第二十二章『雲壌懸隔』
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御園達が吸血鬼の生態に詳しい研究者の元に行った後。
真昼と瑠璃は吊戯の様子をまた見に医務室まで行ったものの。すれ違いで吊戯は仕事に戻ってしまったようで会うことは出来ず。自分達だけで出来る仕事もまた、今日はもうなくなってしまったことから、瑠璃は割り当てられた部屋に一度戻ると。
C3の制服を脱いでから、それを手にしたまま真昼とクロの部屋を訪れて。いつも通りに三人で夕食を食べる為、本日のメニューに決まったカレーとサラダ作りに真昼と一緒に取り掛かり。
「よし。あとはカレーをもう少し煮込めば完成だな。鍋は俺が見てるから瑠璃姉もクロと一緒にソファーに座って待っててくれて大丈夫だよ」
「ありがとう、真昼君。それじゃあ、食材と一緒に裁縫道具も用意して貰えたことだし。自分の制服の丈の調整をやってみようかしら」
真昼の言葉に瑠璃は笑みを浮かべると、裁縫道具と自分の制服を手にソファーに向かい、そこでポータブルゲームをやっていたクロの隣に腰を下ろしたのだが。
「瑠璃、それよりも大事なことがあるぞ・・・・・・」
「大事なこと?」
チラリと目を向けてきたクロの真紅の瞳を瑠璃は小首を傾げながら見つめ返す。
と―――――
「にゃ~・・・・・・暫くは一緒に寝られないからな。その分、ちゃんと充電出来るときにしておかないとな・・・・・・」
そう言いながらクロはポスンと瑠璃の膝の上に頭を乗せてきて。
部屋に戻る前は、猫の姿で腕の中に落ち着いていたものの。真昼の目しかないこの部屋の中では―――――〝いつも通り〟―――――〝スキンシップ〟を取るつもりの様子のクロに対し、瑠璃もふわりと笑みを零すと。
手に持っていた裁縫道具と制服をソファーのひじ掛けの左手側に置き。
「そうね。今日はクロも、すごく頑張ったものね」
ごろごろ・・・と猫の姿の時と同じように、膝の上で甘えるような仕草をして見せてきたクロの頭を優しく撫で始めて。
それにより瑠璃の柔らかな膝枕の感触と、心地良い手の温もりを堪能しつつ、クロがゲームを続けていた中で。
―――――・・・・・・御園君達のほうは、どうなってるかしら。
―――――・・・・・・それに吊戯さんも、普通に仕事に戻ってるけど。
―――――・・・・・・本当に大丈夫なのかしら。
その一方で気掛かりであるその事柄に関して、瑠璃が心中でその想いを巡らせた時。
「ん~~~~~~」
左手に持ったお玉で、程よく煮込まれたカレーをひと掬いして、それを右手に準備していた小皿に移した処で、味見をした真昼が考え込むような声を漏らして。
「どうかした、真昼君?」
耳朶に届いたその声に、目を瞬かせた瑠璃が真昼のほうに顔を向けながら尋ねかけると。
「なんだ? マズいのか?」
めずらし―――――な、とクロも、瑠璃の膝の上から身体を起こすことはしないまま、そう漏らしたのだが。
「違う! 考えてんだよ!」
しっかりと真昼にも届いていたようで。
眉を顰めつつ、クロの発言を否定してきて。
その時、真昼が逡巡していた事柄もまた、瑠璃と同様に御園達と吊戯の事だったのだが。
それでもすべきことをきちんとこなしている真昼に対し、
「こんなとこまで来ても、いつもどーりなお前は逆にすごいぞ・・・」
主夫のかがみ・・・とクロが呟くと。
「どんなときでもいつもどーりが一番だろ! というか、今まさにその状態のお前がそれを言うのかよ!」
真昼はキレのある突っ込みを返した後に「クロ! フロ沸かすから先入れよ!」と告げて浴室のほうに向かったものの。
「あれっ?」
浴室の電気のスイッチを押したものの、灯りが点くことはなく。
カチッ、カチと、幾度か、触ってみたものの、反応はないままで。
どうするべきだろうかと、眉根を寄せた真昼の意識の内に過ったのは―――――
―――――となりが吊戯さんのご自宅ですので何かあれば・・・―――――
この部屋に案内された時に露木から告げられたその言葉だった。
「クロ。瑠璃姉。お風呂場の電気が切れてるみたいで点かないから、俺ちょっと吊戯さんの処に行ってくるよ」
そして浴室から戻ってきた真昼はそう言うと、部屋の外に向かおうとしたのだが。
「あ、待って真昼君。それなら私が吊戯さんの処に行ってくるわ」
真昼のその言葉を聞いて瑠璃が名乗りを上げたのだ。
ポ―――――ン・・・。
ポ―――――ン・・・。
「吊戯さん、お部屋にいますか? ちょっと、真昼君達の部屋のほうで困ったことが・・・・・・」
瑠璃が吊戯の処に行くというのを聞いた時、クロは眉根を寄せたものの。
『呼びに行って戻ってくるだけならそれほど時間はかからないだろ』という真昼の口添え+『お風呂上りのクロの髪は瑠璃が乾かす』という約束をしたことにより。
こうして吊戯の部屋の扉の前に瑠璃はやって来て、呼び出しのチャイムを押すに至ったのだが―――――吊戯の部屋の中から応答はなく。まだ帰宅していないのだろうかという可能性が意識の内に過るも。
―――――あ、部屋のドアが開いてる・・・・・・。
「吊戯さん・・・・・・?」
恐る恐る瑠璃はドアノブに手を掛けると、僅かに開いた部屋の奥に向かって呼び掛けたのだが、薄暗い室内の見える範囲に人の気配は感じられず。
―――――本当なら許可を得ずに、他人の部屋に入るのはいけないことだけど・・・・・・。
躊躇いつつも、ドアを完全に開いた瑠璃は玄関に足を踏み入れると、そこで靴を脱いで吊戯の部屋の中に入室する。
そしてダイニングルームを通過した瑠璃が最初に向かったのは、突き当りの右手に在る寝室だった。
しかし、寝室のベッドの上には脱ぎ捨てられたC3の上着があるだけで、吊戯の姿は見当たらず。
