第十六章『誤算』
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誤算
「さて・・・場所はこの辺りのはずだけど。誰が出迎えてくれるのかな・・・?」
人質交換の取引に応じた椿がコンと下駄を鳴らしながら降り立った場所は木々が生い茂る森の中だった。
そこで不敵な笑みを湛えた椿が周囲に視線を巡らせると―――――
ズオオオオ・・・と異様な雰囲気を放つ〝集団〟が森の奥から姿を見せたのだが。
―――――・・・・・・?
刹那、そちらを見遣った椿は思わず唖然とした面持ちになってしまう。
「・・・・・・笑う気も起きないよ。どうしてくれるのこの空気・・・」
やって来たのは〝クジラの着ぐるみ〟を着た集団だったのだ。
予想だにしていなかった存在の登場に椿は覇気のない表情でぼやく。
と―――――
「てめぇが椿だな?」
「うお、びっくりした。可愛い外見のわりにずいぶん野太い声が出るんじゃないか」
さらに相反するギャップを見せつけてきた着ぐるみに対し、椿はびくっと肩を震わせると「中身オッサンなの?」と当惑の眼差しを向けたのだが。
「〝強欲 〟の真祖 と主人 がずいぶん世話になってるな」
クジラの着ぐるみを纏った下位達の中でリーダー格の立場に在る―――――ギルデンスターンの発言により。
「ああ、そう・・・君達は〝強欲〟の下位 か」
着ぐるみの正体を理解した椿は目を細めながら薄い笑みを浮かべる。
刹那、両者の間に流れる雰囲気が一変したのを示すようにザア・・・と一陣の風が吹き抜けた。
「あんなクソガキでも真祖 は真祖 ・・・。あのガキの悪さへの仕置きは長年俺達の役目でな。あんたのじゃねぇんだ。返してもらおうか」
「いやあ。僕の細腕で男二人抱えてくるのは無理があったからさ」
ギルデンスターンからの要求に対し、椿は不敵な笑みを浮かべながら着物の袖の中に隠した状態の右手を左手の着物の袂の中にごそと差し入れると、
「二人を捕まえてる部屋の鍵で手を打ってもらおうと思ったんだけど」
「鍵・・・」
丸い輪っかに2本の鍵が付いたモノを取り出して見せた椿に対し、ギルデンスターンは緊迫した雰囲気を漂わせたものの。
「ちょっと・・・真剣なんだろうけどギャグみたいになるからやめてくれる」
すぐさま椿はそれを一蹴すると、
「それで・・・そっちが捕まえているっていう僕の下位 はどこかな?」
「・・・いるさ。俺たちの着ぐるみのどれかの中 にな」
「・・・・・・中?」
結果、返ってきた想定外の返答に、またも椿は最初に着ぐるみ集団を目にした時と同様に呆気に取られた面持ちになってしまう。
その隙を狙ってギルデンスターンが強欲の二人が捕らえられている部屋の鍵を奪うべく、ゴッと右手を振りかざしながら迫ってくる。
しかし、ギルデンスターンが鍵を奪取するよりも前に、その気配に気づいた椿は身を翻して避けるのと同時に左手で攻撃を仕掛けようとしたのだが。ふと、気づいた可能性にぴくっと左手の指先を震わせると、トッと跳躍して距離を取り。
「・・・ああ、なるほどね。下手に着ぐるみを攻撃すると中にいる僕の下位まで傷つけちゃうかもよ・・・ってことか」
眉を顰めながら独り言ちると、
「さあてどうするかな。ってうわあ」
すぐさま策を巡らせようとしたものの、頭にリボンを付けたクジラの着ぐるみが、両手でメキと音を立てて大木を引っこ抜く様を目にしたことにより、驚きの声を上げてしまう。
そうしてゴと振り回された大木を、椿はひょいっと空中に向かって身を翻して避けると。
「ずいぶん派手にやるなあ~。あ、そうか。ここは有栖院の敷地・・・か。もっと卑劣なワナでもあるかと思ったけど・・・。そんな時間はなかったか。あるいは参謀の性格か・・・」
―――――それに向こうには瑠璃がいるしね。
瑠璃は椿に対し、下位を無傷で返すと約束をしている。
つまり―――――
「足止めなのかな? まあでも、なんでもいいや。ここに僕の下位がいる可能性があるなら僕はここを離れない」
思考を巡らせた椿は、ザッと地面に着地をすると。
「僕、遊びはいつでも全力でやるタイプでね」
攻撃のタイミングを見計らっているクジラの着ぐるみたちを、笑みを浮かべながら見遣った刹那―――――
「も―――――うい―――――いか―――――い?」
遊びの合図を口にしながら、まずギルデンスターンの背後に忍び寄ると、着ぐるみの体にきゅっとしがみ付くような態勢で触れていたのだ。
「!?」
気配を感知できなかったギルデンスターンが愕然となりながら、ばっと椿を振り落とそうとするも、しかしその時には既に椿は着ぐるみから離れていて。
「う―――――ん・・・? 中に二人の人が入っているようには感じられなかったけど・・・。着ぐるみが厚っこくてよくわからないな」
トッと地面に降り立った椿は着ぐるみに触れた時の感覚を確認するように、左手の指先を動かしながら呟く。
と―――――
ふいに、薄暗くなった空からぽつと雨粒が落ちてきて、クジラの着ぐるみに染み込んでいき。
「森の中でクジラとかくれんぼ。意味がわからなくて結構好きだな。ああ、でもクジラか・・・。森の中に昔から住んでるふうの生き物だったらもっとよかったんだけど」
鬱々とした雰囲気を放ち始めた椿の気配がさらに周囲に満ちていくと、雨粒の量もまた徐々に増え始めて。
「・・・あはっ。あはははは、あははっ、あはっ、あははは、あははははは。オカリナとか吹いたらどうかなあああ?! あはっ、あははははははは。あ―――――おもしろくな―――――~い」
椿の口からは狂乱の笑い声が溢れ出す。
「続けよう。だってかくれんぼ。全員みつけるまで終わらない。みつからなかった最後の一人がかわいそうじゃないか」
そうして狂気に満ちた面差しとなった椿はクジラの着ぐるみ達に向かって、
「さあ。あ―――――そび―――――ましょ―――――?」
両手を差し出すとそう言ったのだ。
一方、憂鬱組の拠点があるホテルのエレベーター内で、椿の下位 である桜哉と対峙する事になった御園は―――――
―――――・・・最下層地下5階・・・!
