第十一章『Alice in the Garden《スノーリリイ》』
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「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
灰塵が身体から放出される中で、苦悶の声を上げていたリリイの口からは、いまや人のそれではなくまるで獣のような咆哮が洩れだしていた。
そして真紅の瞳は暗く濁ったモノに変わっていて、目尻の下から頬に掛けては菱形の紋様のようなモノが浮かびあがっていた。
「リリ・・・」
その凄まじい変貌を目の当たりにする事になった御園は、身体が震えているのを感じながらも、その場から逃げる事も出来ず、茫然と立ち尽くしていたのだが―――――。
「離れろ、御園!!」
そう叫ぶと同時に、ドッとリリイの肩に着地したのが、屋根から飛び降りてきた真昼だった。
そして―――――
「御園君!! こっちに!!」
パァと白銀の光が瞬くと、御園のすぐ傍に姿を見せたのが、黒猫を肩に乗せた瑠璃だった。
「!!」
目を見開き、息を呑んだ御園の手を瑠璃が引っ張り、その場から一歩後ろに下がらせると、
「あいてっ」
そのすぐ後に真昼はリリイから振り落とされてしまい、ズシャッと地面に転がってしまったのだが。
「城田・・・?! 瑠璃・・・?! どうしてここに・・・」
「いいから!! それよりリリイどうしたんだよ!?」
驚愕の声を上げた御園に対して、すぐさま起き上がった真昼がこの事態に陥った原因を訊き返す。
「御園君、何か・・・・・・大事な〝物〟を壊されたりしなかった!?」
「物・・・!?」
真昼に続いて瑠璃もまた、椿が言っていた〝事柄〟を口にしたものの、その答を御園から得ることは出来なかった。
―――――いまのリリイは暴走状態になってしまっているのだろうか。
以前、クロが暴走してしまった時、瑠璃は意識を失ってしまっていて、尚且つその場から椿に連れ去られた後だった事から、比べることは出来ないのだが。
真昼曰く、この状況は真昼がクロを暴走させた時と似ているらしい。
リリイの足元には、いつの間にか漆黒の影が沼のように広がり始めていた。
「どうなってるんだ。なんで・・・こんな・・・僕のせいなのか・・・? どうすれば・・・」
纏まらない混乱した思考の中で、御園が呻くように呟く。
「御園・・・私から離れて・・・っ。ミソノ、チガウ、イカナイデ・・・コッチニキテ」
一方、リリイのほうは、まだ微かに理性が残っているかのように思われたのだが、その口から紡ぎ出される言葉は、徐々に混濁したモノに変わっていき。
右手で胸を押さえながら、左手を御園に向かって伸ばしていたリリイの周囲に広がる黒い沼のようなモノの中からは、漆黒の蝶が生まれ始めていた。
そしてリリイ自身の口からもまた、同じモノが吐き出されていて―――――
「コッチニ・・・みその」
暗く濁った瞳でリリイが御園を見つめながら名前を呼んだ刹那の事だった。
ぶわ―――――と無数の漆黒の蝶が御園の全身を拘束するように襲い掛かり。
「御園君・・・・・・っ!?」
すぐさま瑠璃が『鍵』の力を発動させようとしたものの間に合わず。
その次の瞬間、蝶の姿はリリイに変わっていて、ガと御園の首筋に噛付いていたのだ。
さらにそのまま、ズズズズズズズズと御園の身体は漆黒の影のような状態になったリリイの中に沈み込んでいき―――――
ゴクンとそのまま飲み込まれてしまった処で、ト―――――ンと御園の靴が片方だけ、地面に転がり落ちたのだ。
吸血鬼が主人を喰らう―――――衝撃的すぎるその光景に、瑠璃と真昼は戦慄を抱いていた。
「御園君!!」
「クロ!! 御園が!! 嘘だろ・・・っ」
「落ち着け、まだ・・・死んだわけじゃねぇ。・・・中 にいる」
クロもまた愕然とした面持ちで、リリイを見ていたのだが、
「じゃあ・・・引っ張り出せるの!?」
抑揚のない声音でクロが告げてきた言葉に、瑠璃が右手で『鍵』を握りしめると、
「俺がクロに飲まれそうになった時は御国さんが止めてくれた・・・けど御国さんはいない・・・っ。・・・シンプルに考えて俺達でリリイを止めるしかないだろ!!」
真昼もまた気持ちを奮い立たせるように言葉を紡ぎ出すのと同時に、ばっと右腕をクロに差し出して血を飲ませたのだ。
それに対してクロは「向き合えね―――――・・・」と左手を首元に据えながらぼやいたのだが。
それはいつものことなので真昼は構うことはせず、
「クロ!! 瑠璃姉と一緒にサポート頼むぞ!! 俺が・・・」
武器であるホウキを手にリリイに向かって行こうとした処で、ビンッとクロが真昼の右腕に繋がっていた鎖を引っ張って止めたのだ。
その所為で背中から倒れこむことになってしまった真昼はいてぇっと悲鳴を上げると、
「何すんだよ!!」
「サポートって・・・フツー逆だろ・・・」
憤慨した面持ちで詰め寄ってきた真昼にクロは呆れた様子で、オレ吸血鬼、お前人間・・・と言い返す。
だって・・・と真昼は、尚も諦めることなく、言い募ろうとしたのだが、
「お前じゃムリだ・・・」
そう断言したクロは、戦闘態勢に入るように両手に漆黒の鉤爪を具現化させたのだ。
しかし―――――
クロが攻撃を仕掛けるよりも前に、リリイがゴッと右腕を勢いよく振りかざしてきて。
「クロっ!!」
クロが態勢を低くしたのと同時に、咄嗟に瑠璃が『鍵』の力を発動させて防御壁を張った事により、その先制攻撃は回避することが出来たのだが―――――。
「・・・ま、オレにも無理だけど」