さらに床にはビールの空き缶だけでなく、ランドセル、リコーダー、体操服、教科書など。
様々なモノが散乱していて、壁際のフックには、高校時代に着ていたと思われる学生服と、その頃に着ていたのであろうC3の制服が一緒に並んで掛けられていて。
―――――・・・・・・まるで〝過去〟から〝現在〟までの〝時間〟がここで〝ループ〟しているみたい。
〝隔絶された空間〟の前で瑠璃は思わず呆然と立ち尽くしてしまうも。
その時、ザ―――――と勢いよく流れる水の音が耳朶に届いて。
ハッと我に返った瑠璃が視線を巡らせると、どうやらそれは寝室の反対側に設置された洗面所の先に在る浴室から、漏れ聞こえてきたもののようだった。
瑠璃が部屋の中に立ち入った際に浴室の灯りは点いていなかった筈なのだが。
いつの間にか、チカチカチカチカと―――――まるで『彼』の居場所を知らせるかのように―――――電灯が点滅を繰り返していて。
「・・・・・・吊戯さん、そこにいるんですか?」
洗面所のドアの前に向かい、呼び掛けてみたものの、水が流れる音が止むことはなく。
意を決して洗面所のドアを開くと―――――浴室の扉もまた半開きの状態になっていて。
ドクンっと鼓動が跳ねるのと同時に、冷や汗が頬を滑り落ちていく。
そうして浴室の中を恐る恐る覗いた瑠璃の目に飛び込んできたのは―――――
ザ―――――、ザ―――――、ザ―――――と勢いよく水を放出させている床に投げ出されたシャワーヘッドと。空っぽの浴槽の中に傷だらけの上半身を丸めて眠っている吊戯の姿だった。
「・・・・・・っ」
その吊戯の姿を目にした瑠璃は唖然となりながらも。ゆっくりと蛇口に手を伸ばし、キュッと捻って流れていたシャワーの水を止めると。
パチと一瞬、浴室の中がまた暗くなり―――――水の音が聴こえなくなったからなのだろうか。
「ん・・・」と吊戯が小さく声を漏らしながら目を覚まして。
「あれ、瑠璃ちゃん?」
「あっ・・・・・・ごめんなさい吊戯さん。その、起こしてしまって。あと、勝手に入って来ちゃって・・・・・・」
チカチカチカチカと点滅する灯りの中で、不思議そうに目を瞬かせながら、起き上がった吊戯に対し、慌てて瑠璃が謝罪をすると。
「ああ、いーよ。いーよ。オレいつも鍵かけてないんだ」
だから出入り自由だよと、ヘラリと吊戯は笑みを返してきて。
「でも瑠璃ちゃんが、わざわざオレを訪ねてくるなんて。どうかしたのかな?」
「えと、真昼君達の部屋の浴室の電気が切れていて・・・・・・」
変わらぬ態度で話しかけてくる吊戯に対し、瑠璃は訪問の理由を口にすると。
「ああ、アレ接触悪いんだよねぇ。オレんちのも切れかかってるけど―――――」
そう言いながら浴槽の縁に手を置いて立ち上がった後に、此方側に出てきた吊戯に対し、
「あの、吊戯さん・・・・・・どうしてこんな処で寝てたんですか?」
瑠璃は戸惑いの面持ちになりながらも尋ねかけてみると。
「はっは! いやー、お風呂洗おうかなーと思ったんだけど。滑ってバスタブん中転がったらそのまま・・・」
すや―――――っと寝てしまったのだと吊戯は笑いながら告げてきて。
「・・・・・・」
―――――それって、一歩間違ったらとても危ないんじゃ・・・・・・。
その発言を聞いた瑠璃は思わず当惑の眼差しを向けてしまうも。
「珍しいことするもんじゃないね~~~。オレ実はカナヅチでさあ。お湯張るのって滅多にしなくて」
はっは! と吊戯は気にした様子もなくまた笑い返してきて。
「さてと。真昼くん達の部屋の浴室の電気だっけ? 直してあげるよ。コツがあるんだ」
そう言いながら浴室から出ようとした処で―――――。
「―――――・・・・・・っ」
再び、明るくなった電灯によって、傷だらけの吊戯の背中をハッキリと目にしてしまった瑠璃は、暗がりの室内の中でシャツを見つけ出して着ようとした吊戯の腕を反射的に掴んでしまう。
「ん? どうかした? 瑠璃ちゃん」
きょとんと振り返ってきた吊戯に、
「・・・・・・吊戯さん、その身体の傷・・・・・・」
茫然とした面持ちで瑠璃がそう言うと。
「ああ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな? 傷の大半はオレの不注意だから」
吊戯は困ったように眉を下げつつも、笑みを浮かべながら応じてきて。
「不注意って・・・・・・。それだけで済ませられるようなものじゃ・・・・・・っ」
「ダメだよ、瑠璃ちゃん。前に言ったでしょ、オレは善人じゃないって。こんな格好のままのオレといつまでも二人っきりでいたりしたら、何されたって文句は言えないよ?」
グッと眉根を寄せた瑠璃に向かって、ふと吊戯はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべると。
シャツを手放して、そのままガバッと瑠璃に対して覆いかぶさるように抱き着いてきて。
「ぇえっ・・・・・・!?」
「うん、思っていた通り。やっぱり、瑠璃ちゃんは抱き心地が良いね♥」
突如として起こった状況に思考が追い付かず、一瞬固まってしまった瑠璃に対し、吊戯は囁くような声音で話しかけてくる。
「このままオレの抱き枕になって貰えたら、ぐっすりとまた寝られそうだけど」
「・・・・・・つるぎ、さん・・・・・・」
そうして吊戯の口から紡ぎ出されたその言葉によって、つい先程まで浴槽の中で独り眠っていた吊戯の姿を思い出した瑠璃が茫然自失状態の中で名前を呟くと。
ポンポンとあやすように吊戯は左手で瑠璃の頭に触れてきて。
「―――――残念なことにお迎えが来ちゃったみたいだね」
