第四章『心の居場所』
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心の居場所
リュケイオンからトッカリへ、2週間ぶりの帰路に着いた翌日。
早速、第一研究室でシグナルとパルスの整備が教授によって行なわれた。
「ほいっ、完成。クリス君、最終チェック頼むよ」
「はーい」
例のごとく、教授の助手としてパルスの整備を手伝っていたクリスが、作業を終えた手を布で拭いながら告げてきた教授の言葉に頷き、コンピューターを操作する。
その近くで、以前とほぼ同じ状態に作り直されたジャケットを着たシグナルが、具合を確認するように肩や腕を動かしていく。
「ふーん。まぁまぁかな」
やがて、そうシグナルは呟くと、ふとチェックを受けていたパルスの姿をじっと見つめた。
「何を見ている」
凝視するように見てくるシグナルに気づいたパルスが怪訝な表情で問いかける。
するとシグナルは勝ち誇ったような笑みを浮べ、肩を竦めて言った。
「変わりばえしないな」
シグナルの体には特殊金属MIRAが使われている。
その全てはいまだ解明されてはいないが、どうやら状況に応じてそれは形状を変えるらしく―――――リュケイオンでは同じMIRAで作り直されたコードと融合したときもまた、異なる姿にシグナルは変わっていた。
しかし、パルスにはその特殊金属が使用されていないのだから、外見があまり変わらないのは無理もない話しなのだが―――――。
「お前が変わりすぎるだけだ!!」
憤慨した様子で拳を握り締めたパルスが、その勢いのまま言い放つ。
「そんなに変わりたければ若先生にとっとと改造してもらえ!!」
教授に造られた当初と比べると、パルスの姿はかなり変わっているのだ。
それは全て正信の―――――数々の功績によるものである。
だが、その結果パルスは正信に対し苦手意識を持つようになってしまった。
一方でシグナルは本能的にとでも言うのだろうか。
パルスと同様に正信に対し苦手意識を持っているらしい。
「死んでもごめんだー!!」
と、喚きながらそのままパルスとケンカを始めてしまう。
「ちょっとチェックできないでしょ!!」
クリスが抗議の声を上げる。
その瞬間、ぬぅっと二人の背後に現れた人影。
「人をダシにしてケンカしてると二人とも改造するぞ」
ピタッとシグナルと同時に動きを止めたパルスの顔が、その姿を認めると引きつったものに変化していく。
「若先生!! け、怪我は~~~!?」
「はははっ。今の医学をなめてはいけません」
骨折して吊っていたはずの腕で、Vサインを出しながら正信が不敵な笑みを浮べる。
だが、まだ怪我は完全に完治したわけではない。
第二研究室の方で正信の助手として作業を手伝っていた瑠璃が、そのやり取りに苦笑しつつ手にしていた小型パソコンを教授に差し出す。
「教授、カルマ君のプログラムチェック終わりました」
「あぁ、ごくろうさん」
それじゃあ始めようかな、とデータに目を通しながら教授が言う。
その言葉にシグナルが手を上げながら窺うように口を開いた。
「ぼくも行っていいですか」
「シグナル君、どうかしたの?」
「あ・・・いえ、大丈夫です」
第二研究室に向かいながら、何か考え込むような表情で歩くシグナルの姿を怪訝に思った瑠璃が話しかける。
普段シグナルはじっとしているのは好きではないからと研究室にあまり近づこうとしないのだ。
しかし、首を傾げる瑠璃に対しシグナルは明確な言葉ではなく曖昧な笑みを返すと、また眉根を寄せて沈黙してしまう。
(なんでかな?)
