第一章『出逢い』
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出逢い
「―――っ! まずいっ、あれに乗らないと遅刻になっちゃう!!」
駅の改札を通り、ホームへ続く階段を勢いよく瑠璃は駆け下りて行く。
ホームには上りの電車が到着しようとしているところだった。
トンッ、と階段の最後の一段を飛び降りると同時に電車の扉が開かれる。
電車に乗り込み、空いている席に腰掛けると、瑠璃は溜息を吐いた。
「・・・良かった~」
最近は起床が遅くなってしまいがちになって、この時刻の電車に慌てて乗り込むという状態となってしまっているが、
以前はこれよりも2本早い時刻のものを利用していたのだ。
膝に置いた鞄からMDを取り出し、イヤホンを耳に当てながら瑠璃は思う。
(・・・あの夢、何か意味があるのかな)
以前よりも起床が遅くなってしまっている訳、それは最近見るようになった〝夢〟に理由があった。
―――必ず同じところで目が覚めてしまう、けれど懐かしいと感じる不思議な夢。
電車の揺れに身を任せながら流れてくる曲に耳を傾けていると、自然と目が閉じてしまう。
やがて瑠璃は意識を夢の中へと手放してしまっていた。
『――――』
微かに聞こえてくる声。
―――また、この夢・・・。
霧の中、聞こえてくる声に導かれるように瑠璃は歩いていた。
―――私を呼んでいる・・・。
やがて、瑠璃の視界にぼんやりと人影が現れる。
―――貴方は誰・・・?
問いかけると、不意に周囲に光が満ち溢れた。
―――・・・っ。
逆光の中、きらめくプリズムパープルの髪。
『―――もうすぐ逢えるよ』
「・・・――――――ん・・・」
ぼんやりとした意識の中、聞こえてきた車内アナウンスの声で瑠璃は目を覚ました。
『―――間もなく、終点―――・・・、―――・・・に到着致します。車内にお忘れ物をなさいませんようご注意下さい』
「・・・えっ!?」
〝終点〟という言葉に、瑠璃の意識は一気に覚醒する。
「私、寝過ごしちゃったの!?」
MDを慌てて鞄の中に突っ込むと、電車が駅に到着し、扉が開くと同時に、瑠璃はホームに飛び降りた。
(まずいよ~!!)
鞄の中から携帯電話を取り出し、番号を押す。
ギリギリどころか、遅刻決定になってしまった学校へ連絡を入れる為である。
けれど、耳に当てた携帯からはコール音は聞こえてこなかった。
画面を確認すると『圏外』と表示されている。
(・・・なんで?)
眉を顰め、ふと周囲に視線を向けた瑠璃は呆然とした。
「・・・ここ・・・どこ・・・?」
こぢんまりとした木造の改札。その向うに見える山々。
いつも通り、通学する為の電車に乗ったつもりだったのだが・・・。
(――――ぁ!!)
ふと、駅名プレートに目を留めた瑠璃は目を瞠った。
『トッカリタウン駅』―――来た事がない筈の駅なのに。
「・・・知ってる・・・」
無意識の中、呟かれる言葉。
同時に電車に乗っていた時に見た〝夢〟が思い返された。
最近見るようになった―――誰かに呼ばれている夢。
声の主の姿を確認しようとすると、いつもそこで目が覚めてしまうのだ。
けれど、先程見た夢は―――
「よっし! せっかくだから、この辺を探検してみよう!」
携帯を鞄にしまい、瑠璃は改札に向かって歩き出す。
歩き回っているうちに何か解るかもしれない、そう思ったのだ。
山々に囲まれた、田舎らしいのどかな雰囲気。
ビルが多く建ち並んでいた都会と違い、自然が多いこの土地は空気が澄んでいて気持ちがいい。
(今の季節なら、山とか湖にピクニックに行くってのいうのいいかも♪)
春の陽射しが降り注ぐ森の中、森林浴を楽しみながら歩いていた瑠璃は笑み零す。
そして、ふと足を止めた。
「あ、交番発見」
駅からここまでは真っ直ぐ歩いてきたけれど、この近辺の地理を確認しておくに超したことはないだろう。
交番に向かって行くと、ファイルを片手に持った婦警が少年と話をしている姿が見えた。
「じゃ、君、迷子ってわけだ」
「だって、じいちゃんが駅に迎えに来るっていってたから――――!」
婦警の言葉に、少年は慌てたように両手を振り、声を上げる。
(なるほど)
聞こえてくるやり取りから、瑠璃は推察する。
田舎の祖父の家に一人で遊びに来たものの、迎えに来るはずの祖父がなかなか迎えに来ず、
痺れを切らし自分で向かおうとして結果的に迷子になってしまったということなのだろう。
「うちのロボットが送ってあげる。君、名前は?」
「音井信彦――――『音井ロボット研究所』までの道順、教えてくれるだけでいいんだけど――――」
(・・・え?)
