第十七章『臆病者の唯一無二の想い』
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臆病者の唯一無二の想い
ロウレスが突き出したレイピアを、リヒトが左脚のブーツの踵でカッと蹴り上げて防ぐ。
二人の闘争は凄まじいもので、それにより生じる衝撃はホテルの建物全体を揺るがすほどのモノだった。
しかし、そんな中でロウレスは己の身体の状態に違和感を覚えていた。
―――――体、重ってぇ・・・。なんスかこれ。
―――――ケガの治りがやけに遅いような・・・。
契約で繋がっている〝主人〟が傍に居る場合、本来ならば真祖の治癒力は増す。
そして主人もまた、〝真祖〟と契約で繋がっている限り、通常の人間より身体は強靭な状態となっているはずなのだが。
―――――でも・・・オレがこうなんスからリヒたん はもっとひどい状態のはず・・・。
重い溜め息を吐き出しつつ、チラリとロウレスはリヒトを見遣ると。
はっ、と荒い息を吐きながら、リヒトもまた傷だらけの状態でもあるのにも拘らず、ロウレスを睥睨してくる。
―――――さっさとケリつけて・・・。
そこで思慮を巡らせたロウレスが、先手を打つべく右手でレイピアを掲げながら右足を前に踏み出すと、リヒトも同じタイミングで跳躍してきて、左脚でロウレスの顔面をゴッと強打しようとしてきたのだが。しかし、後れを取ることなくロウレスはすばやく後方に身体を逸らすと、逆にレイピアでリヒトの左脚を打ち据えたのだ。
そしてチッと舌打ちを漏らしたリヒトが空中で体勢を整え直そうとしたその隙を逃すことなく、さらにレイピアで追撃を繰り出そうとしたものの。
間一髪―――――地面に着地したリヒトは左脚一本で己の身体のバランスを取りながら、後方に状態を逸らしつつ、さらに先程とは逆にガッと右脚でロウレスのレイピアを押し止めると。グッとレイピアの先端をそのままブーツで踏んで、身体を弓なりに反らしながら、ロウレスの背後に向かって跳んだのだ。
その様にロウレスは愕然となるも、リヒトに背後を取られてしまった事に焦りを覚え、すぐさま振り返ると、後ろ向きに着地したリヒトの右脚から蹴りがガッと放たれてきて。
「ッ・・・」
ロウレスは奥歯をギリと噛みしめながら、すんでのところでそのリヒトの蹴りをレイピアで食い止めると。先程の二の舞に為らないようにするべく、右手を大きく振り動かして、リヒトの脚をそのまま弾き飛ばし。バランスを崩したリヒトに向かって、すぐさままたレイピアで止めの一撃を繰り出して行ったのだが。横転してしまうかと思われたリヒトは、今度はロウレスの右腕を踏み台にして、体勢を整えると同時に跳躍し―――――。
その動きを追ってロウレスが上を見上げると、リヒトの右脚がロウレスの顔面を直撃したのだ。
「―――――・・・・・・!?」
「一生這いつくばってろ。クズネズミ」
バリバリとロウレスのメガネが割れる音が鳴り響く中、リヒトは容赦なく踏み付けた吸血鬼を冷ややかな眼差しで見下ろしながら吐き捨てるように言った。
しかし、その直後―――――すでにヒガンとの戦闘を経て、多大な傷を負っていたリヒトの身体には、ロウレスとの闘争はやはり負担が大きすぎたようで。
ふと、身体に違和感を覚えたリヒトが「ん」と声を漏らすと同時に、どぱっと頭部から勢いよく血が噴き出してきたのだ。
―――――おいおい・・・大丈夫っスか。
頭の血管イッてんじゃん・・・と地面に座り込んだ状態で、ロウレスは茫然とリヒトを見つめる。
―――――リヒたん・・・死ぬんじゃ・・・?
チッと舌打ちを漏らしたリヒトは、視界がくらくらとしてきたようで、右手を地面に着きながら左手で頭部を押さえつつ両膝を突く。
けれど、リヒトはその後すぐにまたフラと身体を揺らしながらも立ち上がっていて。
―――――死ぬぞ!?
その姿にロウレスは唖然となってしまう。
―――――・・・なんで立つんだ。
―――――なんなんスかこいつ・・・!
