第五章『嘘に隠れた想いと描いた未来』
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「―――――・・・ここが、私が暮らしている真昼君の家よ」
「ふぅん。ここが城田真昼と瑪瑙瑠璃。それと怠惰の兄さんが暮らしている家かぁ」
緊張感が漂う中、椿を家に招き入れ、リビングに来たところで、すぐに話を始めることになるかと思いきや。
「あははは。とりあえず、買ってきた食材をしまったら? それくらいの時間は待つよ? ―――――あと、さっきも言った通り、僕は君とゆっくり話をしたいんだ。だから、お茶の用意もよろしくね」
椿は笑みを浮かべながらそう言ったのだ。
「・・・分かったわ。じゃあ、そこのソファーに座って、待っていて貰えるかしら」
冷蔵庫に入れなければならない食材もあるのは事実であった為、戸惑いつつも瑠璃は頷いてそう告げると、それらを手早く仕舞い。
―――――すぐさま、お茶の用意に取り掛かったのだ。
冷蔵庫には、真昼が好きなオレンジジュースと、クロが好きなコーラがあったが、椿がそれらを飲む姿は想像が付かず。
―――――瑠璃が用意したのは、先程スーパーで食材と共に購入した、抹茶ラテだった。
粉末のそれを少量のお湯で溶かし、さらに水と氷を入れれば、アイス抹茶ラテになる。
「・・・・椿。お茶の用意が出来たわよ」
「ありがとう、瑪瑙瑠璃」
お盆に乗せてきた二つのグラスを、ソファーの近くにある、小さなテーブルの上に瑠璃がそっと置くと、ふわっと抹茶独特の香りが椿の鼻孔をくすぐった。
「あは」と椿は口元に小さく笑みを浮かべると、カップに視線を向けながら言った。
「―――――この匂い、抹茶だよね?」
「・・・・えぇ。オレンジジュースとかコーラもあったのだけど、椿はそういうのは飲まないでしょう?」
「うん、そうだね。僕は抹茶味のモノの方が好きだからね♪」
窺うように視線を向けた瑠璃の言葉に、椿は嬉しそうに目を細めながら頷く。
その様子を見て思わず瑠璃は安堵の息を吐くのと同時に、「それなら良かった」と微かな微笑みを零すと、椿はきょとんとした表情を浮かべた。
「あはっ。あははははははははは!! あ―――――面白くない・・・・こともない」
そして、またもや椿は笑いだしたのだが、その最後に続けられた言葉は、幾度か耳にしたそれとは異なるものだった。
「―――――それじゃあ、瑪瑙瑠璃。君もここに座ってよ。それで君が淹れてくれたお茶を飲みながら話を始めよう。でも、まずは君からだよ? そうしたら、僕も君が知りたがっていることに答えてあげるからさ」
それからグラスを手にすると、椿は口元に弧を描きながら、瑠璃にそう言ったのだ。
椿が瑠璃の知りたい話をする代わりの条件として提示してきたのは―――――
―――――瑠璃が何処から来たのか。
―――――〝怠惰〟の真祖である兄といつ、何処で知り合ったのか。
椿の真意は分からないが、『彼』が椿の下位であるのかどうか、訊く為には条件を受け入れるしかない。
椿の隣に瑠璃は腰を下ろすと、身体はまた緊張感を帯び始めていたが、しかし、言葉は閊える事は無く―――――。
先日、真昼に話したのとほぼ変わらぬものを椿にも語り始めたのだ。
「―――――・・・これが、私から話せること全てよ」
それから一通り話し終えた処で、恐る恐る、隣に座る憂鬱の真祖の反応を確認するために、瑠璃が顔をそちらに向けると―――――
「あっは! あはははははははっ!! あはっあははははは!! あはははははははは!! あ――――・・・面白くない」
サングラス越しに見える、椿の真紅の瞳は、先程までの愉しそうだった様子とは一変して、不満そうな雰囲気を宿していた。
それに対して、瑠璃は何と言えば良いのか解らず、眉根を寄せながら椿の様子を見ていると、
「―――――僕たち、吸血鬼の間でも、ある噂話があったんだよ」
笑い終えた椿は手にしていた飲みかけのグラスをテーブルに置くと淡々と口を開いたのだ。
