第一章『誓約と契約』
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誓約と契約
『―――――ようこそ、〝ミストレス〟』
真っ暗な世界―――――意識が混濁した中、誰かのそんな言葉が聴こえた。
そうして目覚めると、目の前には猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみが居たのだ。
「・・・〝ミストレス〟?」
ちょこんと、胸に手を当てながらお辞儀をしてみせたぬいぐるみを、瑠璃は困惑の表情で見つめる。
『―――――君は選ばれたんだよ。そしてここは〝怠惰〟の吸血鬼―――――〝沈黙する終焉 〟の中』
「・・・〝怠惰〟の吸血鬼・・・スリーピーアッシュ?」
聞き慣れない名前に、思わずまた反復してしまう。
眉根を寄せる瑠璃に対して、ぬいぐるみは告げてくる。
『君には、この中で引きこもって眠っている彼を目覚めさせて欲しいんだ』
―――――・・・引きこもりの吸血鬼
果たしてそれは、どういう存在なのか
そして、目の前のぬいぐるみは・・・
「・・・貴方は、〝何〟なの?」
『ボクは、彼の一部、『力』の担当さ。――――とりあえず、案内するからついてきてくれるかな』
当惑する瑠璃に、ぬいぐるみはそう言うと歩き出す。
そこで留まる訳にもいかず、ランタンを手にしたぬいぐるみの後についていく。
そうして迷宮のように入り組んだ路を誘導されるままに進んでいくと、やがて辿り着いた場所に在ったのは、真っ黒な箱のようなモノだった。
その大きさは、ここまで自分を連れてきたぬいぐるみが入るくらい。
「・・・ねぇ、『力』くん。〝怠惰〟の吸血鬼のいる処まで私を案内してくれるんじゃなかったの? この箱は一体・・・」
『これを開ける事が出来るのは、〝ミストレス〟である君だけさ。さぁ、さぁ♪』
ぬいぐるみの事を何と呼ぶか一瞬迷ったものの、そのまま呼びかければ、『力』は軽くステップを踏むように跳ねながらどこか楽しげに促してくる。
とりあえず、言う事に従うしかなさそうだ。
仕方なく、瑠璃はしゃがんで箱に手を伸ばしていく。
その刹那―――――
「―――――っ痛・・・!?」
箱に指先が触れた瞬間、熱を持った感覚とともに、そこから紅い雫が滲みだしていたのだ。
そして、箱にその雫が零れ落ちた刹那、箱の四方に切り込みが入り、パカッとそれが開くと中から現れたのは―――――
「・・・えっと・・・猫?」
―――――・・・この猫、ここに来る前に見た黒猫に似てる?
丸まって眠っている猫に手を伸ばして抱え上げると、猫が僅かに身じろぎをして、鼻先をまだ血が止まっていない右手の中指に近づけてくる。
「あっ、ダメよ。血がついちゃう」
そう言って、片手で瑠璃は猫を抱き直そうとしたのだが、その前に猫の舌が血を舐めたのだ。
―――――ボン!!
刹那、響き渡った音と共に猫の姿は消え、変わりにそこには一人の青年が立っていた。
結果、瑠璃は青年に抱き着くような体制になってしまう。
「・・・・・え!? ・・・・え?!」
「・・・はぁ――――・・・向き合えねー・・・」
混乱する瑠璃をそのままに、青年がぼそりと呟く。
『やぁ、ようやくお目覚めだね。スリーピーアッシュ』
『力』が青年に向かって呼びかける。
「・・・スリーピーアッシュ・・・? ・・・貴方が?」
『そう、彼が〝怠惰〟の吸血鬼―――――スリーピーアッシュだよ』
『力』の言葉に、瑠璃は青年から身体を離して顔を上げる。
真紅の瞳に、目の下に隈があるものの、整った顔立ち。
そしてロングコートを羽織った彼の頭には猫の姿の時と同じ形状のフードがあった。
「・・・お前なぁ、オレはあのまま眠ってたかったのに・・・何で起こさせるような真似を・・・」
後頭部に片手を置き、猫背の姿勢で立ちながら気だるそうな口調で、青年―――――スリーピーアッシュが言う。
『無意識にせよ、彼女を招き入れたのは、君自身だよ。スリーピーアッシュ。だからボクは彼女をここまで連れて来たんだ。―――――〝ミストレス〟である彼女を』
「・・・無理に起こすような真似をしてしまってごめんなさい。でも、私を招き入れたのが貴方だというのなら教えてほしい。〝ミストレス〟って一体どういう意味なの?」
あくまでも、瑠璃が知っているのは、件の都市伝説のみ。
『力』が答えてくれないのならば、彼に聞くしかないだろう。
