第一章『誓約と契約』
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「―――――ただいま! 瑠璃姉! 猫拾ったんだ! 家で飼おうと思うんだけど良いかな?」
「お帰りなさい、真昼君。猫? 動物は私も好きだから大丈夫だけど・・・・!?」
高校から帰宅した真昼を出迎えた瑠璃は、彼の腕の中に抱かれた小さな黒猫の姿を見て、一瞬、驚愕の表情で固まってしまう。
―――――・・・・スリーピーアッシュ?
衰弱しているのか、目は閉じているので瞳の色は確認できないが、一月余り前に出逢った〝怠惰〟の吸血鬼の動物姿と同じ。
と―――――
「・・・瑠璃姉? やっぱり、猫がダメなんじゃ・・・」
黙り込んでしまった瑠璃の顔を真昼が眉を顰めながら見つめてきて。
そこで我に返った瑠璃は眉を下げながら笑みを浮かべると、
「あ、・・・ううん。ずいぶん小さい猫だなって、ちょっとびっくりしただけよ。
―――――それより、まずはお風呂にその子入れてあげないとね。
今日の夕飯は、私がこのまま作るから真昼君一緒に入って来ても大丈夫よ」
「分かった。じゃあ、そうするよ」
柔らかな口調で瑠璃が紡ぎ出した言葉に、真昼もまた安堵した様子で頷き返してきたのだった。
本日の夕飯のメインは真昼の好きな和風おろしハンバーグだ。
一緒に住むようになってから、すっかりと打ち解けた関係になった今は『瑠璃姉』と真昼は瑠璃の事を呼んでいる。
そして徹が普段仕事により家を空ける事が多いことから、家事全般を得意としている真昼の主夫の腕前に及ばないものの、瑠璃も元の世界では一人暮らしだったことから、
こうして時折食事の準備を買って出るようにしているのだった。
黒猫を拾った際に、真昼は餌の他に首輪も購入をしてきていたようで。
お風呂を上がった真昼から、夕食の支度を終えた瑠璃が黒猫を受け取り、タオルで身体を拭いてから、ドライヤーで毛を乾かしていると、袋から鈴が付いた首輪を取り出してきたのだ。
「何て名前をつけるの?」
「う~ん、そうだな。こいつ、黒猫だから・・・ここはシンプルに『クロ』にするよ!」
すっかり毛並の艶が良くなり、落ち着いたのか、瑠璃の膝の上でまどろむような様子を見せる黒猫に鈴が付いた首輪を付けると真昼はそう言ったのだった。
―――――あいつの気配をすぐ近くで感じる
―――――まさか、オレを拾ったガキの家にあいつがいるなんて
―――――あいつはオレの正体を話すだろうか
猫用のベッドとしてタオルが敷き詰められた籠の中で、『クロ』という名を真昼から与えられたスリーピーアッシュは思考を巡らせる。
いま、猫用ベッドが置かれているのは真昼の部屋だ。
―――――瑠璃の部屋は真昼の部屋の向かい側。
ベッドから降りると、静かに人型にスリーピーアッシュは戻り、真昼に気付かれないよう気配を消しながら向かい側の部屋に向かう。
瑠璃の部屋の前で、ノックをするべきか躊躇いつつ、結局は中の気配を確認して、こそっと扉を開いて中に入っていく。
深夜であることから、瑠璃も熟睡しているようで。
ベッドに近寄っても、目覚める様子はなかった。
―――――おそらくこいつは・・・瑠璃はそんなことはしないだろう
―――――少しの間だけ、この家で世話になって様子を見てみようか
ほんの僅かな時間、あの時は接しただけだったが、時折〝誓約の証〟の波動を辿って瑠璃の様子は見ていたのだ。
―――――すぐ傍にいまは在る為に、ふわりと香ってくる魅惑の匂い。
―――――それは、瑠璃だけが持つ、特別なモノ。
眠る瑠璃の頭に手を伸ばし、そっと額の毛をスリーピーアッシュは撫でると、口付けを落とした。
―――――何より、もう少しだけ瑠璃の傍に居たい
瑠璃に抱くこの感情は、〝ミストレス〟に対する本能的なものか。
それとも・・・・・
「・・・めんどくせー」
―――――その答といま向き合ったところで、どうなるというのか。
思考を遮断するように、スリーピーアッシュはまた黒猫の姿に戻ると、瑠璃の枕元に飛び乗り、寄り添うように丸くなる。
そうして、そのままそこで眠りに就いたのだった。
―――――翌朝。真昼は学校へ。瑠璃は仕事に赴くと、家の中に残されたスリーピーアッシュはまた人型に戻り、気ままに過ごしていたのだが、それが『契約』に繋がるとは、その時は思いもよらなかったのである。
「―――――それで、真昼君は結局、料理隊長と衣装係の両方引き受けたのね」
真昼と、彼の幼馴染である三人の少年――――――桜哉、龍征、虎雪の三人と共に帰路に着きながら瑠璃は、文化祭の係決めをやっていた時の様子を聞いていた。
桜哉は左の髪の毛先だけ、外側にくるっとはねているのが特徴的で、よくふざけて冗談をいう。
