第二十三章『愛別離苦』
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自動販売機は同フロア内ならば昨日利用した小休憩スペースに1台ある。
てっきりそこで飲み物を購入するのだろうと瑠璃は思っていたのだが。
「あの、吊戯さん。何処の自販機に買いに行くんですか・・・・・・?」
瑠璃の手を掴んだまま歩いていく吊戯が向かう方向はそちらとは異なるもので。
このまま進んで行くと、別フロアに続く道に出てしまう。
戸惑いの色を浮かべつつ、瑠璃が吊戯に尋ねかけると、
「・・・・・・ごめんね、瑠璃ちゃん。ジュースの件は〝キミを連れ出す為の口実〟だったんだ」
そこで歩みを止めた吊戯が、振り返ることなく、謝罪の言葉とともにそう告げてきて。
「〝私を連れ出す為の口実〟・・・・・・」
それって―――――・・・・・・
刹那、ドクンと自身の鼓動が大きな音を立てるのを瑠璃は感じた。
〝―――――瑠璃、一つだけ忠告しておくよ。〝あの男〟にはくれぐれも気をつけて―――――〟
それからすぐに意識の内に浮かんできたのは眠りから覚める前に『力』から言われた言葉の一片で。
「塔間さんの、〝指示〟ですか?」
張り詰めた空気の中、淡々とした声音で瑠璃が尋ねかけると。
「・・・・・・っ」
繋がれたままの手を介して、微かな吊戯の動揺が伝わって来た。
「うん。瑠璃ちゃんと話をしたいから。自分の処まで連れて来るようにって塔間さんに言われたんだ・・・・・・」
そして此方にゆっくりと振り返って来た吊戯の顔はバツが悪そうなものになっていて。
一瞬ではあるが、目の前にいる〝彼〟の姿が揺らいで、〝幼子〟の姿に変わって見えた気がした。
「吊戯さん、私は大丈夫です。医療室で塔間さんと会った時、少しだけ不安を覚えたのは確かですけど。きちんと〝向き合って〟話してみたら、気のせいだったって笑い話になっちゃうかもしれません。だから吊戯さんも気にせずにいつも通りでいて下さい」
そこで揺れる金色の瞳をジッと瑠璃は見つめ返すと、紡ぎ出したのは〝本音〟と〝希望的観測〟と〝願い〟だった。
―――――こんな言葉程度で、〝彼〟が心の奥底に抱えている〝苦痛〟の全てが癒されることはないだろう。
けれど―――――
「・・・・・・まさか瑠璃ちゃんに励まされちゃうなんて。なんだか、立場が逆転しちゃってるなぁ・・・・・・」
眉を下げつつそう漏らした吊戯が次に見せたのは見慣れた笑顔で。
「―――――ありがとう、瑠璃ちゃん。お礼におにーさんが後で真昼くんには内緒でジュースを奢ってあげよう」
「ほんとですか。吊戯さんに奢って貰えるなんて光栄ですね」
そんな吊戯に対して瑠璃もまたクスと笑みを零すと冗談交じりの口調でそう言ったのだった。
そして―――――
「塔間さん、瑠璃ちゃんを連れて来たよ」
状態が落ち着いた吊戯とともに瑠璃が副支部長室を訪れると。
「ご苦労だったな吊戯」
モニターが設置されたデスクの前に座っていた塔間は吊戯を一瞥した後に、
「〝ミストレス〟のお嬢さんにはご足労頂いて申し訳なかったが。〝怠惰〟の真祖の目がある処では、ちょっとした〝世間話〟も出来そうになかったからな」
口端を吊り上げつつ瑠璃に視線を向けてきて。
その眼差しはやはり〝品定め〟をされているという感覚が拭えないものではあったものの。
「・・・・・・いえ。こちらこそ、ご多忙の中、わざわざお時間を作って下さって有難う御座います」
グッと左手を握りしめながら、瑠璃もまた塔間を真っすぐに見据えるも。
「ああ。こうして来て頂いたからにはきちんと持て成すつもりだ。そこの来客用のソファーに掛けてくれるかな。お茶とケーキを用意するよう第二補佐官に言いつけてある」
しかし、塔間はそれを歯牙にかけることなくそう告げた処で―――――。
タイミングを合わせたかのようにコンコンと部屋の扉をノックする音が聴こえてきて。
「失礼します、副支部長。お申しつけの通り、飲み物とパンケーキをお持ちしました」
入室してきた女性職員が持っているトレイの上には一人分の飲み物とパンケーキが一皿乗っていて。
「ああ、有難う。そこの応接ソファーの手前のテーブルに置いてくれるかな」
塔間は指示を出すのと同時に瑠璃の傍らに佇んだままでいた吊戯にまた目を向けると。
「吊戯。見ての通り用意させたのは〝一人分〟だ。〝ミストレス〟のお嬢さんとの話が終わり次第、また呼んでやるからお前は他の処で待機していろ」
「え。いや、でも。塔間さんと瑠璃ちゃんを二人だけにするっていうのは・・・・・・・・」