―――――ギル達が椿を足止めするのにも時間は限られる・・・。
―――――早く強欲組を救出しないと・・・。
桜哉と睨み合いながらも、エレベーターの行く先パネルに表示された階を確認した処で、強欲組の救出作戦を立てる前に全員で集まった時のやり取りを思い出していた。
「下位吸血鬼 にも特に戦闘能力の高い者はおる。死んだときの精神状態が影響する場合が多いのじゃ」
下位吸血鬼 の特性について、そう説明を述べたのはヒューだった。
敵陣営について、御園達が現時点で見たことがあるのはまず「椿」。
そして次に強いのが「ヒガン」。他に確認出来ているのが「シャムロック」「オトギリ」「ベルキア」「桜哉」の4人。
「このヒガンという奴が飛びぬけて強いと思っていいんだな?」
部屋の隅で膝を抱えた状態で座っていたライラを御園は睨むように見据えながら問いかける。
「・・・・・・」
しかし、ライラは相変わらずな御園の態度に、すっかり委縮してしまった様子で黙り込んでしまっていて。
「大人しく口を割っておいたほうが身のためだぞ」
御園はそんなライラに対して、イライラを募らせながらさらに威嚇するように言葉を紡ぎ出す。
「まって、御園」
そこで御園を窘めるように、右手を差し出しながら名前を呼んだのが真昼だった。
そして真昼の隣に座っていた瑠璃がそっとライラの傍に近づいて行くと。
「ライラ。大丈夫よ、私達は誰も殺さないわ。ただ、ロウレス君とリヒト君をなるべく被害を出さないように取り戻したいだけなの」
「・・・・・お嬢・・・・・・」
やんわりと言い含める様に言葉を紡ぎ出した瑠璃の顔をライラが戸惑いの色を浮かべながら見返して。
「瑠璃、貴様はまた甘いことを!」
出せなくなってしまった武器 である椅子の代わりとして、幾枚か重ねた座布団の上に腕と足を組んだ姿勢で座っていた御園はその様を目にして、苦いものを飲み込んでしまったような面持ちになる。
―――――瑠璃が〝憂鬱〟に情を抱いているのは知っている。
―――――が、御園にとってはやはり容易には受け入れられるものではないのだ。
しかし、作戦参謀としての視点から現状を鑑みた場合―――――
「倒せるなら倒す・・・と言いたいところだが。そうだな・・・こちらにはそもそも倒せるほど戦力はない。救出が精一杯だ。・・・御国でもいれば話は別だろうが・・・」
憮然とした口調で御園が紡ぎ出した言葉に、ライラは躊躇するように視線を俯ける。
けれど、こちらの戦況を御園が偽りなく話したことが功を奏したようで。
「・・・ヒガンさんは・・・とても戦闘向きなんだ。もちろん椿さんほどじゃないけど・・・。条件によっては真祖 とだって渡り合えるくらい・・・。今、椿さんの近くで動いている下位の中で特別強いのは・・・君達が見たことある人達だけだと思う・・・」
ライラもまた、あちら側のヒガンを含めた下位 の戦力に関する情報を漏らしてくれたのだ。
「このうちの3人で〝怠惰〟と戦おうとしたくらいだ。3人集まれば真祖ともやり合えるということだ」
それを経て結論を出した御園が「主人が城田レベルならな」と言い添えると、名指しされた真昼は「悪かったな」と眉を顰めつつ御園を見遣ったのだが。
「我が輩と鉄なら下位 の3人や4人には負けんぞ」
背後から聞こえた不遜なヒューの発言に「ん?」と真昼が目を瞬かせながら振り返ると同時に御園もヒューのほうに目を向けていて。
「ロウレスと主人 は恐らく限界距離分離されている。主人 と距離が近いとそれだけ早く吸血鬼 の傷が回復してしまうからじゃ。それはつまりロウレス達を守る敵側も二手に分かれておるということじゃ。ひとつひとつは手薄になる。椿さえいないならば下位 ごとき我が輩と鉄の敵ではないのじゃ!」
ヒューの発言に対して、目くじらを立てることのほうが多い御園だが、
「その自信・・・今は信じるしかないな」
今回ばかりは〝傲慢〟の真祖のその矜持に全幅の信頼を寄せて、〝救出作戦〟を決行する事にしたのだ。
―――――千駄ヶ谷と別れた場合・・・僕とリリイがすべきは一人でも多くの敵を長い時間足止めすること!
―――――その間に千駄ヶ谷が片方を救い出しこっちに増援にくるのを待つ。
―――――今のリリイに攻撃力は無いに等しいが幻術の一部は健在なんだ!
―――――僕とリリイだけでは何もできないと思っているなら・・・見せてやる。
最下層に辿り着いたエレベーターの扉が、ゴウ・・ウ・・と重低音を響かせながら開く。
―――――さあ椿の下位吸血鬼 共・・・こちらに何人いる?
しかし、覚悟を決めた御園の目に映ったのは―――――
―――――・・・!?
何も存在していないがらんどうの駐車場で。
―――――なに・・・!?
想定外の事態に愕然となった御園の背後で、桜哉が口端を吊り上げながら、武器として具現化させた電動チェンソーをギャウンと音を立てて稼働させる。
―――――なぜ誰もいない・・・!?
茫然と立ち尽くしたままの御園に対し、戦闘の準備を整えた桜哉が、
「なんだよ? なんか・・・予想外だったか?」
ギャイイイイイと唸る電動チェンソーを両手で携えるようにしながら、胡乱げな目を向けてくる。
「御園下がってください」
そこで人型に戻ったリリイがザッと御園を背に庇うようにしながら、逃げ場のないエレベーターから下りるように促すと。
「どう・・・なってる!?」
「・・・・・・御園・・・おかしいです。ここには・・・何の気配もない・・・!?」
困惑の声を漏らした御園に対し、リリイもまた冷や汗を流しながらそう言ったのだ。
「あんたの誤算はいくつかある・・・」
すると桜哉が蔑むような眼差しで御園を見遣りながら淡々とした口調で告げてくる。
「強欲組を限界距離が使える最上階と地下に分けて監禁するはず・・・オレ達下位 が手分けをしてその二人を〝守る〟はず・・・と。お前は椿さんをなにもわかってない・・・。椿さんは守りに入るのは好きじゃないんだ。堅実なのもシュミじゃない・・・派手なのを好む」
―――――仲良く一緒に置いておくかはわかんないな?―――――
ふと、御園の意識の内に瑠璃が椿から電話口で告げられた言葉が浮んでくる。
―――――・・・まさかあの段階から・・・すでにフェイクだったと・・・!!?
そうして焦慮を抱いた御園を桜哉が嘲笑う。
「お前は前提を勘違いしている。今、オレ達の目的は〝強欲〟を守ることじゃない。〝強欲〟をエサに〝傲慢〟をつぶすことなんだよ!!!」
―――――やられた!!
―――――ロウレスと轟はどちらも最上階!!
―――――そしてそこに・・・〝傲慢〟を迎え撃つべく下位 すべてが待ち構えているのか!!?
―――――足止めされたのは僕のほう・・・!!
