第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―――――瑠璃が居なくなって二日経った朝―――――
静まり返ったマンションの一室、そこには右瞼と首筋に、大きなガーゼを貼った状態で、部屋着のジャージを着てベッドに身体を横たえる真昼の姿が在った。
―――――〝その気になったら連絡してよ〟
―――――〝そうすれば君は元の普通の学生に戻れる〟
―――――〝そうしたら『彼女』のことも、あとは俺に任せてくれればいいよ〟
二日前の夜―――――憂鬱の下位たちとの戦闘の最中、暴走してしまったクロを銃撃によって止めた、嫉妬の真祖の主人が去り際に残していった言葉が、真昼の胸の内に蘇る。
そうして、思い出されたのは昏睡状態の黒猫を家に連れて帰宅した際の事。
もしかしたら、椿に連れていかれたというのは何かの間違いで、家に帰っているのではないか。
そんな、淡い希望を真昼は抱きながら、家の扉を開くも、そこに瑠璃の姿はなく―――――。
しんと静まり返った、暗い室内の灯りを付けると、リビングのソファーの近くにある小さなテーブルの上には、来客があった事を示す二つのグラスが置かれていた。
その中身は、〝抹茶オレ〟―――――まさか、此処に来ていた〝来客〟は・・・・・・
「・・・真昼。学校、行かねーのか・・・」
キィ・・・という音とともに、真昼の私室の扉が僅かに開かれた。
扉の隙間から、躊躇いがちに声を掛けてきたのは、二日間、別室で眠っていたクロだった。
クロが真昼に声を掛けたのは、今日が月曜日だから―――――けれど、真昼はこちらに背を向けたまま―――――起き上がる様子は見られず。
―――――瑠璃が此処に居たなら、真昼に何と言葉を掛けただろうか。
重苦しい沈黙が漂う中、クロが、ギュッと眉を顰め、俯くと―――――
「クロ。お前・・・ケガは?」
ふいに真昼から掛けられた、淡々とした問いかけの言葉に、クロは「え」と声を漏らすと、おどおどとした様子を見せながらも言った。
「治ってっけど・・・? オレ吸血鬼だし・・・」
「そう・・・吸血鬼・・・だもんな・・・」
こちらにやはり振り返ることなく、自嘲気味な声で呟いた真昼に、クロは思わず、問いかけていた。
「オレを・・・拾ったこと後悔してんのか・・・?」
「・・・うるせぇ」
真昼は微かに肩を震わせると、ぽつりと拒絶するかのように言った。
パタ・・・ンと、真昼の部屋の扉が閉ざされる。
―――――当たり前・・・か。
―――――オレの所為で・・・・・・瑠璃まで椿に・・・・・・。
真昼の部屋の向かい側―――――瑠璃の部屋の扉をクロは暗く沈んだ瞳で見つめると、ぺたぺたと冷たい床を裸足で踏みしめてリビングに戻っていった。
―――――〝何もしない〟で後悔するのは・・・一番嫌なはずだ。
―――――俺はクロを拾ったことを後悔してるわけじゃない。
クロの気配が部屋の前から遠退いた処で、横向きの状態から仰向けに転がった真昼は、虚ろな瞳のまま右手で顔を覆った。
真昼の心の中には―――――クロから云われた事とは別に―――――未だ答の出ない葛藤する感情があった。
―――――ただ・・・どうすればいいのかわかんねぇよ。
―――――今でも・・・この前の出来事にあまり実感がない・・・。
―――――だけど瑠璃姉は・・・・・・この前の夜から家には帰って来てない。
―――――・・・・・・だから学校に行ったら目を逸らせなくなる。
―――――きっと・・・・・・瑠璃姉だけじゃなく・・・・・・桜哉もいなくなっていて・・・・・・。
―――――あの手品師の時みたいに・・・みんな何も覚えてないんだろうな・・・。
右手を顔の上から真昼はゆっくりと外すと、その手首にある痣に視線を逸らしていく。
―――――力って・・・何なんだ?
