第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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瑠璃と桜哉が互いに胸の内に抱えていた想いを、きちんと伝えあうことが出来た処で、部屋の外に出ようと扉を開くと―――――。
「―――――お嬢!! ご無事ですか!?」
桜哉の部屋の前、そこには腕組みをしながら、渋面で立つシャムロックの姿が在ったのだ。
「えと・・・・・・シャムロックさん? 無事って?」
鬼気迫る勢いのシャムロックに対して、呆然と瑠璃が目を瞬かせると、
「若とご一緒にいらっしゃらなかったので、てっきりお部屋にお戻りになられたのかと思いきや。まさか、こいつの部屋にいらっしゃるなんて!!」
鋭さを増したシャムロックの隻眼が桜哉を睨みつける。
「綿貫桜哉!! 貴様、〝お嬢〟に不埒な真似などしていないだろうな!?」
「・・・・・・」
桜哉はシャムロックが口にした、〝お嬢〟という呼び名に眉を顰めると、
「・・・・・・する訳ねぇだろ。椿さんじゃあるまいし」
「貴様!! 若を愚弄するかっ!!」
バチバチと火花が散る勢いでシャムロックと桜哉が睨み合う。
―――――もしかして、二人はあまり仲が良くないのだろうか?
「・・・・・・あの、シャムロックさん。気遣って下さって有難う御座います。でも、桜哉君の言う通り、大丈夫ですから」
内心で困惑しつつ、これ以上険悪になる前にと、瑠璃がシャムロックにそう告げると。
「―――――っ!! 申し訳ありません。お嬢の前で、お見苦しい処を見せてしまい!!」
ハッと我に返った様子でシャムロックが項垂れた為、瑠璃は話題を切り替えるべく。
「そうだ。桜哉君は、お昼ご飯はどうするの?」
昼食の件を尋ねかけると、桜哉は驚いたように目を瞬かせ、思案するように眉を寄せた。
先程、椿に対しては『食欲ないんで、ほっといて下さい』と答えたが、何も食べないままでは瑠璃にまた余計な心配をかけてしまうだろう。
「近くのコンビニで、何か適当に買ってきます」
真昼の家で食事をしていた時を除けば、大概そうやって桜哉は過ごしていた。
なので、その結論に至ったのだが―――――。
その桜哉の返答に「待って、桜哉君。それだったら」と瑠璃は眉を顰めると。
「あの、シャムロックさん、お願いがあるんですけど。―――――桜哉君にご飯を作ってあげたいので、キッチンを貸してもらえませんか?」
「な!? お嬢がわざわざそんなことを為さらずとも、本人が買いに行くと言っているのですから、そうさせたらよろしいではないですか!?」
「でも、それだと栄養が偏っちゃうだろうし・・・・・・」
愕然とした顔になったシャムロックに、瑠璃は眉を下げながら言う。
と―――――
「瑠璃がご飯作るの? 良いなぁ、僕も瑠璃のご飯食べてみたいなぁ」
いつの間にか、こちらに来て話を聞いていたらしい椿が、笑みを浮かべながら、会話に加わってきたのだ。
「・・・・・・椿さん」
何を言い出すのかと、桜哉が眉を顰めながら椿のほうを見る。
けれど、そんな桜哉の視線を椿は意に介することなく、
「―――――ねぇ、シャム。とりあえず、桜哉のお昼ご飯の件は瑠璃の希望を聞いてあげなよ。で、その代わりに、夕飯は瑠璃と一緒に作るっていうのはどうかな?」
「お嬢と私が一緒に、ですか!?」
驚嘆の声を上げたシャムロックに、椿は「うん」と頷き、期待に満ちた視線を瑠璃に向けてくる。
それに対し、瑠璃は一瞬、逡巡する表情を見せるも、先程、椿と〝自分に出来る範囲〟の事ならば、〝お願い〟を聞くと、言い交わした約束が思い返され―――――。
「シャムロックさん。そうさせて貰ってもいいですか?」
「―――――畏まりました。若とお嬢のお仰せのままに!!」
そう言った瑠璃の言葉に、シャムロックが歓喜に満ちた表情で応じると、
「決まりだね♪ 僕、夕飯は『肉じゃが』が食べたいな」
