第十一章『Alice in the Garden《スノーリリイ》』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
サァァと夜風が庭に吹き始めた時、真昼達と別れた御園は自分の部屋がある西館に戻ることはせず、合流するための手立てを得る為にある場所を目指して歩き出していた。
<御園、どこへ行くんです?>
するとやはり離れることなく、ついてきた蝶が後ろから尋ねかけてくる。
「裏門の鍵を探しに行く」
それに対して御園は逸る気持ちから簡潔にそう答えたのだが―――――。
<裏門・・・?>
訝しむ様に蝶が呟いた事から、ここで足止めをされてしまっては、他の者にまで見つかってしまう可能性が出て来てしまう。
すぐさまその考えに至った御園は眉を顰めると、
「昔・・・御国がよく裏門から抜け出していたのを思い出したんだ。御国の部屋に鍵があれば僕も城田と瑠璃達に合流できる」
改めて行動理由を明確にした上で、ついてくるなら静かにしろと、蝶に釘をさしてから、急ぎ足で御国の部屋がある東館を目指して歩いて行ったのだが―――――。
「なんだ・・・こっちは草がすごいな」
東館側の路は同じ敷地内にあるのにも拘らず、雑草が伸び放題となっていて、歩調を弛めながらさくさくと踏みしめつつ、歩いて行かなければならない状態となっていた。
―――――御国がいなくなってから誰も東館 へ来てないのか。
―――――・・・僕自身もあれ以来、初めて来るような気が・・・。
戸惑う御園の心に共鳴するかのように、周囲の木々がざわ・・・と揺れ動く。
―――――どうして御国の話は禁句 になってしまったんだ?
―――――確かに御国はこの家にいたのに。
―――――どうしてみんなでいなかったこと にしてしまったんだ?
ざっざっざっと、気づけば御園は足元に絡みつく草を勢いよく踏みしめるようにしながら、また足早に東館に向かって足を進めていた。
―――――おかしい。何か・・・。
困惑する御園の意識の内に、幼い頃に目撃した記憶がゆっくりと浮かび上がってくる。
ある時、夜中にふと目を覚ましてしまった幼い御園は部屋の一角に立ち尽くしながらぶつぶつと何事かを呟いている兄の姿を目にして―――――
―――――・・・お兄ちゃん? 何してるの?
寝ぼけ眼をこすりながら兄に呼び掛けた処で―――――
―――――・・・誰・・・?
兄の傍らに立っていたもう一人の存在に気付いたのだ。
そして幼い御園が疑問の声を洩らすと、振り返ってきたのは―――――
〝真紅の瞳〟を持った黒衣の存在と、〝悲哀と苦悩〟に満ちた表情を浮かべた兄だった。
―――――御国が家を出た理由は
―――――忘れていいようなものじゃなかったはずだ
―――――とても大きな事件 だったじゃないか!!
思い出された記憶の欠片はその出来事に繋がる唯一の手掛かりだ。
だからこそ―――――
―――――城田と瑠璃は・・・困っているなら手を貸すと言ってくれた。
―――――話そう。
―――――皆が目を背けたままのこの家の問題を・・・。
そう心を決めた御園が、辿り着いた東館の扉に手を伸ばそうとした刹那―――――
背後から伸びてきた何者かの両手がふわと御園の頭を包み込むような仕草をすると、
「―――――・・・!?」
くらっと御園は意識が遠のいていくのを感じるのと同時に、そのままズシャッと地面に倒れこんでしまったのだ。
その時―――――
ざ、と地に降り立った人影が在った。
それは人型に戻ったリリイで、すぐさま御園を助け起こすかと思いきや、手を伸ばすことをせず。
常に浮かべていた笑顔を消し去ったリリイは、右腕を左手で握りしめながら悲哀と苦衷に満ちた表情で、意識を失った御園を見つめていた。
そして心の中に渦巻く感情を溢れさせまいとするかのように口を引き結ぶと―――――
「・・・ごめんなさい・・・」
ただ一言だけ、許しを乞うように、その言葉を口にしたのだ。
―――――僕の家には妖精が住んでいる。
―――――その白い男の人は僕の家を守っている。
真っ白な雪が降り積もり始めたその日、妖精が住まう家の主が息子と孫と家人に看取られながら静かに息を引き取った。
そして―――――
『●●●●●? どうしたの? そこは寒いよ・・・』
大好きだった祖父を亡くした幼い少年が、泣きはらした目で祖父の部屋から出て来た処で、雪が降り積もる庭にひっそりと佇む白い妖精の姿を見つけたのだ。
しかし、少年の呼びかけに対して妖精は何の反応も示すことはなく。
『聞こえないの? ●●●●●』
身に纏っていたコートのフードを被って、さくさくさくと雪を踏みしめながら、少年が近づいていって再び呼びかけると、そこでようやく妖精は少年の存在に気づき、振り返ってきたのだが。
『それはもう私の名前ではないんです』
妖精は寂し気な笑みを浮かべると、視線を遠くに向けながらそう言ったのだ。
『御影が・・・亡くなりましたか。そんなに時間が経ったんだなぁ・・・。御影の子供の子供がこんなに大きくなったんですもんね・・・』
それからそっと左手で自分の頭に触れてきた妖精を少年は見上げると、
『時間にばかり置いていかれてしまうなぁ・・・』
目を伏せながら白い息を吐き出しつつそう言った妖精の表情は、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を漂わせていて。
『・・・●●●●●もいなくなっちゃうの? お母さんもお兄ちゃんもお祖父ちゃんもいなくなっちゃった・・・』
ぐす・・・っとまた、思わず泣き出しそうになったのを堪えるようにしながら少年は妖精に尋ねかけると、