―――――早く千駄ヶ谷をサポートしに行かなければ・・・。
焦りを滲ませた御園に向かって、冷然とした面持ちになった桜哉が電動チェンソーを振りかざしてくる。
「御園!」
そこでリリイが御園の名を叫ぶのと同時に前に飛び出して後ろに下がらせる。
ギャギャギッ―――――という耳障りな音を響かせたその一撃はエレベーターの扉を切り裂いて、その真上に設置されていた防犯カメラまでもが、バチバチッと真っ二つにされてしまっていた。
ギャドドッと唸る電動チェンソーを、桜哉は背を反り返させるような姿勢で掲げながら、御園を庇ったリリイを無言で睨み付ける。
ザッと桜哉から距離を取った御園は必死に思考を巡らせる。
―――――早くこいつをかわして上へ向かわないと・・・!
―――――できるのか・・・今の状態の僕らに・・・。
〝―――――勝負なんてのは・・・結局さ。最後の最後で非道になれるかどうかなんだよ〟
どうすべきなのか、その『答』を欲した御園の中に、ふと昔、御国とチェスをした時に告げられた『勝敗』を決する言葉が蘇った。
―――――非道になれ!!
―――――誘え、動揺を!!
そして御園は狡猾な笑みを浮かべた御国の『言動』を己のモノとするべく、険しい面持ちで心の中で言い聞かせるようにしながら、伸ばした右腕でリリイを制する仕草をしつつ、一歩前に出ると。
「綿貫桜哉・・・貴様は今・・・一体どっち なんだ?」
桜哉と対峙する姿勢を見せながら御園は〝揺さぶり〟の言葉を紡ぎ出す。
「瑪瑙瑠璃と城田真昼のことをどうでもいいと思ってるわけじゃないんだろう。瑠璃と城田は今でも貴様を大事な友・・・・・・」
けれど、御園の言葉は途中で―――――
ギャイイイイイイイイという激しい電動チェンソーの唸りと。
「あああ―――――~~~~~~ああああ」
桜哉の口から発せられた絶叫によって遮られてしまう。
「お前は、お前らは、瑠璃さんは、真昼は、わかってない・・・。この戦争の意味を・・・」
―――――・・・・・・椿さんは、瑠璃さんに〝全て〟を話した訳じゃない。
―――――・・・・・・だから瑠璃さんが〝知らない〟のは仕方がない。
そうして悲観に満ちた面差しになった桜哉は心の中でそう呟くと。
「・・・意味・・・?」
眉を顰めた御園に対し、譫言のように話し続ける。
「椿さんは・・・探してる。でもそれは・・・なにが鍵になるのかわからない。それは復讐なのかもしれない。もっと恐ろしいものなのかもしれない」
「吸血鬼の戦争自体が・・・目的ではないと言うのか?」
思ってもみなかった事柄を聞かされることになった御園は愕然としながら桜哉の顔を見返す。
「戦争は鍵を探す手段だ。だからこんな回りくどくじわじわ遊んでる・・・」
「なにを探してるんだ・・・?」
「それは黒い・・・」
そして御園が桜哉の口から、椿の『最大の目的』を聞いた時。
階段を駆け上がって上の階にやって来た鉄もまた、待ち構えていた憂鬱の主要戦力である下位 メンバー、ヒガン、シャムロック、ベルキア、オトギリと、さらにオトギリの糸で操られている大勢の人形たちと対峙する状況となったのだが―――――。
しかし、ヒガンが鉄に話しかけたことにより、すぐさま戦闘開始とはならず。
「中学生!? いやあ~・・・オジサンびっくりしちゃったなあ」
大きいねぇ―――――と、感嘆の声を漏らしたヒガンに続いて、
「え~~~~~ッ、なにこいつ14歳なのぉ~~~~~~!?」
老けてるゥ~~~~~~と、ベルキアが驚嘆の声を上げたのだが。
しかし、相手が『敵』であると認識している鉄はそれ以上の受け答えをすることはせず。
怪訝そうな面持ちで憂鬱の下位 達を見据えながら、
「・・・聞いてたより多くねぇか?」
「ふむ・・・誤算というやつじゃな」
鉄の左肩から顔を覗かせたヒューも、眉を顰めながら応じてきて。
「ヒガン!! いつまで油を売っている!!! この場に〝お嬢〟がいらっしゃらない以上、さっさと片付けてしまうのが定石というものだろうが!!!」
怒声を発したのが、椿からこの場の指揮権を任されているシャムロックだった。
「おっとっと。瑠璃ちゃんが来ていないとはいえ、オジサンは子供相手だと思うと気は進まないが致し方ない」
そうしてヒガンがシャムロックの発言に、たは―――――~と苦笑を浮かべながら、右手の米神をかくような仕草をしつつそう言うと、それが戦闘態勢に切り替わる合図となり。
「この先に人質がいることは間違いねぇよな」
「うむ。しかし、この人数。しかもあの赤髪の男は強欲の主人 をたやすく負かしたと聞く。ロウレスがこの先にいるのなら・・・我が輩達に気づいて少しでも敵の気をひいてくれると助かるのじゃが。そうすれば少しは戦力が分散・・・」
鉄の言葉に答えたヒューは、ヒガンを警戒しつつ、戦略を巡らせていくも。
しかし、肉体派である鉄には、ヒューの言葉の意味を把握することが出来ず。
「あー・・・えっと・・・?」
背中に背負っていた武器である棺桶のベルトを右手で握りしめながら、眉を顰めつつ横目でヒューを見遣ると、人型から蝙蝠に姿を変えていて。
「独り言じゃ。お主は心配無用じゃよ鉄」
そう告げると同時にすいっと鉄の肩から前方に飛んで行き。
「我が輩はお主の期待を裏切らぬからの」
人型に戻ったヒューは鉄とともに憂鬱の下位達と対峙する体勢になるとそう宣言をしたのだ。
同時刻―――――憂鬱組の拠点となっているフロア内の何処かで捕らわれの身となっていたリヒトが意識を取り戻していた。
「・・・っ・・・・・・」
片羽が千切れてしまったリュックを背負ったまま、オトギリの糸で後ろ手に拘束されているだけでなく。さらに両足も武器を使うのを阻止する為なのだろう。
厳重に足首の辺りを拘束された状態で床に横たわっていたリヒトは、
「ってぇなクソ・・・あの赤毛のオッサン・・・どこ行きやがった・・・」
傷だらけの身体を壁伝いに、ずる・・・と引きずるようにしつつ、悪態をつきながら何とか起き上がると。
「どこだここ・・・。どうなってんだ吸血鬼 が次から次へ・・・」
チッと舌打ちするとともに、そのまま壁に寄りかかりながら、床に座り直した処で。
「くそ、どうせあのクズネズミのせいだろ・・・。ぶっ殺してやる・・・ッ」
さらにリヒトがロウレスに対して憎悪の言葉を口にすると―――――。
「あーマジ不快。幻聴? リヒたんの声が聞こえるんスけど~~~・・・」
―――――リヒトより前に、椿の手によって、憂鬱組の拠点内に捕らわれの身となっていたロウレスもまた、耳朶に届いたリヒトの声によって意識を取り戻したのだ。
ロウレスはリヒトよりもさらに厳重に、鎖とオトギリの糸両方で身体を拘束された状態で壁に凭れかかっていて。
「天使ちゃん、もう死ぬからかな・・・何時間くらい経ったんスかね」
はぁ・・・と溜息を漏らしながら独り言ちると。ぼそと小声で「・・・ほらな」と言いながら口端を吊り上げて。
「ほらな!! みたか!! 天使ちゃんだってこのまま死んでなんにもなれないんスよ!!! 偉そうに!! なにが俺は天使だからっスか!!! なにが天使!!! 引くっつーの!!! 笑っちゃうんスよ!! ちげぇな!! 笑えねぇんスよ!!!!」
咆哮するかのようにロウレスが叫び声を上げると。
「うるっせんだよクズネズミ!!!」
それに被さるようにリヒトの怒鳴り声がロウレスの耳朶に届き。
「うる・・・? ん・・・」
―――――うるせぇ?
