第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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シャムロックが用意してくれた朝食は―――――
椿の分は、お味噌汁と焼き魚とだし巻き卵。そして白飯。
瑠璃たちの分は、ベーコン、玉子、チーズ、ほうれん草などの具材が挟まった、ホットサンド。それに、ヨーグルトサラダだった。
朝食の席はベルキアが加わったことで、昨夜の夕食の時よりも些か騒がしいものになり。
もう少し静かに食べられないのかと、シャムロックが息巻いてはいたが、それでも決して険悪になることはなく。
拠点に居た憂鬱組一同が揃った中での、賑賑しい朝食を瑠璃は終えると。
―――――髪を切る為に必要な鋏と櫛。
そして新聞紙と大きめのバスタオル一枚、シャムロックに用意して貰い。
応接スペースの一角に、切った髪が床に散らばっても問題ないよう、瑠璃は新聞紙を広げて敷き、その中心に応接ソファーとは別で、近くにあった椅子を一脚置くと、ベルキアに呼びかけた。
「じゃあ、ベルキア。この椅子に座って貰える?」
それからそこにベルキアが腰を下ろした処で、ヘアケープ代わりのバスタオルを首に巻いたのだ。
「ベルキア、首は苦しくない?」
「大丈夫だけど、ジッとしてるのは性に合わないから、出来るだけ早く終わらせてよねェ」
瑠璃が尋ねかけると、バスタオルの端を手で摘まみながらベルキアは言った。
「分かったわ。じゃあ、早速始めるわね」
ベルキアの言葉に瑠璃はクスっと笑いを零すと、手にした櫛でピンク色の髪を梳いていく。
長さがバラバラになってしまってはいるが、櫛が絡まることはなく、サラサラと流れる髪は傷んでいる様子は見られない。
クロや椿もそうだったが、吸血鬼はみんな髪が綺麗な人が多いのだろうか。
少しだけ羨ましい気もすると、そんな風に思いつつ、瑠璃はベルキアの髪を一房手に取ると鋏を入れた。
「―――――瑠璃。何だか手馴れている感じだけど、他にも誰かの髪を切ったことがあるの?」
そうして瑠璃がベルキアの髪を整え始めてから10分程経ったころ、そう尋ねかけてきたのは、瑠璃の集中力の妨げにならないようにと、少し離れた場所に用意した椅子に座って、眺めていた椿だった。
すでに、ベルキアの髪は半分程、肩よりも少し下くらいで整えられている。
瑠璃は鋏を動かしていた手を止め、まだ切っていない部分の髪を櫛で梳くと、椿のほうに視線を向けながら口を開いた。
「他の人の髪を切るのはこれが初めてよ。だけど、私は自分で髪を切っていたから」
「えェ~? 女の子なら美容院に行くもんじゃないのォ?」
大人しくしているのに飽きてきたのだろう。
ベルキアが眉を顰めながら、話に加わってきた。
そうしてベルキアが口にした言葉は、さも当然と言わんばかりのものだったのだが、
「そうね。だけど、美容院って意外とお金がかかっちゃうでしょう? 両親は亡くなっていて、一人暮らしだったから、自分でできることは自分でやったほうが節約になるからと思って」
瑠璃は気にした様子もなく、さらりと告げると。
「―――――でも今はもう〝独り〟でやってるものじゃないから『趣味』ともいえるかもしれないわね」
ふと、思い出された、此方に来てから手にした〝日常〟に想いを馳せながら、柔らかな微笑を浮かべてそう呟いたのだ。
怠惰の吸血鬼であるクロと出逢い、此方の世界にやって来た瑠璃を迎え入れてくれた〝大切な場所〟―――――城田家。
そこで一緒に暮らす、瑠璃の事を姉と慕ってくれている、真昼の趣味は『家事全般』であり、周囲からは主夫と言わしめるライフスタイルを真昼は築き上げていた。
そんな経緯から瑠璃は一人暮らしで身に着けた『節約術』を真昼と協力して活かすようになり。
さらにタイムセールなど、お一人様1点という制限があるモノの場合は、瑠璃と出逢った後、真昼に拾われ、契約を結んだことにより、相棒となったクロも含めて、三人で並んで買い物をしたりすることもあった。
ただし、真昼と瑠璃の終業時間の後だと、タイムセール開始ギリギリなので、その時は猫の姿でいるクロを真昼が抱えて、その後は二人で全力疾走する事になるのだが―――――。
