は、ふいに誰かに抱きとめられたと感じるのと同時に聞こえてきた声にゆっくりと目を瞬かせた。
「・・・・・オラクル?」
「あぁ」
<ORACLE>の守護者であるオラトリオと同じ容姿―――――けれど、纏う雰囲気は微妙に異なる人物。
電脳図書館の管理者―――――オラクル。
「・・・・・良かった、無事だったのね」
ふわ、と瑠璃が笑みを零すと、必死の表情となっていたオラクルは息を吐き出す。
そのまま安堵の表情となり立てるかと尋ねかけてきたオラクルに瑠璃は頷くと、そっと地面に降ろされる。
その時、腕の中に抱いていたシグナルも意識を取り戻したらしい。
微かな呻き声を洩らし、ぼんやりとシグナルは目を開くと、意識を明確にしようとするかのように数回目を瞬かせる。
「わっ!? す、すみません、瑠璃さん!!」
「シグナル、何をそんなに慌てているんだ?」
不意に大きく目を見開くと慌てふためいた様子で瑠璃の腕の中から飛び降りたシグナルにオラクルが尋ねかけた。
「な、なんでって、理由が分かってて言ってるんだろっ!! オラトリオ―――――~!?」
しかし、驚きと動揺のあまり、軽いパニックに陥りかけていたシグナルは、瑠璃の傍に居た〝オラクル〟をオラトリオだと思い込んでしまっていたようだ。
顔を上げ、勢いよく言い放ったところで呆気に取られた表情となってしまう。
「違う!! あいつと一緒にするなっ!!」
「シグナル君、ここに居るのはオラトリオじゃなく、〝ORACLE〟よ」
一方で憮然となったオラクルの傍らに居た瑠璃がそう告げると、ここに来る前に彼の話をしていた事からシグナルは合点がいったらしい。
「本っ当―――――にオラトリオと同じ顔なんだな―――――っ」
「悪かったなっ」
口をへの字に曲げながら、顔を顰めて呟いたシグナルをオラクルが睨む。
と、シグナルはオラクルを見上げ、ふと笑みを浮かべて言ったのだ。
「でもさ、お前のこと捜してたんだぜ。オラトリオとコードとさっ」
「二人とも来ているのか?」
「・・・えぇ」
目を見開いたオラクルに瑠璃が頷く。
だが、この場には二人の姿が見当たらない。
もしかしたら、あのトラップに巻き込まれてしまったのかもしれない。
そんな思いが瑠璃の胸中にわだかまっていたが、シグナルは二人が無事だと信じて疑っていないようだ。
「とっととさ―――――ここから出てこーぜっ」
と、朗らかにオラクルに告げる。
しかし、それは無理なのだ。
オラクルが居るのは、この空間の中枢。
その背後には無数のケーブルが繋がって伸びており―――――ここから空間を統べている。
だからオラクルは、この場から動く事は出来ないのだ。
そうして、それを知ると絶句してしまったシグナルと目線を合わせるようにオラクルはしゃがむと静かな口調で尋ねかけた。
「・・・どうした、シグナル?」
「ここから動けないって・・・寂しくないのか?」
ぽつりと洩らされた言葉に、オラクルは思案するように腕を組む。
「たいして。作られた時からこうだからな。話し相手にも不自由せんし」
「ぼくだったら―――――・・・やっぱ寂しいと思うな・・・」
返されてきた答えに何ともいえない表情でシグナルが呟いた。
そんなシグナルを見つめ、オラクルは薄く微笑む。
「・・・お前は優しいな、シグナル・・・」
「なんでだよぉ?」
オラトリオと同じ顔に微笑まれてしまったという衝撃に加えて、掛けられてきた言葉の意味が解らずシグナルは当惑した様子で唸る。
そんなやり取りを静観するように見つめていた瑠璃は、ふと鍾乳洞のような作りになっているこの牢獄の前に誰かが近づいてくる気配を感じ格子の方に視線を向けた。
その刹那。
「隠れろ、シグナル!! 瑠璃!!」
バッと勢いよく立ち上がったオラクルに驚いたシグナルを、瑠璃は抱えると素早くその背後に移動する。
