第十一章『Alice in the Garden《スノーリリイ》』
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真昼が有栖院邸を目指して出発した時―――――電話に出ることが出来なかった御園は既に完治してはいるものの。何故、負傷して入院までする事になってしまったのか―――――その経緯を帰還した父親に対してチェスの勝負をしながら語っている最中だった。
そうして御園から話を聞き終えた父親は淡々とチェス駒を進めると、
「そうか・・・あの怪我は友達を守ろうとして・・・」
「・・・はい」
事情を把握した父親に視線を向けることなく、盤面を見つめながら駒を動かした御園は沈んだ面持ちで頷く。
「お前が祖父さんから吸血鬼 を受け継いでどのくらい経つかな・・・かなりリリイを使えるようになったんだな」
父親もまた視線を手元の駒に向けたまま、息子に対して慰撫の言葉を紡ぎ出す。
「・・・でもだめでした・・・まだ僕は弱くて・・・もっと強くならないと何も守れない・・・」
けれど、やはり御園の心は上向くことはなく。
―――――僕が弱かったせいで、瑠璃が〝椿〟に〝連れ去られた〟という事実も知らされず。
―――――僕がその事を知ったのは、瑠璃が〝自分の力〟で〝此方側〟に戻ってきた後のことだった。
顰められた眉間に深く刻まれたそれは、拭い去ることのできない後悔の想いに他ならない。
「御園。父さんはお前にヒーローになってほしくて吸血鬼 を持たせたわけじゃない」
すると父親は態度を一変させて厳しい口調で告げてくる。
「お前は有栖院家の長男 。すべてはお前の安全のためだ。だから誰かが事態を解決するまでは家にいなさい」
そこで父親から言い渡された厳命に御園は愕然とした面持ちで目を見開くと、
「・・・そういうわけにもいかないんです、友達が戦ってるし」
必死の口調で言い募る。
「それに・・・会った んです。御国に・・・」
そして『兄』の名を御園が口にした刹那―――――
父親の纏う空気までもが圧倒的な重圧感を増したのだ。
「・・・前にも言っただろう。兄 のことは忘れなさいと」
びくっと反射的に身体を強張らせた息子に父親は抑揚のない声で言う。
それからまたチェスの駒を手に取り、コトッと移動させると、
「・・・さて悪いな御園・・・このあとまた出かける用があってね。今日はここまでだ」
「あっ、父さん」
立ち上がりながら顔をそむけてしまった父親を呼び止めようと御園は声を上げるも、父親は息子に振り返ることはなく。
「早く寝るんだよ」
―――――そう言い残して、部屋から立ち去ってしまったのだ。
部屋に一人取り残された御園の頭上では蝶が気遣わし気に飛んでいた。
けれど御園は蝶に構うことはせず、椅子にまた腰掛けると左肘で頬杖をつきながら、右手でチェス駒を手に取り、昏い表情で重苦しい息を吐き出す。
―――――父さんはいつも最後まで勝負をしてくれない。
―――――でも・・・完全に僕が劣勢か・・・。
―――――昔からいつもこうだ。
御園の意識の内に、幼い頃―――――『兄』がまだ家にいた時に交わしたやり取りが思い出される。
『―――――父さんに勝てない?』
『・・・はい。いつも押されてばっかりで・・・』
いつも途中で寝る時間に・・・。
拗ねた面持ちで兄に愚痴を零した弟は、チラリと視線を上げると、
『でもお兄ちゃんはお父さんにも勝ってる・・・』
兄は弟の言葉に首肯するように頷き返し。
『はは、父さんは大人気ないなー』
御園にまで本気かよ―――――と軽く眉を顰めながら笑いを洩らした処で。
『いいか御園・・・実は父さんにはある癖があってさ』