『どうして人間は時間に追われたがる・・・そういう俗物的な思想が・・・』
タイムセールの買い物に付き合わされた時、クロはそんな言葉を洩らしていた。
けれど、その後に真昼と瑠璃がレジへ向かおうとした所。
『これ買ってくれ』
その手前にあったカップ麺コーナーで立ち止まったクロは、お気に入りのモノを手に、そんなおねだりをしてきたのだ。
つい先程、相反する立場にあるような発言をしておきながら、まったく真逆の行動を取ったクロに対して、
『思いっきり俗物だよお前!!』
顔を顰めながら真昼は突っ込みを返すと、200円以上するカップ麺は高級だから買わないのだと却下して、その日は購入することなく買い物は終了したのだが―――――。
―――――オレのささやかな幸福が―――――・・・。
その時、カップ麺を買って貰えなかったクロはそんな風にぼやいていたのだ。
それから幾日かして瑠璃がスーパーへ食材を買いに行った際、そのカップ麺が数十円ではあるが安くなっていたのを見つけて買って帰った処。
『―――――なぁ瑠璃、これって・・・・・・』
『ちょうど、セールをやってたから特別ね』
買い物袋から覗く、カップ麺に気が付いたクロの顔は、嬉しそうに綻んでいて。
思わず瑠璃もつられたようにクスリと笑みを零すと、『クロ用カップ麺』というメモを貼ってあげたのだ。
クロの言葉を借りて、瑠璃の想いを言葉にするとしたら―――――
―――――私にとってのささやかな幸福は、大切に想う人の〝幸せそうな笑顔〟が見られた時だと思う―――――
瑠璃の心の中にある、クロに対する想いが、ゆっくりと、形を成していく。
「――――――・・・・・・」
ふわりと、淡く色づいた笑みが、瑠璃の口元に浮かんだ。
「・・・・・・面白くないなぁ」
ベルキアの髪を整える作業を再開した瑠璃の様子を見ながら、小さな声でポツリとそう呟いたのは椿だった。
―――――瑠璃の『両親』がすでに亡くなっているというのは初めて聞いた話だった
―――――けれどその話は僕にとっては〝些末〟なことだ
―――――だって瑠璃は『僕』の事を『家族』だと言ってくれたから
―――――それは、決して〝偽り〟ではなく、〝本心〟だと解っている
―――――だけど〝独り〟だった〝瑠璃〟を〝見つけた〟のは、〝怠惰〟の兄さんであって『僕』じゃない
「・・・・・・あ―――――・・・・・・面白くない」
椿は自嘲するかのような薄笑いを浮かべながら、ベルキアの髪を整える作業の仕上げに取り掛かった瑠璃の横顔を、さりげなく手にしたスマホで撮影すると保存した。
瑠璃はそれに気づく事は無かったが―――――。
髪を切って貰っていたベルキアと、朝食を終えた後、また応接スペースの窓辺に寄りかかって、瑠璃の様子を見ていた桜哉は椿のその行動に気づいていた。
けれど、椿の心中を慮り、ベルキアは何も言うことはなく。
桜哉もまた、瑠璃のあの笑顔を見た刹那、思わず写真に収めてしまっていた事から、咎めることが出来なかった。
そうして椿はスマホを袂に仕舞うと、やがて何かを思いついた様子で椅子から立ち上がり、キッチンのほうで片づけをしていたシャムロックの所に向かって行ったのだ。
「―――――ねぇ、ベルキア。髪型はどうする?」
左右ともに肩よりも少し下―――――いわゆるミディアムヘアの状態―――――に切り終えた処で、瑠璃は手鏡をベルキアに差し出すと尋ねかけた。
「〝ミストレス〟は、どんな髪型ならボクに似合うと思う?」
すると紅い瞳が鏡越しにこちらを見やり、訊き返してきた。
「え? うん・・・・そうね」
瑠璃はきょとんと目を瞬かせ、思案する。
切る前のように、下で括るというのも、〝普通〟に似合いそうな気もするが。
「ビッグテールはどうかしら?」
それよりも以前と同じように、高い位置で髪を纏めるほうが、ベルキアの〝個性〟が引き立ちそうな気がする。
瑠璃の提案に、ベルキアはフゥンと唸ると、手を閃かせ、何処からともなく出現させたシルクハットの中から、ピンク色の髪ゴムを二つ取り出してみせた。
「・・・・・・じゃあ、ソレでやって貰おうかなァ」
「わかったわ。ちょっと待ってね」
