第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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―――――時はまた遡り、憂鬱側にて瑠璃が迎えた二日目の朝。
昨日とは違い、本調子に戻った瑠璃の身体は、朝方には意識を覚醒させていた。
今日は月曜日―――――本来なら、身支度を整えて用意した朝食を食べ終えれば、仕事に赴く時間だ。
けれど、いま瑠璃が居るのはそんな日常を過ごしていた、真昼とクロと暮らしていた家ではなく、憂鬱組の拠点だ。
そして、今日は―――――
『明日、僕と〝デート〟してよ。―――――そうしたら、君を怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰してあげるよ』
―――――椿と〝デート〟をする事になっている訳なのだが。
「おはよう、椿」
「・・・・・・おはよう・・・・・・瑠璃」
瑠璃が起床した際、一緒に目を覚ました狐は朝には弱いらしく、緩慢な動きで返事を返すと瑠璃の膝の上によじ登り、そこでまた丸まってしまった。
―――――この様子だと、きちんと意識が覚醒するまでには大分時間が掛かりそうだ。
瑠璃は微苦笑を浮かべつつ、一旦、膝の上からベッドに狐を下ろすと、部屋に備え付けられた洗面台を使って最低限の身嗜みを整えた。
それから着物姿のまま―――――着替えは昨日と同様にオトギリから洗濯をして貰ったものを受け取ってからになるので―――――夢うつつ状態の狐を腕の中に抱いて部屋から出ると、通路の先にある応接スペースに桜哉の姿を見つけたのだ。
緑と白のボーダーのシャツに、緑のストライプが入った白いジャージ。
私服姿で応接ソファーに座る桜哉の視線は、手元にあるスマホの画面に注がれていた。
桜哉の傍に行き、「おはよう、桜哉君」と瑠璃は声を掛けたのだが、ジッと手にしたスマホの画面を見つめる桜哉から反応はなく。
「―――――桜哉君、大丈夫?」
「・・・・・・瑠璃さん」
〝戸惑い〟と〝苦悩〟が入り混じった、複雑な面持ちになっていた桜哉は、すぐ傍に目線を合わせる状態でしゃがんだ瑠璃に気づくと、驚いた様子で目を見開き、それから、微かに頬を赤らめると、視線を逸らしながら「すみません」と呟くように言った。
椿の着物を着ている為に、普段は洋服で隠れている、首筋や鎖骨だけでなく、目線を合わせるために瑠璃がしゃがんだ事により、腕の中に狐を抱いてはいたものの、襟元が僅かに緩んで、中が見えそうになっていたのだ。
瑠璃は気を許した相手に対しては、どうにも無防備な処がある。
だから決してわざとではないと解ってはいるのだが、瑠璃に対して好意を抱いている桜哉が思わず反射的に、目を逸らしてしまったのは無理もない事だった。
しかし、それに気づいていない瑠璃は気遣うような眼差しで桜哉を見つめると、
「桜哉君、隣に座ってもいいかしら?」
「・・・・・・あ、はい。どうぞ・・・・・・」
了承を貰って桜哉の隣に腰掛けた瑠璃は、腕の中に抱いていた狐を膝の上に下ろした。
瞬間的に早まった鼓動を桜哉は沈める為に、視線を落としたまま息を吐くと、瑠璃の膝の上で丸まる狐の姿が視界の片隅に入った。
ここで話をすれば、必然的に椿の耳にも内容は入ってしまう。
―――――・・・・・・が、これは〝からかいの種〟になるような話ではない。
逡巡の後に、桜哉はまた手にしていたスマホに視線を落とすと、胸の中に抱えたものを吐き出そうとするかのように口を開いた。