はあ? と目を瞬かせながら、ロウレスが眉を顰めると。
「俺は死なねぇよ。なぜなら俺は天使だから。それに女神『セレネ』の加護もあるしな」
憮然とした口調のリヒトの声がさらに聴こえてきて。
「あ―――――マジ幻聴やっべぇ―――――・・・。契約で精神繋がってんのがメンドいんスよねぇ。死に際にいっつもこういう嫌な断末魔が頭に直接・・・」
目を閉じたロウレスは顔を顰めながら苦々しい口調で言う。
と―――――
「俺だっててめぇの声なんざ聞きたくねぇんだよ!!」
苛立ちに満ち溢れたリヒトの声が再び聴こえてきて。
「・・・・・・ってか。え? マジ? もしかしてかすかに・・・だけど。マジに直接聴こえてる・・・?」
呆然とロウレスは目を瞬かせると、背にしていた壁のほうを見遣り。
「なに? リヒたん、もしかして近くに?」
「うっぜぇなクズネズミ。黙ってろ」
ロウレスが漏らした問い掛けの言葉に、リヒトが罵倒を返してきて。
「・・・うえ。もしかしてそこにいるんスか・・・?」
―――――声がよく聴こえるのは契約のせいだとしても、全然離れてねーし・・・。
そこで状況を悟ったロウレスは淡々とした声音でリヒトに話しかける。
「オレのあとに結局天使ちゃんも捕まったんスか。ダッセ」
「喋んな。殺すぞ」
けれど、リヒトからの反応は変わらずで。
「はーいはいはい。なに言われても怖くないんスよ」
ロウレスはそれを受け流した処で、ふと逡巡するように視線を俯けると。
「・・・リヒたん結構ケガしてんの?」
「ああ?」
尋ねかけた事柄に対し、不愉快そうな声を漏らしたリヒトにロウレスは話し続ける。
「してんだろーな。だってオレのケガ全然治んねーし。真祖 の状態って主人 の状態に左右されっから」
そして、ふとロウレスは言葉を一度途切れさせると―――――
「・・・リヒたんさこのまま死んだらどーする・・・? リヒたんは確かにすごいピアニストなのかもしんないっスけど。だからなんだっつーんスか? ピアノが上手なのは別にリヒたん一人ってわけじゃねーじゃん。唯一無二のものなんてこの世にはないんスよ」
諦観したような口調でロウレスはリヒトに言った。
けれど、リヒトはそんなロウレスに対し、
「俺がまさに唯一無二だっつってんだ」
きっぱりとした口調で断言してきて。
こいつ・・・とロウレスは顔を顰めると―――――
「いや、だからっスねぇ・・・! リヒたんも別に特別じゃねぇの!! リヒたんじゃなくたって観客は拍手するし涙すんの!! 同じように!!」
重ねてリヒトの〝意思〟を〝否定〟する言葉を口にする。
―――――が、リヒトの返答は変わることはなく。
「違ェよ全然」
「なにが違ェんスか!?」
「中身だ」
「だからなんの・・・ッ」
イラっとなったロウレスが、また声を荒げかけた処で。
「・・・虚しくねぇか? クズネズミ。てめぇはなにから逃げてんだ?」
リヒトは嘆息すると、呆れたような声音でそう尋ねかけてきたのだ。
―――――逃げている?
ロウレスは呆然とした面持ちで目を見開く。
と―――――
―――――違うわ、ただ〝私〟は『守られる側』じゃなくて、〝大切な人たち〟を失わない為に『立ち向かう側』でありたいだけよ―――――
ふいに、椿の下位であるライラを手にかけようとした時、それを止めた瑠璃が真摯な眼差しでそう告げてきた時の情景が、ロウレスの意識の内に浮んできて。
「・・・・・・ッなんなんスか・・・・・・」
ギリッとロウレスは奥歯を噛みしめる仕草をすると―――――
「リヒたんはねぇ!! なんにもわかってねーんスよ!!! 夢や希望にあふれちゃってバカみてーなんスよ!! どうせ意味なんかねーんだから!!!」
「バカはてめぇだ。なに一つ語る夢もねぇバカが!!!」
「あんたなんかなあ!! どうせ意味なく死ぬんスよ!!! 何にもなれないまま!!!」
「オレは死なねぇよ。なぜなら俺は」
ロウレスとリヒトは壁を隔てて激しい口論を繰り広げることとなり。
「あ―――――もう、うるさい、うるさい、うるさい!!! 誰にも何もはじめから価値なんてねぇんだ!!! それを揺るがすな・・・ッ」
リヒトが口にしようとしたお決まりの台詞を、両手を握り拳にしたロウレスが絶叫とともに遮ると。
「壁隔ててギャーギャーうるせぇんだよ、クズネズミ!!! 出て来い!!!」
「あんたほんっとバカじゃないっスか!? 出れねーからこんなことになってんだろうが!!! 出れるもんならとっくに出てる・・・・・・」
怒声を上げたリヒトに対し、ロウレスは罵りとともにそう言い返そうとしたのだが―――――。
その刹那―――――ゴガと、リヒトが隔てられていた壁を蹴破ってロウレスの側に姿を現したのだ。どうやらブーツの武器を発動させた上で拘束していた糸も同時に引き千切ったらしく。ガラガラ・・・と瓦礫が崩れる様子とともに、リヒトの体から糸が落ちていく様も見えていた。
「・・・あ・・・」
愕然とした面持ちになったロウレスをリヒトが蔑む様に見下ろしながら言う。
「・・・直接じゃなにも言えねえのか? 小物ネズミ。確信したぜ、不老不死だか知らねぇがてめぇをここでぶっ殺してやるのが天使たる俺の使命だとな」
そしてリヒトがそう宣言をすると、武器であるブーツがまた力を纏い始めたのだが。
そこで我に返ったロウレスもまた、憤りを覚えた様子でリヒトを睨み付けると。
「・・・あーあーあーそうっスねぇ!! アタマのどうかしちゃった自称天使ちゃんはこれ以上黒歴史を増やす前にここらで葬ってあげたほうがいいかもしんないっスね―――――!?」
憤怒の形相で喋りながら、ブチブチブチと己の身体を拘束していた糸を引き千切り、鎖も外して立ち上がると。
「天使ちゃん。あんた自分がどんだけスゴイと思ってんスか? あんたもね世界じゃ平等にゴミみてぇな命なんスよ。何にもなれずに、なにも成せずに。・・・・・・それにあんたが『女神』だとか言ってた〝ミストレス〟ちゃんも所詮は同じっスよ」
「てめぇと一緒にすんじゃねぇっつってんだよ」
リヒトが冷然とした眼差しでロウレスを睨み付けると―――――
「・・・・・・オレだけじゃねぇって・・・・・・リヒト・ジキルランド・轟・・・・・・・・・ここであんたを殺して証明するっスよ」
ロウレスは手に武器であるレイピアを具現化させ。
「死ぬまで殺してやる。クズネズミ」
リヒトはブーツだけでなく、さらにピアノの鍵盤までも周囲に具現化させた処で。
リヒト対ロウレスの本気の殺し合いが始まることとなったのだ。
【本館/20・9/12/別館/20・9/13掲載】
「さて・・・場所はこの辺りのはずだけど。誰が出迎えてくれるのかな・・・?」
人質交換の取引に応じた椿がコンと下駄を鳴らしながら降り立った場所は木々が生い茂る森の中だった。
そこで不敵な笑みを湛えた椿が周囲に視線を巡らせると―――――
ズオオオオ・・・と異様な雰囲気を放つ〝集団〟が森の奥から姿を見せたのだが。
―――――・・・・・・?
