第八章『修行と思惑』
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修行開始から幾日か過ぎた頃。
「―――――鉄! 遅れてごめん」
「待たせちゃってごめんなさい、鉄君。御国さんも、もしかしてまだ?」
真昼と黒猫を肩に乗せた瑠璃が公園まで走っていくと、そこにはしゃがみこんで野良猫と戯れていた鉄の姿だけが在った。
けれど野良猫は人の気配が増えた時点でこの場から居なくなってしまった為。
「まだだな」
腰を上げて簡潔に返事した鉄に真昼は嬉々とした様子で言う。
「あのさ! 今日はあと一人来るんだ! そいつも主人で・・・昨日退院したっていうから声かけた! ちょっと変な奴だけど・・・」
「でも、友達思いのいい子だから」
真昼の言葉に瑠璃は微苦笑を零しつつ言う。
その時、ザッと此方に向かってきた人の気配に気づき振り返ると―――――
そこにはリリイと一緒にもう一人。
「久しぶりだな、瑠璃! 城田真昼! 貴様達がどうしてもと言うからな。仕方なく来てやったぞ!」
公園の雰囲気には似つかわしくないアンティーク風の椅子に、人を見下すかのごとき不敵な笑みを浮かべながら、右腕は肘置きに乗せて頬杖をつきつつ、右足を組んだ状態で座っている、〝色欲〟の吸血鬼たるリリイの〝主人〟である御園の姿が在ったのだ。
「相変わらずだなお前!! 退院おめでとう御園!」
「すっかり元気になったみたいで良かったわ。御園君」
真昼が突っ込みを入れつつも、お祝いの言葉を口にしたのに続いて、瑠璃もまたふっと笑みを浮かべながら御園に声を掛けると。
椅子から立ち上がった御園は、真昼と瑠璃の隣に見覚えのない人物の姿が在るのに気づき、怪訝そうに眉を顰める。
「なんだ、こいつは・・・?」
「こいつ千駄ヶ谷鉄。傲慢の主人なんだよ!」
そこで真昼が鉄の事を御園に紹介すると、
「小学生がこんな時間に出歩いちゃだめだろ」
鉄は不思議そうな眼差しで御園を見遣った後にそう言ったのだ。
「だっ・・・れが小学生だ、貴様!!」
「あのね、鉄君。御園君は、真昼君と同じ高校生なのよ・・・・・・」
カッと激怒し叫んだ御園に代わり、瑠璃は苦笑を浮かべつつ言う。
すると御園は眉を顰めたまま、
「最近リリイがこそこそと出歩いていると思えば・・・貴様らと何かしていたのか」
「なんだよリリイ、御園に話してねぇの?」
御園が口にした言葉に真昼が目を瞬かせ、リリイのほうを見る。
「あ・・・あの・・・」
ええとですね・・・と、らしくもない口調とともに顔色を変えたリリイの様子に、瑠璃は眉を寄せる。
―――――修行開始した初日、真昼君が御園君の事を口にした時に見たリリイと御国さんの反応。
―――――あれはもしかして、御園君には御国さんが関わっていると知られたくなかった?
「俺達、今修行してて・・・すごい手応え感じてるんだ! 御園もいれて4組そろえばきっと椿達とも戦えるって!」
その一方で真昼が〝主人〟の痣を隠すためにリストバンドを付けている右手を握りしめながら、それを掲げつつ興奮した面持ちで言う。
「修行・・・? まさかこのでくのぼうが師だとでも言うんじゃ・・・」
「違う違う! 御国さん! お前のお兄さんだよ!」
でくのぼう? と鉄が御園の言葉に首を傾げると真昼は、あははと笑いながら否定し、師である彼の名を口にする。
刹那―――――ざわっと御園の表情が怖気を感じたかのように一変した。
「有栖院御国に会ったのか!?」
ガッと真昼の襟首を掴みながら御園は叫ぶ。
「御園・・・」
気まずそうな面持ちになったリリイが御園の名を呼ぶ。
けれど、それは我を失った御園の耳に入ることはなく。
「リリイめ・・・これを隠してたのかっ。奴に何を吹き込まれた!?」
突如として、態度を一変させた御園に、真昼は何を怒っているのかと、されるがままになりながら聞くも、御園はそれに答えることはなく。
「御園君、とりあえず落ち着いて。・・・・・・リリイが言わなかったのは何か理由があるんでしょう?」
そこで瑠璃が御園の右肩に右手を置きながら宥めようとすると、
「瑠璃! 貴様は知っているのか!? 奴はどこに・・・」
顔だけ此方に向けてきた御園は怒りの表情のまま尋ねかけてくる。
そんな御園を瑠璃の肩に乗っている黒猫は眉を寄せながら困惑の面持ちで見上げる。
蝶の姿になったリリイもまた、おろおろと瑠璃の傍を飛び回る。
そこに、ざっと足音を響かせながら渦中の人が姿を現したのだ。
「あれ―――――? 真昼くんと瑠璃ちゃんてば・・・また勝手にお友達を呼んじゃったのかな?」
「御国!! 貴様・・・!!」
真昼の襟首から手を離した御園が、眉尻を吊り上げながら御国を鋭く睨む。
「久しぶり に会ったお兄ちゃんに向かって〝貴様〟はないだろ? 御園」
それに対し、帽子のつばを左手で持ち上げて御園を見遣った御国は失笑を浮かべながら言う。
「御国・・・ッ」
そんな態度の兄の名をもう一度、御園が苛立った口調で呼ぶと、
「御園、ケガはもう治ったの? この前はずいぶん・・・」
軽薄な笑顔で御国は問いを投げかけてくる。
「リリイ!!」
すると三度目に御園が呼んだのは自身の吸血鬼の名だった。
刹那―――――御園の右手首から主従の証である鎖が出現し、人型に戻ったリリイが具現化させた漆黒の鎌をガッと御国の首に向かって振りかざす。
けれど、御国の首にはそこに巻かれたスカーフの中を寝床にしている黒蛇の姿が在り。
鎌が御国の首を刈る前に人型に戻ったジェジェが右手の袖口から覗かせた銃身でカッとそれを止めたのだ。
「・・・まったく御園はその気 もないのにこういうことしたらだめだろ?」
ギギ・・・と嫌な音が響いたものの、やはり御国は動じることはなく、笑みを浮かべたまま淡々とした口調で言う。
その次の瞬間、鎌とその柄の間に身を滑り込ませながら、自身の細い武器でリリイの武器を食い止めていたジェジェが右腕に力を入れてそのまま薙ぎ払ってしまう。
ガシャン! と音を立ててリリイの手にあった鎌は飛ばされ。それによりリリイが後ろによろめきかけた隙を逃さず、素早く今度は左袖に仕込んでいた銃器をガッと顔に向かって突き付けたのだ。
「・・・御園、この間合いでは無謀ですよ・・・さすがにこれはひと肌脱げません・・・」
「・・・・・・ッ」
両手を上げながら冷や汗を流しつつ、降参するしかないと横目で視線を向けながら、促してきたリリイに対して、御園は険しい表情のまま言葉を詰まらせる。
そんな弟の姿を冷めたような眼差しで見つめながら御国は静かな声で言う。
「そう、無理だよ御園。お前のリリイじゃオレのジェジェには絶対勝てない」
「黙れっ、僕は・・・っ」
けれど、御園は冷静さを取り戻すことはなく、再び声を荒げようとしたのだが。
突然、目の前で繰り広げられることになった闘争にすっかり混乱した面持ちになった真昼が、
「ちょっ・・・ッと待てって!! 何なんだよ!? 急にどうしたんだよ、御園っ・・・」
ついていけね―――――よ!! とばっと勢いよく声を上げて。
「兄弟だろ!? なんで攻撃してんだよ」
御園の傍に走り寄ると、左腕をぐいと掴んで、これ以上無益な事は止めるよう働きかけたのだが。
「城田っ・・・貴様はどいてろっ」
「お前のお兄さんなんだろ!?」
「~~~~~~ッ」
真昼の言葉に御園はまた、苛立ちを増した様子で唸ると、
「疑うということを知らんのか貴様は!? 確かに御国は僕の兄だが・・・っ。兄だからっていい奴とは限らないだろう!?」
「なっ・・・何そんな怒ってんだよ!?」
カッと怒りの形相でまた胸倉を掴んできた御園の顔を真昼は唖然とした面持ちで見返すしかなく。
「もし敵が貴様と瑠璃に近づいて僕の兄だと名乗ったらどうするつもりだ!?」
そ・・・れは・・・と口ごもった真昼に対し、御園はさらに矢継ぎ早に話し続ける。
