第七章『遭遇』
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遭遇
盛り上がりを見せた文化祭を区切りに、東高校の一学期の行事はほぼ終了となり。
夏休みが三日後に迫ったその日―――――。
真昼は学校で〝とある人物〟と接触をする事となった。
その人物とは、二年の生徒会副会長―――――露木修平である。
何故、露木と真昼が関わりを持つことになったのか。
それは、クラスメイトから貰った食べ物を、手だけでなくフォークまで使って、猫らしからぬ仕草で食べるようになったクロに対して、吸血鬼とバレたらどうするのかと、真昼がトイレの個室で叱責していたその時。
「・・・あなたが心配されなくても、〝スリーピーアッシュ〟と〝ミストレス〟の件でしたら問題ありませんよ」
―――――そんな会話を耳にした事が起因だった。
つい先日、修行をつけてくれるという約束を取り付けた、嫉妬の吸血鬼の主人である御国から、その第一歩として『学校にも敵である下位が潜んでいるかもしれないと、周囲を疑って生活すること』と言い渡されていた真昼は、すぐさま敵の下位吸血鬼かもしれないという考えの下、そこで話をしていた人物たちの後を追いかけようと、トイレから飛び出したのだが―――――すでに一人は何処かに立ち去ってしまったようで、見つけることが出来たのは露木一人だけだった。
そして露木は階段を降りようとしていたのだが、その刹那―――――
露木は階段から足を踏み外して、だだだだ―――――んっ、と背中から勢いよく下に向かって滑り落ちていってしまったのだ。
真昼の性格上、見て見ぬふりなど出来る筈もなく―――――露木が下位吸血鬼かもしれないという疑惑の思いはその時点で頭の隅に追いやられてしまい。
「・・・だ・・・大丈夫ですか!?」
階段を駆け下りて真昼は露木の下に向かったのだが。
しかし、事はそれだけに止まらず、露木が身体を起こした直後―――――
突然、階段の上から牛乳パックが落下してきて、ばしゃーんっと露木の頭を濡らし。
さらに続いて飛んできたサッカーボールが、露木の首の付け根を殴打したのだ。
まさかの古典的な不運に連続して見舞われた露木に、真昼はかけるべき言葉が思い付かず、唖然とした面持ちで立ち尽くしてしまう。
と―――――
「・・・そう来ると思った」
ぽつ・・・と露木は小さな声でそんなふうに呟くと、
「そう来ると思って受け身は取ったし。そう来ると思ってバスタオルも持ってきたし。そう来ると思って湿布も準備済み。備えあれば多少憂いあれど問題なし!」
予定調和だと言い切った上で、まるで予知能力のごとき有り様で、全ての対処を行ったのだ。
そうしてキリとした態度で立ち上がった露木に対して、真昼は信じられないと言わんばかりに顔を引きつらせたまま「問題ないかなあ!?」と漸く言葉を発することが出来たのだが・・・・・・。
「一年六組・・・城田真昼君ですね? 初めまして・・・生徒会副会長、二年の露木です」
すると露木は眼鏡に手を掛けつつ、鋭い眼光で真昼を見据えると、話しかけてきたのだ。
今、君に会いに行こうと思っていたところですと言った露木の言葉に、下位吸血鬼かもしれないという疑惑を抱いていたことを思い出した真昼は、思わず顔を強張らせてしまう。
「君・・・先日の文化祭で屋上からホウキで飛び降りてますよね」
そして真昼は―――――
武器を出したのを見られたなら俺がクロの主人だってきっとバレてる・・・っ。
―――――と切迫感を抱いたのだが・・・・・・。
「そこで君にこれを」
「は?」
露木から差し出された一枚のプリントを、訝しみながらも受け取った真昼は、その内容を目にした途端、拍子抜けした顔になってしまう。
「・・・夏休みの初日に地域祭りの手伝い・・・ボランティア??」
「校内で募集をしていたんですが人が集まらず・・・仕方がないので素行が悪い者に罰として行かせることになりまして」
そこで聞かされた事情に、しかし、〝素行不良〟という行いなど覚えのない真昼は「なんで俺が・・・」と、混乱した面持ちで言い返そうとするも、
「文化祭でのパフォーマンスは事前に届け出が必須でしたが?」
と言って、露木は冷然とした眼差しで真昼を叱責してきたのだ。
夏休みは初日から御国に修行をつけてもらう約束をしていたのにも関わらず、なんでこんなことになってしまったのか。
眉を顰めつつ、真昼はプリントを見つめながら―――――
―――――・・・というかこの人・・・吸血鬼? じゃない??
