第九章『俺は大人、ここは社会』
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ずる―――――~~~ずるずる。
ソファーの上で胡坐を掻いて座りながらクロは無言でカップ麺を啜っていた。
それを用意したのは―――――先日、クロに手紙を押し付けてきた眼鏡を重ねて掛けている白衣の男だった。
そして男はクロの向かい側にあるソファーにテーブルを挿んで腰を下ろしていたのだが、その隣にはもう一人―――――クロと真昼にスタンガンを使用して気絶をさせた上で此処まで連れて来た溶接面を付けた彼女の姿も在った。
「OH!! 失敗したっ、このカップめん、熱湯3分だぁ」
お箸を口に咥えながら、彼女は5分待っちゃった・・・あぁ・・・とぼやく。
先にカップ麺を食べ始めていた男は、そんな彼女の様子を気に掛けることはせず、右手に持ったフォークに麺を絡めながらクロに問いを投げかけてくる。
「だ―――――からね―――――? ど―――――して手紙無視したの―――――?」
「・・・・・・めんどくせ・・・」
どんよりとした昏い瞳をひび割れた眼鏡越しに向けてきた男とクロは目を合わせることはせず憮然とした口調で云う。
「自分らもこんな乱暴なやり方は嫌なんだけど―――――。あ、君のあ、君の新作 やりすぎですってよー」
そんなクロに対して男は鬱々とした雰囲気を纏わりつかせたまま、白々しく会話を続けたところで、ふと思い出したように隣の彼女に振り返ると、指で指し示しながら上から云われたお咎めを伝える。
―――――起きるまで時間がかかりすぎね、始末書ですって。
「OH―――――・・・私の自信作はなかなか人に理解されない・・・」
と―――――それに対して彼女は眉を下げると残念そうな面持ちで応じる。
その口ぶりから察するに、よくある事なのだろう。
そして男はまたクロに視線を向けると、
「それで―――――この前も言ったけど〝協力〟してほしくてね―――――」
「真昼と瑠璃は」
ラーメンをほとんど食べ終えたクロは、真紅の瞳に苛立ちの色を隠すことなく浮かび上がらせながら二人の名前を口にした。
「・・・・・・離れて時間経つし気になるよね―――――・・・と」
すると、男はそう言いながら徐にクロの目の前に〝二つのモノ〟を掲げて見せてきた。
「彼には別室でお願い中 。彼女のほうは、お願いを聞き入れてもらって 、別室で〝協力〟をして貰ってるよ―――――」
男の右手には真昼が着ていたジャージの上着が、左手には瑠璃が肌身離さず、ネックレスの状態にして身に着けていた『鍵』があった。
「―――――・・・・・・瑠璃に何をした・・・・・・」
「彼女を傷つける様な事は―――――いまの処は何もしてないよ。スタンガンも彼女には使ってないし―――――」
バキッとクロの手の中にあった割り箸が折れる音がした。
真紅の瞳に苛立ちの色を浮かべたまま、さらに鋭く睨み付けてきたクロに対して、男は一切動じることなく変わらぬ態度のまま、右手で真昼のジャージをバサとはためかせると、左手で瑠璃の『鍵』のネックレスを揺らしながら告げる。
「君が大嫌い なC3 に協力するのと君の主人 が大変な目に遭うの。そして大切な〝ミストレス〟が籠の中の『駒鳥』になるの。君にとって・・・どちらがより 、めんどくさいかな―――――?」
最初に通された部屋から由利に誘導される形で瑠璃が連れて行かれたのは、病院と同様の機材設備が揃った処だった。
そこで身体測定から始まり。視力、聴力、血圧測定、血液採取、心電図。その後にCTスキャンにMRI検査。一通りの『健康診断』が行われた。
しかし、それで終わることはなく―――――
「―――――〝怠惰〟の真祖と城田真昼君。まだ目を覚まさないそうなの。だから、もう少しだけ、〝協力〟して貰っても良いかしら?」
やんわりとした口調で由利からそう告げられ―――――暗に〝約束〟を守るための条件を盾にされたことにより―――――身体データ補完項目の『体力測定』も執行された。
「―――――お疲れ様、瑪瑙さん。こうして〝協力〟して貰えたお陰で貴重なデータがたくさん採取出来たわ」
その結果、優に5時間以上の時を要する事となり―――――。
「あとは〝怠惰〟の真祖と城田真昼君。それぞれとの話が終わったら二人の処にちゃんと連れて行くから、ここで暫くの間、ゆっくりと過ごしていてね」
「・・・・・・はい」
連れて来られた時間帯から考えれば、恐らくもう夜は明けている頃だろう。
さすがに疲労の色が浮かんだ瑠璃は、テーブルとソファー。それにベッドとバストイレまでもが備わった宿泊施設のような部屋に連れて来られていた。
「それから疲れた時は甘いものが一番だと思うから。パンケーキと紅茶を用意させて貰ったわ。遠慮せずにそちらにも手をつけてもらって構わないわよ」
まさに至れり尽くせり―――――ともいえる対応だが。
「由利さん、私の『鍵』はいつ返してもらえるんですか?」
―――――『健康診断』を受ける際、金属を身に着けたままでは検査の妨げになるからという事から、預けた状態となっていたのだ。
「あぁ。それなら、いまは〝怠惰〟の真祖との話しを〝円滑〟に進めるために使わせて貰っているから。ごめんなさい、私の手元にはないのよ」
瑠璃の言葉に由利は目を瞬かせると、事も無げな口調で告げてくる。
「それと城田真昼君からも〝ジャージの上着〟を拝借しているらしいわ」
けれど続けられた言葉に、瑠璃は眉を顰めてしまう。
―――――此方に連れて来られた時点で、クロと真昼もまた〝別々の部屋〟に連れて行かれてしまったというのは知っている。
その上で、クロと話をする際に、それらを〝使う〟というのは―――――。
「・・・・・・由利さん、訊いても良いですか? C3は人と人外の『共存』を掲げる組織なんですよね」
「えぇ、そうよ」
「―――――じゃあ、そのやり方は間違っていませんか?」
C3は乱暴と言えなくもない手段で、真昼とクロを此処まで連れて来た。
その際、唯一意識を保ったままで同行を余儀なくされた瑠璃は、そこで〝二人に絶対危害を加えない〟という条件を示すことで、C3から出された要望も受け入れた。
しかし、今度はクロに対して、C3は真昼と瑠璃の身柄を手札としたうえで、恐らくは何かをさせようとしている。
