第十五章『向き合うことの覚悟』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
御国が経営している骨董屋は、白ノ湯温泉から少し先の駅の向こう側に在る為、真昼と瑠璃は電車を利用してそこに向かうことにした。
しかし、この路線に乗るのは初めてのことで、場所がすぐにわかるかどうか、気がかりではあったのだが。
真昼と瑠璃が並んで席に座ると、くああと黒い球の中にいるクロは大きな欠伸をして。
『お前らが無茶苦茶やったから疲れた・・・ねみ―――――・・・。オレは寝るぞ・・・』
真昼のショルダーバックのメッシュポケットのほうに視線を向けた瑠璃は耳朶に届いたクロの言葉に、眉を下げながら小さく微苦笑を零す。
それからふと真昼の顔を見遣ると、真昼はぼんやりとした様子で向かい側に見える車窓の景色を見ていた為。瑠璃も口を開くことはなく、電車の揺れに身を任せながら、同様に視線をそちらに向けていたのだが―――――。
その数分後、電車が一つ目の駅で停車し、扉が閉まると。
「なあ・・・クロ。寝てるか? お前って・・・」
ふと、真昼が静かな声音でクロに何かを尋ねようと口を開きかけた。
その声は勿論、瑠璃の耳朶にも届いていた。
けれど、その次の瞬間―――――
《―――――瑠璃―――――》
コンという鳴き声とともに顕現した覚えのある〝気配〟と〝声〟に瑠璃は呆然と目を見開いてしまう。
「・・・・・・っ!?」
そうしてちょこんと瑠璃の膝の上に鎮座した『存在』に気付いた真昼もまた、動揺した面持ちでガタッと席を立ちあがっていた。
「なっ・・・瑠璃姉っ!? 膝の上にキツネが!? どこから・・・」
それは、椿の中で目にした、あの夜陰のごとく朧気な姿をした『黒狐』だった。
「・・・・・・どうしてここに・・・・・・?」
瑠璃が戸惑いの声を漏らすと、『黒狐』はスリッと瑠璃の掌に甘えるように鼻先を摺り寄せる仕草をしてから、キョロキョロッと周囲を見回し。
《・・・な―――――んだ。僕の下位は君たちと一緒じゃないの?》
「この声・・・ッ」
細い瞳を開眼させると、冷徹さを孕んだ真紅の視線を向けてきた『黒狐』の口から紡ぎ出された声に対し、真昼の顔に緊張の色が走る。
その刹那、瑠璃の膝の上から真昼が座っていた側の席に下りた『黒狐』の体が、ぶくぶくぶくっと膨張を始めて。
「・・・・・・〝つばき〟!?」
瑠璃はそこで反射的に『黒狐』の暴走を止めようと手を伸ばしかけた。
けれど、それと同時に同じ車両に乗り合わせていた〝他の乗客〟の姿が、周囲にないのに気づき。
―――――・・・・・・もしかして、幻覚っ!?
と―――――
目を見開いた瑠璃の意識の内に『あはははっ』という椿の笑い声が響き渡る。
「瑠璃姉っ!! こっちに!!」
それと同時に、静止した状態となっていた瑠璃の右腕を、グイッと掴んで真昼が椅子から立ち上がらせ、
「瑠璃姉!! クロと一緒に隠れ―――――・・・」
そう叫びながら自分の側に引き寄せて腕の中に咄嗟に庇うように抱きしめる。
ドッと破裂音が響き渡り、黒煙が車内に充満したのはその直後の事だった。
《あははは、あははは、あははっ》
そうして幾度となく耳にした〝椿〟の笑い声が周囲に響き渡ると、真昼と瑠璃は電車の中から駅のホームに転がり出た体勢になっていて。
「え・・・? 爆発・・・・・・してない!?」
「・・・・・・真昼君。いまのは幻覚だったのよ・・・・・・椿が仕掛けてきた」
発車前のメロディが耳朶に届いたことにより、茫然となった真昼に対し、眉を顰めながら瑠璃がそう告げると。
「あの黒いキツネ・・・・・・!?」
真昼は愕然とした面持ちになったのだが。
『なんだなんだ・・・とんでもねー目覚ましだな・・・』
眠っていたらしいクロが、ふあと欠伸をしながらぼやきを漏らすと。
「―――――そうだ!! 瑠璃姉っ!! クロも!! 二人とも身体は何ともないか!?」
ハッと目を見開いた後、勢いよく尋ねかけてきた真昼に瑠璃はふんわりと微笑む。
「えぇ、大丈夫よ。真昼君がこうして庇ってくれたおかげで、どこもぶつけたりしてないわ」
『そりゃ、無事だー。オレ、吸血鬼だぞ? 不老不死だぞ・・・?』
すると球の中に居るクロが茶化すようにしながら、さらに呆れたような口調で真昼に言い返してくる。
『むしろお前はただの人間なんだから自分が死ぬ心配をだな・・・』
「その姿で言っても説得力ねー!」
それにより、真昼は常の調子を取り戻したようで。
「・・・けど、今はお前の軽口すら安心するよ」
突っ込みを入れた後、はあ・・・と安堵の息を吐くと、
「椿達も動き出してるんだ・・・っ。急ごうクロ! 瑠璃姉!」
「ええ!!」
真昼と瑠璃は共に立ち上がった処で、駅のホームから足早に駆け出して行ったのだ。
「城田真昼と瑠璃のところじゃなかったか。あは、残念。は―――――ずれ」
人質となった下位の居場所を探るべく動き出した椿は、自身の牙で噛み傷をつけた左手の人差し指から血を滴らせつつニヤリと笑う。
指先から落下した真紅の雫は、夜陰のごとく朧気な『黒狐』を具象化させていて。
「だけど〝今の瑠璃の様子〟を見ることが出来たから、まぁ全くの無駄足ではなかったかな。じゃあ、次は―――――・・・」
―――――〝色欲〟の主人の周囲を探ってみようか。
そうして椿は己の深淵を介して気配を覚らせることなく、今度は御園の処へ『黒狐』を差し向けたのだ。
「この地図のとおりなら・・・この奥の店だ」
スマホを握りしめた真昼が画面に視線を遣りながら呟く。
恐らく一般人が立ち入らないよう、幻術のようなモノがこの辺りには施されているのだろう。
真昼と瑠璃はスマホの地図を頼りに駅から人が行き交う大通りを歩いて来て、その途中でビル街の狭間に在った路地裏に入ったのだが―――――。
そこに踏み込んだ刹那、まだ昼間でもあるのにも拘らず、一変して薄暗くなった目的の店までの道を照らすのは、一本のレトロなデザインの街灯のみとなっていて。
戸惑いと緊張が入り混じった面持ちで、真昼と瑠璃は進んで行くと、古びたランタンの灯りを扉の上に掲げた、如何にもといった雰囲気のある店に辿り着いたのだ。
『theland of Nod 』
扉の前には、そう書かれた小さな看板が置かれていて。
「ここが、御国さんのお店・・・・・・」
とりあえず中に入ってみようと、真昼と瑠璃が共に扉に手を伸ばしかけた処で。
「みくみく―――――。おかえりぃ―――――」
扉の向こう側から聴こえてきた、地を這うような低い声に、びくと思わず二人は指先を震わせながら手を止めてしまう。
すると扉が内側からギィと僅かに開き、
「今日は御国に大事な報告があるンだよなぁ―――――。俺は今日、御国の大事なお人形を一つ壊してしまったンだけど―――――。でもそれはお前が―――――・・・オレの手の届くところに大事なものを置いておくのがいけなかったなぁ・・・?」
中から話しかけてきている相手は、御国の知り合いか誰かなのだろうか。
「あ、あの・・・・・・」
声の主に対し、真昼が尋ねようとした。
その直後―――――
「ほ―――――らこれ。頭が~~~~~~取れちゃったンだけど~~~~~~」
ぬうと、頭部を失った人形を握りしめた手が扉の隙間から伸びてきて。
「―――――っ!?」
ひっ、と反射的に真昼は顔を引きつらせ、瑠璃もまた目を見開くと、強張った面持ちで静止してしまう。
「だ―――――いじょうぶ・・・。アタマはぜーンぶ溶かして特製ジュースにしてあげたから―――――!! これで可愛いアノ子と身も心も一つになれちゃうね―――――!! カンパァ―――――イ!!!」
すると扉が完全に開き、右手に首無し人形を、左手にはボコボコォと激しく沸騰している液体が入ったビーカーを持った、眼鏡をかけていて、口に目盛りが刻まれたストローを銜えた―――――白衣を身に纏った男が、ひゃはははははははは、とマッドサイエンティストの如く、不気味な笑い声を上げながら姿を現したのだ。
そして「そ―――――れ、イッキ・・・・・・?」という掛け声を口にした白衣の男と真昼の視線が合い。
「「誰?」」
互いに漏らした疑問の声が見事に重なったのだ。
その後、白衣の男が此方に背を向けて店の中に踵を返したのに続いて、真昼と瑠璃も入店したのだが―――――。
店内に設置された棚に在る商品らしきモノは、主に紅茶の茶葉や食器類や、可愛らしい小物などで。
骨董品屋・・・・・・というよりも雑貨屋のように思えたのだが。
よくよく見てみると、それらに混じって、クランツが持っていた聖水も並べられていて。
〝ミーミル〟という名称が書かれたその水の札の上には、店主のオススメ!! という可愛らしい、御国が常に連れているアベルのイラスト入りの手書きのポップが添えられていて。
―――――御国さんが描いたのかしら?