―――――でも、さっきトイレで・・・
と―――――思考を巡らせていたのだが。
「それと、こちらを瑪瑙さんにお渡しして頂けますか?」
「え? ・・・・・・瑠璃を姉にも?」
一瞬、まさか瑠璃姉が『鍵』を使った時の様子も見られたのか!? と、真昼は目を見開いてしまうも。
けれど瑠璃の分として露木が差し出してきたプリントの内容は異なるもので―――――。
「・・・・・・浴衣一式無料貸し出し(小物含む)&無料着付けのご案内??」
「はい。瑪瑙さんには、先日の文化祭では大いにご尽力を頂きましたので。その功績を称えて―――――」
夏祭り会場の近くで、人数限定で行われる催しのようだが、このチラシを持っていけば受け付けて貰えるらしい。
「それでは、俺はこれで・・・」
そうして一通りの要件を伝え終えた処で露木は、真昼に背を向けて立ち去ろうとしたのだが―――――。
「あっ。露木先パ・・・」
露木が吸血鬼なのか、それとも違うのか―――――まだ見極められていなかった真昼が咄嗟に呼び止めようと伸ばした左手で、露木の制服のシャツの左袖を掴んだ結果―――――ビリッとシャツの袖は不運にも破れてしまったのだ。
・・・そう来ると思って裁縫道具を―――――と、すぐさま取り出して見せた露木に、すみません・・・俺、直しますと、慌てて謝罪をした真昼は、その場で繕い始めたのだが・・・・・・。
「あ・・・っ、あのっ・・・露木先輩って、その・・・きゅ、吸血鬼ですか?」
袖を縫いながら、思わず真昼は考えていたことを、そのまま露木に問いとして投げかけてしまい。
その結果―――――露木から『早退届』を渡される羽目になってしまったのだった。
その日の夜―――――御国に連絡を取った真昼が、その事の顛末を話した処。
『キミはバカだね!』
電話向こうで御国は、やはり小馬鹿にするかのような口調でそう言ったのだ。
けれど、御国もまた露木の正体に関しては、
『まあ今の段階ではその副会長さんが〝何か〟はわかんないな』
はっきりとした物言いをすることはせず、『普通の人ではないだろうけどねぇ』とだけ言うと。
『とりあえず修行はその次の日からにずらせばいいよ』
修行の日程変更を承諾してくれたのだが。
『日本の祭りかー。いつ以来かなー。瑠璃ちゃんは浴衣着るんでしょ? 怠惰の反応を見に、冷やかしも兼ねていこっか?』
あっはと、意地の悪い笑いを零した御国に、真昼は「もー・・・御国さん・・・」と、思わず顔を顰めてしまう。
クロは洗濯物を畳んでいる瑠璃の傍に腰を下ろしてテレビを眺めている。
だからなのか、電話の会話に加わることはしなかったが、祭りの日に御国が来たなら、間違いなくめんどくさいことになりそうな気がする。
と―――――
『祭りか・・・人の多いところでは特に周囲に気を配ってね? その副会長さんのこともそうだけど・・・。疑わしきは罰しちゃえば?』
ふいに、御国の口から、注意喚起の言葉が紡ぎ出された。
その時、真昼と電話をしていた御国のすぐ傍では、ジェジェが一体の下位吸血鬼を壊していたのだ。
『大体何事も騙されるほうが悪いんだよねー。オレのジェジェもそうだけどさあ。この仕事やってくれたら血のませてあげるーなんて適当な話、簡単に信じちゃってー』
そうして、また意地の悪い口調に戻った御国が、あっはっはっ♥と嘲笑するかのような笑みを浮かべると。
仕事を終えたジェジェが御国の言葉に憤慨し、ガシャ!と袖口に仕込んでいたマシンガンを構えなおすと、御国に向かってドンドンドンと発砲を開始したのだ。
『きゃ―――――撃―――――た―――――れ―――――る―――――』
しかし、そんなふうに声を上げつつも、御国は変わらぬ調子のままで。
『あっはっはっ、じゃっ、またね―――――~』と笑い声を上げながら、真昼との通話を終了したのだった。
―――――三日後、夏祭りの夜。
「クロ。これ、お小遣い渡しとくから。瑠璃姉、一人でお祭り回ってもつまんないだろうし。お前も一緒に行ってこいよ」
真昼がそう言ってクロにお小遣いを差し出したのは、露木から受け取っていたチラシに書かれていた催事場の中に瑠璃が入って行った後―――――浴衣を選んで着付けして貰っている間の事だった。
真昼は夏祭り会場では、ボランティア活動に参加しなければならないので、一緒に回ることは出来ない。
けれど、せっかく瑠璃が浴衣を着るのだ。
―――――シンプルに考えてクロが一緒に回るべきだろ。
クロと瑠璃―――――二人の距離が、椿との件をきっかけとして、以前よりも一層近しいものに変わったというのは、真昼の目から見ても明らかで。
瑠璃は真昼にとっては『大切な家族』で、『姉』として慕っているからこそ、時にムキになってしまう事はあるが、二人の事を邪魔したいと考えている訳ではない。
「―――――少しの間ぐらい、離れていても大丈夫だろ?」
限界距離の事を考えると、長い時間離れるのはまずいのかもしれないが、祭りの屋台を二人で一緒に見て回るぐらいは出来るだろう。
けれど、クロは真昼の厚意に素直に応じることはせず、
「・・・・・・お前のお節介には向き合えねー」
フードのファーを左手で引っ張ると、表情を隠すようにしながら、右手でお小遣いを受け取り、ぼやくようにそう言ったのだ。
そんなクロの様子に、相変わらずな物言いだなと真昼は眉を顰めつつ息を吐くと、
「それじゃあ、瑠璃姉のこと頼んだからな、クロ」
ボランティアの集合場所である祭り会場の本部に向かっていったのだ。
「―――――クロ、お待たせ」
支度を終えた瑠璃が姿を見せたのは、それから5分程してからのことだった。
「おう―――――・・・・・・っ」
