第十五章『向き合うことの覚悟』
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「隠されちゃったな」
窓辺に設置されたテーブルの傍の椅子に座っていた椿が自身の左手の人差し指から垂れた血を舌先で舐めると眉を顰めながら呟いた。
「・・・と申しますと?」
その言葉の意味する事柄をすぐ傍に控えていたシャムロックは恭しい態度で尋ねかける。
「向こうが捕らえているっていう僕の下位だよ。〝色欲〟や〝傲慢〟のまわりには見当たらない」
しかし、椿からの返答にシャムロックは心中で歯痒さを覚えてしまう。
それは己の失態が原因で、いまこうして椿に辛労をさせてしまっている事が起因だった。
そして―――――
「・・・・・・お嬢が若に〝偽り〟を口にするとは思えません。ですが、先に人質の事を口にしたのが有栖院弟であるというのを踏まえると、有栖院弟の〝妄言〟にお嬢は惑わされて、あのように仰ったという可能性も・・・・・・」
頭を垂れながら、もしかしたら有り得るかもしれない、一つの可能性をシャムロックは口にする。
と―――――
「そうかもね」
椿はシャムロックを重んじてか、それを肯定したのだが。
「でも、そうじゃないかもしれない」
その後に自身が思っている可能性も口にしたのだ。
それからおもむろにスマホを袂から取り出すと、それに繋がれた水琴鈴の根付が小さくシャランと音を立てて。その音色に心を寄せるかのように暫しの間、椿は目を閉じていたのだが。―――――程なくして、それを掻き消すように無機質な電子音が鳴り響いたのだ。
「ずいぶん待たせたじゃないか!」
そこで画面に映し出された着信『ヒガン』の名前を椿は確認した刹那、瞳孔を収縮させると凄然とした笑みを浮かべ。
「ああ、もしもし。うん、僕だけど」
電話に出たのだが、その場にはいつの間にかシャムロックだけでなく。ベルキア、オトギリ、桜哉、ヒガン―――――憂鬱組の主要戦力メンバー達が揃っており。
「うん・・・そこで交換ってこと? うん」
真祖と色欲の主人の電話のやり取りを、ピリピリとした雰囲気を纏わせながら、下位達も聞いていたのだ。
そして―――――
「さて。呼び出し だ。ちょっと行ってくるよ」
「罠です若!! 信じてはなりません!! 出向くなら我々下位が!!」
電話を終えた椿が椅子から腰を上げた処で、制止の声を上げたのがシャムロックだった。
「んー・・・でもねぇ・・・」
「・・・・・・私やベルキアでは頼りないのかもしれませんが・・・悔しいですがヒガンもいます! 私達でどうにか・・・万が一、お嬢がいらっしゃったとしても、お嬢にだけは・・・・・・極力傷を負わせないように致しますので・・・・・・っ」
眉を顰めた椿に対してシャムロックは挽回の機を掴む為に必死の形相で訴え掛ける。
すると先に名指しされたベルキアもまた、
「まっかせてよォつばきゅんッ★ 新技披露で瑠璃以外の奴らは、みィ~~~んなギッタギタにしちゃうよォ★」
頭に被っていたシルクハットの中から、右手で剣を取り出しながら「ボク行くよォ~~~★」と椿に対してやる気満々アピールを行なったのだが。
「君達を信頼してないわけじゃない。・・・逆だよ。信じてるから僕は自分で動くんだ。君達はよく知ってるでしょ」
―――――そして僕が瑠璃を想う気持ちもまた、決して変わることはない。
そんなシャムロックとベルキアに対して椿は至極穏やかな口調で言う。
その時、そんな椿の様子を何とも言えない表情で見ていたのが桜哉だった。
しかし、椿はそんな桜哉の様子にもまた気付きつつも常のように絡むことはせず。
「誰が僕を裏切っても僕は誰も裏切らない」
微笑を浮かべると下位達に向かってそう宣言したのだ。
一方、椿の拠点と思しき場所が『東京ワールドツリーホテル』であると、ヒガンの携帯に保存されていた写真の画像から割り出した御園達は〝傲慢〟の真祖であるヒューの指揮の下―――――その下位達の手を借りた『人海戦術』を用いて椿がホテルの屋上から出て西へ向かったのを確認した処で。
「オ~、スミマセン。トビコミシュクハクOK?」
「はい。ご予約なしのお客様ですね。空室を確認しますのでお待ちください」
―――――〝強欲〟の二人を救出するべく行動を開始していた。
アロハシャツを羽織って、その下には原宿と書かれたTシャツにハーフパンツ―――――如何にも日本を観光する為にやって来たばかりという風体の外国人を装ったクランツが、まず宿泊希望客としてフロントに向かい。
「サイジョウカイあいてマスカ? ワタシ最上階からTOKYOの夜景見たいデスネ~。TOKYOサイコー! シブヤ! ハラジュク!!」
―――――ホテル内の客室状況に関しての探りを入れる。
「申し訳ございません。最上階は満室となっておりまして・・・」
「オ~ザンネン! 何階ならあいてマスカ? できるだけ高~いトコロがいいデス!」