クスっと瑠璃が笑みを零すと、
―――――楽しそうにやってんな・・・。
真昼は若干、御国に対して呆れたように、渇いた笑いを浮かべたのだった。
それから改めて、白衣の男に目を向けると―――――
「あの、ここ・・・御国さんのお店で合ってますよね?」
「御国なら留守だよ―――――。留守じゃないときのほうが少ないンじゃない?」
真昼が投げかけた確認の言葉に対し、白衣の男はさして興味がないといった様子で返してきて。
「えっと、あなたは・・・・・・御国さんのお友達とかですか?」
その返答に眉を顰めながら、さらに瑠璃が尋ねかけると、
「俺があいつの友達?」
ひゃははと、白衣の男は自身を指さしながら笑い声を上げたのだが―――――。
その直後「きっも」と不快だという感情を前面に表しながら此方を見返してきて。
「君たちは・・・えー・・・御国の下僕かなにか?」
「違います!! 俺っ・・・知り合いの城田真昼です!」
「・・・・・・同じく、知り合いの瑪瑙瑠璃といいます」
憮然とした眼差しで白衣の男を見遣りながら名乗った真昼に続き、苦笑いを浮かべながら瑠璃も名前を告げると。
「はあ、それでその佐藤遥くんとその彼女ちゃんは・・・」
「誰!? 城田真昼!! です!! あと、瑠璃姉は俺の彼女じゃないですよ!?」
何を聞き間違えたらその内容になるのか。勢いよく真昼が突っ込みを入れると、球の中のクロも『真昼が瑠璃の彼氏とか、むきあえね―――――・・・』と半眼で呟いていて。
「ん。シロタマヒル・・・? それに・・・・・・〝瑠璃〟・・・・・・?」
すると、ふと白衣の男は何かを思い出した様子で真昼と瑠璃の名前を呟き。
ガサ! ガサガサガサッと、突然、店のカウンターの上に置かれていた紙束を勢いよく漁り始め。
暫しの後に目的のモノを見つけ出したのだろうか、一枚の紙を手に掴んだ処で。
「ようこそ俺の研究室へ!!」
ばっと此方に振り返ってきた白衣の男は、先程までの不愛想な態度から打って変わって、歓喜に満ち溢れた表情でそう告げてきたのだ。
そうして―――――
「まーまー座って。山田カケルくん!! それから瑪瑙瑠璃ちゃんもね!!」
「城田真昼です!!! 俺の名前だけ、また間違ってますよ!!」
店内の奥に在ったテーブルと椅子まで強引ともいえる流れで誘導をされて、席に着かされた処で、またもや別人の名前を口にされた真昼は訴えるも、果たして届いているのか。
「博士 の~~~楽しい実験のお時間~~~~~~♪」
お茶どうぞ―――――♪ と鼻歌交じりに渡されたビーカーに、フラスコから液体が注がれて。
「ちょっ・・・!?」
「あの、一体何を・・・・・・」
真昼と瑠璃は当惑した面持ちになってしまうも、
「歓迎するよぉ―――――怠惰の主人!! それに〝ミストレス〟!!」
「「!!??」」
白衣の男の口から紡ぎ出された言葉に、二人揃って呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「カンパァ―――――ィ!!! 花岡みつるくん!! それに瑪瑙瑠璃ちゃん!!」
「だから誰!! なんで俺の名前だけ、別人になってるんですか!?」
カァン! と勢いよく、白衣の男もまた自身の分の飲み物らしき液体が入ったビーカーを、真昼と瑠璃が手にしていたビーカーにぶつけてきたのだが。
またもや、〝正しい名前〟を言って貰えなかった真昼が猛抗議をすると―――――
「人の〝名前〟って覚えらンないンだよなあ―――――・・・。あまりに意味がなくって・・・・・・瑪瑙瑠璃ちゃんの場合は、〝貴重な存在〟だったから思い出したけど・・・・・・」
白衣の男はそう言いながら徐に左胸ポケットから、すっと1本のマジックを取り出し。
「え!? あの、それマジックですよね!?」
真昼に向かってそれを掲げた白衣の男に、ギョッと瑠璃が目を瞠ると、
「Mahiru Shirota・・・と」
「わあ、なにす・・・っ!?」
マジックを手に迫ってきた白衣の男に、真昼は必死に抵抗をしようとしたのだが。
その抵抗もむなしく―――――
「・・・・・・書かれた・・・・・・」
「止められなくてごめんね、真昼君・・・・・・」
鏡の前に仏頂面で立ちながら、額に書かれた文字を確認する真昼に、瑠璃は眉を下げながら声を掛ける。
「これで君の事も忘れないね―――――。ようこそ城田真昼くん! そして瑪瑙瑠璃ちゃん!」
一方、それを行った白衣の男は満足げな様子で、ひゃははと笑いながら、右手でサインペンを投げつつ、呼びかけてきて。
こちらに背を向けて立つ白衣の男を、鏡越しに瑠璃は警戒した眼差しで見据えると問いかける。
「真昼君がクロの主人 だって知っていて。私がクロの〝ミストレス〟だって知っている。貴方は誰なんですか?」
「学者だよ。研究者かな? 専門は・・・吸血鬼。ヨハネス・ミーミル・ファウストゥス」
「!?」
吸血鬼の研究者だと告げてきて白衣の男の口から、その後に紡ぎ出された耳慣れない言葉の羅列に、真昼が呆然とした様子で目を見開く。
と―――――
「名前だよ、名前。博士 とでも、ヨハネスとでも。ヨハン、ハンス、ファウスト。好きに呼ンでくれていい」
ニヤリと笑みを浮かべながら振り返ってきた白衣の男―――――ヨハネスは右手にビーカーを持ったまま、左手を白衣のポケットに入れながらそう告げてきて。
「あ・・・・・・〝ミーミル〟。あれって、もしかして博士 が?」
そこでふと、先程目にした『聖水』と同じ名前だと気づいた瑠璃が呟くように漏らすと、
「ああ。あの吸血鬼に効く水を作ったのも俺だよ」
ヨハネスはそれを肯定してきたのだが。
「もーそンなことはどーでもいいンだからさあ!!!」
突如として店のカウンターテーブルをバンと勢いよく叩くと。
「さあ早く!! 早く!! 早く!! 君たちの吸血鬼に触らせて!! 調べさせて!! 検体をちょうだい!! 猫だよね!? 怠惰の吸血鬼は!! どこ!!! どこ!!!どこおおおお!!!?」
我慢できないと言わんばかりの態度でヨハネスは此方に勢いよく迫ってきて。
「あ、クロは・・・・・・」
「えっと・・・・・・」
真昼と瑠璃はヨハネスの激し過ぎるテンションに圧倒されながらも、やがて黒い球の状態になっているクロを目の前に差し出すと。
数秒間、ヨハネスは呆然とした面持ちで球を凝視した後―――――
「この球あああああああ!!?」
「俺と瑠璃姉は、クロを元に戻す方法を探してて・・・」
絶叫したヨハネスに対し、真昼が恐る恐ると言った様子で切り出す。
するとヨハネスはまた、
「あああああああ、こンな神秘が!!! 起きるなンて!!! この世界の無限の可能性にカンパァ―――――イ!!」
感極まった面持ちで、手にした液体が入ったビーカーをクロが入っている黒い球に、ガァンと勢いよくぶつけてきて。
「博士 !? クロが吃驚してますから!!」
