第十八章『許すものと赦されざる存在』
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許すものと赦されざる存在
熾烈な戦いの果てに、漸くヒガンを打倒したロウレスは、右手に持っていたレイピアを地面に突き立てながら、前かがみの体勢で何とか立っていた中で。ヒガンの意識が戻ることなく完全に消失しているのを確認すると、ドサと崩れ落ちるように地面に座り込み。
「っは―――――・・・大丈夫っスかリヒ・・・」
ぐったりとした面持ちで息を吐き出した処で、人間が持ち得る力を限界まで使い果たしたであろう主人の様子を確認するべく、呼び掛けようとしたのだが。
「さ、帰るぞ」
しかし、平然とした声音でリヒトはそう言うと同時に、すぐさまスタスタスタと踵を返して歩き出し始めていて。その姿を目にしたロウレスは「ええ!?」と驚愕の声を上げてしまう。
「リヒたんてホントに人間っスか・・・」
そして、そんなふうにぼやきながら、いてて・・・と呻きつつ、後を追いかける為に立ち上がろうとしたのだが。
その刹那、フラ―――――・・・と左に身体を傾けていったリヒトの左頭部からは、大量の血が流れ出してきていて。そのまま、ばたりと昏倒してしまったのだ。
「ああ!? リヒト!! ちょ!! やっぱ限界だったんじゃねーっスかー!!」
そこでリヒトの傍にロウレスは慌てて駆け寄ると、今度は床に仰向けで寝転がり。
「ま、オレがもうちょっと回復したら担いでいってあげるっスよ」
「頼んでねーよ」
左手を額に置きながら、呆れたような口調でロウレスが漏らした言葉に、同様に仰向けの態勢に変わったリヒトは仏頂面で応じる。
と―――――
天井にぽっかりと開いた穴の向こう側に見える青空を、目を細めながら仰ぎ見たロウレスは、漸く向き合うことができた『過去』に対する自身の〝想い〟を紡ぎ出す。
「・・・オレは戦えた。あの時も戦えたんだ。理想を手にするために。きっと戦えたはずなんだ」
処刑台に立たされても、一切の怯えを見せることなかったオフィーリアの後姿と、両国民に向けて最後の願いを口にした時に彼女が見せた凛とした美しい笑顔。
―――――ロウレスの心の中に在るその情景はリヒトにも伝わっていた。
けれど、いまの〝唯一無二〟の主人は自分なのだ。
「・・・・・・バカネズミ。あの時、きっと戦えた・・・なんてのに意味はねーんだ。いつだって〝今〟なんだ。〝今〟戦わなきゃなんねぇんだよ」
ふとリヒトは目を瞬かせると、天空を見つめながら静かな声音でロウレスの想いに対する〝答え〟を口にする。
と―――――
「・・・ああ、くっそ・・・・・・この電波天使ちゃん。マジカッコイーわ・・・」
目の端から涙を流しながら、ロウレスが薄っすらと笑みを浮かべて呟いた。
その時、天空から柔らかな光がリヒトとロウレスの傍らに舞い降りてきて。
その光の中に、顕現したオフィーリアがそっと右手を差し伸べると、ロウレスの左手に微笑みを浮かべながら触れたのだ。
「リヒトさん! ロウレス!」
真昼達がそこにやって来たのは、それから程なくしてのことだった。
そして真昼とクロに続いて階段を駆け上ってきた瑠璃は、ロウレスの傍に視えた〝彼女〟に気づき、呆然と目を見開いてしまう。
―――――・・・・・・オフィーリアさん?
するとオフィーリアは微笑みながら瑠璃を見つめ返してきて。
―――――〝ミストレス〟のお嬢さん、実はこいつは存外、素直じゃない処があるのに加えて泣き虫なんだ―――――
―――――だからこれからも色々と面倒を掛ける事もあるかもしれないが、どうか仲良くしてやってくれ―――――
右手の人差し指を口元に据えながらそう告げると、オフィーリアは天から差し込んできていた陽光の中にふわりと姿を消したのだ。
それから血だらけで床に昏倒しているヒガンの姿を真昼が確認し、
「この人・・・ヒガンとかいう椿の下位吸血鬼・・・。倒したんだ、二人で」
目を瞠りながら驚嘆の声を漏らすと。
「リヒトさん!」
と呼びかけながら駆け寄って行く。
と―――――
こちらに気づいたリヒトが「お前・・・」と言いながら、よろ・・・と身体をふらつかせつつも立ち上がって。
真昼の後から近づいて来ていた瑠璃のほうにも目を向けると、
「女神『セレネ』と一緒にピアノを聴きに来たのか」
思わぬ発言をしたリヒトに対し、一瞬、真昼は呆気に取られた面持ちになってしまうも、
「いやっ、助けに来たんです。今度こそ!」
強い意志を持った真っ直ぐな瞳でリヒトに向かってそう宣言したのだ。
初めて、リヒトと顔を会わせた時の真昼は―――――〝確固たる意思〟を確立できていない―――――不安定な存在だった。
けれど、リヒトが捕らわれてしまった後、自分自身の内面ときちんと向き合い、さらに深淵の闇の中に閉じこもってしまった相棒であるクロとも本気で向き合った事により―――――精神面に置いて著しい成長を遂げた。それをリヒトも感じ取ったのだろう。
ふ、と不敵な笑みを浮かべながら真昼を見返すと、
「・・・遅せェよ。天使の俺には助けなんかいらね・・・」
そう言い返そうとしたのだが、限界を突破した身体で立ち続けるのは、やはり無理があったようで。
「―――――リヒト君っ!!」
がくっと、前のめりに倒れかけたリヒトに対して慌てて瑠璃が両手を伸ばすと、同じく左側から手を差し伸べて、リヒトの身体を支えた真昼がそのまま左腕を自分の肩に回しながら「リヒ・・・・・・」と呼びかけようとすると。
「目が・・・変わったな。お前も少しは天使に近づいたんじゃねぇか。女神『セレネ』の為にも、これから先もきちんと励めよ」
重篤な状態であるのにも拘らず、笑みを浮かべたまま、またもや、難解な天使語を口にしたリヒトに真昼は思わず当惑の表情を浮かべてしまう。