「吸血鬼にとっては魅惑の血を持つ者であり、吸血鬼の真祖の〝花嫁〟にも為りえる存在。〝ミストレス〟は、こちらとは似て非なる世界――――――所謂『異世界』にいるらしい。そして紅い月が出ている夜―――――その『異世界』に繋がる路が境界線に現れるのだという。でも、境界線の場所は不確定だったから、今まで真祖の誰も〝ミストレス〟は見つけられなかった」
吸血鬼達の間で流れていたという噂話は、瑠璃が〝こちら〟に来る前に耳にしていた話と、〝大本の部分〟は変わらないものではあったが、何故、今その話を椿が口にしたのか。
眉を顰めた瑠璃を、椿はチラリと一瞥すると、昏い影を宿した瞳で言った。
「僕は『人間』は好きじゃない。だから〝ミストレス〟という存在も、僕にとっては戦争を有利に運ぶ為に必要な『モノ』と云うふうにしか考えていなかった。だから、一人だけ消息が掴めずにいた怠惰の兄さんが、〝ミストレス〟と『誓約』を結んだらしいという情報を掴んだときは、とりあえず〝ミストレス〟は、殺さずに回収してきて 、〝血〟さえ手に入れられればそれでいいと思ってた。だけど―――――・・・・」
ふと、椿は言葉を途切れさせると、ゆっくりと伸ばした左手で瑠璃の右頬に触れてきた。
「・・・・・・っ」
目を見開き、小さく息を呑んだ瑠璃に、椿は眉尻を下げると、視線を合わせたまま、
「―――――・・・ねぇ、瑪瑙瑠璃。もし、怠惰の兄さんじゃなくて『僕』が君と〝最初〟に出逢っていたら・・・・君は『僕』を選んでくれたのかな?」
「・・・・―――――え?」
椿からの思いもよらぬ言葉に、瑠璃は呆然となってしまう。
「僕たち吸血鬼は、君の魅惑の血に本能的に惹かれる。・・・・だからなのかな? 怠惰の兄さんと相対したあの日。君が自身を顧みることなく、兄さんを庇ったあの姿を目にしてから、時折、君の事を思い出すようになって・・・・。君の事が知りたいと、〝自分のモノ〟にしたいと思うようになっていた」
「・・・・椿・・・・」
こちらを見つめてくる椿の真紅の瞳は、自身でも解らない、感情を持てあましているようだった。
―――――椿のその想いに対して『私』は、〝どう向き合えば〟良いのだろうか。
―――――〝怠惰〟の真祖〝沈黙する終焉 〟という通り名を持つ、クロと瑠璃が『誓約』を結ぶ事になったのは、成り行きによるものだった。
けれど、一緒に過ごす中で、クロという存在は―――――瑠璃にとっては『大切な家族』になった。
そして、まだハッキリとは解らないけれど・・・・。
多分・・・・『大切な存在』にもなりつつあるのだと思う。
―――――けれど、もしも、クロではなく・・・・〝憂鬱〟の真祖〝招かれざる八番目 〟という通り名を持つ、〝椿〟と最初に出逢って『誓約』を結んでいたら?
瑠璃は目を瞬かせると、椿の瞳を見つめ返し、静かに口を開いた。
「・・・・椿。私からも訊いてもいいかしら? もしも、私が貴方と『誓約』を結んでいたとしたら、貴方は『兄弟戦争』を起こすような真似はしなかった?」
この前、相対した時とは違い、全てではないにせよ、椿の〝心〟は閉ざされておらず、こうして対話をきちんと行えている。
―――――もしかしたら、いまなら聴くことが出来るかもしれない。
―――――椿の本当の想いを。
「・・・・問いに対して、問いで返すなんて・・・・面白くないね」
と―――――瑠璃の言葉に対して、椿は自嘲的な笑みを浮かべると言った。
「そうだね。もし、君が僕と『誓約』を結んでいたとしても、僕は『兄弟戦争』を起こすのは止めなかったと思うよ。―――――だって〝先生〟の為の戦争なんだから」
どうやら椿の心の奥底には、〝先生〟という存在が大きく根付いているらしい。
自分の頬に触れている椿の左手に、瑠璃はそっと両手を伸ばし触れると、口を開いた。
「・・・・そう。それなら私の『答』も―――――残念だけど貴方の望むものにはならないわ。椿、貴方と〝最初〟に出逢っていたら私は、『誓約』は貴方と結んでいたかもしれない。だけど、貴方がたくさんの人を巻き込んで『兄弟戦争』を起こすのだと云う事を知ったら、私は貴方を止めるために、真昼君たちの側に着く事を選んでいたと思うわ。だって―――――・・・・『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてしてほしくないから」
