第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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桜哉に関しての話がひとまず纏まった処で、明日の文化祭に置いての最終準備に真昼もまた加わって取り掛かり始めた時。
接客担当である女子生徒たち数名に、瑠璃は別室に連れていかれ、そこでメジャーを手にした彼女たちから採寸を受けていた。
何故、そうなったのかというと、真昼のクラスメイト達が口にしていた瑠璃に対する〝お願い〟―――――それが明日の文化祭で、瑠璃にも喫茶店の〝接客要員〟に加わって欲しいというものであったからだ。
そうして採寸の結果、もともと他の女子生徒が着る筈だったメイド服の寸法を、ほとんど直さず済みそうだということになり―――――その衣装の試着を行った処で。
ようやく女子生徒たちから解放された瑠璃は教室に戻ると、黒猫の姿を探して視線を彷徨わせたのだが、普段ならば、真昼のクラスメイトの誰かしらから、お菓子を貰ったりして、机の上で寛いでいるはずの黒猫の姿を見つけることは出来ず。
―――――真昼のリュックの中も、もぬけの殻だった。
「・・・・・・やっぱり避けられちゃってるのかな」
目を伏せ、ポツリと瑠璃は呟く。
けれど、学校内を歩いていれば、もしかしたら見つけることが出来るかもしれない。
ギュッと胸元の鍵を瑠璃は握りしめると、教室内でクラスメイトから受け取った衣装箱の中身をチェックしていた真昼に言った。
「あの・・・・・・真昼君、ちょっと購買のほうに顔を出してきてもいい? 今日、仕事の欠勤の連絡をしてなかったから・・・・・・」
「―――――瑠璃姉には暫くの間、できるだけ一人で行動をするのはやめてほしんだけど・・・・・・まぁ、学校内だしな。瑠璃姉、何かあったらすぐに連絡が取れるように携帯の電源は絶対に入れて持っていてくれよな」
瑠璃の言葉に、真昼は迷うように小さく唸ったが、けれど瑠璃が携帯を所持していることを確認すると、一人で行動する事に対して、差し当たっての承諾をしてくれたのだ。
以前、〝ミストレス〟として有栖院邸に招かれた際―――――仕事を欠勤する事になってしまった時は、リリイが幻術を行使してくれた事により、瑠璃は体調不良で休んだという認識になっていた。
しかし、今回は事情が違う。
一時とはいえ、自分で椿たちとともに在る事を選んだのに―――――こちらに帰って来たので、また無断欠勤を無かったことにして欲しい・・・・・・なんて、手前勝手にも程がある。
そんな想いが胸の内に在った事から、今回はきちんと自身で対応―――――もとい、謝罪をするつもりで瑠璃は職場に来た。
けれど―――――
「あの・・・・・・おはようございます、由利さん・・・・・」
「あら、瑪瑙さん、出勤してきたりして大丈夫なの? 身内だという方から、貧血で倒れてしまったから今日はお休みさせてあげてほしいって連絡を貰っていたのだけど」
瑠璃よりも二回りほど年上の、ふっくらとした体形の先輩女性購買員である由利は、瑠璃が声を掛けると驚いた表情を浮かべながらそう言ったのだ。
「・・・・・・あ、はい・・・・・・由利さん、ご迷惑とご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。体調のほうは、ゆっくりと午前中、休ませて頂いたおかげで落ち着きました。―――――それで明日は文化祭もありますし・・・・・・。購買のほうも、前日までは生徒さんたちも色々入り用になるから、何かと大変だってお聞きしていましたから・・・・・・」
その言葉に対し、瑠璃もまた内心で戸惑いを抱くも、けれど真実を話すことも出来ない為、否定をする事も出来ず―――――せめて、残りの仕事はこれからでもやらせてほしいと話を切り出そうとしたのだが。
「瑪瑙さん、貴女がいい加減な子じゃないっていうのは、普段の仕事ぶりを見ていればちゃんとわかるわ。だから、具合が良くないときは無理せずにちゃんと休みなさい。それと明日の件――――― 一年生のクラスの喫茶店の接客応援に回るっていう話はもう、生徒会の副会長さんから聞いているから。それも気にしなくて大丈夫よ」