そして、う―――――ん・・・と何とも言えない面持ちで眉根を寄せた真昼に。
「きっとリヒト君は真昼君の事をある程度は認めてくれたんだと思うわ」
瑠璃もまた、微苦笑を浮かべつつもそう言ったものの。
―――――でも、私のことは女神『セレネ』じゃなくて、普通に名前で呼んで貰えたら嬉しいのだけど。
心中では、そんな想いを抱いていたのだった。
それからこの場に少し遅れて御園と鉄達が辿り着いた処で。
受け取った救急道具を使って、リヒトの手当てを真昼が行う中。
すぐ近くの柱の物陰にバツが悪そうな面持ちで、此方に背を向けながら両足を組んで座り込んでいたロウレスの前に瑠璃はしゃがむと、
「ロウレス君。ロウレス君の手当ては私がするから傷を見せてもらっていいかしら?」
「・・・・・・〝ミストレス〟ちゃん、オレは不死身の吸血鬼なんスよ。だから手当なんていらないっス・・・・・・」
やはり此方を見ようとしないまま、ロウレスはそんなふうに言い返してきたのだが。
「確かに、普段ならそうかもしれないわね。でも、今回は状況が違うでしょう? リヒト君のケガの状態を考えたら、ロウレス君だって回復には時間を要するはずよ」
しかし、瑠璃は引き下がるつもりはなく、ジッとロウレスを見据えながらきっぱりとした口調で言い返すと。
「おい、バカネズミ。女神『セレネ』の好意を無駄にしたら只じゃおかねーぞ」
さらに主人であるリヒトが、ギロッとロウレスを見遣りながらそう告げてきて。
「あーもう、わかったスよ・・・・・・っ!!」
結果、ロウレスは不貞腐れた様子になってしまったものの。瑠璃が手当てをやり易いように、ちゃんと傷を負っている部分のシャツの袖などもまくってみせてきたのだ。
「それじゃあ、ロウレス君。もしかしたら、多少は染みるかもしれないけど、なるべく早く済ませるから。少しだけ、我慢してね」
そこで瑠璃は消毒液を含ませたガーゼを手に取ると、きちんと断りを入れてから、傷の具合を確認するべく順に血を拭っていく行為を開始した。すると、小さな傷はロウレスの言う通り、治癒しているようだったのだが。大きく抉られた火傷状態の部位も何カ所かあり、そこに触れるとやはり痛むようで。
「・・・・・・っ」
微かに顔を歪める仕草をする時があったものの、しかし、ロウレスの口から抗議の言葉などが紡ぎ出されることはなく。
「これで、一先ずは大丈夫かしら・・・・・。お疲れ様、ロウレス君」
そうして瑠璃が見れる範囲、全ての手当てを終えた処で。
「・・・・・・〝ミストレス〟ちゃん、アンタって相当なお人好しスね。自分の手の傷だって、まだちゃんと治ってないんじゃないんスか?」
安堵の笑みを浮かべた瑠璃に対してロウレスが呆れと困惑が入り混じった声音でそう漏らしたのだが・・・・・・。
「ロウレス君。私は自分がしたいと思ったことをやっただけよ。あと、私の手の傷はクロとの〝誓約〟の絆を取り戻した時点で、治癒力も上がったみたいだから。もう大丈夫よ」
ロウレスの言葉に目を瞬かせた瑠璃は事も無げな口調でそう言い返すと。
「そうだ。それよりも、ロウレス君。私の名前は、瑪瑙瑠璃よ。今度はちゃんと、覚えてね」
ピッと瑠璃を立てる仕草をしながら、きっぱりとした口調でそう告げたのだ。
それから瑠璃はリヒトのほうに向きなおると、
「あの、リヒト君も。私のことは『瑠璃』って名前で呼んで貰えたらと思うのだけど。・・・・・・駄目かしら?」
改めてリヒトに対しても、自身の〝呼び名〟に対する想いを口にしたのだ。
――――――・・・・・・リヒトさんに悪気がないにしても、天使語を介したあの〝呼び名〟は、間違いなく人目を惹くものになっちゃうもんな。
リヒトの手当てを終えて、近くに置いてあった救急箱に包帯を片付けようとしていた真昼は耳朶に届いた瑠璃の言葉に、何とも言えない笑みを浮かべながら心中で呟く。
と―――――
「駄目な訳がないだろう。天使である俺が女神の願いを断る理由はないぞ、瑠璃」
しかしてリヒトからの瑠璃に対する返事は、拍子抜けするほどすんなりとしたものだった。
そして―――――
無事・・・・・・と言っていいかわからないが〝強欲〟の二人の奪還も成功し。
当初の目的を達成したものの、今度はベルキアの術策によって行方が分からなくなってしまったヒューを捜さなければならないのだが―――――。
「御園・・・人質 は?」
此方のフロアに辿り着いてから、困惑の面持ちで強欲組の様子を見ていた御園に、真昼が姿の見えないライラの居場所を尋ねると。
「ああ、ここにいる」
御園の返答と共に鉄が背負っていた棺桶を、ガタと右手で支えながら床に縦の状態で置き。ギ・・・と左手で棺桶の蓋を外すと、恐る恐るといった様子でライラが棺桶の中から出て来て。
「ライラ!」
「お嬢・・・・・・えっと、ここは・・・」
瑠璃が呼びかけると、戸惑いの色を滲ませながら周囲に視線を彷徨わせたライラに、頭打ったりしなかったか? と鉄が尋ねかける。
ベルキア達と戦闘になった際、鉄は武器である棺桶をかなり振り回してしまった。しかし、中に入ると外の衝撃は遮断されていたそうで、ライラは何も感じなかったらしい。
―――――ギルのほうはフェイク。人質であるライラを御園が此方に連れて来たのは、万が一ホテルに椿が残っていた場合の交渉に使う為。
しかし、強欲組奪還の目的を果たした今、ライラを連れて歩く必要はもう無いだろう。
「真昼君」
「そうだな。じゃあ・・・ライラはここに残ってくれ」
瑠璃と視線を交わし、頷いた真昼がライラに告げる。
と―――――
「下の階の手品師 だけは連れて行くぞ。ヒューの居場所を聞き出さねばならないからな」
