第十九章『C3の魔法使い』
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空からパラパラと白い雫が降ってくる。
そっと掌を上に向けると、落ちてきたその雫は灰塵 と混ざって、まるで溶け出したアイスのようだった。
そうしてふと気づくと『私』の前には『彼』の姿が在った。
けれど『彼』と『私』が言葉を交わすことは叶わない。
何故ならこれは灰塵 が『私』に見せている『彼』の想いの残滓である〝夢〟なのだから。
―――――・・・まことのことばはここになく
―――――修羅のなみだはつちにふる
―――――おれはひとりの・・・。
誰の姿もない街の中を独りで歩いていた『彼』が淡々とした声音で呟く。
その時、『彼』が思い出していたのは、『兄』と最後の対話をした時の光景だった。
―――――そりゃあ、そうだよ。ことば ってやつは勘違いのもとだからね―――――
そしてその言葉を紡ぎ出したのは『彼』の中から顕れた『黒狐』だった。
その後、周囲の景色が揺らめき、古めかしい家屋が立ち並ぶ場所に『彼』が足を踏み入れた直後。
繋がった空間の先に顕現したのは以前、目にした『彼』の中に在った【襖扉】で。
ズアと無数ともいえる数の【襖扉】が解放されていた。
―――――雨露とてちて
―――――とてちて
―――――つばき・・・。
その【襖扉】を『彼』が突き進んで行くと、やがて到達したその場所にもまた、絡みついた漆黒の鎖と南京錠によって厳重に封鎖された【最後の襖扉】があった。
―――――・・・あけるの?『椿』―――――
―――――外へ出るのはいつも少し勇気がいる。そう思わない?―――――
そこで足を止めた『彼』に向かってそんな言葉を投げかけた『黒狐』は―――――
『彼』の代わりに〝何か〟を探すように『CLOSE』と書かれたプレートがぶら下がっている様々な【扉】を渡り歩いて行ったのだ。
光が差し込む側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、そこで座って耳を澄ませている陽だまりのような笑みを浮かべた少年がいた。
光が差し込む側に在ったその【閉ざされた扉】を蹴破った天使の羽が生えた鞄を背負った青年がいた。
―――――ほんとはどれも開けなくていいとびらだ!―――――
―――――外はひどく寒いし今日のぼくはアイスクリームも欲しくない―――――
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、緑髪の外ハネの少年が座っていた。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、扉が蹴破られたことに驚き、愕然とした面持ちになった強欲の吸血鬼の姿が在った。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には人の姿はなく。厳重に扉だけでなくドアノブにまでも鎖がまかれた状態で。三つ編みをした可愛らしい女の子の人形が置かれていた。
―――――開けなくていいとびらばっかり―――――
―――――何枚も何枚も―――――
そうして『黒狐』はその場で宙返りをした後にさらに先に進んでいく。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には『鍵』を手に持った小柄な少年と、少年の服の裾を左手で縋るように掴んでいる、色欲の吸血鬼の姿が在った。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】は水没してしまっていた。そしてそこには、金色の瞳をした青年の姿が在ったのだが。右手をドアノブにかけながら、左手でズボンのポケットを摘まんでいる青年はどうやら『鍵』を失くしてしまったようだった。
―――――開けなくていいとびらを―――――
―――――みんなどうして?―――――
―――――その先に何があるっていうの?―――――
光が差し込まない側に在ったその【扉】の前には、膝を抱えながら凭れ掛かっている怠惰の吸血鬼の姿が在ったのだが。彼の背後にある【扉】は外側からいままさに開かれようとしていた。
―――――十万の赤いバラ?―――――
一方、【水没してしまった扉】の向こう側では、鍵穴から水が漏れ出してきていて、そこにはトンカチを持った眼鏡の男と、彼とともにいた金髪ポニーテールの男が、漆黒のドレスを身に纏ったその手に不似合いな、巨大ハンマーを持ってきた憤怒の吸血鬼に対してギョッとしている姿が在った。
そしてその隣には、一つだけ内側から開け放たれた【扉】が在った。
―――――火事かと思うような虹?―――――
―――――金色の麦畑?―――――
最後に『黒狐』が目にしたのは、光が差し込む側にいた少年の手によって、【扉】を解放されたことにより。闇の中から光の中に、背中から倒れこんでしまった怠惰の吸血鬼の姿と。怠惰の吸血鬼に手を差し伸べている、陽だまりのような笑みを浮かべた少年の姿だった。
―――――そう。これは―――――
―――――たいせつなひまつぶし―――――
そうして『黒狐』が再び【閉ざされた扉】の前に戻って来た時。
『私』もまた反対側の【閉ざされた扉】の前に立っていた。
この【閉ざされた扉】の向こう側にはきっと『彼』がいる。
だけど―――――
―――――ま―――――だだよ・・・―――――
その扉に『私』が手を伸ばそうとした刹那、そんな言葉が聴こえてきて。
