第十一章『Alice in the Garden《スノーリリイ》』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
有栖院家で騒動が起こる少し前―――――邸宅から僅かばかり離れている路地の脇にまばゆい白銀の閃光が瞬くと、そこには三人の人影が現れていた。
それは白ノ湯温泉から、瑠璃の『鍵』の力によって空間転移を行った真昼達だった。
昼間、3日ぶりに洞堂経由で漸く連絡を取ることが出来た御園の様子は、やはり腑に落ちるものではなく。
何があったのか解らないが心配だという想いから、鉄にも声を掛けた上でまた有栖院邸に向かう事を真昼と瑠璃は決めたのだ。
そして有栖院邸の門の裏側に来た処で、どうやって邸内に入るかという案を真昼と鉄が話し合いを始める。
瑠璃が力を使って、そのまま有栖院邸内に突入するという案も、一応の候補ではあったのだが―――――。瑠璃一人だけでなく、複数の人数で繰り返し、空間跳躍を行ったことはこれまでないということもあり。とりあえず、保留の扱いとなったのだ。
そうして鉄が思い付いた案が、塀に立てかけた棺桶の上に鉄、真昼、クロ。そしてヒューを抱いた瑠璃が順に立つことで有栖院邸内に侵入を試みるというものだった。
かるく5m以上いくだろ、と名案だと言わんばかりの表情で鉄は真昼に言う。
うん! いけるよーな、いけないよーな! と冷や汗を流しつつそれに頷いた真昼は、
「・・・大丈夫、いざとなったら・・・。シンプルに考えて・・・飛ぶだろ!!」
ホウキだし!! と自身の武器を取り出し、右手に握りしめながら気合いを込めた様子で言うも。
それに対し、ムリムリ・・・と真昼の頭の上から下りて、黒猫の姿から人型に戻ったクロが呆れた様子で突っ込みを入れる。
眉を下げながらその様子を見ていた瑠璃は、ふいに微かに何かの気配を感じた気がして視線を上に向けていく。
ズン―――――と地面から突き上げるような衝撃が襲ってきたのはその直後の事だった。
「!?」
突然の揺れに対し、真昼は前に倒れかけ、棺桶を背負っていた鉄もまた、僅かに身体をふらつかせてしまう。
瑠璃もまた、転倒しそうになったのだが、クロが伸ばしてきた腕に身体を支えられたことによって無事だった。
「・・・・・・あ、ありがとうクロ」
「なぁ瑠璃。なんか嫌な予感が・・・・・・」
目を瞬かせつつ、息を吐くと礼を言った瑠璃を腕の中に収めたクロは悪寒がすると微かに身体を震わせながら告げてくる。
その間もズズズと振動は収まることはなく続いていた。
「なっ・・・!?」
そして有栖院邸から突如として放出された大量の白い塵を目にして愕然とした声を上げたのが自力で元の体勢に戻った真昼だった。
オォォォォォと怨念のような唸り声を轟かせる灰塵の嵐が吹き荒れる。
苦悶の表情を浮かべながら地面に膝をついて身体を折り曲げたリリイの口からだけでなく、背に突き立てられたナイフも通じて、灰塵が体外に勢いよく放出されていく。
主人と色欲の吸血鬼の信頼関係を脆弱なモノに変えた処で、その隙を突いて吸血鬼を背後から襲撃し、致命傷を与えたオトギリは冷静沈着な眼差しでその様を見つめながら呟いた。
「目的達成・・・です」
―――――吸血鬼 は不老不死の存在であるはずだ!!
―――――刺された程度で死ぬはずがないのに・・・・・・!!
一体何が起こっているというのか。
その時、それをすぐ傍で目撃する事になった御園は混乱した面持ちでその場に立ち尽くすことしか出来ない状態となっていた。
そして―――――
「これっ・・・灰塵・・・なのか!? 御園の家の中から・・・!?」
上空を吹き荒れる灰塵を有栖院邸の外にいた真昼が右手を額の前に掲げながら唖然とした面持ちで見上げた時。
―――――・・・・・・お願い・・・・・・どうか臆病なこの子を・・・・・・―――――
―――――・・・・・・拒絶しないであげて・・・・・・―――――
「・・・・・・っ」
瑠璃の中には、悲痛な〝誰か〟の想いが流れ込んできていた。
―――――これは・・・・・・
「―――――瑠璃?」
ふと、瑠璃の瞳がぼんやりとしたものに変わった事に気付いたクロが、眉を顰めながら呼びかける。
また、誰か と〝繋がって〟るのだろうか。
「中で何か起きてるのか!? ヒュー! お前も何かわかんねえの・・・」
と―――――状況を少しでも把握しようと、真昼が鉄の肩の上で蝙蝠の姿から人型に戻ったヒューに向かって問いかけた時。
「―――――・・・・・・行かなきゃ・・・・・・」
ぽつりとそう呟いた瑠璃の胸元にある『鍵』が光を瞬かせ、フッと瑠璃の姿が閃光に包まれた。
「―――――・・・・・・っ向き合えねー」
瑠璃一人だけで行かせるわけにはいかないと、クロは黒猫の姿に変わると瑠璃の肩に掴まる。
「・・・・・・瑠璃姉っ!? クロっ!?」
視界の端で瞬いた閃光に真昼が気付き、慌てて振り返った時には、瑠璃はこの場から空間跳躍を行った後だった。
「・・・どうなっておるのじゃ・・・? これほどの灰塵が世界に出るじゃと・・・!? これが椿の狙いじゃとしたら・・・事態は深刻じゃぞ」
一方、じいと灰塵を睨むように見つめていたヒューが重々しい口調でそう言うと、
「なんかわかんねーけどやばそうだ。ヒューが言うんだから間違いねぇ」
残された真昼の襟首を、後ろからがしっと鉄が掴むと、背負っていた棺桶の上に乗せて、ぐぐ・・・と斜めに担ぎ上げたのだ。
「わ!? えっ、ちょっ・・・鉄!?」
何をするつもりなのだろうか―――――顔を引きつらせながら、とりあえず棺桶から滑り落ちないように、何とかしがみ付いた真昼に鉄は言う。
「ちゃんと乗ったか? 俺は門から回る・・・けど、先に行っちまった二人をあんたが追いかけるなら、これが一番早い方法だと思うからな」
鉄の言葉から「まさか・・・っ」と察した真昼の顔色が蒼白なものに変わる。
「うわあああああ?!」
ゴッと鉄の手によって勢いよく真昼が乗った棺桶が有栖院邸内目掛けて投げ飛ばされたのはそのすぐ後の事だった。
真昼の叫び声が夜空に響き渡った時―――――有栖院邸の裏門から離れた場所に在る道路沿いの路には、空に向かって勢いよく放出された灰塵を見つめる御国の姿が在った。
そうして御国のスカーフが巻かれた首元には黒蛇の姿が在ったのだが。
「・・・何故・・・行かない・・・・・・弟が・・・・・・それに〝ミストレス〟が・・・・・・」