「僕の誕生日でも当てられれば簡単に信用するんだろう!?」
「あっ、あのね、御園君。・・・・・・御国さん、貴方の写真をいっぱい持ってたのよ」
どうしたら良いだろうかと眉を顰めながら様子を見ていた瑠璃が、そこでまた真昼の援護に回るべくそう言うと。
「・・・・・・瑠璃姉の云う通りだよ。シンプルに考えて身内だろ」
真昼が頷いたのに対し、
「逆に気持ち悪いだろ!!」
御園はそれをすぐさま両断したのだが。
一方で御国は目を細めると笑みを浮かべて。あ、コレ? と両手に写真コレクションをずらりと出して見せたのだ。
御国ッ、キサマッとそれに気づいた御園が叫ぶ。
瑠璃もまた、写真の事を話したのは自分ではあるものの、何もいま〝それ〟を出して見せなくてもと思わず項垂れてしまう。
すると―――――
リリイとジェジェの交戦が始まった時点で。
オレは知らね―――――・・・。ど―――――ぞ、ごゆっくり・・・。
黒猫から人型に戻ると、そう言いながら事情を把握していない鉄から少しだけ離れた処で、携帯ゲームをしていたクロだったのだが。
困り顔の瑠璃の様子を目にして、いつまでも知らぬふりを決め込むのはと思ったようで。
「おい、お前ら落ち着けって・・・。やはりここはオレに癒されるべき・・・」
黒猫の姿にまた変わると、にゃん、にゃ―――――~ん、ところころと転がりながら愛らしいポーズをとって見せたのだが。
「黙ってろ!!」
それもまた、効果はなく。
「まぁまぁ・・・そう怒るなよ。オレが抜けるからさ。楽しい楽しい夏休みだ。学生は学生同士、素敵な思い出を作るべきだしね?」
収束の見通しがつかない中で、当該の人物であった御国が両手を上げて見せると、仕方がないと言った様子の笑みを浮かべてそう言ったのだ。
「・・・御国ッ、逃げるのか貴様・・・っ」
それを耳にした御園が真昼から手を離すと、御国の処に行こうとしたのだが。
袖口からまた別の銃器を出して見せたジェジェが、トッと素早く御園の首筋にそれを当てると、
「―――――ッ」
「御園君!?」
一瞬の後に御園の意識は遠退いていき、身体が前のめりになっていく。
それを目にした瑠璃が慌てて御園の傍に駆け寄って倒れこむ前に支えると。
リリイも傍らにやって来て、御園の身体をしっかりと後ろから抱え直したのだ。
「毒 を・・・?」
リリイがジェジェのほうを見遣り尋ねる。
「・・・すぐ気がつく・・・」
ジェジェは軽く首肯しながら告げてくる。
毒とはいっても鎮静剤の類らしい。
「病み上がりなんだからおとなしくしとかないとー」
ホッと瑠璃が胸を撫でおろすと、此方を見ながら御国は言う。
「そんなわけでオレはここでお別れしよっかな。見てのとおり御園はオレのことをすっごく嫌ってて・・・一緒にはいられないからね」
そうして近くに置いていたリュックを回収に御国が向かうと、
「御国さん・・・っ、御園と何が・・・」
真昼がその背に向かってそう言い掛けたのだが・・・・・・。
「・・・真昼くん、それから瑠璃ちゃんも、最後にひとつ余計な忠告を披露しようか」
リュックを背負い直した御国は、帽子のつばに右手を添えながら、ふと目を眇めると、
「社会はキミ達に都合よく限られたたくさんの 情報を提示する。それは嘘だったり虚栄だったり・・・キミ達は選ばないといけない。必要ないなら捨てろ。必要ならば奪い取れ。そういう気持ちで世界と向き合わないと食われるぞ。社会が子供達 に対して規制したいのは武器 と情報だ」
御国から告げられた言葉に真昼は眉を顰め、
「・・・御国さんはなんで俺と瑠璃姉にそんな話を・・・?」
「ああ・・・その理由は簡単だよ。オレがキミくらいの歳のころには武器も情報も持っていたから」
真昼にそう答えた御国は、フッと笑みを浮かべると瑠璃のほうに視線を向けていく。
「瑠璃ちゃんは真昼くんより一応年上な訳だけど。・・・まぁ、ちょっとしたお節介だよ。どうにも、無防備な処があるから」
―――――その分、いまは〝怠惰〟がしっかり瑠璃ちゃんに張り付いているみたいだけど。
瑠璃の肩にまたよじ登ってきた黒猫の姿も一瞥すると御国は言葉にすることはなく心中でそう呟く。
そうして御国は背を向けるといつの間にかジェジェが人型から黒蛇の姿に変わっていて、首に巻かれたスカーフの中に潜っていく。
そのまま御国は立ち去ってしまうかと思われたのだが。
ふと、御国はまた肩越しに振り返ると、
「ああ。それから・・・御園はオレを憎んでる けど。でもその原因であるオレと御園の昔話はまだ話せないな。・・・その理由も簡単でね。オレとキミ達の間にまだ十分な信頼関係がないからだ」
薄笑いを浮かべながらそう言った御国は、さらに左手に持っていた人形の顔も此方に向けると会釈をさせるのと同時に手までも器用に振らせてから立ち去って行ったのだ。
―――――そうして御国が姿を消した後。
リリイからの要望により、真昼達は公園からファミレスに場所を移していた。
人数が多い事から案内されたのは、窓際の奥の席で。
右側の席に―――――奥から順に、クロ、真昼、鉄。
左側の席に―――――奥から順に、リリイ、瑠璃、御園。
けれど御園はまだ目を覚ましていないことから、瑠璃の膝に頭を預ける形で横たわっている状態だった。
そしてヒューはテーブルの端に用意された子供用の椅子に座っていた。
「鉄! 我が輩はぱふぇが食べたいぞ」
「え―――――? オレ、あんま金ねーよ」
「ヒューってほんと子供みたいだな・・・」
ヒューからのリクエストに、鉄がソファー席の後ろに寄りかかるようにしながら応じると、メニュ―から視線を上げた真昼が何とも言えない様子で言う。
初対面の時は吸血鬼っぽいと思いはしたものの、御国との一件により真昼の認識は変わったらしい。
「ふっ。愚か者めっ。ぱふぇの純白の生クリームに鉄の血をとろりと一周させる・・・吸血鬼たるものこうして食わねばな!」
それを改めさせるかの如く、ヒューが発言した食べる際の作法は吸血鬼らしいもので。
「絶対やめろ」
「そうね、ヒューくん。これ、お子様ランチなんてどうかしら」
すぐさま眉を顰めた真昼とともに、瑠璃もまたメニューを広げながら苦笑を浮かべつつヒューに言う。
その時、賑やかなやり取りに刺激を受けて眠っていた御園の意識は覚醒したようで。
「う・・・ん・・・?」
微かに声を洩らし、ぼんやりと目を開けた御園に気づいたリリイが話しかける。
「あ、御園。目が覚めたんですね」
「どこだ、ここは・・・やかましい・・・・・・」
ゆっくりと起き上がった御園に、膝を貸していた瑠璃もまた振り返る。
「良かった、御園君。身体の方はどう?」
「・・・・・・瑠璃? どうして貴様が僕の隣に・・・・・・それに、なんだそのチビは?」
目覚めたばかりの為か、未だ顔色が優れない御園は状況が把握しきれていない様子で、視線を巡らせる。
するとチビと言われたヒューは、
「〝ミストレス〟たる瑪瑙瑠璃の膝を枕として借りて寝入っていた、お主のようなチビに言われるとは我が輩も堕ちたものじゃのう」
「・・・・・・ッ!? 誰がチビだ貴様ッ・・・それに僕が瑠璃の膝を枕として借りて寝入っていた・・・・・・だとっ!? 」
呆れた様子で、嘆息交じりにヒューが口にした言葉に、御園は絶句した様子で目を見開くと、すぐさま眉を吊り上げながら憤り、さらに顔を赤らめながら声を上げた。
「えっと、ごめんね御園君・・・・・・この人数だから席の都合もあったからっていうのと。そのまま椅子に寝かせたら、御園君の態勢が辛くなりそうだったからっていうのもあって」
御園を落ち着かせようと瑠璃が口を開きかける。
その時、不思議そうな面持ちで御園に視線を向けた鉄が、
「怒るなよ、どっちもチビだろ。それとアイツに膝枕されてたの、お前嫌だったのか?」
「貴様ァァァァ・・・・・・嫌だったとは言ってないだろうが・・・・・・ッ!?」