そこでその〝夢〟は終わりを迎えてしまったのだ。
**********
C3の魔法使い
その夢を瑠璃が見たのは椿が消息を絶った日の夜のことだった。
そしてあれから一週間―――――・・・・・・。
C3が椿の目的と関係があるかもしれない・・・・・・。
椿とのやり取りから、クロと瑠璃が掴んだ〝取っ掛かり〟に関する手掛かりを得るべく。
あの後、真昼が出した結論は一旦C3に従ってみようというものだった。
C3側は何か知っているのかも、と―――――・・・・・・。
そして椿の手に掛かって廃塵が放出されてしまったヒューとともに、ギルデンスターン達もC3に保護されたと露木から聞かされた後。
「城田真昼くん、瑪瑙瑠璃さん・・・。そして各真祖と主人の皆さん。ここからは協力体制を取りましょう」
―――――という提案を持ち掛けられ。
「まずはこれ以上の被害を防ぐため現存する真祖を保護します」
協力? と眉を顰めた真昼と瑠璃に対し、露木はそう告げてきた後に。
金髪ポニーテールの男―――――月満弓景。
〝猟犬〟―――――狼谷吊戯。
眼鏡の男―――――車守盾一郎。
この3名を護衛に付けると宣言をしてきたのだ。
その時、鉄は弓景とは小学生の頃に面識があったのだと云うことが判明し。
さらに御国も、昔、C3にいたらしいということが、吊戯の発言により明らかになったのだが。―――――御国から罵倒されまくったり、土下座をして頭を踏まれたりするだけですごい金額をもらえたという、不穏かつ衝撃的過ぎるその話に、御園が愕然とした面持ちになっていたのはいうまでもない。
その後、C3と協力体制に在る病院でケガ人は治療を受けることになり。
真昼達はロウレスとリヒトに付き添った後、自宅に帰って来たのだが―――――。
一週間という時が過ぎた処で、事態は急変することとなる。
「おはよう、真昼君。今朝はなんだか、冷えるわね・・・・・。お日様が陰ってるせいかしら」
「瑠璃姉、おはよう。そうだな、今日は天気が・・・・・・」
先に起床してきていた真昼は瑠璃と話をしながら、リビングの先に在るベランダの窓の外に何気なく視線を向けた処で。
「――――って、雪ィ!? どうなってんだ!?」
「今、真夏のはずよね!?」
外にチラついている白いモノに気づき、ギョッとした面持ちになった真昼とともに、瑠璃も窓に近づいて行くと、ガラッと開けた処で呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「さ、さみぃ~~~~~~。暖房もっと強くしてくれ~~~~~~」
ガチャと開かれたリビングの扉の向こう側から、のそ・・・・・・と、布団の塊が床を這うようにしながら此方に近づいてきて。
「うわ!! なんだこの布団!? クロか!?」
「大丈夫? クロ」
真昼が瞠目すると、布団の塊の前に屈みこんだ瑠璃が尋ねかける。
朝、瑠璃が起床した時、まだクロは眠っていた為。自室のカーテンは閉めたままにしてきたのだが。瑠璃が布団から出たことで、傍に在った温もりが無くなったことにより、目を覚ましたのだろう。
「瑠璃、大丈夫じゃねぇ~・・・・・・吸血鬼は寒暖差にも弱いデリケートな生き物だぞ・・・・・・」
そして再び、心地良い温もりを得るべく、冬眠しそうだ・・・と、クロは言いながら、両手を瑠璃に向かって伸ばしてくるのと同時に、すっぽりと腕の中にそのまま収めるような体制に持ち込んできて。
「クロ・・・・・・っ!?」
思わず瑠璃が驚きの声を漏らすと、
「クロ! そんな処でいきなり瑠璃姉に抱き着くな!!」
真昼もまた、お小言を口にしたものの。
「まひる―――――~ホットコーラ・・・。あと窓しめろ―――――・・・」
しかし、クロはそれに耳を傾けることはなくそんな要求をしてきて。
「クロ、ホットコーラは私が用意するから、離してもらえないかしら?」
そこで瑠璃が自分の肩に顎を乗せてきたクロに対して、眉を下げながらそう言うと。
「・・・・・・わかった」
クロは渋々といった様子で、瑠璃を腕の中から解放すると、ソファーに腰を下ろしたのだ。
―――――クロも、寒さで目を覚ましたくらいだから。もしかしたら、〝あの二人〟もそろそろ起きてくるかしら。
そんなクロの様子に、瑠璃は微苦笑を浮かべつつ、冷蔵庫から、ペットボトルコーラを出した後。ふと、思い至った可能性を考慮して、さらに牛乳パックも取り出すと。コーラマグカップを一つと牛乳マグカップを二つ用意して、それを電子レンジで加熱した処で。
「なんスか、これー!! 日本の夏、マジ寒すぎっスよ!!」
「天使の羽が・・・凍えて飛べなくなる・・・」
瑠璃の予想通り、三日前から城田家に泊まっていた〝強欲組〟がリビングに勢いよく扉を開いて、駆け込んできたのだ。
「リヒトさん! ロウレス! 二人は絶対安静ですって!!」
ロウレスはトレードマークのマフラーを首に巻いた状態で真昼のジャージを上に羽織って、リヒトはシーツを頭からすっぽりと被った状態で、此方にやって来たのだが。
そんな二人に対し、真昼が注意の言葉を口にするも、やはりそれもまた聞き入れられることはなく。
「はああ!? 雪―――――!?」
「日本は夏でも雪が降るのか・・・」
「いや、降りませんよ!」
窓から見えた外の雪景色に、ロウレスが仰天した声を上げて、リヒトが物珍し気な口調で呟いた言葉に、真昼がすぐさま突っ込みを入れたのに続き。
「真昼君の言う通りよ、これは異常気象だから」
瑠璃も二人にそう言った後。
「とりあえず、ハイド君もリヒト君も。ホットミルクを用意したからこれを飲んで身体を温めてから着替えてきてね」
