第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
『SERVAMP夢』名前変換設定。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「―――――ねぇ、椿。桜哉君は、いまどうしてるの?」
食事を終えた後、その食器を下げて洗おうとしたのだが、これもまた自分の務めだからとシャムロックに阻止されてしまった為。
とりあえず、洗い物をするのは諦めて応接スペースのソファーまで移動してきた瑠璃は、ベルキアのぬいぐるみが転がっている側とは反対の場所に座ると、狐の姿で自分の肩に乗っていた椿に視線を向けて尋ねかけた。
「昨日の夜、ここに戻ってきてから、自室にずっといるみたいだけど」
「・・・・・・」
狐の言葉に瑠璃は、表情を曇らせると、視線を俯ける。
「瑠璃?」
瑠璃の肩の上から膝に狐は降りてくると、小首を傾げて瑠璃の顔を見つめる。
二股の尾を揺らしながら見上げてくる狐の頭を瑠璃はそっと右手で撫でると、
「・・・・・・椿、桜哉君の部屋の場所を教えて貰うことって出来る?」
「瑠璃は桜哉に会いたいの?」
「・・・・・・えぇ。もしかしたら、もう顔を見たくないって桜哉君には思われてしまっているかもしれないけれど・・・・・・」
真紅の瞳がじっと、悲しげな影を宿した黒い瞳を見上げる。
と―――――
「その可能性はないと思います。ですから、瑠璃さんにそんな顔をされては・・・・・・困ります」
瑠璃の言葉を否定したのは、洗濯をした瑠璃の服を手に、こちらにやって来たオトギリだった。
「・・・・・・オトギリさん」
戸惑いの表情を浮かべながら、瑠璃がオトギリのほうを見ると、膝の上に乗っていた狐は、「ただ、桜哉は素直じゃない処があるからね」と言葉を漏らし。
「―――――このまま桜哉に引きこもりになられても困るし。面白くないけど、とりあえず僕が様子をみてきてあげるよ」
ぴょこんと瑠璃の膝の上から狐が降りると、コンという下駄の音とともに、その場で人型に戻った椿がそう告げてきたのだ。
オレが初めて瑠璃さんと会ったのは彼女が学校の購買で働き始めてからだった。
そうして、放課後―――――真昼から瑠璃さんの事を紹介されたのだ。
『―――――桜哉、紹介するよ。瑪瑙瑠璃さん。俺は『瑠璃姉』って呼んでるんだけど、徹叔父さんが身元保証人になっていて、いま家で一緒に住んでるんだ』
『初めまして、桜哉君。瑪瑙瑠璃です。真昼君の叔父さんの徹さんに、行く当てがなくなってしまって困っていたところを助けて頂いて、それからお世話になってます。まだ、この近辺で親しい友人はいないので、よければ私とも仲良くしてもらえたら嬉しいです』
その、ふんわりとした優しげな雰囲気と笑顔を目にした時、オレは心がとても安らぐのを感じたんだ。
―――――だけど、真昼が『姉』と慕う〝瑠璃〟さんは・・・・・・
『ねぇ、桜哉。僕たち吸血鬼の間で噂話になっていた、〝ミストレス〟―――――それらしい人物を幾度か目撃したという情報が、君が通っている学校の近くの駅前であったんだ。君も会えば、すぐに分かると思うんだけど。見つけたらとりあえず、報告と監視を頼めるかな?』
〝ミストレス〟というのは、吸血鬼にとっては魅惑の血を持つ者であり、吸血鬼の真祖の〝花嫁〟にも為りえる存在なのだという。
その〝ミストレス〟と、長らく行方が掴めずにいた、〝怠惰〟の真祖が『誓約』を結んだらしい。