鉄のチビ発言にまた怒りの表情を御園は見せながら、さらに問いに対する答を口にする。
そこで御園はハッと我に返ったようで、赤い顔のまま視線を俯けてしまう。
「・・・・・・めんどくせー」
テーブルの上に伸びながらメニューを見ていたクロがチラリと御園を見遣り呟く。
そうして暫しの間、沈黙が流れたのだが―――――。
「・・・御国は!?」
気を失う前、遭遇した兄の事を思い出した御園が、バッとまた顔を上げて名前を口にすると―――――
「先ほど別れました。御国さんが近くに来ていたことを隠していたことは謝ります。あのまま車を呼んで帰宅してもよかったのですが・・・家で一人で荒れるよりもお友達と一緒のほうがいいかと思いまして」
「・・・ッ」
落ち着いた態度でそう告げてきたリリイを御園は眉を顰めながら睨む。
二人の間に座っている瑠璃は眉を下げつつ御園を見遣る。
―――――御国さんは御園君の幼い頃の写真を持ち歩いていたくらいなのだから。
―――――御園君の事を憎からず思っているのは間違いないだろう。
―――――でも御園君はお兄さんであるはずの御国さんの事を嫌っている。
その理由は、やはり本人が話しくれるのを待つしかないのだろうか。
憂いを帯びた瑠璃の横顔をリリイは見つめた後、さらに御園のほうに視線を向けると、
「それより御園・・・来月のお小遣い少し前借りできませんか・・・」
いきなりの話題転換とともに、あの、あの、私もコーヒーのみたいんですけど、と恐縮した面持ちで申し出てきたリリイに対し、
「計画的に使えといつも言ってるだろ」
御園は思わず目を見開くと、常と同じ調子で一喝してしまう。
「お小遣い制の吸血鬼・・・」
唖然とした面持ちでそう呟いたのは、眉を寄せつつも黙ってこちらの様子を見ていた真昼だった。
御園は、はぁ・・・と溜息を吐き出すと、
「瑠璃、城田・・・さっきは取り乱して悪かった」
「ううん、大丈夫よ・・・・・・」
「いや・・・いいけど」
謝罪を口にした御園に瑠璃と真昼はそれぞれ答える。
「御国は・・・7年前に家を出ていて・・・僕も会ったのは久しぶりだった」
御園は躊躇う様子を見せつつも、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。
「・・・僕には絶対に・・・御国を許せない理由がある・・・っ。だが・・・その理由を・・・人に話す準備が僕には・・・まだ・・・っ」
そうして、御園は右手で額を押さえると苦渋に満ちた面持ちで視線を俯けてしまう。
「御園・・・」
そんな御園に対し、真昼が言葉を掛けようとした刹那―――――。
―――――ばたんっ
御園はテーブルに勢いよく倒れ伏してしまったのだ。
「うわぁぁ?!」
「大丈夫よ、真昼君・・・・・・御園君、寝てるだけみたいだから」
驚いた様子で肩を震わせて声を上げた真昼に御園の隣に座っている瑠璃は微苦笑を浮かべながら告げる。
「おや・・・いけません。もう9時ですか。御園が眠る時間に・・・」
と、リリイもまた眉を下げつつ、笑みを浮かべながら言った。
その後、完全に眠ってしまった御園をそのままにはしておけないので、また意識を取り戻す前と同じように椅子に身体を寝かせた上で瑠璃が膝枕を買って出る事にしたのだった。
それから程なくして注文を取りに来たウエイトレスの女性に、リリイはコーヒー。ヒューはお子様ランチ。クロはピザとドリンク。真昼はハンバーグ。鉄は和食セット。瑠璃はサンドイッチ。
―――――それぞれ注文を行うと、お子様ランチにはもれなくオマケの玩具があり。
「なんじゃこの宝の山は!? 全部我が輩のものじゃな!?」
それを選ぶ際、きゃっきゃと、やはり子供のようにヒューははしゃいでいたのだった。
暫くして注文した料理がテーブルに並んだところで、食事をしつつ今後どうするかという話し合いの中。
「我が輩はあの人形偏愛の男は好かんぞ! いなくなって良かったではないか」
そう断言したのは考え方の相違から御国とは相容れない仲となったヒューだった。
「でも御国さんとジェジェってすごく強いし・・・。吸血鬼についても色々知ってるし」
けれど、どちらの話も敢えて聞くことをしなかった真昼は『戦力』『才力』という観点からのみで捉えるならば、御国の助力はあったほうが良いと考えており。
瑠璃もまた、それについては異を唱えるつもりはなかったのだが。
「あっ! そういえば・・・前に御国さんが人と人外との中立機関があるって話してくれたんだ。その中立機関は俺達に協力してくれないのかな?」
「・・・・・・真昼君、それは・・・・・・」
例の組織の事を真昼が口にした瞬間、瑠璃は思わず眉を顰めてしまう。
―――――真昼が御国から組織に関しての話を聞いた時、外に出て行ってしまったクロの処には、その組織の人間が接触を図ってきていた。
―――――そしてその時、クロは手紙を渡されていて。
―――――瑠璃はクロの事を追いかけて行った際、その光景を目撃してしまった。
―――――けれどクロの様子を見ていれば、組織からの接触を快く想っていないのは明らかで。
―――――さらに『嫌な思い出』に関わるのであろうそのことを、いま聞くのはクロを傷つけてしまうかもしれないという想いから、その時に瑠璃は何も言うことは出来ず。
―――――結局、尋ねる機会を逸してしまったままだったのだ。
「瑠璃姉?」
どうしたのかと真昼は目を瞬かせ瑠璃を見る。
と―――――
瑠璃の心中を見透かしたかのように、
「それはありえんな。人と人外の『共存』を掲げる地下組織・・・通称『C3』。確かに奴らなら椿の情報も持っているかもしれんが・・・何が中立・・・奴らはとにかく利己主義で傲慢な組織じゃ!!」
「えっ・・・?」
フォークを右手に握りしめながら眉を吊り上げて話し始めたヒューに真昼は当惑の視線を向ける。
「『8番目 』の件にC3を関わらせるべきではない! 奴らが動くとろくなことがないからのう・・・。同じあやまち を繰り返すのはごめんじゃぞ!」
「あやまち ・・・?」
ヒューの言葉に、瑠璃は胸の内がざわめくのを感じ、眉を寄せる。
「・・・昔の話ですよ。私達吸血鬼 がC3に〝ある命令〟をされた時の話・・・」
ヒューの話を引き継ぐようにして、伏し目がちにそう言ったのはリリイだった。
リリイは物腰が柔らかく常に笑顔で、それが崩れることはそう滅多なことではない。
そんなリリイの表情がいまは笑顔ではなく、沈痛の面持ちに彩られている。
「地下組織・・・から命令・・・?? 何か急に話のノリ変わったなー・・・どんなこと頼まれるんだよ・・・」
真昼は眉を顰めると、リリイのほうに向かって、テーブルから身を乗り出すようにしながら言う。
「その話は今関係ねーだろ」
それを中断させる言葉を発したのは、サッサと食事を済ませて、また携帯型ゲームで遊び始めていたクロだった。
クロは〝怠惰〟を司る吸血鬼であることから、常に喋り方も気だるげで覇気がない。
けれど、いまのクロの口調と雰囲気は普段とは全く異なるもので―――――。
「クロ・・・・・・」
眉を下げた瑠璃はクロを見つめながら、そっと名前を呼ぶ。
「えっ・・・クロ? 何だよ珍しいな・・・そんな大きい声出して・・・」
真昼もまた、困惑の表情を浮かべながらクロのほうを見る。
けれど、クロはどちらにも応えることなく、気まずそうな面持ちで、そのままやり途中になっていたゲームの画面に視線を滑らせてしまう。
その後、リリイは口を噤んでしまい―――――代わりに口を開いたのはヒューだった。
「・・・ふむ。・・・とにかくC3の介入がある前に椿の騒動は我々で片付けるべきじゃ。決して奴らと連絡を取ろうなどと考えてはならんぞ」
「・・・うん・・・」
真昼はクロの様子を気にしつつも、ヒューの言葉に頷き返す。
―――――クロ・・・昔・・・何かあったのかな・・・?
