第十五章『向き合うことの覚悟』
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向き合うことの覚悟
薄暗い何もない空間―――――そこで何をするでもなく、独りでクロは寝転がっていた。
『・・・クロ?』
そこにひょこっと顔を覗かせたのは猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみ。
『まーたこんな暗いとこで怠けてる。まさしく怠惰!』
それは〝怠惰〟の真祖であるクロの一部―――――瑠璃からは『力』くんと呼ばれている存在で。
『でもそのほうが世界は平和でいいかもね。ねぇ、〝クロ〟』
てってってっと軽い足取りで近づいてきた『力』はふと抑揚のない口調でそう漏らすと、ぽすっとクロに寄りかかるようにしながら座り込み。
『ここなら誰も起こしに来ないし。―――――でも瑠璃だけはあのまま連れてきちゃえば良かったのに。そうすれば、もうキミ以外と繋がることはなく、ずっと二人だけでいられたのに』
「・・・・・・うるせーなあ・・・」
皮肉めいた『力』の言葉にクロは顔を顰めると、無視を決め込む様に、首から下げていた〝鈴〟を指先で転がす。
―――――ちりんちりんちりん―――――
闇だけが支配する空間に溶け込むかのように澄んだ鈴の音色が響き渡る。
―――――〝クロ〟―――――
その刹那、浮かんだのは光の中でふわりと微笑みを浮かべた瑠璃の姿で。
―――――こんな場所に瑠璃を閉じ込めるなんてできる訳ねーだろ・・・・・・。
グッとクロは眉を寄せるとその笑顔だけを心の奥底に沈める様に固く瞼を閉ざしたのだ。
「中をよく見てくれって! ほらっ、中で小さいクロがごろごろしてるだろ!?」
再び、クロの〝声〟が聞こえるようになり、〝姿〟も球の中に見えるようになったあの後。
作戦会議の為に別室に移った御園と鉄を真昼は呼び戻し、球の状態を確認して貰ったのだが―――――。
「・・・・・・なにも・・・みえないが・・・」
むう・・・? と眉を顰めながら御園は球を見つめるも、クロの姿を見ることは出来ず。
「なにも聞こえねーな」
真剣な面持ちで球を見つめながら、つんつんと右手の人差し指で球を揺らし、反応を確認した鉄も同様のようで。
けれど―――――
『おいやめろ温泉男・・・オレは今、繊細な球なんだぞ・・・丁重に扱え・・・』
「ほら、今喋ってんじゃん!!」
「鉄君、クロが揺らすなって」
クロの存在を真昼と瑠璃は、間違いなく〝認識〟している。
「僕らにはただの黒い球にしか見えないが・・・。貴様と瑠璃には聞こえるんだな?」
そのことを懸命な面持ちで真昼が主張し、瑠璃もまたクロの言い分を口にした事により、御園と鉄にも一先ずはその事実を認めて貰える事となり。
―――――クロが黒い球になってしまってその原因はクロ自身にもわからない。
―――――その上、クロの声も俺と瑠璃姉以外には聞こえない・・・。
―――――・・・いや、〝俺〟と〝瑠璃姉〟には見える 。。
―――――〝俺〟と〝瑠璃姉〟には聞こえる んだ。
―――――俺と瑠璃姉でクロをもとに戻す!
いま為すべきことを決断した真昼とともに、瑠璃は部屋を後にして庭にやって来たのだが、そこに鉄も参加する意を示してきたのだ。
「鉄君・・・・・・いいの? 御園君達と作戦を立てるんじゃ・・・・・・」
「どうせオレ頭使えねーし。作戦決まるまで真昼のアニキと瑠璃を手伝うぜ」
眉を下げながら瑠璃が尋ねかけると、工具箱と鋸を携えてきた鉄はきっぱりとした口調でそう告げてきて。
よし、とやる気に満ちた面持ちで、鉄は右手で左肩に力を込める仕草をすると、
「とりあえず・・・黒い球を壊せれば〝怠惰〟のダンナが出られるかもしれねーんだな?」
左手に握りしめた鋸を掲げながら縁側に置いた球に近づいていく。
しかし、鍛え抜かれたその腕の力強さを目にしてきた側からすれば一抹の不安を覚えてしまうのも確かで。
「え、えぇ。でも・・・・・・」
「鉄!! クロが傷つかないように慎重にな!?」
心配そうな面持ちになった瑠璃に続き、真昼も動揺した様子で、反射的に鉄の右腕を掴みながら、言い聞かせるように言葉を紡ぎ出すと。
「任せとけ」と鉄が力強く頷き。
「クロ! 痛かったら言えよ!!」
真昼が球の中のクロにそう忠告をした。
その刹那―――――
『ぎにゃああああ』
「クロッ!?」
ギラっと鋭い刃を目にしただけで、クロは悲鳴を上げていて、その様に瑠璃はあわあわとした面持ちになってしまい。
「まだなにもしてねーだろ!?」
真昼は眉を顰めながら突っ込みを入れたのだが。
「あっ・・・・・・鉄・・・ちょっと待って」
そこで、はっと目を瞬かせると、
「・・・違う・・・クロを戻すにはこのやり方じゃ・・・。そうだ・・・考えないと・・・。鉄の力で闇雲にやってもしょうがない」
『真昼・・・』
握りしめた右手を顎の辺りに添えながら、真昼が思慮を巡らせ始めたのを目にしたクロは、ほ・・・と安堵の息を吐き出していた。
しかしその後に―――――
「此処はシンプルに考えて・・・俺と瑠璃姉だろ!! 俺と瑠璃姉の手で・・・っ」
と真昼が出した結論にそういう問題じゃ、とクロは顔を青ざめさせてしまう。
一方、瑠璃は固唾を呑んで真昼の顔を見つめていたのだが―――――
「・・・・・・そうね、真昼君の言うことも一理あるかもしれないわね」
左腕に在る、漆黒に変わってしまった〝誓約の証〟を、目を伏せながら右手でギュッと握りしめると「―――――真昼君、私も一緒にやるわ」と意を決した面持ちで頷いたのだ。