龍征は釣り目で、髪をヘアバンドでアップにしており、どちらかといえば、気は長い方ではないかもしれない。
虎雪は厳つい名前に似合わず、柔らかい顔立ちで、のんびりとした優しい性格である。
と―――――三者三様ではあるが、三人は小学校からずっと真昼と仲の良い親友でもあるのだという。
そして瑠璃の現在の職場は、真昼たちの学校の購買であるため。
自然と三人とも面識ができ、気づけばこうして時折一緒に帰る事が習慣となっていた。
「だってさ、瑠璃姉。結局誰かがやんないとなのにもめるの面倒だろ」
「さすがです、真昼様!」
真昼の言葉に桜哉が合いの手を入れて。
「でも真昼様。お一人じゃあ大変なこともあるでしょう? 幼馴染として手伝いましょうか? 針に糸も通せませんが」
「逆にめんどくさい、一人でいい」
その後に続いた案を真昼が却下すると、また桜哉は逡巡するような面持ちになり。
「真昼さー衣装の布とか糸って駅前で買うの?」
「え? うん」
桜哉から投げかけられた問いに、そうなるかなと真昼が頷き返すと。
「気を付けろよ! 最近あの辺り・・・吸血鬼が出る・・・って噂があるんだ」
ビシッと指を立てながら、さらにニヤッと笑みを浮かべた桜哉の口から唐突に聞かされる事となった噂話に『はぁ?』と真昼達は呆れたような表情を浮かべるが。瑠璃は思わず目を見開き、桜哉の顔を見つめてしまう。
「いやマジで!! 通り魔みたいなんだけど、その被害者は首や腕に噛まれた痕があって・・・全身の血が抜かれてたんだって!! 被害者はすでに十数人とか・・・」
そして半信半疑の真昼と龍征と、信じかけている虎雪の傍らで、必死の様子で話す桜哉の話にジッと瑠璃もそのまま耳を傾けていたのだが―――――
ふと、桜哉の真紅の瞳と視線が合った。
その瞳は、何処となく辛そうな、申し訳なさそうな、感情が入り混じったもので。
「・・・桜哉君?」
瑠璃が名を呼ぶと、桜哉はハッとしたような表情となり。
「・・・さてっ。今の話はどこまでが嘘でしょーかっ」
ふざけた口調に戻った桜哉からは、先程見えた感情はもう見えなくなっており。
「言うと思った!!」
真昼から容赦のない平手の突っこみをべしっと後頭部に受けたのだ。
「瑠璃姉も大丈夫だって。桜哉の噂話は大体嘘なんだから!」
なんだ嘘か~とそれを見てほっとした表情を虎雪が浮かべる一方で、虎雪同様に話を真に瑠璃が受けてしまったというように思ったらしい真昼が気遣うように声を掛けてくる。
「・・・あ、そうなのね。有り難う真昼君」
桜哉の先程の表情が気になって、考え込むような表情になってしまっていた瑠璃は、そう言って笑みを返す。
と―――――
「あっそうだ。駅前のカラオケ行かない? 割引券あるんだー」
話題転換を図るように虎雪がにっこりと笑って告げてくる。
「じゃあ俺たち、一度帰って洗濯物取り込んでから行くよ!」
真昼がそれに頷き、返事をすると「行こう、瑠璃姉!」と促してくる。
話を打ち切られた桜哉は、うわああすげー無視! 駅ダメ!! と顔を青ざめさせていたのだが、最終的には「襲われても知らねーからっ」と彼が叫んだところで、一時解散となったのだった。
「そういえば・・・クロ飯食ったかな。一応ネコ缶開けて置いてきたけど」
マンションに辿り着いた所で、真昼が思い出したように言った。
そして二人でエレベーターに乗り込んでいく。
「うん・・・そうね、ご飯ちゃんと食べてると良いけど」
真昼の言葉に頷きながらも、瑠璃の思考はある可能性を考えていた。
朝、起きたら真昼の部屋にいた筈の黒猫が、枕元にいたのには驚いたが・・・。
もし、『彼』なのだとしたら、閉じていた部屋のドアを開くのは、人型に戻れば簡単な話なわけで・・・。だとすれば―――――ネコ缶はおそらく手は付けないのではないだろうか。
住まいがある階に到着したエレベーターから降りて、住んでいる部屋の前まで行くと、まず真昼が鍵で扉を開けて、ただいまーと言ったのだが―――――
「あれ? テレビつけっぱなし・・・」
聞こえてきた音に真昼が怪訝そうな表情を浮かべた。
「瑠璃姉、朝ちゃんと消したよね?」
そう言いつつ靴を脱ぎ、真昼はリビングに向かって行く。
まさか・・・と思いつつ、瑠璃も靴を脱いでその後を追う。
ほぼカーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、床には封が切られたポテチの袋と空になったカップ麺の器とお茶のペットボトル。さらに雑誌やゲームが散乱していた。
そして映し出されたテレビの前、そこにはさらに追加で作ったらしいカップ麺を啜るフードを被った男の姿が在ったのだ。
―――――は? 何これ? だ・・・誰・・・?
