第十四章『“Life’s but a walking shadow”』
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「な・・・んで・・・? クロ・・・?」
声を震わせつつそう言ったのは愕然とした面持ちで、その場に立ち尽くしていた真昼だった。
リヒトとヒガンも、呆然とした様子で此方に視線を向けてきていて。
「うそ・・・だろ。クロ・・・なのか・・・!? おい、ク・・・クロ・・・?」
クロの姿が消失した後―――――残された黒い球は地面に座り込んでしまっていた瑠璃の膝の上に転がっていた。
真昼は瑠璃の傍らに力なく膝を突くと、黒い球を混乱した面持ちで見つめる。
―――――めんどくさがりで
―――――いつも家でごろごろしてて
―――――ポテトチップスとカップラーメンが好きで
―――――ただのニートみたいな吸血鬼
―――――クロ
―――――めんどくせーとか向き合えねーって言いながら
―――――いつもみんなを守ってくれた
「クロ・・・? なんで・・・? 何が起き・・・・・・」
―――――・・・・・・瑠璃姉の左腕のリングの色が・・・・・・。
呻くように声を漏らした真昼の目に、ふと瑠璃の左腕に在った〝誓約の証〟が、真紅から漆黒に変色してしまっている状態が捉えられた。
と―――――
「・・・〝怠惰〟の真祖が球になった・・・? どうなって・・・。それと、そっちのお嬢さんは、もしかして椿が言っていた・・・・・・」
眉を顰めながら呟いたヒガンが、ぬうと此方に向かって左手を掲げながら近づいてきた気配を感じた真昼は―――――
―――――武器 を・・・っ、いま戦えるのは俺だけなんだからっ!!
バッと右腕を構えると、武器を具現化させて戦闘態勢に入ろうとしたのだが。
きゅるんっと真昼の武器は手元に現れる前に黒い球の中に吸い込まれてしまったのだ。
―――――!? 武器が吸い込まれ―――――・・・!?
真昼の顔から血の気が引いて行く。
そして絶体絶命の状況に陥ったと思われた中、真昼の前に庇うように立ち上がったのは、ヒガンから解放された後、地面に片膝を突いてしゃがみこんでいたリヒトだった。
「てめえは今、俺と戦ってんだろうが」
「・・・もう腕も上がらないだろう。ピアニスト君。オジサンはここで 君を殺すつもりはないんだけどなあ。君がそこまで彼と彼女を庇う理由なんて・・・」
左腕を右手で掴んだ体制のままではあったものの、変わらず鋭い眼差しで自分を睨み付けてきたリヒトに対し、ヒガンは右手の人差し指で髪を掻く仕草をしつつ、柔和な笑みを向ける。
けれど、それでリヒトが引き下がる事はなく―――――
「うるせえよ。理由なら簡単だ。なぜなら俺はピアニストだからだ。聴衆がいなきゃピアニストでいられねぇだろうが」
ヒガンに対して強い口調でそう言い放つと、ズズと足で地面にピアノの鍵盤を描き出したのだ。
「腕が上がらないことなんてピアノが弾けない理由にはならねえ」
そしてリヒトが鍵盤の上に片足を乗せて飛び乗るとポーンと音色が響き渡り。
「・・・・・・リヒト君・・・・・・」
耳朶に届いたピアノの音色と、揺らがぬ強い意志が宿ったその言葉に、俯いていた瑠璃も顔を上げると、呆然とした面持ちでリヒトを見遣った。
するとリヒトはフッと微笑を浮かべ、
「何より、女神『セレネ』がいる限り、俺の心が折れることは絶対にねぇ」
そんな宣言をすると、ニィとヒガンに向かって挑発するかのように口元を吊り上げて見せたのだ。
「・・・素晴らしい創造性。守るものがあるほうが強いタイプには見えなかったんだけどな」
その様に一瞬、ヒガンは虚を突かれたかのように目を見開いていたのだが、
「・・・強い目だ。描きたいな。年甲斐もなく燃え上がってしまいそうだ」
両手をすっと掲げながら愉しげな笑みを浮かべると、ヒガンの手の中にはまた炎が生み出されていて。炎が激しく渦をまいてリヒトに襲い掛かると、リヒトが地面に描いていた鍵盤が具現化し―――――ヒガン対リヒトの交戦がまた始まったのだ。
その光景を、真昼は唯為す術なく見ている事しか出来なかった。
―――――・・・体が動かない。
―――――なんで俺は・・・リヒトさんに庇われたままただ座ってるんだ。
―――――切れ切れの音楽と炎の合間。
―――――リヒトさんが俺に言った気がした。
『おい。てめえは何しにここへ来た?』
真昼はぐっと唇を噛みしめながら視線を俯ける。
―――――・・・だめだ。
―――――だって俺は強くない。
―――――クロもいない。
―――――武器もない・・・。
―――――瑠璃姉を守る事も、一緒に立ち向かう事も出来ない。
―――――何も出来ないよ・・・!!
悲観する真昼の中にリヒトの声がまた響き渡る。
―――――〝自分に出来る何かをしたい〟じゃねえ―――――
―――――〝自分は何がしたいか〟だ―――――
―――――〝何者かになりたい〟じゃねえ―――――
―――――〝何者になりたいか〟だ―――――
そこで真昼が呆然と顔を上げると―――――
パチ、パチ、パチ、と激闘の末に残った火が周囲で燻る中、力尽きて横たわってしまったリヒトの姿が在った。
―――――・・・・・動かなきゃ、俺が。
その様を目にした刹那、真昼は心の中で思っていた。
「う―――――ん。しんどい、君は強いな。オジサンも疲れてきたし。当初の目的だけ達成して帰るとしようかね」
と―――――
言葉とは裏腹に飄々とした様子で立っていたヒガンが、ひょいとリヒトを右手で小脇に担ぎ上げてしまう。
―――――動け。
「まっ・・・待て! その人を離せっ・・・」
そして何とか立ち上がった真昼がリヒトを取り返そうと、バッとヒガンに向かって突進をしようとした。
その刹那―――――
「うん・・・勇敢なのは結構だけどね」
「―――――・・・・・・真昼君っ・・・・・・!!」
す・・・とヒガンの左手が真昼に向かって伸ばされたのを目にした瑠璃は、反射的に右手で『鍵』を強く握りしめるとその力を発動させた。