ふと、眉を顰め、瑠璃は声を漏らした。
「―――・・・『音井ロボット研究所』・・・?」
ザワリ、と心が騒ぐ。
「・・・あの、すいません」
ゆっくりと交番の中に足を踏み入れ、瑠璃は婦警に呼び掛けた。
「あら、お嬢さん、どうかしたの?」
「『音井ロボット研究所』に、私も行きたいんですけど・・・」
「え? お姉さん、じいちゃんに用事があるの?」
きょとんと目を瞬き、少年が視線を向けてくる。
瑠璃は曖昧な笑みを浮かべた。
「―――ロボット工学に興味があるものだから、見学をさせてもらえないかなと思って・・・」
『音井ロボット研究所』―――そこに行けば『答』が解るかもしれない。
そんな予感が閃くのと同時に、微かに好奇心とういう感情が瑠璃の中には存在していた。
少しの間、少年は思案するような表情をしていたが、やがて笑顔で瑠璃を見上げて言った。
「分かった。―――じいちゃんには俺から頼んであげるから、お姉さんも一緒に行こう」
「ありがとう」
ふわりと微笑み、瑠璃は少年に手を差し出す。
「私は瑪瑙瑠璃っていうの。よろしくね」
「俺は音井信彦だよ」
少年は顔を赤くしながら、瑠璃の手を握り返した。
「―――じゃあ、二人を送ってあげるわね」
二人が挨拶を済ませたのを見ると、婦警が告げた。
「すまん!! 忘れてた――――ッ!!」
ソファーに仏頂面で座る信彦に、教授は拝むように手を合わせた。
「じ~ちゃんが悪かった! このと~~り!!」
「ふんっ! 2時間も待ったんだぜ!!」
頭を下げ、揉み手する教授に信彦はそっぽを向く。
研究所に到着すると、信彦はチャイムを鳴らすことなく玄関の扉を開け、勝手知ったる我が家という感じで瑠璃を促し中へと入っていった。
そして、リビングに行くとそこには、テレビでロボットプロレスを観戦する教授の姿が在ったのだった。
「よし! チョコをあげよう! なっ」
信彦の斜め前のソファーに座っていた瑠璃は、微かに信彦が反応を見せたのに気づく。
「こんなもんで、ごまかされね――――よっ」
ぱっと、チョコレートの箱を教授の手から取り上げると、信彦は瑠璃の隣に移動する。
「瑠璃さん―――チョコレートどうぞ」
「ありがとう、信彦君」
くすりと笑みを零し、瑠璃はチョコレートを受け取ると、そのまま信彦は瑠璃の横に座り、チョコレートを頬張りはじめた。
信彦の様子を窺っていた教授は安堵したような息を吐き、頬の冷や汗を唐草模様のハンカチで拭うと、瑠璃に視線を向けた。
「・・・瑠璃さん、だったの。―――ロボット工学に興味があると仰っていたが、今はその方面の勉強をなさっているのかの?」
「はい。工科大学で学んでいて今年で3年目になります。まだ、ロボットは造った事はありませんが・・・。
―――音井教授、改めてお願い致します。研究所の方を見学させて頂けないでしょうか」
ぺこりと瑠璃は頭を下げると、ふと信彦が口を開いた。
「あ。そーだ。じーちゃんに聞きたいんだけど」
「ん!?」
「これから一緒に暮らすんだけど、ここん家のけーざいはしっかりしてるの?」
「うちの経済?」
教授は唖然としながら、信彦に問い返す。
信彦の両親は教授と同じ科学者で、信彦を日本に置いて、現在外国に留学している。
まだ小学生である息子を残し、二人が留学してしまった事を知った教授は、一緒に暮らそうと、孫である信彦を呼び寄せたのだが・・・。
「いや、じーちゃんがちゃんと仕事しているのか不安でさー」
両親は仕事で留学をしたと、信彦は納得してはいたが、祖父である教授に対しては仕事をきちんとしているのかという疑惑の思いがあったらしい。
けれど、交番から研究所まで送ってくれた―――『への3号』という―――音井教授に造られたという警察ロボットから話を聞いたとき
「ちゃんと仕事をしているんだ」と信彦は呟いていたのを瑠璃は聞いている。
呆然としながら、瑠璃は隣の信彦を見ると、ふと目配せを送られた。
それを見て、瑠璃は気づく。これは、信彦の作戦なのだという事に・・・。
「失礼な!! わしゃ立派にロボット工学者しとるわい!」