ず・・・と陰の中に沈んだ蛇が黒衣の衣装を纏った吸血鬼に姿を変えると、ぼそと御国に向かってそんな問いかけの言葉を紡ぎ出したのだ。
そこで御国は肩越しに吸血鬼を見遣ると、
「なんだよジェジェ・・・?オレの弟 と瑠璃ちゃんのこと心配してんの? それとも自分の弟 と瑠璃ちゃんを?」
「・・・・・・」
皮肉めいた口調でそう言ったのだが、しかしジェジェは何も答えることはなく。
紙袋越しに唯一確認することが出来るジェジェの真紅の瞳を、御国は侮蔑に満ちた眼差しで、ははと嗤いながら見返すと。
「っていうかね。お前にそんなこと言う資格あんの?」
憎悪と嫌悪に満ちた口調で吐き捨てるようにそう言ったのだが。
「・・・な―――――んてね――――? つまんない冗談言っちゃったね―――――アベル―――――?」
その後、すぐさま御国はジェジェから視線を外すと、手の中に持っていた三つ編みの少女の人形に向かって常と変わらぬ軽い口調で語り掛けたのだった。
ヴ――――――――――ヴ――――――――――。
携帯のバイブ音が何処からか聞こえてくる。
それは『目的』を達成したオトギリが身に纏っていたメイド服のポケットに仕舞っていた携帯の着信を知らせるモノだった。
不要となった人形の糸をオトギリは手元から切り離すと、有栖院邸内の手近な屋根の上に着地を行い。
「・・・はい。まだ現場です・・・気の早い電話は困ります・・・・・・」
『あは。ごめんごめん。予定よりずいぶん早いなと思ってね』
「主人と吸血鬼を仲違いさせるいい機会がありましたので・・・」
電話に応じたオトギリは、電話向こうから楽し気な口調で、詫びるのと同時に問いを投げかけてきた相手に状況報告をする。
―――――その時だった。
オトギリが立っていた屋根の上に、眩い白銀の閃光が瞬くと、収縮した光の中から瑠璃が姿を見せたのだ。
「・・・・・・困ります・・・・・・瑠璃さん、どうしてここに・・・・・・」
携帯を手に微かに眉を顰めたオトギリに名前を呼ばれ、意識を戻した瑠璃は目を瞬かせる。
「―――――・・・・・・えっ、オトギリさん?」
と―――――
自分の存在も主張するかのように「にゃー」と瑠璃の肩に掴まっていた黒猫が鳴き声を上げて。
「・・・・・・クロ? ここって・・・・・・屋根の上? 私、いつの間に・・・・・・」
戸惑いの表情を瑠璃が浮かべると、腕の中に黒猫が移動をしてくる。
「うわあああああ」
棺桶にしがみ付いた状態で鉄によって投げ飛ばされた真昼が此方に向かって落下してきたのはその直後の事だった。
「えぇ!? 真昼君!?」
どうして鉄の武器である棺桶に真昼が乗っていて、しかも空から降って来るのだろうか。
仰天した瑠璃の腕の中に居た黒猫は「向き合えねー」と半眼で上を見ながら呟く。
そうして真昼が乗っていた棺桶は、ちょうど瑠璃とオトギリ二人の間に落ちてきたのだが―――――屋根の上に落下した際にその衝撃で手を放してしまった真昼は、どんとオトギリのグラマラスな身体に衝突してしまったのだ。
「わっ、わ―――――~~~?!」
その時、何が起こったのか理解が追い付かず、混乱と動揺が入り混じった叫び声を上げた真昼は屋根の上で軽くもんどりを打っていて、ごろごろごろと棺桶は屋根の上を滑っていってしまい。
「真昼君! 大丈夫!?」
なんかやわらかいものにあたったよーな・・・と頬を赤らめながら、右手で側頭部を押さえつつ真昼が起き上がった処で瑠璃が走りよると、
「いっ・・・てて・・・すみませ・・・って、瑠璃姉!! クロも!! 良かった、ここに居たのか!! それと・・・・・・え!? 屋根の上にメイドさん・・・!??」
瑠璃の姿を目にしてまず安堵した後、さらにメイド姿のオトギリに気付いた真昼は思わず驚愕の叫び声を上げてしまったのだが。
「城田真昼・・・」
そんな真昼に対してオトギリは呆れが入り混じったような冷たい眼差しを向けると、通話途中だった携帯をゆっくりと耳に当てていく。
「・・・・・・えぇ。はい・・・・・・スピーカーにしてかわればいいんですね・・・・・・?」
そうして電話の相手と一言二言、言葉を交わしたオトギリが、「どうぞ・・・」と携帯を持った右手をすいっと此方側に差し出してきたのだ。
「何? 電話・・・?」
真昼が目を瞬かせると―――――
『あははっあはははははあっは!! はははははははははははっあはっははははははははははあははあはっはははははははあははははあはあはははははは』
その刹那、電話の向こう側から聴こえてきたのは、耳をつんざくような、捧腹絶倒の笑い声だった。
電話を此方に向けてきたオトギリは、その時点で、何も持っていなかった左手で、耳を覆っていたのだが。
真昼は笑いの圧に呑まれてしまったようで、顔を引きつらせながら硬直状態に陥っていた。
瑠璃もまた、突然起こった笑いの渦の中で思わず呆然と立ち尽くしてしまったのだが―――――この笑い声の主が誰であるのか。
そしてオトギリが〝何者〟であるのか。
知っていた瑠璃は、そっと『彼』の名前を呼んでいた。
「―――――・・・・・・椿・・・・・・」
『あ―――――・・・面白くない』
「椿・・・!!?」
そして決まり文句とともに笑いが途絶えた処で、ざわと身の毛が逆立つのを感じた真昼もまた、それに耐えるように奥歯を噛みしめながら〝憂鬱〟の真祖である彼の名を口にすると。
『やあ、瑠璃。それと城田真昼に怠惰の兄さん。僕は今日も元気だよ』
電話向こうの椿は愉しげな口調で此方に向かって語り掛けてきたのだ。
「お前の元気さとか聞いてねーし・・・」
それに対して、自己主張強すぎだと、呆れたような口調で応じたのは、瑠璃の腕の中から下りて人型に戻ったクロだった。
すると椿はあえて挑発するかのように、
『僕と瑠璃が〝デート〟中だった時に、お寿司屋さんでランチをご一緒して以来かな?』
「・・・・・・オレはこの前、浴衣を着た瑠璃と一緒に祭りに行ったぞ」
それに対してクロも負けじと張り合うように、低い声で言い返す。
と―――――
「ご一緒したつもりはねーよ!! あと、クロ!! お前の気持ちも分からなくはないけど、今はそういう話をしている場合じゃないだろ!?」
そこに真昼が眉を顰めつつ、突っ込みを入れると、