バチッと紅い閃光が瞬き―――――ヒガンの手は真昼の頭に触れるすんでの処で阻まれる。
「・・・・・・瑠璃、姉・・・・・・」
―――――もし、ヒガンのあの炎を自在に操る手が自分に触れていたら。
真昼の顔から血の気が引いて行く。
そんな真昼に代わって立ち向かうべく、左手に黒い球を持ちながら、右手で『鍵』を握りしめた瑠璃が気丈な面持ちでヒガンを見据えると、
「ああ、この〝血〟の匂い。それにその〝気配〟と〝力〟。やっぱり、お嬢さんが椿の言っていた―――――〝ミストレス〟の瑠璃ちゃんか。そして今の『紅い盾』は、瑠璃ちゃん自身の〝血〟を媒介にして、その『鍵』の力を発動させたって処かな」
ヒガンは目を瞠りながら瑠璃を見返しつつ、目ざとく指摘をしてきて―――――事実、『鍵』を握りしめていた瑠璃の右掌からは、少量ではあるが、昨日の傷口からまた出血していたのだ。
「椿の処で瑠璃ちゃんとオジサンは会うことが出来なかったから。もう少し、相手をしてあげたいんだけど。残念ながら、椿からはその許可が下りていなくてね」
そうしてヒガンは眉を下げながらたははと笑いを零すと、
「だからオジサンはもう行くよ。―――――リヒト君の知り合いによろしく言っておくれ」
そう言い終えるのと同時にリヒトを右脇に抱えたまま踵を返してしまう。
しかし、真昼を庇うだけで精一杯となってしまった瑠璃だけではリヒトを奪還する手立てはない。
「・・・・・・っ」
―――――瑠璃の顔に苦渋が浮ぶ。
その時、喚くように叫び声を上げたのが、強張った面持ちで立ち竦んでいた真昼だった。
「なんなんだ、お前は。お前らは・・・っ。なんでこんな・・・・・・」
すると肩越しに真昼を見遣ったヒガンの纏う雰囲気は凄然としたものに戻っていて―――――
「・・・オジサンはね、ただの画家さ。椿が望む絵を描く」
その言葉を残してヒガンが立ち去って行った時。真昼はまた地面に力なく座り込んでしまっていた。
そうしてヒガンが作り出していた火が鎮火した後の地面には、巨大なサソリの絵が描かれていたのだ。
右脇にライラを抱え、御園を肩車で担ぎ上げて。さらに武器である棺桶をいつも通りに背負った鉄が、蝶と蝙蝠を伴ってこの場に駆け付けてきたのはそれから程なくしての事だった。
そして―――――この場で起こった出来事を真昼と、そして瑠璃が話し終えると。
「なん・・・だと・・・? ・・・その黒い球が〝怠惰〟の真祖だというのか・・・!?」
「武器も・・・出ないんだ。なんでなのか全然わかんねぇ・・・っ」
想定外の事態に絶句してしまった御園に対し真昼は呻くように訴える。
「・・・確かに気配はしますね・・・」
そう言ったのは蝶であり、蝙蝠とともに、真昼の傍らに腰を落としていた瑠璃が腕の中に抱えていた黒い球の様子を確認したものの。
―――――何の反応も示すことはないままで。
「それで結局、後から追いかけて来てくれた瑠璃姉に庇って貰って。リヒトさんはつれてかれて。俺・・・何もできなかった。御園の言うとおりだったんだ。鉄を呼んで・・・みんなで行けばよかった。俺、俺は・・・なんで・・・・・・」
「・・・・・・真昼君」
左手を握りしめると悔恨の情を口にした真昼の姿に瑠璃は複雑な面持ちとなってしまう。
真昼からリヒトの件を聞いた時点で、万が一を想定して動こうとしていたものの。真昼がクロを連れて飛び出してしまった後―――――結局、瑠璃もまた御園の制止を振り切って単独で追いかけてきてしまったのだから。
そんな真昼と瑠璃を何とも言えない面持ちで見据えていた御園は、過ぎたことは仕方ない。いったん落ち着いて状況を整理するべきだと結論を口にすると。
傍らに飛んできた蝶に向けて―――――
「リリイ。〝怠惰〟の真祖は・・・死んだわけではないんだな? 何らかの異常ということか・・・」
御園が自分の吸血鬼にそんな確認をする中、ライラが狼狽した様子で「ま、ひる・・・お嬢・・・・・・」と漏らした。
と―――――
「・・・城田、それから瑠璃も。まだ手はあるかもしれないぞ」
耳朶に届いたライラの声に、何かを思い付いた様子で此方に振り返ってきた御園からの呼びかけに。
「え?」と真昼がぼんやりと反応を示すと、瑠璃も「・・・・・・御園君?」と呆然と目を瞬かせながら御園の顔を見る。
「これを見ろ。さっきこの近くで拾ったものだ」
と言った御園が、す、と左手で掲げて見せたのは一台の携帯電話で。
「誰の携帯・・・」と真昼が眉を顰めた一方で。
「このストラップ、ベルキア!?」
携帯の先にぶら下がっている見覚えのある人物を模したストラップに気付いた瑠璃は驚きの声を上げてしまう。
「そうだ。椿の下位の手品師によく似てる・・・」
そして御園が瑠璃の言葉を肯定すると、
「・・・まさかこれ・・・っ、持ち主は椿側の誰かかも・・・!?」
真昼も驚愕の面持ちで御園の手の中の携帯を見つめる中、三人の後ろから鉄も不思議そうな面持ちで一緒に覗き込んでいたのだが―――――。
―――――『アハハ☆ 着信だよォ☆』―――――
突如として、そんなけたたましい笑い声が携帯電話から響き渡ったのだ。
着信画面に表示されたのは『椿』の名前と、背後に6本の腕が見える状態で、左手を掲げながらニヤッと笑みを浮かべた椿の写真で。
「・・・見ろ。・・・当たりだ」
眉を思い切り顰めた御園はそう言うと、真昼とともに着信音と画像に呆れた面持ちで、どこまでもイラっとする奴らだと苦言を漏らしていたのだが。瑠璃は椿らしい・・・・・・と、その時思うのと同時に、恐らくは桜哉達が協力したのだろうと察し、思わず小さく苦笑を漏らしてしまっていた。
そして―――――
『やあ。もしもし? その携帯・・・君が拾ってくれたのかな? 僕、持ち主の身内なんだけど・・・どうもありがとう』
御園が携帯電話の応答ボタンを押すと、聴こえてきたのは椿本人の声で―――――。
―――――椿・・・!