そうして、ベルキアから髪ゴムを受け取った瑠璃は笑みを浮かべながら頷くと、髪を半分ずつ丁寧に櫛で掬い上げ、耳よりも上の辺りで結いあげた。
それから、仕上げに結った髪にボリュームが出るように、櫛を逆さに掛けると、左右の髪は星形のように広がっていた。
「ベルキア、どうかしら?」
「まぁ、悪くはないんじゃないのォ」
緊張した面持ちで瑠璃が尋ねかけると、ベルキアからは素っ気ない口調の返事が返ってきた。
けれど気に入らなければ、ベルキアの性格なら、はっきりと口にするだろう。
「そう言って貰えて安心したわ。ありがとう、ベルキア」
フッと瑠璃は安堵した顔で頬を緩めると笑みを浮かべて言った。
すると、ベルキアは当惑した様子で呟いた。
「・・・・・・なんで、〝ミストレス〟がお礼を言うんだよォ」
―――――普通は逆だろうに。
―――――自己紹介をした時もそうだったが、どうも〝ミストレス〟には調子を狂わされる。
「瑠璃さん、お疲れ様です。・・・・・・片付け手伝いますね」
そこにタイミングを見計らったかのようにやって来たのがオトギリだった。
「ありがとう、オトギリさん」
瑠璃が頷き、ベルキアの首に巻いていたタオルをそっと外すと、オトギリはチラリとベルキアのほうを見やり、
「ベルキア、困ります・・・・・・。ちゃんと言わないと駄目ですよ」
「~~~~~っ! ギリオトに言われるまでもなく分かってるよォ!!」
胸の内を見透かしたかのようなオトギリの言葉に、苦々しい表情でベルキアは唸るように言った。
瑠璃は二人のやり取りに首を傾げつつ、タオルを畳んだところで、膝を折ると床に広げていた新聞紙をそっと集めていく。
顰め面のベルキアに「・・・・・・困ります」とオトギリは嘆息すると、瑠璃の傍らにしゃがんでゴミ袋の口を開いた状態で差し出してくる。
二つ折に曲げた新聞紙を瑠璃は傾けて、間に溜まった切った髪の毛をゴミ袋の中に滑らせていく。
「あのさァ、〝ミストレス〟」
そうして最後に残った新聞紙をまた四つ折りにして資源ゴミに出せるように纏め終えた処で、呼びかけてきたベルキアに瑠璃は振り返ると、
「・・・・・・髪、整えてくれてありがとォ・・・・・・〝瑠璃〟」
「―――――どういたしまして、ベルキア」
視線を若干逸らしつつ、名前を呼んでくれたべルキアの顔を、瑠璃は一瞬、呆然と見つめていたのだが、すぐにふわと柔らかな微笑を返したのだ。
「・・・・・・っ」
らしくない、むず痒い、感覚が身体を支配する。
刹那、ベルキアは、頬が紅潮しそうになるのを感じ、顔を顰めると、とりあえずこの場から離れようとしたのだが―――――
「あははははは!! あはっははははははは!! あはははははははは!! あ―――――・・・面白くない」
―――――此方に戻ってきた椿の笑い声が響き渡ったのだ。
「瑠璃、ベルの髪、整え終わったんだね。お疲れ様♪」
「なっ!? 椿!?」
背後から抱きすくめられる状態になった瑠璃は、目を見開き、驚愕の声を上げると、頬は羞恥心から赤らんでいく。
―――――すぐ傍に、ベルキアとオトギリ。それに桜哉も居るのだ。
「・・・・・・あの、椿、離してもらえないかしら?」
「さすが、瑠璃だね。―――――ベルも瑠璃の事、ちゃんと〝受け入れて〟くれたみたいだし」
けれど、瑠璃の言葉に椿は耳を傾ける様子はなく、抱きしめたまま、この場から離れるタイミングを逃したベルキアを笑顔で見ながら言う。
「なっ・・・・・・別にボクは最初から〝瑠璃〟に関することは、つばきゅんの〝意思〟に従ってるんだから、〝受け入れる〟も何もないと思うけどォ~~~~~!!」
ベルキアはバツが悪そうな表情でそう云い放つとプイッとそっぽを向いてしまう。
と―――――
ベルキアの視界に、不機嫌そうな表情で椿を見据える桜哉の姿が飛び込んできた。
応接スペースの窓辺に寄りかかっていた桜哉は、そこから立ち上がると、
「椿さん、ベルキアを弄るのは別にいいですけど、瑠璃さんをそれに巻き込むのは止めて貰えませんか」
「そうですね・・・・・・瑠璃さんの反応が可愛らしいのは認めますが、スキンシップのやりすぎは困ります・・・・・・」
滅多に感情を表に出さないオトギリもまた、微かに非難するかのような眼差しを椿に向けながら言ったのだ。
