第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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―――――お嬢。もしも何かお困りのことが御座いましたら、ご連絡いただければすぐに、このシャムロックが馳せ参じますので。
―――――その時は面白そうだからボクも一緒に行ってあげるよォ!
―――――瑠璃さん、椿さんがはしゃぎすぎるようだったら、無視しても大丈夫ですからね。
―――――瑠璃さん・・・・・・無理だけはしないで下さいね。
―――――ありがとう。シャムロックさん、ベルキア。桜哉君、オトギリさん。
いつかまた。
此処にいるみんなと『家族』として、一緒に過ごす時を迎えることが出来ますように。
―――――『行ってきます』
そんな願いを込めて瑠璃は『家族写真』を撮り終えた後。
―――――その言葉を口にした。
「こっちだよ、瑠璃」
それから瑠璃が椿に連れられてやってきたのは、最上階の先に在る―――――屋上だった。
―――――現在の天気は曇り。屋外に出たとしても、椿が人型から動物の姿になる心配はない。
「すごい・・・・・・展望台から見るのと同じくらい迫力があるわね」
そうしてガチャリと開かれた扉の向こう側には、高層ビルの立ち並ぶ景色が見えた。
「わぁ」と目を瞠りつつ、感嘆の声を洩らした瑠璃の姿に椿は笑みを浮かべると「それじゃあ、行こうか瑠璃」という言葉と共に瑠璃の膝と背中に腕を回すと横向きに抱き上げた。
「きゃ!? 椿・・・・・・!?」
「あは、可愛い反応だね」
驚いた声を瑠璃が上げると、椿は口元に弧を描きながら、そのまま真っ直ぐと屋上の端に向かって歩みを進めていく。
そうして下界が見下ろせる距離まで近づいた処で、視界に入ったその光景に、反射的に鼓動が早まったのを感じた瑠璃は、ギュッと椿の着物の襟を思わず掴むと―――――
「大丈夫だよ。瑠璃の事を此処から落としたりなんてしないから」
フッと目を細めながら声を掛けてきた椿を、瑠璃は微かに戸惑いを滲ませながら見上げる。
「―――――っ・・・・・・椿。もしかして、ここから飛んで移動するの?」
「うん。出掛ける時はいつも此処から行くんだよ。わざわざ、一階に降りるのは面倒だし、面白くないからね」
この建物の全てが椿たちのモノと言うわけではなく、下のほうのフロアは吸血鬼の存在を知らない人間が利用している。
だから人間の目に留まることのない、自分たちのテリトリー内であるこの場所から出掛けるほうが、余計な詮索をされる心配もなく都合が良いのだ。
椿の含みのある言葉からそれを察した瑠璃は、椿の胸に身体を預けながら目を伏せると、ゆっくりと息を吐き出した。
そんな瑠璃の様子を見つめながら、ふと椿は眉を顰めると、
「瑠璃。飛んでいる間は、そうやって僕に身体を預けて、目を閉じていて貰っても良いかな? そうしたら、すぐに目的地に到着するから」
落ち着きを取り戻した瑠璃の耳朶に椿の静かな声が届いた。
目を瞬かせ、顔を上げると、憂いを帯びた真紅の瞳と目が合う。
―――――瑠璃を怖がらせたくない
―――――だけど兄さんたちに、この〝場所〟をまだ知られるわけにはいかない
『情愛』と『防衛』―――――刹那、伝わってきたのはその二つの感情だった。
―――――けれど、それは瑠璃もまた同じ。
椿の事は『家族』として大切に想っている。
けれど『兄弟戦争』を起こす事に賛成することは出来ない。
だから―――――
―――――真昼君―――――
―――――クロ―――――
―――――ごめんね。もう少しだけ、待っていてね―――――
「わかったわ、椿。それじゃあ、〝良いよ〟って言われるまでは目を閉じているわね」
心の中で、そっと二人に呼びかけた瑠璃は、淡い笑みを浮かべると、椿に向かってそう言ったのだ。
「―――――瑠璃、もう目を開けても良いよ」
