第五章『長兄の秘密』
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長兄の秘密
彼がトッカリにやって来たのは、ちょうど季節が夏から秋に移り変わったばかりの頃だった。
そして、彼が音井家を訪ねる暫らく前、その日リビングのソファーでくつろいでいた教授に、
「教授―――――ビデオ見ませんか―――――?」
ビデオテープを片手に誘いかけてきたのはシグナルだった。
テープの中身は、この前夜中にやっていたロボットプロレスである。
シグナルからそれを聞くと教授は読んでいた本をソファーに置き、喜々とした表情でテープを受け取ってデッキに投入するべくテレビの前に向かう。
それに倣うようにシグナルも、リモコンでビデオを操作する教授の隣に座ると、それを見た正信が呆れたような表情で言った。
「シグナルも父さんも、二人とも好きですね―――――っ。ロボットプロレス」
「そりゃあもう」
満面の笑みを浮かべ、シグナルが正信に振り返る。
「ぼく、いつかロボットプロレスに出て優勝するのが夢なんです」
「あらら、そりゃお気の毒」
瞳を輝かせながら手を組んで夢を語ったシグナルに、なぜか正信は肩を竦めながら批評を返してきた。
買い物に行く為にキッチンの方で冷蔵庫の中の食材の具合を確認していた瑠璃は、聞こえてきた二人の会話に首をかしげながら様子を眺める。
正信の言葉にシグナルが不思議そうに目を瞬くと、テレビ画面に映し出されたロボットプロレスを見ながら教授が引き攣った笑みを浮べて口を開いた。
「A-ナンバーズの中でも特にわしの造ったロボットは、これに出れない決まりになってるんじゃい」
「はう?」
教授からの意外な言葉に、口をへの字に曲げながらシグナルが驚いたような声を洩らす。
と―――――
「えぇ―――――っ。じゃっ、ぼく出れないんですか―――!!! どうして―――!!」
数秒後に自身もそれに当てはまるのだと、言葉を反芻し気づいたシグナルが、愕然と声を上げた。
「考えてもみなさい」
シグナルに対し、正信が人さし指を振りながら厳しい眼差しで語る。
A-ナンバーズを与えられるロボットはそういない。
ロボットプロレスのロボットとは構造も性能も比べようもないほど優れているのだと。
「ゴーカートのレースにF1のマシンが交ざったらどうなる? 土俵が違うでしょ?」
「そ・・・そうですか」
正信の的を射た例えに、シグナルは頬を人さし指でかきながら項垂れる。
「あああ、ぼくの夢が一撃で砕かれた~~~~~っ」
「どうせ砕かれるなら早い方がいいでしょう」
号泣したシグナルに、さらりと他人事のように正信は言葉を返す。
が、ふと何かを思い返したのか、苦笑を浮べると、
「まっ。でもロボットプロレスに出れない理由はもうひとつあるんだけどね」
シグナルに言葉を掛けたのだが、その時にはシグナルはテレビに映っているロボットプロレスに見入ってしまっていて、正信の話しは聞いていなかったのだ。
「―――――正信さん、買い物行って来ますね」
顔を引き攣らせシグナルを睨みつける正信に、苦笑いを浮べつつ瑠璃は声を掛けてリビングを後にする。
その時、瑠璃を呼び止めたのはカルマだった。
「瑠璃さん、買い物お付き合いしましょうか?」
「ううん、大丈夫よ。ありがとうカルマ君」
購入する予定の物はそんなに多くはない。
同行を申し出てくれたカルマに、瑠璃は笑みを返して申し出を断ると、近所のスーパーに一人で向かった。
だが、買い物を終えてスーパーから出てきたとき、瑠璃は両手に大きな袋を二つ抱えていた。
「やっぱり、カルマ君に付き合ってもらえばよかったかも・・・」
予定では―――――小さめの袋が一つ―――――になる筈だった。
しかし、野菜等も含めて日持ちする食材が安くなっていたのを見て、それらの購入も決めてしまった為に、結局荷物の量が約二倍になってしまったのだ。
「お嬢さん、お荷物お持ちしましょうか?」
「え?」