左手の中指を立てると得意げな口調でそう言った兄を弟は『えっ』と目を瞠り見つめる。
と―――――
『それがわかると優位に立つのはそんな難しくない。それは・・・』
こそ・・・と兄は内緒話をするように、小声で勝利の為のヒントを弟に話し始めたのだ。
『は―――――お兄ちゃんはすごい・・・・・・』
話を聴き終えた弟は歓喜の眼差しで兄を見つめると、その口からは素直な称賛の言葉が零れ落ちていた。
そうして弟のチェスの相手をしていた兄もまた、コトッと自身の駒を一手進めた処で、
『さて御園。今日はここまでだ。もう寝る時間だぞ』
父親と同じようにそう言って椅子から立ち上がったのだ。
―――――・・・何だっけ。御国が言ってた父さんの癖・・・・・・。
『御国 』から父親に勝つための『秘策』を聞いたという記憶はあるが、その『答』を思い出すことが出来ない。
―――――それでも一つだけ、はっきりしていることがある。
「結局、僕は・・・父さんにも兄さん にも一度も勝てていないんだ・・・」
―――――メール受信『有栖院御国』―――――
【―――――瑠璃ちゃん、〝有栖院邸〟に行くのなら〝王様〟には気をつけてね】
着替えを終えた瑠璃が、白ノ湯温泉から有栖院邸に向かうべく『鍵』の力を発動させようとした時。
此方側からは連絡を取ることが出来なかった『御国』から瑠璃宛に一通のメールが送られてきていた。
けれどメールに書かれていた〝王様〟というのは何を意味するのか。
どうして瑠璃にそのメールを御国が送ってきたのか。
再び、御国に連絡を取ろうと電話を掛けてみるも繋がることはなく。
御国の真意もまた、汲み取ることは叶わないままだ。
けれど―――――
―――――御園君と連絡が取れない件には〝王様〟が関係しているのかもしれない。
だとすれば肝に銘じておくに越したことはない―――――そんな想いを心の奥に留めながら、瑠璃は胸元の『鍵』を右手で握りしめると意識を集中させて空間跳躍を行ない。
そして有栖院邸前に顕現した時―――――
そこに丁度、真昼たちも姿を見せたのだが。
「・・・・・・瑠璃・・・・・・姉・・・・・・」
「―――――真昼君っ!? 5人で乗った自転車を漕いでここまで!?」
汗だくで息も絶え絶えな状態で、自転車から下りた真昼の姿を目にした瑠璃は、暫しの間、絶句してしまったのだが。
「瑠璃!!」と自分の名を呼ぶユリーの声で我に返ると、
「鉄君、自転車を塀の隅に止めておいてもらっても良いかしら」
「おぅ。構わないぜ」
自転車を鉄に預けて、肩からユリーを地面に下ろした処で、両手を膝について、ぜ―――――は―――――ぜ―――――は―――――と息を吐き出した真昼の顔の汗を瑠璃はパンツのポケットから取り出したハンカチでそっと拭っていく。
「・・・・・・真昼君、私も〝力〟のコントロールはある程度までは出来るようになってきてるから。もう少し、私にも頼ってくれた方が嬉しいわ」
―――――真昼が自分の事を気遣ってくれているのだというのは分かる。
―――――けれど真昼だって無茶をし過ぎたら倒れてしまいかねないのだから。
「・・・・・・シスコンも大概にしないとな」
眉根を下げながら瑠璃が真昼に言い聞かせるように言葉を紡ぎ出すと、主人の肩に乗った黒猫がぽそりと呟いた。
それは真昼の耳朶に勿論届いていたのだが、言い返す気力はなく。
それから程なくして来訪者に気づいた有栖院邸から御園専属の運転手である洞堂が姿を見せたのだ。
そこで街で出会ったユリーを送り届けるのと合わせて、御園と話をさせて欲しいと思って訪れたのだと洞堂に事情を説明したのだが、承諾を得ることは出来ず。
「・・・何で御園に会わせて貰えないんですか!?」