―――――私のこの言葉は、『綺麗事』だと『偽善的』だと云われてしまうかもしれない
―――――けれど、やっぱり私は椿の考えには賛同することが出来ない
―――――だから・・・・・
「あっは・・・・あははははっあはははははははは!! あははははははっ。あ―――――・・・・面白くない」
真紅の瞳は、瑠璃が『大切な家族』と云う言葉を口にした瞬間、驚いた様子で見開かれていた。
そして、頬に添えていた手をスルリと離すと、そこに触れていた瑠璃の両手も降ろされる形になり―――――その後、椿のあの笑い声がまた部屋の中に響き渡った。
それから、笑い終えた椿は、右手の着物の袂で口元を覆い、ふぅと息を吐くと、「・・・・『大切な家族』か」と呟き。
「―――――・・・・それじゃあ、僕の『家族』の一人の話をしようか。それが、君が知りたがっていた事の『答』になると思うよ」
抑揚のない口調でそう言ったのだ。
―――――それは嘘つきの街で生まれた嘘つきの子供の話。
―――――まず、彼に嘘をついたのは彼の姉だった。
夕闇の中、公園のブランコには姉弟が二人きり。
そこで姉は弟に言った。
『―――――桜哉、今日はお父さんが帰って来るからね。桜哉は部屋から出たらだめだからね』
『・・・・・・姉ちゃんは・・・?』
『姉ちゃんは大丈夫だから心配しないで』
隣のブランコに腰を下ろしながら、生気のない瞳で尋ねかけてきた弟に、姉は静かな声でそう告げたのだ。
しかし―――――
夜、父親が帰宅してきた処で、やはり姉の様子が気になり、少年がそっと、閉ざしていた部屋の襖を僅かに開けて、そこから部屋の外の様子を窺い見ると、
『物音を立てたらだめだからね』
ベランダの外には、母親と姉。そして父親の姿が在った。
『・・・私が死んだらいくら入るの?』
姉の左側には母親が、右側には父親が立っており、姉の背には、父親の左手が置かれていた。
『桜哉には何もしないで』
逃げ道を塞がれた姉は、そちらを見る事は無く、父親に向かって懇願するように言った。
『・・・あぁ。約束するよ』
それに対して父親は、嘲るような笑みを浮かべながら頷いた。
姉がベランダから飛び降りたのは、その直後の事だった。
その光景を目にした瞬間、少年は姉の言いつけを守って、息を潜めていた部屋から、言葉にならない叫び声を上げながら飛び出していた。
けれど、少年がベランダに飛び出そうとした処で、首根っこを父親に左手で捕らえられ、右手で口を塞がれてしまった。
母親は冷然とした眼差しで少年を見つめながら、素早く窓を閉めると、外から室内が目に触れないように、カーテンも閉めてしまう。
『これは事故だ。明日警察が来たらお前とふざけていて落ちたと言うんだ。さもないとお前も同じことになるぞ。お姉ちゃんはお前を守って死んだんだ。無駄にはしたくないだろう?』
父親は少年を取り押さえたまま、低い声で脅しつけるように言った。
少年は父親の言葉に、恐怖し、唯一の存在だった姉を失った悲しみに、声を上げることも出来ず、ただ涙を流すしか出来なかった。
翌日、警察が事情聴取に来たところで、少年は昨晩父親に言われた通り。
『オレとふざけて遊んでて・・・・・・』
―――――そう警察に話をしたのだ。
―――――彼は初めて嘘をついた。
―――――そして彼の家には多額の保険金が下りた。
―――――マンションの住民は彼の家がおかしいことを知っていたはずなのに、みんな関わりたくなくて嘘をついた。
―――――彼女は街に殺された。
―――――そして6年後。彼に用意されたのは姉と全く同じ道だった。
「・・・・・・っ」
「―――――ねぇ、瑪瑙瑠璃。知ってた?下位吸血鬼 は死にかけた 人間に真祖 の血を飲ませると作れるんだよ。そして下位 は自分を作った真祖 に従わないといけない」
固く両手を膝の上で握りしめ、愕然とした表情を浮かべた瑠璃を抱き寄せると、椿は囁くように言った。
「―――――今頃、〝桜哉〟と城田真昼は殺し合いになっているんじゃないかな? 〝桜哉〟にはそうするよう僕が命じたからね」
