第三章『戦いの果てに』
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メインコントロールルームで、モニター画面と向き合いながら、キーボードを操作していたオラトリオは、ふとその手を止め背後を窺うように振り返る。
―――――と、何かを堪えるようとするかのように眉間を人さし指で押さえながら唸るように口を開いた。
「あのな・・・なんで皆で俺の背後にいる?」
アトランダムとユーロパの姿が海に消え、海中爆発が起こった後―――――ショックに打ちひしがれるエララを連れてメインコントロールルームにシグナル達は戻って来た。
そこで待っていた正信らに展望台で起こった出来事を全て話すと―――――出された結論が二人を捜すというものだった。
そして、再びオラトリオが二人の捜索を行なうことになったのだが、いつの間にかその背後にはモニター画面を覗き込むように―――――エララ、シグナル、瑠璃、パルス、クリスが集まっていたのだ。
「部屋にいても暇だから」
オラトリオの言葉にきょとんとしながらシグナルが答える。
が、次の瞬間、席を立ったオラトリオが顔を覗き込むようにしながら見下ろしてきたため、その迫力に思わず身を引いていく。
「いーかなぁシーグナールく――――ん。俺さぁ、今リュケイオンの捜査をしながらな―――――海に落ちたアトランダムとユーロパを捜してんだよね。すんげぇ気を使うのに気ィ散るんだよ!!」
気が散るという言葉に、瑠璃とエララが申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ごめんね、オラトリオ・・・」
「すみません、二人のこと心配で・・・」
「あぁ、瑠璃お嬢さんとエララはいいの。男 の目が嫌なだけ」
オラトリオの片腕に捕らえられ、首を絞められる状況に陥ったシグナルが「ぐぇっ」と悲鳴を洩らす。
が、それを気にすることなくオラトリオは二人に笑顔で言葉を返すと、シグナルを開放し、アトランダムとユーロパの捜索を再開する。
「オラトリオのヤツ情報処理が得意って言ってたじゃないか―――――っ。カルマは簡単に制御してたぞ―――――っ」
オラトリオから開放されると、絞められた首の具合を確かめるようにしながら、シグナルは憮然とした表情で歩き出す。
そうしてオラトリオに対し、声高に文句を言いながら歩いていたため、正信のすぐ傍まできていたことに気づいていなかった。
「カルマとオラトリオを一緒にするなよ」
「あぁっ。若先生っ」
呆れた口調で呼びかけられ、ようやく正信に気づいたシグナルは、仰天の声を上げる。
「カルマは何年も何年もリュケイオンを制御するために調整してきたんだぞ。本当なら一朝一夕で制御できるもんじゃない!」
きっぱりとした口調で正信はシグナルに断言するとオラトリオのもとに向かう。
「正信、みのるさんたちがもう少しでこっち着くぜ」
「そうかぁ。心配してただろうな―――――」
一足先にオラトリオから聞いた信彦は、既にハーモニーと一緒に港に行っている。
そのため、自分も迎えに、と正信は踵を返そうとしたのだが、行く前にちょっととオラトリオが呼び止めてきたため、怪訝な表情で顔を見返した。
「―――――正信。今、海中カメラで二人を捜してるんだが捜索の完全完了まであと数時間かかるんだよな」
「・・・それが?」
姿勢を変えて、オラトリオが椅子に身を深く沈めるようにしながら、正信の方に向き直るとギッと椅子が小さく音を鳴らす。
「―――――ユーロパはともかく問題はアトランダムだ。26年前は暴走し、今回も暴れまくったあいつだよ。正信おめーアトランダムを破壊するためにここに来たんだろ? アトランダムがもし無事に見つかったら助けるのか? それとも・・・破壊するのか?」
過去、暴走したためにアトランダムは封印された。
そして、今回はその封印を破り、新たな体を手に入れて封印では済まされないほどの問題を起こした。
考え込むように目を伏せた正信を瑠璃は見つめながら思う。
正信とアトランダムの間にある確執はかなり深いものだ。
だが、今回の件はアトランダム一人に非があるわけではない。
そうなるように仕向けた人物がいるのだ。
訪れた長い沈黙の中でオラトリオと正信の会話を聞いていたシグナル達も様子を窺うように近くに来ていた。
アトランダムを・・・助けるか―――――破壊するか