クロは地面に伏したまま、ドキドキドキと心音を震わせながら、怖ぇ・・・と呟いていたのだ。
それに対し、すかさず真昼が「コラ―――――!!」と突っ込みを入れた刹那の事だった。
一旦、後方に下がったリリイが、その一瞬の隙を逃すことなく、ヒュと真昼に向かって背後から襲い掛かってきたのだ。
漆黒に染まったリリイの巨大化した左手に捕らわれた真昼の身体はドガと地面に叩きつけられてしまう。
「―――――真昼君っ!?」
防御壁を解除した瑠璃が真昼の傍に駆け寄ろうとしたのだが、ビリッとすぐ傍から伝わってきた怒りの気配にハッと息を呑み、視線をクロの方に向ける。
と―――――
「クロ!!」
制止の声を上げたのは真昼だった。
ビタッとクロの動きが止まる。
「・・・落ち着けよ・・・俺は・・・大丈夫だ・・・っ。早く・・・中から御園を・・・っ」
ぐぐぐ・・・と真昼は手にした武器で、リリイの手を何とか押し返しながら、此方に向かって訴えかけてくる。
その時、ふわと瑠璃の『鍵』が白銀の光を瞬かせた。
そして―――――
―――――お願い・・・・・・・どうか・・・・・・・―――――
再び、瑠璃の意識の中には、〝誰か〟の想いが流れ込んできていた。
「・・・・・・クロ、私が『鍵』の力を使ってリリイの中 に入って御園君を連れて帰って来るわ」
「―――――っ・・・・・瑠璃」
顔を歪めたクロの手を瑠璃は握り、ふわと微笑む。
「大丈夫よ。行ってくるわね、クロ」
意識を集中させるために瑠璃は目を閉じると―――――
パァと白銀の光が瞬き、瑠璃の身体を包み込んでいく。
「リリイ・・・・っ。どうしたんだよ、まるで・・・ホントに吸血鬼みたいじゃねぇか・・・っ」
―――――真昼の叫び声が聞こえてくる。
―――――リリイで結構ですよ―――――
―――――私がひと肌脱ぎましょう?―――――
それと共に浮んでくるのは、柔らかな口調で微笑むリリイの姿。
「御園を放せ・・・!!」
「―――――絶対に、御園君を連れて帰って、元のリリイに戻して見せるから」
真昼の怒号が響き渡った時、瑠璃の身体は閃光に変わり、リリイの中に飛び込んで行ったのだ。
――――――――――なんだ!? どうなってる!? ここは・・・・・・
リリイの中に飲み込まれた御園は、ゆっくりと異次元のような空間の中を降下して行っていた。
そうしてその中で御園が最初に目にしたのは―――――
『ふえっ、え―――――ん・・・』
泣きじゃくる幼い頃の自身の姿だった。
そこにリリイがやって来て、泣いている幼い御園を、よいしょと腕の中に抱き上げると、右手で背をさすりながら優しく尋ねかける。
『御園・・・? どうしました?』
『ケイトが・・・ケイトが消えちゃったよ・・・! みんなに内緒でお外に行きたいってケイトに言われて・・・出て来たのに。そしたらケイト笑って・・・ばいばいって言って。お砂になって消えちゃった・・・っ』
ケイトという少女はリリイの下位だった。
けれど幼い御園は、まだ下位がどういう存在であるのか、理解をしていなかった。
だから―――――彼女の願いを聞き入れて――――――共に外に出て来てしまった。
嗚咽交じりに話を終えた幼子を抱きしめたまま、リリイはそっと目を伏せると、静かな口調で言った。
『・・・・・・御園。ケイトはね、きっと・・・楽しい思い出がたくさんできて・・・『もういいよ』ってお空に帰ったんですよ・・・』
―――――・・・なんだ・・・? 昔の・・・記憶・・・?
目の前の光景は、自身の過去のそれのように御園には見えた。
けれど―――――
『・・・なんてひどい夜だ・・・強盗 が入るなんて・・・』
次に目にしたのは、血だまりの中に倒れ伏した母親を抱きかかえる父親の姿で。
―――――・・・・・・・・・・・いや・・・
思わずその光景から御園が目を背けると―――――
『御園、御園。お兄ちゃんだよ。今日からオレがお兄ちゃんだ』
場面はまた変わっていて、椅子に座ってはいるものの、まだ言葉を話すことは出来ない1歳くらいの御園をあやす、幼少期の御国の姿がそこには在った。
その後も御国の過去の場面が続いて―――――
『お祖父さまが死んだらお前はオレのものになるんだ。父さんがオレにくれるって!』
子供らしい笑顔で、自身を指さしながら、幼少の御国は向かい側の椅子に座った誰かに語り掛けている。
『ちょっとめんどくさそうな顔したな?』
てめ―――――といたずらっ子のような笑みを浮かべた御国に、
『まさか! 御国坊ちゃんのためにひと肌脱ぎますよ?』
ほんの微かに眉を下げつつも、ふふと笑いながら応じていたのはリリイだった。
そこからさらに過去に移り変わっていき―――――
『御門〝坊ちゃん〟はやめろ! 私ももう子供じゃないんだから・・・』
学ランをきた青年時代の御門が、指を突きつけながら眉を吊り上げつつ抗議をしてくる。
それに対し、くすと、恐らくリリイが笑みを零したのだろう。
『笑うな!! 貴様!!』
と―――――激怒する御門の声が響き渡り。
『御門と名付けたんだ』
どんどん時間は逆向をしていき、御門と名付けられた赤ん坊が生まれたばかりの時の様子を映し出していた。
『御影もついに父親ですか』
『はは。ずいぶん年寄りくさいことを言うなぁ』
そして御影と呼ばれた男性と、赤ん坊の母親であろう女性が微笑む姿が見えた後。
『有栖院はいいところですよ。血もいいですし・・・あなたも来ませんか?』
嫉妬の吸血鬼に対して手を差し出すリリイの姿がチラリと見えた。
そこで御園は一つの可能性に辿り着く。
―――――リリイの記憶を遡っている―――――・・・?