「っ・・・・―――――!?」
真昼君にとって、桜哉君は『大切な友人』だ。
それはきっと、桜哉君にとっても〝同じ〟はず。
それなのに、そんな残酷な事を命じるなんて。
すぐに二人を探し出して、止めなければ。
そう思い瑠璃は椿から離れようとしたのだが、椿の腕の力は弱まらず。
「―――――椿っ・・・・お願い離してっ!!」
「・・・・離したら、君は二人を止めに行くんだろう? だけど、あの場所には桜哉だけじゃなく、ベルキアも一緒だからね。兄さんの相手はベルキアがしていると思うけど、場合によっては、また君は傷を負う事になるかもしれない。―――――それは僕の本意じゃないからね」
気付けば、後頭部に椿の左手が在り、先程よりもさらに至近距離に、椿の顔が近づいてくる。
「・・・・~~~―――――っ!?」
瑠璃の口に椿の口が重なった。
目を見開き、椿の身体を両手で押し返そうとするが離れる事は無く。
「っ・・・・んぅ・・・ぁ」
慣れない感覚に、すぐに酸素が足りなくなり、開いてしまった口の隙間から、一瞬の隙をつかれて、侵入してきた椿の舌に、瑠璃の舌もまた絡め取られてしまう。
「・・・・はぁ・・・知ってた? ・・・・〝瑠璃〟―――――『誓約』は、上書きが出来るんだよ」
そうして、瑠璃の抵抗する力が弱くなったところで、椿は口を離すと、ニヤリと笑みを浮かべ、今度は首筋に顔を近づけてくる。
「・・・・っ、ん・・っ・・」
首筋を舐められた感覚に、思わず身体が震えてしまう。
―――――椿と〝最初〟に出逢っていたら、『誓約』は結んでいたかもしれない
―――――椿に話したその想いに偽りはない
―――――彼を『家族』と云った事も
―――――だけど・・・・・・
―――――私が出逢って『誓約』を結んだのは、〝怠惰〟だけど、心根は優しい、引きこもりの吸血鬼であるクロなのだ
―――――向き合えないと言いながらも、クロは真昼君と私の事を助けてくれる
―――――けれど、クロの事は、まだ解らないことが、たくさんある
―――――彼の口癖である、〝向き合えない〟という言葉
―――――その根底に潜んでいる、自身で決断することに対する〝迷い〟と〝恐れ〟
―――――クロが抱えているモノがなんなのか
―――――いつか、〝一緒に向き合えたら〟いいと思う
―――――だって私が、いま結んでいる『誓約』はクロとの絆を示すものだと思うから
―――――だから、私は椿と『誓約』を結ぶ訳にはいかない
抵抗する力は残ってはいないものの、瑠璃の自由になっていた右手は、胸元に在る『力』から貰った『鍵』に触れていた。
―――――この『鍵』は、私が立ち向かうために、手に入れた『力』
―――――どう使うかは、〝私の心次第〟
「・・・・っ・・ぁ・・!?」
瑠璃の首筋に、椿が顔を埋め、口付ける。
そうして首筋に椿の牙が触れた刹那。
「・・・・っ・・・・ごめんなさい、椿・・・・私は貴方と『誓約』は結べない」
―――――瑠璃の口から謝罪の言葉が紡ぎ出された。
―――――それと同時に、その胸元に在った銀色の鍵が眩い光を放ったのだ。
「―――――!?」
反射的に瑠璃を解放して、椿は距離を取る。
光に包まれたまま、ゆっくりと立ち上がった瑠璃は、椿に静かな声で告げた。
「―――――桜哉君と真昼君の所に私は行くわ。二人を止めるために」
瑠璃の姿が、その場から消え去ったのは、それからすぐの事だった。
「・・・・・・あははははははっ、あはははははは、あははははははははっ。あ―――――面白くない」
―――――瑠璃が身に付けていた『鍵』は、顔を合わせた段階で、微かな発動の兆候を見せてはいたが。
―――――まさか、このタイミングで、発動するとは。
「―――――『武器』じゃないみたいだったけど、あの力は彼女が使いこなせるようになったら、ちょっと厄介なことになるかもしれないね」
やれやれという様子で息を吐いた椿は、肩を竦めると、テーブルに残された二つのグラスを一瞥する。
「・・・・だけど、僕は諦めるつもりはないよ。―――――〝瑠璃〟」
と―――――名前を口にした椿の脳裏に思い出されたのは