「あの若先生・・・」
やがて、沈黙を終わらせようとするように躊躇いながらシグナルが口を開いたその時―――――
「正信さんっ!!」
猛スピードで室内に駆け込んできたみのるが、がしっと正信に抱きついてきたのだ。
「あ―――――っよかったぁぁぁ。怪我したって信彦に聞いたからぁっ」
感涙の涙を流しながら、ぎゅ―――――とみのるは正信に抱きついた腕に力を入れていく。
普通ならば感動の対面といえる光景だろう。
だが、今の正信は怪我人なのだ。
やがて見兼ねたパルスが「若先生が死んじゃいますよ」と言うと、ようやく今の正信の状態にみのるは気づいたらしい。
「ごめんなさい正信さんっ」
「もーしょうがないなー母さんは」
慌てて正信から離れたみのるを見て、信彦が肩を竦めながら呟く。
少し前に信彦も似たような行動を取っていたのを思い返した瑠璃はその言葉に思わず苦笑を零す。
しかし、正信が状態を持ち直した後に、振り返ってきたみのるから、
「瑠璃ちゃんも無事で本当によかったわ」
と、抱きしめられると、掛けられたその言葉と、伝わってきたその温もりに対し、泣きそうになったのを堪えながら瑠璃は言葉を返していた。
「みのるさん―――――・・・・ありがとうございます」
そうして、その傍でマリエルとコンスタンスも感動の対面を終えると、捜索が終わったら連絡するから、と言うオラトリオの言葉に従って一同はラウンジに移動を行なった。
「他のロボット達には来るなと連絡しておいた。どうせ博覧会は中止だろう?」
「あぁ。ありがとうラヴェンダー」
傍らに立っていたラヴェンダーからの言葉に対し、ソファーに座っていた正信は頷いて礼を言うと、骨折していない方の左腕を頭のうしろまで伸ばし、手を当てて嘆息した。
おそらくは博覧会どころか都市自体見直す事になるだろう。
隣に座るみのるも同じことを考えているらしく、資料を見つめながら僅かに眉を顰めている。
「音井先輩、冬眠モードのカルマはどうなさるんですか?」
「連れて帰って直すつもりですよ。カルマのシステムチェックもしなきゃならないだろうし」
向かいのソファーに座るコンスタンスからの問いかけに正信が答える。
すると、ラウンジに来てからずっと何かを考え込むように窓の傍に立っていたシグナルが、キッとこちらを振り返り「若先生!!」と正信の傍に歩み寄ってきた。
「ロボットは・・・ぼく達ロボットはやっぱり人間の道具なんですか!?」
シグナルの顔には微かに憤りの表情が浮んでいる。
「クエーサーってヤツはアトランダムをごみ箱に捨てるように始末しようとしました。若先生とオラトリオはアトランダムを破壊するとかどうするとか言ってる―――――。カルマの事だって〝修理する〟って―――――アトランダムが何度も言ってました。『ロボットは道具』だって。若先生も、そう―――――思っているんですか」
「あのねシグナル君―――――・・・」
みのるがシグナルの方に身を乗り出すようにして、口を開きかける。
が、それを制するように正信はみのるの肩に手を置くと、シグナルをじっと見つめ、問いかけた。
「もし―――――僕が『そうだ』って言ったらどうするの?」
カッ、とシグナルの瞳が見開かれる。
「ぼくは・・・ぼくは・・・」
肩を震わせながら、自問するようにシグナルは呻く。
そうして、当惑の表情が顔に浮んだ時、シグナルは扉に向かって踵を返していた。
「ぼくには分からない・・・」
「シグナル!!」
呟くと同時に部屋を出て行ってしまったシグナルに、信彦が叫ぶ。
それに続くように、みのるの隣に座って話を聞いていた瑠璃はソファーから立ち上がると、正信に告げた。
「すみません正信さん、ちょっと行ってきますね」
ラウンジの近くには展望室に続くエレベーターがある。
エレベーターに乗った瑠璃が展望室に向かうとそこにシグナルの姿は在った。
「シグナル君」
「・・・瑠璃さん・・・」
振り返ってきたシグナルの顔には、困惑と戸惑いが入り混じった複雑な表情が浮んでいる。
やはり、さきほどの事がかなり堪えているのだろう。
だが、あれは正信の本心ではない。
―――――Dr.クエーサーなら〝道具〟だと言い切るだろうな。
瑠璃が部屋をあとにする時、近くに居たコードがそう呟いていた。
「シグナル君、一つだけ質問してもいい? パルス君がアトランダムに操られたことがあった時、私を助けてくれたのはどうして?」