そう考え、謝罪を口にしたうえでスリーピーアッシュに尋ねかけたのだが、
「〝ミストレス〟っていうのは、吸血鬼にとっては魅惑の血を持つ者であり、吸血鬼の真祖の〝花嫁〟に為りえる存在でもあるんだよ」
「・・・吸血鬼の真祖の・・・〝花嫁〟?」
―――――まさか、〝ミストレス〟という呼び名に、そんな意味があったとは。
ここに来て、漸く『力』が話してくれた『真実』は思いもよらないものだった。
戸惑いの表情を浮かべる瑠璃からスリーピーアッシュは気まずそうな顔で視線を逸らすと、
「・・・まぁー・・・なんつーか・・・オレはあくまでも心優しい引きこもり吸血鬼・・・? だからな。・・・無理強いなんてめんどくせー事はするつもりはねーよ」
『でも、このまま、彼女を還しちゃったら他の下位吸血鬼 から狙われちゃうよ。だから、とりあえず、『誓約』だけは結んだ方がいいんじゃないかな』
何処から取り出したのか、丸いケーキに蝋燭を立てながら『力』が言う。
「―――――・・・『誓約』?」
「・・・めんどくせーけど、仕方ねーか・・・」
『力』の言葉に、スリーピーアッシュは眉を寄せると、一体何をするつもりなのか? と目を瞬かせた瑠璃の左腕を取り―――――
「・・・そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
「え? あぁ・・・私の名前は瑠璃。瑪瑙瑠璃よ」
真紅の瞳がこちらを一瞬捉え、
「・・・―――――瑠璃か。少し痛いかもしれないけど、我慢しろよな・・・」
その言葉と共にゆっくりと牙を突きたてたのだ。
「―――――・・・っぁ・・・」
皮膚に刺さった牙の感覚に、瑠璃は僅かに眉根を寄せると、喉からは微かに声が漏れ出しまう。
それは、刹那の出来事で、瑠璃の腕からスリーピーアッシュはすぐに顔を上げると、牙から滴った血を味わうように舌で舐めとり―――――。
―――――今度は自分の左腕に噛みつくと、流れ出してきた自身の血を、牙を立てた瑠璃の腕に垂らしたのだ。
―――――〝ミストレス〟と吸血鬼の真祖―――――
両者の血が混ざりあう事により、ミストレスの腕には〝誓約の証〟が現れる。
真紅のリング―――――その中心にはⅠという文字が刻まれていた。
「・・・とりあえず、これでひとまずは問題ねぇだろ」
瑠璃の腕に現れたリングを一瞥し、スリーピーアッシュが言う。
『―――――いま、この時を持って〝ミストレス〟とスリーピーアッシュの〝血の誓約〟は結ばれた。それじゃあ、一先ずこの場は幕引きとしようか』
と―――――『力』が言うと手にしていたケーキの蝋燭の火が揺らめき、
「・・・・・―――――?」
それを合図とするように瑠璃の意識はまた闇に沈んでいく。
蝋燭から伸びた煙は『Pledge』と文字を浮かび上がらせていた。
「―――――・・・はぁ―――外の世界にまた出る事になるなんて向きあえねー・・・」
意識を失って倒れ込んでしまいそうになった瑠璃の身体を抱きとめ、スリーピーアッシュは呟く。
けれど、こうして目覚めて『誓約』を結んでしまった以上、自分だけここにまた残るなんてことは出来ないのだ。
「・・・まぁ、とりあえずは・・・気ままなノラ生活をやるとするか」
幸いなことにこの『誓約』には距離の縛りはない。
だが、〝証〟がある限りは瑠璃の居場所を知ることは容易である。
時折、彼女の様子を見るようにしていれば問題はないだろう。
―――――こうして引きこもりの吸血鬼は外の世界に出ていくこととなり。
―――――〝ミストレス〟と〝怠惰〟の吸血鬼が再び会う事になるのは、彼がノラから〝飼い猫〟になった時の事である。
―――――〝怠惰〟の吸血鬼と『誓約』というものを結び。
―――――あの空間から、現実に戻った瑠璃が目覚めると、そこは見覚えのない場所。
―――――否、違う世界 だった。
何故、違う世界だと認識したのかと云えば、空間に取り込まれた時は夜だったはずの時が、昼間に変わっていた事から職場に連絡を取ろうとしたが繋がらず。
スマホで調べてみれば、その住所自体がこちらには存在していなかったのだ。
―――――吸血鬼の住む世界に足を踏み入れてしまったら最期、もう戻ることは出来ない。・・・あれは、こういう意味だったのか。
これからどうすれば良いのか、目覚めた公園のベンチで瑠璃が途方に暮れていた時―――――