そう考えた真昼の意識の内に、去り際に御国が残して言った言葉が蘇る。
―――――十分な信頼関係がないからだ。
ぎゅっとリストバンドを付けている右手を真昼は思わず握りしめる。
その時、瑠璃もまた静かに目を伏せると心の奥で想いを巡らせていた。
―――――C3・・・・・・あの組織から過去にされた〝命令〟。
―――――それがクロにとって触れられたくない『嫌な思い出』。
―――――クロの事を傷つけたくない。
―――――その気持ちは変わってはいない。
―――――だけど、このままクロに何も言わず、何も聞かないまま・・・・・・。
―――――向き合う事をしなかったら・・・・・・。
―――――私は桜哉君の時と同じようにきっと〝後悔〟をする事になる。
「とりあえず・・・今日はこの辺りにしましょう」
ヒューが忠告をした処で、再び沈黙が流れると―――――そう言ったのはクロの言葉を受けて黙していたリリイだった。
軽く組んでいた腕を解いたリリイは右手を掲げると、
「ですが次の行動は早めに考えたいですね。先日の爆破事件も気になりますし・・・」
「爆破事件・・・って」
リリイの言葉から、瑠璃の意識の内に浮かんだのは先日の祭りでの一件だ。
瑠璃がリリイのほうに視線を向けると、
「この前の祭りの・・・俺と鉄が止めたやつ?」
真昼もまた同様にあの時の事を思い出し、リリイに訊き返す。
すると、リリイは何のことかと微かに首を傾げて見せた後―――――
「いえ・・・あのお祭りの日の8時30分。都内の13ヵ所が同時爆破 された件ですよ」
聞かされた話に、瑠璃と真昼は思わず愕然となってしまう。
「同時爆破・・・・・・!?」
「え!? 何それ・・・」
リリイの情報によれば、それは3日ほどまえの出来事なのだという。
てっきりご存知かと・・・と眉を顰めたリリイに、こいつ最近武器振り回すことしかしてなかったしな・・・と真昼のほうをチラリと見遣ったクロが言う。
「そーいえば・・・虎雪とかからそんなよーなメールが・・・?」
クロの云う通り、最近の真昼は武器のことばかりで頭がいっぱいで。
届いたメールは、一応は既読状態にはしているものの、きちんと目を通しておらず。
瑠璃もまた、そんな真昼の様子に気を配りつつ、共に行動をしていた事から、その辺りの事に関してはある意味似たようなものだったと言えるかもしれない。
「・・・・・・波乱の夏休みになりそうね」
ポツリと瑠璃が呟くと、
「瑠璃姉の云う通り、本当に大変な夏休みになりそうだな・・・」
額を人差し指で抑えながら、目を閉じて記憶を手繰りつつ、唸っていた真昼もそれに同意する言葉を洩らしたのだが―――――。
「まぁ夏休みが始まっていたおかげで人的被害がなかったのは幸いでしたが・・・」
「えっ?」
リリイの話には続きがあったのだ。
けれど、一体何処の話をしているのか―――――真昼が眉を顰めリリイを見遣ると。
「真昼くんと瑠璃さんの学校 も被害に遭ったでしょう?」
リリイから話を聞いた後、黒猫を肩にしがみ付かせた真昼と共に瑠璃は急ぎファミレスを後にして、学校の様子を確認に向かった。
そして辿り着いた、学校の正門の前。
KEEP OUT―――――立ち入り禁止―――――という黄色いテープがそこには張り巡らされていて。
その先には見慣れた校舎はなく―――――無惨に破壊された建物の残骸が広がっていたのだ。
―――――『夏休みはもう』
―――――『始まってる』―――――・・・
「嘘・・・・・・」
「何だよ、これ・・・」
我が目を疑うような光景に、黒猫は目を見開き、瑠璃と真昼は茫然自失状態に陥ってしまう。
「・・・・・・・・椿がこれを・・・・・・」
「・・・やったのか・・・? なんのために・・・」
―――――・・・笑い声が
―――――聞こえる
―――――気がする
椿はいまも何処かから、こちらの様子を見ているのだろうか。
「この前の祭りでの事件と・・・関係があるのか? 何の目的で・・・」
「・・・・・・真昼君・・・・・・」
両手を握りしめながら視線を俯けた真昼を、瑠璃はギュッと眉を寄せながら見つめる。
―――――〝先生〟の為に―――――椿は行動をしている。
彼の人物が何者であるのか、そこまでは瑠璃も把握することは出来ていない。
けれど―――――
「・・・クロ。ほんとに・・・椿の目的に心当たりねぇの・・・?」
肩から下りていた黒猫に真昼は問いかける。
「昔に・・・何かあったとかさ・・・」
けれど、それに対する答は返ってくることはなく―――――沈黙が訪れる。
「クロ?」
ふと、真昼は背後の気配に違和感を覚えた。
それを確かめる為に振り返ろうとした刹那―――――
―――――バチッ
真昼の身体に、何者かによって電流が流し込まれたのだ。
ズシャァッと意識を失った真昼の身体が地面に向かって勢いよく倒れこむ。
「―――――真昼君!?」
突然の出来事に瑠璃は驚きの声を上げると、反射的に胸元の『鍵』に右手を触れさせながら傍にしゃがみ込む。
「・・・あれ? ちょ―――――っと強かったかな―――――・・・?」
その時、すぐ傍に見えた二つの人影と聞こえてきた声に、バッと瑠璃は警戒の色を滲ませながら視線を向ける。
そこには溶接面を付けた女性とヘッドホンを付けた女性。
二人の姿が在り―――――
「OH! ごめんね、彼のほうはちょっと身動きを取れなくするだけのつもりだったんだけど」
青白い電流を放電させるスタンガンを左手に持ちながら、右手で溶接面を上に持ちあげて素顔を覗かせた女性は外国人のようだったが、その口からは流暢な日本語が紡ぎ出されていた。
もう一人のヘッドホンを付けた女性は無表情に此方を見下ろしてくるのみだったのだが、
「―――――クロっ!?」
彼女の右手には鎖が付いた拘束具に捕らえられた黒猫の姿が在ったのだ。
ぐったりとした黒猫の姿に瑠璃は動揺した面持ちで声を上げるも、しかし黒猫からの返事はなく。どうやら真昼と同様に、完全に意識を失ってしまっているようだった。
「・・・・・・えっと、私たちと一緒に来て貰えるかな? 二人には話が合って連れて行くのだけど、貴女にも協力して欲しいことがあるから」
溶接面を付けた女性が微かに申し訳なさそうに、眉を下げながら瑠璃に話しかけてくる。
「わかりました。その代わり、真昼君とクロには絶対に危害を加えないと約束をして下さい」
地面に倒れている真昼と捕らわれた黒猫、それぞれに視線を向けた瑠璃は女性の瞳をジッと見つめ返すと、静かな声音でそう返事をしたのだった。
19・4/28 掲載
「―――――鉄! 遅れてごめん」
「待たせちゃってごめんなさい、鉄君。御国さんも、もしかしてまだ?」
真昼と黒猫を肩に乗せた瑠璃が公園まで走っていくと、そこにはしゃがみこんで野良猫と戯れていた鉄の姿だけが在った。
けれど野良猫は人の気配が増えた時点でこの場から居なくなってしまった為。
「まだだな」
腰を上げて簡潔に返事した鉄に真昼は嬉々とした様子で言う。
「あのさ! 今日はあと一人来るんだ! そいつも主人で・・・昨日退院したっていうから声かけた! ちょっと変な奴だけど・・・」
「でも、友達思いのいい子だから」
真昼の言葉に瑠璃は微苦笑を零しつつ言う。
その時、ザッと此方に向かってきた人の気配に気づき振り返ると―――――
