第五章『長兄の秘密』
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シグナルは戦闘型だが、オラトリオは非戦闘型である。
だから常に彼は冷却用のコートを身に纏っている。
だが、それをオラトリオはハンデと称して脱いだ上で、勝負を挑んできたシグナルと『ゲーム』を開始した。
ゲームの内容は1時間以内にオラトリオの頭にある帽子が取れたらシグナルの勝ちというものだ。
だが、開始直後にシグナルがオラトリオに向かって行くと―――――見事にその場でかわされ、周囲の機材に突っ込んでいってそのまま転倒させてしまったことにより―――――外でやれと教授から怒られて研究室から追い出されてしまったのである。
そして、新たな奇襲作戦をシグナルが練る間に、オラトリオは玄関ホールの方へ移動して来ていた。
「な―――――んか俺って進歩ねーのかな。『弟』とケンカばっかしてるしよ」
「それだけか?」
2階へ続く階段近くの壁に、背を預けるようにしながら、片足を壁に当てて立ち、苦笑するように呟いたオラトリオを、その傍にに在る電話の上に止まりながらコードが見据える。
「鍛えてやってるんだろ?」
「さぁ」
確信が込められたコードの問いに、オラトリオは片目を瞑りながら、ニヤッと笑う。
「俺に勝てないんだったら、クォンタムがもしも敵に回った時どうするのかなってね―――――」
「まったくだな」
呆れたようにコードが息を吐き出す。
と―――――
刹那、 ギロリと射るような視線を向け、コードがオラトリオに宣告する。
「だが、それと今回の勝敗に瑠璃が関わっているというのは別だ。何故、貴様が勝利した場合、瑠璃が貴様の言う事をきかねばならんのだ? あいつは俺様にとって妹のようなもの!! 不埒な真似を企むようなら容赦せんぞ!!」
「いやですねぇ・・・そんな瑠璃お嬢さんに不埒な真似なんてする訳ないじゃないですか」
コードが瑠璃の事を妹のようなもの―――――と称しているのは、瑠璃がみのるにとっても妹のような存在だからということらしいのだが。
いま本人が口にしたとおり、本当にコードは妹達の事に関してはとことん容赦がないのだ。
いわゆるシスコンである彼が傍に居る今回は、うかつに瑠璃に手を出すことはできないだろう。
心外だといわんばかりの表情を作りつつ、オラトリオは胸中で思う。
「よっしゃあっ」
その時、ふいに聞こえてきた頭上からの掛け声は、2階の階段の手すりの方から飛び降りてきたシグナルのものだった。
オラトリオの頭にある帽子目掛けて、シグナルが右手を伸ばしていく。
しかし、その瞬間シグナルの右手は振り返ってきたオラトリオの左手に捕らえられ、腹部には翳されてきた右手からの衝撃が襲ってくる。
―――――ぱたん
ふと、気がつけばシグナルは背中から床に倒れこんでしまっていた。
「あと33分」
口元に余裕の笑みを刻んでオラトリオが呟けば、倒れているシグナルの顔は苛立ちに歪んでいく。
そこに学校から帰宅してきて、丁度シグナルが投げ倒された瞬間を目撃した信彦が、呆然とした表情で口を開いた。
「ふわ―――――オラトリオってすっげぇ強いんだ―――――」
「よっ信彦、学校終わったか」
感嘆の声を洩らした信彦に、オラトリオはニッと笑いかける。
「シグナルと何してるの? まさかケンカ?」
「ちゃうちゃう、ゲームだよ。ゲ・エ・ム」
眉を顰めた信彦に、オラトリオは手を振り否定した後、二言目に言葉を区切って答える。
そして、いまだオラトリオに捕まれたままだったシグナルが、地を這うような声で呼びかけ、
「いつまで掴んでるんだよ」
と、怒号を上げると漸くシグナルはオラトリオから開放され、再び『ゲーム』が再開された。
だが、それから幾度シグナルが挑戦してもやはりオラトリオから帽子を取る事は出来なかったのだ。
一方、二人が勝負を始めてから最初に被害を受けてしまった研究室の片付けを教授と一緒に済ませた後、瑠璃はまたキッチンに向かい、そこでカルマと一緒に皆のおやつ2種―――――『チョコクッキー』と『パンプキンパイ』を作っていた。