に゛ゃ―――――っ、と耳を塞ぎながら悲鳴を上げたクロの姿に瑠璃が慌てた面持ちで訴える。
と―――――
「はぁぁ・・・この瞬間よ・・・止まれ。汝は泣くほど美しい・・・・・・」
メガネを外したヨハネスは、突如として、はら・・・と涙を流し始めていて。
は・・・? と真昼が唖然とした面持ちでヨハネスを見ていると。
「世界の神秘に感謝!! さあ! さあ!!! さあ!!! 俺に渡して!!!」
「ちょっ中にクロがいるんですよ!! 乱暴にしないでくださいよ!!?」
また、ハイテンションに戻り、球を掴み取ろうと手を伸ばしてきた、ヨハネスに対し、真昼が手の中に庇うようにしながら訴える。
けれど、興奮状態になったヨハネスの意識に、果たして真昼の訴えは届いていないようで。
「まずはその黒い球ごとぜ―――――ンぶ溶かして・・・」
『ひにゃああ・・・』
物騒極まりないヨハネスの発言に、クロが怯えた様子で悲鳴を上げる。
「溶かすなんて、そんなことして!! もしもクロが元に戻れなくなったりしたらどうするんですか!?」
その言葉に目を見開いた瑠璃は反対だと主張する。
「さあ!! 俺の実験室へ!!」
けれどその刹那―――――ヨハネスはそう叫ぶと同時に真昼の頭部を左手でガッと掴んで、鏡に向かってブンと投げ飛ばしたのだ。
「―――――真昼君っ!?」
瑠璃は驚愕の叫び声を上げてしまう。
しかし、真昼がぶつかるのを避けようと咄嗟に伸ばした右手が鏡に触れた瞬間、ぐるんっ、と鏡は回転して、そのまま鏡の向こう側に姿を消してしまったのだ。
「え!? 鏡が回転した・・・・・・!?博士 、鏡の向こう側に部屋があるんですか?」
目の前で起こったその光景に呆然となった瑠璃がヨハネスに振り返ると、
「そう、あっちにあるのはオレの実験室だよ。瑪瑙瑠璃ちゃんにも、勿論付き合って貰うからね?」
ニヤァと笑みを浮かべたヨハネスにドンと瑠璃も背中を勢いよく押されて。
「―――――っ!?」
「うわぁ!? 瑠璃姉っ!?」
瑠璃の身体が当たるのと同時に鏡はまた回転して、その向こう側に座り込んでいた真昼の上に覆いかぶさるように倒れこんでしまうこととなったのだ。
そして―――――
「ご、ごめんね・・・・・・真昼君」
瑠璃が真昼の上から起き上がると、
「博士 の~~~楽しい実験のお時間~~~~~~♪」
ギィ・・・と音を響かせながら、今度はゆっくりと開かれた扉の向こう側から、ヨハネスも此方側にやって来たのだが。
「この瞬間よ止まれ、汝は泣くほど美しい・・・」
奇癖の持ち主という言葉がピッタリ当てはまりそうな雰囲気を醸し出すヨハネスに、果たして自分たちは何をされる事になるのだろうか。
ひいいと真昼が引き攣った面持ちになった時、床に転がった黒い球の中に居るクロもまた、怯えた表情を浮かべていたのだった。
「身長165.2cm・・・と」
ヨハネスの実験室に置いて、真昼は下着一枚の姿で身体測定を受けていた。
瑠璃は幸い衣服を脱ぐことまでは強要されず。その代りに、ヨハネスから様々な質疑応答を受ける事となり、最後に毛髪を1本と血液採取をされた後―――――今度は真昼の身体測定が始まったのだが。
計った身長を記録しながら、小さいねぇ―――――とヨハネスが呟いた言葉に、
「あの!! こんなことしてどうするんですか!?」
腑に落ちないという表情を浮かべていた真昼は、ムッとしつつ訊いてみたものの。
「うるさい、髪もらうよ―――――」
そんなふうに一蹴されるのと同時に頭部からプチッと髪を1本引っこ抜かれてしまい。
いてっ!? と苦痛の声を漏らした後、もうこの格好でいる必要は無いだろうと、真昼は衣服を着直しながら、食い下がることなく「俺の記録なんて意味あるんですか!?」とヨハネスに問いかけた。
しかし、机に向かい記録を纏めているヨハネスから、訴えに対する返答はなく「既往症ある? 持病は?」と逆に聞き返されて。
無視かよと呆れた面持ちになりながら「いや、ない・・・ですけど」と真昼は答えたのだが。
調べて欲しいのは自分の事ではなく―――――クロに関する事。
吸血鬼 の事を知りたくて、真昼と瑠璃は此処までやって来たのだ。
「あの、博士 。ここにある本はもしかして全部・・・・・・吸血鬼についての本・・・・・・なんですか?」
真昼が身体測定を受けていた間、その姿を直視する訳にもいかず、ずらりと蔵書が納められた本棚のほうに視線を向けていた瑠璃がヨハネスに向かって尋ねかけた。
すると―――――
「御国は本が好きなンだよ」
そんな回答がヨハネスから返ってきて。
御国の所蔵している本なのだとしたら、吸血鬼に関する事が書かれたモノもあるのだろうか。
真昼もまた本棚に近づくと、何気なく一冊の本を棚から抜き出してみる。
―――――ゴトンッ
その瞬間、響き渡った大きな音にハッと瑠璃と真昼は後ろを振り返る。
と―――――
長机の上に置いていたはずの黒い球が地面に在り。
「・・・・・・クロ?」
「落ちた・・・のか?」
瑠璃と真昼は目を瞬かせると、眉を顰めながら球を見つめる。
しかし、クロからの返答が聴こえてくることはなく、ころころころ・・・と球は地面を転がっていく。
その時、ヨハネスもまたその様を注視するように見ていたのだが―――――
「・・・傾いてるわけじゃないよなぁ・・・?」
やがて、椅子に座ったまま床に向かって手を伸ばすと、注意深く確認をしながらそんな呟きを漏らしていて。
「・・・・・・あの、博士 。、どの本にもクロを元に戻すヒントはないんですか?」
そこで真昼が思い切って、当初の目的を果たすべく、ヨハネスにそう切り出したのだが。
「ああ? 最近の子は人かウェブで訊けばなンでも教えてもらえると思ってやがる」
その途端、ヨハネスは睥睨の視線を真昼に向けてきて。
それに対し「え」と真昼は戸惑いの声を漏らしてしまうも、しかしヨハネスの口から出たその言葉は正論と云えなくも無いモノで。思わず、すみません・・・・と詫びの言葉を口にすると。
「全部読ンで見たら~~~? と言いたいとこだけど。俺もそンなに過去の記録に興味はないから教えてあげよう」
そんな真昼の反応に満足したのか、ヨハネスはしたり顔になったのだが。
「ないね。俺の知る限りでは」
しかし、その後に聞かされた答えは素っ気ないもので。
床に転がってしまった黒い球を瑠璃は拾い上げると、ヨハネスに視線を向けながら尋ねかける。
「・・・博士 は主人 とか下位 じゃないんですよね。どうして吸血鬼の研究を・・・?」
「・・・小舟に乗っているンだよ」
するとフラスコを左手に持ちながら、中身を確認していたヨハネスはニヤリと笑みを浮かべながら此方に振り返ってきたものの。またもや不可解な発言をしたヨハネスに「え?」と真昼と瑠璃は揃って当惑の面持ちになってしまう。
「流れる川を逆走している。下流からより高い上流へ。現状維持を望むなら全力で前へと進まなければいけない。留まろうとすれば後退する」