「・・・・・・オレ、『学校』のほうは先週、転校 したっていうふうに、皆の『記憶』を二日前に操作したんです。・・・・・・そうしたら今日、虎雪からメールが届いて、明日の文化祭に顔を出せるようだったら来て欲しいって書いてあって・・・・・・」
それにより桜哉が『学校』から〝自然に姿を消す〟という選択をしたのだと瑠璃は理解したのだが―――――。
文化祭で喫茶店をやると決まってから、その準備期間、桜哉が率先して雑用を引き受けたりしながら、その日を迎えるのを本当に楽しみにしていたという事を瑠璃は知っている。
だから、虎雪から届いたメールに、桜哉の心は揺れているのだろう。
けれど、本当はそれだけでなく桜哉は―――――
何よりも、その〝大切だった場所〟で、もう一度、真昼と顔を会わせることを恐れている。
―――――でも、きっと真昼君も・・・・・・。
―――――桜哉君と〝向き合う〟ことを選ぶはず。
ギュッと、胸元の鍵を瑠璃は握りしめる。
それから瑠璃はそっとスマホを握りしめていた桜哉の手に、右手で触れると微笑を浮かべて言った。
「―――――桜哉君。まだ時間はあるからゆっくりと考えてみたらいいと思うわ」
「・・・・・・っ、ありがとうございます、瑠璃さん」
指先から伝わってきた温もりに、桜哉は小さく息を呑むと、ゆっくりと頷いた。
と―――――
『ふぅん。桜哉は〝ミストレス〟に対しては素直なんだねェ~~~? つばきゅん』
ふいに聴こえてきた感心したかのような声に、瑠璃は驚いた様子で目を瞬かせ、視線を自身の右隣に向けた。
―――――そこに座って居るのは、意識を取り戻していなかったぬいぐるみ姿のベルキアだ。
「あははははは!! あはっははははははは!! あはははははははは!! あ―――――・・・面白くない」
刹那、名前を呼ばれた狐がむくりと起き上がると、コンという鳴き声とともに人型に戻り、笑い声をあげ始めたのだ。
桜哉はチッと舌打ちをすると・・・・うるせぇと顔を顰めながら椿を見遣り、さらに元凶である言葉を発したぬいぐるみを睨みつける。
そうして一頻り笑い終えた椿がソファーに居たぬいぐるみを手にすると、
「ベル。ようやく、完全に意識が戻ったんだね」
『うん。だから、つばきゅん。ボクを元の姿に戻してよォ~~~』
自由に言葉を発することが出来るようになったベルキアのぬいぐるみが椿に訴えかけてきた。
それに対して椿は「いいよ」と頷いてから、言い含めるように言葉を紡ぎ出す。
「でもベル、元の姿に戻った後、瑠璃の事を襲ったりしちゃ駄目だよ。―――――瑠璃は僕にとっては『家族』と同じくらい〝大切な存在〟だからね」
『分かってるよォ、つばきゅん。〝ミストレス〟が着てるそれって、つばきゅんのでしょう? わざわざ自分のモノを着せるなんて、つばきゅんてば、やるねェ~~~』
「あは、まぁね」
何処となく、面白がっているような感じのぬいぐるみに、椿もまたニヤッと笑みを浮かべながら応じる。
そのやり取りに桜哉は眉を顰めると、
「椿さん、あんまり調子に乗ってると瑠璃さんに嫌われますよ」
「・・・・・・そうですね。瑠璃さんの着替えは私のモノを渡そうと思っていたのに・・・・・・。椿さんに自分の着物が良いって押し切られてしまったので・・・・・・困ります」
昨晩、また洗濯をして綺麗に畳んだ瑠璃の服を手に、姿を見せたオトギリもそれに同意するかのような言葉を口にしたのだ。
「ちょっと、桜哉!? それにオトギリまで!?」
二人の言葉に椿がショックを受けた様子で叫ぶ。
と―――――
「若!? どうかされましたか!?」
キッチンのほうで朝食の用意をしていた、白い三角巾に黒のエプロンを着用したシャムロックが、お玉を片手にこちらに走ってきた。
