第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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「―――――・・・・・・真昼・・・・・・その・・・・・・悪かったな」
夕食の支度を終えて、完成させた食事をダイニングテーブルに真昼が並べていると、人型となったクロが瑠璃と共におずおずとリビングに顔を覗かせた。
「あぁ。瑠璃姉の事、もうあんまり困らせるなよな」
眉を寄せつつ、真昼はクロにそう言うと、
「ありがとう、真昼君。でも、きっと大丈夫だと思うから」
ふわっと瑠璃が微笑を浮かべて言った。
それは見慣れた瑠璃の優しい笑顔で、心からのモノだというのが伝わってくる。
二日ぶりに、漸く見られた瑠璃のその笑顔に、真昼は「それなら良いんだけどな」と、安心した様子で頷き返すと。
「今日の夕飯は、肉じゃがにしたんだ。叔父さんからは帰って来るのが少し遅くなるって連絡があったから。クロ、食事した後は早めに風呂も済ませちゃえよ」
真昼と瑠璃とクロの三人で夕食の席に着いたのだ。
―――――向き合う事を恐れていた〝怠惰〟の真祖が、漸く洩らした〝本心〟の欠片。
―――――〝ミストレス〟である彼女はその〝想い〟と向き合い、〝怠惰〟の心に寄り添う事を選んだ。
―――――それを経て、二人の関係性は、また少しずつ前に向かって進み出す。
そして〝ミストレス〟である彼女を『姉』と慕う〝主人〟である少年は―――――
「―――――瑠璃姉、一つだけ答えて欲しい事があるんだ。瑠璃姉にとって、『椿』はどういう存在なんだ?」
夕食の片付けの際、二人きりになった時、少年は彼女に一つの問いを投げかけた。
再会した彼女は、椿とは〝向き合う〟為に一緒に居たのだと言っていた。
それなら椿と〝向き合って〟彼女が出した『答』は―――――?
「私にとって椿は『大切な家族』よ。だから私は椿のことは〝止めたい〟と思ってる。―――――『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてして欲しくないから」
「―――――そっか。それが瑠璃姉の出した『答』なんだな」
彼女らしい、真っ直ぐな『答』だ。
そして〝主人〟である少年は、その日、また一つの決意をした。
―――――何があっても『大切な家族』である彼女の事を信じて。
―――――今度こそ、〝守り〟ながら〝一緒に立ち向かう〟のだと。
その翌日。
真昼と瑠璃の二人にとって『大切な友人』である、姿を隠してしまった〝臆病な少年〟を見つけ出す為の、文化祭の幕が上がった。
「いらっしゃいませ。ようこそ、1-Cの喫茶店へ」
メイド服を着用した瑠璃と看板猫として駆りだされることになった、メイドカチューシャに白いフリルエプロンを付けた黒猫が、瑠璃の右肩に乗った状態で「にゃ~ん」と愛想良く、来店したお客さんを出迎える。
瑠璃が着ているメイド服は、濃紺のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスと言われるタイプのモノで。頭には同じく白いフリルの付いたカチューシャという、シンプルなタイプのモノだ。
他のクラスでもカフェをやっていて、そちらと比べれば派手さは無い訳なのだが―――――そのシンプルなメイド服を着用して、ふんわりとした笑顔で接客する瑠璃の姿は、正統派のメイドさんのようだと、来店したお客さん達からの反応はよく、口コミでも広まりを見せつつあった。
「やっぱり、瑠璃さんに接客応援お願いして大正解だった! 一緒に居るクロちゃんも可愛いって評判になってるし」
「ありがとう。でも、みんなの頑張りもあったからこそ、ここまでの盛り上がりになったのだと思うわよ」
嬉々とした表情で話しかけてきた女生徒に、瑠璃もまた笑顔でそう返すと、教室内から出て廊下に顔を覗かせてみる。
調理担当兼衣装係だった真昼は、桜哉を見つけたらすぐ動けるようにと、近くで張り込んでいるはずだ。
廊下の見える場所ではビラ配りをして呼び込みをしながら歩いていく虎雪と、首から看板をぶら下げて共に行動する龍征の姿が在った。
その龍征が首から下げている看板の正面には、クラスの喫茶店の宣伝が書かれているのだが―――――
『待ってっぞ。桜哉』
背面には転校した旧友の〝桜哉〟に対するメッセージが書かれていた。
真昼と瑠璃が桜哉を見つけ出すと言っていたが、自分たちにも何かできる事は無いだろうか。
そう考えた虎雪と龍征が思い付いた方法がこれだったのだ。
虎雪も龍征も、桜哉の顔を思い出すことは出来ない。
けれど、あのボードのメッセージを〝桜哉〟が目にしたら、向こうから声を掛けて来てくれるかもしれない。
と―――――二人の進行方向の先から〝狐のお面〟を付けた人物が歩いてくる。
文化祭はいわばお祭りなのだから、そのようなモノを着けている人が居たとしても、可笑しなことではないのだが―――――。
「クロ、多分、あれ桜哉君だと思う」
「・・・・・・あの狐面の奴か?」
小声で洩らした瑠璃の視線の先を黒猫が見遣る。
虎雪と龍征が狐のお面を付けた人物とすれ違う。
刹那―――――足を止めて、此方に振り返って来た狐のお面を付けた人物の素顔が僅かに覗いて瑠璃と視線が合った。
―――――やっぱり、そうだ!!