椿は早速、夕飯のリクエストを口にしたのだった。
シャムロックから借りた淡い色合いのエプロンを身に着けてキッチンに立った瑠璃が、一般の家庭用冷蔵庫よりも巨大な―――――どちらかといえば業務用という言葉が当てはまるであろう、銀色の冷蔵庫の扉を開くと、そこには鮮度管理がしっかりとされた、多種多様な食材が揃っていた。
そうして桜哉のお昼ご飯として瑠璃作ったのは、オムライス。付け合わせにポテトサラダと、オニオンスープだった。
「―――――桜哉君、どうかな?」
「卵がふわふわで、チキンライスも、きちんと味が馴染んでいてすごく美味しいです」
桜哉の言葉に瑠璃は「それなら良かった」と、柔らかな微笑を零した。
―――――瑠璃が作った食事は、真昼の家で桜哉が食べた時と変わらない、温もりが感じられるものだった。
―――――唯一つだけ違うのは、瑠璃が今いる場所だ。
食事を作る事が決まった時点で、シャムロックから、キッチンに在るモノは食材も含めて自由に使って構わないと、許可を貰っていた瑠璃は、桜哉の昼食を作り終えた後。
一旦、片づけを終えた処で、夕食の準備に取り掛かるまではまだ時間があるからと、声を掛けてくれたオトギリと一緒にお菓子作りを始めた。
夕食は椿のリクエストのモノを作る事になっている為、お菓子はオトギリが好きな『蕎麦』に関連したもので、どうやら『蕎麦饅頭』を作る事にしたようだった。
食事を終えた桜哉は、ひとまずまた自室に戻ろうとしたのだが、応接スペースの前で、ふと、足を止めると、そこに居た椿を見据えて言った。
「・・・・・・椿さんは瑠璃さんを〝どうする〟つもりなんですか?」
―――――瑠璃の〝ミストレス〟としての『誓約』は、いまだ〝怠惰〟と結ばれたままだ。
―――――正攻法で、瑠璃を口説くと椿は言ってはいたが・・・・・・。
―――――何処まで本気なのだろうか。
「あはは。桜哉ってば、面白くないこと聞くね」
オトギリとだいぶ打ち解けたらしい瑠璃の様子を、応接スペースのソファーに座って、ベルキアのぬいぐるみを、手の平の上でポンと投げつつ見ていた椿は、桜哉からの問いかけに眉を顰めると、淡々とした口調で言った。
「瑠璃には、怠惰の兄さんじゃなくて、『僕』の事を選んでほしいと思ってる。だけど―――――〝どうするか〟を選ぶのは瑠璃自身だよ」
その刹那、瑠璃を見つめる椿の瞳は、これまでに桜哉が見たことがない、憂いに満ちたものになっていて。それ以上、桜哉は椿に対して何も言うことが出来なかったのだ。
シャムロックが椿の為に、本格的に料理作りを作り始めたのは半年程前の事。
様々な料理本から知識を得て、腕を振るうだけでは飽き足らず、より高いレベルで提供する為にと、料理教室にも通い、大抵のモノは作れるようになったそうなのだが。
―――――椿が好む『和食』は奥が深く、シャムロックには馴染みがないものであることから、一朝一夕では、極めるのが難しいのだという。
そんな経緯から椿のリクエストである『肉じゃが』作りは瑠璃が主体となって行うことになり。
それに合う献立として二人で選んだのが『ネギと豆腐入りのお味噌汁』『焼き魚』『小松菜の煮浸し』『稲荷寿司』だった。
けれど、シャムロックの手際は本当に見事なもので―――――それが全ては真祖である椿の為だというのだから―――――彼の忠義心には畏敬の念を抱かずにはいられない。
それから二人で協力して完成させた料理に加えて、オトギリと一緒に作った『蕎麦饅頭』もテーブルに並べると、
「美味しそうだね♪ 食べるのが楽しみだ」
ご機嫌な様子で真っ先に席に着いたのが椿だった。
「肉じゃが、美味しそうです・・・・・・」
「見事に和食尽くしですね。瑠璃さんが作ってくれたものだから、文句はないですけど」
それからオトギリと桜哉もこちらに来たところで、五人で食卓を囲んだのだ。
それは、傍から見れば―――――仲の良い『家族団欒』―――――のような光景だった。