瑠璃を腕の中に抱きながら、ビル街の上を跳躍して移動を行った椿が降り立ったのは、駅の反対側に在る、公園通りに程近い建物の路地裏だった。
椿の胸に身体を預けた状態で、彼の首と背に腕を回して目を閉じていた瑠璃は、柔らかな口調で呼びかけてきた椿の声に、ゆっくりと瞼を持ち上げると、目を瞬かせた。
「―――――・・・・・ありがとう、椿」
目を閉じていたらすぐに到着するからという椿の言葉通り、腕の中に抱きかかえられた状態で、風を切って飛ぶ感覚を感じていたのは、ほんの数分の出来事だったように思う。
そうして椿の腕の中から抜け出た瑠璃が地面に足を着けると、
「瑠璃、気分が悪くなったりとかはしてない?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、椿」
ジッとこちらの顔色を気遣うように見つめてくる真紅の瞳に瑠璃はふんわりと笑顔を返す。
すると椿は眉を顰めながら、それなら良いんだけど、と呟くように言葉を洩らし、
「それじゃあ、まずは買い物に行こうか」
「えぇ。この辺りは来たことがなかったから、何のお店があるのか楽しみね」
椿の言葉に瑠璃は頷くと路地裏から公園通りに足を向ける。
そうして公園通りに広がる並木道を椿と二人で並んで歩き出したのだが。
ふいに、さり気なく伸ばされた椿の左手が瑠璃の右手に触れた。
「―――――・・・・・・っ」
「せっかくの〝デート〟だしね。こうしたほうが、それらしくて良いと思わない?」
目を見開いた瑠璃の右手と自分の左手を繋いだ椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
そんな椿の不意打ちともいえる行動に、顔を赤らめつつ、思わず言葉を詰まらせてしまうも、〝デートなのだから〟と笑顔で言われてしまえば、振りほどく事も出来ず・・・・・・。
「・・・・・・そうね・・・・・・」
結局、気恥ずかしさを感じつつも、瑠璃はそのまま椿と手を繋いだままお店に辿り着くまで歩いて行くこととなったのだ。
並木道を抜けた先に在ったのは、古民家風の外観のお店だった。
「此処に入ってみようか?」
「えぇ。こういう雰囲気のあるお店って何か惹かれるものがあるわよね」
―――――日本人だからなのだろうか。
目を輝かせながら瑠璃が頷くと、
「僕もこういう風情のあるお店は好きだよ」
椿もまた笑みを浮かべながら同意を示すと、瑠璃と繋いでいた左手で店の引き戸を開いた。
店内には和雑貨や木製の玩具。さらにはブリキの玩具に駄菓子などを扱っており。外観を見て感じた通り、何処か懐かしく、心地の良い雰囲気が漂っていた。
「ねぇ瑠璃、これ何だか知ってる?」
そんな中で椿が最初に目を向けたのは、顔立ちは何処となく愛嬌がある、赤い牛の張子人形。
「確か、赤べこっていうのよね」
瑠璃が名前を口にすると、椿が手を伸ばし、人形に触れる。
―――――と、ゆらゆらと上下左右に赤い牛の頭部が振り子の動きを始めた。
「あはははは、すごいよく揺れるね」
暫しの間、椿と二人でその動作を楽しんでから、次に瑠璃が目を留めたのは棒が付いた台座の上に、先端に重りがある弧状の長い横棒を左右に付けた小さなだるまの人形だった。
そして、だるま人形の左右に在る横棒を指先で揺らしてやると、これもまた左右に大きく揺れ出した。
一見すると、すぐに人形は落ちてしまいそうだが、決して落ちることはない。
物理学の重心安定の理を応用した玩具――――――弥次郎兵衛。
「・・・・・・懐かしい。子供の頃、ドングリで作ったことがあったのよね」
―――――確か、祖父母に教わったのだ。
自然にあるモノを利用した遊び以外にも、昔ながらの遊びを色々教えて貰ったのではなかっただろうか。
幼い頃の記憶がチラリと思い出され、懐旧の情が瑠璃の胸の内に呼び起こされる。
「木の実で、これと同じモノが作れるの?」