刹那、そちらを見遣った椿は思わず唖然とした面持ちになってしまう。
「・・・・・・笑う気も起きないよ。どうしてくれるのこの空気・・・」
やって来たのは〝クジラの着ぐるみ〟を着た集団だったのだ。
予想だにしていなかった存在の登場に椿は覇気のない表情でぼやく。
と―――――
「てめぇが椿だな?」
「うお、びっくりした。可愛い外見のわりにずいぶん野太い声が出るんじゃないか」
さらに相反するギャップを見せつけてきた着ぐるみに対し、椿はびくっと肩を震わせると「中身オッサンなの?」と当惑の眼差しを向けたのだが。
「〝
クジラの着ぐるみを纏った下位達の中でリーダー格の立場に在る―――――ギルデンスターンの発言により。
「ああ、そう・・・君達は〝強欲〟の
着ぐるみの正体を理解した椿は目を細めながら薄い笑みを浮かべる。
刹那、両者の間に流れる雰囲気が一変したのを示すようにザア・・・と一陣の風が吹き抜けた。
「あんなクソガキでも
「いやあ。僕の細腕で男二人抱えてくるのは無理があったからさ」
ギルデンスターンからの要求に対し、椿は不敵な笑みを浮かべながら着物の袖の中に隠した状態の右手を左手の着物の袂の中にごそと差し入れると、
「二人を捕まえてる部屋の鍵で手を打ってもらおうと思ったんだけど」
「鍵・・・」
丸い輪っかに2本の鍵が付いたモノを取り出して見せた椿に対し、ギルデンスターンは緊迫した雰囲気を漂わせたものの。
「ちょっと・・・真剣なんだろうけどギャグみたいになるからやめてくれる」
すぐさま椿はそれを一蹴すると、
「それで・・・そっちが捕まえているっていう僕の
「・・・いるさ。俺たちの着ぐるみの
「・・・・・・中?」
結果、返ってきた想定外の返答に、またも椿は最初に着ぐるみ集団を目にした時と同様に呆気に取られた面持ちになってしまう。
その隙を狙ってギルデンスターンが強欲の二人が捕らえられている部屋の鍵を奪うべく、ゴッと右手を振りかざしながら迫ってくる。
しかし、ギルデンスターンが鍵を奪取するよりも前に、その気配に気づいた椿は身を翻して避けるのと同時に左手で攻撃を仕掛けようとしたのだが。ふと、気づいた可能性にぴくっと左手の指先を震わせると、トッと跳躍して距離を取り。
「・・・ああ、なるほどね。下手に着ぐるみを攻撃すると中にいる僕の下位まで傷つけちゃうかもよ・・・ってことか」
眉を顰めながら独り言ちると、
「さあてどうするかな。ってうわあ」
すぐさま策を巡らせようとしたものの、頭にリボンを付けたクジラの着ぐるみが、両手でメキと音を立てて大木を引っこ抜く様を目にしたことにより、驚きの声を上げてしまう。
そうしてゴと振り回された大木を、椿はひょいっと空中に向かって身を翻して避けると。
「ずいぶん派手にやるなあ~。あ、そうか。ここは有栖院の敷地・・・か。もっと卑劣なワナでもあるかと思ったけど・・・。そんな時間はなかったか。あるいは参謀の性格か・・・」
―――――それに向こうには瑠璃がいるしね。
瑠璃は椿に対し、下位を無傷で返すと約束をしている。
つまり―――――
「足止めなのかな? まあでも、なんでもいいや。ここに僕の下位がいる可能性があるなら僕はここを離れない」
思考を巡らせた椿は、ザッと地面に着地をすると。
「僕、遊びはいつでも全力でやるタイプでね」
攻撃のタイミングを見計らっているクジラの着ぐるみたちを、笑みを浮かべながら見遣った刹那―――――
「も―――――うい―――――いか―――――い?」
遊びの合図を口にしながら、まずギルデンスターンの背後に忍び寄ると、着ぐるみの体にきゅっとしがみ付くような態勢で触れていたのだ。
「!?」
気配を感知できなかったギルデンスターンが愕然となりながら、ばっと椿を振り落とそうとするも、しかしその時には既に椿は着ぐるみから離れていて。
「う―――――ん・・・? 中に二人の人が入っているようには感じられなかったけど・・・。着ぐるみが厚っこくてよくわからないな」
トッと地面に降り立った椿は着ぐるみに触れた時の感覚を確認するように、左手の指先を動かしながら呟く。
と―――――
ふいに、薄暗くなった空からぽつと雨粒が落ちてきて、クジラの着ぐるみに染み込んでいき。
「森の中でクジラとかくれんぼ。意味がわからなくて結構好きだな。ああ、でもクジラか・・・。森の中に昔から住んでるふうの生き物だったらもっとよかったんだけど」
鬱々とした雰囲気を放ち始めた椿の気配がさらに周囲に満ちていくと、雨粒の量もまた徐々に増え始めて。
「・・・あはっ。あはははは、あははっ、あはっ、あははは、あははははは。オカリナとか吹いたらどうかなあああ?! あはっ、あははははははは。あ―――――おもしろくな―――――~い」
椿の口からは狂乱の笑い声が溢れ出す。
「続けよう。だってかくれんぼ。全員みつけるまで終わらない。みつからなかった最後の一人がかわいそうじゃないか」
そうして狂気に満ちた面差しとなった椿はクジラの着ぐるみ達に向かって、
「さあ。あ―――――そび―――――ましょ―――――?」
両手を差し出すとそう言ったのだ。
一方、憂鬱組の拠点があるホテルのエレベーター内で、椿の
―――――・・・最下層地下5階・・・!
