第十三章『消せない罪』
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消せない罪
「ただいま―――――」
ロウレスが去って行った後、真昼達もまた拠点である白ノ湯温泉に戻って来ていた。
帰り道、クロは一言も喋ることはせず黒猫の姿になると瑠璃の腕の中に納まっていて。真昼は複雑な面持ちで黒猫を見遣ったものの、結局何も聞くことは出来ないまま。
「なんじゃ、遅かったのう! 夜のニュースも終わる時間じゃぞ!」
帰還した二人と一匹に、まず最初に声を掛けてきたのは入浴を終えてパジャマに着替えたヒューで。鉄の膝の上に乗せられながら手拭いで濡れた髪を乾かして貰っている最中だったものの、その右手にはトレードマークの一つともいえる煙管だけはしっかりと握りしめられていた。
それから肩越しにこちらに振り返ると「おかえりなさい―――――」と笑顔で迎えてくれたのが、浴衣に着替えて上に羽織を纏ったリリイで。
御園はやはり10時以降は起きているのは無理だったようで、三人だけでテレビのニュース番組を見ながら帰って来るのを待っていてくれたらしい。
そして―――――
「なんかあったのか?」
と、鉄が尋ねかけてくる。
「いやあ色々あったよ! 新しく真祖と主人に会えたんだけど・・・」
そこで真昼は疲れた面持ちで右手を首に据えると、報告をしようとしたのだが―――――
『それでは次のニュースです。オーストリアから来日中の天才ピアニスト。リヒト・ジキルランド・轟さんの話題です』
「―――――真昼君っ。この人、さっきの・・・・・・!?」
白いシャツに黒いスーツを身に纏いネクタイを締めた青年は、あの天使姿とはだいぶ印象が違うものの。不機嫌そうに顰められたあの鋭い眼だけは同じモノで。
何気なくニュースに視線を向けた瑠璃が目を瞠りつつ真昼に呼び掛けると、
「あ―――――!!? この人!!?」
呆然とした面持ちでテレビの前に座って画面を凝視した真昼も、その直後に仰天した様子で叫び声を上げたのだ。
「なんじゃお主ら、知っておるのか?」
「え、えぇ・・・・・・知っているというか・・・・・・」
眉を下げつつヒューに頷いた瑠璃は自分も真昼の隣に座ると膝の上に黒猫を下ろしニュースの映像を見つめる。
―――――・・・・・・あの人、ピアニストだったの?
だから具現化した武器の一つが、ピアノだったという事なのだろうか。
『日本ではご存じない方もまだ多いですが、今世界中の注目を集めています。父はフランス育ちの日本人で世界でも屈指のバイオリニスト。母はオーストリア人でこちらも世界的に著名なピアニストです。幼い頃から第一線で活躍し現在18歳。その指が奏でる音色はこの世の欲のすべてを浄化する清らかさで。世界で〝天使の音色〟と称されているほどの・・・』
ピアノを奏でるリヒトの姿が映し出された中でアナウンサーは彼の生い立ちを語るのと同時に褒め称える言葉を紡ぎ出していく。
そして演奏を終えた後のリヒトに、記者たちがインタビューを行うシーンが映し出され―――――
『轟さん。日本滞在はいかかでしたか。何か印象に残ることは?』
『・・・カラオケ』
毎日行ったというそのコメントから、瑠璃と真昼は確信をする。
「間違いないわね」
「あの人だ」
そうして二人は呟くように言葉を漏らすと。
「リヒト・トドロキは世界でもかなりの有名人じゃぞ」
煙管を掲げながら得意げな口調で告げてきたヒューの頭から「よし、かわいた」と鉄が手拭いを外した処で、
「ヒューくん、さっき私達この人と会ったのよ」
「強欲の主人 なんだよ!!」
と―――――
瑠璃と真昼から報告を聞いたヒューは「〝強欲〟の・・・?」と眉を顰めると重々しい口調で言った。
「・・・残念じゃ。この青年・・・もう長くは生きられんのじゃな」
「えっ? どういう・・・」
真昼がヒューに訊き返す。
「ロウレスは飽きれば主人を殺してしまう」
そこでヒューの口から聞かされたのは衝撃の事実だった。
「真祖の中でもそんなことをするのはあやつだけ・・・。奴はとうに・・・壊れておるのじゃ」
真昼が愕然となった一方で顔を強張らせた瑠璃は『名前』を尋ねた際にロウレスが嘲笑するようにしながら紡ぎ出したあの言葉を思い出していた。
―――――どうせすぐに変わるから―――――
―――――・・・・・・だからロウレス君はあの時・・・・・・。
『明日ここ東京オペラホールにてコンサートは最終日となります。チケットは即日完売とのことです。会場前から小日向がお伝えしましたー』
アナウンサーが締めの挨拶をすると夜のニュースは終了となり。
いつの間にか、この場からリリイは姿を消していて。どうやら蝶の姿で御園が眠っているベッドのほうに向かったようだった。
そしてヒューも寝床となる棺桶に向かうべく鉄の膝の上から下りると、
「強欲とは関わらぬが吉じゃぞ。きっともめるだけじゃ」
「でも・・・俺達、今少しでも戦力が欲しいし・・・」
去り際に諫めるようにヒューが漏らした言葉に真昼は眉根を寄せながら呟く。
「明日・・・東京オペラホールでコンサート・・・」
その言葉を聴いた瑠璃もまた、胸元の『鍵』を握りしめながら思っていた。
―――――・・・・・・もう一度、強欲組の二人と会って話が出来たら・・・・・・。
ピアノコンサート開催最終日。その日、とある人物が主催者である金剛の元を訪れていた。
その人物は赤いジャケットを肩に羽織り、その下に白のスーツに赤いシャツに黒いネクタイという装いの20代前半くらいで細身な体系の黒髪の青年で。その青年の傍らには、銀髪でオールバック、右眼に黒い蝙蝠の羽のような眼帯を付けて、白いフォーマルスーツを着た男が控えていた。
「リヒト・トドロキの来日コンサート。実現していただき感謝します。金剛さん」
「いえいえ。ご期待に沿えて何よりです」
ホール内にある応接室にて、一人掛けのソファーに対面する形式で腰掛けた両者の間に据え置かれたテーブルの上には、コンサートのパンフレットだけでなく、お茶が用意されたものの、青年はお茶に手を伸ばすことはせず。