「クロ、真昼君を連れてきて!!」
そう言うや否や、瑠璃は黒猫を肩から床に下ろすと、
「・・・・・・ッ」
紅い瞳を驚いた様子で見開いた〝少年〟の処まで走り出す。
「桜哉君!!」
「・・・・・・っ、瑠璃さん!? その恰好・・・・・・」
「―――――これは真昼君のクラスの喫茶店の接客応援を頼まれたから」
顔を赤らめた桜哉に、瑠璃は答えつつ、距離を詰めていく。
「それより、桜哉君。真昼君と話を・・・・・・」
「桜哉!!」
そこに聴こえてきた、新たに桜哉の名前を呼ぶ声。
それは黒猫の知らせを受けて、此方に駆け付けてきた真昼の叫び声だった。
「すみません、瑠璃さん。オレ、やっぱり・・・・・・っ」
そう言うと、すぐさま瑠璃から距離を取って走り出そうとした桜哉に目掛けて真昼が何か、黒い塊を投げつけてくる。
「いってぇ!!?」
「―――――桜哉君、大丈夫!? って・・・・クロ!?」
強速球の勢いで飛んできたその黒い塊の正体は黒猫で、べちっと音を立てて、桜哉が付けていた狐のお面に着地したのだ。
悲鳴を上げた桜哉を気遣いつつも、彼のお面にくっついている黒猫を目にして、思わず瑠璃は呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「瑠璃姉、そのまま桜哉のこと捕まえておいて!!」
「え!? あ、うん!!」
という真昼の声に、ハッと我に返った瑠璃は、反射的に桜哉の左手を、自分の右手で掴んだのだが。
「―――――っ」
刹那、微かに動揺した様子で目を見開いた桜哉は、お面にくっ付いていた黒猫を掴んで、ポイッと捨てると、瑠璃の手を振りほどくことはせず、そのまま器用にも右手を握り返すと、真昼から逃げる為に走り出してしまったのだ。
「・・・・・・ぇっと、桜哉君!?」
「―――――なっ!! おい、桜哉!! 待てっ、話を・・・朝から張ってたんだぞっ」
瑠璃を連れたまま、逃走を開始した桜哉に向かって真昼が叫ぶ。
「話すとか・・・何考えてんだよっ。オレはお前も友達も殺そうとした・・・。それに瑠璃さんの事も・・・・・・」
「―――――桜哉君!! それは・・・・・・っ」
本心ではないという事を、瑠璃は知っている。
―――――なのにまた〝嘘〟を口にすることで、向き合おうとする真昼を拒絶して、別れる路を選ぼうとするのか。
「お前は嘘つきだ!! 俺を助けようと・・・手を伸ばしたじゃねーか!! 御園の傷も深くなかったって・・・!! それに瑠璃姉もお前の言う通り、無事だった!!」
瑠璃の想いを受け取った真昼が、桜哉の後を追いかけて走りながら怒鳴るように声を上げた。
その真昼の肩には、共に追跡に中る為―――――もとい、このまま置いて行かれないように、しがみ付いた黒猫の姿が在った。
そして「ケガさせた件、あとで御園には謝れよ」と真昼がさらに言い放つと「謝れるかよッ」と思わず言い返してしまった桜哉は、再び偽りの仮面を被ろうとするかのようにギュッと奥歯を噛みしめる。
「俺はお前らの敵なんだぞ・・・っ。瑠璃さんの事もまた、こうやって連れ去ろうとしてるのに・・・・・・っ」
「敵じゃねぇよ、友達だろ!! 瑠璃姉の事だってお前も大切に想ってるからこそ手を離せないだけだろ!!」
「―――――・・・・・・っ!!」
真昼の言葉に桜哉は目を見開くと、泣き出しそうな顔で、一瞬、足を止めかけた。
それを目にした瑠璃は、走り続けてきた為に苦しくなってしまった呼吸を整える為に、胸元を左手で抑えつつ―――――
「・・・・・・桜哉君・・・・・・っ」
思わず何とも言えない面持ちで桜哉の名前を呼ぶと、握られたままだった手がふいに振り解かれた。
そして―――――
「何が・・・友達だよっ。幼馴染だってのはオレが植え付けた嘘の記憶だっ。オレと真昼が一緒にいたのは・・・本当はこの一年だけ。オレはお前に嘘をついて隣にいたんだ・・・っ」
独りになった桜哉は、皮肉を呻くように吐き出すと、屋上に続く階段を駆け上っていく。
「―――――待って、桜哉君!!」
瑠璃はその背に向かって叫ぶと、傍らに並んだ真昼と一緒に、桜哉を追いかける為に階段を駆け上がる。
バンと勢いよく開け放たれた扉の向こう側―――――屋上に瑠璃と真昼が辿り着くと、桜哉は屋上のフェンスの端に立っていた。
「・・・それでも一年間・・・楽しかった!! 戻って来いよ!!」
真昼が桜哉に向かって叫ぶ。
けれど、桜哉は俯いたまま、此方に振り返る事はなく、
「もう・・・一緒になんて無理なんだよ。オレは人じゃない・・・みんなとは違うんだよ・・・」
真昼の言葉を拒絶した桜哉の身体が、フェンスの向こう側にふわ・・・と投げされていく。
「―――――桜哉君っ!?」
胸元にいつも瑠璃が下げている鍵はメイド服の下だ。
咄嗟に襟元の下の首筋から銀色のチェーンを引っ張って、何とか『鍵』を取り出した瑠璃が、走り出そうとした時。
「それが何だ!!」
瑠璃より先に一歩前に駆け出した真昼が、そう叫ぶと同時に勢いよくフェンスの向こう側に飛んだのだ。その肩には、変わらず黒猫がしがみ付いたままだったが、太陽が出ているので、人型に戻る事は出来ない。
「―――――真昼君!? クロ!?」
耳朶に届いた瑠璃の叫び声と、すぐ傍に迫った真昼と黒猫の姿を目にした桜哉は愕然とした表情を浮かべながら「な・・・っ」と声を洩らしてしまう。
「お前が吸血鬼だろうが関係ねぇっ。俺にだってお前の手を掴む武器 があるんだっ」
桜哉に向かって伸ばされた真昼の左手が、桜哉の襟首を掴まえると、その覚悟に応えるかのように、右手に武器であるあの黒い箒が現れる。
「飛べ!!」
そして真昼がそう叫ぶと、このまま落ちてしまうかと思われた二人と一匹の身体は、勢いよく飛んだ箒に引っ張られて上昇したのだが―――――
「桜哉君!? 真昼君!? クロ!?」
そのまま屋上に着地する事はなく、校舎裏の方にある林に向かって飛んで行ってしまったのだ。
程なくして響き渡ったドーンという大きな音―――――どうやらあそこに墜落したらしい。
一人残された瑠璃は、はぁ~と思わず息を吐き出しながら、ぺたりとその場に座り込むと、『鍵』を両手で握りしめて目を閉じた。
きちんと意識を集中すれば、この『鍵』の力を使えるはずだ。
「―――――桜哉君たちの処に―――――」
やがて、ふわりと銀色の光が瑠璃の身体を包み込む。
と―――――瑠璃の姿もまた、屋上から消え去ったのだ。
「その武器・・・飛ぶもんだったのか・・・?」
林の中に墜落した後、まず地面に仰向けで転がり落ちたのは桜哉だった。
