第十五章『向き合うことの覚悟』
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一方、先に中に入場していた真昼は―――――
「C3の依頼なんて聞くまでもねぇ!! クソだ!! 手紙!? 破いて食っちまえ!!」
「〝あの人〟を殺せなんて命令受け入れられる方がどーかしてるっスよ!?」
「理屈では理解できても感情では許容できないのよ・・・」
「C3からの命令」「あの人を殺せ」・・・・・・吸血鬼達の間で意見が割れた、過去の〝会議〟の場に立ち会っていた。
そして議題が明らかになった時点で不快感を露わにしたのが、ワールドエンド、ロウレス、マザーの三人で。
〝あの人〟って一体・・・・・・と真昼が眉を顰めながら困惑の表情を浮かべると。
「オレ達が手を下すって発想がオカシイんスよ!! だってあの人はサーヴァンプ をを作った人じゃないっスか!!」
今にも噛みつかんばかりの勢いで声を上げたのがロウレスだった。
「そう・・・たった一人で こんな化け物を7体も生み出した天才です」
そしてロウレスが口にした〝あの人〟に関する事柄を、落ち着いた声音で肯定する発言をしたのがリリイだったのだが。
C3からの手紙によれば、日本にいるらしい〝あの人〟の姿を、最後にリリイが見たのは、もう何百年も昔のこと だという。
「いまだに奴が生きておるとすれば奴はもう人間 ではない。一人の人間が持ち得る範囲を超えておるのじゃ」
そのリリイの証言に対して眉を顰めながらそうヒューが公言すると。
「・・・・・・自分達のような化け物をこの先・・・あの人が何百何十と作ったとしたら」
ジェジェが憂慮すべき可能性を淡々と口にする。
「まだなにもしてねぇんだろ!? 殺す必要あんのか!? あと声、小せぇんだよ」
それに対し、反論と文句を同時に叫んだのがワールドエンドだった。
―――――意見は三対三に分かれていて、このままでは埒が明かない。
「お主はどう思う。・・・スリーピーアッシュ」
議長席に座っていたクロに向かってヒューが問いかける。
―――――To be, or not to be
―――――tha Answer is・・・
―――――YES
「・・・殺そう」
クロの口から紡ぎ出された『賛成』の答えに真昼は茫然と目を見開いてしまう。
「オレが 殺す」
「・・・・・・クロ・・・・・・」
そして真昼の後から、過去の会議の場にやって来た瑠璃が、見聞きしたのもまた、仄暗い瞳をしたクロが兄弟達に対してそう『宣言』をした局面でのことだった。
その後、ガタン!と椅子を右足で蹴り倒しながらロウレスは立ち上がると、 烈火のごとく怒りの形相でクロの処に近づいて行き。
「・・・オレが? 殺す? はは・・・自分を作った人間を?兄 さんてば寝すぎで、どーかしちゃったんじゃないっスか? それとも目ェ覚めてないんスかね? あの人がいなきゃオレ達、今ここにいないんスよ? そうだろ?」
そう問いかけるもクロは顔を向けることなく、眠たげな様子で視線を俯けていて。
「あの人はいわば・・・っ〝親〟だろうが!! 〝家族〟だろうが!!! オレ達が・・・っ味方でいなくてどーするんスか。あんたが味方でいなくてどーするんスか! 家族のオレ達が・・・」
そこでロウレスはクロの胸倉を掴み上げると、さらに声を荒げながら訴えかけたのだが、
「そんな言葉を使うんじゃねぇよ」
ふいに目を開けたクロの口から紡ぎ出された威圧に溢れた声に、ロウレスは肩を震わせると、そのまま強張った面持ちで立ち竦んでしまう。
そうして只ならぬ雰囲気になった二人の様子を目にして、「おい・・・」とワールドエンドが椅子から立ち上がる。
と―――――
「オレたちは何 だ? どうやって生まれた?」
クロが低い声で呻るように紡ぎ出した、〝吸血鬼〟という存在が〝元は何であったのか〟と云う部分に関しては、時折、吸血鬼達の会話の端々で発生していたノイズ音によって、また掻き消されてしまった為に、真昼と瑠璃の耳朶に届くことはなく―――――。
「オレは吸血鬼 が生まれて良かったと思ったことはねぇ。一度も」
最後にクロが口にした、自分達の存在を拒絶する言葉だけが、真昼と瑠璃の胸の奥に重くのしかかってきて。
愕然と目を見開くと、恐らくはロウレスも同様の感情を抱いたのだろう。
で・・・もっ、と声を震わせながら、ギリと奥歯を噛みしめると、
「でも・・・だってあの人は兄さん の・・・・・・っ」
苦悶に満ちた顔でクロに向かって想いを口にしようとしたのだが、しかしその時にワールドエンドがロウレスを背後から羽交い絞めにした事によって。ロウレスの手はクロから離れてしまい。解放されたクロはロウレスの言葉にそれ以上は耳を傾けることなく、そのまま兄弟達に背を向けると、この場から立ち去る為に歩き出して行ってしまう。
「ク・・・クロ!」
その様を見て、はっとなった真昼が声を上げると、クロの元に駆け寄って行きコートの裾を掴んだのだが。その刹那――――真昼の姿が闇の中に掻き消えていって。
「―――――クロ!! 真昼君っ!?」
それを目にした 瑠璃もまた、クロと真昼の名前を叫ぶと、視界が暗闇の中に覆われて。
「!?」
ふと、気づいた時には周囲の景色は一変していて、日本家屋が立ち並ぶ路に真昼とともに瑠璃は立っていたのだ。
―――――えっ・・・ここ・・・まさか日本?
