第十一章『Alice in the Garden《スノーリリイ》』
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―――――カツン・・・カツン、カツン
静まり返った建物の中に、御園と瑠璃の靴音が鳴り響く。
東館の中は、長く人が立ち入っていなかった為に、天井や壁のあちこちにクモの巣が張り巡らされており、歩く度に床に積もったホコリが舞い上がって。
「御園君、私は服の袖で口を覆えば大丈夫だからこれ使って」
病み上がりの御園の事を気遣い、スカートのポケットから取り出したハンカチを差し出したのだが。
右手に懐中電灯を持って先を歩いていた御園は、ごほっと一度、咳をしたものの。
「僕のことは気にせずに、瑠璃、貴様が自分で使っておけ」
そう言ってハンカチを受け取ることはせずにそのまま歩いて行く。
そして―――――
「ここからは階段を上がっていくから足元には気をつけるんだぞ」
そう御園は瑠璃に告げると、ゆっくりと階段を照らしながら登る中で、忘れていた過去の記憶を少しずつ取り戻し始めていた。
―――――・・・思い出す
―――――するするとほどけるみたいに
―――――そうだ・・・昔は僕の部屋もこの東館にあって
―――――ここで僕は7年前のあの日
―――――御国が母さんを殺したのを見たんだ
はぁ、は―――――・・・、は―――――、は―――――・・・と御園が冷や汗を流しながら苦しそうに息を吐き出したのを目にした瑠璃はそっと御園の左手を両手で握りしめる。
「―――――御園君、大丈夫?」
「・・・・・・・っ、すまない、瑠璃」
謝罪を口にした御園に、瑠璃は静かに頭を振る。
御園の手を握った刹那、瑠璃の意識の内にも―――――武器を手にした嫉妬の吸血鬼を連れた、少年の御国が事切れた母親の前に立っている姿が見えていた。
―――――・・・・・・あれが御門さんの中から『御国』さんがいなくなってしまった理由なのだとしたら。
―――――・・・・・・御国さんはどうしてお母さんのことを。
御園と手を繋いだまま、瑠璃は御国の部屋の扉の前まで歩いて行く。
右手で御園が部屋の扉のドアノブを回すと、ギィ・・・という音を鳴らし開かれた扉の向こう側の床には、バイオリンと何冊かの本が散らばっている様子が見えた。
そして壁伝いに照明のスイッチを探り当てた御園がそれをパチと押すと、部屋の中は明るくなったのだ。
「よかった・・・ここは灯りが点く・・・」
そこで瑠璃の手を離すと、安堵の息を吐き出した御園が部屋の奥に進んで行く。
その後に続いて瑠璃も部屋の中に入ると、御園は机の上に置かれていた写真立てを手に取っていて。
「・・・懐かしいな・・・母さん・・・」
そこに映っていた写真は、恐らく御国が何かの賞を取った時に撮影したのだろう。
賞状を持った御国の左肩に左手を置きながら、幼い御園を抱いて微笑む妻の肩を右手で抱いた御門の姿が在った。
「はは、僕、小さいなぁ・・・」
「とても温かい雰囲気が感じられる家族写真ね」
小さく笑いを零した御園と共に写真を目にした瑠璃が思ったままを口にすると。
「・・・・・・そうだな。家族の中は・・・良かったと思う」
―――――なのに御国はどうして・・・。
御園は目を伏せながら頷くと、写真を元の場所に戻そうとした処で、机の上に置かれていた日記に気付いたのだ。
「・・・御国の日記・・・? 僕も服部に言われてつけるようにしてるが・・・御国も・・・」
―――――服部というのは、祖父の代から有栖院家にいて、現在は御園の家庭教師を担っている老紳士のことだ。
―――――そして日記は手書きでつけるといいですぞ、というのがその服部からの教えの一つだったのだが。
御園が机に置かれていた御国の日記に触れようとした刹那―――――ザッと御園の中に、リリイの中に飲み込まれた時に出会った、あの色欲の一部だと名乗った少女の泣き出しそうな姿が浮かび上がったのだ。