そこにはリリイと一緒にもう一人。
「久しぶりだな、瑠璃! 城田真昼! 貴様達がどうしてもと言うからな。仕方なく来てやったぞ!」
公園の雰囲気には似つかわしくないアンティーク風の椅子に、人を見下すかのごとき不敵な笑みを浮かべながら、右腕は肘置きに乗せて頬杖をつきつつ、右足を組んだ状態で座っている、〝色欲〟の吸血鬼たるリリイの〝主人〟である御園の姿が在ったのだ。
「相変わらずだなお前!! 退院おめでとう御園!」
「すっかり元気になったみたいで良かったわ。御園君」
真昼が突っ込みを入れつつも、お祝いの言葉を口にしたのに続いて、瑠璃もまたふっと笑みを浮かべながら御園に声を掛けると。
椅子から立ち上がった御園は、真昼と瑠璃の隣に見覚えのない人物の姿が在るのに気づき、怪訝そうに眉を顰める。
「なんだ、こいつは・・・?」
「こいつ千駄ヶ谷鉄。傲慢の主人なんだよ!」
そこで真昼が鉄の事を御園に紹介すると、
「小学生がこんな時間に出歩いちゃだめだろ」
鉄は不思議そうな眼差しで御園を見遣った後にそう言ったのだ。
「だっ・・・れが小学生だ、貴様!!」
「あのね、鉄君。御園君は、真昼君と同じ高校生なのよ・・・・・・」
カッと激怒し叫んだ御園に代わり、瑠璃は苦笑を浮かべつつ言う。
すると御園は眉を顰めたまま、
「最近リリイがこそこそと出歩いていると思えば・・・貴様らと何かしていたのか」
「なんだよリリイ、御園に話してねぇの?」
御園が口にした言葉に真昼が目を瞬かせ、リリイのほうを見る。
「あ・・・あの・・・」
ええとですね・・・と、らしくもない口調とともに顔色を変えたリリイの様子に、瑠璃は眉を寄せる。
―――――修行開始した初日、真昼君が御園君の事を口にした時に見たリリイと御国さんの反応。
―――――あれはもしかして、御園君には御国さんが関わっていると知られたくなかった?
「俺達、今修行してて・・・すごい手応え感じてるんだ! 御園もいれて4組そろえばきっと椿達とも戦えるって!」
その一方で真昼が〝主人〟の痣を隠すためにリストバンドを付けている右手を握りしめながら、それを掲げつつ興奮した面持ちで言う。
「修行・・・? まさかこのでくのぼうが師だとでも言うんじゃ・・・」
「違う違う! 御国さん! お前のお兄さんだよ!」
でくのぼう? と鉄が御園の言葉に首を傾げると真昼は、あははと笑いながら否定し、師である彼の名を口にする。
刹那―――――ざわっと御園の表情が怖気を感じたかのように一変した。
「有栖院御国に会ったのか!?」
ガッと真昼の襟首を掴みながら御園は叫ぶ。
「御園・・・」
気まずそうな面持ちになったリリイが御園の名を呼ぶ。
けれど、それは我を失った御園の耳に入ることはなく。
「リリイめ・・・これを隠してたのかっ。奴に何を吹き込まれた!?」
突如として、態度を一変させた御園に、真昼は何を怒っているのかと、されるがままになりながら聞くも、御園はそれに答えることはなく。
「御園君、とりあえず落ち着いて。・・・・・・リリイが言わなかったのは何か理由があるんでしょう?」
そこで瑠璃が御園の右肩に右手を置きながら宥めようとすると、
「瑠璃! 貴様は知っているのか!? 奴はどこに・・・」
顔だけ此方に向けてきた御園は怒りの表情のまま尋ねかけてくる。
そんな御園を瑠璃の肩に乗っている黒猫は眉を寄せながら困惑の面持ちで見上げる。
蝶の姿になったリリイもまた、おろおろと瑠璃の傍を飛び回る。
そこに、ざっと足音を響かせながら渦中の人が姿を現したのだ。
「あれ―――――? 真昼くんと瑠璃ちゃんてば・・・また勝手にお友達を呼んじゃったのかな?」
「御国!! 貴様・・・!!」
真昼の襟首から手を離した御園が、眉尻を吊り上げながら御国を鋭く睨む。
「
それに対し、帽子のつばを左手で持ち上げて御園を見遣った御国は失笑を浮かべながら言う。
「御国・・・ッ」
そんな態度の兄の名をもう一度、御園が苛立った口調で呼ぶと、
「御園、ケガはもう治ったの? この前はずいぶん・・・」
軽薄な笑顔で御国は問いを投げかけてくる。
「リリイ!!」
すると三度目に御園が呼んだのは自身の吸血鬼の名だった。
刹那―――――御園の右手首から主従の証である鎖が出現し、人型に戻ったリリイが具現化させた漆黒の鎌をガッと御国の首に向かって振りかざす。
けれど、御国の首にはそこに巻かれたスカーフの中を寝床にしている黒蛇の姿が在り。
鎌が御国の首を刈る前に人型に戻ったジェジェが右手の袖口から覗かせた銃身でカッとそれを止めたのだ。
「・・・まったく御園は
ギギ・・・と嫌な音が響いたものの、やはり御国は動じることはなく、笑みを浮かべたまま淡々とした口調で言う。
その次の瞬間、鎌とその柄の間に身を滑り込ませながら、自身の細い武器でリリイの武器を食い止めていたジェジェが右腕に力を入れてそのまま薙ぎ払ってしまう。
ガシャン! と音を立ててリリイの手にあった鎌は飛ばされ。それによりリリイが後ろによろめきかけた隙を逃さず、素早く今度は左袖に仕込んでいた銃器をガッと顔に向かって突き付けたのだ。
「・・・御園、この間合いでは無謀ですよ・・・さすがにこれはひと肌脱げません・・・」
「・・・・・・ッ」
両手を上げながら冷や汗を流しつつ、降参するしかないと横目で視線を向けながら、促してきたリリイに対して、御園は険しい表情のまま言葉を詰まらせる。
そんな弟の姿を冷めたような眼差しで見つめながら御国は静かな声で言う。
「そう、無理だよ御園。お前のリリイじゃオレのジェジェには絶対勝てない」
「黙れっ、僕は・・・っ」
けれど、御園は冷静さを取り戻すことはなく、再び声を荒げようとしたのだが。
突然、目の前で繰り広げられることになった闘争にすっかり混乱した面持ちになった真昼が、
「ちょっ・・・ッと待てって!! 何なんだよ!? 急にどうしたんだよ、御園っ・・・」
ついていけね―――――よ!! とばっと勢いよく声を上げて。
「兄弟だろ!? なんで攻撃してんだよ」
御園の傍に走り寄ると、左腕をぐいと掴んで、これ以上無益な事は止めるよう働きかけたのだが。
「城田っ・・・貴様はどいてろっ」
「お前のお兄さんなんだろ!?」
「~~~~~~ッ」
真昼の言葉に御園はまた、苛立ちを増した様子で唸ると、
「疑うということを知らんのか貴様は!? 確かに御国は僕の兄だが・・・っ。兄だからっていい奴とは限らないだろう!?」
「なっ・・・何そんな怒ってんだよ!?」
カッと怒りの形相でまた胸倉を掴んできた御園の顔を真昼は唖然とした面持ちで見返すしかなく。
「もし敵が貴様と瑠璃に近づいて僕の兄だと名乗ったらどうするつもりだ!?」
そ・・・れは・・・と口ごもった真昼に対し、御園はさらに矢継ぎ早に話し続ける。
「僕の誕生日でも当てられれば簡単に信用するんだろう!?」
「あっ、あのね、御園君。・・・・・・御国さん、貴方の写真をいっぱい持ってたのよ」
どうしたら良いだろうかと眉を顰めながら様子を見ていた瑠璃が、そこでまた真昼の援護に回るべくそう言うと。
「・・・・・・瑠璃姉の云う通りだよ。シンプルに考えて身内だろ」
真昼が頷いたのに対し、
「逆に気持ち悪いだろ!!」
御園はそれをすぐさま両断したのだが。