ねぇ? と吊戯は第二補佐の女性職員に同意を求めるも、彼女はそれに答えることなく。
「では私はこれで失礼します」と塔間に対して軽く会釈をすると、早々に退出してしまって。
「吊戯。俺の言ったことが聴こえなかった筈はないよな?」
「うん・・・・・・わかったよ、塔間さん」
変わらぬ声のトーンで塔間に名前を呼ばれた吊戯は、しかしその指示に従うしかなく。
「それじゃあ、瑠璃ちゃん。また後でね」
眉を下げつつ、吊戯は瑠璃に向かってそう言うと、副支部長室から退室したのだ。
一方、弓景から露木の処に報告書を届けるという仕事を振られた真昼は―――――
え・・・と。このフロアでいいんだよな。どこも似た感じでわかんなくなりそう・・・と、頭に黒猫を乗せた状態で周囲を見回しつつ、開発班の研究室を目指して歩いていた。
「最近、演習場の使用許可取ってるよね。なんで?」
そんな中、聴こえてきた女性の声は聞き覚えがあるモノで。
開発班のメンバーである彼女がこのフロアにいるということは、目的地はすぐそこのはずだ。そう考えた真昼が声の聴こえた方に向かって歩いて行き、そっと顔を覗かせてみると。
彼女―――――イズナが話をしていた相手は、真昼の手の中に在る書類の受取人となる、露木であったのだが。
「実験に使うんです」
「一人で? 実験なら私達と一緒にやろうよ」
「あなたには関係ないでしょう。早くキーを・・・」
露木は明らかに苛立った様子でイズナに応対をしていて。
そんな露木の態度にイズナもまた眉を顰めると、
「関係あるよ! 同じ班なんだから」
きっぱりとした口調でそう言い切り。左手に持っていたカードキーを露木の手から遠ざけて、自分の側に引き寄せたのだが。
「俺は望んで開発班にいるわけじゃない」
露木はイズナに向かって怒鳴りつけるのと同時に、バシと乱暴な手つきで彼女の手からカードキーを奪い取ると、そのまま踵を返して去っていってしまう。
幸い、露木はそのまま真っすぐに進んで行った為。真昼は見つかることなく済んだのだが。
―――――・・・・・・・ま、まずかったかな・・・。
咄嗟に身を顰めてやりすごしたものの。
―――――わっ・・・うわっ~~~っ。
考え込むような面持ちになりながら此方に向かって歩いてくるイズナの姿が見えて。
何も聞いていなかったという態度で彼女に声を掛けるべきか、それとも時間を置いて開発班の研究室を訪ねるべきか。
慌てふためいた真昼が取った選択肢は―――――
「あっ、あのっ」
ばっ!! と姿を現すのと同時にイズナに声を掛けるというモノだった。
「OH?!」
結果、イズナはびくっと身体を大きく震わせながら、大層驚いた様子で叫び声をあげてしまうこととなり。
「あっ、あっ。すみません驚かせたかったわけじゃなく・・・」
真昼があたふたとなった中、黒猫が呆れた様子で。
「に゛ゃ―――――不審者・・・」
と呟いたのだが。今回ばかりはまさにその通りとも言えなくもない状況になってしまったことから、真昼は黒猫に対して突っ込みを入れることなく。
「たっ、立ち聞きするつもりはなかったんですけど。結果的にその・・・すみません」
イズナに対して謝罪の言葉を口にすると。
呆然とした面持ちでイズナは真昼を見返した後に。
「真昼くんたちだけ? 瑠璃ちゃんは別行動なのかな?」
「あ、はい。瑠璃姉はいまちょっと吊戯さんと一緒に行動中で・・・・・・」
尋ねかけてきたイズナに対し、真昼がそう答えると。
そっか、とイズナは苦笑を浮かべながら頷いた後に―――――
「ろきくんは入社当時・・・だからえーと3年くらい前かな。戦闘班への配属を強く希望してたんだって。でも・・・」
露木が開発班に属することとなった経緯を真昼に話そうとしたその時。
父親の仇である吸血鬼を自らの手で屠るという、宿怨に囚われた状態となってしまった露木もまた、カツカツカツと足早に鬼気迫る形相で演習場に向かっていた中で。
―――――入社当時、戦闘班へ配属を希望した際に行われた〝戦闘試験〟において『不適格』と言い渡された時のことを思い出していた。
3年前―――――露木が戦闘班に向いているかを精査する試験管の役割は吊戯が担っていた。
そうして〝猟犬〟という呼び名に相応しい、獰猛性を金色の瞳に浮かべながら、舌なめずりしつつ、一気に跳躍して迫ってきた吊戯に対し、すぐさま露木は左手を腰に向かって伸ばすと、そこに隠し持っていた道具に魔力を込めて応戦しようとしたのだが。
『・・・ッ』
しかし、吊戯のほうが露木を上回る反射速度で右脚から蹴りを繰り出してきて―――――。