その後に見えたのは、やせ細った身体にぼろぼろの衣服を身に纏った状態で、互いに寄り添うようにしながら横たわる双子の少女の姿。
そしてリリイを含めた複数の人物が集まって、何かの挙手を取る場面。
それから―――――
一人で何処かへ歩いて行くリリイの姿。
そして―――――
―――――私を愛してくれますか?
―――――私の罪も罰も愛してくれますか?
―――――私の子供達を愛してくれるのなら
―――――私はあなたとあなたの子供達を
―――――未来永劫愛しましょう
一人の女性の手を取って跪くリリイの姿が見えた後。
―――――これは何の罰なんでしょうか?
―――――・・・・どうして私は吸血鬼なんかにされたんでしょうか・・・?
―――――そこまで生きたいなんて思っていないのに・・・
唐突に場面が薄暗いものに切り替わり―――――
仄暗い部屋の中に立つ〝誰か〟に向かって、虚ろな瞳をしたリリイがそう呟く姿が見えたのだが。
その直後、そこに見えていたリリイの姿にザザとノイズが走り―――――
―――――!?
リリイの姿は子供に変わっていたのだ。
―――――子供の―――――・・・!?
愕然となった御園の気配を感じ取ったかのように、子供の姿に変わったリリイが振り返ってくる。
「リリイ!? 吸血鬼は・・・不老じゃないのか? サーヴァンプももとは人間だった のか・・・?」
そこで御園がリリイに対して手を伸ばしながらそう叫んだ刹那―――――
辺りは一変して闇に包まれてしまう。
―――――が、そこに白銀の閃光が瞬き、
「―――――見つけたっ!! 御園君!!」
「瑠璃・・・・・・っ!?」
顕現した瑠璃が御園の手を掴むと―――――
次に二人が着地した場所は、無数の大中様々な大きさのイースターエッグが浮ぶ水面の上だった。
『御園! 瑠璃!』
その不可思議な空間の中で、ふいに聞こえてきた自分たちを呼ぶ幼い少女の声に、呆然とした表情になっていた御園が驚いた様子でびくっと身体を震わせつつ、恐る恐る視線を正面に向けていく。
「・・・・・・誰だ・・・?」
水面に置かれたベッドの上―――――そこには丸い模様のようなモノが描かれた大きな玉飾りを頭の左右に着けて、白いワンピースを身に纏った、何処となくリリイに似た雰囲気を持った少女の姿が在ったのだ。
『世界が〝色欲〟とあなたが〝スノーリリイ〟と呼ぶものの一部よ』
そうして笑みを浮かべながらそう名乗った少女の言葉により瑠璃は理解をする。
―――――・・・・・・リリイから灰塵が放出された時、私の中に流れ込んできた〝あの想い〟はこの子のモノだったのね。
『・・・御園、ごめんね。ずぅっと隠し事をしていてごめんね。それでもすべてあなたのためだったの・・・』
少女はぺたと水面に素足で降り立つと、御園の前に歩み寄って来る。
「隠し事・・・? 僕のため・・・? 何の話なんだ? 御国に関わることなのか・・・?」
自分を見上げるようにしながら弁明をしてきた少女に対して、御園が眉を顰めながら僅かに腰を落として見返すと―――――
『あなたに拒絶されるのが怖かったの。あなたに嫌われるのが怖かったの』
笑顔から一変して、いまにも泣き出しそうな顔で少女は言った。
その少女の姿に瑠璃は微かに眉根を寄せるも、しかし口を挿むことはせず。
二人の様子を見守る為にそっと一歩離れた場所に向かう。
―――――壊されてしまった〝想い〟を取り戻す為には、きちんと御園自身がリリイの一部だという少女と話をする必要があると感じたからだった。
「一体何が・・・貴様を嫌うことにつながるんだ・・・?」
御園が少女に向かって問いかける。
『行かないで御園。ただ何も知らないで。外はだめなの。とっても悲しいことがあるわ。泣いちゃったらどうするの? 傷付いたらどうするの? それでも知りたいの?』
すると少女は懇願するように御園の手を握りしめながら言い募ってくる。
しかし、少女の言動は何処か歪さを感じさせるもので―――――
「ちょ・・・っと待て、何を言ってる!? 隠し事があるならさっさと・・・」
困惑した面持ちになった御園が声を上げようすると、
『だめよ。だって守りたい』
それを遮って自身の願望を口にした少女の姿が突如として変貌を遂げたのだ。
短かった髪は腰までの長さに変わり、手足も伸びて、少女は大人の女性に成長をしていた。