『・・・新しい名前をいただけないと・・・』
妖精は静かな口調で囁くようにそう言ったのだ。
そこで少年はコートのポケットから、チャリ・・・と懐中時計を取り出すと、
『これ・・・お祖父ちゃんがくれた時計。●●●●●にあげる。名前を付けたら・・・いなくならない?』
驚いたように目を瞬かせた妖精に向かって時計を差し出し。
『〝スノウリリイ〟この家を守って』
少年は新たな名で妖精を呼ぶのと同時にそう願ったのだ。
―――――これは〝色欲〟の吸血鬼である〝全ては愛に収束する 〟に『スノーリリイ』という新たな名前を与えて主人となった御園の幼少期の記憶である―――――
そして、現在―――――
リリイの記憶操作により、真昼達が有栖院邸を訪れていた夜の出来事を忘れてしまった御園は、父親である御門から出された『外出禁止令』を受け入れて、まやかしに包まれた穏やかな日常を過ごしていたのだが―――――。
―――――なんだか平和すぎる な
―――――異常なくらい・・・
それでもやはり無意識の内に御園は自身を取り巻く状況に対して違和感を覚えていた。
「・・・はい。どちらさまで―――――・・・あ」
そうして洞堂のスマホに掛かってきた1本の電話が、さらに御園の中の違和感を増長させるものとなる。
「あ―――――・・・え―――――とすね。今・・・あ―――――~・・・」
―――――チリッ
歯切れの悪い応対をする洞堂の様子を見ていた御園の意識の内にノイズが流れる。
その感覚に御園は顔を顰めながら洞堂を見据えると、
「・・・洞堂、誰からだ?」
「・・・・・・あ~~~~~~」
洞堂は気まずそうに眉を寄せたのだが、
「城田真昼くんとお嬢さんからすわ・・・」
「・・・城田と瑠璃から?」
洞堂が二人の名を告げた刹那、御園の意識の内にまたチリッとノイズが流れた。
それに突き動かされるように御園は洞堂に向かって右手を伸ばす。
「・・・かわってくれ」
そして洞堂から御園が電話を受け取ると―――――
『あっ御園!? どうしたんだよ・・・こっち来れないのか!?』
最初に御園にその言葉を投げかけてきたのは真昼で。
「城田・・・いつの間に洞堂の番号を・・・」
しかし、いまの御園には覚えが無い話であることから、代わりにまず聞き返したのがその事だった。
『この前、真昼君が洞堂さんから名刺を貰ったのよ』
それに答えたのは、スピーカーモードで電話を掛けた真昼の傍で、話を聞いていた瑠璃だった。
「そうか・・・・・。だが、僕は今・・・しばらく家を出るなと父から言われてて・・・」
そうして真昼達が連絡手段を得た経緯を理解した御園は、そこで現在の自身が置かれた状況を改めて口にしたのだが―――――。
それに対して『え?』『は?』と瑠璃と真昼が揃って困惑の声を上げ、
『えっ・・・だからそれはこの前行った時に話をして・・・』
『それで・・・後でこっちに合流するって約束しただろ!? 3日前に・・・』
「3日前? 何の話だ?」
けれど、双方の話はやはり繋がらないままで。
「とにかく・・・悪いが僕はしばらくそっちにはいけないから」
『ちょ・・・っ』
『・・・・・・待って、御園君っ!』
御園はそれ以上、二人の言葉に耳を貸すことなく、電話を切ってしまったのだ。
それから―――――
「〝3日前に来た〟・・・?」
スマホの画面を睨むようにしながら御園は呟くと、リリイの元に向かい―――――
「・・・リリイ、城田と瑠璃達は最近・・・僕の家に来たか?」
「・・・いいえ?」
けれど、偽りの笑みを浮かべたリリイは真実を口にする事はせず。
「来ていませんよね? 洞堂さん」
リリイから声を掛けられた瞬間、「え」と思わず顔を顰めてしまった洞堂もまた、
「あ―――――・・・そうすね・・・」
結局、その場では何も云う事をしなかったのだ。
そしてその後は何事もなかったかのように時間は流れていき、御園は就寝の時間を迎える事となったのだが―――――
―――――・・・・・・なんだか寝付けないな。
―――――いつもならもう眠っている時間なのに・・・。
―――――昼間の城田と瑠璃からの電話がなんだかひっかかったままで・・・。
ベッドの中でもぞ・・・と御園は身じろぎをして、さらにごろ・・・と寝返りを打つと、
「誰か起きているかな・・・。話でもしようか・・・」
ギ・・・と軋んだ音を鳴らしたベッドから身体を起こした処で上着を羽織ると、靴を履いて立ち上がり、自室の扉のドアノブに手を掛ける。
僅かに開いた部屋の扉から通路に顔を覗かせる際、ギィ・・・と軋んだ音が暗闇の中に鳴り響き、ぞく・・・と御園は無意識の内に身体を震わせてしまう。
と―――――
「・・・リリイ?」
その刹那、ゆらっと見えたストールを靡かせながら歩いて行く人影は見覚えがあるもので。
しかし、リリイらしき人影は御園に振り返ることなく、そのままふっと通路の角を曲がって行ってしまう。
「・・・おい! リリイ! 待て!」
そこで御園は先程よりも、大きな声で自身の吸血鬼の名を呼びながら、たっと後を追いかけて行ったのだが―――――両者の距離は縮まることはなく。
「リリイ、スノーリリイ」
いくら御園が呼び掛けようとも、返答すらも無いままで。
さもありなん―――――それは本物のリリイではなく、無数の糸によって操られている人形だったからだ。
そして人形を操っているのは、椿の指示で有栖院家にメイドとして潜り込んでいたオトギリだった。
けれど闇の中に身を潜めた彼女の存在は御園の目に留まることはなく―――――
「どうして無視をする・・・っ」
