第四章『心の居場所』
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「―――――カルマ君、これからアップルパイを作ろうと思うんだけど手伝ってもらえないかな?」
買ってきた物の整理をキッチンで行なっていた瑠璃は、ふとそこからリビングの窓辺に立っていたカルマに視線を向けると、林檎を手にしながら呼びかけた。
「・・・え? ・・・お手伝いですか?」
「えぇ。正信さんからカルマ君が料理上手だって話を聞いたから」
カルマは自分の居場所が解らないのだろう。
今までずっと人工都市と接続していたのが切れてしまったから。
自分の半身がスッポリとなくなってしまったようなものなのだ。
みのるがカルマと話し、その様子から出した診断結果は、いわば人間で言うならば〝情緒不安定〟というものだった。
そして―――――
気長にやるのが一番だろう。
急ぎすぎるのは良くないから。
それがみのると、その診断を聞いた正信が出した『結論』だった。
しかし、瑠璃はあのカルマの言葉が心に引っ掛かったままだった。
〝たとえ他の方々に許していただいても私は私自身が許せない〟
それは覚えている記憶の中で、過去に瑠璃も同じ事を思っていた頃があったから。
―――――パイ作りを手伝ってほしいとカルマに言ったのは、そこでまた話しをするきっかけが掴めればと思ったからだ。
そして、了承してくれたカルマと一緒に作業を始めたのだが、その手際のよさに思わず感嘆の声を洩らしたのは他ならぬ瑠璃自身だった。
「やっぱり、カルマ君に手伝ってもらって正解だったわ」
これはプロ級と言っても差し障りはないだろう。
「・・・そうですか? お役に立てたなら幸いです」
自身が行なっていた作業の手を止め、目を瞠りながらこちらの様子を見つめてくる瑠璃に対し、カルマは目を伏せながら淡々と言葉を返す。
その様子を見て、ふと僅かに眉根を寄せると静かに瑠璃は口を開き、告げた。
「ねぇ、カルマ君。―――――私、リュケイオンでの事は気にしてないよ」
ピクッ・・・と作業をしていたカルマの手元が震えた。
「瑠璃さん、私は・・・・」
「うん。私や正信さんも含めて、皆が『もう気にしてないよ』って、いくら言ったとしても、カルマ君は自分の事が許せないって思っているのよね」
じっと、カルマを見つめ瑠璃は言う。
「―――――でもそれじゃあ、カルマ君は誰になら許してもらえるの?」
カルマが口にした言葉と同じ想いを、瑠璃が抱いていたのは、昔―――――両親が亡くなったばかりの頃だった。
両親が亡くなった原因は―――――爆発事故。
その事故が起こった時、瑠璃は両親と一緒に居たのだ。
そして瑠璃が助かったのは、その両親の〝優しい嘘〟によって、一人逃がされたから。
だが、その事に瑠璃はショックを受けて記憶を一部失い―――――さらに自分の所為で両親は亡くなったのだと自身を責めるようになってしまった。
―――――そんな瑠璃の心を救い、大切な事を気づかせてくれたのが―――――いまカルマに対し口にした言葉。
『―――――じゃあ、君は誰になら許してもらえるの?』
この言葉を言ってくれた人の顔を思い出すことは出来ないけれど―――――
この言葉をきっかけにして、カルマも『答え』を見出す事が出来たら―――――
ゆっくりと顔を上げてきたカルマと瑠璃の視線がかち合う。
瑠璃の言葉に対し、何事かを紡ぎ出そうとカルマが口を開きかけた時、
「瑠璃ちゃん、カルマ君、何を作っているんですか?」
「あ、ちびっ!?」
ぴょこんと、ちびシグナルがキッチンに飛び込んできて、同時にリビングの方から信彦の慌てた声が聞こえてきた。
「・・・ち、ちびちゃん、信彦君、いつからそこに?」
「ごめん、瑠璃姉ちゃん、邪魔するつもりはなかったんだけど・・・」
どうやら少し前から、信彦とちびシグナルはリビングに来ていたらしい。
しかし、キッチンの方にいた瑠璃達の様子から気を使って、信彦は声を掛けるタイミングを逸していたようだった。
