第十四章『“Life’s but a walking shadow”』
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“Life’s but a walking shadow”
御園達が待つ場所に真昼と黒猫を抱いた瑠璃が戻ると、ライラに対する処遇は〝満場一致〟という訳ではないが、そのまま全員で白ノ湯温泉に帰還することとなった。
それから時刻が10時を過ぎてしまった時点で意識を手放してしまった御園は、鉄が背負ってベッドに連れて行き。真昼はライラを連れて温泉に向かったのだが―――――。
「ライラ! 温泉いーのか?」
ライラは温泉には入ろうとはせず、シャワーだけで済ませてしまい。
その後は庭に面した縁側の前で膝を抱えて座り込んでしまっていた。
「あ、う、うん。ぼくはいい・・・かも」
手拭いで濡れた髪を拭きながら真昼が尋ねかけると、変わらずライラはおどおどとした態度のまま応じてきた。
その様子を目にした真昼の意識の内に過ったのは、白ノ湯温泉に戻ってきた際に御園がライラに対して口にしてた言動で。
―――――仕方がないからここに泊めることにするが!
―――――基本的に千駄ヶ谷と行動をともにしてもらうからな!
―――――今の僕らでは千駄ヶ谷が恐らく一番強いぞ!
「その・・・いろいろごめんな。御園はリリイが椿の下位にやられちゃって・・・早く解決したいんだ」
真昼は微かに眉を下げると、ライラに謝罪を述べるのと同時に、ほんとはいい奴なんだよと御園の擁護をする。
それからお風呂上りに購入して右手に持っていたアイスの封を開けると中身を取り出し、
「食べる? モナカアイス」
二つに割ったアイスの半分を差し出すと、ライラは小さく首を縦に振って受け取った為。そのまま真昼もライラの左隣に腰を下ろした処で、お風呂上がりのアイスを食べていたのだが。
「あの・・・真昼。真昼はどうして・・・ぼくを庇ってくれるの? ぼくはきみの敵の吸血鬼なのに」
目線を落としながらアイスを一口齧った処で、ライラが漏らした問いかけの言葉に真昼は目を瞬かせ視線を向ける。
「ぼくを庇ったから・・・〝強欲〟とも決別した・・・。ぼくは・・・きみの誠意に。それから・・・・・・〝お嬢〟の恩情にもこたえないといけない・・・のかも・・・」
―――――〝お嬢〟というのは、憂鬱組の中で一部の下位から瑠璃に対して使われていた敬称なのだと。白ノ湯温泉に帰る途中、ライラと瑠璃が会話を交わした際に、耳にした時に説明をされていた為。真昼はそれに関しては触れることなく。
「ん―――――・・・俺はさ。俺は別に・・・椿達と戦いたいわけじゃない。ただ止めたいだけなんだ」
ぶつぶつと途切れ途切れに声を震わせながらライラが口にした思いに対し、自身の考えを整理するように縁側の向こう側に広がる庭に視線を向けながら言葉を紡ぎ出す。
「戦わなきゃいけない時もあるとは思うけどさ。殺しあったって何も変わらないだろ? 瑠璃姉も同じように思ってるからこそ、あの時ロウレスに対してあんなふうに怒ったんじゃないかな」
―――――何言ってるの、真昼―――――
すると真昼の発言に対して真っ先に難色を示したのはクロの中に存在している『力』だった。
「それは・・・理想論かも・・・」
『力』の声が聴こえている訳ではないが、ライラも真昼の考えには賛同することなく。
―――――そんなコトばかり言ってるカラ、キミはコドモなんだよ!―――――
さらに『力』は涙を零しながら抗議するも、やはり真昼に『力』の声が届くことは無く。
「戦いたくないのはぼくも同じだ・・・けど」
けれどそれをライラが代弁するように苦渋に満ちた声音で真昼に言う。
「でも・・・そう思ってるならヒガンさんには気を付けて・・・。ヒガンさんが・・・憂鬱組のNo.2だから。あの人が下位吸血鬼で一番強くて危険だ・・・。あと、お嬢もヒガンさんとは面識は無いから、遭遇した場合は戦闘を避ける事は難しいかもしれない・・・・・・」
そうして真昼がライラから、まだ対峙したことがない、憂鬱組のNo.2だという下位に関する情報を得た処で二人の話は終了となり、互いに割り当てられた部屋へと戻って行った。
「・・・・・・私はどうするべきなのかな」
布団が一枚だけ敷かれた部屋でポツリと瑠璃は呟いた。
瑠璃が眠る部屋は真昼とクロと同室ではあるものの、一応の配慮として襖で隔てられていて。真昼がライラを温泉に連れて行った時、瑠璃もまた入浴を済ませる為に一人で温泉に行っていた。その後、また一人で部屋に戻ろうとした際に、ライラと話をする真昼の姿を見つけたのだが―――――。
その時に、瑠璃の意識の中には真昼には届かなかった『力』の声が聴こえてきていたのだ。
―――――『力』くんがあんなふうに真昼君に対して言ったのは、あの時クロの殺気に喰われそうになったことによって、真昼君がクロの事を心の奥底で〝恐れて〟しまったのを感じ取ったからかもしれない。
―――――だけど、私は・・・・・・
「・・・・・・もしもクロが過去に〝間違ったこと〟を何かしてしまったのだとしても、クロの〝ミストレス〟として傍にいたい。椿と戦うことは避けられないのだとしても、〝大切な人たち〟を失わない為に『立ち向かう側』でありたい・・・・・・」
ギュッと胸元の『鍵』を瑠璃が握りしめながら、自身の心の中の〝切なる想い〟を口にした。
その、刹那―――――
―――――何故、自分の命に意味などあると思うのか?―――――
―――――何故、何者かになれるなどと思うのか?―――――
―――――どんなに素晴らしい人でも最後は簡単に―――――
―――――独断と偏見に満ちた多数決で殺される―――――
―――――誰も何にもなれやしないというのに―――――
それを否定しようとするかのように―――――
一人の吸血鬼の〝悲壮な叫び〟が瑠璃の中に流れ込んできたのだ。
―――――・・・・・・これってロウレス君の・・・・・・!?