反射的に顔を強張らせた真昼の傍らで瑠璃も緊張に満ちた面持ちで電話の声に耳を聳てる。
『ヒガン~。やっぱり誰かが拾ってくれてたみたいだよ』
『いやあ良かった。引き取りに行くんで場所と時間を聞いてくれるかい』
すると電話の向こう側からは椿の声だけでなく、リヒトを連れ去ったヒガンの声も聞こえてきて。
『何かお礼しなよ、ヒガン』
『ああ―――――そうだね。何がいいかな・・・』
椿とヒガンが交わしたやり取りに対し、御園もまた逡巡するように眉根を寄せると、
「・・・そうだな。〝交換〟といこうか。貴様らが連れ去った・・・〝強欲の2人と」
憂鬱組に対し、直接的な交渉を切り出したのだ。
「「・・・!」」
刹那、動向を見守っていた真昼と瑠璃が愕然となった一方で、憂鬱組側も和やかな雰囲気から一変し―――――
『・・・あはっ。あははっ、あはははは、あっはは!! ははははは、あははは』
暫しの間、椿の狂気に満ちた笑い声が響き渡った。
そして―――――
『面白くな―――――い。・・・やあ君〝色欲〟の主人だね? 携帯一つがずいぶん高くついちゃったなあ?』
「・・・・・・こちらも貴様の下位吸血鬼を1人預かっている。交換を要求する。〝強欲〟の2人にこれ以上危害を加えるな」
笑い終えた処で、穏やかな口調から一変して煽るかのような口調で話しかけてきた椿に対し、御園も一歩も引かない態度で応じたのだが。
「御園・・・!」
そのやり取りに対し、当事者となるライラが、びくりと肩を震わせると、そこで真昼が思わず御園に対し責めるような眼差しを向けてしまう。
「貴様が言ったんだろう。椿は下位を助けに来ると・・・」
すると御園は電話の通話口を押さえつつ、眉を顰めながら真昼に言い返し。
その後にチラリとばつが悪そうな様子で瑠璃の方を一瞥していた。
「・・・・・・」
瑠璃は御園に対し、何も言うことはしなかったものの、何とも言えない面持ちで眉根を寄せていた。
椿にとって、下位吸血鬼は大切な『家族』なのだ。
それを交渉の〝切り札〟として利用するのは、間違いなく彼の逆鱗に触れるものだろう。
と―――――
『・・・あはっ。面白くないことを言うね』
電話越しであるのにも拘らず、伝わってきた凄まじい椿の殺気に、ぞくと御園と真昼の顔から血の気が引いていく。
「・・・交換の手段はこちらから提案する。またこの携帯からかける・・・」
それでも何とか御園が続きの言葉を紡ぎ出した処で、瑠璃は御園を見据えると、
「御園君・・・・・・お願い、少しだけ私にも椿と話す時間を貰えないかしら」
瑠璃が口にした言葉に対し、御園はギョッとした面持ちになると、一瞬、躊躇うような様子を見せたのだが。
「・・・・・・椿、瑠璃が貴様と話をしたいそうだ」
程なくして、御園は椿に対してそう告げると、瑠璃に携帯電話を差し出してきたのだ。
御園から電話を受け取った瑠璃は眉を下げつつ、「有難う、御園君」と言うと、
「ごめんなさい、椿・・・・・・。貴方の大切な『家族』を交渉の材料に使うような真似をしてしまって。だけど、下位の子はちゃんと無傷で返すって約束するわ」
だから・・・・・・と沈痛な口調で瑠璃は電話向こうの椿に向かって告げる。
と―――――
『―――――瑠璃。君が謝る必要は無いよ。それに、君が一緒なら僕の下位はきっと大丈夫だろう。だから、そうだね。強欲の二人に危害は加えないであげるよ』
電話向こうの椿は瑠璃に対しては打って変わって愛しむような声音で応じてきて。
「・・・・・・―――――」
それに対し瑠璃は心中で〝良かった〟と安堵したものの。
『だけど、仲良く一緒に置いておく かはわかんないな?』
それを見透かしたかのように、椿は揶揄うような口調でそう告げてきたのだ。
「・・・・・・っ!?」
その言葉に、瑠璃が顔を強張らせながら息を呑むと―――――
『じゃ、僕今日はこれから寝るから電話は昼過ぎ以降によろしくね。って、〝色欲〟の主人に伝えて貰えるかな?』
あははと笑いながら椿は御園に対する言付けを口にしたのだが。
その後に携帯の持ち主であるヒガンからも伝言を頼まれたようで。
『あ。あと、その携帯についてるストラップ、オジサンのお手製だから壊さないでって言って。ってヒガンが言ってるよ』
さらにそんな言葉を言い添えてきたものの。
その時、瑠璃の手からヒガンの携帯は既に御園によって回収をされていて。
「やかましい!!!」
―――――と憤慨した御園が一喝すると、そこで椿との通話は終了となったのだ。
「やかましい! だって。最後のアレは、〝色欲〟の主人だよね」
憂鬱組の拠点に置いて、シャムロックとヒガンが居る中で、電話を終えた椿は、携帯を左手に持ちながら、あはと笑いを零していた。
そしてヒガンが右手を腰に添えながら「いやあ。しかし参ったねえ」と左手で後頭部を掻く仕草をしつつ苦笑を浮かべると。
椿に対する忠誠心が誰よりも強いシャムロックが黙っているはずもなく。
「ヒガン!! HARAKIRIものの失態だぞ!! SEIBAIだ!!」
「そうだな~オジサン、UCHIKUBIでも仕方なしかな~」
シャムロックはヒガンに詰め寄ると、勢いよく捲し立てたのだが、しかしヒガンはそれをのらりくらりとかわしてしまう。
「くっ・・・何故こんな奴がNO.2・・・俺じゃなく・・・ッ」
たは~と笑いを浮かべたヒガンの顔を、ぐう・・・とシャムロックは、納得がいかないという面持ちで睨み付ける。
と―――――
そこへ起きがけに騒ぎを聞きつけたのか、星柄のナイトキャップを頭に被ってパジャマを身に纏ったままのベルキアが歯ブラシを右手に持ちながら姿を見せて―――――。
「あれェ~~~オッサン臭いと思ったらヒガンだ~~~」
顔を顰めながらベルキアが漏らしたその言葉に、
「・・・オジサン、傷付いちゃうなあ・・・」
シャムロックの言葉にも動じなかったヒガンは、初めて落ち込んだ様子を見せたのだ。
そうして両者のやり取りが決着し、場が静かになった処で―――――
「さて・・・5の前に6と思ってたけど・・・どうするかな?」
と―――――椿は逡巡するように呟いたのだ。