ホットミルクを入れたマグカップを、ダイニングテーブルの上に置くと。
「さすが、瑠璃ちゃん。ありがとうっス」
「助かった、瑠璃。凍えた天使の羽がこれで救われる」
窓辺にいた二人がパッと表情を輝かせながら、テーブルに近づいてきて。
「どう致しまして」と瑠璃が笑顔で応じると。
「・・・・・・瑠璃~、オレの分のホットコーラは?」
ソファーから、チラッとクロが上目遣いで顔を覗かせてきて。
「クロ、お前も自分で取りに来れば良いだろ」
真昼が眉を顰めながらそう言ったものの「にゃ~」と言ったクロが此方に来る様子はなく。
「はい。どうぞ、クロ」
微苦笑を浮かべた瑠璃がホットコーラの入ったマグカップを持って行って差し出すと、
「ありがとな、瑠璃・・・・・・」
ちゃんとお礼を言ってから両手でマグカップを受け取ったクロは、ふーふーと息を吹きかけてから一口ホットコーラを飲んで。
「はぁ~、寒い日はやっぱりホットコーラに限るな」と、ほわぁと幸せそうな笑みを浮かべながらそう漏らすと。
「満足して貰えたようで良かったわ」
そんなクロの様子に瑠璃もフフッと笑みを零したのだ。
「兄さん、ほんと変わったっスね」
そんな二人のやり取りを何気なく、ホットミルクを飲みつつ見ていたロウレスが感慨深げな口調で呟いた。
兄が変わったのは、主人である真昼と〝ミストレス〟である瑠璃と出逢えたおかげだ。
そしてロウレスもまた、兄が変わったことがきっかけとなって、主人であるリヒトと本気で向き合って、変わることが出来た。
真昼はその名の通り、お日様のような存在で。瑠璃もまたふわりと優しく包み込んでくれる、柔らかな陽光のような存在であると思う。
そして真昼は世話好きで家事が得意。瑠璃もまた、面倒見がよく、真昼とともに家事も一通りこなしている。
そのおかげでこの家でお世話になっているロウレスとリヒトも、快適に過ごすことが出来ている訳なのだが―――――。
「・・・・・・やっぱり少しだけ、羨ましい気もするっスね」
瑠璃に対してあんな風に甘えることが出来るのは、恐らく彼女の『恋人』である長兄だけの特権だろう。
と―――――
「どうかしたのか? ロウレス」
朝食の用意に取り掛かろうとしていた真昼が、切なげな表情になっていたロウレスに気づき、不思議そうな面持ちで尋ねかけてきて。
「――――――あ、いや。なんでもないっスよ」
我に返ったロウレスはすぐさまそう答えたものの、無意識の内に思わず漏らしてしまった言葉は、真昼には聞かれてはいないようだったが、傍にいたリヒトには聴こえてしまっていたようで。
「貸せ、バカネズミ」
リヒトが不機嫌そうな面持ちで眉を顰めながら、ロウレスの手の中から飲み終えていたマグカップを回収すると。
「あ、リヒト君。マグカップはシンクに下げて置いて貰えれば大丈夫よ」
クロが飲み終えたマグカップを持った瑠璃が此方に戻って来て。
「これこそまさに合法的引きこもり・・・最高だ~・・・」
瑠璃に淹れて貰ったホットコーラを飲んで満足したクロが、の―――――んびりと床に転がってポータブルゲームを始めると。
「こら!! 引きこもりに合法も非合法もあるか!!」
ロウレスからクロのほうに目を向けた真昼がお決まりの突っ込みを入れたのだが。
「あっ、兄さん、兄さん。オレが着替えてきたら対戦するっスよ! オレこのゲーム得意っス!」
その兄の傍に人型からハリネズミに姿を変えたロウレスが走り寄って行って。
「おい、ニート吸血鬼×2!」
聞く耳を持つ様子の無い吸血鬼達に真昼は憮然とした眼差しを向けるも。
ロウレスの主人であるリヒトがそれには参加することなく。
「ハニートーストとメロン」
「え?! しれっと朝食のリクエスト!?」
告げられた内容に真昼が唖然としながら、メロンなんかないですよっ、と言葉を返すと。
「リヒト君。ハニートーストだけなら用意できるから。付け合わせは目玉焼きとサラダにするわね」
手早く三つのマグカップを洗った瑠璃が柔らかな笑みを浮かべながらそう言ったのだった。
そもそも、まだケガが完治していない強欲組の二人がなぜ、城田家にいるのか。
ロウレスが目覚めたのは、ちょうど5日前のことだったのだが。そのわずか2日後―――――則ち今から3日前に、リヒトが『入院は飽きた。お前の家なら行ってもいいと言われた』と城田家に来訪してきて。
暫く泊まると言い出した事が全ての発端だった。
『真昼くんの家ならまあ・・・いいでしょう』
『そうしてもらえるとありがたい! オレはいろんな手続きにもう少しかかりそうだから。それに瑠璃さんも一緒なら、二人も少しは大人しくしていてくれると思うから』
そうしてその際に、病院でも手を焼いていたらしく、露木とクランツからも、そんなふうに言われてしまい。
なんだかみんなに押し付けられた感はある・・・と眉を顰めた真昼とともに。
でも二人ともかなり元気そうだから良かったわ・・・・・・と瑠璃も苦笑を浮かべつつ。今は不在である徹の部屋に、ばたばたと急ぎ、来客用の布団を運び込んで、宿泊の準備を整えたのだが。
二人が来てからのこの3日間。内側からなのに、ドアノブをいくらガチャガチャとやっても玄関の扉が開く事はなく。家を出られない 状況になってしまっていて。
『必要なものはこちらで用意しますので外に出ないように』
C3の職員が宅配のような形で荷物を届けに来た時、外から一時的に扉が開かれた際にそう告げられはしたものの。
一体何が起きているのか。
この寒さも椿のせいなのか・・・?