―――――力があれば・・・誰かに手を伸べて助けることができるはずだったのに。
答が見つけられず、真昼が思いあぐねていた時―――――
リビングに戻ってきたクロは、カーテンを閉め切った薄暗い室内で、『クロ用カップ麺』とメモが貼られたモノを見つけ出し、定位置であるテレビの前で、携帯湯沸かし器からお湯を注いで箸を付けようとしていた。
そのカップ麺は、少し前に瑠璃が、食材とともに購入してきたモノだった。
『―――――なぁ瑠璃、これって・・・・・・』
『ちょうど、セールをやってたから特別ね』
買い物袋から覗いていたカップ麺に気づいて尋ねかけたクロに、クスっと瑠璃は笑みを浮かべるとそう言ったのだ。
―――――・・・・・・瑠璃とオレの『誓約』はまだ〝繋がってる〟。
―――――・・・・・・椿の気配が干渉している所為で、瑠璃の正確な居場所は掴めてねぇけど・・・・・・。
―――――『クロ』―――――
自分の名前を呼ぶ、瑠璃の声が聴こえた気がした。
だから―――――
「・・・・・・向き合えねーけど、このままじっとしてるわけにもいかねぇよな」
カップ麺に貼られていたメモに視線を落とし、ポツリとクロは呟くと、出来上がったカップ麺を啜り始めたのだが―――――。
―――――ピンポーン
―――――ピンポン
―――――ピンポン
突如として、静寂を打ち破る、けたたましい、玄関チャイムの音が鳴り響くとともに、ガチャと玄関の扉を開いて、入ってきた見知らぬ人間の気配を感じ、クロは思わず動きを止めてしまう。
「真昼! 瑠璃さん! 帰ったぞー!! っていねーか! この時間は二人とも学校・・・」
どかどかと足音を響かせて、一人の男がこちらに向かって来る。
二人の名前を呼びながら、リビングに来たその男は、クロの姿を目にすると、驚いた様子で言葉を途切れさせた。
間近に迫った見知らぬ男の気配に、口に含みかけたラーメンを、ちるっ、と啜りながら、ぎこちない動きでクロが背後を振り返ると―――――
「誰だお前ッ。人の家で何して・・・っ」
その次の瞬間、そこに立っていた男は、部屋の隅に立てかけてあったモップを手にすると―――――何時ぞやの真昼と同じように―――――ばっと、それをクロに向かって振りかざしてきたのだ。
既視感を覚えたクロは、すぐさま、それを回避するべく、食べかけのラーメンをその場に残して、室内を逃げ回る。
「隠れるなっ。出て来いっ」
そうして、忽然と姿を隠したクロを捜して、どたんばたんと、激しい音を響かせながら、男が声を荒げると―――――
「何・・・」
その喧騒に気づいた真昼が、一体何事かと、様子を見に部屋から出て、リビングに顔を覗かせたのだ。
部屋の惨状に、一瞬、真昼は顔を青ざめさせるも。
は―――――、は―――――、と息を切らしながら、モップを手に構えて立つ男のほうに視線を向けると、「えっ・・・」と呆然とした顔になり、声を上げた。
「徹叔父さん!?」
「おっ。真昼!」
クロを追いかけまわしていた男―――――叔父である徹もまた、真昼が名前を呼んだことで、真昼に気づくと、モップを左手に持ちながら、視線を向けてくる。
「長く帰れなくて悪かったな! 背伸びたか!?」
「おかえり・・・」
帰ってくる時は連絡を入れてほしいと、真昼はいつも言っているのだが、どうにもその辺りは頓着しないのがこの叔父の気質であるようで。
そして、はっはっ、と笑いながら、わしわしっと、豪快に頭を撫でてくる徹に、うわと、真昼は首をすくめつつも、それもまた毎回の事なので、なすが儘になっていると。
ひとしきり真昼の頭を撫でたところで、はっと徹は目を瞬かせると、眉をキッと吊り上げながら、
「気を付けろ真昼! 今・・・変なフードの男がラーメンを食ってやがったんだ! シンプルに考えて強盗だ!!」
警告を発した叔父に、人型でいたクロと鉢合わせしてしまったのだと、状況を理解した真昼はぎくっと、顔を引きつらせた。
