第六章『電脳の迷宮』
『TWINSIGNAL夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
電脳の迷宮
世の中には自分と同じ顔をした人物が三人はいるのだという。
そんな説を誰しも一度は聞いた事があるのではないだろうか。
だが、それはあくまでも外見が似ているというだけのことなのだ。
―――――性格や能力等。
これは個人を取り巻く生活環境や両親からの遺伝といったことに左右される為、全く同じ人間にはなり得ない。
だが、人間の姿をした『人間形態ロボット』の場合。
データさえ手に入れば、〝複製ロボット〟を造りだすことが可能なのだ。
そして、それを実行したのがリュケイオンの事件の黒幕であったDr.クエーサーだった。
音井教授が製作したA-ナンバーズ―――――<A-O>ORATORIOの複製ロボットをDr.クエーサーは造ったのだ。
「初めまして。私は・・・<QUANTUM> ―――――とでも名乗っておきましょうか」
オラトリオの複製ロボット―――――『クォンタム』がシグナル達の前に姿を現したのは、一人で日本に遊びにやって来たマリエルを空港に迎えに行った日のことだった。
そして、翌日―――――。
音井家一同でマリエルを連れて近くの遊園地に遊びに出かけることになったのだが。
「みのる、瑠璃」
ロボット達も同行するのかどうか確認すべく、二階の奥にある研究室に向かおうとしていたみのると瑠璃に声をかけてきたのはコードだった。
「あら、コード。どうしたの?」
みのるが尋ねた傍らで、右腕を瑠璃が差し出すと、バサッとそこにコードが舞い降りてくる。
「今日、人間連中は出かけるんだよな」
「そうよ、コードも行く?」
きょとんと目を瞬くと、笑みを浮べ瑠璃はコードに問いかける。
「いいや、その逆。ロボットたちは全員残る」
だが、コードの答えを聞いた瞬間俄かに目を見開くと、思わず彼の顔を瑠璃は凝視していた。
まさか―――――
嫌な予感が駆け巡る。
昨日現れた『クォンタム』が―――――<ORACLE> に何かを仕掛けてきたのではないだろうか。
「―――――何かあったのね!?」
コードの言葉に首を傾げはしたものの、すぐさま何事かがあったのだろうとみのるも察し、問いを発するのと同時に彼の顔を凝視する。
その眼差しにコードは根負けしたらしく、やがて溜息を吐き出すと口を開いた。
「詳しくは解らんが・・・神託が途切れたそうだ」
「『神託』って・・・<ORACLE>が!?」
顔色を変えたみのるが、ダッと勢いよく研究室に向かって走っていく。
「・・・・・」
「瑠璃」
みのるが研究室に飛び込むと、その後を追うことはせず茫然と立ち尽くしていた瑠璃に、コードが気遣うように呼びかけてきた。
その声にハッと我に返った瑠璃はコードの顔を見つめると淡々と口を開いた。
「・・・コード。〝お願い〟があるの」
〝お願い〟という言葉に猛禽を思わせるコードの瞳に、微かに険しい光が宿る。
この状況下で、瑠璃がコードに何かを〝お願い〟するとすれば、それは・・・・・
「―――――お前も電脳空間に降りるつもりなのか?」
「えぇ、『アレ』を使うわ。本当なら人間である私が重要機密の多い<ORACLE>の件に関わるのはまずいのでしょうけれど・・・・・どうしても、確かめたい事があるから」
最初、<ORACLE>へコードに案内されて瑠璃が行った時、そこの守護者 であったオラトリオは連れてきたコードに対して憤慨していた。
だが、<ORACLE>の管理者であり彼の相棒でもあった〝オラクル〟が許可してくれた事によって、そこに瑠璃は自由に立ち入る事が出来るようになっている。
「・・・分かった。では、教授たちには俺様から伝えておこう」