しかし、シグナルの掛け声や走り回る音などは、キッチンにいてもよく響いてくる。
シグナルとオラトリオ―――――果たしてどちらが勝つのだろうか。
オーブンの中のクッキーの焼き具合を見つつ、瑠璃は思案する。
だが、実のところ瑠璃はオラトリオの出してきた条件に驚きはしたものの、特に不安等は感じていなかった。
それはリュケイオンで顔合わせをして以降、色々と彼と話をする機会を得る事が出来ていたからかもしれない。
しかし、オラトリオと会うのが今回で2回目というシグナルの場合は、やはりきちんと『長兄』のあの性格を認めるのには、どうしても時間が掛かってしまうのだろう。
―――――そして、ゲームの制限時間が残り16分となったとき、シグナルがオラトリオに勝つために、『長兄』の弱点を知るべくキッチンに駆け込んできたのだ。
「オラトリオの弱点・・・ですか」
「カルマなら何か知ってるだろ? あと16分しかないんだっ」
眉を顰めたカルマにシグナルが必死の形相で問う。
二人の勝負の件はカルマも、瑠璃から話を聞いたので知っている。
しかし、その勝敗に関して瑠璃は一喜一憂といったことはなかったが―――――カルマの方は、オラトリオが勝った場合、「事と次第によっては徒で済ますわけにはいきませんよ」と考えていたのである。
だが、シグナルはまだオラトリオに勝利することを諦めてはいないようだ。
―――――ならば、助言という手段を講じてみてもいいかもしれない。
既に『パンプキンパイ』の方は焼きあがっており、オーブンの中の『チョコクッキー』もあと数分で焼きあがる。
2種のお菓子に合う紅茶を選ぼうとしていた手を、ふとカルマは止めると淡々と口を開いた。
「ロボットって人間とは違う意味で成長するんですよね。戦闘型でないからといって戦闘が弱い―――――とは限りません。プログラムさえ稼動できれば戦闘型なみの動きが出来ます。プログラムを動かすにはかなりの情報の蓄積が必要です。そして、オラトリオの情報量は並大抵のものではありません」
「え? なんで?」
カルマの話に、シグナルが怪訝そうな表情を浮かべる。
オラトリオがどんな仕事をしているのか、シグナルは知らなかったのだ。
「シグナル君、オラトリオの仕事は簡単に言うと情報管理・・・ある電脳空間の管理超AI
ホストコンピューター〝ORACLE 〟のスペア・・・でもあり、対ハッカー用防御ロボットなのよ」
カルマに代わって瑠璃が説明をすると、シグナルは呆然とした表情となってしまった。
ちなみに瑠璃がオラトリオの『仕事内容』を知っていたのは、先のカルマの件が落ち着いてから暫らく過ぎた頃。
音井家に来る前から手掛けていた、某システムの実験を行なった際に〝電脳空間〟と呼ばれる場所でオラトリオと会い―――――その後さらに実験に付き合ってくれたコードに、オラトリオの〝仕事場所〟に案内してもらい、そこで彼の『相棒』とも顔合わせをしたからである。
スペアって・・・と、初めて聞いた長兄の秘密に、愕然とした面持ちになりながらシグナルが呟く。
「―――――ってことは、オラトリオはその『オラクル』って奴の代わり?」
「えぇ。だから、オラトリオと〝オラクル〟は同じ電脳で繋がっていて情報も何もかも共有しているのよ」
瑠璃が頷くと、カルマがまた話を引き継いで口を開く。
「つまり普通のロボットの2倍の経験を持つわけです。だから―――――弱点といえばオラトリオが防御専門で攻撃が不得意ってところでしょうか・・・」
ダッと背を向け、シグナルがキッチンから飛び出して行く。
「―――――・・・シグナル君、もう少し落ち着いて人の話を聞けませんかね」
呆れたように呟いたカルマの視線の先で、ちょうどリビングに来たオラトリオとシグナルは対峙していた。
―――――シグナルの意識を占めているのはいま聞いたばかりの、オラトリオの立場に関してのことだ。
オラトリオがスペア!?