モップをまた両手で握りしめ、構えなおした徹の背中に向かって、真昼は何とか誤魔化そうと、「見間違いじゃ・・・」そう言い掛けるも、しかし、床には何者かが居たという動かぬ証拠が残っている為に、その言葉は尻すぼみになってしまい、徹の耳に届くことはなく。
「強盗め、どこに隠れた!?怖じ 気づいたいたか!?」
唯一、死角となりそうなダイニングテーブルがあるほうに向かって、にじり寄りながら威勢よく声を張り上げた徹は、右手の親指と人差し指を顎に添えると、
「叔父 だけに!!」
ドンと決め顔で、ダジャレを洩らし、ガハハハハと悦に入った様子で、「ヤベ―――――うまいこと言っちまった」と笑い声をあげたのだ。
時たま、この手のダジャレを徹は口にするのだが、しかし、真昼には何が面白いのか、こればかりは尊敬する叔父相手でも理解出来ず―――――。
「出た・・・」
はは・・・と虚脱感を覚えながら、乾いた笑いを真昼が零すと、
「さむ・・・」
ぼそ・・・と、ダイニングテーブルの片隅に山になっていた洗濯物の中から、真昼の心情に同意するかのように、小さな呟きが聴こえた。
それは徹と真昼の耳朶に、しっかりと届いてしまい―――――
「そこかああああ」
すぐさま、モップを構えなおした徹が、それをダイニングテーブルの死角に目掛けて怒号とともに振り下したのだ。
ガシャーンと、勢いよくダイニングテーブルの椅子が倒れこむ。
「気のせいだよ叔父さん!! 今言ったの俺だよっ」
ごめんっ、と徹の背中に必死にしがみ付きながら、真昼は何とか誤魔化そうと訴える。
「きっともう逃げたんだよっ」
声が聴こえたのは、洗濯物の山の中―――――つまり、今のクロは人型ではない。
ならば、次に取るべき行動は―――――
「それより叔父さん、猫平気だよね?」
冷や汗を流しながら、真昼は徹に尋ねかける。
そして、
「く・・・クロ―――――?」
「にゃ」
真昼が名前を呼ぶと、洗濯物の山の中から、それに応えるように、片足を上げながら黒猫が顔を覗かせたのだ。
「俺、最近猫拾ってさっ。クロっていうんだ。大人しいし・・・瑠璃姉も猫は平気だって言ってたから・・・このまま飼ってもいいよね?」
真昼に抱えられた黒猫は「にゃ・・・・にゃ~~~~~ん・・・」と、あくまでも〝普通の猫〟らしく、鳴き声を洩らした。
「お―――――猫! 俺ァ犬派だが、まぁいいぞ! 黒猫だけにクロ・・・シンプルで良し!!」
ビッと人差し指を立てると、笑顔で賛成してくれた徹に、真昼はほっと安堵の息を吐く。
が、次の瞬間、徹は真昼の顔を「ん!?」と驚いた表情で凝視すると、
「真昼・・・そのケガどうした!? ケンカか!? それに学校は・・・瑠璃さんはどうしてるんだ?」
問いかけてきた徹に、ぎく・・・と真昼は顔を強張らせると、視線を俯けてしまう。
―――――どう・・・しよう
―――――もう嘘は・・・つきたくないけど・・・・・・
黒猫を抱えていた腕もまた力を失い、手の中からずる・・・と滑り落としかけてしまう。
―――――巻き込みたくない・・・
「・・・・・・その・・・瑠璃姉は・・・・・・」
後ろめたい気持ちを抱えた真昼は、それでも重い口を、何とか開こうと言葉を紡ぎ出しかける。
―――――『真昼君』―――――
刹那、自分の名前を呼ぶ、瑠璃の声が聴こえた気がした。
そして―――――
「・・・よし! とりあえず飯でも食い行くか!」
ガッと頭に置かれた力強い手に引き上げられ、呆然と目を見開いた真昼に、満面の笑みを浮かべると徹はそう言ったのだ。
「寿司でいいか? 回転してるほうだけどな!」
私服に着替えた真昼は、リュックを背中に背負うと、徹とともに家から外に出た。
「どーしてもっつーからクロも連れてきたが、店内で絶対リュックから出すなよ!」
