第二十三章『愛別離苦』
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副支部長室内に充溢していた紅い閃きが完全に消失した時。
それを引き起こす発端となった〝真紅の雫の残滓〟が付いたナイフがカシャンと地面に落下する音が響いた。
そうして訪れた静寂の中で―――――
「なかなかどうして、大人しく懐柔されるのかと思いきや、随分としたたかなお嬢さんだな」
空席となった応接ソファーを冷めた眼差しで見遣った塔間が口にした台詞がそれだった。
吊戯に対する処遇に〝ミストレス〟が怒りを露わにし、平手を振り上げた時。避けることはもちろん、防ぐことも塔間ならば容易だった―――――が、脅威にならない相手にそれをするのは〝馬鹿馬鹿しい〟と思い、何もしなかった。
そうして沈黙に到った中で、冷ややかな視線を〝ミストレス〟に向けると、図ったかのようなタイミングで、下位吸血鬼 の脱獄を知らせる警報が鳴り響き。そこで顔色を変えた〝ミストレス〟は〝怠惰〟の真祖と主人の処に向かうべく『力』を使おうとしたものの。吊戯が施した首輪による『制限』がある状態で発動出来る訳もなく。諦めるかと思いきや、あろうことか此方が用意したパンケーキのナイフで、自身の親指を切りつけて。滲みだした〝血〟を媒介にして、枷を一時的に突破するという強硬策に打って出た。
―――――〝我が身〟を顧みることなく、〝他者〟のことを第一に行動する―――――
「人外の存在に選ばれた〝ミストレス 〟は、崇高な精神の持ち主という訳か」
と―――――
塔間はさらにそんな〝皮肉めいた〟物言いをした後に応接チェアから立ち上がると。
モニターが設置されたデスクの前に向かって行き。そこで徐にジャケットの内ポケットから煙草を取り出して1本口に銜えると、〝ミストレス〟の居場所を確認しようとした処で。
「塔間さん!!」
バン―――――と副支部長室の扉が大きな音を立てて開かれて。塔間が眉を顰めながら肩越しにそちらを振り返ると。蒼白な面持ちで、はぁ、はぁ、と息を吐きながら飛び込んできた吊戯が、ばっ、と縋りつく勢いで傍にやって来て。
「なんで !? 脱獄って・・・言うことならちゃんと聞いてる。瑠璃ちゃんのことも、だからオレは・・・・・・・っ、お願いだよ、なんで」
平常心を失ってしまった状態で訴えかけてきた吊戯に、しかし塔間は顔色一つ変えることなく「吊戯、落ち着け。ただの事故だ」と告げると。
「だが、警報を聞いた〝ミストレス〟のお嬢さんが、自分の〝血〟を媒介にして、無理矢理『力』を発動させて、この場からいなくなってしまったんだ。加えて・・・・・・・・内通者がいるようだ。そいつの目的はまだわからないが、大事になる前に早く捜し出して」
凍り付いた面持ちで動きを止めた吊戯に対し、今度は言い聞かせるように言葉を紡ぎ出しながら、ゆっくりと右手を伸ばして上着のフードを被せると。
「殺そう。邪魔な連中はぜんぶ殺して平和に戻ろう」
視線を俯けた吊戯の様を目にした塔間は口端を吊り上げながら冷笑を浮かべると、最も残酷といえるであろう命令を下した上で。
「・・・なあ、吊戯。頑張れるよな?」
無言で身体を戦慄かせた吊戯に向かって、さらに言い含めるかのようにそんな台詞を口にしたのだ。
そして時を同じくして、真昼とイズナもまた―――――
ビ―――――ッ!! ビ―――――ッ!!
「えっ・・・また警報!?」
「OH―――――? 今回は誤報じゃないみたい??」
『下位吸血鬼数名の脱獄を確認。C6とf1を封鎖しました。コード・バルドルはf5通路へ向かってください』
「脱獄・・・!?」と顔色を変えたのは真昼だった。
それから「バルドル・・・って」と伝達内容にあった〝呼称〟に引っかかりを覚えて眉を顰めると。
「・・・一部の人は役割ごとにコードが振られてるの。盾くんの『トール』は捕縛のスペシャリスト。弓くんの『ヘズ』は射撃。今の『バルドル』は・・・吊戯くん。『特攻隊長』のコード」
張り詰めた面持ちになったイズナがその説明をしてくれたのだが。
―――――吊戯さんが特攻隊長!?
―――――もし、瑠璃姉がまだ吊戯さんと一緒にいるとしたら・・・・・・っ。
それを聞いた真昼は愕然となり。
―――――いや、仮にオフィスに戻っていたとしても、瑠璃姉なら絶対に吊戯さんを止める為に動くはずだ!
「f5通路ってどこですか!? 俺達が行きます」
瞬時に思い至った可能性に、焦燥感を抱いた真昼がイズナに対してそう言い放つと。
「・・・・・・うん」
イズナは両手を胸の前で組みながら、真昼の顔を真っすぐに見返してきた後に。
「そこの角を右。次を左に曲がったら黒いエレベーターがあるから。私のIDを貸してあげる。これを使って7階分降りて。そしたらずっとまっすぐ走って!」
f5通路までの行き方を説明しつつ、自身のIDカードを差し出してきて。
「ありがとうございます!」
それを受け取った真昼が礼を言うのと同時にすぐさま踵を返して、だっ、と駆け出していくと。
―――――ろきくん・・・!