「いや・・・初めて飛んだ・・・」
それから桜哉のお腹の辺りに武器の持ち主である真昼が落下してきて、折り重なるように俯せの状態で転がっていた。
いて・・・と、呻きながら身体を起こしつつ、真昼は桜哉に言う。
「だって・・・黒猫とホウキだぞっ。シンプルに考えて・・・飛べるだろ!?」
子供向けの童話によくある話だ。
だとしても―――――
「ふ・・・っ、思い切り良すぎだろ・・・っ・・・ホント真昼って・・・」
視線を俯けながら口元を抑えつつ、くっくっ・・・と笑い声を洩らした桜哉の姿を見て、頭についていた葉っぱを、指先で摘まんでいた真昼の顔も、自然と緩んでいき。
顔を上げた桜哉と、気づけば自然な様子で、笑いあっていた。
「―――――桜哉君! 真昼君! 二人とも、無事ね!?」
そこに『鍵』の力で空間跳躍を行って追いかけてきた瑠璃の声が加わる。
「瑠璃さん!?」
「瑠璃姉!?」
木の陰に銀色の閃光が瞬き、収縮した光の中から現れた瑠璃が二人に抱き着く。
瞠目の表情を思わず二人は浮かべたが、それから程なくして、今度は揃って顔を赤らめてしまう。
「あ、あの・・・・・・瑠璃さん」
「え、えっと・・・・・・瑠璃姉」
メイド姿の瑠璃に抱き着かれるというのは、正直に言えば、嬉しい事なのだが―――――恥ずかしいという想いもやはりある訳で。
「にゃ~・・・・・・」
と―――――木の枝に引っ掛かっていた黒猫が、自分の存在を主張するように鳴き声を上げた。
「あ、クロ!」
二人から離れた瑠璃が立ちあがると、黒猫が身体を丸めるようにしながら、木の枝の上から飛び降りてくる。
「にゃ~、今日は投げられたり、飛ばされたりして、散々な目に遭った・・・・・・」
両手を差し伸べた瑠璃が黒猫を抱きとめると、黒猫は瑠璃の腕の中で甘えるようにしながらぼやいた。
そんな黒猫に対して、瑠璃は眉を下げながら苦笑を浮かべると、「そうね、お疲れ様、クロ」とそっと身体を撫でる。
「・・・・・・真昼・・・・・・あいつ、ちゃっかりしてるな」
「まぁな・・・・・・」
そんな黒猫の様子を桜哉と真昼が半眼で見遣ると、やがて二人で顔を見合わせてまた笑い出す。
そんな中、ふいに桜哉は左手を自身の顔に伸ばしていく。
目を瞬かせた真昼は、桜哉の瞳から涙が一筋流れ出しているのに気づいた。
桜哉は眉間を顰めて、涙を止めようとするが、涙は止めどなく溢れるように流れ出し―――――
「もっと・・・こんなふうに笑ってたかったよ・・・っ。でもっ・・・だめなんだ。オレはあの時、椿さんに・・・」
心の奥に閉じ込めていた〝本当の想い〟が溢れ出してくる。
―――――・・・嘘をついた
―――――オレが・・・姉ちゃんを殺したんだ
―――――オレが死ねばよかった
―――――オレのせいで・・・
姉が亡くなって以降、桜哉は自身の事を責めるようになり、独りきりで、あの公園のブランコで過ごすようになっていた。
そこに現れたのが、椿だった。
―――――君は何も悪くないよ
―――――・・・何も君のせいじゃない
何の気配も感じさせることなく、隣のブランコに姿を現した椿は、茫然と目を見開いた桜哉の前に立つと、左手をそっと桜哉の頭に乗せて言葉を紡ぎ出した。
―――――つらいことがあったんだね
椿のその言葉は桜哉の壊れかけていた心の奥に染みわたり、気づけば瞳からは涙が溢れ出していた。
―――――・・・大丈夫。全部終わったら 迎えに来るからね
そして―――――
全ての〝苦しみ〟と〝哀しみ〟の時を桜哉が終えた時。
―――――迎えに来たよ
あの時の約束通り、椿が桜哉の前に再び現れたのだ。
「椿さんだけがオレに手を伸べてくれた。救われたと思ってしまった」
―――――・・・同じだ・・・。
桜哉の言葉に真昼は呆然と目を見開いた。
脳裏に浮かぶのは、母親を失ったときに、唯一人、自分に手を差し伸べてくれた叔父の姿。
真昼にとって徹は、絶対的な存在とも言える。
そして桜哉にとっては、椿こそが絶対的な存在なのだ。
だからこそ―――――
「オレはもうあの人を裏切れない・・・」
一度、命令に背く行為を桜哉はしてしまった。
が、瑠璃のこともあり、椿は桜哉を責めることはしなかった。
そしてその後は二日間だけ、瑠璃は椿の傍に居て、『家族』の一員として共に時を過ごしていた。
けれど―――――
椿は瑠璃を―――――〝怠惰〟の真祖と真昼の処に帰すことを選んだ。
「・・・・・・桜哉君・・・・・・」
ポツリと小さな声で瑠璃が桜哉の名前を呟く。
瑠璃の腕の中に居た黒猫が視線を上げると、瑠璃の顔には悲しみと切なさがない交ぜになった表情が浮かんでいた。
―――――・・・・・・桜哉君とも、椿が間に入ってくれたおかげで、もう一度ちゃんと話をすることが出来た。だけど、椿の『兄弟戦争』を始めるという『意志』だけは変えることが出来なかった・・・・・・っ―――――
瑠璃に昨日言われた言葉を思い出した黒猫は、瑠璃の腕の中から抜け出すと、肩に乗ってそっと頬に顔を摺り寄せる。
瑠璃は目を伏せると「ごめんね、クロ」と言葉を紡ぎ出す。
―――――いま、私が泣くのは間違っている。
―――――きちんと私も真昼君と一緒に、最後まで桜哉君が抱えている想いと向き合わなければいけない。
キュッと瑠璃は口を引き結ぶと、真昼と桜哉のほうに視線を向けていく。
「・・・・・・」
瑠璃の想いを感じ取った黒猫は瑠璃の肩からそっと降りると、日陰があるほうに向かって歩いていく。
「あの人が殺せと言えばオレは・・・」
「・・・それじゃあっ、俺と瑠璃姉が椿を止めてやる。それができるのは・・・シンプルに考えて俺と瑠璃姉とクロだろ!!」
桜哉の言葉に対して、真昼は強い口調で言い放った。
そして真昼は右手で握り拳を作ると、自身の胸に手を当てながら、桜哉を見据えて言葉を続ける。
「今のお前には・・・椿だけじゃない。俺も瑠璃姉も・・・みんなもいるだろ!! 一人じゃねぇよ!!」
「真昼・・・オレに嘘をつかないでよ・・・」
「嘘じゃ・・・」
絞り出すような声で言った桜哉に、真昼はすかさず言い返そうとした。
と―――――
「信じたくなるだろ・・・!」
桜哉は真昼の肩に縋るように両手を伸ばしてきた。
目を見開いた真昼の後ろに、そっと瑠璃が腰を下ろし桜哉に視線を向ける。
「・・・・・・桜哉君。私たちは貴方に、嘘は言わないわ」
そして真昼の肩を掴んでいた桜哉の両手に瑠璃もまた両手で触れる。
