第十八章『許すものと赦されざる存在』
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「残るサーヴァンプもあと五人・・・〝強欲 〟を壊せばあと四人だ」
オォォと椿から感じる威圧感に、一度彼に敗れてしまったロウレスは、本能的な畏怖を覚え、引き攣った表情のまま固まってしまっていた。
そんなロウレスの反応を椿は面白がるかのように、歯で銜えていたドッグタグをまた掌に乗せると、チャラッ・・・と弄ぶかのように放り投げて見せてきて。
そこでロウレスの主人であるリヒトが、自分の吸血鬼に代わって、ドッグタグを椿から奪い返すべく動こうとしたのだが―――――。
「リヒト・・・待って」
ガッと左腕をロウレスは伸ばすと、それを制したのだ。
あ? と睨み付けてきたリヒトに、ロウレスは押し殺した声音で、冷や汗を流しながら告げる。
「あいつはマジでやばいっスから・・・」
ロウレスの意識の内には椿に遭遇してから捕らわれの身になるまでの出来事が蘇ってきていた。
―――――無理だ、リヒトは限界
―――――オレも体が重くてとても戦えねぇ
「・・・兄さん」
そうして一縷の望みに縋るようにロウレスがクロに呼びかけると、
「わかってる」
椿の動きを注視しながら、クロは低く力強い声音でロウレスに応じてきて。
そんな兄の背をロウレスが呆然としながら見ていた時。
―――――椿の手から何とかしてハイド君の〝大切な絆の証〟を取り戻さないと。
クロの傍に居た瑠璃もまた、胸元の『鍵』を握りしめながら、椿の傍に近づくタイミングを見計らっていた。
そして椿は―――――御園、鉄、リヒト。吸血鬼達の主人三人に視線を滑らせると、
「色欲の主人 。傲慢の主人 。強欲の主人 ・・・直接話すのは初めてかな。初めまして」
「えっ・・・そうか御園も会ったことはなかったのか」
椿が紡ぎ出した挨拶の言葉に、真昼が目を瞬かせながら御園を見遣り。
「下位やリリイ。そして瑠璃からも、情報としては聞いてはいたが直接会うのは初めてだ」
―――――こいつが椿・・・!!
真昼に答えた御園は、眉を顰めながら椿を見返す。
と―――――
「私は一度・・・一人きりのときに会ったことがあります。そのときはある質問を投げかけられただけでしたが・・・・」
強張った面持ちでリリイがそう告げてきて。
耳朶に届いたその言葉に、真昼と瑠璃はハッと目を瞬かせる。
―――――兄弟全員誰も僕を知らなかった!
―――――僕はだーれだ・・・?
二人が思い出したのは、初めて椿が自分たちの前に姿を現した時の事だった。
一方、御園は―――――
―――――どうして椿がここにいる?
―――――椿を呼び出したあの場所からこんなすぐに戻れるはずは・・・。
釈然としない想いを抱きながら、椿を睨み付けていたのだが。
ふいに視線を俯けていた鉄が御園の右肩をぐっと制するように左手で掴むと、
「ヒューが・・・どうなったか知ってんのか?」
一歩前に出て椿にその問いをぶつけたのだ。
「鉄・・・っ」
「千駄ヶ谷! 待て!」
すぐさま真昼と御園が止めようとするも、鉄は踏み止まることなく。
「・・・ヒューは?」
険しい目つきで椿を見据えながら重ねて問いかける。
「ああ」
椿は右手の着物の袂を口元に据えながら、ニヤリと笑みを浮かべると、
「見てわからなかった?」
窓の向こう側に吹き荒れる灰塵を示しながらそう告げてきて。
「・・・!!」
刹那、ビリッと鉄から凄まじい憤怒の感情が放たれた。
しかし椿はそれに対し、何の反応も示すことはなく―――――。
―――――・・・・・・椿?
その様にふと微かな違和感を覚えた瑠璃とともにクロもまた眉を顰めながら椿を見遣った中で、
「ベルキアの幻術でね。箱に閉じ込めた相手を対になる箱に転送する手品。それで傲慢の真祖を僕のところへ送ってもらった」
ヒューがこの場から消えてしまった手品の種が明かされた。
「消失マジックは手品の基本でしょ?」
そして愉快そうな口振りで椿はそう言ったのだが。
―――――・・・おかしい
―――――だとしても吸血鬼と主人の間に信頼関係があればサーヴァンプは倒されないはずじゃ・・・!?
―――――千駄ヶ谷の失望が影響したか?
―――――あるいは何か別の・・・
椿の発言に疑念を抱いた御園が鉄の背中を見据えながら眉を顰めて思考を巡らせる中。
「信じられないなら今もうひとつ・・・目の前で壊して見せようか」
そう言いながらドッグタグに繋がっていた切れた鎖の部分を、左手の親指と人差し指で持ち上げて見せてきた椿に対し、ヂリッとクロが殺気をぶつけた。
しかし、やはり椿はそれにもまた反応を示すことはなく。
「壊せるわけないと思ってる?」
―――――もしかして、あの椿は・・・・・・!
ドッグタグを掌で弾ませながら話し続ける椿の姿を見て、ハッと瑠璃がクロに目を向けると、真紅の瞳がジッと見つめ返してきて。
―――――大丈夫、私はクロの事を信じてるから!!