まるで不思議の国の時計ウサギを追いかけるアリスのように。
―――――トトトトトトトトトトトトトトト
その存在が人形であることに気づくことなく、御園は焦燥感を抱きながらひたすらに前方に見えている相手の背中を追いかけていく。
その姿が忽然と目の前から消えたのは、灯りが洩れだしている部屋の前に御園が辿り着いた刹那の事で―――――。
僅かに見えた扉の隙間から中を伺い見てみると、リリイはやまねを始めとした家人一同たちと共に食堂で夜のお茶会の真っ最中のようだった。
―――――みんなでお茶をしてるのか・・・僕も・・・。
そこで御園は扉を開けて、自分もお茶会に参加したいと言い出そうとしたのだが―――――
「あの時、城田真昼と瑪瑙瑠璃を家に入れるべきじゃなかったのよ」
その刹那、聴こえてきた三月の言葉により御園は声を掛けるタイミングを逸してしまう。
そして次に口を開いたのは三月の義母であるやまねだった。
「まぁまぁ三月さん。もう3日も前のことじゃないの」
けれど三月は黙ることはなく、席に着かないで壁に寄りかかるようにしながらカップを持ってお茶を飲んでいた洞堂を睨み付けると、
「洞堂! あなたどういうつもり? もし御園坊ちゃんが今出て行ったら〝御国様〟のことが・・・」
「いつまでこのままにするんすか」
「それでも私たちは御門様の言いつけをまもるべきでしょう!?」
眉を顰めながら抗弁してきた洞堂に三月は激昂する。
しかし、洞堂は声のトーンを変えることなく、
「御園坊ちゃんだっていつまでも子供じゃいられねーし。バレる のは時間の問題だと・・・」
そう言い掛けたのだが―――――。
「バレませんよ。私が隠し通します。何度でも」
それを否定したのは、歪な暗い笑みを浮かべたリリイだった。
―――――!? なんだ!? 何の話を―――――・・・
家人たちのやり取りを困惑した表情で聞いていた御園は、一番信頼していた存在であった吸血鬼の口から出た反旗を翻す言葉に愕然と目を見開いてしまう。
「御園坊ちゃん?」
その御園の背後にタイミングを見計らったように姿を現したオトギリが、そっと右手を肩に触れさせながら声を掛ける。
「こんな時間に・・・どうかなさいましたか?」
「あっ・・・いや・・・」
びくっと身体を震わせた御園は狼狽した面持ちでオトギリに振り返る。
と―――――
そのやり取りが部屋の中にも届いて。オトギリの手により、僅かに開いていた右側の扉が完全に開け放たれると、そこに立ち尽くす御園の姿を目にして、食堂に居た面々の間に動揺の色が走る。
「御園坊ちゃん・・・!? いつから・・・」
そして三月がテーブルに手を付きながら血の気の引いた顔で椅子から腰を上げると、リリイもまた反射的にガタッと椅子を倒しながら立ち上がっていたのだが。
「・・・御園。どうしました? 眠れませんか?」
程なくしてリリイは、にこと笑みを浮かべると穏やかな口調で御園にそう尋ねかけてきたのだ。
その姿を目にした御園の頬を冷たい汗が流れ落ちていく。
自分の目の前にいるのは主従の契約を交わした、信頼できる吸血鬼 であったはずなのに―――――。
「何の話をしてた・・・!? 城田と瑠璃達はここに来たのか? そこの壁はどうして壊れてる・・・?」
胸の内に渦巻く恐怖心に煽られるように御園は叫び声をあげる。
御園が指摘した壊れている壁は、3日前に洞堂が鉄をこの場所で投げ飛ばした時に損壊したものだ。
―――――ちり、ちり・・・
「・・・・・・っ」
御園の意識にまた微かなノイズが流れる。
「・・・・・・そうだ、城田と瑠璃達が来たんだ。思い・・・出した。それで僕は裏門から出て城田と瑠璃達に合流すると約束して・・・っ」
それに抗う御園の意志のほうが強く、無意識の奥に封印されていた記憶が、少しずつ浮かび上がってくる。
「それで御国の部屋に行こうとして・・・っ。リリイ!! 貴様・・・っ僕の記憶を操作したのか!? どうして・・・」
「御園・・・っ」
「どうして僕を騙した!? リリイ!! 何を隠してる!?」
「待・・・ってください。ちがうんです御園・・・・・・」
喚くように糾弾してきた御園の元にリリイが、す・・・と右手を伸ばしながら歩み寄ろうとする。
けれど、御園はリリイから視線を背ける仕草をすると、
「来るな!! 貴様なんか信じられない・・・!!」
だっと長い廊下を勢いよく疾走して去って行ってしまったのだ。
「御園・・・」
その後をリリイが慌てて追いかけようとした刹那―――――閉じたままだった左側の扉の影に身を潜めていたオトギリの操る人形がナイフを構えて、リリイに襲い掛かってきたのだが。
「!?」
ギャンと首元を掠めたナイフをギリギリのところでリリイは避けた為、その攻撃は右手の甲を掠めるにとどまっていた。
ザッと着地すると立ち上がった人形の肩の上に、するんっと無数の糸を操りながらオトギリが降りてくる。
「主人に拒絶されても結構動けるものなのね・・・困ります・・・。サーヴァンプの力は主人との関係に左右されるはず・・・」
「何・・・!? メイド・・・じゃないわ。〝侵入者〟!!」
ざわっと騒然となった中で三月が叫ぶ。
手の甲から流れる血を舌で、ぺろと舐めとりながらリリイは人形と、それを操っているオトギリを見遣ると、
「・・・私似のスタイルの良いお人形ですね。可愛らしいお嬢さん・・・一体どんな御用でしょう?」
「用があるのは私じゃない・・・椿さんが色欲 に用があるから・・・」
正体がバレたのにも拘らず、オトギリは顔色一つ変えることなくリリイを見返す。
「そのお人形を使って御園をここまで誘い出したのですね。吸血鬼 と主人 の間を裂いて戦えなくするために・・・」