左腕には、〝怠惰〟の真祖との〝誓約の証〟が―――――右腕には、桜哉の想いが込められた『四つ葉のブレスレット』が変わらずに在る。
真昼から逃げる際に、桜哉が瑠璃の手を思わず取ってしまったのは、それを目にしたからだった。
「―――――・・・・・・瑠璃さん、オレがあげたブレスレット、ちゃんと付けてくれてるんですね」
「えぇ。だって、桜哉君がくれたんだもの・・・・・・」
桜哉が洩らした言葉に瑠璃は眉を下げながらも、笑顔で頷く。
瑠璃の指先からもまた、 抱きしめられた時に感じたのと変わらない、優しい温もりが伝わってくる。
「・・・瑠璃さん・・・真昼・・・。・・・ありがとう、十分だ・・・っ」
―――――本当はこの手を放したくはない。
けれど、椿は瑠璃が自分の傍を離れてしまうと分っていて、それでも『兄弟戦争』を始める事を選んだ。
それなのに、自分だけ、彼女の傍に、そして友人が居る処に、残ることは出来ない。
だから―――――
桜哉は視線を俯けながら、泣き笑いのような表情を浮かべると、
「・・・でも今は ・・・まだ 一緒にはいられない」
そっと、瑠璃の手を解いた桜哉は、握り拳を作っていた真昼の右手に、同じように握り拳を作った右手を触れさせると、その場から跳躍したのだ。
「―――――っ・・・・・・桜哉君!!」
瑠璃が制止の声を上げるも、それは聞き入れられる事はなく。
真昼もまた、桜哉の姿が目の前から消えた刹那、すぐさま立ち上がったのだが、もう姿を見つけることは出来なかった。
それでも、この声は届くと信じて。
「・・・待ってろ!!」
空を見上げた真昼は声を張り上げて、そう叫んだのだ。
そして―――――
「・・・クロ! 俺・・・っ、椿を止めたい。・・・今度は本当なんだ」
木陰で人型に戻ったクロは真昼からの呼びかけに、チラリとこちらに顔を覗かせる。
「そのために俺、クロと一緒に強くなりたい!」
強い決意を宿した真昼の瞳がクロの姿を見据えていた。
「向き合えっかな―――――・・・」
ポツリとそう言ったクロの傍に瑠璃は歩み寄っていく。
「大丈夫よ、クロ。私も一緒に強くなれるよう、頑張るから」
そうして真っ直ぐな眼差しでクロを見つめるとそう言ったのだ。
―――――・・・オレは嘘つきの街で生まれた嘘つきの子供
―――――・・・一年前、中学校に潜りこんだ
―――――・・・暇つぶしのつもりだった
その日、校庭では体育の授業をやっていたけれど、オレは受けるつもりはなく。
校庭の片隅にある水飲み場の陰に身を潜めて、ヘッドホンで適当に音楽を流しつつ、過ごしていた。
そこにサッカーボールが転がってきて・・・・・・
『なんで体育サボってんだよ。二人組でパス練だってよ。やろーぜ』
『うっせーな・・・ほっとけよ』
それを拾いに来た奴が、オレに声を掛けてきた。
それに対して、授業に出るつもりはないと、暗に態度で示したのにも関わらず。
『お前、去年何組だった? 同じクラスになったの初めてだよな』
―――――そいつは立ち去ることはせず、そのまま話しかけてきた。
―――――・・・本当は―――――何かに―――――期待をしていたのかもしれない。
『綿貫桜哉・・・だったよな? いっしょにやろうぜ。桜哉』
そしてそいつは笑みを浮かべるとそう言って、オレに向かって手を差し出してきたのだ。
―――――ただなんてことない
―――――その手に
―――――声に
―――――・・・ああ。オレ、こいつと友達になりたいな―――――
そう、思ったんだ。
―――――真昼
―――――見つけてくれてありがとう
―――――手を伸べてくれてありがとう
そのおかげでオレはかけがえのない時を手に入れることが出来た。
そして―――――・・・・・・
『―――――桜哉君』
―――――瑠璃さんとも出逢うことが出来た。
傷つけたくない、哀しませたくない―――――叶うならずっと笑顔でいて欲しい。
オレにとって『大切な人』。
―――――瑠璃さん
―――――出逢ってくれてありがとう
―――――想いを受け取ってくれてありがとう
澄み切った空の下―――――姿を消した桜哉は二人の姿を遠目から見つめながら、そんな切なる想いを胸に、また涙を溢れさせたのだ。
<後書き>
憂鬱組寄り------もとい、桜哉&椿寄り編。
全19話で、漸く完結となりました。
書き始めた当初は、まさか二巻目沿いのこのお話が、此処まで長編になるとは、全く想定していなかったのですが・・・、桜哉だけでなく、椿とのお話が、書いていく中で、落ちであるはずのクロを上回る勢いで、構想の中で、動き始め。結果、書き進めるにあたって、相当頭を悩ませることになったものの・・・長く物語を書いてきた中で、初めてオリジナルの話を大量に盛り込んで書くことが出来ました。
SERVAMP愛が溢れ続ける限りは、書き続けていきたいと思っておりますので、どうぞこれからもよろしくお願い致します。
此処まで読んで下さって有難う御座いました。
朱臣 繭子 拝
18・11/7掲載
夕食の支度を終えて、完成させた食事をダイニングテーブルに真昼が並べていると、人型となったクロが瑠璃と共におずおずとリビングに顔を覗かせた。
「あぁ。瑠璃姉の事、もうあんまり困らせるなよな」
眉を寄せつつ、真昼はクロにそう言うと、
「ありがとう、真昼君。でも、きっと大丈夫だと思うから」
ふわっと瑠璃が微笑を浮かべて言った。
それは見慣れた瑠璃の優しい笑顔で、心からのモノだというのが伝わってくる。
二日ぶりに、漸く見られた瑠璃のその笑顔に、真昼は「それなら良いんだけどな」と、安心した様子で頷き返すと。
「今日の夕飯は、肉じゃがにしたんだ。叔父さんからは帰って来るのが少し遅くなるって連絡があったから。クロ、食事した後は早めに風呂も済ませちゃえよ」
真昼と瑠璃とクロの三人で夕食の席に着いたのだ。
―――――向き合う事を恐れていた〝怠惰〟の真祖が、漸く洩らした〝本心〟の欠片。
―――――〝ミストレス〟である彼女はその〝想い〟と向き合い、〝怠惰〟の心に寄り添う事を選んだ。
―――――それを経て、二人の関係性は、また少しずつ前に向かって進み出す。
そして〝ミストレス〟である彼女を『姉』と慕う〝主人〟である少年は―――――
「―――――瑠璃姉、一つだけ答えて欲しい事があるんだ。瑠璃姉にとって、『椿』はどういう存在なんだ?」
夕食の片付けの際、二人きりになった時、少年は彼女に一つの問いを投げかけた。
再会した彼女は、椿とは〝向き合う〟為に一緒に居たのだと言っていた。
それなら椿と〝向き合って〟彼女が出した『答』は―――――?