「・・・なんだ・・・? 何か・・・あるのか・・・?」
愕然とした面持ちで動きを止めた御園は、恐る恐るといった様子で、そろ・・・と御国の日記に手を伸ばしていく。
そして―――――パラパラパラパラパラパラ・・・と、手にした日記のページを何枚か捲ってみたものの。
「・・・・・・くそ・・・御国め・・・なんて汚い字で日記をつけてるんだ・・・っ。読める部分のほうが少ないじゃないかっ・・・」
癖のある文字である為に、全ての内容を読むことは難しく。
御園は顔を顰めながら、必死に解読を進めていたのだが・・・・・・。
「・・・ん? えっ? えっ・・・?」
ある一文を読み進めた処で、御園の顔が蒼白なものに変わってしまう。
―――――その時、真昼もまた御門の口から、有栖院家で起こった御国に関わる事件の話を。
―――――そして、その〝原因〟となった一つの事実を聞いていた。
―――――御園は御門とその妻の子ではなく。
―――――昔、有栖院家で働いていた女性との・・・浮気相手との子供であるということを。
―――――・・・この家はもう〝色欲〟と〝嫉妬〟でボロボロだ・・・―――――
―――――御園の本当の母親は〝嫉妬〟によって私の妻が殺してしまった―――――
『あなた・・・あの
『お前・・・嫉妬の
妻の犯行を知って愕然となった御門が、肩を掴みながら問いただすと、
『どうしてってなんでわからないの。憎らしくて妬ましくてどうにかなってしまうの・・・』
泣き叫ぶように妻は声を荒げて言った。
その時、その腕の中には幼い赤子が抱かれていて―――――
『う―――――・・・ふあ。う―――――・・・』
微かにぐずるような声を洩らした赤子に、二人はハッとした表情で視線を落とすと―――――
『・・・あなたが憎くて、あの女が憎くて。でも・・・・・・それでも、この子供は・・・関係ない。〝色欲〟におぼれたのはあなたとあの女で。この子を殺す理由にはならなくて・・・っ』
―――――赤子を抱きしめた妻の頬を一筋の涙が伝い。
『・・・すまない。本当にすまない・・・すべて私のせいだ・・・。でも・・・せめて子供は無事で・・・良かった・・・』
その姿を目にした御門もまた、胸の内に後悔の念を抱きながらそんな言葉を紡ぎ出すと、
『ああ・・・なんてことをしてしまったの。どうしよう・・・この子供を愛することがせめてもの罪滅ぼしになるかしら・・・』
妻もまた赤ん坊を腕に抱いたまま、泣き崩れながらそう言ったのだ。
―――――けれどそれは、自分達のエゴだと御門は気付いてはいた。
―――――それからその話を御門がまだ子供であった御国にした時。
『・・・もう仕方ないよ。今できることを精一杯やって・・・償っていくしかないよね』
御国は取り乱すでもなく、怒るでもなく淡々と正論を述べて。
その姿に御門は、我が子でもあるのにもかかわらず、畏怖を覚えていた。
そして―――――
『オレはあなたを軽蔑するよ』
冷然とした眼差しで自分を見据えると、そう言った御国の言葉により、
―――――ああ。とんでもないことをした・・・―――――
後悔の念よりもさらに深い、絶望の淵に御門は立たされる事となったのだ。
けれど―――――
―――――御園は愛らしい子供だった。御園を愛していつくしむことで許された気になった―――――
御園をみんなで守り愛する事が、死んだ御園の母親への懺悔であるみたいに思っていた。
だが、御門の妻の精神はすでに嫉妬の蛇にのまれてしまっていた。
そして・・・7年前のあの日、おそらく御門の妻は御園をも殺そうとした。
―――――御国はそれに気付いていた。
―――――結果、悲劇が再び起こってしまった。
『なんて・・・ひどい夜だ。〝強盗〟が入るなんて・・・・・・』
御国の日記を読み進めた中で知った真実と、リリイの中でみた、あの場面が御園の中で重なり合う。
「まさか・・・御国が母さんを殺した理由は僕を守るため・・・?」