そしてその〝想い〟が誰のモノであるのか、瑠璃が気づくのと同時に、瑠璃の意識は深淵の闇の中に飲み込まれてしまい。
そこで瑠璃は―――――あの時、僅かだけ垣間見た―――――〝強欲〟の記憶。
〝唯一無二〟という名を持つ彼の真祖が―――――〝狂気〟を演じるようになり ―――――そのまま堕ちてしまった 〝理由〟をまた舞台の上で目にする事となる。
『結婚が決まった』
美しい大人の女性に成長した『彼女』は、月明かりが差し込む自室のバルコニーに佇みながら、ロウレスに振り返るとそう告げてきた。
その言葉にロウレスは絶句した面持ちになるも、『彼女』は落ち着いた声音で笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
『そう驚くことでもないだろう? 相手は隣国の王子様さ』
その結婚は両国の同盟の〝形〟を示す為のものだった。
けれどそんな結婚はおかしいと反対したロウレスは『彼女』に対して、
『オレと逃げよう』
―――――そう訴えた。
そうすれば『彼女』が欲しかった〝自由〟もきっと手に入ると。
けれど『彼女』は首を縦に振ることはしなかった。
『彼女』が欲しいのはこの国の平和。そして望みは、平和の象徴として、二つの国の結び目になりたい というものだった。
―――――結果、平和は訪れた。両国は『彼女』を結び目につながった。
―――――ほんの一瞬。
―――――けれどその後、再び戦争が始まってしまい。
―――――『彼女』は処刑されることが決まってしまった。
その時、ロウレスは『彼女』に対し―――――
『一度くらい、オレの言うことを聞けよ・・・!! 逃げよう、オレが守るから』
その手を握ると、以前よりも一層強い口調で訴えかけた。
けれど、やはり『彼女』はそれに応えることはしなかった。
『〝私〟は〝平和を望む者〟。そういう存在 でありたいのさ』
―――――私は自己を実現しに行く―――――
彼女の返答に愕然となったロウレスの真紅の瞳から涙が溢れ出し頬を濡らしていく。
―――――君は平和 を実現死に行く―――――
それでもロウレスは『彼女』が欲するものを奪うことは出来なかった。
『ありがとう〝唯一無二 〟。私のロミオ』
泣き続けるロウレスの頬に『彼女』はそっと両手を伸ばすと、額を合わせながら愛しみの籠った声音で言った。
そして『彼女』―――――『オフィーリア』―――――は死ぬ前に『両国民』たちに向けて唯一つだけ願いを残した。
―――――私の死後にはどうか両国民、皆でオリーブ を添えてくれ―――――
その後、『王女』の死を悼んだ両国民の手によって、右腕にオリーブを携えた〝平和の像〟が作られた。
そして〝平和の像〟の傍らには、何時しか守るように寄り添う、一匹のハリネズミの姿が見られるようになった。
―――――・・・君は欲しいものを手に入れて
―――――君は確かに平和 を実現した
―――――君は平和の象徴となった
―――――・・・それでもオレは涙が出るよ
そうして夜の帳が降りた後、人々がいなくなるとハリネズミは人の姿に代わり。
愛していた彼女の最後を思い出し、唯々、涙を流す日々を送るようになった。
しかし、そこに―――――さらなる凶報が齎された。
それは人と吸血鬼との『共存』を図る中立機関C3からの下された『命令』を受けるか否か、吸血鬼の真祖兄弟七人が話し合いの為に集まった席での事だった。
―――――“To be, or not to be”―――――
―――――“that is the question.”―――――
『あの人の命は・・・オレ達がこんな多数決なんかで消せるもんじゃないっスよ。そんなのオレ達が一番知ってるじゃないっスか・・・・・・』
ロウレスは怒りの感情を滲ませながら、兄弟達に対して吐き捨てるように言った。
すると二番目の真祖である傲慢の吸血鬼―――――オールドチャイルドが眉を顰めながら、
『お主はちと冷静じゃないのう。・・・彼女 のことと重ねておるのか? 私情を挟むでないぞ』
目を伏せつつ、淡々とした口調で諌めるように告げてきた。
『はッ・・・・・・』
けれど、その言葉によって、さらにカチンと来てしまったロウレスは、オールドチャイルドを睨み付けると、勢いよく席を立ちかけたのだが―――――。
『我が輩と嫉妬と色欲は賛成。憤怒と強欲と暴食は反対・・・。のうお主はどう思う。スリーピーアッシュ』
オールドチャイルドはロウレスに構うことはせず、議長席で机に突っ伏していた―――――一番目の真祖である怠惰の吸血鬼―――――スリーピーアッシュに向かって問いを投げかけた。
『――――――――――』
その時、スリーピーアッシュは何と答えたのだろうか。
そこで場景は切り替わり、一人で何処かに去っていくスリーピーアッシュに向かって、必死に手を伸ばすロウレスの姿が見えた。
けれど、引き留めることは叶わず、絶望した面持ちで地面に座り込んでしまったロウレスの頭に慰めるように手を置いたのは六番目の真祖である暴食の吸血鬼―――――ワールドエンドだった。
それから兄弟達がまた散り散りに去って行った後。
ロウレスはあの国に戻ったのだが―――――
そこにあった〝平和〟は、無惨に破壊されて、瓦礫の山しか存在しなくなっていた。
―――――君が繋げた二つの国まるごと
―――――さらに隣の大国に滅ぼされた
―――――君は〝何〟になったのだろう?