それに瑠璃が頷き返すのと同時に、
「信頼や絆なんてなにより脆いものだっていうのに」
話し続けていた椿に向かってクロが飛びかかって行き。
左手を漆黒の鉤爪に変えて、椿の身体を真っ二つにしたその時、瑠璃もまた『鍵』を発動させてその場に転移すると、パシッと椿の手から離れていたドッグタグを両手でキャッチして回収したのだ。
「クロ・・・!? 瑠璃姉・・・・・・!? 」
その光景を目にして、動揺した声を上げたのは真昼だった。
「喋りすぎだ。殺気に対してあまりに無反応 ・・・すぎた 」
けれど、淡々とした口調でそう言ったクロと背中合わせで着地した瑠璃が、
「大丈夫よ、真昼君。この椿は幻術 よ」
続いて落ち着いた声音でそう告げると。
コンという鳴き声とともに、真っ二つになった椿は消失していって、変わりに黒狐が黒煙を描くようにしながら姿を現したのだ。
「キツネ・・・!」
そこで椿から〝幻術〟を仕掛けられたことがある真昼が見覚えのあるその姿に瞠目すると、
「幻術だったのか・・・」
御園もまた呆然とした面持ちでそう呟いたのだが。
その直後―――――
―――――シャラーン―――――
耳朶に響いた、聞き覚えのある澄んだ音色に、ぴくッと瑠璃が肩を震わせると、
「正解」
はしゃいでいるような声のトーンで、その台詞を紡ぎ出した何者かが、天井の穴を通り抜けて降下してきて。
「―――――きゃ・・・・・・!?」
「瑠璃っ!?」
聞こえてきた瑠璃の悲鳴に、すぐさまバッとクロが振り返ると。
「・・・だけど時間切れ だ」
そこには〝本物〟の椿の姿が在り、瑠璃を右腕の中にガッチリと掴まえて、抱きかかえていたのだ。
それを目にした真昼達が衝撃を受けた面持ちで色を失い固まってしまった中―――――
「ふう・・・久しぶりに全力で走っちゃったよ。お待たせライラ」
天井の穴の向こう側に広がっていた青空もまた薄暗いものに変わっていて、椿がこの場に顕現した直後からポツポツ・・・と天気雨が降り出していた。
その降り注いでくる雨の中を椿はコンと下駄を鳴らしながら、瑠璃を右腕の中にしっかりと抱いたままライラの傍に一歩近づくと。
「戻ってくる時間は稼げた」
笑みを浮かべながらそう言って、雨に濡れて顔に張り付いていた髪を左手で掻き上げる仕草をしたのだ。
「・・・・・・椿」
そして椿の腕の中に捕らわれの状態となってしまった瑠璃が、呆然とした面持ちでドッグタグを握りしめたまま、憂鬱の真祖の名前を呼ぶと。
「あはは、瑠璃。君の顔を見て話をするのも、こうやって触れるのも久しぶりだ」
椿は愛しみに満ちた眼差しで見つめながらそっと左手で頬から顎を掬うようにしながら触れてきて。
「だけど、やっぱり前よりも兄さんの気配が強くなってるね。兄さんとの繋がりが深まった分、君自身の力はより一層安定したみたいだけど。面白くないなぁ」
それからスッと細められた真紅の瞳が捉えたのは、椿が現れてから射るような眼差しで此方を見据えてきていたクロだった。
「・・・・・・椿、瑠璃を放せ」
明らかに挑発するかのような態度を見せてきていた椿に対し、クロは憮然とした口調で言った。
瑠璃の手の中には、まだロウレスのドッグタグが握られたままだ。
それを力づくで、奪おうと思えば、すぐにでも実行に移せるだろうに、敢えてそれをしないのは、やはり瑠璃のことを変わらず大切に想っているからなのか。
しかし、瑠璃自身が『鍵』の力を発動させることは、椿に捕まった状態では困難を極めてしまうだろう。
そして瑠璃を盾に取られてしまっている以上、クロもまた下手に動くことは出来ない。
「あはっ、あはははは、あっは!! ははははははは。そう言われて、素直に僕が瑠璃のことを解放すると思う? さっさと兄さん一人で奪おうとすればよかったのに! さっきの〝僕〟は幻だったんだから」
口端を吊り上げた椿がニヤと笑みを浮かべながら言った。
―――――本物の椿!!?
―――――今 、戻ってきた・・・
―――――やはりあの短時間で戻ってこられるはずなかったんだ!!
それに対し、御園が愕然となると。
「慎重になりすぎだ。〝失敗した〟、〝敗北した〟・・・という恐怖はなにより人をすくませる。正しい判断をできなくさせる。〝憂鬱 〟に化かされる」
―――――コンと椿の幻術で作り出された黒狐が御園の中に這入り込んでいく。
「・・・!!」
その時、御園の意識の内に蘇ってきていたのは、強欲の二人が捕らわれていた場所に関する想定外の事態と、傲慢の真祖たるヒューまでもが、的の策略に嵌まってしまった時の光景で。
「御園君・・・・・・っ!!」
それに気づいた瑠璃が叫び声を上げると、黒狐は霧散したものの。
「椿。お前は・・・何をしようとしてるんだ」
真昼が強い眼差しで椿を見据えながらそう問いかけると。
以前とは違う、確固たる意志を持った真昼の姿を認識した椿は、一瞬、驚いた様子で目を瞠っていたのだが―――――。
「先生の期待に応えたい・・・」
「―――――・・・・・・椿・・・・・・」
ふと、恍惚とした笑みを浮かべた椿が紡ぎ出したその言葉に、胸が詰まる思いを抱いた瑠璃がまた〝名前〟を呼ぶと。
「だから、瑠璃。君が持っているソレを僕に渡してくれるかな。先生は僕に〝後片付け〟を期待している。ちらかったままのこの世界を」
眉尻を下げながら瑠璃を見つめた椿の、隠された右手の着物の袂から、ぼたりと紅いモノが落ちて。
―――――・・・血?
それを目にした真昼が、ぎく・・・と顔を強張らせたのだが。
―――――いや、花―――――・・・。
「・・・・・・つばき・・・・・・」
落ちた〝紅い花〟―――――それは〝憂鬱〟の真祖の〝名前〟と同じモノで。
はらはらと零れ落ちていく〝椿〟の香りが瑠璃の意識をゆっくりと奪っていく。
そして意識がある内に『鍵』の力を使おうとしても、瑠璃の想いに反して発動することも叶わない。
「僕は手段。僕は方法」
「・・・・・・っ、だめ・・・・・・」
―――――・・・・・・椿にこれを渡してしまったら・・・・・・。
沈みそうになる意識に抗おうと必死に瑠璃は手の中のドッグタグを握りしめる。
けれど―――――
瑠璃の身体を捕らえていた椿の右手の着物の袂が、ふいに腕の辺りまで一気に捲れ上がって、ザアと花片 の様に散り散りになって吹き飛んだ時。
「サーヴァンプを〝殺す〟唯一の方法」
露わになった椿の右腕は手の先までは真っ黒に染まっていて。
その手から具現化した無数の椿の花の香に飲み込まれてしまった瑠璃の意識は完全に闇の中に沈んでしまったのだ。
「瑠璃、君が目を覚ますときにはきっと全てが終わってるから」
―――――その時、君が僕のことを許してくれないとしても。僕は絶対に君を〝独り〟にしたりはしないよ。