商店街の中にある、回転寿司のお店を目指して、真昼と並んで歩きながら、背負われたリュックから顔を出している黒猫を徹は見やると、再度言い聞かせるように告げてくる。
それに「うん」「にゃ―――――」と真昼とクロが順に返事をする。
けれど―――――
出張から帰って来たばかりで、疲れていた筈だろうに、気を遣わせてしまった。
だから何も話さないわけにはいかない。
それに瑠璃が不在の理由も、何かしら言っておかなければ不自然に思われてしまう。
心中で葛藤しながら、真昼は視線をまた俯けると、重苦しい口調で口を開く。
「あの・・・さ叔父さん。俺・・・・・・」
「真昼・・・わかるぞ。シンプルには言えねぇことも男にはあるもんだ」
すると、それを制するかのように徹は含みのある言葉を口にしたのだ。
その言葉に呆然と真昼が顔を上げると、立ち止まった叔父の背中の先には目的地である回転寿司のお店がすぐそこに在り。
それ以上、真昼はまた何も言うことが出来ず、店の暖簾を徹に続いて潜ったのだ。
「いらっしゃいませ―――――あちらの空いてるお席にどうぞー」
愛想の良い店員の応対とともに、徹と真昼が案内されたのはカウンター側の席だった。
「えっと・・・・・・じゃあ・・・・・・口を開けて貰える?」
「うん♪」
その席の並びには、一組の男女の姿が在った。
男に乞われたのだろう。女性が皿に乗っていた稲荷寿司を、顔を赤らめながら、おずおずと箸で取って男の口元に差し出す。
と、それを笑顔でパクリと着物姿の男が食べた。
公衆の面前でよくやるものだと、寿司職人と他の客たちが、生温かい目で見る中、稲荷をほおばった男と、その隣に座った真昼の視線が、ふと合った。
最初に「あ」と声を洩らしたのは男の方だった。
すると、女性もまたそれを耳にして、こちらに顔を向けてくる。
「・・・・・・真昼君?」
女性の顔に、呆然とした表情が浮かんだ。
―――――まさか、こんな所で再会するなんて、想像が及ぶはずもなく。
「つッ・・・椿!!? 瑠璃姉!!?」
その刹那、真昼もまた愕然とした表情を浮かべると、二人の名前を叫んだのだ。
17・12/23掲載
静まり返ったマンションの一室、そこには右瞼と首筋に、大きなガーゼを貼った状態で、部屋着のジャージを着てベッドに身体を横たえる真昼の姿が在った。
―――――〝その気になったら連絡してよ〟
―――――〝そうすれば君は元の普通の学生に戻れる〟
―――――〝そうしたら『彼女』のことも、あとは俺に任せてくれればいいよ〟
二日前の夜―――――憂鬱の下位たちとの戦闘の最中、暴走してしまったクロを銃撃によって止めた、嫉妬の真祖の主人が去り際に残していった言葉が、真昼の胸の内に蘇る。
そうして、思い出されたのは昏睡状態の黒猫を家に連れて帰宅した際の事。
もしかしたら、椿に連れていかれたというのは何かの間違いで、家に帰っているのではないか。
そんな、淡い希望を真昼は抱きながら、家の扉を開くも、そこに瑠璃の姿はなく―――――。
しんと静まり返った、暗い室内の灯りを付けると、リビングのソファーの近くにある小さなテーブルの上には、来客があった事を示す二つのグラスが置かれていた。
その中身は、〝抹茶オレ〟―――――まさか、此処に来ていた〝来客〟は・・・・・・
「・・・真昼。学校、行かねーのか・・・」
キィ・・・という音とともに、真昼の私室の扉が僅かに開かれた。
扉の隙間から、躊躇いがちに声を掛けてきたのは、二日間、別室で眠っていたクロだった。
クロが真昼に声を掛けたのは、今日が月曜日だから―――――けれど、真昼はこちらに背を向けたまま―――――起き上がる様子は見られず。
―――――瑠璃が此処に居たなら、真昼に何と言葉を掛けただろうか。
重苦しい沈黙が漂う中、クロが、ギュッと眉を顰め、俯くと―――――
「クロ。お前・・・ケガは?」