どうみても瀕死の状態なのにも拘らず、変わらずに自分を睨み付けてくるリヒトの姿に、ロウレスは思わず、は・・・と引き攣った笑いを零してしまう。
「ああ・・・もういいや」
ロウレスが呟いたその言葉に「あ?」とリヒトが怪訝そうな声を漏らす。
と―――――
「オレはオレ。リヒたんはリヒたん。もうそれでいい・・・どうでもいいや」
そう言いながらロウレスは両腕を広げると、武器であるレイピアも右手から手放してしまい、カランとそのまま地面に転がしてしまったのだ。
「リヒたんはすごいっスよ。ホントすごい。なんにでもなればいいじゃないっスか。オレはオレっす。オレにはオレの考え方が・・・」
そうしてこれ以上の戦闘は馬鹿馬鹿しいだけだと言わんばかりの表情で、ロウレスはリヒトを見遣ったのだが―――――。
するとリヒトは両手でお腹を押さえる仕草をしながら「くくっ」と笑い声を漏らしたのだ。
その様に「・・・・・・なに笑って・・・」とロウレスが眉を顰めると、
「オレはオレ? 突っ立ってるだけで自分は自分だとか抜かす気か? 笑わすなよ。努力する気のねえ奴ほど。自分は自分だとかよく吠える・・・」
リヒトは嘲笑の笑みを浮かべながらロウレスにそう言ったのだ。
その刹那、ロウレスは茫然とした面持ちで反射的に立ち竦んでしまう。
けれど、すぐさま―――――
「あのねリヒたん・・・オレはね親切に教えてあげてんスよ。オレもあんたも、それに〝ミストレス〟ちゃんも。誰も彼もモブなんだって・・・」
ロウレスは口端を吊り上げると、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、言い含めるかのように言葉を紡ぎ出すと。
「モブ? そんなもんこの世にはいねえ」
リヒトはロウレスが口にした言葉を再度否定したのだが―――――。
しかし、ふと鋭い眼差しでロウレスを見遣ると、
「いや・・・いるか。一人だけ。てめえ一人だよモブネズミ。てめえだけだ。見渡せば舞台の上でてめえだけがダダスベリのセリフばかりで名前もない」
リヒトの創造によって作られた舞台の上で、ロウレスだけがスポットライトに照らされることなく、影の存在に変わっていて。
「最後に教えてやるよモブネズミ。何かを望んでそれに向かって努力することが自分であるってことだ。その過程すべてが唯一無二で在るってことだ。何も目指さず、何も望まず、何も努力しないまま、ただそこで突っ立ってるてめえに『自分』なんて語る権利はねえんだよ!」
光の当たらない場所で立ち尽くすロウレスに向かってリヒトが己の意思を明言すると。
「『強欲』? 笑わせんな。向上心ひとつ持ってないくせに。『唯一無二』大層だな。努力する気もねえくせに」
ゆっくりとひび割れた眼鏡のフレームにロウレスが右手をかけて取り外していく。
無表情にリヒトを見据える真紅の瞳は仄暗い陰を宿していて。そしてロウレスの背中に靡く漆黒のマフラーも、その感情に呼応するように悪魔が羽を広げるかの如く膨張を始めた時。
リヒトもまた、武器であるブーツを発動させると、漆黒の羽のようなモノを舞い散らせながら、ロウレス目掛けて今度こそ、最後の一撃を繰り出すべく跳躍しようとしていた。
しかし、その刹那―――――
「なにがわかるってんだよぉぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮したロウレスの全身が漆黒の闇に染まり、同時にその背に広がっていた伸長された悪魔の羽がリヒトの身体に絡みつき、バクンとロウレス自身の中に在る深淵の闇の中に飲み込んでしまったのだ。
そして舞台の幕が再び上がる事となる。
それはロウレスの〝深層意識〟の中に存在している哀しい過去の物語。
―――――中世ヨーロッパ時代の主人であった〝オフィーリア〟をロウレスは愛していた。
―――――しかし、彼女は『政略結婚』をすることになり。
―――――そこで彼女は〝平和の象徴〟である〝二つの国の結び目〟になりたいのだと望んだ。
―――――けれど程なくして戦争が始まり、彼女は処刑されることが決まってしまったのだが。
―――――それでも彼女は逃げることを選択しなかった。
―――――私は『生きたい』んじゃない―――――
―――――『自由が欲しい』んじゃない―――――
―――――私が欲しいものは『平和』だ―――――
―――――そうして彼女は自己を貫き〝平和を望む者〟であることを選んだ。
その後―――――
愛していた彼女を失った悲しみに涙しながら過ごしていたロウレスの下にさらなる凶報が齎されることとなる。
それは中立機関C3から下された〝あの人〟を殺せという命令で。
兄弟全員揃った話し合いの場で、長男であるクロが出した結論に、ロウレスが抱いたのは激しい憤りの感情だった。