そしてその時、憂鬱組の拠点内の何処かに置いて捕らわれの身となっていたロウレスは―――――
「・・・・・・ってぇ・・・」
ボロボロの身体で鎖に縛り上げられているのに加えて、オトギリの糸で全身の自由を完全に奪われた状態で拘束されていて。
―――――ああ・・・今何時だろ。
―――――つかここドコっスか・・・。
一切の光が届かない空間である事から、時間だけでなく場所すらも把握する事が困難になってしまっていた。
―――――天使ちゃん死んだかな・・・。
そして、そんな中でふとロウレスの意識に浮かんだのは、自分と同様にボロボロな状態で倒れ伏したリヒトの姿と。
もう一人―――――
いつの間にか、無意識の内に深層意識の中で繋がっていた、〝ミストレス〟である瑠璃の悲し気な姿だった。
―――――Life’s but a walking shadow,―――――
《人の命は歩き回る影法師、》
―――――a poor player,―――――
《哀れな役者に過ぎない》
―――――that struts and frets his hour upon the stage,―――――
《出番のときだけ舞台の上で見栄を切ったりわめいたり、》
―――――and then is heard no more.―――――
《それが終われば、消えてなくなる》
―――――光の当たる舞台の上でだけむなしく騒いで
―――――そうしてただ意味もなく死ぬ
ロウレスは虚ろな瞳で呟く。
「リヒたんのピアノはすごいけど・・・ほらね。あんたも、君も、誰も何かになんてなれやしない。人の命はなんて空しい・・・」
椿と最初の電話交渉を終えた後。拠点である白ノ湯温泉に御園達とともに戻った処で、卓袱台を囲むようにしてライラを含めた5人で席に着くと――――
「〝限界距離〟の問題でこちらは時間がかなり限られる」
作戦参謀である御園が切り出した言葉に「え? 時間?」と戸惑いの声を漏らしたのは真昼だった。
主人は吸血鬼と離れたまま6時間経過すると体に異常が現れ、24時間経過すると死ぬ。知っているだろうと、御園から改めて言われた事により、真昼は以前C3に連れて行かれた時に、露木の口からだけでなく、クロ自身の口からも聞いた話を思い出し―――――。
リヒトの体に異常が現れた時間が朝6時くらいであること。
そこから逆算してロウレスの方は深夜0時頃に椿にさらわれたのだろうと御園が結論を出した処で。
「もし今も・・・2人が離れた場所に幽閉されてるとしたら今日の夜・・・24時頃にはリヒトさんが危ないってことかよ!?」
状況は最悪なモノになっているのだと理解した真昼が愕然とした表情を浮かべると。
対照的に真剣な顔付きになった鉄が武器である棺桶を背負って立ち上がると、
「どうすんだ。今すぐでも乗り込むか?」
そう言いながら御園を見下ろすようにしながら問いかけてきて。
皆と同じ目線になるように座布団を幾枚か重ねた上で、そこに腕組みをしながら座っていた御園は―――――
「バカか貴様は! 乗り込むってどこにだ!? それにこっちは明らかに戦力不足・・・」
憤慨した面持ちで鉄を睨みながら言い返す。
「でも俺達3組でどうにかするしか・・・っ」
「そうね。それに乗り込む手段が無い訳じゃないわ。私の『鍵』を使えば・・・・・・」
そんな御園に対して、今度は真昼と瑠璃が順に意見を口にする。
と―――――
ふいに御園は思い惑うような口調で「3組・・・か」と呟き。
「・・・城田。それから瑠璃も。貴様達は、今回は・・・戦力外だ」
躊躇うような様子を見せながらも、此方に視線を向けるとそう告げてきたのだ。
「えっ・・・!?」
「御園君、どうして・・・・・・?」
けれど御園のその言葉をすんなりと真昼と瑠璃が受け入れられるはずはなく。
困惑の面持ちで御園を見返すと―――――
「まず、城田。貴様・・・今、武器も出せないんだろう。貴様の吸血鬼がどうなってしまったのか・・・どんな状態なのか・・・今は何もわからない。しかし、いまは考えている時間がない。何かを試す時間も」
御園は淡々とした声音でまず真昼に対してその理由を宣告し。
「それから、瑠璃。貴様にまで戦力外通告を出す理由は、〝怠惰〟と貴様の『誓約』が現状においてどうなっているのか分からないからだ。そんな中で貴様がこれ以上『力』を使うのは万が一という可能性が無いとは言い切れない。だから―――――・・・・・・城田の傍にいてやって欲しい」
瑠璃の左腕に在る、真紅から漆黒に変わってしまった〝誓約の証〟を見遣った後に、御園は苦悩の面持ちでそう告げてきたのだ。
そして―――――
「千駄ヶ谷とヒューをメインに・・・そしてあまり戦えないが僕とリリイ。このメンバーでできることを考える。リミットまであと16時間。必ず〝強欲〟の2人を救出する。作戦を立てるぞ!」
そう御園は言い残すと鉄達を連れて部屋から出て行ってしまったのだ。
「こんなときに、なんにもできないなんて・・・何してんだ俺・・・一人でから回って」
御園達の姿が見えなくなった後、真昼はすっかり気落ちしてしまった様子で卓袱台に突っ伏してしまっていた。
そして真昼の前には、あの黒い球が置かれていたのだが―――――瑠璃だけでなく、真昼が触れてもやはり反応は無いままで。
しかし、その際に卓袱台の上から球が転がり落ちそうになってしまうという事態が発生してしまった為。瑠璃が球の下にタオルをそっと敷いてから、また真昼の傍らに腰を下ろすと―――――
「瑠璃姉・・・・・・俺、リヒトさんを助けに行ったつもり だった・・・・・・。自分には・・・助けられる力があるって思ってたんだ。でも俺・・・クロの相棒だなんて言ったくせに、俺はクロが・・・めんどくせーって言いながらもみんなを守ってくれることにただ期待してただけだった・・・」
真昼は俯きながら、悔恨に満ちた胸の内をぽつりぽつりと、語り始めたのだが―――――
「ばかだ俺、なんにも成長してないじゃんか。桜哉のことや御園のこと・・・色んなことがあった気がしてたけど、俺、全然・・・・・・」
ふいに真昼は言葉を詰まらせると、肩を震わせながら言った。