『あはは!! 瑠璃の浴衣姿は僕も写真で見たよ!! 僕に似てる狐のぬいぐるみだけじゃなくて、怠惰の兄さんに似てる黒猫のぬいぐるみまで持ってたのは面白くなかったけど!!』
笑いながら、また椿は応酬してきたのだが。
「瑠璃さん、浴衣似合ってました・・・・・・」
その後に、ぽつりとそう言ったのがオトギリだった。
「・・・・・・ありがとう、オトギリさん」
電話のやり取りを何とも言えない面持ちで、眉を下げつつ聞いていた瑠璃は、オトギリの言葉に目を瞬かせると、淡い笑みを零す。
その様子を見ていた真昼が、
「瑠璃姉、この人ももしかして椿の下位吸血鬼 ・・・」
そう言い掛けた時だった。
「リリイ!! どうしたんだ・・・っ」
屋根の下から聴こえてきた御園の愕然とした叫び声に、真昼と瑠璃はハッとそちらを見遣ると、そこには立ち尽くす御園と、蹲るリリイの姿が在り―――――吸血鬼であるリリイの身体からは大量の灰塵が放出されているのが見て取ることが出来た。
「リリイっ!?」
「椿ッ・・・リリイに何したんだ!? なんでこんな大量の灰塵が・・・」
目を見開いた瑠璃が口元を右手で覆うと、真昼が詰問口調で叫んだ。
すると椿は不思議そうに、
『あれ? ベルキア? 君、この前兄さん達に会って話したんじゃなかったの?』
恐らく近くに居るのであろう、ベルキアに尋ねかけていて。
電話の向こう側から椿以外の騒がしい声が漏れ聞こえた後、
『何? うん・・・ああ。桜哉が邪魔したの?』
それに相槌を打った椿の口から紡ぎ出された、〝桜哉〟の名前に、真昼がまた顔色を変えると、
「桜哉!? 椿と一緒にいるのか!」
『いやだなあ・・・僕が話してるのに話題を変えないでよ』
声を荒げた真昼に、椿はあはっと笑い声を立てると、
『ねえ、城田真昼。吸血鬼・・・特に真祖 は死なない。じゃあ僕はどーやって兄さん達と遊びたいんだと思う?』
「・・・!?」
『ルールが明確じゃないのは面白くないからね。契約のとき主人 は吸血鬼 に二つのものをあげたでしょ?』
たじろいだ真昼に椿は問いを投げかけてくる。
真昼がクロと契約をした時、その場には瑠璃も一緒にいた。
だから椿が何を言わんとしているのか、その『答』は瑠璃にも解るモノだ。
「・・・・・・〝名前〟と〝物〟・・・・・・」
『あはっ! さすがだね、瑠璃!! そうだよ。その二つが主人 と吸血鬼 の〝つながり〟だ。そして〝ミストレス〟である君は、それをより強固なものとする存在でもある』
瑠璃が呟くように口にした言葉に椿は嬉しそうな声色で応じてくる。
けれど、クロの主人 である真昼は―――――
「ちょ・・・っと待てよ!! 契約の時!? 俺はクロに物をあげてなんか・・・」
困惑した様子でそう言い掛けたのだが。
―――――チリン、チリン、チリン。
クロが自身の首から下げている、紐に繋がれた金色の鈴を、振って音を鳴らすと。
真昼は呆然と目を見開き、クロのほうを見遣り。
そこで、チリン、とまたクロが鈴を鳴らしてみせると、黒猫を拾った時の事を思い出した真昼は、唖然とした顔に変わって、そのまま頭を抱えてしまい。
「あげた―――――!!!」
猫に鈴!! そんなテキトーなものを!! と叫んだのだ。
その時、猫に姿を変えたクロは瑠璃の肩に乗ると、もらったぞ、と猫らしくアピールをしていて、電話向こうの椿は大笑いをしていたのだった。
『〝ミストレス〟は〝愛〟。〝吸血鬼 〟は〝罪〟。〝主人 〟は〝理性〟だ。〝つながり〟なんて壊してしまえばいい。そうすれば・・・〝愛〟を手に入れることなく、〝つながり〟を失ってしまったサーヴァンプの体からは溜め込んでいた灰塵が溢れるんだ。やたら世界を綺麗にしたがるC3なら止めてやった。反対しそうな兄弟はこれからじわじわ一人ずつ。そうして世界が灰塵に覆われれば・・・僕のやりたいことはもうすぐなんだ』
その後、抑揚のない声音で続きを語った椿の表情を電話越しでは見ることは叶わないが、恐らく彼は嗤っているのだろう。
―――――僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない―――――
「・・・・・・椿・・・・・・っ」
胸の奥が締め付けられる感覚とともに、『家族』として共に過ごした中で聞いた、椿の選んだ『答』が瑠璃の心の中にまた蘇る。
「瑠璃姉・・・・・・」
悲しみに彩られた瑠璃の表情を目にした真昼は、ギュッと両手を握りしめると、
「椿、お前のやりたいことって・・・」
『あはははっあはははははははははははははははははあっは!! あははははははははあははあはっあははは』
絞り出すような声で真昼は問おうとしたのだが、再び笑い出した椿によってそれを遮られてしまい。
『面白くない』
さらに最後にまたこの言葉を紡ぎ出した処で、椿が手にしていた電話を後ろ手に投げ捨てしまったことから―――――ゴトッ、ガタン、ブツッという音が聴こえた後に、通話は終了となってしまったのだ。
ツ―――――ツ―――――ツ―――――・・・。
通話遮断の音が響く中、椿の傍若無人な振る舞いに、唖然とした表情で真昼は固まってしまう。
と―――――
「勝手なのは困ります・・・」
オトギリもまた、呆れたように息を吐き出しながらそう呟くと、ひらっとメイド服を翻してこの場から立ち去ろうと屋根の端に向かって進み始めたのだが。
「ちょっ・・・待てよ!!」
それを目にして、我に返った真昼が慌てた口調でオトギリを呼び止めようと、右手を上げながら叫ぶと、彼女は移動手段に用いる糸を口に咥えながらチラリと此方に振り返ってきて。
「下位吸血鬼 だからってそんなに椿の言う事聞かなきゃだめなのか!? どうしてそこまで椿に従うんだ・・・」
―――――椿の勝手気ままな態度に文句を洩らしつつも、命令は忠実にこなしている。その真意が真昼には理解する事が出来ない。
当惑した眼差しで真昼はオトギリを見つめるも、オトギリは感情を動かすことはなく。
「椿さんだけが私たちの全てだもの・・・」
―――――椿さんだけがオレに手を伸べてくれた・・・―――――
しばしの沈黙ののちに、オトギリが紡ぎ出した返答により、ふと真昼の意識の内に蘇ったのは、彼女と同様に椿の下位吸血鬼という立場に在る、友人である桜哉が涙を流しながら洩らした言葉だった。
「・・・椿って一体・・・」
茫然自失状態に陥った真昼に、オトギリはそれ以上何も言うことなく。
ふと、瑠璃に視線を滑らせると―――――