そしてフロントの受付女性とやり取りするクランツの様子を少し離れた場所から―――――金髪のカツラを被ってサングラスをかけただけでなく、黒い帽子とスーツを着用―――――ベタベタなスパイ映画に出てくる人物のような格好に変装をした御園が椅子に座って本を読むフリをしながら見ていて。
鉄も御園と同様の格好をした上で、黒髪の長髪を一纏めにしたふうのカツラを被って、壁に寄りかかるようにしながら立って待機していた。
《上のほうの階は単純に満室という場合もあるだろう。その辺も確認してくれ》
御園が袖口に仕込んだ小型通信機からクランツに指示を出す。
それに対しクランツもまた、アロハシャツの襟の内側に付けた小型通信機を介してキメ顔で「任せてくれ」と小声で応じると、
《・・・貴様けっこう楽しんでるな》
呆れた様子の御園の声が聞こえてきたものの、気にすることなく。
「一泊でしたら41階のお部屋がご用意できます」
フロントの受付女性からの案内にクランツは、サンクス♥と笑みを浮かべると。
「41もいいデスネ~。デモネ~セッカクだから最上階がイイんダケドネ! イツなら泊れルデスカ~? 次、ジャパン来たトキのタメヨヤクしちゃいたいデス!」
ワタシジャパンダイスキ! とダメ押しのように尋ねかける。
「・・・申し訳ございませんお客様。43階以上はフロア単位で長期契約のお客様が・・・」
すると予想だにしなかった返答がフロントの受付女性から返ってきたのだ。
「ホテル内の大半は一般人のようだな」
そうして俳優のごときクランツの演技のおかげで、ホテル内の状況を把握した御園が独り言のように漏らした言葉に対し、
「地下についても訊いてみたが、駐車場として今は地下4階までしか使えないらしい。実際は地下5階まであるのに・・・だ」
御園に背を向けた状態で斜め後ろ側に座ったクランツが「君の仮説がいよいよ真実味を帯びてきた」とひそひそと小声で告げてくる。
―――――このホテルの地下は5階まであり、最上階は45階。
―――――その建物構造を利用して『縦』に限界距離をギリギリ取ることが可能であることから、最上階と地下とで〝強欲〟の二人を同時に監禁している可能性がある。
作戦決行前、そう御園は推測していたのだ。
「一応、41階の部屋を取っておいた。40階以上にエレベーターで上がるにはカードキーが必要だそうだ」
後ろ手にクランツから差し出されたカードキーを御園はさり気ない仕草で回収すると、
「さあ・・・行くぞ」
その言葉とともに立ち上がり、左手で黒いキャリーケースを引きながらホテル内の客室エレベーターに向かって歩き出して行く。
クランツはその場から離れることなく、今度は正面入り口を見張る役目を担うこととなり。
「千駄ヶ谷、僕は予定通りエレベーターに乗る。貴様は僕の合図を待て」
《おう》
鉄には接触することなく、小型通信機を介して御園はそう指示を伝えたのだ。
さらに2カ所ある車両通路は外から〝傲慢〟の下位が見張る事で。
地下から人質を連れて逃げられないよう目を光らせつつ―――――様子を見ながら4人全員で上に向かい〝強欲〟の片方を救出。戦闘を経て、その後に地下に囚われているであろうもう一人も救出する。
―――――倒すことが目的じゃない。椿が戻る前に二人を救出し逃げることができれば・・・。
そう御園が心の中で想いながら、エレベーターの中で41階のボタンを押した時だった。
扉が閉まる前に、外ハネな髪型が特徴的な、高校生くらいの少年がエレベーターに乗り込んできたのだ。
刹那、御園は思わず動揺の色を浮かべてしまう。
視界の端に捉えた少年は、特に此方を気にした様子もなく、トンと壁に寄りかかっているが見間違えるはずもない。
―――――・・・綿貫桜哉!!
一度、死闘を繰り広げることになった相手と密室空間に二人きりという状況に、御園は危機感を募らせる。
―――――・・・バレている?
―――――それともこの本拠地に帰ってきただけか・・・?
ウ・・・ンという音とともに、エレベーターの扉が閉ざされる。
と―――――
「上へまいりまーす・・・」
くくっと、嘲笑うかのようにしながら桜哉が呟いた言葉に、御園は反射的に肩を強張らせてしまう。
ウウウ・・・・・ウウという、エレベーターの上昇音が、まさに息を潜めた状態で、背後から獲物を襲うタイミングを窺っている獣の唸り声のようにも感じられて。
「オレはもう嘘を吐きたくない」
そんな状況下の中で、ぼそ・・・と桜哉が抑揚のない口調で言葉を紡ぎ出す。
「〝信じているよ〟は呪いだ。違う、〝呪われ〟だ。言葉をかけられたほう が『呪われた』と思ったら〝呪われ〟る・・・」
そうして耳朶に聴こえてきた桜哉の声に、御園は無意識の内に惧れが込み上げてくるのを感じたものの、しかし背後に居る存在の様子を確認しない訳にもいかず、冷や汗を浮かべながらも目を向けると。
「41階のボタンを押したと思っただろ? 41階っていうのは・・・1階よりも高いと思うだろ? ・・・それは本当かな?」
ニヤッと笑みを浮かべた桜哉が口にした言葉に、御園はハッとした面持ちで視線を前に戻すとエレベーターのボタンを確認する。
―――――!!? 階数のボタンが逆に―――――・・・!?