そうして大人になった彼女が愕然とした面持ちになった御園の肩を両手で掴むと―――――
『守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたいのよ!! あなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたを!! わたしをわたしをわたしをわたしをわたしをわたしを!!』
―――――悲痛な叫び声が空間の中に響き渡る。
その時、その叫び声に混じって、ピシッと何かが割れる音が瑠璃の耳朶には届いていた。
視線を彷徨わせると、水面に浮かぶ中くらいのサイズのイースターエッグの中の一つが割れてしまっているのが目に入った。
―――――あれは・・・・・・。
その割れてしまった小さなイースターエッグの元に瑠璃は近づいていくと、膝を折ってそれを腕の中にそっと拾い上げる。
割れてしまったこれも含めて、水面に浮かんでいるイースターエッグは、恐らくは彼女の心の一部なのだ。
―――――御園・・・・・・お願い・・・・・・・どうか・・・・・・―――――
欠片を通して、瑠璃の中にもまた、彼女の想いが伝わってくる。
「・・・・・・大丈夫、御園君ならきっと・・・・・・」
リリイの想いを受け止めた上で、きちんと自身の心とも向き合う事が出来るはずだから。
『ねぇわかって。あなたはまだ子供だもの。永遠にこの庭のかわいいかわいい子供だもの!! なんにも知らなくていいの。ただ愛されていればいいの』
子供を抱く母のように、彼女は御園を腕の中に抱き寄せると、我が子に言い聞かせるかのように言葉を紡ぎ出す。
「〝子供だから〟・・・で隠されるべきことがあるのか!? 勝手だ、何も本当のことを知らされないで僕は自分の考えや感情をどこへやればいい!?」
―――――瑠璃を守ることも、強くなって共に戦うも出来ないままでいろというのか!?
それに対して御園は顔を歪めながら憤りの想いを口にすると、
『それでも〝幸せ〟だったでしょう!?』
「そんな形の〝幸せ〟が永遠に続くはずがないだろう!!」
互いに向き合う体勢に変わった処で、喚くように言った彼女に対して、御園は激昂したのだ。
結果、呆然とした表情になった彼女に、落ち着きを取り戻した御園は静かな声音で告げる。
「・・・リリイ。ここにいたって仕方ない・・・行かないと。もし何があっても僕はきっと大丈夫だから」
その時、凜とした姿勢で立っていた御園の背中の向こう側には―――――真昼、クロ、鉄。それに有栖院家の人達の姿が浮かび上がっていた。
―――――あれは御園君の心が具現化したモノだ。
瑠璃が目を瞠りながらその光景を見つめていると、
「一人じゃないんだ」
真っ直ぐな眼差しでそう言った御園と視線が合った。
「瑠璃、ここまで来てくれてありがとう」
「えぇ」
御園が紡ぎ出した言葉にふわと瑠璃は微笑みを零す。
と―――――
『御園、ごめんね、臆病なこの子をよろしくね』
彼女は少女の姿に戻っていて―――――涙を零しながらその言葉を紡ぎ出すと、水面が静かに揺らめいて、御園の身体は水の中に向かって落ち始めたのだ。
「御園君!」
その様を目にして割れたエッグを腕の中に抱いたまま御園の元に走り寄った瑠璃が右手を差し出すと、呆然と目を見開いていた御園もまた右手を伸ばして握り返してきた。
それと同時にふわりと瑠璃の胸にある『鍵』が淡い光を瞬かせて、水面に沈んだ二人の身体を包み込む。
『・・・・・・瑠璃、ごめんなさい。〝ミストレス〟である貴女の〝意志〟を尊重すると約束したのに・・・・・・。でも、お願い。どうかこの子のことも・・・・・・』
「―――――大丈夫よ、私にとってリリイは変わらず『大切な人』だから・・・・・・」
少女が紡ぎ出した言葉に、静かな声音で瑠璃が頷き返すと、俯き加減になっていた少女の瞳からまた一粒、涙が零れ落ちるのが見えた。
それに共鳴するように瑠璃が左腕に抱えていたままだった割れたエッグが小さな光の珠に変わって瑠璃の中に溶け込んでいく。
そして―――――
『御園、瑠璃。どうかこれだけ忘れないで。全ては〝愛〟に収束するの』
そう言った少女の言葉が御園と瑠璃の耳朶に届いた処で、『鍵』の力が解放されて二人の姿は白銀の閃光に覆われたのだ。
―――――びくん!!