一方で御国は目を細めると笑みを浮かべて。あ、コレ? と両手に写真コレクションをずらりと出して見せたのだ。
御国ッ、キサマッとそれに気づいた御園が叫ぶ。
瑠璃もまた、写真の事を話したのは自分ではあるものの、何もいま〝それ〟を出して見せなくてもと思わず項垂れてしまう。
すると―――――
リリイとジェジェの交戦が始まった時点で。
オレは知らね―――――・・・。ど―――――ぞ、ごゆっくり・・・。
黒猫から人型に戻ると、そう言いながら事情を把握していない鉄から少しだけ離れた処で、携帯ゲームをしていたクロだったのだが。
困り顔の瑠璃の様子を目にして、いつまでも知らぬふりを決め込むのはと思ったようで。
「おい、お前ら落ち着けって・・・。やはりここはオレに癒されるべき・・・」
黒猫の姿にまた変わると、にゃん、にゃ―――――~ん、ところころと転がりながら愛らしいポーズをとって見せたのだが。
「黙ってろ!!」
それもまた、効果はなく。
「まぁまぁ・・・そう怒るなよ。オレが抜けるからさ。楽しい楽しい夏休みだ。学生は学生同士、素敵な思い出を作るべきだしね?」
収束の見通しがつかない中で、当該の人物であった御国が両手を上げて見せると、仕方がないと言った様子の笑みを浮かべてそう言ったのだ。
「・・・御国ッ、逃げるのか貴様・・・っ」
それを耳にした御園が真昼から手を離すと、御国の処に行こうとしたのだが。
袖口からまた別の銃器を出して見せたジェジェが、トッと素早く御園の首筋にそれを当てると、
「―――――ッ」
「御園君!?」
一瞬の後に御園の意識は遠退いていき、身体が前のめりになっていく。
それを目にした瑠璃が慌てて御園の傍に駆け寄って倒れこむ前に支えると。
リリイも傍らにやって来て、御園の身体をしっかりと後ろから抱え直したのだ。
「
リリイがジェジェのほうを見遣り尋ねる。
「・・・すぐ気がつく・・・」
ジェジェは軽く首肯しながら告げてくる。
毒とはいっても鎮静剤の類らしい。
「病み上がりなんだからおとなしくしとかないとー」
ホッと瑠璃が胸を撫でおろすと、此方を見ながら御国は言う。
「そんなわけでオレはここでお別れしよっかな。見てのとおり御園はオレのことをすっごく嫌ってて・・・一緒にはいられないからね」
そうして近くに置いていたリュックを回収に御国が向かうと、
「御国さん・・・っ、御園と何が・・・」
真昼がその背に向かってそう言い掛けたのだが・・・・・・。
「・・・真昼くん、それから瑠璃ちゃんも、最後にひとつ余計な忠告を披露しようか」
リュックを背負い直した御国は、帽子のつばに右手を添えながら、ふと目を眇めると、
「社会はキミ達に都合よく
御国から告げられた言葉に真昼は眉を顰め、
「・・・御国さんはなんで俺と瑠璃姉にそんな話を・・・?」
「ああ・・・その理由は簡単だよ。オレがキミくらいの歳のころには武器も情報も持っていたから」
真昼にそう答えた御国は、フッと笑みを浮かべると瑠璃のほうに視線を向けていく。
「瑠璃ちゃんは真昼くんより一応年上な訳だけど。・・・まぁ、ちょっとしたお節介だよ。どうにも、無防備な処があるから」
―――――その分、いまは〝怠惰〟がしっかり瑠璃ちゃんに張り付いているみたいだけど。
瑠璃の肩にまたよじ登ってきた黒猫の姿も一瞥すると御国は言葉にすることはなく心中でそう呟く。
そうして御国は背を向けるといつの間にかジェジェが人型から黒蛇の姿に変わっていて、首に巻かれたスカーフの中に潜っていく。
そのまま御国は立ち去ってしまうかと思われたのだが。
ふと、御国はまた肩越しに振り返ると、
「ああ。それから・・・御園はオレを
薄笑いを浮かべながらそう言った御国は、さらに左手に持っていた人形の顔も此方に向けると会釈をさせるのと同時に手までも器用に振らせてから立ち去って行ったのだ。
―――――そうして御国が姿を消した後。
リリイからの要望により、真昼達は公園からファミレスに場所を移していた。
人数が多い事から案内されたのは、窓際の奥の席で。
右側の席に―――――奥から順に、クロ、真昼、鉄。
左側の席に―――――奥から順に、リリイ、瑠璃、御園。
けれど御園はまだ目を覚ましていないことから、瑠璃の膝に頭を預ける形で横たわっている状態だった。
そしてヒューはテーブルの端に用意された子供用の椅子に座っていた。
「鉄! 我が輩はぱふぇが食べたいぞ」
「え―――――? オレ、あんま金ねーよ」
「ヒューってほんと子供みたいだな・・・」
ヒューからのリクエストに、鉄がソファー席の後ろに寄りかかるようにしながら応じると、メニュ―から視線を上げた真昼が何とも言えない様子で言う。
初対面の時は吸血鬼っぽいと思いはしたものの、御国との一件により真昼の認識は変わったらしい。
「ふっ。愚か者めっ。ぱふぇの純白の生クリームに鉄の血をとろりと一周させる・・・吸血鬼たるものこうして食わねばな!」
それを改めさせるかの如く、ヒューが発言した食べる際の作法は吸血鬼らしいもので。
「絶対やめろ」
「そうね、ヒューくん。これ、お子様ランチなんてどうかしら」
すぐさま眉を顰めた真昼とともに、瑠璃もまたメニューを広げながら苦笑を浮かべつつヒューに言う。
その時、賑やかなやり取りに刺激を受けて眠っていた御園の意識は覚醒したようで。
「う・・・ん・・・?」
微かに声を洩らし、ぼんやりと目を開けた御園に気づいたリリイが話しかける。
「あ、御園。目が覚めたんですね」
「どこだ、ここは・・・やかましい・・・・・・」
ゆっくりと起き上がった御園に、膝を貸していた瑠璃もまた振り返る。
「良かった、御園君。身体の方はどう?」
「・・・・・・瑠璃? どうして貴様が僕の隣に・・・・・・それに、なんだそのチビは?」
目覚めたばかりの為か、未だ顔色が優れない御園は状況が把握しきれていない様子で、視線を巡らせる。
するとチビと言われたヒューは、
「〝ミストレス〟たる瑪瑙瑠璃の膝を枕として借りて寝入っていた、お主のようなチビに言われるとは我が輩も堕ちたものじゃのう」
「・・・・・・ッ!? 誰がチビだ貴様ッ・・・それに僕が瑠璃の膝を枕として借りて寝入っていた・・・・・・だとっ!? 」
呆れた様子で、嘆息交じりにヒューが口にした言葉に、御園は絶句した様子で目を見開くと、すぐさま眉を吊り上げながら憤り、さらに顔を赤らめながら声を上げた。
「えっと、ごめんね御園君・・・・・・この人数だから席の都合もあったからっていうのと。そのまま椅子に寝かせたら、御園君の態勢が辛くなりそうだったからっていうのもあって」
御園を落ち着かせようと瑠璃が口を開きかける。
その時、不思議そうな面持ちで御園に視線を向けた鉄が、
「怒るなよ、どっちもチビだろ。それとアイツに膝枕されてたの、お前嫌だったのか?」
「貴様ァァァァ・・・・・・嫌だったとは言ってないだろうが・・・・・・ッ!?」
鉄のチビ発言にまた怒りの表情を御園は見せながら、さらに問いに対する答を口にする。
そこで御園はハッと我に返ったようで、赤い顔のまま視線を俯けてしまう。
「・・・・・・めんどくせー」
テーブルの上に伸びながらメニューを見ていたクロがチラリと御園を見遣り呟く。
そうして暫しの間、沈黙が流れたのだが―――――。