真昼が混乱した顔で男を見つめる一方で、
―――――あぁ・・・やっぱり・・・!
瑠璃は思わず、項垂れてしまう。
「あ―――――・・・死ぬほどめんどくせーことに・・・」
一方で、男―――――スリーピーアッシュは気まずそうな表情で麺を啜り終えると、汁を、ずず・・・と飲む。
「誰だお前ッ」
我に返った真昼が、部屋の隅に置いてあったモップを手に取ると、スリーピーアッシュに向かって振りかざしていく。
「人の家で何して・・・っ」
バッとそのまま振り下ろすも、しかし軽々と跳躍されて避けられてしまう。
トッと着地すると、「・・・なんて凶暴なガキだ。はー怖ェ・・・向き合えねー・・・」
そう言いながら、何とかしてくれと云うように、瑠璃の方にスリーピーアッシュは真紅の瞳を向けてくる。
「・・・えっと・・・真昼君、とりあえず落ち着いて・・・」
「な・・・何・・・っうわ!?」
瑠璃の言葉に真昼は返事を返そうとするも、バランスを崩してカーテンに向かって背中から倒れ込んでいってしまう。
それにより閉ざされていたカーテンが引っ張られ、薄暗かった部屋は一変して日の光が差し込んでくる。
―――――刹那、スリーピーアッシュの姿は黒猫に変わったのだ。
「・・・え・・・? クロ・・・? 今ここにいた奴は・・・? ね・・・猫になっ・・・えっ・・・?」
日光に当たると、どうやら吸血鬼は灰になるのではなく、動物に変わってしまうらしい。
「あの・・・真昼君・・・」
とりあえず、真昼から一旦、黒猫を預かって落ち着かせなければ・・・そう思い瑠璃は呼び掛けたのだが―――――。
真昼は猫を抱いたまま無言で立ち上がると、そのまま窓に背を向けたままカーテンを片手でシャッと閉めてしまう。
すると、ボンと音を立て腕の中の黒猫は人型に戻っていた。
「何しやがる・・・オレは日光とは向き合えねーのに・・・」
「うわあああああ!? なんっ・・・何なんだよお前!?」
顔を顰めるスリーピーアッシュに対して、真昼は絶叫するとそのまま勢いよく手を離し、カーテンを引っ掴む。
それにより、日の光がまた部屋の中に差し込み、人の姿から動物の姿にスリーピーアッシュは再び変わってしまい。
人を投げんなよ・・・と黒猫の姿で呻きながら、日陰を求めて、瑠璃が立っていた側にやって来る。そこでまた、人型に戻ると―――――
「・・・心優しい引きこもり吸血鬼?」
初めて瑠璃と出逢った時と同じように、そう名乗ったのだが、
「瑠璃姉に近づくな!! 窓からっ・・・捨ててやるっ・・・」
「なんだお前シスコンか・・・って、ちょ・・・オレ吸血鬼だぞ。日光はやめろ、死ぬ死ぬ不老不死だけど死ぬって」
怒りの表情となった真昼にコートの裾を引っ張られ、スリーピーアッシュは床に這いつくばって必死の抵抗を見せる。
「人間はなんて残酷な生き物だ・・・・・・っ」
こいつ、ひどすぎるぞ・・・と訴えてくるスリーピーアッシュに、瑠璃は苦笑を浮かべるしかなく。真昼は「うるせぇ妖怪!!」と、また叫んだところで、つい先程、桜哉から聞かされた噂話を思い出したようだ。
「吸血鬼・・・ってまさか通り魔の!? 俺と瑠璃姉を襲って血を飲む気じゃ・・・っ」
「そんな死ぬほどめんどくせーこと誰がするかよ。自意識過剰ってよく言われない?」
しかし、スリーピーアッシュの返答は真逆のもので、
「襲えよ!! 吸血鬼なら!!」
「襲えとか簡単に言うな。犯罪だぞ・・・?」
ちぐはぐなやり取りに思わず瑠璃は、クスッと笑いを零してしまう。
すると、真紅の瞳がこちらを捉え「それより喉乾いたな、お茶貰える?」と言われた為。