「―――――オラクル、最後の取引といきましょう」
牢獄の前に現れたのは、オラトリオのコピーロボット『クォンタム』だった。
オラクルの大きな体躯の影から顔を覗かせた瑠璃は、予想通りの事態に複雑な表情となってしまう。
「(Dr.クエーサーのロボットの言う事なんか聞くなよっ)」
と、瑠璃の様子に気づいたシグナルが小声でオラクルに訴えかけるも現状を打開する方法はない。
「―――――情報が欲しいと言っていたな。一体何の情報が欲しいのだ」
「音井信之介の発明した特殊金属<MIRA>!! 及び光変換性偏軸結晶<シリウス>!! その二つのデータです!!」
だが、オラクルの問いに対しクォンタムが口元を歪め、そう言い放った瞬間シグナルは瑠璃の腕の中から思わず飛び出し、叫んでいた。
「なんだって!!? MIRAとシリウス!!? お前ら!! 前にもアトランダムを使ってぼくのMIRAを奪ったじゃね―――――か!! そのうえシリウスだと―――――!?」
「シグナル君!!」
鉄格子にしがみついて喚くシグナルを止めるべく、瑠璃もまたオラクルの背後から飛び出すとクォンタムの目が俄かに驚きの色を浮べた。
「おや? シグナル君? これはこれは小さくなってしまって。それにお嬢さん―――――確か瑠璃さんでしたよね? 電脳空間にオラトリオとコードともう二人誰かが入って来たと思ったら。最新型HFRのシグナル君と、人間である瑠璃さんだったんですね」
「・・・・・・」
シグナルの姿を見て愉快そうにクォンタムは笑うと、どうして人間である瑠璃がこの場に来る事が出来たのかと探るような眼差しを向けてくる。
が、それに応える訳にはいかないので瑠璃は押し黙っていると、シグナルを鉄格子から引き離したオラクルがクォンタムを見据え、要求に対しての返答を口にする。
「それで・・・もし私が情報を渡さなかったら?」
「私はORACLEと貴方のネットデータもろともこの場で自爆いたしましょう」
クォンタムの宣言を聞いた瞬間、瑠璃は愕然となってしまった。
そして、同時に込み上げくる二つの感情。
―――――Dr.クエーサーに対する憤りと哀しみ。
情報が手に入らないからといって、クォンタムがこの場で自爆をしても得はない。
しかし、Dr.クエーサーの命であればなんでもすると言う。
「―――――本気か?」
「もちろん、それがロボットのなすべき道でしょう?」
絶句の表情となりながら声を洩らしたオラクルに、クォンタムが悠然と微笑む。
その瞬間、瑠璃の中で込み上げてきていた感情を御するものがぷつりと切れてしまった。
そのまま勢いよく瑠璃が鉄格子の前に走り寄り握り締めると、同様にクォンタムの言葉に反応してオラクルの手から抜け出してきたシグナルも傍らにやって来る。
だが。
「違うわ!! そんなの・・・そんなひどい命令をきくなんて!! それじゃあ、まるで意思を持たない道具と同じ扱いじゃない!!」
「・・・瑠璃さん・・・」
しかし、思わず瑠璃が声を荒げて叫ぶと、初めて見たその様子からシグナルは呆然となってしまっていた。
―――――どうしても確かめたい事があるから。
コードに述べたのと同様の事を瑠璃は口にして、やはり電脳空間に降りる事を反対した他のロボット達を押し切る形でこの場に来た。
Dr.クエーサーはロボットを道具としか見ていない。
ならば、そんな人物に造られたロボットは自身の事をどう考えているのだろうか。
それが、瑠璃の確かめたかった事だった。
「そんな事はありませんよ。製作者に従うのは当然です」
ふと、抑揚のない声とともに伸ばされてきたクォンタムの手が、鉄格子を握り締めていた瑠璃の腕に触れる。
その時、瑠璃を見つめるクォンタムの表情が、微かに憂いを帯びて見えたのは気のせいだろうか。