「なっ・・・・・・!? 桜哉もオトギリも反抗期なの!?」
「っていうか、さくやァ!! ボクを弄るのはいいってなんだよ!? そういうのは、普段はお前のポジションの筈だろ!!」
呆然と目を見開くと、瑠璃から離れた椿が、いじけた様子で項垂れる。と、ベルキアが眉を顰めながら声を上げた。
「そんなポジション引き受けた覚えはねーよ」
憮然とした面持ちで桜哉が言い返す。
椿から解放された瑠璃が、「・・・・・・えっと・・・・・・」と呆気に取られていると、
「・・・・・・椿さんは、桜哉に対してブーブークッションを仕掛けたり、他にも色々と古典的ないたずらをすることがあるんです・・・・・・」
オトギリが事情を説明してくれた。
椿からしてみれば、家族のコミュニケーションのつもりなのかもしれないが―――――やりすぎてしまえば機嫌を損ねてしまうのは当然のことだろう。
瑠璃は眉根を寄せると、椿に視線を向けて諭すように口を開いた。
「・・・・・・椿、いたずらは程々にしないと駄目よ」
「うん・・・・・・というか、桜哉だけじゃなくて。オトギリもこんなふうに僕に意見するなんて、やっぱり瑠璃には敵わないなぁ・・・・・・」
顔を上げた椿が、しみじみとした口調で言った。
「―――――そんなこと・・・・・・」
瑠璃は目を瞬かせ、椿を見返す。
『家族』として〝受け入れて〟もらうことが出来たのは〝椿〟が居たからこそなのに・・・・・・。
「―――――若。お待たせ致しました、カメラの用意が整いました。撮影はこちらの者に任せようと思いますが宜しいですか?」
そこに声を掛けてきたのは、椿の指示により、とある準備の為に、席を外していたシャムロックだった。
そしてこちらに戻ってきたシャムロックは一人ではなく、初見の少年を一人連れて来ていた。
椿は笑みを浮かべると口を開いた。
「ありがとう、シャム。うん、構わないよ。―――――じゃあお願いできるかな、ライラ」
「は・・・・・・はい、椿さん」
個性が際立つ、シャムロック達とは真逆の、気弱そうな雰囲気の少年―――――ライラは、椿の言葉におどおどとしつつ、首を縦に振った。
「つばきゅん、何の写真を撮るのさァ?」
声を上げるのをやめたベルキアが、椿に尋ねかけてきた。
桜哉とオトギリの視線もまた、椿に向けられる。
椿はサングラス越しに見える真紅の瞳を、ふと、ゆっくりと伏せると、抑揚のない口調で言った。
「―――――瑠璃と僕たちが一緒に映っている写真だよ。今日、僕と〝デート〟の後、瑠璃は怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰すから」
―――――〝独り〟だった〝瑠璃〟を〝見つけて〟『誓約』を結んだのが〝怠惰〟の兄なのだとしても
―――――いま〝此処〟に居る〝瑠璃〟は『僕たちの家族』なのだ
―――――だからこそ『家族の証』を目に見える形で残しておきたい
―――――それが椿の出した 『答』だった。
三人は微かに当惑の色を滲ませ、椿と瑠璃を見つめていたのだが―――――
「・・・・・・急にそんなことを言われるのは困ります。でも、〝ミストレス〟である瑠璃さんを〝此処〟に連れて来たのは椿さんです・・・・・・」
最初に淡々と口を開いたのはオトギリだった。
あえて、〝ミストレス〟という名をまた口にしたのは、彼女なりのけじめのつもりなのだろう。
そして―――――
「椿さんが瑠璃さんと話をして、決めたことならオレは構いませんよ」
じっと、椿を見据えると、そう言ったのは桜哉だった。
『瑠璃には、怠惰の兄さんじゃなくて、『僕』の事を選んでほしいと思ってる。だけど―――――〝どうするか〟を選ぶのは瑠璃自身だよ』
―――――〝あの時〟の言葉の『答』がこれだというのなら異論を唱えるつもりはない。
そして桜哉だけでなく、〝あの時〟、あの場に居た、自由に言葉を発することがまだ叶わなかったベルキアもまた、椿の〝憂い〟に満ちた感情は感じ取っていた。
だからこそ―――――
「そうだね。つばきゅんの好きにしたら良いとボクも思うよォ」
反対するつもりはなかった。
それから写真の件を含めて、最初に椿から話を聞かされたシャムロックも、
「―――――若がお嬢の〝意思〟と〝想い〟を尊重されるというのならば、私はそれに従うまでです」