―――――〝城田真昼君と〝怠惰〟の真祖に此方からは一切危害を加えない 。この〝約束〟は守るわ〟
二人を別々の部屋に連れて行っただけなら 〝約束〟の〝反古〟にはならない。
けれど―――――
―――――主人と吸血鬼が一定以上の距離を離れたままで時間が過ぎた場合、何かが起こるらしい。
ふと、思い出された知識に、とてつもなく嫌な予感を覚えた瑠璃は、はっと目を見開いてしまう。
「・・・・・・由利さん、真昼君とクロはちゃんと〝限界距離〟の〝範囲内〟にいるんですよね?」
「それは・・・・・・」
顔を強張らせた瑠璃に対して由利は眉を下げると、微かに何とも言えない表情を浮かべた。
―――――その時、だった。
コンコンッ―――――と部屋の扉をノックする音が聞こえてきて。
「どうも。お邪魔するよ~♥」
「・・・・・・御国君」
「え・・・・・・!? 御国さん!?」
ガチャリと開けられた扉の向こう側から姿を現したのは、〝嫉妬〟の真祖の主人であり―――――御園の兄でもある、有栖院御国だった。
眉を顰めた由利と対照的に瑠璃は呆然とした表情となってしまう。
「どうして、御国さんがここに・・・・・・。もしかして、御国さんもC3から呼び出されて?」
「ははっ、違うよ、瑠璃ちゃん。オレは自分でここに来たんだよ」
口端を吊り上げてそう御国は言うと、由利に視線を向けながら言う。
「由利さん、瑠璃ちゃんのデータ収集はとりあえず終了したんだよね? だったらもう瑠璃ちゃんのことは自由にしてあげても良いと思うんだけど」
「・・・・・・それは私が決める事じゃないわ」
「ふぅん。だけど、瑠璃ちゃんと〝約束〟をしたのは由利さんと修平だよね?」
スッと御国は目を眇めると、シュルリと御国のスカーフの中から這い出てきた黒蛇がゆっくりと鎌首をもたげていく。
「もしも瑠璃ちゃんの事をこのままここに留めてしまおうっていう心積もりだとしたらオレとしては見逃せないかなぁ」
御国の纏う雰囲気は微かに冷徹さを帯びていて、御国のスカーフの中に居る黒蛇もまた主人の命令があればすぐにでも由利の首に喰らいつくのではないだろうか。
「御国さん・・・・・・っ」
そう感じた瑠璃は思わず御国に向かって手を伸ばすと彼の腕を掴んでいた。
と―――――
「・・・・・・そうね。御国君の云う通り、確かに瑪瑙さんに此方側に来て貰えれば、強力な『切り札』を手にすることが出来る。でもこれ以上、瑪瑙さんの想いを利用するような真似をして、無理に事を進めようとするのはやっぱり良くないわよね」
由利は降参だというように目を伏せると、自嘲気味に言葉を紡ぎ出した。
「・・・・・・ごめんなさいね、瑪瑙さん」
そうして由利は瑠璃に向かって謝罪を口にすると、
「〝怠惰〟の真祖はこのフロアの一つ下の部屋に。それから主人である城田真昼君はそれよりもさらに下のほうにある最深部のフロアの設備内に露木君と一緒に居るの。だからまずはこの部屋から出て左手に進んだところにある隠し通路の一つ、そこを通って〝怠惰〟の真祖と合流するのが良いと思うわ」
―――――瑠璃の『鍵』はクロと話しをする場で利用されている。
―――――そこでクロと合流後、瑠璃の手元に『鍵』が戻りさえすれば、すぐにでも真昼の処にも向かうことが出来る。
瑠璃は目を瞬かせると、由利に向かってふわりと笑みを浮かべて言った。
「由利さん、教えてくれて有難う御座います。やっぱり、由利さんは私にとっては頼りになる先輩です」
と―――――
「―――――っ・・・・・・本当に瑪瑙さんは真っ直ぐな良い子ね」
呆然と由利は目を見開くと、ふと眉を下げながらポツリと呟くように言った。
吸血鬼も人も、彼女にとってはどちらも同じ。
本当に『大切な存在』だと、心から想っているのだというのは、此方を見据えてくる瑠璃の瞳を見れば一目瞭然の事だった。
その想いを、自分たちは利用したというのに―――――。
それを責めるどころか、最後にはこうしてお礼を言うなんて。
由利はチラリと御国に視線を向ける。
御国は瑠璃に腕を掴まれてから、それを振り払う事はせず、眉を顰めてずっと黙したままでいる。
―――――御国君も、瑪瑙さんの事を利用する腹積もりなのかもしれないけれど・・・・・・。
―――――その半面、僅かながら真逆の感情を抱いているようにも見受けられる。
だから―――――
「それじゃあ、私は隠し通路の扉を開けに行くから。御国君、あとはよろしくね」
由利は御国に向けてそんな言葉を残して部屋から退室していったのだ。
「・・・・・・本当に瑠璃ちゃんは、前にも言ったけど〝無防備〟だよね」
黙り込んだままだった御国が口を開いたのは、それから程なくしてのことだった。
はぁ―――――・・・・・・と呆れたように溜息を洩らした御国は常に連れているおさげの人形に話しかける。
「ホント、どうしたらこの子は分かってくれるんだろーね? アベルー?」
「あの、御国さん・・・・・・?」
御国の言葉に、瑠璃はただ困惑するしかなく、眉を寄せながら、御国を見上げる。
と―――――そこでようやく瑠璃は自分がいまだ御国の腕を掴んだままだった事に気付き。
「あ・・・・・・ごめんなさい!! 私、御国さんの腕を掴んだままで・・・・・・っ」
慌てて瑠璃は御国の腕から手を離すと、
「まったくだよ。オレはアベル一筋だっていうのにさー」
「えと、ごめんなさい。アベルちゃんにも迷惑をかけてしまって・・・・・・」
思わず御国にそう言葉を返してしまったのだが―――――。
「もう、瑠璃ちゃんてばアベルは人形なんだよ? 迷惑なんてかけようがないでしょ?」
と―――――小馬鹿にするような笑顔で御国は瑠璃を見遣り。
「そんなこと言うなんて、瑠璃ちゃんてば相当疲れてるんだね」
そう御国は言うと、流れるような仕草で人形を左手に持ち替えた処で、今度は自分から伸ばした右手で瑠璃の左手を取り、
「え? あの、御国さん・・・・・・?」
歩き出した御国に瑠璃は戸惑いの声を洩らす。
このまま、部屋の外に向かうのだろうか―――――と一瞬、そんな考えが瑠璃の意識に過るも、しかし御国が瑠璃を誘導した先は、紅茶とパンケーキが用意されたテーブルの席の前だった。
そこで御国は瑠璃の手を離すと、椅子を軽く後ろに引き―――――
「はい、それじゃあここに座って。紅茶とパンケーキ。まだ冷めてないみたいだし。少しだけ休憩をしてから〝怠惰〟の処に行こうか」