そんな状況下において〝平和の像 〟は辛うじて、首より下の姿を留めてはいたのだが。
茫然自失状態となったロウレスが、ゆっくりと歩み寄ると同時に、ピシと左腕が折れて。
遂にはバランスを保つことが出来なくなってしまった像の身体は、胴体部分からガラガラガラガラと崩れていき。終いには地面に向かって落下してしまったのだ。
ロウレスは言葉を失ったまま、身体を戦慄かせながら、目の前に横たう〝平和の像 〟だったもの に手を伸ばすと、胸に掻き抱くように抱きしめた。
『大丈夫、オフィーリア。悲しくないよ・・・』
そうしてロウレスは薄っすらと口元に笑みを浮かべると、囁くような声音でそう漏らしたのだが―――――。
しかし、ロウレスの真紅の瞳の奥に見える色は絶望以外のなにものでもなかった。
『だって・・・君だけじゃない。生きることに意味なんてないんだから』
そんなロウレスの心に呼応したかのように、ザアアアアと空から冷たい雨が降り始めた。
その雨の中でロウレスは、腕の中に〝彼女だったモノ〟を抱きしめたまま、嘆きの歌を唄い始めた。
そして右手に〝彼女だったモノ〟を抱えながら立ち上がったロウレスが、勢いよく左手を振りかざしながらその場でステップを踏むと―――――
バサアとロウレスの背には悪魔の如き羽が現れたのだ。
それは後にロウレスのトレードマークの一つとなる漆黒のマフラーだった。
―――――こんなに虚しいのは君だけじゃない―――――
―――――この世のすべて総じて無意味―――――
―――――すべてが無価値のくだらない舞台―――――
そうして歌を唄い終えると、ロウレスはその言葉で締め括ると同時に、腕の中に抱いていた石像の首に勢いよく喰らい付いたのだ。
―――――・・・・・・っ!?
その様に、衝撃を受けた瑠璃が目を見開くと―――――
右手を掲げながら此方に振り返ってきたロウレスは、舌先に噛み砕いた石膏の欠片を覗かせながら狂気の笑みを浮かべて見せたのだ。
―――――ねぇ、〝ミストレス〟ちゃん―――――
―――――君はこれを見終えても、まだ自分を貫き通す事が出来るのかな?―――――
それからロウレスが両手で顔を覆いながら、その場に膝を突くと、舞台の幕は静かに下りていき、客席には呆然自失状態となった瑠璃が一人で座っていた。
―――――ロウレス君があんなふうになってしまったのは、愛していた人を守り切ることが出来ずに、その手を離してしまったから・・・・・・。
―――――愛していた彼女が守りたかったものを、守ってあげることが出来なかったから・・・・・・。
瞳から涙を流しながら、瑠璃は心の中で想う。
―――――だけど、もしも『彼女』と共に在った〝未来〟をロウレス君が『想像【創造】』することが出来たら―――――
―――――自身の〝過去〟ときちんと〝向き合う〟ことが出来たなら―――――
と―――――
瑠璃の胸元の『鍵』がふわりと白銀の光を瞬かせた。
その刹那―――――幕が下りた舞台の向こう側から、微かにピアノの旋律とともに誰かの声が聴こえてきて。
―――――子供の頃からたくさん夢があった―――――
―――――ピアノをたくさんのひとに聴いてもらうこと―――――
―――――空を飛ぶこと―――――
―――――動物と話すこと―――――・・・
舞台の幕が再び上がると、そこには一人の少年の姿が在り。
少年は舞台上に広がった真っ白なキャンパスの上にクレヨンを使って様々な絵を描いていた。
―――――ピアノを弾く自身の姿。
―――――ラッパを手にした天使たち。
―――――象やウサギやリスなどの動物たち。
あの少年の面差しは、何処か見覚えがある気がする。
客席から瑠璃は立ち上がると舞台に近づいていく。
と―――――
―――――その夢は大体叶って、今では別の夢がある―――――
顔を上げた少年と瑠璃の視線が合い。
少年の姿は天使の羽が付いたリュックを背負った青年に変わっていた。
―――――・・・・・・リヒト君!!
目を瞠った瑠璃に、リヒトは告げてくる。
―――――人が想像できることは、人が実現できることだ―――――
―――――〝想像力〟は武器だ―――――
―――――それは世界のすべてを凌駕する―――――
その言葉によって、足元にピアノの鍵盤が具現化する。
それを奏でるのは、再び幼い姿に戻ったリヒトで。
白、黒、白、黒、白、黒、白、黒、白・・・。
タン、タン、タタン、タン、タ・・・タタン、タタン。
と―――――
軽やかに音色を響かせていた。
けれど―――――
そこに見覚えのない、赤髪の男が姿を現し―――――
―――――『赤』―――――
赤い汽車と線路を鍵盤の先に描いたのだ。
―――――っ・・・・・・!!
刹那、瑠璃はゾクッと背筋が寒くなるのを感じた。
そこで反射的に舞台に飛び乗った瑠璃は幼いリヒトを庇うように前に立つと―――――
―――――貴方は誰!!