呆然としつつ、目を瞬いた瑠璃は微苦笑を零した。
「カルマ君にお手伝いをお願いして、アップルパイを作ってたのよ。もう少しで完成するから、あとで信彦君とちびちゃんで、まず試食してみてくれる?」
「はい!」
目を輝かせながら、ちびシグナルが頷く。
一方で―――――
「うん。でもさ、カルマって料理得意みたいだけど、どうして?」
ちびシグナルに続いて頷いた信彦が、ふと首を傾げ、疑問を口にした。
それに対し、また、考え込むような様子を見せていたカルマは、曖昧な表情で答える。
「―――――・・・正信さんが信彦さんくらいの時、一緒に暮らしてまして、家事も少しやっていましたから」
「へ―――――そうなんだ。じゃあ、カルマって親父の〝お兄さん〟なの?」
「え?・・・えぇ、そうでしたね。でも私にはもうそんな資格は・・・」
「別に〝お兄さん〟に資格なんていらないんじゃない?」
事も無げに返された信彦の言葉に、カルマが驚いたように目を瞠った。
「俺なんか、〝兄〟がこれだぜ」
〝これ〟と、笑いながら信彦はちびシグナルを指差す。
が、そのままちびシグナルに視線を向けると、ふと愕然とした声を上げた。
「あ―――――!! こいつ酒飲んでやがるっ」
そのお酒は、先程の買い物でみのるが購入した物だった。
購入してきた荷物の整理をしていた瑠璃は、それだけは仕舞う場所が分からなかった為にテーブルの上に置いたままにしていたのだ。
「これ、おいしーよ」
「ちびちゃん、体の方は大丈夫なの?」
ぷはっと、お酒の一気飲みを終えたちびシグナルの顔は、ほんのりと赤く染まっている。
気遣わしげに瑠璃が顔を見つめると、ちびシグナルはテーブルの上で手足をパタパタとさせながら笑い出した。
その姿を見て、信彦が眉根を寄せる。
「げっ。まさか、酔ってる!?」
「シグナル君って酔うんですか!?」
唖然とした声をカルマが洩らす。
「前にチョコの食べすぎで悪酔いしちゃったことがあったんだけど・・・・」
カルマに言いながら、瑠璃は思い返す。
前回、ちびシグナルが酔っ払った時は大暴れをして、それを止めるのはかなり大変だった。
しかし、今回は―――――
「なんだか楽しそうですね」
テーブルの上でくるくると回転したり、踊ったりしているちびシグナルの姿を見て、カルマが呟いた。
―――――あの様子ならば、心配はなさそうだ。
芸風が変わったな、と信彦がちびシグナルを眺めながら思う中、瑠璃はカルマと一緒にパイ作りを再開した。
そして、それから暫らくの後に形成し終えたパイを焼き上げるべく、オーブンに入れたのだが―――――
ふと、聞こえてきた微かなちびシグナルの悲鳴にそちらを振り返ると、今度はキッチンに姿を現していた、カントに絡んでいったところ、突き飛ばされてしまったらしい。
酔っているせいでそのままバランスを立て直す事ができず、テーブルの端から落ちそうになってしまっているちびシグナルの姿がそこには在ったのだ。
「あっ、ちび」
いち早く気づいた信彦が、ぎょっとしながら声を上げる。
が、その時にまた猫アレルギーの影響から、鼻がムズとなった、信彦はくしゃみをした。
刹那、ちびシグナルの体内から、
カッ―――――と、閃光が放出された。
そして、キッチンから家中に爆発音が響いたのだった。
「・・・・・」
最初に現場へ駆けつけてきたのはパルスだった。
しかし、現場を見たその後は、そこで困惑した表情で立ち尽くしてしまっていた。
研究室の方から爆発音に驚いて正信やハーモニーと一緒に、慌てて飛び出してきた教授がその背に向かって叫ぶ。
「パルス!! 一体何の騒ぎじゃい・・・」
教授の問いに対し、パルスは無言のまま、キッチンの奥の方を指さした。
「あん?」
パルスが示している方へ、眉を顰めながら教授が顔を向けると、そこにはテーブルの残骸に倒れ込みながら目を回しているシグナルの姿が在った。
そして―――――
「シグナル!?」
愕然とした声を教授が上げると、まだ煙が立ち込めていた残骸の奥から、スッと立ち上がった人影があった。