暫しの間、コードと瑠璃は互いに真剣な表情で見合っていたが、やはり折れたのはコードの方だった。
一度言い出したら瑠璃が決して引かないという事をコードは知っている。
そして、シスコンであるためにどうしても『妹』に対してコードは甘くなってしまう部分がある。
だから『妹のような存在』である瑠璃から〝お願い〟をされてしまった場合、それもまた道理となってしまうのだ。
「・・・ありがとう、コード。じゃあ、よろしくね」
そうして、バサリと羽ばたいて開かれていた研究室の扉の向こうにコードが入っていくと、『アレ』の準備をするべく研究室と同じ階にあった自室に瑠璃も姿を消した。
電脳空間というのは、コンピューターの中の「もう一つの世界」。
その空間での出来事はすべてCGに変換される―――――いわば仮想現実世界なのだ。
だから、ロボット以外の存在がその世界に「入る」事は不可能なのである。
しかし、瑠璃が製作した『ダイブシステム』―――――<Dream Travel> というものを使用すれば、本来ならばロボットしか入ることが出来ないその世界へ人間も「入る」事が可能になるのだ。
―――――システムの鍵は人間の『脳』。人間の脳は微弱な電波を出しており、物を見たり身体を動かしたりする時に流れる部位が決まっている。
だから逆の発想を用いてデータ化された情報の電波を相応の部分に送れば、そこにないものを見せたり感じさせたりする事が出来るのだ。
そして、今度はその情報を認識している人間の『意識』を『送信』する。
結果、それを使用した人間の身体は眠りに落ち、いわば夢を見るという形で電脳空間に「降り」る事が出来るようになるのだ。
瑠璃が言っていた『アレ』とは、そのダイブシステムのことであり、教授たちもシステムの存在は容認している。
また、現在音井家に居るロボット達も、電脳空間の存在を知らなかったシグナルを除けば、知っている事だった。
だから、コードから瑠璃も残るという事を聞いたときに、教授たちとロボットたちも最初渋りはしたのだが―――――結局、唯一<ORACLE>に自由に出入りする事が出来る人間ということで、瑠璃も残る事が了承されたのだった。
「ち、ちびーっ!!? うははははは―――――~!!」
「笑うな―――――っ。なんでお前がマトモでぼくがこんな姿なんだ―――――!!」
電脳空間にオラトリオの笑い声と、シグナルの絶叫が響き渡る。
電脳空間は初めてであったシグナルを、オラトリオが先に連れて降りてみると、シグナルの外見はちびシグナルに変わってしまっていたのだ。
予想外の事態に堪えきれず大笑いを始めてしまったオラトリオに、くわっとシグナルは噛み付いていく。
「うるさいな、何を騒いでいる」
「この声は・・・」
しかし、ふと聞こえてきたコードの声に憮然とした表情でシグナルは振り返ると、愕然と固まってしまう。
いまが非常時だと判っていないなと呆れた様子で言ったコードは、そんなシグナルを見て怪訝そうに眉を顰める。
「? なんだ?」
「鳥じゃないのぉ~~~!?」
驚きのあまり裏返った声で叫んだシグナルの前には、櫻色の髪をした着物姿の青年が立っている。
「あぁ、この姿か? 俺様は空間内ではずっとこの姿だったぞ」
シグナルの叫びから合点が言ったコードは、しれっとした口調でそう告げる。
最初、コードは人型として造られるはずであったため、電脳空間ではその姿となるのだ。
「なんで、ぼくだけ―――――!!」
「シグナル君の場合は、たぶん・・・体に使われている特殊金属『MIRA』が、空間に不慣れなシグナル君のために、動かしやすいグラフィックとして、その姿に勝手に設定しちゃったんじゃないかしら。MIRAは、いわば『考える金属』だから」