『ちゃんと対話した上で 協力しましょう! これ以上、椿を放っておけない!』
露木から協力体制を求められた時、真昼はそう返答をしたのにも関わらず。
―――――C3からは結局、何の説明もないままで今日に至ってしまっている。
そして電源を入れたテレビの画面に気象情報が映し出され『異常気象で各地で異変が―――――』と報じられている中。
「リヒトさん。ケガは大丈夫ですか?」
完成した朝食を食べながら、真昼が向かい側の席に着いていたリヒトに尋ねかけると。
「治った。なぜなら俺は・・・天使だから」
ハニートーストを食べつつ、常の調子でリヒトはそう答えたのだが。
「ハイハイ。リヒたん、超クール天使! でもケガはまだ治ってないっス!」
リヒトの隣に座っていたロウレスが、その発言に合いの手を入れた上で、足引きずってっし、と言い足した後。
「オレも折れたままの肋骨が痛いっス・・・マジ治りが遅いっスよ」
右手でコーヒーの入ったマグカップを持って、それを飲みながら自身の事もぼやくように漏らしたのだ。
そのロウレスの発言を聞いて、ロウレスとクロの側に近い、端の席に座っていた瑠璃がチラッと目を向けたのは、包帯が巻かれたクロの右手だった。
―――――・・・・・・椿の刀を掴んだことでクロが負った掌の傷も、ハイド君たちと同様に治りが遅いのよね。
椿の所持していたあの刀は、斬り付けた吸血鬼の身体から灰塵を放出させるだけでなく、治癒力までも、鈍らせてしまう力があったということなのだろう。
そんなふうに瑠璃が考えていた時。
―――――・・・あれ。そういえばロウレスは灰塵が出ちゃった後も雰囲気が変わらないな・・・。リリイは脱がなくなったりしたけど・・・。
真昼もまた、ふと気づいた事柄に目を瞬かせながら、改めて観察するようにロウレスのほうを見遣ると。
「オレの天使度にケチつける気か」
「ケチつけるっつか事実を述べたまでっスよ!」
ムッとなったリヒトからの発言に対し、なんスか天使度って、とロウレスも引き下がることなく反論をして。
朝食の席で始まってしまった二人の口喧嘩に、あ―――――また・・・と、真昼が眉を顰めると。
「うるせぇ弱ネズミ」
「そうっス。オレは今、弱ネズミちゃんなんスよ!」
リヒトの言葉をロウレスは肯定したうえで。
「だからリヒたんも弱天使ちゃんなの!」と右手の人差し指をリヒトに対して突きつけながら、きっぱりとした口調で言い切ったのだが。
「あ?」という言葉とともにギロッとリヒトから睨みつけられてしまい。
「なんで睨むんスか!」とロウレスが抗議した処で。
「リヒト君もハイド君も。いまは食事中なんだから、言い合いはそれくらいにしましょう」
そろそろ止めるべきだろうと判断した瑠璃がやんわりとした口調で仲裁に入るも。
「オレだってね! 好きでこうなったわけじゃ、う」
ロウレスは悔し気な様子で、尚もリヒトに対して反論を口にしようとしたのだが。
ふいに、その言葉を詰まらせると、「う・・・だってオレ・・・・・・」と視線を俯けたロウレスの目からは涙が滲みだしてきていて。
「―――――ハイド君?」
「!?」
瑠璃が呆然と目を瞬かせると、クロも口にフォークを加えたまま唖然とした状態で固まってしまっていて。
「え!? ま・・・さか、ロウレスの変化ってこんなところに・・・」
そして驚愕の声を上げた真昼が、つい先程考えていたその事柄を口にした。
刹那―――――
「うあ~~~~~~」
ロウレスは目からぼろぼろぼろっと涙を溢れさせてしまって。
「ちょっ・・・!?」
ロウレスの異変を目の当たりにした真昼が愕然となった時。
クロは何とも言えない眼差しで弟を見ていて。
主人であるリヒトはロウレスを顰め面で睨みつけていて。
「めんどくせー・・・」
「めんどくせぇ」
クロもリヒトも、事態の収束の為に行動する気はないようで。
『シンプルに考えて俺と瑠璃姉でどうにかするしかない!』と真昼が言い出す流れになるかと思いきや。
「めんどくせぇ!!」
―――――さしもの真昼も、匙を投げてしまったことから。
「うああああん、ひどいっス~~~~~~」
号泣するロウレスを慰める役目を一人で担うことになった瑠璃は、
「もう、三人とも。そんな言い方はダメよ」と眉を下げながら言った後。
座った状態のままでいたロウレスの傍に椅子から立ち上がって近づいて行くと。
「―――――大丈夫よ、ハイド君。クロもリヒト君も真昼君も。意地悪であんなふうに言ったわけじゃないから」
泣き止まない小さな子供を落ち着かせるかの如く、静かな声で言い聞かせるように言葉を紡ぎ出しながら、左手をロウレスの背に回すと、右手でポンポンと優しく、頭を撫でる仕草をしたのだ。
「「「―――――っ!?」」」
その光景を目にした三人は、各々衝撃を受けた面持ちで、そのまま固まってしまう。
「・・・・・・っ、瑠璃、ちゃん・・・・・・」
そしてロウレスもまた、驚きの声を漏らしながら、肩を震わせたものの―――――。
ふんわりと包み込むような柔らかな温もりと、伝わってきた心地の良い心音に、徐々に自身の中に渦巻いていた不安定な感情が鎮まっていくのを感じていた。
―――――瑠璃ちゃんからは〝ミストレス〟だけが持つ魅惑の血の香りだけじゃなくて・・・・・・。
―――――何だか優しい匂いがするっス。
―――――それにハリネズミの姿じゃなく、人型の状態でこうして人に触れて貰って、頭を撫でて貰うのも、意外と気持ちが良いものなんスね。
「・・・・・・瑠璃ちゃん、もっと撫でてほしいっス」
と―――――
無意識の内に瑠璃に対して甘えるように、その言葉を漏らしたロウレスはそのまま目を閉じると、安らぎの眠りに身を委ねようとしたのだが。