「私にとって椿は『大切な家族』よ。だから私は椿のことは〝止めたい〟と思ってる。―――――『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてして欲しくないから」
「―――――そっか。それが瑠璃姉の出した『答』なんだな」
彼女らしい、真っ直ぐな『答』だ。
そして〝主人〟である少年は、その日、また一つの決意をした。
―――――何があっても『大切な家族』である彼女の事を信じて。
―――――今度こそ、〝守り〟ながら〝一緒に立ち向かう〟のだと。
その翌日。
真昼と瑠璃の二人にとって『大切な友人』である、姿を隠してしまった〝臆病な少年〟を見つけ出す為の、文化祭の幕が上がった。
「いらっしゃいませ。ようこそ、1-Cの喫茶店へ」
メイド服を着用した瑠璃と看板猫として駆りだされることになった、メイドカチューシャに白いフリルエプロンを付けた黒猫が、瑠璃の右肩に乗った状態で「にゃ~ん」と愛想良く、来店したお客さんを出迎える。
瑠璃が着ているメイド服は、濃紺のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスと言われるタイプのモノで。頭には同じく白いフリルの付いたカチューシャという、シンプルなタイプのモノだ。
他のクラスでもカフェをやっていて、そちらと比べれば派手さは無い訳なのだが―――――そのシンプルなメイド服を着用して、ふんわりとした笑顔で接客する瑠璃の姿は、正統派のメイドさんのようだと、来店したお客さん達からの反応はよく、口コミでも広まりを見せつつあった。
「やっぱり、瑠璃さんに接客応援お願いして大正解だった! 一緒に居るクロちゃんも可愛いって評判になってるし」
「ありがとう。でも、みんなの頑張りもあったからこそ、ここまでの盛り上がりになったのだと思うわよ」
嬉々とした表情で話しかけてきた女生徒に、瑠璃もまた笑顔でそう返すと、教室内から出て廊下に顔を覗かせてみる。
調理担当兼衣装係だった真昼は、桜哉を見つけたらすぐ動けるようにと、近くで張り込んでいるはずだ。
廊下の見える場所ではビラ配りをして呼び込みをしながら歩いていく虎雪と、首から看板をぶら下げて共に行動する龍征の姿が在った。
その龍征が首から下げている看板の正面には、クラスの喫茶店の宣伝が書かれているのだが―――――
『待ってっぞ。桜哉』
背面には転校した旧友の〝桜哉〟に対するメッセージが書かれていた。
真昼と瑠璃が桜哉を見つけ出すと言っていたが、自分たちにも何かできる事は無いだろうか。
そう考えた虎雪と龍征が思い付いた方法がこれだったのだ。
虎雪も龍征も、桜哉の顔を思い出すことは出来ない。
けれど、あのボードのメッセージを〝桜哉〟が目にしたら、向こうから声を掛けて来てくれるかもしれない。
と―――――二人の進行方向の先から〝狐のお面〟を付けた人物が歩いてくる。
文化祭はいわばお祭りなのだから、そのようなモノを着けている人が居たとしても、可笑しなことではないのだが―――――。
「クロ、多分、あれ桜哉君だと思う」
「・・・・・・あの狐面の奴か?」
小声で洩らした瑠璃の視線の先を黒猫が見遣る。
虎雪と龍征が狐のお面を付けた人物とすれ違う。
刹那―――――足を止めて、此方に振り返って来た狐のお面を付けた人物の素顔が僅かに覗いて瑠璃と視線が合った。
―――――やっぱり、そうだ!!