そんなかわいそーな立場なのに、それなのになんで
「そんなにスチャラカなんだ!!」
オラトリオに指を突きつけ、シグナルは叫ぶ。
「悪かったな」
腕を組み立っていたオラトリオは、苦々しい表情でシグナルを見据える。
と―――――
「それよりあと9分だけど大丈夫?」
「ふっふんっ!! こうなったら力ずくで取ってやる!!」
壁時計を振り返り、タイムリミットを告げてきたオラトリオに向かって、シグナルは奮起の表情で声高に叫ぶや否や突進していく。
しかしその刹那、カントを連れてリビングに入って来た信彦から、くしゃみを放たれてしまい、シグナルはちびに変形してしまったのだ。
「ケンカじゃなかろーが家の中では暴れるの禁止!!」
「はい」
信彦からの注意にちびシグナルは笑顔で頷き、そのままオラトリオに向かってはしゃぎ声を上げながら走り寄っていく。
「わ―――――い、オラトリオおにーさんだぁ」
「あんら、こりゃゲームは俺の勝ちかね」
ちびシグナルに目線を合わせるように、膝を折りながらオラトリオが苦笑する。
二人の勝負の行方を、キッチンからカルマと一緒に見ていた瑠璃は、オラトリオに向かって問いかける。
「オラトリオ、このまま貴方が勝利した場合、私はどうすればいいのかしら?」
「・・・そうですね。今度また、お茶にでも付き合っていただけますか」
これならば、いつも口にしている言葉だから問題ないだろう。
ふと気づけば向けられていた、冷ややかとも言えるカルマから視線に、オラトリオは僅かに顔を引き攣らせつつ、笑みながら瑠璃に告げる。
「わ―――――い」
一方、大きいシグナルがオラトリオと行なっていた勝負を―――――露ほども気にかけていないらしいちびシグナルは、オラトリオの背をよじ登ると頂上である帽子の上でポンポンと歓声を上げながら飛び跳ねていた。
しかし、次の瞬間。
―――――ツルッ
ちびシグナルが帽子の上から足を滑らせてしまうと同時に、帽子もオラトリオの頭から取れたのだ。
ぽてっ、と地面にしりもちを着いたちびシグナルの後ろに、オラトリオの帽子が転がる。
「あ―――――っ」
信彦が目を見開き、声を上げる。
「あらら、ゲームオーバー2分前か」
やられた、というように頭に手をやりながら、オラトリオが口を開くと、帽子を拾い上げたちびシグナルに信彦が視線を落とし、
「じゃあ、今回の勝負は」
「―――――ちびちゃんの勝利ね」
にこ、と微笑を浮かべ勝者の名を瑠璃が口にした。
――――――こうして長兄対末弟の勝負は意外な展開を経て、〝もう一人の末弟〟の勝利という事で幕引きを迎えることとなったのだが。
しかし、その結果に最初に勝負を挑んだ末弟―――――シグナルが納得するはずはなく。
「ま、本気なら誰にも負けるつもりはないぜ。俺ぁよ」
と、オラトリオも宣言した為に。
「くそっ。ぼくの兄だからってでかいツラすんなよな!! いつか痛い目を見せたるからな」
「上等。いつでもかかってきな」
シグナルからの宣戦布告を受け、暫らくの間オラトリオは音井家に滞在する事が決定したのだった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第五章のシグナル対オラトリオ編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
後半の流れをどうするか、結構迷った末に今回はこういう形に落ち着きました。
・・・が、そんな事情から、今回に限っては読んで下さっている方々の反応は大丈夫だろうか?