「じゃあ、瑠璃さんに見学してもらっても大丈夫だよね」
「いいじゃろう。論より証拠!! わしの努力の結果見せたるわ―――い。来―――――い!!」
見事に作戦に教授が乗ったのを見て、にやりと笑った信彦の隣で、瑠璃は微苦笑を浮かべた。
「これがわしの最高傑作になるロボット、SIGNAL じゃ」
教授に案内され、研究室に入った瑠璃は息を呑んだ。
沢山のケーブルが延びた調整台の上に一人の青年が立っている。
瑠璃の隣で目を大きく見開き青年を見つめていた信彦は、興奮した表情で青年に駆け寄って行く。
「すっげぇ――――ッ!人間形態 ロボットだ―――――!!」
青年―――〝シグナル〟の瞳は閉じられており、その姿は人間が立って眠っているように見える。
「人間形態ロボットを造れるのは、わしのような天才だけじゃあ!!」
(―――夢に現れた人物と同じ・・・)
腕組み、カカカッと笑う教授の隣で、瑠璃は呆然とシグナルを見つめる。
「それにシグナルの体には、わしが発明した伸縮自在の特殊金属MIRA 』が使われていてより人間らしく・・・」
(・・・プリズムパープルの髪・・・―――)
不意に瑠璃の無意識の奥で何かが閃いた。
『・・・―――ひとつ・・・・『記憶』・・・・封印・・・・彼ら・・・・解き・・・・れる―――・・・』
「―――瑠璃さん!」
「――――――!!」
呼びかけられ、ハッと瑠璃は我に返る。目を瞬くと信彦が見上げているのに気づいた。
「・・・どうしたの? 信彦君」
「瑠璃さんもアレが動くところ、見たいよね!」
満面の笑顔で信彦はシグナルを指さす。
「・・・えぇ、そうね」
つられて笑みを零し、瑠璃は教授に振り返ると、教授は曖昧な表情を浮かべた。
「ちょっち問題がありなんじゃが・・・」
呻きながら、コンピューターに向かい、教授はキーボードの操作をする。
やがて起動したシグナルは、教授の言葉通り、立っていた台の付近の機材を殴り、蹴りを入れて粉砕してしまった。
どうやら教授のロボットプロレス好きが影響し、シグナルには格闘用のプログラムが設定されてしまっているようだった。
拳を握りしめ「わしゃ、強いロボットが好きなんじゃ~!!!」と唸る教授から視線を逸らし信彦は溜息を吐く。
すると教授は、この際だからお前が気にいるように性格設定をしても良い、と信彦に告げてきた。
その言葉にパッと顔を輝かせ振り返った信彦は『兄』がいいと答え、教授に満面の笑顔で問いかけた。
「ね、いつ完成するの!?」
「これからプログラムを組んで・・・」
コンピューターを操作しながら、教授は思案する。
「明日にはなんとか―――」
不意に教授の言葉は、信彦のくしゃみにより遮られた。
「お!? カゼか?」
「うんにゃ、アレルギーだ」
ぐずっと鼻を鳴らす信彦に、瑠璃はティッシュを差し出す。
「どうぞ、信彦君」
「ありがとう、瑠璃さん」
信彦が鼻をかんでいると、コンピューターから印刷したらしい資料を片手に、教授は立ち上がった。
「まぁ、まず晩メシ食ってからじゃな。瑠璃さんも一緒にどうじゃ?」
「え? でも・・・」
戸惑ったような表情を浮かべた瑠璃に、教授は笑顔で言葉を続ける。
「そのまま、今夜は家に泊まってくれて構わんよ。
―――せっかくじゃから、シグナルが目を覚ますところも見せたいしの」
「遠慮しないで泊まっていってよ! 瑠璃さん」
満面の笑顔で見上げて来る信彦と柔らかく笑む教授を少しの間、瑠璃は呆然と見つめていたが、やがてふわりと微笑み言った。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお世話になります」
「―――っ! まずいっ、あれに乗らないと遅刻になっちゃう!!」
駅の改札を通り、ホームへ続く階段を勢いよく瑠璃は駆け下りて行く。
ホームには上りの電車が到着しようとしているところだった。
トンッ、と階段の最後の一段を飛び降りると同時に電車の扉が開かれる。
電車に乗り込み、空いている席に腰掛けると、瑠璃は溜息を吐いた。
「・・・良かった~」