けれど、続けて紡ぎ出されたこの言葉により―――――真昼と瑠璃の意識の内には気付けば、川を流れるボートの上でヨハネスと向かい合っている情景 が浮かんできていて。
「人はひとところに留まることなどできない。なにかを求め続けなければいけない! そう! 〝はじめに行いありき〟!! なにかを為さねばなにも成されない!!〝満足〟は〝停滞〟だ。〝停滞〟は〝死〟だ!!」
オールを握りしめた手を動かすのを止めようとすると、ヨハネスの言葉通り、あっという間に下流に向かって流されそうになってしまう光景に変わってしまう。
「俺は知りたい! 見たい!! 感じたい!! 経験したい!! 理解したい!! この化け物はすごい!! でも俺たちはまだなにも知らない !! あらゆる学問を究めても俺のなンて無知なことか!! それでも求めずにはいられない!! 過去に天才が残してくれた、この吸血鬼なンて神秘な存在を研究しない方が失礼ってやつだろう」
一方、ヨハネスは瞳に涙を浮かべながら熱弁を振るい続けていて。
「この化け物の力はすごかった・・・戦争に出ればそれがどンな大国相手でも勝利をもたらしたって話だ。最高の兵器!!!今回 は吸血鬼同士の戦争? 〝憂鬱〟の真祖 には感謝だねぇ! 戦争はいつの時代も技術を次のステージへ押し進める! 俺も〝怠惰〟をこのままほおってはおけないなあ! 元に戻して力をふるってもらわなきゃあ・・・」
―――――・・・・・・過去において吸血鬼が『戦争』の『兵器』として用いられていた。
―――――・・・・・・だからといって今回も同じことをする事が正しいのか。
―――――・・・・・・吸血鬼だって、人と同じ。自分の〝意思〟を持っているというのに。
ヨハネスの口から出た吸血鬼に対する相称―――――『化け物』『兵器』―――――という言葉に真昼と瑠璃は眉を顰める。
―――――〝俺〟は・・・・・・
―――――〝私〟は・・・・・・
「俺は力が欲しいからクロを戻したいんじゃない。ちゃんとクロと向き合える自分になりたいんだ」
「私も力とか関係なく、クロの〝ミストレス〟として一緒にいたいと思ったから。何があったとしても傍を離れないで、立ち向かう側で在り続けたいだけよ」
そして自分がどう在りたいのか―――――真昼と瑠璃はその〝想い〟を口にする。
するとヨハネスは「はあ。そーゆーのあンまり興味ないなぁ・・・」と白けた面持ちで応じてきて。
「いや、しかしそういう感傷的な才能が俺には足りないか。かの天才も罪になるほどに干渉的だったわけだし」
此方に背を向けてぶつぶつと独り言を漏らしながら、先程手にしていたフラスコの中に入っていた液体を2つのビーカーの中に注ぎ入れると。
「ま、オチャでも」
「あ、どうも・・・」
「えと、ありがとう御座います・・・・・・」
唐突に労うかのように、ヨハネスが用意した飲み物に対し、真昼と瑠璃は戸惑いの表情を浮かべてしまう。
しかし、無視するのも気が引けた為、ひとまず二人で並んで飲み物が置かれた長机の前に腰掛けると、
「俺、こう見えて甘党でね。この家、甘味料だけでもやたら種類があっていいンだよね」
ヨハネスはボチャボチャと、自分の分には角砂糖らしきモノを投入していて。
君たちも入れる? と尋ねられたものの、それは遠慮したところで。
―――――ここでも手がかりなしか。
―――――あとはどこに行ったら・・・・・・。
手詰まり状態に陥ってしまったことに、真昼と瑠璃は苦渋を抱きながら手に持ったビーカーをゆっくりと口元に近づけていく。
その刹那―――――
「さあ。君たちの信念を君たちのもっと深いところに訊いてみようね?」
いつの間にか傍らに立っていたヨハネスが、真昼と瑠璃の顔を横から覗き込む様にしながらニヤリと笑みを浮かべつつそう告げてきて。
「「!!?」」
狼狽した面持ちになりながらも、ごくんっと真昼と瑠璃は反射的に口に含みかけていた液体を飲み込んでしまう。
そしてごほっと咽ながら二人は椅子から立ち上がろうとしたのだが、
「な・・・・・・!?」
「博士 ・・・・・・!?」
激しい眩暈のような感覚に襲われて、そのまま床にどたぁんっと昏倒してしまう。
しかし、ヨハネスは真昼と瑠璃を助け起こすことをせず。
「俺の記憶の限りではこれだけの書物のなかにもその真祖の状態について記述はない。・・・だからと言って諦めるつもりもない」
ニヤッと口端を吊り上げながら話し続ける。
「その球を壊す方法は不明だがサーヴァンプの〝異常〟の際には必ずと言っていいほど現れる状態がある。主人 の人間が吸血鬼 の〝内部〟に取り込まれる ことだ。対して〝ミストレス〟はこれまで観測されることはなかったものの―――――唯一、吸血鬼たちの〝内部〟に制約を受けることなく、立ち入ることが許された存在 なんだ」
「・・・・・・!」
朦朧とした意識の中で聴こえたヨハネスの言葉に、愕然としながら真昼は思い出す。
それは御園がリリイの〝内部〟に取り込まれた時の出来事で。
あの時、瑠璃は『鍵』の力を使って御園を助ける為に、その後を追いかけて行った。
いまはクロとの『誓約』がどうなっているのか、ハッキリしない状態である事から、力を行使することは出来ないが―――――。
「・・・・・・クロ・・・・・・」
目を閉じた瑠璃が譫言のようにクロの名前を呟く。
ヨハネスはチラリと瑠璃の様子を確認するように一瞥すると、浮足立った態度で告げてくる。
「そして吸血鬼 の〝内部〟に入る方法 はすでにある ! 俺が過去に確立した! あああああ長男の〝怠惰〟で試せる時が来るとは思わなかった!!!! 瞬間に感謝!! 瞬間よ止まれ!! いや止まったらダメだな、経過が観察できないから!!!」
それから高揚を抑えきれないと言わんばかりに、ヨハネスは左手に自分の飲み物が入ったビーカーを握りしめたまま、右手で額を抑える仕草をすると―――――
「グッドラック、城田真昼くん! 瑪瑙瑠璃ちゃん! 旅立つ君たちに詩をひとつ!!」
《キャット・アンド・ユニコーン》
―――――The Cat and the Unicorn―――――
《王冠かけずに戦った》
―――――Were fighting without the crown―――――
《キャットはユニコーンをやっつけて》
―――――The cat beat the unicorn,―――――
《街中あちこち追いかけ回す》
―――――all about the town.―――――
《そして花すらあげないで》
―――――Some gave them no flower,―――――
《どちらも街から追い出した》
―――――And sent them out of town.―――――
静かに、ゆっくりと、クロの〝内部〟に真昼と瑠璃の意識は墜ちていく。
・・・ちりんちりんちりん・・・