そこで人形を操るオトギリの正体が椿の下位であると気づいたリリイが対峙しようとしたのだが―――――
「やまねさんの採用審査はザルね。メイドとして敵の下位に入られるなんて」
はぁ・・・と溜息を洩らしつつ、鋭い目つきになった三月が何処に置いていたのか、黒いトランクを片手にザッとリリイの前に立つと。あらあらと笑みを零しつつ共に並んだやまねが、
「いいのよ三月さん。〝断る理由〟が無いなら雇ってあげるのがこの家のルールですよ」
そう言いながらメイドキャップから、クロに攻撃を仕掛ける際にも利用したあの巨大な待ち針のようなモノを右手で引き抜く。
ガコン!! とそこで三月もまた勢いよく手にしていたトランクを開くと、そこに入っていたのは黒い二丁の拳銃で。
「それでも私達は守り切ってきたのですからね」
このやまねの言葉が戦闘開始の合図となり―――――
―――――ドガ、ドン、ガガ、ドカ、ガガガガガガガ
両手に拳銃を構えた三月が、オトギリを狙って勢いよく銃弾を乱射したのだ。
しかし、それは全てオトギリに中ることはなく避けられてしまったのだが―――――
「リリイ!! 早く御園坊ちゃんを追って!!」
「ありがとうございます・・・っ」
―――――吸血鬼 というのは万能ではない。
―――――主人 と吸血鬼 の信頼関係が壊されてしまえば吸血鬼 は技も出せず戦えない・・・。
だから一刻も早く御園の誤解を解かなければ取り返しがつかないことになってしまう。
それを理解しているからこそ、三月はやまねと共にオトギリの足止めを買って出たのだ。
「私一人でこの家すべてを根絶やしにしろと言われても困ります・・・」
ひた・・・と素足で床に降り立ったオトギリは呟くように言う。
「でも〝目的〟が絞られていれば完遂は難しくない・・・」
「目的・・・?」
警戒心を色濃くしながら三月がオトギリを睨み返す。
オトギリは右手を胸元に添えながら、しゅるしゅると無数の糸を手繰り寄せつつ、
―――――そして幸いと言うべきでしょうか、いまは瑠璃さんもここにはいないですから・・・・・・。心置きなく、動くことが出来ます・・・・・・。
そこにある〝大切なモノ〟を確認したうえで、さらに心中でそう呟くと。
「それに『万全を期した』ものほど脆いものはないわ」
―――――〝お願い私の操り人形 〟―――――
淡々とした声音でオトギリがその言葉を紡ぎ出したその刹那、三月の背後に立った洞堂が右手に握りしめたナイフを三月の喉元に突き付けながら、反対の左手で右胸を鷲掴みにしたのだ。
「は・・・!? 何をしてるの洞堂!?」
一瞬、呆然とした表情に三月はなってしまったものの、すぐに洞堂を睨み付けながら抗議したのだが、しかしそれは洞堂本人の意志ではなく。
「いやっ、体が・・・っ。あの巨乳ちゃんの術っすわ」
洞堂の身体にはいつの間にか、オトギリが操る無数の糸が絡みついていて、意識はあるものの操り人形にされてしまったのだ。
けれど、その意識がある事が仇となり―――――
「つか三月・・・相変わらず胸小さ・・・」
「バカッ。早く離れ・・・」
胸のサイズを気にしている三月に対して洞堂が禁句を口にした事から、戦闘の最中であるのにも拘わらず、揉み合いのケンカが勃発しそうになり。
その隙をオトギリは見逃すことはせず、ぐんと洞堂に繋がっているモノとは別の糸を手繰り寄せて、最初に操っていたリリイに似せた人形の手に洞堂が握っていたナイフを持たせると、そのままそれをドスと洞堂の背に突き立てさせたのだ。
「・・・洞堂!!」
それを目撃したやまねが表情を強張らせ動きを止めると、すぐ目の前で起こった出来事に三月もまた蒼白な顔色となり叫び声をあげた。
「ほら、ほんの少しの〝想定外〟に動揺する・・・」
その様子をオトギリは一瞥すると、自身の傍にまた引き寄せた人形の肩に降り立ち、
―――――ガシャァァァンッ
勢いよく窓ガラスを突き破ってその場から離脱したのだ。
「・・・御園! 待ってください、御園・・・」
その時、御園を追いかけて行ったリリイは東館に通じる路がある中庭に辿り着いた処だった。
「来るな!!」
そして全力でここまで走ってきた御園は、両手を膝に付きながら、必死に呼吸を繰り返しつつ、背を向けたままでこれ以上リリイが近寄ることが無いように拒絶の言葉をまた口にすると。
「・・・僕はずっと不思議だった。僕は御国が憎い・・・なのに何があってどうして 許せないのかどんどん忘れてく」
はぁはぁと、酸素を体の中に取り入れながら自身の中に在った記憶の矛盾を言葉にして紡ぎ出す。
「そうだ・・・僕は今まで何度も御国が家を出た日のことを思い出そうとして御国の部屋に入ろうとした。そしていつも・・・東館に入る直前で誰かに・・・」
―――――その時、常に傍には信頼していた吸血鬼がいたはずなのに。
侮蔑と怒りに染まった眼差しで御園はリリイを肩越しに見遣りながら睨み付ける。
「・・・リリイ。貴様がその度に僕の記憶や感情を操作していたのか!? みんなで僕の思考を都合の良いように補正して! 僕はばかみたいにこの庭で幸せに暮らしていたんだな!! 一体何を隠してる!?」
「違・・うんです御園。あの・・・」
初めて御園からぶつけられた激しい怨嗟の感情にリリイは茫然自失状態に陥ってしまう。
しかし、そんなリリイの様子などもはや目に入っていない御園が次に思い浮かべたのは3日前に、有栖院邸を訪れていた真昼と瑠璃達の事で。
「せっかく友達が伸べてくれた手も貴様が払い落としたも同然じゃないか!! もう僕に近づくな!!」