そしてこの状況に戸惑いを覚えたのは真昼だったのだが―――――前方を歩いて行く、黒いフードにローブを身に纏ったクロの後姿を見て。
―――――これはクロの記憶だ。
―――――クロの過去。
いま目にしている情景は何なのか、真昼は気付き。
―――――サーヴァンプの生みの親に一人で会いに・・・。
―――――吸血鬼をたった一人で作った人―――――・・・。
息を詰めた真昼とともに、瑠璃は沈痛な面持ちでクロを見つめる。
と―――――
「久しぶりだなァ。元気そうでなにより」
一軒の家屋の前で立ち止まったクロがそこで扉を開くと、来訪者に気付いた〝渦中の人〟が「スリーピーアッシュ 」と呼びかけてくる。
けれど―――――
〝渦中の人〟の姿は真昼と瑠璃の目には映ることはなく。
―――――まさか!! あいつだ、誰だ!!―――――
―――――本当に生きていたなんて。あいつだ、嘘だって言ってくれ―――――
―――――逃げたい、交わす言葉はあるのか? 嫌だ、殺せるのか?―――――
―――――訊け、お前は何をしようと・・・・・・―――――
―――――なんて懐かしい。やめろ!! 何も考えるな!! 思い出すな!!―――――
不意にブワと黒い茨の蔓のようなモノが、真昼と瑠璃の全身に這うように伸びてきて。
それを介して、この瞬間にクロが心の中で抱いていた〝感情〟が流れ込んできたのだ。
―――――今なら引き返せる―――――
―――――殺せない!!―――――
―――――終わりにしないと―――――
―――――どうしてこんなことに―――――
―――――人じゃないんだ―――――
―――――これが正しいのか―――――
そうして黒い茨の蔓のようなモノは、クロの重苦に呼応するように、ギチッと真昼と瑠璃の身体を絞め付けてきて。
―――――でも、殺さないと―――――
「「・・・・・・ッ」」
―――――会話を・・・したんだ。
―――――内容は聞こえない・・・けど。
―――――この会話でクロは迷ったんだ 。
―――――迷い・・・ながらクロは〝あの人〟のことを殺したの?
―――――クロ、なんて目で・・・っ。
〝戸惑い〟〝哀しみ〟〝苦しみ〟―――――〝絶望〟に囚われた真紅の瞳に涙を滲ませながら、クロは〝あの人〟に向かって漆黒の鉤爪を具現化させると襲い掛かっていく。
―――――見るな、見るな!!―――――
刹那、クロの悲痛な叫び声が真昼と瑠璃の中に轟き、ギチッ、ギッと黒い茨の蔓のようなモノが、さらに身体を激しく締めあげてきて。
「ぐっ・・・うわ・・・っ!? わあああっ・・・」
「・・・・・・っ、クロ・・・・・・っ」
視界もまた、そこで覆い隠されてしまう。
―――――失望されたくない、オレだって本当はヒーローになりたい―――――
「なにも悔いることはない。我が輩たちがやらねばならぬことじゃった」
と―――――〝傲慢〟は言った。
「・・・・・・他の選択肢はなかった」
と―――――〝嫉妬〟は言った。
「ありがとうございます。これでよかったと思います」
と―――――〝色欲〟は言った。
「・・・文句ねぇよ。やりてぇやつがやりてぇようにやる。本当はそれ以外に方法なんてねぇんだ。いつも・・・いつでも。ただ戻ったら一発殴らせろ」
と―――――〝暴食〟は言った。
「怒ってないわ。だって私達に怒る権利なんて・・・ないもの」
と―――――〝憤怒〟は言った。
〝怠惰〟の行動を兄弟達は責めることはしなかった。
けれど唯一人、〝強欲〟だけは―――――
「オレは兄さんを許さないっスよ。・・・なんで!! なんでっスか!!! 許さねぇからな!!!」
と―――――憎悪の言葉を言い放ったのだ。
―――――これは・・・クロの迷いや後悔なのか―――――
視界を遮っていた、黒い茨の蔓のようなモノを、真昼は傷だらけになりながら左手で掴んで外すと、両腕をだらりと下げながら、昏い闇が広がる扉の向こう側に去っていくクロに向かって右手を伸ばしていく。
「クロ、ば・・・っかやろう」
―――――俺は知らなかった―――――
―――――「向き合う」ことの覚悟―――――
「もう逃げねぇよ。俺はお前の罪とか後悔とか、ぜんぶと向き合うって決めてここまで来たんだ」
―――――この痛みへの覚悟を知らなかったんだ―――――
そして瑠璃もまた―――――
「クロ・・・・・・・・っ!! 私は貴方に約束したでしょう!!」
両手を使って、懸命に目から黒い茨の蔓のようなモノを取り去ると、クロに向かって左手を伸ばしながら叫ぶ。
「何があったとしてもクロの〝ミストレス〟として、ずっと離れないで傍にいて、クロの事を絶対に一人にはしないって!!」
―――――たとえそれで私が傷つくことになるのだとしても、私はクロに独りで痛みを抱えたまま苦しむような真似はしてほしくないから―――――
「「あ・・・っああああああ」」
真昼と瑠璃は叫び声を上げながら、バチッバチバチバチバチバチと、全身に絡みついていた、黒い茨の蔓のようなモノを引き剥がしていく。
―――――ねぇ君たち、この世で永遠なるものはなんだと思う?