「あ、お茶ね・・・ちょっと待ってね」
冷蔵庫から新しいボトルを瑠璃が持ってこようとすると、吸血鬼らしくないスリーピーアッシュの言動に、何からツっこんだらいいのか、と頭を抱えて唸っていた真昼が左手を振りかざし。
「何、ちゃっかり勝手にお茶の要求してるんだよ!!」
ベシッとスリーピーアッシュの後頭部を叩いたのだ。
「そう慌てんな・・・夜になれば出てくって・・・」
ひで――――奴だな・・・と、ため息を吐きながら痛む後頭部をスリーピーアッシュは擦ると、「とりあえずオレが人の姿の時に名前を呼ぶなよ」そう言い含めてきたのだが。
彼が云う『名前』というのは、果たしてどちら のことなのか。
―――――その答はすぐに明らかになった。
「俺、お前の名前なんか知らねーよ! 猫だと思ったからクロ って・・・・・・」
真昼が黒猫に名づけた名を口にした瞬間、ヴンッという音と共にリビングに閃光が現れ。
光の輪がスリーピーアッシュの首回りに出現し、そこからさらに伸びた光が真昼の右腕にもまた輪を形成するとそのまま拡散したのだ。
―――――それは一瞬の出来事だった。
「・・・死ぬほどバカだな・・・」
「なっ・・・何だよ今の!?」
言った傍から・・・と、げんなりした表情を浮かべるスリーピーアッシュの胸ぐらを真昼は掴み問いただそうとする。
そこで、イラストが描かれたフリップをスリーピーアッシュは出してきたのだが。
「はー説明とかめんどくせー」
「めんどくさいならさっさとシンプルにやれ!!」
しかし、話は進まず―――――。
相性が合わない両者の間に、瑠璃が入ることで、漸く話を聞き出すことが出来たのだが―――――。
「飼われる専門 の吸血鬼・・・!?」
契約した主人からのみ血を貰い、主人の命令には従う。
『下僕 の吸血鬼 』という存在なのだそうだ。
そして、先程のあれは『仮契約』というものなのだという。
お菓子の食べこぼしなど、散乱した床を綺麗にするべく、掃除機をかけながら真昼は話を聞いていたのだが、肝心な部分―――――『仮契約』した両者の距離が離れた場合、どうなるかというのに対して「まぁ・・・なんかなるぞ」という、スリーピーアッシュの適当な返事に「あーもーイライラするー!!」とまた叫び声を上げてしまう。
「『本契約』を行わないためにはどうすれば良いの?」
真昼が部屋を掃除する一方で、洗濯物を取り入れた瑠璃が尋ねかけると、
「24時間以内にオレに血を飲ませなければ大丈夫」
床でまた寝転がりながら、くつろいだ様子でポテチを食べていたスリーピーアッシュはそう答え。
「・・・・って、飲ませろっていうネタフリじゃねーからな」
念を押すように真昼に向けて言葉をかけると、
「もうお前、黙れ!! ポテチこぼすな!!」
それにまたもや真昼はカチンときたらしく、掃除機でスリーピーアッシュのコートの裾を吸い込ませていく。
「可愛いペットを掃除機で吸うなんて・・・っ吸血鬼より人間のほうがよっぽど残酷だ・・・」
「うるせー!! 可愛くねーしペットじゃねー!!」
結果、両者は掴み合いの喧嘩に発展してしまう。
「―――――もう、二人ともやめなさい!!」
まるで兄弟喧嘩のようだ、と瑠璃は内心で思いながら、ごろごろと床を転がっていく二人を仲裁するべく声を上げた。
【本館/17・2/19掲載/別館/17・2/21転記】
「お帰りなさい、真昼君。猫? 動物は私も好きだから大丈夫だけど・・・・!?」
高校から帰宅した真昼を出迎えた瑠璃は、彼の腕の中に抱かれた小さな黒猫の姿を見て、一瞬、驚愕の表情で固まってしまう。
―――――・・・・スリーピーアッシュ?
