第十七章『臆病者の唯一無二の想い』
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「・・・・・・なぜ僕にそんな話をする・・・?」
―――――東京ワールドツリーホテル最下層地下5階において、桜哉と相対していた御園は、そこで聞かされた〝事柄〟に対し、微かな動揺と困惑の色を滲ませていた。
一方、話を終えた桜哉は、武器である電動チェンソーを手にしたままではあるものの、今の己の顔に浮かぶ表情を見られたくないからなのか。
「・・・・・・・・・さあな。時間稼ぎかな。オレの話なんてどこまで嘘かなんてわかんねーだろ?」
御園に背を向けながら、しばしの沈黙の後に淡々とした口調で応じてきて。
「わかってる。オレはいつでも中途半端だ・・・」
けれど、ふと、洩らされたその言葉は悲嘆に満ちたもので。
そこで御園は桜哉を睨むように見据えると、
「・・・・・・悪いが今は貴様の感傷に付き合っている時間はない」
「何言ってんだ。お前はしばらくここから出さねーよ・・・」
突き放すように応じてきた御園に対し、桜哉はまた臨戦態勢に入るべく、振り返ってきたのだが。
「・・・ッ」
刹那、くらっ、と、立ち眩みを覚えた身体を僅かにふらつかせてしまう。
―――――!?
―――――なんだ?
―――――視界が白く・・・
「駐車場に出たからどのくらい効果が出るか心配だったが・・・吸血鬼に聖水が効くという話が本当で助かった」
当惑の面持ちになった桜哉の目の前で御園は、話をしていた間の隙を突いてリリイがエレベーター内から回収してきていた黒いキャリーケースに足を乗せて、ゴトと地面に転がしながら言う。
「エレベーターが落ちたときからその聖水とやらを霧状にして撒いていたんだ」
―――――なんだ・・・?
―――――くらくらする・・・っ
より一層ひどくなった眩暈がする感覚に、桜哉は顔を歪めながら、シュウウウウと白い霧状のモノを噴射している黒いキャリーケースを視認する。
「トランクに・・・何か仕掛けが・・・!?」
「そうだ! 変装もただ単にしたいからしたわけではない!! 大きなトランクを持ち歩いても自然に見せるため!」
見たか!!と御園が桜哉に対して得意げな笑みを浮かべる。
「それはどっちにしろ不審だったけどな・・・」
そんな御園に対して思わず呆れたような口調で桜哉はそう呟いてしまうも。
御園はそれには答えることなく、
「悪いが上に行かせてもらう」
「階段はこっちです御園」
「・・・!」
完全に身体に力が入らなくなってしまい、壁に手を置いた体制になってしまった桜哉には、リリイの呼びかけに応じて踵を返した御園を追いかけることが出来ず。悔し気な面持ちでその背を見送るという結末を迎えることになってしまったのだが―――――。
「急ぐぞリリイ!!」
桜哉の目が届かない場所まで来た処で、御園はそう言うや否や、バッとリリイの背に飛び乗ったのだ。
「私あまり肉体労働派ではないんですが~・・・」
リリイは眉を下げつつ、困ったような笑みを浮かべながら呟く。
けれど「僕が自分でのぼってたら日が暮れるだろうが」と御園は眉を顰めながら言うと、速足で階段を駆け上り始めたリリイの頭と身体に両手でしっかりとしがみ付き。
―――――くそっ・・・無事じゃなければ承知しないぞ・・・!
鉄がいる階に近づいた処でリリイの背中から御園は下りると、焦りを覚えながらも自身の脚で残りの階段を全力で上ったのだが―――――。
頭上を飛び回る蝶とともに最後の一段をダン!と上りきったその時、ベルキア達と対峙していた鉄の傍らにはヒューの姿は見当たらず。
ヒューが愛用している煙管だけが床に転がっていたのだ。
「・・・・・・!?」
一体何があったというのか。
苦し気に息を吐き出しながら、驚愕に目を見開いた御園に対し、ベルキアが嘲笑うように告げてくる。
「アハハハァッ☆ 一足遅かったなァ~~~!? スペシャル消失マジックがちょォ~~~ど今、終わっちゃったよォ!!」
左手にハンカチを掲げながら口端を吊り上げつつ御園を見遣ったベルキアは、「って桜哉のヤツ何やってんだァ!?」と〝色欲〟までもが此方に来てしまったことに気づき、腹立たしいと言わんばかりに喚き声を上げる。
「な・・・? 千駄ヶ谷! 何が・・・」
そして御園もまた、呆然と立ち尽くす鉄に向かって叫ぶと。
「・・・チビ」
「どうした! ヒューは!?」
常ならば、鉄が口にする呼び方に目くじらを立てる処だが、いまはそれを気にしている場合ではない。
はっと我に返った鉄に重ねて、ケガは?! と問いかけると、オレは平気・・・窓ガラス割っちまったくらいで、という返答の後に。
「なんだかわかんねぇ・・・けど。ヒューが・・・消えちまった 。3人に囲まれてあの手品師の出したボックスに捕まったと思ったら・・・・・・」
鉄から聞かされたその言葉に御園は愕然となってしまう。
―――――下位吸血鬼だけで傲慢のペアを〝潰す〟つもりだとはずいぶん自信があるものだと思ったが・・・何か策があったのか。
と―――――
「チョロかったなァ~~~。あははっ、あはははァっ、おもしろくな~~~いぞォ~~~?」
つばきゅんのマネェ~~~~~~☆ とベルキアが頭上で両腕を組む仕草をしつつ、右足を上げながら小馬鹿にするかのような笑い声を上げる。
そんなベルキアに対し、操る糸を手繰り寄せながら逆さの状態になっていたオトギリが「似てません・・・反応に困ります・・・」と言うと。
シャムロックは、ベルキアのモノマネには何のコメントもすることなく、「だからヒガンなどいなくても問題ないと言ったんだ」と眉を顰めながら漏らしていて。
優勢にある憂鬱の下位達に対し、焦燥感を滲ませながら御園が叫ぶ。
「貴様ら! ヒューをどこへ・・・」
「さァどこに行ったでしょォ~~~!? マジックはァ、タネがわかっちゃったらオシマイなんだぞォ~~~!?」
そんな御園をまたベルキアが嘲笑すると、
「それよりさァ自分達にこれから起こる劇的なビフォー&アフターを心配したほうがいいんじゃないのォ~~~? まともな真祖もいないのにどォするのかなァ~~~??」
右手に持っていたシルクハットの中から左手で三本の剣を取り出すと掲げてみせてくる。
しかし、御園はそちらには目を向けることをせず、
「千駄ヶ谷・・・下位吸血鬼 で一番強いという赤髪の男 は?」
「ああ。最初はここにいた。この上の階に強欲の二人がいるみてーで。そっちの様子を見に行った」
コラァきけよォ~ッと喚くベルキアを無視して、鉄からヒガンの所在を聞いた御園は必死に思考を巡らせる。
―――――さっきから聞こえる上の階からの振動はそれか・・・!