―――――生き物は死ぬ。物は朽ちる。想いは潰える。
―――――この世で永遠なるもの。人間が在る限り永遠なるもの。
何処からか、〝誰か〟の問いかけのような言葉が聴こえてくる。
そうしてまた、真昼と瑠璃の意識は深淵の中に飲み込まれて―――――
そこで瑠璃の服装は、いつものシンプルな私服姿に。
真昼の服装は、今度は学制服に変わって。
『それは人の罪だよ!!』
「「!?」」
素足の状態で、地に足をつけた二人が意識を取り戻すと、最初に視界に映し出されたのは『力』の姿だったのだが。
何故か、真昼の左手に『力』は逆さまの姿で掴まれていて。
『そのエネルギーは〝永遠〟なのサ!』
そんな台詞を『力』は口にしたのだが―――――。
しかし、真昼には『力』を掴まえた覚えなどなく、わっ、と瞠目すると、
「わあ!? お前・・・っ」
びくっとなりながら、思わず声を上げた真昼の左手から、『力』もまた、ヒャアと叫びながら、ころ―――――んと抜け出して。
「―――――『力』くん!?」
今度は真昼の隣にいた瑠璃の腕の中に器用に着地したのだ。
その様に真昼は眉を顰めつつ、周囲にも視線を巡らせる。
いくつも並んだ〝黒い大きな箱〟のようなモノに、厳重に鎖が巻きつけられていて、南京錠が付いている。
「ここ・・・?」
『あーあ。瑠璃だけならともかく、キミまでこんなとこまで入ってきちゃって。ほっといてくれればいいのにサ』
真昼が眉根を寄せながら呟くと、『力』は当てつけのような言葉を漏らしたのだが。
「お前は・・・何 だ?」
ここに辿り着くまでに幾度となく姿を覗かせた『力』は、クロにとって本当はどういう存在なのか―――――真昼は疑念を投げかけた。
すると瑠璃の腕の中から、ピョンと飛び出して地面に着地した『力』は、フリフリと左右に身体を揺らす仕草をしながら、
『そこらにあるクロの秘密を暴いてみたらドウ!? いろいろわかるかもしれないよ!』
真昼に対してまるで煽動するかのような言葉を紡ぎ出し。
『さあさあ、もう一息ダネ! ドウスル? どうやってこれを壊す? また武器をあげるよ! 今度はホウキじゃなくって、もっと強いのにしよう! 周りの部屋も暴いちゃおうよ!』
無数の剣や刀。そして斧を『力』は具現化させて。
『何ならこれを壊せるかなぁ? どんな強い武器でこの黒い部屋をぶち壊す?』
ガンゴンガン―――――と斧で、前方に在った〝黒い部屋〟を強打したのだ。
けれど―――――
「いらないよ」
真昼はきっぱりとした口調でそれを拒絶すると、『力』が破壊しようとした〝黒い部屋〟の前に向かって行き。
「クロ、中にいるんだな?」
両手で、扉の無い〝黒い部屋〟の壁に触れると、迷いのない口調でそう言った真昼の姿を『力』は手に武器を持ったまま無言で見つめていて。
そこで瑠璃は『力』の傍らにしゃがんで、『力』の頭をそっと撫でてから立ち上がると、真昼の隣に並んで。
「私達はただ中に入れてほしいの」
「必要なのは武器じゃない。ノックだよ」
静かな声音で瑠璃と真昼はそう言うと。
―――――コンコンコン
黒い部屋の壁をノックして。
「クロ、私よ」
「クロ、俺だよ」
二人で中にいるクロに向かって柔らかな口調でそう呼びかけると。
「・・・だれだ」
沈黙の中で押し殺したようなクロの問いかけの声が部屋の中から聴こえてきて。
「私・・・・・・」
「俺・・・・・・」
それに瑠璃と真昼は答えようとしたのだが―――――。
「私は・・・・・・?」
「俺は・・・・・・?」
その刹那―――――言うべき言葉が、何故か口から出てこなくなってしまっていて。
瑠璃と真昼は愕然とした面持ちになってしまう。
と―――――
警戒心を剥き出しにするかのように、ドッと部屋の壁から漆黒の杭のようなモノが数本突き出てきて。
瑠璃と真昼の頬を冷や汗が流れ落ちる。
―――――〝私〟・・・?なんだった 、私は・・・・・・
―――――〝俺〟・・・?なんだっけ 、俺って・・・・・・
刹那―――――
ふわりと瑠璃の胸元の『鍵』が、瑠璃と真昼の中に広がっていた深淵を晴らすように淡い光を瞬かせて。
呆然とした面持ちで目を瞬かせた瑠璃は『鍵』を両手で握りしめると、左腕にある〝誓約の証〟に視線を向ける。
一方、真昼は部屋の壁に映し出された自身の顔の上部―――――額に書かれた文字に気付き。
―――――そうだ、〝私〟は・・・・・・
―――――そうだ、〝俺〟は・・・・・・
「私よ。瑪瑙瑠璃です。約束した通り、貴方の〝ミストレス〟として、傍に居るために来たの!」
「俺だよ。城田真昼だ。お前と向き合うために来た!」
強い意志を取り戻した瞳で、瑠璃と真昼は宣言したのだ。
「瑠璃 、まひる 」
二人の名前を抑揚のない声音でクロが呟く。
と―――――
スゥと部屋の中に入る為の扉が、瑠璃と真昼の目の前に現れて。
瑠璃と真昼は視線で頷き合うと、ガチャと真昼がドアノブに手をかけて扉を開き、二人で部屋の中に入っていく。
―――――おれは・・・・・・―――――