理由は解らないけれど。
なんでか、カルマの事が気にかかる。
ただ、何かをカルマに言わなくちゃ。
何を言いたいのかうまく言葉が出てこないけど―――――。
研究室に入室すると作業を行なう三人の邪魔にならないよう、少し離れた場所にシグナルは立ちながら、メンテナンスチェアに眠るように横たわっているカルマを見据えていた。
カルマの装いは以前とは異なっており―――――白いベストとスラックス。
ダークグレーのドレスシャツに赤いネクタイを締めており、手には黒い手袋をしている。
「冬眠モード解除―――――クリアOK 起動します」
モニター画面を操作しながら正信が言う。
すると、それが合図になったかのように閉じられていたカルマの目蓋が震えた。
そして、その刹那―――――カッとカルマの瞳は見開かれ、そのまま勢いよくガバッと跳ね起きた為に様子を見ていた正信が驚いた表情で身を引いていた。
―――――リュケイオンを操作するために右目に在った『スキャナー・アイ』はいまや、左目と同じ輝きをもった薄緑色の瞳に変わっている。
「あ・・・」
正信の動きを追うように顔を向けてきたカルマは、やがて瞳の中に正信とそして傍に居た瑠璃の姿を捉えると呆然とした声を洩らした。
「カ・・・カルマ君?」
きちんと覚醒しきれていなかったのだろうか。
体を起こしたものの、そのまま動きを止めてしまったカルマに、呆気に取られながら瑠璃が呼びかける。
「す・・・すみませんでした!! 正信さん!! 瑠璃さん!!」
瞬間、我に返ったらしいカルマはその場で居住まいを正すと、同時に勢いよく二人に向かって頭を下げた。
結果、今度は正信と瑠璃が揃って唖然とした表情で、思わず動きを止めてしまう。
「音井教授も申し訳ございませんでした!!」
向かい側に立つ教授にも向き直り、さらに深々とカルマは頭を下げる。
が、やはり教授もいきなりのカルマのその行動に対し、瞬時に返す言葉が見つからなかったらしい。
制するように片手を上げながら、当惑した表情で動きを止めてしまっている。
するとカルマは俯いたまま、困惑したかのような口調で呻いた。
「どうして・・・どうして正信さんやたくさんの方を傷つけた私を・・・欠陥ロボットの私をどうして修理してしまったのですか・・・!? 私にはここにいられる資格などないのに・・・!!」
「カルマ君!!」
カルマの言葉に、瑠璃は思わず眉根を寄せて声を上げる。
と、それに続くように今まで呆然と様子を見ていたシグナルも、ハッとした表情を浮かべ、口を開きかけた。
「カルマっあのなっ!!」
「ね―――――カルマ君、起きたー?」
その時、シグナルの言葉に被る様にして、言いながら研究室に顔を覗かせてきたのは信彦だった。
そして、その後を追いかけるように、音井家にたまに現れる猫―――――〝カント〟が姿を現し、信彦の頭に飛び乗っていく。
「あ―――――!!」
研究室にシグナルの絶叫が響き渡った。
信彦は猫アレルギーなのだ。
いま、信彦にくしゃみをされてしまったら・・・・・。
そうして、いままさにそこでくしゃみをしようとしている信彦を、阻止しようと慌てた様子でシグナルが手を伸ばしていく。
―――――が、それは叶う事はなかった。
「大きい方、何か言いかけてたなぁ」
シグナルが居た方を振り返り、正信が呟いた。
信彦のくしゃみと同時にシグナルは白光に包まれると、やがて小さく変形してしまった。
ちびシグナルは変形前の大きいシグナルがとっていた体勢のまま、手を差し伸ばしながら、きょとんと首を傾げている。
どうやら大きいシグナルが言いかけていた〝何か〟を、ちびシグナルは覚えていないようだった。
「とりあえず少し落ち着きなさい、カルマ」
一方で、いささか精神が不安定な状態に陥ってしまっているらしいカルマに、宥めるような口調で話しかけたのは教授だった。