シグナルの傍まで歩み寄ると、真っ直ぐにシグナルの瞳を見つめて瑠璃は問いかけた。
「・・・・・危ないって思った瞬間には、体が動いてました」
「そう。じゃぁ、それはシグナル君自身が自分で取った行動になるわね」
シグナルの瞳が、僅かに見開かれる。
瑠璃の言葉に対し、どう反応を返せばいいのか戸惑っているようだった。
そんなシグナルに対し、瑠璃は静かな口調で言葉を続けていく。
「シグナル君、〝道具〟って言うのは自分の意思を持たないもののことを示すと私は思うの。
だから誰がなんと言おうとシグナル君も、他のロボットの皆も道具じゃないと私はそう思うわ」
―――――例え、Dr.クエーサーがロボットは〝道具〟だと言い切るのだとしても。
「ありがとうございます、瑠璃さん」
僅かな沈黙の後、シグナルの顔に浮んだのは静かな笑みだった。
それを見て、ふわと瑠璃も微笑を零す。
そして、やはり正信の本心も伝えておくべきだろうかと考えたとき―――――。
「瑠璃姉ちゃん! シグナル!」
開かれたエレベーターの扉の向こうから、信彦が降りて駆け寄ってくる。
「どうしたの? 信彦君」
「親父から伝言預かってきたんだ」
「若先生の?」
信彦の言葉に、シグナルが僅かに眉を寄せる。
展望室からの景色を眺めながら、信彦は正信からの伝言の内容を思い出すように唸り、
思い出すとガラスに手をつきながらシグナルを振り返り伝えてくる。
「『道具かどうか自分で決めろ』って」
伝言を告げたあとはまた外の景色を信彦は見つめていたのだが、ふとシグナルを見上げると笑顔で言った。
「俺、シグナルのこと兄貴だと思ってる。誰がなんと言おうとそう思うよ。だから考えすぎんなって」
「――――失礼します」
ラウンジに自分と入れ違いに教授とカシオペア博士が来たと信彦から話を聞いた瑠璃は扉を開ける際に声を掛けて入室する。
そこで教授とカシオペア博士に挨拶を済ませた後、今度はエプシロンを抱えたマリエルを連れて部屋の外に向かう。
と、そこには信彦とちびシグナルが待っている。
展望室から帰る路で、信彦のくしゃみによってまたシグナルがちびに姿を変え、その時にちびシグナルからの要望により、マリエルも誘ってかくれんぼをして遊ぶ事になったのだ。
しかし、まだアトランダムとユーロパが見つかっていないのに、自分まで子供達と一緒に抜けてもいいものかと考えた瑠璃はその事を正信たちに相談したところ、子供達の相手をしてあげてくれるだろうかと返事を貰ったのだ。
そして、じゃんけんによってちびシグナルが鬼に決まった後、かくれんぼは開始された。
だが、かくれんぼは全員が見つかる前に終了となった。
その理由は―――――
〝海中にロボットの反応はなかった〟と、捜索を終えたオラトリオが正信達に報告した直後―――――ちびシグナルが、アトランダムとユーロパを空き部屋の一室で発見したからだった。
外から部屋の中に侵入する際に、おそらく叩き割ったのだろう。
ガラスの破片が散らばる窓枠の前に、ボロボロ状態のアトランダムが、対照的にほとんど無傷のユーロパを、片腕しか使用できない姿になっているのにも拘らず、しっかりと抱きかかえて座っている。
「ユーロパちゃんおきないんだって。ねー教授―――――、わかせんせ―――――、みのるママー、コンスタンスおばちゃん」
茫然と立ち尽くす面々の顔をちびシグナルが無邪気な笑顔で見上げる。
「直してあげてください。アトランダム君かわいそうだもん」
「シグナルさん・・・」
泣き出しそうな表情になりながら、エララがちびシグナルを抱き上げる。
「優しい子ね、シグナル君は」
「おばあさま」
シグナルを見つめ呟くと、カシオペア博士はそのままアトランダムの正面に向かう。
「私の家においでなさい、アトランダム。ユーロパと一緒に」
アトランダムの目が僅かに驚きに見開かれる。
だが、それを気にすることなくユーロパの顔を覗きこむようにして、カシオペア博士は確認をおこなうと、諭すように口を開いた。
「ユーロパは大丈夫。爆発の衝撃で一時的に回路が封鎖されているだけ。
それよりアトランダム・・・貴方のほうがボロボロじゃないですか」
「―――――私を封印しないのか?」
「どうして? 貴方にはもう封印は必要ないのに。どうやらその新しい体は貴方の電脳とのバランスがいいようですし、もう暴走の危険はないでしょう。