『久っびさに聞く兄さんの言葉が「オレが殺す」なんて物騒なモンになるとは思わなかったっスねぇ・・・。吸血鬼 を作り出せる唯一の人を・・・〝あの人〟を殺す!? それで世界は平和になるとでも!? 本気で思ってんスか!?』
クロに対して激怒したロウレスの意識の内に―――――その瞬間、浮かんだのは処刑台に立ったオフィーリアの最後の姿で。
『・・・そんなのオレたち平和って呼べるんスか・・・? オレは呼べねえよ・・・!!』
クロの胸倉を掴んだままロウレスは蒼白な面持ちで声を震わせながら言うと。
『・・・オレだってあいつ が嫌いでいってるわけじゃねえ・・・』
クロはロウレスから視線を逸らしながら、ぼそ・・・と小声で呟くようにそう言ったのだ。
『はっ・・・じゃあ・・・なんスか。・・・大事な生みの親も平和のための尊い犠牲だと? ムリヤリ自分を納得させて?』
しかし、耳朶に届いた兄のその言葉に、ロウレスは引き攣ったような笑みを浮かべると。
『悲劇のヒーロー気取ってんじゃねぇよ!!』
視線を俯けながら激昂した。
けれど―――――
―――――・・・あれ?―――――
―――――これは誰の話だ?―――――
その時、ロウレスは心中では混迷していた。
―――――オレにはわからなかった―――――
―――――兄さんはなぜ・・・「自分」がなんて言い出したのか―――――
―――――なにが正しいのか―――――
―――――どうすれば良かったのか―――――
―――――そして〝あの人〟を殺すと言った兄を止める事が出来なかっただけでなく。
―――――さらにあの国にロウレスが戻った時には、〝平和〟までもまた、消えてなくなってしまっていたのだ。
それによってロウレスは『この世のすべて総じて無意味。すべてが無価値のくだらない舞台』なのだと絶望し。
―――――『唯一無二』など在りはしないのだと、〝自分自身〟のことも否定してしまったのだ。
「・・・・・・」
左手で頬杖をつきながら、仏頂面で客席に座っていたリヒトが見ていたその『舞台』は、瑠璃がロウレスの〝深層意識〟と繋がった時に目にしたそれと、おおよそは同じ内容だった。
しかし、瑠璃の時とは様子が少々異なっている部分もあった。
そうして舞台が終了となり―――――THE END―――――という文字が幕の下りた処でぶら下がった時。
客席にはもう一人『観客』の姿が在ったのだ。
―――――が、その『観客』はドロドロの液体のような形相で、一見すると〝誰〟であるのか判別がつかない存在だった。
『ブラボー! ブラボー! すばらしい!! ヒュウ~~~~~~!!』
パチパチパチパチパチパチと拍手とはやし立てる様な声援を送った〝誰か〟を「あ・・・?」とリヒトは怪訝そうな眼差しで見遣ると。
『泣けたね~~~~~~! 涙無しには見られない感動大巨編だったね~~~~~~!』
お―――――い、おい、おい、おい、おい、おい、おい、おい、―――――と泣き声を漏らしつつ、何処からともなく取り出したハンカチを左手で持ちながら涙を拭う仕草を〝誰か〟はしていて。
その様を目にしたリヒトは、ふと呆れたような表情を浮かべると、
「お前はほんとどうしようもねえな。クズネズミ 」
客席から立ち上がりながら、〝誰か〟に向かってそう呼びかけたのだ。
すると〝誰か〟に為り果ててしまっていた―――――〝ロウレス〟―――――は、リヒトの発言に驚愕した様子で身体を震わせて。小さく縮こまるかのように客席の上で球体に成り変わると。
『ぼくのことがわかるの?』
「すぐわかる。言っただろうが。何でもねえ のはてめぇだけだと」
聞き返してきた〝ロウレス〟にリヒトは振り返ることなくそう答えると、幕の下りた舞台に近づいて行き、端に右手を置くと、ひょいっと軽やかに舞台上に飛び上がったのだ。
『待ってよ・・・何するの? 君はもうここから出られないよ』
リヒトのその行動に、〝ロウレス〟は戸惑いの声を漏らすも。
「俺の番だろうが。黙って座れ」
きっぱりとした口調でリヒトがそう言った刹那―――――〝ロウレス〟は、突如舞台上に現れた一脚の椅子の上に着席し直すことになり。
さらにリヒトが舞台の幕を左手で掴んで取り払うと、舞台上にはグランドピアノが具現化していたのだ。
そして―――――
「てめえみてぇなクズネズミでも俺のピアノの前では大事な聴衆だ」
そう言い放ったリヒトの服装もまた、ピアノ奏者に相応しいブラックスーツに変わっていて。首元にきっちりと絞められたネクタイを煩わしいと言わんばかりに緩めると、
『君は・・・どうしてピアノを弾くの?』
「友達と約束をして、約束 を守ると俺自身が決めたからだ。そのためならなんだってする」
