第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
憂鬱組の拠点で目覚めてから、最初の内こそ椿の行動に気を張っていたものの、程なくして『家族』として接するようになってからは、椿が動物の姿であろうが、人型であろうが、瑠璃自身は無自覚だったのだろうが、無防備な姿を見せるようになった。
けれど―――――
「―――――・・・・・・椿・・・・・・?」
椿が瑠璃に対して、心の奥底で抱いている『想い』は今も変わっていない―――――。
―――――そして、いまは〝デート中〟だ。
「瑠璃、〝デート中〟に相手と二人っきりになった時は、もう少し警戒心を持たないと駄目だよ?」
「・・・・・・えっ? ・・・・・・っ椿?」
サラサラとした椿の髪が首を擽る感覚にくすぐったさを覚え、瑠璃は身を捩ろうとする。
けれど、そんな瑠璃の抵抗をものともせず、腕の中にしっかりと瑠璃の身体を捕らえた椿は、抑揚のない口調で囁くようにそう告げるとそのまま首筋に顔を埋めていく。
―――――刹那、瑠璃の首筋に微かな熱と合わせて、チリリと肌に痛みが走った。
「・・・・・・なっ・・・・・・!?」
「あはははははははは!! あっはははははははは! あ―――――面白くない・・・こともないかな」
何をされたのか、解らず、驚きの声を洩らすと同時に、反射的に身体を震わせた瑠璃に対して、顔を上げた椿は満足げに瞳を細めると、笑い声を上げた。
それから椿は瑠璃から腕を離すと、自身の身体を反転させて、背を向けると、ごろんとベンチに寝転がってしまう。
「~~~~~・・・・・・椿っ!!」
「今日は、瑠璃と過ごすためにいつもよりも、早起きしたから寝たりないんだ。だからちょっとの間、こうさせてよ」
首元を抑え、顔を赤くしながら、キッと瑠璃が睨むも、椿はどこ吹く風といった態度で告げてくる。
昨日、就寝したのは深夜零時前―――――そして起床したのが、朝7時頃の事。
おおよそ、7時間以上は睡眠が取れているはずなのだが。
椿の普段の睡眠時間は、それよりも長いということなのだろう。
―――――人のことからかって、遊ぶ余裕はあるみたいだけど・・・・・・。
膝の上に頭を乗せて、ころんと寝返りを打った椿を見下ろしながら、瑠璃は嘆息する。
「・・・・・・わかったわ。じゃあ、少しだけね」
「うん。ありがとう、瑠璃♪」
にこりと無邪気な笑みを浮かべた椿の頭を、そっと瑠璃は撫でると心中で呟いた。
―――――やっぱり気まぐれな猫みたい―――――
「―――――やれやれ。〝ミストレス〟の彼女は、随分と狐くんに絆されてしまっているみたいだねぇ」
天気が曇りであることから、公園内に瑠璃たち以外には誰もいないように見えたが、そこからちょうど反対側の木の陰には、瑠璃たちの様子を窺う人の姿が在った。
それは真昼に接触をしてきた〝嫉妬〟の真祖の主人である、骨董品屋と名乗った男だった。
「〝お姫様〟の〝心〟は果たして、〝どちら〟に在るのやら」
男が嘲笑するようにしながら呟くと、首に巻かれたスカーフの中に居た、黒蛇がスルリと地に向かって降りて行く。
それは只の蛇ではなく―――――
「・・・・・・〝ミストレス〟の『誓約』は〝怠惰〟と繋がったままだ・・・・・・だから・・・・・・〝憂鬱〟の側に付くことはありえない・・・・・・」
「へぇ? ジェジェ、お前がそんなふうに言うなんてねぇ」
人型となって姿を現した、〝嫉妬〟の真祖―――――〝疑わしきは罰せよ 〟の言葉に、男は片眉を顰めながら、揶揄するかのような口調で言う。
そんな主人に対し、ダウトダウトは腹立たしさを覚えつつ、低い声でぼそりと言い返す。
「・・・・・・お前も・・・・・・本当は解っているだろう・・・・・・」
「うん? どうかな、オレはまだ〝ミストレス〟である彼女と直接、話をしたことはないからね」
けれど、男は態度を改める様子はなく。腕に抱いたおさげの人形に「まだアベルも彼女とお話したことないもんねぇ」と話しかけると。
「―――――まぁ、とりあえず〝瑪瑙瑠璃〟の無事は確認できたことだし、お迎えの準備をしておくよう、〝あっち〟には伝えておこうか」
ポケットから取り出したスマホを片手に、男はニヤッと口元に弧を描くとそう言ったのだった。
「いらっしゃいませ―――――。お二人様ですね。あちらのお席にどうぞ」
お昼に差し掛かったところで、瑠璃は椿と共に公園を後にして、駅前通りの先に在る商店街のお寿司屋さんにやって来た。