正信君が心配していた〝精神〟の未熟さの問題も解決したようですしね」
当惑した表情を見せるアトランダムを、カシオペア博士は静かな微笑を浮べ見つめる。
「・・・ユーロパを庇ってくれたのでしょう? ありがとう―――――私のかわいい娘を助けてくれて」
だからいらっしゃい―――――私のところで癒しなさい。傷を心を―――――
温かな声と同時に差し出される手。
それに躊躇いながらも伸ばされたアトランダムの手が触れる。
その時、ようやく本当の意味で全てが終わりを迎えた―――――。
翌日、皆でリュケイオンを後にして波止場まで来ると、そこからまたそれぞれの帰路に着いていく。
「では、私達はこれで」
また機会がありましたら、と言ったコンスタンスとともに、帰って行くマリエルと雷電を音井家の面々が見送る。
そうして、それを終えると―――――仕事があるからという―――――オラトリオとラヴェンダーの見送りが続いて行なわれる。
「オラトリオ、ラヴェンダー、今度時間が取れたらまた会いましょうね」
せっかく会えたのに、落ち着いて話す事が出来なかったというのが少々心残りだ。
そう思いながら瑠璃は二人に言う。
「もちろんですよ。瑠璃お嬢さん、今度お会いしたら是非お茶でもご一緒しましょうね」
「そうだな。Dr.クエーサーの件を調べ終えたら、一度研究所に私は行くつもりだ。その時にまた会えるだろう」
そんな瑠璃に対し、二人は笑顔で答えると、揃って帰路に向かうべく去っていく。
そして、二組の見送りを終えると、教授が正信を振り返り、問いかける。
「正信、アトランダム・・・―――――あれでよかったのかね?」
「まぁ・・・カシオペア博士の決定ですしね」
肩に乗ったハーモニーに髪の毛を数本掴まれつつ、嘆息しながら正信は答え、言葉を続ける。
「それにあいつにユーロパがついている限り、もう悪さはしないでしょう」
ユーロパはアトランダムが身を挺してまで守った存在なのだから。
正信の言葉に言外に含まれる意味を教授は察すると、ふと眉を寄せて口を開く。
「そういえばお前、これからどうすんじゃい」
「いえね、右手とあばらがこうじゃないですか」
自身の体の状態を確認するように、正信は視線を巡らせる。
右手は骨折しており、肋骨にはひびがはいっている。
「ちょっと休暇を貰って報告書を書こうと思います。研究室の父さんのコンピューター貸してくださいね」
正信が出した結論に、教授は顔を引き攣らせる。
「まさか、家に来るのか~!?」
留学先に戻らないのか、と教授は言葉を重ねる。
それじゃあ休みを貰ってるって気がしないでしょう、とそれに対し正信がにっこりと笑い返す。
と、そこにさらにハーモニーも便乗を申し出てきたため、一緒に向かう事が決定したようだった。
しばらくの間、研究所はさらに賑やかになりそうだ。
傍に居たシグナルと顔を見合わせ、瑠璃は笑いあう。
と、同様に笑みを浮べていた信彦が、こちらを見上げながら口を開いた。
「ね、シグナル、瑠璃姉ちゃん、アトランダム元気になるかなぁ」
そうだな、とシグナルは信彦の言葉に視線を空に向け。
「――――きっと大丈夫さ」
「そうね。次に会う時はゆっくり話す事が出来ると思うわ」
笑顔で頷いたシグナルに次いで、瑠璃も微笑し信彦に答える。
そうして、皆でトッカリへの帰路に向かうべく歩き出す。
その時、丁度こちらに背を向ける形で、1体の男性型人間形態ロボットが立っていたのだが、誰一人その存在に気づく事はなかった。
だが、もし気づき、彼らがその顔を見ていたならば―――――かなり驚いただろう。
「まだだ。まだ時期は早い―――――時が満ちれば・・・」
ちら、と様子を見るように振り返ってから、その光景を想像したのか、口元にニヤリと笑みを浮かべ、〝彼〟が呟いた。
「Dr.クエーサーに造られしA ーQ <QUANTUM> が貴君らの前にお目見えしよう。その時までしばし、安息のときを過ごすがよい」
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第三章のリュケイオン編(3)
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
そして、かなり長い道のりを越えてやっとリュケイオン編はついに完結を迎えました!
―――――いかがでしたでしょうか?