にっこりと笑顔でそう告げてきたのだ。
「御国さん・・・・・・、私は大丈夫ですからっ! このまま、クロの処に行かせてください!!」
え? と・・・・・・と瑠璃は思わず驚きの表情で目を見開いてしまうも、しかしすぐにハッとした面持ちになり、御国にそう言い返すと、椅子に座る事はせず、扉のほうに向かおうとする。
けれど―――――
「ジェジェ」
御国が名前を呼ぶとスカーフの中から抜け出した黒蛇はシュルシュルと床を這って行き。
「ジェジェさんっ、そこを通して下さい・・・・・・!!」
「・・・・・・御国の云う事に同意するのは不本意だが・・・・・・確かに顔色が良くない・・・・・・だからちゃんと食べてから行け・・・・・・」
人型に戻ったジェジェは扉の前に立ち塞がりながら、瑠璃の懇願に対してぼそ・・・・・・と言葉を返してくる。
「・・・・・・それに・・・・・・お前がこのまま倒れたら・・・・・・あいつは何をするか解らない・・・・・・」
それはジェジェに対して、御国がまた何かしらの〝嫌がらせ〟をするということなのだろうか。
眉を顰めながら瑠璃はジェジェを見上げるも、2メートル以上もある彼の素顔は紙袋に隠されたままで表情は分からず―――――唯一、窺い見ることが出来る、大きくくりぬかれた左目の覗き穴から見える真紅の瞳はただジッとこちらを見下ろしてきていた。
「・・・・・・分かりました」
御国もジェジェも、自分の事を気遣ってくれているのは確かなのだ。
視線を落とした瑠璃は小さく息を吐き出し頷くと、
「まったく最初から素直に頷いてれば良いのに」
やれやれと言った風体で呆れたようにそう呟いた御国は、瑠璃がテーブルの近くまで戻ってくると、テーブルに置かれていたティーポットを手に取ってカップに紅茶を注ぎ。
それからパンケーキの傍に添えられていたナイフとフォークを手に取ると、手早くパンケーキも切り分けていく。
「・・・・・・すみません、御国さん」
恐縮した面持ちで瑠璃が話しかけると「謝らなくても良いからとりあえず座って」と御国から云われ。瑠璃が椅子に座るとパンケーキを切り分け終えた御国もまた、向かい側の椅子に腰を下ろしたのだが。
「―――――さてと。それじゃあ瑠璃ちゃん、口を開けてくれるかな♥」
パンケーキのお皿を瑠璃の前に戻す事はせず、御国はぷすとフォークで切り分けた中の一切れを刺すと、にっこりと笑みを浮かべてそれを瑠璃の目の前に差し出してきたのだ。
「は・・・・・・ぇ!? みっ、御国さん・・・・・・!?」
どうしてそうなるのか、呆然と目を見開いた瑠璃は混乱した面持ちで御国に言う。
「あ、あの・・・・・・っ、自分で食べられますから!!」
「それは駄目だよ。これは瑠璃ちゃんへの〝お仕置き〟だからね?」
けれど御国は引き下がる事はなくそう言うと、さらに笑みを深めて瑠璃に視線を向けてくる。
「・・・・・・~~~~~~っ」
食べなければこの部屋から出ることは叶わない訳なのだが、〝お仕置き〟というのは先程のやり取りの件の事なのだろうか。
数秒間、瑠璃は悩んだ末―――――これ以上、迷っていたらクロの処に合流するのが遅くなってしまう!!
その想いに突き動かされる形で、瑠璃はパクッと目の前のフォークに刺さったパンケーキを食べた。
しかし、恥ずかしさは拭いきれず、もぐもぐと口を動かしながら視線を落とした瑠璃の顔は赤く染まってしまう。
「―――――・・・・・っ」
一方、フォークを差し出していた御国もまた、瑠璃がパンケーキを口にした瞬間、瞠目の表情になっていて、その耳は微かに赤くなっていたという事に気づいたのは、沈黙とともにその場に居たジェジェだけだった。
ぱさっと一冊目の文庫本が露木の手から離れて床に置かれる。
それは真昼が出口を探して奔走を開始してから、三時間の時が過ぎたことを意味していた。
「・・・ど―――――なってんだ・・・。扉の先の通路が異常に長いしっ、迷路だし。変なトラップあるし」
そして、ぜ―――――は―――――ぜ―――――と両ひざに手を置いて、息を吐き出した真昼は疲労困憊の状態となっていた。
全力で走り回った迷路の先で真昼が引っ掛かってしまったトラップは、落とし穴だったのだがそこには巨大な捕食植物がいて。そこから脱出する際にも、さらに体力を消耗するはめになってしまったのだ。
「さて。残り5冊・・・」
次の本・・・と、二冊目の本を手にした露木はページを開きながら真昼を一瞥すると、
「みつけるのは無理そうですね。選択肢は二つ。このままもがいてタイムアップか・・・我々に従うか」
露木の言葉にうっと呻きながら真昼は冷や汗を流すしかなく。
―――――体・・・どんどん重くなってる。
―――――でもクロの気配も瑠璃姉の居場所もわかんねーし・・・全然見つかる気しねーよ・・・っ。
―――――こんなたくさん の中から・・・。
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら真昼は無数の扉を睥睨する。
〝―――――社会は君に都合よく限られたたくさんの 情報を提示する―――――〟
ふと、真昼の意識の内に御国から云われた言葉が思い出される。
―――――・・・俺は何 をやらされてるんだ?
そこで僅かながら冷静さを取り戻した真昼は、ゆっくりと目を瞬かせると自問自答をする。
―――――ひとつずつ誰かが用意した扉を開けたら答えがみつかるのか?
と―――――
「・・・そろそろわかってもらえましたか。今すべき正しい選択は我々に従うことなんだと」
露木が真昼に向かって、大人にとって都合の良いだけの選択肢の言葉を掛けてくる。
そして別室に足止めをされた状態のクロもまた―――――
「ねぇ〝怠惰〟の吸血鬼。君が『めんどくさい』と思うことの順序、わかってるつもりですよ―――――。また昔みたいに 協力してくれれば君の主人 も〝ミストレス〟もすぐ開放するのに―――――・・・・・・」
真昼のジャージと瑠璃の『鍵』を目の前にチラつかせた男から、唯一つの選択肢しかない言葉を聞かされていた。
「あ―――――も―――――めんどくせー・・・。じゃあもうそれでいーよ・・・。どーでもいー・・・」
そして答えを見つけることを放棄したクロは、そのまま自身の中に閉じこもろうとしていた。
けれど―――――
―――――用意された扉の先の
―――――用意された答えでいいのか?