「えぇ。意外と手軽に作れるのよ。あと、ドングリのコマとかも」
目を瞬かせ、首を傾げた椿に、瑠璃は笑顔で頷き、言い足す。
「ふ~ん、そっか。瑠璃が器用に色々こなすのは、子供の頃にそういったモノづくりに慣れ親しんでいたからなんだね」
瑠璃の話に耳を傾けながら揺れる弥次郎兵衛を眺めていた椿は、ふと、名案を思い付いたという様子で言った。
「ねぇ、瑠璃。せっかくだから、ここでみんなに買って帰るお土産を選んで貰えないかな」
「シャムロックさんたちに?」
椿の提案に瑠璃は目を瞬かせると、逡巡するように眉を顰めたが、
「うん。瑠璃が選んでくれたものなら、みんなも喜んでくれると思うから」
「―――――わかったわ。じゃあ、少しだけお店の中をじっくり回る時間を貰うわね」
断言するかのような椿の言葉により、その申し出を瑠璃は受け入れてお土産選びを始めることにした。
シャムロックには―――――生真面目な彼に少しでも、肩の力を抜いて貰えるように『弥次郎兵衛』
桜哉には―――――彼のこれから先の未来が少しでも良いモノになるように『赤べこ』
ベルキアには―――――串刺し公という彼の名称に通じるものをということで『けん玉』
オトギリには―――――おっとりとした雰囲気を持つ彼女にぴったりな、覗いた先に繊細で幻想的な風景が広がる『万華鏡』
それから写真を撮るのに協力してくれたライラにも―――――七転八起の精神を含有している『起き上がりこぼし』
それぞれに思いを寄せつつ、店内を巡って五人分のお土産を選び終えた処で、いつの間にか、傍から居なくなっていた椿の姿を瑠璃は探して視線を彷徨わせる。
と――――
耳朶に届いた―――――シャラーン―――――という澄んだ音色。
それは色とりどりのデザインの根付が並ぶコーナーで、椿が手にした鈴が奏でたものだった。
「椿。その根付の鈴、何だか、とても気持ちが落ち着く音色ね」
「うん。これは、〝水琴窟〟の音を〝鈴〟で再現したものなんだって」
〝水琴窟〟というのは、日本の庭園に在る装飾の一つで、手水鉢の近くの地中に作り出した空洞の中に水滴を落下させ、その際に発せられる音を反響させる仕掛けだ。
―――――シャラーンシャラーン―――――
椿と並んで瑠璃も鈴を一つ手に取り、掲げて鳴らしてみると、心地の良い音色が、また鳴り響いた。
「やっぱり、綺麗な音色・・・・・・」
「ねぇ瑠璃。気に入ったのなら、それも一緒に買おうか」
目を閉じ、耳を澄ませるようにしながら、音色に聞き入る瑠璃の仕草を見て、椿はふと目を細めると口を開いた。
「今日の〝デート〟の記念っていうことでさ」
「椿・・・・・・」
笑みを浮かべて言った椿の言葉に、瑠璃は目を瞠ると、並べられた〝水琴鈴〟に視線を向ける。
「それじゃあ、私のだけじゃなくて、椿の分も選んでも良い?」
「え・・・・・・? 僕の分も・・・・・・?」
瑠璃の言葉を聞いて、今度は椿が呆然と目を見開いてしまう番だった。
「だって、シャムロックさんたちのお土産は選んだけど。〝椿のモノ〟は何も選んでないでしょう?」
そんな椿の反応に、瑠璃は微かに眉を顰めつつ言う。
けれど、お金を出すのは瑠璃ではなく、椿だ。
瑠璃のお財布は、あいにく手元にない事から、支払うのは椿なので、本人が自分の分は要らないと考えているのなら、無理強いは出来ないが・・・・・・。
窺うように、チラリと椿の顔を瑠璃が見上げると、
「―――――本当に瑠璃には敵わないなぁ・・・・・・」
本日二度目となる、その言葉を口にした椿のサングラス越しに見えた真紅の瞳は、そんな言葉の意味とは裏腹に、柔らかな光を宿していた。
〝水琴鈴〟を手にした瑠璃の右腕には、〝桜哉〟が〝想い〟を込めて贈った〝四つ葉のブレスレット〟がある。
桜哉が瑠璃にブレスレットを贈ったという話を椿が知ったのは昨日の夕食の席での事だ。
そして瑠璃の左腕には、〝怠惰〟の真祖である兄との〝誓約の証〟がある。