―――――ギル達が椿を足止めするのにも時間は限られる・・・。
―――――早く強欲組を救出しないと・・・。
桜哉と睨み合いながらも、エレベーターの行く先パネルに表示された階を確認した処で、強欲組の救出作戦を立てる前に全員で集まった時のやり取りを思い出していた。
「
敵陣営について、御園達が現時点で見たことがあるのはまず「椿」。
そして次に強いのが「ヒガン」。他に確認出来ているのが「シャムロック」「オトギリ」「ベルキア」「桜哉」の4人。
「このヒガンという奴が飛びぬけて強いと思っていいんだな?」
部屋の隅で膝を抱えた状態で座っていたライラを御園は睨むように見据えながら問いかける。
「・・・・・・」
しかし、ライラは相変わらずな御園の態度に、すっかり委縮してしまった様子で黙り込んでしまっていて。
「大人しく口を割っておいたほうが身のためだぞ」
御園はそんなライラに対して、イライラを募らせながらさらに威嚇するように言葉を紡ぎ出す。
「まって、御園」
そこで御園を窘めるように、右手を差し出しながら名前を呼んだのが真昼だった。
そして真昼の隣に座っていた瑠璃がそっとライラの傍に近づいて行くと。
「ライラ。大丈夫よ、私達は誰も殺さないわ。ただ、ロウレス君とリヒト君をなるべく被害を出さないように取り戻したいだけなの」
「・・・・・お嬢・・・・・・」
やんわりと言い含める様に言葉を紡ぎ出した瑠璃の顔をライラが戸惑いの色を浮かべながら見返して。
「瑠璃、貴様はまた甘いことを!」
出せなくなってしまった
―――――瑠璃が〝憂鬱〟に情を抱いているのは知っている。
―――――が、御園にとってはやはり容易には受け入れられるものではないのだ。
しかし、作戦参謀としての視点から現状を鑑みた場合―――――
「倒せるなら倒す・・・と言いたいところだが。そうだな・・・こちらにはそもそも倒せるほど戦力はない。救出が精一杯だ。・・・御国でもいれば話は別だろうが・・・」
憮然とした口調で御園が紡ぎ出した言葉に、ライラは躊躇するように視線を俯ける。
けれど、こちらの戦況を御園が偽りなく話したことが功を奏したようで。
「・・・ヒガンさんは・・・とても戦闘向きなんだ。もちろん椿さんほどじゃないけど・・・。条件によっては
ライラもまた、あちら側のヒガンを含めた
「このうちの3人で〝怠惰〟と戦おうとしたくらいだ。3人集まれば真祖ともやり合えるということだ」
それを経て結論を出した御園が「主人が城田レベルならな」と言い添えると、名指しされた真昼は「悪かったな」と眉を顰めつつ御園を見遣ったのだが。
「我が輩と鉄なら
背後から聞こえた不遜なヒューの発言に「ん?」と真昼が目を瞬かせながら振り返ると同時に御園もヒューのほうに目を向けていて。
「ロウレスと
ヒューの発言に対して、目くじらを立てることのほうが多い御園だが、
「その自信・・・今は信じるしかないな」
今回ばかりは〝傲慢〟の真祖のその矜持に全幅の信頼を寄せて、〝救出作戦〟を決行する事にしたのだ。
―――――千駄ヶ谷と別れた場合・・・僕とリリイがすべきは一人でも多くの敵を長い時間足止めすること!
―――――その間に千駄ヶ谷が片方を救い出しこっちに増援にくるのを待つ。
―――――今のリリイに攻撃力は無いに等しいが幻術の一部は健在なんだ!
―――――僕とリリイだけでは何もできないと思っているなら・・・見せてやる。
最下層に辿り着いたエレベーターの扉が、ゴウ・・ウ・・と重低音を響かせながら開く。
―――――さあ椿の
しかし、覚悟を決めた御園の目に映ったのは―――――
―――――・・・!?
何も存在していないがらんどうの駐車場で。
―――――なに・・・!?
想定外の事態に愕然となった御園の背後で、桜哉が口端を吊り上げながら、武器として具現化させた電動チェンソーをギャウンと音を立てて稼働させる。
―――――なぜ誰もいない・・・!?
茫然と立ち尽くしたままの御園に対し、戦闘の準備を整えた桜哉が、
「なんだよ? なんか・・・予想外だったか?」
ギャイイイイイと唸る電動チェンソーを両手で携えるようにしながら、胡乱げな目を向けてくる。
「御園下がってください」
そこで人型に戻ったリリイがザッと御園を背に庇うようにしながら、逃げ場のないエレベーターから下りるように促すと。
「どう・・・なってる!?」
「・・・・・・御園・・・おかしいです。ここには・・・何の気配もない・・・!?」
困惑の声を漏らした御園に対し、リリイもまた冷や汗を流しながらそう言ったのだ。
「あんたの誤算はいくつかある・・・」
すると桜哉が蔑むような眼差しで御園を見遣りながら淡々とした口調で告げてくる。
「強欲組を限界距離が使える最上階と地下に分けて監禁するはず・・・オレ達
―――――仲良く一緒に置いておくかはわかんないな?―――――
ふと、御園の意識の内に瑠璃が椿から電話口で告げられた言葉が浮んでくる。
―――――・・・まさかあの段階から・・・すでにフェイクだったと・・・!!?
そうして焦慮を抱いた御園を桜哉が嘲笑う。
「お前は前提を勘違いしている。今、オレ達の目的は〝強欲〟を守ることじゃない。〝強欲〟をエサに〝傲慢〟をつぶすことなんだよ!!!」
―――――やられた!!
―――――ロウレスと轟はどちらも最上階!!
―――――そしてそこに・・・〝傲慢〟を迎え撃つべく
―――――足止めされたのは僕のほう・・・!!
―――――早く千駄ヶ谷をサポートしに行かなければ・・・。
焦りを滲ませた御園に向かって、冷然とした面持ちになった桜哉が電動チェンソーを振りかざしてくる。
「御園!」
そこでリリイが御園の名を叫ぶのと同時に前に飛び出して後ろに下がらせる。
ギャギャギッ―――――という耳障りな音を響かせたその一撃はエレベーターの扉を切り裂いて、その真上に設置されていた防犯カメラまでもが、バチバチッと真っ二つにされてしまっていた。
ギャドドッと唸る電動チェンソーを、桜哉は背を反り返させるような姿勢で掲げながら、御園を庇ったリリイを無言で睨み付ける。
ザッと桜哉から距離を取った御園は必死に思考を巡らせる。
―――――早くこいつをかわして上へ向かわないと・・・!