意識を失ってしまった瑠璃の手の中から、スッとドッグタグを左手で回収すると椿は囁くような声音で言った。
「・・・・・・瑠璃姉!?」
「安心しなよ、城田真昼。瑠璃は気を失ってるだけだから」
そして動揺した面持ちで声を上げた真昼に対し、椿は淡々とした声音でそう告げると。
「とりあえず瑠璃はそっちに渡すから、ちゃんと受け止めてよね。兄さん」
右腕の中に捕らえていた瑠璃の身体を、鋭い眼差しで此方を見据えてきていたクロ目掛けて、放り渡してきたのだ。
「―――――椿、お前・・・・・・っ!?」
「・・・・・・っ、向き合えねー!!」
真昼の叫び声と、クロの声が重なる。
そうしてクロが瑠璃の身体を無事に両腕で受け止めたその直後。
シャンと空気を震わせる音が鳴り響いた中で、黒く染まった右腕を広げる仕草をした椿の掌の中から、新たに具現化して零れ落ちてきた椿の花が変化し始めて。
オオオという唸りのようなモノが聴こえた刹那―――――漆黒の刀が具現化したのだ。
それを目にしたロウレスの表情が強張ったものになる。
「絆だの信頼だの。憂鬱 の前ではすべてが無意味」
「やめろ!!」
そして椿が左手に持っていたドッグタグを空中に放り投げるのと同時に漆黒の刀を手に取ったその時。椿の魔の手から〝大切な絆の証〟を死守しようと、ロウレスが絶叫しながら駆け出して行ったのだが。
ロウレスが伸ばした右手がドッグタグを掴む手前で、椿が振り下ろした漆黒の刀によって、バキンと真っ二つに両断されてしまい。さらにロウレスの左肩までもが斬り捨てられてしまったのだ。
「てめぇ!!」
ロウレスの後を追うようにやって来たリヒトが椿に対して怒りの声を上げる。
「リヒ」
耳朶に届いた主人の声に咄嗟に振り返ったロウレスが名前を口にしようとした。しかしその刹那―――――ロウレスの口からはドバと大量の灰塵が放出され始めてしまい。
粉塵が吹き荒れ始めた中で反射的にリヒトが右腕で目を覆って立ち往生してしまったその時。シャンと空気を震わせながら舞い散らせた椿の花を媒介にして、新たに漆黒の刀を二本作り出した椿が狂気の笑みを浮かべながら、ロウレスに止めを刺すべく迫ってきたのだ。
そこで瑠璃の身体を素早く床に横たわらせたクロが、椿からロウレスの身柄を護るべく、瞬時に正面に立ち塞がるのと同時に、椿が作り出した漆黒の刀を一本右手に掴むと。椿もまた左手で漆黒の刀を握りしめながら振り下ろしてきて。ガキンと両者の刃が激しくぶつかり合う音が響き渡った。
「・・・どいてよ怠惰の兄さん。兄さんが殺せないよ」
刃を退くことをしないまま、椿が告げてくる。
「僕、強欲の兄さんに言っちゃったんだよね。灰塵を吐かせるだけじゃすまないな・・・って。首を落とさなきゃ。椿 の最後みたいにぼとりと」
「・・・ほんとめんどくせぇ隠し子がいたもんだ・・・」
しかし、クロも退くつもりはなく。ひたと椿を見据えたまま、呟いたその言葉に。
「あはっ認めてくれるの? 僕が兄さん達の弟だってこと」
「・・・認めざるを得ねぇよ。吸血鬼 を作れるのは一人しかいねぇ」
嘲笑するかのような笑みを浮かべながら訊き返してきた椿に、クロはギ・・・と刃を押し返さんとしながら応じる。
と―――――
「・・・そう。一人しかいない。君が殺しちゃった僕の先生しか」
クロが紡ぎ出したその言葉に椿は、に・・・と口端を吊り上げて。
「捜したよ黒い獅子、先生は君が・・・殺しちゃったんでしょう? 僕は・・・君に訊きたいこと があったんだ」
にっこりと笑みを浮かべながらクロの顔を見つめ返すと、そこで微かに動揺した面持ちになったクロの手からその僅かな隙を突いて刀を弾き飛ばしてしまったのだ。
―――――しとしとと、闇夜の中で冷たい雨が降っている。
―――――そして無惨に破壊された家屋の上には巨大な黒い獅子の姿が在り。
『―――――やめて!! 殺さないで!!』
右側の片袖だけ長い、黒い着物を着た『彼』が、必死の形相で叫んでいた。
『僕から〝先生 〟を奪わないで・・・・・・っ!!』
けれど、その悲痛な叫び声が黒い獅子に届くことはなく―――――。
『彼』にとって唯一の『家族』だった〝先生〟は殺されてしまった。
そうして〝独り〟になってしまった『彼』は、彼の人の口から話しにだけ聞き及んでいた『兄弟』達を探し出して。
―――――会いに行く事にした。
けれど―――――
『初めまして。〝僕〟は君たち真祖 の〝兄弟〟なんだ。〝僕〟のことを君は知ってるかな?』
淡い期待を抱きながら、『彼』は出会った兄弟達にそう尋ねて回った。
しかし誰も『彼』を〝知る者〟はおらず―――――誰も『彼』の〝存在〟を〝認めて〟『名前』を〝呼んで〟はくれるものはいなかった。
―――――どうして『兄弟』の誰も『僕』のことを〝知らない〟の?―――――
―――――どうして『僕』のことを〝認めて〟くれないの?―――――
―――――『僕』はここに〝居る〟のに―――――
―――――嘆きの雨が闇の中に降り注ぐ。
コンと黒い狐が、闇の中で雨に打たれながら独りぼっちで鳴いている。
『彼』の〝言葉〟に耳を傾けて、『彼』が抱えている〝想い〟と〝向き合って〟『彼』の存在を兄弟達全員が〝認めて〟くれたなら。
―――――『彼』の〝心〟は救われるのだろうか。
けれど―――――
―――――傍に居てあげる事が出来なくてごめんなさい―――――
沈んだ闇の中で、〝繋がった〟ことで視えてしまった『彼』の心の中でも、〝私〟は結局、そう告げることしか出来ない。
私にとって『彼』が『大切な家族』なのは変わらない。
でも『彼』が成し遂げんとしていることに〝私〟は決して賛同することが出来ない。
―――――だからこそ。
―――――何度でも〝私達〟は『彼』と〝武器〟で争うのではなく、〝言葉〟で、ぶつかり合わなければならないのだ。
「ハイド!!」
口と椿に刀で斬られた肩の傷口から、オオオと灰塵を放出し続ける、吸血鬼の名前をリヒトが叫ぶ。
「ロウレス・・・っ」
そして真昼もまた、灰塵が蔓延してしまった室内で身動きが取れなくなってしまっていた。
―――――や・・・ばい。灰塵が部屋に充満して・・・雲の中みたいだ。
―――――なんにも見えない・・・っ。
けれど灰塵が抜けかけた真祖が暴走して、主人を襲うかもしれないという可能性を考慮して。
「リヒトさん!! ロウレスから離れて・・・!」
左手の甲で口元を覆いながら、リヒトの前に立って護るように真昼が右腕を伸ばすと、
「!?」
以前とは立場が逆転した形になったことにリヒトは驚いた様子で目を瞬かせていた。
そうして真昼はリヒトを気にかけながらも、
―――――意識を失った瑠璃姉はクロの近くにいるはずだ・・・・・・!
―――――クロ・・・! 椿を止めてるのか!?