赤髪の男を見据えながら問いかけた。
すると徐に顔を上げた赤髪の男は口端を僅かに吊り上げながら言った。
―――――オジサンはね、ただの画家だよ―――――
―――――椿が望む絵を描く・・・・・・―――――
空が白み始めた処で目を覚ました真昼はもぞと布団から右手を出して枕元に置いていたスマホを手に取ると―――――
ん―――――・・・今・・・・6時過ぎかと時刻を確認した。
昨日の件で色々と気になる事が出来てしまった為―――――寝たり、起きたりを繰り返す羽目になってしまった真昼は、くあ・・・と欠伸を漏らすと、右手に持っていたスマホを布団に寝転がったまま畳の上に投げ出し。
―――――〝強欲〟の二人とちゃんと仲間として結束しておくべきだったのかな。
―――――ライラの言う〝一番危険な人物〟には俺はまだ会ってない。
―――――それに瑠璃姉も面識は無いから遭遇した場合は戦闘を避けることは難しいかもしれないって。
思慮を巡らせた真昼は身体を反転させて仰向けの状態から俯せの体勢になると、
―――――だとしたら戦力は多いほうがいいよなあ・・・。
そんなふうに思いながら、ふと隣の布団に視線を向けた処で。
「・・・あれ? クロ・・・布団で寝なかったのか」
猫のまま寝るのはなかなか肩がこる・・・。吸血鬼の飼育には最高級まくらとふかふかお布団をご用意ください・・・。
―――――とか、言ってたくせにと使われた形跡のないキレイなままの布団に対して眉を顰めた真昼は、チラリと部屋を隔てた襖に視線を向ける。
―――――・・・・・・もしかして、瑠璃姉の処で寝てるのか・・・・・・?
家にいた時も、クロは瑠璃の部屋のベッドに猫の姿で潜り込んで眠っていた事は儘あったので、有り得ない事ではないかもしれない。
何より昨日の出来事が原因でもしかしたら、自分の隣で寝る事をクロは敢えて避けたのではないだろうか。
と―――――
複雑な面持ちになった真昼が視線を俯けた時、畳の上に置いたままだったスマホの着信音が鳴り響いたのだ。
「で・・・電話だ。こんな朝から・・・?」
驚きに目を見開いた真昼は、戸惑いながらもスマホに手を伸ばし、「もしも・・・」と電話に応じる。
『Bonjour ! 朝早くにすまない! 昨日会ったクランツだ』
「クランツさん!?」
電話をしてきた相手が、昨日連絡先を交換したばかりの、ピアニストとして活動するリヒトのマネージャーだと判り、真昼は驚きの声を上げてしまったのだが。
『ロウレスの居場所に心当たりはないか!?』
と、いうクランツからの問いかけの言葉に真昼は困惑してしまう。
『さっきリヒトから電話があって・・・』
そんな真昼に対し、クランツは事情を告げてくる。
昨夜、ロウレスが立ち去った後、1人で先に帰ったリヒトはまたカラオケに行っていたらしい。そして早朝の6時頃に、ロウレスが部屋にいるか、確認の電話をクランツにしてきたそうなのだが。
出掛けたままロウレスが戻っていないことを伝えた上で、どうかしたかとクランツが訊くと―――――『体がおかしい・・・』と、そうリヒトは返答してきたのだという。
「えっ!? 一体何が・・・」
『リヒトは今までロウレスを気にかけたりなんてしたことがない。それから『体がおかしい』とも言った・・・。オレが思うにおそらく・・・』
―――――吸血鬼 と主人 が離れすぎて体に異常が起きてる!?
それがクランツと真昼が電話で話した上で出した見解だった。
「体が・・・重てぇ。前にクズネズミがなんか言ってたやつか・・・?」
ずる、ずる・・・と歩道側の建物に手を突きながら、重い体を引きずるようにしつつ、帰路に着いていたリヒトは顔に冷や汗を滲ませながら、チッと舌打ちを漏らすと。
―――――以前、ロウレスから云われた件を思い出す。
『ってワケで―――――オレ達が離れて24時間経っちゃうとリヒたんは死ぬんスけど! まっオレが『リヒたんなんて死んでOK!』って思うまではうまく距離を保ってあげるっスから!』
『うるせぇ、今すぐ死ね』
口端を吊り上げながら、小馬鹿にした様子で限界距離を説明してきたロウレスに対し、リヒトは憤慨した様子で蹴りを繰り出したのだ。
「上等じゃねぇか。あのクズネズミ・・・俺はこの程度で死ぬような天使じゃねぇ」
みつけて殺す。―――――と、リヒトが柳眉を吊り上げながら漏らした時だった。
「・・・彼の人はかくも遠けり。仕方無し・・・」
何処からか、聴こえてきた詩句にリヒトが目を瞬かせると―――――
「え―――――と君で合ってるかね? リヒト・ナントカ君」
刹那、ぞっと背後に身体を蝕まんとするかのような猛毒の気配をリヒトは感じ取っていた。そしてリヒトのすぐ後ろには、赤髪で煙草を銜えた大柄な風体の中年男が、一枚の写真を左手に持ちながら、上から顔を覗き込むようにしつつ立っていたのだ。
バッとすぐさまリヒトは男から距離を取るも、その時には男から繰り出された攻撃の手はリヒトの額を掠めていて。
「おおー動けるなあ。オジサンにはチョット荷が重そうだ」
たははと笑いを零した赤髪の男を睨み付けたリヒトの左目の上からは、どろと血が流れ出してきていた。
―――――抉られた・・・?