「俺も、瑠璃姉みたいに・・・・・・強くなりたかった・・・・・・」
「・・・・・・真昼君」
真昼の言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた瑠璃は真昼の後ろに回ると、膝立ちをしながら背中から真昼をそっと抱きしめる。
「・・・・・・真昼君、それは違うわ。私が〝強く〟在ることが出来たのは、〝独り〟じゃなかったからよ。クロだけじゃなく、真昼君も『私』が何者であるのか、『真実』を知った後も変わらずに、『家族』として接してくれて。〝一緒に立ち向かう〟って言ってくれた。そして『私』は〝失いたくない〟って思う、たくさんの『大切な人達』とも巡り合うことが出来た。そのおかげで、いまの私が在るのよ」
―――――だから、きっと大丈夫。
―――――クロにもちゃんと、今の真昼君の声も届くはずよ・・・・・・。
柔らかな瑠璃の身体から、優しい温もりとともに、慈しみに満ちた想いが流れ込んでくる。
「・・・・・・っ」
真昼の瞳から涙が溢れ出す。
―――――俺は・・・・・・っ!
「強くなりたい・・・! そうだ、俺は誰かとちゃんと向き合える大人になりたかった・・・!」
そうして真昼は〝願い〟を口にする事で、まず〝自分自身〟と〝向き合い〟―――――
「けど、俺、全然クロと向き合えてなかった・・・っ。向き合い方がわかんねぇフリして、優しいフリをして逃げた・・・。クロ、お前のおかげで俺1人じゃできないことが・・・たくさんできたんだ。今度は俺が瑠璃姉と一緒に、お前1人じゃ解決できないことに手を貸す番だった・・・! ・・・ごめん、クロ・・・!」
―――――真昼は〝クロ〟と心の底から〝向き合う〟ことを望んだのだ。
『・・・向き合えねー・・・』
その刹那、耳朶に届いた声は聞き覚えがあるもので―――――
「!!? な・・・」
「・・・・・クロ?」
真昼と瑠璃は呆然とした面持ちで球を見つめる。
と―――――
もやもやとしたモノが、黒い球の中で渦を巻き、もゆんっとそれが収縮すると、そこに小さなクロの姿が現れたのだ。
「クロ!!?」
その姿を目にして、驚愕の声を上げたのは真昼で。
『なんだよ・・・ピーピーうるせーなー・・・』
クロは呆れたような眼差しで真昼を見遣る。
「―――――・・・・・・クロ」
けれど、重ねて瑠璃が名前を呼ぶと、視線を向けてきたクロの顔にはばつの悪そうな表情が浮かんでいて。
『・・・・・・瑠璃』
「クロ、身体の方は大丈夫なの? そこから、自分で出ることは・・・・・・?」
そこで瑠璃は真昼の傍らにまた移動をすると、ゆっくりと両手で球を持ち上げた処で、目線を合わせるようにしながら尋ねかけた。
『ん―――――わかんねー・・・。出れねー』
するとクロは球の中で両手を掲げて、てしてしと周囲を叩く仕草をしたのだが―――――本人の意志でそこから出ることが今は無理なようだった。
けれど―――――
「・・・・・・でも、よかった・・・・・・」
ほ・・・、と息を吐き出し、安堵の言葉を漏らしたのは真昼だった。
『あ?』
目を瞬かせたクロの姿を見つめながら真昼は心の中で呟く。
―――――もうお前の声は聞こえないかと思った。
『ま・・・出れなくてもいいか』
するとクロは考えるのがめんどうになったようで、開き直った様子でそう言ったのだが。
「よくねえだろ!!」
「クロ、それは駄目よ」
それに対し、すかさず真昼が突っ込みを入れると、瑠璃もまた眉根を寄せながらクロを見つめる。
と―――――
「・・・よくねえよ。だって俺・・・クロとちゃんと話したいことがあるんだから」
真昼がクロに向かって、もう一度―――――今度こそきちんと〝向き合う為〟に、自分の想いを言葉にしたのだ。
―――――大丈夫だ
―――――聞こえる
―――――そうだ
―――――考えろ
―――――どうなりたいのか
―――――どうしたいのか
そんな真昼の強い意志が、瑠璃の心にも流れ込んでくる。
―――――大丈夫よ、絶対に―――――
それに応えるべく、瑠璃も真昼に向かって呼びかける。
「真昼君」
と―――――
瑠璃のほうに視線を向けてきた真昼は、「瑠璃姉」と確固たる意志を持った強い瞳で頷き返し。
「絶対・・・お前を元に戻すぞ! それができるのはシンプルに考えて・・・俺と瑠璃姉だろ!」
真昼はクロに向かって、強い口調でそう断言したのだ。
【本館/別館/20・6/12掲載】
声を震わせつつそう言ったのは愕然とした面持ちで、その場に立ち尽くしていた真昼だった。
リヒトとヒガンも、呆然とした様子で此方に視線を向けてきていて。
「うそ・・・だろ。クロ・・・なのか・・・!? おい、ク・・・クロ・・・?」
クロの姿が消失した後―――――残された黒い球は地面に座り込んでしまっていた瑠璃の膝の上に転がっていた。
真昼は瑠璃の傍らに力なく膝を突くと、黒い球を混乱した面持ちで見つめる。
―――――めんどくさがりで
―――――いつも家でごろごろしてて
―――――ポテトチップスとカップラーメンが好きで
―――――ただのニートみたいな吸血鬼
―――――クロ
―――――めんどくせーとか向き合えねーって言いながら
―――――いつもみんなを守ってくれた
「クロ・・・? なんで・・・? 何が起き・・・・・・」
―――――・・・・・・瑠璃姉の左腕のリングの色が・・・・・・。
呻くように声を漏らした真昼の目に、ふと瑠璃の左腕に在った〝誓約の証〟が、真紅から漆黒に変色してしまっている状態が捉えられた。
と―――――
「・・・〝怠惰〟の真祖が球になった・・・? どうなって・・・。それと、そっちのお嬢さんは、もしかして椿が言っていた・・・・・・」
眉を顰めながら呟いたヒガンが、ぬうと此方に向かって左手を掲げながら近づいてきた気配を感じた真昼は―――――
―――――
バッと右腕を構えると、武器を具現化させて戦闘態勢に入ろうとしたのだが。
きゅるんっと真昼の武器は手元に現れる前に黒い球の中に吸い込まれてしまったのだ。
―――――!? 武器が吸い込まれ―――――・・・!?