「財団会長様のお力はさすがですね」
しかし、柔和な態度で青年は歓談を行いながら、金剛に対し賛辞の言葉を口にする。
「とんでもない! あなたがこれだけご執心とは・・・彼の将来が非常に楽しみですなぁ。椿さん」
すると青年とは真逆でどっしりとした体形の金剛は、一人掛けのソファーに窮屈そうに収まってしまっていた身体を前に乗り出すようにしながら、ははと満面の笑みを浮かべつつ応じてくる。
「そうですね。早死に しなければ・・・あるいは」
そうして金剛が口にした〝将来〟という言葉に対し―――――大会社の『青年実業家』に扮して、来訪していた〝憂鬱〟の真祖たる『椿』は、八重歯を微かに覗かせながら口元に弧を描くと、そんな意味ありげな言葉を返したのだ。
そして金剛との対談を終えた後―――――
「ここが一番お膳立てが面倒だったなあ」
関係者専用の出入り口に向かって、コツコツと靴音を響かせながら歩いて行く椿の足元からは黒い影のようなモノが立ち上り始めていて。
「じゃあ後はよろしくね。僕、クラシックには興味ないから」
そう言った椿が左手を掲げると、青年実業家の扮装から彼の本来の装いである、和服の着物姿に戻っていたのだ。
そして椿の背後には、彼が人間の振りをしていた間も、同行していたシャムロックだけでなく。コンサートホールに相応しい、普段とは少し異なるデザインのタキシードに蝶ネクタイをしたベルキアと、ホルターネックのロングドレスに身を包んだオトギリと、スーツにストライプのワイシャツを着用した桜哉が集っていたのだが。
「・・・何? あの人はどこ行くの?」
ご機嫌な様子でこの場から去っていく椿の後姿を桜哉は見遣りながら正装で集合っつといてと眉を顰めると、
「椿さんはこの後、寄席 に行きたいらしいので・・・」
「マジかよ・・・じゃあオレも帰っていーかな・・・」
オトギリから聞いた返答に桜哉はめんどくさいと言わんばかりの表情でそう呟くと、
「え~~~~~~ッ、つばきゅん帰っちゃうのォ~~~?! つまんないよォッ」
対照的にごねるように不服を漏らしたのはベルキアだった。
けれどその後、作戦参謀たるシャムロックの指示により、ベルキアは襲撃部隊の一人として会場に潜りこむことになり。オトギリと桜哉はそれぞれ屋外での見張り役として配置に就く事となる。
そうして憂鬱組が強欲組に対する襲撃の舞台を着々と整えた時―――――。
「う―――――ん・・・。気になって来てみたけど。チケットないし入れないよなぁ」
コンサート会場の正面出入り口側には、柱の物陰から様子を窺う真昼と瑠璃。そして黒猫の姿が在ったのだ。
「こんなとこまで何しに来たかと思えば・・・入れもしないコンサートとか・・・」
「でも、クロ。今日を逃したら、ロウレス君とリヒト君ともう一度。話をするチャンスが無くなっちゃうかもしれないでしょう?」
真昼の頭の上に乗ったまま呆れた様子で呟いた黒猫を瑠璃は眉を下げながら見つめる。
―――――クロはロウレス君ともう一度会うのは、気が進まないのかもしれない。
―――――だけど、今度こそちゃんと話を聞いて貰うことが出来れば・・・・・・。
―――――・・・・・・その為にもやっぱり『鍵』を使って会場内に入るしかないかしら。
と―――――
胸元の『鍵』をギュッと瑠璃は握りしめながら逡巡すると、それにより瑠璃の考えを察した黒猫は「向き合えねー・・・・・・」と漏らしたのだが。
それを耳朶に拾った真昼が「お前も少しは考えろよっ」という突っ込みをした処で。
「キミたち、そこで何してる?」
背後から聞こえてきた第三者の声に、慌てて真昼と瑠璃は振り返ると、そこに居たのは金髪を緩く三つ編みにして、サングラスをかけた外国人男性で。
「わっ」と真昼は思わず驚きの声を漏らすと、
「すみませんっ、俺達・・・えと・・・」
「リヒトのコンサートを聴きに?」
動揺しながらも言葉を紡ぎ出そうとした真昼に、外国人男性は流暢な日本語で尋ねかけてきたのだ。
「私達、チケットはないんですけど。どうしても轟さんに会って話したいことがあってここに来たんです」
そこですかさず瑠璃が真摯な瞳で外国人男性を見据えながら想いを口にすると。
それに応えるようにサングラスを外した外国人男性は、
「そうか! キミたちも、もしかしてピアノを?」
顔を綻ばせながら真昼と瑠璃を見遣り。
それに対し、いや・・・と真昼が言葉を濁すも、特に気にした様子はなく。
「でも最終日の今日は主催の関係者がメインなんだよなぁ・・・。リヒトのピアノは君たちみたいな若い子にこそ聴いてほしいんだけど・・・」
う―――――んと暫しの間、外国人男性は逡巡する様子を見せたのだが。
「・・・よし。ついておいで! パンフレットの余りがあるからこっそりあげるよ」
どうやら運よく遭遇することが出来た外国人男性は、ピアノコンサートの関係者だったようで、首から下げた関係者専用のネームストラップを左手で示して見せてきて。
「えっ、ありがとうございます・・・」
「有難う御座います!」
正に渡りに船というべきだろう。右手を挙げながら手招きをしてくれた外国人男性からの申し出に、戸惑いの表情となりながら礼を言った真昼と共に瑠璃もまたぺこりとおじぎをすると、後に続いてコンサート会場に無事潜入する事となったのだ。
先導して先を行く外国人男性の後を真昼と共に瑠璃は並んで歩きながら、コンサートホールの案内が何処かにないだろうかと視線を巡らせていく。
―――――中に入れてくれたこの人には申し訳ないけれど、コンサートの会場ホールに隙を見て向かわないと。
と―――――
そんな中、ふと窓の向こう側に見えた建物の屋上に見覚えのある女性の姿を見つけてしまった瑠璃は呆然と目を見開くと足を止めてしまう。
「・・・・・・っ、オトギリさん?!」
「瑠璃姉? どうかした・・・・・・?」
そして瑠璃が立ち止まったことに気づいた真昼も同じように窓の向こう側に視線を向けると、
―――――あの人・・・椿の下位の?