「シャム!! 僕、別に調子に乗ってなんてないよね!?」という椿の言葉に、シャムロックは、一瞬、驚いたように目を見開くも、すぐさま笑みを浮かべると「勿論です。若が為さることに間違いはありませんよ」と頷く。
そんなやり取りに、思わず瑠璃が苦笑いを浮かべると、
「瑠璃さん。預かった洋服、乾いているので着替えてきて下さい・・・・・・。椿さんの着物は大きいですから心配です・・・・・・」
オトギリがさり気なく瑠璃の手を取って、ソファーから立ち上がらせると、服を差し出してきた。
そんなオトギリの気遣いに、瑠璃は目を瞬かせると、ふんわりと微笑を浮かべ、
「ありがとう、オトギリさん。じゃあ、ちょっと部屋に戻って着替えてくるわね」
オトギリから服を受け取ると、着替えをする為にまた部屋に戻ったのだ。
「―――――ベルキア様!! ふっか~~~~つ!!」
それから程なくして着替えを終えた瑠璃が応接スペースに戻ると、そこにはぬいぐるみから人型に戻ったベルキアの姿が在った。
ぬいぐるみ姿の時のベルキアは可愛らしかったが、いまの彼とはどう接したら良いだろうか。
オトギリやシャムロックは、最初から穏健な態度で接してくれていたおかげで、すぐに打ち解けることが出来た訳なのだが。
ベルキアと直接的に顔を会わせるのは、以前、クロと主人である真昼とともに戦った時以来の事になる。
瑠璃が戸惑いの表情でベルキアを見ていると―――――
「瑠璃、着替え終わったんだね。じゃあ、ちょっとこっちに来て貰えるかな?」
瑠璃が戻ってきたことに気が付いた椿が、笑みを浮かべながら手招きをしてきた。
そして―――――
「それじゃあ、ベル。改めて、瑠璃に自己紹介してくれるかな?」
「しょうがないなァ~~~☆ わかったよォ、つばきゅんの顔を立ててあげないとね」
椿の言葉にベルキアは茶化すようにしながらも頷くと、
「ボクは〝串刺公〟ベルキア。得意芸は串刺し芸☆ でも、〝ミストレス〟のことは、ここではもう襲ったりしないから安心しなよォ」
ニヤと笑みを浮かべたベルキアが、手にしたシルクハットの中から、彼のぬいぐるみバージョンと同じ姿の、小さな人形がちょこんと顔を覗かせたのだ。
その可愛らしい登場の仕方に、瑠璃が思わず「わぁ」と目を瞠ると、
『よろしくね、〝ミストレス〟』
人形はそう書かれた横断幕を掲げて見せてから、ポンという音とともに姿を消した。
「可愛い手品を見せてくれてありがとう、ベルキア。私の名前は瑪瑙瑠璃です。こちらこそよろしくお願いします」
思いもよらなかったモノを見せて貰ったことにより、気持ちが解れた瑠璃が柔らかな微笑を浮かべて、そう言葉を返すと。
「・・・・・・っ!?」
何故かベルキアは目を見開いた状態で、固まってしまい―――――。
どうしたのだろうかと瑠璃が首を傾げると、
「あははははは!! あっはは!! あははははははは! あはははははははは!!」
椿の笑いがまた発動し、応接スペースの窓辺に寄りかかるようにして座りながら、こちらの様子を見ていた桜哉が、冷ややかな眼差しを椿に向けると「うるさいですよ、椿さん」と言ったのだ。
そして―――――
「――――――・・・・・・今回だけなんだからなァ!?」
椿が笑い出した処で我に返ったらしいベルキアがそう叫ぶと、
「あ―――――・・・・・・面白くない」
一頻り笑い終えた椿がいつもの言葉で締め括った処で、キッチンに行ってシャムロックを手伝っていたオトギリがこちら側に戻ってきて「朝から賑やかすぎるのも・・・・・・困ります」と言葉を洩らすと。
「瑠璃さん、ベルキアは〝可愛い〟とは普段言われたりしないので・・・・・・。照れているだけですから気にしなくても大丈夫ですよ」
「そうなの?」