「・・・・・・瑠璃さん、椿さんが貴女のことを変わらずに〝想っている〟のと同じように、私たちにとっても貴女が〝大切な人〟だというのも変わりません・・・・・・。だから、私たちは椿さんと共に行きます・・・・・・」
真昼に向けたのとは違う、感情の色が浮んだ瞳で瑠璃を見つめながら、そっとその言葉を口にすると、胸元にしまっていた〝大切なモノ〟を取り出して、それを右手で掲げて見せたのだ。
「・・・・・・―――――オトギリさん・・・・・・っ」
それは、椿と〝デート〟をした時、椿に『水琴鈴』を選んだのとは別で。『家族』のみんなそれぞれにと選んだお土産の中の一つ―――――『万華鏡』だった。
見開かれた瑠璃の目の端に薄っすらと涙が滲むと、オトギリもまた微かに眉を下げて―――――
「・・・・・・困ります・・・・・・」
ポツリとその言葉を残して、今度こそこの場からトッと跳躍して立ち去っていってしまう。
「あっ! 待っ・・・・・・」
その時、オトギリを呼び止めようと再び声を発したのが我に返った真昼だった。
けれど、もはや真昼に対しては、一瞥も返すことはなく。
「~~~~~~っ」
そのことに歯痒さを感じた真昼が顔を顰めた時、椿との電話の途中から瑠璃の肩の上に乗って事の次第を静観していた黒猫はスリと瑠璃を慰めようとするかのように、頬に顔を寄せていた。
「・・・・・・ごめんね、クロ」
伝わってきた温もりに目を伏せた瑠璃は、視線を屋根の下に向けていく。
リリイの身体から溢れ出た灰塵の放出は、未だ止まることはなく続いている。
―――――いまやらなければいけないのは、感傷に浸ることではない。
グッと唇を噛みしめると、瑠璃は真昼を見遣り、
「行きましょう! 真昼君!! リリイを助けに!!」
「そうだな!! いまはリリイを助けるのが先だ!!」
耳朶に届いた瑠璃の言葉に真昼は頷くと、バッと手の中に武器であるホウキを具現化させたのだ。
「な~~~んだァ、ギリオトの奴ゥッ、一人で全部やっちゃったんじゃ~~~んッ」
憂鬱組の拠点にて、オトギリとの通話を椿が終えた後。
ズルイッと地団太を踏みながら騒いでいたのはベルキアだった。
あれから何日か経ってまた少し伸びた髪を、いまは以前と同じように高い位置で一つに纏めている。
瑠璃にやって貰った髪型を変える事に、躊躇いが無かったわけではないが―――――ケジメも兼ねてそれに戻したのだ。
そしてその代わりという訳ではないのだが、瑠璃からのお土産であった『けん玉』で時間を持て余さないように、色々な技を試したりして過ごしていたのだが。
「〝色欲〟は大したことなさそうでしたしね」
騒ぐベルキアとは対照的に落ち着いた声音でそう言ったのは、椿の為に冷たい飲み物を用意していたシャムロックだった。
けれど―――――
「連絡あったらボクらも行くんじゃなかったのォ~~~!? 変態ちょうちょにお返ししたかったのにィ~~~~~~ッ。それに、今度こそ瑠璃の〝力〟も見られるかと思ったのにさァ!!」
楽しみにしてたのにィ~~~~~~と、『けん玉』をシルクハットの中にしまった処で両手を握り拳にしながら上下に振りつつ、さらに喚き声を上げたベルキアに続き、
「若・・・ッ何故私に任せて頂けないのですっ。オトギリ女史よりも迅速に任務を遂行して見せましたのにっ。そしてお嬢のことは極力傷つけないようにしつつ、〝実力〟を拝見したかった!!」
椿の座る椅子の前にあるテーブルに飲み物を置いた処で、シャムロックもまた、くっ・・・と悔しそうに顔を顰めながら、右手を自身の胸に添えつつ、そんな言葉を洩らしたのだ。
ちなみに、シャムロックに瑠璃が選んだお土産であった『弥次郎兵衛』は彼の私室に大切に飾られていて、さらに『家族写真』だけでなく『浴衣姿の写真』が一緒に飾られていたりするのだが。
「君達はうるさいねぇ」
背後で騒ぐ二人に対して、用意された飲み物を手にした椿は、やれやれといった様子で呟くと、ふと、定位置ともいえる窓辺に座っていた桜哉に視線を向けていく。
「それに比べて桜哉は大人しくなっちゃって」
「別に・・・元からこんなもんですけど・・・」
それに気づいた桜哉は身に着けていたヘッドホンを右手で外して首に下げると、眉を顰めつつ返事をする。
桜哉もまた、私室に瑠璃が選んだお土産の『赤べこ』を飾っているのだが―――――実はそれだけではなく、怠惰の主人である城田真昼と共に瑠璃が映っている写真が多く飾られているというのを知っているのは、桜哉の部屋にこっそりと入ったことがある椿だけだ。
しかもその中には、例の監視任務の中で撮影したモノも混ざっていたりする。
そして部屋に入った時にタイミング悪く帰宅した桜哉に見つかってしまい。その際に例の桜哉が通販で購入をした、〝ストレス発散用〟の黒狐のぬいぐるみを片手で捻りつぶさんばかりの勢いで握りしめながら他言無用だと迫られたという、裏事情もあったのだが。
「あっは、あははははははは、あははは」
この変わり様は―――――
桜哉の返答を聞いて、思い出し笑いを始めた椿に、その時の出来事を知らないベルキアが、顔を顰めながら突っ込みを入れる。
「ちょっとォ、つばきゅ~~~ん。今何も面白くなかったよォ!?」
「いやっもうっ、桜哉の存在が面白・・・・・・あはははは」
しかし、椿はそれで落ち着くことはなく、長い着物の袖に隠された右手を上げながら、左手でお腹を押さえつつ、小刻みに身体を震わせながら笑い続けていたのだが。
「あ―――――面白くない、痛い!!」
片足だけ胡坐を掻くようにしながら座っていた椿の体勢は、笑い続けるうちに前のめりになってしまっていたようで。
ドガタン、ガターン、と激しい音を立てて椅子から勢いよく転倒してしまい、その拍子に椅子もまた一緒にひっくり返ってしまったのだった。
その椿の様子に、イラァァァァと、一気に桜哉は苛立ちを募らせることとなり。
―――――有栖院兄の監視でも続けてたほうがまだマシだ・・・。
と、いう思いから部屋を出て行ってしまったのだが。
「つばきゅ~~~~~~んッ、ボクだって面白くないよォッ。目立ち足りないよォ~~~~~~ッ」
不満が収まらないベルキアが再び椿に訴えかけると、
「慌てることはないよ、ベル」
起き上がった椿はそう言いながらコンと下駄を鳴らして窓辺に近づいていく。
その手前にはいつの間にか、7本の黒い燭台と火が灯った蝋燭が並んでいた。