その後にそう漏らした吊戯がゆっくりと瑠璃から身体を離すと。
「・・・・・・そこにいるのは吊戯さんですよね? ―――――・・・・・・瑠璃姉も一緒ですか?」
吊戯を呼びに行って真昼達の部屋に戻るのに、少々時間が掛かっていたせいか。様子を確認する為に吊戯宅にやって来た真昼もまた。瑠璃と同様に寝室を確認した後に、電灯が点滅し続けていたバスルーム付近にまで辿り着き―――――背を向けて立っていた吊戯の姿を認めると、戸惑いの色を滲ませながら呼びかけてきて。
「うん。そうだよ、真昼くん。それと瑠璃ちゃんもここにいるよ」
そこで吊戯がヘラリと笑みを浮かべながら真昼に振り返って返事をすると。
吊戯が動いたことにより、瑠璃の姿もまた点滅する照明の中に見えることとなり。
「ごめんね、真昼君。すぐ戻るからって言ったのに・・・・・・」
自分の姿を認識した真昼が微かに安堵の色を覗かせたのに気づいた瑠璃が眉を下げつつそう言うと。
「あ、いや。瑠璃姉が謝る必要はないよ。ただ、やっぱり俺も・・・・・・吊戯さんの様子が気になって」
決まりが悪そうな面持ちで真昼が口にしたその言葉に対し、「オレの様子?」と吊戯は首を傾げる仕草をして。
「いやあ。お風呂を洗おうとしたものの、滑ってバスタブの中に転がっちゃって。そのままそこで寝ちゃってたのを瑠璃ちゃんが見つけて起こしてくれたんだけど。瑠璃ちゃんに抱き枕になって貰ったら、またぐっすり眠れるかなって思って。ついつい絡んじゃってた処にちょうど真昼くんが来たんだよね~~~~~~」
はっは! と笑みを浮かべながら真昼に対して事情説明を行った処で。
すぐさま真昼からそれに対する突っ込みが入るかと思いきや。
「・・・・・・そうだったんですか」
それはなく、真昼は浮かない面持ちのままで頷き返してきたのだが。
しかし、吊戯は気にすることなく落ちていた長袖の黒いシャツを拾い上げると。
「さてと。これ以上、遅くなると今度はクロちゃんまで来ちゃうかもしれないし。真昼くんの部屋の浴室の電気を直しに行こうか」
此方に背を向けた吊戯が長袖の黒いシャツを着直した処で。
「・・・・・・すみません、吊戯さん。・・・・・・吊戯さん達が戦っていたから俺達は今まで何も知らずに平和でいられたんですか」
吊戯の背中を神妙な面持ちで見つめていた真昼が両手を握りしめると、その言葉を紡ぎ出したのだ。
吊戯に対して真昼がそう言い漏らしたのは―――――浴室の近くまで来た処で吊戯の姿を見つけた時。真昼もまた、瑠璃と同じように吊戯の身体に刻まれた無数の傷を目にしてしまったからだった。
「吊戯さん達も誰かを守るために・・・・・・」
そうしてそれによって気づいてしまった、〝心中〟を真昼が吐露しようとした中で。吊戯はダイニングルームの壁に設置された照明のスイッチに向かって徐に左手を伸ばして、パチン―――――とスイッチが入る音とともに部屋全体が明るくなると。
「それは違うよ、真昼くん。瑠璃ちゃんにも言ったことだけど、傷はただのオレの不注意なんだよ。―――――だってオレは何かを守るためにとかそんなつもりもないしね」
苦笑を浮かべながら、吊戯はそんなふうに告げてきて。
しかし、真昼は納得がいかず「でも・・・」と言い返そうとすると。
「それより世の中、金 でしょ金 」
吊戯は満面の笑みを浮かべながら、右手の親指と人差し指で丸を作った処で、ずいっと真昼に向かって突きだして見せてきて。
「・・・・・・吊戯さんっ」
その吊戯の行動を非難するように、瑠璃が名前を呼ぶと。
チラリと吊戯は瑠璃のほうに目を向けた後、真昼のほうに視線を戻すと―――――
「ああ。それとも一般的な模範解答が聞きたいのかな? 世界平和のために死ねて幸せです♥」
そんな台詞を吊戯は口にしたものの。
「・・・なんつって♥」
すぐさまべろっと舌を覗かせながら下卑た笑みを浮かべた吊戯に対し、
「吊戯さん!」と叱責するように真昼もまた声を上げたのだが。
それさえも吊戯は聞き流すように、右手を伸ばしながら肩を竦めてみせると。
「今はさあ、人間側に正義があるからオレが英雄に見えるかもしれないけど。吸血鬼側に正義が移れば、オレは最低最悪の大量殺人鬼。一番に死刑だ」
自身の事であるのにも拘らず、まるで他人事の様にそう告げてきて。
「いくら吸血鬼と仲がよくてもやっぱりキミは―――――それに瑠璃ちゃんもね。二人とも人間だな。だからこんな些細なことでオレをキミ達はヒーローかもと思い込んでしまう」
そう言った吊戯は真昼から瑠璃のほうに再び視線を滑らせると―――――
「ほらちゃんと足元を見て。キミ達はまだどこへでも行けるんだから」
まるで〝言い聞かせる〟かのようにその『言葉』を口にして。
「―――――それじゃあ、この話はこれで終わりにして。真昼くんの部屋に行こうか」
ヘラリと笑みを浮かべた吊戯に、真昼と瑠璃はそれ以上何も言うことが出来ず。
クロが待っていた部屋に戻ると。吊戯は真昼と共に浴室に向かい。
電気のカバーを外して、中の電球を回しながら微調整をして―――――パチッとスイッチを入れ直すと灯りが点灯して。
「ああ。点いた、点いた」
右手を腰に据えながら左手を顔の前に翳す仕草をした吊戯に、
「ありがとうございますっ」と真昼が礼を述べると。
「いいえ~♥ 修理代5万円です♥」
変わらぬ調子で吊戯がそんな返事をしてきて。
「言うと思った・・・」
真昼が呆れたようにそう呟くと。
「ん。いいにおいだね―――――」
ダイニングルームに戻った吊戯が、キッチンのほうに立ってお皿を用意していた瑠璃の傍にひょこと近づいて行って。
「夕飯の時間? わ~、カレーだ」
おいしそ―――――~~~と笑みを浮かべた吊戯に、