―――――憂鬱組 の本当の目的は〝傲慢〟だと綿貫桜哉は言った。
―――――椿が電話で限界距離のことをちらつかせて時間を制限していたのはこちらを急がせてろくな策を講じることができないようにするため・・・。
―――――完全に向こうの思惑通り・・・!?
―――――だが人質がまだ僕らの手にあるなら交渉の余地はある・・・。
強欲はこの上に捕らわれたままであり。力を失っている、色欲 では攻撃もできない。
怠惰 もここにはおらず、そもそも球状のまま。そして憂鬱組の戦意を多少は、揺らがせることができるかもしれない、瑠璃もここにはいない。さらに唯一戦える傲慢 は消えてしまった。
答えを探しあぐねる御園の中に、さらなる焦りが広がっていく。
―――――あとはもう・・・
その時、ふと御園の意識の内に浮かんだのは、嫉妬 とその主人 である御国の姿だった。
けれど―――――
―――――何に期待してるんだ僕は!!
有り得ない可能性に辿り着いてしまった己の思考に、御園は下唇を噛みしめると、傲慢の行方に関してベルキアが口にしていた言葉を思い返し、さらなる自問自答を繰り返していく。
と―――――
「御園。教えてくれ、オレにできることを」
初めて、自分の名前を呼んだ鉄の声に、御園の思考は一気に現実に引き戻された。
「オレ達 どうするべきだ」
頬から冷や汗を流しながらも、真剣な眼差しで自分を見据えてくる鉄の顔を、御園は呆然と見つめ返す。
そして口を引き結ぶと、〝撤退〟という苦渋の決断を御園は紡ぎ出そうとした。
その刹那―――――
ホテルの割れた窓ガラスの向こう側に、巨大な漆黒の存在と二人の人影が顕現したのだ。
「あっ」と鉄が驚愕の声を漏らすと、御園もゆっくりとそちらを見遣り。その時、上のフロアで戦闘を繰り広げていた強欲組とヒガンだけでなく、御園が立ち去ってから暫くして、ようやく動けるようになって地下5階から上の階を目指して階段を上ってきていた桜哉もまた、その姿を目にし、瞠目の面持ちになっていた。
「真昼・・・!! 瑠璃さん・・・!!」
そして突如としてこの場に現れた巨大な漆黒の獣をハッキリと認識した御園が、愕然とした面持ちで目を見開きながら言葉を紡ぎ出す。
「それ・・・は、まさか・・・! 本当は怠惰の真祖 は黒猫なんかじゃなく・・・っ」
―――――黒い獅子 !!
その言葉に応えるように、ホテルの天辺に右前足を置きながら巨大な獅子が「グオオオオ」と咆哮を上げる。
そして獅子の姿がシュウウウと漆黒の影に変わり、割れた窓の向こうに入っていくと―――――
「こいつってばずーっと怠けて見たみたいでさ。遅くなって悪い!」
トッと先にその場に最初に足を着けた真昼がそう御園と鉄に向かって呼びかけて。
「御園君!! 鉄君!! 待たせちゃってごめんなさい!」
真昼の背後に人型に戻ったクロと共に降り立った瑠璃も二人に向かってそう言った処で。
胸元の『鍵』を右手で握りしめながら傍らに立つクロを凛とした瞳で見上げると―――――
「それじゃあ、クロ」
「さあ・・・行くぞ、クロ!」
武器を手に構えた真昼もニッと自信に満ちた笑みを浮かべながら掛け声を発して。
「・・・おう」
チリン・・・とクロの首にある鈴が澄んだ音色を鳴らしたのだ。
「お嬢・・・・・・・っ。それに〝怠惰〟の・・・っ」
シャムロックが苦々しい口調で唸るように言う。
「スリーピーアッシュゥ~~~!?」
それに続き、ベルキアが仰天した様子で叫ぶ。
一方で―――――
「真昼のアニキに瑠璃。それに怠惰のダンナ・・・」
「城田・・・! 瑠璃・・・! クロが戻ったのか!」
鉄と御園が発した声に「ああ」「えぇ」と答えた二人はぱっと振り返ると、
「みんな無事なのか?」
「・・・いや、ヒューが・・・」
真昼からの問いかけに、ヒューが愛用する煙管を握りしめた鉄が、悄然とした面持ちで視線を俯ける。
「ヒューくんに何があったの?」
その鉄の様子から、只事ではないことがあったのだろうと、感じ取った瑠璃が眉を寄せながら聞き返すと。
「ヒューが敵の攻撃で消えてしまって・・・行方がわからない。強欲の二人はこの上にいる。No.2らしきヒガンという男も上に・・・」
御園が事情説明をするのと合わせて、現状把握している情報も告げてきて。
「鉄! 大変だったな」
そこで真昼がポンと右手で鉄の左肩を労うように叩くと。
「じゃあ・・・ロウレスとリヒトさんを助けて」
「ヒューくんも捜さないといけないわね!」
真昼に続き瑠璃もそう宣言した。
すると―――――
「調・・・子に乗んなよォ、クソガキがァ~~~☆★☆」
悪鬼のごとき形相になったベルキアが、先程からずっと左手に持ったままでいた三本の剣を構えながら真昼に対してそう叫び。
「セリフが三流だ・・・ばかめ。―――――オトギリ女史、お嬢には出来る事ならば、早々にこの場から離れて頂きたい。お嬢のことは頼んでも良いだろうか」
シャムロックはそんなベルキアに呆れの眼差しを向けた後、後ろ側で無数の糸を操って空中に腰を据えていたオトギリにそう言うと。
「そうですね・・・・・・瑠璃さんに大きな怪我を負わせてしまうのは困りますから・・・・・・」
コクとオトギリは頷き返したのだが。
しかしその時、真昼が右手に握りしめていた武器を掲げる仕草をすると、バチバチバチバチと音を立ててその形状が変化し始めて。
―――――城田の武器が・・・形を変えていく!?
―――――ホウキ・・・じゃない。これは・・・
―――――槍!!
瞠目した御園の視線の先で、新たな形として槍に変わった武器をドンと真昼が構えながら不敵な笑みを浮かべると。
真昼に続いて瑠璃が握りしめていた『鍵』もまた、パアと白銀の光を瞬かせるのと同時に、左腕にある〝誓約の証〟も共鳴するかのように眩い真紅の輝きを放っていて。
―――――まさか、瑠璃の『鍵』にも新たな力が・・・・・!?