「え? ・・・・・・もう、そのお話も伝わっているんですか?」
眉を顰めた由利から、軽いお説教と合わせて、言い渡された言葉に、瑠璃は呆然と目を瞬かせてしまう。
―――――備えあれば多少憂いあれど問題なし。
ふいに、三角眼鏡をかけた副会長―――――露木が口にした〝あの言葉〟が思い出された。
東高の文化祭の総指揮は、教師たちではなく、生徒会が取り仕切ることになっているのだという。
だから瑠璃が、真昼のクラスを手伝うという件に関しても、生徒会の承認が必要だったのだが、まさか購買にまですでに話が通っているとは思う由もなく―――――。
「・・・・・・なんだか、やっぱりすごい人ですね。露木君って・・・・・・」
そんな言葉を思わず瑠璃は洩らしてしまったのだった。
そしてその後、瑠璃は恐縮しつつ「すみません。それじゃあ今日はこれで失礼します」と由利に頭を下げてから、真昼が待つ教室に戻るべく踵を返したのだが。
教室に辿り着く手前で、瑠璃のパンツのポケットの中に入れてあったスマホがブブッと振動したのだ。
足を止めてポケットから取り出したスマホの画面を確認してみると、それはメール受信の通知であり、送り主は―――――
「―――――・・・・・・リリイ?」
【―――――瑠璃さん。無事に帰還されたという連絡を〝ある方〟から受け取りました。】
【―――――お迎えに上がりますので、御園が入院している病院まで来ていただけませんか?】
御園のスマホを使ってリリイが連絡をしてきたのだ。
「・・・・・・」
瑠璃の脳裏に桜哉と真昼が戦っていた場所に駆け付けた時、目にした御園とリリイの様子が思い出される。
―――――二人にも話さなければいけない。
―――――瑠璃が椿の〝想い〟と〝向き合って〟出した『答』を。
けれどお見舞いに行くならば、真昼に連絡をして許可を貰ってから動かなければ、また余計な心配をさせてしまうだろう。
―――――チリン
ふいに耳朶に届いた鈴の音色に、スマホを手にしたまま、思いを巡らせていた瑠璃は目を瞬かせる。
「・・・・・・クロ?」
通路の物陰に身を潜めていた黒猫は姿を見せることを躊躇しつつも、けれど見つかってしまった以上、仕方がないと判断したのか―――――
「・・・・・・ニャ~」
小さな声で鳴いた黒猫の姿を確認するため、通路のほうに瑠璃はゆっくりと歩み寄る。
そうして見つけた黒猫の傍にそっと膝を折ると、
「・・・・・・・瑠璃、キサマちゃんのお見舞いに行くのか? それなら真昼にはオレから伝えとくから・・・・・・」
居心地が悪そうに黒猫は視線を彷徨わせながら告げてきた。
クロがお見舞いの件を口にしたのは、メール文が表示されたままになっていた、スマホの画面を見たからだろう。
―――――けれど、クロが瑠璃のほうを見ようとしない〝本当の理由〟は別にある。
―――――だからこそ、きちんと伝えなければいけない。
―――――クロとこのまま、気まずい関係になってしまうのは嫌だから。
「あのね、クロ・・・・・・帰ったら聞いて欲しい話があるの。椿との間に何があったのか・・・・・・」
懇願するように、瑠璃は黒猫を見つめながら言った。
「・・・・・・わかった・・・・・・帰ってきたら聞かせてくれ・・・・・・」
と―――――黒猫は観念した様子で、耳を頭にぺたんと伏せながらそう言ったのだ。
「―――――どうもっす、お嬢さん。アホ毛が入院している病院までは俺が送りますんで」
「―――――・・・・・・お久しぶりです、洞堂さん。わざわざ迎えに来て頂いてしまってすみません」
リリイのメールに返信をしてから程なくして、東高の近くに迎えとしてやって来たのは、御園の専属運転手である洞堂だった。
洞堂と顔を会わせるのは、初めて有栖院邸に招かれたときに駅の近くまで送って貰って以来になる。
申し訳なさそうな顔で眉を寄せつつ、よろしくお願いしますと、瑠璃は頭を下げると、洞堂が開けてくれた車の後部座席の扉から車内に乗り込んだ。