出掛ける前に『家族の証』は形に残すことが出来た。
けれど、それとは別で―――――
―――――『僕』と〝二人だけ〟で過ごした〝証〟も瑠璃には持っていて欲しい。
そんな〝独占欲〟が心の奥底から込み上げてきた為に、〝デートの記念〟に買おうか、と思わず口にしてしまったのだが―――――。まさか瑠璃の口から、〝椿〟の分まで選んでも良いか、と訊き返されるなんて。
「そうだね。それじゃあ、せっかくだから、僕の分も瑠璃に選んで貰おうかな」
思わず、常のように笑い出したくなったが、椿はそれをグッと堪えると、代わりに満面の笑みを浮かべて言った。
―――――シャラーンシャラーン―――――
水琴鈴の涼やかな音色が鳴り響く。
瑠璃が自分の分として選んだのは、根付の紐は青色で本体は淡い水色の水琴鈴。表には水草と水面を泳ぐ小さな赤い金魚。裏には水草と赤と黒の金魚が共に泳ぐイラストが描かれたもの。
椿の分として選んだのは、根付の紐は黄緑色で本体は同じ淡い水色の水琴鈴。表にはピンク色の小さな蓮の花と蓮の葉。そして葉の上に乗ったカエル。裏には水面に飛び込んだカエルの足先と、連の花と葉のイラストが描かれたものだった。
水琴鈴はお守りとして神社でも販売されているのだという。
魔除けや厄除けなどの効果がその音色にはあると考えられているらしい。
吸血鬼である椿に、それらの意味があるモノを選ぶのは、本来ならば宜しくないのかもしれない―――――。
けれど『家族』の息災を願って、選んだものならば、人間であれ、吸血鬼であれ、そんなことは問題にはならない。
「選んでくれてありがとう、瑠璃。大切にするよ」
シャムロックたちへのお土産と、瑠璃と椿の分の水琴鈴を購入した後。
その足で目と鼻の先に在った公園に椿と瑠璃は来ていた。
お昼は駅前通りのほうに向かい、その先に在る商店街の中のお寿司屋さんで食事をする予定だ。
けれど、まだお昼までは少し時間があることから暫しの間、公園でのんびりとすることにしたのだ。
芝生の中にあったベンチに二人で腰掛けると、先程購入した水琴鈴を袋から取り出した椿は、嬉しそうな笑みを浮かべて瑠璃にお礼を言うと、早速、自分のスマホにその根付を付けた。
「私のほうこそ、ありがとう」
瑠璃もまた微笑を零すと、自分の水琴鈴を袋から取り出し、シャラーンと鳴らすと「私は何に付けようかな」と手にしたそれを眺めながら呟く。
「瑠璃も自分の携帯に付けたら良いんじゃないかな」
と―――――自然な流れで、椿の着物の袂から出されたスマホに瑠璃は呆然と目を瞬かせる。
「・・・・・・私の携帯?」
二日前、買い物帰りに椿と家の近くで遭遇し、彼を家に招き入れるまでは、所持していた記憶がある。
けれどその後は、色々な事がありすぎて、すっかり失念していたのだが、まさか椿が持っていたとは・・・・・・。
「オトギリが瑠璃を着替えさせたときに預かったんだ。でも中は見てないし、電源も切ってあるよ」
椿は体を瑠璃のほうに向けると、瑠璃の左手を着物の袂に隠れた右手で、そっと掴んで持っていたスマホを握らせた。
「いまこの場で電源を入れるかどうかは瑠璃の判断に任せるよ」
静かに告げられた椿の言葉に、瑠璃は左手のスマホに視線を落とした。
それから、右手に持っていた根付を一瞥すると、
「―――――まだ、椿の〝お願い〟を聞いている途中でしょう? クロと真昼君たちには、帰ったらきちんと話をするつもりだから。今は止めておくわ」
「瑠璃・・・・・・」
目を瞠った椿に、顔を上げた瑠璃は眉を下げながら微笑む。
と――――――
「―――――・・・・・・じゃあ、遠慮はしなくても良いってことだよね」
「え・・・・・・?」
ポツリと漏らされた言葉の意味が解らず、目を瞬かせた瑠璃の身体を、椿は袂に隠れた右手でグイッと自分のほうに向かって引き寄せたのだ。
18・6/3 掲載
18・6/29 加筆修正
―――――その時は面白そうだからボクも一緒に行ってあげるよォ!