最近は起床が遅くなってしまいがちになって、この時刻の電車に慌てて乗り込むという状態となってしまっているが、
以前はこれよりも2本早い時刻のものを利用していたのだ。
膝に置いた鞄からMDを取り出し、イヤホンを耳に当てながら瑠璃は思う。
(・・・あの夢、何か意味があるのかな)
以前よりも起床が遅くなってしまっている訳、それは最近見るようになった〝夢〟に理由があった。
―――必ず同じところで目が覚めてしまう、けれど懐かしいと感じる不思議な夢。
電車の揺れに身を任せながら流れてくる曲に耳を傾けていると、自然と目が閉じてしまう。
やがて瑠璃は意識を夢の中へと手放してしまっていた。
『――――』
微かに聞こえてくる声。
―――また、この夢・・・。
霧の中、聞こえてくる声に導かれるように瑠璃は歩いていた。
―――私を呼んでいる・・・。
やがて、瑠璃の視界にぼんやりと人影が現れる。
―――貴方は誰・・・?
問いかけると、不意に周囲に光が満ち溢れた。
―――・・・っ。
逆光の中、きらめくプリズムパープルの髪。
『―――もうすぐ逢えるよ』
「・・・――――――ん・・・」
ぼんやりとした意識の中、聞こえてきた車内アナウンスの声で瑠璃は目を覚ました。
『―――間もなく、終点―――・・・、―――・・・に到着致します。車内にお忘れ物をなさいませんようご注意下さい』
「・・・えっ!?」
〝終点〟という言葉に、瑠璃の意識は一気に覚醒する。
「私、寝過ごしちゃったの!?」
MDを慌てて鞄の中に突っ込むと、電車が駅に到着し、扉が開くと同時に、瑠璃はホームに飛び降りた。
(まずいよ~!!)
鞄の中から携帯電話を取り出し、番号を押す。
ギリギリどころか、遅刻決定になってしまった学校へ連絡を入れる為である。
けれど、耳に当てた携帯からはコール音は聞こえてこなかった。
画面を確認すると『圏外』と表示されている。
(・・・なんで?)
眉を顰め、ふと周囲に視線を向けた瑠璃は呆然とした。
「・・・ここ・・・どこ・・・?」
こぢんまりとした木造の改札。その向うに見える山々。
いつも通り、通学する為の電車に乗ったつもりだったのだが・・・。
(――――ぁ!!)
ふと、駅名プレートに目を留めた瑠璃は目を瞠った。
『トッカリタウン駅』―――来た事がない筈の駅なのに。
「・・・知ってる・・・」
無意識の中、呟かれる言葉。
同時に電車に乗っていた時に見た〝夢〟が思い返された。
最近見るようになった―――誰かに呼ばれている夢。
声の主の姿を確認しようとすると、いつもそこで目が覚めてしまうのだ。
けれど、先程見た夢は―――
「よっし! せっかくだから、この辺を探検してみよう!」
携帯を鞄にしまい、瑠璃は改札に向かって歩き出す。
歩き回っているうちに何か解るかもしれない、そう思ったのだ。
山々に囲まれた、田舎らしいのどかな雰囲気。
ビルが多く建ち並んでいた都会と違い、自然が多いこの土地は空気が澄んでいて気持ちがいい。
(今の季節なら、山とか湖にピクニックに行くってのいうのいいかも♪)
春の陽射しが降り注ぐ森の中、森林浴を楽しみながら歩いていた瑠璃は笑み零す。
そして、ふと足を止めた。
「あ、交番発見」
駅からここまでは真っ直ぐ歩いてきたけれど、この近辺の地理を確認しておくに超したことはないだろう。
交番に向かって行くと、ファイルを片手に持った婦警が少年と話をしている姿が見えた。
「じゃ、君、迷子ってわけだ」
「だって、じいちゃんが駅に迎えに来るっていってたから――――!」
婦警の言葉に、少年は慌てたように両手を振り、声を上げる。
(なるほど)
聞こえてくるやり取りから、瑠璃は推察する。
田舎の祖父の家に一人で遊びに来たものの、迎えに来るはずの祖父がなかなか迎えに来ず、
痺れを切らし自分で向かおうとして結果的に迷子になってしまったということなのだろう。
「うちのロボットが送ってあげる。君、名前は?」
「音井信彦――――『音井ロボット研究所』までの道順、教えてくれるだけでいいんだけど――――」
(・・・え?)