そう言ったオトギリの言葉に瑠璃は目を瞬かせ、またベルキアを見遣ると、微かに耳元を赤らめながら「別にボクは照れたりなんてしてないからなッ!!」とそっぽを向かれてしまったのだが。
そこで、ふと、瑠璃はベルキアの髪型に違和感を覚え、思い出す。
初めて会った時は、〝ポニーテール〟だった―――――それがかろうじて下で束ねられてはいるが―――――その髪の長さがいまはバラバラなのだ。
「・・・・・・あの、ベルキア。その髪ってどうしたの?」
「変態ちょうちょに切られたんだよォッ!! ポニーテール気に入ってたのにさァ!!」
ベルキアの髪がこんな事になったのはどうやら、リリイの手によるものらしい。
プンスカと怒りながら地団太を踏んだベルキアに「そうだったのね」と瑠璃は思案するように眉根を寄せると口を開いた。
「じゃあ、また髪を伸ばすにしても、一度、長さを整える必要があるわよね。ねぇ、ベルキア。もし良ければ、私が髪を整えましょうか?」
「へ? 〝ミストレス〟が?」
思いもよらぬ提案に、目を丸くしたベルキアに、瑠璃は「ベルキアが嫌じゃなければ」と言葉を重ねる。
「いいじゃない、ベル。せっかくだから、瑠璃にやって貰いなよ」
すると、それに賛同の意を示したのは椿だった。
―――――先程、椿はベルキアに対して瑠璃の事を『家族』と同じくらい〝大切な存在〟だと口にした。
桜哉だけでなく、此方に連れて来たことにより、オトギリとシャムロックの二人とも瑠璃は良好な関係を築き上げた。
だからベルキアとも、少しでも親睦を深められ得る機会があれば、椿にとって見逃す手はないのだ。
対して、そんな真祖の思惑に気づいたのだろう。
「わかったよォ。つばきゅんがそう言うんなら、やって貰うことにするよ」
「ありがとう、ベル」
肩をすくめると、承諾したベルキアに、椿は笑顔で言った。
そこに―――――
「―――――若。お嬢。ご歓談中、失礼します。朝食の用意が整いました」
シャムロックが、声を掛けてきたのだ。
「じゃあ、まずは皆で朝ご飯を食べようか。―――――その後に、瑠璃。ベルの髪の毛を切るのをよろしくね」
18・2/14掲載
昨日とは違い、本調子に戻った瑠璃の身体は、朝方には意識を覚醒させていた。
今日は月曜日―――――本来なら、身支度を整えて用意した朝食を食べ終えれば、仕事に赴く時間だ。
けれど、いま瑠璃が居るのはそんな日常を過ごしていた、真昼とクロと暮らしていた家ではなく、憂鬱組の拠点だ。
そして、今日は―――――
『明日、僕と〝デート〟してよ。―――――そうしたら、君を怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰してあげるよ』
―――――椿と〝デート〟をする事になっている訳なのだが。
「おはよう、椿」
「・・・・・・おはよう・・・・・・瑠璃」
瑠璃が起床した際、一緒に目を覚ました狐は朝には弱いらしく、緩慢な動きで返事を返すと瑠璃の膝の上によじ登り、そこでまた丸まってしまった。
―――――この様子だと、きちんと意識が覚醒するまでには大分時間が掛かりそうだ。
瑠璃は微苦笑を浮かべつつ、一旦、膝の上からベッドに狐を下ろすと、部屋に備え付けられた洗面台を使って最低限の身嗜みを整えた。
それから着物姿のまま―――――着替えは昨日と同様にオトギリから洗濯をして貰ったものを受け取ってからになるので―――――夢うつつ状態の狐を腕の中に抱いて部屋から出ると、通路の先にある応接スペースに桜哉の姿を見つけたのだ。
緑と白のボーダーのシャツに、緑のストライプが入った白いジャージ。
私服姿で応接ソファーに座る桜哉の視線は、手元にあるスマホの画面に注がれていた。