―――――なんであんなところに・・・っ。
べたっと窓ガラスに両手と額を付けながらオトギリの姿を認識した処で。
「あのコンサートの会場ってどのホールですか!?」
「え? 地下2階の大ホールだけど・・・ってキミたち!?」
急に大声を上げた真昼に目を瞬かせながら振り返ってきた外国人男性の口から、目的の場所を聞いたその直後。
「有難う御座います、すみませんっ!!」
「ごめんなさいっ・・・」
瑠璃と真昼は共に来た路をだっと勢いよく逆走して走り出したのだ。
繊細なピアノの旋律がコンサートホールの中で粛々と奏でられる中、ガタと客席に座っていた賓客達が武器を手にして一斉に立ち上がる。
しかし、最前列の席に座っていたロウレスは、突如として背後に満ち溢れた殺気に一切動じることはなく。
「あれぇ。来るなら今日かなーとは思ってたんスけど・・・。全員 敵だったんスねぇ」
余裕の笑みを浮かべながらロウレスは後ろを一瞥すると同時に席を立ちあがる。
その時、右手を前に突き出しながら左手をロウレスが掲げると、彼の首元に巻かれていたマフラーがまるで悪魔の羽の如く躍動し、バサッとそれが翻った時にはロウレスの右手には1本のレイピアが握られていたのだ。
「〝ブルータスお前もか!〟とでも言っておくと盛り上がるっスかね!? でもまだ ダメっスよぉ? 天使ちゃんはオレが遊んでる途中のオモチャなんスから!」
そしてレイピアを構えたロウレスがニヤリと笑みを浮かべながらそう宣言をすると、ドッと一斉に憂鬱の下位達は襲い掛かってきたのだ。
シャァァッと階段の手すりに腰掛けてバランスを取りながら勢いよく真昼と瑠璃は地下2階のホールを目指して滑り降りていく。
そしてトトッと二人は地に足を着けたのだが―――――
「このホール内おかしい・・・っ」
「そうね、誰も人がいないなんて!!」
最初に出会ったあの外国人男性以外、一切人の気配が感じられないまま。
真昼と瑠璃が顔を顰めると、真昼の頭に掴まったまま此処まで来た黒猫が、
「こんなことしても怒られねーんだもんな・・・」
それに同意を示すように呟く。
「オトギリさんがここにいたってことは、椿達もロウレス君がここにいるってわかってることになる」
胸の奥のざわめきが大きくなるのを感じた瑠璃はギュッと胸元の『鍵』を握りしめる。
と―――――
〝―――――最終日の今日は主催の関係者が・・・〟
ここに来る前に聞いた言葉が真昼の意識の内に浮かんでくる。
「もしかして・・・このコンサート自体仕組まれたものだったのか!? くそっ、また後手後手だ」
―――――もし・・・っ戦闘になっているんだとしたら
―――――間に合うか!?
―――――間に合え・・・っ
最悪のビジョンが脳裏に過るも、真昼はそれを振り払うようにしながら、瑠璃と共に全力で一本道になった通路を走っていく。
「あった、大ホール・・・ここだっ」
そうして辿り着いた処で大ホールのドアに真昼が手を掛けるもすんなりと開かず。
「うっ、ドア重い・・・・・・っ」
真昼と瑠璃の二人で扉に力を込めて押すことで、何とかその扉は開かれたのだが―――――
―――――ドン
ホール内に勢いよく吹き荒れる―――――灰塵の嵐―――――そして倒れ伏す観客だった者たち。
舞台でスポットライトを浴びながら―――――ピアノを一心に奏で続ける―――――奏者のリヒト。
そして客席の中央―――――そこに唯一人―――――無傷で両手を広げて悠然と立っているロウレス。
―――――パチパチパチパチパチパチ
ロウレスはリヒトに向かって拍手を送るとともに称賛の言葉を口にする。
「ブラボー、ブラボー!」
そんな、あまりにも衝撃的すぎるホール内の惨状に、真昼と瑠璃は愕然と目を見開き立ち尽くしてしまう。
―――――・・・・・・これ全部、椿の・・・・・・!?
そして口元を右手で覆った瑠璃が無意識の内に左手をきつく握りしめると。
「―――――瑠璃・・・・・・」
苦い表情を浮かべながら人型に戻ったクロの右手がそれを止めさせようとするように触れてくる。
「・・・・・・ありがとう、クロ・・・・・・」
それに気付いた瑠璃は目を伏せると、握りしめていた左手の力を抜いていく。
と―――――
「あっれぇ!? 兄さん!? 遅いっスよぉ、今ちょーど1曲終わっちゃった!」
此方に気付いたロウレスが笑みを浮かべながら振り返ってきたのだ。
「これ全員・・・吸血鬼!? この数を2人で・・・!?」
そんなロウレスに対し真昼が動揺した面持ちで顔を引きつらせながら叫ぶと、
「いやいや1人っスよ! 何人か逃げられちゃったっスけどねぇ」
事も無げな口調でロウレスはそう告げてきて。
―――――嘘だろ・・・っ
―――――椿の下位にこんなに攻め込まれてるってこともだけど
―――――ロウレスって1人でもこんなに強いのか・・・っ
―――――でもこれはやりすぎじゃ・・・
その言葉に真昼が衝撃を抱いた時。
1曲目を引き終えたリヒトが「おい」と低い声で唸りながら、ガタと椅子を引いて立ち上がると、顔にかかった前髪を右手でかきあげながら左手でネクタイを弛めつつ。
「オレの演奏中にうるっせぇんだよ、クズネズミ。殺すぞ」
殺気に満ちた眼差しでロウレスを睨み付けていて。
「マナーの悪い客を排除してあげたんっスよ? お礼は? リヒたん?」
しかし、ロウレスはリヒトに対して嘲笑するような笑みを浮かべると、さらにそれを煽るかのような言葉を紡ぎ出す。
その刹那―――――
「死ね」
舞台から勢いよく跳躍したリヒトは、そう言い放つと同時にドゴとロウレス目掛けて蹴りを繰り出して行ったのだ。
その脚に纏ったブーツの武器の力は凄まじいもので、客席の床が抉れるのと同時に、漆黒の羽のようなモノが周囲には吹き荒れていて。
「・・・・・・真昼君っ!!」
扉側にまで瓦礫が飛んできたことから、すぐさま瑠璃は『鍵』の力を発動させて防御壁を展開したのだが。
その時、リヒトの攻撃を避けていたロウレスが、
「せ―――――のっ」
という掛け声とともにヒュオと両手を構えながら、リヒトの背後に回り込んでいる姿が見えて。
「―――――リヒト君!! 危ないっ!!」
そう叫んだものの、間に合わず。
「・・・ッ」
ゴガッとリヒトの身体はロウレスによって殴り飛ばされてしまい、壁に叩きつけられてしまったのだ。