同じく背を向けたイズナもまた一抹の不安を抱きながら第一指令室へと向かって走り出したのだ。
そして―――――
「ろきく・・・」
ざわざわと騒然となっていた第一指令室の前に到着した処で、バッと中に駆け込んだイズナは普段のくせで、露木のことを愛称で呼びそうになったものの。
「副支部長第三補佐はいますか!?」
すぐさま役職名を口にして、彼の居場所を尋ねると。
「それが・・・連絡がつかなくて」
先に振り返って来た職員の一人がイズナに返答したのが切っ掛けとなって。
「どうするんだ。第二補佐は客人の避難に回ってるし」
「もうこの支部にはほとんど人出がないってのに!」
それに続くように他の職員達も口々に騒ぎ立て始めたのだが。
「私が指揮を執る」
突如、背後から聞こえてきた低い声に、イズナは驚きに目を瞠りながら、一歩横にずれて後ろを振り返ると。
「副支部長・・・!」
そこには副支部長室から第一指令室にやって来た塔間の姿が在り。
「脱獄者は私と第一補佐で処理する。ほかの者は避難を優先してくれ」
ストールを靡かせながら入室してきた塔間がすぐさま狼狽えていた職員達に対してそう指示を出した上で「さあ行って」と掛け声をかけると。職員達は『お願いします』と塔間に頭を下げた後に、わらわらと出ていったものの。第三補佐である露木の行方をまったく気にしていない塔間の様子に、イズナだけは違和感を覚えていた。
しかし、それを口にすることはできないまま、最後に残っていたイズナもその場から立ち去ると。
一人きりとなった処で、モニターの前にあった事務用の椅子に背を凭れさせつつ、脚を組んで座った塔間はジャケットの内ポケットから煙草を取り出すと、徐に口に銜えて。
「さあ、やろうか」
カチッとライターで火を点した後に。ふ―――――~と紫煙を吐き出しながらニヤリと口端を吊り上げつつ、目にしたモニター画面にはf5通路に到着した吊戯の姿が映っていて。
『副支部長、第一補佐。狼谷吊戯。殲滅に入る。一匹たりともそれより上には出すな』
マイクをONにした塔間が吊戯に向かってそう指示を出した処で。
「吊戯さん!!」
イズナの協力を得て、最短ルートで吊戯の元に辿り着いた真昼が、背後から吊戯に向かって声を上げたのだ。
「・・・・・・真昼くん」
塔間の言葉によって、トランス状態に入りかけていた吊戯は、ふと意識に響いた真昼の声に、呆然とした面持ちでゆっくりと後ろを振り返る。
「一人で行かないでください。これ以上戦えばあなたが壊れる。吸血鬼を止めるのなら俺達が協力します」
全力で走ってきた為に、僅かに上がってしまった息を真昼は吐き出しながら、吊戯を見据えてそう言い切るのと同時にチラリと周囲に視線を滑らせる。
―――――瑠璃姉は吊戯さんとは一緒じゃなくて、ここにはまだ来ていないみたいだ。
―――――それならまずは俺とクロで吊戯さんを戦わせないように動かないとダメだ!
そして瑠璃の姿がないことを確認した真昼は心中でそんなふうに思いを巡らせるも、しかし、塔間がそれに気付かない訳もなく。
『脱獄した下位吸血鬼は〝憤怒〟の解放を要求している。〝怠惰〟はもちろんのこと、俺との話の途中で姿をくらましてしまった、〝ミストレス〟のお嬢さんもそちらにつく可能性が高い。だから同行は許可できない』
「はっ!?」
―――――瑠璃姉、塔間さんの処に居たのか!?
マイクを通して却下してきた塔間が口にした言葉に、真昼が驚愕の声を漏らし。
「向き合えねー・・・・・・」
ピクッと黒猫が眉を顰めながらそれに反応したその直後―――――カッと真紅の閃光が瞬いて。
「―――――真昼君!! クロ!!」
副支部長室から空間跳躍を行った瑠璃がその場に顕現したのだ。
「瑠璃姉!?」
目を瞠りながら真昼が瑠璃の名を呼ぶ。
一方、真昼の頭の上にいた黒猫はトッと地に降り立ち人型に戻ると。
「瑠璃、お前・・・・・・これ、自分でやったのか?」
眉を顰めながら伸ばしてきた右手で、瑠璃の左手に触れてきて。
―――――真紅の閃光は〝血〟を媒介にして力を使った時のみ現れるものだ。
―――――誤魔化すことは出来ない。
「ごめんなさい。下位吸血鬼が脱走したという警報を聞いたら、いても立ってもいられなくなってしまって・・・・・・」
眉を下げながら瑠璃がクロに頷くと。
「向き合えねー・・・・・・とりあえず、応急処置するぞ」
そのまま瑠璃の左手を掲げたクロはそう言いながら親指に顔を寄せると、ぺろりと傷口を舌で舐めたのだ。
「~~~~~っ!!」
そのクロの行動に声こそ漏らさなかったものの、羞恥に染まった面持ちで瑠璃が身体を震わせると。
「もう、クロちゃんてば。こんな状況下で見せつけてくれるね」
吊戯が肩を竦める仕草をしつつ、此方を見ていて。
一方、真昼はというと―――――クロの瑠璃に対する唐突な行動には常ならば突っ込みを入れる処だが。吊戯の動きにも注意を払っている状態であることから眉を顰めるに止まっていた。