「ああ。だから嘘は嫌いなんだ」
御園を桜哉は睥睨したような眼差しで見据えながらそう言うと、徐に伸ばした左手をエレベーターの壁に向かって翻す。
するとシャカッという音とともに、壁の下に隠されていたサングラスをかけたキツネの顔が描かれたボタンが現れる。
「オレはもう嘘を吐きたくないのに!!」
そして桜哉が悲痛な叫び声を上げながら、右手の拳でガン!とボタンを殴りつけるように押した。
その刹那―――――
ホテル内のブレーカーが落ちて、館内は暗闇に覆われた。
「・・・・・・ッ」
―――――・・・落ちている!!?
それから程なくして、非常電源に切り替わったのか、建物内は明るさを取り戻したのだが、上昇していたはずのエレベーターは猛スピードで降下し始めていて。
「貴様・・・!!! ・・・ッよくわかったな、僕だと!! 身長も高くなっているというのに!」
ばっと帽子とカツラを御園が頭から外すと、帽子の中に潜んでいた蝶が慌てた様子で姿を現し―――――さらにスーツの上着もまた脱ぎ捨てるようにしながら、チィと舌打ちをしつつ15センチ厚底状態にしていた靴もまた、ガコッと手早く解除を行う。
「わかんねぇと思ったのかよ・・・?」
呆れたような眼差しを向けてきた桜哉に対し、
―――――僕らが来ているとバレている!
―――――すでに〝強欲〟の二人は移動された後か・・・!?
御園は焦燥感を抱きながら思考を巡らせる。
―――――いや。これだけ大規模なことをするということは逆にやつらはここを死守するつもりだということだ!
―――――〝強欲〟の二人はここにいる!
「千駄ヶ谷!! 僕は下へ行く! 貴様は階段で上へ!!」
そしてそう確信をした御園は、シャツの襟に仕込んでいたもう一つの通信機を介して、合図を待っていた鉄にそう指示を伝えたのだ。
「任せとけ」
そして変装をバッと解いた鉄が御園に対して力強く返事をすると、棺桶を背負って階段を駆け上っていく。
―――――二手に分かれることになるのも想定内・・・むしろ好都合!!
―――――桜哉 なら僕一人でも足止めできる!
冷静さを取り戻した御園が、ひたと桜哉を見据えると、以前、対峙した時と同じように、桜哉は挑発するかのように舌を出すと、歪んだ笑みを浮かべて見せたのだ。
深淵の中に飲み込まれた真昼と瑠璃は、ふと気づくと荒野の砂漠に佇んでいた。
びゅおっと背後から強い風が吹きつけてきて、身に纏っていた黒いローブのフードが頭部に覆い被さってくる。
「え、ここは・・・砂漠・・・? 瑠璃姉、俺たちクロの中に入ったはずじゃあ?」
どうなって・・・と当惑の面持ちになった真昼とともに、瑠璃もまた周囲に視線を巡らせる。
と―――――
「・・・・・・『力』くん!?」
石碑のような物の上に、釣竿を砂漠に向かってたらしながら鎮座する、とんがり帽子を被って、チョッキのような衣服を着た、猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみ『力』の姿を見つけたのだ。
そして瑠璃が声を上げたことによって真昼もその存在に気付き、
「・・・あっ・・・? お前はクロの・・・!?」
瞠目の表情を真昼が浮かべると『やあ』と力は挨拶をしてきたのだが。
「なあ! クロはどこに・・・」
『なにしに来たの? 瑠璃だけならともかく、キミまでここに来るなんて。クロはキミに会いたくないって』
『力』は真昼の問いに対して、そんな拒絶の言葉を口にしてきて。
けれど―――――
「嘘だ」
真昼は迷いのない真っ直ぐな瞳で『力』を見据えるとその言葉を否定した。
―――――リン、チリン
―――――・・・鈴の音が聴こえる。
「『力』くん、私は真昼君と〝一緒に〟クロの処に行くわ」
―――――私だけがクロの処に行くのでは駄目だと思うから。
―――――もう一度、クロと〝向き合う〟為に『私達』は一緒に・・・・・・。
そして『力』に対して、自分の〝意思〟を伝えた上で瑠璃は真昼と一緒に砂漠を歩き出す。
『計算によるとこの先には誰もいないってサ』
書類のようなモノを机に向かって書き綴りながら『力』が話しかけてくる。
しかし、そこにいる『力』は残像のようなモノで。
―――――・・・寒い。
―――――のどが渇く・・・・・・。
聴こえてくる言葉に耳を貸すことをせず、苦痛に耐えながらひたすらに二人で歩き続けて行くと、飛行機が墜落した砂漠の地を越えた処で。今度は幾本かの街灯が立っている砂漠の地に場所が変わっていて。
『やあおはよう。こんばんは。やあおはよう』
昼夜の境目に足を踏み入れた処で、再び『力』の残像が姿を現し、真昼は足を縺れさせてしまい。
「・・・・・・っ!」
「・・・・・・真昼君っ!!」
咄嗟に瑠璃は真昼の腕を掴んで支えようとしたものの、瑠璃自身もまた体力の限界が訪れていた事から、踏みとどまることが出来ず、結局二人でどしゃあっと砂漠の地に倒れこんでしまうこととなり。
「いて・・・ごめん、瑠璃姉・・・・・・・」
「・・・・・・ううん、私のほうこそ、ごめんね、真昼君・・・・・・」
呻きながらも先に身体を起こした真昼に支えられる形で、瑠璃もまた砂漠に座り込む体勢に変えようとしたのだが―――――。
―――――リン、チリン
微かに耳朶に届いた鈴の音色に、瑠璃は呆然と目を見開くと、両手の平を砂漠に置いて耳をそのまま下に向かって近づけていく。
「・・・・・・聞こえる・・・・・・」
―――――ちりん、ちりん、ちりん
そこで、真昼もハッとした面持ちになると、瑠璃と同じように鈴の音を聞く為に砂地に耳を寄せる。
―――――・・・下だ。この下から聞こえてる・・・・・・。
―――――下・・・。
―――――砂漠の下・・・・・・どうやって・・・?