次回はカルマ君が目覚める物語を書く予定です。
・・・が、ここでキャラに関して補足を一つ。
『フラッグ』なのですが、今後も出さないで物語は進めます。
理由は、物語中で今後明かす予定ですが、あくまでも予定なので・・・。
とりあえず『フラッグ』ファンの方いらっしゃったら、申し訳ないですが出ないという点をご了承の上、読んで下さるとありがたく思います。
それでは。
05・9/22 朱臣繭子 拝
05・9/26 一部改訂
―――――と、何かを堪えるようとするかのように眉間を人さし指で押さえながら唸るように口を開いた。
「あのな・・・なんで皆で俺の背後にいる?」
アトランダムとユーロパの姿が海に消え、海中爆発が起こった後―――――ショックに打ちひしがれるエララを連れてメインコントロールルームにシグナル達は戻って来た。
そこで待っていた正信らに展望台で起こった出来事を全て話すと―――――出された結論が二人を捜すというものだった。
そして、再びオラトリオが二人の捜索を行なうことになったのだが、いつの間にかその背後にはモニター画面を覗き込むように―――――エララ、シグナル、瑠璃、パルス、クリスが集まっていたのだ。
「部屋にいても暇だから」
オラトリオの言葉にきょとんとしながらシグナルが答える。
が、次の瞬間、席を立ったオラトリオが顔を覗き込むようにしながら見下ろしてきたため、その迫力に思わず身を引いていく。
「いーかなぁシーグナールく――――ん。俺さぁ、今リュケイオンの捜査をしながらな―――――海に落ちたアトランダムとユーロパを捜してんだよね。すんげぇ気を使うのに気ィ散るんだよ!!」
気が散るという言葉に、瑠璃とエララが申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ごめんね、オラトリオ・・・」
「すみません、二人のこと心配で・・・」
「あぁ、瑠璃お嬢さんとエララはいいの。
オラトリオの片腕に捕らえられ、首を絞められる状況に陥ったシグナルが「ぐぇっ」と悲鳴を洩らす。
が、それを気にすることなくオラトリオは二人に笑顔で言葉を返すと、シグナルを開放し、アトランダムとユーロパの捜索を再開する。
「オラトリオのヤツ情報処理が得意って言ってたじゃないか―――――っ。カルマは簡単に制御してたぞ―――――っ」
オラトリオから開放されると、絞められた首の具合を確かめるようにしながら、シグナルは憮然とした表情で歩き出す。
そうしてオラトリオに対し、声高に文句を言いながら歩いていたため、正信のすぐ傍まできていたことに気づいていなかった。
「カルマとオラトリオを一緒にするなよ」
「あぁっ。若先生っ」
呆れた口調で呼びかけられ、ようやく正信に気づいたシグナルは、仰天の声を上げる。
「カルマは何年も何年もリュケイオンを制御するために調整してきたんだぞ。本当なら一朝一夕で制御できるもんじゃない!」
きっぱりとした口調で正信はシグナルに断言するとオラトリオのもとに向かう。
「正信、みのるさんたちがもう少しでこっち着くぜ」
「そうかぁ。心配してただろうな―――――」
一足先にオラトリオから聞いた信彦は、既にハーモニーと一緒に港に行っている。
そのため、自分も迎えに、と正信は踵を返そうとしたのだが、行く前にちょっととオラトリオが呼び止めてきたため、怪訝な表情で顔を見返した。
「―――――正信。今、海中カメラで二人を捜してるんだが捜索の完全完了まであと数時間かかるんだよな」
「・・・それが?」
姿勢を変えて、オラトリオが椅子に身を深く沈めるようにしながら、正信の方に向き直るとギッと椅子が小さく音を鳴らす。
「―――――ユーロパはともかく問題はアトランダムだ。26年前は暴走し、今回も暴れまくったあいつだよ。正信おめーアトランダムを破壊するためにここに来たんだろ? アトランダムがもし無事に見つかったら助けるのか? それとも・・・破壊するのか?」
過去、暴走したためにアトランダムは封印された。
そして、今回はその封印を破り、新たな体を手に入れて封印では済まされないほどの問題を起こした。
考え込むように目を伏せた正信を瑠璃は見つめながら思う。
正信とアトランダムの間にある確執はかなり深いものだ。
だが、今回の件はアトランダム一人に非があるわけではない。
そうなるように仕向けた人物がいるのだ。
訪れた長い沈黙の中でオラトリオと正信の会話を聞いていたシグナル達も様子を窺うように近くに来ていた。