そうして真昼と瑠璃は二人で力を合わせて、ギコギコギコギ―――――と全力で鋸を振るい。
に゛ゃ――――――――――~というクロの叫び声が響き渡った中、傍らにいた鉄からトンカチにドライバーなど。順に工具を受け取って試したのだが、その結果は全て惨敗で。
「うん・・・なんか・・・違ったかな・・・」
「そうね・・・・・・ごめんなさい、クロ・・・・・・」
痛くはね―――――けど音が・・・と球の中でぐったりと蹲ってしまったクロに真昼と瑠璃は眉を下げながら詫びると。
「真昼のアニキと瑠璃でも壊せねぇなんて・・・」
鉄が何か思うところがあるかのような台詞を口にしたのだが―――――。
「おい鉄。お前、結構適当に言ってねぇ?」
そんな鉄に対して真昼は思わず半眼で突っ込みを入れてしまう。
何故なら鉄は『頭脳派』ではなく『体力派』の人間だからだ。
瑠璃は苦笑を浮かべながら縁側に腰を下ろすと黒い球を膝の上に置く。
と―――――
温泉宿の主人である鉄の父親が通路の向こう側から顔を覗かせて、
「鉄。お前達にお客さんだよ」
「あっ、来た!?」
外国の方、と付け足された言葉にすぐさま反応をしたのは真昼だった。
御園との話を終えた後、真昼が再度クランツに連絡を取って、拠点を構えているこの白ノ湯温泉に来て欲しいと頼んだのだ。
そして瑠璃は鉄の父親に対して「知らせて下さって有難うございます」と礼を述べると、真昼とともにクランツの元に向かい。
拠点として構えている部屋にまた全員で集まった処で、クランツとそれからともに来ていたギルデンスターンに、リヒトとロウレスが今現在どういう状況になっているのかを話すと―――――。
「リヒトがさらわれた・・・?」
クランツは生気の抜けたような状態になってしまい。
「そうか・・・敵の吸血鬼に・・・」
そのまま、ふらっと後ろに倒れそうになったクランツの身体を、ギルデンスターンが後ろに回ると支えていて。
「すっ・・・すみません!! 俺・・・助けに行ったのになにもできなくて。リヒトさんは俺のこと庇ってくれて・・・っ」
そこでクランツに向かって、謝罪の言葉とともに頭を下げたのが真昼だった。
けれどあの時、あの場所に居たのは真昼だけではないのだ。
瑠璃もまた深々と頭を下げると言葉を紡ぎ出す。
「真昼君だけが悪い訳じゃないんです!! 私も真昼君の後を追いかけて、あの場に行ったのに。結局私もリヒト君だけに戦わせてしまって・・・・・・連れて行かれるのを止めることが出来なくて・・・・・・」
クランツがリヒトに向けていたあの情熱を思えば、どれだけ罵詈雑言を浴びせられたとしても仕方がない。そんな覚悟を瑠璃は心の中でしたのだが―――――。
「いや。リヒトが君たちを庇ったというなら、せめて君たちが無事でよかったよ・・・」
しかし、向けられたのは、憎悪ではなく、燐敏に満ちた言葉で。
真昼と瑠璃が呆然とした面持ちで顔を上げると、
「しかし・・・ロウレスの奴あっさり攫われたな。調子に乗ってるからこういうことになるんだ・・・」
ロウレスもかなり強いはずなんだが・・・と、クランツはロウレスに対してだけは呆れたように眉を顰めていて。
「椿ってのは相当強い吸血鬼なんだな。まぁでも・・・いっそのこと! あの厄介な二人を大人しくさせる方法を椿とやらに聞きたいくらいだね!」
その後に、ポジティブに行こう! はっはっはっ、いっそね! ああ、何もかもなつかしい! と笑い始めたのだが。
しかし、その様子はどう見てもクランツが精神的に相当参っているというのは明らかで。
「クランツさん、落ち着いて!」
「リ・・・リヒト君達は私達が絶対、助けますから・・・!」
そんなクランツの姿に、真昼と瑠璃は申し訳ないという想いを抱きつつも、強い口調でそう明言すると。
そこで腕組みをしながら静観をしていた御園から改めてクランツたちも加えて『強欲組』を奪還する為の作戦会議を始めようと提議されたのだ。
卓袱台の上にロウレスとリヒトの姿が映し出されたスマホが二台―――――それはクランツとギルデンスターンから、御園と鉄が二人の顔を認識する為に提供されたモノだった。
「今回は二人の救出が最優先だ。できるだけ戦闘は避けて・・・今日の深夜24時までに必ず奪還する!」
作戦参謀である御園の右側に真昼とクランツ。左側に瑠璃と鉄。そして斜め後ろにギルデンスターン。蝶と蝙蝠はそれぞれの主人の頭の上に乗った状態で、卓袱台を囲んで作戦会議が展開される事となり。着ぐるみ姿ではあるものの、下位吸血鬼 であるギルデンスターンが要戦力になるという証言をクランツから得た処で。
「まずは人質 を椿から隠す必要があるな。向こうが素直に人質交換に応じるとは考えにくい」
御園が口にした言葉に、部屋の隅で萎縮した様子で膝を抱えて座っていたライラを瑠璃はチラリと一瞥すると、
「ねぇ御園君。ロウレス君とリヒト君さえ無事に戻れば・・・ライラは自由にしてあげられるのよね?」
瑠璃が口にした言葉に、ライラは目を見開きながら此方を見つめてくる。
「人質 を渡さずに救出できるならそれがベストだな。人質は今後別の交渉に使えるかもしれないし」
けれど、御園はライラのことを警戒しつつも、まだ手元に留めておくつもりらしい。
「いやっ・・・それでも返そうよ。俺達は二人が戻ればいいんだから。御園だって交換って言って・・・」
それに勢いよく反論したのが真昼だった。そして瑠璃もまた「私も真昼君と同じ意見よ、だからお願い御園君」と言い募ると。