―――――いや、でも―――――
―――――いや、やるしかなかった―――――
―――――オレはなんのためにあんなことしたんだ―――――
―――――これ以上世界に化け物はいらねぇ―――――
―――――対話をすべきだったのか?―――――
―――――そんなことができたのか?―――――
―――――どうすれば良かった?―――――
―――――・・・・・・どうせ世界は何一ついいほうになんて向きやしねぇ―――――
真っ暗な部屋の中を進んで行くと、クロの苦悩の声が瑠璃と真昼の中にまた流れ込んできて。
「クロ、貴方は心の奥底ではずっと苦しんでいたのね」
「クロ、ずっと後悔してたのか」
―――――一人でずっと・・・・・・
瑠璃と真昼は何とも言えない面持ちで眉根を寄せると、部屋の奥で膝を抱えながらうずくまるクロの姿を見つけたのだ。
と―――――
「・・・おれは正しかった。おれは間違ってない。これ以上、世界に化け物はいらねぇ。あそこで止めるべきだった・・・正しかった。おれがやらなくたって誰かがやってた・・・。いや・・・本当にそうか? 本当にあいつを殺すしかなかったのか? もし間違っていたんだとしたら。一体おれはなんのために・・・・・・こんな思いをするならもうおれはなにもしたくない。後悔は苦しい・・・。もうにどとなにもしねぇ。なにも決めねぇ。だれかがやれっていうからやるんだ。それだけだ」
顔を俯けたまま、自分自身に言い聞かせるように、自己暗示をかけるように、クロはその言葉を紡ぎ出し。
「おれはまちがってない」
ふいに顔を上げたクロは絶望に囚われた表情で、瑠璃と真昼に向かって、訴えるようにそう叫び声をあげて。
そのクロの様子に瑠璃と真昼は衝撃を受けた面持ちで立ち尽くしてしまう。
そこでクロは再び、両手で顔を覆うと―――――
「だれか・・・言ってくれ。おまえはまちがってなかったって」
許しを乞うように、悲痛な声音でそう言ったのだ。
刹那―――――瑠璃と真昼は思わず苦悶の表情を浮かべてしまったのだが。
「間違ってたのよ」
クロに向かってそう叫んだのは瑠璃だった。
―――――・・・・・・クロの言葉を私達が〝肯定〟するのはただの〝欺瞞〟だわ。
―――――だから私は敢えてクロにこの言葉を言わなければいけない。
そして瑠璃が〝覚悟〟を胸に抱きながら、クロの傍に近づいて行き、真っ直ぐに見つめると―――――
「間違ってたとか間違ってないとか。それは私達が決めることじゃない。世界が決めることじゃない。自分 なのよ、クロ!」
凛とした声でそう言った瑠璃の足元の床がパキパキと割れ始めて。
瑠璃に次いで真昼もクロとの距離を詰めたうえで、強い眼差しで見据えると―――――
「クロ! お前自身が間違ってたのかもって思っちゃってるんじゃないか! 自分のした選択を間違ってたって認めるのは・・・勇気がいるよ。今まで自分が積み重ねたものを否定することだから」
きっぱりとした口調でそう言ったのだが。
その後に、
「でも大丈夫!」
と―――――断言するのと同時に、
―――――ゴッツン!
真昼はクロの頭に向かって、勢いよく自身の頭をぶつけたのだ。
「!?」
何が起こったのか分からず、クロはただ痛みと衝撃に驚いた様子で身体を震わせ。
「―――――真昼君・・・・・・!?」
瑠璃も思わず、瞠目の表情を浮かべたのだが。
「後悔してるんならこんなとこでうずくまってる時間なんてない。行こうクロ! 向き合おう。一人じゃないんだ。できることはある」
痛む頭を押さえながら、戸惑いの面持ちで顔を上げたクロに向かって真昼が手を差し出した処で。
瑠璃はクロの前に膝を突くと―――――
「クロ、私は貴方の〝ミストレス〟としてここで『誓約』をするわ。これから先に何があっても、貴方の傍を離れないで一緒に立ち向かっていくことを」
「・・・・・・瑠璃・・・・・・」
黒く染まってしまっていた自分の右手を握り、ふわりと微笑んだ瑠璃の顔をクロは呆然と目を見開きながら見つめて。
それから躊躇う様子を見せながらも瑠璃の身体に左手を回すと、自身にとって〝唯一の温もり〟だった、その存在を腕の中にしっかりと抱きしめる。
と―――――
瑠璃の左腕にあった〝誓約の証〟は、淡い光を瞬かせながら真紅の色を取り戻し。
ピシという音を響かせながら部屋の中の壁には大きな亀裂が入っていき。
「・・・・・・死ぬほどめんどくせー奴ら・・・・・・」
耳朶に届いたその音に、そっと目を伏せたクロが常の口癖であったあの言葉を呟くと―――――
黒い部屋は完全に崩壊し、差し込んできた明るい日差しの中でクロは黒猫の姿に変わり。
柔らかな日の光を浴びながら瑠璃が黒猫を腕の中に抱いて立ち上がると。
その黒猫を真昼が瑠璃の腕の中から抱え上げて―――――
「にゃあ」
黒猫が鳴くと―――――
刹那、真昼の右手の中に眩い光が具現化して。
瑠璃が首から下げていた『鍵』もまた、パアと白銀の光を煌めかせたのだ。
―――――瑪瑙瑠璃。21歳。
―――――紅い月夜の晩に導かれて出逢った吸血鬼に魅入られて。