そう言った御園がシャツの襟に仕込んでいたほうの通信機を介して、1階の正面入り口を見張っていたクランツに、強欲組が無事であったという報告と、ギルに逃げろと連絡をするよう指示を出す中。
「クロ」
瑠璃は柱に寄りかかっていたクロの傍に向かうと、そっと右腕を掴んでロウレスと話をするよう目で促した。
「あー・・・そうだな・・・めんどくせーけど・・・」
するとクロは視線を上に向けながら、右手を首の後ろに触れさせる仕草をしつつ、そんなふうにぼやいたものの。
「ロウレス」
顰め面で地面に座り込んでいた弟にクロは呼びかけると、
「礼を言わねーとな、と・・・」
「は?」
兄の口から出た耳を疑うような台詞に、此方に振り返ってきたロウレスは唖然とした声を漏らしたのだが。
クロは構うことなく、そのまま淡々と話し続ける。
「あの時からずっとお前だけがオレを許さなかった」
―――――オレは兄さんを許さないっスよ―――――
―――――許さねえからな!!―――――
あの人を殺すとクロが決めた時、兄弟の中で唯一人、ロウレスだけがクロに対して怒りと悲しみが入り混じったその言葉をぶつけてきた。
そしてあの日の事を後悔し続けて、終に昏い部屋に閉じこもってしまったクロの処に、真昼と瑠璃がやって来て、二人は〝全て〟を知った上で、〝向き合あおう〟と手を差し伸べてくれた。
「だから・・・やっと向き合おうと思えた。あの日の後悔に」
心の中に浮かんできた二つの情景と共にその想いを口にしたクロが、ふと穏やかな眼差しでロウレスを見つめると。
「―――――だからありがとな。許さないでくれて」
そっと礼を述べたクロの顔をロウレスもまた呆然とした面持ちで見上げていたのだが。
「なんっ・・・スかそれ! フツーはっ『許してくれて』ありがとうじゃないんスか!」
当惑した様子で眉を顰めながら反論をしてきたロウレスに対し、そーか・・・とクロは視線を前に向けながら、首を傾げる仕草をする。
「・・・兄さんこそ良かったっスね。あんなふうにまた・・・」
そこでロウレスは目を伏せると、ポツリと呟くように言った。
―――――ああ、そうか―――――
―――――〝良かった〟―――――
その時、ロウレスの心の中に浮かんできたのは、兄と再会してから激しくぶつかり合った時の情景で。
―――――意味はあったんだ―――――
胸の奥にずっと在った、兄に対する〝蟠り〟がようやく浄化されていったのを、ロウレスは感じていた。
「・・・でも、だからって状況はなんにも変わってねぇっス。今 、何かをするしかないんスよ」
そして兄に対し、〝今の自分〟の〝想い〟をロウレスが口にすると。
左手でフードをずらす仕草をし、横顔が弟からしっかりと見えるようにしながら、
「わかってる。ここからだ」
真っ直ぐと前を向いたまま、クロは返事をすると、ぽんと左手でロウレスの頭を撫でる仕草をしたのだ。
その時、クロの傍らで兄弟のやり取りを静観していた瑠璃がフフッと笑みを零すと、
「・・・・・・っ」
クロは目元を薄っすらと赤くしながら、またフードを左手でずらして顔を隠すような仕草をしつつ、右手で瑠璃の左手を掴むと、前方にいた真昼の処に向かう。
と―――――
「兄さんの主人 ・・・あんたさ、名前・・・なんつったっスかね」
ロウレスは立ち上がり、真昼に向かって呼びかけた。
それに気づき、笑みを浮かべながらロウレスに振り返った真昼が、
「ん? 城田真昼!」
改めて名前を名乗ると―――――
「真昼・・・ありがとう」
ぼそ、とロウレスは真昼に向かってそう告げてきて。
「それから・・・・・・瑠璃ちゃんも、さっきはありがとう・・・・・・っス」
その後に、瑠璃の名前も呼んだうえで、手当てに対するお礼も述べてきたのだ。
「おう!」
「どういたしまして!」
そこで真昼と瑠璃は満面の笑顔をロウレスに向けると。
「なあロウレス、俺たちにも教えてくれよ」
「そうね、名前! きっとしばらくは変わらないでしょう?」
そう言われたロウレスは、不機嫌そうな面持ちで柱に凭れるようにしながら座っていたリヒトをチラリと一瞥すると、
「そ・・・・・・そーとは限らないっスよ! 天使ちゃんにムカつきすぎてつい殺しちゃうかもしれないしー。だーからお構いなく! オレのことは今までどーりロウレスちゃんて呼ん・・・」
眉を顰めつつ、右手を掲げる仕草をしながら否定の言葉をロウレスは口にしかけたのだが。まず、リヒトが「あ?」とロウレスを睨み付けた処で。
「照れてんのかよ・・・めんどくせー」
「お前なーこのタイミングで言っとかないと」
「後で言いだすのはもっと恥ずかしいんじゃないかしら?」
クロ、真昼、瑠璃が順に呆れたような面持ちでロウレスを見遣ると。
「うるせーっス!! なんなんスか!! 笑ってんじゃねーっス!!」
ロウレスはそんなふうに喚き声を上げたものの。
「ハイドっスよ」
拗ねたように、そっぽを向きながらも、首から下げていたドッグタグを右手の人差し指に引っかけて見えるようにした処で、リヒトから貰った『名前』を告げてきたのだ。
「素敵な名前ね。それじゃあ、改めてよろしくね、ハイド君」
漸く教えて貰えた、その『名前』を瑠璃が呼び、ふわりと微笑むと。
「―――――・・・・・・っ!!」
ロウレスは呆然と目を見開いた後、バッと視線を俯けていて。
弟の心情を察したクロが微かに眉を顰めると、
「まさかの手彫り・・・」
低い声で呟かれた兄の言葉にすぐさまロウレスは反応して、
「テキトーに鈴なんかもらった兄さんにとやかく言われたくねっス!」
言い返してきたその言葉に今度は真昼が「適当じゃねぇよ!」と突っ込みを入れて。
「バカネズミ、俺の手彫りに文句あんのか」
さらに立ち上がって此方にやって来たリヒトもその中に加わって、背後からドカとロウレスを蹴ると。