「あと6人もいるんだからね」
そうして窓辺に腰掛けた椿はそう言うと、ふぅと蝋燭を一本吹き消したのだ。
【本館/19・11/9掲載/別館/19・11/10転記】
それは白ノ湯温泉から、瑠璃の『鍵』の力によって空間転移を行った真昼達だった。
昼間、3日ぶりに洞堂経由で漸く連絡を取ることが出来た御園の様子は、やはり腑に落ちるものではなく。
何があったのか解らないが心配だという想いから、鉄にも声を掛けた上でまた有栖院邸に向かう事を真昼と瑠璃は決めたのだ。
そして有栖院邸の門の裏側に来た処で、どうやって邸内に入るかという案を真昼と鉄が話し合いを始める。
瑠璃が力を使って、そのまま有栖院邸内に突入するという案も、一応の候補ではあったのだが―――――。瑠璃一人だけでなく、複数の人数で繰り返し、空間跳躍を行ったことはこれまでないということもあり。とりあえず、保留の扱いとなったのだ。
そうして鉄が思い付いた案が、塀に立てかけた棺桶の上に鉄、真昼、クロ。そしてヒューを抱いた瑠璃が順に立つことで有栖院邸内に侵入を試みるというものだった。
かるく5m以上いくだろ、と名案だと言わんばかりの表情で鉄は真昼に言う。
うん! いけるよーな、いけないよーな! と冷や汗を流しつつそれに頷いた真昼は、
「・・・大丈夫、いざとなったら・・・。シンプルに考えて・・・飛ぶだろ!!」
ホウキだし!! と自身の武器を取り出し、右手に握りしめながら気合いを込めた様子で言うも。
それに対し、ムリムリ・・・と真昼の頭の上から下りて、黒猫の姿から人型に戻ったクロが呆れた様子で突っ込みを入れる。
眉を下げながらその様子を見ていた瑠璃は、ふいに微かに何かの気配を感じた気がして視線を上に向けていく。
ズン―――――と地面から突き上げるような衝撃が襲ってきたのはその直後の事だった。
「!?」
突然の揺れに対し、真昼は前に倒れかけ、棺桶を背負っていた鉄もまた、僅かに身体をふらつかせてしまう。
瑠璃もまた、転倒しそうになったのだが、クロが伸ばしてきた腕に身体を支えられたことによって無事だった。
「・・・・・・あ、ありがとうクロ」
「なぁ瑠璃。なんか嫌な予感が・・・・・・」
目を瞬かせつつ、息を吐くと礼を言った瑠璃を腕の中に収めたクロは悪寒がすると微かに身体を震わせながら告げてくる。
その間もズズズと振動は収まることはなく続いていた。
「なっ・・・!?」
そして有栖院邸から突如として放出された大量の白い塵を目にして愕然とした声を上げたのが自力で元の体勢に戻った真昼だった。
オォォォォォと怨念のような唸り声を轟かせる灰塵の嵐が吹き荒れる。
苦悶の表情を浮かべながら地面に膝をついて身体を折り曲げたリリイの口からだけでなく、背に突き立てられたナイフも通じて、灰塵が体外に勢いよく放出されていく。
主人と色欲の吸血鬼の信頼関係を脆弱なモノに変えた処で、その隙を突いて吸血鬼を背後から襲撃し、致命傷を与えたオトギリは冷静沈着な眼差しでその様を見つめながら呟いた。
「目的達成・・・です」
―――――
―――――刺された程度で死ぬはずがないのに・・・・・・!!
一体何が起こっているというのか。
その時、それをすぐ傍で目撃する事になった御園は混乱した面持ちでその場に立ち尽くすことしか出来ない状態となっていた。
そして―――――
「これっ・・・灰塵・・・なのか!? 御園の家の中から・・・!?」
上空を吹き荒れる灰塵を有栖院邸の外にいた真昼が右手を額の前に掲げながら唖然とした面持ちで見上げた時。
―――――・・・・・・お願い・・・・・・どうか臆病なこの子を・・・・・・―――――
―――――・・・・・・拒絶しないであげて・・・・・・―――――
「・・・・・・っ」
瑠璃の中には、悲痛な〝誰か〟の想いが流れ込んできていた。
―――――これは・・・・・・
「―――――瑠璃?」
ふと、瑠璃の瞳がぼんやりとしたものに変わった事に気付いたクロが、眉を顰めながら呼びかける。
また、
「中で何か起きてるのか!? ヒュー! お前も何かわかんねえの・・・」
と―――――状況を少しでも把握しようと、真昼が鉄の肩の上で蝙蝠の姿から人型に戻ったヒューに向かって問いかけた時。
「―――――・・・・・・行かなきゃ・・・・・・」
ぽつりとそう呟いた瑠璃の胸元にある『鍵』が光を瞬かせ、フッと瑠璃の姿が閃光に包まれた。
「―――――・・・・・・っ向き合えねー」
瑠璃一人だけで行かせるわけにはいかないと、クロは黒猫の姿に変わると瑠璃の肩に掴まる。
「・・・・・・瑠璃姉っ!? クロっ!?」
視界の端で瞬いた閃光に真昼が気付き、慌てて振り返った時には、瑠璃はこの場から空間跳躍を行った後だった。
「・・・どうなっておるのじゃ・・・? これほどの灰塵が世界に出るじゃと・・・!? これが椿の狙いじゃとしたら・・・事態は深刻じゃぞ」
一方、じいと灰塵を睨むように見つめていたヒューが重々しい口調でそう言うと、
「なんかわかんねーけどやばそうだ。ヒューが言うんだから間違いねぇ」
残された真昼の襟首を、後ろからがしっと鉄が掴むと、背負っていた棺桶の上に乗せて、ぐぐ・・・と斜めに担ぎ上げたのだ。
「わ!? えっ、ちょっ・・・鉄!?」
何をするつもりなのだろうか―――――顔を引きつらせながら、とりあえず棺桶から滑り落ちないように、何とかしがみ付いた真昼に鉄は言う。
「ちゃんと乗ったか? 俺は門から回る・・・けど、先に行っちまった二人をあんたが追いかけるなら、これが一番早い方法だと思うからな」
鉄の言葉から「まさか・・・っ」と察した真昼の顔色が蒼白なものに変わる。
「うわあああああ?!」
ゴッと鉄の手によって勢いよく真昼が乗った棺桶が有栖院邸内目掛けて投げ飛ばされたのはそのすぐ後の事だった。
真昼の叫び声が夜空に響き渡った時―――――有栖院邸の裏門から離れた場所に在る道路沿いの路には、空に向かって勢いよく放出された灰塵を見つめる御国の姿が在った。
そうして御国のスカーフが巻かれた首元には黒蛇の姿が在ったのだが。
「・・・何故・・・行かない・・・・・・弟が・・・・・・それに〝ミストレス〟が・・・・・・」
ず・・・と陰の中に沈んだ蛇が黒衣の衣装を纏った吸血鬼に姿を変えると、ぼそと御国に向かってそんな問いかけの言葉を紡ぎ出したのだ。
そこで御国は肩越しに吸血鬼を見遣ると、
「なんだよジェジェ・・・?