そうして顔を上げた真昼は眉根を寄せながら逡巡する。
チラと瑠璃のほうを見遣った真昼の目に、上体を起こした瑠璃の首から下げられた『鍵』が捉えられる。
けれど―――――
―――――ダメだ、今は瑠璃姉に頼っちゃ駄目なんだ。
―――――あの時・・・リヒトさんは・・・見抜いていたのかな。
―――――俺の甘えみたいなものを。
その刹那、ふと思い出されたのは、ライラの処遇をどうするべきか。自分で決めることが出来なかった時に、リヒトから云われた言葉。
―――――〝てめぇにはどうせ無理だ〟―――――
だからこそ―――――
―――――今度こそ、ちゃんと自分で考えないと。
―――――俺は自分の意思でここまで来たんだから。
―――――クロに会って話をするんだ。
―――――今度はちゃんと。
―――――〝なにかを成し遂げるのは才能じゃない〟―――――
―――――〝想像力と努力だよ〟―――――
真昼の意識の中に、クランツから告げられた言葉が浮んでくる。
―――――想像力・・・。
目を閉じた真昼の中にまた、リヒトから云われた言葉が響き渡る。
―――――〝自分に出来る何かをしたい〟じゃねえ―――――
―――――〝自分は何がしたいか〟だ―――――
―――――そうだ。きっと俺はなんだってできる。本当は。
黒いローブの右袖を真昼は左手で捲り上げると、砂地に向かって右手を埋めていく。
自身で考えて行動を起こした真昼に対して、瑠璃は何も言うことをせず、ただ静かに見つめていた。
そして―――――
ずっ、ずず、と砂の中を真昼の右手が正方形を描くように滑ると、ゴパと真四角の状態に固まった砂がそのまま真昼の手で持ち上げられて。
現れた揺らめく水面の先に―――――
「・・・・・・階段だ。下へ続いてる」
進むべき道を見つけ出した真昼は、瑠璃のほうに振り返ってくる。
「―――――行こう、瑠璃姉!」
「えぇ」
そして真昼の言葉に瑠璃は頷き返すと、揃ってローブを外すのと同時に、すうっと大きく息を吸い込んで。
どぷんっと水の中に潜って、階段を下りる為に泳いでいったのだ。
すると、不思議なことに水は階段の途中で途切れていて―――――
空気がある状態に変わった階段を降りきった処で、辿り着いた真っ黒な扉の前。
そこには『力』の姿が在り―――――
『サア入場シマス』
両手を掲げるようにしながら、出迎えの言葉を口にしてきたのだが。
「あれ!? またお前・・・」
真昼が眉を顰めながら『力』に話しかけようとすると、
『ドレスコードは守らないト!』
という言葉とともに、着ていた上のTシャツをがばと『力』によって脱がされてしまい。
「うわ!? なに――――」
仰天の声を上げた真昼はスーツに着替えさせられて。
「―――――真昼君っ!!」
『瑠璃はコッチだよ。あの先には〝何が在る〟のか、瑠璃はもう〝解ってる〟だろう? だから瑠璃には、今回もまたクロが〝閉じこもっている処〟に直接行って貰うよ』
扉の向こう側に真昼を放り込んだ処で、『力』はそう告げてきたのだが。
「・・・・・・それは駄目よ、『力』くん」
ロウレスの深層意識と繋がった中で、確かに瑠璃はクロが隠したがっているその過去の出来事の断片を垣間見た。けれど、あれはあくまでも、『ロウレス』の視点から見たものであり。―――――『ロウレス』の〝想い〟なのだ。
「私は『クロ』の〝ミストレス〟として、ちゃんと『クロ』が抱えている〝痛み〟とも向き合わなければ駄目だと思うから」
瑠璃は『力』を見据えながら、ゆっくりと頭を振ると、右手で胸元の『鍵』を握りしめながら左手を扉に向かって伸ばして触れさせる。
と―――――
『仕方がないなぁ・・・・・・それが瑠璃の望みだっていうのなら、好きにすればいいよ』
溜息を漏らした『力』が両手を翻すと、瑠璃の恰好はシンプルな黒のフォーマルドレスに変わっていて。
『うん、似合ってるね。それじゃあ、いってらっしゃい。瑠璃』
満足げに『力』が頷いた処で、開かれた扉の向こう側に真昼より少し遅れて、瑠璃もまた足を踏み入れる事となったのだ。
【本館/20・8/28/別館/20・8/28掲載】
窓辺に設置されたテーブルの傍の椅子に座っていた椿が自身の左手の人差し指から垂れた血を舌先で舐めると眉を顰めながら呟いた。
「・・・と申しますと?」
その言葉の意味する事柄をすぐ傍に控えていたシャムロックは恭しい態度で尋ねかける。
「向こうが捕らえているっていう僕の下位だよ。〝色欲〟や〝傲慢〟のまわりには見当たらない」
しかし、椿からの返答にシャムロックは心中で歯痒さを覚えてしまう。
それは己の失態が原因で、いまこうして椿に辛労をさせてしまっている事が起因だった。