―――――・・・僕が生まれて、僕の本当の母さんは死んで。
―――――御国の母さんも死んで・・・御国はいなくなって・・・。
「僕が生まれたせいでこの家はめちゃくちゃになった? 僕さえ生まれてこなかったら・・・」
ショックを受けた面持ちで御園はそう呟くと、日記を手にしたまま床に崩れ落ちるように座り込んでしまう。
御園とともに、御国の日記の文字を目で追っていた瑠璃もまた、御園の出生に隠されたその真実に、グッと眉根を寄せてしまう。
―――――真実を知れば、御園君は必ずそう感じてしまう。
―――――だから小父様は、御国さんが家を出た〝理由〟を、リリイに頼んで御園君の記憶の中で曖昧にさせる幻術を・・・・・・。
「・・・吸血鬼さえいなければ、こんな惨劇は起こらなかったんじゃないのか。力さえ無ければ・・・」
「・・・おじさん、それは・・・」
話を終えた御門が視線を落としながら呻くように呟いた言葉に、それは違うのではないだろうかと真昼は異議を唱えようとすると―――――
「わかっている、〝色欲〟も〝嫉妬〟も関係ない。私だ、すべて私のせいだ・・・全部・・・御園が大人になったら話をするつもりだったんだ。大人になったらちゃんと・・・・・・今話しても・・・・・・こんな事実と向き合えるはずが・・・」
御門は自身の言葉の誤りを認めはしたものの、その弁解内容は一貫性が無いままで。
「・・・おじさん。おじさんの中でいつになったら御園は大人になるんですか?」
見かねた真昼が眉を顰めながらそう問いかけると、御門は愕然と目を見開いてしまう。
けれど真昼はそこで口を噤むことをせず、
「・・・向き合えないのは御園じゃなくて・・・」
話を続けようとしたのだが、ガタン! と御門は勢いよく椅子から立ち上がると、
「・・・すまない。失礼する・・・」
そのまま真昼に背を向けて食堂から出て行ってしまったのだ。
しかしその後、食堂の外からこっそりと様子を窺っていた、服部、やまね、洞堂の三人が真昼の前に顔を覗かせて。お茶の席に着くことになった処で―――――
―――――御門に口止めされていた為に、御国のことをあえて彼らが知らない振りをしていたのだということ。
―――――けれど心の奥底では、本当の家族のように御国のことを気に掛けていて想っているのだということだけでなく。
―――――有栖院家で働く人々のほとんどが、リリイが連れて来た、親にうまく愛されず死にかけた孤児であったのだということ。
―――――そうしてリリイが助けることが出来なかった子供達を
―――――〝色欲〟を司っているはずの吸血鬼がその罪の償いに奔走するかのような行動をとっていたのだという、有栖院家に隠されていた吸血鬼に関するもう一つの真実を真昼は知ることとなる。
―――――生きていてくれて良かった・・・ごめんなさい・・・―――――
本当はどんな命でも、愛されて生きる権利があるのにという―――――それはまるで
―――――何のために生まれてきたんだろう
―――――愛じゃなく色欲で生まれて
―――――こうして家族をメチャクチャにした
「みんなで・・・僕に隠そうとしてくれていたのか。僕はずっと守られていたんだ・・・」
―――――母さんは僕が憎くて仕方なかったんだろうか
―――――みんな僕を見るたびに苦しかったんだろうか
―――――父さんと・・・本当のお母さんは僕が出来てしまってどれだけ困っただろう
「・・・・・・御園君・・・・・・」
御園の心の中に渦巻いている、悲哀の感情が瑠璃の中にもまた流れ込んでくる。
けれど―――――
御園が生まれたことを、御園の実母は、本当に後悔していたのだろうか。
「―――――・・・・・・愛があるからこそ、色欲も存在しているんじゃないの・・・・・・?」
胸の奥が、ギュッと苦しくなるのと同時に、泣き出したい衝動が込み上げてくる。
―――――瑠璃―――――
その時だった―――――瑠璃の心の中にあの〝色欲〟の一部たる少女の声が響いて。