そこで瑠璃の手を離したクロは吊戯のほうに目を向けると―――――
「脱獄した下位の要求が〝憤怒〟の解放・・・って言う話だったよな。〝憤怒〟は今どうしてんだ・・・?」
「〝憤怒〟はちょっと事情があって 少し厳重に牢獄に隔離してあるんだ。暴れる可能性があってね」
「そんな・・・・・・マザーさんは理由もなく暴れるような人じゃないはずよ」
クロと吊戯の会話によっておおよその状況を把握することが出来た瑠璃が眉根を寄せながら異論を口にすると。
「ああ。瑠璃の言う通りだ・・・それならなおさらオレが行く。憤怒の下位がそれに怒ってんなら殲滅より説明をするべきだろ」
クロもまた瑠璃のその言葉に同意した上で、吊戯にそう言い返したのだが。
「あ―――――大丈夫大丈夫! オレがぜーんぶころしてすぐ終わるから!」
しかし、へらりと笑みを浮かべた吊戯がそう言うと、パチッという音とともに喉元にある黒いチョーカーから伸びた漆黒の楔がクロの首に付けられていた首輪と繋がって。
「ッ・・・」
「「クロ・・・!!」」
吊戯の手によって施されてしまった首輪の枷に抗うことが出来ないクロは為すすべなく、バチッと発動した魔法によってそのまま俯せの状態で拘束されてしまう。
しかし、魔法を発動させた時点で、吊戯自身の精神にもまた大きな負荷がかかり、無意識の内に俯きかけた顔色は蒼白なものになっていて。
「吊戯さん!! もう力を使うのはやめて下さい!!」
は、はぁ、と冷や汗を流しながら苦し気な息を吐き出した吊戯に瑠璃が叫ぶ。
「俺が行く!! 吊戯さんはもう力を使っちゃ・・・」
真昼もまた吊戯を支配し続けている塔間に対する怒りに眦を吊り上げながら声を張り上げようとしたのだが。
『しつこいな君も。それに〝ミストレス〟のお嬢さんも・・・いいんだよ。そいつなんて殺せなきゃなんの価値もないんだから』
しかしその想いだけでなく、〝吊戯自身〟のこともまた、塔間は冷然とした声で否定してきて。
「・・・・・・どうしてそんな酷いこと・・・・・・」
―――――貴方に吊戯さんの『声』が届かないはずがないのに・・・・・・。
それを聞いた瑠璃が塔間に対して憤りを覚えた中。
ギリギリの状態を保っていた吊戯の精神は塔間のその言葉によってとどめの一撃を与えられることとなってしまい。
「あ・・・・・・・・・・かぞく・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
血の気の引いた面持ちになった吊戯の口から漏れた譫言を聞いた真昼もまた込み上げてきた激情を堪えるためにグッと口を引き結ぶと。モニターを介して此方の様子を見ている塔間を睨むように視線を上に向ける。
『一人でできるよな? 吊戯』
すると塔間は唐突に幼子に言い聞かせるような声音で吊戯に向かって呼び掛けてきて。
「・・・うん」
そんな塔間からの〝要請〟に条件反射として反応した吊戯がか細い声で頷くと。
『じゃあ、その子供は邪魔だよな?』
そこで塔間は真昼のことを排除するよう吊戯に促してきて。
「うん」
それを受諾した吊戯が焦点の合わない瞳で捉えた真昼に向かって、虚ろな笑みを浮かべながらバッと一気に跳躍をして距離を詰めていく。
「―――――真昼君っ!!」
それに気づいた瑠璃が声を上げた時、真昼はバチッと手の中に武器を具現化させると。
「・・・・・・っく!!」
吊戯の左脚から繰り出された蹴りを槍の柄でガッと受け止めていて。
「瑠璃姉はクロの傍に居てくれ!! 吊戯さんは俺が止めるから!!」
パンと弾いた上で吊戯から距離を取りながらそう瑠璃に対して言った後に。
「・・・塔間さん!! あなたと吊戯さんの関係もあなた達が考えていることも俺にはわからない。だけど! どうしてこの人の悲鳴が聞こえないんだ!!」
塔間に対して激昂した真昼の中に過ったのは、吊戯の部屋を訪ねた瑠璃を追いかけて行った時、目にした吊戯の無数の傷を負った背中と―――――
自分に対して瑠璃が泣いていたことを誤魔化そうとした時の姿で。
―――――あの時、瑠璃姉が泣いていたのは・・・・・・。
―――――瑠璃姉も、吊戯さんの悲鳴に気づいたからだ。
「はっは! なんの話だい?」
けれど塔間によって〝精神の均衡〟を壊されてしまった吊戯の口からは、〝否定の言葉〟しか紡ぎ出されることはなく。
―――――なんのために戦ってるんですか―――――
―――――戦わないで―――――
―――――もう戦わないで吊戯さん―――――
―――――あなたのことを本当に大事だと思ってる友達がいる―――――
それでも真昼は心の中で吊戯に向かって叫んでいた。
『・・・聞こえない ?』
しかし、その真昼の想いすらも、塔間にとっては嘲りの対象でしかなく。
吊戯を止めるべく、真昼が走り出したその直後。
空中に跳躍した吊戯がその場で身体を半回転させると、着地点を真昼の背後に定めてきて。
「真昼君!! 後ろっ!!」