「クロ、真昼君を連れてきて!!」
そう言うや否や、瑠璃は黒猫を肩から床に下ろすと、
「・・・・・・ッ」
紅い瞳を驚いた様子で見開いた〝少年〟の処まで走り出す。
「桜哉君!!」
「・・・・・・っ、瑠璃さん!? その恰好・・・・・・」
「―――――これは真昼君のクラスの喫茶店の接客応援を頼まれたから」
顔を赤らめた桜哉に、瑠璃は答えつつ、距離を詰めていく。
「それより、桜哉君。真昼君と話を・・・・・・」
「桜哉!!」
そこに聴こえてきた、新たに桜哉の名前を呼ぶ声。
それは黒猫の知らせを受けて、此方に駆け付けてきた真昼の叫び声だった。
「すみません、瑠璃さん。オレ、やっぱり・・・・・・っ」
そう言うと、すぐさま瑠璃から距離を取って走り出そうとした桜哉に目掛けて真昼が何か、黒い塊を投げつけてくる。
「いってぇ!!?」
「―――――桜哉君、大丈夫!? って・・・・クロ!?」
強速球の勢いで飛んできたその黒い塊の正体は黒猫で、べちっと音を立てて、桜哉が付けていた狐のお面に着地したのだ。
悲鳴を上げた桜哉を気遣いつつも、彼のお面にくっついている黒猫を目にして、思わず瑠璃は呆然と目を見開いてしまう。
と―――――
「瑠璃姉、そのまま桜哉のこと捕まえておいて!!」
「え!? あ、うん!!」
という真昼の声に、ハッと我に返った瑠璃は、反射的に桜哉の左手を、自分の右手で掴んだのだが。
「―――――っ」
刹那、微かに動揺した様子で目を見開いた桜哉は、お面にくっ付いていた黒猫を掴んで、ポイッと捨てると、瑠璃の手を振りほどくことはせず、そのまま器用にも右手を握り返すと、真昼から逃げる為に走り出してしまったのだ。
「・・・・・・ぇっと、桜哉君!?」
「―――――なっ!! おい、桜哉!! 待てっ、話を・・・朝から張ってたんだぞっ」
瑠璃を連れたまま、逃走を開始した桜哉に向かって真昼が叫ぶ。
「話すとか・・・何考えてんだよっ。オレはお前も友達も殺そうとした・・・。それに瑠璃さんの事も・・・・・・」
「―――――桜哉君!! それは・・・・・・っ」
本心ではないという事を、瑠璃は知っている。
―――――なのにまた〝嘘〟を口にすることで、向き合おうとする真昼を拒絶して、別れる路を選ぼうとするのか。
「お前は嘘つきだ!! 俺を助けようと・・・手を伸ばしたじゃねーか!! 御園の傷も深くなかったって・・・!! それに瑠璃姉もお前の言う通り、無事だった!!」
瑠璃の想いを受け取った真昼が、桜哉の後を追いかけて走りながら怒鳴るように声を上げた。
その真昼の肩には、共に追跡に中る為―――――もとい、このまま置いて行かれないように、しがみ付いた黒猫の姿が在った。
そして「ケガさせた件、あとで御園には謝れよ」と真昼がさらに言い放つと「謝れるかよッ」と思わず言い返してしまった桜哉は、再び偽りの仮面を被ろうとするかのようにギュッと奥歯を噛みしめる。
「俺はお前らの敵なんだぞ・・・っ。瑠璃さんの事もまた、こうやって連れ去ろうとしてるのに・・・・・・っ」
「敵じゃねぇよ、友達だろ!! 瑠璃姉の事だってお前も大切に想ってるからこそ手を離せないだけだろ!!」
「―――――・・・・・・っ!!」
真昼の言葉に桜哉は目を見開くと、泣き出しそうな顔で、一瞬、足を止めかけた。
それを目にした瑠璃は、走り続けてきた為に苦しくなってしまった呼吸を整える為に、胸元を左手で抑えつつ―――――
「・・・・・・桜哉君・・・・・・っ」
思わず何とも言えない面持ちで桜哉の名前を呼ぶと、握られたままだった手がふいに振り解かれた。
そして―――――
「何が・・・友達だよっ。幼馴染だってのはオレが植え付けた嘘の記憶だっ。オレと真昼が一緒にいたのは・・・本当はこの一年だけ。オレはお前に嘘をついて隣にいたんだ・・・っ」
独りになった桜哉は、皮肉を呻くように吐き出すと、屋上に続く階段を駆け上っていく。
「―――――待って、桜哉君!!」
瑠璃はその背に向かって叫ぶと、傍らに並んだ真昼と一緒に、桜哉を追いかける為に階段を駆け上がる。
バンと勢いよく開け放たれた扉の向こう側―――――屋上に瑠璃と真昼が辿り着くと、桜哉は屋上のフェンスの端に立っていた。
「・・・それでも一年間・・・楽しかった!! 戻って来いよ!!」
真昼が桜哉に向かって叫ぶ。
けれど、桜哉は俯いたまま、此方に振り返る事はなく、
「もう・・・一緒になんて無理なんだよ。オレは人じゃない・・・みんなとは違うんだよ・・・」
真昼の言葉を拒絶した桜哉の身体が、フェンスの向こう側にふわ・・・と投げされていく。
「―――――桜哉君っ!?」
胸元にいつも瑠璃が下げている鍵はメイド服の下だ。
咄嗟に襟元の下の首筋から銀色のチェーンを引っ張って、何とか『鍵』を取り出した瑠璃が、走り出そうとした時。
「それが何だ!!」
瑠璃より先に一歩前に駆け出した真昼が、そう叫ぶと同時に勢いよくフェンスの向こう側に飛んだのだ。その肩には、変わらず黒猫がしがみ付いたままだったが、太陽が出ているので、人型に戻る事は出来ない。
「―――――真昼君!? クロ!?」
耳朶に届いた瑠璃の叫び声と、すぐ傍に迫った真昼と黒猫の姿を目にした桜哉は愕然とした表情を浮かべながら「な・・・っ」と声を洩らしてしまう。
「お前が吸血鬼だろうが関係ねぇっ。俺にだってお前の手を掴む
桜哉に向かって伸ばされた真昼の左手が、桜哉の襟首を掴まえると、その覚悟に応えるかのように、右手に武器であるあの黒い箒が現れる。
「飛べ!!」
そして真昼がそう叫ぶと、このまま落ちてしまうかと思われた二人と一匹の身体は、勢いよく飛んだ箒に引っ張られて上昇したのだが―――――
「桜哉君!? 真昼君!? クロ!?」
そのまま屋上に着地する事はなく、校舎裏の方にある林に向かって飛んで行ってしまったのだ。
程なくして響き渡ったドーンという大きな音―――――どうやらあそこに墜落したらしい。