「痛い!!」
悲鳴を上げたロウレスは、オレ何も言ってねーっス! とリヒトに対して抗議の声を上げたものの。主人との絆を取り戻し、兄とも和解した、今のロウレスの顔に浮かぶ表情は、偽りの仮面を被っていない本当の笑顔だった。
けれど―――――
「笑っていいはずがないのに」
そんなロウレスの姿を、失意の眼差しで涙を零しながら見つめていた人物がいた。
そしてその人物はロウレスに向かって突進すると、左手を首元にあったドッグタグに手を伸ばして、ブチッと勢いよく引き千切って奪ったのだ。
「え・・・・・・」
「ライラ!?」
呆然と真昼が目を見開き、瑠璃が驚愕の面持ちになりながら、その人物の名を叫んだ。
「・・・許されるはずない。笑っていいはずがないんだ。お前はぼくの友達を殺したのに!」
バッと此方側から一歩距離を取って後ろに下がったライラは、奪ったドッグタグを両手で握りしめながらロウレスに向かって怨嗟の言葉を口にした。
「あ・・・・・・」
ライラの顔を目にしたロウレスは、椿の下位達が襲撃してきた日の出来事を思い出し、蒼白な面持ちになってしまう。
―――――・・・・・・あの時、あそこにいた椿の下位の中に、ライラの友達までいたなんて・・・・・・っ。
そして愕然とした面持ちになった瑠璃も目を見開きながらライラを見つめると、
「これで・・・ぼくも彼らに顔向けできるかも・・・・・・」
「ま・・・待って! ライラ!」
奪ったロウレスのドッグタグをライラは壊すつもりなのだ。
ハッとなった瑠璃がそれを思い止まらせるべく声を張りあげると、
「ライラ! 話を・・・・・・」
いまにもライラに飛び掛からんとしていた、強欲組をガッと前に出て制した真昼もまた、ライラに向かって叫ぶ。
と―――――
「ごめんなさい、お嬢。こんなぼくのことまでも、〝大切な人たち〟の一員として扱ってくれたのに・・・・・・。だけど、ぼくは結局、〝七転八起〟であることが出来なかった」
「・・・・・・ライラ・・・・・・」
〝七転八起〟―――――それはライラの為に選んだ『起き上がりこぼし』のことを意味しているのだと気づいた瑠璃は沈痛の面持ちになってしまう。
瑠璃に対して謝罪の言葉を口にしたライラは目を伏せながら、ドッグタグを握りしめていた両手を胸の前で祈るように組むと、
「ごめん、真昼。君にはとても感謝している。それでも・・・君が君の信念に誠実であったように。ぼくはぼくの友情に、思い出に誠実であるだけだ」
ライラから聞かされた告白に、ドクン、ドクン・・・と真昼の鼓動が大きな音を立てた。
「ぼくはきみの友達を傷つけようとしている。だからきみにはぼくをころすけんりがある! ぼくがいまこれを壊したいと思ってるのとおなじだ」
そうして自身の命を投げ打つ覚悟を決めたライラが紡ぎ出したその言葉により―――――椿と彼を裏切ることが出来ないと涙した桜哉の姿。そして一度武器を使って、桜哉を傷つけてしまった時の光景が真昼の中に蘇って。
「どうぞ。どうぞ、まひる」
追い詰められていった真昼の鼓動が、ドと激しく跳ね上がった。
その刹那―――――
―――――ドオオッ
窓の向こう側で、轟音を響かせながら白いものが勢いよく立ち昇ったのだ。
「な・・・!? 今度はなんだ!?」
御園が窓の向こう側に広がるそれを見て愕然としながら叫ぶ。
「大量の灰塵 ・・・!?」
それは誰の身体から放出されたモノだったのか。
その答はすぐに明らかになった。
「!」
ドクン、と鉄の身体に衝撃が走ると、その背に在った武器である棺桶がバシュと消失したのだ。
「棺桶が消えた・・・まさか、ヒュー・・・!!」
鉄の顔色が蒼白なものになる。
そして御園もまた、窓の外で吹き荒れる灰塵を目にして、心中で焦りを覚えていた。
―――――間違いない!
―――――リリイがやられた時と同じ!!
―――――サーヴァンプの身体から灰塵が放出されている!
―――――そしてこの方角・・・まさかヒューは椿のところに・・・!!?
―――――どうする!?
―――――まずはこの状況をどうにかしないと
―――――〝強欲〟まで失うわけには・・・!
「ライラ。お願い、そのタグを返して欲しいの」
まさに絶体絶命の状況下に陥ってしまった中で、ライラにそう嘆願したのは瑠璃だった。
そして瑠璃に続いて真昼もライラに向かって説得を試みる。
「話そう。許せることじゃないのもわかるよ。・・・だけど」
「理想論だよ、真昼。もう無理だ、ぼくらは」
ライラは真昼の言葉を遮って声を上げる。
「・・・話をしましょう、ライラ。私達は向き合うことができるはずだから」
そこで瑠璃がまた、ライラに向かって静かな声音で話しかけると。
「お嬢・・・・・・だって・・・っ」
ライラは全身を戦慄かせながら、その想いを紡ぎ出そうとしたのだが。
その刹那―――――
コンという狐の鳴き声とともに、黒い着物に椿の模様を裾に散らした白の羽織を纏った、サングラスの男がライラの背後に顕現していて。
「みぃつけた。人質って君のことだったんだね」
ドッグタグを握りしめていたライラの手に左手で触れていたのだ。
「つ・・・」
目から涙を滲ませたライラが、驚愕した様子で自身の背後に現れた男を振り返る。
そして真昼達もまた、ぞわっと一瞬、身の毛がよだつような感覚に襲われた中で、
「椿・・・!?」
現れた憂鬱の真祖の名を愕然となりながら瑠璃が呼ぶと。
瑠璃のほうに目を向けて、フッと椿は微笑んだ後。
「怖かっただろう。みつけるのが遅くなってごめんね。さあ、それを僕に」
優し気な声でライラに話しかけながら、ロウレスのドッグタグを自分の手に受け取ったのだ。
―――――どう・・・なってる!?
―――――どうして椿がここに・・・!!