そうして愛想の良い店員の応対により、椿と瑠璃が案内されたのはカウンター席だった。
お昼に近い事から、客入りはそれなりで、回転レールの上には、様々な種類の寿司が置かれていて途切れることなく流れていた。
席に腰掛けた処で、瑠璃はカウンターテーブルの前にあった湯呑を二つ手にすると、並べて置かれていた緑茶の粉末が入った器の蓋を開け、添えられていた匙で三杯ほどそれを入れると、目の前の蛇口からお湯を注ぎ入れた。
それから一つを自分の処に置き、もう一つを椿の前に置くと、「ありがとう、瑠璃」と椿は笑みを浮かべ、
「瑠璃、遠慮せず好きなものを食べていいからね」
「ありがとう、椿。それじゃあ、頂きます」
瑠璃もまた笑顔で頷くと、合掌をしてから、目に留まった玉子焼きを手に取ると箸を付けたのだ。
そしてその後は、いくら、穴子とネタの種類を変えて、瑠璃は食べていたのだが―――――。
「ねぇ、椿。稲荷寿司が好きだっていうのは食事をした時に聞いたけれど、お寿司屋さんでもそれ以外は食べないの?」
椿が食べ終え、重ねた5枚の皿は全て、お稲荷さんだった。
目を瞠りながら、瑠璃が尋ねかけると、
「うん。ベルからも一緒に行く度に、他のネタを食べないなんて勿体ないって言われるけど。僕にとっては、お稲荷さんに勝るモノはないから良いんだよ」
「そうなのね。じゃあ、次は私もお稲荷さんを食べようかな」
口元を綻ばせながら笑顔で断言した椿に、クスッと瑠璃は笑みを零すと、ちょうどタイミングよく稲荷寿司の皿が流れてきた。
そこで、その稲荷寿司の皿を瑠璃は手に取ると、
「椿。私は一個食べられれば十分だから、もう一個は椿が貰ってくれる?」
「良いの? 僕は勿論、構わないけど」
持ち掛けた案に椿が嬉々とした様子で頷いてくれたので、取りやすいようにと二人の間に、瑠璃は稲荷寿司の皿を置いたのだが。
「―――――ねぇ、瑠璃。〝お願い〟があるんだけど」
「〝お願い〟・・・・・・?」
そこで、ふいに着物の袂に隠れた椿の右手に、自分の左手を掴まれた瑠璃は目を瞠り、椿の顔を見る。
と―――――
「せっかくだから、食べさせてくれないかな♪」
「・・・・・・食べさせる? それって・・・・・・」
にっこりと笑顔で告げられた言葉に、思わず呆然とした表情で瑠璃は固まってしまう。
そんな瑠璃の様子に椿はフッと笑みを浮かべると、上目遣いで、畳みかけるように言った。
「瑠璃、言ってたよね? まだ、僕の〝お願い〟を聞いてくれている途中だって。だったら、これもそれに入るよね?」
「・・・・・・っ」
―――――椿はまた、こちらの反応を見て、面白がっている節もあるけれど・・・・・・。
―――――この〝お願い〟が終わった時、『楽しい時間だった』と、椿の〝心〟に残る〝大切なモノ〟になって欲しい。
―――――そう思ったから、ここに来る前に立ち寄った公園で携帯を差し出されたとき、私は電源を入れなかった。
気づけば、周囲からチラホラと向けられている好奇の視線に、顔が赤らんでいくのを感じながらも、自分の胸の内にある想いに、思考を巡らせた瑠璃は―――――
「・・・・・わかったわ。お稲荷さん、一個だけね・・・・・」
羞恥に俯けていた顔を、椿のほうにおずおずと向けると、そう言ったのだ。
そして―――――
椿の〝お願い〟を瑠璃が聞きいれて、行動に移そうとした時、
「いらっしゃいませ―――――あちらの空いてるお席にどうぞー」
他のお客たちからの注文を受けたりしつつ、二人の様子を見ていた店員が、新たに来店した男性客二人連れを案内したのは椿の隣の席だった。
「えっと・・・・・・じゃあ・・・・・・口を開けて貰える?」
「うん♪」
けれど、瑠璃の意識は完全に、椿に稲荷寿司を食べさせるという事に向けられていて。
食べさせてもらう側である椿も、これまで見た中で一番の恥じらいを見せる瑠璃の姿に、周りから向けられる、生温かい視線など気にも留めることなく、満面の笑みを浮かべながら口元に差し出された稲荷寿司をパクリと食べたのだが―――――。
ふと、隣に座った人間の気配とともに、覚えのある〝吸血鬼〟の気配を感じ取った椿は、稲荷寿司をほおばりつつ、さり気なくそちらに視線を向けてみる。
「あ」
―――――そこに座っていたのは、〝怠惰〟の真祖の主人である少年―――――
思わず、椿が驚いた声を洩らすと、〝お願い〟を達成したことで、集中力がプツリと途切れた瑠璃もまた、ゆっくりと目を瞬かせ、どうかしたのだろうかと椿の視線の先に顔を向けたのだが―――――。
―――――・・・・・・どうしてここに・・・・・・?