主従の立場として、完全に拒絶する言葉を御園が口にした刹那―――――
「違・・・うんです、みその」
リリイの表情は絶望に染まり、そのまま立ち尽くしながらうわ言を洩らすように御園に向かって言葉を紡ぎ出しかけた処で。
ヒュォと空中で張り巡らせた糸に身を預けたオトギリが操作する人形が隙だらけとなっていたリリイの背後に姿を現し―――――。
ドと勢いよく繰り出されたナイフにリリイは背中から刺されてしまい、契約の証であった時計までもがそのまま貫かれて破壊されてしまったのだ。
19/9/28掲載
<御園、どこへ行くんです?>
するとやはり離れることなく、ついてきた蝶が後ろから尋ねかけてくる。
「裏門の鍵を探しに行く」
それに対して御園は逸る気持ちから簡潔にそう答えたのだが―――――。
<裏門・・・?>
訝しむ様に蝶が呟いた事から、ここで足止めをされてしまっては、他の者にまで見つかってしまう可能性が出て来てしまう。
すぐさまその考えに至った御園は眉を顰めると、
「昔・・・御国がよく裏門から抜け出していたのを思い出したんだ。御国の部屋に鍵があれば僕も城田と瑠璃達に合流できる」
改めて行動理由を明確にした上で、ついてくるなら静かにしろと、蝶に釘をさしてから、急ぎ足で御国の部屋がある東館を目指して歩いて行ったのだが―――――。
「なんだ・・・こっちは草がすごいな」
東館側の路は同じ敷地内にあるのにも拘らず、雑草が伸び放題となっていて、歩調を弛めながらさくさくと踏みしめつつ、歩いて行かなければならない状態となっていた。
―――――御国がいなくなってから誰も
―――――・・・僕自身もあれ以来、初めて来るような気が・・・。
戸惑う御園の心に共鳴するかのように、周囲の木々がざわ・・・と揺れ動く。
―――――どうして御国の話は
―――――確かに御国はこの家にいたのに。
―――――どうしてみんなで
ざっざっざっと、気づけば御園は足元に絡みつく草を勢いよく踏みしめるようにしながら、また足早に東館に向かって足を進めていた。
―――――おかしい。何か・・・。
困惑する御園の意識の内に、幼い頃に目撃した記憶がゆっくりと浮かび上がってくる。
ある時、夜中にふと目を覚ましてしまった幼い御園は部屋の一角に立ち尽くしながらぶつぶつと何事かを呟いている兄の姿を目にして―――――
―――――・・・お兄ちゃん? 何してるの?
寝ぼけ眼をこすりながら兄に呼び掛けた処で―――――
―――――・・・誰・・・?
兄の傍らに立っていたもう一人の存在に気付いたのだ。
そして幼い御園が疑問の声を洩らすと、振り返ってきたのは―――――
〝真紅の瞳〟を持った黒衣の存在と、〝悲哀と苦悩〟に満ちた表情を浮かべた兄だった。
―――――御国が家を出た理由は
―――――忘れていいようなものじゃなかったはずだ
―――――とても大きな
思い出された記憶の欠片はその出来事に繋がる唯一の手掛かりだ。
だからこそ―――――
―――――城田と瑠璃は・・・困っているなら手を貸すと言ってくれた。
―――――話そう。
―――――皆が目を背けたままのこの家の問題を・・・。
そう心を決めた御園が、辿り着いた東館の扉に手を伸ばそうとした刹那―――――
背後から伸びてきた何者かの両手がふわと御園の頭を包み込むような仕草をすると、
「―――――・・・!?」
くらっと御園は意識が遠のいていくのを感じるのと同時に、そのままズシャッと地面に倒れこんでしまったのだ。
その時―――――
ざ、と地に降り立った人影が在った。
それは人型に戻ったリリイで、すぐさま御園を助け起こすかと思いきや、手を伸ばすことをせず。
常に浮かべていた笑顔を消し去ったリリイは、右腕を左手で握りしめながら悲哀と苦衷に満ちた表情で、意識を失った御園を見つめていた。
そして心の中に渦巻く感情を溢れさせまいとするかのように口を引き結ぶと―――――
「・・・ごめんなさい・・・」
ただ一言だけ、許しを乞うように、その言葉を口にしたのだ。
―――――僕の家には妖精が住んでいる。
―――――その白い男の人は僕の家を守っている。
真っ白な雪が降り積もり始めたその日、妖精が住まう家の主が息子と孫と家人に看取られながら静かに息を引き取った。
そして―――――
『●●●●●? どうしたの? そこは寒いよ・・・』
大好きだった祖父を亡くした幼い少年が、泣きはらした目で祖父の部屋から出て来た処で、雪が降り積もる庭にひっそりと佇む白い妖精の姿を見つけたのだ。
しかし、少年の呼びかけに対して妖精は何の反応も示すことはなく。
『聞こえないの? ●●●●●』
身に纏っていたコートのフードを被って、さくさくさくと雪を踏みしめながら、少年が近づいていって再び呼びかけると、そこでようやく妖精は少年の存在に気づき、振り返ってきたのだが。
『それはもう私の名前ではないんです』
妖精は寂し気な笑みを浮かべると、視線を遠くに向けながらそう言ったのだ。
『御影が・・・亡くなりましたか。そんなに時間が経ったんだなぁ・・・。御影の子供の子供がこんなに大きくなったんですもんね・・・』
それからそっと左手で自分の頭に触れてきた妖精を少年は見上げると、
『時間にばかり置いていかれてしまうなぁ・・・』
目を伏せながら白い息を吐き出しつつそう言った妖精の表情は、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を漂わせていて。
『・・・●●●●●もいなくなっちゃうの? お母さんもお兄ちゃんもお祖父ちゃんもいなくなっちゃった・・・』
ぐす・・・っとまた、思わず泣き出しそうになったのを堪えるようにしながら少年は妖精に尋ねかけると、