現実世界に在ったリリイの身体が、何かを感じ取ったかのように震えると―――――
「・・・ヴ、ア゛・・・」
苦し気な呻き声を洩らしたリリイの身体の中から、パァと洩れだした白銀の光と共に、ズ・・・と人の手が伸びてきて。
それを目にした真昼が、暴れるリリイを右手で食い止めつつ、
「御園・・・!! 瑠璃姉!!」
左手でその伸びてきた手を掴むと―――――
「う・・・っああああああっ」
叫び声を上げたリリイの中から、御園が引きずり出されるのと同時に、瑠璃もまた一緒にその場に戻ってきたのだ。
そして―――――
「みその・・・瑠璃さん・・・・・・」
その直後―――――元の顔付に戻ったリリイが、ゆっくりと後ろに向かって倒れこんでいくと。
―――――カシャン
という音とともにリリイが身に着けていた契約の証である『懐中時計』もまた、〝閉ざされていた庭〟の時間に終わりを告げるかのように、二つに砕けたのだ。
【本館/19・11/23掲載/別館/19・11/23転記】
灰塵が身体から放出される中で、苦悶の声を上げていたリリイの口からは、いまや人のそれではなくまるで獣のような咆哮が洩れだしていた。
そして真紅の瞳は暗く濁ったモノに変わっていて、目尻の下から頬に掛けては菱形の紋様のようなモノが浮かびあがっていた。
「リリ・・・」
その凄まじい変貌を目の当たりにする事になった御園は、身体が震えているのを感じながらも、その場から逃げる事も出来ず、茫然と立ち尽くしていたのだが―――――。
「離れろ、御園!!」
そう叫ぶと同時に、ドッとリリイの肩に着地したのが、屋根から飛び降りてきた真昼だった。
そして―――――
「御園君!! こっちに!!」
パァと白銀の光が瞬くと、御園のすぐ傍に姿を見せたのが、黒猫を肩に乗せた瑠璃だった。
「!!」
目を見開き、息を呑んだ御園の手を瑠璃が引っ張り、その場から一歩後ろに下がらせると、
「あいてっ」
そのすぐ後に真昼はリリイから振り落とされてしまい、ズシャッと地面に転がってしまったのだが。
「城田・・・?! 瑠璃・・・?! どうしてここに・・・」
「いいから!! それよりリリイどうしたんだよ!?」
驚愕の声を上げた御園に対して、すぐさま起き上がった真昼がこの事態に陥った原因を訊き返す。
「御園君、何か・・・・・・大事な〝物〟を壊されたりしなかった!?」
「物・・・!?」
真昼に続いて瑠璃もまた、椿が言っていた〝事柄〟を口にしたものの、その答を御園から得ることは出来なかった。
―――――いまのリリイは暴走状態になってしまっているのだろうか。
以前、クロが暴走してしまった時、瑠璃は意識を失ってしまっていて、尚且つその場から椿に連れ去られた後だった事から、比べることは出来ないのだが。
真昼曰く、この状況は真昼がクロを暴走させた時と似ているらしい。
リリイの足元には、いつの間にか漆黒の影が沼のように広がり始めていた。
「どうなってるんだ。なんで・・・こんな・・・僕のせいなのか・・・? どうすれば・・・」
纏まらない混乱した思考の中で、御園が呻くように呟く。
「御園・・・私から離れて・・・っ。ミソノ、チガウ、イカナイデ・・・コッチニキテ」
一方、リリイのほうは、まだ微かに理性が残っているかのように思われたのだが、その口から紡ぎ出される言葉は、徐々に混濁したモノに変わっていき。
右手で胸を押さえながら、左手を御園に向かって伸ばしていたリリイの周囲に広がる黒い沼のようなモノの中からは、漆黒の蝶が生まれ始めていた。
そしてリリイ自身の口からもまた、同じモノが吐き出されていて―――――
「コッチニ・・・みその」
暗く濁った瞳でリリイが御園を見つめながら名前を呼んだ刹那の事だった。
ぶわ―――――と無数の漆黒の蝶が御園の全身を拘束するように襲い掛かり。
「御園君・・・・・・っ!?」
すぐさま瑠璃が『鍵』の力を発動させようとしたものの間に合わず。
その次の瞬間、蝶の姿はリリイに変わっていて、ガと御園の首筋に噛付いていたのだ。
さらにそのまま、ズズズズズズズズと御園の身体は漆黒の影のような状態になったリリイの中に沈み込んでいき―――――
ゴクンとそのまま飲み込まれてしまった処で、ト―――――ンと御園の靴が片方だけ、地面に転がり落ちたのだ。
吸血鬼が主人を喰らう―――――衝撃的すぎるその光景に、瑠璃と真昼は戦慄を抱いていた。
「御園君!!」
「クロ!! 御園が!! 嘘だろ・・・っ」
「落ち着け、まだ・・・死んだわけじゃねぇ。・・・
クロもまた愕然とした面持ちで、リリイを見ていたのだが、
「じゃあ・・・引っ張り出せるの!?」
抑揚のない声音でクロが告げてきた言葉に、瑠璃が右手で『鍵』を握りしめると、
「俺がクロに飲まれそうになった時は御国さんが止めてくれた・・・けど御国さんはいない・・・っ。・・・シンプルに考えて俺達でリリイを止めるしかないだろ!!」
真昼もまた気持ちを奮い立たせるように言葉を紡ぎ出すのと同時に、ばっと右腕をクロに差し出して血を飲ませたのだ。
それに対してクロは「向き合えね―――――・・・」と左手を首元に据えながらぼやいたのだが。
それはいつものことなので真昼は構うことはせず、
「クロ!! 瑠璃姉と一緒にサポート頼むぞ!! 俺が・・・」
武器であるホウキを手にリリイに向かって行こうとした処で、ビンッとクロが真昼の右腕に繋がっていた鎖を引っ張って止めたのだ。
その所為で背中から倒れこむことになってしまった真昼はいてぇっと悲鳴を上げると、
「何すんだよ!!」
「サポートって・・・フツー逆だろ・・・」
憤慨した面持ちで詰め寄ってきた真昼にクロは呆れた様子で、オレ吸血鬼、お前人間・・・と言い返す。
だって・・・と真昼は、尚も諦めることなく、言い募ろうとしたのだが、
「お前じゃムリだ・・・」
そう断言したクロは、戦闘態勢に入るように両手に漆黒の鉤爪を具現化させたのだ。