その時、昏い深淵の向こう側からは微かに鈴の音色が聴こえてきていた。
【本館/20・7/31/別館/20・8/1掲載】
しかし、この路線に乗るのは初めてのことで、場所がすぐにわかるかどうか、気がかりではあったのだが。
真昼と瑠璃が並んで席に座ると、くああと黒い球の中にいるクロは大きな欠伸をして。
『お前らが無茶苦茶やったから疲れた・・・ねみ―――――・・・。オレは寝るぞ・・・』
真昼のショルダーバックのメッシュポケットのほうに視線を向けた瑠璃は耳朶に届いたクロの言葉に、眉を下げながら小さく微苦笑を零す。
それからふと真昼の顔を見遣ると、真昼はぼんやりとした様子で向かい側に見える車窓の景色を見ていた為。瑠璃も口を開くことはなく、電車の揺れに身を任せながら、同様に視線をそちらに向けていたのだが―――――。
その数分後、電車が一つ目の駅で停車し、扉が閉まると。
「なあ・・・クロ。寝てるか? お前って・・・」
ふと、真昼が静かな声音でクロに何かを尋ねようと口を開きかけた。
その声は勿論、瑠璃の耳朶にも届いていた。
けれど、その次の瞬間―――――
《―――――瑠璃―――――》
コンという鳴き声とともに顕現した覚えのある〝気配〟と〝声〟に瑠璃は呆然と目を見開いてしまう。
「・・・・・・っ!?」
そうしてちょこんと瑠璃の膝の上に鎮座した『存在』に気付いた真昼もまた、動揺した面持ちでガタッと席を立ちあがっていた。
「なっ・・・瑠璃姉っ!? 膝の上にキツネが!? どこから・・・」
それは、椿の中で目にした、あの夜陰のごとく朧気な姿をした『黒狐』だった。
「・・・・・・どうしてここに・・・・・・?」
瑠璃が戸惑いの声を漏らすと、『黒狐』はスリッと瑠璃の掌に甘えるように鼻先を摺り寄せる仕草をしてから、キョロキョロッと周囲を見回し。
《・・・な―――――んだ。僕の下位は君たちと一緒じゃないの?》
「この声・・・ッ」
細い瞳を開眼させると、冷徹さを孕んだ真紅の視線を向けてきた『黒狐』の口から紡ぎ出された声に対し、真昼の顔に緊張の色が走る。
その刹那、瑠璃の膝の上から真昼が座っていた側の席に下りた『黒狐』の体が、ぶくぶくぶくっと膨張を始めて。
「・・・・・・〝つばき〟!?」
瑠璃はそこで反射的に『黒狐』の暴走を止めようと手を伸ばしかけた。
けれど、それと同時に同じ車両に乗り合わせていた〝他の乗客〟の姿が、周囲にないのに気づき。
―――――・・・・・・もしかして、幻覚っ!?
と―――――
目を見開いた瑠璃の意識の内に『あはははっ』という椿の笑い声が響き渡る。
「瑠璃姉っ!! こっちに!!」
それと同時に、静止した状態となっていた瑠璃の右腕を、グイッと掴んで真昼が椅子から立ち上がらせ、
「瑠璃姉!! クロと一緒に隠れ―――――・・・」
そう叫びながら自分の側に引き寄せて腕の中に咄嗟に庇うように抱きしめる。
ドッと破裂音が響き渡り、黒煙が車内に充満したのはその直後の事だった。
《あははは、あははは、あははっ》
そうして幾度となく耳にした〝椿〟の笑い声が周囲に響き渡ると、真昼と瑠璃は電車の中から駅のホームに転がり出た体勢になっていて。
「え・・・? 爆発・・・・・・してない!?」
「・・・・・・真昼君。いまのは幻覚だったのよ・・・・・・椿が仕掛けてきた」
発車前のメロディが耳朶に届いたことにより、茫然となった真昼に対し、眉を顰めながら瑠璃がそう告げると。
「あの黒いキツネ・・・・・・!?」
真昼は愕然とした面持ちになったのだが。
『なんだなんだ・・・とんでもねー目覚ましだな・・・』
眠っていたらしいクロが、ふあと欠伸をしながらぼやきを漏らすと。
「―――――そうだ!! 瑠璃姉っ!! クロも!! 二人とも身体は何ともないか!?」
ハッと目を見開いた後、勢いよく尋ねかけてきた真昼に瑠璃はふんわりと微笑む。
「えぇ、大丈夫よ。真昼君がこうして庇ってくれたおかげで、どこもぶつけたりしてないわ」
『そりゃ、無事だー。オレ、吸血鬼だぞ? 不老不死だぞ・・・?』
すると球の中に居るクロが茶化すようにしながら、さらに呆れたような口調で真昼に言い返してくる。
『むしろお前はただの人間なんだから自分が死ぬ心配をだな・・・』
「その姿で言っても説得力ねー!」
それにより、真昼は常の調子を取り戻したようで。
「・・・けど、今はお前の軽口すら安心するよ」
突っ込みを入れた後、はあ・・・と安堵の息を吐くと、
「椿達も動き出してるんだ・・・っ。急ごうクロ! 瑠璃姉!」
「ええ!!」
真昼と瑠璃は共に立ち上がった処で、駅のホームから足早に駆け出して行ったのだ。
「城田真昼と瑠璃のところじゃなかったか。あは、残念。は―――――ずれ」
人質となった下位の居場所を探るべく動き出した椿は、自身の牙で噛み傷をつけた左手の人差し指から血を滴らせつつニヤリと笑う。
指先から落下した真紅の雫は、夜陰のごとく朧気な『黒狐』を具象化させていて。
「だけど〝今の瑠璃の様子〟を見ることが出来たから、まぁ全くの無駄足ではなかったかな。じゃあ、次は―――――・・・」
―――――〝色欲〟の主人の周囲を探ってみようか。
そうして椿は己の深淵を介して気配を覚らせることなく、今度は御園の処へ『黒狐』を差し向けたのだ。
「この地図のとおりなら・・・この奥の店だ」
スマホを握りしめた真昼が画面に視線を遣りながら呟く。
恐らく一般人が立ち入らないよう、幻術のようなモノがこの辺りには施されているのだろう。
真昼と瑠璃はスマホの地図を頼りに駅から人が行き交う大通りを歩いて来て、その途中でビル街の狭間に在った路地裏に入ったのだが―――――。
そこに踏み込んだ刹那、まだ昼間でもあるのにも拘らず、一変して薄暗くなった目的の店までの道を照らすのは、一本のレトロなデザインの街灯のみとなっていて。
戸惑いと緊張が入り混じった面持ちで、真昼と瑠璃は進んで行くと、古びたランタンの灯りを扉の上に掲げた、如何にもといった雰囲気のある店に辿り着いたのだ。
『the
扉の前には、そう書かれた小さな看板が置かれていて。
「ここが、御国さんのお店・・・・・・」
とりあえず中に入ってみようと、真昼と瑠璃が共に扉に手を伸ばしかけた処で。
「みくみく―――――。おかえりぃ―――――」
扉の向こう側から聴こえてきた、地を這うような低い声に、びくと思わず二人は指先を震わせながら手を止めてしまう。
すると扉が内側からギィと僅かに開き、
「今日は御国に大事な報告があるンだよなぁ―――――。俺は今日、御国の大事なお人形を一つ壊してしまったンだけど―――――。でもそれはお前が―――――・・・オレの手の届くところに大事なものを置いておくのがいけなかったなぁ・・・?」
中から話しかけてきている相手は、御国の知り合いか誰かなのだろうか。
「あ、あの・・・・・・」
声の主に対し、真昼が尋ねようとした。
その直後―――――