「あ―――――わかった、わかった。言い出したらきかないからな貴様らは」
御園は根負けした様子でそう言ったのだ。
「あ・・・ま・・・ひる、お嬢・・・・・・ありがとう」
すると呆然とした面持ちになったライラが微かに声を震わせながら礼を告げてきて。
「大丈夫よ、ライラ。貴方の事はちゃんと椿の処に帰すから」
顔をそちらに向けた瑠璃が安心させるようにライラに微笑みかけると、
「ライラ、言っただろ? 俺は椿と戦争がしたいわけじゃないって。穏便に済むならそのほうがいいよ」
ライラのほうに振り返った真昼も眉を下げつつ笑いながらそう返す。
と―――――
『そーだな。オレも平和主義吸血鬼だし』
瑠璃の傍に置かれていた黒い球の中に居るクロは人型から黒猫に姿を変えていて。
ごろにゃんと丸まりながら『癒し系猫時代は本当によかった・・・』と漏らした。
クロったら、とフフッと瑠璃が笑みを零すと、
「お前、それ前も言ってたけどただ面倒なだけだろ」
耳朶に届いたその声に対して真昼は眉を顰めながら、猫時代って何だよと突っ込みを入れた処で。
「そういえばクランツさんは・・・普通の人間ですよね? 吸血鬼と戦う手段とかあるんですか・・・?」
「ああ! 吸血鬼退治といえば・・・『聖水』だろ? ってわけでこれだ!」
ふと、気になった事柄を真昼は口にすると、輝くような笑顔でクランツが取り出して見せたのは、ごく普通のタンクが付属したタイプの水鉄砲で。
一体それで、吸血鬼とどうやり合うつもりなのだろうか?
―――――と真昼は困惑の表情になったのだが。
「ちょっと手を貸してみて」
いつの間にか人型に戻って卓袱台の上に腰掛けていたヒューの左手をクランツは取ると、
「む。なんじゃ?」
ヒューは怪訝そうに目を瞬かせたのだが、大丈夫。なんともないからね、とクランツは笑みを浮かべると。
「この中に入ってるのはただの水じゃない。こんなふうに人にかけても無害なんだけど、吸血鬼には・・・」
「え!? クランツさん!! それはまずいですよ!?」
その説明から、クランツの言わんとしている事に気付いた瑠璃が、止めようとした時にはすでに間に合わず。ぱしゃっとヒューの掌には、水鉄砲からは雫が噴射されていて。
ばた―――――んと、そこでヒューは白目をむいて泡を吹きながら倒れてしまったのだ。
「ヒュ―――――!!?」
その様を目にして、真昼が仰天の叫び声を上げると、
「あれっ!? 君、吸血鬼だったのか!」
クランツは心底驚愕した様子で昏倒してしまったヒューを見ていて。
「どう見ても吸血鬼みたいな恰好してるでしょうが!!」
真昼が突っ込みを入れた中、瑠璃は鉄と一緒にヒューの状態を確認する。
「良かった、気絶してるだけみたいね・・・・・・」
「この水で多少なら吸血鬼の動きを止められるんだ。まあ真祖には本当にちょっとしか効かないけど・・・・・・」
ほっと安堵の息を瑠璃が吐き出し、クランツの口からその効果に関しての説明を受けた処で―――――その数秒後に「ぷはあっ」とヒューは意識をきちんと取り戻し。
「なんじゃなんじゃ!! 無礼な奴じゃな!!」
鉄に抱えられた状態で、喚いたヒューに対し、
「いやあ、すまない。ロウレスがあまりにも言うことをきかないときに使ってたんだ」
クランツは謝罪をした上で、水の使い処を告げてくる。
ロウレスの主人であるリヒトはピアニストである事から滞在先では必然的にホテルを取ることになる。そこでロウレスが『嫌っス!! オレ、ホテルは絶対最上階!! 嫌っス、嫌っス、嫌っス!!!』と喚いた時に、すかさずクランツは水鉄砲でロウレスを黙らせていたらしい。
「そ、そうなんですか。水鉄砲で・・・・・・」
「・・・・・・なんか情けないな吸血鬼」
瑠璃と真昼は揃って何とも言えない表情を浮かべてしまう。
けれど、いまの出来事を目にして、ふと真昼は何かを思い付いたようで。
「クランツさん・・・それちょっとだけもらえませんか?」
「え? いいけど」
クランツは不思議そうな面持ちになったものの、真昼に小さな小瓶を1本譲ってくれたのだが。
「真昼君? もしかして・・・・・・」
その瓶を持って此方側に近づいてきた真昼を瑠璃は目を瞠りながら見返す。
『ちょ・・・ま・・・待て真昼。落ち着け・・・・・・吸血鬼は聖水とは向き合えね・・・・・・っ』
一方、黒い球の中で人型に戻ってまた寝転がっていたクロの顔は蒼白なものになっていて、しどろもどろになりながら訴えてきたのだが。
「うん、瑠璃姉。もしかしたらこれで・・・この球も壊せるかも・・・・・・」
クロの言葉には耳を貸すことなく、そう言った真昼はテーブルの中央に黒い球を移動させると、ばしゃ―――――んと勢いよく瓶の中身をかけたのだ。
に゛ゃ―――――とクロが悲鳴を上げる。
しかし、球はヒビすら入ることなく、そのままクロは気絶をしてしまっていて。
「・・・・・・これもだめか・・・」
残念そうな面持ちで真昼が呟く。
瑠璃は眉を下げながら苦笑いを浮かべると、
「こんな道具もあるんですね。何処かで販売とかされてるんですか?」
空になった小瓶を手に取りながらクランツに尋ねかける。
「ある骨董屋と知り合って買ったんだ」
クランツの返答に、真昼が「ん?」と眉を顰める。
「骨董屋ってどんな・・・」
「ああ・・・日本人 だよ。ちょっと変わった人だったな・・・。二十歳前後で・・・黒い蛇を連れて女の子の人形 を大事に持ってて・・・」
そうしてクランツから購買先を聞いた結果、即座に思い浮かんでしまったのが、
―――――御国さん!?