その場から動く事が出来ない為、シグナルと同様に呆然と瑠璃の様子を見ているしか出来なかったオラクルがそう考えた瞬間。
鉄格子から瑠璃の手を外させたクォンタムは、そのままその身体をドンと突き飛ばしたのだ。
「瑠璃さん!? てめぇクォンタムっ!!」
「ロボットなんですから、私達は。ね・・・シグナル君」
不意の事で瑠璃はバランスを崩してしまい地面に倒れこむと、我に返り怒号したシグナルにクォンタムは不敵な微笑を向ける。
と、鉄格子に電流が走りその衝撃からシグナルは意識を失ってしまう。
「シグナル!!」
鉄格子の前から瑠璃を突き飛ばしたのはこの為だったのか。
愕然とオラクルが声を上げると、鉄格子から落下するシグナルを片手で捕らえたクォンタムが問いかけてくる。
「さぁ、もう一回だけお聞きしましょうかねぇ? オラクル。データを私に寄越すか、私もろとも消滅するか・・・」
「く・・・」
クォンタムが冷笑すると、オラクルの顔は苦渋に満ちたものになってしまっていた。
「・・・オラクル・・・」
起き上がった瑠璃もまた、シグナルの救出を行ないたくとも、電流が流れている鉄格子ギリギリの場所で人質を取られてしまっている為に手出しが出来ない。
結果、オラクルはクォンタムの要求を呑まざるを得なくなってしまったのだった。
だが、無限ループから脱出すると、その先に待っていたのは無数の扉―――――床や壁面のあちこちに存在するそれは何処に繋がっているのやら。
下手をすればオラクルに近づくどころか遠退いてしまうかもしれない。
「カルマ、聞こえるか」
「はい。良かった、無限ループから抜け出られましたね」
オラトリオが呼びかけると、自動的に現れたモニター画面にカルマの姿が映し出される。
「とりあえず、オラクルの『意識』に会いたい。最短ルートを出してくれないか?」
「先程からオラクル全体にスキャニングをかけています・・・が、オラクル本体が居るとおぼしき場所にはスクランブルがかかっていてよく見えません」
「それでもいい。地図を出してくれ」
探査状況を歯切れの悪い口調で告げてきたカルマに、オラトリオは地図を要請すると、カルマの姿に代わって現状で分かっている範囲のオラクルへの最短ルートである地図が画面に現れる。
「罠も山のように仕掛けられています。注意していかないと・・・」
「忘れたのか? カルマ。俺ぁオラクルの『守護者』だぜ。奴を守るのは俺の使命・・・」
画面には地図が映し出されている為に、諭すような口調で話をするカルマの声のみが聞こえてきていたのだが、それを制するようにオラトリオは真剣な口調で告げる。
そうして使命の事を口にしたところで、ふと表情を緩めるといつものように軽い調子でぼやきを洩らしたのだ。
「・・・って本当なら可憐なお嬢さんを護ってる方が性に合うのによ」
「その方が貴方らしいですね。では、瑠璃さんの事はきっちりと護って上げて下さいね」
オラトリオに思わずつられたのか。
くすくすとカルマは笑いを零したが、その後に瑠璃の事を口にした時にはその声音は厳しいものに変わっていた。
もちろん、瑠璃の件はオラトリオも重々承知している事なので、それに対しては真面目な顔で頷きカルマとの通信を終えたのだった。
しかし、二人の最後のやり取りを当事者である瑠璃はその時、何やら自己嫌悪に陥ってしまっているらしいシグナルの様子を気にかけていたために聞いていなかった。
「シグナル君、どうかしたの?」
コードの肩の上で暗い表情を浮べ溜息を吐き出したシグナルに眉を顰めながら瑠璃が声を掛ける。
シグナルがそのような状態になってしまったのは、先程の無限ループでのオラトリオとコードの活躍を見てからだった。
「おい、こら、シグナル!!」