と、思ったりしてしまっております。
尚、今更となるのですが音井家の構造に関しては、多少模造が入っています。
――――ということを、一応お知らせとしてここに記させて頂きます。
そして、次回の物語なのですが―――――電脳の迷宮編。
これを序章から、もしくは本編からのスタートを予定しています。
頑張って書き進めていくつもりですので、もしよろしければ次回もお付き合い下さいませ。
それでは。
05・12/1 朱臣繭子 拝
だから常に彼は冷却用のコートを身に纏っている。
だが、それをオラトリオはハンデと称して脱いだ上で、勝負を挑んできたシグナルと『ゲーム』を開始した。
ゲームの内容は1時間以内にオラトリオの頭にある帽子が取れたらシグナルの勝ちというものだ。
だが、開始直後にシグナルがオラトリオに向かって行くと―――――見事にその場でかわされ、周囲の機材に突っ込んでいってそのまま転倒させてしまったことにより―――――外でやれと教授から怒られて研究室から追い出されてしまったのである。
そして、新たな奇襲作戦をシグナルが練る間に、オラトリオは玄関ホールの方へ移動して来ていた。
「な―――――んか俺って進歩ねーのかな。『弟』とケンカばっかしてるしよ」
「それだけか?」
2階へ続く階段近くの壁に、背を預けるようにしながら、片足を壁に当てて立ち、苦笑するように呟いたオラトリオを、その傍にに在る電話の上に止まりながらコードが見据える。
「鍛えてやってるんだろ?」
「さぁ」
確信が込められたコードの問いに、オラトリオは片目を瞑りながら、ニヤッと笑う。
「俺に勝てないんだったら、クォンタムがもしも敵に回った時どうするのかなってね―――――」
「まったくだな」
呆れたようにコードが息を吐き出す。
と―――――
刹那、 ギロリと射るような視線を向け、コードがオラトリオに宣告する。
「だが、それと今回の勝敗に瑠璃が関わっているというのは別だ。何故、貴様が勝利した場合、瑠璃が貴様の言う事をきかねばならんのだ? あいつは俺様にとって妹のようなもの!! 不埒な真似を企むようなら容赦せんぞ!!」
「いやですねぇ・・・そんな瑠璃お嬢さんに不埒な真似なんてする訳ないじゃないですか」
コードが瑠璃の事を妹のようなもの―――――と称しているのは、瑠璃がみのるにとっても妹のような存在だからということらしいのだが。
いま本人が口にしたとおり、本当にコードは妹達の事に関してはとことん容赦がないのだ。
いわゆるシスコンである彼が傍に居る今回は、うかつに瑠璃に手を出すことはできないだろう。
心外だといわんばかりの表情を作りつつ、オラトリオは胸中で思う。
「よっしゃあっ」
その時、ふいに聞こえてきた頭上からの掛け声は、2階の階段の手すりの方から飛び降りてきたシグナルのものだった。
オラトリオの頭にある帽子目掛けて、シグナルが右手を伸ばしていく。
しかし、その瞬間シグナルの右手は振り返ってきたオラトリオの左手に捕らえられ、腹部には翳されてきた右手からの衝撃が襲ってくる。
―――――ぱたん
ふと、気がつけばシグナルは背中から床に倒れこんでしまっていた。
「あと33分」
口元に余裕の笑みを刻んでオラトリオが呟けば、倒れているシグナルの顔は苛立ちに歪んでいく。
そこに学校から帰宅してきて、丁度シグナルが投げ倒された瞬間を目撃した信彦が、呆然とした表情で口を開いた。
「ふわ―――――オラトリオってすっげぇ強いんだ―――――」
「よっ信彦、学校終わったか」
感嘆の声を洩らした信彦に、オラトリオはニッと笑いかける。
「シグナルと何してるの? まさかケンカ?」
「ちゃうちゃう、ゲームだよ。ゲ・エ・ム」
眉を顰めた信彦に、オラトリオは手を振り否定した後、二言目に言葉を区切って答える。
そして、いまだオラトリオに捕まれたままだったシグナルが、地を這うような声で呼びかけ、
「いつまで掴んでるんだよ」
と、怒号を上げると漸くシグナルはオラトリオから開放され、再び『ゲーム』が再開された。
だが、それから幾度シグナルが挑戦してもやはりオラトリオから帽子を取る事は出来なかったのだ。