主人である真昼はまだ答えを見つけ出すことを諦めておらず。
「こんな脅しみたいなやり方シンプルじゃねぇ!!」
奥歯を噛みしめた真昼は露木のほうに振り返ると強い口調でそう言い放ったのだ。
そして真昼は左手で右手首に付けていたリストバンドをバッと勢いよく抜き取ると、武器である黒い箒が右手の中に具現化する。
その刹那、露木もまた白衣を翻すとズボンのお尻のポケットに仕込んでいた銃をぱっと手に取り臨戦態勢となる。
―――――答えはいつも大人 が用意した選択肢の外側だ―――――
自分で答えを選択することを決めた真昼は、箒を左手に持ち替えると、トッと右手を地面に据えながらバク転の姿勢を取っていく。
「・・・何です? ダンスでもする気・・・・・・・」
そんな真昼の行動に露木は意表をつかれた面持ちになっていたのだが、それに真昼は答えることなく、箒を握った左手もまた地面に置くと、
「せ―――――・・・のっ!」
真昼のこの掛け声とともに、ぐ・・・るんっと箒は回転を行い―――――遠心力によって反転した身体をまた真昼は右手で支えるも、箒は反発を止めることはなく、さらに勢いを増してゴォォと回転を繰り返し、ゴッと天井にまで届くほどの漆黒の竜巻を作り出したのだ。
「ふ・・・っああああああああああああ」
―――――竜巻の中から真昼の絶叫が聴こえてくる。
「!!?」
唖然とした面持ちになった露木の目の前で、真昼は竜巻の力を利用して天井を破壊して出口を自ら作り出したのだ。
「俺達がどうすべきかは俺達が決める!!」
そしてそう宣言するのと同時にこの場から見事脱出を果たした真昼に対して露木は―――――
「・・・残念ながら正解 です」
ふぅ・・・と息を吐き出すとその言葉を口にしたのだった。
「―――――それじゃあ、瑠璃ちゃん。俺たちが送れるのはここまでだから」
「はい。有難う御座います、御国さん、ジェジェさん」
御国とジェジェの誘導で隠し通路を通り、一つ上のフロアに無事に出た処で、瑠璃は二人に向かって会釈を行った。
「・・・・・・気をつけて行け・・・・・・」
「えぇ! 絶対にクロと合流して真昼君のことも見つけます!」
ジェジェの言葉に瑠璃は真摯な瞳で頷き返す。
と―――――
「またね、瑠璃ちゃん」
御国は人形の手を取ると、見送るように手を振らせてきて。
それを見た瑠璃は口元を綻ばせると、
「はい! それじゃあ、御国さん、ジェジェさん。それからアベルちゃんも、失礼します」
という言葉とともに背を向けると通路を走り出したのだ。
「―――――ねぇアベル。〝怠惰〟から、瑠璃ちゃんのことを取るつもりはないけど・・・・・・。ちょっかいを出したくなる狐君の気持ちが少しだけ分かった気がするよ・・・・・・」
それから御国もまた、蛇の姿に戻ったジェジェを連れて、そのフロアから立ち去って行ったのだが―――――。
その時、御国が漏らした言葉は滅多に窺い見ることが出来ない、心の奥底から零れ出した本心の欠片だったのかもしれない。
―――――ドド・・・ン
―――――ガラガラ・・・
地下に作られた建物が振動し、グラグラと揺れる。
そして―――――
―――――クロ!!!―――――
聴こえてきた声に、クロはハッと目を見開いた。
聞き間違えるはずもない―――――この声は・・・・・・
「・・・? 何・・・? 今・・・声が・・・」
と―――――クロに選択を迫っていた男もまた、クロが聞いた声と同じモノが耳朶に届いたらしく、眉を顰めながら呟いた。
一方、溶接面を付けた彼女のほうは揺れに気を取られて気付かなかったようで「OH―――――?」とただ驚いた様子で声を洩らしていた。
それから程なくして、スッとクロは椅子から立ち上がると、
「やっぱ今の無しだ。帰る」
そう言いながら強張った身体をほぐすように、組んだ手の平を前に向かって突き出すようにしてストレッチを行なっていく。
「真昼 と瑠璃にまでこれ以上めんどくせーこと強制すんな」
そしてコキ・・・という音が身体から聴こえると同時にクロは男を睨み付けながら言った。
その刹那―――――男が手にしていた瑠璃の『鍵』が淡い光を瞬かせ、
「―――――見つけた!! クロ!!」
それに導かれたように瑠璃が部屋の中に息を切らしながら飛び込んできたのだ。
「あれ? 〝ミストレス〟の彼女がどうしてここに・・・・・・?」
今度はハッキリと声が聴こえたことにより、そちらに視線を向けた溶接面を付けた彼女は目を瞬かせながら呟く。
「瑠璃・・・・・・!!」
クロもまた目を見開きながら瑠璃の名前を呼ぶと、
「―――――これ、返してもらうぞ・・・・・・!」
男の手から真昼のジャージと瑠璃の『鍵』をバッと奪い返し、足早に瑠璃の傍に向かっていく。
「クロ! 真昼君は此処よりもさらに下のほうにある最深部のフロアの設備内に居るらしいの!! だから急がないと・・・・・・っ」
「あぁ、そうみたいだな」
瑠璃の言葉にクロは頷くと、
「瑠璃、これ真昼のジャージな。それと『鍵』も・・・・・・」
真昼のジャージの上着を瑠璃の肩に掛けると、その後にスッと瑠璃の首に向かって両腕を伸ばしてネックレスを付け直す。
「――――――・・・・・・ありがとうクロ・・・・・・・きゃっ!?」
瑠璃は照れ笑いを浮かべつつもお礼を口にしたのだが、その次の瞬間クロに抱き上げられたことにより、思わず驚きの声を洩らしてしまう。
そして反射的にクロの首に両腕を回して瑠璃はしがみ付いたのだが、その時にふわりと鼻孔を掠めた匂いにクロは一瞬、ピクリと眉を顰めてしまう。
瑠璃だけが持つ魅惑の香りとは別に、覚えのある人物の香水の匂いを感じ取ったのだ。
―――――・・・・・・向き合えねー。
微かな苛立ちの感情を覚えつつも、クロはそれを口にすることはせず、もう一度瑠璃の顔をジッと見つめると、
「あの、クロ。真昼君の処に行くなら私の『鍵』で・・・・・・」
「・・・・・・瑠璃。床をぶち抜いて真昼の処まで行くから、瓦礫除けに真昼のジャージを被った上でしっかりオレに掴まっとけよ」
瑠璃が言いかけた言葉に被せる様にクロもまたそう言うと、胸の中の苛立ちの感情をぶつけるかのように勢いよく床を蹴り破ったのだ。
一方、最深部から脱出を果たした真昼は―――――
「うえ・・・目ぇ回った・・・改良が必要だなこれ・・・」
数十近くのフロアの天井をぶち抜いて、漸く回転を止めた箒にしがみ付きながら、青い顔で呻いていた。
それから何とか気持ち悪さが落ち着いた処で、