アトランダムを・・・助けるか―――――破壊するか
「あの若先生・・・」
やがて、沈黙を終わらせようとするように躊躇いながらシグナルが口を開いたその時―――――
「正信さんっ!!」
猛スピードで室内に駆け込んできたみのるが、がしっと正信に抱きついてきたのだ。
「あ―――――っよかったぁぁぁ。怪我したって信彦に聞いたからぁっ」
感涙の涙を流しながら、ぎゅ―――――とみのるは正信に抱きついた腕に力を入れていく。
普通ならば感動の対面といえる光景だろう。
だが、今の正信は怪我人なのだ。
やがて見兼ねたパルスが「若先生が死んじゃいますよ」と言うと、ようやく今の正信の状態にみのるは気づいたらしい。
「ごめんなさい正信さんっ」
「もーしょうがないなー母さんは」
慌てて正信から離れたみのるを見て、信彦が肩を竦めながら呟く。
少し前に信彦も似たような行動を取っていたのを思い返した瑠璃はその言葉に思わず苦笑を零す。
しかし、正信が状態を持ち直した後に、振り返ってきたみのるから、
「瑠璃ちゃんも無事で本当によかったわ」
と、抱きしめられると、掛けられたその言葉と、伝わってきたその温もりに対し、泣きそうになったのを堪えながら瑠璃は言葉を返していた。
「みのるさん―――――・・・・ありがとうございます」
そうして、その傍でマリエルとコンスタンスも感動の対面を終えると、捜索が終わったら連絡するから、と言うオラトリオの言葉に従って一同はラウンジに移動を行なった。
「他のロボット達には来るなと連絡しておいた。どうせ博覧会は中止だろう?」
「あぁ。ありがとうラヴェンダー」
傍らに立っていたラヴェンダーからの言葉に対し、ソファーに座っていた正信は頷いて礼を言うと、骨折していない方の左腕を頭のうしろまで伸ばし、手を当てて嘆息した。
おそらくは博覧会どころか都市自体見直す事になるだろう。
隣に座るみのるも同じことを考えているらしく、資料を見つめながら僅かに眉を顰めている。
「音井先輩、冬眠モードのカルマはどうなさるんですか?」
「連れて帰って直すつもりですよ。カルマのシステムチェックもしなきゃならないだろうし」
向かいのソファーに座るコンスタンスからの問いかけに正信が答える。
すると、ラウンジに来てからずっと何かを考え込むように窓の傍に立っていたシグナルが、キッとこちらを振り返り「若先生!!」と正信の傍に歩み寄ってきた。
「ロボットは・・・ぼく達ロボットはやっぱり人間の道具なんですか!?」
シグナルの顔には微かに憤りの表情が浮んでいる。
「クエーサーってヤツはアトランダムをごみ箱に捨てるように始末しようとしました。若先生とオラトリオはアトランダムを破壊するとかどうするとか言ってる―――――。カルマの事だって〝修理する〟って―――――アトランダムが何度も言ってました。『ロボットは道具』だって。若先生も、そう―――――思っているんですか」
「あのねシグナル君―――――・・・」
みのるがシグナルの方に身を乗り出すようにして、口を開きかける。
が、それを制するように正信はみのるの肩に手を置くと、シグナルをじっと見つめ、問いかけた。
「もし―――――僕が『そうだ』って言ったらどうするの?」
カッ、とシグナルの瞳が見開かれる。
「ぼくは・・・ぼくは・・・」
肩を震わせながら、自問するようにシグナルは呻く。
そうして、当惑の表情が顔に浮んだ時、シグナルは扉に向かって踵を返していた。
「ぼくには分からない・・・」
「シグナル!!」
呟くと同時に部屋を出て行ってしまったシグナルに、信彦が叫ぶ。
それに続くように、みのるの隣に座って話を聞いていた瑠璃はソファーから立ち上がると、正信に告げた。
「すみません正信さん、ちょっと行ってきますね」
ラウンジの近くには展望室に続くエレベーターがある。
エレベーターに乗った瑠璃が展望室に向かうとそこにシグナルの姿は在った。
「シグナル君」
「・・・瑠璃さん・・・」
振り返ってきたシグナルの顔には、困惑と戸惑いが入り混じった複雑な表情が浮んでいる。
やはり、さきほどの事がかなり堪えているのだろう。
だが、あれは正信の本心ではない。
―――――Dr.クエーサーなら〝道具〟だと言い切るだろうな。
瑠璃が部屋をあとにする時、近くに居たコードがそう呟いていた。
「シグナル君、一つだけ質問してもいい? パルス君がアトランダムに操られたことがあった時、私を助けてくれたのはどうして?」
シグナルの傍まで歩み寄ると、真っ直ぐにシグナルの瞳を見つめて瑠璃は問いかけた。