「冬眠モードから覚めたばかりじゃし、人工都市と接続が切れて気分が高ぶっているんじゃよ。気を楽にして休みなさい、いいね」
「はい・・・」
カルマが第二研究室を出て行った後、続いて信彦とちびシグナルも退出すると、残った三人はまた第一研究室の方に戻って来ていた。
そして、そこでみのるが用意してくれていたコーヒーで一息をつくと、教授が溜息混じりに呟いた。
「とは言ってみたもののー、カルマは繊細なんじゃな。カシオペア博士のプログラミングはわしには真似できんわい」
教授が手掛けたロボット達の性格はどちらかというと、かなり個性的といえるだろう。
「ったく、わしのロボット連中も少し見習ってくれんかね」
続けられた言葉にみのるが笑みを零し教授に言う。
「お義父さん、私がカルマ君と話してみましょうか?」
「うん。そりゃあいい、みのるさんお願いするよ」
ロボット心理学は私の専門だもの、と自身を指差したみのるに正信が笑みながら頷く。
次いで、教授からも同意が返されるとみのるは瑠璃に振り返り告げた。
「じゃあ、瑠璃ちゃん。カルマ君と一緒にお買い物に行きましょうか」
「え?・・・・お買い物、ですか?」
ぼんやりと、マグカップに視線を落としていた瑠璃は、目を瞬きみのるを見る。
自分は行かない方がカルマも話しやすいのではないか―――――という考えが過ぎるも、やはりカルマの様子は気にかかる。
それが顔に出てしまっていたのだろう。
微笑を浮かべ見つめてくるみのるに、やがて瑠璃は頷くと研究室を後にして玄関に向かった。
カルマを連れて来るからそこで待っていてほしいとみのるに言われたのだ。
「あの・・・私よりパルス君かシグナル君の方が・・・」
「パルス君、今寝てるのよ。シグナル君、ちび中だし」
暫らくすると、スキップするような足取りでみのるがこちらに歩いて来た。
そんなみのるの楽しげな雰囲気に流されるように、躊躇した様子を見せながらもやって来たカルマは、やはり瑠璃と視線が合うと僅かに気まずそうな表情を見せる。
だが、そんなカルマに対し瑠璃はあえて笑みを返すと、そのまま扉を開く。
自分まで暗い表情をしていたのでは余計に気まずくなってしまう。
そう、瑠璃は考えたからだった。
「瑠璃ちゃん、みのるママ、どこ行くのー」
門の近くまで来ると庭先でボール遊びをしていたちびシグナルが、こちらに走り寄って来た。
「お買い物よ」
「ぼくも行くー。チョコレート買ってください」
いつものように甘えるように飛びついてきたちびシグナルを瑠璃は抱き止める。
と、その時―――――続いてこちらに来たカルマが呆然とした様子でちびシグナルを見つめていたのに気づいた。
カルマがちびシグナルとまともに顔を合わせるのはおそらくリュケイオンでの自己紹介以来。
だからまだ、小さいシグナルをカルマは見慣れていないのだろう。
「ちびちゃん、好きなお菓子1個もってらっしゃい」
「は―――――い」
ちびシグナルも連れて四人で買い物に寄ったのは近所のスーパーだった。
みのるの言葉にちびシグナルが頷き、お菓子売り場に向かって駆け出して行く。
そして、その間にみのるは近くのお酒売り場で目当ての物を選び出す。
「正信さん、このお酒好きなのよー」
ワインのビンを手にしながら言ったみのるに、「はぁ」とカルマが頷く。
その直後、みのるは何かを思い出したらしい。
「ぷっ」
と吹き出すと、やがて笑いを堪えるように口元に手を当てながら語り出す。
「あのね、この前とんでもないことしちゃったの」
「?」
瑠璃とカルマはほぼ同じタイミングで首を傾げ、みのるを見る。
「正信さんが大事にしていたワインをね、間違えて料理に使っちゃって。かわいそうに正信さん、泣きながら料理食べてたわ」
「正信さん・・・らしいですね」
微かに口元を綻ばせ、ぽつりと呟いたのはカルマだった。