「うちのアホ毛、今面会謝絶なんすわ。まー体調不良とか思って貰う感じで」
どうして面会の許可が下りないのか、その正当な理由が伝えられることもなく。
「あんた適当過ぎねぇ!?」
真昼が噛みつく勢いで突っ込みを入れたのだが、やはり洞堂からの答えは変わらず。
「ユリー送ってくれたのに申し訳ないんすけど・・・」
「・・・・・・洞堂さん、もしかして〝王様〟が関係ありますか」
手を繋いでいたユリーの背をそっと押して、洞堂の処に行かせる為に一歩前に出た瑠璃は、有栖院邸に来る前に御国から受け取ったメールにあった〝王様〟の存在を小声で口にする。
と―――――
洞堂は微かに目を見開き、
「・・・・・・お嬢さん、何処でその話を」
「知り合いの〝骨董屋〟さんからメールを貰ったんです」
瑠璃は『御国』の名を敢えて出すことはせず、〝骨董屋〟という言葉を口にすると、眉を顰めた洞堂はふとチラリと真昼たちを見遣り。
「そういや、お嬢さんとはアホ毛を介して顔見知りにはなったけど。二人には名刺すら渡してなかったすね。じゃ、名刺あげるから帰って貰う感じで・・・」
「えぇっ・・・ちょ・・・それは・・・」
眉根を寄せながら瑠璃と洞堂のやり取りを見ていた真昼はどうしてそうなるのかと顔を引きつらせながら呻く。
その時、先に洞堂から名刺を受け取った鉄が何気なくそれを裏返した矢先―――――
―――――ドッ
背負っていた棺桶を洞堂に目掛けて振り下ろしたのだ。
「―――――鉄君!?」
「ちょっ・・・鉄!? 何して・・・」
寸での処で洞堂は身体を右に向かって捻ったおかげで無事だったものの、鉄は一体何を考えているのか。
瑠璃と真昼がギョッとしながら鉄を見遣ると、
「おい、あのチビに会わせろ。早くしねーとこの庭に温泉掘るぞ」
そんな脅しを洞堂に対して鉄は口にしたのだ。
その脅し文句は鉄らしいと云えばそれまでなのだが―――――何故、そんな行動に鉄が出たのか。
「真昼、瑠璃。名刺の裏・・・」
その行動の理由を報せてきたのは真昼の肩に乗っていた黒猫だった。
そして真昼が黒猫の言葉に「え?」と目を瞬かせ、洞堂から受け取った名刺を裏返してみると。
―――――もっと強引にアピールして―――――
そこにはそんな走り書きされたメッセージが在り。
「「・・・!!」」
真昼と瑠璃が事情を理解した処で、
「・・・ちょ―――――・・・だーれか―――――・・・見てるんしょー? 帰ってくれそうにないすわ―――――・・・」
降参だと両手を上げた状態で塀に背を預けた体制のまま、門の向こう側の木々の中に在る防犯カメラを見上げながら洞堂が訴えるように言うと。
ジ―――――・・・と音を鳴らしながら、防犯カメラのレンズが角度を変えるのと同時に、ギィ・・・と有栖院邸の門もまた開かれたのだ。
「・・・どぞー。しょーがないから入っていいみたいす」
その言葉とともに、敷地の中に先導する形で踵を返した洞堂は、
「回りくどいことさせて申し訳ないすわ」
ぼそ・・・と小声で謝罪を口にした。
「あのっ・・・洞堂さん。これってどういうこと・・・」
有栖院家に仕える立場である以上、仕方が無い事なのかもしれないが、だとしてもどうしてここまでの事をしなければ立ち入りの許可が下りなかったのか。
困惑した面持ちで真昼が洞堂の背に向かって尋ねかけると、
「・・・今日は〝王様〟がいるんすよ。謁見はとびきり慎重に・・・」
そんな意味ありげな言葉を洞堂は口にしたのだ。
〝王様〟というのは、一体何者なのか。
緊張した面持ちで洞堂の後について有栖院邸内に入った真昼たちだったのだが―――――。
そこで邸内に入る際は歓迎されていなかったのにも拘らず、通された食堂で何故か真昼たちはお茶とお菓子を振舞われる事となったのだ。