と、真昼と瑠璃は思わず顔を見合わせてしまう。
そしてクランツが購入時にもらったという名刺に書かれていたHPアドレス。
それを借りてきたノートパソコンで確認した結果―――――画面上に映し出された女の子の人形の写真。
店主アベルちゃんのブログ―――――というタイトルから間違いないという確信を得る事となり。
「あのバカ・・・一体何をやってるんだ・・・」
呆れた面持ちになった御園が眉を顰めながら、ブログの内容を確認する中。
真昼と瑠璃は視線を交わし合うと、
「なあ、御園。俺と瑠璃姉で・・・御国さんの店に行ってみるよ! もしかしたら御国さんならクロをもとに戻す方法を知ってるかも!」
バサと上着を羽織ると、斜め掛けのショルダーバックのメッシュポケットに、黒い球を入れた上で立ち上がった真昼とともに瑠璃も腰を上げると、
「私達は今、一緒に戦えないけど御国さんに協力を頼めるかもしれないから」
此方に振り返ってきた御園は暫しの間、眉根を寄せながら逡巡する様子をみせたのだが―――――
「そうだな・・・ここで別れよう。あまり時間もない」
やがて卓袱台に手を置きながら、ガタと音を立てて立ち上がると、二手に分かれることを承諾したのだ。
そして御園と鉄と別れる前に―――――
「御園、鉄。・・・無茶すんなよ」
「そうね、くれぐれも気を付けて」
二人に向かって真昼と瑠璃はそう声を掛けたのだが。
「貴様らにだけは言われたくないな!」
御園からは、はん! と軽く往なされてしまい。
「大丈夫だって。オレ無茶くらいしかできることねーしな。それより、瑠璃こそあんま危ないことし過ぎねーようにな」
鉄からは「おう」という力強い返答と合わせて、珍しくそんな注意を促される事となり。さらに人型に戻ったヒューとリリイも不敵な笑みを浮かべていた。
そこで真昼と瑠璃も自信に満ちた笑顔で応えると、部屋から廊下に出て出発することにしたのだが。
「真昼くん、瑠璃さん。これをひとつ持って行って」
その時、クランツに呼び止められて差し出されたのが、先程見せられた吸血鬼に有効な水が入った小瓶で。
「頂いてもいいんですか?」
目を瞬かせた瑠璃が尋ねかけると、
「ああ。もし吸血鬼に襲われても時間稼ぎくらいはできるはずだよ」
「ありがとうございますっ」
クランツの心遣いに、真昼が礼を述べた上で小瓶を受け取り。
「あの・・・クランツさん。リヒトさんのこと・・・本当にすみません。リヒトさんは・・・ピアノの才能もあるし。吸血鬼 の主人 としても戦う才能がきっとあった・・・。なのに俺なんか庇って。俺っ・・・たぶん全然才能ないのに」
真昼は改めてリヒトの事を心から謝罪した上で、自らをへりくだるような台詞を口にしたのだが―――――。
しかし、真昼に向けられたクランツの眼差しは、変わらず穏やかなままで。
「〝才能〟なんて言葉。リヒトはきっと嫌いだろうな」
ははっと笑いながらそう言ったのだ。
「え?」と驚いた声を漏らした真昼とともに、瑠璃も目を瞠りながらクランツを見遣る。
と―――――
「リヒトの話をひとつしてもいいかい?」
そう前置きをしたクランツの口から語られたのは、リヒトの子供の頃の話で。
―――――彼はウィーンの田舎で育った。
―――――木登りが好きな普通の子供。
―――――ピアノは誰に強制されるでもなく自然と自分で始めた。
―――――毎日毎日ピアノの前で彼は大勢の観客が涙する様子を想像していた。
―――――彼が7歳のときのあるコンクール。
―――――世界中を演奏会で飛び回る多忙な両親が初めて揃って聴きに来られたコンクールだった。
―――――彼はとても喜んだが同時に極度の緊張で彼の髪は真っ白になった。
―――――あの理想の実現を!
―――――両親の目の前で!