―――――瑠璃さん、椿さんがはしゃぎすぎるようだったら、無視しても大丈夫ですからね。
―――――瑠璃さん・・・・・・無理だけはしないで下さいね。
―――――ありがとう。シャムロックさん、ベルキア。桜哉君、オトギリさん。
いつかまた。
此処にいるみんなと『家族』として、一緒に過ごす時を迎えることが出来ますように。
―――――『行ってきます』
そんな願いを込めて瑠璃は『家族写真』を撮り終えた後。
―――――その言葉を口にした。
「こっちだよ、瑠璃」
それから瑠璃が椿に連れられてやってきたのは、最上階の先に在る―――――屋上だった。
―――――現在の天気は曇り。屋外に出たとしても、椿が人型から動物の姿になる心配はない。
「すごい・・・・・・展望台から見るのと同じくらい迫力があるわね」
そうしてガチャリと開かれた扉の向こう側には、高層ビルの立ち並ぶ景色が見えた。
「わぁ」と目を瞠りつつ、感嘆の声を洩らした瑠璃の姿に椿は笑みを浮かべると「それじゃあ、行こうか瑠璃」という言葉と共に瑠璃の膝と背中に腕を回すと横向きに抱き上げた。
「きゃ!? 椿・・・・・・!?」
「あは、可愛い反応だね」
驚いた声を瑠璃が上げると、椿は口元に弧を描きながら、そのまま真っ直ぐと屋上の端に向かって歩みを進めていく。
そうして下界が見下ろせる距離まで近づいた処で、視界に入ったその光景に、反射的に鼓動が早まったのを感じた瑠璃は、ギュッと椿の着物の襟を思わず掴むと―――――
「大丈夫だよ。瑠璃の事を此処から落としたりなんてしないから」
フッと目を細めながら声を掛けてきた椿を、瑠璃は微かに戸惑いを滲ませながら見上げる。
「―――――っ・・・・・・椿。もしかして、ここから飛んで移動するの?」
「うん。出掛ける時はいつも此処から行くんだよ。わざわざ、一階に降りるのは面倒だし、面白くないからね」
この建物の全てが椿たちのモノと言うわけではなく、下のほうのフロアは吸血鬼の存在を知らない人間が利用している。
だから人間の目に留まることのない、自分たちのテリトリー内であるこの場所から出掛けるほうが、余計な詮索をされる心配もなく都合が良いのだ。
椿の含みのある言葉からそれを察した瑠璃は、椿の胸に身体を預けながら目を伏せると、ゆっくりと息を吐き出した。
そんな瑠璃の様子を見つめながら、ふと椿は眉を顰めると、
「瑠璃。飛んでいる間は、そうやって僕に身体を預けて、目を閉じていて貰っても良いかな? そうしたら、すぐに目的地に到着するから」
落ち着きを取り戻した瑠璃の耳朶に椿の静かな声が届いた。
目を瞬かせ、顔を上げると、憂いを帯びた真紅の瞳と目が合う。
―――――瑠璃を怖がらせたくない
―――――だけど兄さんたちに、この〝場所〟をまだ知られるわけにはいかない
『情愛』と『防衛』―――――刹那、伝わってきたのはその二つの感情だった。
―――――けれど、それは瑠璃もまた同じ。
椿の事は『家族』として大切に想っている。
けれど『兄弟戦争』を起こす事に賛成することは出来ない。
だから―――――
―――――真昼君―――――
―――――クロ―――――
―――――ごめんね。もう少しだけ、待っていてね―――――
「わかったわ、椿。それじゃあ、〝良いよ〟って言われるまでは目を閉じているわね」
心の中で、そっと二人に呼びかけた瑠璃は、淡い笑みを浮かべると、椿に向かってそう言ったのだ。
「―――――瑠璃、もう目を開けても良いよ」
瑠璃を腕の中に抱きながら、ビル街の上を跳躍して移動を行った椿が降り立ったのは、駅の反対側に在る、公園通りに程近い建物の路地裏だった。
椿の胸に身体を預けた状態で、彼の首と背に腕を回して目を閉じていた瑠璃は、柔らかな口調で呼びかけてきた椿の声に、ゆっくりと瞼を持ち上げると、目を瞬かせた。