「簡単なので、私も真昼君も一人だったときからよく作ってたんです。あと、サラダもありますよ」
瑠璃が柔らかな口調でそう告げると。
「そうだ! 良かったら吊戯さんも一緒に夕飯にしませんか?」
真昼が吊戯を夕食の席に誘ったのだが。
しかし、その刹那―――――
吊戯の顔にはどう反応すればいいのかわからない―――――そんな戸惑いの色が浮かんでいて。
「―――――吊戯さん」
そんな吊戯に向かって瑠璃が気遣うような声音で呼びかけると。
すぐさま吊戯はヘラリと笑みを浮かべたものの。
「ううん。オレはいいや! このあと夜の仕事残ってるし~」
「えっ・・・・・・」
ぱっと左手を掲げて見せた吊戯を瑠璃が困惑の眼差しで見返すと。
「お誘いありがとね! それじゃ~~~」
まるでその視線を避けるように、吊戯は素早く身を翻して部屋から出て行ってしまい。
「あっ・・・待って。吊戯さん!」
その吊戯の後を、バタバタッと真昼が追いかけて行った後。
「―――――大丈夫か、瑠璃・・・・・・」
キッチンで視線を俯けた状態で立ち尽くしていた瑠璃に声を掛けてきたのはクロだった。
吊戯が部屋にやって来た時、敢えてクロは変わらぬ態度のままで、静観するようにゲームをしていたものの。何かあったのだろう、というのは瑠璃と真昼の様子を見ていれば明白で―――――。
ゲームを止めたクロが瑠璃の傍に近づいて行き、伸ばした右手でそっと肩を抱き寄せると。
「・・・・・・ごめんなさい、クロ。真昼君が戻ってくるまでの間だけでいいから・・・・・・」
クロのほうに向きなおった瑠璃が縋りつくように胸に顔を寄せてきて。
―――――瑠璃が〝誰か〟のことで泣くなんて・・・・・・向き合えねー・・・・・・。
その時、シャツが濡れた事に気づいたクロは眉根を寄せながら心中でそう呟くと。
「瑠璃。そんなふうに遠慮する必要なんてないからな・・・・・・」
瑠璃の身体を抱きしめながらゆっくりと顔を近づけていくと、そっと目元にキスをしたのだった。
一方、吊戯を追って部屋の外に出た真昼は―――――
「ずっと・・・地下に住んでるって聞きました」
吊戯の背中に追い付いた処で御国から聞いたその事柄を口にすると。
「なんだい? いきなり。国ちゃんあたりが何か言ったかな?」
吊戯は真昼に振り返ることなく、ははと笑いながら受け流すように応じてきて。
意識的に距離を取られているというのを感じた真昼はグッと右手を握りしめると。
「・・・一人きりだったんですか」
絞り出すような声音で真昼が紡ぎ出したその言葉によって、一瞬、吊戯の脳裏に浮かんだのは―――――
閉ざされた薄暗い地下の部屋にいる、〝自分〟と〝彼〟の姿。
けれど、それは〝少年〟の〝過去〟とは、似て非になるものだ。
だから―――――
「・・・やめておきなよ。オレはキミじゃない 」
自分は〝少年〟の〝想い〟を〝拒絶〟しなければいけない。
「オレとキミは他人だ。オレと何を話してもキミのがらんと空いた部分は埋まらないよ」
左手を自身の左肩に乗せた吊戯は、真昼のほうに振り返ることはしないまま、目を細めると冷笑を浮かべた。
そしてその吊戯の行動によって真昼は茫然自失状態に陥りかけたのだが―――――
その時、―――――幼い頃、母親と共に食事をした時の光景が―――――意識の内に蘇ってきたのだ。
そして―――――
―――――真昼君―――――
ふわりと微笑む〝大切な人〟の笑顔が浮かんできて。
そこでハッと我に返った真昼は顔を上げると―――――
「吊戯さん。夕飯・・・一緒に食べましょう。4人で。瑠璃姉も待ってますから」
吊戯の正面に回り込み、吊戯の右腕を左手で掴むとそう言ったのだ。
その真昼の行動に、吊戯は「え?」と一瞬、驚いた様子で目を見開くと。
「いやいや。たぶんそれはお互いによくないと思―――――」
苦笑を浮かべて、誘いを断ろうとしてくる吊戯の顔を、真昼はジッと見据えながら「吊戯さん」と名前を呼んだのだが。
しかし、それを強制的に中断させたのが―――――
ポロロン、ピンポロロン、ピンポロン―――――という吊戯が所持していた携帯電話への着信音だった。
そこで真昼が反射的に吊戯の腕を掴んでいた手を緩めると、
「あ―――――電話。仕事だー。ごめんよ」
これ幸いといった様子で吊戯は真昼から離れると、ズボンのポケットから右手で携帯を取り出して見せて。
「それじゃ・・・」と言いながらそのまま背を向けると、自宅に戻ろうとしたのだが。
それでも真昼は―――――吊戯から〝拒絶〟されようとも―――――〝向き合あおう〟とすることを諦めず。
「吊戯さん。どうして戦うんですか・・・」
無数の傷を負って、〝自分〟を見失いそうになっても尚、〝独り〟で向かって行こうとするその〝理由〟を必死の面持ちで問いかけるも。
「・・・弱いからかな」
吊戯の口から紡ぎ出されたその『答』は真昼の心との繋がりを〝拒絶〟するものだった。
そこで真昼は自室に戻る事を余儀なくされてしまい―――――。
バタン・・・・・・―――――と薄暗い部屋の中に吊戯の姿もまた消えていき。
そして〝隔絶された空間〟に、また独りで戻った吊戯は―――――
―――――・・・そんな目で見られても困る―――――
―――――オレは―――――
意識の内に浮かんできたのは―――――〝彼女〟と〝少年〟―――――〝向き合おう〟とする瞳。
けれど、〝自分だけ〟がソレに〝縋る〟ことを〝許されて〟いいわけがない。
だから―――――
「もしもーし。うん、わかってるよー。応接室Dだよね」
鳴り続ける電話に吊戯は応答すると、ベッドの上に脱ぎ捨てたままになっていた、C3の上着を身に纏い。
「え? B? だっけ? ごめんごめん。だいじょうぶ、いけるよ」