「―――――お嬢さん、どうかしたのか? あぁ、怪しいもんじゃねよ。俺は城田徹っていうんだ。・・・って、腕、怪我してるじゃねぇか!? とりあえず、家がすぐ傍だ。手当てするから一緒に来てもらえるか?」
一人の男性に声を掛けられたのだ。
顔にまでかかる長さの癖のある前髪に、顎には無精髭。
そして頭にサングラスを乗せて、着崩したスーツを身に付けた彼の年齢は、30代半ばくらいだろうか。
普通なら、見知らぬ男性から声を掛けられれば警戒するところだが―――――。
「家には、お嬢さんと同じくらいの歳の、真昼っていう俺の甥もいるから、安心してもらって大丈夫だ」
二カッと笑みを浮かべた彼からは、本気でこちらを気遣って怪我の心配をしてくれているというのが伝わってきて。
言われるままに自宅に付いていき、手当てをして貰ったところで、さすがに〝吸血鬼〟の話は出来ないものの、怪我は〝猫〟に噛まれてしまったもので、気づけばあの場所に居て、勤めていた職場も無くなっていて、これからどうすれば良いか途方に暮れていたのだと話をしたら・・・・。
「つまり、住む場所もないってことだよな。―――――ならシンプルに考えて、ここに住めばいい」
―――――そう言って徹は手を差し伸べてくれたのだ。
「俺は仕事柄、出張で留守にすることが多いから、家のことは真昼に任せきりになっちまってるが。やっぱり、一人にさせとくのは心配だしな」
そして、徹の甥である真昼も―――――
「俺も叔父さんの意見に賛成だよ。シンプルに考えて、一人より二人の方が安心だろ」
―――――お日様のような暖かい笑顔でそう言って迎え入れてくれたのだ。
ちなみに、真昼は栗色の短髪にお日様のような笑顔が特徴的な、15歳の高校一年生―――――瑠璃より年下だったのだが、どうやら童顔である瑠璃の外見から年齢が近いと思われていたようで。
実年齢を告げたら、驚かれてしまったというのは今では笑い話の一つだ。
そうして、城田家でお世話になるようになってから、約一月余りたった頃。
思いもよらぬ形で、瑠璃は〝怠惰〟の吸血鬼と再会することになる。
【本館/17・2/19掲載/別館/17・2/21転記】
『―――――ようこそ、〝ミストレス〟』
真っ暗な世界―――――意識が混濁した中、誰かのそんな言葉が聴こえた。
そうして目覚めると、目の前には猫のような姿をした奇妙なぬいぐるみが居たのだ。
「・・・〝ミストレス〟?」
ちょこんと、胸に手を当てながらお辞儀をしてみせたぬいぐるみを、瑠璃は困惑の表情で見つめる。
『―――――君は選ばれたんだよ。そしてここは〝怠惰〟の吸血鬼―――――〝
「・・・〝怠惰〟の吸血鬼・・・スリーピーアッシュ?」
聞き慣れない名前に、思わずまた反復してしまう。
眉根を寄せる瑠璃に対して、ぬいぐるみは告げてくる。
『君には、この中で引きこもって眠っている彼を目覚めさせて欲しいんだ』
―――――・・・引きこもりの吸血鬼
果たしてそれは、どういう存在なのか
そして、目の前のぬいぐるみは・・・
「・・・貴方は、〝何〟なの?」
『ボクは、彼の一部、『力』の担当さ。――――とりあえず、案内するからついてきてくれるかな』
当惑する瑠璃に、ぬいぐるみはそう言うと歩き出す。
そこで留まる訳にもいかず、ランタンを手にしたぬいぐるみの後についていく。
そうして迷宮のように入り組んだ路を誘導されるままに進んでいくと、やがて辿り着いた場所に在ったのは、真っ黒な箱のようなモノだった。
その大きさは、ここまで自分を連れてきたぬいぐるみが入るくらい。
「・・・ねぇ、『力』くん。〝怠惰〟の吸血鬼のいる処まで私を案内してくれるんじゃなかったの? この箱は一体・・・」
『これを開ける事が出来るのは、〝ミストレス〟である君だけさ。さぁ、さぁ♪』
ぬいぐるみの事を何と呼ぶか一瞬迷ったものの、そのまま呼びかければ、『力』は軽くステップを踏むように跳ねながらどこか楽しげに促してくる。
とりあえず、言う事に従うしかなさそうだ。
仕方なく、瑠璃はしゃがんで箱に手を伸ばしていく。
その刹那―――――
「―――――っ痛・・・!?」
箱に指先が触れた瞬間、熱を持った感覚とともに、そこから紅い雫が滲みだしていたのだ。
そして、箱にその雫が零れ落ちた刹那、箱の四方に切り込みが入り、パカッとそれが開くと中から現れたのは―――――
「・・・えっと・・・猫?」
―――――・・・この猫、ここに来る前に見た黒猫に似てる?