涙を浮べながら嘆き始めたシグナルに、コードと一緒に電脳空間に降りてきた瑠璃は、苦笑を浮べながら告げる。
と―――――
「空間に慣れれば〝多分〟大きい姿の方になれる〝かも〟な」
次いで他人事のような口調で言ったコードの言葉も聞いて、やがて渋々ながら分かったと頷いたシグナルに瑠璃は視線を合わせるようにしゃがむと尋ねかけた。
「ところで、シグナル君。その姿だと歩きづらくない? シグナル君さえ嫌じゃなければ、私が抱えて行きましょうか?」
「えぇ!? る、瑠璃さん、そ、それは・・・」
普段、ちびシグナルをよく瑠璃は抱きかかえたりしているので、瑠璃にとっては何気ない言葉だった。
だが、外見はちびシグナルであっても、いま中身の方は青年シグナルなのだ。
「瑠璃、こいつの事は気にしなくても大丈夫だ」
「うわ!! いきなり何するんだよ、コード!!」
瑠璃からの申し出に慌てた表情となったシグナルの体が、不意にコードによって掴み上げられた。
「俺様の肩に乗せてやる。だから、文句を言わず大人しくしていろ」
抗議を口にしたシグナルは射るようなコードの眼差しに絶句する。
一方でそんなシグナルの姿を見てオラトリオがニヤリと笑みを浮べる。
と―――――
「さて、不法なお客さんを追い出すとしますかね」
目の前に具象化していた巨大な白亜の図書館―――――研究機関専用ネット<ORACLE>を真剣な表情で見据えてそう言い放ったのだった。
暗証番号の変えられていなかった門を通り、やはり同様に何の細工もされていなかった図書館の扉を開き中に入ると、受付カウンターの前には奇怪なピエロの姿が在った。
どうやら<ORACLE>内部にまだいるらしい侵入者が仕掛けていったピエロは、主人が貸し切っているこの場の中にどうしても入るというのならば、何が起きても驚かぬよう。
注意を怠らぬようと言って、不気味な笑い声とともに消失した。
そして、それ事態はチープな脅しでしかなかったが、建物の内に向かって進んでいくと待ち受けていたのは延々と続いている廊下だった。
「なっ、コードぉ、オラトリオぉ、廊下ばっかりで退屈じゃねぇか―――――?」
「シグナル、お前はヒトの肩に乗っているだけだろう。贅沢言うな」
往けども、往けども変わらぬ景色に、視線を巡らせながらシグナルがぼやく。
しかし、コードが睨みを向けると、シグナルはムッとした表情を浮かべ、その隣を歩いていた瑠璃に話しを振る。
「瑠璃さんもこんな景色ばっかりじゃ、飽きちゃいますよね」
「えぇ・・・そうねぇ」
「瑠璃、ガキの言う事に構う必要はないぞ」
微苦笑を浮べながら瑠璃が応じると、そこでまたシグナルに対し容赦のない言葉をコードが口にする。
と―――――
「コード!! お前、電脳空間で体が大きくなったからってえらそうに!!」
「まっ。確かにそろそろいいころあいだな」
怒気を含ませた口調でシグナルがコードに唸ると、ふと前方を歩いていたオラトリオが廊下を見据えながら呟くと同時にコートの袖の中に手を入れた。
そして、オラトリオは袖から一本の杖を取り出すと空中に四角い枠を描いていく。
「えっえっ?」
その様を見て、コードに対しての怒りを思わず忘れてしまったシグナルが、呆然とした声を上げる。
やがて、ザァッという音が聞こえてくるとテレビのモニターのようになった四角い画面に映し出されたのは空間補助に入ったカルマの姿だった。
「すみません、オラトリオ。お待たせしましたか?」
「いや、こっちはこっちで様子を見てたからな」
<ORACLE>の内部は―――――オラトリオとオラクルをよほど敵が会わせたくないのか。
オラトリオが知る状態とは全然違うものになってしまっていた。
だから上 から見ているカルマの空間補助が頼りになってくるかもしれない。
それが現状でオラトリオが出した結論だった。