「まーったくバイオレンスな天使ちゃんで困っちゃうっスね!」
そしてリヒトに一撃を与えたロウレスは右手を掲げながら左手でマフラーを整えつつ軽やかに着地すると、
「ロウレス君っ!! リヒト君は人間でしょう!? そこまでやったりしたら・・・・・・」
やれやれと言わんばかりな様子のロウレスに瑠璃は非難の眼差しを向けるも、
「あ―――――いーの、いーの。〝ミストレス〟ちゃん。主人 はフツーの人間より身体能力はあがってるしー」
ロウレスは肩を竦めながらそんなふうに言い返してきて。
「それに、こんくらいで死ぬようならいらない っス」
冷笑を浮かべるとリヒトのほうを見遣りながら吐き捨てるようにそう呟いたのだ。
すると「チッ」とリヒトのほうから微かに舌打ちが聴こえてきて―――――どうやら意識はあるようだというのは分かったのだが。
「・・・でっ。何の用っスか?」
「・・・俺・・・は」
主人であるはずのリヒトに対し、あまりにも凄然たるロウレスの所業に、愕然とした面持ちで固まってしまっていた真昼は―――――そんな相手に対してどう話を切り出すべきか思い浮かばず、言葉を詰まらせてしまったのだが・・・・・・。
しかし、ロウレスはそんな真昼の様子に顔を顰めると、
「あーそーだ、ツバキね! そんなのどーでもいーつったのにー」
「こんな・・・襲われたのにどうでもいいなんて言えんのかよ!?」
そこで真昼もまた、反射的に叫ぶようにロウレスに対して言い返したのだが。
「だって実際被害もないしー、倒すにしたって協力とかいらないっしょ! 兄さんをその気にさせればいいだけなんスから~~~」
ロウレスはあくまでも他人事と言った態度のままで。
クロと視線を合わせるかのようにほど近い座席の背の上にドカッと腰掛けると、
「ナカマ集めなんて余興いつまでやってんスかあ?」
軽薄な笑みを浮かべながら煽るかのような口調でそう言ったのだ。
するとクロの表情は昨日ロウレスと睨み合った時と同じように、憮然としたものに為りかけたのだが―――――
「クロがっ、強いのは知ってるよ! でもっ、1人だけでできることじゃ」
それを感じ取った真昼が両手を握りしめながらクロを制するように前に出ると。
クロは我に返った様子だったのだが―――――。
それがロウレスの気に障ったようで、
「何も知らないくせに。あんた一体何なんスか?」
ふと、ロウレスは真昼に向かって冷淡な声音でそう言うと。
その次の瞬間、真昼とそして瑠璃の前に跳躍して移動をしてきていて。
「ちょっと〝ミストレス〟ちゃんはこっちに来てくれるっスか」
「え!?」
ロウレスが右手で瑠璃の左腕を掴んでグイッと自分の側に引き寄せると、それを目にしたクロは眦を吊り上げたのだが。
けれどそれと同時に反対の左手もまた、真昼の身体にトンと触れていて―――――。
「う・・・わああああッ?!」
そこで真昼の身体は空中で反転すると、そのまま反対側の壁に向かってゴッと勢いよく突き飛ばされてしまったのだ。
「・・・・・・真昼君っ!?」
そして響き渡ったドゴという音に瑠璃は蒼白な面持ちになってしまったのだが、
「・・・ッ、向き合えねー、くそ・・・」
間一髪の処で真昼が壁に叩きつけられる前にクロが庇って腕の中に掴まえていたのだ。
「クロッ、真昼君っ!!――――――――――ロウレス君っ、離してっ!!」
その姿を目にした瑠璃はすぐさま二人の傍に向かおうとしたのだが、ロウレスの右手を振り解くことが出来ず。
ロウレスはただ嘲笑うような笑みを浮かべたまま、真昼に向かって言葉を紡ぎ出す。
「あんたさ『ヒーロー』にでもなったつもりっスか? 大いなる力を手に入れた『主人公』にでも? だけど大切な『お姫様』は結局守れてないっスよね?」
その言葉にムッとなった真昼は、
「瑠璃姉を放せよロウレスっ!! 俺はっ・・・ただ! 俺にできることを」
と、憤慨した面持ちで言い返そうとしたのだが。
《あんたは一体、なんで 》
―――――WHY―――――
《いつ !?》
―――――WHEN―――――
《どこで !?》
―――――WHERE―――――
《何 を》
―――――WHAT―――――
《どんなふうに 成し遂げて》
―――――HOW―――――
《一体、誰 になるんスか!?》
―――――WHO―――――
「理想を語るフリしてな―――――んにも無い!」
瑠璃を解放することなく、ロウレスは左手を上げながら、芝居がかった口調でそんな言葉を紡ぎ出す。
そのロウレスの言葉に真昼は、反論するべき言葉をすぐに思いつくことが出来ず、顔を顰める。
と―――――
「『誰』にもなれやしないっスよ」
そう言ったロウレスの顔には、ほんの一瞬だけ悲痛な色が滲んでいて。
「―――――・・・・・・ロウレス君?」
目を瞬かせながら、思わず瑠璃はロウレスのその横顔を見つめると。
その刹那―――――瑠璃の意識の中にある〝ヴィジョン〟が流れ込んできたのだ。
『吸血鬼!?』
『日光を浴びせると人の姿ではなくなります』
『兵器か?』
『不老不死だ、調べあげろ』
とある国の王の前で兵士によって捕らえられてしまったロウレスの姿。
そして―――――
縄に縛り付けられた状態で、城のバルコニーの真上から吊るされて、日の光を浴びたことによりハリネズミの姿に変わってしまったロウレスの元に一人の少女が近づいてきた。
少女はそっとハリネズミの元に近づくと、縄を外そうとしたのだが、警戒心が剥き出しになっていたハリネズミは反射的に身体の針を鋭いものに変えていた。
結果、少女の掌は傷付き血が流れだしてきていた。
けれど、少女は悲鳴を上げることはなく、目の端に涙を浮かべながらも、真っ直ぐに目を逸らすことなくハリネズミの事を見つめ続けていた。
そこで少女に対し、申し訳ない事をしてしまったと感じたハリネズミは、針を立てるのを止めて、血だらけの手にそっと身を任せた後。
解放された処で、人型に戻ると自分の事を助けてくれた少女―――――この国の王女であった『彼女』と主従の契約を交わしたのだ。
「―――――・・・・・・今、見えたのって・・・・・・」
呆然と瑠璃が目を瞠りながら呟くと―――――。
「〝ミストレス〟ちゃん。あんたもその身体に流れてる〝血の価値〟を除けば、こうしてオレの手を振り解く事さえできない、ただの『無力な女の子』なんスよ」