―――――というのが、その時点で椿さんが掴んでいた情報だった。
そして瑠璃さんが、〝ミストレス〟であるというのは、彼女の姿を目にした瞬間、椿さんから云われていた通り、本能的に解った。
―――――得も言えぬ〝血の香り〟と、その身に纏った〝真祖の気配〟―――――
―――――けれど、真昼は吸血鬼の存在に関しては何も知らず、瑠璃さんもまた、その話は一切していないようだった。
『―――――真昼、今日の夕飯、真昼んちに食いにいってもいい?』
『今日の夕飯は、瑠璃姉が作ってくれることになってるけど。お前、好き嫌いとか、基本なかったよな?』
『おう! 瑠璃さんのご飯か、楽しみだなあ』
―――――だったら、オレは真昼の〝幼馴染〟として、これまで通り過ごせばいい。
―――――この唯一の〝大切な時〟を、失わないために。
―――――同じ〝嘘〟を繰り返さないために。
―――――そして瑠璃さんと真昼には、これから先もオレの分まで幸せになってほしい。
―――――そうオレは願っていた。
―――――だけど・・・・・・。
―――――真昼もまた、〝怠惰〟の真祖と契約を結んでしまい。
―――――それは叶わない夢になってしまった。
―――――結局・・・・・・オレは・・・・・・同じ『嘘』を繰り返してしまったんだ。
「―――――・・・・・・瑠璃さんと、どんな顔をして会えばいいっていうんだよ」
カーテンを閉め切った薄暗い室内に、ぽつりと、桜哉の自嘲気味な声が漏れた。
昨日―――――真昼と決別した桜哉は、憂鬱組の本拠地に戻ってくると、すぐさま自室に引き籠るという選択をした。
―――――どうして、〝ミストレス〟である瑠璃をこちらに連れてきたのか。
―――――本当は、真祖である椿に、文句の一つも言いたかった。
けれど―――――
『―――――桜哉君、貴方、本当は真昼君と殺し合いをすることなんて望んでなかったんでしょう?』
「・・・・・・―――――っ」
哀しげな瑠璃の表情が思い出され、桜哉の胸の内を締め付ける。
瑠璃の信頼を裏切ってしまった自分に、そんな事を云う資格があるというのか。
―――――瑠璃さんの事を想って、買ったこれも、もう渡すことはできない。
羽織っていたパーカーのポケットに、桜哉は手にしていた小さな包みを突っ込むと、ベッドに寝転がりながら、ヘッドホンを耳に押し当てて、適当に選んだ音楽を幾度となく流し、気を紛らわそうとするも、胸の内の苦しみと後悔は消える事は無く―――――。
その感情から目を背ける為に、固く目を閉じて、また意識を無理やり、閉ざそうとした時。
―――――コンッ コンッ
「―――――ねぇ桜哉? 昨日、帰って来てからずっと引きこもったままだけど、お昼もいらないの?」
ふと、部屋の扉を叩く音と共に聴こえてきた声に、桜哉は薄らと目を開けると、苛立った口調で言った。
「・・・・・・食欲ないんで、ほっといて下さい・・・・・・」
―――――声の主は、真祖である椿だった。
しかし椿は、そんな不機嫌な桜哉の言葉に対して、引くことなく。
「少し前に、瑠璃もようやく目を覚ましたから、さっき一緒にご飯を食べたんだけど。―――――瑠璃ってからかうと、すぐに顔が赤くなって面白いよね」
逆に愉しげな口調で扉の向こうから語りかけてくる。
桜哉の知る瑠璃は、常にふんわりとした柔らかな空気を纏っていて。
桜哉が口にした噂話や冗談交じりのからかい話に対しても、時に困ったような笑みは浮かべても、顔を赤らめるというようなことはなかった。
「・・・・・・」