「かわい―――――」
「撫でていい?」
「こっちのお菓子も食べてー」
そしてテーブルの上でお菓子を齧っていた黒猫は、来客の話を聞きつけて集まって来た下位の子供たちに大人気となり。
「瑠璃、お絵描き一緒にしようよ」
「瑠璃、絵本読んでー」
ユリーとマリーに懐かれていた瑠璃もまた、他の子供たちからそうせがまれることとなり。
頭に蝙蝠を乗せて端の席に座っていた鉄はその様子を特に気にすることなく、黙々とお菓子を食べてはいたものの。
その隣の席に座っていた真昼だけは「何? これ?」と困惑の表情を隠せずにいたのだが。
そこにメイド服を着た小柄な老女が、あらあら・・・と温和な笑みを浮かべながらやって来て。
「御園坊ちゃんのお友達ですってねぇ。メイド長のやまねと申します」
ゆっくりお茶でも飲んでいってくださいなという歓迎の言葉とともに、自己紹介をしてくれたやまねに対して、
「あのっ・・・俺達御園に会いに来たんです。御園は・・・」
戸惑いの表情を浮かべつつも、此処に来た目的を真昼が思い切って口にすると。
「御園とはもうあまり遊べないよ」
「御園は最近おとな になってきたからね」
「このおうちの長男 としての自覚がでてきたよね」
黒猫と戯れていた下位の子供たちがそう言ったのだ。
けれど―――――
〝長男〟という言葉に、真昼はふと違和感を覚えて眉を顰めた。
すると他の下位の子供たちもまた口々に御園に関して話し出す。
―――――長男ってことは跡取りってこと。みんなで大事に守らなきゃ。
―――――こーんな小さな子供だったのにね。子供の成長はあっという間だね。
―――――いまだに9時には寝ちゃうけどね。
―――――サンタさん信じてるけどね。
子供たちと一緒にお絵描きをしていた瑠璃も、聴こえてきた会話に引っ掛かるものを覚え、その手を止めて話に耳を傾けていたのだが。
「私まだ御園とも遊びたいなー」
「だめだよ、御園はあれでも 高校生だし。子供とは遊ばないよ」
お絵描きをしていた下位の子供たちが洩らした言葉に思わず瑠璃は微苦笑を零してしまう。
そうして真昼もまた、
―――――御園・・・好き勝手言われてるぞ・・・。
飛び交う子供らしからぬ発言のやり取りに、思わず何とも言えない複雑な表情を浮かべてしまう。
―――――そっか。この子ら吸血鬼だから不老か・・・。
けれど、程なくしてその答に行き当たった真昼は、
「あ・・・でも、御国さんは? あの人なら悪ノリして遊んでくれそうじゃん」
人形としゃべったりしてるしさ―――――と、気を取り直して笑みを浮かべながら下位の子供たちにさり気なく話題を振ってみる。
と―――――
『みくに?』
下位の子供たちは不思議そうに目を丸くしながら真昼を見つめ返し。
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
ざわと騒ぎ出した子供たちが醸し出した空気は、何故かぞわと背筋に悪寒を覚えるモノで。
真昼の傍らには条件反射のように人型に戻ったクロが姿を見せていたのだが、ドーナッツを銜えたクロの顔もまた引き攣っていた。
「え・・・? み・・・御園にはお兄さんがいるだろ?」
「・・・・・・そうね。蛇に変身する吸血鬼を連れているのよ」
絞り出すように言葉を口にした真昼に続き、瑠璃もまた子供たちに尋ねかけてみる。
けれど―――――
「さあ・・・存じ上げませんねえ。この家に真祖 は〝色欲〟のリリイだけ。この家にご子息は長男 の御園様だけ・・・」
有栖院家に仕えるメイド長のやまねでさえも、『御国』の存在を否定したのだ。
―――――何だ・・・? 知らないわけないだろ?