―――――できるのか・・・今の状態の僕らに・・・。
〝―――――勝負なんてのは・・・結局さ。最後の最後で非道になれるかどうかなんだよ〟
どうすべきなのか、その『答』を欲した御園の中に、ふと昔、御国とチェスをした時に告げられた『勝敗』を決する言葉が蘇った。
―――――非道になれ!!
―――――誘え、動揺を!!
そして御園は狡猾な笑みを浮かべた御国の『言動』を己のモノとするべく、険しい面持ちで心の中で言い聞かせるようにしながら、伸ばした右腕でリリイを制する仕草をしつつ、一歩前に出ると。
「綿貫桜哉・・・貴様は今・・・一体
桜哉と対峙する姿勢を見せながら御園は〝揺さぶり〟の言葉を紡ぎ出す。
「瑪瑙瑠璃と城田真昼のことをどうでもいいと思ってるわけじゃないんだろう。瑠璃と城田は今でも貴様を大事な友・・・・・・」
けれど、御園の言葉は途中で―――――
ギャイイイイイイイイという激しい電動チェンソーの唸りと。
「あああ―――――~~~~~~ああああ」
桜哉の口から発せられた絶叫によって遮られてしまう。
「お前は、お前らは、瑠璃さんは、真昼は、わかってない・・・。この戦争の意味を・・・」
―――――・・・・・・椿さんは、瑠璃さんに〝全て〟を話した訳じゃない。
―――――・・・・・・だから瑠璃さんが〝知らない〟のは仕方がない。
そうして悲観に満ちた面差しになった桜哉は心の中でそう呟くと。
「・・・意味・・・?」
眉を顰めた御園に対し、譫言のように話し続ける。
「椿さんは・・・探してる。でもそれは・・・なにが鍵になるのかわからない。それは復讐なのかもしれない。もっと恐ろしいものなのかもしれない」
「吸血鬼の戦争自体が・・・目的ではないと言うのか?」
思ってもみなかった事柄を聞かされることになった御園は愕然としながら桜哉の顔を見返す。
「戦争は鍵を探す手段だ。だからこんな回りくどくじわじわ遊んでる・・・」
「なにを探してるんだ・・・?」
「それは黒い・・・」
そして御園が桜哉の口から、椿の『最大の目的』を聞いた時。
階段を駆け上がって上の階にやって来た鉄もまた、待ち構えていた憂鬱の主要戦力である
しかし、ヒガンが鉄に話しかけたことにより、すぐさま戦闘開始とはならず。
「中学生!? いやあ~・・・オジサンびっくりしちゃったなあ」
大きいねぇ―――――と、感嘆の声を漏らしたヒガンに続いて、
「え~~~~~ッ、なにこいつ14歳なのぉ~~~~~~!?」
老けてるゥ~~~~~~と、ベルキアが驚嘆の声を上げたのだが。
しかし、相手が『敵』であると認識している鉄はそれ以上の受け答えをすることはせず。
怪訝そうな面持ちで憂鬱の
「・・・聞いてたより多くねぇか?」
「ふむ・・・誤算というやつじゃな」
鉄の左肩から顔を覗かせたヒューも、眉を顰めながら応じてきて。
「ヒガン!! いつまで油を売っている!!! この場に〝お嬢〟がいらっしゃらない以上、さっさと片付けてしまうのが定石というものだろうが!!!」
怒声を発したのが、椿からこの場の指揮権を任されているシャムロックだった。
「おっとっと。瑠璃ちゃんが来ていないとはいえ、オジサンは子供相手だと思うと気は進まないが致し方ない」
そうしてヒガンがシャムロックの発言に、たは―――――~と苦笑を浮かべながら、右手の米神をかくような仕草をしつつそう言うと、それが戦闘態勢に切り替わる合図となり。
「この先に人質がいることは間違いねぇよな」
「うむ。しかし、この人数。しかもあの赤髪の男は強欲の
鉄の言葉に答えたヒューは、ヒガンを警戒しつつ、戦略を巡らせていくも。
しかし、肉体派である鉄には、ヒューの言葉の意味を把握することが出来ず。
「あー・・・えっと・・・?」
背中に背負っていた武器である棺桶のベルトを右手で握りしめながら、眉を顰めつつ横目でヒューを見遣ると、人型から蝙蝠に姿を変えていて。
「独り言じゃ。お主は心配無用じゃよ鉄」
そう告げると同時にすいっと鉄の肩から前方に飛んで行き。
「我が輩はお主の期待を裏切らぬからの」
人型に戻ったヒューは鉄とともに憂鬱の下位達と対峙する体勢になるとそう宣言をしたのだ。
同時刻―――――憂鬱組の拠点となっているフロア内の何処かで捕らわれの身となっていたリヒトが意識を取り戻していた。
「・・・っ・・・・・・」
片羽が千切れてしまったリュックを背負ったまま、オトギリの糸で後ろ手に拘束されているだけでなく。さらに両足も武器を使うのを阻止する為なのだろう。
厳重に足首の辺りを拘束された状態で床に横たわっていたリヒトは、
「ってぇなクソ・・・あの赤毛のオッサン・・・どこ行きやがった・・・」
傷だらけの身体を壁伝いに、ずる・・・と引きずるようにしつつ、悪態をつきながら何とか起き上がると。
「どこだここ・・・。どうなってんだ
チッと舌打ちするとともに、そのまま壁に寄りかかりながら、床に座り直した処で。
「くそ、どうせあのクズネズミのせいだろ・・・。ぶっ殺してやる・・・ッ」
さらにリヒトがロウレスに対して憎悪の言葉を口にすると―――――。
「あーマジ不快。幻聴? リヒたんの声が聞こえるんスけど~~~・・・」
―――――リヒトより前に、椿の手によって、憂鬱組の拠点内に捕らわれの身となっていたロウレスもまた、耳朶に届いたリヒトの声によって意識を取り戻したのだ。
ロウレスはリヒトよりもさらに厳重に、鎖とオトギリの糸両方で身体を拘束された状態で壁に凭れかかっていて。
「天使ちゃん、もう死ぬからかな・・・何時間くらい経ったんスかね」
はぁ・・・と溜息を漏らしながら独り言ちると。ぼそと小声で「・・・ほらな」と言いながら口端を吊り上げて。
「ほらな!! みたか!! 天使ちゃんだってこのまま死んでなんにもなれないんスよ!!! 偉そうに!! なにが俺は天使だからっスか!!! なにが天使!!! 引くっつーの!!! 笑っちゃうんスよ!! ちげぇな!! 笑えねぇんスよ!!!!」
咆哮するかのようにロウレスが叫び声を上げると。
「うるっせんだよクズネズミ!!!」
それに被さるようにリヒトの怒鳴り声がロウレスの耳朶に届き。
「うる・・・? ん・・・」
―――――うるせぇ?