「とりあえずこの廊下から出たいよ―――。カルマ―――何とかして―――」
「あれ? シグナル君、大きくないんですか?」
オラトリオからオラクルの中の様子を聞き、深刻そうな表情を浮べていたカルマは、コードの肩の上から訴えてきたシグナルの姿に気づくと、驚いた様子で目を見開いた。
そんなカルマに、苦笑いを浮べながら瑠璃が言う。
「あのね、カルマ君・・・中身は大きい方のシグナル君よ」
「そうなんですか? ということは、姿だけ小っちゃく・・・」
「笑いたきゃ笑えいっ!!」
手で口元を押さえはしたものの堪えきれずに、
「ぷっ」
と、込み上げてきた笑いを零したカルマに、憤慨した表情でシグナルが言い放つ。
「いえ、すみませんでした」
すると、さすがと言うべきなのだろうか。
コホン・・・と咳払いを一つして、カルマは平静を取り戻したようだった。
そして、今まで進んでいた廊下に関しての分析結果を告げてくる。
「その廊下は侵入者によって無限ループにプログラミングを変更された、いわゆる『トラップ』です」
「あぁ。やっぱりな」
カルマの言葉に、オラトリオが相槌を打つ。
無限ループということは、脱出できなければ一生このままということだ。
「どこかにプログラムの『ほころび』がある筈なのですが・・・オラクルとコンタクトできない限り、それ を上から見つけることは出来ません」
頼みの綱だったカルマも御手上げ状態。
こっちで見つけなければならないのかと、些かげんなりした表情でオラトリオは嘆息すると、
「分かった。何とか脱出してみる。ここから出られたらまた呼ぶから待機しててくれ」
そう言って、カルマとの通信を一旦切り上げたのだった。
しかし、今はオラトリオもオラクルと接続が出来ない状態なのだ。
「いつもならこんなのちょちょいのちょいなのによ―――――」
めんどくさいとブツブツ呟きながら、オラトリオは廊下の壁に歩み寄っていく。
そうして、ポンッと右手を壁に触れさせると、そのままそこに耳を近づけて欹てるようにしながら、左手に握っていた杖で、コンコン・・・と壁面を叩いていく。
どうやら、古典的探査手段を用いることにしたらしい。
かなり神経を遣うであろうその作業を、幾許かの間、瑠璃とコードは沈黙を持って見守っていたのだが。
「げ?」
ふと、目を瞠り驚きの声を洩らしたのはシグナルだった。
ある程度まで壁面を探ったところで、ゆっくりとオラトリオは身を引いたのだが、その後再び壁に伸ばすとピタと触れたオラトリオの右手が、ズブッと中に入り込んでいったのだ。
「ていやっ」
やがて、掛け声とともに壁面の中から抜け出されたオラトリオの右手には、二本の接続ケーブルが握られていた。
そして、左手に持っていた杖をクルッとオラトリオは回転させながら、杖の持ち手にある左右の穴に2本の接続ケーブルを繋ぐ。
すると、杖の持ち手の下部分がパカッと開き、そこから新たにケーブルが一本現れる。
そのケーブルを自身のジャックポッドにオラトリオは繋ぐと、その場で杖を地に着き立てながらゆっくりと身を屈めていく。
「何してんだ?」
そのまま目を閉じて動きを止めてしまったオラトリオの姿に、シグナルが困惑した表情で唸る。
「見えた!! 師匠!! 1時の方角! やってくれ!!」
眼光鋭くオラトリオがこちらに振り返り、コードに向けてそう言い放ったのはその直後だった。
「え?」
呆気に取られながらシグナルが目を瞬くと、オラトリオの言葉に応じて右手の着物の袂をコードが翻す。
すると、コードの両手の中に淡い光が瞬き始め、やがてそこに一振りの刀が現れたのだ。
「シグナル、お前は運がいい。電脳空間に入ってすぐに俺様の『細雪』が拝めるのだからな」
右手で刀を掲げながら左手を刃に添えてコードが不敵に微笑む。