溜息を吐き出すと不意に目の前に現れた大きな影―――――目を瞬き、瑠璃は視線をあげる。
そこに在ったのは2メートルを越える彼の姿。
「オラトリオ! 〝こっち〟にわざわざ来るなんてどうしたの?」
「いやあ、久しぶりに整備を受けようと思って来たんですよ。でも、行く途中でお嬢さんに逢えるなんて運命ってやつでしょうかね」
ニッと笑いながら、オラトリオが瑠璃の腕から荷物を受け取っていく。
「運命かどうかはとりあえず置いておくとして・・・荷物の方ありがとう! 予定より多くなっちゃったものだから助かるわ」
オラトリオの言葉に微苦笑を浮べつつ、瑠璃は礼を言って一緒に並んで歩き出す。
そして、他愛の無い話などをしながら二人で音井家に向かっていたのだが。
その途中で、ふと出掛けに聞いたロボットプロレスの件を思い返し、瑠璃はオラトリオに尋ねかけた。
「ねぇ、オラトリオ。ロボットプロレスにA-ナンバーズが出られない理由って知ってる?」
「おや。瑠璃お嬢さんはロボットプロレスに興味がおありで?」
「あ、私じゃなくってね・・・ロボットプロレスにシグナル君が出たいって言っていたものだから」
意外そうに目を見開いたオラトリオに、瑠璃は曖昧な笑みを浮かべ言葉を返す。
そして、A-ナンバーズがロボットプロレスに出られないもう一つの理由を、オラトリオから瑠璃は聞いたのだが―――――。
(これは、シグナル君が知ったらかなりショックを受けそうね)
音井家に到着すると、シグナルはコードと一緒に庭に出てきていた。
どうやらMIRAを使いこなせるようにシグナルはコードに教わって訓練を行なうつもりらしい。
「ただいま、シグナル君、コード」
とりあえず先程知った件はシグナルには伏せておこうと考えつつ瑠璃は二人に呼びかける。
しかし、シグナルが瑠璃に応えるよりも前に、いつの間にかその背後に回りこんでいたオラトリオによって、グワキッと首に腕を回されて、そのまま羽交い絞めにされてしまったのだった。
「よ―――――弟っ!!」
「オオオオラトリオー!!」
愕然と叫び声を上げたシグナルに対し、オラトリオは楽しげな笑みを浮べながら、空いているほうの手でシグナルの頭をポンと叩いている。
以前にも見た兄弟のやり取りに、思わずくすくすと瑠璃も笑みを零すと、バサと羽ばたきコードが肩に止まってくる。
「―――――瑠璃、あいつに何もされなかったか?」
「えぇ。予定外に増えてしまった買い物の荷物をここまで運んでもらったから、むしろ助けてもらったのよ」
猛禽を思わせる鋭い眼光で、オラトリオのほうを睨みつけながら尋ねてきたコードに、瑠璃はふわと笑みながら告げる。
するとコードは一応納得したのか「フン」と唸り、そのままいまだオラトリオに遊ばれているシグナルの方に呆れたような眼差しを向けていく。
そして、その場にハーモニーに連れられて、訓練の相手としてカルマがやって来た時には、シグナルは意識を失ってしまっていた為に、結局その日の訓練は中止となったのだった。
「ぼく、あいつ嫌いだ」
リビングで意識を取り戻したシグナルが、その姿を捉えるや否や、開口一番に敵意を剥き出しにした相手は―――――『長兄』であるオラトリオだった。
それは、先の出来事が原因なのだろうか。
「珍しいですね、シグナル君がそんなこと言うなんて」
憮然とした表情でオラトリオの方を見据えるシグナルに、近くで洗濯物を畳んでいたカルマが眉を顰めながら口を開いた。
それが聞こえているのか、シグナルはカルマを振り返ることはせず、
「すぐヒトを馬鹿にするしさあ」
「馬鹿にしてるわけじゃないですよ―――――多分」
続けられたシグナルの言葉に、カルマは苦笑すると、薄く笑みを浮かべながら諭すような口調で言葉を返す。
「彼は彼なりに優秀なロボットです。それに貴方の『お兄さん』でしょう? 学べる点は絶対ありますよ」
そうかなあ、とさらに睨むように見据えられたシグナルの視線の先では、オラトリオが教授と瑠璃を交えて整備に関しての話をしている。