真昼が混乱した表情を浮かべる。
瑠璃もまた戸惑いの表情を浮かべながら視線を家の中に巡らせる。
―――――やっぱり、何かおかしいわ・・・・・・。
そこで壁際に控える洞堂の姿を目に留めたのだが、唯一人だけ口を噤んでいた彼の顔色だけはやはり優れ無いもので。
得体の知れない空気が漂う中―――――
「あのね、城田真昼。瑠璃。ここは吸血鬼と人が共存する〝完全独立国家〟」
「王様の機嫌を損ねないでね」
人差し指を立てながら二人の下位の子供たちがそう言った刹那、カッと窓の外で雷鳴が轟き。
ふと、背後に人の気配を感じてハッと真昼と瑠璃とクロの三人が振り返ると―――――
窓辺に立っていた子供たちの間には、撫でつけた長髪を後ろで綺麗に一纏めにしたうえで一房だけ前に垂らし。品の良いスーツとループタイを着用して、眼鏡を掛けた男の姿が在り。
男は右手でやまねが淹れてくれた紅茶のカップを持って飲みながら、左手はポケットに入れた状態でそこに立っていた。
けれど、一体いつからそこに居たのか。
真祖 であるクロにすら気配を感じさせなかった男は、ティーカップを片手に真昼たちを見遣ると、
「御園の友人だそうだね・・・。はじめまして、父親の有栖院御門だ。このお茶会同席していいかな?」
―――――有栖院家 へようこそ。
御園の父親であり、有栖院家の〝王様〟でもある御門はそう言ったのだ。
19/8/24掲載
そうして御園から話を聞き終えた父親は淡々とチェス駒を進めると、
「そうか・・・あの怪我は友達を守ろうとして・・・」
「・・・はい」
事情を把握した父親に視線を向けることなく、盤面を見つめながら駒を動かした御園は沈んだ面持ちで頷く。
「お前が祖父さんから
父親もまた視線を手元の駒に向けたまま、息子に対して慰撫の言葉を紡ぎ出す。
「・・・でもだめでした・・・まだ僕は弱くて・・・もっと強くならないと何も守れない・・・」
けれど、やはり御園の心は上向くことはなく。
―――――僕が弱かったせいで、瑠璃が〝椿〟に〝連れ去られた〟という事実も知らされず。
―――――僕がその事を知ったのは、瑠璃が〝自分の力〟で〝此方側〟に戻ってきた後のことだった。
顰められた眉間に深く刻まれたそれは、拭い去ることのできない後悔の想いに他ならない。
「御園。父さんはお前にヒーローになってほしくて
すると父親は態度を一変させて厳しい口調で告げてくる。
「お前は有栖院家の
そこで父親から言い渡された厳命に御園は愕然とした面持ちで目を見開くと、
「・・・そういうわけにもいかないんです、友達が戦ってるし」
必死の口調で言い募る。
「それに・・・
そして『兄』の名を御園が口にした刹那―――――
父親の纏う空気までもが圧倒的な重圧感を増したのだ。
「・・・前にも言っただろう。
びくっと反射的に身体を強張らせた息子に父親は抑揚のない声で言う。
それからまたチェスの駒を手に取り、コトッと移動させると、
「・・・さて悪いな御園・・・このあとまた出かける用があってね。今日はここまでだ」
「あっ、父さん」
立ち上がりながら顔をそむけてしまった父親を呼び止めようと御園は声を上げるも、父親は息子に振り返ることはなく。
「早く寝るんだよ」
―――――そう言い残して、部屋から立ち去ってしまったのだ。
部屋に一人取り残された御園の頭上では蝶が気遣わし気に飛んでいた。
けれど御園は蝶に構うことはせず、椅子にまた腰掛けると左肘で頬杖をつきながら、右手でチェス駒を手に取り、昏い表情で重苦しい息を吐き出す。
―――――父さんはいつも最後まで勝負をしてくれない。
―――――でも・・・完全に僕が劣勢か・・・。
―――――昔からいつもこうだ。
御園の意識の内に、幼い頃―――――『兄』がまだ家にいた時に交わしたやり取りが思い出される。
『―――――父さんに勝てない?』
『・・・はい。いつも押されてばっかりで・・・』
いつも途中で寝る時間に・・・。
拗ねた面持ちで兄に愚痴を零した弟は、チラリと視線を上げると、
『でもお兄ちゃんはお父さんにも勝ってる・・・』