「ほ―――――らこれ。頭が~~~~~~取れちゃったンだけど~~~~~~」
ぬうと、頭部を失った人形を握りしめた手が扉の隙間から伸びてきて。
「―――――っ!?」
ひっ、と反射的に真昼は顔を引きつらせ、瑠璃もまた目を見開くと、強張った面持ちで静止してしまう。
「だ―――――いじょうぶ・・・。アタマはぜーンぶ溶かして特製ジュースにしてあげたから―――――!! これで可愛いアノ子と身も心も一つになれちゃうね―――――!! カンパァ―――――イ!!!」
すると扉が完全に開き、右手に首無し人形を、左手にはボコボコォと激しく沸騰している液体が入ったビーカーを持った、眼鏡をかけていて、口に目盛りが刻まれたストローを銜えた―――――白衣を身に纏った男が、ひゃはははははははは、とマッドサイエンティストの如く、不気味な笑い声を上げながら姿を現したのだ。
そして「そ―――――れ、イッキ・・・・・・?」という掛け声を口にした白衣の男と真昼の視線が合い。
「「誰?」」
互いに漏らした疑問の声が見事に重なったのだ。
その後、白衣の男が此方に背を向けて店の中に踵を返したのに続いて、真昼と瑠璃も入店したのだが―――――。
店内に設置された棚に在る商品らしきモノは、主に紅茶の茶葉や食器類や、可愛らしい小物などで。
骨董品屋・・・・・・というよりも雑貨屋のように思えたのだが。
よくよく見てみると、それらに混じって、クランツが持っていた聖水も並べられていて。
〝ミーミル〟という名称が書かれたその水の札の上には、店主のオススメ!! という可愛らしい、御国が常に連れているアベルのイラスト入りの手書きのポップが添えられていて。
―――――御国さんが描いたのかしら?
クスっと瑠璃が笑みを零すと、
―――――楽しそうにやってんな・・・。
真昼は若干、御国に対して呆れたように、渇いた笑いを浮かべたのだった。
それから改めて、白衣の男に目を向けると―――――
「あの、ここ・・・御国さんのお店で合ってますよね?」
「御国なら留守だよ―――――。留守じゃないときのほうが少ないンじゃない?」
真昼が投げかけた確認の言葉に対し、白衣の男はさして興味がないといった様子で返してきて。
「えっと、あなたは・・・・・・御国さんのお友達とかですか?」
その返答に眉を顰めながら、さらに瑠璃が尋ねかけると、
「俺があいつの友達?」
ひゃははと、白衣の男は自身を指さしながら笑い声を上げたのだが―――――。
その直後「きっも」と不快だという感情を前面に表しながら此方を見返してきて。
「君たちは・・・えー・・・御国の下僕かなにか?」
「違います!! 俺っ・・・知り合いの城田真昼です!」
「・・・・・・同じく、知り合いの瑪瑙瑠璃といいます」
憮然とした眼差しで白衣の男を見遣りながら名乗った真昼に続き、苦笑いを浮かべながら瑠璃も名前を告げると。
「はあ、それでその佐藤遥くんとその彼女ちゃんは・・・」
「誰!? 城田真昼!! です!! あと、瑠璃姉は俺の彼女じゃないですよ!?」
何を聞き間違えたらその内容になるのか。勢いよく真昼が突っ込みを入れると、球の中のクロも『真昼が瑠璃の彼氏とか、むきあえね―――――・・・』と半眼で呟いていて。
「ん。シロタマヒル・・・? それに・・・・・・〝瑠璃〟・・・・・・?」
すると、ふと白衣の男は何かを思い出した様子で真昼と瑠璃の名前を呟き。
ガサ! ガサガサガサッと、突然、店のカウンターの上に置かれていた紙束を勢いよく漁り始め。
暫しの後に目的のモノを見つけ出したのだろうか、一枚の紙を手に掴んだ処で。
「ようこそ俺の研究室へ!!」
ばっと此方に振り返ってきた白衣の男は、先程までの不愛想な態度から打って変わって、歓喜に満ち溢れた表情でそう告げてきたのだ。
そうして―――――
「まーまー座って。山田カケルくん!! それから瑪瑙瑠璃ちゃんもね!!」
「城田真昼です!!! 俺の名前だけ、また間違ってますよ!!」
店内の奥に在ったテーブルと椅子まで強引ともいえる流れで誘導をされて、席に着かされた処で、またもや別人の名前を口にされた真昼は訴えるも、果たして届いているのか。
「
お茶どうぞ―――――♪ と鼻歌交じりに渡されたビーカーに、フラスコから液体が注がれて。
「ちょっ・・・!?」
「あの、一体何を・・・・・・」
真昼と瑠璃は当惑した面持ちになってしまうも、
「歓迎するよぉ―――――怠惰の主人!! それに〝ミストレス〟!!」
「「!!??」」
白衣の男の口から紡ぎ出された言葉に、二人揃って呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「カンパァ―――――ィ!!! 花岡みつるくん!! それに瑪瑙瑠璃ちゃん!!」
「だから誰!! なんで俺の名前だけ、別人になってるんですか!?」
カァン! と勢いよく、白衣の男もまた自身の分の飲み物らしき液体が入ったビーカーを、真昼と瑠璃が手にしていたビーカーにぶつけてきたのだが。
またもや、〝正しい名前〟を言って貰えなかった真昼が猛抗議をすると―――――
「人の〝名前〟って覚えらンないンだよなあ―――――・・・。あまりに意味がなくって・・・・・・瑪瑙瑠璃ちゃんの場合は、〝貴重な存在〟だったから思い出したけど・・・・・・」
白衣の男はそう言いながら徐に左胸ポケットから、すっと1本のマジックを取り出し。
「え!? あの、それマジックですよね!?」
真昼に向かってそれを掲げた白衣の男に、ギョッと瑠璃が目を瞠ると、
「Mahiru Shirota・・・と」
「わあ、なにす・・・っ!?」
マジックを手に迫ってきた白衣の男に、真昼は必死に抵抗をしようとしたのだが。
その抵抗もむなしく―――――
「・・・・・・書かれた・・・・・・」
「止められなくてごめんね、真昼君・・・・・・」
鏡の前に仏頂面で立ちながら、額に書かれた文字を確認する真昼に、瑠璃は眉を下げながら声を掛ける。
「これで君の事も忘れないね―――――。ようこそ城田真昼くん! そして瑪瑙瑠璃ちゃん!」
一方、それを行った白衣の男は満足げな様子で、ひゃははと笑いながら、右手でサインペンを投げつつ、呼びかけてきて。
こちらに背を向けて立つ白衣の男を、鏡越しに瑠璃は警戒した眼差しで見据えると問いかける。
「真昼君がクロの
「学者だよ。研究者かな? 専門は・・・吸血鬼。ヨハネス・ミーミル・ファウストゥス」
「!?」
吸血鬼の研究者だと告げてきて白衣の男の口から、その後に紡ぎ出された耳慣れない言葉の羅列に、真昼が呆然とした様子で目を見開く。
と―――――
「名前だよ、名前。
ニヤリと笑みを浮かべながら振り返ってきた白衣の男―――――ヨハネスは右手にビーカーを持ったまま、左手を白衣のポケットに入れながらそう告げてきて。
「あ・・・・・・〝ミーミル〟。あれって、もしかして