正信と一緒に暮らしていた時、おそらく似たような出来事があったのだろう。
どこか懐かしむかのような表情が瞳には浮かんでいる。
(・・・良かった)
漸く見ることができた、少しだが安定した雰囲気になったカルマの表情に、瑠璃は安堵の笑みを零した。
そして、みのるが次に口にするだろう言葉を察し、静かな視線をカルマに向ける。
「でもね、正信さんちっとも怒んなかった。間違いは誰にでもあるって」
「・・・みのるさん、それは―――――・・・私のことも言っているのでしょうか?」
穏やかに微笑んだみのるに対し、カルマの表情は強張ったものに変化していく。
「でも私は駄目です。たとえ他の方々に許していただいても私は私自身が許せない! こんな不良品ロボット、人間の傍にいてはいけないんです!!」
揺るぎようのない事実。
起こしてしまった出来事に対する拭いきれない後悔の意識。
「カルマ君!!」
あくまでも自身を責め続けようとするカルマに、みのるが強い口調で呼びかける。
―――――その刹那、お菓子売り場から轟音が響いてきた。
高い場所にあったチョコレートを取ろうと、ちびシグナルが棚に飛びついた所為で、棚が傾き中身が崩れ落ちてきたのだ。
「ちびちゃん!」
ハッと視線を向けると、ちびシグナルは崩れてきたお菓子の下敷きになってしまっている。
慌てて駆け寄った瑠璃がお菓子を退かしてやると、ちびシグナルは大泣きを始めてしまった。
「ごめんねーごめんね―――――」
「はいはい痛かったー、もうしないねー」
みのるがちびシグナルを抱き上げ、ポンとあやすように頭を手で叩く。
すると暫しの後に、泣くのを止め、落ち着きを取り戻したちびシグナルは、
「はーい。も―――――しませーん」
「よっし、いい子ね」
にっこりと笑みを浮べたみのるに、2種類のチョコレートを差し出してきた。
「あのね、これとこれほしいです」
「あらーちびちゃん、要領いいわねー」
苦笑しつつ、みのるはそれを受け取ると買い物カゴに入れた。
その後は先の話に触れることなく、何事もなかったかのように買い物が再開された。
しかし、カルマの様子は変わることはなく、また沈んだ表情に戻ってしまっていた。
リュケイオンからトッカリへ、2週間ぶりの帰路に着いた翌日。
早速、第一研究室でシグナルとパルスの整備が教授によって行なわれた。
「ほいっ、完成。クリス君、最終チェック頼むよ」
「はーい」
例のごとく、教授の助手としてパルスの整備を手伝っていたクリスが、作業を終えた手を布で拭いながら告げてきた教授の言葉に頷き、コンピューターを操作する。
その近くで、以前とほぼ同じ状態に作り直されたジャケットを着たシグナルが、具合を確認するように肩や腕を動かしていく。
「ふーん。まぁまぁかな」
やがて、そうシグナルは呟くと、ふとチェックを受けていたパルスの姿をじっと見つめた。
「何を見ている」
凝視するように見てくるシグナルに気づいたパルスが怪訝な表情で問いかける。
するとシグナルは勝ち誇ったような笑みを浮べ、肩を竦めて言った。
「変わりばえしないな」
シグナルの体には特殊金属MIRAが使われている。
その全てはいまだ解明されてはいないが、どうやら状況に応じてそれは形状を変えるらしく―――――リュケイオンでは同じMIRAで作り直されたコードと融合したときもまた、異なる姿にシグナルは変わっていた。
しかし、パルスにはその特殊金属が使用されていないのだから、外見があまり変わらないのは無理もない話しなのだが―――――。
「お前が変わりすぎるだけだ!!」
憤慨した様子で拳を握り締めたパルスが、その勢いのまま言い放つ。
「そんなに変わりたければ若先生にとっとと改造してもらえ!!」
教授に造られた当初と比べると、パルスの姿はかなり変わっているのだ。
それは全て正信の―――――数々の功績によるものである。