兄は弟の言葉に首肯するように頷き返し。
『はは、父さんは大人気ないなー』
御園にまで本気かよ―――――と軽く眉を顰めながら笑いを洩らした処で。
『いいか御園・・・実は父さんにはある癖があってさ』
左手の中指を立てると得意げな口調でそう言った兄を弟は『えっ』と目を瞠り見つめる。
と―――――
『それがわかると優位に立つのはそんな難しくない。それは・・・』
こそ・・・と兄は内緒話をするように、小声で勝利の為のヒントを弟に話し始めたのだ。
『は―――――お兄ちゃんはすごい・・・・・・』
話を聴き終えた弟は歓喜の眼差しで兄を見つめると、その口からは素直な称賛の言葉が零れ落ちていた。
そうして弟のチェスの相手をしていた兄もまた、コトッと自身の駒を一手進めた処で、
『さて御園。今日はここまでだ。もう寝る時間だぞ』
父親と同じようにそう言って椅子から立ち上がったのだ。
―――――・・・何だっけ。御国が言ってた父さんの癖・・・・・・。
『
―――――それでも一つだけ、はっきりしていることがある。
「結局、僕は・・・父さんにも
―――――メール受信『有栖院御国』―――――
【―――――瑠璃ちゃん、〝有栖院邸〟に行くのなら〝王様〟には気をつけてね】
着替えを終えた瑠璃が、白ノ湯温泉から有栖院邸に向かうべく『鍵』の力を発動させようとした時。
此方側からは連絡を取ることが出来なかった『御国』から瑠璃宛に一通のメールが送られてきていた。
けれどメールに書かれていた〝王様〟というのは何を意味するのか。
どうして瑠璃にそのメールを御国が送ってきたのか。
再び、御国に連絡を取ろうと電話を掛けてみるも繋がることはなく。
御国の真意もまた、汲み取ることは叶わないままだ。
けれど―――――
―――――御園君と連絡が取れない件には〝王様〟が関係しているのかもしれない。
だとすれば肝に銘じておくに越したことはない―――――そんな想いを心の奥に留めながら、瑠璃は胸元の『鍵』を右手で握りしめると意識を集中させて空間跳躍を行ない。
そして有栖院邸前に顕現した時―――――
そこに丁度、真昼たちも姿を見せたのだが。
「・・・・・・瑠璃・・・・・・姉・・・・・・」
「―――――真昼君っ!? 5人で乗った自転車を漕いでここまで!?」
汗だくで息も絶え絶えな状態で、自転車から下りた真昼の姿を目にした瑠璃は、暫しの間、絶句してしまったのだが。
「瑠璃!!」と自分の名を呼ぶユリーの声で我に返ると、
「鉄君、自転車を塀の隅に止めておいてもらっても良いかしら」
「おぅ。構わないぜ」
自転車を鉄に預けて、肩からユリーを地面に下ろした処で、両手を膝について、ぜ―――――は―――――ぜ―――――は―――――と息を吐き出した真昼の顔の汗を瑠璃はパンツのポケットから取り出したハンカチでそっと拭っていく。
「・・・・・・真昼君、私も〝力〟のコントロールはある程度までは出来るようになってきてるから。もう少し、私にも頼ってくれた方が嬉しいわ」
―――――真昼が自分の事を気遣ってくれているのだというのは分かる。
―――――けれど真昼だって無茶をし過ぎたら倒れてしまいかねないのだから。
「・・・・・・シスコンも大概にしないとな」
眉根を下げながら瑠璃が真昼に言い聞かせるように言葉を紡ぎ出すと、主人の肩に乗った黒猫がぽそりと呟いた。
それは真昼の耳朶に勿論届いていたのだが、言い返す気力はなく。
それから程なくして来訪者に気づいた有栖院邸から御園専属の運転手である洞堂が姿を見せたのだ。
そこで街で出会ったユリーを送り届けるのと合わせて、御園と話をさせて欲しいと思って訪れたのだと洞堂に事情を説明したのだが、承諾を得ることは出来ず。
「・・・何で御園に会わせて貰えないんですか!?」
「うちのアホ毛、今面会謝絶なんすわ。まー体調不良とか思って貰う感じで」
どうして面会の許可が下りないのか、その正当な理由が伝えられることもなく。
「あんた適当過ぎねぇ!?」
真昼が噛みつく勢いで突っ込みを入れたのだが、やはり洞堂からの答えは変わらず。