真昼の顔から血の気が引いて行く。
そして絶体絶命の状況に陥ったと思われた中、真昼の前に庇うように立ち上がったのは、ヒガンから解放された後、地面に片膝を突いてしゃがみこんでいたリヒトだった。
「てめえは今、俺と戦ってんだろうが」
「・・・もう腕も上がらないだろう。ピアニスト君。オジサンは
左腕を右手で掴んだ体制のままではあったものの、変わらず鋭い眼差しで自分を睨み付けてきたリヒトに対し、ヒガンは右手の人差し指で髪を掻く仕草をしつつ、柔和な笑みを向ける。
けれど、それでリヒトが引き下がる事はなく―――――
「うるせえよ。理由なら簡単だ。なぜなら俺はピアニストだからだ。聴衆がいなきゃピアニストでいられねぇだろうが」
ヒガンに対して強い口調でそう言い放つと、ズズと足で地面にピアノの鍵盤を描き出したのだ。
「腕が上がらないことなんてピアノが弾けない理由にはならねえ」
そしてリヒトが鍵盤の上に片足を乗せて飛び乗るとポーンと音色が響き渡り。
「・・・・・・リヒト君・・・・・・」
耳朶に届いたピアノの音色と、揺らがぬ強い意志が宿ったその言葉に、俯いていた瑠璃も顔を上げると、呆然とした面持ちでリヒトを見遣った。
するとリヒトはフッと微笑を浮かべ、
「何より、女神『セレネ』がいる限り、俺の心が折れることは絶対にねぇ」
そんな宣言をすると、ニィとヒガンに向かって挑発するかのように口元を吊り上げて見せたのだ。
「・・・素晴らしい創造性。守るものがあるほうが強いタイプには見えなかったんだけどな」
その様に一瞬、ヒガンは虚を突かれたかのように目を見開いていたのだが、
「・・・強い目だ。描きたいな。年甲斐もなく燃え上がってしまいそうだ」
両手をすっと掲げながら愉しげな笑みを浮かべると、ヒガンの手の中にはまた炎が生み出されていて。炎が激しく渦をまいてリヒトに襲い掛かると、リヒトが地面に描いていた鍵盤が具現化し―――――ヒガン対リヒトの交戦がまた始まったのだ。
その光景を、真昼は唯為す術なく見ている事しか出来なかった。
―――――・・・体が動かない。
―――――なんで俺は・・・リヒトさんに庇われたままただ座ってるんだ。
―――――切れ切れの音楽と炎の合間。
―――――リヒトさんが俺に言った気がした。
『おい。てめえは何しにここへ来た?』
真昼はぐっと唇を噛みしめながら視線を俯ける。
―――――・・・だめだ。
―――――だって俺は強くない。
―――――クロもいない。
―――――武器もない・・・。
―――――瑠璃姉を守る事も、一緒に立ち向かう事も出来ない。
―――――何も出来ないよ・・・!!
悲観する真昼の中にリヒトの声がまた響き渡る。
―――――〝自分に出来る何かをしたい〟じゃねえ―――――
―――――〝自分は何がしたいか〟だ―――――
―――――〝何者かになりたい〟じゃねえ―――――
―――――〝何者になりたいか〟だ―――――
そこで真昼が呆然と顔を上げると―――――
パチ、パチ、パチ、と激闘の末に残った火が周囲で燻る中、力尽きて横たわってしまったリヒトの姿が在った。
―――――・・・・・動かなきゃ、俺が。
その様を目にした刹那、真昼は心の中で思っていた。
「う―――――ん。しんどい、君は強いな。オジサンも疲れてきたし。当初の目的だけ達成して帰るとしようかね」
と―――――
言葉とは裏腹に飄々とした様子で立っていたヒガンが、ひょいとリヒトを右手で小脇に担ぎ上げてしまう。
―――――動け。
「まっ・・・待て! その人を離せっ・・・」
そして何とか立ち上がった真昼がリヒトを取り返そうと、バッとヒガンに向かって突進をしようとした。
その刹那―――――
「うん・・・勇敢なのは結構だけどね」
「―――――・・・・・・真昼君っ・・・・・・!!」
す・・・とヒガンの左手が真昼に向かって伸ばされたのを目にした瑠璃は、反射的に右手で『鍵』を強く握りしめるとその力を発動させた。
バチッと紅い閃光が瞬き―――――ヒガンの手は真昼の頭に触れるすんでの処で阻まれる。
「・・・・・・瑠璃、姉・・・・・・」
―――――もし、ヒガンのあの炎を自在に操る手が自分に触れていたら。
真昼の顔から血の気が引いて行く。
そんな真昼に代わって立ち向かうべく、左手に黒い球を持ちながら、右手で『鍵』を握りしめた瑠璃が気丈な面持ちでヒガンを見据えると、
「ああ、この〝血〟の匂い。それにその〝気配〟と〝力〟。やっぱり、お嬢さんが椿の言っていた―――――〝ミストレス〟の瑠璃ちゃんか。そして今の『紅い盾』は、瑠璃ちゃん自身の〝血〟を媒介にして、その『鍵』の力を発動させたって処かな」
ヒガンは目を瞠りながら瑠璃を見返しつつ、目ざとく指摘をしてきて―――――事実、『鍵』を握りしめていた瑠璃の右掌からは、少量ではあるが、昨日の傷口からまた出血していたのだ。
「椿の処で瑠璃ちゃんとオジサンは会うことが出来なかったから。もう少し、相手をしてあげたいんだけど。残念ながら、椿からはその許可が下りていなくてね」
そうしてヒガンは眉を下げながらたははと笑いを零すと、
「だからオジサンはもう行くよ。―――――リヒト君の知り合いによろしく言っておくれ」
そう言い終えるのと同時にリヒトを右脇に抱えたまま踵を返してしまう。
しかし、真昼を庇うだけで精一杯となってしまった瑠璃だけではリヒトを奪還する手立てはない。
「・・・・・・っ」
―――――瑠璃の顔に苦渋が浮ぶ。
その時、喚くように叫び声を上げたのが、強張った面持ちで立ち竦んでいた真昼だった。
「なんなんだ、お前は。お前らは・・・っ。なんでこんな・・・・・・」
すると肩越しに真昼を見遣ったヒガンの纏う雰囲気は凄然としたものに戻っていて―――――
「・・・オジサンはね、ただの画家さ。椿が望む絵を描く」
その言葉を残してヒガンが立ち去って行った時。真昼はまた地面に力なく座り込んでしまっていた。
そうしてヒガンが作り出していた火が鎮火した後の地面には、巨大なサソリの絵が描かれていたのだ。
右脇にライラを抱え、御園を肩車で担ぎ上げて。さらに武器である棺桶をいつも通りに背負った鉄が、蝶と蝙蝠を伴ってこの場に駆け付けてきたのはそれから程なくしての事だった。
そして―――――この場で起こった出来事を真昼と、そして瑠璃が話し終えると。
「なん・・・だと・・・? ・・・その黒い球が〝怠惰〟の真祖だというのか・・・!?」
「武器も・・・出ないんだ。なんでなのか全然わかんねぇ・・・っ」
想定外の事態に絶句してしまった御園に対し真昼は呻くように訴える。
「・・・確かに気配はしますね・・・」
そう言ったのは蝶であり、蝙蝠とともに、真昼の傍らに腰を落としていた瑠璃が腕の中に抱えていた黒い球の様子を確認したものの。
―――――何の反応も示すことはないままで。
「それで結局、後から追いかけて来てくれた瑠璃姉に庇って貰って。リヒトさんはつれてかれて。俺・・・何もできなかった。御園の言うとおりだったんだ。鉄を呼んで・・・みんなで行けばよかった。俺、俺は・・・なんで・・・・・・」
「・・・・・・真昼君」
左手を握りしめると悔恨の情を口にした真昼の姿に瑠璃は複雑な面持ちとなってしまう。
真昼からリヒトの件を聞いた時点で、万が一を想定して動こうとしていたものの。真昼がクロを連れて飛び出してしまった後―――――結局、瑠璃もまた御園の制止を振り切って単独で追いかけてきてしまったのだから。
そんな真昼と瑠璃を何とも言えない面持ちで見据えていた御園は、過ぎたことは仕方ない。いったん落ち着いて状況を整理するべきだと結論を口にすると。
傍らに飛んできた蝶に向けて―――――
「リリイ。〝怠惰〟の真祖は・・・死んだわけではないんだな? 何らかの異常ということか・・・」
御園が自分の吸血鬼にそんな確認をする中、ライラが狼狽した様子で「ま、ひる・・・お嬢・・・・・・」と漏らした。
と―――――
「・・・城田、それから瑠璃も。まだ手はあるかもしれないぞ」
耳朶に届いたライラの声に、何かを思い付いた様子で此方に振り返ってきた御園からの呼びかけに。
「え?」と真昼がぼんやりと反応を示すと、瑠璃も「・・・・・・御園君?」と呆然と目を瞬かせながら御園の顔を見る。
「これを見ろ。さっきこの近くで拾ったものだ」
と言った御園が、す、と左手で掲げて見せたのは一台の携帯電話で。
「誰の携帯・・・」と真昼が眉を顰めた一方で。
「このストラップ、ベルキア!?」
携帯の先にぶら下がっている見覚えのある人物を模したストラップに気付いた瑠璃は驚きの声を上げてしまう。
「そうだ。椿の下位の手品師によく似てる・・・」
そして御園が瑠璃の言葉を肯定すると、
「・・・まさかこれ・・・っ、持ち主は椿側の誰かかも・・・!?」
真昼も驚愕の面持ちで御園の手の中の携帯を見つめる中、三人の後ろから鉄も不思議そうな面持ちで一緒に覗き込んでいたのだが―――――。
―――――『アハハ☆ 着信だよォ☆』―――――
突如として、そんなけたたましい笑い声が携帯電話から響き渡ったのだ。
着信画面に表示されたのは『椿』の名前と、背後に6本の腕が見える状態で、左手を掲げながらニヤッと笑みを浮かべた椿の写真で。
「・・・見ろ。・・・当たりだ」
眉を思い切り顰めた御園はそう言うと、真昼とともに着信音と画像に呆れた面持ちで、どこまでもイラっとする奴らだと苦言を漏らしていたのだが。瑠璃は椿らしい・・・・・・と、その時思うのと同時に、恐らくは桜哉達が協力したのだろうと察し、思わず小さく苦笑を漏らしてしまっていた。
そして―――――
『やあ。もしもし? その携帯・・・君が拾ってくれたのかな? 僕、持ち主の身内なんだけど・・・どうもありがとう』
御園が携帯電話の応答ボタンを押すと、聴こえてきたのは椿本人の声で―――――。
―――――椿・・・!