しかし―――――
クロが攻撃を仕掛けるよりも前に、リリイがゴッと右腕を勢いよく振りかざしてきて。
「クロっ!!」
クロが態勢を低くしたのと同時に、咄嗟に瑠璃が『鍵』の力を発動させて防御壁を張った事により、その先制攻撃は回避することが出来たのだが―――――。
「・・・ま、オレにも無理だけど」
クロは地面に伏したまま、ドキドキドキと心音を震わせながら、怖ぇ・・・と呟いていたのだ。
それに対し、すかさず真昼が「コラ―――――!!」と突っ込みを入れた刹那の事だった。
一旦、後方に下がったリリイが、その一瞬の隙を逃すことなく、ヒュと真昼に向かって背後から襲い掛かってきたのだ。
漆黒に染まったリリイの巨大化した左手に捕らわれた真昼の身体はドガと地面に叩きつけられてしまう。
「―――――真昼君っ!?」
防御壁を解除した瑠璃が真昼の傍に駆け寄ろうとしたのだが、ビリッとすぐ傍から伝わってきた怒りの気配にハッと息を呑み、視線をクロの方に向ける。
と―――――
「クロ!!」
制止の声を上げたのは真昼だった。
ビタッとクロの動きが止まる。
「・・・落ち着けよ・・・俺は・・・大丈夫だ・・・っ。早く・・・中から御園を・・・っ」
ぐぐぐ・・・と真昼は手にした武器で、リリイの手を何とか押し返しながら、此方に向かって訴えかけてくる。
その時、ふわと瑠璃の『鍵』が白銀の光を瞬かせた。
そして―――――
―――――お願い・・・・・・・どうか・・・・・・・―――――
再び、瑠璃の意識の中には、〝誰か〟の想いが流れ込んできていた。
「・・・・・・クロ、私が『鍵』の力を使ってリリイの
「―――――っ・・・・・瑠璃」
顔を歪めたクロの手を瑠璃は握り、ふわと微笑む。
「大丈夫よ。行ってくるわね、クロ」
意識を集中させるために瑠璃は目を閉じると―――――
パァと白銀の光が瞬き、瑠璃の身体を包み込んでいく。
「リリイ・・・・っ。どうしたんだよ、まるで・・・ホントに吸血鬼みたいじゃねぇか・・・っ」
―――――真昼の叫び声が聞こえてくる。
―――――リリイで結構ですよ―――――
―――――私がひと肌脱ぎましょう?―――――
それと共に浮んでくるのは、柔らかな口調で微笑むリリイの姿。
「御園を放せ・・・!!」
「―――――絶対に、御園君を連れて帰って、元のリリイに戻して見せるから」
真昼の怒号が響き渡った時、瑠璃の身体は閃光に変わり、リリイの中に飛び込んで行ったのだ。
――――――――――なんだ!? どうなってる!? ここは・・・・・・
リリイの中に飲み込まれた御園は、ゆっくりと異次元のような空間の中を降下して行っていた。
そうしてその中で御園が最初に目にしたのは―――――
『ふえっ、え―――――ん・・・』
泣きじゃくる幼い頃の自身の姿だった。
そこにリリイがやって来て、泣いている幼い御園を、よいしょと腕の中に抱き上げると、右手で背をさすりながら優しく尋ねかける。
『御園・・・? どうしました?』
『ケイトが・・・ケイトが消えちゃったよ・・・! みんなに内緒でお外に行きたいってケイトに言われて・・・出て来たのに。そしたらケイト笑って・・・ばいばいって言って。お砂になって消えちゃった・・・っ』
ケイトという少女はリリイの下位だった。
けれど幼い御園は、まだ下位がどういう存在であるのか、理解をしていなかった。
だから―――――彼女の願いを聞き入れて――――――共に外に出て来てしまった。
嗚咽交じりに話を終えた幼子を抱きしめたまま、リリイはそっと目を伏せると、静かな口調で言った。
『・・・・・・御園。ケイトはね、きっと・・・楽しい思い出がたくさんできて・・・『もういいよ』ってお空に帰ったんですよ・・・』
―――――・・・なんだ・・・? 昔の・・・記憶・・・?
目の前の光景は、自身の過去のそれのように御園には見えた。
けれど―――――
『・・・なんてひどい夜だ・・・
次に目にしたのは、血だまりの中に倒れ伏した母親を抱きかかえる父親の姿で。
―――――・・・・・・・・・・・いや・・・
思わずその光景から御園が目を背けると―――――
『御園、御園。お兄ちゃんだよ。今日からオレがお兄ちゃんだ』
場面はまた変わっていて、椅子に座ってはいるものの、まだ言葉を話すことは出来ない1歳くらいの御園をあやす、幼少期の御国の姿がそこには在った。
その後も御国の過去の場面が続いて―――――
『お祖父さまが死んだらお前はオレのものになるんだ。父さんがオレにくれるって!』
子供らしい笑顔で、自身を指さしながら、幼少の御国は向かい側の椅子に座った誰かに語り掛けている。
『ちょっとめんどくさそうな顔したな?』
てめ―――――といたずらっ子のような笑みを浮かべた御国に、
『まさか! 御国坊ちゃんのためにひと肌脱ぎますよ?』
ほんの微かに眉を下げつつも、ふふと笑いながら応じていたのはリリイだった。
そこからさらに過去に移り変わっていき―――――
『御門〝坊ちゃん〟はやめろ! 私ももう子供じゃないんだから・・・』
学ランをきた青年時代の御門が、指を突きつけながら眉を吊り上げつつ抗議をしてくる。
それに対し、くすと、恐らくリリイが笑みを零したのだろう。
『笑うな!! 貴様!!』
と―――――激怒する御門の声が響き渡り。
『御門と名付けたんだ』
どんどん時間は逆向をしていき、御門と名付けられた赤ん坊が生まれたばかりの時の様子を映し出していた。
『御影もついに父親ですか』
『はは。ずいぶん年寄りくさいことを言うなぁ』
そして御影と呼ばれた男性と、赤ん坊の母親であろう女性が微笑む姿が見えた後。
『有栖院はいいところですよ。血もいいですし・・・あなたも来ませんか?』
嫉妬の吸血鬼に対して手を差し出すリリイの姿がチラリと見えた。
そこで御園は一つの可能性に辿り着く。
―――――リリイの記憶を遡っている―――――・・・?