ふいに真昼から掛けられた、淡々とした問いかけの言葉に、クロは「え」と声を漏らすと、おどおどとした様子を見せながらも言った。
「治ってっけど・・・? オレ吸血鬼だし・・・」
「そう・・・吸血鬼・・・だもんな・・・」
こちらにやはり振り返ることなく、自嘲気味な声で呟いた真昼に、クロは思わず、問いかけていた。
「オレを・・・拾ったこと後悔してんのか・・・?」
「・・・うるせぇ」
真昼は微かに肩を震わせると、ぽつりと拒絶するかのように言った。
パタ・・・ンと、真昼の部屋の扉が閉ざされる。
―――――当たり前・・・か。
―――――オレの所為で・・・・・・瑠璃まで椿に・・・・・・。
真昼の部屋の向かい側―――――瑠璃の部屋の扉をクロは暗く沈んだ瞳で見つめると、ぺたぺたと冷たい床を裸足で踏みしめてリビングに戻っていった。
―――――〝何もしない〟で後悔するのは・・・一番嫌なはずだ。
―――――俺はクロを拾ったことを後悔してるわけじゃない。
クロの気配が部屋の前から遠退いた処で、横向きの状態から仰向けに転がった真昼は、虚ろな瞳のまま右手で顔を覆った。
真昼の心の中には―――――クロから云われた事とは別に―――――未だ答の出ない葛藤する感情があった。
―――――ただ・・・どうすればいいのかわかんねぇよ。
―――――今でも・・・この前の出来事にあまり実感がない・・・。
―――――だけど瑠璃姉は・・・・・・この前の夜から家には帰って来てない。
―――――・・・・・・だから学校に行ったら目を逸らせなくなる。
―――――きっと・・・・・・瑠璃姉だけじゃなく・・・・・・桜哉もいなくなっていて・・・・・・。
―――――あの手品師の時みたいに・・・みんな何も覚えてないんだろうな・・・。
右手を顔の上から真昼はゆっくりと外すと、その手首にある痣に視線を逸らしていく。
―――――力って・・・何なんだ?
―――――力があれば・・・誰かに手を伸べて助けることができるはずだったのに。
答が見つけられず、真昼が思いあぐねていた時―――――
リビングに戻ってきたクロは、カーテンを閉め切った薄暗い室内で、『クロ用カップ麺』とメモが貼られたモノを見つけ出し、定位置であるテレビの前で、携帯湯沸かし器からお湯を注いで箸を付けようとしていた。
そのカップ麺は、少し前に瑠璃が、食材とともに購入してきたモノだった。
『―――――なぁ瑠璃、これって・・・・・・』
『ちょうど、セールをやってたから特別ね』
買い物袋から覗いていたカップ麺に気づいて尋ねかけたクロに、クスっと瑠璃は笑みを浮かべるとそう言ったのだ。
―――――・・・・・・瑠璃とオレの『誓約』はまだ〝繋がってる〟。
―――――・・・・・・椿の気配が干渉している所為で、瑠璃の正確な居場所は掴めてねぇけど・・・・・・。
―――――『クロ』―――――
自分の名前を呼ぶ、瑠璃の声が聴こえた気がした。
だから―――――
「・・・・・・向き合えねーけど、このままじっとしてるわけにもいかねぇよな」
カップ麺に貼られていたメモに視線を落とし、ポツリとクロは呟くと、出来上がったカップ麺を啜り始めたのだが―――――。
―――――ピンポーン
―――――ピンポン
―――――ピンポン
突如として、静寂を打ち破る、けたたましい、玄関チャイムの音が鳴り響くとともに、ガチャと玄関の扉を開いて、入ってきた見知らぬ人間の気配を感じ、クロは思わず動きを止めてしまう。
「真昼! 瑠璃さん! 帰ったぞー!! っていねーか! この時間は二人とも学校・・・」
どかどかと足音を響かせて、一人の男がこちらに向かって来る。
二人の名前を呼びながら、リビングに来たその男は、クロの姿を目にすると、驚いた様子で言葉を途切れさせた。
間近に迫った見知らぬ男の気配に、口に含みかけたラーメンを、ちるっ、と啜りながら、ぎこちない動きでクロが背後を振り返ると―――――
「誰だお前ッ。人の家で何して・・・っ」