ふと、眉を顰め、瑠璃は声を漏らした。
「―――・・・『音井ロボット研究所』・・・?」
ザワリ、と心が騒ぐ。
「・・・あの、すいません」
ゆっくりと交番の中に足を踏み入れ、瑠璃は婦警に呼び掛けた。
「あら、お嬢さん、どうかしたの?」
「『音井ロボット研究所』に、私も行きたいんですけど・・・」
「え? お姉さん、じいちゃんに用事があるの?」
きょとんと目を瞬き、少年が視線を向けてくる。
瑠璃は曖昧な笑みを浮かべた。
「―――ロボット工学に興味があるものだから、見学をさせてもらえないかなと思って・・・」
『音井ロボット研究所』―――そこに行けば『答』が解るかもしれない。
そんな予感が閃くのと同時に、微かに好奇心とういう感情が瑠璃の中には存在していた。
少しの間、少年は思案するような表情をしていたが、やがて笑顔で瑠璃を見上げて言った。
「分かった。―――じいちゃんには俺から頼んであげるから、お姉さんも一緒に行こう」
「ありがとう」
ふわりと微笑み、瑠璃は少年に手を差し出す。
「私は瑪瑙瑠璃っていうの。よろしくね」
「俺は音井信彦だよ」
少年は顔を赤くしながら、瑠璃の手を握り返した。
「―――じゃあ、二人を送ってあげるわね」
二人が挨拶を済ませたのを見ると、婦警が告げた。
「すまん!! 忘れてた――――ッ!!」
ソファーに仏頂面で座る信彦に、教授は拝むように手を合わせた。
「じ~ちゃんが悪かった! このと~~り!!」
「ふんっ! 2時間も待ったんだぜ!!」
頭を下げ、揉み手する教授に信彦はそっぽを向く。
研究所に到着すると、信彦はチャイムを鳴らすことなく玄関の扉を開け、勝手知ったる我が家という感じで瑠璃を促し中へと入っていった。
そして、リビングに行くとそこには、テレビでロボットプロレスを観戦する教授の姿が在ったのだった。
「よし! チョコをあげよう! なっ」
信彦の斜め前のソファーに座っていた瑠璃は、微かに信彦が反応を見せたのに気づく。
「こんなもんで、ごまかされね――――よっ」
ぱっと、チョコレートの箱を教授の手から取り上げると、信彦は瑠璃の隣に移動する。
「瑠璃さん―――チョコレートどうぞ」
「ありがとう、信彦君」
くすりと笑みを零し、瑠璃はチョコレートを受け取ると、そのまま信彦は瑠璃の横に座り、チョコレートを頬張りはじめた。
信彦の様子を窺っていた教授は安堵したような息を吐き、頬の冷や汗を唐草模様のハンカチで拭うと、瑠璃に視線を向けた。
「・・・瑠璃さん、だったの。―――ロボット工学に興味があると仰っていたが、今はその方面の勉強をなさっているのかの?」
「はい。工科大学で学んでいて今年で3年目になります。まだ、ロボットは造った事はありませんが・・・。
―――音井教授、改めてお願い致します。研究所の方を見学させて頂けないでしょうか」
ぺこりと瑠璃は頭を下げると、ふと信彦が口を開いた。
「あ。そーだ。じーちゃんに聞きたいんだけど」
「ん!?」
「これから一緒に暮らすんだけど、ここん家のけーざいはしっかりしてるの?」
「うちの経済?」
教授は唖然としながら、信彦に問い返す。
信彦の両親は教授と同じ科学者で、信彦を日本に置いて、現在外国に留学している。
まだ小学生である息子を残し、二人が留学してしまった事を知った教授は、一緒に暮らそうと、孫である信彦を呼び寄せたのだが・・・。
「いや、じーちゃんがちゃんと仕事しているのか不安でさー」
両親は仕事で留学をしたと、信彦は納得してはいたが、祖父である教授に対しては仕事をきちんとしているのかという疑惑の思いがあったらしい。
けれど、交番から研究所まで送ってくれた―――『への3号』という―――音井教授に造られたという警察ロボットから話を聞いたとき
「ちゃんと仕事をしているんだ」と信彦は呟いていたのを瑠璃は聞いている。
呆然としながら、瑠璃は隣の信彦を見ると、ふと目配せを送られた。
それを見て、瑠璃は気づく。これは、信彦の作戦なのだという事に・・・。
「失礼な!! わしゃ立派にロボット工学者しとるわい!」
「じゃあ、瑠璃さんに見学してもらっても大丈夫だよね」
「いいじゃろう。論より証拠!! わしの努力の結果見せたるわ―――い。来―――――い!!」
見事に作戦に教授が乗ったのを見て、にやりと笑った信彦の隣で、瑠璃は微苦笑を浮かべた。
「これがわしの最高傑作になるロボット、
教授に案内され、研究室に入った瑠璃は息を呑んだ。
沢山のケーブルが延びた調整台の上に一人の青年が立っている。
瑠璃の隣で目を大きく見開き青年を見つめていた信彦は、興奮した表情で青年に駆け寄って行く。
「すっげぇ――――ッ!