パン! と露木の手の中から長銃に変形を果たした道具は弾き飛ばされてしまい。
その時、後方に仰け反る態勢になってしまった露木はそのまま壁際に追い込まれることとなり。逃げ場のない場所に露木を追い込んだ吊戯はそこで今度は左脚を掲げて見せると。
ズダン!! と壁に向かって叩き付けるように下ろしたその足で、露木の上着のフードを踏みつけたのだ。
そして―――――
『あ~~~だめだね。全ッ然ダメ。オレの班にはいらないな』
見下すような眼差しで露木を見遣りながら、吊戯はそう言い放ったのだ。
しかし、その言葉に露木は納得することなく。は・・・と息を漏らしながら眉を顰めると。
『・・・配属テストの要件はクリアしてるはずです。何が駄目だと・・・』
『発動遅すぎ。体幹弱すぎ。有体に言うと足手まとい♥』
吊戯は容赦なく駄目出しを口にして、そのまま踵を返しかけたのだが。
『じゃあ指導してください。どうせ人出不足なんでしょう』
それでも露木が諦めることなく、噛みつくように言い返すと。
『ていうかさあ、こ~~~んなに才能のない 魔術師っているんだね? 逆に羨ましいなあ~~~~~~? キミさあ、研究班とか事務にまわったほうがいいよ』
肩越しに振り返ってきた吊戯は舌を出しながら嘲笑うような笑みを浮かべて見せてきて。
それにより露木の神経は完全に逆撫でされることとなり、吊戯を見据える瞳は激しい憎悪を宿したものになっていた。
けれど、入社したばかりの自分が立場上は先輩である相手に、真っ向から楯突くわけにはいかないと、社会的規律を重んじた露木は吊戯から視線を外して俯くと。
『・・・父が死んだとき、班員のうち、あなただけ が生きて戻ったと聞いています。なぜ、あなただけ殺されなかったんですか? 逃げたんですか?』
押し殺した声音で、焚きつけるように、父親の訃報を聞いた時に知った〝事実〟に対する〝疑惑〟を吊戯に向かって口にしたのだが。
チラと露木に向かって振り返ってきた吊戯は顔色を変えることなく、ゆっくりと口端を吊り上げると。
『だったら何?』
詫びることなく、さらに煽るかのように、そんなふうに聞き返してきて。
『あなたには俺を戦場に連れて行く義務がある!!』
そこで露木は勢いよく顔を上げると、激昂しながらそう叫んだのだが。
『知らないな。弱いから死ぬ。それだけでしょ』
吊戯はそんな露木を顧みることなく、冷笑を浮かべるとそう言い放ったのだ。
―――――修平。あまり帰れなくてごめんな―――――
―――――怒ってるのか? ごめん修平―――――
―――――・・・でもな。でも・・・―――――
憎悪の感情に支配された青年の意識の片隅に、父親から生前に言われた言葉が蘇る。
―――――でもな、修平。お父さんの〝仕事〟・・・―――――
―――――少しずつ減ってはきているんだよ―――――
―――――吸血鬼と仲良くなれると仕事は減るんだ―――――
―――――・・・・・・え? 仕事なくなったら困るって?―――――
―――――ははは。そうだなあ。転職だなあ―――――
―――――・・・でも、お父さんは―――――
―――――いつか―――――
―――――そうなるといいなって思うんだよ。修平―――――
しかし、父親が口にしたその〝願い〟は成就されることはなく。
残された息子は、そんな父親の無念を果たすべく、〝復讐鬼〟になることを望んだ。
そしてC3東京支部に投獄されていた〝憤怒〟の下位吸血鬼 が企てた策に、〝憂鬱〟の下位であるシャムロックが手を貸したことにより―――――支部内は戦場と化してしまうこととなる。
その合図となる『警報』が支部内に鳴り響く少し前―――――副支部長室から吊戯が出て行った処で。部屋の主である塔間から瑠璃は応接ソファーのほうに座るよう言われ。ふんわりと甘い匂いがするパンケーキと、品のいい香りが漂う紅茶が用意されたその席に着くと。
「それはお嬢さんの為に用意させたものだからな。まずは俺のことは気にせず、食べてくれて構わない」
そう告げてきた後に、塔間もまたモニターが設置されたデスクの前の椅子から立ち上がると、瑠璃の向かい側に設置された応接チェアのほうに移動をしてきて。
「ああ。それとも〝ミストレス〟のお嬢さんは〝誰かに食べさせてもらう〟というやり方をご希望かな?」
「・・・・・・なんの冗談でしょうか?」
塔間が口にしたその言葉に瑠璃が思わず眉根を寄せると。
「以前、此方で身体データの測定をした後。別室で休憩して頂くために用意したそれを御国に食べさせてもらっていた録画映像を見たからてっきりそうなのかと思ったんだが」