刹那、オラトリオが示した方に向かって刃が振り下ろされると、そこにあった壁面は跡形もなく消え去っていた。
何が起こったのか分からず、呆然とした表情となってしまったシグナルに、口元に微笑を刻みながらコードが告げる。
「この剣に触れたプログラムは〝細雪〟のように霧散する。電脳空間における俺様の最強の攻撃ソフトプログラムだ」
世の中には自分と同じ顔をした人物が三人はいるのだという。
そんな説を誰しも一度は聞いた事があるのではないだろうか。
だが、それはあくまでも外見が似ているというだけのことなのだ。
―――――性格や能力等。
これは個人を取り巻く生活環境や両親からの遺伝といったことに左右される為、全く同じ人間にはなり得ない。
だが、人間の姿をした『人間形態ロボット』の場合。
データさえ手に入れば、〝複製ロボット〟を造りだすことが可能なのだ。
そして、それを実行したのがリュケイオンの事件の黒幕であったDr.クエーサーだった。
音井教授が製作したA-ナンバーズ―――――<A-O>ORATORIOの複製ロボットをDr.クエーサーは造ったのだ。
「初めまして。私は・・・
オラトリオの複製ロボット―――――『クォンタム』がシグナル達の前に姿を現したのは、一人で日本に遊びにやって来たマリエルを空港に迎えに行った日のことだった。
そして、翌日―――――。
音井家一同でマリエルを連れて近くの遊園地に遊びに出かけることになったのだが。
「みのる、瑠璃」
ロボット達も同行するのかどうか確認すべく、二階の奥にある研究室に向かおうとしていたみのると瑠璃に声をかけてきたのはコードだった。
「あら、コード。どうしたの?」
みのるが尋ねた傍らで、右腕を瑠璃が差し出すと、バサッとそこにコードが舞い降りてくる。
「今日、人間連中は出かけるんだよな」
「そうよ、コードも行く?」
きょとんと目を瞬くと、笑みを浮べ瑠璃はコードに問いかける。
「いいや、その逆。ロボットたちは全員残る」
だが、コードの答えを聞いた瞬間俄かに目を見開くと、思わず彼の顔を瑠璃は凝視していた。
まさか―――――
嫌な予感が駆け巡る。
昨日現れた『クォンタム』が―――――
「―――――何かあったのね!?」
コードの言葉に首を傾げはしたものの、すぐさま何事かがあったのだろうとみのるも察し、問いを発するのと同時に彼の顔を凝視する。
その眼差しにコードは根負けしたらしく、やがて溜息を吐き出すと口を開いた。
「詳しくは解らんが・・・神託が途切れたそうだ」
「『神託』って・・・<ORACLE>が!?」
顔色を変えたみのるが、ダッと勢いよく研究室に向かって走っていく。
「・・・・・」
「瑠璃」
みのるが研究室に飛び込むと、その後を追うことはせず茫然と立ち尽くしていた瑠璃に、コードが気遣うように呼びかけてきた。
その声にハッと我に返った瑠璃はコードの顔を見つめると淡々と口を開いた。
「・・・コード。〝お願い〟があるの」
〝お願い〟という言葉に猛禽を思わせるコードの瞳に、微かに険しい光が宿る。
この状況下で、瑠璃がコードに何かを〝お願い〟するとすれば、それは・・・・・
「―――――お前も電脳空間に降りるつもりなのか?」
「えぇ、『アレ』を使うわ。本当なら人間である私が重要機密の多い<ORACLE>の件に関わるのはまずいのでしょうけれど・・・・・どうしても、確かめたい事があるから」
最初、<ORACLE>へコードに案内されて瑠璃が行った時、そこの
だが、<ORACLE>の管理者であり彼の相棒でもあった〝オラクル〟が許可してくれた事によって、そこに瑠璃は自由に立ち入る事が出来るようになっている。
「・・・分かった。では、教授たちには俺様から伝えておこう」
暫しの間、コードと瑠璃は互いに真剣な表情で見合っていたが、やはり折れたのはコードの方だった。