『・・・新しい名前をいただけないと・・・』
妖精は静かな口調で囁くようにそう言ったのだ。
そこで少年はコートのポケットから、チャリ・・・と懐中時計を取り出すと、
『これ・・・お祖父ちゃんがくれた時計。●●●●●にあげる。名前を付けたら・・・いなくならない?』
驚いたように目を瞬かせた妖精に向かって時計を差し出し。
『〝スノウリリイ〟この家を守って』
少年は新たな名で妖精を呼ぶのと同時にそう願ったのだ。
―――――これは〝色欲〟の吸血鬼である〝
そして、現在―――――
リリイの記憶操作により、真昼達が有栖院邸を訪れていた夜の出来事を忘れてしまった御園は、父親である御門から出された『外出禁止令』を受け入れて、まやかしに包まれた穏やかな日常を過ごしていたのだが―――――。
―――――なんだか
―――――異常なくらい・・・
それでもやはり無意識の内に御園は自身を取り巻く状況に対して違和感を覚えていた。
「・・・はい。どちらさまで―――――・・・あ」
そうして洞堂のスマホに掛かってきた1本の電話が、さらに御園の中の違和感を増長させるものとなる。
「あ―――――・・・え―――――とすね。今・・・あ―――――~・・・」
―――――チリッ
歯切れの悪い応対をする洞堂の様子を見ていた御園の意識の内にノイズが流れる。
その感覚に御園は顔を顰めながら洞堂を見据えると、
「・・・洞堂、誰からだ?」
「・・・・・・あ~~~~~~」
洞堂は気まずそうに眉を寄せたのだが、
「城田真昼くんとお嬢さんからすわ・・・」
「・・・城田と瑠璃から?」
洞堂が二人の名を告げた刹那、御園の意識の内にまたチリッとノイズが流れた。
それに突き動かされるように御園は洞堂に向かって右手を伸ばす。
「・・・かわってくれ」
そして洞堂から御園が電話を受け取ると―――――
『あっ御園!? どうしたんだよ・・・こっち来れないのか!?』
最初に御園にその言葉を投げかけてきたのは真昼で。
「城田・・・いつの間に洞堂の番号を・・・」
しかし、いまの御園には覚えが無い話であることから、代わりにまず聞き返したのがその事だった。
『この前、真昼君が洞堂さんから名刺を貰ったのよ』
それに答えたのは、スピーカーモードで電話を掛けた真昼の傍で、話を聞いていた瑠璃だった。
「そうか・・・・・。だが、僕は今・・・しばらく家を出るなと父から言われてて・・・」
そうして真昼達が連絡手段を得た経緯を理解した御園は、そこで現在の自身が置かれた状況を改めて口にしたのだが―――――。
それに対して『え?』『は?』と瑠璃と真昼が揃って困惑の声を上げ、
『えっ・・・だからそれはこの前行った時に話をして・・・』
『それで・・・後でこっちに合流するって約束しただろ!? 3日前に・・・』
「3日前? 何の話だ?」
けれど、双方の話はやはり繋がらないままで。
「とにかく・・・悪いが僕はしばらくそっちにはいけないから」
『ちょ・・・っ』
『・・・・・・待って、御園君っ!』
御園はそれ以上、二人の言葉に耳を貸すことなく、電話を切ってしまったのだ。
それから―――――
「〝3日前に来た〟・・・?」
スマホの画面を睨むようにしながら御園は呟くと、リリイの元に向かい―――――
「・・・リリイ、城田と瑠璃達は最近・・・僕の家に来たか?」
「・・・いいえ?」
けれど、偽りの笑みを浮かべたリリイは真実を口にする事はせず。
「来ていませんよね? 洞堂さん」
リリイから声を掛けられた瞬間、「え」と思わず顔を顰めてしまった洞堂もまた、
「あ―――――・・・そうすね・・・」
結局、その場では何も云う事をしなかったのだ。
そしてその後は何事もなかったかのように時間は流れていき、御園は就寝の時間を迎える事となったのだが―――――
―――――・・・・・・なんだか寝付けないな。
―――――いつもならもう眠っている時間なのに・・・。
―――――昼間の城田と瑠璃からの電話がなんだかひっかかったままで・・・。
ベッドの中でもぞ・・・と御園は身じろぎをして、さらにごろ・・・と寝返りを打つと、
「誰か起きているかな・・・。話でもしようか・・・」
ギ・・・と軋んだ音を鳴らしたベッドから身体を起こした処で上着を羽織ると、靴を履いて立ち上がり、自室の扉のドアノブに手を掛ける。
僅かに開いた部屋の扉から通路に顔を覗かせる際、ギィ・・・と軋んだ音が暗闇の中に鳴り響き、ぞく・・・と御園は無意識の内に身体を震わせてしまう。
と―――――
「・・・リリイ?」
その刹那、ゆらっと見えたストールを靡かせながら歩いて行く人影は見覚えがあるもので。
しかし、リリイらしき人影は御園に振り返ることなく、そのままふっと通路の角を曲がって行ってしまう。
「・・・おい! リリイ! 待て!」
そこで御園は先程よりも、大きな声で自身の吸血鬼の名を呼びながら、たっと後を追いかけて行ったのだが―――――両者の距離は縮まることはなく。
「リリイ、スノーリリイ」
いくら御園が呼び掛けようとも、返答すらも無いままで。
さもありなん―――――それは本物のリリイではなく、無数の糸によって操られている人形だったからだ。
そして人形を操っているのは、椿の指示で有栖院家にメイドとして潜り込んでいたオトギリだった。
けれど闇の中に身を潜めた彼女の存在は御園の目に留まることはなく―――――
「どうして無視をする・・・っ」
まるで不思議の国の時計ウサギを追いかけるアリスのように。
―――――トトトトトトトトトトトトトトト