ごほっと咳き込みなら真昼は二人の名前を呼ぶ。
「瑠璃姉! クロ!」
「・・・・・・まひる、くん・・・・・・」
微かな反応を瑠璃が示し、意識を取り戻そうとし始めた時。
―――――真昼・・・!
ぴくッとクロもまた、真昼の声がしたほうに視線を向けたのだが。
椿が振りかざした刀がビッとクロの右頬を掠めていって。
「余所見されたらたまらないな。〝先生〟の話をしてるっていうのに」
「・・・その『先生』って呼び方は何なんだ・・・? お前の目的は俺達7人への復讐・・・か?」
椿のほうに視線を戻したクロの右頬からは一筋の血が流れ出していたのだが、それには構うことをせず。
「『期待に応えたい』・・・って。それがあいつの遺志だっていうのか?」
椿が紡ぎ出した言葉に対する疑念をクロはぶつけたのだが。
「復讐? それほど無意味なこともないと思わないかい?」
しかし、それに対する椿の反応は冷めたもので。
「あ・・・?」とクロが思わず眉を顰めると。そんなクロの反応を椿は面白がるように笑みを浮かべながら「僕はね、見たいもの があるんだ。復讐なんかよりずっと前向きで画期的な進歩をもたらすことさ。そのために君達7人に協力 してもらってる」
漆黒に染まった右手の人差し指を口元に添えながらそう告げてきたのだが。身に覚えがない話に、クロは困惑するしかなく―――――。
「協力って何言って―――――・・・」
そう聞き返そうとしたものの。
「でもその前にひとつ聞かせてよ」
椿はクロの言葉を遮って、逆に尋ね返してくる。
「君だけが聞いたはずの先生の言葉。先生の最期の言葉をさ」
「・・・最期に話・・・は」
けれど、椿が欲する答えをクロは持っていない。
「何 も?」
「・・・・・・」
椿からの追及に対し、クロは沈黙するしかなく。
そんなクロに対して椿は淡々とした口調で告げてくる。
「僕が生まれてから先生はサーヴァンプの誰とも会っていなかった。会ったとしたら殺しに来た君だけだ。あの黒い獅子だけだ。・・・君には何も教えてくれなかったんだね。いや・・・君のほうが耳を貸さなかったのかな・・・?まあ、どちらでも同じだけど」
そうして、ふと「ああ、でも」と椿は寂しげな笑みを浮かべると―――――
「そうか―――――・・・。やっぱり先生は僕に、僕だけに期待をしているんだ」
「8人目 を作って・・・あいつは何をしてたんだ?」
そこでクロが、躊躇いがちに椿にそう尋ねかけると―――――
「それを僕に聞くのかい?先生 に聞けば良かったのに! どうして聞かなかったの!?」
両手を広げた椿は、あははははと笑いながら、クロを責め立ててきて。
「・・・!」
それに対しクロは一瞬、視線を俯けながら押し黙ってしまうも。
「・・・わかってる。オレが間違ってたってことくらいは・・・」
やがて、右手でフードの襟を掴んで、そう言いながら顔がしっかりと見えるように、正す仕草をすると。
「だからオレはここをどけねーんだ・・・。お前とはオレが向き合わなきゃなんねー」
ひたと見据えてきたクロに対し、椿は不愉快そうに眉を顰めたのだが。
「・・・交えるべきは武器じゃない。言葉だ」
クロは構うことなく、椿に向かって右手を伸ばしていく。
その時、クロが思い出していたのは、過去の罪と向き合うことが出来ず、自身の中に在る真っ暗な部屋の中に閉じこもってしまった時の事。
そこで武器を使うことを選択せず、体当たりで言葉を介して、向き合ってくれた真昼と瑠璃の事だった。
そしてクロが椿の手にしていた刃を躊躇うことなく、右手で握りしめた時。
「・・・・・・クロ、・・・・・・椿・・・・・・」
クロが口にした言葉をきっかけとして、瑠璃が完全に意識を覚醒させたのだ。
「ああ、兄さんの所為で瑠璃が目を覚ましちゃったじゃないか」
クロの行動に呆然とした面持ちになっていた椿は目覚めた瑠璃の姿に気づき眉を顰める。
と―――――
「主張に一貫性が無いのは議論が成立しないから好きじゃないな。君はろくに対話もせずに先生を殺したんだろう? それなら僕のことも同様に殺すべきじゃないか!」
目を眇めながらクロに対して煽るかのようにそう言ったのだが。
「・・・それを後悔してっからこうして―――――・・・」
しかし、クロは椿の刀を掌で握りしめ続けるのを止めることなく。
クロは椿と話し続けようとしたのだが―――――。
「後悔!?」
椿はそんなクロの行動を蔑む様に、刀を振り下ろして。ざく、とクロの掌を深く斬りつけたのだ。
「クロ・・・・・・っ!?」
体を起こした瑠璃が愕然とした面持ちで口を両手で覆う。
そしてクロが苦痛に顔を歪めると、その様を目にした椿は狂気に満ちた笑い声を上げながら、「かあっるううううううい!! あははっ、なんて軽い後悔だろう!! 君のまことのことばはここにはないな」
真紅の瞳を弓形 に細めると「ねえ、僕のことどれくらい考えられる?」と薄ら笑いを浮かべた椿は刀を手放すと、両掌を自身に向けながら告げてくる。
「ねえ、同じこと考えてよ。同じこと喜んでよ。同じこと悩んでよ。同じこと憤ってよ。同じこと悔やんでよ。『君もそう思うでしょ?』の問いに『イエス』か『ノー』で答えてよ。それ以外は要らないんだ。そうやって僕のことを理解して君のこと理解させてよ。そうじゃなきゃ孤独だ。でもそんなのは孤独だ。だから孤独だ」
その悲憤慷慨 に満ちた椿の言葉に、満ちた椿の言葉に、クロと瑠璃は戦慄を覚えていた。
「人は理解できないものを拒否する。拒否することでしか自分を守れない。価値観の揺らぎは世界の崩壊だ」
それを見透かしたような言葉を、さらに椿が紡ぎ出すと。
「さあ、世界崩壊へのカウントダウンだ」
―――――8―――――
椿の背後には幻術によって作り出された数字が浮んでいて。
「・・・先生はまだここにいるよ 」