ポ―――――ン、ポ―――――ンとピアノの鍵盤の音を確認する作業に移ったリヒトは〝ロウレス〟からの問いかけに迷いのない口調でそう宣言すると。
「俺には見える。世界中の人が俺の演奏に感動し涙するその顔が。俺には聞こえる。涙が手の甲にぱたりと落ちるその音が。お前にはねえだろう」
自信に満ちたリヒトのその発言に、〝ロウレス〟は空虚感に苛まれた様子で、球体から形状を揺らめかせつつ。
『・・・・・・〝想像力〟?』
思い浮かんだその言葉を口にすると、
「それによって作られる〝理想〟だ」
リヒトはその先に在る『答』を提示してきて。
『・・・ねえ悲しい曲はいやだよ。楽しい曲にしておくれよ』
より一層の虚しさを覚えた〝ロウレス〟は、懇願するようにそう言うも。
「それは俺が決めることじゃねえ。どう思うかはお前次第だろ。好きに感じろよ」
淡々とした口調でリヒトは応じた後にピアノを弾き始めて―――――。
その曲目は『エリーゼのために』だった。
ベートーヴェンの悪筆によって『テレーゼ』が誤読されてしまったという話が有名で。
ベートーヴェンが身分違いのテレーゼへの恋を描いたもの・・・という説が有力と長年思われてきたが。最近では知人のエリザベート嬢のため書かれた曲だという新説もあるのだという。
けれど―――――
この曲は過去の自分と『彼女』とのことを思い出してしまう。
楽曲の知識を口にした〝ロウレス〟は、のっぺりとした形状に姿を変えると、
『・・・リヒト。この曲は嫌だよ。この曲は悲しいよ』
沈んだ声音で訴えるも。
「悲しいのは曲じゃねえだろ」
曲を奏でる手を止めることなく、やはりリヒトは淡々とした声音で言い返してきて。
『じゃあ何が悲しいっていうの? ・・・ぼく なの?』
気づけば〝ロウレス〟は目から涙の粒を溢れさせていて。
―――――・・・・・・そうだ。本当は―――――
―――――ぼくは―――――
―――――ボクは―――――
―――――私は―――――
―――――オレは―――――
―――――そうかオレは―――――
『本当の自分』を思い出そうとし始めた〝ロウレス〟の形態は大きく揺らぎ始め。
―――――「お前は少年」―――――
―――――「お前は老婆」―――――
―――――「お前は花」―――――
―――――「お前は宇宙」―――――
同時にリヒトが紡ぎ出した言葉に反応して、〝ロウレス〟は様々な存在に姿を変えていき。
―――――「影 は光 で光 は影 だ」―――――
―――――そう本当は―――――
―――――「お前の望む形を想像しろ」―――――
―――――望めば何にだってなれたのに―――――
激しい光の瞬きの中で、〝ロウレス〟は『望んだ姿』に変わっていく。
―――――オレは〝何だ〟―――――
―――――君の手を離したくなかったオレだ―――――
―――――君のことを守りたかったオレだ―――――
―――――君の守りたかったものを守りたかったオレだ―――――
―――――君に好きだと言いたかったオレだ―――――
―――――どうして何にもなろうとできなかったんだ―――――
想い描いた世界の中で〝ロウレス〟は、『彼女』の手を握りしめると、想いを告げる様を想像し。それを叶える事が出来なかった己の事を悔いていた。
そして―――――
―――――「〝無法者 〟? 名が廃るな」―――――
リヒトが紡ぎ出したその言葉に、〝ロウレス〟はさらに自身の〝想い〟を増長させていく。
―――――何をしてでも君の手を離さなければ良かった―――――
―――――俺の欲しいものも君の欲しいものもまとめて手に入れる理想を―――――
―――――なぜ想像【創造】できなかったのか!!―――――
そうして自分が『何者』で在りたかったのか―――――その姿を取り戻そうと足掻く〝ロウレス〟の背には漆黒の翼が顕現し。
―――――・・・さあ、踏み出せ―――――
―――――さあ望め!―――――
伏せられた瞳に滲んだ涙を乾かすように、一陣の風が吹き荒れると、ハッと目を開けた〝ロウレス〟の真紅の瞳の上には、トレードマークのメガネが現れて。襟元には漆黒のマフラーが靡いていて。
自分の姿を取り戻した〝ロウレス〟を目にしたリヒトがフッと口端を吊り上げながら笑みを零す。
そのリヒトの笑みを見た〝ロウレス〟は、今の己が欲する望みを想い描いていく。
―――――オレはこの傍若無人なとんでもない人間をこんなところで死なせたくはない!―――――
―――――兄さんに訊きたい。あの時の行動をどう思っているのかと―――――
―――――兄さんに言いたい。オレは今でも後悔していると―――――
―――――オフィーリア、どこかで眠る君に見せたい―――――
―――――オレは、オレは―――――
―――――オレは!!―――――
―――――もう何も諦めない―――――
「“I loved Ophelia”」