眉を顰めながらリヒトは赤髪の男を鋭い目つきで見据える。
「・・・誰だ、てめぇ」
腰より下まで伸びた赤髪を黒い布で束ねた男は、両手に黒い手袋をはめていて。服装はラフなシャツに作業着のようなズボンに前掛けタイプのエプロンを身に着けており。足元にはサンダルを履いていた。先程、詩句を詠んでいた事から察するに、恐らくは何か芸術に携わる人物なのだろうが、いまは敵以外の何者でもない。
敵意を露わにしたリヒトに対し、赤髪の男はたはは・・・と苦笑を浮かべつつ、右手の小指で自身のこめかみを掻く仕草をした後、う―――――ん・・・と逡巡するように漏らすと。
「オジサンもあんまり乗り気じゃあないんだけどね。君のところの吸血鬼 のおかげで〝椿〟の機嫌が悪いもんでね。・・・致し方ない」
両手の平を前に広げながら軽く肩を竦めて見せた処で、
「オジサンはね、これから君にひどいことをしないといけない」
口に銜えていた煙草を親指と人差し指で摘まむと、赤髪の男はリヒトを見遣りながらそう告げてきたのだ。
そして―――――
「・・・ピアニスト。羽をもがれど仕方無し・・・」
赤髪の男がリヒトを題材にして詠んだ詩句―――――それが戦闘開始の合図となった。
【本館/別館/20・4/25掲載】
御園達が待つ場所に真昼と黒猫を抱いた瑠璃が戻ると、ライラに対する処遇は〝満場一致〟という訳ではないが、そのまま全員で白ノ湯温泉に帰還することとなった。
それから時刻が10時を過ぎてしまった時点で意識を手放してしまった御園は、鉄が背負ってベッドに連れて行き。真昼はライラを連れて温泉に向かったのだが―――――。
「ライラ! 温泉いーのか?」
ライラは温泉には入ろうとはせず、シャワーだけで済ませてしまい。
その後は庭に面した縁側の前で膝を抱えて座り込んでしまっていた。
「あ、う、うん。ぼくはいい・・・かも」
手拭いで濡れた髪を拭きながら真昼が尋ねかけると、変わらずライラはおどおどとした態度のまま応じてきた。
その様子を目にした真昼の意識の内に過ったのは、白ノ湯温泉に戻ってきた際に御園がライラに対して口にしてた言動で。
―――――仕方がないからここに泊めることにするが!
―――――基本的に千駄ヶ谷と行動をともにしてもらうからな!
―――――今の僕らでは千駄ヶ谷が恐らく一番強いぞ!
「その・・・いろいろごめんな。御園はリリイが椿の下位にやられちゃって・・・早く解決したいんだ」
真昼は微かに眉を下げると、ライラに謝罪を述べるのと同時に、ほんとはいい奴なんだよと御園の擁護をする。
それからお風呂上りに購入して右手に持っていたアイスの封を開けると中身を取り出し、
「食べる? モナカアイス」
二つに割ったアイスの半分を差し出すと、ライラは小さく首を縦に振って受け取った為。そのまま真昼もライラの左隣に腰を下ろした処で、お風呂上がりのアイスを食べていたのだが。
「あの・・・真昼。真昼はどうして・・・ぼくを庇ってくれるの? ぼくはきみの敵の吸血鬼なのに」
目線を落としながらアイスを一口齧った処で、ライラが漏らした問いかけの言葉に真昼は目を瞬かせ視線を向ける。
「ぼくを庇ったから・・・〝強欲〟とも決別した・・・。ぼくは・・・きみの誠意に。それから・・・・・・〝お嬢〟の恩情にもこたえないといけない・・・のかも・・・」
―――――〝お嬢〟というのは、憂鬱組の中で一部の下位から瑠璃に対して使われていた敬称なのだと。白ノ湯温泉に帰る途中、ライラと瑠璃が会話を交わした際に、耳にした時に説明をされていた為。真昼はそれに関しては触れることなく。
「ん―――――・・・俺はさ。俺は別に・・・椿達と戦いたいわけじゃない。ただ止めたいだけなんだ」
ぶつぶつと途切れ途切れに声を震わせながらライラが口にした思いに対し、自身の考えを整理するように縁側の向こう側に広がる庭に視線を向けながら言葉を紡ぎ出す。
「戦わなきゃいけない時もあるとは思うけどさ。殺しあったって何も変わらないだろ? 瑠璃姉も同じように思ってるからこそ、あの時ロウレスに対してあんなふうに怒ったんじゃないかな」
―――――何言ってるの、真昼―――――
すると真昼の発言に対して真っ先に難色を示したのはクロの中に存在している『力』だった。
「それは・・・理想論かも・・・」
『力』の声が聴こえている訳ではないが、ライラも真昼の考えには賛同することなく。
―――――そんなコトばかり言ってるカラ、キミはコドモなんだよ!―――――
さらに『力』は涙を零しながら抗議するも、やはり真昼に『力』の声が届くことは無く。
「戦いたくないのはぼくも同じだ・・・けど」
けれどそれをライラが代弁するように苦渋に満ちた声音で真昼に言う。
「でも・・・そう思ってるならヒガンさんには気を付けて・・・。ヒガンさんが・・・憂鬱組のNo.2だから。あの人が下位吸血鬼で一番強くて危険だ・・・。あと、お嬢もヒガンさんとは面識は無いから、遭遇した場合は戦闘を避ける事は難しいかもしれない・・・・・・」
そうして真昼がライラから、まだ対峙したことがない、憂鬱組のNo.2だという下位に関する情報を得た処で二人の話は終了となり、互いに割り当てられた部屋へと戻って行った。
「・・・・・・私はどうするべきなのかな」
布団が一枚だけ敷かれた部屋でポツリと瑠璃は呟いた。
瑠璃が眠る部屋は真昼とクロと同室ではあるものの、一応の配慮として襖で隔てられていて。真昼がライラを温泉に連れて行った時、瑠璃もまた入浴を済ませる為に一人で温泉に行っていた。その後、また一人で部屋に戻ろうとした際に、ライラと話をする真昼の姿を見つけたのだが―――――。
その時に、瑠璃の意識の中には真昼には届かなかった『力』の声が聴こえてきていたのだ。
―――――『力』くんがあんなふうに真昼君に対して言ったのは、あの時クロの殺気に喰われそうになったことによって、真昼君がクロの事を心の奥底で〝恐れて〟しまったのを感じ取ったからかもしれない。
―――――だけど、私は・・・・・・
「・・・・・・もしもクロが過去に〝間違ったこと〟を何かしてしまったのだとしても、クロの〝ミストレス〟として傍にいたい。椿と戦うことは避けられないのだとしても、〝大切な人たち〟を失わない為に『立ち向かう側』でありたい・・・・・・」
ギュッと胸元の『鍵』を瑠璃が握りしめながら、自身の心の中の〝切なる想い〟を口にした。
その、刹那―――――
―――――何故、自分の命に意味などあると思うのか?―――――
―――――何故、何者かになれるなどと思うのか?―――――
―――――どんなに素晴らしい人でも最後は簡単に―――――
―――――独断と偏見に満ちた多数決で殺される―――――
―――――誰も何にもなれやしないというのに―――――
それを否定しようとするかのように―――――
一人の吸血鬼の〝悲壮な叫び〟が瑠璃の中に流れ込んできたのだ。
―――――・・・・・・これってロウレス君の・・・・・・!?