―――――彼と『誓約』を結んだ。
―――――城田真昼。16歳。
―――――シンプルなことが好き。
―――――面倒なことは嫌い。
―――――だから猫を拾った。
―――――お前の名前はクロ。
―――――さあ、お前も俺達の名前を呼べよ。
―――――いつでも。
【本館/20・8/28/別館/20・8/28掲載】
「C3の依頼なんて聞くまでもねぇ!! クソだ!! 手紙!? 破いて食っちまえ!!」
「〝あの人〟を殺せなんて命令受け入れられる方がどーかしてるっスよ!?」
「理屈では理解できても感情では許容できないのよ・・・」
「C3からの命令」「あの人を殺せ」・・・・・・吸血鬼達の間で意見が割れた、過去の〝会議〟の場に立ち会っていた。
そして議題が明らかになった時点で不快感を露わにしたのが、ワールドエンド、ロウレス、マザーの三人で。
〝あの人〟って一体・・・・・・と真昼が眉を顰めながら困惑の表情を浮かべると。
「オレ達が手を下すって発想がオカシイんスよ!! だってあの人は
今にも噛みつかんばかりの勢いで声を上げたのがロウレスだった。
「そう・・・
そしてロウレスが口にした〝あの人〟に関する事柄を、落ち着いた声音で肯定する発言をしたのがリリイだったのだが。
C3からの手紙によれば、日本にいるらしい〝あの人〟の姿を、最後にリリイが見たのは、
「いまだに奴が生きておるとすれば奴はもう
そのリリイの証言に対して眉を顰めながらそうヒューが公言すると。
「・・・・・・自分達のような化け物をこの先・・・あの人が何百何十と作ったとしたら」
ジェジェが憂慮すべき可能性を淡々と口にする。
「まだなにもしてねぇんだろ!? 殺す必要あんのか!? あと声、小せぇんだよ」
それに対し、反論と文句を同時に叫んだのがワールドエンドだった。
―――――意見は三対三に分かれていて、このままでは埒が明かない。
「お主はどう思う。・・・スリーピーアッシュ」
議長席に座っていたクロに向かってヒューが問いかける。
―――――To be, or not to be
―――――tha Answer is・・・
―――――YES
「・・・殺そう」
クロの口から紡ぎ出された『賛成』の答えに真昼は茫然と目を見開いてしまう。
「
「・・・・・・クロ・・・・・・」
そして真昼の後から、過去の会議の場にやって来た瑠璃が、見聞きしたのもまた、仄暗い瞳をしたクロが兄弟達に対してそう『宣言』をした局面でのことだった。
その後、ガタン!と椅子を右足で蹴り倒しながらロウレスは立ち上がると、 烈火のごとく怒りの形相でクロの処に近づいて行き。
「・・・オレが? 殺す? はは・・・自分を作った人間を?
そう問いかけるもクロは顔を向けることなく、眠たげな様子で視線を俯けていて。
「あの人はいわば・・・っ〝親〟だろうが!! 〝家族〟だろうが!!! オレ達が・・・っ味方でいなくてどーするんスか。あんたが味方でいなくてどーするんスか! 家族のオレ達が・・・」
そこでロウレスはクロの胸倉を掴み上げると、さらに声を荒げながら訴えかけたのだが、
「そんな言葉を使うんじゃねぇよ」
ふいに目を開けたクロの口から紡ぎ出された威圧に溢れた声に、ロウレスは肩を震わせると、そのまま強張った面持ちで立ち竦んでしまう。
そうして只ならぬ雰囲気になった二人の様子を目にして、「おい・・・」とワールドエンドが椅子から立ち上がる。
と―――――
「オレたちは
クロが低い声で呻るように紡ぎ出した、〝吸血鬼〟という存在が〝元は何であったのか〟と云う部分に関しては、時折、吸血鬼達の会話の端々で発生していたノイズ音によって、また掻き消されてしまった為に、真昼と瑠璃の耳朶に届くことはなく―――――。
「オレは
最後にクロが口にした、自分達の存在を拒絶する言葉だけが、真昼と瑠璃の胸の奥に重くのしかかってきて。
愕然と目を見開くと、恐らくはロウレスも同様の感情を抱いたのだろう。
で・・・もっ、と声を震わせながら、ギリと奥歯を噛みしめると、
「でも・・・だってあの人は
苦悶に満ちた顔でクロに向かって想いを口にしようとしたのだが、しかしその時にワールドエンドがロウレスを背後から羽交い絞めにした事によって。ロウレスの手はクロから離れてしまい。解放されたクロはロウレスの言葉にそれ以上は耳を傾けることなく、そのまま兄弟達に背を向けると、この場から立ち去る為に歩き出して行ってしまう。
「ク・・・クロ!」
その様を見て、はっとなった真昼が声を上げると、クロの元に駆け寄って行きコートの裾を掴んだのだが。その刹那――――真昼の姿が闇の中に掻き消えていって。
「―――――クロ!! 真昼君っ!?」
それを目にした 瑠璃もまた、クロと真昼の名前を叫ぶと、視界が暗闇の中に覆われて。
「!?」
ふと、気づいた時には周囲の景色は一変していて、日本家屋が立ち並ぶ路に真昼とともに瑠璃は立っていたのだ。
―――――えっ・・・ここ・・・まさか日本?