一方、二人が勝負を始めてから最初に被害を受けてしまった研究室の片付けを教授と一緒に済ませた後、瑠璃はまたキッチンに向かい、そこでカルマと一緒に皆のおやつ2種―――――『チョコクッキー』と『パンプキンパイ』を作っていた。
しかし、シグナルの掛け声や走り回る音などは、キッチンにいてもよく響いてくる。
シグナルとオラトリオ―――――果たしてどちらが勝つのだろうか。
オーブンの中のクッキーの焼き具合を見つつ、瑠璃は思案する。
だが、実のところ瑠璃はオラトリオの出してきた条件に驚きはしたものの、特に不安等は感じていなかった。
それはリュケイオンで顔合わせをして以降、色々と彼と話をする機会を得る事が出来ていたからかもしれない。
しかし、オラトリオと会うのが今回で2回目というシグナルの場合は、やはりきちんと『長兄』のあの性格を認めるのには、どうしても時間が掛かってしまうのだろう。
―――――そして、ゲームの制限時間が残り16分となったとき、シグナルがオラトリオに勝つために、『長兄』の弱点を知るべくキッチンに駆け込んできたのだ。
「オラトリオの弱点・・・ですか」
「カルマなら何か知ってるだろ? あと16分しかないんだっ」
眉を顰めたカルマにシグナルが必死の形相で問う。
二人の勝負の件はカルマも、瑠璃から話を聞いたので知っている。
しかし、その勝敗に関して瑠璃は一喜一憂といったことはなかったが―――――カルマの方は、オラトリオが勝った場合、「事と次第によっては徒で済ますわけにはいきませんよ」と考えていたのである。
だが、シグナルはまだオラトリオに勝利することを諦めてはいないようだ。
―――――ならば、助言という手段を講じてみてもいいかもしれない。
既に『パンプキンパイ』の方は焼きあがっており、オーブンの中の『チョコクッキー』もあと数分で焼きあがる。
2種のお菓子に合う紅茶を選ぼうとしていた手を、ふとカルマは止めると淡々と口を開いた。
「ロボットって人間とは違う意味で成長するんですよね。戦闘型でないからといって戦闘が弱い―――――とは限りません。プログラムさえ稼動できれば戦闘型なみの動きが出来ます。プログラムを動かすにはかなりの情報の蓄積が必要です。そして、オラトリオの情報量は並大抵のものではありません」
「え? なんで?」
カルマの話に、シグナルが怪訝そうな表情を浮かべる。
オラトリオがどんな仕事をしているのか、シグナルは知らなかったのだ。
「シグナル君、オラトリオの仕事は簡単に言うと情報管理・・・ある電脳空間の管理超AI
ホストコンピューター〝
カルマに代わって瑠璃が説明をすると、シグナルは呆然とした表情となってしまった。
ちなみに瑠璃がオラトリオの『仕事内容』を知っていたのは、先のカルマの件が落ち着いてから暫らく過ぎた頃。
音井家に来る前から手掛けていた、某システムの実験を行なった際に〝電脳空間〟と呼ばれる場所でオラトリオと会い―――――その後さらに実験に付き合ってくれたコードに、オラトリオの〝仕事場所〟に案内してもらい、そこで彼の『相棒』とも顔合わせをしたからである。
スペアって・・・と、初めて聞いた長兄の秘密に、愕然とした面持ちになりながらシグナルが呟く。
「―――――ってことは、オラトリオはその『オラクル』って奴の代わり?」
「えぇ。だから、オラトリオと〝オラクル〟は同じ電脳で繋がっていて情報も何もかも共有しているのよ」
瑠璃が頷くと、カルマがまた話を引き継いで口を開く。
「つまり普通のロボットの2倍の経験を持つわけです。だから―――――弱点といえばオラトリオが防御専門で攻撃が不得意ってところでしょうか・・・」
ダッと背を向け、シグナルがキッチンから飛び出して行く。
「―――――・・・シグナル君、もう少し落ち着いて人の話を聞けませんかね」
呆れたように呟いたカルマの視線の先で、ちょうどリビングに来たオラトリオとシグナルは対峙していた。
―――――シグナルの意識を占めているのはいま聞いたばかりの、オラトリオの立場に関してのことだ。
オラトリオがスペア!?