「んにゅる」
カルマとの通信を終えると不意にどやすような口調で振り返ってきたオラトリオが、ひょいとシグナルをコードの肩の上から腕を伸ばし持ち上げる。
と、同時にむぎゅと両頬をオラトリオの手に挟み込まれたシグナルは目を見開き奇妙な悲鳴を上げた。
そんなシグナルの様をコードは呆れたような表情で見ていたのだが、どうやら口を挟む気はないようだ。
「何すんだよ!!」
「悩むのは構わねーけど・・・」
じたばたと暴れながら、憤慨した顔でシグナルはオラトリオを睨みつける。
すると、シグナルはオラトリオの頭の上にあるトルコ帽の上に乗せられ、
「俺だって生まれた時から格好良かったわけじゃないぜ。どうだ、安心するだろ?」
片目を瞑りながら、ニヤと笑みを浮べてオラトリオが言った言葉のおかげで、確かに多少はシグナルの気持ちは軽くなったようだった。
「前向きに善処します」
「ぜひ、そ―――しなさい」
シグナルが洩らした言葉にオラトリオが笑みを浮かべ答える。
「シグナル君はシグナル君らしく、自分のペースで成長していけば良いんじゃないかしら」
「はい!」
そして、瑠璃もまたそれを聞いてふわと微笑すると、シグナルは晴れ晴れとした笑顔で返事をしたのである。
その後、カルマが出してくれた地図と照らし合わせながら無数にあった扉の中から最短距離でオラクルが居る場所へ繋がるものを選んで進んで行くと、最後に目の前に現れたのはトラップ解除に成功すれば通ることが出来るという少々危険な扉だった。
そのトラップの解除作業をオラトリオが開始したのだが、暫らくすると出現させたモニター画面を見ながら作業するその顔は憮然としたものに変わっていたのだ。
何やら嫌な電波が送られてくる所為で作業が上手くいかないらしい。
『ったく・・・オラトリオの奴さぼりやがって。今度会った時、覚えてやがれ。ヌケサク!! スカタン!! 給料ドロボー!!』
電波の送り主は囚われの身となってしまっているオラクルだった。
これは二人が同じ電脳を共有しているからこそなせるものである。
その事をコードが指摘した後は「覚えておけよっ」とオラトリオはオラクルに対して唸ると作業に集中することにしたようだ。
そうして、沈黙が訪れると何やら思案するような表情を浮べていたシグナルが、瑠璃に疑問を投げかける。
「あの、瑠璃さん。オラクルってロボットじゃないんですよね」
「えぇ。でもちゃんと『人格』はあるわよ」
「どんな奴なんですか?」
シグナルからの質問に、瑠璃は困ったような表情を浮べてしまう。
オラトリオとオラクル。
二人の外見はよく似ていると思うのだが・・・・。
オラトリオの様子を眺めていたコードに瑠璃は意見を窺うように視線を向けていく。
それにコードは気づくと暫し悩むように眉根を寄せた。
そして、そのままオラトリオを示すときっぱりと一言。
「やっぱ、アレによく似とる」
「師匠! アレってなんですかい!!」
コードの結論が聞こえたオラトリオが抗議を口にする。
「しょうがないでしょう。俺ぁ、オラクルのスペア電脳なんですから」
オラクルに何かあった場合、オラトリオがネットホスト電脳にならなければならない。
その事はシグナルも、先日オラトリオが音井家に来た折に挑んでいった勝負の中で、弱点を調べていた時に瑠璃とカルマから話に聞いたので知っている。
「・・・きっとオラクルは元気だよっ。オラトリオ」
深い溜息を吐き出したオラトリオの姿を見て、シグナルが励ましの言葉を口にする。
しかし。
「・・・あぁ。ネットホスト電脳になったら瑠璃お嬢さんとお付き合いするのも難しくなっちまうし・・・」
「じゃかあしいっ」
オラトリオの後頭部を柳眉を吊り上げたコードが踏みつける。
そうして、瑠璃がオラトリオの言葉に苦笑を零した。