桜哉の傍に行き、「おはよう、桜哉君」と瑠璃は声を掛けたのだが、ジッと手にしたスマホの画面を見つめる桜哉から反応はなく。
「―――――桜哉君、大丈夫?」
「・・・・・・瑠璃さん」
〝戸惑い〟と〝苦悩〟が入り混じった、複雑な面持ちになっていた桜哉は、すぐ傍に目線を合わせる状態でしゃがんだ瑠璃に気づくと、驚いた様子で目を見開き、それから、微かに頬を赤らめると、視線を逸らしながら「すみません」と呟くように言った。
椿の着物を着ている為に、普段は洋服で隠れている、首筋や鎖骨だけでなく、目線を合わせるために瑠璃がしゃがんだ事により、腕の中に狐を抱いてはいたものの、襟元が僅かに緩んで、中が見えそうになっていたのだ。
瑠璃は気を許した相手に対しては、どうにも無防備な処がある。
だから決してわざとではないと解ってはいるのだが、瑠璃に対して好意を抱いている桜哉が思わず反射的に、目を逸らしてしまったのは無理もない事だった。
しかし、それに気づいていない瑠璃は気遣うような眼差しで桜哉を見つめると、
「桜哉君、隣に座ってもいいかしら?」
「・・・・・・あ、はい。どうぞ・・・・・・」
了承を貰って桜哉の隣に腰掛けた瑠璃は、腕の中に抱いていた狐を膝の上に下ろした。
瞬間的に早まった鼓動を桜哉は沈める為に、視線を落としたまま息を吐くと、瑠璃の膝の上で丸まる狐の姿が視界の片隅に入った。
ここで話をすれば、必然的に椿の耳にも内容は入ってしまう。
―――――・・・・・・が、これは〝からかいの種〟になるような話ではない。
逡巡の後に、桜哉はまた手にしていたスマホに視線を落とすと、胸の中に抱えたものを吐き出そうとするかのように口を開いた。
「・・・・・・オレ、『学校』のほうは先週、
それにより桜哉が『学校』から〝自然に姿を消す〟という選択をしたのだと瑠璃は理解したのだが―――――。
文化祭で喫茶店をやると決まってから、その準備期間、桜哉が率先して雑用を引き受けたりしながら、その日を迎えるのを本当に楽しみにしていたという事を瑠璃は知っている。
だから、虎雪から届いたメールに、桜哉の心は揺れているのだろう。
けれど、本当はそれだけでなく桜哉は―――――
何よりも、その〝大切だった場所〟で、もう一度、真昼と顔を会わせることを恐れている。
―――――でも、きっと真昼君も・・・・・・。
―――――桜哉君と〝向き合う〟ことを選ぶはず。
ギュッと、胸元の鍵を瑠璃は握りしめる。
それから瑠璃はそっとスマホを握りしめていた桜哉の手に、右手で触れると微笑を浮かべて言った。
「―――――桜哉君。まだ時間はあるからゆっくりと考えてみたらいいと思うわ」
「・・・・・・っ、ありがとうございます、瑠璃さん」
指先から伝わってきた温もりに、桜哉は小さく息を呑むと、ゆっくりと頷いた。
と―――――
『ふぅん。桜哉は〝ミストレス〟に対しては素直なんだねェ~~~? つばきゅん』
ふいに聴こえてきた感心したかのような声に、瑠璃は驚いた様子で目を瞬かせ、視線を自身の右隣に向けた。
―――――そこに座って居るのは、意識を取り戻していなかったぬいぐるみ姿のベルキアだ。
「あははははは!! あはっははははははは!! あはははははははは!! あ―――――・・・面白くない」
刹那、名前を呼ばれた狐がむくりと起き上がると、コンという鳴き声とともに人型に戻り、笑い声をあげ始めたのだ。
桜哉はチッと舌打ちをすると・・・・うるせぇと顔を顰めながら椿を見遣り、さらに元凶である言葉を発したぬいぐるみを睨みつける。
そうして一頻り笑い終えた椿がソファーに居たぬいぐるみを手にすると、
「ベル。ようやく、完全に意識が戻ったんだね」