紺色のパーカーに白のTシャツ。黒のスゥエットパンツにスニーカー。リュックを背負った、シンプルで統一された私服姿の栗色の髪の少年。右瞼に大きなガーゼを付けてはいるが、見間違えるはずもない。
「・・・・・・真昼君?」
呆然とした顔で瑠璃は少年の名を呼ぶ。
と―――――
「つッ・・・椿!!? 瑠璃姉!!?」
ギョッと目を見開き、真昼もまた叫び声を上げたのだ。
そんな真昼に、椿が冷めた目を向けつつ、
「やあ。君もよくここに来るの?」
「なっ・・・なんで、椿と瑠璃姉がこんなところに・・・」
「えっと・・・・・・それは・・・・・・」
「僕と瑠璃はデート中で、ここにはお昼ご飯を食べに来たんだよ」
口ごもった瑠璃に代わり、しれっとした口調で椿が答えると、
「―――――はぁ!!? デート!!?」
「お? なんだ、奇遇だな。瑠璃さんも来てたのか!」
顔を蒼白にした真昼と共に来店して傍らに腰掛けた、叔父である徹が笑みを浮かべながら声を掛けてきたのだ。
「・・・・・・あ、はい。徹さん、お久しぶりです・・・・・・」
「俺は真昼と一緒に昼飯を食いに来たんだが、もしかして邪魔しちまったか?」
「い、いえ・・・・・・大丈夫です」
事情を知らないからなのだろうが、いつも通りの豪快なテンションで、話しかけてくる徹に対して何とか笑みを浮かべつつ、瑠璃が答えると、そうか、と頷いた徹は、レーンから流れてきた、いくらの軍艦巻きの皿に左手を伸ばして手に取ると、
「さ―――――真昼っ、いくら でも食っていいぞ! 寿司だけに!」
右手の親指と人差し指を顎に添えつつ、真昼に向かって手にしたいくらの皿を差し出した徹の顔には、どんっと決まったと言わんばかりの笑みが湛えられていた。
「出た・・・ダジャレ・・・」
「徹さん、相変わらずですね・・・」
気まずい雰囲気になりそうな中、徹が口にしたダジャレに、真昼と瑠璃は思わず、苦笑いを零してしまう。
「あはっ」
しかし、どうやら椿の笑いのツボに入ってしまったらしい。
「あはははははあっはは!! あははははははははっあははははあはっ。すしっ・・・いくら・・・でも・・・あははははははははは」
右手の着物の袂で顔を覆いながら、小刻みに肩を震わせつつ、バンバンと机を左手で叩いて笑う椿の姿に、近くの席に座っていた客たちは揃ってドン引き状態になり。関わらないほうが良さそうだと言わんばかりに、そそくさと会計をして立ち去ってしまったのだが。さすがと言うべきなのか―――――徹は動じるどころか「そんなに!? そんなにか!?」と嬉しそうに目を細め、笑い続ける椿を見ていて。
けれど、このままでは間違いなく営業妨害になってしまうだろう。
真昼が引きつった表情で椿を見遣る一方で、
「・・・・・・椿、他のお客さんたちやお店の人たちがびっくりしてるから」
何とか落ち着かせようと、背に手を添えながら瑠璃が呼び掛けると―――――その声が届いたのだろうか。程なくして冷めた眼差しになった椿は、ふう・・・と溜息を吐き出すと「面白くない」といつもの言葉で締めたのだが。
それに被せる様にして、がははと笑い声を上げた徹が「ダジャレってのは最もシンプルな笑いだからな!! 話のわかる兄ちゃんだな!」と椿の背中をバシバシと右手を伸ばして叩いたのだ。
椿の正体を知らないからこそ、出来たのであろう豪胆な徹の行動に、真昼の顔色がまた蒼白なものになったのだが―――――。
その刹那―――――
ヴ―――――ッとまるでタイミングを見計らったかのように徹の携帯が鳴ったのだ。
「悪ィ真昼。仕事の電話だ。先に食ってろ。瑠璃さん、悪いけど真昼のこと、ちょっとの間、頼むな」
手にしたスマホに表示されている画面を確認した徹は、そう言うと「お―――――俺だ! んだよ、今甥っ子と飯食ってんだよ!」と応答の返事をしつつ、踵を返して店内から出て行ってしまう。
そうして徹がこの場から席を外した処で―――――
「・・・あれ君の叔父さん? ふうん・・・面白くないねぇ」
挑発するかのように、口火を切ったのは椿だった。
「お前・・・っ」
「・・・・・・大丈夫よ、真昼君」
目を見開き、声を荒げようとした真昼に、静かな声で瑠璃は呼びかける。
徹にまで危害を加えるつもりかと、真昼は危惧を抱いたようだが、いまそれを椿がやることはないだろう。
瑠璃の言葉に「そうだね」と椿は目を細めると、
「―――――でも、せっかくだから桜哉の話でもしようか。桜哉が今までどんな気持ちでいて・・・どんな気持ちで君を裏切ったのか」