「なっ・・・・・・!?」
揶揄するように塔間が告げてきたその言葉に、瑠璃は目を見開くと、あの時の自分の様子もまた、真昼と同様に撮られていたのかと羞恥心にかられかけたものの。
―――――このまま、塔間さんのペースに乗せられるのはダメだわ。
瑠璃が心中で自身に対してそう言い聞かせながら、膝の上で両手を握りしめて、ぐ、と動揺した感情を抑え込む仕草をすると。
「せっかく用意して頂いたのに申し訳ないのですが。あまり遅くなるとクロと真昼君に心配をかけてしまうので・・・・・・」
「やれやれ。どうやら俺は吊戯と違って、〝ミストレス〟のお嬢さんにはあまり好かれてはいないみたいだな」
塔間は至極残念だという口調でそう言った後に、ふとシニカルな笑みを浮かべると。
「俺が〝ミストレス〟のお嬢さんをここに呼んだのはある提案をする為なんだが。それを受け入れて貰えるなら―――――代わりにいまここに収容している〝憂鬱〟の下位 達の身の安全を保障しようと言ったらどうする?」
「・・・・・・っ」
塔間の口から紡ぎ出された言葉に瑠璃は目を見開くと、そのまま塔間の顔を凝視してしまう。
「此方で調べた情報によれば、君は〝怠惰〟の真祖と『誓約』を結んでいるのにも拘らず、敵対しているはずの〝憂鬱〟の真祖やその下位達とも懇意にしていたようだが・・・・・・。一体どういう関係だったのかな?」
―――――と塔間が問いを投げかけてきて。
「・・・・・・私にとって椿や下位のみんなは大切な『家族』です。クロだけじゃなく、彼の主人である真昼君も。それに仲間の皆もそのことは知っています」
そこで足元を掬われないよう、瑠璃は塔間から目を逸らすことをせず、必死に言葉を紡ぎ出す。
「塔間さんがいう〝提案〟というのはどういうものなんですか?」
「ああ。提案というのは、〝怠惰〟とはこのまま『契約』を結ばずに。吊戯と正式な『契約』を結んで欲しいというものだよ」
するとさらりと事もなげに塔間が告げてきた事柄はとんでもないもので。
―――――〝ミストレス〟である瑠璃が現在、真祖であるクロと結んでいるのは『誓約』のみ。
―――――『契約』は〝ミストレス〟である〝瑠璃自身の全て〟を真祖であるクロに〝捧げ〟た後に、『契りの証』として彼の〝血〟を口にすることで成立するものだ。
―――――その『契約』を吊戯と結んで欲しいと言うのは・・・・・・。
愕然となった瑠璃を塔間は気にすることなく話し続ける。
「吊戯は俺が調教しただけ合って、それなりのものに仕上がった。そんなあいつと、稀有な存在である君が『契約』した場合どうなるのか。まあ、ちょっとした実験だな」
「・・・・・・〝調教〟や〝実験〟という言葉は〝人〟に対して使うものじゃないです!! なにより吊戯さんは貴方にとって、〝唯一の家族〟じゃないんですか!?」
そこで耐えきれなくなった瑠璃が塔間を睨みつけながら声を荒げると。
「ああ、そうだな。俺と吊戯は〝家族のようなもの〟だな。あいつを〝拾った〟のは俺だからな。だからこそ、どう使おうと〝所有者〟である俺の勝手だろう?」
塔間は口元を歪めると、凄然たる笑みを浮かべてそう言い放った。
「―――――・・・・・・っ!!」
その刹那、瑠璃はソファーから勢いよく立ち上がると、目の前に座っていた塔間目掛けて右手を振り翳した。。
―――――パシンと乾いた音が響いた。
防がれる可能性もあった、けれど塔間は敢えて何もすることなく、瑠璃の平手打ちを左頬に受けたのだ。
そうして暫しの沈黙が訪れた中で、それは突如鳴り響いた。
ビ―――――ッビ―――――ッビ―――――ッ!!
『g-8フロアで異常発生。下位吸血鬼 十数名の脱走確認。緊急招集コード・バルドル・対象全て抹消許可』
―――――下位吸血鬼の脱走!? まさか、シャムロックさん達が・・・・・・っ!?
けたたましく響き渡った警報とともに流れたアナウンスを聞いた瑠璃の中に嫌な予感が込み上げてくる。
「クロと真昼君の処に戻らないと・・・・・・っ!!」
けれど、二人もまた警報を聞いてそちらに向かっている可能性もある。
ともすれば、自分が取るべき手段は一つしかない。
胸元に在る『鍵』を瑠璃は右手で握りしめると―――――二人の元に空間跳躍をしようとした。
けれど、バチバチと吊戯に首に付けられた漆黒の『首輪』が瑠璃の力を抑え込もうとするように反応を示して。
「無駄だろう。今の君には『力』を制限するための首輪があるんだ」
と塔間が冷めた声音で告げてきたのだが。
―――――それなら・・・・・・っ!!