そうして賑やかな夕食を終えると、昼食の時と同様シャムロックから「あと片づけは私にお任せください」と言い切られてしまった瑠璃は、そのまま今度は「瑠璃さん、お風呂の準備が出来ていますからどうぞ」とオトギリに浴場に引き連れられていき。
―――――断る事も出来ず、そのままなし崩しに入浴まで済ませることになってしまったのだ。
着ていた服などはまた、洗濯をするからとオトギリに回収されることになり、入浴を終えた瑠璃の着替えとして用意されていたのは、またもや椿の着物だった。
そして割り当てられた部屋に戻ると、ベッドの上には丸まって眠っている狐の姿が在った。
ベッドに歩み寄り、そっと腰を下ろすと、瑠璃は手を伸ばして狐の身体を優しく撫でる。
もふもふとした毛並みに思わず、フッと口元をほころばせると、
「あはははははははは!! あっはははははははは! あ―――――面白くない・・・こともないかな」
パチリと目を開けた狐が、コンという鳴き声とともに、人型に戻ったのだ。
「―――――椿、もしかして起きてたの?」
人型になるのと同時に笑い出した椿に、瑠璃は驚いた様子で目を瞬かせると、
「ウトウトしてたんだけど、瑠璃が触れたのを感じて目を覚ましたんだよ。僕の寝込みに手を出すなんて、瑠璃ってば大胆だね?」
「なっ!? 私、そんなつもりは・・・・・・っ」
ニヤッと口元に笑みを浮かべながら、からかうように告げてきた椿の言葉に、瑠璃は目を見開くと、顔を赤らめながらも反論をしようとする。
―――――その刹那、瑠璃の視界は反転した。
向き合って話していた筈の相手の顔を、見上げる状態になった事で、またもや、椿に押し倒されてしまったのだと、すぐさま瑠璃は状況を理解したのだが―――――。
「・・・・・・椿?」
じっと、こちらを見下ろしてくる椿の眼差しが先程までとは一変して、憂いに満ちているのに気づき、思わず呆然と瑠璃は椿の真紅の瞳を見つめ返す。
と―――――
「ねぇ、瑠璃。このまま僕と『家族』として、此処で〝一緒に暮らしてほしい〟って言ったらどうする?」
「それは・・・・・・」
「本当は〝こちら〟に連れてきた時点で『誓約』を上書きしてしまおうと僕は思っていたんだ。だけど、意識を取り戻さない、眠ったままの瑠璃の顔を見ていたら、出来なかった。・・・・・・無理に手に入れてしまったら、もう二度と目覚めないような気がして・・・・・・」
言葉を詰まらせた瑠璃に、淡々と椿は胸の内を口にする。
―――――だから、僕は瑠璃が目覚めるのを、一緒に眠って待つことにした。
―――――人型ではなく、狐の姿を取ったのは、そちらの姿のほうが、より近くで瑠璃の鼓動と温もりが感じられると思ったからだった。
―――――そうして、漸く瑠璃が目覚めたのを目にした刹那、人型に戻って押し倒してしまったのは、彼女に『僕』が〝此処に居る〟ということを認識して欲しかったからなのかもしれない。
―――――だって瑠璃は真祖の兄弟たちの誰も認めてくれなかった僕の事を『家族』だって言ってくれた唯一の存在だから。
―――――〝笑顔〟〝驚いた顔〟〝困った顔〟〝赤くなった顔〟〝悲しそうな顔〟
―――――僕の言動に瑠璃は様々な反応を返してくれる。
―――――そうして瑠璃が僕の〝名前〟を呼ぶ度、空虚な心の内が少しずつ、埋められていく。
「・・・・・・瑠璃」
押し倒した際に、無防備に晒された首筋からは、魅惑の血の香りだけでなく、入浴後であることから、ふんわりと柔らかな香りが匂い立っている。
それに引き寄せられるように、椿はゆっくりと瑠璃に顔を近づけていく。
「・・・・・・っ」
「―――――君と一緒に過ごして、漸く解ったんだ。僕は〝ミストレス〟だからとか関係なく、〝瑠璃〟だから欲しいんだ」
無意識のうちに体を強張らせた瑠璃の耳元で、椿は切ない声で囁いた。
刹那―――――瑠璃の胸元の鍵が、ふわりと淡い光を瞬かせた。
―――――僕の〝名前〟を呼んで欲しい
―――――僕の〝傍〟に居て欲しい
―――――僕の事を〝想って〟欲しい
「・・・・・・―――――っ」