瑠璃のほうに視線を向けた瞬間、クロは自身の鼓動がドクリと大きな音を立てたのを感じた。
普段、瑠璃は動きやすいシンプルな服装を好んで着ている。
そして顔立ちも童顔であることから、どちらかといえば〝可愛らしい〟という言葉が当てはまっていた。
けれど今の瑠璃には―――――〝綺麗〟という言葉のほうが相応しいだろう。
瑠璃が選んだ浴衣の色は、爽やかな水色で、細めのストライプに、朝顔が描かれたデザインの物だった。そして着付けを行なってくれた女性が、せっかくだから髪も纏めちゃいましょうと言って、下ろしていた瑠璃の髪をアップに纏めてくれたので、綺麗に首筋までしっかりと見えていて―――――女性らしさが引き立つ装いとなっていた。
呆然とした面持ちになったクロの傍に、ゆっくりとした足取りで、カラコロと下駄を鳴らしながら辿り着いた瑠璃は「クロ?」と目を瞬かせ、首を傾げながら見上げてくる。
―――――向き合えねー・・・・・・。
大きな音を立て続ける自身の鼓動に、クロは心中でそう零しつつ。
それを紛らわす為に左手を自分の側頭部に添えると―――――
「・・・・・・その・・・・・・瑠璃・・・・・・似合ってるぞ・・・・・・浴衣」
「―――――ありがとう、クロ。浴衣を着るのは子供の頃以来だから、少し恥ずかしいのだけど。そう言って貰えるのはすごく嬉しいわ」
何とかその言葉を紡ぎ出したクロに、瑠璃もまた頬を赤らめながら、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべたのだ。
祭囃子が鳴り響く中、様々な人たちとすれ違う。
親子連れ、カップル、友人同士、老人と子供。
そして人々が行き交う路には、様々な露店が軒を連ねている。
焼きそば、たこ焼き、綿菓子、リンゴ飴と水飴、かき氷、クレープ。
お面、輪投げ、射的、ヨーヨー釣り、金魚掬い。
―――――等々、何処から見て回ろうかと、目移りしてしまう状況だ。
「お祭りに来るのは久しぶりのことだけど、この賑やかな雰囲気はいつ来ても変わらないわね」
クロと手を繋いで歩きながら、瑠璃は笑みを浮かべて言う。
「クロ、何かやりたいモノとか食べたいモノがあったら言ってね」
しかし、瑠璃の言葉にクロは微妙な面持ちで眉を寄せると、
「いや・・・・・・瑠璃、それはオレが言うべき台詞だからな・・・・・・」
きょとんと目を瞬かせた瑠璃に、
「真昼から〝お小遣い〟を貰ったから、遠慮しなくていいぞ」
いつもならニート吸血鬼らしく、掛けられた言葉を受け入れる処だが、今回は主人である真昼から貰ったモノがあるのだ。
「―――――そうだったのね、ありがとう。クロ」
空いていた方の左手で、自身のジャケットの胸ポケットを示したクロに、ふと瑠璃は笑みを零す。
「じゃあ、せっかくだからアレやっても良いかしら?」
そして瑠璃が指し示したのは、夏祭りの定番風物―――――大きな水桶の中に浮かんだ色とりどりの水風船を細い紙紐で釣り上げる―――――ヨーヨー釣りだった。
「クロ、上手くヨーヨーを釣り上げるコツって知ってる?」
二人分の代金をクロが支払い、こよりを一本ずつ受け取った処で、水面を見つめながら瑠璃が口を開いた。
「いや、知らねぇけど・・・・・・」
「こよりの紐を出来るだけ短く持つと良いのよ」
クロが首を捻ると、瑠璃は持つ位置を変えたこよりの先端にあるフックを、水色のヨーヨーに近づけていく。
「えいっ!」
「おぉー・・・・・・器用なもんだな、瑠璃」
掛け声とともに見事、ヨーヨーを釣り上げた瑠璃にクロが感心した様子で声を洩らすと、瑠璃は笑みを浮かべながら言った。
「子供の頃、両親に縁日に連れて行って貰ったときにね、コツを教わったのよ」
―――――ジッと水面をのぞき込むようにしながら、欲しいヨーヨーを何とか釣りあげようと、こよりの先に付いたフックを近づけていくも、釣りあげる前に紐はプツンと切れて しまい。
半泣きになった娘に両親は―――――
『瑠璃、ヨーヨーを釣るときは、もうちょっと紐を短く持つと良いんだよ』
―――――微苦笑を浮かべるとそう言ったのだ。
「両親は多忙な人たちだったから、祖父母の処にお世話になることが多かったのだけど。一緒にお祭りに行けた時の事は大切な思い出の中の一つなの」
「・・・・・・そうなのか」
初めて聞いた瑠璃の子供の頃の思い出話に、クロはふと眉を下げる。
瑠璃の口から、そう言った話を聞くのはこれが初めてではないだろうか。
クロ自身、自分の〝過去〟の話をする事を避けている為、瑠璃にもまた敢えてそれを尋ねる事をしなかったのだが。
でも、いまは―――――・・・・・・
瑠璃の事をもっと知りたいと、望んでいる自分が居る。
けれど―――――
―――――〝自分の過去〟は話すことは出来ない。
―――――それなのに、そんな事を望んでも良いの?
ふいに、クロの心の奥底で、ひっそりと囁き声が聞こえた。
次いで、思い浮かんできたのは、あの〝中立機関〟から接触があった時の事。
―――――めんどくせー・・・・・・。
それから目を逸らすように、徐に手に持ったままだったこよりを水面に向かって下ろしていく。
「―――――クロ、そのままゆっくり引き上げて」
「・・・・・・っ」
その時、ふいに傍らに居た瑠璃の声がクロの耳朶に滑り込んできた。
一瞬、動揺してしまったものの、しかし手元にまでは影響を及ぼすことはなく、瑠璃に言われたままに、ゆっくりと紐を引き上げていく。
と―――――
「クロ、凄いわね! 一度で二個も釣りあげるなんて!!」
そこには透明のヨーヨーとオレンジ色のヨーヨー。
二つのヨーヨーが紐の先に在るフックにはぶら下がっていたのだ。
「やっぱりクロって手先がすごく器用よね。猫の姿でもゲーム機を使えるぐらいだし」