あくまでも忠実な姿勢を崩すことなく、厳かな口調でそう言ったのだ。
18・4/1 掲載
椿の分は、お味噌汁と焼き魚とだし巻き卵。そして白飯。
瑠璃たちの分は、ベーコン、玉子、チーズ、ほうれん草などの具材が挟まった、ホットサンド。それに、ヨーグルトサラダだった。
朝食の席はベルキアが加わったことで、昨夜の夕食の時よりも些か騒がしいものになり。
もう少し静かに食べられないのかと、シャムロックが息巻いてはいたが、それでも決して険悪になることはなく。
拠点に居た憂鬱組一同が揃った中での、賑賑しい朝食を瑠璃は終えると。
―――――髪を切る為に必要な鋏と櫛。
そして新聞紙と大きめのバスタオル一枚、シャムロックに用意して貰い。
応接スペースの一角に、切った髪が床に散らばっても問題ないよう、瑠璃は新聞紙を広げて敷き、その中心に応接ソファーとは別で、近くにあった椅子を一脚置くと、ベルキアに呼びかけた。
「じゃあ、ベルキア。この椅子に座って貰える?」
それからそこにベルキアが腰を下ろした処で、ヘアケープ代わりのバスタオルを首に巻いたのだ。
「ベルキア、首は苦しくない?」
「大丈夫だけど、ジッとしてるのは性に合わないから、出来るだけ早く終わらせてよねェ」
瑠璃が尋ねかけると、バスタオルの端を手で摘まみながらベルキアは言った。
「分かったわ。じゃあ、早速始めるわね」
ベルキアの言葉に瑠璃はクスっと笑いを零すと、手にした櫛でピンク色の髪を梳いていく。
長さがバラバラになってしまってはいるが、櫛が絡まることはなく、サラサラと流れる髪は傷んでいる様子は見られない。
クロや椿もそうだったが、吸血鬼はみんな髪が綺麗な人が多いのだろうか。
少しだけ羨ましい気もすると、そんな風に思いつつ、瑠璃はベルキアの髪を一房手に取ると鋏を入れた。
「―――――瑠璃。何だか手馴れている感じだけど、他にも誰かの髪を切ったことがあるの?」
そうして瑠璃がベルキアの髪を整え始めてから10分程経ったころ、そう尋ねかけてきたのは、瑠璃の集中力の妨げにならないようにと、少し離れた場所に用意した椅子に座って、眺めていた椿だった。
すでに、ベルキアの髪は半分程、肩よりも少し下くらいで整えられている。
瑠璃は鋏を動かしていた手を止め、まだ切っていない部分の髪を櫛で梳くと、椿のほうに視線を向けながら口を開いた。
「他の人の髪を切るのはこれが初めてよ。だけど、私は自分で髪を切っていたから」
「えェ~? 女の子なら美容院に行くもんじゃないのォ?」
大人しくしているのに飽きてきたのだろう。
ベルキアが眉を顰めながら、話に加わってきた。
そうしてベルキアが口にした言葉は、さも当然と言わんばかりのものだったのだが、
「そうね。だけど、美容院って意外とお金がかかっちゃうでしょう? 両親は亡くなっていて、一人暮らしだったから、自分でできることは自分でやったほうが節約になるからと思って」
瑠璃は気にした様子もなく、さらりと告げると。
「―――――でも今はもう〝独り〟でやってるものじゃないから『趣味』ともいえるかもしれないわね」
ふと、思い出された、此方に来てから手にした〝日常〟に想いを馳せながら、柔らかな微笑を浮かべてそう呟いたのだ。
怠惰の吸血鬼であるクロと出逢い、此方の世界にやって来た瑠璃を迎え入れてくれた〝大切な場所〟―――――城田家。
そこで一緒に暮らす、瑠璃の事を姉と慕ってくれている、真昼の趣味は『家事全般』であり、周囲からは主夫と言わしめるライフスタイルを真昼は築き上げていた。
そんな経緯から瑠璃は一人暮らしで身に着けた『節約術』を真昼と協力して活かすようになり。
さらにタイムセールなど、お一人様1点という制限があるモノの場合は、瑠璃と出逢った後、真昼に拾われ、契約を結んだことにより、相棒となったクロも含めて、三人で並んで買い物をしたりすることもあった。
ただし、真昼と瑠璃の終業時間の後だと、タイムセール開始ギリギリなので、その時は猫の姿でいるクロを真昼が抱えて、その後は二人で全力疾走する事になるのだが―――――。
『どうして人間は時間に追われたがる・・・そういう俗物的な思想が・・・』