「うわ――――びっくりした―――――っ」
「ほんとにね―――――」
「シグナル君、いきなり爆発するんですものね」
―――――残骸の奥から現れたのは、信彦と瑠璃とカルマ。
そして、カントである。
「信彦! 瑠璃さん! カルマ! 大丈夫か!?」
正信が血相を変えて、三人に駆け寄って行く。
「うん!!」
「はい。カルマ君が庇ってくれましたから」
笑顔で答えた信彦の隣で、瑠璃も微笑を浮かべ正信に告げる。
すると、カルマが慌てた様子で、顔の前で手を振りながら口を開いた。
「そんな! 当然の事をしたまでです」
「いや、ありがとうカルマ。やっぱりカルマは僕の『兄』だよ」
にっこりと正信はカルマに笑みを向ける。
―――――その時、カルマは『答え』を見つけたのだろう。
カルマ表情は穏やかなものに変わっていた。
「ちびの時、酒を飲んだ―――――!?」
「えぇ、そうなんです」
シグナルは意識を取り戻した後、激しい二日酔いに襲われてしまっていた。
そして、瑠璃から爆発が起こった経緯を聞かされた教授はそんなシグナルを見て呆れた表情を浮べていたのだった。
「変形するときのエネルギーが酒の所為で暴発したんかの―――――」
眉根を寄せながら教授は唸ると、クッションを抱えながらへばっているシグナルに、視線を向ける。
「とにかく、ロボットの二日酔いに効く薬はないからのっ」
「あ~~~~~~~~~~」
クッションを銜えながら呻いたシグナルに教授は溜息をつきつつ、また研究室の方に戻っていく。
「ちょっと待っててね、シグナル君」
その一方で、シグナルの症状を少しでも和らげようと考え付いた案を実行すべく、瑠璃はキッチンへと向かって行く。
―――――甘酒ならば多少は二日酔いが緩和されるかもしれない。
だが、瑠璃が用意を終えるまでの間、ただ待っているのは辛いだろう。
水の入ったポットをお盆に乗せてきたカルマが、シグナルに声を掛ける。
「水でも飲みますか?」
「あ~~~~~~~~~~?」
視線を上げたシグナルは、いらないと呻いたものの、ふと穏やかな笑みを浮べているカルマの表情に気づくと、不思議そうに目を瞠った。
「カルマ、お前・・・」
「はい?」
「さっきとだいぶ表情違うけど―――――」
「そうですか? 皆さんが色々助言してくれたおかげですかね。―――――特に瑠璃さんからは」
自分の表情を確かめるように手で触れたカルマは、キッチンの方に居る瑠璃に視線を向ける。
「今までのことは消えないけどこれからはそれを償っていきたいです」
瑠璃とカルマ―――――二人の間で交わされたやり取りを、ちびの時の記憶がシグナルには無い為に知る由もない。
しかし、今のカルマの言葉から―――――シグナルの中に引っ掛かっていた〝何か〟は解けていた。
―――――そうか・・・
ぼくとカルマは似てるんだ。
ぼく達二人とも『兄』ってところが―――――
だからカルマのこと気になったのか―――――
二日酔いの辛さはまだあるものの、どことなく気分が軽くなったシグナルは安堵の笑みを零す。
しかし―――――
「―――――ですからシグナル君、これからは私と貴方はライバルということになるかもしれませんよ」
「え? カルマ!? それ、どういう意味だよ!?」
微笑を浮べ告げられてきた、カルマからの宣戦布告のような言葉に思わず大声をあげてしまい、その衝撃から起こった頭痛にまたダウンしてしまった。
しかし、シグナルの身に起こった受難はそれだけには止まらず。
ちびの時にシグナルが飲んでしまったお酒は正信の物であった為に―――――後日、正信から『改造』という名の報復を受けそうになってしまうこととなったのだった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第四章、カルマ君の目覚め編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
またヒロインの過去話を交えつつ、なので少々オリジナルの色が出ていますが・・・。
楽しんで頂けたなら、嬉しく思います。