ふわりと少女が瑠璃の前に姿を現したのだ。
―――――あれを御園に―――――
少女は瑠璃の傍らに立つと右手で瑠璃の左手を握り、ゆっくりともう片方の手を机の端に置かれていた封筒の束に向かって伸ばしていく。
―――――少女の指先が封筒の束に触れると、その紐がスルリと解けてしまい。
―――――そのまま勢いよく、ドサドサッと雪崩落ちるのと同時にカシャンと小さな音を響かせて、机の下に向かって散らばってしまったのだ。
「・・・・・・っ、瑠璃・・・・・・?」
御園が驚いた様子でびくっと身体を震わせると、俯けていた視線を上げて向けてくる。
「・・・・・・驚かせちゃってごめんなさい、御園君。ちょっと、うっかり手を滑らせてしまって・・・・・・」
けれど、御園の瞳は瑠璃の姿しか捉えておらず、どうやら少女の姿は今の御園には見えてはいないようだった。
「な・・・んだ? 手紙・・・?」
それから、ふと御園は瑠璃の傍に散らばっていた封筒に気付き―――――
「父さん宛のモノがどうしてここに・・・・・・」
―――――書かれていた宛名を目にして、困惑した様子でそう呟いたのだが。
「!!」
御国が何の理由もなく、父親宛の手紙を自身の処に保管などするはずが無いのだ。
すぐさまそれに気づいた御園は、バッと一通の手紙を拾い上げると、広げてその内容を目で追っていく。
―――――手紙をありがとう。
―――――私達は母子ともに、健康でいます。
―――――子供には、貴方の名前から一文字もらって『御園』と名前を付けました。
―――――御園は最近少しずつ喋るようになりました。
―――――毎日、楽しそうによく笑います。
「お母さん・・・?」
手紙の送り主は御園の実母である女性からのモノだった。
それには生後まだ数ヵ月ぐらいであろう御園を腕に抱いて微笑む女性の写真も添えられていて。
その笑顔はとても優し気で、幸せそうなものだった。
呆然と写真を見つめた御園は、さらに他の手紙もまた手に取ると読み進めていく。
―――――あなたが送ってくれた小さな花の種、プランターで花を咲かせました。
―――――御園もその花がとても好きみたい。窓際でよく花を見ているの。
―――――なんて、未だ認識できないかしら。
―――――いつか、いろいろなことに説明が済んで、整理がついたら、御園を御国坊ちゃんと会わせてあげられないかしら。
―――――あの子はきっと、御園を可愛がってくれる気がするんだけれど。
―――――素敵な時計をありがとう。でもごめんなさい。お返しします。
―――――そんな高価な贈り物は受け取れません。
―――――この前のような、あなたが選んだ花の種や、あなたが撮った写真で十分です。
―――――どうか、奥様を大切にしてください。
―――――あなたが奥様を誰より愛していることは私もよく知っています。
―――――家族の写真をありがとう。
―――――御国坊ちゃんは大きくなりましたね。
―――――いつも、手紙をありがとう。
―――――あまり心配しないで。
―――――私は今、御園がいてくれて幸せです。
御園の実母である女性から、御門に宛てて書かれた手紙は全て、一切の悲しみも、憎しみも感じられない―――――愛しみに溢れたもので。
手紙を読み終えた御園の瞳からは、気が付くと涙が溢れ出していた。
そうして御園の背中には、いつの間にか瑠璃の手を離した少女が、膝を抱えながら座って寄りそっていて。
瑠璃もまた御園の傍らに膝を折ると、両手でそっと御園の身体を抱きしめていた。
―――――色欲から生まれただなんて
―――――僕は何を思ったんだ
―――――これが愛じゃないなら何だって言うんだ
二つの温もりと鼓動を御園は感じながら心の中で思っていた。
それからカサと音を鳴らした封筒を手に取って逆さにするとカシャンッと懐中時計が出てくる。
―――――色欲とは何だ?
―――――罪とは何だ?
―――――愛とは何だ?
―――――僕とは何だ?