衰弱しているのか、目は閉じているので瞳の色は確認できないが、一月余り前に出逢った〝怠惰〟の吸血鬼の動物姿と同じ。
と―――――
「・・・瑠璃姉? やっぱり、猫がダメなんじゃ・・・」
黙り込んでしまった瑠璃の顔を真昼が眉を顰めながら見つめてきて。
そこで我に返った瑠璃は眉を下げながら笑みを浮かべると、
「あ、・・・ううん。ずいぶん小さい猫だなって、ちょっとびっくりしただけよ。
―――――それより、まずはお風呂にその子入れてあげないとね。
今日の夕飯は、私がこのまま作るから真昼君一緒に入って来ても大丈夫よ」
「分かった。じゃあ、そうするよ」
柔らかな口調で瑠璃が紡ぎ出した言葉に、真昼もまた安堵した様子で頷き返してきたのだった。
本日の夕飯のメインは真昼の好きな和風おろしハンバーグだ。
一緒に住むようになってから、すっかりと打ち解けた関係になった今は『瑠璃姉』と真昼は瑠璃の事を呼んでいる。
そして徹が普段仕事により家を空ける事が多いことから、家事全般を得意としている真昼の主夫の腕前に及ばないものの、瑠璃も元の世界では一人暮らしだったことから、
こうして時折食事の準備を買って出るようにしているのだった。
黒猫を拾った際に、真昼は餌の他に首輪も購入をしてきていたようで。
お風呂を上がった真昼から、夕食の支度を終えた瑠璃が黒猫を受け取り、タオルで身体を拭いてから、ドライヤーで毛を乾かしていると、袋から鈴が付いた首輪を取り出してきたのだ。
「何て名前をつけるの?」
「う~ん、そうだな。こいつ、黒猫だから・・・ここはシンプルに『クロ』にするよ!」
すっかり毛並の艶が良くなり、落ち着いたのか、瑠璃の膝の上でまどろむような様子を見せる黒猫に鈴が付いた首輪を付けると真昼はそう言ったのだった。
―――――あいつの気配をすぐ近くで感じる
―――――まさか、オレを拾ったガキの家にあいつがいるなんて
―――――あいつはオレの正体を話すだろうか
猫用のベッドとしてタオルが敷き詰められた籠の中で、『クロ』という名を真昼から与えられたスリーピーアッシュは思考を巡らせる。
いま、猫用ベッドが置かれているのは真昼の部屋だ。
―――――瑠璃の部屋は真昼の部屋の向かい側。
ベッドから降りると、静かに人型にスリーピーアッシュは戻り、真昼に気付かれないよう気配を消しながら向かい側の部屋に向かう。
瑠璃の部屋の前で、ノックをするべきか躊躇いつつ、結局は中の気配を確認して、こそっと扉を開いて中に入っていく。
深夜であることから、瑠璃も熟睡しているようで。
ベッドに近寄っても、目覚める様子はなかった。
―――――おそらくこいつは・・・瑠璃はそんなことはしないだろう
―――――少しの間だけ、この家で世話になって様子を見てみようか
ほんの僅かな時間、あの時は接しただけだったが、時折〝誓約の証〟の波動を辿って瑠璃の様子は見ていたのだ。
―――――すぐ傍にいまは在る為に、ふわりと香ってくる魅惑の匂い。
―――――それは、瑠璃だけが持つ、特別なモノ。
眠る瑠璃の頭に手を伸ばし、そっと額の毛をスリーピーアッシュは撫でると、口付けを落とした。
―――――何より、もう少しだけ瑠璃の傍に居たい
瑠璃に抱くこの感情は、〝ミストレス〟に対する本能的なものか。
それとも・・・・・
「・・・めんどくせー」
―――――その答といま向き合ったところで、どうなるというのか。
思考を遮断するように、スリーピーアッシュはまた黒猫の姿に戻ると、瑠璃の枕元に飛び乗り、寄り添うように丸くなる。
そうして、そのままそこで眠りに就いたのだった。
―――――翌朝。真昼は学校へ。瑠璃は仕事に赴くと、家の中に残されたスリーピーアッシュはまた人型に戻り、気ままに過ごしていたのだが、それが『契約』に繋がるとは、その時は思いもよらなかったのである。
「―――――それで、真昼君は結局、料理隊長と衣装係の両方引き受けたのね」
真昼と、彼の幼馴染である三人の少年――――――桜哉、龍征、虎雪の三人と共に帰路に着きながら瑠璃は、文化祭の係決めをやっていた時の様子を聞いていた。
桜哉は左の髪の毛先だけ、外側にくるっとはねているのが特徴的で、よくふざけて冗談をいう。
龍征は釣り目で、髪をヘアバンドでアップにしており、どちらかといえば、気は長い方ではないかもしれない。
虎雪は厳つい名前に似合わず、柔らかい顔立ちで、のんびりとした優しい性格である。