はあ? と目を瞬かせながら、ロウレスが眉を顰めると。
「俺は死なねぇよ。なぜなら俺は天使だから。それに女神『セレネ』の加護もあるしな」
憮然とした口調のリヒトの声がさらに聴こえてきて。
「あ―――――マジ幻聴やっべぇ―――――・・・。契約で精神繋がってんのがメンドいんスよねぇ。死に際にいっつもこういう嫌な断末魔が頭に直接・・・」
目を閉じたロウレスは顔を顰めながら苦々しい口調で言う。
と―――――
「俺だっててめぇの声なんざ聞きたくねぇんだよ!!」
苛立ちに満ち溢れたリヒトの声が再び聴こえてきて。
「・・・・・・ってか。え? マジ? もしかしてかすかに・・・だけど。マジに直接聴こえてる・・・?」
呆然とロウレスは目を瞬かせると、背にしていた壁のほうを見遣り。
「なに? リヒたん、もしかして近くに?」
「うっぜぇなクズネズミ。黙ってろ」
ロウレスが漏らした問い掛けの言葉に、リヒトが罵倒を返してきて。
「・・・うえ。もしかしてそこにいるんスか・・・?」
―――――声がよく聴こえるのは契約のせいだとしても、全然離れてねーし・・・。
そこで状況を悟ったロウレスは淡々とした声音でリヒトに話しかける。
「オレのあとに結局天使ちゃんも捕まったんスか。ダッセ」
「喋んな。殺すぞ」
けれど、リヒトからの反応は変わらずで。
「はーいはいはい。なに言われても怖くないんスよ」
ロウレスはそれを受け流した処で、ふと逡巡するように視線を俯けると。
「・・・リヒたん結構ケガしてんの?」
「ああ?」
尋ねかけた事柄に対し、不愉快そうな声を漏らしたリヒトにロウレスは話し続ける。
「してんだろーな。だってオレのケガ全然治んねーし。
そして、ふとロウレスは言葉を一度途切れさせると―――――
「・・・リヒたんさこのまま死んだらどーする・・・? リヒたんは確かにすごいピアニストなのかもしんないっスけど。だからなんだっつーんスか? ピアノが上手なのは別にリヒたん一人ってわけじゃねーじゃん。唯一無二のものなんてこの世にはないんスよ」
諦観したような口調でロウレスはリヒトに言った。
けれど、リヒトはそんなロウレスに対し、
「俺がまさに唯一無二だっつってんだ」
きっぱりとした口調で断言してきて。
こいつ・・・とロウレスは顔を顰めると―――――
「いや、だからっスねぇ・・・! リヒたんも別に特別じゃねぇの!! リヒたんじゃなくたって観客は拍手するし涙すんの!! 同じように!!」
重ねてリヒトの〝意思〟を〝否定〟する言葉を口にする。
―――――が、リヒトの返答は変わることはなく。
「違ェよ全然」
「なにが違ェんスか!?」
「中身だ」
「だからなんの・・・ッ」
イラっとなったロウレスが、また声を荒げかけた処で。
「・・・虚しくねぇか? クズネズミ。てめぇはなにから逃げてんだ?」
リヒトは嘆息すると、呆れたような声音でそう尋ねかけてきたのだ。
―――――逃げている?
ロウレスは呆然とした面持ちで目を見開く。
と―――――
―――――違うわ、ただ〝私〟は『守られる側』じゃなくて、〝大切な人たち〟を失わない為に『立ち向かう側』でありたいだけよ―――――
ふいに、椿の下位であるライラを手にかけようとした時、それを止めた瑠璃が真摯な眼差しでそう告げてきた時の情景が、ロウレスの意識の内に浮んできて。
「・・・・・・ッなんなんスか・・・・・・」
ギリッとロウレスは奥歯を噛みしめる仕草をすると―――――
「リヒたんはねぇ!! なんにもわかってねーんスよ!!! 夢や希望にあふれちゃってバカみてーなんスよ!! どうせ意味なんかねーんだから!!!」
「バカはてめぇだ。なに一つ語る夢もねぇバカが!!!」
「あんたなんかなあ!! どうせ意味なく死ぬんスよ!!! 何にもなれないまま!!!」
「オレは死なねぇよ。なぜなら俺は」
ロウレスとリヒトは壁を隔てて激しい口論を繰り広げることとなり。
「あ―――――もう、うるさい、うるさい、うるさい!!! 誰にも何もはじめから価値なんてねぇんだ!!! それを揺るがすな・・・ッ」
リヒトが口にしようとしたお決まりの台詞を、両手を握り拳にしたロウレスが絶叫とともに遮ると。
「壁隔ててギャーギャーうるせぇんだよ、クズネズミ!!! 出て来い!!!」
「あんたほんっとバカじゃないっスか!? 出れねーからこんなことになってんだろうが!!! 出れるもんならとっくに出てる・・・・・・」
怒声を上げたリヒトに対し、ロウレスは罵りとともにそう言い返そうとしたのだが―――――。
その刹那―――――ゴガと、リヒトが隔てられていた壁を蹴破ってロウレスの側に姿を現したのだ。どうやらブーツの武器を発動させた上で拘束していた糸も同時に引き千切ったらしく。ガラガラ・・・と瓦礫が崩れる様子とともに、リヒトの体から糸が落ちていく様も見えていた。
「・・・あ・・・」
愕然とした面持ちになったロウレスをリヒトが蔑む様に見下ろしながら言う。
「・・・直接じゃなにも言えねえのか? 小物ネズミ。確信したぜ、不老不死だか知らねぇがてめぇをここでぶっ殺してやるのが天使たる俺の使命だとな」
そしてリヒトがそう宣言をすると、武器であるブーツがまた力を纏い始めたのだが。
そこで我に返ったロウレスもまた、憤りを覚えた様子でリヒトを睨み付けると。
「・・・あーあーあーそうっスねぇ!! アタマのどうかしちゃった自称天使ちゃんはこれ以上黒歴史を増やす前にここらで葬ってあげたほうがいいかもしんないっスね―――――!?」
憤怒の形相で喋りながら、ブチブチブチと己の身体を拘束していた糸を引き千切り、鎖も外して立ち上がると。
「天使ちゃん。あんた自分がどんだけスゴイと思ってんスか? あんたもね世界じゃ平等にゴミみてぇな命なんスよ。何にもなれずに、なにも成せずに。・・・・・・それにあんたが『女神』だとか言ってた〝ミストレス〟ちゃんも所詮は同じっスよ」
「てめぇと一緒にすんじゃねぇっつってんだよ」
リヒトが冷然とした眼差しでロウレスを睨み付けると―――――
「・・・・・・オレだけじゃねぇって・・・・・・リヒト・ジキルランド・轟・・・・・・・・・ここであんたを殺して証明するっスよ」
ロウレスは手に武器であるレイピアを具現化させ。
「死ぬまで殺してやる。クズネズミ」
リヒトはブーツだけでなく、さらにピアノの鍵盤までも周囲に具現化させた処で。
リヒト対ロウレスの本気の殺し合いが始まることとなったのだ。
【本館/20・9/12/別館/20・9/13掲載】