―――――答えを探しに行かないと―――――
「瑠璃」
右腕で自身の涙を拭った御園から名前を呼ばれた瑠璃が身体を離すと―――――
「瑠璃、これから僕はリリイの処に行ってくる。それから父さんともきちんと話をしてくる。だから城田達と共に屋敷の外で待っていて欲しい」
「御園君・・・・・・っ」
真っ直ぐに自分を見つめながらそう言った御園の言葉に瑠璃は目を見開くと、
「―――――今度はちゃんと、約束通りに貴様達の処へ僕は行くからな!」
懐中時計を右手に持った御園は自信に満ち溢れた笑顔でそう宣言したのだ。
それから東館を後にした御園が、リリイの部屋を訪れると、ベッドで横たわっていたリリイは、起き上がりはしたものの、やはり目線を合わせようとはしなかったのだが。
「リリイ。僕が自分の出生について知ってしまうのが怖かったのか?」
リリイの前に立った御園はその姿をじっと見据えると抑揚のない口調で問いかけた。
「知ってしまえば〝色欲〟というものを僕が拒絶してしまうと思ったんだろう。それがずっと怖かったのか?」
「御園・・・私は・・・・・・」
御園から伝わってきた静かな怒りの感情に、リリイは躊躇いながらも口を開こうとしたものの、しかしそのまま言葉を詰まらせてしまう。
「みくびるな臆病者」
そんなリリイに対し、御園は怒気を滲ませながら叱責をすると、御国の部屋で見つけた手紙の中に在った、あの懐中時計をシャランと音を鳴らしながら掲げて見せる。
と―――――
愕然と目を見開いたリリイに御園は言い放つ。
「こぼれてしまった力を戻す方法を僕が探してやる。もう一度、僕と来い。スノーリリイ」
その時、主人であった少年から再び『名前』を呼ばれ『物』を与えられた吸血鬼は、ベッドから抜け出すと、地に降り立ち―――――
そこで、右手を胸に添えながら片膝を着くと、頭を垂れて、改めて成長を遂げた主人である少年に対して忠誠を誓ったのだ。
そして色欲の吸血鬼が受け取った『懐中時計』は、その深層意識の奥に存在している、少女の元にもまた届いていた。
―――――色欲などこの世になければとあなたが嘆くのが怖かった
―――――御園どうか忘れないで
―――――誰もがすべて愛されるために生まれた
―――――誰かが誰かを愛して生まれた
―――――愛と色欲はひとつなの
―――――切り離せなどしないのよ
緩やかに降下してきた懐中時計を、両手を広げて受け止めた少女は、瞳の端に涙を浮かべると、愛おし気に頬をすり寄せながらそう囁いたのだ。
食堂から私室に戻ってきた御門は、窓辺に置かれた机の前に立つと、ガラ・・・と一つの引き出しを開き、そこに長い間ずっと仕舞ったままにしていた二枚の写真を左手に取ると、何とも言えない面持ちで見つめていた。
一枚目の写真は、まだ幼い御園が有栖院家にきてから程なくして撮った家族写真だった。
そして二枚目は―――――御園の実母である〝彼女〟が、我が子を腕に抱いて微笑んでいる写真だった。
―――――・・・・・・あの子が大人になったらちゃんと私は話をするつもりだったんだ。
―――――そう・・・・・・大人になったら・・・・・・。
「失礼します、お父さん」
写真を見つめながら、自身の中に渦巻く想いに、どうすべきなのか、答を出すことを躊躇っていた御門は、扉をノックする音とともに、ふいに聴こえてきた息子の声に対し、反射的に身体を強張らせてしまう。
「―――――・・・・・・っ!?」
そうして、部屋に入室してきた御園の目から、手にしていた写真を隠すために慌ててまた、御門は机の引き出しの中にガタと入れたのだが―――――。
「どうしてそれを・・・!? 捨てた・・・はずの・・・」
「御国の部屋でみつけました。御国が拾って取っておいたみたいでした・・・」
そんな父親に対し、御園は淡々とした口調で告げる。
その時、御園の背後に控えていたリリイが胸の前で組んでいた両手を、小さく微笑みを浮かべながら下ろすと、再契約の証として御園から受け取った『懐中時計』が御門の目にも触れる事となり。
「・・・その時計・・・っ。まさか・・・私が彼女に送って返されてしまった・・・・・・」
「お父さん、僕はみんなを守りたい・・・・。そして瑠璃のことも守って一緒に戦いたい。だから僕はリリイと一緒に城田達と行きます」
愕然となった御門に、御園は静かな声音でそう宣言すると、主人の証が刻まれた右腕を掲げていく。
「・・・リリイ」
主人が〝色欲〟の
「やめなさい御園!!