メガネのフレームに手をかけた〝ロウレス〟は、ニヤリと笑みを浮かべると愛していた『彼女』への想いを紡ぎ出す。
と―――――
―――――法 も人も何もオレを縛れない―――――
漆黒の翼を広げながら天に向かって左手を伸ばした〝ロウレス〟に対しリヒトが叫んだ。
「〝強欲〟の〝唯一無二 〟!! その理想に手を伸ばせ!! 望め! 望め!! 望め!!!」
その刹那―――――リヒトから貰った契約の証である〝ドッグタグ〟が〝ロウレス〟の胸元でチャリンと音を立てて。
「ハイド」
リヒトが〝ロウレス〟に付けたその『名前』を呼ぶと、『ハイド』の首の付け根から主従の証である鎖が具現化して、リヒトの右足首と繋がっていたのだ。
しかし、二人が無事に主従の絆を取り戻したその時―――――
「あれえ・・・出られちゃったのか。まあ様子を見に来て良かったと思おうか」
ザッと姿を見せたのが、下のフロアから上がってきたヒガンだったのだ。
【本館/20・9/28/別館/20・9/29掲載】
ロウレスが突き出したレイピアを、リヒトが左脚のブーツの踵でカッと蹴り上げて防ぐ。
二人の闘争は凄まじいもので、それにより生じる衝撃はホテルの建物全体を揺るがすほどのモノだった。
しかし、そんな中でロウレスは己の身体の状態に違和感を覚えていた。
―――――体、重ってぇ・・・。なんスかこれ。
―――――ケガの治りがやけに遅いような・・・。
契約で繋がっている〝主人〟が傍に居る場合、本来ならば真祖の治癒力は増す。
そして主人もまた、〝真祖〟と契約で繋がっている限り、通常の人間より身体は強靭な状態となっているはずなのだが。
―――――でも・・・オレがこうなんスから
重い溜め息を吐き出しつつ、チラリとロウレスはリヒトを見遣ると。
はっ、と荒い息を吐きながら、リヒトもまた傷だらけの状態でもあるのにも拘らず、ロウレスを睥睨してくる。
―――――さっさとケリつけて・・・。
そこで思慮を巡らせたロウレスが、先手を打つべく右手でレイピアを掲げながら右足を前に踏み出すと、リヒトも同じタイミングで跳躍してきて、左脚でロウレスの顔面をゴッと強打しようとしてきたのだが。しかし、後れを取ることなくロウレスはすばやく後方に身体を逸らすと、逆にレイピアでリヒトの左脚を打ち据えたのだ。
そしてチッと舌打ちを漏らしたリヒトが空中で体勢を整え直そうとしたその隙を逃すことなく、さらにレイピアで追撃を繰り出そうとしたものの。
間一髪―――――地面に着地したリヒトは左脚一本で己の身体のバランスを取りながら、後方に状態を逸らしつつ、さらに先程とは逆にガッと右脚でロウレスのレイピアを押し止めると。グッとレイピアの先端をそのままブーツで踏んで、身体を弓なりに反らしながら、ロウレスの背後に向かって跳んだのだ。
その様にロウレスは愕然となるも、リヒトに背後を取られてしまった事に焦りを覚え、すぐさま振り返ると、後ろ向きに着地したリヒトの右脚から蹴りがガッと放たれてきて。
「ッ・・・」
ロウレスは奥歯をギリと噛みしめながら、すんでのところでそのリヒトの蹴りをレイピアで食い止めると。先程の二の舞に為らないようにするべく、右手を大きく振り動かして、リヒトの脚をそのまま弾き飛ばし。バランスを崩したリヒトに向かって、すぐさままたレイピアで止めの一撃を繰り出して行ったのだが。横転してしまうかと思われたリヒトは、今度はロウレスの右腕を踏み台にして、体勢を整えると同時に跳躍し―――――。
その動きを追ってロウレスが上を見上げると、リヒトの右脚がロウレスの顔面を直撃したのだ。
「―――――・・・・・・!?」
「一生這いつくばってろ。クズネズミ」
バリバリとロウレスのメガネが割れる音が鳴り響く中、リヒトは容赦なく踏み付けた吸血鬼を冷ややかな眼差しで見下ろしながら吐き捨てるように言った。
しかし、その直後―――――すでにヒガンとの戦闘を経て、多大な傷を負っていたリヒトの身体には、ロウレスとの闘争はやはり負担が大きすぎたようで。
ふと、身体に違和感を覚えたリヒトが「ん」と声を漏らすと同時に、どぱっと頭部から勢いよく血が噴き出してきたのだ。
―――――おいおい・・・大丈夫っスか。
頭の血管イッてんじゃん・・・と地面に座り込んだ状態で、ロウレスは茫然とリヒトを見つめる。
―――――リヒたん・・・死ぬんじゃ・・・?
チッと舌打ちを漏らしたリヒトは、視界がくらくらとしてきたようで、右手を地面に着きながら左手で頭部を押さえつつ両膝を突く。
けれど、リヒトはその後すぐにまたフラと身体を揺らしながらも立ち上がっていて。
―――――死ぬぞ!?
その姿にロウレスは唖然となってしまう。
―――――・・・なんで立つんだ。
―――――なんなんスかこいつ・・・!