「―――――っ!」
瑠璃の声にハッと真昼がなった時には間に合わず。
トッと真昼の首に両脚を絡める体制で吊戯が降り立つと―――――
『無視してるんだ』
冷然たる声音でそう塔間が言い放った刹那。
「・・・!!」
吊戯は床に向かって真昼の身体をドッと叩き付けるのと同時に魔法を発動させて、真昼の身体もまたクロと同様に漆黒の楔で地面に拘束してしまったのだ。
「真昼・・・!」
「真昼君っ!?」
がく・・・と意識を失ってしまった真昼の傍にクロの元から離れて瑠璃が走り寄ると。
『吊戯。〝ミストレス〟のお嬢さんの両手も拘束するんだ。また〝血〟の力を使われるのは面倒だからな』
「・・・・・・瑠璃っ!! とりあえずお前だけでもここから逃げろ!!」
塔間が吊戯に出した指示を阻止しようと、ギチッとクロが拘束を引きちぎろうと身を捩りながらそう叫んだのだが。
『ああ、そうだな。〝ミストレス〟のお嬢さんがここから姿を消した場合、〝怠惰〟と〝主人〟である少年の身の安全は保障しかねるが。それでも構わないなら好きにするといい』
「―――――私はクロと真昼君を残したまま逃げたりするつもりはありません」
聞こえてきた塔間のわざとらしい台詞に、瑠璃はこれ以上自身の怒りの感情を露わにしないよう、グッと眉根を寄せながらそう宣言すると。そのまま吊戯のほうに向き直り、両手を差し出す。
と―――――
「ありがとう、瑠璃ちゃん」
痛々しい笑みを浮かべた吊戯が右手を瑠璃の首元に伸ばしてくる。
そうしてパチという音とともに首から漆黒の楔が伸びて、それが瑠璃の両手を拘束するものに変わると。
『よし、吊戯。このまま〝ミストレス〟のお嬢さんも連れて、下位吸血鬼の殲滅に向かうんだ。それが終わったら、お嬢さんとゆっくり過ごす時間をお前に作ってやる』
「わかったよ、塔間さん。それじゃあ、瑠璃ちゃん、行こうか」
塔間の言葉に頷いた吊戯がそう言いながらf5通路の先に向かおうとした時。
「―――――!」
吊戯の目の前にドッと2本の漆黒の杭が行く手を阻むように具現化したのだ。
「・・・行くな吊戯。お前には戦わせるつもりはないし、瑠璃さんを一緒に行かせることもしない。弓を待って・・・俺と弓で行く」
それは真昼達と同様に警報を聞いて、この場に駆け付けた盾一郎が発動させた魔法だった。
「・・・盾ちゃん」
「盾一郎さん・・・・・・!」
呆然としたような面持ちで盾一郎の名前を呟いた吊戯に続いて、僅かに安堵の色を覗かせた瑠璃が名前を呼ぶと。
「遅くなってすまない、瑠璃さん」
と盾一郎は詫びた後に。チラリと周囲に視線を滑らせると、クロだけでなく、真昼までもが地面に俯せの状態で拘束されているのに気づき。
「・・・真昼・・・! 吊戯、お前なんで・・・っ」
眉を顰めながら苦々しい声音で吊戯の名前を呼ぶと。
その時、マイクをOFFにして様子を見ていた塔間は―――――
「車守盾一郎か。ちょうどいいな。片付けるか」
その間、燻らせていた煙草の紫煙を、ふ――――――――――~と吐き出した後に。手にしていたそれを灰皿に押し付けながらそう呟くと。
『・・・吊戯。大変だ。隔離していたはずの〝傲慢〟〝強欲〟〝色欲〟の吸血鬼達が部屋にいないらしい。誰かが出したのか・・・C3に内通者がいることは確かなようだ。・・・君だな? 車守くん』
再びマイクをONにした後に芝居がかった口調で吊戯に呼び掛けた上で、そのまま矛先を盾一郎に向けてきたのだが。
「いちいちわざとらしいんだよ。塔間!」
そんな塔間に対し、盾一郎は激昂し。
「吊戯さん、塔間さんの言葉を真に受けないで下さい!! 盾一郎さんが私達に協力してくれたのは組織に反旗を翻す為じゃなくて。『大切な人達』を失わない為です!! だからもう、これ以上吊戯さんは戦わないで!!」
瑠璃も吊戯の心に訴えるように叫んだ。
けれど―――――
『吊戯。車守盾一郎を殺せ』
塔間は吊戯に対し、より一層残酷な命令を派出してきて。
『その男は吸血鬼側に付いてる。吸血鬼と組んで何をしてくるかわからないぞ。〝ミストレス〟のお嬢さんもその男に騙されている。けれど、お前がうまく立ち回りさえすれば、彼女の目を覚まさせてやることもできるだろう』
息をすることすら忘れてしまったように、目を見開き固まってしまった吊戯に、煽動するような言葉を浴びせてきたのだ。
「―――――そんなの嘘よ!! 人を侮辱するのも大概にしてっ!!!」
その塔間の言葉を瑠璃が猛然たる勢いで否定すると。
「聞くな、吊戯!! 何が正しいか、何をすべきか、自分で判断できるだろ!! お前ももう子供 じゃねぇんだぞ! いつまで塔間に支配されてるつもりなんだ」
盾一郎も吊戯を正気に戻す為に、手厳しい口調で叱責したのだが。
『どうした吊戯。また 俺の言うことが聞けないのか?』
塔間は構うことなく、また吊戯に揺さぶりをかけてきて。
「―――――しっかりして下さい!! 吊戯さんっ!! 塔間さんの云うことなんて聞く必要ないです!!」