「まぁ、あれは結構やりこんでいたからな」
ヨーヨー釣りの屋台を後にした処で、瑠璃が感嘆の言葉を洩らすと、クロは左手にぶら下げたその二つのヨーヨーに視線を向けつつ言った。
好きこそ物の上手なれ。そんなことわざを思い出した瑠璃はクスっと笑いを零すと、
「それじゃあ、次は何をするかクロが選んでくれる?」
「オレが・・・・・・?」
眉を顰めたクロに瑠璃は言う。
「だって、せっかく真昼君からクロがお小遣いを貰ったんだもの。クロがやりたいモノも遊ばないと勿体無いでしょ?」
何より、せっかく一緒にお祭りを回っているのだ。
互いの希望を取り入れたほうが、より楽しい時間になるだろう。
ジッとクロの顔を瑠璃は見つめる。
と―――――
クロは呆然と目を見開いた後に、ゆっくりと瑠璃から視線を逸らすと、
「・・・・・・――――――向き合えねー・・・・・・」
小さな声でポツリと言った。
けれど、それは瑠璃に対しての拒絶ではなく―――――。
瑠璃の言葉によって、揺らめいていた感情が、ふと和ぐのを感じたからだった。
それからクロは小さく息を吐くと、立ち並ぶ屋台に視線を巡らせていき―――――
「・・・・・・じゃあ、射的をやっても良いか?」
「えぇ! 勿論よ、クロ」
クロの言葉ににっこりと満面の笑顔で瑠璃は頷くと、射的の屋台に向かって一緒に歩き出す。
射的の屋台の景品は―――――
下段にはおまけ入りのお菓子。子供向けの雑玩。
中段にはプラモデルや、戦隊もののフィギュア人形。黒猫と狐の動物のぬいぐるみ。
上段にはゲーム機とゲームソフト。ラジコンが置かれていた。
クロがまた二人分の代金を支払うと、店主から二丁のライフピストルとコルク弾が五発分ずつ差し出された。
それをクロと一緒に瑠璃も受け取ると、
「・・・・・・瑠璃、射的はやったことあるのか?」
「ううん、初めてよ」
クロが尋ねかけてきた言葉に首を振る。
「そうか・・・・・・こうやって、ピストルの先端にコルク弾をしっかりと詰めて、欲しい景品目掛けて撃つ。それが射的だぞ・・・・・・」
するとクロは自身のピストルを手にしながらやり方を説明してくれた。
その際に店主が、「景品は棚から落ちたらあげられるからね」と言い足してきた。
それに成程と瑠璃が頷くと、クロは景品が置かれたひな壇の手前に設置されたカウンターに両肘を乗せながら右手でピストルを持ちつつ、狙いを定めるようにしながら、脇を締めて右腕を伸ばしていく。
―――――パン
という音とともにコルク弾が発射された。
クロが狙ったのはゲーム機だった。
その後、また弾を詰め―――――
合計三発の弾を使ったのだが、三発とも箱の角を掠めたものの、揺らぐことはなく。
「・・・・・・向き合えねー」
上段の景品は中身が重いものである為、倒すことはおろか、撃ち落とすなんて、コルク弾では至難の業になってしまうのだろう。
眉を顰めつつクロが唸った隣で、瑠璃もまたクロに教わった通りにピストルを構えていく。
―――――ならば、初心者が狙う場合は下段の景品が無難だろうか。
そう思いつつも、瑠璃の視線は中段に置かれた、二匹の動物のぬいぐるみに向けられていた。
「・・・・・・よし、挑戦してみようかな」
ゆっくりとピストルの引き金に指を掛けると、コルク弾が発射されていく。
けれど狙いが甘かったようで、コルク弾はどちらのぬいぐるみにも命中することはなく。
景品から逸れた場所に飛んでいってしまったのだ。
「・・・・・・あっ」
弾は残り四つ―――――それに対して欲しい景品は二つ。
二発ずつで獲得出来るだろうか。
瑠璃が景品を見つめながら逡巡をしていると―――――
「なぁ、瑠璃が欲しいのって・・・・・・あの動物のぬいぐるみか?」
「えぇ。何処となく、クロと椿に似てるから・・・・・・」
ゲーム機の獲得は、最早諦めたらしいクロが瑠璃に話しかけてきた。
そうして瑠璃がクロの言葉に頷くと、
「・・・・・・オレに似たぬいぐるみはともかく、アレもか・・・・・・」
クロは向き合えないと言った面持ちで、狐のぬいぐるみを半眼で見遣ったのだが。
「・・・・・・オレと瑠璃の弾を合わせたら全部で六発。ぬいぐるみならゲーム機より確率は上がるか・・・・・・」
「え? クロ、協力してくれるの?」
「あぁ・・・・・・・めんどくせーけど。お前が欲しがってるんならな・・・・・・」
目を瞠った瑠璃にクロはそう告げると、再び両肘をカウンターに乗せながら、景品を撃つのに適した体勢に変えていく。
―――――パン
まず一発目。
―――――パン
そして二発目。
どちらの弾も狙いは逸れることなく、目的の景品に向かって飛んでいき。
見事、黒猫のぬいぐるみに二発の弾が当たり、台の上に乗っていた体制から倒れて、あと一発で落ちるであろう状態となり。
「よし・・・・・・あれなら、もう猫のぬいぐるみは獲得したも同然だな・・・・・・」
クロが目を細めつつ呟くと、自身のライフピストルはカウンターの端に置き。
「それじゃあ、次は瑠璃の番だな」
「―――――えぇ、頑張るわね!」
クロの言葉に瑠璃が頷くと、瑠璃の後ろに回ったクロは密着するようにしながら、両腕を伸ばしてピストルを手にした瑠璃の手に自身の手を添えてくる。
「・・・・・・―――――クロっ!?」
「・・・・・・こうやってオレが後ろから、お前を支えた方が上手く打てるだろ」
戸惑いの声を洩らした瑠璃にクロは告げる。
そして―――――
「しっかりと、狙いを定めて・・・・・・よし。引き金を引くんだ」
射的の弾を上手く打ち出すには、脇をしっかりと締めて、腕を伸ばしていく。
そして銃身がブレないように、しっかりと踏ん張って発射させる。