『うん。だから、つばきゅん。ボクを元の姿に戻してよォ~~~』
自由に言葉を発することが出来るようになったベルキアのぬいぐるみが椿に訴えかけてきた。
それに対して椿は「いいよ」と頷いてから、言い含めるように言葉を紡ぎ出す。
「でもベル、元の姿に戻った後、瑠璃の事を襲ったりしちゃ駄目だよ。―――――瑠璃は僕にとっては『家族』と同じくらい〝大切な存在〟だからね」
『分かってるよォ、つばきゅん。〝ミストレス〟が着てるそれって、つばきゅんのでしょう? わざわざ自分のモノを着せるなんて、つばきゅんてば、やるねェ~~~』
「あは、まぁね」
何処となく、面白がっているような感じのぬいぐるみに、椿もまたニヤッと笑みを浮かべながら応じる。
そのやり取りに桜哉は眉を顰めると、
「椿さん、あんまり調子に乗ってると瑠璃さんに嫌われますよ」
「・・・・・・そうですね。瑠璃さんの着替えは私のモノを渡そうと思っていたのに・・・・・・。椿さんに自分の着物が良いって押し切られてしまったので・・・・・・困ります」
昨晩、また洗濯をして綺麗に畳んだ瑠璃の服を手に、姿を見せたオトギリもそれに同意するかのような言葉を口にしたのだ。
「ちょっと、桜哉!? それにオトギリまで!?」
二人の言葉に椿がショックを受けた様子で叫ぶ。
と―――――
「若!? どうかされましたか!?」
キッチンのほうで朝食の用意をしていた、白い三角巾に黒のエプロンを着用したシャムロックが、お玉を片手にこちらに走ってきた。
「シャム!! 僕、別に調子に乗ってなんてないよね!?」という椿の言葉に、シャムロックは、一瞬、驚いたように目を見開くも、すぐさま笑みを浮かべると「勿論です。若が為さることに間違いはありませんよ」と頷く。
そんなやり取りに、思わず瑠璃が苦笑いを浮かべると、
「瑠璃さん。預かった洋服、乾いているので着替えてきて下さい・・・・・・。椿さんの着物は大きいですから心配です・・・・・・」
オトギリがさり気なく瑠璃の手を取って、ソファーから立ち上がらせると、服を差し出してきた。
そんなオトギリの気遣いに、瑠璃は目を瞬かせると、ふんわりと微笑を浮かべ、
「ありがとう、オトギリさん。じゃあ、ちょっと部屋に戻って着替えてくるわね」
オトギリから服を受け取ると、着替えをする為にまた部屋に戻ったのだ。
「―――――ベルキア様!! ふっか~~~~つ!!」
それから程なくして着替えを終えた瑠璃が応接スペースに戻ると、そこにはぬいぐるみから人型に戻ったベルキアの姿が在った。
ぬいぐるみ姿の時のベルキアは可愛らしかったが、いまの彼とはどう接したら良いだろうか。
オトギリやシャムロックは、最初から穏健な態度で接してくれていたおかげで、すぐに打ち解けることが出来た訳なのだが。
ベルキアと直接的に顔を会わせるのは、以前、クロと主人である真昼とともに戦った時以来の事になる。
瑠璃が戸惑いの表情でベルキアを見ていると―――――
「瑠璃、着替え終わったんだね。じゃあ、ちょっとこっちに来て貰えるかな?」
瑠璃が戻ってきたことに気が付いた椿が、笑みを浮かべながら手招きをしてきた。
そして―――――
「それじゃあ、ベル。改めて、瑠璃に自己紹介してくれるかな?」
「しょうがないなァ~~~☆ わかったよォ、つばきゅんの顔を立ててあげないとね」
椿の言葉にベルキアは茶化すようにしながらも頷くと、
「ボクは〝串刺公〟ベルキア。得意芸は串刺し芸☆ でも、〝ミストレス〟のことは、ここではもう襲ったりしないから安心しなよォ」
ニヤと笑みを浮かべたベルキアが、手にしたシルクハットの中から、彼のぬいぐるみバージョンと同じ姿の、小さな人形がちょこんと顔を覗かせたのだ。