「ずいぶん上のフロアまで来ちゃったけど・・・誰もいないな」
どーなってんだ・・・と真昼は眉を顰めながら周囲を見渡す。
「・・・とりあえずクロと瑠璃姉を・・・」
そして右手を掲げて箒を消した真昼は、二人の事を探すために動き出そうとしたのだが―――――
―――――ゴガ
「お?」
「真昼君っ!!」
そこに天井から蹴り破って降下してきたクロと、クロの腕の中に抱えられた状態の瑠璃が姿を現したのだ。
「うわっ・・・」
ガラガラガラと降り注いでくる瓦礫に、驚いた真昼は思わず地面に尻餅を着いてしまったのだが。
二人の姿を目にした瞬間―――――
「クロ!! 瑠璃姉!! 良かった・・・っ。クロも瑠璃姉もやっぱり別の階にいたのか!! そうだ、瑠璃姉、身体データを取られたって!? 具合が悪くなったりとかしてないか!? あと、クロも何かされたりとかは!?」
「真昼君、心配かけちゃってごめんね・・・・・・だけど、私は大丈夫だから」
「うるせ―――――・・・出会った瞬間、向き合えね―――――・・・」
がばっと起き上がると、勢いよく迫ってきた真昼に、瑠璃は眉を下げつつ、クロは顔を顰めながら呻くように言った。
―――――そして組織に捕らわれてから約9時間ぶりに、漸く三人は合流を果たしたのだ。
19/6/10掲載
ソファーの上で胡坐を掻いて座りながらクロは無言でカップ麺を啜っていた。
それを用意したのは―――――先日、クロに手紙を押し付けてきた眼鏡を重ねて掛けている白衣の男だった。
そして男はクロの向かい側にあるソファーにテーブルを挿んで腰を下ろしていたのだが、その隣にはもう一人―――――クロと真昼にスタンガンを使用して気絶をさせた上で此処まで連れて来た溶接面を付けた彼女の姿も在った。
「OH!! 失敗したっ、このカップめん、熱湯3分だぁ」
お箸を口に咥えながら、彼女は5分待っちゃった・・・あぁ・・・とぼやく。
先にカップ麺を食べ始めていた男は、そんな彼女の様子を気に掛けることはせず、右手に持ったフォークに麺を絡めながらクロに問いを投げかけてくる。
「だ―――――からね―――――? ど―――――して手紙無視したの―――――?」
「・・・・・・めんどくせ・・・」
どんよりとした昏い瞳をひび割れた眼鏡越しに向けてきた男とクロは目を合わせることはせず憮然とした口調で云う。
「自分らもこんな乱暴なやり方は嫌なんだけど―――――。あ、君のあ、君の
そんなクロに対して男は鬱々とした雰囲気を纏わりつかせたまま、白々しく会話を続けたところで、ふと思い出したように隣の彼女に振り返ると、指で指し示しながら上から云われたお咎めを伝える。
―――――起きるまで時間がかかりすぎね、始末書ですって。
「OH―――――・・・私の自信作はなかなか人に理解されない・・・」
と―――――それに対して彼女は眉を下げると残念そうな面持ちで応じる。
その口ぶりから察するに、よくある事なのだろう。
そして男はまたクロに視線を向けると、
「それで―――――この前も言ったけど〝協力〟してほしくてね―――――」
「真昼と瑠璃は」
ラーメンをほとんど食べ終えたクロは、真紅の瞳に苛立ちの色を隠すことなく浮かび上がらせながら二人の名前を口にした。
「・・・・・・離れて時間経つし気になるよね―――――・・・と」
すると、男はそう言いながら徐にクロの目の前に〝二つのモノ〟を掲げて見せてきた。
「彼には別室で
男の右手には真昼が着ていたジャージの上着が、左手には瑠璃が肌身離さず、ネックレスの状態にして身に着けていた『鍵』があった。
「―――――・・・・・・瑠璃に何をした・・・・・・」
「彼女を傷つける様な事は―――――いまの処は何もしてないよ。スタンガンも彼女には使ってないし―――――」
バキッとクロの手の中にあった割り箸が折れる音がした。
真紅の瞳に苛立ちの色を浮かべたまま、さらに鋭く睨み付けてきたクロに対して、男は一切動じることなく変わらぬ態度のまま、右手で真昼のジャージをバサとはためかせると、左手で瑠璃の『鍵』のネックレスを揺らしながら告げる。
「君が
最初に通された部屋から由利に誘導される形で瑠璃が連れて行かれたのは、病院と同様の機材設備が揃った処だった。
そこで身体測定から始まり。視力、聴力、血圧測定、血液採取、心電図。その後にCTスキャンにMRI検査。一通りの『健康診断』が行われた。
しかし、それで終わることはなく―――――
「―――――〝怠惰〟の真祖と城田真昼君。まだ目を覚まさないそうなの。だから、もう少しだけ、〝協力〟して貰っても良いかしら?」
やんわりとした口調で由利からそう告げられ―――――暗に〝約束〟を守るための条件を盾にされたことにより―――――身体データ補完項目の『体力測定』も執行された。
「―――――お疲れ様、瑪瑙さん。こうして〝協力〟して貰えたお陰で貴重なデータがたくさん採取出来たわ」
その結果、優に5時間以上の時を要する事となり―――――。
「あとは〝怠惰〟の真祖と城田真昼君。それぞれとの話が終わったら二人の処にちゃんと連れて行くから、ここで暫くの間、ゆっくりと過ごしていてね」
「・・・・・・はい」
連れて来られた時間帯から考えれば、恐らくもう夜は明けている頃だろう。
さすがに疲労の色が浮かんだ瑠璃は、テーブルとソファー。それにベッドとバストイレまでもが備わった宿泊施設のような部屋に連れて来られていた。
「それから疲れた時は甘いものが一番だと思うから。パンケーキと紅茶を用意させて貰ったわ。遠慮せずにそちらにも手をつけてもらって構わないわよ」
まさに至れり尽くせり―――――ともいえる対応だが。
「由利さん、私の『鍵』はいつ返してもらえるんですか?」
―――――『健康診断』を受ける際、金属を身に着けたままでは検査の妨げになるからという事から、預けた状態となっていたのだ。
「あぁ。それなら、いまは〝怠惰〟の真祖との話しを〝円滑〟に進めるために使わせて貰っているから。ごめんなさい、私の手元にはないのよ」
瑠璃の言葉に由利は目を瞬かせると、事も無げな口調で告げてくる。
「それと城田真昼君からも〝ジャージの上着〟を拝借しているらしいわ」
けれど続けられた言葉に、瑠璃は眉を顰めてしまう。
―――――此方に連れて来られた時点で、クロと真昼もまた〝別々の部屋〟に連れて行かれてしまったというのは知っている。
その上で、クロと話をする際に、それらを〝使う〟というのは―――――。