そして―――――
「・・・・・・お嬢が若に〝偽り〟を口にするとは思えません。ですが、先に人質の事を口にしたのが有栖院弟であるというのを踏まえると、有栖院弟の〝妄言〟にお嬢は惑わされて、あのように仰ったという可能性も・・・・・・」
頭を垂れながら、もしかしたら有り得るかもしれない、一つの可能性をシャムロックは口にする。
と―――――
「そうかもね」
椿はシャムロックを重んじてか、それを肯定したのだが。
「でも、そうじゃないかもしれない」
その後に自身が思っている可能性も口にしたのだ。
それからおもむろにスマホを袂から取り出すと、それに繋がれた水琴鈴の根付が小さくシャランと音を立てて。その音色に心を寄せるかのように暫しの間、椿は目を閉じていたのだが。―――――程なくして、それを掻き消すように無機質な電子音が鳴り響いたのだ。
「ずいぶん待たせたじゃないか!」
そこで画面に映し出された着信『ヒガン』の名前を椿は確認した刹那、瞳孔を収縮させると凄然とした笑みを浮かべ。
「ああ、もしもし。うん、僕だけど」
電話に出たのだが、その場にはいつの間にかシャムロックだけでなく。ベルキア、オトギリ、桜哉、ヒガン―――――憂鬱組の主要戦力メンバー達が揃っており。
「うん・・・そこで交換ってこと? うん」
真祖と色欲の主人の電話のやり取りを、ピリピリとした雰囲気を纏わせながら、下位達も聞いていたのだ。
そして―――――
「さて。
「罠です若!! 信じてはなりません!! 出向くなら我々下位が!!」
電話を終えた椿が椅子から腰を上げた処で、制止の声を上げたのがシャムロックだった。
「んー・・・でもねぇ・・・」
「・・・・・・私やベルキアでは頼りないのかもしれませんが・・・悔しいですがヒガンもいます! 私達でどうにか・・・万が一、お嬢がいらっしゃったとしても、お嬢にだけは・・・・・・極力傷を負わせないように致しますので・・・・・・っ」
眉を顰めた椿に対してシャムロックは挽回の機を掴む為に必死の形相で訴え掛ける。
すると先に名指しされたベルキアもまた、
「まっかせてよォつばきゅんッ★ 新技披露で瑠璃以外の奴らは、みィ~~~んなギッタギタにしちゃうよォ★」
頭に被っていたシルクハットの中から、右手で剣を取り出しながら「ボク行くよォ~~~★」と椿に対してやる気満々アピールを行なったのだが。
「君達を信頼してないわけじゃない。・・・逆だよ。信じてるから僕は自分で動くんだ。君達はよく知ってるでしょ」
―――――そして僕が瑠璃を想う気持ちもまた、決して変わることはない。
そんなシャムロックとベルキアに対して椿は至極穏やかな口調で言う。
その時、そんな椿の様子を何とも言えない表情で見ていたのが桜哉だった。
しかし、椿はそんな桜哉の様子にもまた気付きつつも常のように絡むことはせず。
「誰が僕を裏切っても僕は誰も裏切らない」
微笑を浮かべると下位達に向かってそう宣言したのだ。
一方、椿の拠点と思しき場所が『東京ワールドツリーホテル』であると、ヒガンの携帯に保存されていた写真の画像から割り出した御園達は〝傲慢〟の真祖であるヒューの指揮の下―――――その下位達の手を借りた『人海戦術』を用いて椿がホテルの屋上から出て西へ向かったのを確認した処で。
「オ~、スミマセン。トビコミシュクハクOK?」
「はい。ご予約なしのお客様ですね。空室を確認しますのでお待ちください」
―――――〝強欲〟の二人を救出するべく行動を開始していた。
アロハシャツを羽織って、その下には原宿と書かれたTシャツにハーフパンツ―――――如何にも日本を観光する為にやって来たばかりという風体の外国人を装ったクランツが、まず宿泊希望客としてフロントに向かい。
「サイジョウカイあいてマスカ? ワタシ最上階からTOKYOの夜景見たいデスネ~。TOKYOサイコー! シブヤ! ハラジュク!!」
―――――ホテル内の客室状況に関しての探りを入れる。
「申し訳ございません。最上階は満室となっておりまして・・・」
「オ~ザンネン! 何階ならあいてマスカ? できるだけ高~いトコロがいいデス!」
そしてフロントの受付女性とやり取りするクランツの様子を少し離れた場所から―――――金髪のカツラを被ってサングラスをかけただけでなく、黒い帽子とスーツを着用―――――ベタベタなスパイ映画に出てくる人物のような格好に変装をした御園が椅子に座って本を読むフリをしながら見ていて。
鉄も御園と同様の格好をした上で、黒髪の長髪を一纏めにしたふうのカツラを被って、壁に寄りかかるようにしながら立って待機していた。