青年―――〝シグナル〟の瞳は閉じられており、その姿は人間が立って眠っているように見える。
「人間形態ロボットを造れるのは、わしのような天才だけじゃあ!!」
(―――夢に現れた人物と同じ・・・)
腕組み、カカカッと笑う教授の隣で、瑠璃は呆然とシグナルを見つめる。
「それにシグナルの体には、わしが発明した伸縮自在の特殊金属
(・・・プリズムパープルの髪・・・―――)
不意に瑠璃の無意識の奥で何かが閃いた。
『・・・―――ひとつ・・・・『記憶』・・・・封印・・・・彼ら・・・・解き・・・・れる―――・・・』
「―――瑠璃さん!」
「――――――!!」
呼びかけられ、ハッと瑠璃は我に返る。目を瞬くと信彦が見上げているのに気づいた。
「・・・どうしたの? 信彦君」
「瑠璃さんもアレが動くところ、見たいよね!」
満面の笑顔で信彦はシグナルを指さす。
「・・・えぇ、そうね」
つられて笑みを零し、瑠璃は教授に振り返ると、教授は曖昧な表情を浮かべた。
「ちょっち問題がありなんじゃが・・・」
呻きながら、コンピューターに向かい、教授はキーボードの操作をする。
やがて起動したシグナルは、教授の言葉通り、立っていた台の付近の機材を殴り、蹴りを入れて粉砕してしまった。
どうやら教授のロボットプロレス好きが影響し、シグナルには格闘用のプログラムが設定されてしまっているようだった。
拳を握りしめ「わしゃ、強いロボットが好きなんじゃ~!!!」と唸る教授から視線を逸らし信彦は溜息を吐く。
すると教授は、この際だからお前が気にいるように性格設定をしても良い、と信彦に告げてきた。
その言葉にパッと顔を輝かせ振り返った信彦は『兄』がいいと答え、教授に満面の笑顔で問いかけた。
「ね、いつ完成するの!?」
「これからプログラムを組んで・・・」
コンピューターを操作しながら、教授は思案する。
「明日にはなんとか―――」
不意に教授の言葉は、信彦のくしゃみにより遮られた。
「お!? カゼか?」
「うんにゃ、アレルギーだ」
ぐずっと鼻を鳴らす信彦に、瑠璃はティッシュを差し出す。
「どうぞ、信彦君」
「ありがとう、瑠璃さん」
信彦が鼻をかんでいると、コンピューターから印刷したらしい資料を片手に、教授は立ち上がった。
「まぁ、まず晩メシ食ってからじゃな。瑠璃さんも一緒にどうじゃ?」
「え? でも・・・」
戸惑ったような表情を浮かべた瑠璃に、教授は笑顔で言葉を続ける。
「そのまま、今夜は家に泊まってくれて構わんよ。
―――せっかくじゃから、シグナルが目を覚ますところも見せたいしの」
「遠慮しないで泊まっていってよ! 瑠璃さん」
満面の笑顔で見上げて来る信彦と柔らかく笑む教授を少しの間、瑠璃は呆然と見つめていたが、やがてふわりと微笑み言った。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお世話になります」