そしてその〝想い〟が誰のモノであるのか、瑠璃が気づくのと同時に、瑠璃の意識は深淵の闇の中に飲み込まれてしまい。
そこで瑠璃は―――――あの時、僅かだけ垣間見た―――――〝強欲〟の記憶。
〝唯一無二〟という名を持つ彼の真祖が―――――〝狂気〟を
『結婚が決まった』
美しい大人の女性に成長した『彼女』は、月明かりが差し込む自室のバルコニーに佇みながら、ロウレスに振り返るとそう告げてきた。
その言葉にロウレスは絶句した面持ちになるも、『彼女』は落ち着いた声音で笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
『そう驚くことでもないだろう? 相手は隣国の王子様さ』
その結婚は両国の同盟の〝形〟を示す為のものだった。
けれどそんな結婚はおかしいと反対したロウレスは『彼女』に対して、
『オレと逃げよう』
―――――そう訴えた。
そうすれば『彼女』が欲しかった〝自由〟もきっと手に入ると。
けれど『彼女』は首を縦に振ることはしなかった。
『彼女』が欲しいのはこの国の平和。そして望みは、平和の象徴として、二つの国の結び目に
―――――結果、平和は訪れた。両国は『彼女』を結び目につながった。
―――――ほんの一瞬。
―――――けれどその後、再び戦争が始まってしまい。
―――――『彼女』は処刑されることが決まってしまった。
その時、ロウレスは『彼女』に対し―――――
『一度くらい、オレの言うことを聞けよ・・・!! 逃げよう、オレが守るから』
その手を握ると、以前よりも一層強い口調で訴えかけた。
けれど、やはり『彼女』はそれに応えることはしなかった。
『〝私〟は〝平和を望む者〟。そういう
―――――私は自己を実現しに行く―――――
彼女の返答に愕然となったロウレスの真紅の瞳から涙が溢れ出し頬を濡らしていく。
―――――君は
それでもロウレスは『彼女』が欲するものを奪うことは出来なかった。
『ありがとう〝
泣き続けるロウレスの頬に『彼女』はそっと両手を伸ばすと、額を合わせながら愛しみの籠った声音で言った。
そして『彼女』―――――『オフィーリア』―――――は死ぬ前に『両国民』たちに向けて唯一つだけ願いを残した。
―――――私の死後にはどうか両国民、皆で
その後、『王女』の死を悼んだ両国民の手によって、右腕にオリーブを携えた〝平和の像〟が作られた。
そして〝平和の像〟の傍らには、何時しか守るように寄り添う、一匹のハリネズミの姿が見られるようになった。
―――――・・・君は欲しいものを手に入れて
―――――君は確かに
―――――君は平和の象徴となった
―――――・・・それでもオレは涙が出るよ
そうして夜の帳が降りた後、人々がいなくなるとハリネズミは人の姿に代わり。
愛していた彼女の最後を思い出し、唯々、涙を流す日々を送るようになった。
しかし、そこに―――――さらなる凶報が齎された。
それは人と吸血鬼との『共存』を図る中立機関C3からの下された『命令』を受けるか否か、吸血鬼の真祖兄弟七人が話し合いの為に集まった席での事だった。
―――――“To be, or not to be”―――――
―――――“that is the question.”―――――
『あの人の命は・・・オレ達がこんな多数決なんかで消せるもんじゃないっスよ。そんなのオレ達が一番知ってるじゃないっスか・・・・・・』
ロウレスは怒りの感情を滲ませながら、兄弟達に対して吐き捨てるように言った。
すると二番目の真祖である傲慢の吸血鬼―――――オールドチャイルドが眉を顰めながら、
『お主はちと冷静じゃないのう。・・・
目を伏せつつ、淡々とした口調で諌めるように告げてきた。
『はッ・・・・・・』
けれど、その言葉によって、さらにカチンと来てしまったロウレスは、オールドチャイルドを睨み付けると、勢いよく席を立ちかけたのだが―――――。
『我が輩と嫉妬と色欲は賛成。憤怒と強欲と暴食は反対・・・。のうお主はどう思う。スリーピーアッシュ』
オールドチャイルドはロウレスに構うことはせず、議長席で机に突っ伏していた―――――一番目の真祖である怠惰の吸血鬼―――――スリーピーアッシュに向かって問いを投げかけた。
『――――――――――』
その時、スリーピーアッシュは何と答えたのだろうか。
そこで場景は切り替わり、一人で何処かに去っていくスリーピーアッシュに向かって、必死に手を伸ばすロウレスの姿が見えた。
けれど、引き留めることは叶わず、絶望した面持ちで地面に座り込んでしまったロウレスの頭に慰めるように手を置いたのは六番目の真祖である暴食の吸血鬼―――――ワールドエンドだった。
それから兄弟達がまた散り散りに去って行った後。
ロウレスはあの国に戻ったのだが―――――
そこにあった〝平和〟は、無惨に破壊されて、瓦礫の山しか存在しなくなっていた。
―――――君が繋げた二つの国まるごと
―――――さらに隣の大国に滅ぼされた
―――――君は〝何〟になったのだろう?