「・・・・・・由利さん、訊いても良いですか? C3は人と人外の『共存』を掲げる組織なんですよね」
「えぇ、そうよ」
「―――――じゃあ、そのやり方は間違っていませんか?」
C3は乱暴と言えなくもない手段で、真昼とクロを此処まで連れて来た。
その際、唯一意識を保ったままで同行を余儀なくされた瑠璃は、そこで〝二人に絶対危害を加えない〟という条件を示すことで、C3から出された要望も受け入れた。
しかし、今度はクロに対して、C3は真昼と瑠璃の身柄を手札としたうえで、恐らくは何かをさせようとしている。
―――――〝城田真昼君と〝怠惰〟の真祖に
けれど―――――
―――――主人と吸血鬼が一定以上の距離を離れたままで時間が過ぎた場合、何かが起こるらしい。
ふと、思い出された知識に、とてつもなく嫌な予感を覚えた瑠璃は、はっと目を見開いてしまう。
「・・・・・・由利さん、真昼君とクロはちゃんと〝限界距離〟の〝範囲内〟にいるんですよね?」
「それは・・・・・・」
顔を強張らせた瑠璃に対して由利は眉を下げると、微かに何とも言えない表情を浮かべた。
―――――その時、だった。
コンコンッ―――――と部屋の扉をノックする音が聞こえてきて。
「どうも。お邪魔するよ~♥」
「・・・・・・御国君」
「え・・・・・・!? 御国さん!?」
ガチャリと開けられた扉の向こう側から姿を現したのは、〝嫉妬〟の真祖の主人であり―――――御園の兄でもある、有栖院御国だった。
眉を顰めた由利と対照的に瑠璃は呆然とした表情となってしまう。
「どうして、御国さんがここに・・・・・・。もしかして、御国さんもC3から呼び出されて?」
「ははっ、違うよ、瑠璃ちゃん。オレは自分でここに来たんだよ」
口端を吊り上げてそう御国は言うと、由利に視線を向けながら言う。
「由利さん、瑠璃ちゃんのデータ収集はとりあえず終了したんだよね? だったらもう瑠璃ちゃんのことは自由にしてあげても良いと思うんだけど」
「・・・・・・それは私が決める事じゃないわ」
「ふぅん。だけど、瑠璃ちゃんと〝約束〟をしたのは由利さんと修平だよね?」
スッと御国は目を眇めると、シュルリと御国のスカーフの中から這い出てきた黒蛇がゆっくりと鎌首をもたげていく。
「もしも瑠璃ちゃんの事をこのままここに留めてしまおうっていう心積もりだとしたらオレとしては見逃せないかなぁ」
御国の纏う雰囲気は微かに冷徹さを帯びていて、御国のスカーフの中に居る黒蛇もまた主人の命令があればすぐにでも由利の首に喰らいつくのではないだろうか。
「御国さん・・・・・・っ」
そう感じた瑠璃は思わず御国に向かって手を伸ばすと彼の腕を掴んでいた。
と―――――
「・・・・・・そうね。御国君の云う通り、確かに瑪瑙さんに此方側に来て貰えれば、強力な『切り札』を手にすることが出来る。でもこれ以上、瑪瑙さんの想いを利用するような真似をして、無理に事を進めようとするのはやっぱり良くないわよね」
由利は降参だというように目を伏せると、自嘲気味に言葉を紡ぎ出した。
「・・・・・・ごめんなさいね、瑪瑙さん」
そうして由利は瑠璃に向かって謝罪を口にすると、
「〝怠惰〟の真祖はこのフロアの一つ下の部屋に。それから主人である城田真昼君はそれよりもさらに下のほうにある最深部のフロアの設備内に露木君と一緒に居るの。だからまずはこの部屋から出て左手に進んだところにある隠し通路の一つ、そこを通って〝怠惰〟の真祖と合流するのが良いと思うわ」
―――――瑠璃の『鍵』はクロと話しをする場で利用されている。
―――――そこでクロと合流後、瑠璃の手元に『鍵』が戻りさえすれば、すぐにでも真昼の処にも向かうことが出来る。
瑠璃は目を瞬かせると、由利に向かってふわりと笑みを浮かべて言った。
「由利さん、教えてくれて有難う御座います。やっぱり、由利さんは私にとっては頼りになる先輩です」
と―――――
「―――――っ・・・・・・本当に瑪瑙さんは真っ直ぐな良い子ね」
呆然と由利は目を見開くと、ふと眉を下げながらポツリと呟くように言った。
吸血鬼も人も、彼女にとってはどちらも同じ。
本当に『大切な存在』だと、心から想っているのだというのは、此方を見据えてくる瑠璃の瞳を見れば一目瞭然の事だった。
その想いを、自分たちは利用したというのに―――――。
それを責めるどころか、最後にはこうしてお礼を言うなんて。
由利はチラリと御国に視線を向ける。
御国は瑠璃に腕を掴まれてから、それを振り払う事はせず、眉を顰めてずっと黙したままでいる。
―――――御国君も、瑪瑙さんの事を利用する腹積もりなのかもしれないけれど・・・・・・。
―――――その半面、僅かながら真逆の感情を抱いているようにも見受けられる。
だから―――――
「それじゃあ、私は隠し通路の扉を開けに行くから。御国君、あとはよろしくね」
由利は御国に向けてそんな言葉を残して部屋から退室していったのだ。
「・・・・・・本当に瑠璃ちゃんは、前にも言ったけど〝無防備〟だよね」
黙り込んだままだった御国が口を開いたのは、それから程なくしてのことだった。
はぁ―――――・・・・・・と呆れたように溜息を洩らした御国は常に連れているおさげの人形に話しかける。
「ホント、どうしたらこの子は分かってくれるんだろーね? アベルー?」
「あの、御国さん・・・・・・?」
御国の言葉に、瑠璃はただ困惑するしかなく、眉を寄せながら、御国を見上げる。
と―――――そこでようやく瑠璃は自分がいまだ御国の腕を掴んだままだった事に気付き。
「あ・・・・・・ごめんなさい!! 私、御国さんの腕を掴んだままで・・・・・・っ」
慌てて瑠璃は御国の腕から手を離すと、
「まったくだよ。オレはアベル一筋だっていうのにさー」
「えと、ごめんなさい。アベルちゃんにも迷惑をかけてしまって・・・・・・」
思わず御国にそう言葉を返してしまったのだが―――――。
「もう、瑠璃ちゃんてばアベルは人形なんだよ? 迷惑なんてかけようがないでしょ?」
と―――――小馬鹿にするような笑顔で御国は瑠璃を見遣り。
「そんなこと言うなんて、瑠璃ちゃんてば相当疲れてるんだね」
そう御国は言うと、流れるような仕草で人形を左手に持ち替えた処で、今度は自分から伸ばした右手で瑠璃の左手を取り、
「え? あの、御国さん・・・・・・?」
歩き出した御国に瑠璃は戸惑いの声を洩らす。