バッと瑠璃はテーブルの上に置かれていたパンケーキに添えられていたナイフを右手に掴むと。
「・・・・・・っ」
それを使って自身の左手の親指を切りつけて、滲んだ真紅の雫を『鍵』に触れさせた。
―――――刹那、パアッと眩い紅い閃光が室内に満ちて、瑠璃の姿は副支部長室から消え去ったのだ。
【本館/22・1/1/別館/22・1/1掲載】
てっきりそこで飲み物を購入するのだろうと瑠璃は思っていたのだが。
「あの、吊戯さん。何処の自販機に買いに行くんですか・・・・・・?」
瑠璃の手を掴んだまま歩いていく吊戯が向かう方向はそちらとは異なるもので。
このまま進んで行くと、別フロアに続く道に出てしまう。
戸惑いの色を浮かべつつ、瑠璃が吊戯に尋ねかけると、
「・・・・・・ごめんね、瑠璃ちゃん。ジュースの件は〝キミを連れ出す為の口実〟だったんだ」
そこで歩みを止めた吊戯が、振り返ることなく、謝罪の言葉とともにそう告げてきて。
「〝私を連れ出す為の口実〟・・・・・・」
それって―――――・・・・・・
刹那、ドクンと自身の鼓動が大きな音を立てるのを瑠璃は感じた。
〝―――――瑠璃、一つだけ忠告しておくよ。〝あの男〟にはくれぐれも気をつけて―――――〟
それからすぐに意識の内に浮かんできたのは眠りから覚める前に『力』から言われた言葉の一片で。
「塔間さんの、〝指示〟ですか?」
張り詰めた空気の中、淡々とした声音で瑠璃が尋ねかけると。
「・・・・・・っ」
繋がれたままの手を介して、微かな吊戯の動揺が伝わって来た。
「うん。瑠璃ちゃんと話をしたいから。自分の処まで連れて来るようにって塔間さんに言われたんだ・・・・・・」
そして此方にゆっくりと振り返って来た吊戯の顔はバツが悪そうなものになっていて。
一瞬ではあるが、目の前にいる〝彼〟の姿が揺らいで、〝幼子〟の姿に変わって見えた気がした。
「吊戯さん、私は大丈夫です。医療室で塔間さんと会った時、少しだけ不安を覚えたのは確かですけど。きちんと〝向き合って〟話してみたら、気のせいだったって笑い話になっちゃうかもしれません。だから吊戯さんも気にせずにいつも通りでいて下さい」
そこで揺れる金色の瞳をジッと瑠璃は見つめ返すと、紡ぎ出したのは〝本音〟と〝希望的観測〟と〝願い〟だった。
―――――こんな言葉程度で、〝彼〟が心の奥底に抱えている〝苦痛〟の全てが癒されることはないだろう。
けれど―――――
「・・・・・・まさか瑠璃ちゃんに励まされちゃうなんて。なんだか、立場が逆転しちゃってるなぁ・・・・・・」
眉を下げつつそう漏らした吊戯が次に見せたのは見慣れた笑顔で。
「―――――ありがとう、瑠璃ちゃん。お礼におにーさんが後で真昼くんには内緒でジュースを奢ってあげよう」
「ほんとですか。吊戯さんに奢って貰えるなんて光栄ですね」
そんな吊戯に対して瑠璃もまたクスと笑みを零すと冗談交じりの口調でそう言ったのだった。
そして―――――
「塔間さん、瑠璃ちゃんを連れて来たよ」
状態が落ち着いた吊戯とともに瑠璃が副支部長室を訪れると。
「ご苦労だったな吊戯」
モニターが設置されたデスクの前に座っていた塔間は吊戯を一瞥した後に、
「〝ミストレス〟のお嬢さんにはご足労頂いて申し訳なかったが。〝怠惰〟の真祖の目がある処では、ちょっとした〝世間話〟も出来そうになかったからな」
口端を吊り上げつつ瑠璃に視線を向けてきて。
その眼差しはやはり〝品定め〟をされているという感覚が拭えないものではあったものの。
「・・・・・・いえ。こちらこそ、ご多忙の中、わざわざお時間を作って下さって有難う御座います」
グッと左手を握りしめながら、瑠璃もまた塔間を真っすぐに見据えるも。
「ああ。こうして来て頂いたからにはきちんと持て成すつもりだ。そこの来客用のソファーに掛けてくれるかな。お茶とケーキを用意するよう第二補佐官に言いつけてある」
しかし、塔間はそれを歯牙にかけることなくそう告げた処で―――――。
タイミングを合わせたかのようにコンコンと部屋の扉をノックする音が聴こえてきて。
「失礼します、副支部長。お申しつけの通り、飲み物とパンケーキをお持ちしました」
入室してきた女性職員が持っているトレイの上には一人分の飲み物とパンケーキが一皿乗っていて。
「ああ、有難う。そこの応接ソファーの手前のテーブルに置いてくれるかな」
塔間は指示を出すのと同時に瑠璃の傍らに佇んだままでいた吊戯にまた目を向けると。
「吊戯。見ての通り用意させたのは〝一人分〟だ。〝ミストレス〟のお嬢さんとの話が終わり次第、また呼んでやるからお前は他の処で待機していろ」
