第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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「・・・ん。月が出ているのに雨・・・。今日はいらっしゃらない予定でしたのに・・・」
ふいに、雲一つない月明かりの中、降り出した雨に、ベルキアを操りながら戦況を見つめていた、憂鬱の下位吸血鬼の女性が、目を瞬かせ呟く。
「困ります・・・」
「あは。いいじゃない、僕もまぜてよ、オトギリ」
オトギリと呼ばれた彼女の傍らに、コンという下駄の音ともに降り立った人影―――――それは、彼ら憂鬱の下位の真祖である、椿だった。
「―――――〝瑠璃〟もこっちに来ちゃったしね」
「・・・〝瑠璃〟というのは、〝ミストレス〟である彼女の事ですか?」
小首を傾げたオトギリに、椿は笑みを浮かべながら「そうだよ♪」と頷く。
そうして、ビルの向こう側に身を乗り出すように、戦局を見つめながら、椿は言った。
「・・・さぁ、城田真昼。君の〝絶望〟の形を見せてよ。君は、〝鍵〟になり得るかな?」
―――――どうか。どうか・・・飲まれるな―――――
―――――・・・振り回すな―――――
―――――それは、武器を使い始めた真昼に対するクロの心の声。
手にした武器を真昼が、桜哉に向かって振りかざしていく。
それを、桜哉はナイフで受け流そうとするも、打ち負かされて、跳ね飛ばされてしまう。
―――――な・・・殴った・・・。俺が・・・振り回している気がしない。
―――――俺のほうが力に振り回されてるような感じだ・・・。
極度の緊張状態から、真昼の鼓動は激しく脈打ち、はっ、はっ、と、呼吸もまた、荒くなるとともに、手の中の武器は、ざわ・・・と、不吉な陰を揺らめかせた。
―――――くす、くす、くす。笑い声が何処からか聴こえてくる―――――
―――――それは、武器を使い始めた真昼の心に呼応した、クロの一部である『力』の笑い声。
「・・・・真昼君・・・・桜哉君・・・・」
二人の名を、泣き出しそうな顔で口にした瑠璃と、桜哉の視線が一瞬合う。
と――――――瑠璃が手の中に握りしめていた銀色の鍵が、淡い輝きを瞬かせた。
刹那―――――瑠璃の心の中に流れ込んできたモノ。
それは―――――
『嘘』が嫌いな少年が心の中で描いていた―――――〝叶えたかった〟―――――〝幸せな未来〟に対する想いだった。
―――――真昼、瑠璃さん。
―――――オレには、実は秘密の計画があってさ。
―――――それは、これ以上、歳を取らないオレが真昼達と瑠璃さんと一緒に楽しく精一杯。
―――――高校三年間を過ごした後。
―――――いかに自然に姿を消すかっていう・・・訪れなかった幸せな未来の話なんだけどさ。
「―――――・・・・桜哉・・君・・・・」
――――――伝わってきた桜哉の想いに、瑠璃の瞳から涙が零れだし、頬を濡らしていく。
「・・・・・・血が止まんねぇ・・・。その
ごし、と左手首で、垂れてくる血を拭いながら、桜哉は真昼に薄ら笑いを浮かべて言った。
「それなら・・・ちゃんとオレを殺せる?」
「殺―――――・・・」
真昼の顔から血の気が引いていく。
―――――・・・見失うな―――――
―――――だめだ。そっちへ行くな―――――
―――――クロがまた、心の中で真昼に向かって、訴えかける。
けれど、桜哉の本当の想いを知らない真昼は、クロの心の声にもまた、気づく事は無く、さらなる深みへと沈んでいく。
―――――ちょっと待て・・・。殺すって何だ?
―――――殴った・・・だけだろ・・・っ。
―――――俺に誰かを殺すなんてできるわけ・・・・・。
恐慌状態に陥った真昼に桜哉が、焚き付けるように言う。
「できるよ、真昼!! さあ! さあ! さあ!! 今のお前には人を殺す以上の力があるんだから。さあ!!」
―――――だめだ真昼・・・〝人〟と呼べなくなるぞ―――――
沈みゆく、真昼の心を、何とか、引き留めようと、クロが懇願するように、心の中で叫ぶ。
けれど、その心の声は、やはり伝わる事は無く―――――
―――――俺は誰も殺したくない。
―――――武器を使うと桜哉は死ぬ・・・?