「ユリー送ってくれたのに申し訳ないんすけど・・・」
「・・・・・・洞堂さん、もしかして〝王様〟が関係ありますか」
手を繋いでいたユリーの背をそっと押して、洞堂の処に行かせる為に一歩前に出た瑠璃は、有栖院邸に来る前に御国から受け取ったメールにあった〝王様〟の存在を小声で口にする。
と―――――
洞堂は微かに目を見開き、
「・・・・・・お嬢さん、何処でその話を」
「知り合いの〝骨董屋〟さんからメールを貰ったんです」
瑠璃は『御国』の名を敢えて出すことはせず、〝骨董屋〟という言葉を口にすると、眉を顰めた洞堂はふとチラリと真昼たちを見遣り。
「そういや、お嬢さんとはアホ毛を介して顔見知りにはなったけど。二人には名刺すら渡してなかったすね。じゃ、名刺あげるから帰って貰う感じで・・・」
「えぇっ・・・ちょ・・・それは・・・」
眉根を寄せながら瑠璃と洞堂のやり取りを見ていた真昼はどうしてそうなるのかと顔を引きつらせながら呻く。
その時、先に洞堂から名刺を受け取った鉄が何気なくそれを裏返した矢先―――――
―――――ドッ
背負っていた棺桶を洞堂に目掛けて振り下ろしたのだ。
「―――――鉄君!?」
「ちょっ・・・鉄!? 何して・・・」
寸での処で洞堂は身体を右に向かって捻ったおかげで無事だったものの、鉄は一体何を考えているのか。
瑠璃と真昼がギョッとしながら鉄を見遣ると、
「おい、あのチビに会わせろ。早くしねーとこの庭に温泉掘るぞ」
そんな脅しを洞堂に対して鉄は口にしたのだ。
その脅し文句は鉄らしいと云えばそれまでなのだが―――――何故、そんな行動に鉄が出たのか。
「真昼、瑠璃。名刺の裏・・・」
その行動の理由を報せてきたのは真昼の肩に乗っていた黒猫だった。
そして真昼が黒猫の言葉に「え?」と目を瞬かせ、洞堂から受け取った名刺を裏返してみると。
―――――もっと強引にアピールして―――――
そこにはそんな走り書きされたメッセージが在り。
「「・・・!!」」
真昼と瑠璃が事情を理解した処で、
「・・・ちょ―――――・・・だーれか―――――・・・見てるんしょー? 帰ってくれそうにないすわ―――――・・・」
降参だと両手を上げた状態で塀に背を預けた体制のまま、門の向こう側の木々の中に在る防犯カメラを見上げながら洞堂が訴えるように言うと。
ジ―――――・・・と音を鳴らしながら、防犯カメラのレンズが角度を変えるのと同時に、ギィ・・・と有栖院邸の門もまた開かれたのだ。
「・・・どぞー。しょーがないから入っていいみたいす」
その言葉とともに、敷地の中に先導する形で踵を返した洞堂は、
「回りくどいことさせて申し訳ないすわ」
ぼそ・・・と小声で謝罪を口にした。
「あのっ・・・洞堂さん。これってどういうこと・・・」
有栖院家に仕える立場である以上、仕方が無い事なのかもしれないが、だとしてもどうしてここまでの事をしなければ立ち入りの許可が下りなかったのか。
困惑した面持ちで真昼が洞堂の背に向かって尋ねかけると、
「・・・今日は〝王様〟がいるんすよ。謁見はとびきり慎重に・・・」
そんな意味ありげな言葉を洞堂は口にしたのだ。
〝王様〟というのは、一体何者なのか。
緊張した面持ちで洞堂の後について有栖院邸内に入った真昼たちだったのだが―――――。
そこで邸内に入る際は歓迎されていなかったのにも拘らず、通された食堂で何故か真昼たちはお茶とお菓子を振舞われる事となったのだ。
「かわい―――――」
「撫でていい?」
「こっちのお菓子も食べてー」
そしてテーブルの上でお菓子を齧っていた黒猫は、来客の話を聞きつけて集まって来た下位の子供たちに大人気となり。
「瑠璃、お絵描き一緒にしようよ」
「瑠璃、絵本読んでー」
ユリーとマリーに懐かれていた瑠璃もまた、他の子供たちからそうせがまれることとなり。
頭に蝙蝠を乗せて端の席に座っていた鉄はその様子を特に気にすることなく、黙々とお菓子を食べてはいたものの。
その隣の席に座っていた真昼だけは「何? これ?」と困惑の表情を隠せずにいたのだが。