ハッと御園が目を瞬かせた時、瑠璃が持っていた『鍵』はロッドに変容を遂げたのだ。
「瑠璃さんの新しい力・・・・・・今、それを使われるのは困ります・・・・・・」
そこですぐさま先手を打つべくオトギリが動こうとしたのだが―――――。
―――――〝お願い私の操り ・・・〟―――――
無数の糸の先に繋がれた人形たちが、ズ・・・と一斉に攻撃態勢に入ろうとしたその時。
「―――――ごめんなさい、オトギリさん」
フッと力を発動させた瑠璃が、瞬時にオトギリの目の前に転移してきたのだ。
「・・・・・・瑠璃さん・・・・・・」
そうして驚きに目を見開いたオトギリに対して、瑠璃は謝罪の言葉を口にするのと同時にロッドの先端を向けると。
「―――――・・・・・・!?」
その刹那、バチッと瞬いた白銀の閃光によって、オトギリは気を失ってしまい。さらに瑠璃と同じタイミングでオトギリの背後にトッと跳躍してきていた真昼が槍で人形たちの糸を素早く断ち切ると。ドサッ・・・!と人形たちはその場で一斉に倒れてしまい、下に向かって落下してきた意識のないオトギリの身体は待機していたクロが受け止めたのだ。
それはまさに、あっという間の出来事だった。
「・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・」
その時、御園と鉄は完全に言葉を失ってしまった様子で固まっていて。
シャムロックとベルキアもまた、よもや想定していなかったこの事態に色を失ってしまっていたのだが。
「こうなっては止むを得ん・・・・・・っ、ベルキアァ!!」
「わァかってるってェ!! 言われなくてもォ・・・」
程なくして我に返ったシャムロックが歯噛みをしながら苦渋の決断を選択するのと同時に咆哮するように叫ぶと。ベルキアも眉を吊り上げながら、怒声を張りあげるように応じてきて。
シャムロックはアタッシュケースから、ベルキアはシルクハットから新たな武器を取り出す構えを取るのと同時に、攻勢へ転じようとしたものの―――――。
「―――――クロ!!」
瑠璃が名前を呼ぶと、オトギリを床に寝かせたクロは気だるげな様子で、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら立ちあがり、チラリとシャムロックとベルキアを見遣ると、自身のジャケットの裾を巨大な手のような形に変えた上でズンと抑え込んで、武器を手放さざるを得ない状態に持ち込んでしまったのだ。
「はあ・・・めんどくせ・・・」
そして溜息を漏らしながらお決まりの台詞を呟いたクロが、両手を広げながらさらにズズズズズズとジャケットの裾を大きく広げるのと同時に、ズアアッと漆黒の杭を周囲に具現化させると。
クロの背後に跳躍した真昼が手にしていた槍を一気に振り下ろして、カッと漆黒の杭をシャムロックとベルキアに目掛けて撃ち放ったのだ。
しかし、その攻撃もまた命まで奪うものではなく、意識だけを昏倒させるものだった。
そうして御園達の下に駆け付けた真昼達が憂鬱組の下位三名に対して劇的な勝利を収めた時。
「さっきの黒い獅子 ・・・下の3人じゃきっと荷が重いな。さて・・・と。助けに行くか」
ぼたぼた・・・と地面に血を滴らせながら、だらりと腕を下げた体制となってしまったリヒトの胸倉を右腕で掴みながら、左手で後ろ髪を掻き上げる仕草をしつつヒガンは呟いた。
主従の絆を取り戻したリヒトとロウレスの見事な連携プレーにより、戦闘開始直後はヒガンに対して二人が優勢であるかのように思われたのだが―――――。
しかし、両手にはめていた黒い手袋をヒガンが口で銜えて外したその後に、素手でリヒトの頬を抉り、その血を舌で舐めると。吸血鬼としての本能を解放し、全盛期の頃の姿を取り戻したことにより。形勢は一気に逆転して二人は劣勢に追い込まれてしまったのだ。
それからリヒトがヒガンに捕まってしまった時、ロウレスもまた身体に力が入らず、地面に俯せの状態となってしまっていた。
そして苦痛に顔を歪めながら、げほっとロウレスは咳き込むと、先程、ヒガンとの戦闘の最中、窓の向こう側に目にした巨大な漆黒の獣の事を思い出していた。
―――――あの黒い獅子 ・・・
―――――兄さん、まさか、なんで今さら
―――――あんな姿もう見ることはないと思った
―――――何かが変わったっていうのか
そう考えたロウレスの意識の内に、ふと過ったのは瑠璃と真昼の姿で。
―――――〝ミストレス〟ちゃんとあいつが変えたっていうのか
右手を地に着きながら、何とか上体を起こしたロウレスは、左手を膝に置いて踏ん張りながら、リヒトを捕えているヒガンの背中を睨み付ける。
―――――何してんだオレ
―――――オレばっかりが変わんねぇのか
―――――こいつは下位吸血鬼
―――――真祖 のオレが血を吸えば灰塵 になって消える!
そして無防備にこちらに背を向けていたヒガンに対して、ロウレスは背後から奇襲をかけようとしたのだが。
その刹那、リヒトから手を離したヒガンが振り返ってきて、ドとロウレスの腹部目掛けて右膝を突き出してきたのだ。
「かは・・・っ・・・」
その衝撃に耐えられず、目を剥くのと同時に呻き声を漏らしたロウレスの口の左端からは唾液が伝い落ちていく。
そんなロウレスの姿をヒガンは目を眇めながら見返すと、さらに容赦なく左手の拳でバキンと顔面を殴りつけたのだ。
「・・・噛みつこうだなんて悪い子だ」
ドサとロウレスが昏倒すると、そのロウレスの血を左手の指先から滴らせながら、口元に銜えた3本の煙草から煙を燻らせつつ、嘲笑するかのような笑みを浮かべてヒガンは言った。
そしてサンダルを履いた右脚でロウレスの顔面をぐりと踏みつけると、
「ネズミちゃん、お兄さんの靴でも舐めるかい?」
「・・・!?」
ヒガンの口から告げられたその言葉は、暗にロウレスに対して降伏を促すもので。
「そしたら君の大事な天使ちゃんだけは助けてあげてもいい」
愕然となったロウレスに対して、ヒガンはリヒトの頭部を、ずる・・・と引きずるようにしながら左手で掴み上げて見せてきて。
「・・・・・・は・・・・・・・・・ッ」
血の気が引いた顔で引き攣った声を漏らしたロウレスの目の前で、ヒガンは燻らせていた煙草を1本、右手の親指と人差し指で挟んで口から取ると。
「お決まりのセリフだが人間てのは脆いもんだからね・・・」
そう言いながらリヒトの鎖骨にヂヂッとその煙草の火を押しつけたのだ。
「・・・ッ」
「・・・・・・・・・てめ・・・ッ」
薄っすらと目を開けたリヒトが、皮膚に感じた火傷の痛みに眉を顰めながら顎を微かに震わせた姿に、ロウレスは身体を戦慄かせながら叫び声を上げようとしたのだが―――――。
「迷ってんじゃねぇよ・・・マゾネズミ」
「マ!?」
リヒトの口から紡ぎ出されたまさかの罵倒にロウレスは思わず絶句してしまう。
と―――――
「答えは・・・こうだ。てめえこそ俺の靴でも舐めてろ」
リヒトはヒガンをねめつけながら、ドンと吐き捨てるようにそう言ったのだ。
その瞬間、ヒガンは呆気に取られた面持ちになっていて、ロウレスはリヒトの発言に口元を引きつらせながら固まってしまう。
―――――ど・・・・・・ドS対決・・・!?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴとヒガンとリヒトの睨み合いが始まり。
ひ―――――~本来ならオレもそっち寄りのキャラのはずなんスけど・・・と、ロウレスは冷や汗を浮かべながらそれを見ている事しか出来なかったのだが。
「・・・いや、気色悪ィな」
やっぱ無しというリヒトの撤回に対し、
―――――あ、引いた・・・とロウレスが心の中で呟くと。
「はは。こっちも冗談さ」