椿の〝哀愁の想い〟が、瑠璃の心の中に流れ込んでくる。
―――――此処に連れて来られて、目覚めてから、幾度、椿の『名前』を私は口にしただろうか。
―――――椿の気まぐれな態度に翻弄されつつも、『家族』として一緒に過ごすことに違和感はなく。
―――――椿が間に入ってくれたおかげで、私は〝桜哉君〟と〝向き合う〟ことが出来た。
―――――だけど・・・・・・
―――――『瑠璃』―――――
―――――『瑠璃姉』―――――
―――――瑠璃の心に、此処には居ない二人の声が響く。
―――――『向き合えねー』―――――
―――――『シンプルに考えればいいんだ』―――――
―――――交互に聴こえてくる二人の声に、瑠璃は続くように口を開いた。
「ねぇ、椿。私は此処に来られて良かったと思ってるわ。貴方とこうして『家族』として一緒に過ごすことを、オトギリさんやシャムロックさんからも当たり前のように受け入れて貰えて。一緒に食事をしたり、お菓子を作ったり、料理をしたり。それから、桜哉君とも、また貴方のおかげで話をすることが出来た」
ゆっくりと右腕を瑠璃が上げると、桜哉から貰った四つ葉のブレスレットがシャラリとかすかな音を立てた。
ピクリとそれに反応するように、小さく身じろいだ椿の頭を、瑠璃はそのまま右手で撫でると、静かな声で言った。
「―――――椿、私にとって貴方が『大切な家族』であることは変わらないわ。だけど、私はずっと此処に居ることは出来ない。だって貴方は―――――『兄弟戦争』を止めるつもりはないのでしょう?」
―――――それは、〝二度目〟の確認の言葉だった。
「―――――・・・・・・そうだね。僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない」
ゆっくりと瑠璃の上から体を起こした椿の顔には寂し気な笑みが浮かんでいた。
「・・・・・・椿」
瑠璃もまた、上半身を起こすと、眉尻を下げながら、何とも言えない表情で椿を見つめる。
と―――――
「ねぇ、瑠璃。僕からの〝お願い〟聞いて貰えるかな?」
「・・・・・・―――――私に出来る範囲なら」
件の交わしたやり取りを口にした椿に、瑠璃はまた静かに頷いた。
「明日、僕と〝デート〟してよ。―――――そうしたら、君を怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰してあげるよ」
椿から告げられた言葉に瑠璃は、一瞬、驚きに目を見開くも、
「・・・・・分かったわ」
やがて、漸うと頷いたのだ。
そうして、話を終えると―――――
「それじゃあ、今日はもう休もうか」
その言葉とともに、椿はまた人型から狐の姿になると、ベッドの中に潜り込んでいってしまう。
それに対し、瑠璃は困ったような表情を浮かべるも、そのまま自身もまたベッドに入ると、そこにいた狐をそっと抱き寄せた。
それから頭を優しく撫でると、「―――――お休みなさい、椿」と呟いて眠りに就いたのだ。
17・12/10掲載
「―――――お嬢!! ご無事ですか!?」
桜哉の部屋の前、そこには腕組みをしながら、渋面で立つシャムロックの姿が在ったのだ。
「えと・・・・・・シャムロックさん? 無事って?」
鬼気迫る勢いのシャムロックに対して、呆然と瑠璃が目を瞬かせると、
「若とご一緒にいらっしゃらなかったので、てっきりお部屋にお戻りになられたのかと思いきや。まさか、こいつの部屋にいらっしゃるなんて!!」
鋭さを増したシャムロックの隻眼が桜哉を睨みつける。
「綿貫桜哉!! 貴様、〝お嬢〟に不埒な真似などしていないだろうな!?」
「・・・・・・」
桜哉はシャムロックが口にした、〝お嬢〟という呼び名に眉を顰めると、
「・・・・・・する訳ねぇだろ。椿さんじゃあるまいし」
「貴様!! 若を愚弄するかっ!!」
バチバチと火花が散る勢いでシャムロックと桜哉が睨み合う。
―――――もしかして、二人はあまり仲が良くないのだろうか?