「は・・・・・・ちょっ・・・と待てよ!! なんで急にそんな話・・・」
「瑠璃にはもう話したけれど。瑠璃の口から聞くよりも、僕が話すほうが良いだろう?」
ガタッと音を鳴らし、椅子から立ち上がりかけた真昼に、椿は冷え冷えとした口調で言った。
「―――――それと、僕は飽きっぽいから、あまり釣りは好きじゃないのだけれど・・・。君をつつく と水面下がざわつくらしくてね・・・」
そして椿は使っていなかった割り箸に手を伸ばすと、それを釣り竿に見立てるかのような動作をしながら含みのある言葉を口にしたのだが―――――その言葉に隠された「目的」までは明かすことはなく。
「―――――下位吸血鬼は、死にかけた人間に真祖の血を飲ませると作れるんだよ。そして下位は自分を作った真祖に従わないといけない」
そのまま淡々とした口調で、桜哉の哀しい過去の記憶を真昼に語った椿は、さらに残酷な真実を告げたのだ。
椿が桜哉の話をしていた間、右腕にある桜哉から貰った四つ葉のブレスレットを左手で握りしめて俯いていた瑠璃はゆっくりと顔を上げると、真昼のほうに視線を向ける。
「・・・・・・」
桜哉が心の奥に抱えていた哀しみを知った真昼は、愕然とした面持ちで、言葉を失って椅子に座り込んでいた。
「・・・あはっ。なんだ君、本当に何も知らないんだ!! それで友達!? あっは!! あははははははははははははは。あ―――――・・・面白くない」
真昼に対して椿は嘲笑するかのように笑い声を上げる。
それから唐突に店員に向かって「お会計」と呼びかけたのだ。
「兄さんが怖いから帰ろっと」
そうしてテーブルに手をつくとガタと音を鳴らし、椅子から腰を上げた椿が口にした言葉に、茫然自失状態ではあったものの、反射的に振り返った真昼は「な・・・」と思わず声を洩らしてしまう。
―――――桜哉だけではなく・・・・・・瑠璃姉のこともまた連れて行くつもりなのか・・・・・・!?
そんな真昼の心の叫びに呼応するかのように、
「リュックの中でしょ? 殺気が目にも見えそうだよ」
クロの殺気を帯びた気配がさらに強まったのだが―――――。
「でも僕、今日はそういう 気はないんだ」
席を離れた椿はそう宣言すると―――――冷徹な殺意を放出してクロの殺気を打ち消したのだ。
その刹那―――――店内は椿の力に呑み込まれ―――――現実から切り離されたその空間の中に残されたのは真昼と瑠璃だけとなった。
けれど、椿の圧倒的な力の前に、真昼の身体は恐怖を感じ、硬直状態に陥ってしまう。
そこで邪魔者はいなくなったとばかりに、ゆっくりと椿はまた瑠璃のほうに振り返ると、
「―――――瑠璃、残念だけど〝デート〟はここまでだね。本当はもう少しの間、二人だけで過ごしたかったけど。怠惰の兄さんと城田真昼に見つかっちゃったから。約束通り、二人の処に帰してあげるよ」
「・・・・・・椿」
寂し気な笑みを浮かべた、〝憂鬱〟の真祖の姿が瑠璃の瞳に映った。
―――――傍に居てあげる事が出来なくてごめんなさい。
決して口に出来ない言葉が瑠璃の胸の奥を締め付ける。
―――――僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない―――――
―――――それが椿の出した『答』だったから。
―――――『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてしてほしくない―――――
―――――それが瑠璃の出した『答』だったから。
「―――――瑠璃。僕の〝お願い〟を聞いてくれてありがとう」
―――――〝思い出〟を胸に、〝今〟は此処で〝離別〟をしなければならない。
「―――――・・・・・・どういたしまして」
儚い笑顔を浮かべて瑠璃は椿を見つめ返す。
「―――――瑠璃、僕は・・・・・・」
一歩、瑠璃の元に歩み寄った椿が伸ばした左手が瑠璃の頬に触れる。
―――――君の心が〝愛おしく〟想う〝相手〟が、僕じゃないのだとしても―――――〝僕〟の君に対する〝想い〟は決して変わる事は無いから―――――
そっと瑠璃の耳元に椿は顔を寄せると、瑠璃にだけ聴こえる程度の声で囁いた。
しかし、それは見る角度によっては、口づけているように見える光景だった。
「・・・・・・っ!?」
視界の隅でそれを捉えた真昼が息を呑む。
「・・・・・・っごめんなさい・・・・・」
瑠璃の瞳から涙が零れ落ちる。
「謝る必要はないよ、瑠璃」
頬に添えていた手で、椿は瑠璃の涙を拭うと、くるりと背を向けて、