御園が混乱した面持ちで、椿を見据える中。
「ヒガンまで倒しちゃうなんて、〝強欲〟の兄さんとその主人はずいぶん暴れてくれたなあ」
床に昏倒しているヒガンを見遣った椿は、まずロウレスとリヒトに対して当て擦りのような言葉を紡ぎ出したのだが。
「それに・・・瑠璃だけじゃなくて、城田真昼。君にもお礼を言いたいな」
その後に椿から愉悦に満ちた眼差しと言葉を送られた真昼は困惑の面持ちになってしまう。
「やあ、怠惰の兄さん。主人との絆だけじゃなく、瑠璃との繋がりもまた、以前よりも深まったみたいだね」
すると椿はさらに口端を吊り上げながら、今度はクロに対して、挑発するかのような言葉を投げかけてきたのだが。
クロはそれに応えることなく、無言で椿を睨み返したのみだった。
「椿! 貴方がヒューくんを・・・!?」
そこで瑠璃が椿に対して、先程目にした灰塵に関して、問い質すべく声を上げると。
「あは、先生が決めた順番が狂っちゃったのはとても残念だよ。でも、いいんだ。カウントは進んでる」
椿は愉しげな笑みを浮かべながらそう告げてきて。
「あと5つ」
椿の幻術によって、空中に現れた真祖七人の名前の中で、〝色欲〟と〝傲慢〟が、椿の左手の人差し指から滲んだ血によってバツ印を付けられた。
それからライラから受け取っていたドッグタグを左手の中で椿は弾ませながら、
「そして・・・」
そう呟くと、チャラと音を鳴らしたドッグタグの動きに合わせるかのように、〝強欲〟の文字が躍るのを目にしたロウレスの顔からは血の気が引いていって。
「あと4つ・・・にすぐになるけどね」
椿はそんなロウレスの様子を目にして嘲笑するかのような笑みを浮かべると、ガキンと勢いよく歯でドッグタグを銜えて見せたのだ。
【本館/20・11/08/別館/20・11/09掲載】
熾烈な戦いの果てに、漸くヒガンを打倒したロウレスは、右手に持っていたレイピアを地面に突き立てながら、前かがみの体勢で何とか立っていた中で。ヒガンの意識が戻ることなく完全に消失しているのを確認すると、ドサと崩れ落ちるように地面に座り込み。
「っは―――――・・・大丈夫っスかリヒ・・・」
ぐったりとした面持ちで息を吐き出した処で、人間が持ち得る力を限界まで使い果たしたであろう主人の様子を確認するべく、呼び掛けようとしたのだが。
「さ、帰るぞ」
しかし、平然とした声音でリヒトはそう言うと同時に、すぐさまスタスタスタと踵を返して歩き出し始めていて。その姿を目にしたロウレスは「ええ!?」と驚愕の声を上げてしまう。
「リヒたんてホントに人間っスか・・・」
そして、そんなふうにぼやきながら、いてて・・・と呻きつつ、後を追いかける為に立ち上がろうとしたのだが。
その刹那、フラ―――――・・・と左に身体を傾けていったリヒトの左頭部からは、大量の血が流れ出してきていて。そのまま、ばたりと昏倒してしまったのだ。
「ああ!? リヒト!! ちょ!! やっぱ限界だったんじゃねーっスかー!!」
そこでリヒトの傍にロウレスは慌てて駆け寄ると、今度は床に仰向けで寝転がり。
「ま、オレがもうちょっと回復したら担いでいってあげるっスよ」
「頼んでねーよ」
左手を額に置きながら、呆れたような口調でロウレスが漏らした言葉に、同様に仰向けの態勢に変わったリヒトは仏頂面で応じる。
と―――――
天井にぽっかりと開いた穴の向こう側に見える青空を、目を細めながら仰ぎ見たロウレスは、漸く向き合うことができた『過去』に対する自身の〝想い〟を紡ぎ出す。
「・・・オレは戦えた。あの時も戦えたんだ。理想を手にするために。きっと戦えたはずなんだ」
処刑台に立たされても、一切の怯えを見せることなかったオフィーリアの後姿と、両国民に向けて最後の願いを口にした時に彼女が見せた凛とした美しい笑顔。
―――――ロウレスの心の中に在るその情景はリヒトにも伝わっていた。
けれど、いまの〝唯一無二〟の主人は自分なのだ。
「・・・・・・バカネズミ。あの時、きっと戦えた・・・なんてのに意味はねーんだ。いつだって〝今〟なんだ。〝今〟戦わなきゃなんねぇんだよ」
ふとリヒトは目を瞬かせると、天空を見つめながら静かな声音でロウレスの想いに対する〝答え〟を口にする。
と―――――
「・・・ああ、くっそ・・・・・・この電波天使ちゃん。マジカッコイーわ・・・」
目の端から涙を流しながら、ロウレスが薄っすらと笑みを浮かべて呟いた。
その時、天空から柔らかな光がリヒトとロウレスの傍らに舞い降りてきて。
その光の中に、顕現したオフィーリアがそっと右手を差し伸べると、ロウレスの左手に微笑みを浮かべながら触れたのだ。
「リヒトさん! ロウレス!」
真昼達がそこにやって来たのは、それから程なくしてのことだった。
そして真昼とクロに続いて階段を駆け上ってきた瑠璃は、ロウレスの傍に視えた〝彼女〟に気づき、呆然と目を見開いてしまう。
―――――・・・・・・オフィーリアさん?
するとオフィーリアは微笑みながら瑠璃を見つめ返してきて。
―――――〝ミストレス〟のお嬢さん、実はこいつは存外、素直じゃない処があるのに加えて泣き虫なんだ―――――
―――――だからこれからも色々と面倒を掛ける事もあるかもしれないが、どうか仲良くしてやってくれ―――――
右手の人差し指を口元に据えながらそう告げると、オフィーリアは天から差し込んできていた陽光の中にふわりと姿を消したのだ。
それから血だらけで床に昏倒しているヒガンの姿を真昼が確認し、
「この人・・・ヒガンとかいう椿の下位吸血鬼・・・。倒したんだ、二人で」
目を瞠りながら驚嘆の声を漏らすと。
「リヒトさん!」
と呼びかけながら駆け寄って行く。
と―――――
こちらに気づいたリヒトが「お前・・・」と言いながら、よろ・・・と身体をふらつかせつつも立ち上がって。
真昼の後から近づいて来ていた瑠璃のほうにも目を向けると、
「女神『セレネ』と一緒にピアノを聴きに来たのか」
思わぬ発言をしたリヒトに対し、一瞬、真昼は呆気に取られた面持ちになってしまうも、
「いやっ、助けに来たんです。今度こそ!」
強い意志を持った真っ直ぐな瞳でリヒトに向かってそう宣言したのだ。
初めて、リヒトと顔を会わせた時の真昼は―――――〝確固たる意思〟を確立できていない―――――不安定な存在だった。
けれど、リヒトが捕らわれてしまった後、自分自身の内面ときちんと向き合い、さらに深淵の闇の中に閉じこもってしまった相棒であるクロとも本気で向き合った事により―――――精神面に置いて著しい成長を遂げた。それをリヒトも感じ取ったのだろう。