―――――家に招いてもらってから見た、瑠璃の笑顔。
―――――〝桜哉〟の話をした時の愕然とした顔。
――――― 先程、抱きすくめてキスをした時の瑠璃の姿。
―――――それから、キスをした処で、自身の口からは無意識にだが、瑠璃の『名前』が紡ぎ出されていた。
「あは・・・悪くないね」
胸に湧き上がる高揚感に、椿は口元を吊り上げ、ニヤリと笑みを浮かべると、リビングから出て玄関の扉に向かっていく。
「―――――さてと、それじゃあ、僕もまぜて貰いに行こうかな」
+++++++++++++++++++++++
【本館/17・8/6掲載/別館/17・8/7転記】
※※※今回のお話は、前回のクロのモノ以上に、何ともアレな内容になってますが、お目汚しになってしまいましたら申し訳ありません。。。。※※※
(フラグが立つような内容のモノは力量的に描けないので、今後も絡みを入れるとしても、このレベルに留まると思われます)
「ふぅん。ここが城田真昼と瑪瑙瑠璃。それと怠惰の兄さんが暮らしている家かぁ」
緊張感が漂う中、椿を家に招き入れ、リビングに来たところで、すぐに話を始めることになるかと思いきや。
「あははは。とりあえず、買ってきた食材をしまったら? それくらいの時間は待つよ? ―――――あと、さっきも言った通り、僕は君とゆっくり話をしたいんだ。だから、お茶の用意もよろしくね」
椿は笑みを浮かべながらそう言ったのだ。
「・・・分かったわ。じゃあ、そこのソファーに座って、待っていて貰えるかしら」
冷蔵庫に入れなければならない食材もあるのは事実であった為、戸惑いつつも瑠璃は頷いてそう告げると、それらを手早く仕舞い。
―――――すぐさま、お茶の用意に取り掛かったのだ。
冷蔵庫には、真昼が好きなオレンジジュースと、クロが好きなコーラがあったが、椿がそれらを飲む姿は想像が付かず。
―――――瑠璃が用意したのは、先程スーパーで食材と共に購入した、抹茶ラテだった。
粉末のそれを少量のお湯で溶かし、さらに水と氷を入れれば、アイス抹茶ラテになる。
「・・・・椿。お茶の用意が出来たわよ」
「ありがとう、瑪瑙瑠璃」
お盆に乗せてきた二つのグラスを、ソファーの近くにある、小さなテーブルの上に瑠璃がそっと置くと、ふわっと抹茶独特の香りが椿の鼻孔をくすぐった。
「あは」と椿は口元に小さく笑みを浮かべると、カップに視線を向けながら言った。
「―――――この匂い、抹茶だよね?」
「・・・・えぇ。オレンジジュースとかコーラもあったのだけど、椿はそういうのは飲まないでしょう?」
「うん、そうだね。僕は抹茶味のモノの方が好きだからね♪」
窺うように視線を向けた瑠璃の言葉に、椿は嬉しそうに目を細めながら頷く。
その様子を見て思わず瑠璃は安堵の息を吐くのと同時に、「それなら良かった」と微かな微笑みを零すと、椿はきょとんとした表情を浮かべた。
「あはっ。あははははははははは!! あ―――――面白くない・・・・こともない」
そして、またもや椿は笑いだしたのだが、その最後に続けられた言葉は、幾度か耳にしたそれとは異なるものだった。
「―――――それじゃあ、瑪瑙瑠璃。君もここに座ってよ。それで君が淹れてくれたお茶を飲みながら話を始めよう。でも、まずは君からだよ? そうしたら、僕も君が知りたがっていることに答えてあげるからさ」
それからグラスを手にすると、椿は口元に弧を描きながら、瑠璃にそう言ったのだ。
椿が瑠璃の知りたい話をする代わりの条件として提示してきたのは―――――
―――――瑠璃が何処から来たのか。
―――――〝怠惰〟の真祖である兄といつ、何処で知り合ったのか。
椿の真意は分からないが、『彼』が椿の下位であるのかどうか、訊く為には条件を受け入れるしかない。
椿の隣に瑠璃は腰を下ろすと、身体はまた緊張感を帯び始めていたが、しかし、言葉は閊える事は無く―――――。
先日、真昼に話したのとほぼ変わらぬものを椿にも語り始めたのだ。
「―――――・・・これが、私から話せること全てよ」