自分の知らない瑠璃の表情を引き出した椿に対して、桜哉は腹立たしさを覚えるも、ここで応じれば、あの真祖の思う壺になるだけだ。
―――――そう自身に言い聞かせ、それ以上、椿に応じることなく、桜哉は無言を貫こうとしたのだが・・・・・・。
「・・・・・・昨日は、つい、瑠璃に手を出しかけちゃったけど」
ふと、声のトーンを落とした椿がポツリと漏らした言葉は、聞き捨てならないもので。
「―――――あの反応から察するに、怠惰の兄さんは、まだ瑠璃に何もしてないみたいだし。それなら、あとはこのまま、正攻法で口説いていったら、〝僕のモノ〟になってくれるかな?」
さらにその後、また嬉々とした調子に戻って椿が口にした言葉に、桜哉は堪え切れない怒りが込み上げてくるのを感じ、ガバリと勢いよくベッドから身体を起こした。
「――――――――――っ!!」
それから耳に付けていたヘッドホンを勢いよく外すと、桜哉は大股で部屋の扉に向かっていく。
「オレがどんな気持ちでいるのかも知らずに、何ふざけたこと言ってんだよっ!! このアホ狐が!!」
そうして、声を荒げながら、桜哉が、ダンッと自室の扉を殴りつける勢いで開くと―――――
「・・・・・・桜哉君?」
―――――桜哉の部屋より二つほど向こう側の斜め前の部屋の扉。
そちらの部屋の扉もまた開かれ、そこから顔を覗かせたのは、オトギリから服を受け取って着替えを済ませた瑠璃だった。
「・・・・・・瑠璃・・・・・・さん」
桜哉は目を見開き、呆然となってしまう。
と―――――
「・・・・・・っ!」
桜哉は開いた部屋の扉を、また、反射的に閉ざそうとしたのだが―――――。
「―――――待って!! 桜哉君!!」
瑠璃が声を上げるのと同時に、部屋の扉の前に居た椿が、「しょうがないなぁ」と呟くと、着物の袂から取り出した刀を鞘に納めた状態で扉の間に挟み込み止めたのだ。
「・・・・・・椿さん、なんで邪魔するんですかっ!!」
「往生際が悪いよ、桜哉」
グググッと扉を閉めようとする桜哉に対して、椿は呆れた様子で言う。
「―――――面白くない話だけど、目を覚ました瑠璃が、本気で心配していたのは、自分の事よりも、城田真昼と君の事なんだよ。だから、ちゃんと話をしなよ」
「・・・・・・っ」
扉を押さえつけていた桜哉の手が緩む。
「・・・・・・ごめんね、椿」
桜哉の部屋の前までやって来た瑠璃が、眉を下げながら言うと、
「いいよ。その代わり、あとで僕のお願いも聞いてね」
椿は笑みを浮かべながら告げてくる。
「―――――・・・・・・私に出来る範囲でならね」
冗談とも本気ともつかない椿のその言葉に瑠璃が苦笑しながら頷くと、
「じゃあ、僕は席を外すけど。桜哉、瑠璃に手を出したりしちゃ駄目だからね」
椿は扉に挟んでいた刀を抜き、それをまた着物の袂に仕舞うと、言い含めるような言葉を残して、応接スペースのほうに向かって行ったのだ。
「―――――・・・・・・桜哉君。ごめんね、無理に部屋から出てこなくてもいいから、少しの間だけ私の話を聞いて貰えるかな」
少しだけ開かれた桜哉の部屋の扉に向き直ると、瑠璃は静かに口を開いた。
「私は『大切な人たち』を失わないために〝守られる側〟じゃなくて、〝立ち向かう側〟になりたいと思ってた。だけど、そう〝思ってた〟だけで、結局、私は何も出来なかった。・・・・・・立ち向かうための『力』を手に入れたつもりでいたけど、私はちゃんと自分の心と向き合い切れてなくて・・・・・・。桜哉君の本当の気持ちにも、気づくことが出来なかった」
―――――真紅の瞳が垣間見せた、申し訳なさそうな、辛そうな感情。