タイムセールの買い物に付き合わされた時、クロはそんな言葉を洩らしていた。
けれど、その後に真昼と瑠璃がレジへ向かおうとした所。
『これ買ってくれ』
その手前にあったカップ麺コーナーで立ち止まったクロは、お気に入りのモノを手に、そんなおねだりをしてきたのだ。
つい先程、相反する立場にあるような発言をしておきながら、まったく真逆の行動を取ったクロに対して、
『思いっきり俗物だよお前!!』
顔を顰めながら真昼は突っ込みを返すと、200円以上するカップ麺は高級だから買わないのだと却下して、その日は購入することなく買い物は終了したのだが―――――。
―――――オレのささやかな幸福が―――――・・・。
その時、カップ麺を買って貰えなかったクロはそんな風にぼやいていたのだ。
それから幾日かして瑠璃がスーパーへ食材を買いに行った際、そのカップ麺が数十円ではあるが安くなっていたのを見つけて買って帰った処。
『―――――なぁ瑠璃、これって・・・・・・』
『ちょうど、セールをやってたから特別ね』
買い物袋から覗く、カップ麺に気が付いたクロの顔は、嬉しそうに綻んでいて。
思わず瑠璃もつられたようにクスリと笑みを零すと、『クロ用カップ麺』というメモを貼ってあげたのだ。
クロの言葉を借りて、瑠璃の想いを言葉にするとしたら―――――
―――――私にとってのささやかな幸福は、大切に想う人の〝幸せそうな笑顔〟が見られた時だと思う―――――
瑠璃の心の中にある、クロに対する想いが、ゆっくりと、形を成していく。
「――――――・・・・・・」
ふわりと、淡く色づいた笑みが、瑠璃の口元に浮かんだ。
「・・・・・・面白くないなぁ」
ベルキアの髪を整える作業を再開した瑠璃の様子を見ながら、小さな声でポツリとそう呟いたのは椿だった。
―――――瑠璃の『両親』がすでに亡くなっているというのは初めて聞いた話だった
―――――けれどその話は僕にとっては〝些末〟なことだ
―――――だって瑠璃は『僕』の事を『家族』だと言ってくれたから
―――――それは、決して〝偽り〟ではなく、〝本心〟だと解っている
―――――だけど〝独り〟だった〝瑠璃〟を〝見つけた〟のは、〝怠惰〟の兄さんであって『僕』じゃない
「・・・・・・あ―――――・・・・・・面白くない」
椿は自嘲するかのような薄笑いを浮かべながら、ベルキアの髪を整える作業の仕上げに取り掛かった瑠璃の横顔を、さりげなく手にしたスマホで撮影すると保存した。
瑠璃はそれに気づく事は無かったが―――――。
髪を切って貰っていたベルキアと、朝食を終えた後、また応接スペースの窓辺に寄りかかって、瑠璃の様子を見ていた桜哉は椿のその行動に気づいていた。
けれど、椿の心中を慮り、ベルキアは何も言うことはなく。
桜哉もまた、瑠璃のあの笑顔を見た刹那、思わず写真に収めてしまっていた事から、咎めることが出来なかった。
そうして椿はスマホを袂に仕舞うと、やがて何かを思いついた様子で椅子から立ち上がり、キッチンのほうで片づけをしていたシャムロックの所に向かって行ったのだ。
「―――――ねぇ、ベルキア。髪型はどうする?」
左右ともに肩よりも少し下―――――いわゆるミディアムヘアの状態―――――に切り終えた処で、瑠璃は手鏡をベルキアに差し出すと尋ねかけた。
「〝ミストレス〟は、どんな髪型ならボクに似合うと思う?」
すると紅い瞳が鏡越しにこちらを見やり、訊き返してきた。
「え? うん・・・・そうね」
瑠璃はきょとんと目を瞬かせ、思案する。
切る前のように、下で括るというのも、〝普通〟に似合いそうな気もするが。
「ビッグテールはどうかしら?」
それよりも以前と同じように、高い位置で髪を纏めるほうが、ベルキアの〝個性〟が引き立ちそうな気がする。
瑠璃の提案に、ベルキアはフゥンと唸ると、手を閃かせ、何処からともなく出現させたシルクハットの中から、ピンク色の髪ゴムを二つ取り出してみせた。
「・・・・・・じゃあ、ソレでやって貰おうかなァ」
「わかったわ。ちょっと待ってね」
そうして、ベルキアから髪ゴムを受け取った瑠璃は笑みを浮かべながら頷くと、髪を半分ずつ丁寧に櫛で掬い上げ、耳よりも上の辺りで結いあげた。