電話の主に飄々とした口調で応じながら通話を終了すると。部屋の外に真昼の気配がないのを確認した後に、目的の場所へと向かって歩き出して行ったのだ。
【本館/21・9/05/別館/21・9/05掲載】
真昼と瑠璃は吊戯の様子をまた見に医務室まで行ったものの。すれ違いで吊戯は仕事に戻ってしまったようで会うことは出来ず。自分達だけで出来る仕事もまた、今日はもうなくなってしまったことから、瑠璃は割り当てられた部屋に一度戻ると。
C3の制服を脱いでから、それを手にしたまま真昼とクロの部屋を訪れて。いつも通りに三人で夕食を食べる為、本日のメニューに決まったカレーとサラダ作りに真昼と一緒に取り掛かり。
「よし。あとはカレーをもう少し煮込めば完成だな。鍋は俺が見てるから瑠璃姉もクロと一緒にソファーに座って待っててくれて大丈夫だよ」
「ありがとう、真昼君。それじゃあ、食材と一緒に裁縫道具も用意して貰えたことだし。自分の制服の丈の調整をやってみようかしら」
真昼の言葉に瑠璃は笑みを浮かべると、裁縫道具と自分の制服を手にソファーに向かい、そこでポータブルゲームをやっていたクロの隣に腰を下ろしたのだが。
「瑠璃、それよりも大事なことがあるぞ・・・・・・」
「大事なこと?」
チラリと目を向けてきたクロの真紅の瞳を瑠璃は小首を傾げながら見つめ返す。
と―――――
「にゃ~・・・・・・暫くは一緒に寝られないからな。その分、ちゃんと充電出来るときにしておかないとな・・・・・・」
そう言いながらクロはポスンと瑠璃の膝の上に頭を乗せてきて。
部屋に戻る前は、猫の姿で腕の中に落ち着いていたものの。真昼の目しかないこの部屋の中では―――――〝いつも通り〟―――――〝スキンシップ〟を取るつもりの様子のクロに対し、瑠璃もふわりと笑みを零すと。
手に持っていた裁縫道具と制服をソファーのひじ掛けの左手側に置き。
「そうね。今日はクロも、すごく頑張ったものね」
ごろごろ・・・と猫の姿の時と同じように、膝の上で甘えるような仕草をして見せてきたクロの頭を優しく撫で始めて。
それにより瑠璃の柔らかな膝枕の感触と、心地良い手の温もりを堪能しつつ、クロがゲームを続けていた中で。
―――――・・・・・・御園君達のほうは、どうなってるかしら。
―――――・・・・・・それに吊戯さんも、普通に仕事に戻ってるけど。
―――――・・・・・・本当に大丈夫なのかしら。
その一方で気掛かりであるその事柄に関して、瑠璃が心中でその想いを巡らせた時。
「ん~~~~~~」
左手に持ったお玉で、程よく煮込まれたカレーをひと掬いして、それを右手に準備していた小皿に移した処で、味見をした真昼が考え込むような声を漏らして。
「どうかした、真昼君?」
耳朶に届いたその声に、目を瞬かせた瑠璃が真昼のほうに顔を向けながら尋ねかけると。
「なんだ? マズいのか?」
めずらし―――――な、とクロも、瑠璃の膝の上から身体を起こすことはしないまま、そう漏らしたのだが。
「違う! 考えてんだよ!」
しっかりと真昼にも届いていたようで。
眉を顰めつつ、クロの発言を否定してきて。
その時、真昼が逡巡していた事柄もまた、瑠璃と同様に御園達と吊戯の事だったのだが。
それでもすべきことをきちんとこなしている真昼に対し、
「こんなとこまで来ても、いつもどーりなお前は逆にすごいぞ・・・」
主夫のかがみ・・・とクロが呟くと。
「どんなときでもいつもどーりが一番だろ! というか、今まさにその状態のお前がそれを言うのかよ!」
真昼はキレのある突っ込みを返した後に「クロ! フロ沸かすから先入れよ!」と告げて浴室のほうに向かったものの。
「あれっ?」
浴室の電気のスイッチを押したものの、灯りが点くことはなく。
カチッ、カチと、幾度か、触ってみたものの、反応はないままで。
どうするべきだろうかと、眉根を寄せた真昼の意識の内に過ったのは―――――
―――――となりが吊戯さんのご自宅ですので何かあれば・・・―――――
この部屋に案内された時に露木から告げられたその言葉だった。
「クロ。瑠璃姉。お風呂場の電気が切れてるみたいで点かないから、俺ちょっと吊戯さんの処に行ってくるよ」
そして浴室から戻ってきた真昼はそう言うと、部屋の外に向かおうとしたのだが。
「あ、待って真昼君。それなら私が吊戯さんの処に行ってくるわ」
真昼のその言葉を聞いて瑠璃が名乗りを上げたのだ。
ポ―――――ン・・・。
ポ―――――ン・・・。
「吊戯さん、お部屋にいますか? ちょっと、真昼君達の部屋のほうで困ったことが・・・・・・」
瑠璃が吊戯の処に行くというのを聞いた時、クロは眉根を寄せたものの。
『呼びに行って戻ってくるだけならそれほど時間はかからないだろ』という真昼の口添え+『お風呂上りのクロの髪は瑠璃が乾かす』という約束をしたことにより。
こうして吊戯の部屋の扉の前に瑠璃はやって来て、呼び出しのチャイムを押すに至ったのだが―――――吊戯の部屋の中から応答はなく。まだ帰宅していないのだろうかという可能性が意識の内に過るも。
―――――あ、部屋のドアが開いてる・・・・・・。
「吊戯さん・・・・・・?」
恐る恐る瑠璃はドアノブに手を掛けると、僅かに開いた部屋の奥に向かって呼び掛けたのだが、薄暗い室内の見える範囲に人の気配は感じられず。
―――――本当なら許可を得ずに、他人の部屋に入るのはいけないことだけど・・・・・・。
躊躇いつつも、ドアを完全に開いた瑠璃は玄関に足を踏み入れると、そこで靴を脱いで吊戯の部屋の中に入室する。
そしてダイニングルームを通過した瑠璃が最初に向かったのは、突き当りの右手に在る寝室だった。
しかし、寝室のベッドの上には脱ぎ捨てられたC3の上着があるだけで、吊戯の姿は見当たらず。