その刹那―――――。
「師匠! シグナル! 瑠璃お嬢さん! 俺の後ろに!!」
俄かに焦った様子で声を上げたオラトリオに従い、その背後に瑠璃達が素早く移動すると正面にあった扉が爆発したのだ。
「しくりました!! トラップを作動させちまったっ!!」
取り出した杖でオラトリオが瞬時に障壁を張ったおかげで何とか猛火は食い止められている。
「もちこたえられるか!?」
「オラクルまで回り道になりやすが空間移動します!!」
叫んだコードにオラトリオはそう言い放つと、杖を振るって扉を出現させる。
「シグナル!! 瑠璃お嬢さんと一緒に先に行け!! その扉の中に入るんだ!!」
「う、うんっ」
シグナルはオラトリオの言葉に促されるまま、すぐに返事をしたが瑠璃はなんとなく躊躇いを感じて頷く事が出来なかった。
―――――これも敵の罠ではないだろうか。
そんな思いが意識の片隅を占めていた。
「瑠璃、大丈夫だ! 俺様達もすぐに後から行く!!」
だが、結局コードの言葉に瑠璃は迷いを振り切られる形となって、シグナルと一緒に扉の向こうに飛び込んで行った。
そうして、シグナルと瑠璃の姿がその場から消えると、その後にコードも続こうとしたのだが。
「オラトリオ!!」
「!!」
コードの叫びを聞いてオラトリオが振り返ると、スウと扉は消失してしまったのだ。
「しまった!! これも敵のトラップ!!? っくしょう!! 完全にやられた・・・!!」
気づいた時には既に遅し。
「聞こえるかぁ、カルマぁぁぁっ!! 頼む!! シグナルと瑠璃お嬢さんだけでもフォローを!!」
オラトリオの絶叫とともに障壁が破れ、残された二人に向かって遮られていた猛火が噴出してきたのだ。
扉の向こうに飛び込むと、そこに広がっていたのは漆黒の闇。
その中を勢いよく落下していく中で、ちびの姿だった所為か。
身に受ける圧力の負担から、先に意識を手放してしまったのはシグナルだった。
「・・・シグナル君っ・・・!!」
脱力したシグナルの身体は、さらに落下の速度を増してしまう。
それを見た瞬間、瑠璃は必死にシグナルに向かって手を伸ばし、小さな身体を捉えると、腕の中に庇うように抱きしめた。
そうして、そのまま自身も落下の衝撃に耐えるべく、無意識のうちにぎゅっと目を閉じていく。
「瑠璃!! 大丈夫か!?」
どのくらいの距離を落ちてきたのだろうか。
軽く意識が遠退きかけていた瑠璃は、ふいに誰かに抱きとめられたと感じるのと同時に聞こえてきた声にゆっくりと目を瞬かせた。
「・・・・・オラクル?」
「あぁ」
<ORACLE>の守護者であるオラトリオと同じ容姿―――――けれど、纏う雰囲気は微妙に異なる人物。
電脳図書館の管理者―――――オラクル。
「・・・・・良かった、無事だったのね」
ふわ、と瑠璃が笑みを零すと、必死の表情となっていたオラクルは息を吐き出す。
そのまま安堵の表情となり立てるかと尋ねかけてきたオラクルに瑠璃は頷くと、そっと地面に降ろされる。
その時、腕の中に抱いていたシグナルも意識を取り戻したらしい。
微かな呻き声を洩らし、ぼんやりとシグナルは目を開くと、意識を明確にしようとするかのように数回目を瞬かせる。
「わっ!? す、すみません、瑠璃さん!!」
「シグナル、何をそんなに慌てているんだ?」
不意に大きく目を見開くと慌てふためいた様子で瑠璃の腕の中から飛び降りたシグナルにオラクルが尋ねかけた。
「な、なんでって、理由が分かってて言ってるんだろっ!! オラトリオ―――――~!?」
しかし、驚きと動揺のあまり、軽いパニックに陥りかけていたシグナルは、瑠璃の傍に居た〝オラクル〟をオラトリオだと思い込んでしまっていたようだ。
顔を上げ、勢いよく言い放ったところで呆気に取られた表情となってしまう。