パルスの整備は教授の助手としてクリスが担当しているが、最近は瑠璃もその時々の状況に応じ、教授と正信たち双方の助手として、他のロボット達の整備等に携わっているのだ。
「どうしたの? シグナル君」
「あらま、何ぶんくれてるの? 兄ちゃんが遊んだろか?」
ふと、話を終えた瑠璃がシグナルの様子に気づき首を傾げると、両手を腰に当てながらオラトリオが笑みを浮べ、シグナルの顔を覗きこむように話しかけていく。
「いらねーよ」
また、瑠璃が見ている前で先程のような目に遭わされては堪らない。
憤然とシグナルはオラトリオから視線を逸らしたのだが、
「あ、かわいくねーな」
「ヒトの頭を叩くな――――~っ」
眉根を寄せたオラトリオに、ポムッとまた頭を叩かれてしまい、怒り心頭状態でシグナルが食って掛かって行こうとするも、頭部に乗せられた手が外される事はなく。
「・・・遊ばれているのかもしれませんね」
シグナルの話を聞いていたカルマが、呆然とその光景を見つめつつ出した結論は、これだった。
「オラトリオ、兄弟で仲良しなのはいいことだとは思うけど、あんまりシグナル君でばかり遊ぶのは・・・」
「瑠璃お嬢さんがそう言うんでしたら」
暫らくの間、じたばたと必死の形相でシグナルはオラトリオに向かって行こうとしていたのだが、それを見てさすがに可哀相だと判断した瑠璃が呼びかける。
と―――――
「どわっ」
パッと瑠璃の方に振り向きざまにオラトリオの手がシグナルの頭から離された為に、シグナルは顔面から床に倒れこんでしまった。
「教授~~~~~~っ」
「何かな? シグナル」
悔しいやら、情けないやら、起き上がったシグナルの顔には複雑な表情が浮んでいる。
そんな、シグナルから詰め寄られ思わず、教授が身を引きつつ問い返せば、
「なんですか!? こいつは! オラトリオは!! こんなスチャラカを教授が造ったなんてウソでしょう!?」
と、泣きながらシグナルはオラトリオを指差し、教授に訴える。
そして、当事者であるオラトリオが、あらいやだと驚いたように目を瞠ると、やがて教授は真剣な表情で口を開いた。
「残念ながら」
「ながらっ!?」
食い入るように、シグナルが教授を見つめると、目の前に拝むように右手が差し出されてくる。
「あれは本っ当ーにわしが造ったので諦めた方がいいじゃろう」
―――――ガン
言葉の衝撃を受けシグナルは、真っ白になりながらその場に立ち尽くしてしまう。
しかし、それ以上シグナルに対して言える言葉はない為、そのままオラトリオを引っ立てるようにしながら、教授は瑠璃と一緒に研究室に行ってしまったのである。
「あはは―――――シグナルに嫌われちゃった―――――」
「もうちょっと、まじめに付き合ってやりゃいいのに」
整備終了後、調整台に腰掛けながら、ジャックポッドから外したケーブルを手でいじりつつ、軽い調子で笑みを浮かべ言ったオラトリオに、教授が呆れたような表情で言葉を返す。
しかし、オラトリオはあれで十分にまじめに相手をしているつもりらしい。
「な―――――に言ってるんすか。俺は激マジなんすから」
否定するように教授に手を振りつつ、
「瑠璃お嬢さんは分かってくれてますよね」
と振り返ってきたオラトリオに瑠璃は曖昧に笑む。
そして、休憩のお茶を用意するべく研究室を後にする。
オラトリオが音井家を訪れた目的は、実のところは整備 だけではなく、ある程度まで調べがついたDr.クエーサーの人間形態ロボットに関して、教授に報告する為だった。
―――――だからお茶の用意をしてくると言って、瑠璃は席を外す事にしたのだ。
そして、キッチンで瑠璃はお茶を淹れた後、真っ直ぐ教授が居る研究室に戻る事はせず、もう一つの研究室で作業をする正信達の所に来たのだが。
「正信さん、みのるさん、良かったら休憩を」
「そんなのウソだ―――――」
瑠璃の方に向かって、シグナルが絶叫しながら駆け出してくる。
「・・・シグナル君?」