そしてこの状況に戸惑いを覚えたのは真昼だったのだが―――――前方を歩いて行く、黒いフードにローブを身に纏ったクロの後姿を見て。
―――――これはクロの記憶だ。
―――――クロの過去。
いま目にしている情景は何なのか、真昼は気付き。
―――――サーヴァンプの生みの親に一人で会いに・・・。
―――――吸血鬼をたった一人で作った人―――――・・・。
息を詰めた真昼とともに、瑠璃は沈痛な面持ちでクロを見つめる。
と―――――
「久しぶりだなァ。元気そうでなにより」
一軒の家屋の前で立ち止まったクロがそこで扉を開くと、来訪者に気付いた〝渦中の人〟が「
けれど―――――
〝渦中の人〟の姿は真昼と瑠璃の目には映ることはなく。
―――――まさか!! あいつだ、誰だ!!―――――
―――――本当に生きていたなんて。あいつだ、嘘だって言ってくれ―――――
―――――逃げたい、交わす言葉はあるのか? 嫌だ、殺せるのか?―――――
―――――訊け、お前は何をしようと・・・・・・―――――
―――――なんて懐かしい。やめろ!! 何も考えるな!! 思い出すな!!―――――
不意にブワと黒い茨の蔓のようなモノが、真昼と瑠璃の全身に這うように伸びてきて。
それを介して、この瞬間にクロが心の中で抱いていた〝感情〟が流れ込んできたのだ。
―――――今なら引き返せる―――――
―――――殺せない!!―――――
―――――終わりにしないと―――――
―――――どうしてこんなことに―――――
―――――人じゃないんだ―――――
―――――これが正しいのか―――――
そうして黒い茨の蔓のようなモノは、クロの重苦に呼応するように、ギチッと真昼と瑠璃の身体を絞め付けてきて。
―――――でも、殺さないと―――――
「「・・・・・・ッ」」
―――――会話を・・・したんだ。
―――――内容は聞こえない・・・けど。
―――――この会話でクロは
―――――迷い・・・ながらクロは〝あの人〟のことを殺したの?
―――――クロ、なんて目で・・・っ。
〝戸惑い〟〝哀しみ〟〝苦しみ〟―――――〝絶望〟に囚われた真紅の瞳に涙を滲ませながら、クロは〝あの人〟に向かって漆黒の鉤爪を具現化させると襲い掛かっていく。
―――――見るな、見るな!!―――――
刹那、クロの悲痛な叫び声が真昼と瑠璃の中に轟き、ギチッ、ギッと黒い茨の蔓のようなモノが、さらに身体を激しく締めあげてきて。
「ぐっ・・・うわ・・・っ!? わあああっ・・・」
「・・・・・・っ、クロ・・・・・・っ」
視界もまた、そこで覆い隠されてしまう。
―――――失望されたくない、オレだって本当はヒーローになりたい―――――
「なにも悔いることはない。我が輩たちがやらねばならぬことじゃった」
と―――――〝傲慢〟は言った。
「・・・・・・他の選択肢はなかった」
と―――――〝嫉妬〟は言った。
「ありがとうございます。これでよかったと思います」
と―――――〝色欲〟は言った。
「・・・文句ねぇよ。やりてぇやつがやりてぇようにやる。本当はそれ以外に方法なんてねぇんだ。いつも・・・いつでも。ただ戻ったら一発殴らせろ」
と―――――〝暴食〟は言った。
「怒ってないわ。だって私達に怒る権利なんて・・・ないもの」
と―――――〝憤怒〟は言った。
〝怠惰〟の行動を兄弟達は責めることはしなかった。
けれど唯一人、〝強欲〟だけは―――――
「オレは兄さんを許さないっスよ。・・・なんで!! なんでっスか!!! 許さねぇからな!!!」
と―――――憎悪の言葉を言い放ったのだ。
―――――これは・・・クロの迷いや後悔なのか―――――
視界を遮っていた、黒い茨の蔓のようなモノを、真昼は傷だらけになりながら左手で掴んで外すと、両腕をだらりと下げながら、昏い闇が広がる扉の向こう側に去っていくクロに向かって右手を伸ばしていく。
「クロ、ば・・・っかやろう」
―――――俺は知らなかった―――――
―――――「向き合う」ことの覚悟―――――
「もう逃げねぇよ。俺はお前の罪とか後悔とか、ぜんぶと向き合うって決めてここまで来たんだ」
―――――この痛みへの覚悟を知らなかったんだ―――――
そして瑠璃もまた―――――
「クロ・・・・・・・・っ!! 私は貴方に約束したでしょう!!」
両手を使って、懸命に目から黒い茨の蔓のようなモノを取り去ると、クロに向かって左手を伸ばしながら叫ぶ。
「何があったとしてもクロの〝ミストレス〟として、ずっと離れないで傍にいて、クロの事を絶対に一人にはしないって!!」
―――――たとえそれで私が傷つくことになるのだとしても、私はクロに独りで痛みを抱えたまま苦しむような真似はしてほしくないから―――――
「「あ・・・っああああああ」」
真昼と瑠璃は叫び声を上げながら、バチッバチバチバチバチバチと、全身に絡みついていた、黒い茨の蔓のようなモノを引き剥がしていく。
―――――ねぇ君たち、この世で永遠なるものはなんだと思う?