「・・・御国は!?」
気を失う前、遭遇した兄の事を思い出した御園が、バッとまた顔を上げて名前を口にすると―――――
「先ほど別れました。御国さんが近くに来ていたことを隠していたことは謝ります。あのまま車を呼んで帰宅してもよかったのですが・・・家で一人で荒れるよりもお友達と一緒のほうがいいかと思いまして」
「・・・ッ」
落ち着いた態度でそう告げてきたリリイを御園は眉を顰めながら睨む。
二人の間に座っている瑠璃は眉を下げつつ御園を見遣る。
―――――御国さんは御園君の幼い頃の写真を持ち歩いていたくらいなのだから。
―――――御園君の事を憎からず思っているのは間違いないだろう。
―――――でも御園君はお兄さんであるはずの御国さんの事を嫌っている。
その理由は、やはり本人が話しくれるのを待つしかないのだろうか。
憂いを帯びた瑠璃の横顔をリリイは見つめた後、さらに御園のほうに視線を向けると、
「それより御園・・・来月のお小遣い少し前借りできませんか・・・」
いきなりの話題転換とともに、あの、あの、私もコーヒーのみたいんですけど、と恐縮した面持ちで申し出てきたリリイに対し、
「計画的に使えといつも言ってるだろ」
御園は思わず目を見開くと、常と同じ調子で一喝してしまう。
「お小遣い制の吸血鬼・・・」
唖然とした面持ちでそう呟いたのは、眉を寄せつつも黙ってこちらの様子を見ていた真昼だった。
御園は、はぁ・・・と溜息を吐き出すと、
「瑠璃、城田・・・さっきは取り乱して悪かった」
「ううん、大丈夫よ・・・・・・」
「いや・・・いいけど」
謝罪を口にした御園に瑠璃と真昼はそれぞれ答える。
「御国は・・・7年前に家を出ていて・・・僕も会ったのは久しぶりだった」
御園は躊躇う様子を見せつつも、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。
「・・・僕には絶対に・・・御国を許せない理由がある・・・っ。だが・・・その理由を・・・人に話す準備が僕には・・・まだ・・・っ」
そうして、御園は右手で額を押さえると苦渋に満ちた面持ちで視線を俯けてしまう。
「御園・・・」
そんな御園に対し、真昼が言葉を掛けようとした刹那―――――。
―――――ばたんっ
御園はテーブルに勢いよく倒れ伏してしまったのだ。
「うわぁぁ?!」
「大丈夫よ、真昼君・・・・・・御園君、寝てるだけみたいだから」
驚いた様子で肩を震わせて声を上げた真昼に御園の隣に座っている瑠璃は微苦笑を浮かべながら告げる。
「おや・・・いけません。もう9時ですか。御園が眠る時間に・・・」
と、リリイもまた眉を下げつつ、笑みを浮かべながら言った。
その後、完全に眠ってしまった御園をそのままにはしておけないので、また意識を取り戻す前と同じように椅子に身体を寝かせた上で瑠璃が膝枕を買って出る事にしたのだった。
それから程なくして注文を取りに来たウエイトレスの女性に、リリイはコーヒー。ヒューはお子様ランチ。クロはピザとドリンク。真昼はハンバーグ。鉄は和食セット。瑠璃はサンドイッチ。
―――――それぞれ注文を行うと、お子様ランチにはもれなくオマケの玩具があり。
「なんじゃこの宝の山は!? 全部我が輩のものじゃな!?」
それを選ぶ際、きゃっきゃと、やはり子供のようにヒューははしゃいでいたのだった。
暫くして注文した料理がテーブルに並んだところで、食事をしつつ今後どうするかという話し合いの中。
「我が輩はあの人形偏愛の男は好かんぞ! いなくなって良かったではないか」
そう断言したのは考え方の相違から御国とは相容れない仲となったヒューだった。
「でも御国さんとジェジェってすごく強いし・・・。吸血鬼についても色々知ってるし」
けれど、どちらの話も敢えて聞くことをしなかった真昼は『戦力』『才力』という観点からのみで捉えるならば、御国の助力はあったほうが良いと考えており。
瑠璃もまた、それについては異を唱えるつもりはなかったのだが。
「あっ! そういえば・・・前に御国さんが人と人外との中立機関があるって話してくれたんだ。その中立機関は俺達に協力してくれないのかな?」
「・・・・・・真昼君、それは・・・・・・」
例の組織の事を真昼が口にした瞬間、瑠璃は思わず眉を顰めてしまう。
―――――真昼が御国から組織に関しての話を聞いた時、外に出て行ってしまったクロの処には、その組織の人間が接触を図ってきていた。
―――――そしてその時、クロは手紙を渡されていて。
―――――瑠璃はクロの事を追いかけて行った際、その光景を目撃してしまった。
―――――けれどクロの様子を見ていれば、組織からの接触を快く想っていないのは明らかで。
―――――さらに『嫌な思い出』に関わるのであろうそのことを、いま聞くのはクロを傷つけてしまうかもしれないという想いから、その時に瑠璃は何も言うことは出来ず。
―――――結局、尋ねる機会を逸してしまったままだったのだ。
「瑠璃姉?」
どうしたのかと真昼は目を瞬かせ瑠璃を見る。
と―――――
瑠璃の心中を見透かしたかのように、
「それはありえんな。人と人外の『共存』を掲げる地下組織・・・通称『C3』。確かに奴らなら椿の情報も持っているかもしれんが・・・何が中立・・・奴らはとにかく利己主義で傲慢な組織じゃ!!」
「えっ・・・?」
フォークを右手に握りしめながら眉を吊り上げて話し始めたヒューに真昼は当惑の視線を向ける。
「『
「
ヒューの言葉に、瑠璃は胸の内がざわめくのを感じ、眉を寄せる。
「・・・昔の話ですよ。私達
ヒューの話を引き継ぐようにして、伏し目がちにそう言ったのはリリイだった。
リリイは物腰が柔らかく常に笑顔で、それが崩れることはそう滅多なことではない。
そんなリリイの表情がいまは笑顔ではなく、沈痛の面持ちに彩られている。
「地下組織・・・から命令・・・?? 何か急に話のノリ変わったなー・・・どんなこと頼まれるんだよ・・・」
真昼は眉を顰めると、リリイのほうに向かって、テーブルから身を乗り出すようにしながら言う。
「その話は今関係ねーだろ」
それを中断させる言葉を発したのは、サッサと食事を済ませて、また携帯型ゲームで遊び始めていたクロだった。
クロは〝怠惰〟を司る吸血鬼であることから、常に喋り方も気だるげで覇気がない。
けれど、いまのクロの口調と雰囲気は普段とは全く異なるもので―――――。
「クロ・・・・・・」
眉を下げた瑠璃はクロを見つめながら、そっと名前を呼ぶ。
「えっ・・・クロ? 何だよ珍しいな・・・そんな大きい声出して・・・」
真昼もまた、困惑の表情を浮かべながらクロのほうを見る。
けれど、クロはどちらにも応えることなく、気まずそうな面持ちで、そのままやり途中になっていたゲームの画面に視線を滑らせてしまう。
その後、リリイは口を噤んでしまい―――――代わりに口を開いたのはヒューだった。
「・・・ふむ。・・・とにかくC3の介入がある前に椿の騒動は我々で片付けるべきじゃ。決して奴らと連絡を取ろうなどと考えてはならんぞ」
「・・・うん・・・」
真昼はクロの様子を気にしつつも、ヒューの言葉に頷き返す。
―――――クロ・・・昔・・・何かあったのかな・・・?