―――――7―――――
「・・・心の中にとでも言いてーのか?」
椿が漏らした言葉に、クロが眉を顰めながら聞き返すと。
「あはっ。君、そんな冗談言うキャラだったんだ!?」
―――――6―――――
「C3 はきっとよく知ってると思うけどなあ?」という椿の言葉に、クロが呆然とした面持ちで固まる。
―――――5―――――
すると、椿は自分の傍に近づいてきた灰塵の欠片を、漆黒に染まった右手の人差し指で示し。
「ねぇC3が灰塵の除去をしているのは知っているでしょ? 本当は、あれは『除去』じゃなくて・・・」
―――――4―――――
そっと両掌の中に、囲むようにしながら、椿は口端を吊り上げて告げてくる。
「『貯蔵』。これはとっても使えるからね・・・僕も少し分けて貰おうかと思ってるところだ」
―――――3―――――
「椿・・・・・・っ!?」
「使う・・・って」
瑠璃とクロが驚きに目を見開くと、再び刀を左手に顕現させた椿は、
「死んでくれたら教えてあげるよ、お兄ちゃん?」
そう言いながらクロの喉元に刃を突きつけたのだ。
【本館/20・11/28/別館/20・11/28掲載】
オォォと椿から感じる威圧感に、一度彼に敗れてしまったロウレスは、本能的な畏怖を覚え、引き攣った表情のまま固まってしまっていた。
そんなロウレスの反応を椿は面白がるかのように、歯で銜えていたドッグタグをまた掌に乗せると、チャラッ・・・と弄ぶかのように放り投げて見せてきて。
そこでロウレスの主人であるリヒトが、自分の吸血鬼に代わって、ドッグタグを椿から奪い返すべく動こうとしたのだが―――――。
「リヒト・・・待って」
ガッと左腕をロウレスは伸ばすと、それを制したのだ。
あ? と睨み付けてきたリヒトに、ロウレスは押し殺した声音で、冷や汗を流しながら告げる。
「あいつはマジでやばいっスから・・・」
ロウレスの意識の内には椿に遭遇してから捕らわれの身になるまでの出来事が蘇ってきていた。
―――――無理だ、リヒトは限界
―――――オレも体が重くてとても戦えねぇ
「・・・兄さん」
そうして一縷の望みに縋るようにロウレスがクロに呼びかけると、
「わかってる」
椿の動きを注視しながら、クロは低く力強い声音でロウレスに応じてきて。
そんな兄の背をロウレスが呆然としながら見ていた時。
―――――椿の手から何とかしてハイド君の〝大切な絆の証〟を取り戻さないと。
クロの傍に居た瑠璃もまた、胸元の『鍵』を握りしめながら、椿の傍に近づくタイミングを見計らっていた。
そして椿は―――――御園、鉄、リヒト。吸血鬼達の主人三人に視線を滑らせると、
「色欲の
「えっ・・・そうか御園も会ったことはなかったのか」
椿が紡ぎ出した挨拶の言葉に、真昼が目を瞬かせながら御園を見遣り。
「下位やリリイ。そして瑠璃からも、情報としては聞いてはいたが直接会うのは初めてだ」
―――――こいつが椿・・・!!
真昼に答えた御園は、眉を顰めながら椿を見返す。
と―――――
「私は一度・・・一人きりのときに会ったことがあります。そのときはある質問を投げかけられただけでしたが・・・・」
強張った面持ちでリリイがそう告げてきて。
耳朶に届いたその言葉に、真昼と瑠璃はハッと目を瞬かせる。
―――――兄弟全員誰も僕を知らなかった!
―――――僕はだーれだ・・・?
二人が思い出したのは、初めて椿が自分たちの前に姿を現した時の事だった。
一方、御園は―――――
―――――どうして椿がここにいる?
―――――椿を呼び出したあの場所からこんなすぐに戻れるはずは・・・。
釈然としない想いを抱きながら、椿を睨み付けていたのだが。
ふいに視線を俯けていた鉄が御園の右肩をぐっと制するように左手で掴むと、
「ヒューが・・・どうなったか知ってんのか?」
一歩前に出て椿にその問いをぶつけたのだ。
「鉄・・・っ」
「千駄ヶ谷! 待て!」
すぐさま真昼と御園が止めようとするも、鉄は踏み止まることなく。
「・・・ヒューは?」
険しい目つきで椿を見据えながら重ねて問いかける。
「ああ」
椿は右手の着物の袂を口元に据えながら、ニヤリと笑みを浮かべると、
「見てわからなかった?」
窓の向こう側に吹き荒れる灰塵を示しながらそう告げてきて。
「・・・!!」
刹那、ビリッと鉄から凄まじい憤怒の感情が放たれた。
しかし椿はそれに対し、何の反応も示すことはなく―――――。
―――――・・・・・・椿?
その様にふと微かな違和感を覚えた瑠璃とともにクロもまた眉を顰めながら椿を見遣った中で、
「ベルキアの幻術でね。箱に閉じ込めた相手を対になる箱に転送する手品。それで傲慢の真祖を僕のところへ送ってもらった」
ヒューがこの場から消えてしまった手品の種が明かされた。
「消失マジックは手品の基本でしょ?」
そして愉快そうな口振りで椿はそう言ったのだが。
―――――・・・おかしい
―――――だとしても吸血鬼と主人の間に信頼関係があればサーヴァンプは倒されないはずじゃ・・・!?
―――――千駄ヶ谷の失望が影響したか?
―――――あるいは何か別の・・・
椿の発言に疑念を抱いた御園が鉄の背中を見据えながら眉を顰めて思考を巡らせる中。
「信じられないなら今もうひとつ・・・目の前で壊して見せようか」
そう言いながらドッグタグに繋がっていた切れた鎖の部分を、左手の親指と人差し指で持ち上げて見せてきた椿に対し、ヂリッとクロが殺気をぶつけた。
しかし、やはり椿はそれにもまた反応を示すことはなく。
「壊せるわけないと思ってる?」
―――――もしかして、あの椿は・・・・・・!
ドッグタグを掌で弾ませながら話し続ける椿の姿を見て、ハッと瑠璃がクロに目を向けると、真紅の瞳がジッと見つめ返してきて。
―――――大丈夫、私はクロの事を信じてるから!!