「違う!! あいつと一緒にするなっ!!」
「シグナル君、ここに居るのはオラトリオじゃなく、〝ORACLE〟よ」
一方で憮然となったオラクルの傍らに居た瑠璃がそう告げると、ここに来る前に彼の話をしていた事からシグナルは合点がいったらしい。
「本っ当―――――にオラトリオと同じ顔なんだな―――――っ」
「悪かったなっ」
口をへの字に曲げながら、顔を顰めて呟いたシグナルをオラクルが睨む。
と、シグナルはオラクルを見上げ、ふと笑みを浮かべて言ったのだ。
「でもさ、お前のこと捜してたんだぜ。オラトリオとコードとさっ」
「二人とも来ているのか?」
「・・・えぇ」
目を見開いたオラクルに瑠璃が頷く。
だが、この場には二人の姿が見当たらない。
もしかしたら、あのトラップに巻き込まれてしまったのかもしれない。
そんな思いが瑠璃の胸中にわだかまっていたが、シグナルは二人が無事だと信じて疑っていないようだ。
「とっととさ―――――ここから出てこーぜっ」
と、朗らかにオラクルに告げる。
しかし、それは無理なのだ。
オラクルが居るのは、この空間の中枢。
その背後には無数のケーブルが繋がって伸びており―――――ここから空間を統べている。
だからオラクルは、この場から動く事は出来ないのだ。
そうして、それを知ると絶句してしまったシグナルと目線を合わせるようにオラクルはしゃがむと静かな口調で尋ねかけた。
「・・・どうした、シグナル?」
「ここから動けないって・・・寂しくないのか?」
ぽつりと洩らされた言葉に、オラクルは思案するように腕を組む。
「たいして。作られた時からこうだからな。話し相手にも不自由せんし」
「ぼくだったら―――――・・・やっぱ寂しいと思うな・・・」
返されてきた答えに何ともいえない表情でシグナルが呟いた。
そんなシグナルを見つめ、オラクルは薄く微笑む。
「・・・お前は優しいな、シグナル・・・」
「なんでだよぉ?」
オラトリオと同じ顔に微笑まれてしまったという衝撃に加えて、掛けられてきた言葉の意味が解らずシグナルは当惑した様子で唸る。
そんなやり取りを静観するように見つめていた瑠璃は、ふと鍾乳洞のような作りになっているこの牢獄の前に誰かが近づいてくる気配を感じ格子の方に視線を向けた。
その刹那。
「隠れろ、シグナル!! 瑠璃!!」
バッと勢いよく立ち上がったオラクルに驚いたシグナルを、瑠璃は抱えると素早くその背後に移動する。
「―――――オラクル、最後の取引といきましょう」
牢獄の前に現れたのは、オラトリオのコピーロボット『クォンタム』だった。
オラクルの大きな体躯の影から顔を覗かせた瑠璃は、予想通りの事態に複雑な表情となってしまう。
「(Dr.クエーサーのロボットの言う事なんか聞くなよっ)」
と、瑠璃の様子に気づいたシグナルが小声でオラクルに訴えかけるも現状を打開する方法はない。
「―――――情報が欲しいと言っていたな。一体何の情報が欲しいのだ」
「音井信之介の発明した特殊金属<MIRA>!! 及び光変換性偏軸結晶<シリウス>!! その二つのデータです!!」
だが、オラクルの問いに対しクォンタムが口元を歪め、そう言い放った瞬間シグナルは瑠璃の腕の中から思わず飛び出し、叫んでいた。
「なんだって!!? MIRAとシリウス!!? お前ら!! 前にもアトランダムを使ってぼくのMIRAを奪ったじゃね―――――か!! そのうえシリウスだと―――――!?」
「シグナル君!!」
鉄格子にしがみついて喚くシグナルを止めるべく、瑠璃もまたオラクルの背後から飛び出すとクォンタムの目が俄かに驚きの色を浮べた。