それから運転席に戻ると車を発進させた洞堂に、
「あの、洞堂さん・・・・・・御園君のケガって」
「あぁ、それなら大丈夫っすよ。大事をとって入院してるだけなんで」
瑠璃が尋ねかけると洞堂は事も無げな口調でそう返してきた。
洞堂の返答に瑠璃は「・・・・・・そうなんですか」と眉を顰めると、右手にある四つ葉のブレスレットに視線を落とした。
あの時の戦いは、桜哉の〝本心〟から起こしたものではなかった。
だからこそ、御園も致命傷を負わずに済んだのだろう。
黙した瑠璃の様子をチラリと洞堂はミラー越しに一瞥すると呟いた。
「―――――さてと、それじゃあ病院まで最速でお嬢さんを送り届けるとしますかね」
「「―――――瑠璃っ!!」」
病院に到着後、そこから洞堂に案内されて辿り着いた病室の扉を瑠璃が開くと、その瞬間、勢いよく飛び出してきた二人の小さな影。
それは、リリイの下位である双子の少女たちだった。
「ユリーちゃん。マリーちゃん。」
ギュッと腰のあたりにしがみついている双子たちの頭に、優しく瑠璃は手を伸ばし触れると、目線を合わせる為にしゃがんでいく。
「それじゃあ、俺は部屋の外に控えてますんで」とチラリを奥を一瞥した洞堂は告げると、病室の扉を閉めて退室していった。
「二人とも、心配させちゃってごめんね」
瑠璃は双子を抱きしめると視線を病室の奥に向けていく。
そこにはベッドがあり、こちらに背を向けた状態で横になっている御園と、黒い縁取りに、ピンクの色を持つ、蝶の姿が在った。
「御園君、リリイ・・・・・・」
瑠璃が名前を呼ぶと、ふわりと蝶は羽根を瞬かせ―――――人型となったリリイが現れる。
「二人とも、ケガの調子は大丈夫?」
立ち上がる前にもう一度、双子の頭をそっと撫でてから、瑠璃はリリイと御園の傍に歩み寄っていく。
「私はこの通り、足はくっついています。御園も幸い傷は深いものではなかったので・・・・・・」
リリイは眉を下げながら、応じてくる。
と―――――
「・・・・・・僕たちのことよりも、瑠璃、貴様はどうなんだ」
ふと、聴こえた覇気のない声。
瑠璃は目を瞬かせ、その声を発した主のほうに視線を向ける。
それはベッドに横たわる御園が洩らしたものだった。
「・・・・・・僕が綿貫桜哉との戦いに敗れ、意識を失っていた時。あの場に貴様は『鍵』の力を使って現れたが・・・・・・・その後、クロが暴走した時に、意識を失ってしまっていた処を、椿に〝連れ去られた〟とリリイから聞いた・・・・・・」
口調こそ普段と変わらないが、明らかに失意の状態にある御園は、瑠璃のほうを見ようとしない―――――否、見ることが出来ない。
何故なら、御園がリリイから瑠璃が椿に連れ去られたという話を聞いたのは、瑠璃が無事であるということが判った後だったからだ―――――。
「・・・・・・あれだけ大見えを切って・・・・・・・友達二人すらも守ることが出来なかった・・・・・・。瑠璃、僕は貴様にも城田にも合わせる顔が無い・・・・・・っ」
「御園君・・・・・・」
―――――御園君にもちゃんと伝えなければいけない。
「そんなことない。あの時―――――桜哉君と〝向き合う〟事を躊躇ってしまった―――――私と真昼君の代わりに御園君は戦ってくれたんだから・・・・・・」
右腕にある、桜哉から貰った四つ葉のブレスレットを、そっと左手で握りしめると、瑠璃は静かに口を開く。
「―――――むしろ謝らなければいけないのは私のほう。御園君、それからリリイも・・・・・・ごめんなさい。確かにあの戦いの最中、私は椿に〝連れ去られた〟―――――けれど目が覚めた後、椿は私を傷つけるような行為は一切しなかった。だから私は、椿のことを〝知る為〟に、椿の処から〝逃げる〟のではなく、あったかもしれない〝可能性〟を『形』に―――――『椿』と〝向き合って〟『家族』として一緒の時を過ごすことを選んだの」
―――――〝ミストレス〟の彼女、なんだか随分と狐くんに気を許している様子だったよ?―――――
「―――――・・・・・・瑠璃さん」