―――――今まで一緒に笑って過ごしてきたのに。
―――――俺が・・・欲しかったのはこんな力じゃないだろっ・・・。
真昼が手にしていた武器が、ず・・・と闇に溶け出していく。
固く目を閉じ、俯いた真昼の心の中には、様々な感情が渦巻いていた。
「―――――・・・・・っ!?」
真昼と桜哉の様子を、涙しながら、ただ見ているしか出来なかった中で、ふいに、立ちくらみのような感覚が瑠璃を襲った。
「・・・クロ・・・?」
と―――――意識を失う直前、視界の隅に見えたのは、強張った表情で俯くクロの姿だった。
『わぁ。わぁ。溺れちゃう、溺れちゃう』
―――――そうして、意識が沈んだ瑠璃が辿り着いたのは、クロの中だった。
けれど、二度に亘り、入ったクロの中は、以前とは状況が、今回は全く異なっていた。
「―――――『力』くん!?」
クロの中には、昏く、冷たい、黒い濁流が溢れかえっていた。
『どうしよう、瑠璃。クロの中に、真昼の精神がいっぱい流れ込んできてるよ』
「・・・・真昼君の精神?!」
『そうだよ。これは―――――』
―――――『恐怖』『後悔』『動揺』『拒絶』―――――
「―――――クロ!!?」
ふと、気付くと、濁流の中心にはクロが佇んでいた。
濁流に足を取られながらも、必死に瑠璃はクロに向かって手を伸ばしていく。
無感情な、真紅の瞳がこちらを見る。
「―――――っ!?」
と、突如として深みが増した濁流に足を取られ、瑠璃は転倒してしまう。
『キミが真昼に会わなかったら、真昼はこんな、どろどろにならなかったのに。そうしたら、瑠璃が巻き込まれることもなかったのに。キミが動くと世界はいつも不幸だね』
「―――――私は巻き込まれたとは思ってないわ!!」
もがきながら、何とか身体を起こすと、そこからまた濁流の底に沈みそうになった手足を、瑠璃は一生懸命に動かして、何とかクロの元に辿り着く。
「・・・・瑠璃・・・・」
昏い影を宿した真紅の瞳が、微かな揺らぎを見せ、瑠璃の姿をぼんやりと捉えた。
と―――――伸ばされたクロの手が、瑠璃の身体に回されるのと同時に、二人は濁流の中に完全に呑み込まれたのだ。
―――――ドクン―――――
外の世界に残された、意志を失った
昏い影を宿した真紅の瞳が、ゆらりと腕の中に、抱いた存在に向けられる。
意識を失った―――――無防備な瑠璃の身体―――――〝ミストレス〟の魅惑の血の香り。
ただ、その〝血〟だけを本能的に求めて、カッと、吸血鬼が牙をむく。
―――――刹那。
―――――シュッと、クロの頬を一本のナイフが掠めていった。
「・・・・やめろっ、瑠璃さんには手を出すなっ!!」
それは、真昼に、自分を殺すよう、嗾けた、桜哉が投げたものだった。
「・・・・桜・・哉・・・・?」
その様を目にした真昼は、混乱と、戸惑いに満ちた表情で、呆然と立ち尽くす。
―――――その、一瞬の後の事だった。
瑠璃を手放したクロが背後から真昼に掴みかかってきたのだ。
そうして真昼の後頭部を掴んだクロの手の爪が、右瞼の上を引っ掻きながら、首筋を勢いよく曝させると、そこに貪るように牙を突き立てたのだ。
「あっ・・・!? クロ・・・っ!?」
主従の証の鎖が出現すると同時に、真昼の首筋からクロの牙は離れ、地面に向かって、身体が投げ出される。
虚空を見上げたクロの口の端から血が垂れると同時に、地面に手をついて倒れ込んだ真昼の首筋から撥ねた血の飛沫が頬も濡らす。
「なんだよ・・・何・・・っ」
これまで見てきたクロの様子とは、明らかに何かが違う。
―――――戦慄が真昼を襲う。
噛まれた首元を抑え、真昼が思わず後ずさると、クロの足元から突如として、大きな黒い影が現れた。
「あ・・・っ?」
―――――それは、巨大な真紅の瞳をした、漆黒の化け物だった。
何処となく、クロの中にいた『力』の面影があるが、あれよりも明らかに、おぞましい雰囲気を放っている。
化け物の真紅の瞳から、ポタ・・・と黒い雫が地面に垂れ落ちる。
「クロ・・・?」
クロの爪に傷付けられた右目の瞼から、血が滲みだし、真昼の制服の襟を濡らす。
目に血が入らないよう、薄く開いた右目と、無傷の左目で、化け物の姿を捉えながら、呆然と真昼はクロの名を呼ぶ。