どうみても瀕死の状態なのにも拘らず、変わらずに自分を睨み付けてくるリヒトの姿に、ロウレスは思わず、は・・・と引き攣った笑いを零してしまう。
「ああ・・・もういいや」
ロウレスが呟いたその言葉に「あ?」とリヒトが怪訝そうな声を漏らす。
と―――――
「オレはオレ。リヒたんはリヒたん。もうそれでいい・・・どうでもいいや」
そう言いながらロウレスは両腕を広げると、武器であるレイピアも右手から手放してしまい、カランとそのまま地面に転がしてしまったのだ。
「リヒたんはすごいっスよ。ホントすごい。なんにでもなればいいじゃないっスか。オレはオレっす。オレにはオレの考え方が・・・」
そうしてこれ以上の戦闘は馬鹿馬鹿しいだけだと言わんばかりの表情で、ロウレスはリヒトを見遣ったのだが―――――。
するとリヒトは両手でお腹を押さえる仕草をしながら「くくっ」と笑い声を漏らしたのだ。
その様に「・・・・・・なに笑って・・・」とロウレスが眉を顰めると、
「オレはオレ? 突っ立ってるだけで自分は自分だとか抜かす気か? 笑わすなよ。努力する気のねえ奴ほど。自分は自分だとかよく吠える・・・」
リヒトは嘲笑の笑みを浮かべながらロウレスにそう言ったのだ。
その刹那、ロウレスは茫然とした面持ちで反射的に立ち竦んでしまう。
けれど、すぐさま―――――
「あのねリヒたん・・・オレはね親切に教えてあげてんスよ。オレもあんたも、それに〝ミストレス〟ちゃんも。誰も彼もモブなんだって・・・」
ロウレスは口端を吊り上げると、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、言い含めるかのように言葉を紡ぎ出すと。
「モブ? そんなもんこの世にはいねえ」
リヒトはロウレスが口にした言葉を再度否定したのだが―――――。
しかし、ふと鋭い眼差しでロウレスを見遣ると、
「いや・・・いるか。一人だけ。てめえ一人だよモブネズミ。てめえだけだ。見渡せば舞台の上でてめえだけがダダスベリのセリフばかりで名前もない」
リヒトの創造によって作られた舞台の上で、ロウレスだけがスポットライトに照らされることなく、影の存在に変わっていて。
「最後に教えてやるよモブネズミ。何かを望んでそれに向かって努力することが自分であるってことだ。その過程すべてが唯一無二で在るってことだ。何も目指さず、何も望まず、何も努力しないまま、ただそこで突っ立ってるてめえに『自分』なんて語る権利はねえんだよ!」
光の当たらない場所で立ち尽くすロウレスに向かってリヒトが己の意思を明言すると。
「『強欲』? 笑わせんな。向上心ひとつ持ってないくせに。『唯一無二』大層だな。努力する気もねえくせに」
ゆっくりとひび割れた眼鏡のフレームにロウレスが右手をかけて取り外していく。
無表情にリヒトを見据える真紅の瞳は仄暗い陰を宿していて。そしてロウレスの背中に靡く漆黒のマフラーも、その感情に呼応するように悪魔が羽を広げるかの如く膨張を始めた時。
リヒトもまた、武器であるブーツを発動させると、漆黒の羽のようなモノを舞い散らせながら、ロウレス目掛けて今度こそ、最後の一撃を繰り出すべく跳躍しようとしていた。
しかし、その刹那―――――
「なにがわかるってんだよぉぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮したロウレスの全身が漆黒の闇に染まり、同時にその背に広がっていた伸長された悪魔の羽がリヒトの身体に絡みつき、バクンとロウレス自身の中に在る深淵の闇の中に飲み込んでしまったのだ。
そして舞台の幕が再び上がる事となる。
それはロウレスの〝深層意識〟の中に存在している哀しい過去の物語。
―――――中世ヨーロッパ時代の主人であった〝オフィーリア〟をロウレスは愛していた。
―――――しかし、彼女は『政略結婚』をすることになり。
―――――そこで彼女は〝平和の象徴〟である〝二つの国の結び目〟になりたいのだと望んだ。
―――――けれど程なくして戦争が始まり、彼女は処刑されることが決まってしまったのだが。
―――――それでも彼女は逃げることを選択しなかった。
―――――私は『生きたい』んじゃない―――――
―――――『自由が欲しい』んじゃない―――――
―――――私が欲しいものは『平和』だ―――――
―――――そうして彼女は自己を貫き〝平和を望む者〟であることを選んだ。
その後―――――
愛していた彼女を失った悲しみに涙しながら過ごしていたロウレスの下にさらなる凶報が齎されることとなる。
それは中立機関C3から下された〝あの人〟を殺せという命令で。
兄弟全員揃った話し合いの場で、長男であるクロが出した結論に、ロウレスが抱いたのは激しい憤りの感情だった。
『久っびさに聞く兄さんの言葉が「オレが殺す」なんて物騒なモンになるとは思わなかったっスねぇ・・・。