瑠璃の無事を連絡してきた〝嫉妬〟の真祖の主人の言葉を思い出したリリイが、当惑の色を滲ませ瑠璃を見つめる。
「一緒に食事をしたり、お菓子を作ったり、料理をしたり―――――椿の下位の人たちも、私が椿と一緒に過ごす事を当たり前の事として受け入れてくれた。そして桜哉君とももう一度、ちゃんと話をすることが出来た。だけど・・・・・・椿の『兄弟戦争』を始めるという『意志』だけは変えることが出来なかった」
「・・・・・・瑠璃さんは、これから先―――――〝どうしたい〟と思っているんですか?」
淡々と告白した瑠璃に、リリイが問いかける。
主人である御園は、やはりこちらに振り返ろうとせず、何も言おうとしない。
視線を俯けていた瑠璃は、ゆっくりと顔を上げると、胸元の『鍵』を右手で握りしめて口を開いた。
「―――――私は椿のことは〝止めたい〟と思ってる。『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてして欲しくないから」
主人や真祖のように、〝ミストレス〟である瑠璃は、戦う力を持っている訳ではない。
けれど、決して無力な存在という訳でもない。
―――――〝ミストレス〟である瑠璃の〝想い〟と〝意志〟―――――
それこそが、主人にも真祖たちにも、間違いなく〝影響〟を及ぼすのだ。
立ち塞がる、哀しみも困難も、受け入れて、乗り越える信念を持った強い瞳。
―――――もしもクロではなく
―――――自分が先に〝ミストレス〟である彼女と出逢っていたら
「瑠璃さん、それが貴女の選んだ『答』なのですね」
―――――あの瞳に映る『大切な存在』になることが出来たのだろうか。
ふと、心の内に浮かんできた想いに、リリイはそっと蓋をするように目を伏せると、
「私たちも瑠璃さんのその〝意志〟は尊重したいと思います。ですので、改めてひと肌脱ぐことをお約束致しますね」
瑠璃の前に片膝を折り、そっと左手を取ると、甲に口付けを落としたのだ。
「―――――・・・・・・・っ・・・・・・ありがとうリリイ」
以前にも一度、有栖院邸にて、口説く為という名目の元に、からかい半分でされたことはあったが、どうしても条件反射とでもいうのだろうか。
リリイの唇が手の甲に触れた瞬間、慣れないその行為に、顔が赤くなるのと同時に、瑠璃は小さく声を洩らしてしまう。
それでも、その後に何とかお礼を言うことは出来たのだが―――――
「ふふ、やはり瑠璃さんは可愛らしい反応をなさいますね」
微笑みながら、リリイがそう言った後に、
―――――やはりクロが少し羨ましいですね。
そう洩らした言葉は、瑠璃の耳朶に届く事はなかったが、リリイの含みのある笑顔を目にした瑠璃の顔はさらに赤く染まってしまい。
「・・・・・・リリイ!! 貴様はまた子供の前で瑠璃に何をしているんだ!!?」
刹那、ガバッとベッドから体を起こした御園が、その様子を目にしてわなわなと身体を震わせながら叫び声を上げたのだ。
しかし、御園が言う処の、子供であるユリーとマリーは、静観の姿勢を取っていたのだが。
ハッと目を瞬かせた瑠璃は、御園のほうに顔を向けると、
「あ・・・・・えっと、ごめんね、御園君。私は大丈夫だから・・・・・・」
「おや、御園。急に起き上がったりするのは身体によくありませんよ」
瑠璃の手を離すと、立ち上がったリリイがほわっと笑みを浮かべて御園に言う。
「ならば、そういうことを気軽にするんじゃない・・・・・・っ!!!」
御園はリリイの態度にいきり立ちながらそう言うと、額を右手で抑えながら、呻くように息を吐き出し、
「瑠璃。貴様、今日はもう帰れ。あまり遅くなると、また城田とクロが心配するだろう」
「そうね。わかったわ、ありがとう御園君」
瑠璃がふわっと笑みを浮かべながら頷くと、御園の声が聴こえていたのだろう。
病室の扉を開けて顔を覗かせた洞堂が告げてくる。
「それじゃあ、お嬢さんの事は帰りも俺が責任を持って送らせて頂きますんで」
真昼から御園にメールが届いたのはそれからすぐのことだった。
―――――お見舞いに行くのが遅くなってごめん。
―――――ケガの調子はどう?