それから、仕上げに結った髪にボリュームが出るように、櫛を逆さに掛けると、左右の髪は星形のように広がっていた。
「ベルキア、どうかしら?」
「まぁ、悪くはないんじゃないのォ」
緊張した面持ちで瑠璃が尋ねかけると、ベルキアからは素っ気ない口調の返事が返ってきた。
けれど気に入らなければ、ベルキアの性格なら、はっきりと口にするだろう。
「そう言って貰えて安心したわ。ありがとう、ベルキア」
フッと瑠璃は安堵した顔で頬を緩めると笑みを浮かべて言った。
すると、ベルキアは当惑した様子で呟いた。
「・・・・・・なんで、〝ミストレス〟がお礼を言うんだよォ」
―――――普通は逆だろうに。
―――――自己紹介をした時もそうだったが、どうも〝ミストレス〟には調子を狂わされる。
「瑠璃さん、お疲れ様です。・・・・・・片付け手伝いますね」
そこにタイミングを見計らったかのようにやって来たのがオトギリだった。
「ありがとう、オトギリさん」
瑠璃が頷き、ベルキアの首に巻いていたタオルをそっと外すと、オトギリはチラリとベルキアのほうを見やり、
「ベルキア、困ります・・・・・・。ちゃんと言わないと駄目ですよ」
「~~~~~っ! ギリオトに言われるまでもなく分かってるよォ!!」
胸の内を見透かしたかのようなオトギリの言葉に、苦々しい表情でベルキアは唸るように言った。
瑠璃は二人のやり取りに首を傾げつつ、タオルを畳んだところで、膝を折ると床に広げていた新聞紙をそっと集めていく。
顰め面のベルキアに「・・・・・・困ります」とオトギリは嘆息すると、瑠璃の傍らにしゃがんでゴミ袋の口を開いた状態で差し出してくる。
二つ折に曲げた新聞紙を瑠璃は傾けて、間に溜まった切った髪の毛をゴミ袋の中に滑らせていく。
「あのさァ、〝ミストレス〟」
そうして最後に残った新聞紙をまた四つ折りにして資源ゴミに出せるように纏め終えた処で、呼びかけてきたベルキアに瑠璃は振り返ると、
「・・・・・・髪、整えてくれてありがとォ・・・・・・〝瑠璃〟」
「―――――どういたしまして、ベルキア」
視線を若干逸らしつつ、名前を呼んでくれたべルキアの顔を、瑠璃は一瞬、呆然と見つめていたのだが、すぐにふわと柔らかな微笑を返したのだ。
「・・・・・・っ」
らしくない、むず痒い、感覚が身体を支配する。
刹那、ベルキアは、頬が紅潮しそうになるのを感じ、顔を顰めると、とりあえずこの場から離れようとしたのだが―――――
「あははははは!! あはっははははははは!! あはははははははは!! あ―――――・・・面白くない」
―――――此方に戻ってきた椿の笑い声が響き渡ったのだ。
「瑠璃、ベルの髪、整え終わったんだね。お疲れ様♪」
「なっ!? 椿!?」
背後から抱きすくめられる状態になった瑠璃は、目を見開き、驚愕の声を上げると、頬は羞恥心から赤らんでいく。
―――――すぐ傍に、ベルキアとオトギリ。それに桜哉も居るのだ。
「・・・・・・あの、椿、離してもらえないかしら?」
「さすが、瑠璃だね。―――――ベルも瑠璃の事、ちゃんと〝受け入れて〟くれたみたいだし」
けれど、瑠璃の言葉に椿は耳を傾ける様子はなく、抱きしめたまま、この場から離れるタイミングを逃したベルキアを笑顔で見ながら言う。
「なっ・・・・・・別にボクは最初から〝瑠璃〟に関することは、つばきゅんの〝意思〟に従ってるんだから、〝受け入れる〟も何もないと思うけどォ~~~~~!!」
ベルキアはバツが悪そうな表情でそう云い放つとプイッとそっぽを向いてしまう。
と―――――
ベルキアの視界に、不機嫌そうな表情で椿を見据える桜哉の姿が飛び込んできた。
応接スペースの窓辺に寄りかかっていた桜哉は、そこから立ち上がると、
「椿さん、ベルキアを弄るのは別にいいですけど、瑠璃さんをそれに巻き込むのは止めて貰えませんか」
「そうですね・・・・・・瑠璃さんの反応が可愛らしいのは認めますが、スキンシップのやりすぎは困ります・・・・・・」
滅多に感情を表に出さないオトギリもまた、微かに非難するかのような眼差しを椿に向けながら言ったのだ。
「なっ・・・・・・!? 桜哉もオトギリも反抗期なの!?」
「っていうか、さくやァ!! ボクを弄るのはいいってなんだよ!? そういうのは、普段はお前のポジションの筈だろ!!」