―――――髪だけじゃない。頭の中も真っ白だ。
―――――けれど努力は彼を裏切らなかった。
―――――『天使が降りた』と誰かが言った。
「リヒトの髪、一部だけ真っ白だろう? あの部分だけ白いまま戻らないって話さ」
感慨深げな面持ちで話に聞き入っていた真昼と瑠璃に、クランツは告げてくる。
「なにかを成し遂げるのは才能じゃない。想像力 と努力だよ」
―――――人が想像できることは実現できることであり、〝想像力〟は『武器』になるのだとリヒトも言っていた。
「有難うございます、クランツさん」
―――――それを心に刻むことが出来れば、この先に待ち受ける〝難関〟も、きっと真昼と自分は乗り越えることが出来る。
微笑を浮かべた瑠璃がクランツに丁寧に頭を下げると、
「うん! だからこれからの君たち次第で最高のピアニストになれる!」
右手の親指をグッと立てながらクランツは気持ちのいい笑顔で応じてきたのだが。
「いや。俺も瑠璃姉もピアニストにはなりませんけど」
クランツの勘違いに対し、真昼が戸惑いの表情を浮かべながら言い返すと。
「え!? 君たちピアニスト志望じゃなかったのか!?」
「クランツさん、ずっと俺と瑠璃姉のことそう思ってたんですか!?」
驚愕の面持ちになったクランツに対し、今度は真昼も勢いよく突っ込みを入れてしまったのは言うまでもない。
【本館/別館/20・7/3掲載】
薄暗い何もない空間―――――そこで何をするでもなく、独りでクロは寝転がっていた。
『・・・クロ?』
そこにひょこっと顔を覗かせたのは猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみ。
『まーたこんな暗いとこで怠けてる。まさしく怠惰!』
それは〝怠惰〟の真祖であるクロの一部―――――瑠璃からは『力』くんと呼ばれている存在で。
『でもそのほうが世界は平和でいいかもね。ねぇ、〝クロ〟』
てってってっと軽い足取りで近づいてきた『力』はふと抑揚のない口調でそう漏らすと、ぽすっとクロに寄りかかるようにしながら座り込み。
『ここなら誰も起こしに来ないし。―――――でも瑠璃だけはあのまま連れてきちゃえば良かったのに。そうすれば、もうキミ以外と繋がることはなく、ずっと二人だけでいられたのに』
「・・・・・・うるせーなあ・・・」
皮肉めいた『力』の言葉にクロは顔を顰めると、無視を決め込む様に、首から下げていた〝鈴〟を指先で転がす。
―――――ちりんちりんちりん―――――
闇だけが支配する空間に溶け込むかのように澄んだ鈴の音色が響き渡る。
―――――〝クロ〟―――――
その刹那、浮かんだのは光の中でふわりと微笑みを浮かべた瑠璃の姿で。
―――――こんな場所に瑠璃を閉じ込めるなんてできる訳ねーだろ・・・・・・。
グッとクロは眉を寄せるとその笑顔だけを心の奥底に沈める様に固く瞼を閉ざしたのだ。
「中をよく見てくれって! ほらっ、中で小さいクロがごろごろしてるだろ!?」
再び、クロの〝声〟が聞こえるようになり、〝姿〟も球の中に見えるようになったあの後。
作戦会議の為に別室に移った御園と鉄を真昼は呼び戻し、球の状態を確認して貰ったのだが―――――。
「・・・・・・なにも・・・みえないが・・・」
むう・・・? と眉を顰めながら御園は球を見つめるも、クロの姿を見ることは出来ず。
「なにも聞こえねーな」
真剣な面持ちで球を見つめながら、つんつんと右手の人差し指で球を揺らし、反応を確認した鉄も同様のようで。
けれど―――――
『おいやめろ温泉男・・・オレは今、繊細な球なんだぞ・・・丁重に扱え・・・』
「ほら、今喋ってんじゃん!!」
「鉄君、クロが揺らすなって」
クロの存在を真昼と瑠璃は、間違いなく〝認識〟している。
「僕らにはただの黒い球にしか見えないが・・・。貴様と瑠璃には聞こえるんだな?」
そのことを懸命な面持ちで真昼が主張し、瑠璃もまたクロの言い分を口にした事により、御園と鉄にも一先ずはその事実を認めて貰える事となり。
―――――クロが黒い球になってしまってその原因はクロ自身にもわからない。
―――――その上、クロの声も俺と瑠璃姉以外には聞こえない・・・。
―――――・・・いや、〝俺〟と〝瑠璃姉〟には
―――――〝俺〟と〝瑠璃姉〟には
―――――俺と瑠璃姉でクロをもとに戻す!
いま為すべきことを決断した真昼とともに、瑠璃は部屋を後にして庭にやって来たのだが、そこに鉄も参加する意を示してきたのだ。
「鉄君・・・・・・いいの? 御園君達と作戦を立てるんじゃ・・・・・・」
「どうせオレ頭使えねーし。作戦決まるまで真昼のアニキと瑠璃を手伝うぜ」
眉を下げながら瑠璃が尋ねかけると、工具箱と鋸を携えてきた鉄はきっぱりとした口調でそう告げてきて。
よし、とやる気に満ちた面持ちで、鉄は右手で左肩に力を込める仕草をすると、
「とりあえず・・・黒い球を壊せれば〝怠惰〟のダンナが出られるかもしれねーんだな?」
左手に握りしめた鋸を掲げながら縁側に置いた球に近づいていく。
しかし、鍛え抜かれたその腕の力強さを目にしてきた側からすれば一抹の不安を覚えてしまうのも確かで。
「え、えぇ。でも・・・・・・」
「鉄!! クロが傷つかないように慎重にな!?」
心配そうな面持ちになった瑠璃に続き、真昼も動揺した様子で、反射的に鉄の右腕を掴みながら、言い聞かせるように言葉を紡ぎ出すと。
「任せとけ」と鉄が力強く頷き。
「クロ! 痛かったら言えよ!!」
真昼が球の中のクロにそう忠告をした。
その刹那―――――
『ぎにゃああああ』
「クロッ!?」
ギラっと鋭い刃を目にしただけで、クロは悲鳴を上げていて、その様に瑠璃はあわあわとした面持ちになってしまい。
「まだなにもしてねーだろ!?」