クロに対して激怒したロウレスの意識の内に―――――その瞬間、浮かんだのは処刑台に立ったオフィーリアの最後の姿で。
『・・・そんなのオレたち平和って呼べるんスか・・・? オレは呼べねえよ・・・!!』
クロの胸倉を掴んだままロウレスは蒼白な面持ちで声を震わせながら言うと。
『・・・オレだって
クロはロウレスから視線を逸らしながら、ぼそ・・・と小声で呟くようにそう言ったのだ。
『はっ・・・じゃあ・・・なんスか。・・・大事な生みの親も平和のための尊い犠牲だと? ムリヤリ自分を納得させて?』
しかし、耳朶に届いた兄のその言葉に、ロウレスは引き攣ったような笑みを浮かべると。
『悲劇のヒーロー気取ってんじゃねぇよ!!』
視線を俯けながら激昂した。
けれど―――――
―――――・・・あれ?―――――
―――――これは誰の話だ?―――――
その時、ロウレスは心中では混迷していた。
―――――オレにはわからなかった―――――
―――――兄さんはなぜ・・・「自分」がなんて言い出したのか―――――
―――――なにが正しいのか―――――
―――――どうすれば良かったのか―――――
―――――そして〝あの人〟を殺すと言った兄を止める事が出来なかっただけでなく。
―――――さらにあの国にロウレスが戻った時には、〝平和〟までもまた、消えてなくなってしまっていたのだ。
それによってロウレスは『この世のすべて総じて無意味。すべてが無価値のくだらない舞台』なのだと絶望し。
―――――『唯一無二』など在りはしないのだと、〝自分自身〟のことも否定してしまったのだ。
「・・・・・・」
左手で頬杖をつきながら、仏頂面で客席に座っていたリヒトが見ていたその『舞台』は、瑠璃がロウレスの〝深層意識〟と繋がった時に目にしたそれと、おおよそは同じ内容だった。
しかし、瑠璃の時とは様子が少々異なっている部分もあった。
そうして舞台が終了となり―――――THE END―――――という文字が幕の下りた処でぶら下がった時。
客席にはもう一人『観客』の姿が在ったのだ。
―――――が、その『観客』はドロドロの液体のような形相で、一見すると〝誰〟であるのか判別がつかない存在だった。
『ブラボー! ブラボー! すばらしい!! ヒュウ~~~~~~!!』
パチパチパチパチパチパチと拍手とはやし立てる様な声援を送った〝誰か〟を「あ・・・?」とリヒトは怪訝そうな眼差しで見遣ると。
『泣けたね~~~~~~! 涙無しには見られない感動大巨編だったね~~~~~~!』
お―――――い、おい、おい、おい、おい、おい、おい、おい、―――――と泣き声を漏らしつつ、何処からともなく取り出したハンカチを左手で持ちながら涙を拭う仕草を〝誰か〟はしていて。
その様を目にしたリヒトは、ふと呆れたような表情を浮かべると、
「お前はほんとどうしようもねえな。
客席から立ち上がりながら、〝誰か〟に向かってそう呼びかけたのだ。
すると〝誰か〟に為り果ててしまっていた―――――〝ロウレス〟―――――は、リヒトの発言に驚愕した様子で身体を震わせて。小さく縮こまるかのように客席の上で球体に成り変わると。
『ぼくのことがわかるの?』
「すぐわかる。言っただろうが。
聞き返してきた〝ロウレス〟にリヒトは振り返ることなくそう答えると、幕の下りた舞台に近づいて行き、端に右手を置くと、ひょいっと軽やかに舞台上に飛び上がったのだ。
『待ってよ・・・何するの? 君はもうここから出られないよ』
リヒトのその行動に、〝ロウレス〟は戸惑いの声を漏らすも。
「俺の番だろうが。黙って座れ」
きっぱりとした口調でリヒトがそう言った刹那―――――〝ロウレス〟は、突如舞台上に現れた一脚の椅子の上に着席し直すことになり。
さらにリヒトが舞台の幕を左手で掴んで取り払うと、舞台上にはグランドピアノが具現化していたのだ。
そして―――――
「てめえみてぇなクズネズミでも俺のピアノの前では大事な聴衆だ」
そう言い放ったリヒトの服装もまた、ピアノ奏者に相応しいブラックスーツに変わっていて。首元にきっちりと絞められたネクタイを煩わしいと言わんばかりに緩めると、
『君は・・・どうしてピアノを弾くの?』
「友達と約束をして、
ポ―――――ン、ポ―――――ンとピアノの鍵盤の音を確認する作業に移ったリヒトは〝ロウレス〟からの問いかけに迷いのない口調でそう宣言すると。
「俺には見える。世界中の人が俺の演奏に感動し涙するその顔が。俺には聞こえる。涙が手の甲にぱたりと落ちるその音が。お前にはねえだろう」
自信に満ちたリヒトのその発言に、〝ロウレス〟は空虚感に苛まれた様子で、球体から形状を揺らめかせつつ。
『・・・・・・〝想像力〟?』
思い浮かんだその言葉を口にすると、
「それによって作られる〝理想〟だ」
リヒトはその先に在る『答』を提示してきて。
『・・・ねえ悲しい曲はいやだよ。楽しい曲にしておくれよ』