と―――――三者三様ではあるが、三人は小学校からずっと真昼と仲の良い親友でもあるのだという。
そして瑠璃の現在の職場は、真昼たちの学校の購買であるため。
自然と三人とも面識ができ、気づけばこうして時折一緒に帰る事が習慣となっていた。
「だってさ、瑠璃姉。結局誰かがやんないとなのにもめるの面倒だろ」
「さすがです、真昼様!」
真昼の言葉に桜哉が合いの手を入れて。
「でも真昼様。お一人じゃあ大変なこともあるでしょう? 幼馴染として手伝いましょうか? 針に糸も通せませんが」
「逆にめんどくさい、一人でいい」
その後に続いた案を真昼が却下すると、また桜哉は逡巡するような面持ちになり。
「真昼さー衣装の布とか糸って駅前で買うの?」
「え? うん」
桜哉から投げかけられた問いに、そうなるかなと真昼が頷き返すと。
「気を付けろよ! 最近あの辺り・・・吸血鬼が出る・・・って噂があるんだ」
ビシッと指を立てながら、さらにニヤッと笑みを浮かべた桜哉の口から唐突に聞かされる事となった噂話に『はぁ?』と真昼達は呆れたような表情を浮かべるが。瑠璃は思わず目を見開き、桜哉の顔を見つめてしまう。
「いやマジで!! 通り魔みたいなんだけど、その被害者は首や腕に噛まれた痕があって・・・全身の血が抜かれてたんだって!! 被害者はすでに十数人とか・・・」
そして半信半疑の真昼と龍征と、信じかけている虎雪の傍らで、必死の様子で話す桜哉の話にジッと瑠璃もそのまま耳を傾けていたのだが―――――
ふと、桜哉の真紅の瞳と視線が合った。
その瞳は、何処となく辛そうな、申し訳なさそうな、感情が入り混じったもので。
「・・・桜哉君?」
瑠璃が名を呼ぶと、桜哉はハッとしたような表情となり。
「・・・さてっ。今の話はどこまでが嘘でしょーかっ」
ふざけた口調に戻った桜哉からは、先程見えた感情はもう見えなくなっており。
「言うと思った!!」
真昼から容赦のない平手の突っこみをべしっと後頭部に受けたのだ。
「瑠璃姉も大丈夫だって。桜哉の噂話は大体嘘なんだから!」
なんだ嘘か~とそれを見てほっとした表情を虎雪が浮かべる一方で、虎雪同様に話を真に瑠璃が受けてしまったというように思ったらしい真昼が気遣うように声を掛けてくる。
「・・・あ、そうなのね。有り難う真昼君」
桜哉の先程の表情が気になって、考え込むような表情になってしまっていた瑠璃は、そう言って笑みを返す。
と―――――
「あっそうだ。駅前のカラオケ行かない? 割引券あるんだー」
話題転換を図るように虎雪がにっこりと笑って告げてくる。
「じゃあ俺たち、一度帰って洗濯物取り込んでから行くよ!」
真昼がそれに頷き、返事をすると「行こう、瑠璃姉!」と促してくる。
話を打ち切られた桜哉は、うわああすげー無視! 駅ダメ!! と顔を青ざめさせていたのだが、最終的には「襲われても知らねーからっ」と彼が叫んだところで、一時解散となったのだった。
「そういえば・・・クロ飯食ったかな。一応ネコ缶開けて置いてきたけど」
マンションに辿り着いた所で、真昼が思い出したように言った。
そして二人でエレベーターに乗り込んでいく。
「うん・・・そうね、ご飯ちゃんと食べてると良いけど」
真昼の言葉に頷きながらも、瑠璃の思考はある可能性を考えていた。
朝、起きたら真昼の部屋にいた筈の黒猫が、枕元にいたのには驚いたが・・・。
もし、『彼』なのだとしたら、閉じていた部屋のドアを開くのは、人型に戻れば簡単な話なわけで・・・。だとすれば―――――ネコ缶はおそらく手は付けないのではないだろうか。
住まいがある階に到着したエレベーターから降りて、住んでいる部屋の前まで行くと、まず真昼が鍵で扉を開けて、ただいまーと言ったのだが―――――
「あれ? テレビつけっぱなし・・・」
聞こえてきた音に真昼が怪訝そうな表情を浮かべた。
「瑠璃姉、朝ちゃんと消したよね?」
そう言いつつ靴を脱ぎ、真昼はリビングに向かって行く。
まさか・・・と思いつつ、瑠璃も靴を脱いでその後を追う。
ほぼカーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、床には封が切られたポテチの袋と空になったカップ麺の器とお茶のペットボトル。さらに雑誌やゲームが散乱していた。
そして映し出されたテレビの前、そこにはさらに追加で作ったらしいカップ麺を啜るフードを被った男の姿が在ったのだ。
―――――は? 何これ? だ・・・誰・・・?