呆気に取られる瑠璃の傍を通過し、シグナルが研究室を飛び出して行く。
と―――――
「なんかシグナルって、誰かに似てるね―――――みのるさん」
「本当ね―――――」
笑いを堪えるようにしながら、顔を見合わせた音井夫妻の傍に居たパルスがギクッと肩を震わせる。
〝誰か〟というのは、パルスの事なのだろう。
そう考えながら、正信とみのるの傍に瑠璃はお茶を置き、何故シグナルが飛び出して行ってしまったのか理由を二人に問いかける。
すると、例のA-ナンバーズがロボットプロレスに出られないもう一つの理由
―――――オラトリオがロボットプロレスのチャンピオンを軽くひねってしまったから
というのを知ったのだということが判明した。
なるほど、どうりで。
予想した通りの展開に、瑠璃は困ったような表情になりながら笑みを零す。
だが、続いて起こった事には、瑠璃の予想と少々ズレがあるモノが含まれていたのだ。
「オラトリオ!! ぼくと勝負しろ!!」
「そんなムサイことは嫌だ!!」
教授とオラトリオが話し終えた場に、飛び込んで行ったシグナルは憤然と言い放つ。
しかし、オラトリオは腕を組みながら憮然とした表情で拒否し、告げてくる。
「俺は勝負するんなら女の人との方がいいな」
「うるさいうるさい―――――っいいから勝負しろ!! お前が勝ったら何でも言う事をきく!! ぼくが勝ったら僕を子ども扱いするのはやめてもらうからな」
「そーいうところが子供なんだぜ? 分かってんのか? ったく・・・」
拳を握り締め、激昂したシグナルにオラトリオは呆れたように口を閉口させる。
が、ふとニヤリとオラトリオの口元に笑みが刻まれた。
ここがどこか判っているのだろうか―――――すっかり頭に血が上ってしまい、周りが見えなくなってしまっているシグナルに、唖然とする教授の傍で様子を見守っていた瑠璃の方にオラトリオは振り返り、宣言する。
「しゃーねぇなぁ、乗ってやるよ。俺が勝ったらお前にじゃなく―――――瑠璃お嬢さんに、ひとつ言うことをきいてもらうっていうふうでな」
―――――こうして、勝敗に瑠璃を巻き込むことによって、長兄対末弟の勝負の幕は上がったのだ。
彼がトッカリにやって来たのは、ちょうど季節が夏から秋に移り変わったばかりの頃だった。
そして、彼が音井家を訪ねる暫らく前、その日リビングのソファーでくつろいでいた教授に、
「教授―――――ビデオ見ませんか―――――?」
ビデオテープを片手に誘いかけてきたのはシグナルだった。
テープの中身は、この前夜中にやっていたロボットプロレスである。
シグナルからそれを聞くと教授は読んでいた本をソファーに置き、喜々とした表情でテープを受け取ってデッキに投入するべくテレビの前に向かう。
それに倣うようにシグナルも、リモコンでビデオを操作する教授の隣に座ると、それを見た正信が呆れたような表情で言った。
「シグナルも父さんも、二人とも好きですね―――――っ。ロボットプロレス」
「そりゃあもう」
満面の笑みを浮かべ、シグナルが正信に振り返る。
「ぼく、いつかロボットプロレスに出て優勝するのが夢なんです」
「あらら、そりゃお気の毒」
瞳を輝かせながら手を組んで夢を語ったシグナルに、なぜか正信は肩を竦めながら批評を返してきた。
買い物に行く為にキッチンの方で冷蔵庫の中の食材の具合を確認していた瑠璃は、聞こえてきた二人の会話に首をかしげながら様子を眺める。
正信の言葉にシグナルが不思議そうに目を瞬くと、テレビ画面に映し出されたロボットプロレスを見ながら教授が引き攣った笑みを浮べて口を開いた。
「A-ナンバーズの中でも特にわしの造ったロボットは、これに出れない決まりになってるんじゃい」
「はう?」
教授からの意外な言葉に、口をへの字に曲げながらシグナルが驚いたような声を洩らす。
と―――――
「えぇ―――――っ。じゃっ、ぼく出れないんですか―――!!! どうして―――!!」
数秒後に自身もそれに当てはまるのだと、言葉を反芻し気づいたシグナルが、愕然と声を上げた。