一度言い出したら瑠璃が決して引かないという事をコードは知っている。
そして、シスコンであるためにどうしても『妹』に対してコードは甘くなってしまう部分がある。
だから『妹のような存在』である瑠璃から〝お願い〟をされてしまった場合、それもまた道理となってしまうのだ。
「・・・ありがとう、コード。じゃあ、よろしくね」
そうして、バサリと羽ばたいて開かれていた研究室の扉の向こうにコードが入っていくと、『アレ』の準備をするべく研究室と同じ階にあった自室に瑠璃も姿を消した。
電脳空間というのは、コンピューターの中の「もう一つの世界」。
その空間での出来事はすべてCGに変換される―――――いわば仮想現実世界なのだ。
だから、ロボット以外の存在がその世界に「入る」事は不可能なのである。
しかし、瑠璃が製作した『ダイブシステム』―――――
―――――システムの鍵は人間の『脳』。人間の脳は微弱な電波を出しており、物を見たり身体を動かしたりする時に流れる部位が決まっている。
だから逆の発想を用いてデータ化された情報の電波を相応の部分に送れば、そこにないものを見せたり感じさせたりする事が出来るのだ。
そして、今度はその情報を認識している人間の『意識』を『送信』する。
結果、それを使用した人間の身体は眠りに落ち、いわば夢を見るという形で電脳空間に「降り」る事が出来るようになるのだ。
瑠璃が言っていた『アレ』とは、そのダイブシステムのことであり、教授たちもシステムの存在は容認している。
また、現在音井家に居るロボット達も、電脳空間の存在を知らなかったシグナルを除けば、知っている事だった。
だから、コードから瑠璃も残るという事を聞いたときに、教授たちとロボットたちも最初渋りはしたのだが―――――結局、唯一<ORACLE>に自由に出入りする事が出来る人間ということで、瑠璃も残る事が了承されたのだった。
「ち、ちびーっ!!? うははははは―――――~!!」
「笑うな―――――っ。なんでお前がマトモでぼくがこんな姿なんだ―――――!!」
電脳空間にオラトリオの笑い声と、シグナルの絶叫が響き渡る。
電脳空間は初めてであったシグナルを、オラトリオが先に連れて降りてみると、シグナルの外見はちびシグナルに変わってしまっていたのだ。
予想外の事態に堪えきれず大笑いを始めてしまったオラトリオに、くわっとシグナルは噛み付いていく。
「うるさいな、何を騒いでいる」
「この声は・・・」
しかし、ふと聞こえてきたコードの声に憮然とした表情でシグナルは振り返ると、愕然と固まってしまう。
いまが非常時だと判っていないなと呆れた様子で言ったコードは、そんなシグナルを見て怪訝そうに眉を顰める。
「? なんだ?」
「鳥じゃないのぉ~~~!?」
驚きのあまり裏返った声で叫んだシグナルの前には、櫻色の髪をした着物姿の青年が立っている。
「あぁ、この姿か? 俺様は空間内ではずっとこの姿だったぞ」
シグナルの叫びから合点が言ったコードは、しれっとした口調でそう告げる。
最初、コードは人型として造られるはずであったため、電脳空間ではその姿となるのだ。
「なんで、ぼくだけ―――――!!」
「シグナル君の場合は、たぶん・・・体に使われている特殊金属『MIRA』が、空間に不慣れなシグナル君のために、動かしやすいグラフィックとして、その姿に勝手に設定しちゃったんじゃないかしら。MIRAは、いわば『考える金属』だから」
涙を浮べながら嘆き始めたシグナルに、コードと一緒に電脳空間に降りてきた瑠璃は、苦笑を浮べながら告げる。
と―――――
「空間に慣れれば〝多分〟大きい姿の方になれる〝かも〟な」