ヒガンもまた笑みを浮かべたまま、殺気だけを抑えた状態でそう言ったのだ。
そうしてふと、地面に飛び散ったリヒトの血に目を向けると、
「そんなことじゃあ椿の悲しみは癒えないからね。俺だってこんなことには飽きてるんだ。昔から・・・殺しに殺した・・・。殺しても殺してもむなしい・・・。殺しても殺しても憂鬱だ・・・。だが・・・椿が望んでいるからね」
―――――唯一、心惹かれたお嬢さん・・・・・・〝ミストレス〟である瑠璃ちゃんを傍に置いておくことを諦めてまで、椿はそれを望んだんだ。
―――――だからこそ・・・・・・
「椿が望む絵を描くために。椿のためにこの命が出来得ることならなんだってしよう。それがどれほど悲しくても仕方ない。自己犠牲とは世界で最も崇高な芸術作品のひとつ」
「ツバキのため・・・ツバキのため? 『自己犠牲』なんて大層な言葉を使うなよ。てめえのはそんな大それたもんじゃねぇだろ。それと女神『セレネ』のことも引き合いに出すんじゃねえよ」
長い独白を紡ぎ出したヒガンに対し、リヒトが侮蔑の言葉を紡ぎ出す。
それと同時に自身の右掌に爪を食い込ませてしまった事によって流れ出した血を、ず・・・ずると自分の頭部を掴んでいたヒガンの左腕に人差し指で擦りつけていく。
そんなリヒトの行動はヒガンの目には最後の足掻きのように見えたのだろうか。
本性を露わにして狂気と悦楽に満ちた笑みを浮かべたヒガンをリヒトは鋭く睨むと、
「てめえはただオレを殺してえだけだろ。そういう目ェしてるって言ってんだよ」
ずっ、と力強く、血の付いた人差し指をヒガンの左腕に滑らせたのだ。
そこでヒガンは、自分の腕にリヒトが何かを描いていたのだという事に気が付いた。
それは長方形の枠の中に2本の縦線が引かれたものだった。
そしてその枠の中にリヒトが親指と人差し指を這わせたその直後―――――
ボ―――――ンとピアノの音色が響き渡ったのだ。
―――――・・・・・・!?
―――――ピアノに・・・された !?
―――――音が体を反響して・・・!?
「自分 の汚ねぇ欲望を誰かの名前で飾るなよ。弱くなるぜ?」
くわんくわんくわん、と体内で響き渡ったその音によって、一時的に力が入らなくなってしまったヒガンの手から解放されたリヒトはニィと不敵な笑みを浮かべる。
―――――こいつ・・・ヤバイ!!!
そんなリヒトの姿を目にして、ぞくぞくぞくと背筋に戦慄を覚えたのはロウレスだった。
そしてリヒトの予想だにしていなかった反撃を受けて、唖然呆然となりながらも、何とか倒れることなく立っていたヒガンは、左手で己の顔を覆うと―――――
くっくっくっくくくくくくくと狂ったような笑い声を漏らした後に、
「自分・・・自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分・・・だから世界はゴミだらけなんだ!!」
喚くようにそう叫んだヒガンの身体からはゴァッと一気に炎が噴き出したのだ。
「ハイド!!!」
そんなヒガンの姿にロウレスは思わず呆然と立ち尽くしてしまうも、しかし耳朶に届いたリヒトの声にハッとそちらに顔を向けると。
自らの武器であるピアノを具現化させたリヒトが椅子に腰掛けながら、ダァンと力強く音色を奏で始めて―――――。
―――――この曲は・・・〝オペラ座の怪人〟!!
その曲が何であるのかロウレスが理解するのと同時に漆黒の影がロウレスの足元に現れて。ズァと渦を巻いたその影が全身を覆うマントに変わっていく中で、ロウレスが身を任せながら掲げた左手に具現化させたのはマスカレード仮面で。
「―――――“Sing!” “My Angel of Music!!!”―――――」
ニヤリと笑みを浮かべながらロウレスはその仮面を顔につけるとリヒトに向かって告げる。
―――――オレは変わる―――――
―――――この一瞬で生まれ変わる―――――
―――――欲しいもんがあるんだ―――――
―――――やりたいことがあるんだ―――――
―――――ここで戦わなくちゃなんにも意味がなくなっちまう!!―――――
「―――――“He's there, the Phantom of the Opera”―――――」
するとロウレスの想いを汲み取ったリヒトは、チッと舌打ちを漏らしながらも応じてきて。
そうしてリヒトが奏でたそのピアノの音色は、ヒガンにも影響を及ぼし、
「・・・!?」
ズアアと渦を巻いた漆黒の影がその身に纏わりついて、ロウレスと同様のマスカレード仮面とマントを身に着けた姿に変わっていく。
「あんたにピッタリの一節があったっスねぇ」
ギョッとなったヒガンに対し、ロウレスは左手を翻す仕草をすると、蔑むかのような笑みを浮かべながらその一節を紡ぎ出す。
―――――『ああひそやかに・・・ひそやかに』―――――
―――――『地獄で焼かれた忌まわしき化け物も』―――――
―――――『ひそやかに天国に憧れる』!―――――
その瞬間、ヒガンの足元からはボウッと激しい炎が噴き出してきて。
「―――――~?! アアアアア!!!!?」
その身をその業火に焼かれることになったヒガンの口からは悲鳴があがったのだ。
そして―――――
「この怪人は残念ながらヒロインのキスでは救われないっスよ?」
右手にレイピアを具現化させたロウレスがそう告げると、自らの力で炎を捻じ伏せて鎮火させたヒガンが口元を歪めながら叫んだ。
「最後は一対一での決闘だなんてハムレットじゃあるまいし!!」
「そう。ハムレットじゃないんスよ」
そんなヒガンに対し、ロウレスも口の端を吊り上げながら応じるのと同時に、レイピアで止めを刺すべく駆け出して行く。
しかし、そのレイピアの一撃をヒガンは右側に身体を傾けて見事にかわしてみせると、そこで無防備に背を晒す態勢になってしまっていたロウレス目掛けて左手を突き出していって攻撃を仕掛けようとしたのだが―――――。
「・・・ッ」
その瞬間、その左手だけでなくヒガンの全身を、ドッと無数の漆黒の針が貫いたのだ。
どうしてそんな事態になったのか、理解できないまま、目を剥いたヒガンは2本の煙草を銜えている余裕もなくなり、そのまま口から落としてしまう。
「あれ? 言わなかったっスかね? オレ、ハリネズミっスよ?」
そしてロウレスが左側だけ砕け散った仮面から覗いた目を細めながらそう告げると、敗者となったヒガンは意識を完全に消失させてドッと地面に向かって俯せに倒れてしまい。
「こう見えて結構臆病者 なんスよね」
いつもの恰好に戻ったロウレスは、そんなヒガンの姿を見ながら右手で自身の前髪を掴む仕草をすると、ニヤッと笑みを浮かべてそう言ったのだ。
【本館/20・10/25/別館/20・10/25掲載】
―――――東京ワールドツリーホテル最下層地下5階において、桜哉と相対していた御園は、そこで聞かされた〝事柄〟に対し、微かな動揺と困惑の色を滲ませていた。
一方、話を終えた桜哉は、武器である電動チェンソーを手にしたままではあるものの、今の己の顔に浮かぶ表情を見られたくないからなのか。
「・・・・・・・・・さあな。時間稼ぎかな。オレの話なんてどこまで嘘かなんてわかんねーだろ?」
御園に背を向けながら、しばしの沈黙の後に淡々とした口調で応じてきて。
「わかってる。オレはいつでも中途半端だ・・・」
けれど、ふと、洩らされたその言葉は悲嘆に満ちたもので。
そこで御園は桜哉を睨むように見据えると、
「・・・・・・悪いが今は貴様の感傷に付き合っている時間はない」
「何言ってんだ。お前はしばらくここから出さねーよ・・・」
突き放すように応じてきた御園に対し、桜哉はまた臨戦態勢に入るべく、振り返ってきたのだが。
「・・・ッ」
刹那、くらっ、と、立ち眩みを覚えた身体を僅かにふらつかせてしまう。
―――――!?