その存在が人形であることに気づくことなく、御園は焦燥感を抱きながらひたすらに前方に見えている相手の背中を追いかけていく。
その姿が忽然と目の前から消えたのは、灯りが洩れだしている部屋の前に御園が辿り着いた刹那の事で―――――。
僅かに見えた扉の隙間から中を伺い見てみると、リリイはやまねを始めとした家人一同たちと共に食堂で夜のお茶会の真っ最中のようだった。
―――――みんなでお茶をしてるのか・・・僕も・・・。
そこで御園は扉を開けて、自分もお茶会に参加したいと言い出そうとしたのだが―――――
「あの時、城田真昼と瑪瑙瑠璃を家に入れるべきじゃなかったのよ」
その刹那、聴こえてきた三月の言葉により御園は声を掛けるタイミングを逸してしまう。
そして次に口を開いたのは三月の義母であるやまねだった。
「まぁまぁ三月さん。もう3日も前のことじゃないの」
けれど三月は黙ることはなく、席に着かないで壁に寄りかかるようにしながらカップを持ってお茶を飲んでいた洞堂を睨み付けると、
「洞堂! あなたどういうつもり? もし御園坊ちゃんが今出て行ったら〝御国様〟のことが・・・」
「いつまでこのままにするんすか」
「それでも私たちは御門様の言いつけをまもるべきでしょう!?」
眉を顰めながら抗弁してきた洞堂に三月は激昂する。
しかし、洞堂は声のトーンを変えることなく、
「御園坊ちゃんだっていつまでも子供じゃいられねーし。
そう言い掛けたのだが―――――。
「バレませんよ。私が隠し通します。何度でも」
それを否定したのは、歪な暗い笑みを浮かべたリリイだった。
―――――!? なんだ!? 何の話を―――――・・・
家人たちのやり取りを困惑した表情で聞いていた御園は、一番信頼していた存在であった吸血鬼の口から出た反旗を翻す言葉に愕然と目を見開いてしまう。
「御園坊ちゃん?」
その御園の背後にタイミングを見計らったように姿を現したオトギリが、そっと右手を肩に触れさせながら声を掛ける。
「こんな時間に・・・どうかなさいましたか?」
「あっ・・・いや・・・」
びくっと身体を震わせた御園は狼狽した面持ちでオトギリに振り返る。
と―――――
そのやり取りが部屋の中にも届いて。オトギリの手により、僅かに開いていた右側の扉が完全に開け放たれると、そこに立ち尽くす御園の姿を目にして、食堂に居た面々の間に動揺の色が走る。
「御園坊ちゃん・・・!? いつから・・・」
そして三月がテーブルに手を付きながら血の気の引いた顔で椅子から腰を上げると、リリイもまた反射的にガタッと椅子を倒しながら立ち上がっていたのだが。
「・・・御園。どうしました? 眠れませんか?」
程なくしてリリイは、にこと笑みを浮かべると穏やかな口調で御園にそう尋ねかけてきたのだ。
その姿を目にした御園の頬を冷たい汗が流れ落ちていく。
自分の目の前にいるのは主従の契約を交わした、信頼できる
「何の話をしてた・・・!? 城田と瑠璃達はここに来たのか? そこの壁はどうして壊れてる・・・?」
胸の内に渦巻く恐怖心に煽られるように御園は叫び声をあげる。
御園が指摘した壊れている壁は、3日前に洞堂が鉄をこの場所で投げ飛ばした時に損壊したものだ。
―――――ちり、ちり・・・
「・・・・・・っ」
御園の意識にまた微かなノイズが流れる。
「・・・・・・そうだ、城田と瑠璃達が来たんだ。思い・・・出した。それで僕は裏門から出て城田と瑠璃達に合流すると約束して・・・っ」
それに抗う御園の意志のほうが強く、無意識の奥に封印されていた記憶が、少しずつ浮かび上がってくる。
「それで御国の部屋に行こうとして・・・っ。リリイ!! 貴様・・・っ僕の記憶を操作したのか!? どうして・・・」
「御園・・・っ」
「どうして僕を騙した!? リリイ!! 何を隠してる!?」
「待・・・ってください。ちがうんです御園・・・・・・」
喚くように糾弾してきた御園の元にリリイが、す・・・と右手を伸ばしながら歩み寄ろうとする。
けれど、御園はリリイから視線を背ける仕草をすると、
「来るな!! 貴様なんか信じられない・・・!!」
だっと長い廊下を勢いよく疾走して去って行ってしまったのだ。
「御園・・・」
その後をリリイが慌てて追いかけようとした刹那―――――閉じたままだった左側の扉の影に身を潜めていたオトギリの操る人形がナイフを構えて、リリイに襲い掛かってきたのだが。
「!?」
ギャンと首元を掠めたナイフをギリギリのところでリリイは避けた為、その攻撃は右手の甲を掠めるにとどまっていた。
ザッと着地すると立ち上がった人形の肩の上に、するんっと無数の糸を操りながらオトギリが降りてくる。
「主人に拒絶されても結構動けるものなのね・・・困ります・・・。サーヴァンプの力は主人との関係に左右されるはず・・・」
「何・・・!? メイド・・・じゃないわ。〝侵入者〟!!」
ざわっと騒然となった中で三月が叫ぶ。
手の甲から流れる血を舌で、ぺろと舐めとりながらリリイは人形と、それを操っているオトギリを見遣ると、
「・・・私似のスタイルの良いお人形ですね。可愛らしいお嬢さん・・・一体どんな御用でしょう?」
「用があるのは私じゃない・・・椿さんが
正体がバレたのにも拘らず、オトギリは顔色一つ変えることなくリリイを見返す。
「そのお人形を使って御園をここまで誘い出したのですね。
そこで人形を操るオトギリの正体が椿の下位であると気づいたリリイが対峙しようとしたのだが―――――
「やまねさんの採用審査はザルね。メイドとして敵の下位に入られるなんて」