「そうだ!! 自分で考えて決めろ!! 吊戯!!」
吊戯が自ら〝全てを手放して〟しまわないように。
瑠璃と盾一郎は吊戯に向かって懸命に呼びかけた。
けれど―――――
―――――『吊戯』―――――
―――――塔間の支配から、果たして吊戯の心は逃れる事が叶わず。
―――――名前を呼ばれた瞬間、漆黒の闇の中に呑み込まれてしまい。
「・・・・・・ごめん、瑠璃ちゃん・・・・・・盾ちゃん・・・・・・おれ・・・・・・じゅんちゃんを守るために盾ちゃんを殺さなきゃ」
自らの手で〝大切な人〟を殺めるという―――――〝絶望的な路〟を〝選択〟してしまったのだ。
【本館/22・2/9/別館/22・2/10掲載】
それを引き起こす発端となった〝真紅の雫の残滓〟が付いたナイフがカシャンと地面に落下する音が響いた。
そうして訪れた静寂の中で―――――
「なかなかどうして、大人しく懐柔されるのかと思いきや、随分としたたかなお嬢さんだな」
空席となった応接ソファーを冷めた眼差しで見遣った塔間が口にした台詞がそれだった。
吊戯に対する処遇に〝ミストレス〟が怒りを露わにし、平手を振り上げた時。避けることはもちろん、防ぐことも塔間ならば容易だった―――――が、脅威にならない相手にそれをするのは〝馬鹿馬鹿しい〟と思い、何もしなかった。
そうして沈黙に到った中で、冷ややかな視線を〝ミストレス〟に向けると、図ったかのようなタイミングで、
―――――〝我が身〟を顧みることなく、〝他者〟のことを第一に行動する―――――
「人外の存在に選ばれた〝
と―――――
塔間はさらにそんな〝皮肉めいた〟物言いをした後に応接チェアから立ち上がると。
モニターが設置されたデスクの前に向かって行き。そこで徐にジャケットの内ポケットから煙草を取り出して1本口に銜えると、〝ミストレス〟の居場所を確認しようとした処で。
「塔間さん!!」
バン―――――と副支部長室の扉が大きな音を立てて開かれて。塔間が眉を顰めながら肩越しにそちらを振り返ると。蒼白な面持ちで、はぁ、はぁ、と息を吐きながら飛び込んできた吊戯が、ばっ、と縋りつく勢いで傍にやって来て。
「
平常心を失ってしまった状態で訴えかけてきた吊戯に、しかし塔間は顔色一つ変えることなく「吊戯、落ち着け。ただの事故だ」と告げると。
「だが、警報を聞いた〝ミストレス〟のお嬢さんが、自分の〝血〟を媒介にして、無理矢理『力』を発動させて、この場からいなくなってしまったんだ。加えて・・・・・・・・内通者がいるようだ。そいつの目的はまだわからないが、大事になる前に早く捜し出して」
凍り付いた面持ちで動きを止めた吊戯に対し、今度は言い聞かせるように言葉を紡ぎ出しながら、ゆっくりと右手を伸ばして上着のフードを被せると。
「殺そう。邪魔な連中はぜんぶ殺して平和に戻ろう」
視線を俯けた吊戯の様を目にした塔間は口端を吊り上げながら冷笑を浮かべると、最も残酷といえるであろう命令を下した上で。
「・・・なあ、吊戯。頑張れるよな?」
無言で身体を戦慄かせた吊戯に向かって、さらに言い含めるかのようにそんな台詞を口にしたのだ。
そして時を同じくして、真昼とイズナもまた―――――
ビ―――――ッ!! ビ―――――ッ!!
「えっ・・・また警報!?」
「OH―――――? 今回は誤報じゃないみたい??」
『下位吸血鬼数名の脱獄を確認。C6とf1を封鎖しました。コード・バルドルはf5通路へ向かってください』
「脱獄・・・!?」と顔色を変えたのは真昼だった。
それから「バルドル・・・って」と伝達内容にあった〝呼称〟に引っかかりを覚えて眉を顰めると。
「・・・一部の人は役割ごとにコードが振られてるの。盾くんの『トール』は捕縛のスペシャリスト。弓くんの『ヘズ』は射撃。今の『バルドル』は・・・吊戯くん。『特攻隊長』のコード」
張り詰めた面持ちになったイズナがその説明をしてくれたのだが。
―――――吊戯さんが特攻隊長!?
―――――もし、瑠璃姉がまだ吊戯さんと一緒にいるとしたら・・・・・・っ。
それを聞いた真昼は愕然となり。
―――――いや、仮にオフィスに戻っていたとしても、瑠璃姉なら絶対に吊戯さんを止める為に動くはずだ!
「f5通路ってどこですか!? 俺達が行きます」
瞬時に思い至った可能性に、焦燥感を抱いた真昼がイズナに対してそう言い放つと。
「・・・・・・うん」
イズナは両手を胸の前で組みながら、真昼の顔を真っすぐに見返してきた後に。
「そこの角を右。次を左に曲がったら黒いエレベーターがあるから。私のIDを貸してあげる。これを使って7階分降りて。そしたらずっとまっすぐ走って!」
f5通路までの行き方を説明しつつ、自身のIDカードを差し出してきて。
「ありがとうございます!」
それを受け取った真昼が礼を言うのと同時にすぐさま踵を返して、だっ、と駆け出していくと。
―――――ろきくん・・・!