これが大切なポイントとなる。
―――――パンッ
勢いよく発射された弾は黒猫のぬいぐるみにヒットし、コロンとそれは台座から下に向かって落ちていった。
「あっ!! クロ、見て!! 猫のぬいぐるみが台から落ちたわ!!」
目を丸くしながら声を上げた瑠璃にクロは「・・・・・・おぅ、そうだな」と頷くと。
「―――――良かったな、お嬢さん。まずは一つ、景品獲得だな」
店主が猫のぬいぐるみを拾い上げて、此方側のカウンターに置いてくれたのだ。
「はい。有難う御座います!」
店主に瑠璃は笑顔で頷くと、もう一匹の狐のぬいぐるみもまた獲得する為、弾をピストルに詰めていく。
そして―――――
重心がブレないよう、クロに支えて貰いながら、残った三発の弾を無駄にすることなく、もう一つのぬいぐるみである、狐のモノに狙いを定めて撃ち終えた結果―――――。
「―――――・・・・・・っ、やったわ!! クロのおかげね!!」
「はぁ~・・・・・・狙った景品を二つとも獲得しちまうなんて・・・・・・。彼氏の助けがあったとはいえ、お嬢さん―――――初心者とは思えない兵な腕前だな」
苦笑しながらそう言った店主から、狐のぬいぐるみもまた、瑠璃は無事に受け取ることとなったのだ。
19・1/31 掲載
盛り上がりを見せた文化祭を区切りに、東高校の一学期の行事はほぼ終了となり。
夏休みが三日後に迫ったその日―――――。
真昼は学校で〝とある人物〟と接触をする事となった。
その人物とは、二年の生徒会副会長―――――露木修平である。
何故、露木と真昼が関わりを持つことになったのか。
それは、クラスメイトから貰った食べ物を、手だけでなくフォークまで使って、猫らしからぬ仕草で食べるようになったクロに対して、吸血鬼とバレたらどうするのかと、真昼がトイレの個室で叱責していたその時。
「・・・あなたが心配されなくても、〝スリーピーアッシュ〟と〝ミストレス〟の件でしたら問題ありませんよ」
―――――そんな会話を耳にした事が起因だった。
つい先日、修行をつけてくれるという約束を取り付けた、嫉妬の吸血鬼の主人である御国から、その第一歩として『学校にも敵である下位が潜んでいるかもしれないと、周囲を疑って生活すること』と言い渡されていた真昼は、すぐさま敵の下位吸血鬼かもしれないという考えの下、そこで話をしていた人物たちの後を追いかけようと、トイレから飛び出したのだが―――――すでに一人は何処かに立ち去ってしまったようで、見つけることが出来たのは露木一人だけだった。
そして露木は階段を降りようとしていたのだが、その刹那―――――
露木は階段から足を踏み外して、だだだだ―――――んっ、と背中から勢いよく下に向かって滑り落ちていってしまったのだ。
真昼の性格上、見て見ぬふりなど出来る筈もなく―――――露木が下位吸血鬼かもしれないという疑惑の思いはその時点で頭の隅に追いやられてしまい。
「・・・だ・・・大丈夫ですか!?」
階段を駆け下りて真昼は露木の下に向かったのだが。
しかし、事はそれだけに止まらず、露木が身体を起こした直後―――――
突然、階段の上から牛乳パックが落下してきて、ばしゃーんっと露木の頭を濡らし。
さらに続いて飛んできたサッカーボールが、露木の首の付け根を殴打したのだ。
まさかの古典的な不運に連続して見舞われた露木に、真昼はかけるべき言葉が思い付かず、唖然とした面持ちで立ち尽くしてしまう。
と―――――
「・・・そう来ると思った」
ぽつ・・・と露木は小さな声でそんなふうに呟くと、
「そう来ると思って受け身は取ったし。そう来ると思ってバスタオルも持ってきたし。そう来ると思って湿布も準備済み。備えあれば多少憂いあれど問題なし!」
予定調和だと言い切った上で、まるで予知能力のごとき有り様で、全ての対処を行ったのだ。
そうしてキリとした態度で立ち上がった露木に対して、真昼は信じられないと言わんばかりに顔を引きつらせたまま「問題ないかなあ!?」と漸く言葉を発することが出来たのだが・・・・・・。
「一年六組・・・城田真昼君ですね? 初めまして・・・生徒会副会長、二年の露木です」
すると露木は眼鏡に手を掛けつつ、鋭い眼光で真昼を見据えると、話しかけてきたのだ。
今、君に会いに行こうと思っていたところですと言った露木の言葉に、下位吸血鬼かもしれないという疑惑を抱いていたことを思い出した真昼は、思わず顔を強張らせてしまう。
「君・・・先日の文化祭で屋上からホウキで飛び降りてますよね」
そして真昼は―――――
武器を出したのを見られたなら俺がクロの主人だってきっとバレてる・・・っ。
―――――と切迫感を抱いたのだが・・・・・・。
「そこで君にこれを」
「は?」
露木から差し出された一枚のプリントを、訝しみながらも受け取った真昼は、その内容を目にした途端、拍子抜けした顔になってしまう。
「・・・夏休みの初日に地域祭りの手伝い・・・ボランティア??」
「校内で募集をしていたんですが人が集まらず・・・仕方がないので素行が悪い者に罰として行かせることになりまして」
そこで聞かされた事情に、しかし、〝素行不良〟という行いなど覚えのない真昼は「なんで俺が・・・」と、混乱した面持ちで言い返そうとするも、
「文化祭でのパフォーマンスは事前に届け出が必須でしたが?」
と言って、露木は冷然とした眼差しで真昼を叱責してきたのだ。
夏休みは初日から御国に修行をつけてもらう約束をしていたのにも関わらず、なんでこんなことになってしまったのか。
眉を顰めつつ、真昼はプリントを見つめながら―――――
―――――・・・というかこの人・・・吸血鬼? じゃない??