「・・・・・・あの、シャムロックさん。気遣って下さって有難う御座います。でも、桜哉君の言う通り、大丈夫ですから」
内心で困惑しつつ、これ以上険悪になる前にと、瑠璃がシャムロックにそう告げると。
「―――――っ!! 申し訳ありません。お嬢の前で、お見苦しい処を見せてしまい!!」
ハッと我に返った様子でシャムロックが項垂れた為、瑠璃は話題を切り替えるべく。
「そうだ。桜哉君は、お昼ご飯はどうするの?」
昼食の件を尋ねかけると、桜哉は驚いたように目を瞬かせ、思案するように眉を寄せた。
先程、椿に対しては『食欲ないんで、ほっといて下さい』と答えたが、何も食べないままでは瑠璃にまた余計な心配をかけてしまうだろう。
「近くのコンビニで、何か適当に買ってきます」
真昼の家で食事をしていた時を除けば、大概そうやって桜哉は過ごしていた。
なので、その結論に至ったのだが―――――。
その桜哉の返答に「待って、桜哉君。それだったら」と瑠璃は眉を顰めると。
「あの、シャムロックさん、お願いがあるんですけど。―――――桜哉君にご飯を作ってあげたいので、キッチンを貸してもらえませんか?」
「な!? お嬢がわざわざそんなことを為さらずとも、本人が買いに行くと言っているのですから、そうさせたらよろしいではないですか!?」
「でも、それだと栄養が偏っちゃうだろうし・・・・・・」
愕然とした顔になったシャムロックに、瑠璃は眉を下げながら言う。
と―――――
「瑠璃がご飯作るの? 良いなぁ、僕も瑠璃のご飯食べてみたいなぁ」
いつの間にか、こちらに来て話を聞いていたらしい椿が、笑みを浮かべながら、会話に加わってきたのだ。
「・・・・・・椿さん」
何を言い出すのかと、桜哉が眉を顰めながら椿のほうを見る。
けれど、そんな桜哉の視線を椿は意に介することなく、
「―――――ねぇ、シャム。とりあえず、桜哉のお昼ご飯の件は瑠璃の希望を聞いてあげなよ。で、その代わりに、夕飯は瑠璃と一緒に作るっていうのはどうかな?」
「お嬢と私が一緒に、ですか!?」
驚嘆の声を上げたシャムロックに、椿は「うん」と頷き、期待に満ちた視線を瑠璃に向けてくる。
それに対し、瑠璃は一瞬、逡巡する表情を見せるも、先程、椿と〝自分に出来る範囲〟の事ならば、〝お願い〟を聞くと、言い交わした約束が思い返され―――――。
「シャムロックさん。そうさせて貰ってもいいですか?」
「―――――畏まりました。若とお嬢のお仰せのままに!!」
そう言った瑠璃の言葉に、シャムロックが歓喜に満ちた表情で応じると、
「決まりだね♪ 僕、夕飯は『肉じゃが』が食べたいな」
椿は早速、夕飯のリクエストを口にしたのだった。
シャムロックから借りた淡い色合いのエプロンを身に着けてキッチンに立った瑠璃が、一般の家庭用冷蔵庫よりも巨大な―――――どちらかといえば業務用という言葉が当てはまるであろう、銀色の冷蔵庫の扉を開くと、そこには鮮度管理がしっかりとされた、多種多様な食材が揃っていた。
そうして桜哉のお昼ご飯として瑠璃作ったのは、オムライス。付け合わせにポテトサラダと、オニオンスープだった。
「―――――桜哉君、どうかな?」
「卵がふわふわで、チキンライスも、きちんと味が馴染んでいてすごく美味しいです」
桜哉の言葉に瑠璃は「それなら良かった」と、柔らかな微笑を零した。