そこにメイド服を着た小柄な老女が、あらあら・・・と温和な笑みを浮かべながらやって来て。
「御園坊ちゃんのお友達ですってねぇ。メイド長のやまねと申します」
ゆっくりお茶でも飲んでいってくださいなという歓迎の言葉とともに、自己紹介をしてくれたやまねに対して、
「あのっ・・・俺達御園に会いに来たんです。御園は・・・」
戸惑いの表情を浮かべつつも、此処に来た目的を真昼が思い切って口にすると。
「御園とはもうあまり遊べないよ」
「御園は最近
「このおうちの
黒猫と戯れていた下位の子供たちがそう言ったのだ。
けれど―――――
〝長男〟という言葉に、真昼はふと違和感を覚えて眉を顰めた。
すると他の下位の子供たちもまた口々に御園に関して話し出す。
―――――長男ってことは跡取りってこと。みんなで大事に守らなきゃ。
―――――こーんな小さな子供だったのにね。子供の成長はあっという間だね。
―――――いまだに9時には寝ちゃうけどね。
―――――サンタさん信じてるけどね。
子供たちと一緒にお絵描きをしていた瑠璃も、聴こえてきた会話に引っ掛かるものを覚え、その手を止めて話に耳を傾けていたのだが。
「私まだ御園とも遊びたいなー」
「だめだよ、御園は
お絵描きをしていた下位の子供たちが洩らした言葉に思わず瑠璃は微苦笑を零してしまう。
そうして真昼もまた、
―――――御園・・・好き勝手言われてるぞ・・・。
飛び交う子供らしからぬ発言のやり取りに、思わず何とも言えない複雑な表情を浮かべてしまう。
―――――そっか。この子ら吸血鬼だから不老か・・・。
けれど、程なくしてその答に行き当たった真昼は、
「あ・・・でも、御国さんは? あの人なら悪ノリして遊んでくれそうじゃん」
人形としゃべったりしてるしさ―――――と、気を取り直して笑みを浮かべながら下位の子供たちにさり気なく話題を振ってみる。
と―――――
『みくに?』
下位の子供たちは不思議そうに目を丸くしながら真昼を見つめ返し。
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
―――――誰?
ざわと騒ぎ出した子供たちが醸し出した空気は、何故かぞわと背筋に悪寒を覚えるモノで。
真昼の傍らには条件反射のように人型に戻ったクロが姿を見せていたのだが、ドーナッツを銜えたクロの顔もまた引き攣っていた。
「え・・・? み・・・御園にはお兄さんがいるだろ?」
「・・・・・・そうね。蛇に変身する吸血鬼を連れているのよ」
絞り出すように言葉を口にした真昼に続き、瑠璃もまた子供たちに尋ねかけてみる。
けれど―――――
「さあ・・・存じ上げませんねえ。この家に
有栖院家に仕えるメイド長のやまねでさえも、『御国』の存在を否定したのだ。
―――――何だ・・・? 知らないわけないだろ?
真昼が混乱した表情を浮かべる。
瑠璃もまた戸惑いの表情を浮かべながら視線を家の中に巡らせる。
―――――やっぱり、何かおかしいわ・・・・・・。
そこで壁際に控える洞堂の姿を目に留めたのだが、唯一人だけ口を噤んでいた彼の顔色だけはやはり優れ無いもので。
得体の知れない空気が漂う中―――――
「あのね、城田真昼。瑠璃。ここは吸血鬼と人が共存する〝完全独立国家〟」
「王様の機嫌を損ねないでね」
人差し指を立てながら二人の下位の子供たちがそう言った刹那、カッと窓の外で雷鳴が轟き。
ふと、背後に人の気配を感じてハッと真昼と瑠璃とクロの三人が振り返ると―――――
窓辺に立っていた子供たちの間には、撫でつけた長髪を後ろで綺麗に一纏めにしたうえで一房だけ前に垂らし。品の良いスーツとループタイを着用して、眼鏡を掛けた男の姿が在り。
男は右手でやまねが淹れてくれた紅茶のカップを持って飲みながら、左手はポケットに入れた状態でそこに立っていた。
けれど、一体いつからそこに居たのか。
「御園の友人だそうだね・・・。はじめまして、父親の有栖院御門だ。このお茶会同席していいかな?」
―――――
御園の父親であり、有栖院家の〝王様〟でもある御門はそう言ったのだ。
19/8/24掲載