―――――このまえは戦ってくれてありがとう。
―――――お礼を言うのも今さらになって本当にごめん。
「リリイ・・・僕は強くなりたい・・・っ」
メールを目にした御園の心に、激情の想いが込み上げてくる。
―――――『大切な友人』である瑠璃と真昼の為にも。
そうして泣き出しそうになった姿を見られない為に、ベッドにまた身体を御園は横たえると、肩を震わせながらそう言ったのだ。
18・9/16 掲載
接客担当である女子生徒たち数名に、瑠璃は別室に連れていかれ、そこでメジャーを手にした彼女たちから採寸を受けていた。
何故、そうなったのかというと、真昼のクラスメイト達が口にしていた瑠璃に対する〝お願い〟―――――それが明日の文化祭で、瑠璃にも喫茶店の〝接客要員〟に加わって欲しいというものであったからだ。
そうして採寸の結果、もともと他の女子生徒が着る筈だったメイド服の寸法を、ほとんど直さず済みそうだということになり―――――その衣装の試着を行った処で。
ようやく女子生徒たちから解放された瑠璃は教室に戻ると、黒猫の姿を探して視線を彷徨わせたのだが、普段ならば、真昼のクラスメイトの誰かしらから、お菓子を貰ったりして、机の上で寛いでいるはずの黒猫の姿を見つけることは出来ず。
―――――真昼のリュックの中も、もぬけの殻だった。
「・・・・・・やっぱり避けられちゃってるのかな」
目を伏せ、ポツリと瑠璃は呟く。
けれど、学校内を歩いていれば、もしかしたら見つけることが出来るかもしれない。
ギュッと胸元の鍵を瑠璃は握りしめると、教室内でクラスメイトから受け取った衣装箱の中身をチェックしていた真昼に言った。
「あの・・・・・・真昼君、ちょっと購買のほうに顔を出してきてもいい? 今日、仕事の欠勤の連絡をしてなかったから・・・・・・」
「―――――瑠璃姉には暫くの間、できるだけ一人で行動をするのはやめてほしんだけど・・・・・・まぁ、学校内だしな。瑠璃姉、何かあったらすぐに連絡が取れるように携帯の電源は絶対に入れて持っていてくれよな」
瑠璃の言葉に、真昼は迷うように小さく唸ったが、けれど瑠璃が携帯を所持していることを確認すると、一人で行動する事に対して、差し当たっての承諾をしてくれたのだ。
以前、〝ミストレス〟として有栖院邸に招かれた際―――――仕事を欠勤する事になってしまった時は、リリイが幻術を行使してくれた事により、瑠璃は体調不良で休んだという認識になっていた。
しかし、今回は事情が違う。
一時とはいえ、自分で椿たちとともに在る事を選んだのに―――――こちらに帰って来たので、また無断欠勤を無かったことにして欲しい・・・・・・なんて、手前勝手にも程がある。
そんな想いが胸の内に在った事から、今回はきちんと自身で対応―――――もとい、謝罪をするつもりで瑠璃は職場に来た。
けれど―――――
「あの・・・・・・おはようございます、由利さん・・・・・」
「あら、瑪瑙さん、出勤してきたりして大丈夫なの? 身内だという方から、貧血で倒れてしまったから今日はお休みさせてあげてほしいって連絡を貰っていたのだけど」
瑠璃よりも二回りほど年上の、ふっくらとした体形の先輩女性購買員である由利は、瑠璃が声を掛けると驚いた表情を浮かべながらそう言ったのだ。
「・・・・・・あ、はい・・・・・・由利さん、ご迷惑とご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。体調のほうは、ゆっくりと午前中、休ませて頂いたおかげで落ち着きました。―――――それで明日は文化祭もありますし・・・・・・。購買のほうも、前日までは生徒さんたちも色々入り用になるから、何かと大変だってお聞きしていましたから・・・・・・」
その言葉に対し、瑠璃もまた内心で戸惑いを抱くも、けれど真実を話すことも出来ない為、否定をする事も出来ず―――――せめて、残りの仕事はこれからでもやらせてほしいと話を切り出そうとしたのだが。
「瑪瑙さん、貴女がいい加減な子じゃないっていうのは、普段の仕事ぶりを見ていればちゃんとわかるわ。だから、具合が良くないときは無理せずにちゃんと休みなさい。それと明日の件――――― 一年生のクラスの喫茶店の接客応援に回るっていう話はもう、生徒会の副会長さんから聞いているから。それも気にしなくて大丈夫よ」