クルッと振り返ってきたロウレスは、仄暗い瞳でそんなふうに告げてきて。
パッと掴んだままだった瑠璃の左腕を離すと―――――
―――――バンッ
突如として、ホール内は暗転し―――――
―――――王の良心を掴むには劇こそまさにうってつけ―――――
The play's the thing Wherein I'll catch the conscience of the king
「兄さんの主人も、それに〝ミストレス〟ちゃんも。な―――――んにも知らないみたいっスからオレが楽しく教えてあげるっスよ!」
ロウレスによる一人芝居の劇の幕が上がることとなったのだ。
【本館/20・2/26掲載/別館/20・2/26転記】
★20・4/5 加筆修正
「ただいま―――――」
ロウレスが去って行った後、真昼達もまた拠点である白ノ湯温泉に戻って来ていた。
帰り道、クロは一言も喋ることはせず黒猫の姿になると瑠璃の腕の中に納まっていて。真昼は複雑な面持ちで黒猫を見遣ったものの、結局何も聞くことは出来ないまま。
「なんじゃ、遅かったのう! 夜のニュースも終わる時間じゃぞ!」
帰還した二人と一匹に、まず最初に声を掛けてきたのは入浴を終えてパジャマに着替えたヒューで。鉄の膝の上に乗せられながら手拭いで濡れた髪を乾かして貰っている最中だったものの、その右手にはトレードマークの一つともいえる煙管だけはしっかりと握りしめられていた。
それから肩越しにこちらに振り返ると「おかえりなさい―――――」と笑顔で迎えてくれたのが、浴衣に着替えて上に羽織を纏ったリリイで。
御園はやはり10時以降は起きているのは無理だったようで、三人だけでテレビのニュース番組を見ながら帰って来るのを待っていてくれたらしい。
そして―――――
「なんかあったのか?」
と、鉄が尋ねかけてくる。
「いやあ色々あったよ! 新しく真祖と主人に会えたんだけど・・・」
そこで真昼は疲れた面持ちで右手を首に据えると、報告をしようとしたのだが―――――
『それでは次のニュースです。オーストリアから来日中の天才ピアニスト。リヒト・ジキルランド・轟さんの話題です』
「―――――真昼君っ。この人、さっきの・・・・・・!?」
白いシャツに黒いスーツを身に纏いネクタイを締めた青年は、あの天使姿とはだいぶ印象が違うものの。不機嫌そうに顰められたあの鋭い眼だけは同じモノで。
何気なくニュースに視線を向けた瑠璃が目を瞠りつつ真昼に呼び掛けると、
「あ―――――!!? この人!!?」
呆然とした面持ちでテレビの前に座って画面を凝視した真昼も、その直後に仰天した様子で叫び声を上げたのだ。
「なんじゃお主ら、知っておるのか?」
「え、えぇ・・・・・・知っているというか・・・・・・」
眉を下げつつヒューに頷いた瑠璃は自分も真昼の隣に座ると膝の上に黒猫を下ろしニュースの映像を見つめる。
―――――・・・・・・あの人、ピアニストだったの?
だから具現化した武器の一つが、ピアノだったという事なのだろうか。
『日本ではご存じない方もまだ多いですが、今世界中の注目を集めています。父はフランス育ちの日本人で世界でも屈指のバイオリニスト。母はオーストリア人でこちらも世界的に著名なピアニストです。幼い頃から第一線で活躍し現在18歳。その指が奏でる音色はこの世の欲のすべてを浄化する清らかさで。世界で〝天使の音色〟と称されているほどの・・・』
ピアノを奏でるリヒトの姿が映し出された中でアナウンサーは彼の生い立ちを語るのと同時に褒め称える言葉を紡ぎ出していく。
そして演奏を終えた後のリヒトに、記者たちがインタビューを行うシーンが映し出され―――――
『轟さん。日本滞在はいかかでしたか。何か印象に残ることは?』
『・・・カラオケ』
毎日行ったというそのコメントから、瑠璃と真昼は確信をする。
「間違いないわね」
「あの人だ」
そうして二人は呟くように言葉を漏らすと。
「リヒト・トドロキは世界でもかなりの有名人じゃぞ」
煙管を掲げながら得意げな口調で告げてきたヒューの頭から「よし、かわいた」と鉄が手拭いを外した処で、
「ヒューくん、さっき私達この人と会ったのよ」
「強欲の
と―――――
瑠璃と真昼から報告を聞いたヒューは「〝強欲〟の・・・?」と眉を顰めると重々しい口調で言った。
「・・・残念じゃ。この青年・・・もう長くは生きられんのじゃな」
「えっ? どういう・・・」
真昼がヒューに訊き返す。
「ロウレスは飽きれば主人を殺してしまう」
そこでヒューの口から聞かされたのは衝撃の事実だった。
「真祖の中でもそんなことをするのはあやつだけ・・・。奴はとうに・・・壊れておるのじゃ」
真昼が愕然となった一方で顔を強張らせた瑠璃は『名前』を尋ねた際にロウレスが嘲笑するようにしながら紡ぎ出したあの言葉を思い出していた。
―――――どうせすぐに変わるから―――――
―――――・・・・・・だからロウレス君はあの時・・・・・・。
『明日ここ東京オペラホールにてコンサートは最終日となります。チケットは即日完売とのことです。会場前から小日向がお伝えしましたー』
アナウンサーが締めの挨拶をすると夜のニュースは終了となり。
いつの間にか、この場からリリイは姿を消していて。どうやら蝶の姿で御園が眠っているベッドのほうに向かったようだった。
そしてヒューも寝床となる棺桶に向かうべく鉄の膝の上から下りると、
「強欲とは関わらぬが吉じゃぞ。きっともめるだけじゃ」
「でも・・・俺達、今少しでも戦力が欲しいし・・・」
去り際に諫めるようにヒューが漏らした言葉に真昼は眉根を寄せながら呟く。
「明日・・・東京オペラホールでコンサート・・・」
その言葉を聴いた瑠璃もまた、胸元の『鍵』を握りしめながら思っていた。
―――――・・・・・・もう一度、強欲組の二人と会って話が出来たら・・・・・・。
ピアノコンサート開催最終日。その日、とある人物が主催者である金剛の元を訪れていた。
その人物は赤いジャケットを肩に羽織り、その下に白のスーツに赤いシャツに黒いネクタイという装いの20代前半くらいで細身な体系の黒髪の青年で。その青年の傍らには、銀髪でオールバック、右眼に黒い蝙蝠の羽のような眼帯を付けて、白いフォーマルスーツを着た男が控えていた。