「おい、バカハイド。いつまでそうしてるつもりだ?」
ドスを聞かせた声音でまず、リヒトが『名前』を呼ぶと。
「なあ、ロウレス。寝たりないようなら、部屋に戻って休んできていいんだぞ」
次に真昼が引き攣った笑みを浮かべながらそう言い。
「向き合えねー。ロウレス、もう十分だよな? 瑠璃はお兄ちゃんの処に返して貰うぞ」
最後にクロが半眼で弟を見据えながらその言葉を口にすると―――――
「ご、ごめんなさいっス!! 兄さん!!」
伝わってきた威圧感により、目を覚ましたロウレスが冷や汗をかきながら謝罪を口にするのと同時に、キュィッとハリネズミに姿を変えて瑠璃の腕の中から抜け出すと。
「―――――え、と!? クロッ!?」
すぐさま椅子から立ち上がったクロが驚きに目を瞬かせた瑠璃を、グイッと自分の腕の中に抱え込んだのだった。
【本館/21・1/15/別館/21・1/16掲載】
そっと掌を上に向けると、落ちてきたその雫は
そうしてふと気づくと『私』の前には『彼』の姿が在った。
けれど『彼』と『私』が言葉を交わすことは叶わない。
何故ならこれは
―――――・・・まことのことばはここになく
―――――修羅のなみだはつちにふる
―――――おれはひとりの・・・。
誰の姿もない街の中を独りで歩いていた『彼』が淡々とした声音で呟く。
その時、『彼』が思い出していたのは、『兄』と最後の対話をした時の光景だった。
―――――そりゃあ、そうだよ。
そしてその言葉を紡ぎ出したのは『彼』の中から顕れた『黒狐』だった。
その後、周囲の景色が揺らめき、古めかしい家屋が立ち並ぶ場所に『彼』が足を踏み入れた直後。
繋がった空間の先に顕現したのは以前、目にした『彼』の中に在った【襖扉】で。
ズアと無数ともいえる数の【襖扉】が解放されていた。
―――――雨露とてちて
―――――とてちて
―――――つばき・・・。
その【襖扉】を『彼』が突き進んで行くと、やがて到達したその場所にもまた、絡みついた漆黒の鎖と南京錠によって厳重に封鎖された【最後の襖扉】があった。
―――――・・・あけるの?『椿』―――――
―――――外へ出るのはいつも少し勇気がいる。そう思わない?―――――
そこで足を止めた『彼』に向かってそんな言葉を投げかけた『黒狐』は―――――
『彼』の代わりに〝何か〟を探すように『CLOSE』と書かれたプレートがぶら下がっている様々な【扉】を渡り歩いて行ったのだ。
光が差し込む側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、そこで座って耳を澄ませている陽だまりのような笑みを浮かべた少年がいた。
光が差し込む側に在ったその【閉ざされた扉】を蹴破った天使の羽が生えた鞄を背負った青年がいた。
―――――ほんとはどれも開けなくていいとびらだ!―――――
―――――外はひどく寒いし今日のぼくはアイスクリームも欲しくない―――――
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、緑髪の外ハネの少年が座っていた。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には、扉が蹴破られたことに驚き、愕然とした面持ちになった強欲の吸血鬼の姿が在った。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には人の姿はなく。厳重に扉だけでなくドアノブにまでも鎖がまかれた状態で。三つ編みをした可愛らしい女の子の人形が置かれていた。
―――――開けなくていいとびらばっかり―――――
―――――何枚も何枚も―――――
そうして『黒狐』はその場で宙返りをした後にさらに先に進んでいく。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】の前には『鍵』を手に持った小柄な少年と、少年の服の裾を左手で縋るように掴んでいる、色欲の吸血鬼の姿が在った。
光が差し込まない側に在ったその【閉ざされた扉】は水没してしまっていた。そしてそこには、金色の瞳をした青年の姿が在ったのだが。右手をドアノブにかけながら、左手でズボンのポケットを摘まんでいる青年はどうやら『鍵』を失くしてしまったようだった。
―――――開けなくていいとびらを―――――
―――――みんなどうして?―――――
―――――その先に何があるっていうの?―――――
光が差し込まない側に在ったその【扉】の前には、膝を抱えながら凭れ掛かっている怠惰の吸血鬼の姿が在ったのだが。彼の背後にある【扉】は外側からいままさに開かれようとしていた。
―――――十万の赤いバラ?―――――
一方、【水没してしまった扉】の向こう側では、鍵穴から水が漏れ出してきていて、そこにはトンカチを持った眼鏡の男と、彼とともにいた金髪ポニーテールの男が、漆黒のドレスを身に纏ったその手に不似合いな、巨大ハンマーを持ってきた憤怒の吸血鬼に対してギョッとしている姿が在った。
そしてその隣には、一つだけ内側から開け放たれた【扉】が在った。
―――――火事かと思うような虹?―――――
―――――金色の麦畑?―――――
最後に『黒狐』が目にしたのは、光が差し込む側にいた少年の手によって、【扉】を解放されたことにより。闇の中から光の中に、背中から倒れこんでしまった怠惰の吸血鬼の姿と。怠惰の吸血鬼に手を差し伸べている、陽だまりのような笑みを浮かべた少年の姿だった。
―――――そう。これは―――――
―――――たいせつなひまつぶし―――――
そうして『黒狐』が再び【閉ざされた扉】の前に戻って来た時。