「考えてもみなさい」
シグナルに対し、正信が人さし指を振りながら厳しい眼差しで語る。
A-ナンバーズを与えられるロボットはそういない。
ロボットプロレスのロボットとは構造も性能も比べようもないほど優れているのだと。
「ゴーカートのレースにF1のマシンが交ざったらどうなる? 土俵が違うでしょ?」
「そ・・・そうですか」
正信の的を射た例えに、シグナルは頬を人さし指でかきながら項垂れる。
「あああ、ぼくの夢が一撃で砕かれた~~~~~っ」
「どうせ砕かれるなら早い方がいいでしょう」
号泣したシグナルに、さらりと他人事のように正信は言葉を返す。
が、ふと何かを思い返したのか、苦笑を浮べると、
「まっ。でもロボットプロレスに出れない理由はもうひとつあるんだけどね」
シグナルに言葉を掛けたのだが、その時にはシグナルはテレビに映っているロボットプロレスに見入ってしまっていて、正信の話しは聞いていなかったのだ。
「―――――正信さん、買い物行って来ますね」
顔を引き攣らせシグナルを睨みつける正信に、苦笑いを浮べつつ瑠璃は声を掛けてリビングを後にする。
その時、瑠璃を呼び止めたのはカルマだった。
「瑠璃さん、買い物お付き合いしましょうか?」
「ううん、大丈夫よ。ありがとうカルマ君」
購入する予定の物はそんなに多くはない。
同行を申し出てくれたカルマに、瑠璃は笑みを返して申し出を断ると、近所のスーパーに一人で向かった。
だが、買い物を終えてスーパーから出てきたとき、瑠璃は両手に大きな袋を二つ抱えていた。
「やっぱり、カルマ君に付き合ってもらえばよかったかも・・・」
予定では―――――小さめの袋が一つ―――――になる筈だった。
しかし、野菜等も含めて日持ちする食材が安くなっていたのを見て、それらの購入も決めてしまった為に、結局荷物の量が約二倍になってしまったのだ。
「お嬢さん、お荷物お持ちしましょうか?」
「え?」
溜息を吐き出すと不意に目の前に現れた大きな影―――――目を瞬き、瑠璃は視線をあげる。
そこに在ったのは2メートルを越える彼の姿。
「オラトリオ! 〝こっち〟にわざわざ来るなんてどうしたの?」
「いやあ、久しぶりに整備を受けようと思って来たんですよ。でも、行く途中でお嬢さんに逢えるなんて運命ってやつでしょうかね」
ニッと笑いながら、オラトリオが瑠璃の腕から荷物を受け取っていく。
「運命かどうかはとりあえず置いておくとして・・・荷物の方ありがとう! 予定より多くなっちゃったものだから助かるわ」
オラトリオの言葉に微苦笑を浮べつつ、瑠璃は礼を言って一緒に並んで歩き出す。
そして、他愛の無い話などをしながら二人で音井家に向かっていたのだが。
その途中で、ふと出掛けに聞いたロボットプロレスの件を思い返し、瑠璃はオラトリオに尋ねかけた。
「ねぇ、オラトリオ。ロボットプロレスにA-ナンバーズが出られない理由って知ってる?」
「おや。瑠璃お嬢さんはロボットプロレスに興味がおありで?」
「あ、私じゃなくってね・・・ロボットプロレスにシグナル君が出たいって言っていたものだから」
意外そうに目を見開いたオラトリオに、瑠璃は曖昧な笑みを浮かべ言葉を返す。
そして、A-ナンバーズがロボットプロレスに出られないもう一つの理由を、オラトリオから瑠璃は聞いたのだが―――――。
(これは、シグナル君が知ったらかなりショックを受けそうね)
音井家に到着すると、シグナルはコードと一緒に庭に出てきていた。
どうやらMIRAを使いこなせるようにシグナルはコードに教わって訓練を行なうつもりらしい。
「ただいま、シグナル君、コード」
とりあえず先程知った件はシグナルには伏せておこうと考えつつ瑠璃は二人に呼びかける。
しかし、シグナルが瑠璃に応えるよりも前に、いつの間にかその背後に回りこんでいたオラトリオによって、グワキッと首に腕を回されて、そのまま羽交い絞めにされてしまったのだった。
「よ―――――弟っ!!」