一人残された瑠璃は、はぁ~と思わず息を吐き出しながら、ぺたりとその場に座り込むと、『鍵』を両手で握りしめて目を閉じた。
きちんと意識を集中すれば、この『鍵』の力を使えるはずだ。
「―――――桜哉君たちの処に―――――」
やがて、ふわりと銀色の光が瑠璃の身体を包み込む。
と―――――瑠璃の姿もまた、屋上から消え去ったのだ。
「その武器・・・飛ぶもんだったのか・・・?」
林の中に墜落した後、まず地面に仰向けで転がり落ちたのは桜哉だった。
「いや・・・初めて飛んだ・・・」
それから桜哉のお腹の辺りに武器の持ち主である真昼が落下してきて、折り重なるように俯せの状態で転がっていた。
いて・・・と、呻きながら身体を起こしつつ、真昼は桜哉に言う。
「だって・・・黒猫とホウキだぞっ。シンプルに考えて・・・飛べるだろ!?」
子供向けの童話によくある話だ。
だとしても―――――
「ふ・・・っ、思い切り良すぎだろ・・・っ・・・ホント真昼って・・・」
視線を俯けながら口元を抑えつつ、くっくっ・・・と笑い声を洩らした桜哉の姿を見て、頭についていた葉っぱを、指先で摘まんでいた真昼の顔も、自然と緩んでいき。
顔を上げた桜哉と、気づけば自然な様子で、笑いあっていた。
「―――――桜哉君! 真昼君! 二人とも、無事ね!?」
そこに『鍵』の力で空間跳躍を行って追いかけてきた瑠璃の声が加わる。
「瑠璃さん!?」
「瑠璃姉!?」
木の陰に銀色の閃光が瞬き、収縮した光の中から現れた瑠璃が二人に抱き着く。
瞠目の表情を思わず二人は浮かべたが、それから程なくして、今度は揃って顔を赤らめてしまう。
「あ、あの・・・・・・瑠璃さん」
「え、えっと・・・・・・瑠璃姉」
メイド姿の瑠璃に抱き着かれるというのは、正直に言えば、嬉しい事なのだが―――――恥ずかしいという想いもやはりある訳で。
「にゃ~・・・・・・」
と―――――木の枝に引っ掛かっていた黒猫が、自分の存在を主張するように鳴き声を上げた。
「あ、クロ!」
二人から離れた瑠璃が立ちあがると、黒猫が身体を丸めるようにしながら、木の枝の上から飛び降りてくる。
「にゃ~、今日は投げられたり、飛ばされたりして、散々な目に遭った・・・・・・」
両手を差し伸べた瑠璃が黒猫を抱きとめると、黒猫は瑠璃の腕の中で甘えるようにしながらぼやいた。
そんな黒猫に対して、瑠璃は眉を下げながら苦笑を浮かべると、「そうね、お疲れ様、クロ」とそっと身体を撫でる。
「・・・・・・真昼・・・・・・あいつ、ちゃっかりしてるな」
「まぁな・・・・・・」
そんな黒猫の様子を桜哉と真昼が半眼で見遣ると、やがて二人で顔を見合わせてまた笑い出す。
そんな中、ふいに桜哉は左手を自身の顔に伸ばしていく。
目を瞬かせた真昼は、桜哉の瞳から涙が一筋流れ出しているのに気づいた。
桜哉は眉間を顰めて、涙を止めようとするが、涙は止めどなく溢れるように流れ出し―――――
「もっと・・・こんなふうに笑ってたかったよ・・・っ。でもっ・・・だめなんだ。オレはあの時、椿さんに・・・」
心の奥に閉じ込めていた〝本当の想い〟が溢れ出してくる。
―――――・・・嘘をついた
―――――オレが・・・姉ちゃんを殺したんだ
―――――オレが死ねばよかった
―――――オレのせいで・・・
姉が亡くなって以降、桜哉は自身の事を責めるようになり、独りきりで、あの公園のブランコで過ごすようになっていた。
そこに現れたのが、椿だった。
―――――君は何も悪くないよ
―――――・・・何も君のせいじゃない
何の気配も感じさせることなく、隣のブランコに姿を現した椿は、茫然と目を見開いた桜哉の前に立つと、左手をそっと桜哉の頭に乗せて言葉を紡ぎ出した。
―――――つらいことがあったんだね
椿のその言葉は桜哉の壊れかけていた心の奥に染みわたり、気づけば瞳からは涙が溢れ出していた。
―――――・・・大丈夫。
そして―――――
全ての〝苦しみ〟と〝哀しみ〟の時を桜哉が終えた時。
―――――迎えに来たよ
あの時の約束通り、椿が桜哉の前に再び現れたのだ。
「椿さんだけがオレに手を伸べてくれた。救われたと思ってしまった」
―――――・・・同じだ・・・。
桜哉の言葉に真昼は呆然と目を見開いた。
脳裏に浮かぶのは、母親を失ったときに、唯一人、自分に手を差し伸べてくれた叔父の姿。
真昼にとって徹は、絶対的な存在とも言える。
そして桜哉にとっては、椿こそが絶対的な存在なのだ。
だからこそ―――――
「オレはもうあの人を裏切れない・・・」
一度、命令に背く行為を桜哉はしてしまった。
が、瑠璃のこともあり、椿は桜哉を責めることはしなかった。
そしてその後は二日間だけ、瑠璃は椿の傍に居て、『家族』の一員として共に時を過ごしていた。
けれど―――――
椿は瑠璃を―――――〝怠惰〟の真祖と真昼の処に帰すことを選んだ。
「・・・・・・桜哉君・・・・・・」
ポツリと小さな声で瑠璃が桜哉の名前を呟く。
瑠璃の腕の中に居た黒猫が視線を上げると、瑠璃の顔には悲しみと切なさがない交ぜになった表情が浮かんでいた。
―――――・・・・・・桜哉君とも、椿が間に入ってくれたおかげで、もう一度ちゃんと話をすることが出来た。だけど、椿の『兄弟戦争』を始めるという『意志』だけは変えることが出来なかった・・・・・・っ―――――
瑠璃に昨日言われた言葉を思い出した黒猫は、瑠璃の腕の中から抜け出すと、肩に乗ってそっと頬に顔を摺り寄せる。
瑠璃は目を伏せると「ごめんね、クロ」と言葉を紡ぎ出す。
―――――いま、私が泣くのは間違っている。
―――――きちんと私も真昼君と一緒に、最後まで桜哉君が抱えている想いと向き合わなければいけない。
キュッと瑠璃は口を引き結ぶと、真昼と桜哉のほうに視線を向けていく。
「・・・・・・」
瑠璃の想いを感じ取った黒猫は瑠璃の肩からそっと降りると、日陰があるほうに向かって歩いていく。