『私』もまた反対側の【閉ざされた扉】の前に立っていた。
この【閉ざされた扉】の向こう側にはきっと『彼』がいる。
だけど―――――
―――――ま―――――だだよ・・・―――――
その扉に『私』が手を伸ばそうとした刹那、そんな言葉が聴こえてきて。
そこでその〝夢〟は終わりを迎えてしまったのだ。
**********
C3の魔法使い
その夢を瑠璃が見たのは椿が消息を絶った日の夜のことだった。
そしてあれから一週間―――――・・・・・・。
C3が椿の目的と関係があるかもしれない・・・・・・。
椿とのやり取りから、クロと瑠璃が掴んだ〝取っ掛かり〟に関する手掛かりを得るべく。
あの後、真昼が出した結論は一旦C3に従ってみようというものだった。
C3側は何か知っているのかも、と―――――・・・・・・。
そして椿の手に掛かって廃塵が放出されてしまったヒューとともに、ギルデンスターン達もC3に保護されたと露木から聞かされた後。
「城田真昼くん、瑪瑙瑠璃さん・・・。そして各真祖と主人の皆さん。ここからは協力体制を取りましょう」
―――――という提案を持ち掛けられ。
「まずはこれ以上の被害を防ぐため現存する真祖を保護します」
協力? と眉を顰めた真昼と瑠璃に対し、露木はそう告げてきた後に。
金髪ポニーテールの男―――――月満弓景。
〝猟犬〟―――――狼谷吊戯。
眼鏡の男―――――車守盾一郎。
この3名を護衛に付けると宣言をしてきたのだ。
その時、鉄は弓景とは小学生の頃に面識があったのだと云うことが判明し。
さらに御国も、昔、C3にいたらしいということが、吊戯の発言により明らかになったのだが。―――――御国から罵倒されまくったり、土下座をして頭を踏まれたりするだけですごい金額をもらえたという、不穏かつ衝撃的過ぎるその話に、御園が愕然とした面持ちになっていたのはいうまでもない。
その後、C3と協力体制に在る病院でケガ人は治療を受けることになり。
真昼達はロウレスとリヒトに付き添った後、自宅に帰って来たのだが―――――。
一週間という時が過ぎた処で、事態は急変することとなる。
「おはよう、真昼君。今朝はなんだか、冷えるわね・・・・・。お日様が陰ってるせいかしら」
「瑠璃姉、おはよう。そうだな、今日は天気が・・・・・・」
先に起床してきていた真昼は瑠璃と話をしながら、リビングの先に在るベランダの窓の外に何気なく視線を向けた処で。
「――――って、雪ィ!? どうなってんだ!?」
「今、真夏のはずよね!?」
外にチラついている白いモノに気づき、ギョッとした面持ちになった真昼とともに、瑠璃も窓に近づいて行くと、ガラッと開けた処で呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「さ、さみぃ~~~~~~。暖房もっと強くしてくれ~~~~~~」
ガチャと開かれたリビングの扉の向こう側から、のそ・・・・・・と、布団の塊が床を這うようにしながら此方に近づいてきて。
「うわ!! なんだこの布団!? クロか!?」
「大丈夫? クロ」
真昼が瞠目すると、布団の塊の前に屈みこんだ瑠璃が尋ねかける。
朝、瑠璃が起床した時、まだクロは眠っていた為。自室のカーテンは閉めたままにしてきたのだが。瑠璃が布団から出たことで、傍に在った温もりが無くなったことにより、目を覚ましたのだろう。
「瑠璃、大丈夫じゃねぇ~・・・・・・吸血鬼は寒暖差にも弱いデリケートな生き物だぞ・・・・・・」
そして再び、心地良い温もりを得るべく、冬眠しそうだ・・・と、クロは言いながら、両手を瑠璃に向かって伸ばしてくるのと同時に、すっぽりと腕の中にそのまま収めるような体制に持ち込んできて。
「クロ・・・・・・っ!?」
思わず瑠璃が驚きの声を漏らすと、
「クロ! そんな処でいきなり瑠璃姉に抱き着くな!!」
真昼もまた、お小言を口にしたものの。
「まひる―――――~ホットコーラ・・・。あと窓しめろ―――――・・・」
しかし、クロはそれに耳を傾けることはなくそんな要求をしてきて。
「クロ、ホットコーラは私が用意するから、離してもらえないかしら?」
そこで瑠璃が自分の肩に顎を乗せてきたクロに対して、眉を下げながらそう言うと。
「・・・・・・わかった」
クロは渋々といった様子で、瑠璃を腕の中から解放すると、ソファーに腰を下ろしたのだ。
―――――クロも、寒さで目を覚ましたくらいだから。もしかしたら、〝あの二人〟もそろそろ起きてくるかしら。
そんなクロの様子に、瑠璃は微苦笑を浮かべつつ、冷蔵庫から、ペットボトルコーラを出した後。ふと、思い至った可能性を考慮して、さらに牛乳パックも取り出すと。コーラマグカップを一つと牛乳マグカップを二つ用意して、それを電子レンジで加熱した処で。
「なんスか、これー!! 日本の夏、マジ寒すぎっスよ!!」
「天使の羽が・・・凍えて飛べなくなる・・・」
瑠璃の予想通り、三日前から城田家に泊まっていた〝強欲組〟がリビングに勢いよく扉を開いて、駆け込んできたのだ。
「リヒトさん! ロウレス! 二人は絶対安静ですって!!」
ロウレスはトレードマークのマフラーを首に巻いた状態で真昼のジャージを上に羽織って、リヒトはシーツを頭からすっぽりと被った状態で、此方にやって来たのだが。
そんな二人に対し、真昼が注意の言葉を口にするも、やはりそれもまた聞き入れられることはなく。
「はああ!? 雪―――――!?」
「日本は夏でも雪が降るのか・・・」
「いや、降りませんよ!」
窓から見えた外の雪景色に、ロウレスが仰天した声を上げて、リヒトが物珍し気な口調で呟いた言葉に、真昼がすぐさま突っ込みを入れたのに続き。