―――――でも、さっきトイレで・・・
と―――――思考を巡らせていたのだが。
「それと、こちらを瑪瑙さんにお渡しして頂けますか?」
「え? ・・・・・・瑠璃を姉にも?」
一瞬、まさか瑠璃姉が『鍵』を使った時の様子も見られたのか!? と、真昼は目を見開いてしまうも。
けれど瑠璃の分として露木が差し出してきたプリントの内容は異なるもので―――――。
「・・・・・・浴衣一式無料貸し出し(小物含む)&無料着付けのご案内??」
「はい。瑪瑙さんには、先日の文化祭では大いにご尽力を頂きましたので。その功績を称えて―――――」
夏祭り会場の近くで、人数限定で行われる催しのようだが、このチラシを持っていけば受け付けて貰えるらしい。
「それでは、俺はこれで・・・」
そうして一通りの要件を伝え終えた処で露木は、真昼に背を向けて立ち去ろうとしたのだが―――――。
「あっ。露木先パ・・・」
露木が吸血鬼なのか、それとも違うのか―――――まだ見極められていなかった真昼が咄嗟に呼び止めようと伸ばした左手で、露木の制服のシャツの左袖を掴んだ結果―――――ビリッとシャツの袖は不運にも破れてしまったのだ。
・・・そう来ると思って裁縫道具を―――――と、すぐさま取り出して見せた露木に、すみません・・・俺、直しますと、慌てて謝罪をした真昼は、その場で繕い始めたのだが・・・・・・。
「あ・・・っ、あのっ・・・露木先輩って、その・・・きゅ、吸血鬼ですか?」
袖を縫いながら、思わず真昼は考えていたことを、そのまま露木に問いとして投げかけてしまい。
その結果―――――露木から『早退届』を渡される羽目になってしまったのだった。
その日の夜―――――御国に連絡を取った真昼が、その事の顛末を話した処。
『キミはバカだね!』
電話向こうで御国は、やはり小馬鹿にするかのような口調でそう言ったのだ。
けれど、御国もまた露木の正体に関しては、
『まあ今の段階ではその副会長さんが〝何か〟はわかんないな』
はっきりとした物言いをすることはせず、『普通の人ではないだろうけどねぇ』とだけ言うと。
『とりあえず修行はその次の日からにずらせばいいよ』
修行の日程変更を承諾してくれたのだが。
『日本の祭りかー。いつ以来かなー。瑠璃ちゃんは浴衣着るんでしょ? 怠惰の反応を見に、冷やかしも兼ねていこっか?』
あっはと、意地の悪い笑いを零した御国に、真昼は「もー・・・御国さん・・・」と、思わず顔を顰めてしまう。
クロは洗濯物を畳んでいる瑠璃の傍に腰を下ろしてテレビを眺めている。
だからなのか、電話の会話に加わることはしなかったが、祭りの日に御国が来たなら、間違いなくめんどくさいことになりそうな気がする。
と―――――
『祭りか・・・人の多いところでは特に周囲に気を配ってね? その副会長さんのこともそうだけど・・・。疑わしきは罰しちゃえば?』
ふいに、御国の口から、注意喚起の言葉が紡ぎ出された。
その時、真昼と電話をしていた御国のすぐ傍では、ジェジェが一体の下位吸血鬼を壊していたのだ。
『大体何事も騙されるほうが悪いんだよねー。オレのジェジェもそうだけどさあ。この仕事やってくれたら血のませてあげるーなんて適当な話、簡単に信じちゃってー』
そうして、また意地の悪い口調に戻った御国が、あっはっはっ♥と嘲笑するかのような笑みを浮かべると。
仕事を終えたジェジェが御国の言葉に憤慨し、ガシャ!と袖口に仕込んでいたマシンガンを構えなおすと、御国に向かってドンドンドンと発砲を開始したのだ。
『きゃ―――――撃―――――た―――――れ―――――る―――――』
しかし、そんなふうに声を上げつつも、御国は変わらぬ調子のままで。
『あっはっはっ、じゃっ、またね―――――~』と笑い声を上げながら、真昼との通話を終了したのだった。
―――――三日後、夏祭りの夜。
「クロ。これ、お小遣い渡しとくから。瑠璃姉、一人でお祭り回ってもつまんないだろうし。お前も一緒に行ってこいよ」
真昼がそう言ってクロにお小遣いを差し出したのは、露木から受け取っていたチラシに書かれていた催事場の中に瑠璃が入って行った後―――――浴衣を選んで着付けして貰っている間の事だった。
真昼は夏祭り会場では、ボランティア活動に参加しなければならないので、一緒に回ることは出来ない。
けれど、せっかく瑠璃が浴衣を着るのだ。
―――――シンプルに考えてクロが一緒に回るべきだろ。
クロと瑠璃―――――二人の距離が、椿との件をきっかけとして、以前よりも一層近しいものに変わったというのは、真昼の目から見ても明らかで。
瑠璃は真昼にとっては『大切な家族』で、『姉』として慕っているからこそ、時にムキになってしまう事はあるが、二人の事を邪魔したいと考えている訳ではない。
「―――――少しの間ぐらい、離れていても大丈夫だろ?」
限界距離の事を考えると、長い時間離れるのはまずいのかもしれないが、祭りの屋台を二人で一緒に見て回るぐらいは出来るだろう。
けれど、クロは真昼の厚意に素直に応じることはせず、
「・・・・・・お前のお節介には向き合えねー」
フードのファーを左手で引っ張ると、表情を隠すようにしながら、右手でお小遣いを受け取り、ぼやくようにそう言ったのだ。
そんなクロの様子に、相変わらずな物言いだなと真昼は眉を顰めつつ息を吐くと、
「それじゃあ、瑠璃姉のこと頼んだからな、クロ」
ボランティアの集合場所である祭り会場の本部に向かっていったのだ。
「―――――クロ、お待たせ」
支度を終えた瑠璃が姿を見せたのは、それから5分程してからのことだった。
「おう―――――・・・・・・っ」
瑠璃のほうに視線を向けた瞬間、クロは自身の鼓動がドクリと大きな音を立てたのを感じた。
普段、瑠璃は動きやすいシンプルな服装を好んで着ている。
そして顔立ちも童顔であることから、どちらかといえば〝可愛らしい〟という言葉が当てはまっていた。
けれど今の瑠璃には―――――〝綺麗〟という言葉のほうが相応しいだろう。