《上のほうの階は単純に満室という場合もあるだろう。その辺も確認してくれ》
御園が袖口に仕込んだ小型通信機からクランツに指示を出す。
それに対しクランツもまた、アロハシャツの襟の内側に付けた小型通信機を介してキメ顔で「任せてくれ」と小声で応じると、
《・・・貴様けっこう楽しんでるな》
呆れた様子の御園の声が聞こえてきたものの、気にすることなく。
「一泊でしたら41階のお部屋がご用意できます」
フロントの受付女性からの案内にクランツは、サンクス♥と笑みを浮かべると。
「41もいいデスネ~。デモネ~セッカクだから最上階がイイんダケドネ! イツなら泊れルデスカ~? 次、ジャパン来たトキのタメヨヤクしちゃいたいデス!」
ワタシジャパンダイスキ! とダメ押しのように尋ねかける。
「・・・申し訳ございませんお客様。43階以上はフロア単位で長期契約のお客様が・・・」
すると予想だにしなかった返答がフロントの受付女性から返ってきたのだ。
「ホテル内の大半は一般人のようだな」
そうして俳優のごときクランツの演技のおかげで、ホテル内の状況を把握した御園が独り言のように漏らした言葉に対し、
「地下についても訊いてみたが、駐車場として今は地下4階までしか使えないらしい。実際は地下5階まであるのに・・・だ」
御園に背を向けた状態で斜め後ろ側に座ったクランツが「君の仮説がいよいよ真実味を帯びてきた」とひそひそと小声で告げてくる。
―――――このホテルの地下は5階まであり、最上階は45階。
―――――その建物構造を利用して『縦』に限界距離をギリギリ取ることが可能であることから、最上階と地下とで〝強欲〟の二人を同時に監禁している可能性がある。
作戦決行前、そう御園は推測していたのだ。
「一応、41階の部屋を取っておいた。40階以上にエレベーターで上がるにはカードキーが必要だそうだ」
後ろ手にクランツから差し出されたカードキーを御園はさり気ない仕草で回収すると、
「さあ・・・行くぞ」
その言葉とともに立ち上がり、左手で黒いキャリーケースを引きながらホテル内の客室エレベーターに向かって歩き出して行く。
クランツはその場から離れることなく、今度は正面入り口を見張る役目を担うこととなり。
「千駄ヶ谷、僕は予定通りエレベーターに乗る。貴様は僕の合図を待て」
《おう》
鉄には接触することなく、小型通信機を介して御園はそう指示を伝えたのだ。
さらに2カ所ある車両通路は外から〝傲慢〟の下位が見張る事で。
地下から人質を連れて逃げられないよう目を光らせつつ―――――様子を見ながら4人全員で上に向かい〝強欲〟の片方を救出。戦闘を経て、その後に地下に囚われているであろうもう一人も救出する。
―――――倒すことが目的じゃない。椿が戻る前に二人を救出し逃げることができれば・・・。
そう御園が心の中で想いながら、エレベーターの中で41階のボタンを押した時だった。
扉が閉まる前に、外ハネな髪型が特徴的な、高校生くらいの少年がエレベーターに乗り込んできたのだ。
刹那、御園は思わず動揺の色を浮かべてしまう。
視界の端に捉えた少年は、特に此方を気にした様子もなく、トンと壁に寄りかかっているが見間違えるはずもない。
―――――・・・綿貫桜哉!!
一度、死闘を繰り広げることになった相手と密室空間に二人きりという状況に、御園は危機感を募らせる。
―――――・・・バレている?
―――――それともこの本拠地に帰ってきただけか・・・?
ウ・・・ンという音とともに、エレベーターの扉が閉ざされる。
と―――――
「上へまいりまーす・・・」
くくっと、嘲笑うかのようにしながら桜哉が呟いた言葉に、御園は反射的に肩を強張らせてしまう。
ウウウ・・・・・ウウという、エレベーターの上昇音が、まさに息を潜めた状態で、背後から獲物を襲うタイミングを窺っている獣の唸り声のようにも感じられて。
「オレはもう嘘を吐きたくない」
そんな状況下の中で、ぼそ・・・と桜哉が抑揚のない口調で言葉を紡ぎ出す。
「〝信じているよ〟は呪いだ。違う、〝呪われ〟だ。言葉を
そうして耳朶に聴こえてきた桜哉の声に、御園は無意識の内に惧れが込み上げてくるのを感じたものの、しかし背後に居る存在の様子を確認しない訳にもいかず、冷や汗を浮かべながらも目を向けると。
「41階のボタンを押したと思っただろ? 41階っていうのは・・・1階よりも高いと思うだろ? ・・・それは本当かな?」
ニヤッと笑みを浮かべた桜哉が口にした言葉に、御園はハッとした面持ちで視線を前に戻すとエレベーターのボタンを確認する。
―――――!!? 階数のボタンが逆に―――――・・・!?