このまま、部屋の外に向かうのだろうか―――――と一瞬、そんな考えが瑠璃の意識に過るも、しかし御国が瑠璃を誘導した先は、紅茶とパンケーキが用意されたテーブルの席の前だった。
そこで御国は瑠璃の手を離すと、椅子を軽く後ろに引き―――――
「はい、それじゃあここに座って。紅茶とパンケーキ。まだ冷めてないみたいだし。少しだけ休憩をしてから〝怠惰〟の処に行こうか」
にっこりと笑顔でそう告げてきたのだ。
「御国さん・・・・・・、私は大丈夫ですからっ! このまま、クロの処に行かせてください!!」
え? と・・・・・・と瑠璃は思わず驚きの表情で目を見開いてしまうも、しかしすぐにハッとした面持ちになり、御国にそう言い返すと、椅子に座る事はせず、扉のほうに向かおうとする。
けれど―――――
「ジェジェ」
御国が名前を呼ぶとスカーフの中から抜け出した黒蛇はシュルシュルと床を這って行き。
「ジェジェさんっ、そこを通して下さい・・・・・・!!」
「・・・・・・御国の云う事に同意するのは不本意だが・・・・・・確かに顔色が良くない・・・・・・だからちゃんと食べてから行け・・・・・・」
人型に戻ったジェジェは扉の前に立ち塞がりながら、瑠璃の懇願に対してぼそ・・・・・・と言葉を返してくる。
「・・・・・・それに・・・・・・お前がこのまま倒れたら・・・・・・あいつは何をするか解らない・・・・・・」
それはジェジェに対して、御国がまた何かしらの〝嫌がらせ〟をするということなのだろうか。
眉を顰めながら瑠璃はジェジェを見上げるも、2メートル以上もある彼の素顔は紙袋に隠されたままで表情は分からず―――――唯一、窺い見ることが出来る、大きくくりぬかれた左目の覗き穴から見える真紅の瞳はただジッとこちらを見下ろしてきていた。
「・・・・・・分かりました」
御国もジェジェも、自分の事を気遣ってくれているのは確かなのだ。
視線を落とした瑠璃は小さく息を吐き出し頷くと、
「まったく最初から素直に頷いてれば良いのに」
やれやれと言った風体で呆れたようにそう呟いた御国は、瑠璃がテーブルの近くまで戻ってくると、テーブルに置かれていたティーポットを手に取ってカップに紅茶を注ぎ。
それからパンケーキの傍に添えられていたナイフとフォークを手に取ると、手早くパンケーキも切り分けていく。
「・・・・・・すみません、御国さん」
恐縮した面持ちで瑠璃が話しかけると「謝らなくても良いからとりあえず座って」と御国から云われ。瑠璃が椅子に座るとパンケーキを切り分け終えた御国もまた、向かい側の椅子に腰を下ろしたのだが。
「―――――さてと。それじゃあ瑠璃ちゃん、口を開けてくれるかな♥」
パンケーキのお皿を瑠璃の前に戻す事はせず、御国はぷすとフォークで切り分けた中の一切れを刺すと、にっこりと笑みを浮かべてそれを瑠璃の目の前に差し出してきたのだ。
「は・・・・・・ぇ!? みっ、御国さん・・・・・・!?」
どうしてそうなるのか、呆然と目を見開いた瑠璃は混乱した面持ちで御国に言う。
「あ、あの・・・・・・っ、自分で食べられますから!!」
「それは駄目だよ。これは瑠璃ちゃんへの〝お仕置き〟だからね?」
けれど御国は引き下がる事はなくそう言うと、さらに笑みを深めて瑠璃に視線を向けてくる。
「・・・・・・~~~~~~っ」
食べなければこの部屋から出ることは叶わない訳なのだが、〝お仕置き〟というのは先程のやり取りの件の事なのだろうか。
数秒間、瑠璃は悩んだ末―――――これ以上、迷っていたらクロの処に合流するのが遅くなってしまう!!
その想いに突き動かされる形で、瑠璃はパクッと目の前のフォークに刺さったパンケーキを食べた。
しかし、恥ずかしさは拭いきれず、もぐもぐと口を動かしながら視線を落とした瑠璃の顔は赤く染まってしまう。
「―――――・・・・・っ」
一方、フォークを差し出していた御国もまた、瑠璃がパンケーキを口にした瞬間、瞠目の表情になっていて、その耳は微かに赤くなっていたという事に気づいたのは、沈黙とともにその場に居たジェジェだけだった。
ぱさっと一冊目の文庫本が露木の手から離れて床に置かれる。
それは真昼が出口を探して奔走を開始してから、三時間の時が過ぎたことを意味していた。
「・・・ど―――――なってんだ・・・。扉の先の通路が異常に長いしっ、迷路だし。変なトラップあるし」
そして、ぜ―――――は―――――ぜ―――――と両ひざに手を置いて、息を吐き出した真昼は疲労困憊の状態となっていた。
全力で走り回った迷路の先で真昼が引っ掛かってしまったトラップは、落とし穴だったのだがそこには巨大な捕食植物がいて。そこから脱出する際にも、さらに体力を消耗するはめになってしまったのだ。
「さて。残り5冊・・・」
次の本・・・と、二冊目の本を手にした露木はページを開きながら真昼を一瞥すると、
「みつけるのは無理そうですね。選択肢は二つ。このままもがいてタイムアップか・・・我々に従うか」
露木の言葉にうっと呻きながら真昼は冷や汗を流すしかなく。
―――――体・・・どんどん重くなってる。
―――――でもクロの気配も瑠璃姉の居場所もわかんねーし・・・全然見つかる気しねーよ・・・っ。
―――――こんな
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら真昼は無数の扉を睥睨する。
〝―――――社会は君に
ふと、真昼の意識の内に御国から云われた言葉が思い出される。
―――――・・・俺は
そこで僅かながら冷静さを取り戻した真昼は、ゆっくりと目を瞬かせると自問自答をする。
―――――ひとつずつ誰かが用意した扉を開けたら答えがみつかるのか?
と―――――
「・・・そろそろわかってもらえましたか。今すべき正しい選択は我々に従うことなんだと」
露木が真昼に向かって、大人にとって都合の良いだけの選択肢の言葉を掛けてくる。
そして別室に足止めをされた状態のクロもまた―――――
「ねぇ〝怠惰〟の吸血鬼。君が『めんどくさい』と思うことの順序、わかってるつもりですよ―――――。また
真昼のジャージと瑠璃の『鍵』を目の前にチラつかせた男から、唯一つの選択肢しかない言葉を聞かされていた。
「あ―――――も―――――めんどくせー・・・。じゃあもうそれでいーよ・・・。どーでもいー・・・」
そして答えを見つけることを放棄したクロは、そのまま自身の中に閉じこもろうとしていた。
けれど―――――
―――――用意された扉の先の
―――――用意された答えでいいのか?