「またね 」
目を伏せると、そう言って店の出口に向かって歩き出していく。
椿の羽織がふわりと翻り、店の自動ドアが開かれる。
―――――シャラーン―――――
そして〝水琴鈴〟の音色が切なく鳴り響いた時、椿の姿はもうそこにはなく。
「ありがとうございました―――――」
―――――店内は現実の場所に戻っていたのだ。
18・6/29 掲載
けれど―――――
「―――――・・・・・・椿・・・・・・?」
椿が瑠璃に対して、心の奥底で抱いている『想い』は今も変わっていない―――――。
―――――そして、いまは〝デート中〟だ。
「瑠璃、〝デート中〟に相手と二人っきりになった時は、もう少し警戒心を持たないと駄目だよ?」
「・・・・・・えっ? ・・・・・・っ椿?」
サラサラとした椿の髪が首を擽る感覚にくすぐったさを覚え、瑠璃は身を捩ろうとする。
けれど、そんな瑠璃の抵抗をものともせず、腕の中にしっかりと瑠璃の身体を捕らえた椿は、抑揚のない口調で囁くようにそう告げるとそのまま首筋に顔を埋めていく。
―――――刹那、瑠璃の首筋に微かな熱と合わせて、チリリと肌に痛みが走った。
「・・・・・・なっ・・・・・・!?」
「あはははははははは!! あっはははははははは! あ―――――面白くない・・・こともないかな」
何をされたのか、解らず、驚きの声を洩らすと同時に、反射的に身体を震わせた瑠璃に対して、顔を上げた椿は満足げに瞳を細めると、笑い声を上げた。
それから椿は瑠璃から腕を離すと、自身の身体を反転させて、背を向けると、ごろんとベンチに寝転がってしまう。
「~~~~~・・・・・・椿っ!!」
「今日は、瑠璃と過ごすためにいつもよりも、早起きしたから寝たりないんだ。だからちょっとの間、こうさせてよ」
首元を抑え、顔を赤くしながら、キッと瑠璃が睨むも、椿はどこ吹く風といった態度で告げてくる。
昨日、就寝したのは深夜零時前―――――そして起床したのが、朝7時頃の事。
おおよそ、7時間以上は睡眠が取れているはずなのだが。
椿の普段の睡眠時間は、それよりも長いということなのだろう。
―――――人のことからかって、遊ぶ余裕はあるみたいだけど・・・・・・。
膝の上に頭を乗せて、ころんと寝返りを打った椿を見下ろしながら、瑠璃は嘆息する。
「・・・・・・わかったわ。じゃあ、少しだけね」
「うん。ありがとう、瑠璃♪」
にこりと無邪気な笑みを浮かべた椿の頭を、そっと瑠璃は撫でると心中で呟いた。
―――――やっぱり気まぐれな猫みたい―――――
「―――――やれやれ。〝ミストレス〟の彼女は、随分と狐くんに絆されてしまっているみたいだねぇ」
天気が曇りであることから、公園内に瑠璃たち以外には誰もいないように見えたが、そこからちょうど反対側の木の陰には、瑠璃たちの様子を窺う人の姿が在った。
それは真昼に接触をしてきた〝嫉妬〟の真祖の主人である、骨董品屋と名乗った男だった。
「〝お姫様〟の〝心〟は果たして、〝どちら〟に在るのやら」
男が嘲笑するようにしながら呟くと、首に巻かれたスカーフの中に居た、黒蛇がスルリと地に向かって降りて行く。
それは只の蛇ではなく―――――
「・・・・・・〝ミストレス〟の『誓約』は〝怠惰〟と繋がったままだ・・・・・・だから・・・・・・〝憂鬱〟の側に付くことはありえない・・・・・・」
「へぇ? ジェジェ、お前がそんなふうに言うなんてねぇ」
人型となって姿を現した、〝嫉妬〟の真祖―――――〝
そんな主人に対し、ダウトダウトは腹立たしさを覚えつつ、低い声でぼそりと言い返す。
「・・・・・・お前も・・・・・・本当は解っているだろう・・・・・・」
「うん? どうかな、オレはまだ〝ミストレス〟である彼女と直接、話をしたことはないからね」
けれど、男は態度を改める様子はなく。腕に抱いたおさげの人形に「まだアベルも彼女とお話したことないもんねぇ」と話しかけると。
「―――――まぁ、とりあえず〝瑪瑙瑠璃〟の無事は確認できたことだし、お迎えの準備をしておくよう、〝あっち〟には伝えておこうか」
ポケットから取り出したスマホを片手に、男はニヤッと口元に弧を描くとそう言ったのだった。
「いらっしゃいませ―――――。お二人様ですね。あちらのお席にどうぞ」
お昼に差し掛かったところで、瑠璃は椿と共に公園を後にして、駅前通りの先に在る商店街のお寿司屋さんにやって来た。
そうして愛想の良い店員の応対により、椿と瑠璃が案内されたのはカウンター席だった。