そう考えた真昼の意識の内に、去り際に御国が残して言った言葉が蘇る。
―――――十分な信頼関係がないからだ。
ぎゅっとリストバンドを付けている右手を真昼は思わず握りしめる。
その時、瑠璃もまた静かに目を伏せると心の奥で想いを巡らせていた。
―――――C3・・・・・・あの組織から過去にされた〝命令〟。
―――――それがクロにとって触れられたくない『嫌な思い出』。
―――――クロの事を傷つけたくない。
―――――その気持ちは変わってはいない。
―――――だけど、このままクロに何も言わず、何も聞かないまま・・・・・・。
―――――向き合う事をしなかったら・・・・・・。
―――――私は桜哉君の時と同じようにきっと〝後悔〟をする事になる。
「とりあえず・・・今日はこの辺りにしましょう」
ヒューが忠告をした処で、再び沈黙が流れると―――――そう言ったのはクロの言葉を受けて黙していたリリイだった。
軽く組んでいた腕を解いたリリイは右手を掲げると、
「ですが次の行動は早めに考えたいですね。先日の爆破事件も気になりますし・・・」
「爆破事件・・・って」
リリイの言葉から、瑠璃の意識の内に浮かんだのは先日の祭りでの一件だ。
瑠璃がリリイのほうに視線を向けると、
「この前の祭りの・・・俺と鉄が止めたやつ?」
真昼もまた同様にあの時の事を思い出し、リリイに訊き返す。
すると、リリイは何のことかと微かに首を傾げて見せた後―――――
「いえ・・・あのお祭りの日の8時30分。都内の13ヵ所が
聞かされた話に、瑠璃と真昼は思わず愕然となってしまう。
「同時爆破・・・・・・!?」
「え!? 何それ・・・」
リリイの情報によれば、それは3日ほどまえの出来事なのだという。
てっきりご存知かと・・・と眉を顰めたリリイに、こいつ最近武器振り回すことしかしてなかったしな・・・と真昼のほうをチラリと見遣ったクロが言う。
「そーいえば・・・虎雪とかからそんなよーなメールが・・・?」
クロの云う通り、最近の真昼は武器のことばかりで頭がいっぱいで。
届いたメールは、一応は既読状態にはしているものの、きちんと目を通しておらず。
瑠璃もまた、そんな真昼の様子に気を配りつつ、共に行動をしていた事から、その辺りの事に関してはある意味似たようなものだったと言えるかもしれない。
「・・・・・・波乱の夏休みになりそうね」
ポツリと瑠璃が呟くと、
「瑠璃姉の云う通り、本当に大変な夏休みになりそうだな・・・」
額を人差し指で抑えながら、目を閉じて記憶を手繰りつつ、唸っていた真昼もそれに同意する言葉を洩らしたのだが―――――。
「まぁ夏休みが始まっていたおかげで人的被害がなかったのは幸いでしたが・・・」
「えっ?」
リリイの話には続きがあったのだ。
けれど、一体何処の話をしているのか―――――真昼が眉を顰めリリイを見遣ると。
「真昼くんと瑠璃さんの
リリイから話を聞いた後、黒猫を肩にしがみ付かせた真昼と共に瑠璃は急ぎファミレスを後にして、学校の様子を確認に向かった。
そして辿り着いた、学校の正門の前。
KEEP OUT―――――立ち入り禁止―――――という黄色いテープがそこには張り巡らされていて。
その先には見慣れた校舎はなく―――――無惨に破壊された建物の残骸が広がっていたのだ。
―――――『夏休みはもう』
―――――『始まってる』―――――・・・
「嘘・・・・・・」
「何だよ、これ・・・」
我が目を疑うような光景に、黒猫は目を見開き、瑠璃と真昼は茫然自失状態に陥ってしまう。
「・・・・・・・・椿がこれを・・・・・・」
「・・・やったのか・・・? なんのために・・・」
―――――・・・笑い声が
―――――聞こえる
―――――気がする
椿はいまも何処かから、こちらの様子を見ているのだろうか。
「この前の祭りでの事件と・・・関係があるのか? 何の目的で・・・」
「・・・・・・真昼君・・・・・・」
両手を握りしめながら視線を俯けた真昼を、瑠璃はギュッと眉を寄せながら見つめる。
―――――〝先生〟の為に―――――椿は行動をしている。
彼の人物が何者であるのか、そこまでは瑠璃も把握することは出来ていない。
けれど―――――
「・・・クロ。ほんとに・・・椿の目的に心当たりねぇの・・・?」
肩から下りていた黒猫に真昼は問いかける。
「昔に・・・何かあったとかさ・・・」
けれど、それに対する答は返ってくることはなく―――――沈黙が訪れる。
「クロ?」
ふと、真昼は背後の気配に違和感を覚えた。
それを確かめる為に振り返ろうとした刹那―――――
―――――バチッ
真昼の身体に、何者かによって電流が流し込まれたのだ。
ズシャァッと意識を失った真昼の身体が地面に向かって勢いよく倒れこむ。
「―――――真昼君!?」
突然の出来事に瑠璃は驚きの声を上げると、反射的に胸元の『鍵』に右手を触れさせながら傍にしゃがみ込む。
「・・・あれ? ちょ―――――っと強かったかな―――――・・・?」
その時、すぐ傍に見えた二つの人影と聞こえてきた声に、バッと瑠璃は警戒の色を滲ませながら視線を向ける。
そこには溶接面を付けた女性とヘッドホンを付けた女性。
二人の姿が在り―――――
「OH! ごめんね、彼のほうはちょっと身動きを取れなくするだけのつもりだったんだけど」
青白い電流を放電させるスタンガンを左手に持ちながら、右手で溶接面を上に持ちあげて素顔を覗かせた女性は外国人のようだったが、その口からは流暢な日本語が紡ぎ出されていた。
もう一人のヘッドホンを付けた女性は無表情に此方を見下ろしてくるのみだったのだが、
「―――――クロっ!?」
彼女の右手には鎖が付いた拘束具に捕らえられた黒猫の姿が在ったのだ。
ぐったりとした黒猫の姿に瑠璃は動揺した面持ちで声を上げるも、しかし黒猫からの返事はなく。どうやら真昼と同様に、完全に意識を失ってしまっているようだった。
「・・・・・・えっと、私たちと一緒に来て貰えるかな? 二人には話が合って連れて行くのだけど、貴女にも協力して欲しいことがあるから」
溶接面を付けた女性が微かに申し訳なさそうに、眉を下げながら瑠璃に話しかけてくる。
「わかりました。その代わり、真昼君とクロには絶対に危害を加えないと約束をして下さい」
地面に倒れている真昼と捕らわれた黒猫、それぞれに視線を向けた瑠璃は女性の瞳をジッと見つめ返すと、静かな声音でそう返事をしたのだった。
19・4/28 掲載