次いで他人事のような口調で言ったコードの言葉も聞いて、やがて渋々ながら分かったと頷いたシグナルに瑠璃は視線を合わせるようにしゃがむと尋ねかけた。
「ところで、シグナル君。その姿だと歩きづらくない? シグナル君さえ嫌じゃなければ、私が抱えて行きましょうか?」
「えぇ!? る、瑠璃さん、そ、それは・・・」
普段、ちびシグナルをよく瑠璃は抱きかかえたりしているので、瑠璃にとっては何気ない言葉だった。
だが、外見はちびシグナルであっても、いま中身の方は青年シグナルなのだ。
「瑠璃、こいつの事は気にしなくても大丈夫だ」
「うわ!! いきなり何するんだよ、コード!!」
瑠璃からの申し出に慌てた表情となったシグナルの体が、不意にコードによって掴み上げられた。
「俺様の肩に乗せてやる。だから、文句を言わず大人しくしていろ」
抗議を口にしたシグナルは射るようなコードの眼差しに絶句する。
一方でそんなシグナルの姿を見てオラトリオがニヤリと笑みを浮べる。
と―――――
「さて、不法なお客さんを追い出すとしますかね」
目の前に具象化していた巨大な白亜の図書館―――――研究機関専用ネット<ORACLE>を真剣な表情で見据えてそう言い放ったのだった。
暗証番号の変えられていなかった門を通り、やはり同様に何の細工もされていなかった図書館の扉を開き中に入ると、受付カウンターの前には奇怪なピエロの姿が在った。
どうやら<ORACLE>内部にまだいるらしい侵入者が仕掛けていったピエロは、主人が貸し切っているこの場の中にどうしても入るというのならば、何が起きても驚かぬよう。
注意を怠らぬようと言って、不気味な笑い声とともに消失した。
そして、それ事態はチープな脅しでしかなかったが、建物の内に向かって進んでいくと待ち受けていたのは延々と続いている廊下だった。
「なっ、コードぉ、オラトリオぉ、廊下ばっかりで退屈じゃねぇか―――――?」
「シグナル、お前はヒトの肩に乗っているだけだろう。贅沢言うな」
往けども、往けども変わらぬ景色に、視線を巡らせながらシグナルがぼやく。
しかし、コードが睨みを向けると、シグナルはムッとした表情を浮かべ、その隣を歩いていた瑠璃に話しを振る。
「瑠璃さんもこんな景色ばっかりじゃ、飽きちゃいますよね」
「えぇ・・・そうねぇ」
「瑠璃、ガキの言う事に構う必要はないぞ」
微苦笑を浮べながら瑠璃が応じると、そこでまたシグナルに対し容赦のない言葉をコードが口にする。
と―――――
「コード!! お前、電脳空間で体が大きくなったからってえらそうに!!」
「まっ。確かにそろそろいいころあいだな」
怒気を含ませた口調でシグナルがコードに唸ると、ふと前方を歩いていたオラトリオが廊下を見据えながら呟くと同時にコートの袖の中に手を入れた。
そして、オラトリオは袖から一本の杖を取り出すと空中に四角い枠を描いていく。
「えっえっ?」
その様を見て、コードに対しての怒りを思わず忘れてしまったシグナルが、呆然とした声を上げる。
やがて、ザァッという音が聞こえてくるとテレビのモニターのようになった四角い画面に映し出されたのは空間補助に入ったカルマの姿だった。
「すみません、オラトリオ。お待たせしましたか?」
「いや、こっちはこっちで様子を見てたからな」
<ORACLE>の内部は―――――オラトリオとオラクルをよほど敵が会わせたくないのか。
オラトリオが知る状態とは全然違うものになってしまっていた。
だから
それが現状でオラトリオが出した結論だった。
「とりあえずこの廊下から出たいよ―――。カルマ―――何とかして―――」
「あれ? シグナル君、大きくないんですか?」
オラトリオからオラクルの中の様子を聞き、深刻そうな表情を浮べていたカルマは、コードの肩の上から訴えてきたシグナルの姿に気づくと、驚いた様子で目を見開いた。