そんなかわいそーな立場なのに、それなのになんで
「そんなにスチャラカなんだ!!」
オラトリオに指を突きつけ、シグナルは叫ぶ。
「悪かったな」
腕を組み立っていたオラトリオは、苦々しい表情でシグナルを見据える。
と―――――
「それよりあと9分だけど大丈夫?」
「ふっふんっ!! こうなったら力ずくで取ってやる!!」
壁時計を振り返り、タイムリミットを告げてきたオラトリオに向かって、シグナルは奮起の表情で声高に叫ぶや否や突進していく。
しかしその刹那、カントを連れてリビングに入って来た信彦から、くしゃみを放たれてしまい、シグナルはちびに変形してしまったのだ。
「ケンカじゃなかろーが家の中では暴れるの禁止!!」
「はい」
信彦からの注意にちびシグナルは笑顔で頷き、そのままオラトリオに向かってはしゃぎ声を上げながら走り寄っていく。
「わ―――――い、オラトリオおにーさんだぁ」
「あんら、こりゃゲームは俺の勝ちかね」
ちびシグナルに目線を合わせるように、膝を折りながらオラトリオが苦笑する。
二人の勝負の行方を、キッチンからカルマと一緒に見ていた瑠璃は、オラトリオに向かって問いかける。
「オラトリオ、このまま貴方が勝利した場合、私はどうすればいいのかしら?」
「・・・そうですね。今度また、お茶にでも付き合っていただけますか」
これならば、いつも口にしている言葉だから問題ないだろう。
ふと気づけば向けられていた、冷ややかとも言えるカルマから視線に、オラトリオは僅かに顔を引き攣らせつつ、笑みながら瑠璃に告げる。
「わ―――――い」
一方、大きいシグナルがオラトリオと行なっていた勝負を―――――露ほども気にかけていないらしいちびシグナルは、オラトリオの背をよじ登ると頂上である帽子の上でポンポンと歓声を上げながら飛び跳ねていた。
しかし、次の瞬間。
―――――ツルッ
ちびシグナルが帽子の上から足を滑らせてしまうと同時に、帽子もオラトリオの頭から取れたのだ。
ぽてっ、と地面にしりもちを着いたちびシグナルの後ろに、オラトリオの帽子が転がる。
「あ―――――っ」
信彦が目を見開き、声を上げる。
「あらら、ゲームオーバー2分前か」
やられた、というように頭に手をやりながら、オラトリオが口を開くと、帽子を拾い上げたちびシグナルに信彦が視線を落とし、
「じゃあ、今回の勝負は」
「―――――ちびちゃんの勝利ね」
にこ、と微笑を浮かべ勝者の名を瑠璃が口にした。
――――――こうして長兄対末弟の勝負は意外な展開を経て、〝もう一人の末弟〟の勝利という事で幕引きを迎えることとなったのだが。
しかし、その結果に最初に勝負を挑んだ末弟―――――シグナルが納得するはずはなく。
「ま、本気なら誰にも負けるつもりはないぜ。俺ぁよ」
と、オラトリオも宣言した為に。
「くそっ。ぼくの兄だからってでかいツラすんなよな!! いつか痛い目を見せたるからな」
「上等。いつでもかかってきな」
シグナルからの宣戦布告を受け、暫らくの間オラトリオは音井家に滞在する事が決定したのだった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第五章のシグナル対オラトリオ編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
後半の流れをどうするか、結構迷った末に今回はこういう形に落ち着きました。
・・・が、そんな事情から、今回に限っては読んで下さっている方々の反応は大丈夫だろうか?
と、思ったりしてしまっております。
尚、今更となるのですが音井家の構造に関しては、多少模造が入っています。
――――ということを、一応お知らせとしてここに記させて頂きます。
そして、次回の物語なのですが―――――電脳の迷宮編。
これを序章から、もしくは本編からのスタートを予定しています。
頑張って書き進めていくつもりですので、もしよろしければ次回もお付き合い下さいませ。
それでは。
05・12/1 朱臣繭子 拝