「ああ。だから嘘は嫌いなんだ」
御園を桜哉は睥睨したような眼差しで見据えながらそう言うと、徐に伸ばした左手をエレベーターの壁に向かって翻す。
するとシャカッという音とともに、壁の下に隠されていたサングラスをかけたキツネの顔が描かれたボタンが現れる。
「オレはもう嘘を吐きたくないのに!!」
そして桜哉が悲痛な叫び声を上げながら、右手の拳でガン!とボタンを殴りつけるように押した。
その刹那―――――
ホテル内のブレーカーが落ちて、館内は暗闇に覆われた。
「・・・・・・ッ」
―――――・・・落ちている!!?
それから程なくして、非常電源に切り替わったのか、建物内は明るさを取り戻したのだが、上昇していたはずのエレベーターは猛スピードで降下し始めていて。
「貴様・・・!!! ・・・ッよくわかったな、僕だと!! 身長も高くなっているというのに!」
ばっと帽子とカツラを御園が頭から外すと、帽子の中に潜んでいた蝶が慌てた様子で姿を現し―――――さらにスーツの上着もまた脱ぎ捨てるようにしながら、チィと舌打ちをしつつ15センチ厚底状態にしていた靴もまた、ガコッと手早く解除を行う。
「わかんねぇと思ったのかよ・・・?」
呆れたような眼差しを向けてきた桜哉に対し、
―――――僕らが来ているとバレている!
―――――すでに〝強欲〟の二人は移動された後か・・・!?
御園は焦燥感を抱きながら思考を巡らせる。
―――――いや。これだけ大規模なことをするということは逆にやつらはここを死守するつもりだということだ!
―――――〝強欲〟の二人はここにいる!
「千駄ヶ谷!! 僕は下へ行く! 貴様は階段で上へ!!」
そしてそう確信をした御園は、シャツの襟に仕込んでいたもう一つの通信機を介して、合図を待っていた鉄にそう指示を伝えたのだ。
「任せとけ」
そして変装をバッと解いた鉄が御園に対して力強く返事をすると、棺桶を背負って階段を駆け上っていく。
―――――二手に分かれることになるのも想定内・・・むしろ好都合!!
―――――
冷静さを取り戻した御園が、ひたと桜哉を見据えると、以前、対峙した時と同じように、桜哉は挑発するかのように舌を出すと、歪んだ笑みを浮かべて見せたのだ。
深淵の中に飲み込まれた真昼と瑠璃は、ふと気づくと荒野の砂漠に佇んでいた。
びゅおっと背後から強い風が吹きつけてきて、身に纏っていた黒いローブのフードが頭部に覆い被さってくる。
「え、ここは・・・砂漠・・・? 瑠璃姉、俺たちクロの中に入ったはずじゃあ?」
どうなって・・・と当惑の面持ちになった真昼とともに、瑠璃もまた周囲に視線を巡らせる。
と―――――
「・・・・・・『力』くん!?」
石碑のような物の上に、釣竿を砂漠に向かってたらしながら鎮座する、とんがり帽子を被って、チョッキのような衣服を着た、猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみ『力』の姿を見つけたのだ。
そして瑠璃が声を上げたことによって真昼もその存在に気付き、
「・・・あっ・・・? お前はクロの・・・!?」
瞠目の表情を真昼が浮かべると『やあ』と力は挨拶をしてきたのだが。
「なあ! クロはどこに・・・」
『なにしに来たの? 瑠璃だけならともかく、キミまでここに来るなんて。クロはキミに会いたくないって』
『力』は真昼の問いに対して、そんな拒絶の言葉を口にしてきて。
けれど―――――
「嘘だ」
真昼は迷いのない真っ直ぐな瞳で『力』を見据えるとその言葉を否定した。
―――――リン、チリン
―――――・・・鈴の音が聴こえる。
「『力』くん、私は真昼君と〝一緒に〟クロの処に行くわ」
―――――私だけがクロの処に行くのでは駄目だと思うから。
―――――もう一度、クロと〝向き合う〟為に『私達』は一緒に・・・・・・。
そして『力』に対して、自分の〝意思〟を伝えた上で瑠璃は真昼と一緒に砂漠を歩き出す。
『計算によるとこの先には誰もいないってサ』
書類のようなモノを机に向かって書き綴りながら『力』が話しかけてくる。
しかし、そこにいる『力』は残像のようなモノで。
―――――・・・寒い。
―――――のどが渇く・・・・・・。
聴こえてくる言葉に耳を貸すことをせず、苦痛に耐えながらひたすらに二人で歩き続けて行くと、飛行機が墜落した砂漠の地を越えた処で。今度は幾本かの街灯が立っている砂漠の地に場所が変わっていて。
『やあおはよう。こんばんは。やあおはよう』
昼夜の境目に足を踏み入れた処で、再び『力』の残像が姿を現し、真昼は足を縺れさせてしまい。
「・・・・・・っ!」
「・・・・・・真昼君っ!!」
咄嗟に瑠璃は真昼の腕を掴んで支えようとしたものの、瑠璃自身もまた体力の限界が訪れていた事から、踏みとどまることが出来ず、結局二人でどしゃあっと砂漠の地に倒れこんでしまうこととなり。
「いて・・・ごめん、瑠璃姉・・・・・・・」
「・・・・・・ううん、私のほうこそ、ごめんね、真昼君・・・・・・」
呻きながらも先に身体を起こした真昼に支えられる形で、瑠璃もまた砂漠に座り込む体勢に変えようとしたのだが―――――。
―――――リン、チリン
微かに耳朶に届いた鈴の音色に、瑠璃は呆然と目を見開くと、両手の平を砂漠に置いて耳をそのまま下に向かって近づけていく。
「・・・・・・聞こえる・・・・・・」
―――――ちりん、ちりん、ちりん
そこで、真昼もハッとした面持ちになると、瑠璃と同じように鈴の音を聞く為に砂地に耳を寄せる。
―――――・・・下だ。この下から聞こえてる・・・・・・。
―――――下・・・。
―――――砂漠の下・・・・・・どうやって・・・?