次回の物語は、シグナル対オラトリオの予定です。
それでは。
05・10/30 朱臣繭子 拝
買ってきた物の整理をキッチンで行なっていた瑠璃は、ふとそこからリビングの窓辺に立っていたカルマに視線を向けると、林檎を手にしながら呼びかけた。
「・・・え? ・・・お手伝いですか?」
「えぇ。正信さんからカルマ君が料理上手だって話を聞いたから」
カルマは自分の居場所が解らないのだろう。
今までずっと人工都市と接続していたのが切れてしまったから。
自分の半身がスッポリとなくなってしまったようなものなのだ。
みのるがカルマと話し、その様子から出した診断結果は、いわば人間で言うならば〝情緒不安定〟というものだった。
そして―――――
気長にやるのが一番だろう。
急ぎすぎるのは良くないから。
それがみのると、その診断を聞いた正信が出した『結論』だった。
しかし、瑠璃はあのカルマの言葉が心に引っ掛かったままだった。
〝たとえ他の方々に許していただいても私は私自身が許せない〟
それは覚えている記憶の中で、過去に瑠璃も同じ事を思っていた頃があったから。
―――――パイ作りを手伝ってほしいとカルマに言ったのは、そこでまた話しをするきっかけが掴めればと思ったからだ。
そして、了承してくれたカルマと一緒に作業を始めたのだが、その手際のよさに思わず感嘆の声を洩らしたのは他ならぬ瑠璃自身だった。
「やっぱり、カルマ君に手伝ってもらって正解だったわ」
これはプロ級と言っても差し障りはないだろう。
「・・・そうですか? お役に立てたなら幸いです」
自身が行なっていた作業の手を止め、目を瞠りながらこちらの様子を見つめてくる瑠璃に対し、カルマは目を伏せながら淡々と言葉を返す。
その様子を見て、ふと僅かに眉根を寄せると静かに瑠璃は口を開き、告げた。
「ねぇ、カルマ君。―――――私、リュケイオンでの事は気にしてないよ」
ピクッ・・・と作業をしていたカルマの手元が震えた。
「瑠璃さん、私は・・・・」
「うん。私や正信さんも含めて、皆が『もう気にしてないよ』って、いくら言ったとしても、カルマ君は自分の事が許せないって思っているのよね」
じっと、カルマを見つめ瑠璃は言う。
「―――――でもそれじゃあ、カルマ君は誰になら許してもらえるの?」
カルマが口にした言葉と同じ想いを、瑠璃が抱いていたのは、昔―――――両親が亡くなったばかりの頃だった。
両親が亡くなった原因は―――――爆発事故。
その事故が起こった時、瑠璃は両親と一緒に居たのだ。
そして瑠璃が助かったのは、その両親の〝優しい嘘〟によって、一人逃がされたから。
だが、その事に瑠璃はショックを受けて記憶を一部失い―――――さらに自分の所為で両親は亡くなったのだと自身を責めるようになってしまった。
―――――そんな瑠璃の心を救い、大切な事を気づかせてくれたのが―――――いまカルマに対し口にした言葉。
『―――――じゃあ、君は誰になら許してもらえるの?』
この言葉を言ってくれた人の顔を思い出すことは出来ないけれど―――――
この言葉をきっかけにして、カルマも『答え』を見出す事が出来たら―――――
ゆっくりと顔を上げてきたカルマと瑠璃の視線がかち合う。
瑠璃の言葉に対し、何事かを紡ぎ出そうとカルマが口を開きかけた時、
「瑠璃ちゃん、カルマ君、何を作っているんですか?」
「あ、ちびっ!?」
ぴょこんと、ちびシグナルがキッチンに飛び込んできて、同時にリビングの方から信彦の慌てた声が聞こえてきた。
「・・・ち、ちびちゃん、信彦君、いつからそこに?」
「ごめん、瑠璃姉ちゃん、邪魔するつもりはなかったんだけど・・・」
どうやら少し前から、信彦とちびシグナルはリビングに来ていたらしい。
しかし、キッチンの方にいた瑠璃達の様子から気を使って、信彦は声を掛けるタイミングを逸していたようだった。
呆然としつつ、目を瞬いた瑠璃は微苦笑を零した。
「カルマ君にお手伝いをお願いして、アップルパイを作ってたのよ。もう少しで完成するから、あとで信彦君とちびちゃんで、まず試食してみてくれる?」