「・・・・・危ないって思った瞬間には、体が動いてました」
「そう。じゃぁ、それはシグナル君自身が自分で取った行動になるわね」
シグナルの瞳が、僅かに見開かれる。
瑠璃の言葉に対し、どう反応を返せばいいのか戸惑っているようだった。
そんなシグナルに対し、瑠璃は静かな口調で言葉を続けていく。
「シグナル君、〝道具〟って言うのは自分の意思を持たないもののことを示すと私は思うの。
だから誰がなんと言おうとシグナル君も、他のロボットの皆も道具じゃないと私はそう思うわ」
―――――例え、Dr.クエーサーがロボットは〝道具〟だと言い切るのだとしても。
「ありがとうございます、瑠璃さん」
僅かな沈黙の後、シグナルの顔に浮んだのは静かな笑みだった。
それを見て、ふわと瑠璃も微笑を零す。
そして、やはり正信の本心も伝えておくべきだろうかと考えたとき―――――。
「瑠璃姉ちゃん! シグナル!」
開かれたエレベーターの扉の向こうから、信彦が降りて駆け寄ってくる。
「どうしたの? 信彦君」
「親父から伝言預かってきたんだ」
「若先生の?」
信彦の言葉に、シグナルが僅かに眉を寄せる。
展望室からの景色を眺めながら、信彦は正信からの伝言の内容を思い出すように唸り、
思い出すとガラスに手をつきながらシグナルを振り返り伝えてくる。
「『道具かどうか自分で決めろ』って」
伝言を告げたあとはまた外の景色を信彦は見つめていたのだが、ふとシグナルを見上げると笑顔で言った。
「俺、シグナルのこと兄貴だと思ってる。誰がなんと言おうとそう思うよ。だから考えすぎんなって」
「――――失礼します」
ラウンジに自分と入れ違いに教授とカシオペア博士が来たと信彦から話を聞いた瑠璃は扉を開ける際に声を掛けて入室する。
そこで教授とカシオペア博士に挨拶を済ませた後、今度はエプシロンを抱えたマリエルを連れて部屋の外に向かう。
と、そこには信彦とちびシグナルが待っている。
展望室から帰る路で、信彦のくしゃみによってまたシグナルがちびに姿を変え、その時にちびシグナルからの要望により、マリエルも誘ってかくれんぼをして遊ぶ事になったのだ。
しかし、まだアトランダムとユーロパが見つかっていないのに、自分まで子供達と一緒に抜けてもいいものかと考えた瑠璃はその事を正信たちに相談したところ、子供達の相手をしてあげてくれるだろうかと返事を貰ったのだ。
そして、じゃんけんによってちびシグナルが鬼に決まった後、かくれんぼは開始された。
だが、かくれんぼは全員が見つかる前に終了となった。
その理由は―――――
〝海中にロボットの反応はなかった〟と、捜索を終えたオラトリオが正信達に報告した直後―――――ちびシグナルが、アトランダムとユーロパを空き部屋の一室で発見したからだった。
外から部屋の中に侵入する際に、おそらく叩き割ったのだろう。
ガラスの破片が散らばる窓枠の前に、ボロボロ状態のアトランダムが、対照的にほとんど無傷のユーロパを、片腕しか使用できない姿になっているのにも拘らず、しっかりと抱きかかえて座っている。
「ユーロパちゃんおきないんだって。ねー教授―――――、わかせんせ―――――、みのるママー、コンスタンスおばちゃん」
茫然と立ち尽くす面々の顔をちびシグナルが無邪気な笑顔で見上げる。
「直してあげてください。アトランダム君かわいそうだもん」
「シグナルさん・・・」
泣き出しそうな表情になりながら、エララがちびシグナルを抱き上げる。
「優しい子ね、シグナル君は」
「おばあさま」
シグナルを見つめ呟くと、カシオペア博士はそのままアトランダムの正面に向かう。
「私の家においでなさい、アトランダム。ユーロパと一緒に」
アトランダムの目が僅かに驚きに見開かれる。
だが、それを気にすることなくユーロパの顔を覗きこむようにして、カシオペア博士は確認をおこなうと、諭すように口を開いた。
「ユーロパは大丈夫。爆発の衝撃で一時的に回路が封鎖されているだけ。
それよりアトランダム・・・貴方のほうがボロボロじゃないですか」
「―――――私を封印しないのか?」
「どうして? 貴方にはもう封印は必要ないのに。どうやらその新しい体は貴方の電脳とのバランスがいいようですし、もう暴走の危険はないでしょう。
正信君が心配していた〝精神〟の未熟さの問題も解決したようですしね」
当惑した表情を見せるアトランダムを、カシオペア博士は静かな微笑を浮べ見つめる。