「―――――・・・・・ありがとう、椿」
目を閉じていたらすぐに到着するからという椿の言葉通り、腕の中に抱きかかえられた状態で、風を切って飛ぶ感覚を感じていたのは、ほんの数分の出来事だったように思う。
そうして椿の腕の中から抜け出た瑠璃が地面に足を着けると、
「瑠璃、気分が悪くなったりとかはしてない?」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、椿」
ジッとこちらの顔色を気遣うように見つめてくる真紅の瞳に瑠璃はふんわりと笑顔を返す。
すると椿は眉を顰めながら、それなら良いんだけど、と呟くように言葉を洩らし、
「それじゃあ、まずは買い物に行こうか」
「えぇ。この辺りは来たことがなかったから、何のお店があるのか楽しみね」
椿の言葉に瑠璃は頷くと路地裏から公園通りに足を向ける。
そうして公園通りに広がる並木道を椿と二人で並んで歩き出したのだが。
ふいに、さり気なく伸ばされた椿の左手が瑠璃の右手に触れた。
「―――――・・・・・・っ」
「せっかくの〝デート〟だしね。こうしたほうが、それらしくて良いと思わない?」
目を見開いた瑠璃の右手と自分の左手を繋いだ椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
そんな椿の不意打ちともいえる行動に、顔を赤らめつつ、思わず言葉を詰まらせてしまうも、〝デートなのだから〟と笑顔で言われてしまえば、振りほどく事も出来ず・・・・・・。
「・・・・・・そうね・・・・・・」
結局、気恥ずかしさを感じつつも、瑠璃はそのまま椿と手を繋いだままお店に辿り着くまで歩いて行くこととなったのだ。
並木道を抜けた先に在ったのは、古民家風の外観のお店だった。
「此処に入ってみようか?」
「えぇ。こういう雰囲気のあるお店って何か惹かれるものがあるわよね」
―――――日本人だからなのだろうか。
目を輝かせながら瑠璃が頷くと、
「僕もこういう風情のあるお店は好きだよ」
椿もまた笑みを浮かべながら同意を示すと、瑠璃と繋いでいた左手で店の引き戸を開いた。
店内には和雑貨や木製の玩具。さらにはブリキの玩具に駄菓子などを扱っており。外観を見て感じた通り、何処か懐かしく、心地の良い雰囲気が漂っていた。
「ねぇ瑠璃、これ何だか知ってる?」
そんな中で椿が最初に目を向けたのは、顔立ちは何処となく愛嬌がある、赤い牛の張子人形。
「確か、赤べこっていうのよね」
瑠璃が名前を口にすると、椿が手を伸ばし、人形に触れる。
―――――と、ゆらゆらと上下左右に赤い牛の頭部が振り子の動きを始めた。
「あはははは、すごいよく揺れるね」
暫しの間、椿と二人でその動作を楽しんでから、次に瑠璃が目を留めたのは棒が付いた台座の上に、先端に重りがある弧状の長い横棒を左右に付けた小さなだるまの人形だった。
そして、だるま人形の左右に在る横棒を指先で揺らしてやると、これもまた左右に大きく揺れ出した。
一見すると、すぐに人形は落ちてしまいそうだが、決して落ちることはない。
物理学の重心安定の理を応用した玩具――――――弥次郎兵衛。
「・・・・・・懐かしい。子供の頃、ドングリで作ったことがあったのよね」
―――――確か、祖父母に教わったのだ。
自然にあるモノを利用した遊び以外にも、昔ながらの遊びを色々教えて貰ったのではなかっただろうか。
幼い頃の記憶がチラリと思い出され、懐旧の情が瑠璃の胸の内に呼び起こされる。
「木の実で、これと同じモノが作れるの?」
「えぇ。意外と手軽に作れるのよ。あと、ドングリのコマとかも」
目を瞬かせ、首を傾げた椿に、瑠璃は笑顔で頷き、言い足す。
「ふ~ん、そっか。瑠璃が器用に色々こなすのは、子供の頃にそういったモノづくりに慣れ親しんでいたからなんだね」