「はい!」
目を輝かせながら、ちびシグナルが頷く。
一方で―――――
「うん。でもさ、カルマって料理得意みたいだけど、どうして?」
ちびシグナルに続いて頷いた信彦が、ふと首を傾げ、疑問を口にした。
それに対し、また、考え込むような様子を見せていたカルマは、曖昧な表情で答える。
「―――――・・・正信さんが信彦さんくらいの時、一緒に暮らしてまして、家事も少しやっていましたから」
「へ―――――そうなんだ。じゃあ、カルマって親父の〝お兄さん〟なの?」
「え?・・・えぇ、そうでしたね。でも私にはもうそんな資格は・・・」
「別に〝お兄さん〟に資格なんていらないんじゃない?」
事も無げに返された信彦の言葉に、カルマが驚いたように目を瞠った。
「俺なんか、〝兄〟がこれだぜ」
〝これ〟と、笑いながら信彦はちびシグナルを指差す。
が、そのままちびシグナルに視線を向けると、ふと愕然とした声を上げた。
「あ―――――!! こいつ酒飲んでやがるっ」
そのお酒は、先程の買い物でみのるが購入した物だった。
購入してきた荷物の整理をしていた瑠璃は、それだけは仕舞う場所が分からなかった為にテーブルの上に置いたままにしていたのだ。
「これ、おいしーよ」
「ちびちゃん、体の方は大丈夫なの?」
ぷはっと、お酒の一気飲みを終えたちびシグナルの顔は、ほんのりと赤く染まっている。
気遣わしげに瑠璃が顔を見つめると、ちびシグナルはテーブルの上で手足をパタパタとさせながら笑い出した。
その姿を見て、信彦が眉根を寄せる。
「げっ。まさか、酔ってる!?」
「シグナル君って酔うんですか!?」
唖然とした声をカルマが洩らす。
「前にチョコの食べすぎで悪酔いしちゃったことがあったんだけど・・・・」
カルマに言いながら、瑠璃は思い返す。
前回、ちびシグナルが酔っ払った時は大暴れをして、それを止めるのはかなり大変だった。
しかし、今回は―――――
「なんだか楽しそうですね」
テーブルの上でくるくると回転したり、踊ったりしているちびシグナルの姿を見て、カルマが呟いた。
―――――あの様子ならば、心配はなさそうだ。
芸風が変わったな、と信彦がちびシグナルを眺めながら思う中、瑠璃はカルマと一緒にパイ作りを再開した。
そして、それから暫らくの後に形成し終えたパイを焼き上げるべく、オーブンに入れたのだが―――――
ふと、聞こえてきた微かなちびシグナルの悲鳴にそちらを振り返ると、今度はキッチンに姿を現していた、カントに絡んでいったところ、突き飛ばされてしまったらしい。
酔っているせいでそのままバランスを立て直す事ができず、テーブルの端から落ちそうになってしまっているちびシグナルの姿がそこには在ったのだ。
「あっ、ちび」
いち早く気づいた信彦が、ぎょっとしながら声を上げる。
が、その時にまた猫アレルギーの影響から、鼻がムズとなった、信彦はくしゃみをした。
刹那、ちびシグナルの体内から、
カッ―――――と、閃光が放出された。
そして、キッチンから家中に爆発音が響いたのだった。
「・・・・・」
最初に現場へ駆けつけてきたのはパルスだった。
しかし、現場を見たその後は、そこで困惑した表情で立ち尽くしてしまっていた。
研究室の方から爆発音に驚いて正信やハーモニーと一緒に、慌てて飛び出してきた教授がその背に向かって叫ぶ。
「パルス!! 一体何の騒ぎじゃい・・・」
教授の問いに対し、パルスは無言のまま、キッチンの奥の方を指さした。
「あん?」
パルスが示している方へ、眉を顰めながら教授が顔を向けると、そこにはテーブルの残骸に倒れ込みながら目を回しているシグナルの姿が在った。
そして―――――
「シグナル!?」
愕然とした声を教授が上げると、まだ煙が立ち込めていた残骸の奥から、スッと立ち上がった人影があった。
「うわ――――びっくりした―――――っ」
「ほんとにね―――――」
「シグナル君、いきなり爆発するんですものね」