「オオオオラトリオー!!」
愕然と叫び声を上げたシグナルに対し、オラトリオは楽しげな笑みを浮べながら、空いているほうの手でシグナルの頭をポンと叩いている。
以前にも見た兄弟のやり取りに、思わずくすくすと瑠璃も笑みを零すと、バサと羽ばたきコードが肩に止まってくる。
「―――――瑠璃、あいつに何もされなかったか?」
「えぇ。予定外に増えてしまった買い物の荷物をここまで運んでもらったから、むしろ助けてもらったのよ」
猛禽を思わせる鋭い眼光で、オラトリオのほうを睨みつけながら尋ねてきたコードに、瑠璃はふわと笑みながら告げる。
するとコードは一応納得したのか「フン」と唸り、そのままいまだオラトリオに遊ばれているシグナルの方に呆れたような眼差しを向けていく。
そして、その場にハーモニーに連れられて、訓練の相手としてカルマがやって来た時には、シグナルは意識を失ってしまっていた為に、結局その日の訓練は中止となったのだった。
「ぼく、あいつ嫌いだ」
リビングで意識を取り戻したシグナルが、その姿を捉えるや否や、開口一番に敵意を剥き出しにした相手は―――――『長兄』であるオラトリオだった。
それは、先の出来事が原因なのだろうか。
「珍しいですね、シグナル君がそんなこと言うなんて」
憮然とした表情でオラトリオの方を見据えるシグナルに、近くで洗濯物を畳んでいたカルマが眉を顰めながら口を開いた。
それが聞こえているのか、シグナルはカルマを振り返ることはせず、
「すぐヒトを馬鹿にするしさあ」
「馬鹿にしてるわけじゃないですよ―――――多分」
続けられたシグナルの言葉に、カルマは苦笑すると、薄く笑みを浮かべながら諭すような口調で言葉を返す。
「彼は彼なりに優秀なロボットです。それに貴方の『お兄さん』でしょう? 学べる点は絶対ありますよ」
そうかなあ、とさらに睨むように見据えられたシグナルの視線の先では、オラトリオが教授と瑠璃を交えて整備に関しての話をしている。
パルスの整備は教授の助手としてクリスが担当しているが、最近は瑠璃もその時々の状況に応じ、教授と正信たち双方の助手として、他のロボット達の整備等に携わっているのだ。
「どうしたの? シグナル君」
「あらま、何ぶんくれてるの? 兄ちゃんが遊んだろか?」
ふと、話を終えた瑠璃がシグナルの様子に気づき首を傾げると、両手を腰に当てながらオラトリオが笑みを浮べ、シグナルの顔を覗きこむように話しかけていく。
「いらねーよ」
また、瑠璃が見ている前で先程のような目に遭わされては堪らない。
憤然とシグナルはオラトリオから視線を逸らしたのだが、
「あ、かわいくねーな」
「ヒトの頭を叩くな――――~っ」
眉根を寄せたオラトリオに、ポムッとまた頭を叩かれてしまい、怒り心頭状態でシグナルが食って掛かって行こうとするも、頭部に乗せられた手が外される事はなく。
「・・・遊ばれているのかもしれませんね」
シグナルの話を聞いていたカルマが、呆然とその光景を見つめつつ出した結論は、これだった。
「オラトリオ、兄弟で仲良しなのはいいことだとは思うけど、あんまりシグナル君でばかり遊ぶのは・・・」
「瑠璃お嬢さんがそう言うんでしたら」
暫らくの間、じたばたと必死の形相でシグナルはオラトリオに向かって行こうとしていたのだが、それを見てさすがに可哀相だと判断した瑠璃が呼びかける。
と―――――
「どわっ」
パッと瑠璃の方に振り向きざまにオラトリオの手がシグナルの頭から離された為に、シグナルは顔面から床に倒れこんでしまった。
「教授~~~~~~っ」
「何かな? シグナル」
悔しいやら、情けないやら、起き上がったシグナルの顔には複雑な表情が浮んでいる。
そんな、シグナルから詰め寄られ思わず、教授が身を引きつつ問い返せば、
「なんですか!? こいつは! オラトリオは!! こんなスチャラカを教授が造ったなんてウソでしょう!?」
と、泣きながらシグナルはオラトリオを指差し、教授に訴える。