「これは・・・まさか? 想定外は困ります・・・」
一方、困惑の声を漏らしたのは、ベルキアを離れた場所から操っていたオトギリだった。
「―――――・・・このままだと、〝ミストレス〟の彼女も、危ういかもしれません・・・。どうします、椿さ・・・」
傍らで、戦況を眺めていた真祖に、指示を仰ごうと下位である彼女はそちらを振り返った。
けれど、その時、既にそこには椿の姿は無く、数枚の黒い花弁がひらりとそこには舞っているのみだった。
オトギリは、目を瞬かせると、視線を自身が操る糸の先に戻していく。
と―――――意識を失ったままの瑠璃を抱き上げると、すぐさまそこから消え去った椿の姿を目にした。
しかし、真昼も、リリイも、突如として現れた化け物に、目を向けてしまっていた為に、それに気づくことが出来なかった。
「・・・・気まぐれな
そうして、唯一の目撃者となったオトギリは、ポツリとそう呟くと、ベルキアの身体を操る糸とは別に、あの場に居る桜哉を回収するべく、さらに糸を伸ばし始めたのだ。
「クロ!!? どうしたんだよ!! 何だこれ・・・勝手に何して・・・っ」
―――――化け物の真紅の瞳からは、止め処なく黒い雫が落ちてくる。
落下したそれは、まるで沼地の様に広がり始めていた。
俯いたまま、呼びかけに全く反応を示さないクロに、真昼は声を荒げて叫ぶ。
「クロ! なんだよ、この・・・沼・・・!?」
けれど、黒い沼の浸水は留まることなく、座り込んだままだった真昼の身体もまた、ずっ、と沈み始めてしまったのだ。
「沈―――――・・・! 瑠璃・・・姉っ!?」
真昼は必死に身体をバタつかせながら、意識を失って近くで倒れていたはずの瑠璃の姿を捜して、視線を彷徨わせた。
けれど、その姿はどこにも見えず―――――。
―――――・・・瑠璃姉は、もしかして、この沼の中に?!
焦燥感に苛まれる真昼だったが、しかし、自身の身体が首まで沈んでしまった時。
「あ・・・っ。なん・・・なんだよっ。埋まっ・・・」
真昼の心の内を支配したのは、完全なる恐怖の感情だった。
―――――怖い
―――――怖い怖い怖い
―――――死・・・
―――――瑠璃姉も、俺も、ここで死んじゃうのか!?
「真昼! 手!!」
「桜哉・・・!?」
ふいに、真昼の視界の隅に、自分に向かって、必死の形相で手を差し伸べる桜哉の姿が捉えられた。
それにより、恐怖に支配されていた真昼の心は、僅かながら平静さを取り戻し、同時に戸惑いに目を見開きながら、桜哉の名を呼んでいた。
桜哉のすぐ後ろには、糸で引き上げられていく、ベルキアの身体が在り、その周囲に伸びた糸を掴んだ桜哉の身体にもまた、沼に沈まぬよう、糸が巻き付いていた。
『桜哉、敵を助けられては困ります。・・・・〝ミストレス〟は椿さんが連れて行きましたが、敵まで助ける必要は無い筈です』
カタ・・・と、意識のないベルキアの首が傾げられると、その身体を介して、オトギリが桜哉の行動を咎めてきた。
けれど、桜哉はそれに耳を貸すことはなく。
「うるせぇっ・・・真昼、瑠璃さんは、もうここにはいない!! 椿さんが連れて行ってしまったから!! でも、椿さんは瑠璃さんの事を気に入っているから、傷付けたりはしないはずだっ!! だから早く、
真昼に向かって、必死に手を伸ばしながら、叫んだ桜哉の口からついて出たのは、隠していた本心だった。
―――――刹那、その言葉に被さるように、ドン、と響き渡った音。
それは、暴走を始めていたクロの身体を貫いた、狙撃音だった。
―――――ビルの上には二人組の影。
―――――袖口から硝煙を立ち上らせ、銃を構える男に、傍らに居た男が不敵な口調で言った。
「さあ、ジェジェ、やっちゃって?」
―――――刹那、降り立った黒衣の衣装を纏った存在。
―――――倒れ伏したクロの背中を、抵抗できないように踏みつけると同時に、袖口から出した二丁の銃で容赦のない弾丸の雨を浴びせていく。
―――――結果、人型を保てなくなったクロが黒猫の姿になると、化け物と黒い沼もまた、その場から消失したのだ。
【本館/17・8/19掲載/別館/17・8/21転記】