「・・・ユーロパを庇ってくれたのでしょう? ありがとう―――――私のかわいい娘を助けてくれて」
だからいらっしゃい―――――私のところで癒しなさい。傷を心を―――――
温かな声と同時に差し出される手。
それに躊躇いながらも伸ばされたアトランダムの手が触れる。
その時、ようやく本当の意味で全てが終わりを迎えた―――――。
翌日、皆でリュケイオンを後にして波止場まで来ると、そこからまたそれぞれの帰路に着いていく。
「では、私達はこれで」
また機会がありましたら、と言ったコンスタンスとともに、帰って行くマリエルと雷電を音井家の面々が見送る。
そうして、それを終えると―――――仕事があるからという―――――オラトリオとラヴェンダーの見送りが続いて行なわれる。
「オラトリオ、ラヴェンダー、今度時間が取れたらまた会いましょうね」
せっかく会えたのに、落ち着いて話す事が出来なかったというのが少々心残りだ。
そう思いながら瑠璃は二人に言う。
「もちろんですよ。瑠璃お嬢さん、今度お会いしたら是非お茶でもご一緒しましょうね」
「そうだな。Dr.クエーサーの件を調べ終えたら、一度研究所に私は行くつもりだ。その時にまた会えるだろう」
そんな瑠璃に対し、二人は笑顔で答えると、揃って帰路に向かうべく去っていく。
そして、二組の見送りを終えると、教授が正信を振り返り、問いかける。
「正信、アトランダム・・・―――――あれでよかったのかね?」
「まぁ・・・カシオペア博士の決定ですしね」
肩に乗ったハーモニーに髪の毛を数本掴まれつつ、嘆息しながら正信は答え、言葉を続ける。
「それにあいつにユーロパがついている限り、もう悪さはしないでしょう」
ユーロパはアトランダムが身を挺してまで守った存在なのだから。
正信の言葉に言外に含まれる意味を教授は察すると、ふと眉を寄せて口を開く。
「そういえばお前、これからどうすんじゃい」
「いえね、右手とあばらがこうじゃないですか」
自身の体の状態を確認するように、正信は視線を巡らせる。
右手は骨折しており、肋骨にはひびがはいっている。
「ちょっと休暇を貰って報告書を書こうと思います。研究室の父さんのコンピューター貸してくださいね」
正信が出した結論に、教授は顔を引き攣らせる。
「まさか、家に来るのか~!?」
留学先に戻らないのか、と教授は言葉を重ねる。
それじゃあ休みを貰ってるって気がしないでしょう、とそれに対し正信がにっこりと笑い返す。
と、そこにさらにハーモニーも便乗を申し出てきたため、一緒に向かう事が決定したようだった。
しばらくの間、研究所はさらに賑やかになりそうだ。
傍に居たシグナルと顔を見合わせ、瑠璃は笑いあう。
と、同様に笑みを浮べていた信彦が、こちらを見上げながら口を開いた。
「ね、シグナル、瑠璃姉ちゃん、アトランダム元気になるかなぁ」
そうだな、とシグナルは信彦の言葉に視線を空に向け。
「――――きっと大丈夫さ」
「そうね。次に会う時はゆっくり話す事が出来ると思うわ」
笑顔で頷いたシグナルに次いで、瑠璃も微笑し信彦に答える。
そうして、皆でトッカリへの帰路に向かうべく歩き出す。
その時、丁度こちらに背を向ける形で、1体の男性型人間形態ロボットが立っていたのだが、誰一人その存在に気づく事はなかった。
だが、もし気づき、彼らがその顔を見ていたならば―――――かなり驚いただろう。
「まだだ。まだ時期は早い―――――時が満ちれば・・・」
ちら、と様子を見るように振り返ってから、その光景を想像したのか、口元にニヤリと笑みを浮かべ、〝彼〟が呟いた。
「Dr.クエーサーに造られし
<後書き>
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第三章のリュケイオン編(3)
この話は過去にあるサイトに貰っていただいたものを大幅に加筆修正したものです。
そして、かなり長い道のりを越えてやっとリュケイオン編はついに完結を迎えました!
―――――いかがでしたでしょうか?
次回はカルマ君が目覚める物語を書く予定です。
・・・が、ここでキャラに関して補足を一つ。
『フラッグ』なのですが、今後も出さないで物語は進めます。
理由は、物語中で今後明かす予定ですが、あくまでも予定なので・・・。
とりあえず『フラッグ』ファンの方いらっしゃったら、申し訳ないですが出ないという点をご了承の上、読んで下さるとありがたく思います。
それでは。
05・9/22 朱臣繭子 拝
05・9/26 一部改訂