―――――生き物は死ぬ。物は朽ちる。想いは潰える。
―――――この世で永遠なるもの。人間が在る限り永遠なるもの。
何処からか、〝誰か〟の問いかけのような言葉が聴こえてくる。
そうしてまた、真昼と瑠璃の意識は深淵の中に飲み込まれて―――――
そこで瑠璃の服装は、いつものシンプルな私服姿に。
真昼の服装は、今度は学制服に変わって。
『それは人の罪だよ!!』
「「!?」」
素足の状態で、地に足をつけた二人が意識を取り戻すと、最初に視界に映し出されたのは『力』の姿だったのだが。
何故か、真昼の左手に『力』は逆さまの姿で掴まれていて。
『そのエネルギーは〝永遠〟なのサ!』
そんな台詞を『力』は口にしたのだが―――――。
しかし、真昼には『力』を掴まえた覚えなどなく、わっ、と瞠目すると、
「わあ!? お前・・・っ」
びくっとなりながら、思わず声を上げた真昼の左手から、『力』もまた、ヒャアと叫びながら、ころ―――――んと抜け出して。
「―――――『力』くん!?」
今度は真昼の隣にいた瑠璃の腕の中に器用に着地したのだ。
その様に真昼は眉を顰めつつ、周囲にも視線を巡らせる。
いくつも並んだ〝黒い大きな箱〟のようなモノに、厳重に鎖が巻きつけられていて、南京錠が付いている。
「ここ・・・?」
『あーあ。瑠璃だけならともかく、キミまでこんなとこまで入ってきちゃって。ほっといてくれればいいのにサ』
真昼が眉根を寄せながら呟くと、『力』は当てつけのような言葉を漏らしたのだが。
「お前は・・・
ここに辿り着くまでに幾度となく姿を覗かせた『力』は、クロにとって本当はどういう存在なのか―――――真昼は疑念を投げかけた。
すると瑠璃の腕の中から、ピョンと飛び出して地面に着地した『力』は、フリフリと左右に身体を揺らす仕草をしながら、
『そこらにあるクロの秘密を暴いてみたらドウ!? いろいろわかるかもしれないよ!』
真昼に対してまるで煽動するかのような言葉を紡ぎ出し。
『さあさあ、もう一息ダネ! ドウスル? どうやってこれを壊す? また武器をあげるよ! 今度はホウキじゃなくって、もっと強いのにしよう! 周りの部屋も暴いちゃおうよ!』
無数の剣や刀。そして斧を『力』は具現化させて。
『何ならこれを壊せるかなぁ? どんな強い武器でこの黒い部屋をぶち壊す?』
ガンゴンガン―――――と斧で、前方に在った〝黒い部屋〟を強打したのだ。
けれど―――――
「いらないよ」
真昼はきっぱりとした口調でそれを拒絶すると、『力』が破壊しようとした〝黒い部屋〟の前に向かって行き。
「クロ、中にいるんだな?」
両手で、扉の無い〝黒い部屋〟の壁に触れると、迷いのない口調でそう言った真昼の姿を『力』は手に武器を持ったまま無言で見つめていて。
そこで瑠璃は『力』の傍らにしゃがんで、『力』の頭をそっと撫でてから立ち上がると、真昼の隣に並んで。
「私達はただ中に入れてほしいの」
「必要なのは武器じゃない。ノックだよ」
静かな声音で瑠璃と真昼はそう言うと。
―――――コンコンコン
黒い部屋の壁をノックして。
「クロ、私よ」
「クロ、俺だよ」
二人で中にいるクロに向かって柔らかな口調でそう呼びかけると。
「・・・だれだ」
沈黙の中で押し殺したようなクロの問いかけの声が部屋の中から聴こえてきて。
「私・・・・・・」
「俺・・・・・・」
それに瑠璃と真昼は答えようとしたのだが―――――。
「私は・・・・・・?」
「俺は・・・・・・?」
その刹那―――――言うべき言葉が、何故か口から出てこなくなってしまっていて。
瑠璃と真昼は愕然とした面持ちになってしまう。
と―――――
警戒心を剥き出しにするかのように、ドッと部屋の壁から漆黒の杭のようなモノが数本突き出てきて。
瑠璃と真昼の頬を冷や汗が流れ落ちる。
―――――〝私〟・・・?
―――――〝俺〟・・・?