―――――瑠璃が作った食事は、真昼の家で桜哉が食べた時と変わらない、温もりが感じられるものだった。
―――――唯一つだけ違うのは、瑠璃が今いる場所だ。
食事を作る事が決まった時点で、シャムロックから、キッチンに在るモノは食材も含めて自由に使って構わないと、許可を貰っていた瑠璃は、桜哉の昼食を作り終えた後。
一旦、片づけを終えた処で、夕食の準備に取り掛かるまではまだ時間があるからと、声を掛けてくれたオトギリと一緒にお菓子作りを始めた。
夕食は椿のリクエストのモノを作る事になっている為、お菓子はオトギリが好きな『蕎麦』に関連したもので、どうやら『蕎麦饅頭』を作る事にしたようだった。
食事を終えた桜哉は、ひとまずまた自室に戻ろうとしたのだが、応接スペースの前で、ふと、足を止めると、そこに居た椿を見据えて言った。
「・・・・・・椿さんは瑠璃さんを〝どうする〟つもりなんですか?」
―――――瑠璃の〝ミストレス〟としての『誓約』は、いまだ〝怠惰〟と結ばれたままだ。
―――――正攻法で、瑠璃を口説くと椿は言ってはいたが・・・・・・。
―――――何処まで本気なのだろうか。
「あはは。桜哉ってば、面白くないこと聞くね」
オトギリとだいぶ打ち解けたらしい瑠璃の様子を、応接スペースのソファーに座って、ベルキアのぬいぐるみを、手の平の上でポンと投げつつ見ていた椿は、桜哉からの問いかけに眉を顰めると、淡々とした口調で言った。
「瑠璃には、怠惰の兄さんじゃなくて、『僕』の事を選んでほしいと思ってる。だけど―――――〝どうするか〟を選ぶのは瑠璃自身だよ」
その刹那、瑠璃を見つめる椿の瞳は、これまでに桜哉が見たことがない、憂いに満ちたものになっていて。それ以上、桜哉は椿に対して何も言うことが出来なかったのだ。
シャムロックが椿の為に、本格的に料理作りを作り始めたのは半年程前の事。
様々な料理本から知識を得て、腕を振るうだけでは飽き足らず、より高いレベルで提供する為にと、料理教室にも通い、大抵のモノは作れるようになったそうなのだが。
―――――椿が好む『和食』は奥が深く、シャムロックには馴染みがないものであることから、一朝一夕では、極めるのが難しいのだという。
そんな経緯から椿のリクエストである『肉じゃが』作りは瑠璃が主体となって行うことになり。
それに合う献立として二人で選んだのが『ネギと豆腐入りのお味噌汁』『焼き魚』『小松菜の煮浸し』『稲荷寿司』だった。
けれど、シャムロックの手際は本当に見事なもので―――――それが全ては真祖である椿の為だというのだから―――――彼の忠義心には畏敬の念を抱かずにはいられない。
それから二人で協力して完成させた料理に加えて、オトギリと一緒に作った『蕎麦饅頭』もテーブルに並べると、
「美味しそうだね♪ 食べるのが楽しみだ」
ご機嫌な様子で真っ先に席に着いたのが椿だった。
「肉じゃが、美味しそうです・・・・・・」
「見事に和食尽くしですね。瑠璃さんが作ってくれたものだから、文句はないですけど」
それからオトギリと桜哉もこちらに来たところで、五人で食卓を囲んだのだ。
それは、傍から見れば―――――仲の良い『家族団欒』―――――のような光景だった。
そうして賑やかな夕食を終えると、昼食の時と同様シャムロックから「あと片づけは私にお任せください」と言い切られてしまった瑠璃は、そのまま今度は「瑠璃さん、お風呂の準備が出来ていますからどうぞ」とオトギリに浴場に引き連れられていき。