―――――なんだ?
―――――視界が白く・・・
「駐車場に出たからどのくらい効果が出るか心配だったが・・・吸血鬼に聖水が効くという話が本当で助かった」
当惑の面持ちになった桜哉の目の前で御園は、話をしていた間の隙を突いてリリイがエレベーター内から回収してきていた黒いキャリーケースに足を乗せて、ゴトと地面に転がしながら言う。
「エレベーターが落ちたときからその聖水とやらを霧状にして撒いていたんだ」
―――――なんだ・・・?
―――――くらくらする・・・っ
より一層ひどくなった眩暈がする感覚に、桜哉は顔を歪めながら、シュウウウウと白い霧状のモノを噴射している黒いキャリーケースを視認する。
「トランクに・・・何か仕掛けが・・・!?」
「そうだ! 変装もただ単にしたいからしたわけではない!! 大きなトランクを持ち歩いても自然に見せるため!」
見たか!!と御園が桜哉に対して得意げな笑みを浮かべる。
「それはどっちにしろ不審だったけどな・・・」
そんな御園に対して思わず呆れたような口調で桜哉はそう呟いてしまうも。
御園はそれには答えることなく、
「悪いが上に行かせてもらう」
「階段はこっちです御園」
「・・・!」
完全に身体に力が入らなくなってしまい、壁に手を置いた体制になってしまった桜哉には、リリイの呼びかけに応じて踵を返した御園を追いかけることが出来ず。悔し気な面持ちでその背を見送るという結末を迎えることになってしまったのだが―――――。
「急ぐぞリリイ!!」
桜哉の目が届かない場所まで来た処で、御園はそう言うや否や、バッとリリイの背に飛び乗ったのだ。
「私あまり肉体労働派ではないんですが~・・・」
リリイは眉を下げつつ、困ったような笑みを浮かべながら呟く。
けれど「僕が自分でのぼってたら日が暮れるだろうが」と御園は眉を顰めながら言うと、速足で階段を駆け上り始めたリリイの頭と身体に両手でしっかりとしがみ付き。
―――――くそっ・・・無事じゃなければ承知しないぞ・・・!
鉄がいる階に近づいた処でリリイの背中から御園は下りると、焦りを覚えながらも自身の脚で残りの階段を全力で上ったのだが―――――。
頭上を飛び回る蝶とともに最後の一段をダン!と上りきったその時、ベルキア達と対峙していた鉄の傍らにはヒューの姿は見当たらず。
ヒューが愛用している煙管だけが床に転がっていたのだ。
「・・・・・・!?」
一体何があったというのか。
苦し気に息を吐き出しながら、驚愕に目を見開いた御園に対し、ベルキアが嘲笑うように告げてくる。
「アハハハァッ☆ 一足遅かったなァ~~~!? スペシャル消失マジックがちょォ~~~ど今、終わっちゃったよォ!!」
左手にハンカチを掲げながら口端を吊り上げつつ御園を見遣ったベルキアは、「って桜哉のヤツ何やってんだァ!?」と〝色欲〟までもが此方に来てしまったことに気づき、腹立たしいと言わんばかりに喚き声を上げる。
「な・・・? 千駄ヶ谷! 何が・・・」
そして御園もまた、呆然と立ち尽くす鉄に向かって叫ぶと。
「・・・チビ」
「どうした! ヒューは!?」
常ならば、鉄が口にする呼び方に目くじらを立てる処だが、いまはそれを気にしている場合ではない。
はっと我に返った鉄に重ねて、ケガは?! と問いかけると、オレは平気・・・窓ガラス割っちまったくらいで、という返答の後に。
「なんだかわかんねぇ・・・けど。ヒューが・・・
鉄から聞かされたその言葉に御園は愕然となってしまう。
―――――下位吸血鬼だけで傲慢のペアを〝潰す〟つもりだとはずいぶん自信があるものだと思ったが・・・何か策があったのか。
と―――――
「チョロかったなァ~~~。あははっ、あはははァっ、おもしろくな~~~いぞォ~~~?」
つばきゅんのマネェ~~~~~~☆ とベルキアが頭上で両腕を組む仕草をしつつ、右足を上げながら小馬鹿にするかのような笑い声を上げる。
そんなベルキアに対し、操る糸を手繰り寄せながら逆さの状態になっていたオトギリが「似てません・・・反応に困ります・・・」と言うと。
シャムロックは、ベルキアのモノマネには何のコメントもすることなく、「だからヒガンなどいなくても問題ないと言ったんだ」と眉を顰めながら漏らしていて。
優勢にある憂鬱の下位達に対し、焦燥感を滲ませながら御園が叫ぶ。
「貴様ら! ヒューをどこへ・・・」
「さァどこに行ったでしょォ~~~!? マジックはァ、タネがわかっちゃったらオシマイなんだぞォ~~~!?」
そんな御園をまたベルキアが嘲笑すると、
「それよりさァ自分達にこれから起こる劇的なビフォー&アフターを心配したほうがいいんじゃないのォ~~~? まともな真祖もいないのにどォするのかなァ~~~??」
右手に持っていたシルクハットの中から左手で三本の剣を取り出すと掲げてみせてくる。
しかし、御園はそちらには目を向けることをせず、
「千駄ヶ谷・・・
「ああ。最初はここにいた。この上の階に強欲の二人がいるみてーで。そっちの様子を見に行った」
コラァきけよォ~ッと喚くベルキアを無視して、鉄からヒガンの所在を聞いた御園は必死に思考を巡らせる。
―――――さっきから聞こえる上の階からの振動はそれか・・・!