「リヒト・トドロキの来日コンサート。実現していただき感謝します。金剛さん」
「いえいえ。ご期待に沿えて何よりです」
ホール内にある応接室にて、一人掛けのソファーに対面する形式で腰掛けた両者の間に据え置かれたテーブルの上には、コンサートのパンフレットだけでなく、お茶が用意されたものの、青年はお茶に手を伸ばすことはせず。
「財団会長様のお力はさすがですね」
しかし、柔和な態度で青年は歓談を行いながら、金剛に対し賛辞の言葉を口にする。
「とんでもない! あなたがこれだけご執心とは・・・彼の将来が非常に楽しみですなぁ。椿さん」
すると青年とは真逆でどっしりとした体形の金剛は、一人掛けのソファーに窮屈そうに収まってしまっていた身体を前に乗り出すようにしながら、ははと満面の笑みを浮かべつつ応じてくる。
「そうですね。
そうして金剛が口にした〝将来〟という言葉に対し―――――大会社の『青年実業家』に扮して、来訪していた〝憂鬱〟の真祖たる『椿』は、八重歯を微かに覗かせながら口元に弧を描くと、そんな意味ありげな言葉を返したのだ。
そして金剛との対談を終えた後―――――
「ここが一番お膳立てが面倒だったなあ」
関係者専用の出入り口に向かって、コツコツと靴音を響かせながら歩いて行く椿の足元からは黒い影のようなモノが立ち上り始めていて。
「じゃあ後はよろしくね。僕、クラシックには興味ないから」
そう言った椿が左手を掲げると、青年実業家の扮装から彼の本来の装いである、和服の着物姿に戻っていたのだ。
そして椿の背後には、彼が人間の振りをしていた間も、同行していたシャムロックだけでなく。コンサートホールに相応しい、普段とは少し異なるデザインのタキシードに蝶ネクタイをしたベルキアと、ホルターネックのロングドレスに身を包んだオトギリと、スーツにストライプのワイシャツを着用した桜哉が集っていたのだが。
「・・・何? あの人はどこ行くの?」
ご機嫌な様子でこの場から去っていく椿の後姿を桜哉は見遣りながら正装で集合っつといてと眉を顰めると、
「椿さんはこの後、
「マジかよ・・・じゃあオレも帰っていーかな・・・」
オトギリから聞いた返答に桜哉はめんどくさいと言わんばかりの表情でそう呟くと、
「え~~~~~~ッ、つばきゅん帰っちゃうのォ~~~?! つまんないよォッ」
対照的にごねるように不服を漏らしたのはベルキアだった。
けれどその後、作戦参謀たるシャムロックの指示により、ベルキアは襲撃部隊の一人として会場に潜りこむことになり。オトギリと桜哉はそれぞれ屋外での見張り役として配置に就く事となる。
そうして憂鬱組が強欲組に対する襲撃の舞台を着々と整えた時―――――。
「う―――――ん・・・。気になって来てみたけど。チケットないし入れないよなぁ」
コンサート会場の正面出入り口側には、柱の物陰から様子を窺う真昼と瑠璃。そして黒猫の姿が在ったのだ。
「こんなとこまで何しに来たかと思えば・・・入れもしないコンサートとか・・・」
「でも、クロ。今日を逃したら、ロウレス君とリヒト君ともう一度。話をするチャンスが無くなっちゃうかもしれないでしょう?」
真昼の頭の上に乗ったまま呆れた様子で呟いた黒猫を瑠璃は眉を下げながら見つめる。
―――――クロはロウレス君ともう一度会うのは、気が進まないのかもしれない。
―――――だけど、今度こそちゃんと話を聞いて貰うことが出来れば・・・・・・。
―――――・・・・・・その為にもやっぱり『鍵』を使って会場内に入るしかないかしら。
と―――――
胸元の『鍵』をギュッと瑠璃は握りしめながら逡巡すると、それにより瑠璃の考えを察した黒猫は「向き合えねー・・・・・・」と漏らしたのだが。
それを耳朶に拾った真昼が「お前も少しは考えろよっ」という突っ込みをした処で。
「キミたち、そこで何してる?」
背後から聞こえてきた第三者の声に、慌てて真昼と瑠璃は振り返ると、そこに居たのは金髪を緩く三つ編みにして、サングラスをかけた外国人男性で。
「わっ」と真昼は思わず驚きの声を漏らすと、
「すみませんっ、俺達・・・えと・・・」
「リヒトのコンサートを聴きに?」
動揺しながらも言葉を紡ぎ出そうとした真昼に、外国人男性は流暢な日本語で尋ねかけてきたのだ。
「私達、チケットはないんですけど。どうしても轟さんに会って話したいことがあってここに来たんです」
そこですかさず瑠璃が真摯な瞳で外国人男性を見据えながら想いを口にすると。
それに応えるようにサングラスを外した外国人男性は、
「そうか! キミたちも、もしかしてピアノを?」
顔を綻ばせながら真昼と瑠璃を見遣り。
それに対し、いや・・・と真昼が言葉を濁すも、特に気にした様子はなく。
「でも最終日の今日は主催の関係者がメインなんだよなぁ・・・。リヒトのピアノは君たちみたいな若い子にこそ聴いてほしいんだけど・・・」
う―――――んと暫しの間、外国人男性は逡巡する様子を見せたのだが。
「・・・よし。ついておいで! パンフレットの余りがあるからこっそりあげるよ」
どうやら運よく遭遇することが出来た外国人男性は、ピアノコンサートの関係者だったようで、首から下げた関係者専用のネームストラップを左手で示して見せてきて。
「えっ、ありがとうございます・・・」
「有難う御座います!」
正に渡りに船というべきだろう。右手を挙げながら手招きをしてくれた外国人男性からの申し出に、戸惑いの表情となりながら礼を言った真昼と共に瑠璃もまたぺこりとおじぎをすると、後に続いてコンサート会場に無事潜入する事となったのだ。
先導して先を行く外国人男性の後を真昼と共に瑠璃は並んで歩きながら、コンサートホールの案内が何処かにないだろうかと視線を巡らせていく。
―――――中に入れてくれたこの人には申し訳ないけれど、コンサートの会場ホールに隙を見て向かわないと。
と―――――
そんな中、ふと窓の向こう側に見えた建物の屋上に見覚えのある女性の姿を見つけてしまった瑠璃は呆然と目を見開くと足を止めてしまう。
「・・・・・・っ、オトギリさん?!」
「瑠璃姉? どうかした・・・・・・?」
そして瑠璃が立ち止まったことに気づいた真昼も同じように窓の向こう側に視線を向けると、
―――――あの人・・・椿の下位の?