「真昼君の言う通りよ、これは異常気象だから」
瑠璃も二人にそう言った後。
「とりあえず、ハイド君もリヒト君も。ホットミルクを用意したからこれを飲んで身体を温めてから着替えてきてね」
ホットミルクを入れたマグカップを、ダイニングテーブルの上に置くと。
「さすが、瑠璃ちゃん。ありがとうっス」
「助かった、瑠璃。凍えた天使の羽がこれで救われる」
窓辺にいた二人がパッと表情を輝かせながら、テーブルに近づいてきて。
「どう致しまして」と瑠璃が笑顔で応じると。
「・・・・・・瑠璃~、オレの分のホットコーラは?」
ソファーから、チラッとクロが上目遣いで顔を覗かせてきて。
「クロ、お前も自分で取りに来れば良いだろ」
真昼が眉を顰めながらそう言ったものの「にゃ~」と言ったクロが此方に来る様子はなく。
「はい。どうぞ、クロ」
微苦笑を浮かべた瑠璃がホットコーラの入ったマグカップを持って行って差し出すと、
「ありがとな、瑠璃・・・・・・」
ちゃんとお礼を言ってから両手でマグカップを受け取ったクロは、ふーふーと息を吹きかけてから一口ホットコーラを飲んで。
「はぁ~、寒い日はやっぱりホットコーラに限るな」と、ほわぁと幸せそうな笑みを浮かべながらそう漏らすと。
「満足して貰えたようで良かったわ」
そんなクロの様子に瑠璃もフフッと笑みを零したのだ。
「兄さん、ほんと変わったっスね」
そんな二人のやり取りを何気なく、ホットミルクを飲みつつ見ていたロウレスが感慨深げな口調で呟いた。
兄が変わったのは、主人である真昼と〝ミストレス〟である瑠璃と出逢えたおかげだ。
そしてロウレスもまた、兄が変わったことがきっかけとなって、主人であるリヒトと本気で向き合って、変わることが出来た。
真昼はその名の通り、お日様のような存在で。瑠璃もまたふわりと優しく包み込んでくれる、柔らかな陽光のような存在であると思う。
そして真昼は世話好きで家事が得意。瑠璃もまた、面倒見がよく、真昼とともに家事も一通りこなしている。
そのおかげでこの家でお世話になっているロウレスとリヒトも、快適に過ごすことが出来ている訳なのだが―――――。
「・・・・・・やっぱり少しだけ、羨ましい気もするっスね」
瑠璃に対してあんな風に甘えることが出来るのは、恐らく彼女の『恋人』である長兄だけの特権だろう。
と―――――
「どうかしたのか? ロウレス」
朝食の用意に取り掛かろうとしていた真昼が、切なげな表情になっていたロウレスに気づき、不思議そうな面持ちで尋ねかけてきて。
「――――――あ、いや。なんでもないっスよ」
我に返ったロウレスはすぐさまそう答えたものの、無意識の内に思わず漏らしてしまった言葉は、真昼には聞かれてはいないようだったが、傍にいたリヒトには聴こえてしまっていたようで。
「貸せ、バカネズミ」
リヒトが不機嫌そうな面持ちで眉を顰めながら、ロウレスの手の中から飲み終えていたマグカップを回収すると。
「あ、リヒト君。マグカップはシンクに下げて置いて貰えれば大丈夫よ」
クロが飲み終えたマグカップを持った瑠璃が此方に戻って来て。
「これこそまさに合法的引きこもり・・・最高だ~・・・」
瑠璃に淹れて貰ったホットコーラを飲んで満足したクロが、の―――――んびりと床に転がってポータブルゲームを始めると。
「こら!! 引きこもりに合法も非合法もあるか!!」
ロウレスからクロのほうに目を向けた真昼がお決まりの突っ込みを入れたのだが。
「あっ、兄さん、兄さん。オレが着替えてきたら対戦するっスよ! オレこのゲーム得意っス!」
その兄の傍に人型からハリネズミに姿を変えたロウレスが走り寄って行って。
「おい、ニート吸血鬼×2!」
聞く耳を持つ様子の無い吸血鬼達に真昼は憮然とした眼差しを向けるも。
ロウレスの主人であるリヒトがそれには参加することなく。
「ハニートーストとメロン」
「え?! しれっと朝食のリクエスト!?」
告げられた内容に真昼が唖然としながら、メロンなんかないですよっ、と言葉を返すと。
「リヒト君。ハニートーストだけなら用意できるから。付け合わせは目玉焼きとサラダにするわね」
手早く三つのマグカップを洗った瑠璃が柔らかな笑みを浮かべながらそう言ったのだった。
そもそも、まだケガが完治していない強欲組の二人がなぜ、城田家にいるのか。
ロウレスが目覚めたのは、ちょうど5日前のことだったのだが。そのわずか2日後―――――則ち今から3日前に、リヒトが『入院は飽きた。お前の家なら行ってもいいと言われた』と城田家に来訪してきて。
暫く泊まると言い出した事が全ての発端だった。
『真昼くんの家ならまあ・・・いいでしょう』
『そうしてもらえるとありがたい! オレはいろんな手続きにもう少しかかりそうだから。それに瑠璃さんも一緒なら、二人も少しは大人しくしていてくれると思うから』
そうしてその際に、病院でも手を焼いていたらしく、露木とクランツからも、そんなふうに言われてしまい。
なんだかみんなに押し付けられた感はある・・・と眉を顰めた真昼とともに。
でも二人ともかなり元気そうだから良かったわ・・・・・・と瑠璃も苦笑を浮かべつつ。今は不在である徹の部屋に、ばたばたと急ぎ、来客用の布団を運び込んで、宿泊の準備を整えたのだが。
二人が来てからのこの3日間。内側からなのに、ドアノブをいくらガチャガチャとやっても玄関の扉が開く事はなく。家を
『必要なものはこちらで用意しますので外に出ないように』
C3の職員が宅配のような形で荷物を届けに来た時、外から一時的に扉が開かれた際にそう告げられはしたものの。
一体何が起きているのか。
この寒さも椿のせいなのか・・・?