丸まって眠っている猫に手を伸ばして抱え上げると、猫が僅かに身じろぎをして、鼻先をまだ血が止まっていない右手の中指に近づけてくる。
「あっ、ダメよ。血がついちゃう」
そう言って、片手で瑠璃は猫を抱き直そうとしたのだが、その前に猫の舌が血を舐めたのだ。
―――――ボン!!
刹那、響き渡った音と共に猫の姿は消え、変わりにそこには一人の青年が立っていた。
結果、瑠璃は青年に抱き着くような体制になってしまう。
「・・・・・え!? ・・・・え?!」
「・・・はぁ――――・・・向き合えねー・・・」
混乱する瑠璃をそのままに、青年がぼそりと呟く。
『やぁ、ようやくお目覚めだね。スリーピーアッシュ』
『力』が青年に向かって呼びかける。
「・・・スリーピーアッシュ・・・? ・・・貴方が?」
『そう、彼が〝怠惰〟の吸血鬼―――――スリーピーアッシュだよ』
『力』の言葉に、瑠璃は青年から身体を離して顔を上げる。
真紅の瞳に、目の下に隈があるものの、整った顔立ち。
そしてロングコートを羽織った彼の頭には猫の姿の時と同じ形状のフードがあった。
「・・・お前なぁ、オレはあのまま眠ってたかったのに・・・何で起こさせるような真似を・・・」
後頭部に片手を置き、猫背の姿勢で立ちながら気だるそうな口調で、青年―――――スリーピーアッシュが言う。
『無意識にせよ、彼女を招き入れたのは、君自身だよ。スリーピーアッシュ。だからボクは彼女をここまで連れて来たんだ。―――――〝ミストレス〟である彼女を』
「・・・無理に起こすような真似をしてしまってごめんなさい。でも、私を招き入れたのが貴方だというのなら教えてほしい。〝ミストレス〟って一体どういう意味なの?」
あくまでも、瑠璃が知っているのは、件の都市伝説のみ。
『力』が答えてくれないのならば、彼に聞くしかないだろう。
そう考え、謝罪を口にしたうえでスリーピーアッシュに尋ねかけたのだが、
「〝ミストレス〟っていうのは、吸血鬼にとっては魅惑の血を持つ者であり、吸血鬼の真祖の〝花嫁〟に為りえる存在でもあるんだよ」
「・・・吸血鬼の真祖の・・・〝花嫁〟?」
―――――まさか、〝ミストレス〟という呼び名に、そんな意味があったとは。
ここに来て、漸く『力』が話してくれた『真実』は思いもよらないものだった。
戸惑いの表情を浮かべる瑠璃からスリーピーアッシュは気まずそうな顔で視線を逸らすと、
「・・・まぁー・・・なんつーか・・・オレはあくまでも心優しい引きこもり吸血鬼・・・? だからな。・・・無理強いなんてめんどくせー事はするつもりはねーよ」
『でも、このまま、彼女を還しちゃったら他の
何処から取り出したのか、丸いケーキに蝋燭を立てながら『力』が言う。
「―――――・・・『誓約』?」
「・・・めんどくせーけど、仕方ねーか・・・」
『力』の言葉に、スリーピーアッシュは眉を寄せると、一体何をするつもりなのか? と目を瞬かせた瑠璃の左腕を取り―――――
「・・・そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」
「え? あぁ・・・私の名前は瑠璃。瑪瑙瑠璃よ」
真紅の瞳がこちらを一瞬捉え、
「・・・―――――瑠璃か。少し痛いかもしれないけど、我慢しろよな・・・」
その言葉と共にゆっくりと牙を突きたてたのだ。
「―――――・・・っぁ・・・」