さらに床にはビールの空き缶だけでなく、ランドセル、リコーダー、体操服、教科書など。
様々なモノが散乱していて、壁際のフックには、高校時代に着ていたと思われる学生服と、その頃に着ていたのであろうC3の制服が一緒に並んで掛けられていて。
―――――・・・・・・まるで〝過去〟から〝現在〟までの〝時間〟がここで〝ループ〟しているみたい。
〝隔絶された空間〟の前で瑠璃は思わず呆然と立ち尽くしてしまうも。
その時、ザ―――――と勢いよく流れる水の音が耳朶に届いて。
ハッと我に返った瑠璃が視線を巡らせると、どうやらそれは寝室の反対側に設置された洗面所の先に在る浴室から、漏れ聞こえてきたもののようだった。
瑠璃が部屋の中に立ち入った際に浴室の灯りは点いていなかった筈なのだが。
いつの間にか、チカチカチカチカと―――――まるで『彼』の居場所を知らせるかのように―――――電灯が点滅を繰り返していて。
「・・・・・・吊戯さん、そこにいるんですか?」
洗面所のドアの前に向かい、呼び掛けてみたものの、水が流れる音が止むことはなく。
意を決して洗面所のドアを開くと―――――浴室の扉もまた半開きの状態になっていて。
ドクンっと鼓動が跳ねるのと同時に、冷や汗が頬を滑り落ちていく。
そうして浴室の中を恐る恐る覗いた瑠璃の目に飛び込んできたのは―――――
ザ―――――、ザ―――――、ザ―――――と勢いよく水を放出させている床に投げ出されたシャワーヘッドと。空っぽの浴槽の中に傷だらけの上半身を丸めて眠っている吊戯の姿だった。
「・・・・・・っ」
その吊戯の姿を目にした瑠璃は唖然となりながらも。ゆっくりと蛇口に手を伸ばし、キュッと捻って流れていたシャワーの水を止めると。
パチと一瞬、浴室の中がまた暗くなり―――――水の音が聴こえなくなったからなのだろうか。
「ん・・・」と吊戯が小さく声を漏らしながら目を覚まして。
「あれ、瑠璃ちゃん?」
「あっ・・・・・・ごめんなさい吊戯さん。その、起こしてしまって。あと、勝手に入って来ちゃって・・・・・・」
チカチカチカチカと点滅する灯りの中で、不思議そうに目を瞬かせながら、起き上がった吊戯に対し、慌てて瑠璃が謝罪をすると。
「ああ、いーよ。いーよ。オレいつも鍵かけてないんだ」
だから出入り自由だよと、ヘラリと吊戯は笑みを返してきて。
「でも瑠璃ちゃんが、わざわざオレを訪ねてくるなんて。どうかしたのかな?」
「えと、真昼君達の部屋の浴室の電気が切れていて・・・・・・」
変わらぬ態度で話しかけてくる吊戯に対し、瑠璃は訪問の理由を口にすると。
「ああ、アレ接触悪いんだよねぇ。オレんちのも切れかかってるけど―――――」
そう言いながら浴槽の縁に手を置いて立ち上がった後に、此方側に出てきた吊戯に対し、
「あの、吊戯さん・・・・・・どうしてこんな処で寝てたんですか?」
瑠璃は戸惑いの面持ちになりながらも尋ねかけてみると。
「はっは! いやー、お風呂洗おうかなーと思ったんだけど。滑ってバスタブん中転がったらそのまま・・・」
すや―――――っと寝てしまったのだと吊戯は笑いながら告げてきて。
「・・・・・・」
―――――それって、一歩間違ったらとても危ないんじゃ・・・・・・。
その発言を聞いた瑠璃は思わず当惑の眼差しを向けてしまうも。
「珍しいことするもんじゃないね~~~。オレ実はカナヅチでさあ。お湯張るのって滅多にしなくて」
はっは! と吊戯は気にした様子もなくまた笑い返してきて。
「さてと。真昼くん達の部屋の浴室の電気だっけ? 直してあげるよ。コツがあるんだ」
そう言いながら浴室から出ようとした処で―――――。
「―――――・・・・・・っ」
再び、明るくなった電灯によって、傷だらけの吊戯の背中をハッキリと目にしてしまった瑠璃は、暗がりの室内の中でシャツを見つけ出して着ようとした吊戯の腕を反射的に掴んでしまう。
「ん? どうかした? 瑠璃ちゃん」
きょとんと振り返ってきた吊戯に、
「・・・・・・吊戯さん、その身体の傷・・・・・・」
茫然とした面持ちで瑠璃がそう言うと。
「ああ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな? 傷の大半はオレの不注意だから」
吊戯は困ったように眉を下げつつも、笑みを浮かべながら応じてきて。
「不注意って・・・・・・。それだけで済ませられるようなものじゃ・・・・・・っ」
「ダメだよ、瑠璃ちゃん。前に言ったでしょ、オレは善人じゃないって。こんな格好のままのオレといつまでも二人っきりでいたりしたら、何されたって文句は言えないよ?」
グッと眉根を寄せた瑠璃に向かって、ふと吊戯はニヤッと意地の悪い笑みを浮かべると。
シャツを手放して、そのままガバッと瑠璃に対して覆いかぶさるように抱き着いてきて。
「ぇえっ・・・・・・!?」
「うん、思っていた通り。やっぱり、瑠璃ちゃんは抱き心地が良いね♥」
突如として起こった状況に思考が追い付かず、一瞬固まってしまった瑠璃に対し、吊戯は囁くような声音で話しかけてくる。
「このままオレの抱き枕になって貰えたら、ぐっすりとまた寝られそうだけど」
「・・・・・・つるぎ、さん・・・・・・」
そうして吊戯の口から紡ぎ出されたその言葉によって、つい先程まで浴槽の中で独り眠っていた吊戯の姿を思い出した瑠璃が茫然自失状態の中で名前を呟くと。
ポンポンとあやすように吊戯は左手で瑠璃の頭に触れてきて。
「―――――残念なことにお迎えが来ちゃったみたいだね」
その後にそう漏らした吊戯がゆっくりと瑠璃から身体を離すと。
「・・・・・・そこにいるのは吊戯さんですよね? ―――――・・・・・・瑠璃姉も一緒ですか?」