それに瑠璃が頷き返すのと同時に、
「信頼や絆なんてなにより脆いものだっていうのに」
話し続けていた椿に向かってクロが飛びかかって行き。
左手を漆黒の鉤爪に変えて、椿の身体を真っ二つにしたその時、瑠璃もまた『鍵』を発動させてその場に転移すると、パシッと椿の手から離れていたドッグタグを両手でキャッチして回収したのだ。
「クロ・・・!? 瑠璃姉・・・・・・!? 」
その光景を目にして、動揺した声を上げたのは真昼だった。
「喋りすぎだ。殺気に対してあまりに
けれど、淡々とした口調でそう言ったクロと背中合わせで着地した瑠璃が、
「大丈夫よ、真昼君。この椿は
続いて落ち着いた声音でそう告げると。
コンという鳴き声とともに、真っ二つになった椿は消失していって、変わりに黒狐が黒煙を描くようにしながら姿を現したのだ。
「キツネ・・・!」
そこで椿から〝幻術〟を仕掛けられたことがある真昼が見覚えのあるその姿に瞠目すると、
「幻術だったのか・・・」
御園もまた呆然とした面持ちでそう呟いたのだが。
その直後―――――
―――――シャラーン―――――
耳朶に響いた、聞き覚えのある澄んだ音色に、ぴくッと瑠璃が肩を震わせると、
「正解」
はしゃいでいるような声のトーンで、その台詞を紡ぎ出した何者かが、天井の穴を通り抜けて降下してきて。
「―――――きゃ・・・・・・!?」
「瑠璃っ!?」
聞こえてきた瑠璃の悲鳴に、すぐさまバッとクロが振り返ると。
「・・・だけど
そこには〝本物〟の椿の姿が在り、瑠璃を右腕の中にガッチリと掴まえて、抱きかかえていたのだ。
それを目にした真昼達が衝撃を受けた面持ちで色を失い固まってしまった中―――――
「ふう・・・久しぶりに全力で走っちゃったよ。お待たせライラ」
天井の穴の向こう側に広がっていた青空もまた薄暗いものに変わっていて、椿がこの場に顕現した直後からポツポツ・・・と天気雨が降り出していた。
その降り注いでくる雨の中を椿はコンと下駄を鳴らしながら、瑠璃を右腕の中にしっかりと抱いたままライラの傍に一歩近づくと。
「戻ってくる時間は稼げた」
笑みを浮かべながらそう言って、雨に濡れて顔に張り付いていた髪を左手で掻き上げる仕草をしたのだ。
「・・・・・・椿」
そして椿の腕の中に捕らわれの状態となってしまった瑠璃が、呆然とした面持ちでドッグタグを握りしめたまま、憂鬱の真祖の名前を呼ぶと。
「あはは、瑠璃。君の顔を見て話をするのも、こうやって触れるのも久しぶりだ」
椿は愛しみに満ちた眼差しで見つめながらそっと左手で頬から顎を掬うようにしながら触れてきて。
「だけど、やっぱり前よりも兄さんの気配が強くなってるね。兄さんとの繋がりが深まった分、君自身の力はより一層安定したみたいだけど。面白くないなぁ」
それからスッと細められた真紅の瞳が捉えたのは、椿が現れてから射るような眼差しで此方を見据えてきていたクロだった。
「・・・・・・椿、瑠璃を放せ」
明らかに挑発するかのような態度を見せてきていた椿に対し、クロは憮然とした口調で言った。
瑠璃の手の中には、まだロウレスのドッグタグが握られたままだ。
それを力づくで、奪おうと思えば、すぐにでも実行に移せるだろうに、敢えてそれをしないのは、やはり瑠璃のことを変わらず大切に想っているからなのか。
しかし、瑠璃自身が『鍵』の力を発動させることは、椿に捕まった状態では困難を極めてしまうだろう。
そして瑠璃を盾に取られてしまっている以上、クロもまた下手に動くことは出来ない。
「あはっ、あはははは、あっは!! ははははははは。そう言われて、素直に僕が瑠璃のことを解放すると思う? さっさと兄さん一人で奪おうとすればよかったのに! さっきの〝僕〟は幻だったんだから」
口端を吊り上げた椿がニヤと笑みを浮かべながら言った。
―――――本物の椿!!?
―――――
―――――やはりあの短時間で戻ってこられるはずなかったんだ!!
それに対し、御園が愕然となると。
「慎重になりすぎだ。〝失敗した〟、〝敗北した〟・・・という恐怖はなにより人をすくませる。正しい判断をできなくさせる。〝
―――――コンと椿の幻術で作り出された黒狐が御園の中に這入り込んでいく。
「・・・!!」
その時、御園の意識の内に蘇ってきていたのは、強欲の二人が捕らわれていた場所に関する想定外の事態と、傲慢の真祖たるヒューまでもが、的の策略に嵌まってしまった時の光景で。
「御園君・・・・・・っ!!」
それに気づいた瑠璃が叫び声を上げると、黒狐は霧散したものの。
「椿。お前は・・・何をしようとしてるんだ」
真昼が強い眼差しで椿を見据えながらそう問いかけると。
以前とは違う、確固たる意志を持った真昼の姿を認識した椿は、一瞬、驚いた様子で目を瞠っていたのだが―――――。
「先生の期待に応えたい・・・」
「―――――・・・・・・椿・・・・・・」
ふと、恍惚とした笑みを浮かべた椿が紡ぎ出したその言葉に、胸が詰まる思いを抱いた瑠璃がまた〝名前〟を呼ぶと。
「だから、瑠璃。君が持っているソレを僕に渡してくれるかな。先生は僕に〝後片付け〟を期待している。ちらかったままのこの世界を」
眉尻を下げながら瑠璃を見つめた椿の、隠された右手の着物の袂から、ぼたりと紅いモノが落ちて。
―――――・・・血?