だが、その結果パルスは正信に対し苦手意識を持つようになってしまった。
一方でシグナルは本能的にとでも言うのだろうか。
パルスと同様に正信に対し苦手意識を持っているらしい。
「死んでもごめんだー!!」
と、喚きながらそのままパルスとケンカを始めてしまう。
「ちょっとチェックできないでしょ!!」
クリスが抗議の声を上げる。
その瞬間、ぬぅっと二人の背後に現れた人影。
「人をダシにしてケンカしてると二人とも改造するぞ」
ピタッとシグナルと同時に動きを止めたパルスの顔が、その姿を認めると引きつったものに変化していく。
「若先生!! け、怪我は~~~!?」
「はははっ。今の医学をなめてはいけません」
骨折して吊っていたはずの腕で、Vサインを出しながら正信が不敵な笑みを浮べる。
だが、まだ怪我は完全に完治したわけではない。
第二研究室の方で正信の助手として作業を手伝っていた瑠璃が、そのやり取りに苦笑しつつ手にしていた小型パソコンを教授に差し出す。
「教授、カルマ君のプログラムチェック終わりました」
「あぁ、ごくろうさん」
それじゃあ始めようかな、とデータに目を通しながら教授が言う。
その言葉にシグナルが手を上げながら窺うように口を開いた。
「ぼくも行っていいですか」
「シグナル君、どうかしたの?」
「あ・・・いえ、大丈夫です」
第二研究室に向かいながら、何か考え込むような表情で歩くシグナルの姿を怪訝に思った瑠璃が話しかける。
普段シグナルはじっとしているのは好きではないからと研究室にあまり近づこうとしないのだ。
しかし、首を傾げる瑠璃に対しシグナルは明確な言葉ではなく曖昧な笑みを返すと、また眉根を寄せて沈黙してしまう。
(なんでかな?)
理由は解らないけれど。
なんでか、カルマの事が気にかかる。
ただ、何かをカルマに言わなくちゃ。
何を言いたいのかうまく言葉が出てこないけど―――――。
研究室に入室すると作業を行なう三人の邪魔にならないよう、少し離れた場所にシグナルは立ちながら、メンテナンスチェアに眠るように横たわっているカルマを見据えていた。
カルマの装いは以前とは異なっており―――――白いベストとスラックス。
ダークグレーのドレスシャツに赤いネクタイを締めており、手には黒い手袋をしている。
「冬眠モード解除―――――クリアOK 起動します」
モニター画面を操作しながら正信が言う。
すると、それが合図になったかのように閉じられていたカルマの目蓋が震えた。
そして、その刹那―――――カッとカルマの瞳は見開かれ、そのまま勢いよくガバッと跳ね起きた為に様子を見ていた正信が驚いた表情で身を引いていた。
―――――リュケイオンを操作するために右目に在った『スキャナー・アイ』はいまや、左目と同じ輝きをもった薄緑色の瞳に変わっている。
「あ・・・」
正信の動きを追うように顔を向けてきたカルマは、やがて瞳の中に正信とそして傍に居た瑠璃の姿を捉えると呆然とした声を洩らした。
「カ・・・カルマ君?」
きちんと覚醒しきれていなかったのだろうか。
体を起こしたものの、そのまま動きを止めてしまったカルマに、呆気に取られながら瑠璃が呼びかける。
「す・・・すみませんでした!! 正信さん!! 瑠璃さん!!」
瞬間、我に返ったらしいカルマはその場で居住まいを正すと、同時に勢いよく二人に向かって頭を下げた。
結果、今度は正信と瑠璃が揃って唖然とした表情で、思わず動きを止めてしまう。
「音井教授も申し訳ございませんでした!!」
向かい側に立つ教授にも向き直り、さらに深々とカルマは頭を下げる。
が、やはり教授もいきなりのカルマのその行動に対し、瞬時に返す言葉が見つからなかったらしい。
制するように片手を上げながら、当惑した表情で動きを止めてしまっている。
するとカルマは俯いたまま、困惑したかのような口調で呻いた。