瑠璃が選んだ浴衣の色は、爽やかな水色で、細めのストライプに、朝顔が描かれたデザインの物だった。そして着付けを行なってくれた女性が、せっかくだから髪も纏めちゃいましょうと言って、下ろしていた瑠璃の髪をアップに纏めてくれたので、綺麗に首筋までしっかりと見えていて―――――女性らしさが引き立つ装いとなっていた。
呆然とした面持ちになったクロの傍に、ゆっくりとした足取りで、カラコロと下駄を鳴らしながら辿り着いた瑠璃は「クロ?」と目を瞬かせ、首を傾げながら見上げてくる。
―――――向き合えねー・・・・・・。
大きな音を立て続ける自身の鼓動に、クロは心中でそう零しつつ。
それを紛らわす為に左手を自分の側頭部に添えると―――――
「・・・・・・その・・・・・・瑠璃・・・・・・似合ってるぞ・・・・・・浴衣」
「―――――ありがとう、クロ。浴衣を着るのは子供の頃以来だから、少し恥ずかしいのだけど。そう言って貰えるのはすごく嬉しいわ」
何とかその言葉を紡ぎ出したクロに、瑠璃もまた頬を赤らめながら、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべたのだ。
祭囃子が鳴り響く中、様々な人たちとすれ違う。
親子連れ、カップル、友人同士、老人と子供。
そして人々が行き交う路には、様々な露店が軒を連ねている。
焼きそば、たこ焼き、綿菓子、リンゴ飴と水飴、かき氷、クレープ。
お面、輪投げ、射的、ヨーヨー釣り、金魚掬い。
―――――等々、何処から見て回ろうかと、目移りしてしまう状況だ。
「お祭りに来るのは久しぶりのことだけど、この賑やかな雰囲気はいつ来ても変わらないわね」
クロと手を繋いで歩きながら、瑠璃は笑みを浮かべて言う。
「クロ、何かやりたいモノとか食べたいモノがあったら言ってね」
しかし、瑠璃の言葉にクロは微妙な面持ちで眉を寄せると、
「いや・・・・・・瑠璃、それはオレが言うべき台詞だからな・・・・・・」
きょとんと目を瞬かせた瑠璃に、
「真昼から〝お小遣い〟を貰ったから、遠慮しなくていいぞ」
いつもならニート吸血鬼らしく、掛けられた言葉を受け入れる処だが、今回は主人である真昼から貰ったモノがあるのだ。
「―――――そうだったのね、ありがとう。クロ」
空いていた方の左手で、自身のジャケットの胸ポケットを示したクロに、ふと瑠璃は笑みを零す。
「じゃあ、せっかくだからアレやっても良いかしら?」
そして瑠璃が指し示したのは、夏祭りの定番風物―――――大きな水桶の中に浮かんだ色とりどりの水風船を細い紙紐で釣り上げる―――――ヨーヨー釣りだった。
「クロ、上手くヨーヨーを釣り上げるコツって知ってる?」
二人分の代金をクロが支払い、こよりを一本ずつ受け取った処で、水面を見つめながら瑠璃が口を開いた。
「いや、知らねぇけど・・・・・・」
「こよりの紐を出来るだけ短く持つと良いのよ」
クロが首を捻ると、瑠璃は持つ位置を変えたこよりの先端にあるフックを、水色のヨーヨーに近づけていく。
「えいっ!」
「おぉー・・・・・・器用なもんだな、瑠璃」
掛け声とともに見事、ヨーヨーを釣り上げた瑠璃にクロが感心した様子で声を洩らすと、瑠璃は笑みを浮かべながら言った。
「子供の頃、両親に縁日に連れて行って貰ったときにね、コツを教わったのよ」
―――――ジッと水面をのぞき込むようにしながら、欲しいヨーヨーを何とか釣りあげようと、こよりの先に付いたフックを近づけていくも、釣りあげる前に紐はプツンと切れて しまい。
半泣きになった娘に両親は―――――
『瑠璃、ヨーヨーを釣るときは、もうちょっと紐を短く持つと良いんだよ』
―――――微苦笑を浮かべるとそう言ったのだ。
「両親は多忙な人たちだったから、祖父母の処にお世話になることが多かったのだけど。一緒にお祭りに行けた時の事は大切な思い出の中の一つなの」
「・・・・・・そうなのか」
初めて聞いた瑠璃の子供の頃の思い出話に、クロはふと眉を下げる。
瑠璃の口から、そう言った話を聞くのはこれが初めてではないだろうか。
クロ自身、自分の〝過去〟の話をする事を避けている為、瑠璃にもまた敢えてそれを尋ねる事をしなかったのだが。
でも、いまは―――――・・・・・・
瑠璃の事をもっと知りたいと、望んでいる自分が居る。
けれど―――――
―――――〝自分の過去〟は話すことは出来ない。
―――――それなのに、そんな事を望んでも良いの?
ふいに、クロの心の奥底で、ひっそりと囁き声が聞こえた。
次いで、思い浮かんできたのは、あの〝中立機関〟から接触があった時の事。
―――――めんどくせー・・・・・・。
それから目を逸らすように、徐に手に持ったままだったこよりを水面に向かって下ろしていく。
「―――――クロ、そのままゆっくり引き上げて」
「・・・・・・っ」
その時、ふいに傍らに居た瑠璃の声がクロの耳朶に滑り込んできた。
一瞬、動揺してしまったものの、しかし手元にまでは影響を及ぼすことはなく、瑠璃に言われたままに、ゆっくりと紐を引き上げていく。
と―――――
「クロ、凄いわね! 一度で二個も釣りあげるなんて!!」
そこには透明のヨーヨーとオレンジ色のヨーヨー。
二つのヨーヨーが紐の先に在るフックにはぶら下がっていたのだ。
「やっぱりクロって手先がすごく器用よね。猫の姿でもゲーム機を使えるぐらいだし」
「まぁ、あれは結構やりこんでいたからな」
ヨーヨー釣りの屋台を後にした処で、瑠璃が感嘆の言葉を洩らすと、クロは左手にぶら下げたその二つのヨーヨーに視線を向けつつ言った。
好きこそ物の上手なれ。そんなことわざを思い出した瑠璃はクスっと笑いを零すと、
「それじゃあ、次は何をするかクロが選んでくれる?」
「オレが・・・・・・?」
眉を顰めたクロに瑠璃は言う。
「だって、せっかく真昼君からクロがお小遣いを貰ったんだもの。クロがやりたいモノも遊ばないと勿体無いでしょ?」
何より、せっかく一緒にお祭りを回っているのだ。
互いの希望を取り入れたほうが、より楽しい時間になるだろう。
ジッとクロの顔を瑠璃は見つめる。
と―――――
クロは呆然と目を見開いた後に、ゆっくりと瑠璃から視線を逸らすと、
「・・・・・・――――――向き合えねー・・・・・・」