同じく背を向けたイズナもまた一抹の不安を抱きながら第一指令室へと向かって走り出したのだ。
そして―――――
「ろきく・・・」
ざわざわと騒然となっていた第一指令室の前に到着した処で、バッと中に駆け込んだイズナは普段のくせで、露木のことを愛称で呼びそうになったものの。
「副支部長第三補佐はいますか!?」
すぐさま役職名を口にして、彼の居場所を尋ねると。
「それが・・・連絡がつかなくて」
先に振り返って来た職員の一人がイズナに返答したのが切っ掛けとなって。
「どうするんだ。第二補佐は客人の避難に回ってるし」
「もうこの支部にはほとんど人出がないってのに!」
それに続くように他の職員達も口々に騒ぎ立て始めたのだが。
「私が指揮を執る」
突如、背後から聞こえてきた低い声に、イズナは驚きに目を瞠りながら、一歩横にずれて後ろを振り返ると。
「副支部長・・・!」
そこには副支部長室から第一指令室にやって来た塔間の姿が在り。
「脱獄者は私と第一補佐で処理する。ほかの者は避難を優先してくれ」
ストールを靡かせながら入室してきた塔間がすぐさま狼狽えていた職員達に対してそう指示を出した上で「さあ行って」と掛け声をかけると。職員達は『お願いします』と塔間に頭を下げた後に、わらわらと出ていったものの。第三補佐である露木の行方をまったく気にしていない塔間の様子に、イズナだけは違和感を覚えていた。
しかし、それを口にすることはできないまま、最後に残っていたイズナもその場から立ち去ると。
一人きりとなった処で、モニターの前にあった事務用の椅子に背を凭れさせつつ、脚を組んで座った塔間はジャケットの内ポケットから煙草を取り出すと、徐に口に銜えて。
「さあ、やろうか」
カチッとライターで火を点した後に。ふ―――――~と紫煙を吐き出しながらニヤリと口端を吊り上げつつ、目にしたモニター画面にはf5通路に到着した吊戯の姿が映っていて。
『副支部長、第一補佐。狼谷吊戯。殲滅に入る。一匹たりともそれより上には出すな』
マイクをONにした塔間が吊戯に向かってそう指示を出した処で。
「吊戯さん!!」
イズナの協力を得て、最短ルートで吊戯の元に辿り着いた真昼が、背後から吊戯に向かって声を上げたのだ。
「・・・・・・真昼くん」
塔間の言葉によって、トランス状態に入りかけていた吊戯は、ふと意識に響いた真昼の声に、呆然とした面持ちでゆっくりと後ろを振り返る。
「一人で行かないでください。これ以上戦えばあなたが壊れる。吸血鬼を止めるのなら俺達が協力します」
全力で走ってきた為に、僅かに上がってしまった息を真昼は吐き出しながら、吊戯を見据えてそう言い切るのと同時にチラリと周囲に視線を滑らせる。
―――――瑠璃姉は吊戯さんとは一緒じゃなくて、ここにはまだ来ていないみたいだ。
―――――それならまずは俺とクロで吊戯さんを戦わせないように動かないとダメだ!
そして瑠璃の姿がないことを確認した真昼は心中でそんなふうに思いを巡らせるも、しかし、塔間がそれに気付かない訳もなく。
『脱獄した下位吸血鬼は〝憤怒〟の解放を要求している。〝怠惰〟はもちろんのこと、俺との話の途中で姿をくらましてしまった、〝ミストレス〟のお嬢さんもそちらにつく可能性が高い。だから同行は許可できない』
「はっ!?」
―――――瑠璃姉、塔間さんの処に居たのか!?
マイクを通して却下してきた塔間が口にした言葉に、真昼が驚愕の声を漏らし。
「向き合えねー・・・・・・」
ピクッと黒猫が眉を顰めながらそれに反応したその直後―――――カッと真紅の閃光が瞬いて。
「―――――真昼君!! クロ!!」
副支部長室から空間跳躍を行った瑠璃がその場に顕現したのだ。
「瑠璃姉!?」
目を瞠りながら真昼が瑠璃の名を呼ぶ。
一方、真昼の頭の上にいた黒猫はトッと地に降り立ち人型に戻ると。
「瑠璃、お前・・・・・・これ、自分でやったのか?」
眉を顰めながら伸ばしてきた右手で、瑠璃の左手に触れてきて。
―――――真紅の閃光は〝血〟を媒介にして力を使った時のみ現れるものだ。
―――――誤魔化すことは出来ない。
「ごめんなさい。下位吸血鬼が脱走したという警報を聞いたら、いても立ってもいられなくなってしまって・・・・・・」
眉を下げながら瑠璃がクロに頷くと。
「向き合えねー・・・・・・とりあえず、応急処置するぞ」
そのまま瑠璃の左手を掲げたクロはそう言いながら親指に顔を寄せると、ぺろりと傷口を舌で舐めたのだ。
「~~~~~っ!!」
そのクロの行動に声こそ漏らさなかったものの、羞恥に染まった面持ちで瑠璃が身体を震わせると。
「もう、クロちゃんてば。こんな状況下で見せつけてくれるね」
吊戯が肩を竦める仕草をしつつ、此方を見ていて。
一方、真昼はというと―――――クロの瑠璃に対する唐突な行動には常ならば突っ込みを入れる処だが。吊戯の動きにも注意を払っている状態であることから眉を顰めるに止まっていた。
そこで瑠璃の手を離したクロは吊戯のほうに目を向けると―――――
「脱獄した下位の要求が〝憤怒〟の解放・・・って言う話だったよな。〝憤怒〟は今どうしてんだ・・・?」