―――――なんであんなところに・・・っ。
べたっと窓ガラスに両手と額を付けながらオトギリの姿を認識した処で。
「あのコンサートの会場ってどのホールですか!?」
「え? 地下2階の大ホールだけど・・・ってキミたち!?」
急に大声を上げた真昼に目を瞬かせながら振り返ってきた外国人男性の口から、目的の場所を聞いたその直後。
「有難う御座います、すみませんっ!!」
「ごめんなさいっ・・・」
瑠璃と真昼は共に来た路をだっと勢いよく逆走して走り出したのだ。
繊細なピアノの旋律がコンサートホールの中で粛々と奏でられる中、ガタと客席に座っていた賓客達が武器を手にして一斉に立ち上がる。
しかし、最前列の席に座っていたロウレスは、突如として背後に満ち溢れた殺気に一切動じることはなく。
「あれぇ。来るなら今日かなーとは思ってたんスけど・・・。
余裕の笑みを浮かべながらロウレスは後ろを一瞥すると同時に席を立ちあがる。
その時、右手を前に突き出しながら左手をロウレスが掲げると、彼の首元に巻かれていたマフラーがまるで悪魔の羽の如く躍動し、バサッとそれが翻った時にはロウレスの右手には1本のレイピアが握られていたのだ。
「〝ブルータスお前もか!〟とでも言っておくと盛り上がるっスかね!? でも
そしてレイピアを構えたロウレスがニヤリと笑みを浮かべながらそう宣言をすると、ドッと一斉に憂鬱の下位達は襲い掛かってきたのだ。
シャァァッと階段の手すりに腰掛けてバランスを取りながら勢いよく真昼と瑠璃は地下2階のホールを目指して滑り降りていく。
そしてトトッと二人は地に足を着けたのだが―――――
「このホール内おかしい・・・っ」
「そうね、誰も人がいないなんて!!」
最初に出会ったあの外国人男性以外、一切人の気配が感じられないまま。
真昼と瑠璃が顔を顰めると、真昼の頭に掴まったまま此処まで来た黒猫が、
「こんなことしても怒られねーんだもんな・・・」
それに同意を示すように呟く。
「オトギリさんがここにいたってことは、椿達もロウレス君がここにいるってわかってることになる」
胸の奥のざわめきが大きくなるのを感じた瑠璃はギュッと胸元の『鍵』を握りしめる。
と―――――
〝―――――最終日の今日は主催の関係者が・・・〟
ここに来る前に聞いた言葉が真昼の意識の内に浮かんでくる。
「もしかして・・・このコンサート自体仕組まれたものだったのか!? くそっ、また後手後手だ」
―――――もし・・・っ戦闘になっているんだとしたら
―――――間に合うか!?
―――――間に合え・・・っ
最悪のビジョンが脳裏に過るも、真昼はそれを振り払うようにしながら、瑠璃と共に全力で一本道になった通路を走っていく。
「あった、大ホール・・・ここだっ」
そうして辿り着いた処で大ホールのドアに真昼が手を掛けるもすんなりと開かず。
「うっ、ドア重い・・・・・・っ」
真昼と瑠璃の二人で扉に力を込めて押すことで、何とかその扉は開かれたのだが―――――
―――――ドン
ホール内に勢いよく吹き荒れる―――――灰塵の嵐―――――そして倒れ伏す観客だった者たち。
舞台でスポットライトを浴びながら―――――ピアノを一心に奏で続ける―――――奏者のリヒト。
そして客席の中央―――――そこに唯一人―――――無傷で両手を広げて悠然と立っているロウレス。
―――――パチパチパチパチパチパチ
ロウレスはリヒトに向かって拍手を送るとともに称賛の言葉を口にする。
「ブラボー、ブラボー!」
そんな、あまりにも衝撃的すぎるホール内の惨状に、真昼と瑠璃は愕然と目を見開き立ち尽くしてしまう。
―――――・・・・・・これ全部、椿の・・・・・・!?
そして口元を右手で覆った瑠璃が無意識の内に左手をきつく握りしめると。
「―――――瑠璃・・・・・・」
苦い表情を浮かべながら人型に戻ったクロの右手がそれを止めさせようとするように触れてくる。
「・・・・・・ありがとう、クロ・・・・・・」
それに気付いた瑠璃は目を伏せると、握りしめていた左手の力を抜いていく。
と―――――
「あっれぇ!? 兄さん!? 遅いっスよぉ、今ちょーど1曲終わっちゃった!」
此方に気付いたロウレスが笑みを浮かべながら振り返ってきたのだ。
「これ全員・・・吸血鬼!? この数を2人で・・・!?」
そんなロウレスに対し真昼が動揺した面持ちで顔を引きつらせながら叫ぶと、
「いやいや1人っスよ! 何人か逃げられちゃったっスけどねぇ」
事も無げな口調でロウレスはそう告げてきて。
―――――嘘だろ・・・っ
―――――椿の下位にこんなに攻め込まれてるってこともだけど
―――――ロウレスって1人でもこんなに強いのか・・・っ
―――――でもこれはやりすぎじゃ・・・
その言葉に真昼が衝撃を抱いた時。
1曲目を引き終えたリヒトが「おい」と低い声で唸りながら、ガタと椅子を引いて立ち上がると、顔にかかった前髪を右手でかきあげながら左手でネクタイを弛めつつ。
「オレの演奏中にうるっせぇんだよ、クズネズミ。殺すぞ」
殺気に満ちた眼差しでロウレスを睨み付けていて。
「マナーの悪い客を排除してあげたんっスよ? お礼は? リヒたん?」
しかし、ロウレスはリヒトに対して嘲笑するような笑みを浮かべると、さらにそれを煽るかのような言葉を紡ぎ出す。
その刹那―――――
「死ね」
舞台から勢いよく跳躍したリヒトは、そう言い放つと同時にドゴとロウレス目掛けて蹴りを繰り出して行ったのだ。
その脚に纏ったブーツの武器の力は凄まじいもので、客席の床が抉れるのと同時に、漆黒の羽のようなモノが周囲には吹き荒れていて。
「・・・・・・真昼君っ!!」
扉側にまで瓦礫が飛んできたことから、すぐさま瑠璃は『鍵』の力を発動させて防御壁を展開したのだが。
その時、リヒトの攻撃を避けていたロウレスが、
「せ―――――のっ」
という掛け声とともにヒュオと両手を構えながら、リヒトの背後に回り込んでいる姿が見えて。
「―――――リヒト君!! 危ないっ!!」
そう叫んだものの、間に合わず。
「・・・ッ」
ゴガッとリヒトの身体はロウレスによって殴り飛ばされてしまい、壁に叩きつけられてしまったのだ。
「まーったくバイオレンスな天使ちゃんで困っちゃうっスね!」
そしてリヒトに一撃を与えたロウレスは右手を掲げながら左手でマフラーを整えつつ軽やかに着地すると、
「ロウレス君っ!! リヒト君は人間でしょう!? そこまでやったりしたら・・・・・・」
やれやれと言わんばかりな様子のロウレスに瑠璃は非難の眼差しを向けるも、