「あの人が殺せと言えばオレは・・・」
「・・・それじゃあっ、俺と瑠璃姉が椿を止めてやる。それができるのは・・・シンプルに考えて俺と瑠璃姉とクロだろ!!」
桜哉の言葉に対して、真昼は強い口調で言い放った。
そして真昼は右手で握り拳を作ると、自身の胸に手を当てながら、桜哉を見据えて言葉を続ける。
「今のお前には・・・椿だけじゃない。俺も瑠璃姉も・・・みんなもいるだろ!! 一人じゃねぇよ!!」
「真昼・・・オレに嘘をつかないでよ・・・」
「嘘じゃ・・・」
絞り出すような声で言った桜哉に、真昼はすかさず言い返そうとした。
と―――――
「信じたくなるだろ・・・!」
桜哉は真昼の肩に縋るように両手を伸ばしてきた。
目を見開いた真昼の後ろに、そっと瑠璃が腰を下ろし桜哉に視線を向ける。
「・・・・・・桜哉君。私たちは貴方に、嘘は言わないわ」
そして真昼の肩を掴んでいた桜哉の両手に瑠璃もまた両手で触れる。
左腕には、〝怠惰〟の真祖との〝誓約の証〟が―――――右腕には、桜哉の想いが込められた『四つ葉のブレスレット』が変わらずに在る。
真昼から逃げる際に、桜哉が瑠璃の手を思わず取ってしまったのは、それを目にしたからだった。
「―――――・・・・・・瑠璃さん、オレがあげたブレスレット、ちゃんと付けてくれてるんですね」
「えぇ。だって、桜哉君がくれたんだもの・・・・・・」
桜哉が洩らした言葉に瑠璃は眉を下げながらも、笑顔で頷く。
瑠璃の指先からもまた、 抱きしめられた時に感じたのと変わらない、優しい温もりが伝わってくる。
「・・・瑠璃さん・・・真昼・・・。・・・ありがとう、十分だ・・・っ」
―――――本当はこの手を放したくはない。
けれど、椿は瑠璃が自分の傍を離れてしまうと分っていて、それでも『兄弟戦争』を始める事を選んだ。
それなのに、自分だけ、彼女の傍に、そして友人が居る処に、残ることは出来ない。
だから―――――
桜哉は視線を俯けながら、泣き笑いのような表情を浮かべると、
「・・・でも
そっと、瑠璃の手を解いた桜哉は、握り拳を作っていた真昼の右手に、同じように握り拳を作った右手を触れさせると、その場から跳躍したのだ。
「―――――っ・・・・・・桜哉君!!」
瑠璃が制止の声を上げるも、それは聞き入れられる事はなく。
真昼もまた、桜哉の姿が目の前から消えた刹那、すぐさま立ち上がったのだが、もう姿を見つけることは出来なかった。
それでも、この声は届くと信じて。
「・・・待ってろ!!」
空を見上げた真昼は声を張り上げて、そう叫んだのだ。
そして―――――
「・・・クロ! 俺・・・っ、椿を止めたい。・・・今度は本当なんだ」
木陰で人型に戻ったクロは真昼からの呼びかけに、チラリとこちらに顔を覗かせる。
「そのために俺、クロと一緒に強くなりたい!」
強い決意を宿した真昼の瞳がクロの姿を見据えていた。
「向き合えっかな―――――・・・」
ポツリとそう言ったクロの傍に瑠璃は歩み寄っていく。
「大丈夫よ、クロ。私も一緒に強くなれるよう、頑張るから」
そうして真っ直ぐな眼差しでクロを見つめるとそう言ったのだ。
―――――・・・オレは嘘つきの街で生まれた嘘つきの子供
―――――・・・一年前、中学校に潜りこんだ
―――――・・・暇つぶしのつもりだった
その日、校庭では体育の授業をやっていたけれど、オレは受けるつもりはなく。
校庭の片隅にある水飲み場の陰に身を潜めて、ヘッドホンで適当に音楽を流しつつ、過ごしていた。
そこにサッカーボールが転がってきて・・・・・・
『なんで体育サボってんだよ。二人組でパス練だってよ。やろーぜ』
『うっせーな・・・ほっとけよ』
それを拾いに来た奴が、オレに声を掛けてきた。
それに対して、授業に出るつもりはないと、暗に態度で示したのにも関わらず。
『お前、去年何組だった? 同じクラスになったの初めてだよな』
―――――そいつは立ち去ることはせず、そのまま話しかけてきた。
―――――・・・本当は―――――何かに―――――期待をしていたのかもしれない。
『綿貫桜哉・・・だったよな? いっしょにやろうぜ。桜哉』
そしてそいつは笑みを浮かべるとそう言って、オレに向かって手を差し出してきたのだ。
―――――ただなんてことない
―――――その手に
―――――声に
―――――・・・ああ。オレ、こいつと友達になりたいな―――――
そう、思ったんだ。
―――――真昼
―――――見つけてくれてありがとう
―――――手を伸べてくれてありがとう
そのおかげでオレはかけがえのない時を手に入れることが出来た。
そして―――――・・・・・・
『―――――桜哉君』
―――――瑠璃さんとも出逢うことが出来た。
傷つけたくない、哀しませたくない―――――叶うならずっと笑顔でいて欲しい。
オレにとって『大切な人』。
―――――瑠璃さん
―――――出逢ってくれてありがとう
―――――想いを受け取ってくれてありがとう
澄み切った空の下―――――姿を消した桜哉は二人の姿を遠目から見つめながら、そんな切なる想いを胸に、また涙を溢れさせたのだ。
<後書き>
憂鬱組寄り------もとい、桜哉&椿寄り編。
全19話で、漸く完結となりました。
書き始めた当初は、まさか二巻目沿いのこのお話が、此処まで長編になるとは、全く想定していなかったのですが・・・、桜哉だけでなく、椿とのお話が、書いていく中で、落ちであるはずのクロを上回る勢いで、構想の中で、動き始め。結果、書き進めるにあたって、相当頭を悩ませることになったものの・・・長く物語を書いてきた中で、初めてオリジナルの話を大量に盛り込んで書くことが出来ました。
SERVAMP愛が溢れ続ける限りは、書き続けていきたいと思っておりますので、どうぞこれからもよろしくお願い致します。
此処まで読んで下さって有難う御座いました。
朱臣 繭子 拝
18・11/7掲載