「〝憤怒〟はちょっと
「そんな・・・・・・マザーさんは理由もなく暴れるような人じゃないはずよ」
クロと吊戯の会話によっておおよその状況を把握することが出来た瑠璃が眉根を寄せながら異論を口にすると。
「ああ。瑠璃の言う通りだ・・・それならなおさらオレが行く。憤怒の下位がそれに怒ってんなら殲滅より説明をするべきだろ」
クロもまた瑠璃のその言葉に同意した上で、吊戯にそう言い返したのだが。
「あ―――――大丈夫大丈夫! オレがぜーんぶころしてすぐ終わるから!」
しかし、へらりと笑みを浮かべた吊戯がそう言うと、パチッという音とともに喉元にある黒いチョーカーから伸びた漆黒の楔がクロの首に付けられていた首輪と繋がって。
「ッ・・・」
「「クロ・・・!!」」
吊戯の手によって施されてしまった首輪の枷に抗うことが出来ないクロは為すすべなく、バチッと発動した魔法によってそのまま俯せの状態で拘束されてしまう。
しかし、魔法を発動させた時点で、吊戯自身の精神にもまた大きな負荷がかかり、無意識の内に俯きかけた顔色は蒼白なものになっていて。
「吊戯さん!! もう力を使うのはやめて下さい!!」
は、はぁ、と冷や汗を流しながら苦し気な息を吐き出した吊戯に瑠璃が叫ぶ。
「俺が行く!! 吊戯さんはもう力を使っちゃ・・・」
真昼もまた吊戯を支配し続けている塔間に対する怒りに眦を吊り上げながら声を張り上げようとしたのだが。
『しつこいな君も。それに〝ミストレス〟のお嬢さんも・・・いいんだよ。そいつなんて殺せなきゃなんの価値もないんだから』
しかしその想いだけでなく、〝吊戯自身〟のこともまた、塔間は冷然とした声で否定してきて。
「・・・・・・どうしてそんな酷いこと・・・・・・」
―――――貴方に吊戯さんの『声』が届かないはずがないのに・・・・・・。
それを聞いた瑠璃が塔間に対して憤りを覚えた中。
ギリギリの状態を保っていた吊戯の精神は塔間のその言葉によってとどめの一撃を与えられることとなってしまい。
「あ・・・・・・・・・・かぞく・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
血の気の引いた面持ちになった吊戯の口から漏れた譫言を聞いた真昼もまた込み上げてきた激情を堪えるためにグッと口を引き結ぶと。モニターを介して此方の様子を見ている塔間を睨むように視線を上に向ける。
『一人でできるよな? 吊戯』
すると塔間は唐突に幼子に言い聞かせるような声音で吊戯に向かって呼び掛けてきて。
「・・・うん」
そんな塔間からの〝要請〟に条件反射として反応した吊戯がか細い声で頷くと。
『じゃあ、その子供は邪魔だよな?』
そこで塔間は真昼のことを排除するよう吊戯に促してきて。
「うん」
それを受諾した吊戯が焦点の合わない瞳で捉えた真昼に向かって、虚ろな笑みを浮かべながらバッと一気に跳躍をして距離を詰めていく。
「―――――真昼君っ!!」
それに気づいた瑠璃が声を上げた時、真昼はバチッと手の中に武器を具現化させると。
「・・・・・・っく!!」
吊戯の左脚から繰り出された蹴りを槍の柄でガッと受け止めていて。
「瑠璃姉はクロの傍に居てくれ!! 吊戯さんは俺が止めるから!!」
パンと弾いた上で吊戯から距離を取りながらそう瑠璃に対して言った後に。
「・・・塔間さん!! あなたと吊戯さんの関係もあなた達が考えていることも俺にはわからない。だけど! どうしてこの人の悲鳴が聞こえないんだ!!」
塔間に対して激昂した真昼の中に過ったのは、吊戯の部屋を訪ねた瑠璃を追いかけて行った時、目にした吊戯の無数の傷を負った背中と―――――
自分に対して瑠璃が泣いていたことを誤魔化そうとした時の姿で。
―――――あの時、瑠璃姉が泣いていたのは・・・・・・。
―――――瑠璃姉も、吊戯さんの悲鳴に気づいたからだ。
「はっは! なんの話だい?」
けれど塔間によって〝精神の均衡〟を壊されてしまった吊戯の口からは、〝否定の言葉〟しか紡ぎ出されることはなく。
―――――なんのために戦ってるんですか―――――
―――――戦わないで―――――
―――――もう戦わないで吊戯さん―――――
―――――あなたのことを本当に大事だと思ってる友達がいる―――――
それでも真昼は心の中で吊戯に向かって叫んでいた。
『・・・
しかし、その真昼の想いすらも、塔間にとっては嘲りの対象でしかなく。
吊戯を止めるべく、真昼が走り出したその直後。
空中に跳躍した吊戯がその場で身体を半回転させると、着地点を真昼の背後に定めてきて。
「真昼君!! 後ろっ!!」
「―――――っ!」
瑠璃の声にハッと真昼がなった時には間に合わず。
トッと真昼の首に両脚を絡める体制で吊戯が降り立つと―――――
『無視してるんだ』
冷然たる声音でそう塔間が言い放った刹那。
「・・・!!」
吊戯は床に向かって真昼の身体をドッと叩き付けるのと同時に魔法を発動させて、真昼の身体もまたクロと同様に漆黒の楔で地面に拘束してしまったのだ。
「真昼・・・!」
「真昼君っ!?」