真昼は眉を顰めながら突っ込みを入れたのだが。
「あっ・・・・・・鉄・・・ちょっと待って」
そこで、はっと目を瞬かせると、
「・・・違う・・・クロを戻すにはこのやり方じゃ・・・。そうだ・・・考えないと・・・。鉄の力で闇雲にやってもしょうがない」
『真昼・・・』
握りしめた右手を顎の辺りに添えながら、真昼が思慮を巡らせ始めたのを目にしたクロは、ほ・・・と安堵の息を吐き出していた。
しかしその後に―――――
「此処はシンプルに考えて・・・俺と瑠璃姉だろ!! 俺と瑠璃姉の手で・・・っ」
と真昼が出した結論にそういう問題じゃ、とクロは顔を青ざめさせてしまう。
一方、瑠璃は固唾を呑んで真昼の顔を見つめていたのだが―――――
「・・・・・・そうね、真昼君の言うことも一理あるかもしれないわね」
左腕に在る、漆黒に変わってしまった〝誓約の証〟を、目を伏せながら右手でギュッと握りしめると「―――――真昼君、私も一緒にやるわ」と意を決した面持ちで頷いたのだ。
そうして真昼と瑠璃は二人で力を合わせて、ギコギコギコギ―――――と全力で鋸を振るい。
に゛ゃ――――――――――~というクロの叫び声が響き渡った中、傍らにいた鉄からトンカチにドライバーなど。順に工具を受け取って試したのだが、その結果は全て惨敗で。
「うん・・・なんか・・・違ったかな・・・」
「そうね・・・・・・ごめんなさい、クロ・・・・・・」
痛くはね―――――けど音が・・・と球の中でぐったりと蹲ってしまったクロに真昼と瑠璃は眉を下げながら詫びると。
「真昼のアニキと瑠璃でも壊せねぇなんて・・・」
鉄が何か思うところがあるかのような台詞を口にしたのだが―――――。
「おい鉄。お前、結構適当に言ってねぇ?」
そんな鉄に対して真昼は思わず半眼で突っ込みを入れてしまう。
何故なら鉄は『頭脳派』ではなく『体力派』の人間だからだ。
瑠璃は苦笑を浮かべながら縁側に腰を下ろすと黒い球を膝の上に置く。
と―――――
温泉宿の主人である鉄の父親が通路の向こう側から顔を覗かせて、
「鉄。お前達にお客さんだよ」
「あっ、来た!?」
外国の方、と付け足された言葉にすぐさま反応をしたのは真昼だった。
御園との話を終えた後、真昼が再度クランツに連絡を取って、拠点を構えているこの白ノ湯温泉に来て欲しいと頼んだのだ。
そして瑠璃は鉄の父親に対して「知らせて下さって有難うございます」と礼を述べると、真昼とともにクランツの元に向かい。
拠点として構えている部屋にまた全員で集まった処で、クランツとそれからともに来ていたギルデンスターンに、リヒトとロウレスが今現在どういう状況になっているのかを話すと―――――。
「リヒトがさらわれた・・・?」
クランツは生気の抜けたような状態になってしまい。
「そうか・・・敵の吸血鬼に・・・」
そのまま、ふらっと後ろに倒れそうになったクランツの身体を、ギルデンスターンが後ろに回ると支えていて。
「すっ・・・すみません!! 俺・・・助けに行ったのになにもできなくて。リヒトさんは俺のこと庇ってくれて・・・っ」
そこでクランツに向かって、謝罪の言葉とともに頭を下げたのが真昼だった。
けれどあの時、あの場所に居たのは真昼だけではないのだ。
瑠璃もまた深々と頭を下げると言葉を紡ぎ出す。
「真昼君だけが悪い訳じゃないんです!! 私も真昼君の後を追いかけて、あの場に行ったのに。結局私もリヒト君だけに戦わせてしまって・・・・・・連れて行かれるのを止めることが出来なくて・・・・・・」
クランツがリヒトに向けていたあの情熱を思えば、どれだけ罵詈雑言を浴びせられたとしても仕方がない。そんな覚悟を瑠璃は心の中でしたのだが―――――。
「いや。リヒトが君たちを庇ったというなら、せめて君たちが無事でよかったよ・・・」
しかし、向けられたのは、憎悪ではなく、燐敏に満ちた言葉で。
真昼と瑠璃が呆然とした面持ちで顔を上げると、
「しかし・・・ロウレスの奴あっさり攫われたな。調子に乗ってるからこういうことになるんだ・・・」
ロウレスもかなり強いはずなんだが・・・と、クランツはロウレスに対してだけは呆れたように眉を顰めていて。
「椿ってのは相当強い吸血鬼なんだな。まぁでも・・・いっそのこと! あの厄介な二人を大人しくさせる方法を椿とやらに聞きたいくらいだね!」
その後に、ポジティブに行こう! はっはっはっ、いっそね! ああ、何もかもなつかしい! と笑い始めたのだが。
しかし、その様子はどう見てもクランツが精神的に相当参っているというのは明らかで。
「クランツさん、落ち着いて!」
「リ・・・リヒト君達は私達が絶対、助けますから・・・!」
そんなクランツの姿に、真昼と瑠璃は申し訳ないという想いを抱きつつも、強い口調でそう明言すると。
そこで腕組みをしながら静観をしていた御園から改めてクランツたちも加えて『強欲組』を奪還する為の作戦会議を始めようと提議されたのだ。
卓袱台の上にロウレスとリヒトの姿が映し出されたスマホが二台―――――それはクランツとギルデンスターンから、御園と鉄が二人の顔を認識する為に提供されたモノだった。
「今回は二人の救出が最優先だ。できるだけ戦闘は避けて・・・今日の深夜24時までに必ず奪還する!」
作戦参謀である御園の右側に真昼とクランツ。左側に瑠璃と鉄。そして斜め後ろにギルデンスターン。蝶と蝙蝠はそれぞれの主人の頭の上に乗った状態で、卓袱台を囲んで作戦会議が展開される事となり。着ぐるみ姿ではあるものの、
「まずは
御園が口にした言葉に、部屋の隅で萎縮した様子で膝を抱えて座っていたライラを瑠璃はチラリと一瞥すると、
「ねぇ御園君。ロウレス君とリヒト君さえ無事に戻れば・・・ライラは自由にしてあげられるのよね?」
瑠璃が口にした言葉に、ライラは目を見開きながら此方を見つめてくる。