そんなカルマに、苦笑いを浮べながら瑠璃が言う。
「あのね、カルマ君・・・中身は大きい方のシグナル君よ」
「そうなんですか? ということは、姿だけ小っちゃく・・・」
「笑いたきゃ笑えいっ!!」
手で口元を押さえはしたものの堪えきれずに、
「ぷっ」
と、込み上げてきた笑いを零したカルマに、憤慨した表情でシグナルが言い放つ。
「いえ、すみませんでした」
すると、さすがと言うべきなのだろうか。
コホン・・・と咳払いを一つして、カルマは平静を取り戻したようだった。
そして、今まで進んでいた廊下に関しての分析結果を告げてくる。
「その廊下は侵入者によって無限ループにプログラミングを変更された、いわゆる『トラップ』です」
「あぁ。やっぱりな」
カルマの言葉に、オラトリオが相槌を打つ。
無限ループということは、脱出できなければ一生このままということだ。
「どこかにプログラムの『ほころび』がある筈なのですが・・・オラクルとコンタクトできない限り、
頼みの綱だったカルマも御手上げ状態。
こっちで見つけなければならないのかと、些かげんなりした表情でオラトリオは嘆息すると、
「分かった。何とか脱出してみる。ここから出られたらまた呼ぶから待機しててくれ」
そう言って、カルマとの通信を一旦切り上げたのだった。
しかし、今はオラトリオもオラクルと接続が出来ない状態なのだ。
「いつもならこんなのちょちょいのちょいなのによ―――――」
めんどくさいとブツブツ呟きながら、オラトリオは廊下の壁に歩み寄っていく。
そうして、ポンッと右手を壁に触れさせると、そのままそこに耳を近づけて欹てるようにしながら、左手に握っていた杖で、コンコン・・・と壁面を叩いていく。
どうやら、古典的探査手段を用いることにしたらしい。
かなり神経を遣うであろうその作業を、幾許かの間、瑠璃とコードは沈黙を持って見守っていたのだが。
「げ?」
ふと、目を瞠り驚きの声を洩らしたのはシグナルだった。
ある程度まで壁面を探ったところで、ゆっくりとオラトリオは身を引いたのだが、その後再び壁に伸ばすとピタと触れたオラトリオの右手が、ズブッと中に入り込んでいったのだ。
「ていやっ」
やがて、掛け声とともに壁面の中から抜け出されたオラトリオの右手には、二本の接続ケーブルが握られていた。
そして、左手に持っていた杖をクルッとオラトリオは回転させながら、杖の持ち手にある左右の穴に2本の接続ケーブルを繋ぐ。
すると、杖の持ち手の下部分がパカッと開き、そこから新たにケーブルが一本現れる。
そのケーブルを自身のジャックポッドにオラトリオは繋ぐと、その場で杖を地に着き立てながらゆっくりと身を屈めていく。
「何してんだ?」
そのまま目を閉じて動きを止めてしまったオラトリオの姿に、シグナルが困惑した表情で唸る。
「見えた!! 師匠!! 1時の方角! やってくれ!!」
眼光鋭くオラトリオがこちらに振り返り、コードに向けてそう言い放ったのはその直後だった。
「え?」
呆気に取られながらシグナルが目を瞬くと、オラトリオの言葉に応じて右手の着物の袂をコードが翻す。
すると、コードの両手の中に淡い光が瞬き始め、やがてそこに一振りの刀が現れたのだ。
「シグナル、お前は運がいい。電脳空間に入ってすぐに俺様の『細雪』が拝めるのだからな」
右手で刀を掲げながら左手を刃に添えてコードが不敵に微笑む。
刹那、オラトリオが示した方に向かって刃が振り下ろされると、そこにあった壁面は跡形もなく消え去っていた。
何が起こったのか分からず、呆然とした表情となってしまったシグナルに、口元に微笑を刻みながらコードが告げる。
「この剣に触れたプログラムは〝細雪〟のように霧散する。電脳空間における俺様の最強の攻撃ソフトプログラムだ」