―――――
―――――椿が電話で限界距離のことをちらつかせて時間を制限していたのはこちらを急がせてろくな策を講じることができないようにするため・・・。
―――――完全に向こうの思惑通り・・・!?
―――――だが人質がまだ僕らの手にあるなら交渉の余地はある・・・。
強欲はこの上に捕らわれたままであり。力を失っている、
答えを探しあぐねる御園の中に、さらなる焦りが広がっていく。
―――――あとはもう・・・
その時、ふと御園の意識の内に浮かんだのは、
けれど―――――
―――――何に期待してるんだ僕は!!
有り得ない可能性に辿り着いてしまった己の思考に、御園は下唇を噛みしめると、傲慢の行方に関してベルキアが口にしていた言葉を思い返し、さらなる自問自答を繰り返していく。
と―――――
「御園。教えてくれ、オレにできることを」
初めて、自分の名前を呼んだ鉄の声に、御園の思考は一気に現実に引き戻された。
「
頬から冷や汗を流しながらも、真剣な眼差しで自分を見据えてくる鉄の顔を、御園は呆然と見つめ返す。
そして口を引き結ぶと、〝撤退〟という苦渋の決断を御園は紡ぎ出そうとした。
その刹那―――――
ホテルの割れた窓ガラスの向こう側に、巨大な漆黒の存在と二人の人影が顕現したのだ。
「あっ」と鉄が驚愕の声を漏らすと、御園もゆっくりとそちらを見遣り。その時、上のフロアで戦闘を繰り広げていた強欲組とヒガンだけでなく、御園が立ち去ってから暫くして、ようやく動けるようになって地下5階から上の階を目指して階段を上ってきていた桜哉もまた、その姿を目にし、瞠目の面持ちになっていた。
「真昼・・・!! 瑠璃さん・・・!!」
そして突如としてこの場に現れた巨大な漆黒の獣をハッキリと認識した御園が、愕然とした面持ちで目を見開きながら言葉を紡ぎ出す。
「それ・・・は、まさか・・・! 本当は怠惰の
―――――
その言葉に応えるように、ホテルの天辺に右前足を置きながら巨大な獅子が「グオオオオ」と咆哮を上げる。
そして獅子の姿がシュウウウと漆黒の影に変わり、割れた窓の向こうに入っていくと―――――
「こいつってばずーっと怠けて見たみたいでさ。遅くなって悪い!」
トッと先にその場に最初に足を着けた真昼がそう御園と鉄に向かって呼びかけて。
「御園君!! 鉄君!! 待たせちゃってごめんなさい!」
真昼の背後に人型に戻ったクロと共に降り立った瑠璃も二人に向かってそう言った処で。
胸元の『鍵』を右手で握りしめながら傍らに立つクロを凛とした瞳で見上げると―――――
「それじゃあ、クロ」
「さあ・・・行くぞ、クロ!」
武器を手に構えた真昼もニッと自信に満ちた笑みを浮かべながら掛け声を発して。
「・・・おう」
チリン・・・とクロの首にある鈴が澄んだ音色を鳴らしたのだ。
「お嬢・・・・・・・っ。それに〝怠惰〟の・・・っ」
シャムロックが苦々しい口調で唸るように言う。
「スリーピーアッシュゥ~~~!?」
それに続き、ベルキアが仰天した様子で叫ぶ。
一方で―――――
「真昼のアニキに瑠璃。それに怠惰のダンナ・・・」
「城田・・・! 瑠璃・・・! クロが戻ったのか!」
鉄と御園が発した声に「ああ」「えぇ」と答えた二人はぱっと振り返ると、
「みんな無事なのか?」
「・・・いや、ヒューが・・・」
真昼からの問いかけに、ヒューが愛用する煙管を握りしめた鉄が、悄然とした面持ちで視線を俯ける。
「ヒューくんに何があったの?」
その鉄の様子から、只事ではないことがあったのだろうと、感じ取った瑠璃が眉を寄せながら聞き返すと。
「ヒューが敵の攻撃で消えてしまって・・・行方がわからない。強欲の二人はこの上にいる。No.2らしきヒガンという男も上に・・・」
御園が事情説明をするのと合わせて、現状把握している情報も告げてきて。
「鉄! 大変だったな」
そこで真昼がポンと右手で鉄の左肩を労うように叩くと。
「じゃあ・・・ロウレスとリヒトさんを助けて」
「ヒューくんも捜さないといけないわね!」
真昼に続き瑠璃もそう宣言した。
すると―――――
「調・・・子に乗んなよォ、クソガキがァ~~~☆★☆」
悪鬼のごとき形相になったベルキアが、先程からずっと左手に持ったままでいた三本の剣を構えながら真昼に対してそう叫び。
「セリフが三流だ・・・ばかめ。―――――オトギリ女史、お嬢には出来る事ならば、早々にこの場から離れて頂きたい。お嬢のことは頼んでも良いだろうか」
シャムロックはそんなベルキアに呆れの眼差しを向けた後、後ろ側で無数の糸を操って空中に腰を据えていたオトギリにそう言うと。
「そうですね・・・・・・瑠璃さんに大きな怪我を負わせてしまうのは困りますから・・・・・・」
コクとオトギリは頷き返したのだが。
しかしその時、真昼が右手に握りしめていた武器を掲げる仕草をすると、バチバチバチバチと音を立ててその形状が変化し始めて。
―――――城田の武器が・・・形を変えていく!?
―――――ホウキ・・・じゃない。これは・・・
―――――槍!!
瞠目した御園の視線の先で、新たな形として槍に変わった武器をドンと真昼が構えながら不敵な笑みを浮かべると。
真昼に続いて瑠璃が握りしめていた『鍵』もまた、パアと白銀の光を瞬かせるのと同時に、左腕にある〝誓約の証〟も共鳴するかのように眩い真紅の輝きを放っていて。
―――――まさか、瑠璃の『鍵』にも新たな力が・・・・・!?