―――――断る事も出来ず、そのままなし崩しに入浴まで済ませることになってしまったのだ。
着ていた服などはまた、洗濯をするからとオトギリに回収されることになり、入浴を終えた瑠璃の着替えとして用意されていたのは、またもや椿の着物だった。
そして割り当てられた部屋に戻ると、ベッドの上には丸まって眠っている狐の姿が在った。
ベッドに歩み寄り、そっと腰を下ろすと、瑠璃は手を伸ばして狐の身体を優しく撫でる。
もふもふとした毛並みに思わず、フッと口元をほころばせると、
「あはははははははは!! あっはははははははは! あ―――――面白くない・・・こともないかな」
パチリと目を開けた狐が、コンという鳴き声とともに、人型に戻ったのだ。
「―――――椿、もしかして起きてたの?」
人型になるのと同時に笑い出した椿に、瑠璃は驚いた様子で目を瞬かせると、
「ウトウトしてたんだけど、瑠璃が触れたのを感じて目を覚ましたんだよ。僕の寝込みに手を出すなんて、瑠璃ってば大胆だね?」
「なっ!? 私、そんなつもりは・・・・・・っ」
ニヤッと口元に笑みを浮かべながら、からかうように告げてきた椿の言葉に、瑠璃は目を見開くと、顔を赤らめながらも反論をしようとする。
―――――その刹那、瑠璃の視界は反転した。
向き合って話していた筈の相手の顔を、見上げる状態になった事で、またもや、椿に押し倒されてしまったのだと、すぐさま瑠璃は状況を理解したのだが―――――。
「・・・・・・椿?」
じっと、こちらを見下ろしてくる椿の眼差しが先程までとは一変して、憂いに満ちているのに気づき、思わず呆然と瑠璃は椿の真紅の瞳を見つめ返す。
と―――――
「ねぇ、瑠璃。このまま僕と『家族』として、此処で〝一緒に暮らしてほしい〟って言ったらどうする?」
「それは・・・・・・」
「本当は〝こちら〟に連れてきた時点で『誓約』を上書きしてしまおうと僕は思っていたんだ。だけど、意識を取り戻さない、眠ったままの瑠璃の顔を見ていたら、出来なかった。・・・・・・無理に手に入れてしまったら、もう二度と目覚めないような気がして・・・・・・」
言葉を詰まらせた瑠璃に、淡々と椿は胸の内を口にする。
―――――だから、僕は瑠璃が目覚めるのを、一緒に眠って待つことにした。
―――――人型ではなく、狐の姿を取ったのは、そちらの姿のほうが、より近くで瑠璃の鼓動と温もりが感じられると思ったからだった。
―――――そうして、漸く瑠璃が目覚めたのを目にした刹那、人型に戻って押し倒してしまったのは、彼女に『僕』が〝此処に居る〟ということを認識して欲しかったからなのかもしれない。
―――――だって瑠璃は真祖の兄弟たちの誰も認めてくれなかった僕の事を『家族』だって言ってくれた唯一の存在だから。
―――――〝笑顔〟〝驚いた顔〟〝困った顔〟〝赤くなった顔〟〝悲しそうな顔〟
―――――僕の言動に瑠璃は様々な反応を返してくれる。
―――――そうして瑠璃が僕の〝名前〟を呼ぶ度、空虚な心の内が少しずつ、埋められていく。
「・・・・・・瑠璃」
押し倒した際に、無防備に晒された首筋からは、魅惑の血の香りだけでなく、入浴後であることから、ふんわりと柔らかな香りが匂い立っている。
それに引き寄せられるように、椿はゆっくりと瑠璃に顔を近づけていく。
「・・・・・・っ」