―――――残骸の奥から現れたのは、信彦と瑠璃とカルマ。
そして、カントである。
「信彦! 瑠璃さん! カルマ! 大丈夫か!?」
正信が血相を変えて、三人に駆け寄って行く。
「うん!!」
「はい。カルマ君が庇ってくれましたから」
笑顔で答えた信彦の隣で、瑠璃も微笑を浮かべ正信に告げる。
すると、カルマが慌てた様子で、顔の前で手を振りながら口を開いた。
「そんな! 当然の事をしたまでです」
「いや、ありがとうカルマ。やっぱりカルマは僕の『兄』だよ」
にっこりと正信はカルマに笑みを向ける。
―――――その時、カルマは『答え』を見つけたのだろう。
カルマ表情は穏やかなものに変わっていた。
「ちびの時、酒を飲んだ―――――!?」
「えぇ、そうなんです」
シグナルは意識を取り戻した後、激しい二日酔いに襲われてしまっていた。
そして、瑠璃から爆発が起こった経緯を聞かされた教授はそんなシグナルを見て呆れた表情を浮べていたのだった。
「変形するときのエネルギーが酒の所為で暴発したんかの―――――」
眉根を寄せながら教授は唸ると、クッションを抱えながらへばっているシグナルに、視線を向ける。
「とにかく、ロボットの二日酔いに効く薬はないからのっ」
「あ~~~~~~~~~~」
クッションを銜えながら呻いたシグナルに教授は溜息をつきつつ、また研究室の方に戻っていく。
「ちょっと待っててね、シグナル君」
その一方で、シグナルの症状を少しでも和らげようと考え付いた案を実行すべく、瑠璃はキッチンへと向かって行く。
―――――甘酒ならば多少は二日酔いが緩和されるかもしれない。
だが、瑠璃が用意を終えるまでの間、ただ待っているのは辛いだろう。
水の入ったポットをお盆に乗せてきたカルマが、シグナルに声を掛ける。
「水でも飲みますか?」
「あ~~~~~~~~~~?」
視線を上げたシグナルは、いらないと呻いたものの、ふと穏やかな笑みを浮べているカルマの表情に気づくと、不思議そうに目を瞠った。
「カルマ、お前・・・」
「はい?」
「さっきとだいぶ表情違うけど―――――」
「そうですか? 皆さんが色々助言してくれたおかげですかね。―――――特に瑠璃さんからは」
自分の表情を確かめるように手で触れたカルマは、キッチンの方に居る瑠璃に視線を向ける。
「今までのことは消えないけどこれからはそれを償っていきたいです」
瑠璃とカルマ―――――二人の間で交わされたやり取りを、ちびの時の記憶がシグナルには無い為に知る由もない。
しかし、今のカルマの言葉から―――――シグナルの中に引っ掛かっていた〝何か〟は解けていた。
―――――そうか・・・
ぼくとカルマは似てるんだ。
ぼく達二人とも『兄』ってところが―――――
だからカルマのこと気になったのか―――――
二日酔いの辛さはまだあるものの、どことなく気分が軽くなったシグナルは安堵の笑みを零す。
しかし―――――
「―――――ですからシグナル君、これからは私と貴方はライバルということになるかもしれませんよ」
「え? カルマ!? それ、どういう意味だよ!?」
微笑を浮べ告げられてきた、カルマからの宣戦布告のような言葉に思わず大声をあげてしまい、その衝撃から起こった頭痛にまたダウンしてしまった。
しかし、シグナルの身に起こった受難はそれだけには止まらず。
ちびの時にシグナルが飲んでしまったお酒は正信の物であった為に―――――後日、正信から『改造』という名の報復を受けそうになってしまうこととなったのだった。
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第四章、カルマ君の目覚め編。
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
またヒロインの過去話を交えつつ、なので少々オリジナルの色が出ていますが・・・。
楽しんで頂けたなら、嬉しく思います。
次回の物語は、シグナル対オラトリオの予定です。
それでは。
05・10/30 朱臣繭子 拝