その可愛らしい登場の仕方に、瑠璃が思わず「わぁ」と目を瞠ると、
『よろしくね、〝ミストレス〟』
人形はそう書かれた横断幕を掲げて見せてから、ポンという音とともに姿を消した。
「可愛い手品を見せてくれてありがとう、ベルキア。私の名前は瑪瑙瑠璃です。こちらこそよろしくお願いします」
思いもよらなかったモノを見せて貰ったことにより、気持ちが解れた瑠璃が柔らかな微笑を浮かべて、そう言葉を返すと。
「・・・・・・っ!?」
何故かベルキアは目を見開いた状態で、固まってしまい―――――。
どうしたのだろうかと瑠璃が首を傾げると、
「あははははは!! あっはは!! あははははははは! あはははははははは!!」
椿の笑いがまた発動し、応接スペースの窓辺に寄りかかるようにして座りながら、こちらの様子を見ていた桜哉が、冷ややかな眼差しを椿に向けると「うるさいですよ、椿さん」と言ったのだ。
そして―――――
「――――――・・・・・・今回だけなんだからなァ!?」
椿が笑い出した処で我に返ったらしいベルキアがそう叫ぶと、
「あ―――――・・・・・・面白くない」
一頻り笑い終えた椿がいつもの言葉で締め括った処で、キッチンに行ってシャムロックを手伝っていたオトギリがこちら側に戻ってきて「朝から賑やかすぎるのも・・・・・・困ります」と言葉を洩らすと。
「瑠璃さん、ベルキアは〝可愛い〟とは普段言われたりしないので・・・・・・。照れているだけですから気にしなくても大丈夫ですよ」
「そうなの?」
そう言ったオトギリの言葉に瑠璃は目を瞬かせ、またベルキアを見遣ると、微かに耳元を赤らめながら「別にボクは照れたりなんてしてないからなッ!!」とそっぽを向かれてしまったのだが。
そこで、ふと、瑠璃はベルキアの髪型に違和感を覚え、思い出す。
初めて会った時は、〝ポニーテール〟だった―――――それがかろうじて下で束ねられてはいるが―――――その髪の長さがいまはバラバラなのだ。
「・・・・・・あの、ベルキア。その髪ってどうしたの?」
「変態ちょうちょに切られたんだよォッ!! ポニーテール気に入ってたのにさァ!!」
ベルキアの髪がこんな事になったのはどうやら、リリイの手によるものらしい。
プンスカと怒りながら地団太を踏んだベルキアに「そうだったのね」と瑠璃は思案するように眉根を寄せると口を開いた。
「じゃあ、また髪を伸ばすにしても、一度、長さを整える必要があるわよね。ねぇ、ベルキア。もし良ければ、私が髪を整えましょうか?」
「へ? 〝ミストレス〟が?」
思いもよらぬ提案に、目を丸くしたベルキアに、瑠璃は「ベルキアが嫌じゃなければ」と言葉を重ねる。
「いいじゃない、ベル。せっかくだから、瑠璃にやって貰いなよ」
すると、それに賛同の意を示したのは椿だった。
―――――先程、椿はベルキアに対して瑠璃の事を『家族』と同じくらい〝大切な存在〟だと口にした。
桜哉だけでなく、此方に連れて来たことにより、オトギリとシャムロックの二人とも瑠璃は良好な関係を築き上げた。
だからベルキアとも、少しでも親睦を深められ得る機会があれば、椿にとって見逃す手はないのだ。
対して、そんな真祖の思惑に気づいたのだろう。
「わかったよォ。つばきゅんがそう言うんなら、やって貰うことにするよ」
「ありがとう、ベル」
肩をすくめると、承諾したベルキアに、椿は笑顔で言った。
そこに―――――
「―――――若。お嬢。ご歓談中、失礼します。朝食の用意が整いました」
シャムロックが、声を掛けてきたのだ。
「じゃあ、まずは皆で朝ご飯を食べようか。―――――その後に、瑠璃。ベルの髪の毛を切るのをよろしくね」
18・2/14掲載