刹那―――――
ふわりと瑠璃の胸元の『鍵』が、瑠璃と真昼の中に広がっていた深淵を晴らすように淡い光を瞬かせて。
呆然とした面持ちで目を瞬かせた瑠璃は『鍵』を両手で握りしめると、左腕にある〝誓約の証〟に視線を向ける。
一方、真昼は部屋の壁に映し出された自身の顔の上部―――――額に書かれた文字に気付き。
―――――そうだ、〝私〟は・・・・・・
―――――そうだ、〝俺〟は・・・・・・
「私よ。瑪瑙瑠璃です。約束した通り、貴方の〝ミストレス〟として、傍に居るために来たの!」
「俺だよ。城田真昼だ。お前と向き合うために来た!」
強い意志を取り戻した瞳で、瑠璃と真昼は宣言したのだ。
「
二人の名前を抑揚のない声音でクロが呟く。
と―――――
スゥと部屋の中に入る為の扉が、瑠璃と真昼の目の前に現れて。
瑠璃と真昼は視線で頷き合うと、ガチャと真昼がドアノブに手をかけて扉を開き、二人で部屋の中に入っていく。
―――――おれは・・・・・・―――――
―――――いや、でも―――――
―――――いや、やるしかなかった―――――
―――――オレはなんのためにあんなことしたんだ―――――
―――――これ以上世界に化け物はいらねぇ―――――
―――――対話をすべきだったのか?―――――
―――――そんなことができたのか?―――――
―――――どうすれば良かった?―――――
―――――・・・・・・どうせ世界は何一ついいほうになんて向きやしねぇ―――――
真っ暗な部屋の中を進んで行くと、クロの苦悩の声が瑠璃と真昼の中にまた流れ込んできて。
「クロ、貴方は心の奥底ではずっと苦しんでいたのね」
「クロ、ずっと後悔してたのか」
―――――一人でずっと・・・・・・
瑠璃と真昼は何とも言えない面持ちで眉根を寄せると、部屋の奥で膝を抱えながらうずくまるクロの姿を見つけたのだ。
と―――――
「・・・おれは正しかった。おれは間違ってない。これ以上、世界に化け物はいらねぇ。あそこで止めるべきだった・・・正しかった。おれがやらなくたって誰かがやってた・・・。いや・・・本当にそうか? 本当にあいつを殺すしかなかったのか? もし間違っていたんだとしたら。一体おれはなんのために・・・・・・こんな思いをするならもうおれはなにもしたくない。後悔は苦しい・・・。もうにどとなにもしねぇ。なにも決めねぇ。だれかがやれっていうからやるんだ。それだけだ」
顔を俯けたまま、自分自身に言い聞かせるように、自己暗示をかけるように、クロはその言葉を紡ぎ出し。
「おれはまちがってない」
ふいに顔を上げたクロは絶望に囚われた表情で、瑠璃と真昼に向かって、訴えるようにそう叫び声をあげて。
そのクロの様子に瑠璃と真昼は衝撃を受けた面持ちで立ち尽くしてしまう。
そこでクロは再び、両手で顔を覆うと―――――
「だれか・・・言ってくれ。おまえはまちがってなかったって」
許しを乞うように、悲痛な声音でそう言ったのだ。
刹那―――――瑠璃と真昼は思わず苦悶の表情を浮かべてしまったのだが。
「間違ってたのよ」
クロに向かってそう叫んだのは瑠璃だった。
―――――・・・・・・クロの言葉を私達が〝肯定〟するのはただの〝欺瞞〟だわ。
―――――だから私は敢えてクロにこの言葉を言わなければいけない。
そして瑠璃が〝覚悟〟を胸に抱きながら、クロの傍に近づいて行き、真っ直ぐに見つめると―――――
「間違ってたとか間違ってないとか。それは私達が決めることじゃない。世界が決めることじゃない。
凛とした声でそう言った瑠璃の足元の床がパキパキと割れ始めて。
瑠璃に次いで真昼もクロとの距離を詰めたうえで、強い眼差しで見据えると―――――
「クロ! お前自身が間違ってたのかもって思っちゃってるんじゃないか! 自分のした選択を間違ってたって認めるのは・・・勇気がいるよ。今まで自分が積み重ねたものを否定することだから」
きっぱりとした口調でそう言ったのだが。
その後に、
「でも大丈夫!」
と―――――断言するのと同時に、
―――――ゴッツン!
真昼はクロの頭に向かって、勢いよく自身の頭をぶつけたのだ。
「!?」
何が起こったのか分からず、クロはただ痛みと衝撃に驚いた様子で身体を震わせ。
「―――――真昼君・・・・・・!?」
瑠璃も思わず、瞠目の表情を浮かべたのだが。
「後悔してるんならこんなとこでうずくまってる時間なんてない。行こうクロ! 向き合おう。一人じゃないんだ。できることはある」
痛む頭を押さえながら、戸惑いの面持ちで顔を上げたクロに向かって真昼が手を差し出した処で。
瑠璃はクロの前に膝を突くと―――――
「クロ、私は貴方の〝ミストレス〟としてここで『誓約』をするわ。これから先に何があっても、貴方の傍を離れないで一緒に立ち向かっていくことを」
「・・・・・・瑠璃・・・・・・」
黒く染まってしまっていた自分の右手を握り、ふわりと微笑んだ瑠璃の顔をクロは呆然と目を見開きながら見つめて。
それから躊躇う様子を見せながらも瑠璃の身体に左手を回すと、自身にとって〝唯一の温もり〟だった、その存在を腕の中にしっかりと抱きしめる。
と―――――
瑠璃の左腕にあった〝誓約の証〟は、淡い光を瞬かせながら真紅の色を取り戻し。
ピシという音を響かせながら部屋の中の壁には大きな亀裂が入っていき。
「・・・・・・死ぬほどめんどくせー奴ら・・・・・・」
耳朶に届いたその音に、そっと目を伏せたクロが常の口癖であったあの言葉を呟くと―――――
黒い部屋は完全に崩壊し、差し込んできた明るい日差しの中でクロは黒猫の姿に変わり。
柔らかな日の光を浴びながら瑠璃が黒猫を腕の中に抱いて立ち上がると。
その黒猫を真昼が瑠璃の腕の中から抱え上げて―――――
「にゃあ」
黒猫が鳴くと―――――
刹那、真昼の右手の中に眩い光が具現化して。
瑠璃が首から下げていた『鍵』もまた、パアと白銀の光を煌めかせたのだ。
―――――瑪瑙瑠璃。21歳。
―――――紅い月夜の晩に導かれて出逢った吸血鬼に魅入られて。
―――――彼と『誓約』を結んだ。
―――――城田真昼。16歳。
―――――シンプルなことが好き。
―――――面倒なことは嫌い。
―――――だから猫を拾った。
―――――お前の名前はクロ。
―――――さあ、お前も俺達の名前を呼べよ。
―――――いつでも。
【本館/20・8/28/別館/20・8/28掲載】