反射的に顔を強張らせた真昼の傍らで瑠璃も緊張に満ちた面持ちで電話の声に耳を聳てる。
『ヒガン~。やっぱり誰かが拾ってくれてたみたいだよ』
『いやあ良かった。引き取りに行くんで場所と時間を聞いてくれるかい』
すると電話の向こう側からは椿の声だけでなく、リヒトを連れ去ったヒガンの声も聞こえてきて。
『何かお礼しなよ、ヒガン』
『ああ―――――そうだね。何がいいかな・・・』
椿とヒガンが交わしたやり取りに対し、御園もまた逡巡するように眉根を寄せると、
「・・・そうだな。〝交換〟といこうか。貴様らが連れ去った・・・〝強欲の2人と」
憂鬱組に対し、直接的な交渉を切り出したのだ。
「「・・・!」」
刹那、動向を見守っていた真昼と瑠璃が愕然となった一方で、憂鬱組側も和やかな雰囲気から一変し―――――
『・・・あはっ。あははっ、あはははは、あっはは!! ははははは、あははは』
暫しの間、椿の狂気に満ちた笑い声が響き渡った。
そして―――――
『面白くな―――――い。・・・やあ君〝色欲〟の主人だね? 携帯一つがずいぶん高くついちゃったなあ?』
「・・・・・・こちらも貴様の下位吸血鬼を1人預かっている。交換を要求する。〝強欲〟の2人にこれ以上危害を加えるな」
笑い終えた処で、穏やかな口調から一変して煽るかのような口調で話しかけてきた椿に対し、御園も一歩も引かない態度で応じたのだが。
「御園・・・!」
そのやり取りに対し、当事者となるライラが、びくりと肩を震わせると、そこで真昼が思わず御園に対し責めるような眼差しを向けてしまう。
「貴様が言ったんだろう。椿は下位を助けに来ると・・・」
すると御園は電話の通話口を押さえつつ、眉を顰めながら真昼に言い返し。
その後にチラリとばつが悪そうな様子で瑠璃の方を一瞥していた。
「・・・・・・」
瑠璃は御園に対し、何も言うことはしなかったものの、何とも言えない面持ちで眉根を寄せていた。
椿にとって、下位吸血鬼は大切な『家族』なのだ。
それを交渉の〝切り札〟として利用するのは、間違いなく彼の逆鱗に触れるものだろう。
と―――――
『・・・あはっ。面白くないことを言うね』
電話越しであるのにも拘らず、伝わってきた凄まじい椿の殺気に、ぞくと御園と真昼の顔から血の気が引いていく。
「・・・交換の手段はこちらから提案する。またこの携帯からかける・・・」
それでも何とか御園が続きの言葉を紡ぎ出した処で、瑠璃は御園を見据えると、
「御園君・・・・・・お願い、少しだけ私にも椿と話す時間を貰えないかしら」
瑠璃が口にした言葉に対し、御園はギョッとした面持ちになると、一瞬、躊躇うような様子を見せたのだが。
「・・・・・・椿、瑠璃が貴様と話をしたいそうだ」
程なくして、御園は椿に対してそう告げると、瑠璃に携帯電話を差し出してきたのだ。
御園から電話を受け取った瑠璃は眉を下げつつ、「有難う、御園君」と言うと、
「ごめんなさい、椿・・・・・・。貴方の大切な『家族』を交渉の材料に使うような真似をしてしまって。だけど、下位の子はちゃんと無傷で返すって約束するわ」
だから・・・・・・と沈痛な口調で瑠璃は電話向こうの椿に向かって告げる。
と―――――
『―――――瑠璃。君が謝る必要は無いよ。それに、君が一緒なら僕の下位はきっと大丈夫だろう。だから、そうだね。強欲の二人に危害は加えないであげるよ』
電話向こうの椿は瑠璃に対しては打って変わって愛しむような声音で応じてきて。
「・・・・・・―――――」
それに対し瑠璃は心中で〝良かった〟と安堵したものの。
『だけど、仲良く
それを見透かしたかのように、椿は揶揄うような口調でそう告げてきたのだ。
「・・・・・・っ!?」
その言葉に、瑠璃が顔を強張らせながら息を呑むと―――――
『じゃ、僕今日はこれから寝るから電話は昼過ぎ以降によろしくね。って、〝色欲〟の主人に伝えて貰えるかな?』
あははと笑いながら椿は御園に対する言付けを口にしたのだが。
その後に携帯の持ち主であるヒガンからも伝言を頼まれたようで。
『あ。あと、その携帯についてるストラップ、オジサンのお手製だから壊さないでって言って。ってヒガンが言ってるよ』
さらにそんな言葉を言い添えてきたものの。
その時、瑠璃の手からヒガンの携帯は既に御園によって回収をされていて。
「やかましい!!!」
―――――と憤慨した御園が一喝すると、そこで椿との通話は終了となったのだ。
「やかましい! だって。最後のアレは、〝色欲〟の主人だよね」
憂鬱組の拠点に置いて、シャムロックとヒガンが居る中で、電話を終えた椿は、携帯を左手に持ちながら、あはと笑いを零していた。
そしてヒガンが右手を腰に添えながら「いやあ。しかし参ったねえ」と左手で後頭部を掻く仕草をしつつ苦笑を浮かべると。
椿に対する忠誠心が誰よりも強いシャムロックが黙っているはずもなく。
「ヒガン!! HARAKIRIものの失態だぞ!! SEIBAIだ!!」
「そうだな~オジサン、UCHIKUBIでも仕方なしかな~」
シャムロックはヒガンに詰め寄ると、勢いよく捲し立てたのだが、しかしヒガンはそれをのらりくらりとかわしてしまう。
「くっ・・・何故こんな奴がNO.2・・・俺じゃなく・・・ッ」
たは~と笑いを浮かべたヒガンの顔を、ぐう・・・とシャムロックは、納得がいかないという面持ちで睨み付ける。
と―――――
そこへ起きがけに騒ぎを聞きつけたのか、星柄のナイトキャップを頭に被ってパジャマを身に纏ったままのベルキアが歯ブラシを右手に持ちながら姿を見せて―――――。
「あれェ~~~オッサン臭いと思ったらヒガンだ~~~」
顔を顰めながらベルキアが漏らしたその言葉に、
「・・・オジサン、傷付いちゃうなあ・・・」
シャムロックの言葉にも動じなかったヒガンは、初めて落ち込んだ様子を見せたのだ。
そうして両者のやり取りが決着し、場が静かになった処で―――――
「さて・・・5の前に6と思ってたけど・・・どうするかな?」
と―――――椿は逡巡するように呟いたのだ。
そしてその時、憂鬱組の拠点内の何処かに置いて捕らわれの身となっていたロウレスは―――――
「・・・・・・ってぇ・・・」
ボロボロの身体で鎖に縛り上げられているのに加えて、オトギリの糸で全身の自由を完全に奪われた状態で拘束されていて。
―――――ああ・・・今何時だろ。
―――――つかここドコっスか・・・。
一切の光が届かない空間である事から、時間だけでなく場所すらも把握する事が困難になってしまっていた。
―――――天使ちゃん死んだかな・・・。
そして、そんな中でふとロウレスの意識に浮かんだのは、自分と同様にボロボロな状態で倒れ伏したリヒトの姿と。
もう一人―――――
いつの間にか、無意識の内に深層意識の中で繋がっていた、〝ミストレス〟である瑠璃の悲し気な姿だった。
―――――Life’s but a walking shadow,―――――
《人の命は歩き回る影法師、》
―――――a poor player,―――――
《哀れな役者に過ぎない》
―――――that struts and frets his hour upon the stage,―――――
《出番のときだけ舞台の上で見栄を切ったりわめいたり、》
―――――and then is heard no more.―――――
《それが終われば、消えてなくなる》
―――――光の当たる舞台の上でだけむなしく騒いで
―――――そうしてただ意味もなく死ぬ
ロウレスは虚ろな瞳で呟く。
「リヒたんのピアノはすごいけど・・・ほらね。あんたも、君も、誰も何かになんてなれやしない。人の命はなんて空しい・・・」
椿と最初の電話交渉を終えた後。拠点である白ノ湯温泉に御園達とともに戻った処で、卓袱台を囲むようにしてライラを含めた5人で席に着くと――――
「〝限界距離〟の問題でこちらは時間がかなり限られる」
作戦参謀である御園が切り出した言葉に「え? 時間?」と戸惑いの声を漏らしたのは真昼だった。