お昼に近い事から、客入りはそれなりで、回転レールの上には、様々な種類の寿司が置かれていて途切れることなく流れていた。
席に腰掛けた処で、瑠璃はカウンターテーブルの前にあった湯呑を二つ手にすると、並べて置かれていた緑茶の粉末が入った器の蓋を開け、添えられていた匙で三杯ほどそれを入れると、目の前の蛇口からお湯を注ぎ入れた。
それから一つを自分の処に置き、もう一つを椿の前に置くと、「ありがとう、瑠璃」と椿は笑みを浮かべ、
「瑠璃、遠慮せず好きなものを食べていいからね」
「ありがとう、椿。それじゃあ、頂きます」
瑠璃もまた笑顔で頷くと、合掌をしてから、目に留まった玉子焼きを手に取ると箸を付けたのだ。
そしてその後は、いくら、穴子とネタの種類を変えて、瑠璃は食べていたのだが―――――。
「ねぇ、椿。稲荷寿司が好きだっていうのは食事をした時に聞いたけれど、お寿司屋さんでもそれ以外は食べないの?」
椿が食べ終え、重ねた5枚の皿は全て、お稲荷さんだった。
目を瞠りながら、瑠璃が尋ねかけると、
「うん。ベルからも一緒に行く度に、他のネタを食べないなんて勿体ないって言われるけど。僕にとっては、お稲荷さんに勝るモノはないから良いんだよ」
「そうなのね。じゃあ、次は私もお稲荷さんを食べようかな」
口元を綻ばせながら笑顔で断言した椿に、クスッと瑠璃は笑みを零すと、ちょうどタイミングよく稲荷寿司の皿が流れてきた。
そこで、その稲荷寿司の皿を瑠璃は手に取ると、
「椿。私は一個食べられれば十分だから、もう一個は椿が貰ってくれる?」
「良いの? 僕は勿論、構わないけど」
持ち掛けた案に椿が嬉々とした様子で頷いてくれたので、取りやすいようにと二人の間に、瑠璃は稲荷寿司の皿を置いたのだが。
「―――――ねぇ、瑠璃。〝お願い〟があるんだけど」
「〝お願い〟・・・・・・?」
そこで、ふいに着物の袂に隠れた椿の右手に、自分の左手を掴まれた瑠璃は目を瞠り、椿の顔を見る。
と―――――
「せっかくだから、食べさせてくれないかな♪」
「・・・・・・食べさせる? それって・・・・・・」
にっこりと笑顔で告げられた言葉に、思わず呆然とした表情で瑠璃は固まってしまう。
そんな瑠璃の様子に椿はフッと笑みを浮かべると、上目遣いで、畳みかけるように言った。
「瑠璃、言ってたよね? まだ、僕の〝お願い〟を聞いてくれている途中だって。だったら、これもそれに入るよね?」
「・・・・・・っ」
―――――椿はまた、こちらの反応を見て、面白がっている節もあるけれど・・・・・・。
―――――この〝お願い〟が終わった時、『楽しい時間だった』と、椿の〝心〟に残る〝大切なモノ〟になって欲しい。
―――――そう思ったから、ここに来る前に立ち寄った公園で携帯を差し出されたとき、私は電源を入れなかった。
気づけば、周囲からチラホラと向けられている好奇の視線に、顔が赤らんでいくのを感じながらも、自分の胸の内にある想いに、思考を巡らせた瑠璃は―――――
「・・・・・わかったわ。お稲荷さん、一個だけね・・・・・」
羞恥に俯けていた顔を、椿のほうにおずおずと向けると、そう言ったのだ。
そして―――――
椿の〝お願い〟を瑠璃が聞きいれて、行動に移そうとした時、
「いらっしゃいませ―――――あちらの空いてるお席にどうぞー」
他のお客たちからの注文を受けたりしつつ、二人の様子を見ていた店員が、新たに来店した男性客二人連れを案内したのは椿の隣の席だった。
「えっと・・・・・・じゃあ・・・・・・口を開けて貰える?」
「うん♪」
けれど、瑠璃の意識は完全に、椿に稲荷寿司を食べさせるという事に向けられていて。
食べさせてもらう側である椿も、これまで見た中で一番の恥じらいを見せる瑠璃の姿に、周りから向けられる、生温かい視線など気にも留めることなく、満面の笑みを浮かべながら口元に差し出された稲荷寿司をパクリと食べたのだが―――――。
ふと、隣に座った人間の気配とともに、覚えのある〝吸血鬼〟の気配を感じ取った椿は、稲荷寿司をほおばりつつ、さり気なくそちらに視線を向けてみる。
「あ」
―――――そこに座っていたのは、〝怠惰〟の真祖の主人である少年―――――
思わず、椿が驚いた声を洩らすと、〝お願い〟を達成したことで、集中力がプツリと途切れた瑠璃もまた、ゆっくりと目を瞬かせ、どうかしたのだろうかと椿の視線の先に顔を向けたのだが―――――。
―――――・・・・・・どうしてここに・・・・・・?