「・・・・・・」
皮肉めいた口調でそう言ったのだが、しかしジェジェは何も答えることはなく。
紙袋越しに唯一確認することが出来るジェジェの真紅の瞳を、御国は侮蔑に満ちた眼差しで、ははと嗤いながら見返すと。
「っていうかね。お前にそんなこと言う資格あんの?」
憎悪と嫌悪に満ちた口調で吐き捨てるようにそう言ったのだが。
「・・・な―――――んてね――――? つまんない冗談言っちゃったね―――――アベル―――――?」
その後、すぐさま御国はジェジェから視線を外すと、手の中に持っていた三つ編みの少女の人形に向かって常と変わらぬ軽い口調で語り掛けたのだった。
ヴ――――――――――ヴ――――――――――。
携帯のバイブ音が何処からか聞こえてくる。
それは『目的』を達成したオトギリが身に纏っていたメイド服のポケットに仕舞っていた携帯の着信を知らせるモノだった。
不要となった人形の糸をオトギリは手元から切り離すと、有栖院邸内の手近な屋根の上に着地を行い。
「・・・はい。まだ現場です・・・気の早い電話は困ります・・・・・・」
『あは。ごめんごめん。予定よりずいぶん早いなと思ってね』
「主人と吸血鬼を仲違いさせるいい機会がありましたので・・・」
電話に応じたオトギリは、電話向こうから楽し気な口調で、詫びるのと同時に問いを投げかけてきた相手に状況報告をする。
―――――その時だった。
オトギリが立っていた屋根の上に、眩い白銀の閃光が瞬くと、収縮した光の中から瑠璃が姿を見せたのだ。
「・・・・・・困ります・・・・・・瑠璃さん、どうしてここに・・・・・・」
携帯を手に微かに眉を顰めたオトギリに名前を呼ばれ、意識を戻した瑠璃は目を瞬かせる。
「―――――・・・・・・えっ、オトギリさん?」
と―――――
自分の存在も主張するかのように「にゃー」と瑠璃の肩に掴まっていた黒猫が鳴き声を上げて。
「・・・・・・クロ? ここって・・・・・・屋根の上? 私、いつの間に・・・・・・」
戸惑いの表情を瑠璃が浮かべると、腕の中に黒猫が移動をしてくる。
「うわあああああ」
棺桶にしがみ付いた状態で鉄によって投げ飛ばされた真昼が此方に向かって落下してきたのはその直後の事だった。
「えぇ!? 真昼君!?」
どうして鉄の武器である棺桶に真昼が乗っていて、しかも空から降って来るのだろうか。
仰天した瑠璃の腕の中に居た黒猫は「向き合えねー」と半眼で上を見ながら呟く。
そうして真昼が乗っていた棺桶は、ちょうど瑠璃とオトギリ二人の間に落ちてきたのだが―――――屋根の上に落下した際にその衝撃で手を放してしまった真昼は、どんとオトギリのグラマラスな身体に衝突してしまったのだ。
「わっ、わ―――――~~~?!」
その時、何が起こったのか理解が追い付かず、混乱と動揺が入り混じった叫び声を上げた真昼は屋根の上で軽くもんどりを打っていて、ごろごろごろと棺桶は屋根の上を滑っていってしまい。
「真昼君! 大丈夫!?」
なんかやわらかいものにあたったよーな・・・と頬を赤らめながら、右手で側頭部を押さえつつ真昼が起き上がった処で瑠璃が走りよると、
「いっ・・・てて・・・すみませ・・・って、瑠璃姉!! クロも!! 良かった、ここに居たのか!! それと・・・・・・え!? 屋根の上にメイドさん・・・!??」
瑠璃の姿を目にしてまず安堵した後、さらにメイド姿のオトギリに気付いた真昼は思わず驚愕の叫び声を上げてしまったのだが。
「城田真昼・・・」
そんな真昼に対してオトギリは呆れが入り混じったような冷たい眼差しを向けると、通話途中だった携帯をゆっくりと耳に当てていく。
「・・・・・・えぇ。はい・・・・・・スピーカーにしてかわればいいんですね・・・・・・?」
そうして電話の相手と一言二言、言葉を交わしたオトギリが、「どうぞ・・・」と携帯を持った右手をすいっと此方側に差し出してきたのだ。
「何? 電話・・・?」
真昼が目を瞬かせると―――――
『あははっあはははははあっは!! はははははははははははっあはっははははははははははあははあはっはははははははあははははあはあはははははは』
その刹那、電話の向こう側から聴こえてきたのは、耳をつんざくような、捧腹絶倒の笑い声だった。
電話を此方に向けてきたオトギリは、その時点で、何も持っていなかった左手で、耳を覆っていたのだが。
真昼は笑いの圧に呑まれてしまったようで、顔を引きつらせながら硬直状態に陥っていた。
瑠璃もまた、突然起こった笑いの渦の中で思わず呆然と立ち尽くしてしまったのだが―――――この笑い声の主が誰であるのか。
そしてオトギリが〝何者〟であるのか。
知っていた瑠璃は、そっと『彼』の名前を呼んでいた。
「―――――・・・・・・椿・・・・・・」
『あ―――――・・・面白くない』
「椿・・・!!?」
そして決まり文句とともに笑いが途絶えた処で、ざわと身の毛が逆立つのを感じた真昼もまた、それに耐えるように奥歯を噛みしめながら〝憂鬱〟の真祖である彼の名を口にすると。
『やあ、瑠璃。それと城田真昼に怠惰の兄さん。僕は今日も元気だよ』
電話向こうの椿は愉しげな口調で此方に向かって語り掛けてきたのだ。
「お前の元気さとか聞いてねーし・・・」
それに対して、自己主張強すぎだと、呆れたような口調で応じたのは、瑠璃の腕の中から下りて人型に戻ったクロだった。
すると椿はあえて挑発するかのように、
『僕と瑠璃が〝デート〟中だった時に、お寿司屋さんでランチをご一緒して以来かな?』
「・・・・・・オレはこの前、浴衣を着た瑠璃と一緒に祭りに行ったぞ」
それに対してクロも負けじと張り合うように、低い声で言い返す。
と―――――
「ご一緒したつもりはねーよ!! あと、クロ!! お前の気持ちも分からなくはないけど、今はそういう話をしている場合じゃないだろ!?」
そこに真昼が眉を顰めつつ、突っ込みを入れると、
『あはは!! 瑠璃の浴衣姿は僕も写真で見たよ!! 僕に似てる狐のぬいぐるみだけじゃなくて、怠惰の兄さんに似てる黒猫のぬいぐるみまで持ってたのは面白くなかったけど!!』