そんな状況下において〝
茫然自失状態となったロウレスが、ゆっくりと歩み寄ると同時に、ピシと左腕が折れて。
遂にはバランスを保つことが出来なくなってしまった像の身体は、胴体部分からガラガラガラガラと崩れていき。終いには地面に向かって落下してしまったのだ。
ロウレスは言葉を失ったまま、身体を戦慄かせながら、目の前に横たう〝
『大丈夫、オフィーリア。悲しくないよ・・・』
そうしてロウレスは薄っすらと口元に笑みを浮かべると、囁くような声音でそう漏らしたのだが―――――。
しかし、ロウレスの真紅の瞳の奥に見える色は絶望以外のなにものでもなかった。
『だって・・・君だけじゃない。生きることに意味なんてないんだから』
そんなロウレスの心に呼応したかのように、ザアアアアと空から冷たい雨が降り始めた。
その雨の中でロウレスは、腕の中に〝彼女だったモノ〟を抱きしめたまま、嘆きの歌を唄い始めた。
そして右手に〝彼女だったモノ〟を抱えながら立ち上がったロウレスが、勢いよく左手を振りかざしながらその場でステップを踏むと―――――
バサアとロウレスの背には悪魔の如き羽が現れたのだ。
それは後にロウレスのトレードマークの一つとなる漆黒のマフラーだった。
―――――こんなに虚しいのは君だけじゃない―――――
―――――この世のすべて総じて無意味―――――
―――――すべてが無価値のくだらない舞台―――――
そうして歌を唄い終えると、ロウレスはその言葉で締め括ると同時に、腕の中に抱いていた石像の首に勢いよく喰らい付いたのだ。
―――――・・・・・・っ!?
その様に、衝撃を受けた瑠璃が目を見開くと―――――
右手を掲げながら此方に振り返ってきたロウレスは、舌先に噛み砕いた石膏の欠片を覗かせながら狂気の笑みを浮かべて見せたのだ。
―――――ねぇ、〝ミストレス〟ちゃん―――――
―――――君はこれを見終えても、まだ自分を貫き通す事が出来るのかな?―――――
それからロウレスが両手で顔を覆いながら、その場に膝を突くと、舞台の幕は静かに下りていき、客席には呆然自失状態となった瑠璃が一人で座っていた。
―――――ロウレス君があんなふうになってしまったのは、愛していた人を守り切ることが出来ずに、その手を離してしまったから・・・・・・。
―――――愛していた彼女が守りたかったものを、守ってあげることが出来なかったから・・・・・・。
瞳から涙を流しながら、瑠璃は心の中で想う。
―――――だけど、もしも『彼女』と共に在った〝未来〟をロウレス君が『想像【創造】』することが出来たら―――――
―――――自身の〝過去〟ときちんと〝向き合う〟ことが出来たなら―――――
と―――――
瑠璃の胸元の『鍵』がふわりと白銀の光を瞬かせた。
その刹那―――――幕が下りた舞台の向こう側から、微かにピアノの旋律とともに誰かの声が聴こえてきて。
―――――子供の頃からたくさん夢があった―――――
―――――ピアノをたくさんのひとに聴いてもらうこと―――――
―――――空を飛ぶこと―――――
―――――動物と話すこと―――――・・・
舞台の幕が再び上がると、そこには一人の少年の姿が在り。
少年は舞台上に広がった真っ白なキャンパスの上にクレヨンを使って様々な絵を描いていた。
―――――ピアノを弾く自身の姿。
―――――ラッパを手にした天使たち。
―――――象やウサギやリスなどの動物たち。
あの少年の面差しは、何処か見覚えがある気がする。
客席から瑠璃は立ち上がると舞台に近づいていく。
と―――――
―――――その夢は大体叶って、今では別の夢がある―――――
顔を上げた少年と瑠璃の視線が合い。
少年の姿は天使の羽が付いたリュックを背負った青年に変わっていた。
―――――・・・・・・リヒト君!!
目を瞠った瑠璃に、リヒトは告げてくる。
―――――人が想像できることは、人が実現できることだ―――――
―――――〝想像力〟は武器だ―――――
―――――それは世界のすべてを凌駕する―――――
その言葉によって、足元にピアノの鍵盤が具現化する。
それを奏でるのは、再び幼い姿に戻ったリヒトで。
白、黒、白、黒、白、黒、白、黒、白・・・。
タン、タン、タタン、タン、タ・・・タタン、タタン。
と―――――
軽やかに音色を響かせていた。
けれど―――――
そこに見覚えのない、赤髪の男が姿を現し―――――
―――――『赤』―――――
赤い汽車と線路を鍵盤の先に描いたのだ。
―――――っ・・・・・・!!
刹那、瑠璃はゾクッと背筋が寒くなるのを感じた。
そこで反射的に舞台に飛び乗った瑠璃は幼いリヒトを庇うように前に立つと―――――
―――――貴方は誰!!
赤髪の男を見据えながら問いかけた。
すると徐に顔を上げた赤髪の男は口端を僅かに吊り上げながら言った。
―――――オジサンはね、ただの画家だよ―――――
―――――椿が望む絵を描く・・・・・・―――――
空が白み始めた処で目を覚ました真昼はもぞと布団から右手を出して枕元に置いていたスマホを手に取ると―――――
ん―――――・・・今・・・・6時過ぎかと時刻を確認した。
昨日の件で色々と気になる事が出来てしまった為―――――寝たり、起きたりを繰り返す羽目になってしまった真昼は、くあ・・・と欠伸を漏らすと、右手に持っていたスマホを布団に寝転がったまま畳の上に投げ出し。
―――――〝強欲〟の二人とちゃんと仲間として結束しておくべきだったのかな。
―――――ライラの言う〝一番危険な人物〟には俺はまだ会ってない。
―――――それに瑠璃姉も面識は無いから遭遇した場合は戦闘を避けることは難しいかもしれないって。
思慮を巡らせた真昼は身体を反転させて仰向けの状態から俯せの体勢になると、
―――――だとしたら戦力は多いほうがいいよなあ・・・。
そんなふうに思いながら、ふと隣の布団に視線を向けた処で。
「・・・あれ? クロ・・・布団で寝なかったのか」
猫のまま寝るのはなかなか肩がこる・・・。吸血鬼の飼育には最高級まくらとふかふかお布団をご用意ください・・・。
―――――とか、言ってたくせにと使われた形跡のないキレイなままの布団に対して眉を顰めた真昼は、チラリと部屋を隔てた襖に視線を向ける。
―――――・・・・・・もしかして、瑠璃姉の処で寝てるのか・・・・・・?