「え? ・・・・・・もう、そのお話も伝わっているんですか?」
眉を顰めた由利から、軽いお説教と合わせて、言い渡された言葉に、瑠璃は呆然と目を瞬かせてしまう。
―――――備えあれば多少憂いあれど問題なし。
ふいに、三角眼鏡をかけた副会長―――――露木が口にした〝あの言葉〟が思い出された。
東高の文化祭の総指揮は、教師たちではなく、生徒会が取り仕切ることになっているのだという。
だから瑠璃が、真昼のクラスを手伝うという件に関しても、生徒会の承認が必要だったのだが、まさか購買にまですでに話が通っているとは思う由もなく―――――。
「・・・・・・なんだか、やっぱりすごい人ですね。露木君って・・・・・・」
そんな言葉を思わず瑠璃は洩らしてしまったのだった。
そしてその後、瑠璃は恐縮しつつ「すみません。それじゃあ今日はこれで失礼します」と由利に頭を下げてから、真昼が待つ教室に戻るべく踵を返したのだが。
教室に辿り着く手前で、瑠璃のパンツのポケットの中に入れてあったスマホがブブッと振動したのだ。
足を止めてポケットから取り出したスマホの画面を確認してみると、それはメール受信の通知であり、送り主は―――――
「―――――・・・・・・リリイ?」
【―――――瑠璃さん。無事に帰還されたという連絡を〝ある方〟から受け取りました。】
【―――――お迎えに上がりますので、御園が入院している病院まで来ていただけませんか?】
御園のスマホを使ってリリイが連絡をしてきたのだ。
「・・・・・・」
瑠璃の脳裏に桜哉と真昼が戦っていた場所に駆け付けた時、目にした御園とリリイの様子が思い出される。
―――――二人にも話さなければいけない。
―――――瑠璃が椿の〝想い〟と〝向き合って〟出した『答』を。
けれどお見舞いに行くならば、真昼に連絡をして許可を貰ってから動かなければ、また余計な心配をさせてしまうだろう。
―――――チリン
ふいに耳朶に届いた鈴の音色に、スマホを手にしたまま、思いを巡らせていた瑠璃は目を瞬かせる。
「・・・・・・クロ?」
通路の物陰に身を潜めていた黒猫は姿を見せることを躊躇しつつも、けれど見つかってしまった以上、仕方がないと判断したのか―――――
「・・・・・・ニャ~」
小さな声で鳴いた黒猫の姿を確認するため、通路のほうに瑠璃はゆっくりと歩み寄る。
そうして見つけた黒猫の傍にそっと膝を折ると、
「・・・・・・・瑠璃、キサマちゃんのお見舞いに行くのか? それなら真昼にはオレから伝えとくから・・・・・・」
居心地が悪そうに黒猫は視線を彷徨わせながら告げてきた。
クロがお見舞いの件を口にしたのは、メール文が表示されたままになっていた、スマホの画面を見たからだろう。
―――――けれど、クロが瑠璃のほうを見ようとしない〝本当の理由〟は別にある。
―――――だからこそ、きちんと伝えなければいけない。
―――――クロとこのまま、気まずい関係になってしまうのは嫌だから。
「あのね、クロ・・・・・・帰ったら聞いて欲しい話があるの。椿との間に何があったのか・・・・・・」
懇願するように、瑠璃は黒猫を見つめながら言った。
「・・・・・・わかった・・・・・・帰ってきたら聞かせてくれ・・・・・・」
と―――――黒猫は観念した様子で、耳を頭にぺたんと伏せながらそう言ったのだ。
「―――――どうもっす、お嬢さん。アホ毛が入院している病院までは俺が送りますんで」
「―――――・・・・・・お久しぶりです、洞堂さん。わざわざ迎えに来て頂いてしまってすみません」
リリイのメールに返信をしてから程なくして、東高の近くに迎えとしてやって来たのは、御園の専属運転手である洞堂だった。
洞堂と顔を会わせるのは、初めて有栖院邸に招かれたときに駅の近くまで送って貰って以来になる。
申し訳なさそうな顔で眉を寄せつつ、よろしくお願いしますと、瑠璃は頭を下げると、洞堂が開けてくれた車の後部座席の扉から車内に乗り込んだ。
それから運転席に戻ると車を発進させた洞堂に、
「あの、洞堂さん・・・・・・御園君のケガって」
「あぁ、それなら大丈夫っすよ。大事をとって入院してるだけなんで」