「―――――君と一緒に過ごして、漸く解ったんだ。僕は〝ミストレス〟だからとか関係なく、〝瑠璃〟だから欲しいんだ」
無意識のうちに体を強張らせた瑠璃の耳元で、椿は切ない声で囁いた。
刹那―――――瑠璃の胸元の鍵が、ふわりと淡い光を瞬かせた。
―――――僕の〝名前〟を呼んで欲しい
―――――僕の〝傍〟に居て欲しい
―――――僕の事を〝想って〟欲しい
「・・・・・・―――――っ」
椿の〝哀愁の想い〟が、瑠璃の心の中に流れ込んでくる。
―――――此処に連れて来られて、目覚めてから、幾度、椿の『名前』を私は口にしただろうか。
―――――椿の気まぐれな態度に翻弄されつつも、『家族』として一緒に過ごすことに違和感はなく。
―――――椿が間に入ってくれたおかげで、私は〝桜哉君〟と〝向き合う〟ことが出来た。
―――――だけど・・・・・・
―――――『瑠璃』―――――
―――――『瑠璃姉』―――――
―――――瑠璃の心に、此処には居ない二人の声が響く。
―――――『向き合えねー』―――――
―――――『シンプルに考えればいいんだ』―――――
―――――交互に聴こえてくる二人の声に、瑠璃は続くように口を開いた。
「ねぇ、椿。私は此処に来られて良かったと思ってるわ。貴方とこうして『家族』として一緒に過ごすことを、オトギリさんやシャムロックさんからも当たり前のように受け入れて貰えて。一緒に食事をしたり、お菓子を作ったり、料理をしたり。それから、桜哉君とも、また貴方のおかげで話をすることが出来た」
ゆっくりと右腕を瑠璃が上げると、桜哉から貰った四つ葉のブレスレットがシャラリとかすかな音を立てた。
ピクリとそれに反応するように、小さく身じろいだ椿の頭を、瑠璃はそのまま右手で撫でると、静かな声で言った。
「―――――椿、私にとって貴方が『大切な家族』であることは変わらないわ。だけど、私はずっと此処に居ることは出来ない。だって貴方は―――――『兄弟戦争』を止めるつもりはないのでしょう?」
―――――それは、〝二度目〟の確認の言葉だった。
「―――――・・・・・・そうだね。僕は〝先生〟の為に、戦争をするって決めたから。瑠璃が僕の傍から離れてしまうのだとしても、その意思を覆すことは出来ない」
ゆっくりと瑠璃の上から体を起こした椿の顔には寂し気な笑みが浮かんでいた。
「・・・・・・椿」
瑠璃もまた、上半身を起こすと、眉尻を下げながら、何とも言えない表情で椿を見つめる。
と―――――
「ねぇ、瑠璃。僕からの〝お願い〟聞いて貰えるかな?」
「・・・・・・―――――私に出来る範囲なら」
件の交わしたやり取りを口にした椿に、瑠璃はまた静かに頷いた。
「明日、僕と〝デート〟してよ。―――――そうしたら、君を怠惰の兄さんと城田真昼の処に帰してあげるよ」
椿から告げられた言葉に瑠璃は、一瞬、驚きに目を見開くも、
「・・・・・分かったわ」
やがて、漸うと頷いたのだ。
そうして、話を終えると―――――
「それじゃあ、今日はもう休もうか」
その言葉とともに、椿はまた人型から狐の姿になると、ベッドの中に潜り込んでいってしまう。
それに対し、瑠璃は困ったような表情を浮かべるも、そのまま自身もまたベッドに入ると、そこにいた狐をそっと抱き寄せた。
それから頭を優しく撫でると、「―――――お休みなさい、椿」と呟いて眠りに就いたのだ。
17・12/10掲載