それから一通り話し終えた処で、恐る恐る、隣に座る憂鬱の真祖の反応を確認するために、瑠璃が顔をそちらに向けると―――――
「あっは! あはははははははっ!! あはっあははははは!! あはははははははは!! あ――――・・・面白くない」
サングラス越しに見える、椿の真紅の瞳は、先程までの愉しそうだった様子とは一変して、不満そうな雰囲気を宿していた。
それに対して、瑠璃は何と言えば良いのか解らず、眉根を寄せながら椿の様子を見ていると、
「―――――僕たち、吸血鬼の間でも、ある噂話があったんだよ」
笑い終えた椿は手にしていた飲みかけのグラスをテーブルに置くと淡々と口を開いたのだ。
「吸血鬼にとっては魅惑の血を持つ者であり、吸血鬼の真祖の〝花嫁〟にも為りえる存在。〝ミストレス〟は、こちらとは似て非なる世界――――――所謂『異世界』にいるらしい。そして紅い月が出ている夜―――――その『異世界』に繋がる路が境界線に現れるのだという。でも、境界線の場所は不確定だったから、今まで真祖の誰も〝ミストレス〟は見つけられなかった」
吸血鬼達の間で流れていたという噂話は、瑠璃が〝こちら〟に来る前に耳にしていた話と、〝大本の部分〟は変わらないものではあったが、何故、今その話を椿が口にしたのか。
眉を顰めた瑠璃を、椿はチラリと一瞥すると、昏い影を宿した瞳で言った。
「僕は『人間』は好きじゃない。だから〝ミストレス〟という存在も、僕にとっては戦争を有利に運ぶ為に必要な『モノ』と云うふうにしか考えていなかった。だから、一人だけ消息が掴めずにいた怠惰の兄さんが、〝ミストレス〟と『誓約』を結んだらしいという情報を掴んだときは、とりあえず〝ミストレス〟は、殺さずに
ふと、椿は言葉を途切れさせると、ゆっくりと伸ばした左手で瑠璃の右頬に触れてきた。
「・・・・・・っ」
目を見開き、小さく息を呑んだ瑠璃に、椿は眉尻を下げると、視線を合わせたまま、
「―――――・・・ねぇ、瑪瑙瑠璃。もし、怠惰の兄さんじゃなくて『僕』が君と〝最初〟に出逢っていたら・・・・君は『僕』を選んでくれたのかな?」
「・・・・―――――え?」
椿からの思いもよらぬ言葉に、瑠璃は呆然となってしまう。
「僕たち吸血鬼は、君の魅惑の血に本能的に惹かれる。・・・・だからなのかな? 怠惰の兄さんと相対したあの日。君が自身を顧みることなく、兄さんを庇ったあの姿を目にしてから、時折、君の事を思い出すようになって・・・・。君の事が知りたいと、〝自分のモノ〟にしたいと思うようになっていた」
「・・・・椿・・・・」
こちらを見つめてくる椿の真紅の瞳は、自身でも解らない、感情を持てあましているようだった。
―――――椿のその想いに対して『私』は、〝どう向き合えば〟良いのだろうか。
―――――〝怠惰〟の真祖〝
けれど、一緒に過ごす中で、クロという存在は―――――瑠璃にとっては『大切な家族』になった。
そして、まだハッキリとは解らないけれど・・・・。
多分・・・・『大切な存在』にもなりつつあるのだと思う。
―――――けれど、もしも、クロではなく・・・・〝憂鬱〟の真祖〝
瑠璃は目を瞬かせると、椿の瞳を見つめ返し、静かに口を開いた。
「・・・・椿。私からも訊いてもいいかしら? もしも、私が貴方と『誓約』を結んでいたとしたら、貴方は『兄弟戦争』を起こすような真似はしなかった?」
この前、相対した時とは違い、全てではないにせよ、椿の〝心〟は閉ざされておらず、こうして対話をきちんと行えている。
―――――もしかしたら、いまなら聴くことが出来るかもしれない。
―――――椿の本当の想いを。
「・・・・問いに対して、問いで返すなんて・・・・面白くないね」
と―――――瑠璃の言葉に対して、椿は自嘲的な笑みを浮かべると言った。
「そうだね。もし、君が僕と『誓約』を結んでいたとしても、僕は『兄弟戦争』を起こすのは止めなかったと思うよ。―――――だって〝先生〟の為の戦争なんだから」
どうやら椿の心の奥底には、〝先生〟という存在が大きく根付いているらしい。
自分の頬に触れている椿の左手に、瑠璃はそっと両手を伸ばし触れると、口を開いた。