笑いながら、また椿は応酬してきたのだが。
「瑠璃さん、浴衣似合ってました・・・・・・」
その後に、ぽつりとそう言ったのがオトギリだった。
「・・・・・・ありがとう、オトギリさん」
電話のやり取りを何とも言えない面持ちで、眉を下げつつ聞いていた瑠璃は、オトギリの言葉に目を瞬かせると、淡い笑みを零す。
その様子を見ていた真昼が、
「瑠璃姉、この人ももしかして椿の
そう言い掛けた時だった。
「リリイ!! どうしたんだ・・・っ」
屋根の下から聴こえてきた御園の愕然とした叫び声に、真昼と瑠璃はハッとそちらを見遣ると、そこには立ち尽くす御園と、蹲るリリイの姿が在り―――――吸血鬼であるリリイの身体からは大量の灰塵が放出されているのが見て取ることが出来た。
「リリイっ!?」
「椿ッ・・・リリイに何したんだ!? なんでこんな大量の灰塵が・・・」
目を見開いた瑠璃が口元を右手で覆うと、真昼が詰問口調で叫んだ。
すると椿は不思議そうに、
『あれ? ベルキア? 君、この前兄さん達に会って話したんじゃなかったの?』
恐らく近くに居るのであろう、ベルキアに尋ねかけていて。
電話の向こう側から椿以外の騒がしい声が漏れ聞こえた後、
『何? うん・・・ああ。桜哉が邪魔したの?』
それに相槌を打った椿の口から紡ぎ出された、〝桜哉〟の名前に、真昼がまた顔色を変えると、
「桜哉!? 椿と一緒にいるのか!」
『いやだなあ・・・僕が話してるのに話題を変えないでよ』
声を荒げた真昼に、椿はあはっと笑い声を立てると、
『ねえ、城田真昼。吸血鬼・・・特に
「・・・!?」
『ルールが明確じゃないのは面白くないからね。契約のとき
たじろいだ真昼に椿は問いを投げかけてくる。
真昼がクロと契約をした時、その場には瑠璃も一緒にいた。
だから椿が何を言わんとしているのか、その『答』は瑠璃にも解るモノだ。
「・・・・・・〝名前〟と〝物〟・・・・・・」
『あはっ! さすがだね、瑠璃!! そうだよ。その二つが
瑠璃が呟くように口にした言葉に椿は嬉しそうな声色で応じてくる。
けれど、クロの
「ちょ・・・っと待てよ!! 契約の時!? 俺はクロに物をあげてなんか・・・」
困惑した様子でそう言い掛けたのだが。
―――――チリン、チリン、チリン。
クロが自身の首から下げている、紐に繋がれた金色の鈴を、振って音を鳴らすと。
真昼は呆然と目を見開き、クロのほうを見遣り。
そこで、チリン、とまたクロが鈴を鳴らしてみせると、黒猫を拾った時の事を思い出した真昼は、唖然とした顔に変わって、そのまま頭を抱えてしまい。
「あげた―――――!!!」
猫に鈴!! そんなテキトーなものを!! と叫んだのだ。
その時、猫に姿を変えたクロは瑠璃の肩に乗ると、もらったぞ、と猫らしくアピールをしていて、電話向こうの椿は大笑いをしていたのだった。
『〝ミストレス〟は〝愛〟。〝
その後、抑揚のない声音で続きを語った椿の表情を電話越しでは見ることは叶わないが、恐らく彼は嗤っているのだろう。
―――――僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない―――――
「・・・・・・椿・・・・・・っ」
胸の奥が締め付けられる感覚とともに、『家族』として共に過ごした中で聞いた、椿の選んだ『答』が瑠璃の心の中にまた蘇る。
「瑠璃姉・・・・・・」
悲しみに彩られた瑠璃の表情を目にした真昼は、ギュッと両手を握りしめると、
「椿、お前のやりたいことって・・・」
『あはははっあはははははははははははははははははあっは!! あははははははははあははあはっあははは』
絞り出すような声で真昼は問おうとしたのだが、再び笑い出した椿によってそれを遮られてしまい。
『面白くない』
さらに最後にまたこの言葉を紡ぎ出した処で、椿が手にしていた電話を後ろ手に投げ捨てしまったことから―――――ゴトッ、ガタン、ブツッという音が聴こえた後に、通話は終了となってしまったのだ。
ツ―――――ツ―――――ツ―――――・・・。
通話遮断の音が響く中、椿の傍若無人な振る舞いに、唖然とした表情で真昼は固まってしまう。
と―――――
「勝手なのは困ります・・・」
オトギリもまた、呆れたように息を吐き出しながらそう呟くと、ひらっとメイド服を翻してこの場から立ち去ろうと屋根の端に向かって進み始めたのだが。
「ちょっ・・・待てよ!!」
それを目にして、我に返った真昼が慌てた口調でオトギリを呼び止めようと、右手を上げながら叫ぶと、彼女は移動手段に用いる糸を口に咥えながらチラリと此方に振り返ってきて。
「
―――――椿の勝手気ままな態度に文句を洩らしつつも、命令は忠実にこなしている。その真意が真昼には理解する事が出来ない。
当惑した眼差しで真昼はオトギリを見つめるも、オトギリは感情を動かすことはなく。
「椿さんだけが私たちの全てだもの・・・」
―――――椿さんだけがオレに手を伸べてくれた・・・―――――
しばしの沈黙ののちに、オトギリが紡ぎ出した返答により、ふと真昼の意識の内に蘇ったのは、彼女と同様に椿の下位吸血鬼という立場に在る、友人である桜哉が涙を流しながら洩らした言葉だった。
「・・・椿って一体・・・」
茫然自失状態に陥った真昼に、オトギリはそれ以上何も言うことなく。
ふと、瑠璃に視線を滑らせると―――――
「・・・・・・瑠璃さん、椿さんが貴女のことを変わらずに〝想っている〟のと同じように、私たちにとっても貴女が〝大切な人〟だというのも変わりません・・・・・・。だから、私たちは椿さんと共に行きます・・・・・・」
真昼に向けたのとは違う、感情の色が浮んだ瞳で瑠璃を見つめながら、そっとその言葉を口にすると、胸元にしまっていた〝大切なモノ〟を取り出して、それを右手で掲げて見せたのだ。
「・・・・・・―――――オトギリさん・・・・・・っ」