小さな声でポツリと言った。
けれど、それは瑠璃に対しての拒絶ではなく―――――。
瑠璃の言葉によって、揺らめいていた感情が、ふと和ぐのを感じたからだった。
それからクロは小さく息を吐くと、立ち並ぶ屋台に視線を巡らせていき―――――
「・・・・・・じゃあ、射的をやっても良いか?」
「えぇ! 勿論よ、クロ」
クロの言葉ににっこりと満面の笑顔で瑠璃は頷くと、射的の屋台に向かって一緒に歩き出す。
射的の屋台の景品は―――――
下段にはおまけ入りのお菓子。子供向けの雑玩。
中段にはプラモデルや、戦隊もののフィギュア人形。黒猫と狐の動物のぬいぐるみ。
上段にはゲーム機とゲームソフト。ラジコンが置かれていた。
クロがまた二人分の代金を支払うと、店主から二丁のライフピストルとコルク弾が五発分ずつ差し出された。
それをクロと一緒に瑠璃も受け取ると、
「・・・・・・瑠璃、射的はやったことあるのか?」
「ううん、初めてよ」
クロが尋ねかけてきた言葉に首を振る。
「そうか・・・・・・こうやって、ピストルの先端にコルク弾をしっかりと詰めて、欲しい景品目掛けて撃つ。それが射的だぞ・・・・・・」
するとクロは自身のピストルを手にしながらやり方を説明してくれた。
その際に店主が、「景品は棚から落ちたらあげられるからね」と言い足してきた。
それに成程と瑠璃が頷くと、クロは景品が置かれたひな壇の手前に設置されたカウンターに両肘を乗せながら右手でピストルを持ちつつ、狙いを定めるようにしながら、脇を締めて右腕を伸ばしていく。
―――――パン
という音とともにコルク弾が発射された。
クロが狙ったのはゲーム機だった。
その後、また弾を詰め―――――
合計三発の弾を使ったのだが、三発とも箱の角を掠めたものの、揺らぐことはなく。
「・・・・・・向き合えねー」
上段の景品は中身が重いものである為、倒すことはおろか、撃ち落とすなんて、コルク弾では至難の業になってしまうのだろう。
眉を顰めつつクロが唸った隣で、瑠璃もまたクロに教わった通りにピストルを構えていく。
―――――ならば、初心者が狙う場合は下段の景品が無難だろうか。
そう思いつつも、瑠璃の視線は中段に置かれた、二匹の動物のぬいぐるみに向けられていた。
「・・・・・・よし、挑戦してみようかな」
ゆっくりとピストルの引き金に指を掛けると、コルク弾が発射されていく。
けれど狙いが甘かったようで、コルク弾はどちらのぬいぐるみにも命中することはなく。
景品から逸れた場所に飛んでいってしまったのだ。
「・・・・・・あっ」
弾は残り四つ―――――それに対して欲しい景品は二つ。
二発ずつで獲得出来るだろうか。
瑠璃が景品を見つめながら逡巡をしていると―――――
「なぁ、瑠璃が欲しいのって・・・・・・あの動物のぬいぐるみか?」
「えぇ。何処となく、クロと椿に似てるから・・・・・・」
ゲーム機の獲得は、最早諦めたらしいクロが瑠璃に話しかけてきた。
そうして瑠璃がクロの言葉に頷くと、
「・・・・・・オレに似たぬいぐるみはともかく、アレもか・・・・・・」
クロは向き合えないと言った面持ちで、狐のぬいぐるみを半眼で見遣ったのだが。
「・・・・・・オレと瑠璃の弾を合わせたら全部で六発。ぬいぐるみならゲーム機より確率は上がるか・・・・・・」
「え? クロ、協力してくれるの?」
「あぁ・・・・・・・めんどくせーけど。お前が欲しがってるんならな・・・・・・」
目を瞠った瑠璃にクロはそう告げると、再び両肘をカウンターに乗せながら、景品を撃つのに適した体勢に変えていく。
―――――パン
まず一発目。
―――――パン
そして二発目。
どちらの弾も狙いは逸れることなく、目的の景品に向かって飛んでいき。
見事、黒猫のぬいぐるみに二発の弾が当たり、台の上に乗っていた体制から倒れて、あと一発で落ちるであろう状態となり。
「よし・・・・・・あれなら、もう猫のぬいぐるみは獲得したも同然だな・・・・・・」
クロが目を細めつつ呟くと、自身のライフピストルはカウンターの端に置き。
「それじゃあ、次は瑠璃の番だな」
「―――――えぇ、頑張るわね!」
クロの言葉に瑠璃が頷くと、瑠璃の後ろに回ったクロは密着するようにしながら、両腕を伸ばしてピストルを手にした瑠璃の手に自身の手を添えてくる。
「・・・・・・―――――クロっ!?」
「・・・・・・こうやってオレが後ろから、お前を支えた方が上手く打てるだろ」
戸惑いの声を洩らした瑠璃にクロは告げる。
そして―――――
「しっかりと、狙いを定めて・・・・・・よし。引き金を引くんだ」
射的の弾を上手く打ち出すには、脇をしっかりと締めて、腕を伸ばしていく。
そして銃身がブレないように、しっかりと踏ん張って発射させる。
これが大切なポイントとなる。
―――――パンッ
勢いよく発射された弾は黒猫のぬいぐるみにヒットし、コロンとそれは台座から下に向かって落ちていった。
「あっ!! クロ、見て!! 猫のぬいぐるみが台から落ちたわ!!」
目を丸くしながら声を上げた瑠璃にクロは「・・・・・・おぅ、そうだな」と頷くと。
「―――――良かったな、お嬢さん。まずは一つ、景品獲得だな」
店主が猫のぬいぐるみを拾い上げて、此方側のカウンターに置いてくれたのだ。
「はい。有難う御座います!」
店主に瑠璃は笑顔で頷くと、もう一匹の狐のぬいぐるみもまた獲得する為、弾をピストルに詰めていく。
そして―――――
重心がブレないよう、クロに支えて貰いながら、残った三発の弾を無駄にすることなく、もう一つのぬいぐるみである、狐のモノに狙いを定めて撃ち終えた結果―――――。
「―――――・・・・・・っ、やったわ!! クロのおかげね!!」
「はぁ~・・・・・・狙った景品を二つとも獲得しちまうなんて・・・・・・。彼氏の助けがあったとはいえ、お嬢さん―――――初心者とは思えない兵な腕前だな」
苦笑しながらそう言った店主から、狐のぬいぐるみもまた、瑠璃は無事に受け取ることとなったのだ。
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