「
けれど、御園はライラのことを警戒しつつも、まだ手元に留めておくつもりらしい。
「いやっ・・・それでも返そうよ。俺達は二人が戻ればいいんだから。御園だって交換って言って・・・」
それに勢いよく反論したのが真昼だった。そして瑠璃もまた「私も真昼君と同じ意見よ、だからお願い御園君」と言い募ると。
「あ―――――わかった、わかった。言い出したらきかないからな貴様らは」
御園は根負けした様子でそう言ったのだ。
「あ・・・ま・・・ひる、お嬢・・・・・・ありがとう」
すると呆然とした面持ちになったライラが微かに声を震わせながら礼を告げてきて。
「大丈夫よ、ライラ。貴方の事はちゃんと椿の処に帰すから」
顔をそちらに向けた瑠璃が安心させるようにライラに微笑みかけると、
「ライラ、言っただろ? 俺は椿と戦争がしたいわけじゃないって。穏便に済むならそのほうがいいよ」
ライラのほうに振り返った真昼も眉を下げつつ笑いながらそう返す。
と―――――
『そーだな。オレも平和主義吸血鬼だし』
瑠璃の傍に置かれていた黒い球の中に居るクロは人型から黒猫に姿を変えていて。
ごろにゃんと丸まりながら『癒し系猫時代は本当によかった・・・』と漏らした。
クロったら、とフフッと瑠璃が笑みを零すと、
「お前、それ前も言ってたけどただ面倒なだけだろ」
耳朶に届いたその声に対して真昼は眉を顰めながら、猫時代って何だよと突っ込みを入れた処で。
「そういえばクランツさんは・・・普通の人間ですよね? 吸血鬼と戦う手段とかあるんですか・・・?」
「ああ! 吸血鬼退治といえば・・・『聖水』だろ? ってわけでこれだ!」
ふと、気になった事柄を真昼は口にすると、輝くような笑顔でクランツが取り出して見せたのは、ごく普通のタンクが付属したタイプの水鉄砲で。
一体それで、吸血鬼とどうやり合うつもりなのだろうか?
―――――と真昼は困惑の表情になったのだが。
「ちょっと手を貸してみて」
いつの間にか人型に戻って卓袱台の上に腰掛けていたヒューの左手をクランツは取ると、
「む。なんじゃ?」
ヒューは怪訝そうに目を瞬かせたのだが、大丈夫。なんともないからね、とクランツは笑みを浮かべると。
「この中に入ってるのはただの水じゃない。こんなふうに人にかけても無害なんだけど、吸血鬼には・・・」
「え!? クランツさん!! それはまずいですよ!?」
その説明から、クランツの言わんとしている事に気付いた瑠璃が、止めようとした時にはすでに間に合わず。ぱしゃっとヒューの掌には、水鉄砲からは雫が噴射されていて。
ばた―――――んと、そこでヒューは白目をむいて泡を吹きながら倒れてしまったのだ。
「ヒュ―――――!!?」
その様を目にして、真昼が仰天の叫び声を上げると、
「あれっ!? 君、吸血鬼だったのか!」
クランツは心底驚愕した様子で昏倒してしまったヒューを見ていて。
「どう見ても吸血鬼みたいな恰好してるでしょうが!!」
真昼が突っ込みを入れた中、瑠璃は鉄と一緒にヒューの状態を確認する。
「良かった、気絶してるだけみたいね・・・・・・」
「この水で多少なら吸血鬼の動きを止められるんだ。まあ真祖には本当にちょっとしか効かないけど・・・・・・」
ほっと安堵の息を瑠璃が吐き出し、クランツの口からその効果に関しての説明を受けた処で―――――その数秒後に「ぷはあっ」とヒューは意識をきちんと取り戻し。
「なんじゃなんじゃ!! 無礼な奴じゃな!!」
鉄に抱えられた状態で、喚いたヒューに対し、
「いやあ、すまない。ロウレスがあまりにも言うことをきかないときに使ってたんだ」
クランツは謝罪をした上で、水の使い処を告げてくる。
ロウレスの主人であるリヒトはピアニストである事から滞在先では必然的にホテルを取ることになる。そこでロウレスが『嫌っス!! オレ、ホテルは絶対最上階!! 嫌っス、嫌っス、嫌っス!!!』と喚いた時に、すかさずクランツは水鉄砲でロウレスを黙らせていたらしい。
「そ、そうなんですか。水鉄砲で・・・・・・」
「・・・・・・なんか情けないな吸血鬼」
瑠璃と真昼は揃って何とも言えない表情を浮かべてしまう。
けれど、いまの出来事を目にして、ふと真昼は何かを思い付いたようで。
「クランツさん・・・それちょっとだけもらえませんか?」
「え? いいけど」
クランツは不思議そうな面持ちになったものの、真昼に小さな小瓶を1本譲ってくれたのだが。
「真昼君? もしかして・・・・・・」
その瓶を持って此方側に近づいてきた真昼を瑠璃は目を瞠りながら見返す。
『ちょ・・・ま・・・待て真昼。落ち着け・・・・・・吸血鬼は聖水とは向き合えね・・・・・・っ』
一方、黒い球の中で人型に戻ってまた寝転がっていたクロの顔は蒼白なものになっていて、しどろもどろになりながら訴えてきたのだが。
「うん、瑠璃姉。もしかしたらこれで・・・この球も壊せるかも・・・・・・」
クロの言葉には耳を貸すことなく、そう言った真昼はテーブルの中央に黒い球を移動させると、ばしゃ―――――んと勢いよく瓶の中身をかけたのだ。
に゛ゃ―――――とクロが悲鳴を上げる。
しかし、球はヒビすら入ることなく、そのままクロは気絶をしてしまっていて。
「・・・・・・これもだめか・・・」
残念そうな面持ちで真昼が呟く。
瑠璃は眉を下げながら苦笑いを浮かべると、
「こんな道具もあるんですね。何処かで販売とかされてるんですか?」
空になった小瓶を手に取りながらクランツに尋ねかける。
「ある骨董屋と知り合って買ったんだ」
クランツの返答に、真昼が「ん?」と眉を顰める。
「骨董屋ってどんな・・・」
「ああ・・・
そうしてクランツから購買先を聞いた結果、即座に思い浮かんでしまったのが、
―――――御国さん!?