その後に見えたのは、やせ細った身体にぼろぼろの衣服を身に纏った状態で、互いに寄り添うようにしながら横たわる双子の少女の姿。
そしてリリイを含めた複数の人物が集まって、何かの挙手を取る場面。
それから―――――
一人で何処かへ歩いて行くリリイの姿。
そして―――――
―――――私を愛してくれますか?
―――――私の罪も罰も愛してくれますか?
―――――私の子供達を愛してくれるのなら
―――――私はあなたとあなたの子供達を
―――――未来永劫愛しましょう
一人の女性の手を取って跪くリリイの姿が見えた後。
―――――これは何の罰なんでしょうか?
―――――・・・・どうして私は吸血鬼なんかにされたんでしょうか・・・?
―――――そこまで生きたいなんて思っていないのに・・・
唐突に場面が薄暗いものに切り替わり―――――
仄暗い部屋の中に立つ〝誰か〟に向かって、虚ろな瞳をしたリリイがそう呟く姿が見えたのだが。
その直後、そこに見えていたリリイの姿にザザとノイズが走り―――――
―――――!?
リリイの姿は子供に変わっていたのだ。
―――――子供の―――――・・・!?
愕然となった御園の気配を感じ取ったかのように、子供の姿に変わったリリイが振り返ってくる。
「リリイ!? 吸血鬼は・・・不老じゃないのか? サーヴァンプももとは
そこで御園がリリイに対して手を伸ばしながらそう叫んだ刹那―――――
辺りは一変して闇に包まれてしまう。
―――――が、そこに白銀の閃光が瞬き、
「―――――見つけたっ!! 御園君!!」
「瑠璃・・・・・・っ!?」
顕現した瑠璃が御園の手を掴むと―――――
次に二人が着地した場所は、無数の大中様々な大きさのイースターエッグが浮ぶ水面の上だった。
『御園! 瑠璃!』
その不可思議な空間の中で、ふいに聞こえてきた自分たちを呼ぶ幼い少女の声に、呆然とした表情になっていた御園が驚いた様子でびくっと身体を震わせつつ、恐る恐る視線を正面に向けていく。
「・・・・・・誰だ・・・?」
水面に置かれたベッドの上―――――そこには丸い模様のようなモノが描かれた大きな玉飾りを頭の左右に着けて、白いワンピースを身に纏った、何処となくリリイに似た雰囲気を持った少女の姿が在ったのだ。
『世界が〝色欲〟とあなたが〝スノーリリイ〟と呼ぶものの一部よ』
そうして笑みを浮かべながらそう名乗った少女の言葉により瑠璃は理解をする。
―――――・・・・・・リリイから灰塵が放出された時、私の中に流れ込んできた〝あの想い〟はこの子のモノだったのね。
『・・・御園、ごめんね。ずぅっと隠し事をしていてごめんね。それでもすべてあなたのためだったの・・・』
少女はぺたと水面に素足で降り立つと、御園の前に歩み寄って来る。
「隠し事・・・? 僕のため・・・? 何の話なんだ? 御国に関わることなのか・・・?」
自分を見上げるようにしながら弁明をしてきた少女に対して、御園が眉を顰めながら僅かに腰を落として見返すと―――――
『あなたに拒絶されるのが怖かったの。あなたに嫌われるのが怖かったの』
笑顔から一変して、いまにも泣き出しそうな顔で少女は言った。
その少女の姿に瑠璃は微かに眉根を寄せるも、しかし口を挿むことはせず。
二人の様子を見守る為にそっと一歩離れた場所に向かう。
―――――壊されてしまった〝想い〟を取り戻す為には、きちんと御園自身がリリイの一部だという少女と話をする必要があると感じたからだった。
「一体何が・・・貴様を嫌うことにつながるんだ・・・?」
御園が少女に向かって問いかける。
『行かないで御園。ただ何も知らないで。外はだめなの。とっても悲しいことがあるわ。泣いちゃったらどうするの? 傷付いたらどうするの? それでも知りたいの?』
すると少女は懇願するように御園の手を握りしめながら言い募ってくる。
しかし、少女の言動は何処か歪さを感じさせるもので―――――
「ちょ・・・っと待て、何を言ってる!? 隠し事があるならさっさと・・・」
困惑した面持ちになった御園が声を上げようすると、
『だめよ。だって守りたい』
それを遮って自身の願望を口にした少女の姿が突如として変貌を遂げたのだ。
短かった髪は腰までの長さに変わり、手足も伸びて、少女は大人の女性に成長をしていた。
そうして大人になった彼女が愕然とした面持ちになった御園の肩を両手で掴むと―――――
『守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい守りたいのよ!! あなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたをあなたを!! わたしをわたしをわたしをわたしをわたしをわたしを!!』
―――――悲痛な叫び声が空間の中に響き渡る。