家にいた時も、クロは瑠璃の部屋のベッドに猫の姿で潜り込んで眠っていた事は儘あったので、有り得ない事ではないかもしれない。
何より昨日の出来事が原因でもしかしたら、自分の隣で寝る事をクロは敢えて避けたのではないだろうか。
と―――――
複雑な面持ちになった真昼が視線を俯けた時、畳の上に置いたままだったスマホの着信音が鳴り響いたのだ。
「で・・・電話だ。こんな朝から・・・?」
驚きに目を見開いた真昼は、戸惑いながらもスマホに手を伸ばし、「もしも・・・」と電話に応じる。
『
「クランツさん!?」
電話をしてきた相手が、昨日連絡先を交換したばかりの、ピアニストとして活動するリヒトのマネージャーだと判り、真昼は驚きの声を上げてしまったのだが。
『ロウレスの居場所に心当たりはないか!?』
と、いうクランツからの問いかけの言葉に真昼は困惑してしまう。
『さっきリヒトから電話があって・・・』
そんな真昼に対し、クランツは事情を告げてくる。
昨夜、ロウレスが立ち去った後、1人で先に帰ったリヒトはまたカラオケに行っていたらしい。そして早朝の6時頃に、ロウレスが部屋にいるか、確認の電話をクランツにしてきたそうなのだが。
出掛けたままロウレスが戻っていないことを伝えた上で、どうかしたかとクランツが訊くと―――――『体がおかしい・・・』と、そうリヒトは返答してきたのだという。
「えっ!? 一体何が・・・」
『リヒトは今までロウレスを気にかけたりなんてしたことがない。それから『体がおかしい』とも言った・・・。オレが思うにおそらく・・・』
―――――
それがクランツと真昼が電話で話した上で出した見解だった。
「体が・・・重てぇ。前にクズネズミがなんか言ってたやつか・・・?」
ずる、ずる・・・と歩道側の建物に手を突きながら、重い体を引きずるようにしつつ、帰路に着いていたリヒトは顔に冷や汗を滲ませながら、チッと舌打ちを漏らすと。
―――――以前、ロウレスから云われた件を思い出す。
『ってワケで―――――オレ達が離れて24時間経っちゃうとリヒたんは死ぬんスけど! まっオレが『リヒたんなんて死んでOK!』って思うまではうまく距離を保ってあげるっスから!』
『うるせぇ、今すぐ死ね』
口端を吊り上げながら、小馬鹿にした様子で限界距離を説明してきたロウレスに対し、リヒトは憤慨した様子で蹴りを繰り出したのだ。
「上等じゃねぇか。あのクズネズミ・・・俺はこの程度で死ぬような天使じゃねぇ」
みつけて殺す。―――――と、リヒトが柳眉を吊り上げながら漏らした時だった。
「・・・彼の人はかくも遠けり。仕方無し・・・」
何処からか、聴こえてきた詩句にリヒトが目を瞬かせると―――――
「え―――――と君で合ってるかね? リヒト・ナントカ君」
刹那、ぞっと背後に身体を蝕まんとするかのような猛毒の気配をリヒトは感じ取っていた。そしてリヒトのすぐ後ろには、赤髪で煙草を銜えた大柄な風体の中年男が、一枚の写真を左手に持ちながら、上から顔を覗き込むようにしつつ立っていたのだ。
バッとすぐさまリヒトは男から距離を取るも、その時には男から繰り出された攻撃の手はリヒトの額を掠めていて。
「おおー動けるなあ。オジサンにはチョット荷が重そうだ」
たははと笑いを零した赤髪の男を睨み付けたリヒトの左目の上からは、どろと血が流れ出してきていた。
―――――抉られた・・・?
眉を顰めながらリヒトは赤髪の男を鋭い目つきで見据える。
「・・・誰だ、てめぇ」
腰より下まで伸びた赤髪を黒い布で束ねた男は、両手に黒い手袋をはめていて。服装はラフなシャツに作業着のようなズボンに前掛けタイプのエプロンを身に着けており。足元にはサンダルを履いていた。先程、詩句を詠んでいた事から察するに、恐らくは何か芸術に携わる人物なのだろうが、いまは敵以外の何者でもない。
敵意を露わにしたリヒトに対し、赤髪の男はたはは・・・と苦笑を浮かべつつ、右手の小指で自身のこめかみを掻く仕草をした後、う―――――ん・・・と逡巡するように漏らすと。
「オジサンもあんまり乗り気じゃあないんだけどね。君のところの
両手の平を前に広げながら軽く肩を竦めて見せた処で、
「オジサンはね、これから君にひどいことをしないといけない」
口に銜えていた煙草を親指と人差し指で摘まむと、赤髪の男はリヒトを見遣りながらそう告げてきたのだ。
そして―――――
「・・・ピアニスト。羽をもがれど仕方無し・・・」
赤髪の男がリヒトを題材にして詠んだ詩句―――――それが戦闘開始の合図となった。
【本館/別館/20・4/25掲載】