と、真昼と瑠璃は思わず顔を見合わせてしまう。
そしてクランツが購入時にもらったという名刺に書かれていたHPアドレス。
それを借りてきたノートパソコンで確認した結果―――――画面上に映し出された女の子の人形の写真。
店主アベルちゃんのブログ―――――というタイトルから間違いないという確信を得る事となり。
「あのバカ・・・一体何をやってるんだ・・・」
呆れた面持ちになった御園が眉を顰めながら、ブログの内容を確認する中。
真昼と瑠璃は視線を交わし合うと、
「なあ、御園。俺と瑠璃姉で・・・御国さんの店に行ってみるよ! もしかしたら御国さんならクロをもとに戻す方法を知ってるかも!」
バサと上着を羽織ると、斜め掛けのショルダーバックのメッシュポケットに、黒い球を入れた上で立ち上がった真昼とともに瑠璃も腰を上げると、
「私達は今、一緒に戦えないけど御国さんに協力を頼めるかもしれないから」
此方に振り返ってきた御園は暫しの間、眉根を寄せながら逡巡する様子をみせたのだが―――――
「そうだな・・・ここで別れよう。あまり時間もない」
やがて卓袱台に手を置きながら、ガタと音を立てて立ち上がると、二手に分かれることを承諾したのだ。
そして御園と鉄と別れる前に―――――
「御園、鉄。・・・無茶すんなよ」
「そうね、くれぐれも気を付けて」
二人に向かって真昼と瑠璃はそう声を掛けたのだが。
「貴様らにだけは言われたくないな!」
御園からは、はん! と軽く往なされてしまい。
「大丈夫だって。オレ無茶くらいしかできることねーしな。それより、瑠璃こそあんま危ないことし過ぎねーようにな」
鉄からは「おう」という力強い返答と合わせて、珍しくそんな注意を促される事となり。さらに人型に戻ったヒューとリリイも不敵な笑みを浮かべていた。
そこで真昼と瑠璃も自信に満ちた笑顔で応えると、部屋から廊下に出て出発することにしたのだが。
「真昼くん、瑠璃さん。これをひとつ持って行って」
その時、クランツに呼び止められて差し出されたのが、先程見せられた吸血鬼に有効な水が入った小瓶で。
「頂いてもいいんですか?」
目を瞬かせた瑠璃が尋ねかけると、
「ああ。もし吸血鬼に襲われても時間稼ぎくらいはできるはずだよ」
「ありがとうございますっ」
クランツの心遣いに、真昼が礼を述べた上で小瓶を受け取り。
「あの・・・クランツさん。リヒトさんのこと・・・本当にすみません。リヒトさんは・・・ピアノの才能もあるし。
真昼は改めてリヒトの事を心から謝罪した上で、自らをへりくだるような台詞を口にしたのだが―――――。
しかし、真昼に向けられたクランツの眼差しは、変わらず穏やかなままで。
「〝才能〟なんて言葉。リヒトはきっと嫌いだろうな」
ははっと笑いながらそう言ったのだ。
「え?」と驚いた声を漏らした真昼とともに、瑠璃も目を瞠りながらクランツを見遣る。
と―――――
「リヒトの話をひとつしてもいいかい?」
そう前置きをしたクランツの口から語られたのは、リヒトの子供の頃の話で。
―――――彼はウィーンの田舎で育った。
―――――木登りが好きな普通の子供。
―――――ピアノは誰に強制されるでもなく自然と自分で始めた。
―――――毎日毎日ピアノの前で彼は大勢の観客が涙する様子を想像していた。
―――――彼が7歳のときのあるコンクール。
―――――世界中を演奏会で飛び回る多忙な両親が初めて揃って聴きに来られたコンクールだった。
―――――彼はとても喜んだが同時に極度の緊張で彼の髪は真っ白になった。
―――――あの理想の実現を!
―――――両親の目の前で!
―――――髪だけじゃない。頭の中も真っ白だ。
―――――けれど努力は彼を裏切らなかった。
―――――『天使が降りた』と誰かが言った。
「リヒトの髪、一部だけ真っ白だろう? あの部分だけ白いまま戻らないって話さ」
感慨深げな面持ちで話に聞き入っていた真昼と瑠璃に、クランツは告げてくる。
「なにかを成し遂げるのは才能じゃない。
―――――人が想像できることは実現できることであり、〝想像力〟は『武器』になるのだとリヒトも言っていた。
「有難うございます、クランツさん」
―――――それを心に刻むことが出来れば、この先に待ち受ける〝難関〟も、きっと真昼と自分は乗り越えることが出来る。
微笑を浮かべた瑠璃がクランツに丁寧に頭を下げると、
「うん! だからこれからの君たち次第で最高のピアニストになれる!」
右手の親指をグッと立てながらクランツは気持ちのいい笑顔で応じてきたのだが。
「いや。俺も瑠璃姉もピアニストにはなりませんけど」
クランツの勘違いに対し、真昼が戸惑いの表情を浮かべながら言い返すと。
「え!? 君たちピアニスト志望じゃなかったのか!?」
「クランツさん、ずっと俺と瑠璃姉のことそう思ってたんですか!?」
驚愕の面持ちになったクランツに対し、今度は真昼も勢いよく突っ込みを入れてしまったのは言うまでもない。
【本館/別館/20・7/3掲載】