「・・・・そう。それなら私の『答』も―――――残念だけど貴方の望むものにはならないわ。椿、貴方と〝最初〟に出逢っていたら私は、『誓約』は貴方と結んでいたかもしれない。だけど、貴方がたくさんの人を巻き込んで『兄弟戦争』を起こすのだと云う事を知ったら、私は貴方を止めるために、真昼君たちの側に着く事を選んでいたと思うわ。だって―――――・・・・『大切な家族』に、何も知らない人たちの命を奪って、兄弟で争うなんてしてほしくないから」
―――――私のこの言葉は、『綺麗事』だと『偽善的』だと云われてしまうかもしれない
―――――けれど、やっぱり私は椿の考えには賛同することが出来ない
―――――だから・・・・・
「あっは・・・・あははははっあはははははははは!! あははははははっ。あ―――――・・・・面白くない」
真紅の瞳は、瑠璃が『大切な家族』と云う言葉を口にした瞬間、驚いた様子で見開かれていた。
そして、頬に添えていた手をスルリと離すと、そこに触れていた瑠璃の両手も降ろされる形になり―――――その後、椿のあの笑い声がまた部屋の中に響き渡った。
それから、笑い終えた椿は、右手の着物の袂で口元を覆い、ふぅと息を吐くと、「・・・・『大切な家族』か」と呟き。
「―――――・・・・それじゃあ、僕の『家族』の一人の話をしようか。それが、君が知りたがっていた事の『答』になると思うよ」
抑揚のない口調でそう言ったのだ。
―――――それは嘘つきの街で生まれた嘘つきの子供の話。
―――――まず、彼に嘘をついたのは彼の姉だった。
夕闇の中、公園のブランコには姉弟が二人きり。
そこで姉は弟に言った。
『―――――桜哉、今日はお父さんが帰って来るからね。桜哉は部屋から出たらだめだからね』
『・・・・・・姉ちゃんは・・・?』
『姉ちゃんは大丈夫だから心配しないで』
隣のブランコに腰を下ろしながら、生気のない瞳で尋ねかけてきた弟に、姉は静かな声でそう告げたのだ。
しかし―――――
夜、父親が帰宅してきた処で、やはり姉の様子が気になり、少年がそっと、閉ざしていた部屋の襖を僅かに開けて、そこから部屋の外の様子を窺い見ると、
『物音を立てたらだめだからね』
ベランダの外には、母親と姉。そして父親の姿が在った。
『・・・私が死んだらいくら入るの?』
姉の左側には母親が、右側には父親が立っており、姉の背には、父親の左手が置かれていた。
『桜哉には何もしないで』
逃げ道を塞がれた姉は、そちらを見る事は無く、父親に向かって懇願するように言った。
『・・・あぁ。約束するよ』
それに対して父親は、嘲るような笑みを浮かべながら頷いた。
姉がベランダから飛び降りたのは、その直後の事だった。
その光景を目にした瞬間、少年は姉の言いつけを守って、息を潜めていた部屋から、言葉にならない叫び声を上げながら飛び出していた。
けれど、少年がベランダに飛び出そうとした処で、首根っこを父親に左手で捕らえられ、右手で口を塞がれてしまった。
母親は冷然とした眼差しで少年を見つめながら、素早く窓を閉めると、外から室内が目に触れないように、カーテンも閉めてしまう。
『これは事故だ。明日警察が来たらお前とふざけていて落ちたと言うんだ。さもないとお前も同じことになるぞ。お姉ちゃんはお前を守って死んだんだ。無駄にはしたくないだろう?』
父親は少年を取り押さえたまま、低い声で脅しつけるように言った。
少年は父親の言葉に、恐怖し、唯一の存在だった姉を失った悲しみに、声を上げることも出来ず、ただ涙を流すしか出来なかった。
翌日、警察が事情聴取に来たところで、少年は昨晩父親に言われた通り。
『オレとふざけて遊んでて・・・・・・』
―――――そう警察に話をしたのだ。
―――――彼は初めて嘘をついた。
―――――そして彼の家には多額の保険金が下りた。
―――――マンションの住民は彼の家がおかしいことを知っていたはずなのに、みんな関わりたくなくて嘘をついた。
―――――彼女は街に殺された。
―――――そして6年後。彼に用意されたのは姉と全く同じ道だった。
「・・・・・・っ」
「―――――ねぇ、瑪瑙瑠璃。知ってた?