「どうして・・・どうして正信さんやたくさんの方を傷つけた私を・・・欠陥ロボットの私をどうして修理してしまったのですか・・・!? 私にはここにいられる資格などないのに・・・!!」
「カルマ君!!」
カルマの言葉に、瑠璃は思わず眉根を寄せて声を上げる。
と、それに続くように今まで呆然と様子を見ていたシグナルも、ハッとした表情を浮かべ、口を開きかけた。
「カルマっあのなっ!!」
「ね―――――カルマ君、起きたー?」
その時、シグナルの言葉に被る様にして、言いながら研究室に顔を覗かせてきたのは信彦だった。
そして、その後を追いかけるように、音井家にたまに現れる猫―――――〝カント〟が姿を現し、信彦の頭に飛び乗っていく。
「あ―――――!!」
研究室にシグナルの絶叫が響き渡った。
信彦は猫アレルギーなのだ。
いま、信彦にくしゃみをされてしまったら・・・・・。
そうして、いままさにそこでくしゃみをしようとしている信彦を、阻止しようと慌てた様子でシグナルが手を伸ばしていく。
―――――が、それは叶う事はなかった。
「大きい方、何か言いかけてたなぁ」
シグナルが居た方を振り返り、正信が呟いた。
信彦のくしゃみと同時にシグナルは白光に包まれると、やがて小さく変形してしまった。
ちびシグナルは変形前の大きいシグナルがとっていた体勢のまま、手を差し伸ばしながら、きょとんと首を傾げている。
どうやら大きいシグナルが言いかけていた〝何か〟を、ちびシグナルは覚えていないようだった。
「とりあえず少し落ち着きなさい、カルマ」
一方で、いささか精神が不安定な状態に陥ってしまっているらしいカルマに、宥めるような口調で話しかけたのは教授だった。
「冬眠モードから覚めたばかりじゃし、人工都市と接続が切れて気分が高ぶっているんじゃよ。気を楽にして休みなさい、いいね」
「はい・・・」
カルマが第二研究室を出て行った後、続いて信彦とちびシグナルも退出すると、残った三人はまた第一研究室の方に戻って来ていた。
そして、そこでみのるが用意してくれていたコーヒーで一息をつくと、教授が溜息混じりに呟いた。
「とは言ってみたもののー、カルマは繊細なんじゃな。カシオペア博士のプログラミングはわしには真似できんわい」
教授が手掛けたロボット達の性格はどちらかというと、かなり個性的といえるだろう。
「ったく、わしのロボット連中も少し見習ってくれんかね」
続けられた言葉にみのるが笑みを零し教授に言う。
「お義父さん、私がカルマ君と話してみましょうか?」
「うん。そりゃあいい、みのるさんお願いするよ」
ロボット心理学は私の専門だもの、と自身を指差したみのるに正信が笑みながら頷く。
次いで、教授からも同意が返されるとみのるは瑠璃に振り返り告げた。
「じゃあ、瑠璃ちゃん。カルマ君と一緒にお買い物に行きましょうか」
「え?・・・・お買い物、ですか?」
ぼんやりと、マグカップに視線を落としていた瑠璃は、目を瞬きみのるを見る。
自分は行かない方がカルマも話しやすいのではないか―――――という考えが過ぎるも、やはりカルマの様子は気にかかる。
それが顔に出てしまっていたのだろう。
微笑を浮かべ見つめてくるみのるに、やがて瑠璃は頷くと研究室を後にして玄関に向かった。
カルマを連れて来るからそこで待っていてほしいとみのるに言われたのだ。
「あの・・・私よりパルス君かシグナル君の方が・・・」
「パルス君、今寝てるのよ。シグナル君、ちび中だし」
暫らくすると、スキップするような足取りでみのるがこちらに歩いて来た。
そんなみのるの楽しげな雰囲気に流されるように、躊躇した様子を見せながらもやって来たカルマは、やはり瑠璃と視線が合うと僅かに気まずそうな表情を見せる。
だが、そんなカルマに対し瑠璃はあえて笑みを返すと、そのまま扉を開く。
自分まで暗い表情をしていたのでは余計に気まずくなってしまう。