「おや? シグナル君? これはこれは小さくなってしまって。それにお嬢さん―――――確か瑠璃さんでしたよね? 電脳空間にオラトリオとコードともう二人誰かが入って来たと思ったら。最新型HFRのシグナル君と、人間である瑠璃さんだったんですね」
「・・・・・・」
シグナルの姿を見て愉快そうにクォンタムは笑うと、どうして人間である瑠璃がこの場に来る事が出来たのかと探るような眼差しを向けてくる。
が、それに応える訳にはいかないので瑠璃は押し黙っていると、シグナルを鉄格子から引き離したオラクルがクォンタムを見据え、要求に対しての返答を口にする。
「それで・・・もし私が情報を渡さなかったら?」
「私はORACLEと貴方のネットデータもろともこの場で自爆いたしましょう」
クォンタムの宣言を聞いた瞬間、瑠璃は愕然となってしまった。
そして、同時に込み上げくる二つの感情。
―――――Dr.クエーサーに対する憤りと哀しみ。
情報が手に入らないからといって、クォンタムがこの場で自爆をしても得はない。
しかし、Dr.クエーサーの命であればなんでもすると言う。
「―――――本気か?」
「もちろん、それがロボットのなすべき道でしょう?」
絶句の表情となりながら声を洩らしたオラクルに、クォンタムが悠然と微笑む。
その瞬間、瑠璃の中で込み上げてきていた感情を御するものがぷつりと切れてしまった。
そのまま勢いよく瑠璃が鉄格子の前に走り寄り握り締めると、同様にクォンタムの言葉に反応してオラクルの手から抜け出してきたシグナルも傍らにやって来る。
だが。
「違うわ!! そんなの・・・そんなひどい命令をきくなんて!! それじゃあ、まるで意思を持たない道具と同じ扱いじゃない!!」
「・・・瑠璃さん・・・」
しかし、思わず瑠璃が声を荒げて叫ぶと、初めて見たその様子からシグナルは呆然となってしまっていた。
―――――どうしても確かめたい事があるから。
コードに述べたのと同様の事を瑠璃は口にして、やはり電脳空間に降りる事を反対した他のロボット達を押し切る形でこの場に来た。
Dr.クエーサーはロボットを道具としか見ていない。
ならば、そんな人物に造られたロボットは自身の事をどう考えているのだろうか。
それが、瑠璃の確かめたかった事だった。
「そんな事はありませんよ。製作者に従うのは当然です」
ふと、抑揚のない声とともに伸ばされてきたクォンタムの手が、鉄格子を握り締めていた瑠璃の腕に触れる。
その時、瑠璃を見つめるクォンタムの表情が、微かに憂いを帯びて見えたのは気のせいだろうか。
その場から動く事が出来ない為、シグナルと同様に呆然と瑠璃の様子を見ているしか出来なかったオラクルがそう考えた瞬間。
鉄格子から瑠璃の手を外させたクォンタムは、そのままその身体をドンと突き飛ばしたのだ。
「瑠璃さん!? てめぇクォンタムっ!!」
「ロボットなんですから、私達は。ね・・・シグナル君」
不意の事で瑠璃はバランスを崩してしまい地面に倒れこむと、我に返り怒号したシグナルにクォンタムは不敵な微笑を向ける。
と、鉄格子に電流が走りその衝撃からシグナルは意識を失ってしまう。
「シグナル!!」
鉄格子の前から瑠璃を突き飛ばしたのはこの為だったのか。
愕然とオラクルが声を上げると、鉄格子から落下するシグナルを片手で捕らえたクォンタムが問いかけてくる。
「さぁ、もう一回だけお聞きしましょうかねぇ? オラクル。データを私に寄越すか、私もろとも消滅するか・・・」
「く・・・」
クォンタムが冷笑すると、オラクルの顔は苦渋に満ちたものになってしまっていた。
「・・・オラクル・・・」
起き上がった瑠璃もまた、シグナルの救出を行ないたくとも、電流が流れている鉄格子ギリギリの場所で人質を取られてしまっている為に手出しが出来ない。
結果、オラクルはクォンタムの要求を呑まざるを得なくなってしまったのだった。