吊戯を呼びに行って真昼達の部屋に戻るのに、少々時間が掛かっていたせいか。様子を確認する為に吊戯宅にやって来た真昼もまた。瑠璃と同様に寝室を確認した後に、電灯が点滅し続けていたバスルーム付近にまで辿り着き―――――背を向けて立っていた吊戯の姿を認めると、戸惑いの色を滲ませながら呼びかけてきて。
「うん。そうだよ、真昼くん。それと瑠璃ちゃんもここにいるよ」
そこで吊戯がヘラリと笑みを浮かべながら真昼に振り返って返事をすると。
吊戯が動いたことにより、瑠璃の姿もまた点滅する照明の中に見えることとなり。
「ごめんね、真昼君。すぐ戻るからって言ったのに・・・・・・」
自分の姿を認識した真昼が微かに安堵の色を覗かせたのに気づいた瑠璃が眉を下げつつそう言うと。
「あ、いや。瑠璃姉が謝る必要はないよ。ただ、やっぱり俺も・・・・・・吊戯さんの様子が気になって」
決まりが悪そうな面持ちで真昼が口にしたその言葉に対し、「オレの様子?」と吊戯は首を傾げる仕草をして。
「いやあ。お風呂を洗おうとしたものの、滑ってバスタブの中に転がっちゃって。そのままそこで寝ちゃってたのを瑠璃ちゃんが見つけて起こしてくれたんだけど。瑠璃ちゃんに抱き枕になって貰ったら、またぐっすり眠れるかなって思って。ついつい絡んじゃってた処にちょうど真昼くんが来たんだよね~~~~~~」
はっは! と笑みを浮かべながら真昼に対して事情説明を行った処で。
すぐさま真昼からそれに対する突っ込みが入るかと思いきや。
「・・・・・・そうだったんですか」
それはなく、真昼は浮かない面持ちのままで頷き返してきたのだが。
しかし、吊戯は気にすることなく落ちていた長袖の黒いシャツを拾い上げると。
「さてと。これ以上、遅くなると今度はクロちゃんまで来ちゃうかもしれないし。真昼くんの部屋の浴室の電気を直しに行こうか」
此方に背を向けた吊戯が長袖の黒いシャツを着直した処で。
「・・・・・・すみません、吊戯さん。・・・・・・吊戯さん達が戦っていたから俺達は今まで何も知らずに平和でいられたんですか」
吊戯の背中を神妙な面持ちで見つめていた真昼が両手を握りしめると、その言葉を紡ぎ出したのだ。
吊戯に対して真昼がそう言い漏らしたのは―――――浴室の近くまで来た処で吊戯の姿を見つけた時。真昼もまた、瑠璃と同じように吊戯の身体に刻まれた無数の傷を目にしてしまったからだった。
「吊戯さん達も誰かを守るために・・・・・・」
そうしてそれによって気づいてしまった、〝心中〟を真昼が吐露しようとした中で。吊戯はダイニングルームの壁に設置された照明のスイッチに向かって徐に左手を伸ばして、パチン―――――とスイッチが入る音とともに部屋全体が明るくなると。
「それは違うよ、真昼くん。瑠璃ちゃんにも言ったことだけど、傷はただのオレの不注意なんだよ。―――――だってオレは何かを守るためにとかそんなつもりもないしね」
苦笑を浮かべながら、吊戯はそんなふうに告げてきて。
しかし、真昼は納得がいかず「でも・・・」と言い返そうとすると。
「それより世の中、
吊戯は満面の笑みを浮かべながら、右手の親指と人差し指で丸を作った処で、ずいっと真昼に向かって突きだして見せてきて。
「・・・・・・吊戯さんっ」
その吊戯の行動を非難するように、瑠璃が名前を呼ぶと。
チラリと吊戯は瑠璃のほうに目を向けた後、真昼のほうに視線を戻すと―――――
「ああ。それとも一般的な模範解答が聞きたいのかな? 世界平和のために死ねて幸せです♥」
そんな台詞を吊戯は口にしたものの。
「・・・なんつって♥」
すぐさまべろっと舌を覗かせながら下卑た笑みを浮かべた吊戯に対し、
「吊戯さん!」と叱責するように真昼もまた声を上げたのだが。
それさえも吊戯は聞き流すように、右手を伸ばしながら肩を竦めてみせると。
「今はさあ、人間側に正義があるからオレが英雄に見えるかもしれないけど。吸血鬼側に正義が移れば、オレは最低最悪の大量殺人鬼。一番に死刑だ」
自身の事であるのにも拘らず、まるで他人事の様にそう告げてきて。
「いくら吸血鬼と仲がよくてもやっぱりキミは―――――それに瑠璃ちゃんもね。二人とも人間だな。だからこんな些細なことでオレをキミ達はヒーローかもと思い込んでしまう」
そう言った吊戯は真昼から瑠璃のほうに再び視線を滑らせると―――――
「ほらちゃんと足元を見て。キミ達はまだどこへでも行けるんだから」
まるで〝言い聞かせる〟かのようにその『言葉』を口にして。
「―――――それじゃあ、この話はこれで終わりにして。真昼くんの部屋に行こうか」
ヘラリと笑みを浮かべた吊戯に、真昼と瑠璃はそれ以上何も言うことが出来ず。
クロが待っていた部屋に戻ると。吊戯は真昼と共に浴室に向かい。
電気のカバーを外して、中の電球を回しながら微調整をして―――――パチッとスイッチを入れ直すと灯りが点灯して。
「ああ。点いた、点いた」
右手を腰に据えながら左手を顔の前に翳す仕草をした吊戯に、
「ありがとうございますっ」と真昼が礼を述べると。
「いいえ~♥ 修理代5万円です♥」
変わらぬ調子で吊戯がそんな返事をしてきて。
「言うと思った・・・」
真昼が呆れたようにそう呟くと。
「ん。いいにおいだね―――――」
ダイニングルームに戻った吊戯が、キッチンのほうに立ってお皿を用意していた瑠璃の傍にひょこと近づいて行って。
「夕飯の時間? わ~、カレーだ」
おいしそ―――――~~~と笑みを浮かべた吊戯に、
「簡単なので、私も真昼君も一人だったときからよく作ってたんです。あと、サラダもありますよ」
瑠璃が柔らかな口調でそう告げると。
「そうだ! 良かったら吊戯さんも一緒に夕飯にしませんか?」