瑠璃の話に耳を傾けながら揺れる弥次郎兵衛を眺めていた椿は、ふと、名案を思い付いたという様子で言った。
「ねぇ、瑠璃。せっかくだから、ここでみんなに買って帰るお土産を選んで貰えないかな」
「シャムロックさんたちに?」
椿の提案に瑠璃は目を瞬かせると、逡巡するように眉を顰めたが、
「うん。瑠璃が選んでくれたものなら、みんなも喜んでくれると思うから」
「―――――わかったわ。じゃあ、少しだけお店の中をじっくり回る時間を貰うわね」
断言するかのような椿の言葉により、その申し出を瑠璃は受け入れてお土産選びを始めることにした。
シャムロックには―――――生真面目な彼に少しでも、肩の力を抜いて貰えるように『弥次郎兵衛』
桜哉には―――――彼のこれから先の未来が少しでも良いモノになるように『赤べこ』
ベルキアには―――――串刺し公という彼の名称に通じるものをということで『けん玉』
オトギリには―――――おっとりとした雰囲気を持つ彼女にぴったりな、覗いた先に繊細で幻想的な風景が広がる『万華鏡』
それから写真を撮るのに協力してくれたライラにも―――――七転八起の精神を含有している『起き上がりこぼし』
それぞれに思いを寄せつつ、店内を巡って五人分のお土産を選び終えた処で、いつの間にか、傍から居なくなっていた椿の姿を瑠璃は探して視線を彷徨わせる。
と――――
耳朶に届いた―――――シャラーン―――――という澄んだ音色。
それは色とりどりのデザインの根付が並ぶコーナーで、椿が手にした鈴が奏でたものだった。
「椿。その根付の鈴、何だか、とても気持ちが落ち着く音色ね」
「うん。これは、〝水琴窟〟の音を〝鈴〟で再現したものなんだって」
〝水琴窟〟というのは、日本の庭園に在る装飾の一つで、手水鉢の近くの地中に作り出した空洞の中に水滴を落下させ、その際に発せられる音を反響させる仕掛けだ。
―――――シャラーンシャラーン―――――
椿と並んで瑠璃も鈴を一つ手に取り、掲げて鳴らしてみると、心地の良い音色が、また鳴り響いた。
「やっぱり、綺麗な音色・・・・・・」
「ねぇ瑠璃。気に入ったのなら、それも一緒に買おうか」
目を閉じ、耳を澄ませるようにしながら、音色に聞き入る瑠璃の仕草を見て、椿はふと目を細めると口を開いた。
「今日の〝デート〟の記念っていうことでさ」
「椿・・・・・・」
笑みを浮かべて言った椿の言葉に、瑠璃は目を瞠ると、並べられた〝水琴鈴〟に視線を向ける。
「それじゃあ、私のだけじゃなくて、椿の分も選んでも良い?」
「え・・・・・・? 僕の分も・・・・・・?」
瑠璃の言葉を聞いて、今度は椿が呆然と目を見開いてしまう番だった。
「だって、シャムロックさんたちのお土産は選んだけど。〝椿のモノ〟は何も選んでないでしょう?」
そんな椿の反応に、瑠璃は微かに眉を顰めつつ言う。
けれど、お金を出すのは瑠璃ではなく、椿だ。
瑠璃のお財布は、あいにく手元にない事から、支払うのは椿なので、本人が自分の分は要らないと考えているのなら、無理強いは出来ないが・・・・・・。
窺うように、チラリと椿の顔を瑠璃が見上げると、
「―――――本当に瑠璃には敵わないなぁ・・・・・・」
本日二度目となる、その言葉を口にした椿のサングラス越しに見えた真紅の瞳は、そんな言葉の意味とは裏腹に、柔らかな光を宿していた。
〝水琴鈴〟を手にした瑠璃の右腕には、〝桜哉〟が〝想い〟を込めて贈った〝四つ葉のブレスレット〟がある。
桜哉が瑠璃にブレスレットを贈ったという話を椿が知ったのは昨日の夕食の席での事だ。
そして瑠璃の左腕には、〝怠惰〟の真祖である兄との〝誓約の証〟がある。
出掛ける前に『家族の証』は形に残すことが出来た。
けれど、それとは別で―――――