それを目にした真昼が、ぎく・・・と顔を強張らせたのだが。
―――――いや、花―――――・・・。
「・・・・・・つばき・・・・・・」
落ちた〝紅い花〟―――――それは〝憂鬱〟の真祖の〝名前〟と同じモノで。
はらはらと零れ落ちていく〝椿〟の香りが瑠璃の意識をゆっくりと奪っていく。
そして意識がある内に『鍵』の力を使おうとしても、瑠璃の想いに反して発動することも叶わない。
「僕は手段。僕は方法」
「・・・・・・っ、だめ・・・・・・」
―――――・・・・・・椿にこれを渡してしまったら・・・・・・。
沈みそうになる意識に抗おうと必死に瑠璃は手の中のドッグタグを握りしめる。
けれど―――――
瑠璃の身体を捕らえていた椿の右手の着物の袂が、ふいに腕の辺りまで一気に捲れ上がって、ザアと
「サーヴァンプを〝殺す〟唯一の方法」
露わになった椿の右腕は手の先までは真っ黒に染まっていて。
その手から具現化した無数の椿の花の香に飲み込まれてしまった瑠璃の意識は完全に闇の中に沈んでしまったのだ。
「瑠璃、君が目を覚ますときにはきっと全てが終わってるから」
―――――その時、君が僕のことを許してくれないとしても。僕は絶対に君を〝独り〟にしたりはしないよ。
意識を失ってしまった瑠璃の手の中から、スッとドッグタグを左手で回収すると椿は囁くような声音で言った。
「・・・・・・瑠璃姉!?」
「安心しなよ、城田真昼。瑠璃は気を失ってるだけだから」
そして動揺した面持ちで声を上げた真昼に対し、椿は淡々とした声音でそう告げると。
「とりあえず瑠璃はそっちに渡すから、ちゃんと受け止めてよね。兄さん」
右腕の中に捕らえていた瑠璃の身体を、鋭い眼差しで此方を見据えてきていたクロ目掛けて、放り渡してきたのだ。
「―――――椿、お前・・・・・・っ!?」
「・・・・・・っ、向き合えねー!!」
真昼の叫び声と、クロの声が重なる。
そうしてクロが瑠璃の身体を無事に両腕で受け止めたその直後。
シャンと空気を震わせる音が鳴り響いた中で、黒く染まった右腕を広げる仕草をした椿の掌の中から、新たに具現化して零れ落ちてきた椿の花が変化し始めて。
オオオという唸りのようなモノが聴こえた刹那―――――漆黒の刀が具現化したのだ。
それを目にしたロウレスの表情が強張ったものになる。
「絆だの信頼だの。
「やめろ!!」
そして椿が左手に持っていたドッグタグを空中に放り投げるのと同時に漆黒の刀を手に取ったその時。椿の魔の手から〝大切な絆の証〟を死守しようと、ロウレスが絶叫しながら駆け出して行ったのだが。
ロウレスが伸ばした右手がドッグタグを掴む手前で、椿が振り下ろした漆黒の刀によって、バキンと真っ二つに両断されてしまい。さらにロウレスの左肩までもが斬り捨てられてしまったのだ。
「てめぇ!!」
ロウレスの後を追うようにやって来たリヒトが椿に対して怒りの声を上げる。
「リヒ」
耳朶に届いた主人の声に咄嗟に振り返ったロウレスが名前を口にしようとした。しかしその刹那―――――ロウレスの口からはドバと大量の灰塵が放出され始めてしまい。
粉塵が吹き荒れ始めた中で反射的にリヒトが右腕で目を覆って立ち往生してしまったその時。シャンと空気を震わせながら舞い散らせた椿の花を媒介にして、新たに漆黒の刀を二本作り出した椿が狂気の笑みを浮かべながら、ロウレスに止めを刺すべく迫ってきたのだ。
そこで瑠璃の身体を素早く床に横たわらせたクロが、椿からロウレスの身柄を護るべく、瞬時に正面に立ち塞がるのと同時に、椿が作り出した漆黒の刀を一本右手に掴むと。椿もまた左手で漆黒の刀を握りしめながら振り下ろしてきて。ガキンと両者の刃が激しくぶつかり合う音が響き渡った。
「・・・どいてよ怠惰の兄さん。兄さんが殺せないよ」
刃を退くことをしないまま、椿が告げてくる。
「僕、強欲の兄さんに言っちゃったんだよね。灰塵を吐かせるだけじゃすまないな・・・って。首を落とさなきゃ。
「・・・ほんとめんどくせぇ隠し子がいたもんだ・・・」
しかし、クロも退くつもりはなく。ひたと椿を見据えたまま、呟いたその言葉に。
「あはっ認めてくれるの? 僕が兄さん達の弟だってこと」
「・・・認めざるを得ねぇよ。
嘲笑するかのような笑みを浮かべながら訊き返してきた椿に、クロはギ・・・と刃を押し返さんとしながら応じる。
と―――――
「・・・そう。一人しかいない。君が殺しちゃった僕の先生しか」
クロが紡ぎ出したその言葉に椿は、に・・・と口端を吊り上げて。
「捜したよ黒い獅子、先生は君が・・・殺しちゃったんでしょう? 僕は・・・君に
にっこりと笑みを浮かべながらクロの顔を見つめ返すと、そこで微かに動揺した面持ちになったクロの手からその僅かな隙を突いて刀を弾き飛ばしてしまったのだ。
―――――しとしとと、闇夜の中で冷たい雨が降っている。
―――――そして無惨に破壊された家屋の上には巨大な黒い獅子の姿が在り。
『―――――やめて!! 殺さないで!!』
右側の片袖だけ長い、黒い着物を着た『彼』が、必死の形相で叫んでいた。
『僕から〝
けれど、その悲痛な叫び声が黒い獅子に届くことはなく―――――。
『彼』にとって唯一の『家族』だった〝先生〟は殺されてしまった。
そうして〝独り〟になってしまった『彼』は、彼の人の口から話しにだけ聞き及んでいた『兄弟』達を探し出して。
―――――会いに行く事にした。
けれど―――――
『初めまして。〝僕〟は君たち
淡い期待を抱きながら、『彼』は出会った兄弟達にそう尋ねて回った。
しかし誰も『彼』を〝知る者〟はおらず―――――誰も『彼』の〝存在〟を〝認めて〟『名前』を〝呼んで〟はくれるものはいなかった。
―――――どうして『兄弟』の誰も『僕』のことを〝知らない〟の?―――――
―――――どうして『僕』のことを〝認めて〟くれないの?―――――
―――――『僕』はここに〝居る〟のに―――――
―――――嘆きの雨が闇の中に降り注ぐ。
コンと黒い狐が、闇の中で雨に打たれながら独りぼっちで鳴いている。
『彼』の〝言葉〟に耳を傾けて、『彼』が抱えている〝想い〟と〝向き合って〟『彼』の存在を兄弟達全員が〝認めて〟くれたなら。
―――――『彼』の〝心〟は救われるのだろうか。
けれど―――――
―――――傍に居てあげる事が出来なくてごめんなさい―――――
沈んだ闇の中で、〝繋がった〟ことで視えてしまった『彼』の心の中でも、〝私〟は結局、そう告げることしか出来ない。
私にとって『彼』が『大切な家族』なのは変わらない。
でも『彼』が成し遂げんとしていることに〝私〟は決して賛同することが出来ない。
―――――だからこそ。
―――――何度でも〝私達〟は『彼』と〝武器〟で争うのではなく、〝言葉〟で、ぶつかり合わなければならないのだ。
「ハイド!!」
口と椿に刀で斬られた肩の傷口から、オオオと灰塵を放出し続ける、吸血鬼の名前をリヒトが叫ぶ。
「ロウレス・・・っ」
そして真昼もまた、灰塵が蔓延してしまった室内で身動きが取れなくなってしまっていた。
―――――や・・・ばい。灰塵が部屋に充満して・・・雲の中みたいだ。
―――――なんにも見えない・・・っ。
けれど灰塵が抜けかけた真祖が暴走して、主人を襲うかもしれないという可能性を考慮して。
「リヒトさん!! ロウレスから離れて・・・!」
左手の甲で口元を覆いながら、リヒトの前に立って護るように真昼が右腕を伸ばすと、
「!?」
以前とは立場が逆転した形になったことにリヒトは驚いた様子で目を瞬かせていた。
そうして真昼はリヒトを気にかけながらも、
―――――意識を失った瑠璃姉はクロの近くにいるはずだ・・・・・・!
―――――クロ・・・! 椿を止めてるのか!?