その次の瞬間、そこに立っていた男は、部屋の隅に立てかけてあったモップを手にすると―――――何時ぞやの真昼と同じように―――――ばっと、それをクロに向かって振りかざしてきたのだ。
既視感を覚えたクロは、すぐさま、それを回避するべく、食べかけのラーメンをその場に残して、室内を逃げ回る。
「隠れるなっ。出て来いっ」
そうして、忽然と姿を隠したクロを捜して、どたんばたんと、激しい音を響かせながら、男が声を荒げると―――――
「何・・・」
その喧騒に気づいた真昼が、一体何事かと、様子を見に部屋から出て、リビングに顔を覗かせたのだ。
部屋の惨状に、一瞬、真昼は顔を青ざめさせるも。
は―――――、は―――――、と息を切らしながら、モップを手に構えて立つ男のほうに視線を向けると、「えっ・・・」と呆然とした顔になり、声を上げた。
「徹叔父さん!?」
「おっ。真昼!」
クロを追いかけまわしていた男―――――叔父である徹もまた、真昼が名前を呼んだことで、真昼に気づくと、モップを左手に持ちながら、視線を向けてくる。
「長く帰れなくて悪かったな! 背伸びたか!?」
「おかえり・・・」
帰ってくる時は連絡を入れてほしいと、真昼はいつも言っているのだが、どうにもその辺りは頓着しないのがこの叔父の気質であるようで。
そして、はっはっ、と笑いながら、わしわしっと、豪快に頭を撫でてくる徹に、うわと、真昼は首をすくめつつも、それもまた毎回の事なので、なすが儘になっていると。
ひとしきり真昼の頭を撫でたところで、はっと徹は目を瞬かせると、眉をキッと吊り上げながら、
「気を付けろ真昼! 今・・・変なフードの男がラーメンを食ってやがったんだ! シンプルに考えて強盗だ!!」
警告を発した叔父に、人型でいたクロと鉢合わせしてしまったのだと、状況を理解した真昼はぎくっと、顔を引きつらせた。
モップをまた両手で握りしめ、構えなおした徹の背中に向かって、真昼は何とか誤魔化そうと、「見間違いじゃ・・・」そう言い掛けるも、しかし、床には何者かが居たという動かぬ証拠が残っている為に、その言葉は尻すぼみになってしまい、徹の耳に届くことはなく。
「強盗め、どこに隠れた!?
唯一、死角となりそうなダイニングテーブルがあるほうに向かって、にじり寄りながら威勢よく声を張り上げた徹は、右手の親指と人差し指を顎に添えると、
「
ドンと決め顔で、ダジャレを洩らし、ガハハハハと悦に入った様子で、「ヤベ―――――うまいこと言っちまった」と笑い声をあげたのだ。
時たま、この手のダジャレを徹は口にするのだが、しかし、真昼には何が面白いのか、こればかりは尊敬する叔父相手でも理解出来ず―――――。
「出た・・・」
はは・・・と虚脱感を覚えながら、乾いた笑いを真昼が零すと、
「さむ・・・」
ぼそ・・・と、ダイニングテーブルの片隅に山になっていた洗濯物の中から、真昼の心情に同意するかのように、小さな呟きが聴こえた。
それは徹と真昼の耳朶に、しっかりと届いてしまい―――――
「そこかああああ」
すぐさま、モップを構えなおした徹が、それをダイニングテーブルの死角に目掛けて怒号とともに振り下したのだ。
ガシャーンと、勢いよくダイニングテーブルの椅子が倒れこむ。
「気のせいだよ叔父さん!! 今言ったの俺だよっ」
ごめんっ、と徹の背中に必死にしがみ付きながら、真昼は何とか誤魔化そうと訴える。
「きっともう逃げたんだよっ」
声が聴こえたのは、洗濯物の山の中―――――つまり、今のクロは人型ではない。
ならば、次に取るべき行動は―――――
「それより叔父さん、猫平気だよね?」
冷や汗を流しながら、真昼は徹に尋ねかける。
そして、
「く・・・クロ―――――?」
「にゃ」
真昼が名前を呼ぶと、洗濯物の山の中から、それに応えるように、片足を上げながら黒猫が顔を覗かせたのだ。