紺色のパーカーに白のTシャツ。黒のスゥエットパンツにスニーカー。リュックを背負った、シンプルで統一された私服姿の栗色の髪の少年。右瞼に大きなガーゼを付けてはいるが、見間違えるはずもない。
「・・・・・・真昼君?」
呆然とした顔で瑠璃は少年の名を呼ぶ。
と―――――
「つッ・・・椿!!? 瑠璃姉!!?」
ギョッと目を見開き、真昼もまた叫び声を上げたのだ。
そんな真昼に、椿が冷めた目を向けつつ、
「やあ。君もよくここに来るの?」
「なっ・・・なんで、椿と瑠璃姉がこんなところに・・・」
「えっと・・・・・・それは・・・・・・」
「僕と瑠璃はデート中で、ここにはお昼ご飯を食べに来たんだよ」
口ごもった瑠璃に代わり、しれっとした口調で椿が答えると、
「―――――はぁ!!? デート!!?」
「お? なんだ、奇遇だな。瑠璃さんも来てたのか!」
顔を蒼白にした真昼と共に来店して傍らに腰掛けた、叔父である徹が笑みを浮かべながら声を掛けてきたのだ。
「・・・・・・あ、はい。徹さん、お久しぶりです・・・・・・」
「俺は真昼と一緒に昼飯を食いに来たんだが、もしかして邪魔しちまったか?」
「い、いえ・・・・・・大丈夫です」
事情を知らないからなのだろうが、いつも通りの豪快なテンションで、話しかけてくる徹に対して何とか笑みを浮かべつつ、瑠璃が答えると、そうか、と頷いた徹は、レーンから流れてきた、いくらの軍艦巻きの皿に左手を伸ばして手に取ると、
「さ―――――真昼っ、
右手の親指と人差し指を顎に添えつつ、真昼に向かって手にしたいくらの皿を差し出した徹の顔には、どんっと決まったと言わんばかりの笑みが湛えられていた。
「出た・・・ダジャレ・・・」
「徹さん、相変わらずですね・・・」
気まずい雰囲気になりそうな中、徹が口にしたダジャレに、真昼と瑠璃は思わず、苦笑いを零してしまう。
「あはっ」
しかし、どうやら椿の笑いのツボに入ってしまったらしい。
「あはははははあっはは!! あははははははははっあははははあはっ。すしっ・・・いくら・・・でも・・・あははははははははは」
右手の着物の袂で顔を覆いながら、小刻みに肩を震わせつつ、バンバンと机を左手で叩いて笑う椿の姿に、近くの席に座っていた客たちは揃ってドン引き状態になり。関わらないほうが良さそうだと言わんばかりに、そそくさと会計をして立ち去ってしまったのだが。さすがと言うべきなのか―――――徹は動じるどころか「そんなに!? そんなにか!?」と嬉しそうに目を細め、笑い続ける椿を見ていて。
けれど、このままでは間違いなく営業妨害になってしまうだろう。
真昼が引きつった表情で椿を見遣る一方で、
「・・・・・・椿、他のお客さんたちやお店の人たちがびっくりしてるから」
何とか落ち着かせようと、背に手を添えながら瑠璃が呼び掛けると―――――その声が届いたのだろうか。程なくして冷めた眼差しになった椿は、ふう・・・と溜息を吐き出すと「面白くない」といつもの言葉で締めたのだが。
それに被せる様にして、がははと笑い声を上げた徹が「ダジャレってのは最もシンプルな笑いだからな!! 話のわかる兄ちゃんだな!」と椿の背中をバシバシと右手を伸ばして叩いたのだ。
椿の正体を知らないからこそ、出来たのであろう豪胆な徹の行動に、真昼の顔色がまた蒼白なものになったのだが―――――。
その刹那―――――
ヴ―――――ッとまるでタイミングを見計らったかのように徹の携帯が鳴ったのだ。
「悪ィ真昼。仕事の電話だ。先に食ってろ。瑠璃さん、悪いけど真昼のこと、ちょっとの間、頼むな」
手にしたスマホに表示されている画面を確認した徹は、そう言うと「お―――――俺だ! んだよ、今甥っ子と飯食ってんだよ!」と応答の返事をしつつ、踵を返して店内から出て行ってしまう。
そうして徹がこの場から席を外した処で―――――
「・・・あれ君の叔父さん? ふうん・・・面白くないねぇ」
挑発するかのように、口火を切ったのは椿だった。
「お前・・・っ」
「・・・・・・大丈夫よ、真昼君」
目を見開き、声を荒げようとした真昼に、静かな声で瑠璃は呼びかける。
徹にまで危害を加えるつもりかと、真昼は危惧を抱いたようだが、いまそれを椿がやることはないだろう。
瑠璃の言葉に「そうだね」と椿は目を細めると、
「―――――でも、せっかくだから桜哉の話でもしようか。桜哉が今までどんな気持ちでいて・・・どんな気持ちで君を裏切ったのか」
「は・・・・・・ちょっ・・・と待てよ!! なんで急にそんな話・・・」
「瑠璃にはもう話したけれど。瑠璃の口から聞くよりも、僕が話すほうが良いだろう?」