「え。いや、でも。塔間さんと瑠璃ちゃんを二人だけにするっていうのは・・・・・・・・」
ねぇ? と吊戯は第二補佐の女性職員に同意を求めるも、彼女はそれに答えることなく。
「では私はこれで失礼します」と塔間に対して軽く会釈をすると、早々に退出してしまって。
「吊戯。俺の言ったことが聴こえなかった筈はないよな?」
「うん・・・・・・わかったよ、塔間さん」
変わらぬ声のトーンで塔間に名前を呼ばれた吊戯は、しかしその指示に従うしかなく。
「それじゃあ、瑠璃ちゃん。また後でね」
眉を下げつつ、吊戯は瑠璃に向かってそう言うと、副支部長室から退室したのだ。
一方、弓景から露木の処に報告書を届けるという仕事を振られた真昼は―――――
え・・・と。このフロアでいいんだよな。どこも似た感じでわかんなくなりそう・・・と、頭に黒猫を乗せた状態で周囲を見回しつつ、開発班の研究室を目指して歩いていた。
「最近、演習場の使用許可取ってるよね。なんで?」
そんな中、聴こえてきた女性の声は聞き覚えがあるモノで。
開発班のメンバーである彼女がこのフロアにいるということは、目的地はすぐそこのはずだ。そう考えた真昼が声の聴こえた方に向かって歩いて行き、そっと顔を覗かせてみると。
彼女―――――イズナが話をしていた相手は、真昼の手の中に在る書類の受取人となる、露木であったのだが。
「実験に使うんです」
「一人で? 実験なら私達と一緒にやろうよ」
「あなたには関係ないでしょう。早くキーを・・・」
露木は明らかに苛立った様子でイズナに応対をしていて。
そんな露木の態度にイズナもまた眉を顰めると、
「関係あるよ! 同じ班なんだから」
きっぱりとした口調でそう言い切り。左手に持っていたカードキーを露木の手から遠ざけて、自分の側に引き寄せたのだが。
「俺は望んで開発班にいるわけじゃない」
露木はイズナに向かって怒鳴りつけるのと同時に、バシと乱暴な手つきで彼女の手からカードキーを奪い取ると、そのまま踵を返して去っていってしまう。
幸い、露木はそのまま真っすぐに進んで行った為。真昼は見つかることなく済んだのだが。
―――――・・・・・・・ま、まずかったかな・・・。
咄嗟に身を顰めてやりすごしたものの。
―――――わっ・・・うわっ~~~っ。
考え込むような面持ちになりながら此方に向かって歩いてくるイズナの姿が見えて。
何も聞いていなかったという態度で彼女に声を掛けるべきか、それとも時間を置いて開発班の研究室を訪ねるべきか。
慌てふためいた真昼が取った選択肢は―――――
「あっ、あのっ」
ばっ!! と姿を現すのと同時にイズナに声を掛けるというモノだった。
「OH?!」
結果、イズナはびくっと身体を大きく震わせながら、大層驚いた様子で叫び声をあげてしまうこととなり。
「あっ、あっ。すみません驚かせたかったわけじゃなく・・・」
真昼があたふたとなった中、黒猫が呆れた様子で。
「に゛ゃ―――――不審者・・・」
と呟いたのだが。今回ばかりはまさにその通りとも言えなくもない状況になってしまったことから、真昼は黒猫に対して突っ込みを入れることなく。
「たっ、立ち聞きするつもりはなかったんですけど。結果的にその・・・すみません」
イズナに対して謝罪の言葉を口にすると。
呆然とした面持ちでイズナは真昼を見返した後に。
「真昼くんたちだけ? 瑠璃ちゃんは別行動なのかな?」
「あ、はい。瑠璃姉はいまちょっと吊戯さんと一緒に行動中で・・・・・・」
尋ねかけてきたイズナに対し、真昼がそう答えると。
そっか、とイズナは苦笑を浮かべながら頷いた後に―――――
「ろきくんは入社当時・・・だからえーと3年くらい前かな。戦闘班への配属を強く希望してたんだって。でも・・・」
露木が開発班に属することとなった経緯を真昼に話そうとしたその時。
父親の仇である吸血鬼を自らの手で屠るという、宿怨に囚われた状態となってしまった露木もまた、カツカツカツと足早に鬼気迫る形相で演習場に向かっていた中で。
―――――入社当時、戦闘班へ配属を希望した際に行われた〝戦闘試験〟において『不適格』と言い渡された時のことを思い出していた。
3年前―――――露木が戦闘班に向いているかを精査する試験管の役割は吊戯が担っていた。
そうして〝猟犬〟という呼び名に相応しい、獰猛性を金色の瞳に浮かべながら、舌なめずりしつつ、一気に跳躍して迫ってきた吊戯に対し、すぐさま露木は左手を腰に向かって伸ばすと、そこに隠し持っていた道具に魔力を込めて応戦しようとしたのだが。