そこでふと、先程目にした『聖水』と同じ名前だと気づいた瑠璃が呟くように漏らすと、
「ああ。あの吸血鬼に効く水を作ったのも俺だよ」
ヨハネスはそれを肯定してきたのだが。
「もーそンなことはどーでもいいンだからさあ!!!」
突如として店のカウンターテーブルをバンと勢いよく叩くと。
「さあ早く!! 早く!! 早く!! 君たちの吸血鬼に触らせて!! 調べさせて!! 検体をちょうだい!! 猫だよね!? 怠惰の吸血鬼は!! どこ!!! どこ!!!どこおおおお!!!?」
我慢できないと言わんばかりの態度でヨハネスは此方に勢いよく迫ってきて。
「あ、クロは・・・・・・」
「えっと・・・・・・」
真昼と瑠璃はヨハネスの激し過ぎるテンションに圧倒されながらも、やがて黒い球の状態になっているクロを目の前に差し出すと。
数秒間、ヨハネスは呆然とした面持ちで球を凝視した後―――――
「この球あああああああ!!?」
「俺と瑠璃姉は、クロを元に戻す方法を探してて・・・」
絶叫したヨハネスに対し、真昼が恐る恐ると言った様子で切り出す。
するとヨハネスはまた、
「あああああああ、こンな神秘が!!! 起きるなンて!!! この世界の無限の可能性にカンパァ―――――イ!!」
感極まった面持ちで、手にした液体が入ったビーカーをクロが入っている黒い球に、ガァンと勢いよくぶつけてきて。
「
に゛ゃ―――――っ、と耳を塞ぎながら悲鳴を上げたクロの姿に瑠璃が慌てた面持ちで訴える。
と―――――
「はぁぁ・・・この瞬間よ・・・止まれ。汝は泣くほど美しい・・・・・・」
メガネを外したヨハネスは、突如として、はら・・・と涙を流し始めていて。
は・・・? と真昼が唖然とした面持ちでヨハネスを見ていると。
「世界の神秘に感謝!! さあ! さあ!!! さあ!!! 俺に渡して!!!」
「ちょっ中にクロがいるんですよ!! 乱暴にしないでくださいよ!!?」
また、ハイテンションに戻り、球を掴み取ろうと手を伸ばしてきた、ヨハネスに対し、真昼が手の中に庇うようにしながら訴える。
けれど、興奮状態になったヨハネスの意識に、果たして真昼の訴えは届いていないようで。
「まずはその黒い球ごとぜ―――――ンぶ溶かして・・・」
『ひにゃああ・・・』
物騒極まりないヨハネスの発言に、クロが怯えた様子で悲鳴を上げる。
「溶かすなんて、そんなことして!! もしもクロが元に戻れなくなったりしたらどうするんですか!?」
その言葉に目を見開いた瑠璃は反対だと主張する。
「さあ!! 俺の実験室へ!!」
けれどその刹那―――――ヨハネスはそう叫ぶと同時に真昼の頭部を左手でガッと掴んで、鏡に向かってブンと投げ飛ばしたのだ。
「―――――真昼君っ!?」
瑠璃は驚愕の叫び声を上げてしまう。
しかし、真昼がぶつかるのを避けようと咄嗟に伸ばした右手が鏡に触れた瞬間、ぐるんっ、と鏡は回転して、そのまま鏡の向こう側に姿を消してしまったのだ。
「え!? 鏡が回転した・・・・・・!?
目の前で起こったその光景に呆然となった瑠璃がヨハネスに振り返ると、
「そう、あっちにあるのはオレの実験室だよ。瑪瑙瑠璃ちゃんにも、勿論付き合って貰うからね?」
ニヤァと笑みを浮かべたヨハネスにドンと瑠璃も背中を勢いよく押されて。
「―――――っ!?」
「うわぁ!? 瑠璃姉っ!?」
瑠璃の身体が当たるのと同時に鏡はまた回転して、その向こう側に座り込んでいた真昼の上に覆いかぶさるように倒れこんでしまうこととなったのだ。
そして―――――
「ご、ごめんね・・・・・・真昼君」
瑠璃が真昼の上から起き上がると、
「
ギィ・・・と音を響かせながら、今度はゆっくりと開かれた扉の向こう側から、ヨハネスも此方側にやって来たのだが。
「この瞬間よ止まれ、汝は泣くほど美しい・・・」
奇癖の持ち主という言葉がピッタリ当てはまりそうな雰囲気を醸し出すヨハネスに、果たして自分たちは何をされる事になるのだろうか。
ひいいと真昼が引き攣った面持ちになった時、床に転がった黒い球の中に居るクロもまた、怯えた表情を浮かべていたのだった。
「身長165.2cm・・・と」
ヨハネスの実験室に置いて、真昼は下着一枚の姿で身体測定を受けていた。
瑠璃は幸い衣服を脱ぐことまでは強要されず。その代りに、ヨハネスから様々な質疑応答を受ける事となり、最後に毛髪を1本と血液採取をされた後―――――今度は真昼の身体測定が始まったのだが。
計った身長を記録しながら、小さいねぇ―――――とヨハネスが呟いた言葉に、
「あの!! こんなことしてどうするんですか!?」
腑に落ちないという表情を浮かべていた真昼は、ムッとしつつ訊いてみたものの。
「うるさい、髪もらうよ―――――」
そんなふうに一蹴されるのと同時に頭部からプチッと髪を1本引っこ抜かれてしまい。
いてっ!? と苦痛の声を漏らした後、もうこの格好でいる必要は無いだろうと、真昼は衣服を着直しながら、食い下がることなく「俺の記録なんて意味あるんですか!?」とヨハネスに問いかけた。
しかし、机に向かい記録を纏めているヨハネスから、訴えに対する返答はなく「既往症ある? 持病は?」と逆に聞き返されて。
無視かよと呆れた面持ちになりながら「いや、ない・・・ですけど」と真昼は答えたのだが。
調べて欲しいのは自分の事ではなく―――――クロに関する事。
「あの、
真昼が身体測定を受けていた間、その姿を直視する訳にもいかず、ずらりと蔵書が納められた本棚のほうに視線を向けていた瑠璃がヨハネスに向かって尋ねかけた。
すると―――――
「御国は本が好きなンだよ」
そんな回答がヨハネスから返ってきて。
御国の所蔵している本なのだとしたら、吸血鬼に関する事が書かれたモノもあるのだろうか。
真昼もまた本棚に近づくと、何気なく一冊の本を棚から抜き出してみる。
―――――ゴトンッ
その瞬間、響き渡った大きな音にハッと瑠璃と真昼は後ろを振り返る。
と―――――
長机の上に置いていたはずの黒い球が地面に在り。
「・・・・・・クロ?」
「落ちた・・・のか?」
瑠璃と真昼は目を瞬かせると、眉を顰めながら球を見つめる。
しかし、クロからの返答が聴こえてくることはなく、ころころころ・・・と球は地面を転がっていく。
その時、ヨハネスもまたその様を注視するように見ていたのだが―――――
「・・・傾いてるわけじゃないよなぁ・・・?」
やがて、椅子に座ったまま床に向かって手を伸ばすと、注意深く確認をしながらそんな呟きを漏らしていて。
「・・・・・・あの、
そこで真昼が思い切って、当初の目的を果たすべく、ヨハネスにそう切り出したのだが。
「ああ? 最近の子は人かウェブで訊けばなンでも教えてもらえると思ってやがる」
その途端、ヨハネスは睥睨の視線を真昼に向けてきて。