瑠璃が尋ねかけると洞堂は事も無げな口調でそう返してきた。
洞堂の返答に瑠璃は「・・・・・・そうなんですか」と眉を顰めると、右手にある四つ葉のブレスレットに視線を落とした。
あの時の戦いは、桜哉の〝本心〟から起こしたものではなかった。
だからこそ、御園も致命傷を負わずに済んだのだろう。
黙した瑠璃の様子をチラリと洞堂はミラー越しに一瞥すると呟いた。
「―――――さてと、それじゃあ病院まで最速でお嬢さんを送り届けるとしますかね」
「「―――――瑠璃っ!!」」
病院に到着後、そこから洞堂に案内されて辿り着いた病室の扉を瑠璃が開くと、その瞬間、勢いよく飛び出してきた二人の小さな影。
それは、リリイの下位である双子の少女たちだった。
「ユリーちゃん。マリーちゃん。」
ギュッと腰のあたりにしがみついている双子たちの頭に、優しく瑠璃は手を伸ばし触れると、目線を合わせる為にしゃがんでいく。
「それじゃあ、俺は部屋の外に控えてますんで」とチラリを奥を一瞥した洞堂は告げると、病室の扉を閉めて退室していった。
「二人とも、心配させちゃってごめんね」
瑠璃は双子を抱きしめると視線を病室の奥に向けていく。
そこにはベッドがあり、こちらに背を向けた状態で横になっている御園と、黒い縁取りに、ピンクの色を持つ、蝶の姿が在った。
「御園君、リリイ・・・・・・」
瑠璃が名前を呼ぶと、ふわりと蝶は羽根を瞬かせ―――――人型となったリリイが現れる。
「二人とも、ケガの調子は大丈夫?」
立ち上がる前にもう一度、双子の頭をそっと撫でてから、瑠璃はリリイと御園の傍に歩み寄っていく。
「私はこの通り、足はくっついています。御園も幸い傷は深いものではなかったので・・・・・・」
リリイは眉を下げながら、応じてくる。
と―――――
「・・・・・・僕たちのことよりも、瑠璃、貴様はどうなんだ」
ふと、聴こえた覇気のない声。
瑠璃は目を瞬かせ、その声を発した主のほうに視線を向ける。
それはベッドに横たわる御園が洩らしたものだった。
「・・・・・・僕が綿貫桜哉との戦いに敗れ、意識を失っていた時。あの場に貴様は『鍵』の力を使って現れたが・・・・・・・その後、クロが暴走した時に、意識を失ってしまっていた処を、椿に〝連れ去られた〟とリリイから聞いた・・・・・・」
口調こそ普段と変わらないが、明らかに失意の状態にある御園は、瑠璃のほうを見ようとしない―――――否、見ることが出来ない。
何故なら、御園がリリイから瑠璃が椿に連れ去られたという話を聞いたのは、瑠璃が無事であるということが判った後だったからだ―――――。
「・・・・・・あれだけ大見えを切って・・・・・・・友達二人すらも守ることが出来なかった・・・・・・。瑠璃、僕は貴様にも城田にも合わせる顔が無い・・・・・・っ」
「御園君・・・・・・」
―――――御園君にもちゃんと伝えなければいけない。
「そんなことない。あの時―――――桜哉君と〝向き合う〟事を躊躇ってしまった―――――私と真昼君の代わりに御園君は戦ってくれたんだから・・・・・・」
右腕にある、桜哉から貰った四つ葉のブレスレットを、そっと左手で握りしめると、瑠璃は静かに口を開く。
「―――――むしろ謝らなければいけないのは私のほう。御園君、それからリリイも・・・・・・ごめんなさい。確かにあの戦いの最中、私は椿に〝連れ去られた〟―――――けれど目が覚めた後、椿は私を傷つけるような行為は一切しなかった。だから私は、椿のことを〝知る為〟に、椿の処から〝逃げる〟のではなく、あったかもしれない〝可能性〟を『形』に―――――『椿』と〝向き合って〟『家族』として一緒の時を過ごすことを選んだの」
―――――〝ミストレス〟の彼女、なんだか随分と狐くんに気を許している様子だったよ?―――――
「―――――・・・・・・瑠璃さん」
瑠璃の無事を連絡してきた〝嫉妬〟の真祖の主人の言葉を思い出したリリイが、当惑の色を滲ませ瑠璃を見つめる。
「一緒に食事をしたり、お菓子を作ったり、料理をしたり―――――椿の下位の人たちも、私が椿と一緒に過ごす事を当たり前の事として受け入れてくれた。そして桜哉君とももう一度、ちゃんと話をすることが出来た。だけど・・・・・・椿の『兄弟戦争』を始めるという『意志』だけは変えることが出来なかった」