そう、瑠璃は考えたからだった。
「瑠璃ちゃん、みのるママ、どこ行くのー」
門の近くまで来ると庭先でボール遊びをしていたちびシグナルが、こちらに走り寄って来た。
「お買い物よ」
「ぼくも行くー。チョコレート買ってください」
いつものように甘えるように飛びついてきたちびシグナルを瑠璃は抱き止める。
と、その時―――――続いてこちらに来たカルマが呆然とした様子でちびシグナルを見つめていたのに気づいた。
カルマがちびシグナルとまともに顔を合わせるのはおそらくリュケイオンでの自己紹介以来。
だからまだ、小さいシグナルをカルマは見慣れていないのだろう。
「ちびちゃん、好きなお菓子1個もってらっしゃい」
「は―――――い」
ちびシグナルも連れて四人で買い物に寄ったのは近所のスーパーだった。
みのるの言葉にちびシグナルが頷き、お菓子売り場に向かって駆け出して行く。
そして、その間にみのるは近くのお酒売り場で目当ての物を選び出す。
「正信さん、このお酒好きなのよー」
ワインのビンを手にしながら言ったみのるに、「はぁ」とカルマが頷く。
その直後、みのるは何かを思い出したらしい。
「ぷっ」
と吹き出すと、やがて笑いを堪えるように口元に手を当てながら語り出す。
「あのね、この前とんでもないことしちゃったの」
「?」
瑠璃とカルマはほぼ同じタイミングで首を傾げ、みのるを見る。
「正信さんが大事にしていたワインをね、間違えて料理に使っちゃって。かわいそうに正信さん、泣きながら料理食べてたわ」
「正信さん・・・らしいですね」
微かに口元を綻ばせ、ぽつりと呟いたのはカルマだった。
正信と一緒に暮らしていた時、おそらく似たような出来事があったのだろう。
どこか懐かしむかのような表情が瞳には浮かんでいる。
(・・・良かった)
漸く見ることができた、少しだが安定した雰囲気になったカルマの表情に、瑠璃は安堵の笑みを零した。
そして、みのるが次に口にするだろう言葉を察し、静かな視線をカルマに向ける。
「でもね、正信さんちっとも怒んなかった。間違いは誰にでもあるって」
「・・・みのるさん、それは―――――・・・私のことも言っているのでしょうか?」
穏やかに微笑んだみのるに対し、カルマの表情は強張ったものに変化していく。
「でも私は駄目です。たとえ他の方々に許していただいても私は私自身が許せない! こんな不良品ロボット、人間の傍にいてはいけないんです!!」
揺るぎようのない事実。
起こしてしまった出来事に対する拭いきれない後悔の意識。
「カルマ君!!」
あくまでも自身を責め続けようとするカルマに、みのるが強い口調で呼びかける。
―――――その刹那、お菓子売り場から轟音が響いてきた。
高い場所にあったチョコレートを取ろうと、ちびシグナルが棚に飛びついた所為で、棚が傾き中身が崩れ落ちてきたのだ。
「ちびちゃん!」
ハッと視線を向けると、ちびシグナルは崩れてきたお菓子の下敷きになってしまっている。
慌てて駆け寄った瑠璃がお菓子を退かしてやると、ちびシグナルは大泣きを始めてしまった。
「ごめんねーごめんね―――――」
「はいはい痛かったー、もうしないねー」
みのるがちびシグナルを抱き上げ、ポンとあやすように頭を手で叩く。
すると暫しの後に、泣くのを止め、落ち着きを取り戻したちびシグナルは、
「はーい。も―――――しませーん」
「よっし、いい子ね」
にっこりと笑みを浮べたみのるに、2種類のチョコレートを差し出してきた。
「あのね、これとこれほしいです」
「あらーちびちゃん、要領いいわねー」
苦笑しつつ、みのるはそれを受け取ると買い物カゴに入れた。
その後は先の話に触れることなく、何事もなかったかのように買い物が再開された。
しかし、カルマの様子は変わることはなく、また沈んだ表情に戻ってしまっていた。