「・・・・・・桜哉君『嘘』をつかせてしまってごめんなさい」
―――――憂鬱の下位の話を聞いた時点で、私は桜哉君に尋ねるべきだった。
―――――桜哉君は、ちゃんと、吸血鬼に関して、忠告をしてくれていたのに。
もし、それが出来ていたならば、あんな哀しい出来事は起こらなかったかもしれない。
胸の奥にある後悔の感情が揺らめき、瑠璃の瞳から涙が零れ出してくる。
「―――――・・・・・・っ」
その、刹那のことだった。
目の前の部屋の扉が開かれ、ぐいっと瑠璃の身体は、伸ばされた桜哉の腕の中に抱き寄せられたのだ。
「・・・・・・なんで瑠璃さんが・・・・・・そんなふうに・・・・・・謝るんですか・・・・・・」
―――――泣き出しそうな、桜哉の声が瑠璃の耳朶に届く。
「・・・・・・っ桜哉・・・くん」
瑠璃が顔を上げようとすると、身体に回された桜哉の腕の力が強まり、そのまま部屋の中に一歩、踏み込んでしまう。
と―――――
パタンと部屋の扉が閉まり、そこで、僅かに桜哉の腕の力が緩んだのを感じた瑠璃が顔を上げると、薄暗い部屋の中、涙に濡れた真紅の瞳と視線が合った。
「・・・・・・オレは瑠璃さんに謝ってもらう資格なんてないのに・・・・・・」
―――――瑠璃さんにとって『大切な人たち』である、真昼と御園、それにクロたちを、傷つけてしまったのに。
―――――桜哉の心の声が、瑠璃の胸の内に響く。
「―――――・・・・・・そんなことない。桜哉君はいまでも私にとっては『大切な友達』で、私と真昼君の『大切な家族』よ」
真っ直ぐに桜哉の瞳を見つめて瑠璃は言った。
「・・・・・・瑠璃さん・・・・・・」
呆然と目を見開くと、片手で顔を覆った桜哉の口から、小さな嗚咽が漏れた。
瑠璃は両手を桜哉の身体に回すと、そっと抱きしめる。
―――――トクン、トクン、トクン
柔らかな身体の温もりと、優しい心地の良い鼓動。
そして、瑠璃だけが持つ、魅惑の香りが桜哉を包み込む。
―――――このまま、ずっとこうしていられたなら・・・・・・。
そんな想いが桜哉の胸の内に込み上げてくる。
けれど―――――
「・・・・・・ありがとうございます、瑠璃さん」
―――――オレにはそこまで望む資格はない。
―――――瑠璃さんがオレを『大切に想ってくれている』それだけで十分なんだ。
そう、自身の心に桜哉は言い聞かせ、瑠璃の身体に両腕を伸ばして、一度だけ抱きしめると、
「オレ、瑠璃さんに渡したかったものがあるんです。受け取って貰えますか?」
「私に?」
目を瞬かせ、身体を離した瑠璃が桜哉を見上げると、パーカーのポケットから桜哉が取り出して差し出してきたのは、リボンで纏められた、小さな巾着包みだった。
それを受け取り、包みを解いてみると、入っていたのは四つ葉をモチーフにしたブレスレットで。シルバーのチェーンには小さなハートの飾りも付いており、綺麗だが可愛らしくもあるデザインだった。
「―――――ありがとう、桜哉君。大切にするね」
ふわと、瑠璃は微笑を零すと、ブレスレットを右手の手首に付けた。
―――――四つ葉に込められた意味は幸福の象徴。
―――――瑠璃が首から下げている『力』を宿した『鍵』もまた、瑠璃の心の願いを現すかのように四つ葉の形を模している。
けれど、桜哉が四つ葉を瑠璃に贈った本当の理由は
―――――『think of me』
―――――『私を想って』
傍に居られなくなってしまった後も『自分の事を想っていてほしい』という願いを込めてのことだった。
17・10/22掲載