ふ、と不敵な笑みを浮かべながら真昼を見返すと、
「・・・遅せェよ。天使の俺には助けなんかいらね・・・」
そう言い返そうとしたのだが、限界を突破した身体で立ち続けるのは、やはり無理があったようで。
「―――――リヒト君っ!!」
がくっと、前のめりに倒れかけたリヒトに対して慌てて瑠璃が両手を伸ばすと、同じく左側から手を差し伸べて、リヒトの身体を支えた真昼がそのまま左腕を自分の肩に回しながら「リヒ・・・・・・」と呼びかけようとすると。
「目が・・・変わったな。お前も少しは天使に近づいたんじゃねぇか。女神『セレネ』の為にも、これから先もきちんと励めよ」
重篤な状態であるのにも拘らず、笑みを浮かべたまま、またもや、難解な天使語を口にしたリヒトに真昼は思わず当惑の表情を浮かべてしまう。
そして、う―――――ん・・・と何とも言えない面持ちで眉根を寄せた真昼に。
「きっとリヒト君は真昼君の事をある程度は認めてくれたんだと思うわ」
瑠璃もまた、微苦笑を浮かべつつもそう言ったものの。
―――――でも、私のことは女神『セレネ』じゃなくて、普通に名前で呼んで貰えたら嬉しいのだけど。
心中では、そんな想いを抱いていたのだった。
それからこの場に少し遅れて御園と鉄達が辿り着いた処で。
受け取った救急道具を使って、リヒトの手当てを真昼が行う中。
すぐ近くの柱の物陰にバツが悪そうな面持ちで、此方に背を向けながら両足を組んで座り込んでいたロウレスの前に瑠璃はしゃがむと、
「ロウレス君。ロウレス君の手当ては私がするから傷を見せてもらっていいかしら?」
「・・・・・・〝ミストレス〟ちゃん、オレは不死身の吸血鬼なんスよ。だから手当なんていらないっス・・・・・・」
やはり此方を見ようとしないまま、ロウレスはそんなふうに言い返してきたのだが。
「確かに、普段ならそうかもしれないわね。でも、今回は状況が違うでしょう? リヒト君のケガの状態を考えたら、ロウレス君だって回復には時間を要するはずよ」
しかし、瑠璃は引き下がるつもりはなく、ジッとロウレスを見据えながらきっぱりとした口調で言い返すと。
「おい、バカネズミ。女神『セレネ』の好意を無駄にしたら只じゃおかねーぞ」
さらに主人であるリヒトが、ギロッとロウレスを見遣りながらそう告げてきて。
「あーもう、わかったスよ・・・・・・っ!!」
結果、ロウレスは不貞腐れた様子になってしまったものの。瑠璃が手当てをやり易いように、ちゃんと傷を負っている部分のシャツの袖などもまくってみせてきたのだ。
「それじゃあ、ロウレス君。もしかしたら、多少は染みるかもしれないけど、なるべく早く済ませるから。少しだけ、我慢してね」
そこで瑠璃は消毒液を含ませたガーゼを手に取ると、きちんと断りを入れてから、傷の具合を確認するべく順に血を拭っていく行為を開始した。すると、小さな傷はロウレスの言う通り、治癒しているようだったのだが。大きく抉られた火傷状態の部位も何カ所かあり、そこに触れるとやはり痛むようで。
「・・・・・・っ」
微かに顔を歪める仕草をする時があったものの、しかし、ロウレスの口から抗議の言葉などが紡ぎ出されることはなく。
「これで、一先ずは大丈夫かしら・・・・・。お疲れ様、ロウレス君」
そうして瑠璃が見れる範囲、全ての手当てを終えた処で。
「・・・・・・〝ミストレス〟ちゃん、アンタって相当なお人好しスね。自分の手の傷だって、まだちゃんと治ってないんじゃないんスか?」
安堵の笑みを浮かべた瑠璃に対してロウレスが呆れと困惑が入り混じった声音でそう漏らしたのだが・・・・・・。
「ロウレス君。私は自分がしたいと思ったことをやっただけよ。あと、私の手の傷はクロとの〝誓約〟の絆を取り戻した時点で、治癒力も上がったみたいだから。もう大丈夫よ」
ロウレスの言葉に目を瞬かせた瑠璃は事も無げな口調でそう言い返すと。
「そうだ。それよりも、ロウレス君。私の名前は、瑪瑙瑠璃よ。今度はちゃんと、覚えてね」
ピッと瑠璃を立てる仕草をしながら、きっぱりとした口調でそう告げたのだ。
それから瑠璃はリヒトのほうに向きなおると、
「あの、リヒト君も。私のことは『瑠璃』って名前で呼んで貰えたらと思うのだけど。・・・・・・駄目かしら?」
改めてリヒトに対しても、自身の〝呼び名〟に対する想いを口にしたのだ。
――――――・・・・・・リヒトさんに悪気がないにしても、天使語を介したあの〝呼び名〟は、間違いなく人目を惹くものになっちゃうもんな。
リヒトの手当てを終えて、近くに置いてあった救急箱に包帯を片付けようとしていた真昼は耳朶に届いた瑠璃の言葉に、何とも言えない笑みを浮かべながら心中で呟く。
と―――――
「駄目な訳がないだろう。天使である俺が女神の願いを断る理由はないぞ、瑠璃」
しかしてリヒトからの瑠璃に対する返事は、拍子抜けするほどすんなりとしたものだった。
そして―――――
無事・・・・・・と言っていいかわからないが〝強欲〟の二人の奪還も成功し。
当初の目的を達成したものの、今度はベルキアの術策によって行方が分からなくなってしまったヒューを捜さなければならないのだが―――――。
「御園・・・
此方のフロアに辿り着いてから、困惑の面持ちで強欲組の様子を見ていた御園に、真昼が姿の見えないライラの居場所を尋ねると。
「ああ、ここにいる」
御園の返答と共に鉄が背負っていた棺桶を、ガタと右手で支えながら床に縦の状態で置き。ギ・・・と左手で棺桶の蓋を外すと、恐る恐るといった様子でライラが棺桶の中から出て来て。
「ライラ!」
「お嬢・・・・・・えっと、ここは・・・」
瑠璃が呼びかけると、戸惑いの色を滲ませながら周囲に視線を彷徨わせたライラに、頭打ったりしなかったか? と鉄が尋ねかける。
ベルキア達と戦闘になった際、鉄は武器である棺桶をかなり振り回してしまった。しかし、中に入ると外の衝撃は遮断されていたそうで、ライラは何も感じなかったらしい。
―――――ギルのほうはフェイク。人質であるライラを御園が此方に連れて来たのは、万が一ホテルに椿が残っていた場合の交渉に使う為。
しかし、強欲組奪還の目的を果たした今、ライラを連れて歩く必要はもう無いだろう。
「真昼君」
「そうだな。じゃあ・・・ライラはここに残ってくれ」
瑠璃と視線を交わし、頷いた真昼がライラに告げる。
と―――――
「下の階の
そう言った御園がシャツの襟に仕込んでいたほうの通信機を介して、1階の正面入り口を見張っていたクランツに、強欲組が無事であったという報告と、ギルに逃げろと連絡をするよう指示を出す中。