主人は吸血鬼と離れたまま6時間経過すると体に異常が現れ、24時間経過すると死ぬ。知っているだろうと、御園から改めて言われた事により、真昼は以前C3に連れて行かれた時に、露木の口からだけでなく、クロ自身の口からも聞いた話を思い出し―――――。
リヒトの体に異常が現れた時間が朝6時くらいであること。
そこから逆算してロウレスの方は深夜0時頃に椿にさらわれたのだろうと御園が結論を出した処で。
「もし今も・・・2人が離れた場所に幽閉されてるとしたら今日の夜・・・24時頃にはリヒトさんが危ないってことかよ!?」
状況は最悪なモノになっているのだと理解した真昼が愕然とした表情を浮かべると。
対照的に真剣な顔付きになった鉄が武器である棺桶を背負って立ち上がると、
「どうすんだ。今すぐでも乗り込むか?」
そう言いながら御園を見下ろすようにしながら問いかけてきて。
皆と同じ目線になるように座布団を幾枚か重ねた上で、そこに腕組みをしながら座っていた御園は―――――
「バカか貴様は! 乗り込むってどこにだ!? それにこっちは明らかに戦力不足・・・」
憤慨した面持ちで鉄を睨みながら言い返す。
「でも俺達3組でどうにかするしか・・・っ」
「そうね。それに乗り込む手段が無い訳じゃないわ。私の『鍵』を使えば・・・・・・」
そんな御園に対して、今度は真昼と瑠璃が順に意見を口にする。
と―――――
ふいに御園は思い惑うような口調で「3組・・・か」と呟き。
「・・・城田。それから瑠璃も。貴様達は、今回は・・・戦力外だ」
躊躇うような様子を見せながらも、此方に視線を向けるとそう告げてきたのだ。
「えっ・・・!?」
「御園君、どうして・・・・・・?」
けれど御園のその言葉をすんなりと真昼と瑠璃が受け入れられるはずはなく。
困惑の面持ちで御園を見返すと―――――
「まず、城田。貴様・・・今、武器も出せないんだろう。貴様の吸血鬼がどうなってしまったのか・・・どんな状態なのか・・・今は何もわからない。しかし、いまは考えている時間がない。何かを試す時間も」
御園は淡々とした声音でまず真昼に対してその理由を宣告し。
「それから、瑠璃。貴様にまで戦力外通告を出す理由は、〝怠惰〟と貴様の『誓約』が現状においてどうなっているのか分からないからだ。そんな中で貴様がこれ以上『力』を使うのは万が一という可能性が無いとは言い切れない。だから―――――・・・・・・城田の傍にいてやって欲しい」
瑠璃の左腕に在る、真紅から漆黒に変わってしまった〝誓約の証〟を見遣った後に、御園は苦悩の面持ちでそう告げてきたのだ。
そして―――――
「千駄ヶ谷とヒューをメインに・・・そしてあまり戦えないが僕とリリイ。このメンバーでできることを考える。リミットまであと16時間。必ず〝強欲〟の2人を救出する。作戦を立てるぞ!」
そう御園は言い残すと鉄達を連れて部屋から出て行ってしまったのだ。
「こんなときに、なんにもできないなんて・・・何してんだ俺・・・一人でから回って」
御園達の姿が見えなくなった後、真昼はすっかり気落ちしてしまった様子で卓袱台に突っ伏してしまっていた。
そして真昼の前には、あの黒い球が置かれていたのだが―――――瑠璃だけでなく、真昼が触れてもやはり反応は無いままで。
しかし、その際に卓袱台の上から球が転がり落ちそうになってしまうという事態が発生してしまった為。瑠璃が球の下にタオルをそっと敷いてから、また真昼の傍らに腰を下ろすと―――――
「瑠璃姉・・・・・・俺、リヒトさんを助けに行った
真昼は俯きながら、悔恨に満ちた胸の内をぽつりぽつりと、語り始めたのだが―――――
「ばかだ俺、なんにも成長してないじゃんか。桜哉のことや御園のこと・・・色んなことがあった気がしてたけど、俺、全然・・・・・・」
ふいに真昼は言葉を詰まらせると、肩を震わせながら言った。
「俺も、瑠璃姉みたいに・・・・・・強くなりたかった・・・・・・」
「・・・・・・真昼君」
真昼の言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた瑠璃は真昼の後ろに回ると、膝立ちをしながら背中から真昼をそっと抱きしめる。
「・・・・・・真昼君、それは違うわ。私が〝強く〟在ることが出来たのは、〝独り〟じゃなかったからよ。クロだけじゃなく、真昼君も『私』が何者であるのか、『真実』を知った後も変わらずに、『家族』として接してくれて。〝一緒に立ち向かう〟って言ってくれた。そして『私』は〝失いたくない〟って思う、たくさんの『大切な人達』とも巡り合うことが出来た。そのおかげで、いまの私が在るのよ」
―――――だから、きっと大丈夫。
―――――クロにもちゃんと、今の真昼君の声も届くはずよ・・・・・・。
柔らかな瑠璃の身体から、優しい温もりとともに、慈しみに満ちた想いが流れ込んでくる。
「・・・・・・っ」
真昼の瞳から涙が溢れ出す。
―――――俺は・・・・・・っ!
「強くなりたい・・・! そうだ、俺は誰かとちゃんと向き合える大人になりたかった・・・!」
そうして真昼は〝願い〟を口にする事で、まず〝自分自身〟と〝向き合い〟―――――
「けど、俺、全然クロと向き合えてなかった・・・っ。向き合い方がわかんねぇフリして、優しいフリをして逃げた・・・。クロ、お前のおかげで俺1人じゃできないことが・・・たくさんできたんだ。今度は俺が瑠璃姉と一緒に、お前1人じゃ解決できないことに手を貸す番だった・・・! ・・・ごめん、クロ・・・!」
―――――真昼は〝クロ〟と心の底から〝向き合う〟ことを望んだのだ。
『・・・向き合えねー・・・』
その刹那、耳朶に届いた声は聞き覚えがあるもので―――――
「!!? な・・・」
「・・・・・クロ?」
真昼と瑠璃は呆然とした面持ちで球を見つめる。
と―――――
もやもやとしたモノが、黒い球の中で渦を巻き、もゆんっとそれが収縮すると、そこに小さなクロの姿が現れたのだ。
「クロ!!?」
その姿を目にして、驚愕の声を上げたのは真昼で。
『なんだよ・・・ピーピーうるせーなー・・・』
クロは呆れたような眼差しで真昼を見遣る。
「―――――・・・・・・クロ」
けれど、重ねて瑠璃が名前を呼ぶと、視線を向けてきたクロの顔にはばつの悪そうな表情が浮かんでいて。
『・・・・・・瑠璃』
「クロ、身体の方は大丈夫なの? そこから、自分で出ることは・・・・・・?」
そこで瑠璃は真昼の傍らにまた移動をすると、ゆっくりと両手で球を持ち上げた処で、目線を合わせるようにしながら尋ねかけた。
『ん―――――わかんねー・・・。出れねー』
するとクロは球の中で両手を掲げて、てしてしと周囲を叩く仕草をしたのだが―――――本人の意志でそこから出ることが今は無理なようだった。
けれど―――――
「・・・・・・でも、よかった・・・・・・」
ほ・・・、と息を吐き出し、安堵の言葉を漏らしたのは真昼だった。
『あ?』
目を瞬かせたクロの姿を見つめながら真昼は心の中で呟く。
―――――もうお前の声は聞こえないかと思った。
『ま・・・出れなくてもいいか』
するとクロは考えるのがめんどうになったようで、開き直った様子でそう言ったのだが。
「よくねえだろ!!」
「クロ、それは駄目よ」
それに対し、すかさず真昼が突っ込みを入れると、瑠璃もまた眉根を寄せながらクロを見つめる。
と―――――
「・・・よくねえよ。だって俺・・・クロとちゃんと話したいことがあるんだから」
真昼がクロに向かって、もう一度―――――今度こそきちんと〝向き合う為〟に、自分の想いを言葉にしたのだ。
―――――大丈夫だ
―――――聞こえる
―――――そうだ
―――――考えろ
―――――どうなりたいのか
―――――どうしたいのか
そんな真昼の強い意志が、瑠璃の心にも流れ込んでくる。
―――――大丈夫よ、絶対に―――――
それに応えるべく、瑠璃も真昼に向かって呼びかける。
「真昼君」
と―――――
瑠璃のほうに視線を向けてきた真昼は、「瑠璃姉」と確固たる意志を持った強い瞳で頷き返し。
「絶対・・・お前を元に戻すぞ! それができるのはシンプルに考えて・・・俺と瑠璃姉だろ!」
真昼はクロに向かって、強い口調でそう断言したのだ。
【本館/別館/20・6/12掲載】