ごほっと咳き込みなら真昼は二人の名前を呼ぶ。
「瑠璃姉! クロ!」
「・・・・・・まひる、くん・・・・・・」
微かな反応を瑠璃が示し、意識を取り戻そうとし始めた時。
―――――真昼・・・!
ぴくッとクロもまた、真昼の声がしたほうに視線を向けたのだが。
椿が振りかざした刀がビッとクロの右頬を掠めていって。
「余所見されたらたまらないな。〝先生〟の話をしてるっていうのに」
「・・・その『先生』って呼び方は何なんだ・・・? お前の目的は俺達7人への復讐・・・か?」
椿のほうに視線を戻したクロの右頬からは一筋の血が流れ出していたのだが、それには構うことをせず。
「『期待に応えたい』・・・って。それがあいつの遺志だっていうのか?」
椿が紡ぎ出した言葉に対する疑念をクロはぶつけたのだが。
「復讐? それほど無意味なこともないと思わないかい?」
しかし、それに対する椿の反応は冷めたもので。
「あ・・・?」とクロが思わず眉を顰めると。そんなクロの反応を椿は面白がるように笑みを浮かべながら「僕はね、
漆黒に染まった右手の人差し指を口元に添えながらそう告げてきたのだが。身に覚えがない話に、クロは困惑するしかなく―――――。
「協力って何言って―――――・・・」
そう聞き返そうとしたものの。
「でもその前にひとつ聞かせてよ」
椿はクロの言葉を遮って、逆に尋ね返してくる。
「君だけが聞いたはずの先生の言葉。先生の最期の言葉をさ」
「・・・最期に話・・・は」
けれど、椿が欲する答えをクロは持っていない。
「
「・・・・・・」
椿からの追及に対し、クロは沈黙するしかなく。
そんなクロに対して椿は淡々とした口調で告げてくる。
「僕が生まれてから先生はサーヴァンプの誰とも会っていなかった。会ったとしたら殺しに来た君だけだ。あの黒い獅子だけだ。・・・君には何も教えてくれなかったんだね。いや・・・君のほうが耳を貸さなかったのかな・・・?まあ、どちらでも同じだけど」
そうして、ふと「ああ、でも」と椿は寂しげな笑みを浮かべると―――――
「そうか―――――・・・。やっぱり先生は僕に、僕だけに期待をしているんだ」
「
そこでクロが、躊躇いがちに椿にそう尋ねかけると―――――
「それを僕に聞くのかい?
両手を広げた椿は、あははははと笑いながら、クロを責め立ててきて。
「・・・!」
それに対しクロは一瞬、視線を俯けながら押し黙ってしまうも。
「・・・わかってる。オレが間違ってたってことくらいは・・・」
やがて、右手でフードの襟を掴んで、そう言いながら顔がしっかりと見えるように、正す仕草をすると。
「だからオレはここをどけねーんだ・・・。お前とはオレが向き合わなきゃなんねー」
ひたと見据えてきたクロに対し、椿は不愉快そうに眉を顰めたのだが。
「・・・交えるべきは武器じゃない。言葉だ」
クロは構うことなく、椿に向かって右手を伸ばしていく。
その時、クロが思い出していたのは、過去の罪と向き合うことが出来ず、自身の中に在る真っ暗な部屋の中に閉じこもってしまった時の事。
そこで武器を使うことを選択せず、体当たりで言葉を介して、向き合ってくれた真昼と瑠璃の事だった。
そしてクロが椿の手にしていた刃を躊躇うことなく、右手で握りしめた時。
「・・・・・・クロ、・・・・・・椿・・・・・・」
クロが口にした言葉をきっかけとして、瑠璃が完全に意識を覚醒させたのだ。
「ああ、兄さんの所為で瑠璃が目を覚ましちゃったじゃないか」
クロの行動に呆然とした面持ちになっていた椿は目覚めた瑠璃の姿に気づき眉を顰める。
と―――――
「主張に一貫性が無いのは議論が成立しないから好きじゃないな。君はろくに対話もせずに先生を殺したんだろう? それなら僕のことも同様に殺すべきじゃないか!」
目を眇めながらクロに対して煽るかのようにそう言ったのだが。
「・・・それを後悔してっからこうして―――――・・・」
しかし、クロは椿の刀を掌で握りしめ続けるのを止めることなく。
クロは椿と話し続けようとしたのだが―――――。
「後悔!?」
椿はそんなクロの行動を蔑む様に、刀を振り下ろして。ざく、とクロの掌を深く斬りつけたのだ。
「クロ・・・・・・っ!?」
体を起こした瑠璃が愕然とした面持ちで口を両手で覆う。
そしてクロが苦痛に顔を歪めると、その様を目にした椿は狂気に満ちた笑い声を上げながら、「かあっるううううううい!! あははっ、なんて軽い後悔だろう!! 君のまことのことばはここにはないな」
真紅の瞳を
「ねえ、同じこと考えてよ。同じこと喜んでよ。同じこと悩んでよ。同じこと憤ってよ。同じこと悔やんでよ。『君もそう思うでしょ?』の問いに『イエス』か『ノー』で答えてよ。それ以外は要らないんだ。そうやって僕のことを理解して君のこと理解させてよ。そうじゃなきゃ孤独だ。でもそんなのは孤独だ。だから孤独だ」
その
「人は理解できないものを拒否する。拒否することでしか自分を守れない。価値観の揺らぎは世界の崩壊だ」
それを見透かしたような言葉を、さらに椿が紡ぎ出すと。
「さあ、世界崩壊へのカウントダウンだ」
―――――8―――――
椿の背後には幻術によって作り出された数字が浮んでいて。
「・・・先生はまだここに
―――――7―――――
「・・・心の中にとでも言いてーのか?」
椿が漏らした言葉に、クロが眉を顰めながら聞き返すと。
「あはっ。君、そんな冗談言うキャラだったんだ!?」
―――――6―――――
「
―――――5―――――
すると、椿は自分の傍に近づいてきた灰塵の欠片を、漆黒に染まった右手の人差し指で示し。
「ねぇC3が灰塵の除去をしているのは知っているでしょ? 本当は、あれは『除去』じゃなくて・・・」
―――――4―――――
そっと両掌の中に、囲むようにしながら、椿は口端を吊り上げて告げてくる。
「『貯蔵』。これはとっても使えるからね・・・僕も少し分けて貰おうかと思ってるところだ」
―――――3―――――
「椿・・・・・・っ!?」
「使う・・・って」
瑠璃とクロが驚きに目を見開くと、再び刀を左手に顕現させた椿は、
「死んでくれたら教えてあげるよ、お兄ちゃん?」
そう言いながらクロの喉元に刃を突きつけたのだ。
【本館/20・11/28/別館/20・11/28掲載】