「俺、最近猫拾ってさっ。クロっていうんだ。大人しいし・・・瑠璃姉も猫は平気だって言ってたから・・・このまま飼ってもいいよね?」
真昼に抱えられた黒猫は「にゃ・・・・にゃ~~~~~ん・・・」と、あくまでも〝普通の猫〟らしく、鳴き声を洩らした。
「お―――――猫! 俺ァ犬派だが、まぁいいぞ! 黒猫だけにクロ・・・シンプルで良し!!」
ビッと人差し指を立てると、笑顔で賛成してくれた徹に、真昼はほっと安堵の息を吐く。
が、次の瞬間、徹は真昼の顔を「ん!?」と驚いた表情で凝視すると、
「真昼・・・そのケガどうした!? ケンカか!? それに学校は・・・瑠璃さんはどうしてるんだ?」
問いかけてきた徹に、ぎく・・・と真昼は顔を強張らせると、視線を俯けてしまう。
―――――どう・・・しよう
―――――もう嘘は・・・つきたくないけど・・・・・・
黒猫を抱えていた腕もまた力を失い、手の中からずる・・・と滑り落としかけてしまう。
―――――巻き込みたくない・・・
「・・・・・・その・・・瑠璃姉は・・・・・・」
後ろめたい気持ちを抱えた真昼は、それでも重い口を、何とか開こうと言葉を紡ぎ出しかける。
―――――『真昼君』―――――
刹那、自分の名前を呼ぶ、瑠璃の声が聴こえた気がした。
そして―――――
「・・・よし! とりあえず飯でも食い行くか!」
ガッと頭に置かれた力強い手に引き上げられ、呆然と目を見開いた真昼に、満面の笑みを浮かべると徹はそう言ったのだ。
「寿司でいいか? 回転してるほうだけどな!」
私服に着替えた真昼は、リュックを背中に背負うと、徹とともに家から外に出た。
「どーしてもっつーからクロも連れてきたが、店内で絶対リュックから出すなよ!」
商店街の中にある、回転寿司のお店を目指して、真昼と並んで歩きながら、背負われたリュックから顔を出している黒猫を徹は見やると、再度言い聞かせるように告げてくる。
それに「うん」「にゃ―――――」と真昼とクロが順に返事をする。
けれど―――――
出張から帰って来たばかりで、疲れていた筈だろうに、気を遣わせてしまった。
だから何も話さないわけにはいかない。
それに瑠璃が不在の理由も、何かしら言っておかなければ不自然に思われてしまう。
心中で葛藤しながら、真昼は視線をまた俯けると、重苦しい口調で口を開く。
「あの・・・さ叔父さん。俺・・・・・・」
「真昼・・・わかるぞ。シンプルには言えねぇことも男にはあるもんだ」
すると、それを制するかのように徹は含みのある言葉を口にしたのだ。
その言葉に呆然と真昼が顔を上げると、立ち止まった叔父の背中の先には目的地である回転寿司のお店がすぐそこに在り。
それ以上、真昼はまた何も言うことが出来ず、店の暖簾を徹に続いて潜ったのだ。
「いらっしゃいませ―――――あちらの空いてるお席にどうぞー」
愛想の良い店員の応対とともに、徹と真昼が案内されたのはカウンター側の席だった。
「えっと・・・・・・じゃあ・・・・・・口を開けて貰える?」
「うん♪」
その席の並びには、一組の男女の姿が在った。
男に乞われたのだろう。女性が皿に乗っていた稲荷寿司を、顔を赤らめながら、おずおずと箸で取って男の口元に差し出す。
と、それを笑顔でパクリと着物姿の男が食べた。
公衆の面前でよくやるものだと、寿司職人と他の客たちが、生温かい目で見る中、稲荷をほおばった男と、その隣に座った真昼の視線が、ふと合った。
最初に「あ」と声を洩らしたのは男の方だった。
すると、女性もまたそれを耳にして、こちらに顔を向けてくる。
「・・・・・・真昼君?」
女性の顔に、呆然とした表情が浮かんだ。
―――――まさか、こんな所で再会するなんて、想像が及ぶはずもなく。
「つッ・・・椿!!? 瑠璃姉!!?」
その刹那、真昼もまた愕然とした表情を浮かべると、二人の名前を叫んだのだ。
17・12/23掲載