そうして顔を上げた真昼は眉根を寄せながら逡巡する。
チラと瑠璃のほうを見遣った真昼の目に、上体を起こした瑠璃の首から下げられた『鍵』が捉えられる。
けれど―――――
―――――ダメだ、今は瑠璃姉に頼っちゃ駄目なんだ。
―――――あの時・・・リヒトさんは・・・見抜いていたのかな。
―――――俺の甘えみたいなものを。
その刹那、ふと思い出されたのは、ライラの処遇をどうするべきか。自分で決めることが出来なかった時に、リヒトから云われた言葉。
―――――〝てめぇにはどうせ無理だ〟―――――
だからこそ―――――
―――――今度こそ、ちゃんと自分で考えないと。
―――――俺は自分の意思でここまで来たんだから。
―――――クロに会って話をするんだ。
―――――今度はちゃんと。
―――――〝なにかを成し遂げるのは才能じゃない〟―――――
―――――〝想像力と努力だよ〟―――――
真昼の意識の中に、クランツから告げられた言葉が浮んでくる。
―――――想像力・・・。
目を閉じた真昼の中にまた、リヒトから云われた言葉が響き渡る。
―――――〝自分に出来る何かをしたい〟じゃねえ―――――
―――――〝自分は何がしたいか〟だ―――――
―――――そうだ。きっと俺はなんだってできる。本当は。
黒いローブの右袖を真昼は左手で捲り上げると、砂地に向かって右手を埋めていく。
自身で考えて行動を起こした真昼に対して、瑠璃は何も言うことをせず、ただ静かに見つめていた。
そして―――――
ずっ、ずず、と砂の中を真昼の右手が正方形を描くように滑ると、ゴパと真四角の状態に固まった砂がそのまま真昼の手で持ち上げられて。
現れた揺らめく水面の先に―――――
「・・・・・・階段だ。下へ続いてる」
進むべき道を見つけ出した真昼は、瑠璃のほうに振り返ってくる。
「―――――行こう、瑠璃姉!」
「えぇ」
そして真昼の言葉に瑠璃は頷き返すと、揃ってローブを外すのと同時に、すうっと大きく息を吸い込んで。
どぷんっと水の中に潜って、階段を下りる為に泳いでいったのだ。
すると、不思議なことに水は階段の途中で途切れていて―――――
空気がある状態に変わった階段を降りきった処で、辿り着いた真っ黒な扉の前。
そこには『力』の姿が在り―――――
『サア入場シマス』
両手を掲げるようにしながら、出迎えの言葉を口にしてきたのだが。
「あれ!? またお前・・・」
真昼が眉を顰めながら『力』に話しかけようとすると、
『ドレスコードは守らないト!』
という言葉とともに、着ていた上のTシャツをがばと『力』によって脱がされてしまい。
「うわ!? なに――――」
仰天の声を上げた真昼はスーツに着替えさせられて。
「―――――真昼君っ!!」
『瑠璃はコッチだよ。あの先には〝何が在る〟のか、瑠璃はもう〝解ってる〟だろう? だから瑠璃には、今回もまたクロが〝閉じこもっている処〟に直接行って貰うよ』
扉の向こう側に真昼を放り込んだ処で、『力』はそう告げてきたのだが。
「・・・・・・それは駄目よ、『力』くん」
ロウレスの深層意識と繋がった中で、確かに瑠璃はクロが隠したがっているその過去の出来事の断片を垣間見た。けれど、あれはあくまでも、『ロウレス』の視点から見たものであり。―――――『ロウレス』の〝想い〟なのだ。
「私は『クロ』の〝ミストレス〟として、ちゃんと『クロ』が抱えている〝痛み〟とも向き合わなければ駄目だと思うから」
瑠璃は『力』を見据えながら、ゆっくりと頭を振ると、右手で胸元の『鍵』を握りしめながら左手を扉に向かって伸ばして触れさせる。
と―――――
『仕方がないなぁ・・・・・・それが瑠璃の望みだっていうのなら、好きにすればいいよ』
溜息を漏らした『力』が両手を翻すと、瑠璃の恰好はシンプルな黒のフォーマルドレスに変わっていて。
『うん、似合ってるね。それじゃあ、いってらっしゃい。瑠璃』
満足げに『力』が頷いた処で、開かれた扉の向こう側に真昼より少し遅れて、瑠璃もまた足を踏み入れる事となったのだ。
【本館/20・8/28/別館/20・8/28掲載】