ガタッと音を鳴らし、椅子から立ち上がりかけた真昼に、椿は冷え冷えとした口調で言った。
「―――――それと、僕は飽きっぽいから、あまり釣りは好きじゃないのだけれど・・・。君を
そして椿は使っていなかった割り箸に手を伸ばすと、それを釣り竿に見立てるかのような動作をしながら含みのある言葉を口にしたのだが―――――その言葉に隠された「目的」までは明かすことはなく。
「―――――下位吸血鬼は、死にかけた人間に真祖の血を飲ませると作れるんだよ。そして下位は自分を作った真祖に従わないといけない」
そのまま淡々とした口調で、桜哉の哀しい過去の記憶を真昼に語った椿は、さらに残酷な真実を告げたのだ。
椿が桜哉の話をしていた間、右腕にある桜哉から貰った四つ葉のブレスレットを左手で握りしめて俯いていた瑠璃はゆっくりと顔を上げると、真昼のほうに視線を向ける。
「・・・・・・」
桜哉が心の奥に抱えていた哀しみを知った真昼は、愕然とした面持ちで、言葉を失って椅子に座り込んでいた。
「・・・あはっ。なんだ君、本当に何も知らないんだ!! それで友達!? あっは!! あははははははははははははは。あ―――――・・・面白くない」
真昼に対して椿は嘲笑するかのように笑い声を上げる。
それから唐突に店員に向かって「お会計」と呼びかけたのだ。
「兄さんが怖いから帰ろっと」
そうしてテーブルに手をつくとガタと音を鳴らし、椅子から腰を上げた椿が口にした言葉に、茫然自失状態ではあったものの、反射的に振り返った真昼は「な・・・」と思わず声を洩らしてしまう。
―――――桜哉だけではなく・・・・・・瑠璃姉のこともまた連れて行くつもりなのか・・・・・・!?
そんな真昼の心の叫びに呼応するかのように、
「リュックの中でしょ? 殺気が目にも見えそうだよ」
クロの殺気を帯びた気配がさらに強まったのだが―――――。
「でも僕、今日は
席を離れた椿はそう宣言すると―――――冷徹な殺意を放出してクロの殺気を打ち消したのだ。
その刹那―――――店内は椿の力に呑み込まれ―――――現実から切り離されたその空間の中に残されたのは真昼と瑠璃だけとなった。
けれど、椿の圧倒的な力の前に、真昼の身体は恐怖を感じ、硬直状態に陥ってしまう。
そこで邪魔者はいなくなったとばかりに、ゆっくりと椿はまた瑠璃のほうに振り返ると、
「―――――瑠璃、残念だけど〝デート〟はここまでだね。本当はもう少しの間、二人だけで過ごしたかったけど。怠惰の兄さんと城田真昼に見つかっちゃったから。約束通り、二人の処に帰してあげるよ」
「・・・・・・椿」
寂し気な笑みを浮かべた、〝憂鬱〟の真祖の姿が瑠璃の瞳に映った。
―――――傍に居てあげる事が出来なくてごめんなさい。
決して口に出来ない言葉が瑠璃の胸の奥を締め付ける。
―――――僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない―――――
―――――それが椿の出した『答』だったから。
―――――『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてしてほしくない―――――
―――――それが瑠璃の出した『答』だったから。
「―――――瑠璃。僕の〝お願い〟を聞いてくれてありがとう」
―――――〝思い出〟を胸に、〝今〟は此処で〝離別〟をしなければならない。
「―――――・・・・・・どういたしまして」
儚い笑顔を浮かべて瑠璃は椿を見つめ返す。
「―――――瑠璃、僕は・・・・・・」
一歩、瑠璃の元に歩み寄った椿が伸ばした左手が瑠璃の頬に触れる。
―――――君の心が〝愛おしく〟想う〝相手〟が、僕じゃないのだとしても―――――〝僕〟の君に対する〝想い〟は決して変わる事は無いから―――――
そっと瑠璃の耳元に椿は顔を寄せると、瑠璃にだけ聴こえる程度の声で囁いた。
しかし、それは見る角度によっては、口づけているように見える光景だった。
「・・・・・・っ!?」
視界の隅でそれを捉えた真昼が息を呑む。
「・・・・・・っごめんなさい・・・・・」
瑠璃の瞳から涙が零れ落ちる。
「謝る必要はないよ、瑠璃」
頬に添えていた手で、椿は瑠璃の涙を拭うと、くるりと背を向けて、
「
目を伏せると、そう言って店の出口に向かって歩き出していく。
椿の羽織がふわりと翻り、店の自動ドアが開かれる。
―――――シャラーン―――――
そして〝水琴鈴〟の音色が切なく鳴り響いた時、椿の姿はもうそこにはなく。
「ありがとうございました―――――」
―――――店内は現実の場所に戻っていたのだ。
18・6/29 掲載