主人である真昼はまだ答えを見つけ出すことを諦めておらず。
「こんな脅しみたいなやり方シンプルじゃねぇ!!」
奥歯を噛みしめた真昼は露木のほうに振り返ると強い口調でそう言い放ったのだ。
そして真昼は左手で右手首に付けていたリストバンドをバッと勢いよく抜き取ると、武器である黒い箒が右手の中に具現化する。
その刹那、露木もまた白衣を翻すとズボンのお尻のポケットに仕込んでいた銃をぱっと手に取り臨戦態勢となる。
―――――答えはいつも
自分で答えを選択することを決めた真昼は、箒を左手に持ち替えると、トッと右手を地面に据えながらバク転の姿勢を取っていく。
「・・・何です? ダンスでもする気・・・・・・・」
そんな真昼の行動に露木は意表をつかれた面持ちになっていたのだが、それに真昼は答えることなく、箒を握った左手もまた地面に置くと、
「せ―――――・・・のっ!」
真昼のこの掛け声とともに、ぐ・・・るんっと箒は回転を行い―――――遠心力によって反転した身体をまた真昼は右手で支えるも、箒は反発を止めることはなく、さらに勢いを増してゴォォと回転を繰り返し、ゴッと天井にまで届くほどの漆黒の竜巻を作り出したのだ。
「ふ・・・っああああああああああああ」
―――――竜巻の中から真昼の絶叫が聴こえてくる。
「!!?」
唖然とした面持ちになった露木の目の前で、真昼は竜巻の力を利用して天井を破壊して出口を自ら作り出したのだ。
「俺達がどうすべきかは俺達が決める!!」
そしてそう宣言するのと同時にこの場から見事脱出を果たした真昼に対して露木は―――――
「・・・残念ながら
ふぅ・・・と息を吐き出すとその言葉を口にしたのだった。
「―――――それじゃあ、瑠璃ちゃん。俺たちが送れるのはここまでだから」
「はい。有難う御座います、御国さん、ジェジェさん」
御国とジェジェの誘導で隠し通路を通り、一つ上のフロアに無事に出た処で、瑠璃は二人に向かって会釈を行った。
「・・・・・・気をつけて行け・・・・・・」
「えぇ! 絶対にクロと合流して真昼君のことも見つけます!」
ジェジェの言葉に瑠璃は真摯な瞳で頷き返す。
と―――――
「またね、瑠璃ちゃん」
御国は人形の手を取ると、見送るように手を振らせてきて。
それを見た瑠璃は口元を綻ばせると、
「はい! それじゃあ、御国さん、ジェジェさん。それからアベルちゃんも、失礼します」
という言葉とともに背を向けると通路を走り出したのだ。
「―――――ねぇアベル。〝怠惰〟から、瑠璃ちゃんのことを取るつもりはないけど・・・・・・。ちょっかいを出したくなる狐君の気持ちが少しだけ分かった気がするよ・・・・・・」
それから御国もまた、蛇の姿に戻ったジェジェを連れて、そのフロアから立ち去って行ったのだが―――――。
その時、御国が漏らした言葉は滅多に窺い見ることが出来ない、心の奥底から零れ出した本心の欠片だったのかもしれない。
―――――ドド・・・ン
―――――ガラガラ・・・
地下に作られた建物が振動し、グラグラと揺れる。
そして―――――
―――――クロ!!!―――――
聴こえてきた声に、クロはハッと目を見開いた。
聞き間違えるはずもない―――――この声は・・・・・・
「・・・? 何・・・? 今・・・声が・・・」
と―――――クロに選択を迫っていた男もまた、クロが聞いた声と同じモノが耳朶に届いたらしく、眉を顰めながら呟いた。
一方、溶接面を付けた彼女のほうは揺れに気を取られて気付かなかったようで「OH―――――?」とただ驚いた様子で声を洩らしていた。
それから程なくして、スッとクロは椅子から立ち上がると、
「やっぱ今の無しだ。帰る」
そう言いながら強張った身体をほぐすように、組んだ手の平を前に向かって突き出すようにしてストレッチを行なっていく。
「
そしてコキ・・・という音が身体から聴こえると同時にクロは男を睨み付けながら言った。
その刹那―――――男が手にしていた瑠璃の『鍵』が淡い光を瞬かせ、
「―――――見つけた!! クロ!!」
それに導かれたように瑠璃が部屋の中に息を切らしながら飛び込んできたのだ。
「あれ? 〝ミストレス〟の彼女がどうしてここに・・・・・・?」
今度はハッキリと声が聴こえたことにより、そちらに視線を向けた溶接面を付けた彼女は目を瞬かせながら呟く。
「瑠璃・・・・・・!!」
クロもまた目を見開きながら瑠璃の名前を呼ぶと、
「―――――これ、返してもらうぞ・・・・・・!」
男の手から真昼のジャージと瑠璃の『鍵』をバッと奪い返し、足早に瑠璃の傍に向かっていく。
「クロ! 真昼君は此処よりもさらに下のほうにある最深部のフロアの設備内に居るらしいの!! だから急がないと・・・・・・っ」
「あぁ、そうみたいだな」
瑠璃の言葉にクロは頷くと、
「瑠璃、これ真昼のジャージな。それと『鍵』も・・・・・・」
真昼のジャージの上着を瑠璃の肩に掛けると、その後にスッと瑠璃の首に向かって両腕を伸ばしてネックレスを付け直す。
「――――――・・・・・・ありがとうクロ・・・・・・・きゃっ!?」
瑠璃は照れ笑いを浮かべつつもお礼を口にしたのだが、その次の瞬間クロに抱き上げられたことにより、思わず驚きの声を洩らしてしまう。
そして反射的にクロの首に両腕を回して瑠璃はしがみ付いたのだが、その時にふわりと鼻孔を掠めた匂いにクロは一瞬、ピクリと眉を顰めてしまう。
瑠璃だけが持つ魅惑の香りとは別に、覚えのある人物の香水の匂いを感じ取ったのだ。
―――――・・・・・・向き合えねー。
微かな苛立ちの感情を覚えつつも、クロはそれを口にすることはせず、もう一度瑠璃の顔をジッと見つめると、
「あの、クロ。真昼君の処に行くなら私の『鍵』で・・・・・・」
「・・・・・・瑠璃。床をぶち抜いて真昼の処まで行くから、瓦礫除けに真昼のジャージを被った上でしっかりオレに掴まっとけよ」
瑠璃が言いかけた言葉に被せる様にクロもまたそう言うと、胸の中の苛立ちの感情をぶつけるかのように勢いよく床を蹴り破ったのだ。
一方、最深部から脱出を果たした真昼は―――――
「うえ・・・目ぇ回った・・・改良が必要だなこれ・・・」
数十近くのフロアの天井をぶち抜いて、漸く回転を止めた箒にしがみ付きながら、青い顔で呻いていた。
それから何とか気持ち悪さが落ち着いた処で、
「ずいぶん上のフロアまで来ちゃったけど・・・誰もいないな」
どーなってんだ・・・と真昼は眉を顰めながら周囲を見渡す。
「・・・とりあえずクロと瑠璃姉を・・・」
そして右手を掲げて箒を消した真昼は、二人の事を探すために動き出そうとしたのだが―――――
―――――ゴガ
「お?」
「真昼君っ!!」
そこに天井から蹴り破って降下してきたクロと、クロの腕の中に抱えられた状態の瑠璃が姿を現したのだ。
「うわっ・・・」
ガラガラガラと降り注いでくる瓦礫に、驚いた真昼は思わず地面に尻餅を着いてしまったのだが。
二人の姿を目にした瞬間―――――
「クロ!! 瑠璃姉!! 良かった・・・っ。クロも瑠璃姉もやっぱり別の階にいたのか!! そうだ、瑠璃姉、身体データを取られたって!? 具合が悪くなったりとかしてないか!? あと、クロも何かされたりとかは!?」
「真昼君、心配かけちゃってごめんね・・・・・・だけど、私は大丈夫だから」
「うるせ―――――・・・出会った瞬間、向き合えね―――――・・・」
がばっと起き上がると、勢いよく迫ってきた真昼に、瑠璃は眉を下げつつ、クロは顔を顰めながら呻くように言った。
―――――そして組織に捕らわれてから約9時間ぶりに、漸く三人は合流を果たしたのだ。
19/6/10掲載