より一層の虚しさを覚えた〝ロウレス〟は、懇願するようにそう言うも。
「それは俺が決めることじゃねえ。どう思うかはお前次第だろ。好きに感じろよ」
淡々とした口調でリヒトは応じた後にピアノを弾き始めて―――――。
その曲目は『エリーゼのために』だった。
ベートーヴェンの悪筆によって『テレーゼ』が誤読されてしまったという話が有名で。
ベートーヴェンが身分違いのテレーゼへの恋を描いたもの・・・という説が有力と長年思われてきたが。最近では知人のエリザベート嬢のため書かれた曲だという新説もあるのだという。
けれど―――――
この曲は過去の自分と『彼女』とのことを思い出してしまう。
楽曲の知識を口にした〝ロウレス〟は、のっぺりとした形状に姿を変えると、
『・・・リヒト。この曲は嫌だよ。この曲は悲しいよ』
沈んだ声音で訴えるも。
「悲しいのは曲じゃねえだろ」
曲を奏でる手を止めることなく、やはりリヒトは淡々とした声音で言い返してきて。
『じゃあ何が悲しいっていうの? ・・・
気づけば〝ロウレス〟は目から涙の粒を溢れさせていて。
―――――・・・・・・そうだ。本当は―――――
―――――ぼくは―――――
―――――ボクは―――――
―――――私は―――――
―――――オレは―――――
―――――そうかオレは―――――
『本当の自分』を思い出そうとし始めた〝ロウレス〟の形態は大きく揺らぎ始め。
―――――「お前は少年」―――――
―――――「お前は老婆」―――――
―――――「お前は花」―――――
―――――「お前は宇宙」―――――
同時にリヒトが紡ぎ出した言葉に反応して、〝ロウレス〟は様々な存在に姿を変えていき。
―――――「
―――――そう本当は―――――
―――――「お前の望む形を想像しろ」―――――
―――――望めば何にだってなれたのに―――――
激しい光の瞬きの中で、〝ロウレス〟は『望んだ姿』に変わっていく。
―――――オレは〝何だ〟―――――
―――――君の手を離したくなかったオレだ―――――
―――――君のことを守りたかったオレだ―――――
―――――君の守りたかったものを守りたかったオレだ―――――
―――――君に好きだと言いたかったオレだ―――――
―――――どうして何にもなろうとできなかったんだ―――――
想い描いた世界の中で〝ロウレス〟は、『彼女』の手を握りしめると、想いを告げる様を想像し。それを叶える事が出来なかった己の事を悔いていた。
そして―――――
―――――「〝
リヒトが紡ぎ出したその言葉に、〝ロウレス〟はさらに自身の〝想い〟を増長させていく。
―――――何をしてでも君の手を離さなければ良かった―――――
―――――俺の欲しいものも君の欲しいものもまとめて手に入れる理想を―――――
―――――なぜ想像【創造】できなかったのか!!―――――
そうして自分が『何者』で在りたかったのか―――――その姿を取り戻そうと足掻く〝ロウレス〟の背には漆黒の翼が顕現し。
―――――・・・さあ、踏み出せ―――――
―――――さあ望め!―――――
伏せられた瞳に滲んだ涙を乾かすように、一陣の風が吹き荒れると、ハッと目を開けた〝ロウレス〟の真紅の瞳の上には、トレードマークのメガネが現れて。襟元には漆黒のマフラーが靡いていて。
自分の姿を取り戻した〝ロウレス〟を目にしたリヒトがフッと口端を吊り上げながら笑みを零す。
そのリヒトの笑みを見た〝ロウレス〟は、今の己が欲する望みを想い描いていく。
―――――オレはこの傍若無人なとんでもない人間をこんなところで死なせたくはない!―――――
―――――兄さんに訊きたい。あの時の行動をどう思っているのかと―――――
―――――兄さんに言いたい。オレは今でも後悔していると―――――
―――――オフィーリア、どこかで眠る君に見せたい―――――
―――――オレは、オレは―――――
―――――オレは!!―――――
―――――もう何も諦めない―――――
「“I loved Ophelia”」
メガネのフレームに手をかけた〝ロウレス〟は、ニヤリと笑みを浮かべると愛していた『彼女』への想いを紡ぎ出す。
と―――――
―――――
漆黒の翼を広げながら天に向かって左手を伸ばした〝ロウレス〟に対しリヒトが叫んだ。
「〝強欲〟の〝
その刹那―――――リヒトから貰った契約の証である〝ドッグタグ〟が〝ロウレス〟の胸元でチャリンと音を立てて。
「ハイド」
リヒトが〝ロウレス〟に付けたその『名前』を呼ぶと、『ハイド』の首の付け根から主従の証である鎖が具現化して、リヒトの右足首と繋がっていたのだ。
しかし、二人が無事に主従の絆を取り戻したその時―――――
「あれえ・・・出られちゃったのか。まあ様子を見に来て良かったと思おうか」
ザッと姿を見せたのが、下のフロアから上がってきたヒガンだったのだ。
【本館/20・9/28/別館/20・9/29掲載】