その時、その叫び声に混じって、ピシッと何かが割れる音が瑠璃の耳朶には届いていた。
視線を彷徨わせると、水面に浮かぶ中くらいのサイズのイースターエッグの中の一つが割れてしまっているのが目に入った。
―――――あれは・・・・・・。
その割れてしまった小さなイースターエッグの元に瑠璃は近づいていくと、膝を折ってそれを腕の中にそっと拾い上げる。
割れてしまったこれも含めて、水面に浮かんでいるイースターエッグは、恐らくは彼女の心の一部なのだ。
―――――御園・・・・・・お願い・・・・・・・どうか・・・・・・―――――
欠片を通して、瑠璃の中にもまた、彼女の想いが伝わってくる。
「・・・・・・大丈夫、御園君ならきっと・・・・・・」
リリイの想いを受け止めた上で、きちんと自身の心とも向き合う事が出来るはずだから。
『ねぇわかって。あなたはまだ子供だもの。永遠にこの庭のかわいいかわいい子供だもの!! なんにも知らなくていいの。ただ愛されていればいいの』
子供を抱く母のように、彼女は御園を腕の中に抱き寄せると、我が子に言い聞かせるかのように言葉を紡ぎ出す。
「〝子供だから〟・・・で隠されるべきことがあるのか!? 勝手だ、何も本当のことを知らされないで僕は自分の考えや感情をどこへやればいい!?」
―――――瑠璃を守ることも、強くなって共に戦うも出来ないままでいろというのか!?
それに対して御園は顔を歪めながら憤りの想いを口にすると、
『それでも〝幸せ〟だったでしょう!?』
「そんな形の〝幸せ〟が永遠に続くはずがないだろう!!」
互いに向き合う体勢に変わった処で、喚くように言った彼女に対して、御園は激昂したのだ。
結果、呆然とした表情になった彼女に、落ち着きを取り戻した御園は静かな声音で告げる。
「・・・リリイ。ここにいたって仕方ない・・・行かないと。もし何があっても僕はきっと大丈夫だから」
その時、凜とした姿勢で立っていた御園の背中の向こう側には―――――真昼、クロ、鉄。それに有栖院家の人達の姿が浮かび上がっていた。
―――――あれは御園君の心が具現化したモノだ。
瑠璃が目を瞠りながらその光景を見つめていると、
「一人じゃないんだ」
真っ直ぐな眼差しでそう言った御園と視線が合った。
「瑠璃、ここまで来てくれてありがとう」
「えぇ」
御園が紡ぎ出した言葉にふわと瑠璃は微笑みを零す。
と―――――
『御園、ごめんね、臆病なこの子をよろしくね』
彼女は少女の姿に戻っていて―――――涙を零しながらその言葉を紡ぎ出すと、水面が静かに揺らめいて、御園の身体は水の中に向かって落ち始めたのだ。
「御園君!」
その様を目にして割れたエッグを腕の中に抱いたまま御園の元に走り寄った瑠璃が右手を差し出すと、呆然と目を見開いていた御園もまた右手を伸ばして握り返してきた。
それと同時にふわりと瑠璃の胸にある『鍵』が淡い光を瞬かせて、水面に沈んだ二人の身体を包み込む。
『・・・・・・瑠璃、ごめんなさい。〝ミストレス〟である貴女の〝意志〟を尊重すると約束したのに・・・・・・。でも、お願い。どうかこの子のことも・・・・・・』
「―――――大丈夫よ、私にとってリリイは変わらず『大切な人』だから・・・・・・」
少女が紡ぎ出した言葉に、静かな声音で瑠璃が頷き返すと、俯き加減になっていた少女の瞳からまた一粒、涙が零れ落ちるのが見えた。
それに共鳴するように瑠璃が左腕に抱えていたままだった割れたエッグが小さな光の珠に変わって瑠璃の中に溶け込んでいく。
そして―――――
『御園、瑠璃。どうかこれだけ忘れないで。全ては〝愛〟に収束するの』
そう言った少女の言葉が御園と瑠璃の耳朶に届いた処で、『鍵』の力が解放されて二人の姿は白銀の閃光に覆われたのだ。
―――――びくん!!
現実世界に在ったリリイの身体が、何かを感じ取ったかのように震えると―――――
「・・・ヴ、ア゛・・・」
苦し気な呻き声を洩らしたリリイの身体の中から、パァと洩れだした白銀の光と共に、ズ・・・と人の手が伸びてきて。
それを目にした真昼が、暴れるリリイを右手で食い止めつつ、
「御園・・・!! 瑠璃姉!!」
左手でその伸びてきた手を掴むと―――――
「う・・・っああああああっ」
叫び声を上げたリリイの中から、御園が引きずり出されるのと同時に、瑠璃もまた一緒にその場に戻ってきたのだ。
そして―――――
「みその・・・瑠璃さん・・・・・・」
その直後―――――元の顔付に戻ったリリイが、ゆっくりと後ろに向かって倒れこんでいくと。
―――――カシャン
という音とともにリリイが身に着けていた契約の証である『懐中時計』もまた、〝閉ざされていた庭〟の時間に終わりを告げるかのように、二つに砕けたのだ。
【本館/19・11/23掲載/別館/19・11/23転記】