そして、当事者であるオラトリオが、あらいやだと驚いたように目を瞠ると、やがて教授は真剣な表情で口を開いた。
「残念ながら」
「ながらっ!?」
食い入るように、シグナルが教授を見つめると、目の前に拝むように右手が差し出されてくる。
「あれは本っ当ーにわしが造ったので諦めた方がいいじゃろう」
―――――ガン
言葉の衝撃を受けシグナルは、真っ白になりながらその場に立ち尽くしてしまう。
しかし、それ以上シグナルに対して言える言葉はない為、そのままオラトリオを引っ立てるようにしながら、教授は瑠璃と一緒に研究室に行ってしまったのである。
「あはは―――――シグナルに嫌われちゃった―――――」
「もうちょっと、まじめに付き合ってやりゃいいのに」
整備終了後、調整台に腰掛けながら、ジャックポッドから外したケーブルを手でいじりつつ、軽い調子で笑みを浮かべ言ったオラトリオに、教授が呆れたような表情で言葉を返す。
しかし、オラトリオはあれで十分にまじめに相手をしているつもりらしい。
「な―――――に言ってるんすか。俺は激マジなんすから」
否定するように教授に手を振りつつ、
「瑠璃お嬢さんは分かってくれてますよね」
と振り返ってきたオラトリオに瑠璃は曖昧に笑む。
そして、休憩のお茶を用意するべく研究室を後にする。
オラトリオが音井家を訪れた目的は、実のところは
―――――だからお茶の用意をしてくると言って、瑠璃は席を外す事にしたのだ。
そして、キッチンで瑠璃はお茶を淹れた後、真っ直ぐ教授が居る研究室に戻る事はせず、もう一つの研究室で作業をする正信達の所に来たのだが。
「正信さん、みのるさん、良かったら休憩を」
「そんなのウソだ―――――」
瑠璃の方に向かって、シグナルが絶叫しながら駆け出してくる。
「・・・シグナル君?」
呆気に取られる瑠璃の傍を通過し、シグナルが研究室を飛び出して行く。
と―――――
「なんかシグナルって、誰かに似てるね―――――みのるさん」
「本当ね―――――」
笑いを堪えるようにしながら、顔を見合わせた音井夫妻の傍に居たパルスがギクッと肩を震わせる。
〝誰か〟というのは、パルスの事なのだろう。
そう考えながら、正信とみのるの傍に瑠璃はお茶を置き、何故シグナルが飛び出して行ってしまったのか理由を二人に問いかける。
すると、例のA-ナンバーズがロボットプロレスに出られないもう一つの理由
―――――オラトリオがロボットプロレスのチャンピオンを軽くひねってしまったから
というのを知ったのだということが判明した。
なるほど、どうりで。
予想した通りの展開に、瑠璃は困ったような表情になりながら笑みを零す。
だが、続いて起こった事には、瑠璃の予想と少々ズレがあるモノが含まれていたのだ。
「オラトリオ!! ぼくと勝負しろ!!」
「そんなムサイことは嫌だ!!」
教授とオラトリオが話し終えた場に、飛び込んで行ったシグナルは憤然と言い放つ。
しかし、オラトリオは腕を組みながら憮然とした表情で拒否し、告げてくる。
「俺は勝負するんなら女の人との方がいいな」
「うるさいうるさい―――――っいいから勝負しろ!! お前が勝ったら何でも言う事をきく!! ぼくが勝ったら僕を子ども扱いするのはやめてもらうからな」
「そーいうところが子供なんだぜ? 分かってんのか? ったく・・・」
拳を握り締め、激昂したシグナルにオラトリオは呆れたように口を閉口させる。
が、ふとニヤリとオラトリオの口元に笑みが刻まれた。
ここがどこか判っているのだろうか―――――すっかり頭に血が上ってしまい、周りが見えなくなってしまっているシグナルに、唖然とする教授の傍で様子を見守っていた瑠璃の方にオラトリオは振り返り、宣言する。
「しゃーねぇなぁ、乗ってやるよ。俺が勝ったらお前にじゃなく―――――瑠璃お嬢さんに、ひとつ言うことをきいてもらうっていうふうでな」
―――――こうして、勝敗に瑠璃を巻き込むことによって、長兄対末弟の勝負の幕は上がったのだ。