がく・・・と意識を失ってしまった真昼の傍にクロの元から離れて瑠璃が走り寄ると。
『吊戯。〝ミストレス〟のお嬢さんの両手も拘束するんだ。また〝血〟の力を使われるのは面倒だからな』
「・・・・・・瑠璃っ!! とりあえずお前だけでもここから逃げろ!!」
塔間が吊戯に出した指示を阻止しようと、ギチッとクロが拘束を引きちぎろうと身を捩りながらそう叫んだのだが。
『ああ、そうだな。〝ミストレス〟のお嬢さんがここから姿を消した場合、〝怠惰〟と〝主人〟である少年の身の安全は保障しかねるが。それでも構わないなら好きにするといい』
「―――――私はクロと真昼君を残したまま逃げたりするつもりはありません」
聞こえてきた塔間のわざとらしい台詞に、瑠璃はこれ以上自身の怒りの感情を露わにしないよう、グッと眉根を寄せながらそう宣言すると。そのまま吊戯のほうに向き直り、両手を差し出す。
と―――――
「ありがとう、瑠璃ちゃん」
痛々しい笑みを浮かべた吊戯が右手を瑠璃の首元に伸ばしてくる。
そうしてパチという音とともに首から漆黒の楔が伸びて、それが瑠璃の両手を拘束するものに変わると。
『よし、吊戯。このまま〝ミストレス〟のお嬢さんも連れて、下位吸血鬼の殲滅に向かうんだ。それが終わったら、お嬢さんとゆっくり過ごす時間をお前に作ってやる』
「わかったよ、塔間さん。それじゃあ、瑠璃ちゃん、行こうか」
塔間の言葉に頷いた吊戯がそう言いながらf5通路の先に向かおうとした時。
「―――――!」
吊戯の目の前にドッと2本の漆黒の杭が行く手を阻むように具現化したのだ。
「・・・行くな吊戯。お前には戦わせるつもりはないし、瑠璃さんを一緒に行かせることもしない。弓を待って・・・俺と弓で行く」
それは真昼達と同様に警報を聞いて、この場に駆け付けた盾一郎が発動させた魔法だった。
「・・・盾ちゃん」
「盾一郎さん・・・・・・!」
呆然としたような面持ちで盾一郎の名前を呟いた吊戯に続いて、僅かに安堵の色を覗かせた瑠璃が名前を呼ぶと。
「遅くなってすまない、瑠璃さん」
と盾一郎は詫びた後に。チラリと周囲に視線を滑らせると、クロだけでなく、真昼までもが地面に俯せの状態で拘束されているのに気づき。
「・・・真昼・・・! 吊戯、お前なんで・・・っ」
眉を顰めながら苦々しい声音で吊戯の名前を呼ぶと。
その時、マイクをOFFにして様子を見ていた塔間は―――――
「車守盾一郎か。ちょうどいいな。片付けるか」
その間、燻らせていた煙草の紫煙を、ふ――――――――――~と吐き出した後に。手にしていたそれを灰皿に押し付けながらそう呟くと。
『・・・吊戯。大変だ。隔離していたはずの〝傲慢〟〝強欲〟〝色欲〟の吸血鬼達が部屋にいないらしい。誰かが出したのか・・・C3に内通者がいることは確かなようだ。・・・君だな? 車守くん』
再びマイクをONにした後に芝居がかった口調で吊戯に呼び掛けた上で、そのまま矛先を盾一郎に向けてきたのだが。
「いちいちわざとらしいんだよ。塔間!」
そんな塔間に対し、盾一郎は激昂し。
「吊戯さん、塔間さんの言葉を真に受けないで下さい!! 盾一郎さんが私達に協力してくれたのは組織に反旗を翻す為じゃなくて。『大切な人達』を失わない為です!! だからもう、これ以上吊戯さんは戦わないで!!」
瑠璃も吊戯の心に訴えるように叫んだ。
けれど―――――
『吊戯。車守盾一郎を殺せ』
塔間は吊戯に対し、より一層残酷な命令を派出してきて。
『その男は吸血鬼側に付いてる。吸血鬼と組んで何をしてくるかわからないぞ。〝ミストレス〟のお嬢さんもその男に騙されている。けれど、お前がうまく立ち回りさえすれば、彼女の目を覚まさせてやることもできるだろう』
息をすることすら忘れてしまったように、目を見開き固まってしまった吊戯に、煽動するような言葉を浴びせてきたのだ。
「―――――そんなの嘘よ!! 人を侮辱するのも大概にしてっ!!!」
その塔間の言葉を瑠璃が猛然たる勢いで否定すると。
「聞くな、吊戯!! 何が正しいか、何をすべきか、自分で判断できるだろ!! お前ももう
盾一郎も吊戯を正気に戻す為に、手厳しい口調で叱責したのだが。
『どうした吊戯。
塔間は構うことなく、また吊戯に揺さぶりをかけてきて。
「―――――しっかりして下さい!! 吊戯さんっ!! 塔間さんの云うことなんて聞く必要ないです!!」
「そうだ!! 自分で考えて決めろ!! 吊戯!!」
吊戯が自ら〝全てを手放して〟しまわないように。
瑠璃と盾一郎は吊戯に向かって懸命に呼びかけた。
けれど―――――
―――――『吊戯』―――――
―――――塔間の支配から、果たして吊戯の心は逃れる事が叶わず。
―――――名前を呼ばれた瞬間、漆黒の闇の中に呑み込まれてしまい。
「・・・・・・ごめん、瑠璃ちゃん・・・・・・盾ちゃん・・・・・・おれ・・・・・・じゅんちゃんを守るために盾ちゃんを殺さなきゃ」
自らの手で〝大切な人〟を殺めるという―――――〝絶望的な路〟を〝選択〟してしまったのだ。
【本館/22・2/9/別館/22・2/10掲載】