『ちゃんと
露木から協力体制を求められた時、真昼はそう返答をしたのにも関わらず。
―――――C3からは結局、何の説明もないままで今日に至ってしまっている。
そして電源を入れたテレビの画面に気象情報が映し出され『異常気象で各地で異変が―――――』と報じられている中。
「リヒトさん。ケガは大丈夫ですか?」
完成した朝食を食べながら、真昼が向かい側の席に着いていたリヒトに尋ねかけると。
「治った。なぜなら俺は・・・天使だから」
ハニートーストを食べつつ、常の調子でリヒトはそう答えたのだが。
「ハイハイ。リヒたん、超クール天使! でもケガはまだ治ってないっス!」
リヒトの隣に座っていたロウレスが、その発言に合いの手を入れた上で、足引きずってっし、と言い足した後。
「オレも折れたままの肋骨が痛いっス・・・マジ治りが遅いっスよ」
右手でコーヒーの入ったマグカップを持って、それを飲みながら自身の事もぼやくように漏らしたのだ。
そのロウレスの発言を聞いて、ロウレスとクロの側に近い、端の席に座っていた瑠璃がチラッと目を向けたのは、包帯が巻かれたクロの右手だった。
―――――・・・・・・椿の刀を掴んだことでクロが負った掌の傷も、ハイド君たちと同様に治りが遅いのよね。
椿の所持していたあの刀は、斬り付けた吸血鬼の身体から灰塵を放出させるだけでなく、治癒力までも、鈍らせてしまう力があったということなのだろう。
そんなふうに瑠璃が考えていた時。
―――――・・・あれ。そういえばロウレスは灰塵が出ちゃった後も雰囲気が変わらないな・・・。リリイは脱がなくなったりしたけど・・・。
真昼もまた、ふと気づいた事柄に目を瞬かせながら、改めて観察するようにロウレスのほうを見遣ると。
「オレの天使度にケチつける気か」
「ケチつけるっつか事実を述べたまでっスよ!」
ムッとなったリヒトからの発言に対し、なんスか天使度って、とロウレスも引き下がることなく反論をして。
朝食の席で始まってしまった二人の口喧嘩に、あ―――――また・・・と、真昼が眉を顰めると。
「うるせぇ弱ネズミ」
「そうっス。オレは今、弱ネズミちゃんなんスよ!」
リヒトの言葉をロウレスは肯定したうえで。
「だからリヒたんも弱天使ちゃんなの!」と右手の人差し指をリヒトに対して突きつけながら、きっぱりとした口調で言い切ったのだが。
「あ?」という言葉とともにギロッとリヒトから睨みつけられてしまい。
「なんで睨むんスか!」とロウレスが抗議した処で。
「リヒト君もハイド君も。いまは食事中なんだから、言い合いはそれくらいにしましょう」
そろそろ止めるべきだろうと判断した瑠璃がやんわりとした口調で仲裁に入るも。
「オレだってね! 好きでこうなったわけじゃ、う」
ロウレスは悔し気な様子で、尚もリヒトに対して反論を口にしようとしたのだが。
ふいに、その言葉を詰まらせると、「う・・・だってオレ・・・・・・」と視線を俯けたロウレスの目からは涙が滲みだしてきていて。
「―――――ハイド君?」
「!?」
瑠璃が呆然と目を瞬かせると、クロも口にフォークを加えたまま唖然とした状態で固まってしまっていて。
「え!? ま・・・さか、ロウレスの変化ってこんなところに・・・」
そして驚愕の声を上げた真昼が、つい先程考えていたその事柄を口にした。
刹那―――――
「うあ~~~~~~」
ロウレスは目からぼろぼろぼろっと涙を溢れさせてしまって。
「ちょっ・・・!?」
ロウレスの異変を目の当たりにした真昼が愕然となった時。
クロは何とも言えない眼差しで弟を見ていて。
主人であるリヒトはロウレスを顰め面で睨みつけていて。
「めんどくせー・・・」
「めんどくせぇ」
クロもリヒトも、事態の収束の為に行動する気はないようで。
『シンプルに考えて俺と瑠璃姉でどうにかするしかない!』と真昼が言い出す流れになるかと思いきや。
「めんどくせぇ!!」
―――――さしもの真昼も、匙を投げてしまったことから。
「うああああん、ひどいっス~~~~~~」
号泣するロウレスを慰める役目を一人で担うことになった瑠璃は、
「もう、三人とも。そんな言い方はダメよ」と眉を下げながら言った後。
座った状態のままでいたロウレスの傍に椅子から立ち上がって近づいて行くと。
「―――――大丈夫よ、ハイド君。クロもリヒト君も真昼君も。意地悪であんなふうに言ったわけじゃないから」
泣き止まない小さな子供を落ち着かせるかの如く、静かな声で言い聞かせるように言葉を紡ぎ出しながら、左手をロウレスの背に回すと、右手でポンポンと優しく、頭を撫でる仕草をしたのだ。
「「「―――――っ!?」」」
その光景を目にした三人は、各々衝撃を受けた面持ちで、そのまま固まってしまう。
「・・・・・・っ、瑠璃、ちゃん・・・・・・」
そしてロウレスもまた、驚きの声を漏らしながら、肩を震わせたものの―――――。
ふんわりと包み込むような柔らかな温もりと、伝わってきた心地の良い心音に、徐々に自身の中に渦巻いていた不安定な感情が鎮まっていくのを感じていた。
―――――瑠璃ちゃんからは〝ミストレス〟だけが持つ魅惑の血の香りだけじゃなくて・・・・・・。
―――――何だか優しい匂いがするっス。
―――――それにハリネズミの姿じゃなく、人型の状態でこうして人に触れて貰って、頭を撫でて貰うのも、意外と気持ちが良いものなんスね。
「・・・・・・瑠璃ちゃん、もっと撫でてほしいっス」
と―――――
無意識の内に瑠璃に対して甘えるように、その言葉を漏らしたロウレスはそのまま目を閉じると、安らぎの眠りに身を委ねようとしたのだが。
「おい、バカハイド。いつまでそうしてるつもりだ?」
ドスを聞かせた声音でまず、リヒトが『名前』を呼ぶと。
「なあ、ロウレス。寝たりないようなら、部屋に戻って休んできていいんだぞ」
次に真昼が引き攣った笑みを浮かべながらそう言い。
「向き合えねー。ロウレス、もう十分だよな? 瑠璃はお兄ちゃんの処に返して貰うぞ」
最後にクロが半眼で弟を見据えながらその言葉を口にすると―――――
「ご、ごめんなさいっス!! 兄さん!!」
伝わってきた威圧感により、目を覚ましたロウレスが冷や汗をかきながら謝罪を口にするのと同時に、キュィッとハリネズミに姿を変えて瑠璃の腕の中から抜け出すと。
「―――――え、と!? クロッ!?」
すぐさま椅子から立ち上がったクロが驚きに目を瞬かせた瑠璃を、グイッと自分の腕の中に抱え込んだのだった。
【本館/21・1/15/別館/21・1/16掲載】