ハッと御園が目を瞬かせた時、瑠璃が持っていた『鍵』はロッドに変容を遂げたのだ。
「瑠璃さんの新しい力・・・・・・今、それを使われるのは困ります・・・・・・」
そこですぐさま先手を打つべくオトギリが動こうとしたのだが―――――。
―――――〝お願い私の
無数の糸の先に繋がれた人形たちが、ズ・・・と一斉に攻撃態勢に入ろうとしたその時。
「―――――ごめんなさい、オトギリさん」
フッと力を発動させた瑠璃が、瞬時にオトギリの目の前に転移してきたのだ。
「・・・・・・瑠璃さん・・・・・・」
そうして驚きに目を見開いたオトギリに対して、瑠璃は謝罪の言葉を口にするのと同時にロッドの先端を向けると。
「―――――・・・・・・!?」
その刹那、バチッと瞬いた白銀の閃光によって、オトギリは気を失ってしまい。さらに瑠璃と同じタイミングでオトギリの背後にトッと跳躍してきていた真昼が槍で人形たちの糸を素早く断ち切ると。ドサッ・・・!と人形たちはその場で一斉に倒れてしまい、下に向かって落下してきた意識のないオトギリの身体は待機していたクロが受け止めたのだ。
それはまさに、あっという間の出来事だった。
「・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・」
その時、御園と鉄は完全に言葉を失ってしまった様子で固まっていて。
シャムロックとベルキアもまた、よもや想定していなかったこの事態に色を失ってしまっていたのだが。
「こうなっては止むを得ん・・・・・・っ、ベルキアァ!!」
「わァかってるってェ!! 言われなくてもォ・・・」
程なくして我に返ったシャムロックが歯噛みをしながら苦渋の決断を選択するのと同時に咆哮するように叫ぶと。ベルキアも眉を吊り上げながら、怒声を張りあげるように応じてきて。
シャムロックはアタッシュケースから、ベルキアはシルクハットから新たな武器を取り出す構えを取るのと同時に、攻勢へ転じようとしたものの―――――。
「―――――クロ!!」
瑠璃が名前を呼ぶと、オトギリを床に寝かせたクロは気だるげな様子で、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら立ちあがり、チラリとシャムロックとベルキアを見遣ると、自身のジャケットの裾を巨大な手のような形に変えた上でズンと抑え込んで、武器を手放さざるを得ない状態に持ち込んでしまったのだ。
「はあ・・・めんどくせ・・・」
そして溜息を漏らしながらお決まりの台詞を呟いたクロが、両手を広げながらさらにズズズズズズとジャケットの裾を大きく広げるのと同時に、ズアアッと漆黒の杭を周囲に具現化させると。
クロの背後に跳躍した真昼が手にしていた槍を一気に振り下ろして、カッと漆黒の杭をシャムロックとベルキアに目掛けて撃ち放ったのだ。
しかし、その攻撃もまた命まで奪うものではなく、意識だけを昏倒させるものだった。
そうして御園達の下に駆け付けた真昼達が憂鬱組の下位三名に対して劇的な勝利を収めた時。
「さっきの
ぼたぼた・・・と地面に血を滴らせながら、だらりと腕を下げた体制となってしまったリヒトの胸倉を右腕で掴みながら、左手で後ろ髪を掻き上げる仕草をしつつヒガンは呟いた。
主従の絆を取り戻したリヒトとロウレスの見事な連携プレーにより、戦闘開始直後はヒガンに対して二人が優勢であるかのように思われたのだが―――――。
しかし、両手にはめていた黒い手袋をヒガンが口で銜えて外したその後に、素手でリヒトの頬を抉り、その血を舌で舐めると。吸血鬼としての本能を解放し、全盛期の頃の姿を取り戻したことにより。形勢は一気に逆転して二人は劣勢に追い込まれてしまったのだ。
それからリヒトがヒガンに捕まってしまった時、ロウレスもまた身体に力が入らず、地面に俯せの状態となってしまっていた。
そして苦痛に顔を歪めながら、げほっとロウレスは咳き込むと、先程、ヒガンとの戦闘の最中、窓の向こう側に目にした巨大な漆黒の獣の事を思い出していた。
―――――あの
―――――兄さん、まさか、なんで今さら
―――――あんな姿もう見ることはないと思った
―――――何かが変わったっていうのか
そう考えたロウレスの意識の内に、ふと過ったのは瑠璃と真昼の姿で。
―――――〝ミストレス〟ちゃんとあいつが変えたっていうのか
右手を地に着きながら、何とか上体を起こしたロウレスは、左手を膝に置いて踏ん張りながら、リヒトを捕えているヒガンの背中を睨み付ける。
―――――何してんだオレ
―――――オレばっかりが変わんねぇのか
―――――こいつは
―――――
そして無防備にこちらに背を向けていたヒガンに対して、ロウレスは背後から奇襲をかけようとしたのだが。
その刹那、リヒトから手を離したヒガンが振り返ってきて、ドとロウレスの腹部目掛けて右膝を突き出してきたのだ。
「かは・・・っ・・・」
その衝撃に耐えられず、目を剥くのと同時に呻き声を漏らしたロウレスの口の左端からは唾液が伝い落ちていく。
そんなロウレスの姿をヒガンは目を眇めながら見返すと、さらに容赦なく左手の拳でバキンと顔面を殴りつけたのだ。
「・・・噛みつこうだなんて悪い子だ」
ドサとロウレスが昏倒すると、そのロウレスの血を左手の指先から滴らせながら、口元に銜えた3本の煙草から煙を燻らせつつ、嘲笑するかのような笑みを浮かべてヒガンは言った。
そしてサンダルを履いた右脚でロウレスの顔面をぐりと踏みつけると、
「ネズミちゃん、お兄さんの靴でも舐めるかい?」
「・・・!?」
ヒガンの口から告げられたその言葉は、暗にロウレスに対して降伏を促すもので。
「そしたら君の大事な天使ちゃんだけは助けてあげてもいい」
愕然となったロウレスに対して、ヒガンはリヒトの頭部を、ずる・・・と引きずるようにしながら左手で掴み上げて見せてきて。
「・・・・・・は・・・・・・・・・ッ」
血の気が引いた顔で引き攣った声を漏らしたロウレスの目の前で、ヒガンは燻らせていた煙草を1本、右手の親指と人差し指で挟んで口から取ると。
「お決まりのセリフだが人間てのは脆いもんだからね・・・」
そう言いながらリヒトの鎖骨にヂヂッとその煙草の火を押しつけたのだ。
「・・・ッ」
「・・・・・・・・・てめ・・・ッ」
薄っすらと目を開けたリヒトが、皮膚に感じた火傷の痛みに眉を顰めながら顎を微かに震わせた姿に、ロウレスは身体を戦慄かせながら叫び声を上げようとしたのだが―――――。
「迷ってんじゃねぇよ・・・マゾネズミ」
「マ!?」
リヒトの口から紡ぎ出されたまさかの罵倒にロウレスは思わず絶句してしまう。
と―――――
「答えは・・・こうだ。てめえこそ俺の靴でも舐めてろ」
リヒトはヒガンをねめつけながら、ドンと吐き捨てるようにそう言ったのだ。
その瞬間、ヒガンは呆気に取られた面持ちになっていて、ロウレスはリヒトの発言に口元を引きつらせながら固まってしまう。