それに対し「え」と真昼は戸惑いの声を漏らしてしまうも、しかしヨハネスの口から出たその言葉は正論と云えなくも無いモノで。思わず、すみません・・・・と詫びの言葉を口にすると。
「全部読ンで見たら~~~? と言いたいとこだけど。俺もそンなに過去の記録に興味はないから教えてあげよう」
そんな真昼の反応に満足したのか、ヨハネスはしたり顔になったのだが。
「ないね。俺の知る限りでは」
しかし、その後に聞かされた答えは素っ気ないもので。
床に転がってしまった黒い球を瑠璃は拾い上げると、ヨハネスに視線を向けながら尋ねかける。
「・・・
「・・・小舟に乗っているンだよ」
するとフラスコを左手に持ちながら、中身を確認していたヨハネスはニヤリと笑みを浮かべながら此方に振り返ってきたものの。またもや不可解な発言をしたヨハネスに「え?」と真昼と瑠璃は揃って当惑の面持ちになってしまう。
「流れる川を逆走している。下流からより高い上流へ。現状維持を望むなら全力で前へと進まなければいけない。留まろうとすれば後退する」
けれど、続けて紡ぎ出されたこの言葉により―――――真昼と瑠璃の意識の内には気付けば、川を流れるボートの上でヨハネスと向かい合っている
「人はひとところに留まることなどできない。なにかを求め続けなければいけない! そう! 〝はじめに行いありき〟!! なにかを為さねばなにも成されない!!〝満足〟は〝停滞〟だ。〝停滞〟は〝死〟だ!!」
オールを握りしめた手を動かすのを止めようとすると、ヨハネスの言葉通り、あっという間に下流に向かって流されそうになってしまう光景に変わってしまう。
「俺は知りたい! 見たい!! 感じたい!! 経験したい!! 理解したい!! この化け物はすごい!! でも俺たちはまだ
一方、ヨハネスは瞳に涙を浮かべながら熱弁を振るい続けていて。
「この化け物の力はすごかった・・・戦争に出ればそれがどンな大国相手でも勝利をもたらしたって話だ。最高の兵器!!!
―――――・・・・・・過去において吸血鬼が『戦争』の『兵器』として用いられていた。
―――――・・・・・・だからといって今回も同じことをする事が正しいのか。
―――――・・・・・・吸血鬼だって、人と同じ。自分の〝意思〟を持っているというのに。
ヨハネスの口から出た吸血鬼に対する相称―――――『化け物』『兵器』―――――という言葉に真昼と瑠璃は眉を顰める。
―――――〝俺〟は・・・・・・
―――――〝私〟は・・・・・・
「俺は力が欲しいからクロを戻したいんじゃない。ちゃんとクロと向き合える自分になりたいんだ」
「私も力とか関係なく、クロの〝ミストレス〟として一緒にいたいと思ったから。何があったとしても傍を離れないで、立ち向かう側で在り続けたいだけよ」
そして自分がどう在りたいのか―――――真昼と瑠璃はその〝想い〟を口にする。
するとヨハネスは「はあ。そーゆーのあンまり興味ないなぁ・・・」と白けた面持ちで応じてきて。
「いや、しかしそういう感傷的な才能が俺には足りないか。かの天才も罪になるほどに干渉的だったわけだし」
此方に背を向けてぶつぶつと独り言を漏らしながら、先程手にしていたフラスコの中に入っていた液体を2つのビーカーの中に注ぎ入れると。
「ま、オチャでも」
「あ、どうも・・・」
「えと、ありがとう御座います・・・・・・」
唐突に労うかのように、ヨハネスが用意した飲み物に対し、真昼と瑠璃は戸惑いの表情を浮かべてしまう。
しかし、無視するのも気が引けた為、ひとまず二人で並んで飲み物が置かれた長机の前に腰掛けると、
「俺、こう見えて甘党でね。この家、甘味料だけでもやたら種類があっていいンだよね」
ヨハネスはボチャボチャと、自分の分には角砂糖らしきモノを投入していて。
君たちも入れる? と尋ねられたものの、それは遠慮したところで。
―――――ここでも手がかりなしか。
―――――あとはどこに行ったら・・・・・・。
手詰まり状態に陥ってしまったことに、真昼と瑠璃は苦渋を抱きながら手に持ったビーカーをゆっくりと口元に近づけていく。
その刹那―――――
「さあ。君たちの信念を君たちのもっと深いところに訊いてみようね?」
いつの間にか傍らに立っていたヨハネスが、真昼と瑠璃の顔を横から覗き込む様にしながらニヤリと笑みを浮かべつつそう告げてきて。
「「!!?」」
狼狽した面持ちになりながらも、ごくんっと真昼と瑠璃は反射的に口に含みかけていた液体を飲み込んでしまう。
そしてごほっと咽ながら二人は椅子から立ち上がろうとしたのだが、
「な・・・・・・!?」
「
激しい眩暈のような感覚に襲われて、そのまま床にどたぁんっと昏倒してしまう。
しかし、ヨハネスは真昼と瑠璃を助け起こすことをせず。
「俺の記憶の限りではこれだけの書物のなかにもその真祖の状態について記述はない。・・・だからと言って諦めるつもりもない」
ニヤッと口端を吊り上げながら話し続ける。
「その球を壊す方法は不明だがサーヴァンプの〝異常〟の際には必ずと言っていいほど現れる状態がある。
「・・・・・・!」
朦朧とした意識の中で聴こえたヨハネスの言葉に、愕然としながら真昼は思い出す。
それは御園がリリイの〝内部〟に取り込まれた時の出来事で。
あの時、瑠璃は『鍵』の力を使って御園を助ける為に、その後を追いかけて行った。
いまはクロとの『誓約』がどうなっているのか、ハッキリしない状態である事から、力を行使することは出来ないが―――――。
「・・・・・・クロ・・・・・・」
目を閉じた瑠璃が譫言のようにクロの名前を呟く。
ヨハネスはチラリと瑠璃の様子を確認するように一瞥すると、浮足立った態度で告げてくる。
「そして
それから高揚を抑えきれないと言わんばかりに、ヨハネスは左手に自分の飲み物が入ったビーカーを握りしめたまま、右手で額を抑える仕草をすると―――――
「グッドラック、城田真昼くん! 瑪瑙瑠璃ちゃん! 旅立つ君たちに詩をひとつ!!」
《キャット・アンド・ユニコーン》
―――――The Cat and the Unicorn―――――
《王冠かけずに戦った》
―――――Were fighting without the crown―――――
《キャットはユニコーンをやっつけて》
―――――The cat beat the unicorn,―――――
《街中あちこち追いかけ回す》
―――――all about the town.―――――
《そして花すらあげないで》
―――――Some gave them no flower,―――――
《どちらも街から追い出した》
―――――And sent them out of town.―――――
静かに、ゆっくりと、クロの〝内部〟に真昼と瑠璃の意識は墜ちていく。
・・・ちりんちりんちりん・・・
その時、昏い深淵の向こう側からは微かに鈴の音色が聴こえてきていた。
【本館/20・7/31/別館/20・8/1掲載】