―――――『僕』と〝二人だけ〟で過ごした〝証〟も瑠璃には持っていて欲しい。
そんな〝独占欲〟が心の奥底から込み上げてきた為に、〝デートの記念〟に買おうか、と思わず口にしてしまったのだが―――――。まさか瑠璃の口から、〝椿〟の分まで選んでも良いか、と訊き返されるなんて。
「そうだね。それじゃあ、せっかくだから、僕の分も瑠璃に選んで貰おうかな」
思わず、常のように笑い出したくなったが、椿はそれをグッと堪えると、代わりに満面の笑みを浮かべて言った。
―――――シャラーンシャラーン―――――
水琴鈴の涼やかな音色が鳴り響く。
瑠璃が自分の分として選んだのは、根付の紐は青色で本体は淡い水色の水琴鈴。表には水草と水面を泳ぐ小さな赤い金魚。裏には水草と赤と黒の金魚が共に泳ぐイラストが描かれたもの。
椿の分として選んだのは、根付の紐は黄緑色で本体は同じ淡い水色の水琴鈴。表にはピンク色の小さな蓮の花と蓮の葉。そして葉の上に乗ったカエル。裏には水面に飛び込んだカエルの足先と、連の花と葉のイラストが描かれたものだった。
水琴鈴はお守りとして神社でも販売されているのだという。
魔除けや厄除けなどの効果がその音色にはあると考えられているらしい。
吸血鬼である椿に、それらの意味があるモノを選ぶのは、本来ならば宜しくないのかもしれない―――――。
けれど『家族』の息災を願って、選んだものならば、人間であれ、吸血鬼であれ、そんなことは問題にはならない。
「選んでくれてありがとう、瑠璃。大切にするよ」
シャムロックたちへのお土産と、瑠璃と椿の分の水琴鈴を購入した後。
その足で目と鼻の先に在った公園に椿と瑠璃は来ていた。
お昼は駅前通りのほうに向かい、その先に在る商店街の中のお寿司屋さんで食事をする予定だ。
けれど、まだお昼までは少し時間があることから暫しの間、公園でのんびりとすることにしたのだ。
芝生の中にあったベンチに二人で腰掛けると、先程購入した水琴鈴を袋から取り出した椿は、嬉しそうな笑みを浮かべて瑠璃にお礼を言うと、早速、自分のスマホにその根付を付けた。
「私のほうこそ、ありがとう」
瑠璃もまた微笑を零すと、自分の水琴鈴を袋から取り出し、シャラーンと鳴らすと「私は何に付けようかな」と手にしたそれを眺めながら呟く。
「瑠璃も自分の携帯に付けたら良いんじゃないかな」
と―――――自然な流れで、椿の着物の袂から出されたスマホに瑠璃は呆然と目を瞬かせる。
「・・・・・・私の携帯?」
二日前、買い物帰りに椿と家の近くで遭遇し、彼を家に招き入れるまでは、所持していた記憶がある。
けれどその後は、色々な事がありすぎて、すっかり失念していたのだが、まさか椿が持っていたとは・・・・・・。
「オトギリが瑠璃を着替えさせたときに預かったんだ。でも中は見てないし、電源も切ってあるよ」
椿は体を瑠璃のほうに向けると、瑠璃の左手を着物の袂に隠れた右手で、そっと掴んで持っていたスマホを握らせた。
「いまこの場で電源を入れるかどうかは瑠璃の判断に任せるよ」
静かに告げられた椿の言葉に、瑠璃は左手のスマホに視線を落とした。
それから、右手に持っていた根付を一瞥すると、
「―――――まだ、椿の〝お願い〟を聞いている途中でしょう? クロと真昼君たちには、帰ったらきちんと話をするつもりだから。今は止めておくわ」
「瑠璃・・・・・・」
目を瞠った椿に、顔を上げた瑠璃は眉を下げながら微笑む。
と――――――
「―――――・・・・・・じゃあ、遠慮はしなくても良いってことだよね」
「え・・・・・・?」
ポツリと漏らされた言葉の意味が解らず、目を瞬かせた瑠璃の身体を、椿は袂に隠れた右手でグイッと自分のほうに向かって引き寄せたのだ。
18・6/3 掲載
18・6/29 加筆修正