「クロ」
瑠璃は柱に寄りかかっていたクロの傍に向かうと、そっと右腕を掴んでロウレスと話をするよう目で促した。
「あー・・・そうだな・・・めんどくせーけど・・・」
するとクロは視線を上に向けながら、右手を首の後ろに触れさせる仕草をしつつ、そんなふうにぼやいたものの。
「ロウレス」
顰め面で地面に座り込んでいた弟にクロは呼びかけると、
「礼を言わねーとな、と・・・」
「は?」
兄の口から出た耳を疑うような台詞に、此方に振り返ってきたロウレスは唖然とした声を漏らしたのだが。
クロは構うことなく、そのまま淡々と話し続ける。
「あの時からずっとお前だけがオレを許さなかった」
―――――オレは兄さんを許さないっスよ―――――
―――――許さねえからな!!―――――
あの人を殺すとクロが決めた時、兄弟の中で唯一人、ロウレスだけがクロに対して怒りと悲しみが入り混じったその言葉をぶつけてきた。
そしてあの日の事を後悔し続けて、終に昏い部屋に閉じこもってしまったクロの処に、真昼と瑠璃がやって来て、二人は〝全て〟を知った上で、〝向き合あおう〟と手を差し伸べてくれた。
「だから・・・やっと向き合おうと思えた。あの日の後悔に」
心の中に浮かんできた二つの情景と共にその想いを口にしたクロが、ふと穏やかな眼差しでロウレスを見つめると。
「―――――だからありがとな。許さないでくれて」
そっと礼を述べたクロの顔をロウレスもまた呆然とした面持ちで見上げていたのだが。
「なんっ・・・スかそれ! フツーはっ『許してくれて』ありがとうじゃないんスか!」
当惑した様子で眉を顰めながら反論をしてきたロウレスに対し、そーか・・・とクロは視線を前に向けながら、首を傾げる仕草をする。
「・・・兄さんこそ良かったっスね。あんなふうにまた・・・」
そこでロウレスは目を伏せると、ポツリと呟くように言った。
―――――ああ、そうか―――――
―――――〝良かった〟―――――
その時、ロウレスの心の中に浮かんできたのは、兄と再会してから激しくぶつかり合った時の情景で。
―――――意味はあったんだ―――――
胸の奥にずっと在った、兄に対する〝蟠り〟がようやく浄化されていったのを、ロウレスは感じていた。
「・・・でも、だからって状況はなんにも変わってねぇっス。
そして兄に対し、〝今の自分〟の〝想い〟をロウレスが口にすると。
左手でフードをずらす仕草をし、横顔が弟からしっかりと見えるようにしながら、
「わかってる。ここからだ」
真っ直ぐと前を向いたまま、クロは返事をすると、ぽんと左手でロウレスの頭を撫でる仕草をしたのだ。
その時、クロの傍らで兄弟のやり取りを静観していた瑠璃がフフッと笑みを零すと、
「・・・・・・っ」
クロは目元を薄っすらと赤くしながら、またフードを左手でずらして顔を隠すような仕草をしつつ、右手で瑠璃の左手を掴むと、前方にいた真昼の処に向かう。
と―――――
「兄さんの
ロウレスは立ち上がり、真昼に向かって呼びかけた。
それに気づき、笑みを浮かべながらロウレスに振り返った真昼が、
「ん? 城田真昼!」
改めて名前を名乗ると―――――
「真昼・・・ありがとう」
ぼそ、とロウレスは真昼に向かってそう告げてきて。
「それから・・・・・・瑠璃ちゃんも、さっきはありがとう・・・・・・っス」
その後に、瑠璃の名前も呼んだうえで、手当てに対するお礼も述べてきたのだ。
「おう!」
「どういたしまして!」
そこで真昼と瑠璃は満面の笑顔をロウレスに向けると。
「なあロウレス、俺たちにも教えてくれよ」
「そうね、名前! きっとしばらくは変わらないでしょう?」
そう言われたロウレスは、不機嫌そうな面持ちで柱に凭れるようにしながら座っていたリヒトをチラリと一瞥すると、
「そ・・・・・・そーとは限らないっスよ! 天使ちゃんにムカつきすぎてつい殺しちゃうかもしれないしー。だーからお構いなく! オレのことは今までどーりロウレスちゃんて呼ん・・・」
眉を顰めつつ、右手を掲げる仕草をしながら否定の言葉をロウレスは口にしかけたのだが。まず、リヒトが「あ?」とロウレスを睨み付けた処で。
「照れてんのかよ・・・めんどくせー」
「お前なーこのタイミングで言っとかないと」
「後で言いだすのはもっと恥ずかしいんじゃないかしら?」
クロ、真昼、瑠璃が順に呆れたような面持ちでロウレスを見遣ると。
「うるせーっス!! なんなんスか!! 笑ってんじゃねーっス!!」
ロウレスはそんなふうに喚き声を上げたものの。
「ハイドっスよ」
拗ねたように、そっぽを向きながらも、首から下げていたドッグタグを右手の人差し指に引っかけて見えるようにした処で、リヒトから貰った『名前』を告げてきたのだ。
「素敵な名前ね。それじゃあ、改めてよろしくね、ハイド君」
漸く教えて貰えた、その『名前』を瑠璃が呼び、ふわりと微笑むと。
「―――――・・・・・・っ!!」
ロウレスは呆然と目を見開いた後、バッと視線を俯けていて。
弟の心情を察したクロが微かに眉を顰めると、
「まさかの手彫り・・・」
低い声で呟かれた兄の言葉にすぐさまロウレスは反応して、
「テキトーに鈴なんかもらった兄さんにとやかく言われたくねっス!」
言い返してきたその言葉に今度は真昼が「適当じゃねぇよ!」と突っ込みを入れて。
「バカネズミ、俺の手彫りに文句あんのか」
さらに立ち上がって此方にやって来たリヒトもその中に加わって、背後からドカとロウレスを蹴ると。
「痛い!!」
悲鳴を上げたロウレスは、オレ何も言ってねーっス! とリヒトに対して抗議の声を上げたものの。主人との絆を取り戻し、兄とも和解した、今のロウレスの顔に浮かぶ表情は、偽りの仮面を被っていない本当の笑顔だった。
けれど―――――
「笑っていいはずがないのに」
そんなロウレスの姿を、失意の眼差しで涙を零しながら見つめていた人物がいた。
そしてその人物はロウレスに向かって突進すると、左手を首元にあったドッグタグに手を伸ばして、ブチッと勢いよく引き千切って奪ったのだ。
「え・・・・・・」
「ライラ!?」
呆然と真昼が目を見開き、瑠璃が驚愕の面持ちになりながら、その人物の名を叫んだ。
「・・・許されるはずない。笑っていいはずがないんだ。お前はぼくの友達を殺したのに!」
バッと此方側から一歩距離を取って後ろに下がったライラは、奪ったドッグタグを両手で握りしめながらロウレスに向かって怨嗟の言葉を口にした。