真昼が吊戯を夕食の席に誘ったのだが。
しかし、その刹那―――――
吊戯の顔にはどう反応すればいいのかわからない―――――そんな戸惑いの色が浮かんでいて。
「―――――吊戯さん」
そんな吊戯に向かって瑠璃が気遣うような声音で呼びかけると。
すぐさま吊戯はヘラリと笑みを浮かべたものの。
「ううん。オレはいいや! このあと夜の仕事残ってるし~」
「えっ・・・・・・」
ぱっと左手を掲げて見せた吊戯を瑠璃が困惑の眼差しで見返すと。
「お誘いありがとね! それじゃ~~~」
まるでその視線を避けるように、吊戯は素早く身を翻して部屋から出て行ってしまい。
「あっ・・・待って。吊戯さん!」
その吊戯の後を、バタバタッと真昼が追いかけて行った後。
「―――――大丈夫か、瑠璃・・・・・・」
キッチンで視線を俯けた状態で立ち尽くしていた瑠璃に声を掛けてきたのはクロだった。
吊戯が部屋にやって来た時、敢えてクロは変わらぬ態度のままで、静観するようにゲームをしていたものの。何かあったのだろう、というのは瑠璃と真昼の様子を見ていれば明白で―――――。
ゲームを止めたクロが瑠璃の傍に近づいて行き、伸ばした右手でそっと肩を抱き寄せると。
「・・・・・・ごめんなさい、クロ。真昼君が戻ってくるまでの間だけでいいから・・・・・・」
クロのほうに向きなおった瑠璃が縋りつくように胸に顔を寄せてきて。
―――――瑠璃が〝誰か〟のことで泣くなんて・・・・・・向き合えねー・・・・・・。
その時、シャツが濡れた事に気づいたクロは眉根を寄せながら心中でそう呟くと。
「瑠璃。そんなふうに遠慮する必要なんてないからな・・・・・・」
瑠璃の身体を抱きしめながらゆっくりと顔を近づけていくと、そっと目元にキスをしたのだった。
一方、吊戯を追って部屋の外に出た真昼は―――――
「ずっと・・・地下に住んでるって聞きました」
吊戯の背中に追い付いた処で御国から聞いたその事柄を口にすると。
「なんだい? いきなり。国ちゃんあたりが何か言ったかな?」
吊戯は真昼に振り返ることなく、ははと笑いながら受け流すように応じてきて。
意識的に距離を取られているというのを感じた真昼はグッと右手を握りしめると。
「・・・一人きりだったんですか」
絞り出すような声音で真昼が紡ぎ出したその言葉によって、一瞬、吊戯の脳裏に浮かんだのは―――――
閉ざされた薄暗い地下の部屋にいる、〝自分〟と〝彼〟の姿。
けれど、それは〝少年〟の〝過去〟とは、似て非になるものだ。
だから―――――
「・・・やめておきなよ。
自分は〝少年〟の〝想い〟を〝拒絶〟しなければいけない。
「オレとキミは他人だ。オレと何を話してもキミのがらんと空いた部分は埋まらないよ」
左手を自身の左肩に乗せた吊戯は、真昼のほうに振り返ることはしないまま、目を細めると冷笑を浮かべた。
そしてその吊戯の行動によって真昼は茫然自失状態に陥りかけたのだが―――――
その時、―――――幼い頃、母親と共に食事をした時の光景が―――――意識の内に蘇ってきたのだ。
そして―――――
―――――真昼君―――――
ふわりと微笑む〝大切な人〟の笑顔が浮かんできて。
そこでハッと我に返った真昼は顔を上げると―――――
「吊戯さん。夕飯・・・一緒に食べましょう。4人で。瑠璃姉も待ってますから」
吊戯の正面に回り込み、吊戯の右腕を左手で掴むとそう言ったのだ。
その真昼の行動に、吊戯は「え?」と一瞬、驚いた様子で目を見開くと。
「いやいや。たぶんそれはお互いによくないと思―――――」
苦笑を浮かべて、誘いを断ろうとしてくる吊戯の顔を、真昼はジッと見据えながら「吊戯さん」と名前を呼んだのだが。
しかし、それを強制的に中断させたのが―――――
ポロロン、ピンポロロン、ピンポロン―――――という吊戯が所持していた携帯電話への着信音だった。
そこで真昼が反射的に吊戯の腕を掴んでいた手を緩めると、
「あ―――――電話。仕事だー。ごめんよ」
これ幸いといった様子で吊戯は真昼から離れると、ズボンのポケットから右手で携帯を取り出して見せて。
「それじゃ・・・」と言いながらそのまま背を向けると、自宅に戻ろうとしたのだが。
それでも真昼は―――――吊戯から〝拒絶〟されようとも―――――〝向き合あおう〟とすることを諦めず。
「吊戯さん。どうして戦うんですか・・・」
無数の傷を負って、〝自分〟を見失いそうになっても尚、〝独り〟で向かって行こうとするその〝理由〟を必死の面持ちで問いかけるも。
「・・・弱いからかな」
吊戯の口から紡ぎ出されたその『答』は真昼の心との繋がりを〝拒絶〟するものだった。
そこで真昼は自室に戻る事を余儀なくされてしまい―――――。
バタン・・・・・・―――――と薄暗い部屋の中に吊戯の姿もまた消えていき。
そして〝隔絶された空間〟に、また独りで戻った吊戯は―――――
―――――・・・そんな目で見られても困る―――――
―――――オレは―――――
意識の内に浮かんできたのは―――――〝彼女〟と〝少年〟―――――〝向き合おう〟とする瞳。
けれど、〝自分だけ〟がソレに〝縋る〟ことを〝許されて〟いいわけがない。
だから―――――
「もしもーし。うん、わかってるよー。応接室Dだよね」
鳴り続ける電話に吊戯は応答すると、ベッドの上に脱ぎ捨てたままになっていた、C3の上着を身に纏い。
「え? B? だっけ? ごめんごめん。だいじょうぶ、いけるよ」
電話の主に飄々とした口調で応じながら通話を終了すると。部屋の外に真昼の気配がないのを確認した後に、目的の場所へと向かって歩き出して行ったのだ。
【本館/21・9/05/別館/21・9/05掲載】