「・・・・・・瑠璃さんは、これから先―――――〝どうしたい〟と思っているんですか?」
淡々と告白した瑠璃に、リリイが問いかける。
主人である御園は、やはりこちらに振り返ろうとせず、何も言おうとしない。
視線を俯けていた瑠璃は、ゆっくりと顔を上げると、胸元の『鍵』を右手で握りしめて口を開いた。
「―――――私は椿のことは〝止めたい〟と思ってる。『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてして欲しくないから」
主人や真祖のように、〝ミストレス〟である瑠璃は、戦う力を持っている訳ではない。
けれど、決して無力な存在という訳でもない。
―――――〝ミストレス〟である瑠璃の〝想い〟と〝意志〟―――――
それこそが、主人にも真祖たちにも、間違いなく〝影響〟を及ぼすのだ。
立ち塞がる、哀しみも困難も、受け入れて、乗り越える信念を持った強い瞳。
―――――もしもクロではなく
―――――自分が先に〝ミストレス〟である彼女と出逢っていたら
「瑠璃さん、それが貴女の選んだ『答』なのですね」
―――――あの瞳に映る『大切な存在』になることが出来たのだろうか。
ふと、心の内に浮かんできた想いに、リリイはそっと蓋をするように目を伏せると、
「私たちも瑠璃さんのその〝意志〟は尊重したいと思います。ですので、改めてひと肌脱ぐことをお約束致しますね」
瑠璃の前に片膝を折り、そっと左手を取ると、甲に口付けを落としたのだ。
「―――――・・・・・・・っ・・・・・・ありがとうリリイ」
以前にも一度、有栖院邸にて、口説く為という名目の元に、からかい半分でされたことはあったが、どうしても条件反射とでもいうのだろうか。
リリイの唇が手の甲に触れた瞬間、慣れないその行為に、顔が赤くなるのと同時に、瑠璃は小さく声を洩らしてしまう。
それでも、その後に何とかお礼を言うことは出来たのだが―――――
「ふふ、やはり瑠璃さんは可愛らしい反応をなさいますね」
微笑みながら、リリイがそう言った後に、
―――――やはりクロが少し羨ましいですね。
そう洩らした言葉は、瑠璃の耳朶に届く事はなかったが、リリイの含みのある笑顔を目にした瑠璃の顔はさらに赤く染まってしまい。
「・・・・・・リリイ!! 貴様はまた子供の前で瑠璃に何をしているんだ!!?」
刹那、ガバッとベッドから体を起こした御園が、その様子を目にしてわなわなと身体を震わせながら叫び声を上げたのだ。
しかし、御園が言う処の、子供であるユリーとマリーは、静観の姿勢を取っていたのだが。
ハッと目を瞬かせた瑠璃は、御園のほうに顔を向けると、
「あ・・・・・えっと、ごめんね、御園君。私は大丈夫だから・・・・・・」
「おや、御園。急に起き上がったりするのは身体によくありませんよ」
瑠璃の手を離すと、立ち上がったリリイがほわっと笑みを浮かべて御園に言う。
「ならば、そういうことを気軽にするんじゃない・・・・・・っ!!!」
御園はリリイの態度にいきり立ちながらそう言うと、額を右手で抑えながら、呻くように息を吐き出し、
「瑠璃。貴様、今日はもう帰れ。あまり遅くなると、また城田とクロが心配するだろう」
「そうね。わかったわ、ありがとう御園君」
瑠璃がふわっと笑みを浮かべながら頷くと、御園の声が聴こえていたのだろう。
病室の扉を開けて顔を覗かせた洞堂が告げてくる。
「それじゃあ、お嬢さんの事は帰りも俺が責任を持って送らせて頂きますんで」
真昼から御園にメールが届いたのはそれからすぐのことだった。
―――――お見舞いに行くのが遅くなってごめん。
―――――ケガの調子はどう?
―――――このまえは戦ってくれてありがとう。
―――――お礼を言うのも今さらになって本当にごめん。
「リリイ・・・僕は強くなりたい・・・っ」
メールを目にした御園の心に、激情の想いが込み上げてくる。
―――――『大切な友人』である瑠璃と真昼の為にも。
そうして泣き出しそうになった姿を見られない為に、ベッドにまた身体を御園は横たえると、肩を震わせながらそう言ったのだ。
18・9/16 掲載