『・・・ッ』
しかし、吊戯のほうが露木を上回る反射速度で右脚から蹴りを繰り出してきて―――――。
パン! と露木の手の中から長銃に変形を果たした道具は弾き飛ばされてしまい。
その時、後方に仰け反る態勢になってしまった露木はそのまま壁際に追い込まれることとなり。逃げ場のない場所に露木を追い込んだ吊戯はそこで今度は左脚を掲げて見せると。
ズダン!! と壁に向かって叩き付けるように下ろしたその足で、露木の上着のフードを踏みつけたのだ。
そして―――――
『あ~~~だめだね。全ッ然ダメ。オレの班にはいらないな』
見下すような眼差しで露木を見遣りながら、吊戯はそう言い放ったのだ。
しかし、その言葉に露木は納得することなく。は・・・と息を漏らしながら眉を顰めると。
『・・・配属テストの要件はクリアしてるはずです。何が駄目だと・・・』
『発動遅すぎ。体幹弱すぎ。有体に言うと足手まとい♥』
吊戯は容赦なく駄目出しを口にして、そのまま踵を返しかけたのだが。
『じゃあ指導してください。どうせ人出不足なんでしょう』
それでも露木が諦めることなく、噛みつくように言い返すと。
『ていうかさあ、こ~~~んなに
肩越しに振り返ってきた吊戯は舌を出しながら嘲笑うような笑みを浮かべて見せてきて。
それにより露木の神経は完全に逆撫でされることとなり、吊戯を見据える瞳は激しい憎悪を宿したものになっていた。
けれど、入社したばかりの自分が立場上は先輩である相手に、真っ向から楯突くわけにはいかないと、社会的規律を重んじた露木は吊戯から視線を外して俯くと。
『・・・父が死んだとき、班員のうち、
押し殺した声音で、焚きつけるように、父親の訃報を聞いた時に知った〝事実〟に対する〝疑惑〟を吊戯に向かって口にしたのだが。
チラと露木に向かって振り返ってきた吊戯は顔色を変えることなく、ゆっくりと口端を吊り上げると。
『だったら何?』
詫びることなく、さらに煽るかのように、そんなふうに聞き返してきて。
『あなたには俺を戦場に連れて行く義務がある!!』
そこで露木は勢いよく顔を上げると、激昂しながらそう叫んだのだが。
『知らないな。弱いから死ぬ。それだけでしょ』
吊戯はそんな露木を顧みることなく、冷笑を浮かべるとそう言い放ったのだ。
―――――修平。あまり帰れなくてごめんな―――――
―――――怒ってるのか? ごめん修平―――――
―――――・・・でもな。でも・・・―――――
憎悪の感情に支配された青年の意識の片隅に、父親から生前に言われた言葉が蘇る。
―――――でもな、修平。お父さんの〝仕事〟・・・―――――
―――――少しずつ減ってはきているんだよ―――――
―――――吸血鬼と仲良くなれると仕事は減るんだ―――――
―――――・・・・・・え? 仕事なくなったら困るって?―――――
―――――ははは。そうだなあ。転職だなあ―――――
―――――・・・でも、お父さんは―――――
―――――いつか―――――
―――――そうなるといいなって思うんだよ。修平―――――
しかし、父親が口にしたその〝願い〟は成就されることはなく。
残された息子は、そんな父親の無念を果たすべく、〝復讐鬼〟になることを望んだ。
そしてC3東京支部に投獄されていた〝憤怒〟の
その合図となる『警報』が支部内に鳴り響く少し前―――――副支部長室から吊戯が出て行った処で。部屋の主である塔間から瑠璃は応接ソファーのほうに座るよう言われ。ふんわりと甘い匂いがするパンケーキと、品のいい香りが漂う紅茶が用意されたその席に着くと。
「それはお嬢さんの為に用意させたものだからな。まずは俺のことは気にせず、食べてくれて構わない」
そう告げてきた後に、塔間もまたモニターが設置されたデスクの前の椅子から立ち上がると、瑠璃の向かい側に設置された応接チェアのほうに移動をしてきて。
「ああ。それとも〝ミストレス〟のお嬢さんは〝誰かに食べさせてもらう〟というやり方をご希望かな?」
「・・・・・・なんの冗談でしょうか?」
塔間が口にしたその言葉に瑠璃が思わず眉根を寄せると。
「以前、此方で身体データの測定をした後。別室で休憩して頂くために用意したそれを御国に食べさせてもらっていた録画映像を見たからてっきりそうなのかと思ったんだが」
「なっ・・・・・・!?」
揶揄するように塔間が告げてきたその言葉に、瑠璃は目を見開くと、あの時の自分の様子もまた、真昼と同様に撮られていたのかと羞恥心にかられかけたものの。