それは、椿と〝デート〟をした時、椿に『水琴鈴』を選んだのとは別で。『家族』のみんなそれぞれにと選んだお土産の中の一つ―――――『万華鏡』だった。
見開かれた瑠璃の目の端に薄っすらと涙が滲むと、オトギリもまた微かに眉を下げて―――――
「・・・・・・困ります・・・・・・」
ポツリとその言葉を残して、今度こそこの場からトッと跳躍して立ち去っていってしまう。
「あっ! 待っ・・・・・・」
その時、オトギリを呼び止めようと再び声を発したのが我に返った真昼だった。
けれど、もはや真昼に対しては、一瞥も返すことはなく。
「~~~~~~っ」
そのことに歯痒さを感じた真昼が顔を顰めた時、椿との電話の途中から瑠璃の肩の上に乗って事の次第を静観していた黒猫はスリと瑠璃を慰めようとするかのように、頬に顔を寄せていた。
「・・・・・・ごめんね、クロ」
伝わってきた温もりに目を伏せた瑠璃は、視線を屋根の下に向けていく。
リリイの身体から溢れ出た灰塵の放出は、未だ止まることはなく続いている。
―――――いまやらなければいけないのは、感傷に浸ることではない。
グッと唇を噛みしめると、瑠璃は真昼を見遣り、
「行きましょう! 真昼君!! リリイを助けに!!」
「そうだな!! いまはリリイを助けるのが先だ!!」
耳朶に届いた瑠璃の言葉に真昼は頷くと、バッと手の中に武器であるホウキを具現化させたのだ。
「な~~~んだァ、ギリオトの奴ゥッ、一人で全部やっちゃったんじゃ~~~んッ」
憂鬱組の拠点にて、オトギリとの通話を椿が終えた後。
ズルイッと地団太を踏みながら騒いでいたのはベルキアだった。
あれから何日か経ってまた少し伸びた髪を、いまは以前と同じように高い位置で一つに纏めている。
瑠璃にやって貰った髪型を変える事に、躊躇いが無かったわけではないが―――――ケジメも兼ねてそれに戻したのだ。
そしてその代わりという訳ではないのだが、瑠璃からのお土産であった『けん玉』で時間を持て余さないように、色々な技を試したりして過ごしていたのだが。
「〝色欲〟は大したことなさそうでしたしね」
騒ぐベルキアとは対照的に落ち着いた声音でそう言ったのは、椿の為に冷たい飲み物を用意していたシャムロックだった。
けれど―――――
「連絡あったらボクらも行くんじゃなかったのォ~~~!? 変態ちょうちょにお返ししたかったのにィ~~~~~~ッ。それに、今度こそ瑠璃の〝力〟も見られるかと思ったのにさァ!!」
楽しみにしてたのにィ~~~~~~と、『けん玉』をシルクハットの中にしまった処で両手を握り拳にしながら上下に振りつつ、さらに喚き声を上げたベルキアに続き、
「若・・・ッ何故私に任せて頂けないのですっ。オトギリ女史よりも迅速に任務を遂行して見せましたのにっ。そしてお嬢のことは極力傷つけないようにしつつ、〝実力〟を拝見したかった!!」
椿の座る椅子の前にあるテーブルに飲み物を置いた処で、シャムロックもまた、くっ・・・と悔しそうに顔を顰めながら、右手を自身の胸に添えつつ、そんな言葉を洩らしたのだ。
ちなみに、シャムロックに瑠璃が選んだお土産であった『弥次郎兵衛』は彼の私室に大切に飾られていて、さらに『家族写真』だけでなく『浴衣姿の写真』が一緒に飾られていたりするのだが。
「君達はうるさいねぇ」
背後で騒ぐ二人に対して、用意された飲み物を手にした椿は、やれやれといった様子で呟くと、ふと、定位置ともいえる窓辺に座っていた桜哉に視線を向けていく。
「それに比べて桜哉は大人しくなっちゃって」
「別に・・・元からこんなもんですけど・・・」
それに気づいた桜哉は身に着けていたヘッドホンを右手で外して首に下げると、眉を顰めつつ返事をする。
桜哉もまた、私室に瑠璃が選んだお土産の『赤べこ』を飾っているのだが―――――実はそれだけではなく、怠惰の主人である城田真昼と共に瑠璃が映っている写真が多く飾られているというのを知っているのは、桜哉の部屋にこっそりと入ったことがある椿だけだ。
しかもその中には、例の監視任務の中で撮影したモノも混ざっていたりする。
そして部屋に入った時にタイミング悪く帰宅した桜哉に見つかってしまい。その際に例の桜哉が通販で購入をした、〝ストレス発散用〟の黒狐のぬいぐるみを片手で捻りつぶさんばかりの勢いで握りしめながら他言無用だと迫られたという、裏事情もあったのだが。
「あっは、あははははははは、あははは」
この変わり様は―――――
桜哉の返答を聞いて、思い出し笑いを始めた椿に、その時の出来事を知らないベルキアが、顔を顰めながら突っ込みを入れる。
「ちょっとォ、つばきゅ~~~ん。今何も面白くなかったよォ!?」
「いやっもうっ、桜哉の存在が面白・・・・・・あはははは」
しかし、椿はそれで落ち着くことはなく、長い着物の袖に隠された右手を上げながら、左手でお腹を押さえつつ、小刻みに身体を震わせながら笑い続けていたのだが。
「あ―――――面白くない、痛い!!」
片足だけ胡坐を掻くようにしながら座っていた椿の体勢は、笑い続けるうちに前のめりになってしまっていたようで。
ドガタン、ガターン、と激しい音を立てて椅子から勢いよく転倒してしまい、その拍子に椅子もまた一緒にひっくり返ってしまったのだった。
その椿の様子に、イラァァァァと、一気に桜哉は苛立ちを募らせることとなり。
―――――有栖院兄の監視でも続けてたほうがまだマシだ・・・。
と、いう思いから部屋を出て行ってしまったのだが。
「つばきゅ~~~~~~んッ、ボクだって面白くないよォッ。目立ち足りないよォ~~~~~~ッ」
不満が収まらないベルキアが再び椿に訴えかけると、
「慌てることはないよ、ベル」
起き上がった椿はそう言いながらコンと下駄を鳴らして窓辺に近づいていく。
その手前にはいつの間にか、7本の黒い燭台と火が灯った蝋燭が並んでいた。
「あと6人もいるんだからね」
そうして窓辺に腰掛けた椿はそう言うと、ふぅと蝋燭を一本吹き消したのだ。
【本館/19・11/9掲載/別館/19・11/10転記】