呆然と目を見開くと、瑠璃から離れた椿が、いじけた様子で項垂れる。と、ベルキアが眉を顰めながら声を上げた。
「そんなポジション引き受けた覚えはねーよ」
憮然とした面持ちで桜哉が言い返す。
椿から解放された瑠璃が、「・・・・・・えっと・・・・・・」と呆気に取られていると、
「・・・・・・椿さんは、桜哉に対してブーブークッションを仕掛けたり、他にも色々と古典的ないたずらをすることがあるんです・・・・・・」
オトギリが事情を説明してくれた。
椿からしてみれば、家族のコミュニケーションのつもりなのかもしれないが―――――やりすぎてしまえば機嫌を損ねてしまうのは当然のことだろう。
瑠璃は眉根を寄せると、椿に視線を向けて諭すように口を開いた。
「・・・・・・椿、いたずらは程々にしないと駄目よ」
「うん・・・・・・というか、桜哉だけじゃなくて。オトギリもこんなふうに僕に意見するなんて、やっぱり瑠璃には敵わないなぁ・・・・・・」
顔を上げた椿が、しみじみとした口調で言った。
「―――――そんなこと・・・・・・」
瑠璃は目を瞬かせ、椿を見返す。
『家族』として〝受け入れて〟もらうことが出来たのは〝椿〟が居たからこそなのに・・・・・・。
「―――――若。お待たせ致しました、カメラの用意が整いました。撮影はこちらの者に任せようと思いますが宜しいですか?」
そこに声を掛けてきたのは、椿の指示により、とある準備の為に、席を外していたシャムロックだった。
そしてこちらに戻ってきたシャムロックは一人ではなく、初見の少年を一人連れて来ていた。
椿は笑みを浮かべると口を開いた。
「ありがとう、シャム。うん、構わないよ。―――――じゃあお願いできるかな、ライラ」
「は・・・・・・はい、椿さん」
個性が際立つ、シャムロック達とは真逆の、気弱そうな雰囲気の少年―――――ライラは、椿の言葉におどおどとしつつ、首を縦に振った。
「つばきゅん、何の写真を撮るのさァ?」
声を上げるのをやめたベルキアが、椿に尋ねかけてきた。
桜哉とオトギリの視線もまた、椿に向けられる。
椿はサングラス越しに見える真紅の瞳を、ふと、ゆっくりと伏せると、抑揚のない口調で言った。
「―――――瑠璃と僕たちが一緒に映っている写真だよ。今日、僕と〝デート〟の後、瑠璃は怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰すから」
―――――〝独り〟だった〝瑠璃〟を〝見つけて〟『誓約』を結んだのが〝怠惰〟の兄なのだとしても
―――――いま〝此処〟に居る〝瑠璃〟は『僕たちの家族』なのだ
―――――だからこそ『家族の証』を目に見える形で残しておきたい
―――――それが椿の出した 『答』だった。
三人は微かに当惑の色を滲ませ、椿と瑠璃を見つめていたのだが―――――
「・・・・・・急にそんなことを言われるのは困ります。でも、〝ミストレス〟である瑠璃さんを〝此処〟に連れて来たのは椿さんです・・・・・・」
最初に淡々と口を開いたのはオトギリだった。
あえて、〝ミストレス〟という名をまた口にしたのは、彼女なりのけじめのつもりなのだろう。
そして―――――
「椿さんが瑠璃さんと話をして、決めたことならオレは構いませんよ」
じっと、椿を見据えると、そう言ったのは桜哉だった。
『瑠璃には、怠惰の兄さんじゃなくて、『僕』の事を選んでほしいと思ってる。だけど―――――〝どうするか〟を選ぶのは瑠璃自身だよ』
―――――〝あの時〟の言葉の『答』がこれだというのなら異論を唱えるつもりはない。
そして桜哉だけでなく、〝あの時〟、あの場に居た、自由に言葉を発することがまだ叶わなかったベルキアもまた、椿の〝憂い〟に満ちた感情は感じ取っていた。
だからこそ―――――
「そうだね。つばきゅんの好きにしたら良いとボクも思うよォ」
反対するつもりはなかった。
それから写真の件を含めて、最初に椿から話を聞かされたシャムロックも、
「―――――若がお嬢の〝意思〟と〝想い〟を尊重されるというのならば、私はそれに従うまでです」
あくまでも忠実な姿勢を崩すことなく、厳かな口調でそう言ったのだ。
18・4/1 掲載