―――――ど・・・・・・ドS対決・・・!?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴとヒガンとリヒトの睨み合いが始まり。
ひ―――――~本来ならオレもそっち寄りのキャラのはずなんスけど・・・と、ロウレスは冷や汗を浮かべながらそれを見ている事しか出来なかったのだが。
「・・・いや、気色悪ィな」
やっぱ無しというリヒトの撤回に対し、
―――――あ、引いた・・・とロウレスが心の中で呟くと。
「はは。こっちも冗談さ」
ヒガンもまた笑みを浮かべたまま、殺気だけを抑えた状態でそう言ったのだ。
そうしてふと、地面に飛び散ったリヒトの血に目を向けると、
「そんなことじゃあ椿の悲しみは癒えないからね。俺だってこんなことには飽きてるんだ。昔から・・・殺しに殺した・・・。殺しても殺してもむなしい・・・。殺しても殺しても憂鬱だ・・・。だが・・・椿が望んでいるからね」
―――――唯一、心惹かれたお嬢さん・・・・・・〝ミストレス〟である瑠璃ちゃんを傍に置いておくことを諦めてまで、椿はそれを望んだんだ。
―――――だからこそ・・・・・・
「椿が望む絵を描くために。椿のためにこの命が出来得ることならなんだってしよう。それがどれほど悲しくても仕方ない。自己犠牲とは世界で最も崇高な芸術作品のひとつ」
「ツバキのため・・・ツバキのため? 『自己犠牲』なんて大層な言葉を使うなよ。てめえのはそんな大それたもんじゃねぇだろ。それと女神『セレネ』のことも引き合いに出すんじゃねえよ」
長い独白を紡ぎ出したヒガンに対し、リヒトが侮蔑の言葉を紡ぎ出す。
それと同時に自身の右掌に爪を食い込ませてしまった事によって流れ出した血を、ず・・・ずると自分の頭部を掴んでいたヒガンの左腕に人差し指で擦りつけていく。
そんなリヒトの行動はヒガンの目には最後の足掻きのように見えたのだろうか。
本性を露わにして狂気と悦楽に満ちた笑みを浮かべたヒガンをリヒトは鋭く睨むと、
「てめえはただオレを殺してえだけだろ。そういう目ェしてるって言ってんだよ」
ずっ、と力強く、血の付いた人差し指をヒガンの左腕に滑らせたのだ。
そこでヒガンは、自分の腕にリヒトが何かを描いていたのだという事に気が付いた。
それは長方形の枠の中に2本の縦線が引かれたものだった。
そしてその枠の中にリヒトが親指と人差し指を這わせたその直後―――――
ボ―――――ンとピアノの音色が響き渡ったのだ。
―――――・・・・・・!?
―――――ピアノに・・・
―――――音が体を反響して・・・!?
「
くわんくわんくわん、と体内で響き渡ったその音によって、一時的に力が入らなくなってしまったヒガンの手から解放されたリヒトはニィと不敵な笑みを浮かべる。
―――――こいつ・・・ヤバイ!!!
そんなリヒトの姿を目にして、ぞくぞくぞくと背筋に戦慄を覚えたのはロウレスだった。
そしてリヒトの予想だにしていなかった反撃を受けて、唖然呆然となりながらも、何とか倒れることなく立っていたヒガンは、左手で己の顔を覆うと―――――
くっくっくっくくくくくくくと狂ったような笑い声を漏らした後に、
「自分・・・自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分自分・・・だから世界はゴミだらけなんだ!!」
喚くようにそう叫んだヒガンの身体からはゴァッと一気に炎が噴き出したのだ。
「ハイド!!!」
そんなヒガンの姿にロウレスは思わず呆然と立ち尽くしてしまうも、しかし耳朶に届いたリヒトの声にハッとそちらに顔を向けると。
自らの武器であるピアノを具現化させたリヒトが椅子に腰掛けながら、ダァンと力強く音色を奏で始めて―――――。
―――――この曲は・・・〝オペラ座の怪人〟!!
その曲が何であるのかロウレスが理解するのと同時に漆黒の影がロウレスの足元に現れて。ズァと渦を巻いたその影が全身を覆うマントに変わっていく中で、ロウレスが身を任せながら掲げた左手に具現化させたのはマスカレード仮面で。
「―――――“Sing!” “My Angel of Music!!!”―――――」
ニヤリと笑みを浮かべながらロウレスはその仮面を顔につけるとリヒトに向かって告げる。
―――――オレは変わる―――――
―――――この一瞬で生まれ変わる―――――
―――――欲しいもんがあるんだ―――――
―――――やりたいことがあるんだ―――――
―――――ここで戦わなくちゃなんにも意味がなくなっちまう!!―――――
「―――――“He's there, the Phantom of the Opera”―――――」
するとロウレスの想いを汲み取ったリヒトは、チッと舌打ちを漏らしながらも応じてきて。
そうしてリヒトが奏でたそのピアノの音色は、ヒガンにも影響を及ぼし、
「・・・!?」
ズアアと渦を巻いた漆黒の影がその身に纏わりついて、ロウレスと同様のマスカレード仮面とマントを身に着けた姿に変わっていく。
「あんたにピッタリの一節があったっスねぇ」
ギョッとなったヒガンに対し、ロウレスは左手を翻す仕草をすると、蔑むかのような笑みを浮かべながらその一節を紡ぎ出す。
―――――『ああひそやかに・・・ひそやかに』―――――
―――――『地獄で焼かれた忌まわしき化け物も』―――――
―――――『ひそやかに天国に憧れる』!―――――
その瞬間、ヒガンの足元からはボウッと激しい炎が噴き出してきて。
「―――――~?! アアアアア!!!!?」
その身をその業火に焼かれることになったヒガンの口からは悲鳴があがったのだ。
そして―――――
「この怪人は残念ながらヒロインのキスでは救われないっスよ?」
右手にレイピアを具現化させたロウレスがそう告げると、自らの力で炎を捻じ伏せて鎮火させたヒガンが口元を歪めながら叫んだ。
「最後は一対一での決闘だなんてハムレットじゃあるまいし!!」
「そう。ハムレットじゃないんスよ」
そんなヒガンに対し、ロウレスも口の端を吊り上げながら応じるのと同時に、レイピアで止めを刺すべく駆け出して行く。
しかし、そのレイピアの一撃をヒガンは右側に身体を傾けて見事にかわしてみせると、そこで無防備に背を晒す態勢になってしまっていたロウレス目掛けて左手を突き出していって攻撃を仕掛けようとしたのだが―――――。
「・・・ッ」
その瞬間、その左手だけでなくヒガンの全身を、ドッと無数の漆黒の針が貫いたのだ。
どうしてそんな事態になったのか、理解できないまま、目を剥いたヒガンは2本の煙草を銜えている余裕もなくなり、そのまま口から落としてしまう。
「あれ? 言わなかったっスかね? オレ、ハリネズミっスよ?」
そしてロウレスが左側だけ砕け散った仮面から覗いた目を細めながらそう告げると、敗者となったヒガンは意識を完全に消失させてドッと地面に向かって俯せに倒れてしまい。
「こう見えて結構
いつもの恰好に戻ったロウレスは、そんなヒガンの姿を見ながら右手で自身の前髪を掴む仕草をすると、ニヤッと笑みを浮かべてそう言ったのだ。
【本館/20・10/25/別館/20・10/25掲載】