固く両手を膝の上で握りしめ、愕然とした表情を浮かべた瑠璃を抱き寄せると、椿は囁くように言った。
「―――――今頃、〝桜哉〟と城田真昼は殺し合いになっているんじゃないかな? 〝桜哉〟にはそうするよう僕が命じたからね」
「っ・・・・―――――!?」
真昼君にとって、桜哉君は『大切な友人』だ。
それはきっと、桜哉君にとっても〝同じ〟はず。
それなのに、そんな残酷な事を命じるなんて。
すぐに二人を探し出して、止めなければ。
そう思い瑠璃は椿から離れようとしたのだが、椿の腕の力は弱まらず。
「―――――椿っ・・・・お願い離してっ!!」
「・・・・離したら、君は二人を止めに行くんだろう? だけど、あの場所には桜哉だけじゃなく、ベルキアも一緒だからね。兄さんの相手はベルキアがしていると思うけど、場合によっては、また君は傷を負う事になるかもしれない。―――――それは僕の本意じゃないからね」
気付けば、後頭部に椿の左手が在り、先程よりもさらに至近距離に、椿の顔が近づいてくる。
「・・・・~~~―――――っ!?」
瑠璃の口に椿の口が重なった。
目を見開き、椿の身体を両手で押し返そうとするが離れる事は無く。
「っ・・・・んぅ・・・ぁ」
慣れない感覚に、すぐに酸素が足りなくなり、開いてしまった口の隙間から、一瞬の隙をつかれて、侵入してきた椿の舌に、瑠璃の舌もまた絡め取られてしまう。
「・・・・はぁ・・・知ってた? ・・・・〝瑠璃〟―――――『誓約』は、上書きが出来るんだよ」
そうして、瑠璃の抵抗する力が弱くなったところで、椿は口を離すと、ニヤリと笑みを浮かべ、今度は首筋に顔を近づけてくる。
「・・・・っ、ん・・っ・・」
首筋を舐められた感覚に、思わず身体が震えてしまう。
―――――椿と〝最初〟に出逢っていたら、『誓約』は結んでいたかもしれない
―――――椿に話したその想いに偽りはない
―――――彼を『家族』と云った事も
―――――だけど・・・・・・
―――――私が出逢って『誓約』を結んだのは、〝怠惰〟だけど、心根は優しい、引きこもりの吸血鬼であるクロなのだ
―――――向き合えないと言いながらも、クロは真昼君と私の事を助けてくれる
―――――けれど、クロの事は、まだ解らないことが、たくさんある
―――――彼の口癖である、〝向き合えない〟という言葉
―――――その根底に潜んでいる、自身で決断することに対する〝迷い〟と〝恐れ〟
―――――クロが抱えているモノがなんなのか
―――――いつか、〝一緒に向き合えたら〟いいと思う
―――――だって私が、いま結んでいる『誓約』はクロとの絆を示すものだと思うから
―――――だから、私は椿と『誓約』を結ぶ訳にはいかない
抵抗する力は残ってはいないものの、瑠璃の自由になっていた右手は、胸元に在る『力』から貰った『鍵』に触れていた。
―――――この『鍵』は、私が立ち向かうために、手に入れた『力』
―――――どう使うかは、〝私の心次第〟
「・・・・っ・・ぁ・・!?」
瑠璃の首筋に、椿が顔を埋め、口付ける。
そうして首筋に椿の牙が触れた刹那。
「・・・・っ・・・・ごめんなさい、椿・・・・私は貴方と『誓約』は結べない」
―――――瑠璃の口から謝罪の言葉が紡ぎ出された。
―――――それと同時に、その胸元に在った銀色の鍵が眩い光を放ったのだ。
「―――――!?」
反射的に瑠璃を解放して、椿は距離を取る。
光に包まれたまま、ゆっくりと立ち上がった瑠璃は、椿に静かな声で告げた。
「―――――桜哉君と真昼君の所に私は行くわ。二人を止めるために」
瑠璃の姿が、その場から消え去ったのは、それからすぐの事だった。
「・・・・・・あははははははっ、あはははははは、あははははははははっ。あ―――――面白くない」
―――――瑠璃が身に付けていた『鍵』は、顔を合わせた段階で、微かな発動の兆候を見せてはいたが。
―――――まさか、このタイミングで、発動するとは。
「―――――『武器』じゃないみたいだったけど、あの力は彼女が使いこなせるようになったら、ちょっと厄介なことになるかもしれないね」
やれやれという様子で息を吐いた椿は、肩を竦めると、テーブルに残された二つのグラスを一瞥する。
「・・・・だけど、僕は諦めるつもりはないよ。―――――〝瑠璃〟」
と―――――名前を口にした椿の脳裏に思い出されたのは
―――――家に招いてもらってから見た、瑠璃の笑顔。
―――――〝桜哉〟の話をした時の愕然とした顔。
――――― 先程、抱きすくめてキスをした時の瑠璃の姿。
―――――それから、キスをした処で、自身の口からは無意識にだが、瑠璃の『名前』が紡ぎ出されていた。
「あは・・・悪くないね」
胸に湧き上がる高揚感に、椿は口元を吊り上げ、ニヤリと笑みを浮かべると、リビングから出て玄関の扉に向かっていく。
「―――――さてと、それじゃあ、僕もまぜて貰いに行こうかな」
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【本館/17・8/6掲載/別館/17・8/7転記】
※※※今回のお話は、前回のクロのモノ以上に、何ともアレな内容になってますが、お目汚しになってしまいましたら申し訳ありません。。。。※※※
(フラグが立つような内容のモノは力量的に描けないので、今後も絡みを入れるとしても、このレベルに留まると思われます)