「あ・・・・・・」
ライラの顔を目にしたロウレスは、椿の下位達が襲撃してきた日の出来事を思い出し、蒼白な面持ちになってしまう。
―――――・・・・・・あの時、あそこにいた椿の下位の中に、ライラの友達までいたなんて・・・・・・っ。
そして愕然とした面持ちになった瑠璃も目を見開きながらライラを見つめると、
「これで・・・ぼくも彼らに顔向けできるかも・・・・・・」
「ま・・・待って! ライラ!」
奪ったロウレスのドッグタグをライラは壊すつもりなのだ。
ハッとなった瑠璃がそれを思い止まらせるべく声を張りあげると、
「ライラ! 話を・・・・・・」
いまにもライラに飛び掛からんとしていた、強欲組をガッと前に出て制した真昼もまた、ライラに向かって叫ぶ。
と―――――
「ごめんなさい、お嬢。こんなぼくのことまでも、〝大切な人たち〟の一員として扱ってくれたのに・・・・・・。だけど、ぼくは結局、〝七転八起〟であることが出来なかった」
「・・・・・・ライラ・・・・・・」
〝七転八起〟―――――それはライラの為に選んだ『起き上がりこぼし』のことを意味しているのだと気づいた瑠璃は沈痛の面持ちになってしまう。
瑠璃に対して謝罪の言葉を口にしたライラは目を伏せながら、ドッグタグを握りしめていた両手を胸の前で祈るように組むと、
「ごめん、真昼。君にはとても感謝している。それでも・・・君が君の信念に誠実であったように。ぼくはぼくの友情に、思い出に誠実であるだけだ」
ライラから聞かされた告白に、ドクン、ドクン・・・と真昼の鼓動が大きな音を立てた。
「ぼくはきみの友達を傷つけようとしている。だからきみにはぼくをころすけんりがある! ぼくがいまこれを壊したいと思ってるのとおなじだ」
そうして自身の命を投げ打つ覚悟を決めたライラが紡ぎ出したその言葉により―――――椿と彼を裏切ることが出来ないと涙した桜哉の姿。そして一度武器を使って、桜哉を傷つけてしまった時の光景が真昼の中に蘇って。
「どうぞ。どうぞ、まひる」
追い詰められていった真昼の鼓動が、ドと激しく跳ね上がった。
その刹那―――――
―――――ドオオッ
窓の向こう側で、轟音を響かせながら白いものが勢いよく立ち昇ったのだ。
「な・・・!? 今度はなんだ!?」
御園が窓の向こう側に広がるそれを見て愕然としながら叫ぶ。
「大量の
それは誰の身体から放出されたモノだったのか。
その答はすぐに明らかになった。
「!」
ドクン、と鉄の身体に衝撃が走ると、その背に在った武器である棺桶がバシュと消失したのだ。
「棺桶が消えた・・・まさか、ヒュー・・・!!」
鉄の顔色が蒼白なものになる。
そして御園もまた、窓の外で吹き荒れる灰塵を目にして、心中で焦りを覚えていた。
―――――間違いない!
―――――リリイがやられた時と同じ!!
―――――サーヴァンプの身体から灰塵が放出されている!
―――――そしてこの方角・・・まさかヒューは椿のところに・・・!!?
―――――どうする!?
―――――まずはこの状況をどうにかしないと
―――――〝強欲〟まで失うわけには・・・!
「ライラ。お願い、そのタグを返して欲しいの」
まさに絶体絶命の状況下に陥ってしまった中で、ライラにそう嘆願したのは瑠璃だった。
そして瑠璃に続いて真昼もライラに向かって説得を試みる。
「話そう。許せることじゃないのもわかるよ。・・・だけど」
「理想論だよ、真昼。もう無理だ、ぼくらは」
ライラは真昼の言葉を遮って声を上げる。
「・・・話をしましょう、ライラ。私達は向き合うことができるはずだから」
そこで瑠璃がまた、ライラに向かって静かな声音で話しかけると。
「お嬢・・・・・・だって・・・っ」
ライラは全身を戦慄かせながら、その想いを紡ぎ出そうとしたのだが。
その刹那―――――
コンという狐の鳴き声とともに、黒い着物に椿の模様を裾に散らした白の羽織を纏った、サングラスの男がライラの背後に顕現していて。
「みぃつけた。人質って君のことだったんだね」
ドッグタグを握りしめていたライラの手に左手で触れていたのだ。
「つ・・・」
目から涙を滲ませたライラが、驚愕した様子で自身の背後に現れた男を振り返る。
そして真昼達もまた、ぞわっと一瞬、身の毛がよだつような感覚に襲われた中で、
「椿・・・!?」
現れた憂鬱の真祖の名を愕然となりながら瑠璃が呼ぶと。
瑠璃のほうに目を向けて、フッと椿は微笑んだ後。
「怖かっただろう。みつけるのが遅くなってごめんね。さあ、それを僕に」
優し気な声でライラに話しかけながら、ロウレスのドッグタグを自分の手に受け取ったのだ。
―――――どう・・・なってる!?
―――――どうして椿がここに・・・!!
御園が混乱した面持ちで、椿を見据える中。
「ヒガンまで倒しちゃうなんて、〝強欲〟の兄さんとその主人はずいぶん暴れてくれたなあ」
床に昏倒しているヒガンを見遣った椿は、まずロウレスとリヒトに対して当て擦りのような言葉を紡ぎ出したのだが。
「それに・・・瑠璃だけじゃなくて、城田真昼。君にもお礼を言いたいな」
その後に椿から愉悦に満ちた眼差しと言葉を送られた真昼は困惑の面持ちになってしまう。
「やあ、怠惰の兄さん。主人との絆だけじゃなく、瑠璃との繋がりもまた、以前よりも深まったみたいだね」
すると椿はさらに口端を吊り上げながら、今度はクロに対して、挑発するかのような言葉を投げかけてきたのだが。
クロはそれに応えることなく、無言で椿を睨み返したのみだった。
「椿! 貴方がヒューくんを・・・!?」
そこで瑠璃が椿に対して、先程目にした灰塵に関して、問い質すべく声を上げると。
「あは、先生が決めた順番が狂っちゃったのはとても残念だよ。でも、いいんだ。カウントは進んでる」
椿は愉しげな笑みを浮かべながらそう告げてきて。
「あと5つ」
椿の幻術によって、空中に現れた真祖七人の名前の中で、〝色欲〟と〝傲慢〟が、椿の左手の人差し指から滲んだ血によってバツ印を付けられた。
それからライラから受け取っていたドッグタグを左手の中で椿は弾ませながら、
「そして・・・」
そう呟くと、チャラと音を鳴らしたドッグタグの動きに合わせるかのように、〝強欲〟の文字が躍るのを目にしたロウレスの顔からは血の気が引いていって。
「あと4つ・・・にすぐになるけどね」
椿はそんなロウレスの様子を目にして嘲笑するかのような笑みを浮かべると、ガキンと勢いよく歯でドッグタグを銜えて見せたのだ。
【本館/20・11/08/別館/20・11/09掲載】