「あ―――――いーの、いーの。〝ミストレス〟ちゃん。
ロウレスは肩を竦めながらそんなふうに言い返してきて。
「それに、こんくらいで死ぬようなら
冷笑を浮かべるとリヒトのほうを見遣りながら吐き捨てるようにそう呟いたのだ。
すると「チッ」とリヒトのほうから微かに舌打ちが聴こえてきて―――――どうやら意識はあるようだというのは分かったのだが。
「・・・でっ。何の用っスか?」
「・・・俺・・・は」
主人であるはずのリヒトに対し、あまりにも凄然たるロウレスの所業に、愕然とした面持ちで固まってしまっていた真昼は―――――そんな相手に対してどう話を切り出すべきか思い浮かばず、言葉を詰まらせてしまったのだが・・・・・・。
しかし、ロウレスはそんな真昼の様子に顔を顰めると、
「あーそーだ、ツバキね! そんなのどーでもいーつったのにー」
「こんな・・・襲われたのにどうでもいいなんて言えんのかよ!?」
そこで真昼もまた、反射的に叫ぶようにロウレスに対して言い返したのだが。
「だって実際被害もないしー、倒すにしたって協力とかいらないっしょ! 兄さんをその気にさせればいいだけなんスから~~~」
ロウレスはあくまでも他人事と言った態度のままで。
クロと視線を合わせるかのようにほど近い座席の背の上にドカッと腰掛けると、
「ナカマ集めなんて余興いつまでやってんスかあ?」
軽薄な笑みを浮かべながら煽るかのような口調でそう言ったのだ。
するとクロの表情は昨日ロウレスと睨み合った時と同じように、憮然としたものに為りかけたのだが―――――
「クロがっ、強いのは知ってるよ! でもっ、1人だけでできることじゃ」
それを感じ取った真昼が両手を握りしめながらクロを制するように前に出ると。
クロは我に返った様子だったのだが―――――。
それがロウレスの気に障ったようで、
「何も知らないくせに。あんた一体何なんスか?」
ふと、ロウレスは真昼に向かって冷淡な声音でそう言うと。
その次の瞬間、真昼とそして瑠璃の前に跳躍して移動をしてきていて。
「ちょっと〝ミストレス〟ちゃんはこっちに来てくれるっスか」
「え!?」
ロウレスが右手で瑠璃の左腕を掴んでグイッと自分の側に引き寄せると、それを目にしたクロは眦を吊り上げたのだが。
けれどそれと同時に反対の左手もまた、真昼の身体にトンと触れていて―――――。
「う・・・わああああッ?!」
そこで真昼の身体は空中で反転すると、そのまま反対側の壁に向かってゴッと勢いよく突き飛ばされてしまったのだ。
「・・・・・・真昼君っ!?」
そして響き渡ったドゴという音に瑠璃は蒼白な面持ちになってしまったのだが、
「・・・ッ、向き合えねー、くそ・・・」
間一髪の処で真昼が壁に叩きつけられる前にクロが庇って腕の中に掴まえていたのだ。
「クロッ、真昼君っ!!――――――――――ロウレス君っ、離してっ!!」
その姿を目にした瑠璃はすぐさま二人の傍に向かおうとしたのだが、ロウレスの右手を振り解くことが出来ず。
ロウレスはただ嘲笑うような笑みを浮かべたまま、真昼に向かって言葉を紡ぎ出す。
「あんたさ『ヒーロー』にでもなったつもりっスか? 大いなる力を手に入れた『主人公』にでも? だけど大切な『お姫様』は結局守れてないっスよね?」
その言葉にムッとなった真昼は、
「瑠璃姉を放せよロウレスっ!! 俺はっ・・・ただ! 俺にできることを」
と、憤慨した面持ちで言い返そうとしたのだが。
《あんたは一体、
―――――WHY―――――
《
―――――WHEN―――――
《
―――――WHERE―――――
《
―――――WHAT―――――
《
―――――HOW―――――
《一体、
―――――WHO―――――
「理想を語るフリしてな―――――んにも無い!」
瑠璃を解放することなく、ロウレスは左手を上げながら、芝居がかった口調でそんな言葉を紡ぎ出す。
そのロウレスの言葉に真昼は、反論するべき言葉をすぐに思いつくことが出来ず、顔を顰める。
と―――――
「『誰』にもなれやしないっスよ」
そう言ったロウレスの顔には、ほんの一瞬だけ悲痛な色が滲んでいて。
「―――――・・・・・・ロウレス君?」
目を瞬かせながら、思わず瑠璃はロウレスのその横顔を見つめると。
その刹那―――――瑠璃の意識の中にある〝ヴィジョン〟が流れ込んできたのだ。
『吸血鬼!?』
『日光を浴びせると人の姿ではなくなります』
『兵器か?』
『不老不死だ、調べあげろ』
とある国の王の前で兵士によって捕らえられてしまったロウレスの姿。
そして―――――
縄に縛り付けられた状態で、城のバルコニーの真上から吊るされて、日の光を浴びたことによりハリネズミの姿に変わってしまったロウレスの元に一人の少女が近づいてきた。
少女はそっとハリネズミの元に近づくと、縄を外そうとしたのだが、警戒心が剥き出しになっていたハリネズミは反射的に身体の針を鋭いものに変えていた。
結果、少女の掌は傷付き血が流れだしてきていた。
けれど、少女は悲鳴を上げることはなく、目の端に涙を浮かべながらも、真っ直ぐに目を逸らすことなくハリネズミの事を見つめ続けていた。
そこで少女に対し、申し訳ない事をしてしまったと感じたハリネズミは、針を立てるのを止めて、血だらけの手にそっと身を任せた後。
解放された処で、人型に戻ると自分の事を助けてくれた少女―――――この国の王女であった『彼女』と主従の契約を交わしたのだ。
「―――――・・・・・・今、見えたのって・・・・・・」
呆然と瑠璃が目を瞠りながら呟くと―――――。
「〝ミストレス〟ちゃん。あんたもその身体に流れてる〝血の価値〟を除けば、こうしてオレの手を振り解く事さえできない、ただの『無力な女の子』なんスよ」
クルッと振り返ってきたロウレスは、仄暗い瞳でそんなふうに告げてきて。
パッと掴んだままだった瑠璃の左腕を離すと―――――
―――――バンッ
突如として、ホール内は暗転し―――――
―――――王の良心を掴むには劇こそまさにうってつけ―――――
The play's the thing Wherein I'll catch the conscience of the king
「兄さんの主人も、それに〝ミストレス〟ちゃんも。な―――――んにも知らないみたいっスからオレが楽しく教えてあげるっスよ!」
ロウレスによる一人芝居の劇の幕が上がることとなったのだ。
【本館/20・2/26掲載/別館/20・2/26転記】
★20・4/5 加筆修正