真昼が混乱した顔で男を見つめる一方で、
―――――あぁ・・・やっぱり・・・!
瑠璃は思わず、項垂れてしまう。
「あ―――――・・・死ぬほどめんどくせーことに・・・」
一方で、男―――――スリーピーアッシュは気まずそうな表情で麺を啜り終えると、汁を、ずず・・・と飲む。
「誰だお前ッ」
我に返った真昼が、部屋の隅に置いてあったモップを手に取ると、スリーピーアッシュに向かって振りかざしていく。
「人の家で何して・・・っ」
バッとそのまま振り下ろすも、しかし軽々と跳躍されて避けられてしまう。
トッと着地すると、「・・・なんて凶暴なガキだ。はー怖ェ・・・向き合えねー・・・」
そう言いながら、何とかしてくれと云うように、瑠璃の方にスリーピーアッシュは真紅の瞳を向けてくる。
「・・・えっと・・・真昼君、とりあえず落ち着いて・・・」
「な・・・何・・・っうわ!?」
瑠璃の言葉に真昼は返事を返そうとするも、バランスを崩してカーテンに向かって背中から倒れ込んでいってしまう。
それにより閉ざされていたカーテンが引っ張られ、薄暗かった部屋は一変して日の光が差し込んでくる。
―――――刹那、スリーピーアッシュの姿は黒猫に変わったのだ。
「・・・え・・・? クロ・・・? 今ここにいた奴は・・・? ね・・・猫になっ・・・えっ・・・?」
日光に当たると、どうやら吸血鬼は灰になるのではなく、動物に変わってしまうらしい。
「あの・・・真昼君・・・」
とりあえず、真昼から一旦、黒猫を預かって落ち着かせなければ・・・そう思い瑠璃は呼び掛けたのだが―――――。
真昼は猫を抱いたまま無言で立ち上がると、そのまま窓に背を向けたままカーテンを片手でシャッと閉めてしまう。
すると、ボンと音を立て腕の中の黒猫は人型に戻っていた。
「何しやがる・・・オレは日光とは向き合えねーのに・・・」
「うわあああああ!? なんっ・・・何なんだよお前!?」
顔を顰めるスリーピーアッシュに対して、真昼は絶叫するとそのまま勢いよく手を離し、カーテンを引っ掴む。
それにより、日の光がまた部屋の中に差し込み、人の姿から動物の姿にスリーピーアッシュは再び変わってしまい。
人を投げんなよ・・・と黒猫の姿で呻きながら、日陰を求めて、瑠璃が立っていた側にやって来る。そこでまた、人型に戻ると―――――
「・・・心優しい引きこもり吸血鬼?」
初めて瑠璃と出逢った時と同じように、そう名乗ったのだが、
「瑠璃姉に近づくな!! 窓からっ・・・捨ててやるっ・・・」
「なんだお前シスコンか・・・って、ちょ・・・オレ吸血鬼だぞ。日光はやめろ、死ぬ死ぬ不老不死だけど死ぬって」
怒りの表情となった真昼にコートの裾を引っ張られ、スリーピーアッシュは床に這いつくばって必死の抵抗を見せる。
「人間はなんて残酷な生き物だ・・・・・・っ」
こいつ、ひどすぎるぞ・・・と訴えてくるスリーピーアッシュに、瑠璃は苦笑を浮かべるしかなく。真昼は「うるせぇ妖怪!!」と、また叫んだところで、つい先程、桜哉から聞かされた噂話を思い出したようだ。
「吸血鬼・・・ってまさか通り魔の!? 俺と瑠璃姉を襲って血を飲む気じゃ・・・っ」
「そんな死ぬほどめんどくせーこと誰がするかよ。自意識過剰ってよく言われない?」
しかし、スリーピーアッシュの返答は真逆のもので、
「襲えよ!! 吸血鬼なら!!」
「襲えとか簡単に言うな。犯罪だぞ・・・?」