はぁ・・・と溜息を洩らしつつ、鋭い目つきになった三月が何処に置いていたのか、黒いトランクを片手にザッとリリイの前に立つと。あらあらと笑みを零しつつ共に並んだやまねが、
「いいのよ三月さん。〝断る理由〟が無いなら雇ってあげるのがこの家のルールですよ」
そう言いながらメイドキャップから、クロに攻撃を仕掛ける際にも利用したあの巨大な待ち針のようなモノを右手で引き抜く。
ガコン!! とそこで三月もまた勢いよく手にしていたトランクを開くと、そこに入っていたのは黒い二丁の拳銃で。
「それでも私達は守り切ってきたのですからね」
このやまねの言葉が戦闘開始の合図となり―――――
―――――ドガ、ドン、ガガ、ドカ、ガガガガガガガ
両手に拳銃を構えた三月が、オトギリを狙って勢いよく銃弾を乱射したのだ。
しかし、それは全てオトギリに中ることはなく避けられてしまったのだが―――――
「リリイ!! 早く御園坊ちゃんを追って!!」
「ありがとうございます・・・っ」
―――――
―――――
だから一刻も早く御園の誤解を解かなければ取り返しがつかないことになってしまう。
それを理解しているからこそ、三月はやまねと共にオトギリの足止めを買って出たのだ。
「私一人でこの家すべてを根絶やしにしろと言われても困ります・・・」
ひた・・・と素足で床に降り立ったオトギリは呟くように言う。
「でも〝目的〟が絞られていれば完遂は難しくない・・・」
「目的・・・?」
警戒心を色濃くしながら三月がオトギリを睨み返す。
オトギリは右手を胸元に添えながら、しゅるしゅると無数の糸を手繰り寄せつつ、
―――――そして幸いと言うべきでしょうか、いまは瑠璃さんもここにはいないですから・・・・・・。心置きなく、動くことが出来ます・・・・・・。
そこにある〝大切なモノ〟を確認したうえで、さらに心中でそう呟くと。
「それに『万全を期した』ものほど脆いものはないわ」
―――――〝お願い私の
淡々とした声音でオトギリがその言葉を紡ぎ出したその刹那、三月の背後に立った洞堂が右手に握りしめたナイフを三月の喉元に突き付けながら、反対の左手で右胸を鷲掴みにしたのだ。
「は・・・!? 何をしてるの洞堂!?」
一瞬、呆然とした表情に三月はなってしまったものの、すぐに洞堂を睨み付けながら抗議したのだが、しかしそれは洞堂本人の意志ではなく。
「いやっ、体が・・・っ。あの巨乳ちゃんの術っすわ」
洞堂の身体にはいつの間にか、オトギリが操る無数の糸が絡みついていて、意識はあるものの操り人形にされてしまったのだ。
けれど、その意識がある事が仇となり―――――
「つか三月・・・相変わらず胸小さ・・・」
「バカッ。早く離れ・・・」
胸のサイズを気にしている三月に対して洞堂が禁句を口にした事から、戦闘の最中であるのにも拘わらず、揉み合いのケンカが勃発しそうになり。
その隙をオトギリは見逃すことはせず、ぐんと洞堂に繋がっているモノとは別の糸を手繰り寄せて、最初に操っていたリリイに似せた人形の手に洞堂が握っていたナイフを持たせると、そのままそれをドスと洞堂の背に突き立てさせたのだ。
「・・・洞堂!!」
それを目撃したやまねが表情を強張らせ動きを止めると、すぐ目の前で起こった出来事に三月もまた蒼白な顔色となり叫び声をあげた。
「ほら、ほんの少しの〝想定外〟に動揺する・・・」
その様子をオトギリは一瞥すると、自身の傍にまた引き寄せた人形の肩に降り立ち、
―――――ガシャァァァンッ
勢いよく窓ガラスを突き破ってその場から離脱したのだ。
「・・・御園! 待ってください、御園・・・」
その時、御園を追いかけて行ったリリイは東館に通じる路がある中庭に辿り着いた処だった。
「来るな!!」
そして全力でここまで走ってきた御園は、両手を膝に付きながら、必死に呼吸を繰り返しつつ、背を向けたままでこれ以上リリイが近寄ることが無いように拒絶の言葉をまた口にすると。
「・・・僕はずっと不思議だった。僕は御国が憎い・・・なのに
はぁはぁと、酸素を体の中に取り入れながら自身の中に在った記憶の矛盾を言葉にして紡ぎ出す。
「そうだ・・・僕は今まで何度も御国が家を出た日のことを思い出そうとして御国の部屋に入ろうとした。そしていつも・・・東館に入る直前で誰かに・・・」
―――――その時、常に傍には信頼していた吸血鬼がいたはずなのに。
侮蔑と怒りに染まった眼差しで御園はリリイを肩越しに見遣りながら睨み付ける。
「・・・リリイ。貴様がその度に僕の記憶や感情を操作していたのか!? みんなで僕の思考を都合の良いように補正して! 僕はばかみたいにこの庭で幸せに暮らしていたんだな!! 一体何を隠してる!?」
「違・・うんです御園。あの・・・」
初めて御園からぶつけられた激しい怨嗟の感情にリリイは茫然自失状態に陥ってしまう。
しかし、そんなリリイの様子などもはや目に入っていない御園が次に思い浮かべたのは3日前に、有栖院邸を訪れていた真昼と瑠璃達の事で。
「せっかく友達が伸べてくれた手も貴様が払い落としたも同然じゃないか!! もう僕に近づくな!!」
主従の立場として、完全に拒絶する言葉を御園が口にした刹那―――――
「違・・・うんです、みその」
リリイの表情は絶望に染まり、そのまま立ち尽くしながらうわ言を洩らすように御園に向かって言葉を紡ぎ出しかけた処で。
ヒュォと空中で張り巡らせた糸に身を預けたオトギリが操作する人形が隙だらけとなっていたリリイの背後に姿を現し―――――。
ドと勢いよく繰り出されたナイフにリリイは背中から刺されてしまい、契約の証であった時計までもがそのまま貫かれて破壊されてしまったのだ。
19/9/28掲載