再び、吸血鬼の力を手にしようとした息子に対し、御門は声を荒げながらそれを阻止しようとしたのだが―――――。
その刹那、ドンという衝撃が御門の身体を襲い―――――そのまま吸血鬼が作り出した幻影空間に取り込まれてしまう。
「!?」
そこは巨大なチェス駒が存在する盤上の上で、気づけば御門は御園と対峙する形で席に着いていた。
「父さんや兄さんとチェスをするのが好きでした。でもいつも僕は負けそうになって・・・その度に父さんは『また今度』と席を立ちました。いつも僕は最後まで勝負をしてほしかった。ちゃんと向き合って欲しかった・・・」
御園は淡々とした口調で、これまでずっと父親に伝えることが出来なかった率直な気持ちを口にする。
それから揺るぎのない眼差しで御園は父親を見据えると―――――
「これは・・・幼かった僕がリリイと契約をして最初に作った術です。どちらかが勝つまでここからは出られない。ルールは普通のチェスと同じ・・・。父さん、あなたが与えてくれた庭で守られて僕は育ちました。そして今日、ここで父さんに勝って僕は庭を出ます。このあたたかい秘密の園を」
父と子の真剣勝負の幕が切って落とされたのだ。
そうして勝敗が決した処で、ヴ・・・ンと音を立てて、リリイの術が解除されると―――――勝者としてその場に立っていたのは御園で。
すく、と真っ直ぐに前を見て背筋を伸ばした御園は、視線を俯けて椅子に座ったままの父親の横を何も言うことなく、静かに通り過ぎようとしたのだが―――――。
「・・・御園。どこかで御国に会えたなら・・・伝えてくれないか。・・・『帰って来なさい』『家族でちゃんと話をしよう』・・・と」
ふと、耳朶に届いた父親が紡ぎ出した言葉に、御園は呆然と目を見開き振り返る。
―――――背を丸めた父はもしかしたら泣いているのかもしれない。
けれど―――――
父から託された想いに対していま自分が返すべき言葉はもう決まっている。
「・・・はい。行ってきます」
庭から羽ばたいていった息子の気配を背に感じながら、一人になった部屋の中で、御門はずっと向き合うことが出来ていなかった自身の中の気持ちを整理するために口を開いた。
「・・・子供だと思っていたんだ・・・。いや・・・子供だ。御園も御国も私にとってはいつまでだって・・・」
涙で視界がぼやけて何も見えなくなってしまわないように、徐に御門は左手で眼鏡をはずすと、椅子から立ち上がり、窓辺に向かって歩み寄って行く。
窓の外に見えたのは、リリイとともに友人たちの元に駆け出していく成長した息子の後姿で。
そうして息子を出迎えた友人たちの中には―――――守って一緒に戦いたいのだと、そう息子が言っていた瑠璃の姿も在り。
ふわりと微笑む瑠璃は、とても優しい雰囲気を持っていて。
―――――御園を訪ねてきた瑠璃の姿を目にした時、何処となく〝彼女〟に似ていると感じ、無意識の内に重ねて見てしまっていた。
だから〝小父様〟と瑠璃から呼ばれた時には戸惑いを覚えてしまった。
けれど―――――
―――――次、あのお嬢さんと会うときは御園の『大切な友人』としてこの家に迎え入れたい―――――
御門はゆっくりと目を伏せると、引き出しの中に入れた二枚の写真を手に取り、心の中でそう呟いたのだ。
【本館/19・12/13掲載/別館/19・12/14転記】