ちぐはぐなやり取りに思わず瑠璃は、クスッと笑いを零してしまう。
すると、真紅の瞳がこちらを捉え「それより喉乾いたな、お茶貰える?」と言われた為。
「あ、お茶ね・・・ちょっと待ってね」
冷蔵庫から新しいボトルを瑠璃が持ってこようとすると、吸血鬼らしくないスリーピーアッシュの言動に、何からツっこんだらいいのか、と頭を抱えて唸っていた真昼が左手を振りかざし。
「何、ちゃっかり勝手にお茶の要求してるんだよ!!」
ベシッとスリーピーアッシュの後頭部を叩いたのだ。
「そう慌てんな・・・夜になれば出てくって・・・」
ひで――――奴だな・・・と、ため息を吐きながら痛む後頭部をスリーピーアッシュは擦ると、「とりあえずオレが人の姿の時に名前を呼ぶなよ」そう言い含めてきたのだが。
彼が云う『名前』というのは、果たして
―――――その答はすぐに明らかになった。
「俺、お前の名前なんか知らねーよ! 猫だと思ったから
真昼が黒猫に名づけた名を口にした瞬間、ヴンッという音と共にリビングに閃光が現れ。
光の輪がスリーピーアッシュの首回りに出現し、そこからさらに伸びた光が真昼の右腕にもまた輪を形成するとそのまま拡散したのだ。
―――――それは一瞬の出来事だった。
「・・・死ぬほどバカだな・・・」
「なっ・・・何だよ今の!?」
言った傍から・・・と、げんなりした表情を浮かべるスリーピーアッシュの胸ぐらを真昼は掴み問いただそうとする。
そこで、イラストが描かれたフリップをスリーピーアッシュは出してきたのだが。
「はー説明とかめんどくせー」
「めんどくさいならさっさとシンプルにやれ!!」
しかし、話は進まず―――――。
相性が合わない両者の間に、瑠璃が入ることで、漸く話を聞き出すことが出来たのだが―――――。
「
契約した主人からのみ血を貰い、主人の命令には従う。
『
そして、先程のあれは『仮契約』というものなのだという。
お菓子の食べこぼしなど、散乱した床を綺麗にするべく、掃除機をかけながら真昼は話を聞いていたのだが、肝心な部分―――――『仮契約』した両者の距離が離れた場合、どうなるかというのに対して「まぁ・・・なんかなるぞ」という、スリーピーアッシュの適当な返事に「あーもーイライラするー!!」とまた叫び声を上げてしまう。
「『本契約』を行わないためにはどうすれば良いの?」
真昼が部屋を掃除する一方で、洗濯物を取り入れた瑠璃が尋ねかけると、
「24時間以内にオレに血を飲ませなければ大丈夫」
床でまた寝転がりながら、くつろいだ様子でポテチを食べていたスリーピーアッシュはそう答え。
「・・・・って、飲ませろっていうネタフリじゃねーからな」
念を押すように真昼に向けて言葉をかけると、
「もうお前、黙れ!! ポテチこぼすな!!」
それにまたもや真昼はカチンときたらしく、掃除機でスリーピーアッシュのコートの裾を吸い込ませていく。
「可愛いペットを掃除機で吸うなんて・・・っ吸血鬼より人間のほうがよっぽど残酷だ・・・」
「うるせー!! 可愛くねーしペットじゃねー!!」
結果、両者は掴み合いの喧嘩に発展してしまう。
「―――――もう、二人ともやめなさい!!」
まるで兄弟喧嘩のようだ、と瑠璃は内心で思いながら、ごろごろと床を転がっていく二人を仲裁するべく声を上げた。
【本館/17・2/19掲載/別館/17・2/21転記】