―――――このまま、塔間さんのペースに乗せられるのはダメだわ。
瑠璃が心中で自身に対してそう言い聞かせながら、膝の上で両手を握りしめて、ぐ、と動揺した感情を抑え込む仕草をすると。
「せっかく用意して頂いたのに申し訳ないのですが。あまり遅くなるとクロと真昼君に心配をかけてしまうので・・・・・・」
「やれやれ。どうやら俺は吊戯と違って、〝ミストレス〟のお嬢さんにはあまり好かれてはいないみたいだな」
塔間は至極残念だという口調でそう言った後に、ふとシニカルな笑みを浮かべると。
「俺が〝ミストレス〟のお嬢さんをここに呼んだのはある提案をする為なんだが。それを受け入れて貰えるなら―――――代わりにいまここに収容している〝憂鬱〟の
「・・・・・・っ」
塔間の口から紡ぎ出された言葉に瑠璃は目を見開くと、そのまま塔間の顔を凝視してしまう。
「此方で調べた情報によれば、君は〝怠惰〟の真祖と『誓約』を結んでいるのにも拘らず、敵対しているはずの〝憂鬱〟の真祖やその下位達とも懇意にしていたようだが・・・・・・。一体どういう関係だったのかな?」
―――――と塔間が問いを投げかけてきて。
「・・・・・・私にとって椿や下位のみんなは大切な『家族』です。クロだけじゃなく、彼の主人である真昼君も。それに仲間の皆もそのことは知っています」
そこで足元を掬われないよう、瑠璃は塔間から目を逸らすことをせず、必死に言葉を紡ぎ出す。
「塔間さんがいう〝提案〟というのはどういうものなんですか?」
「ああ。提案というのは、〝怠惰〟とはこのまま『契約』を結ばずに。吊戯と正式な『契約』を結んで欲しいというものだよ」
するとさらりと事もなげに塔間が告げてきた事柄はとんでもないもので。
―――――〝ミストレス〟である瑠璃が現在、真祖であるクロと結んでいるのは『誓約』のみ。
―――――『契約』は〝ミストレス〟である〝瑠璃自身の全て〟を真祖であるクロに〝捧げ〟た後に、『契りの証』として彼の〝血〟を口にすることで成立するものだ。
―――――その『契約』を吊戯と結んで欲しいと言うのは・・・・・・。
愕然となった瑠璃を塔間は気にすることなく話し続ける。
「吊戯は俺が調教しただけ合って、それなりのものに仕上がった。そんなあいつと、稀有な存在である君が『契約』した場合どうなるのか。まあ、ちょっとした実験だな」
「・・・・・・〝調教〟や〝実験〟という言葉は〝人〟に対して使うものじゃないです!! なにより吊戯さんは貴方にとって、〝唯一の家族〟じゃないんですか!?」
そこで耐えきれなくなった瑠璃が塔間を睨みつけながら声を荒げると。
「ああ、そうだな。俺と吊戯は〝家族のようなもの〟だな。あいつを〝拾った〟のは俺だからな。だからこそ、どう使おうと〝所有者〟である俺の勝手だろう?」
塔間は口元を歪めると、凄然たる笑みを浮かべてそう言い放った。
「―――――・・・・・・っ!!」
その刹那、瑠璃はソファーから勢いよく立ち上がると、目の前に座っていた塔間目掛けて右手を振り翳した。。
―――――パシンと乾いた音が響いた。
防がれる可能性もあった、けれど塔間は敢えて何もすることなく、瑠璃の平手打ちを左頬に受けたのだ。
そうして暫しの沈黙が訪れた中で、それは突如鳴り響いた。
ビ―――――ッビ―――――ッビ―――――ッ!!
『g-8フロアで異常発生。
―――――下位吸血鬼の脱走!? まさか、シャムロックさん達が・・・・・・っ!?
けたたましく響き渡った警報とともに流れたアナウンスを聞いた瑠璃の中に嫌な予感が込み上げてくる。
「クロと真昼君の処に戻らないと・・・・・・っ!!」
けれど、二人もまた警報を聞いてそちらに向かっている可能性もある。
ともすれば、自分が取るべき手段は一つしかない。
胸元に在る『鍵』を瑠璃は右手で握りしめると―――――二人の元に空間跳躍をしようとした。
けれど、バチバチと吊戯に首に付けられた漆黒の『首輪』が瑠璃の力を抑え込もうとするように反応を示して。
「無駄だろう。今の君には『力』を制限するための首輪があるんだ」
と塔間が冷めた声音で告げてきたのだが。
―――――それなら・・・・・・っ!!
バッと瑠璃はテーブルの上に置かれていたパンケーキに添えられていたナイフを右手に掴むと。
「・・・・・・っ」
それを使って自身の左手の親指を切りつけて、滲んだ真紅の雫を『鍵』に触れさせた。
―――――刹那、パアッと眩い紅い閃光が室内に満ちて、瑠璃の姿は副支部長室から消え去ったのだ。
【本館/22・1/1/別館/22・1/1掲載】