皮膚に刺さった牙の感覚に、瑠璃は僅かに眉根を寄せると、喉からは微かに声が漏れ出しまう。
それは、刹那の出来事で、瑠璃の腕からスリーピーアッシュはすぐに顔を上げると、牙から滴った血を味わうように舌で舐めとり―――――。
―――――今度は自分の左腕に噛みつくと、流れ出してきた自身の血を、牙を立てた瑠璃の腕に垂らしたのだ。
―――――〝ミストレス〟と吸血鬼の真祖―――――
両者の血が混ざりあう事により、ミストレスの腕には〝誓約の証〟が現れる。
真紅のリング―――――その中心にはⅠという文字が刻まれていた。
「・・・とりあえず、これでひとまずは問題ねぇだろ」
瑠璃の腕に現れたリングを一瞥し、スリーピーアッシュが言う。
『―――――いま、この時を持って〝ミストレス〟とスリーピーアッシュの〝血の誓約〟は結ばれた。それじゃあ、一先ずこの場は幕引きとしようか』
と―――――『力』が言うと手にしていたケーキの蝋燭の火が揺らめき、
「・・・・・―――――?」
それを合図とするように瑠璃の意識はまた闇に沈んでいく。
蝋燭から伸びた煙は『Pledge』と文字を浮かび上がらせていた。
「―――――・・・はぁ―――外の世界にまた出る事になるなんて向きあえねー・・・」
意識を失って倒れ込んでしまいそうになった瑠璃の身体を抱きとめ、スリーピーアッシュは呟く。
けれど、こうして目覚めて『誓約』を結んでしまった以上、自分だけここにまた残るなんてことは出来ないのだ。
「・・・まぁ、とりあえずは・・・気ままなノラ生活をやるとするか」
幸いなことにこの『誓約』には距離の縛りはない。
だが、〝証〟がある限りは瑠璃の居場所を知ることは容易である。
時折、彼女の様子を見るようにしていれば問題はないだろう。
―――――こうして引きこもりの吸血鬼は外の世界に出ていくこととなり。
―――――〝ミストレス〟と〝怠惰〟の吸血鬼が再び会う事になるのは、彼がノラから〝飼い猫〟になった時の事である。
―――――〝怠惰〟の吸血鬼と『誓約』というものを結び。
―――――あの空間から、現実に戻った瑠璃が目覚めると、そこは見覚えのない場所。
―――――否、
何故、違う世界だと認識したのかと云えば、空間に取り込まれた時は夜だったはずの時が、昼間に変わっていた事から職場に連絡を取ろうとしたが繋がらず。
スマホで調べてみれば、その住所自体がこちらには存在していなかったのだ。
―――――吸血鬼の住む世界に足を踏み入れてしまったら最期、もう戻ることは出来ない。・・・あれは、こういう意味だったのか。
これからどうすれば良いのか、目覚めた公園のベンチで瑠璃が途方に暮れていた時―――――
「―――――お嬢さん、どうかしたのか? あぁ、怪しいもんじゃねよ。俺は城田徹っていうんだ。・・・って、腕、怪我してるじゃねぇか!? とりあえず、家がすぐ傍だ。手当てするから一緒に来てもらえるか?」
一人の男性に声を掛けられたのだ。
顔にまでかかる長さの癖のある前髪に、顎には無精髭。
そして頭にサングラスを乗せて、着崩したスーツを身に付けた彼の年齢は、30代半ばくらいだろうか。
普通なら、見知らぬ男性から声を掛けられれば警戒するところだが―――――。
「家には、お嬢さんと同じくらいの歳の、真昼っていう俺の甥もいるから、安心してもらって大丈夫だ」
二カッと笑みを浮かべた彼からは、本気でこちらを気遣って怪我の心配をしてくれているというのが伝わってきて。
言われるままに自宅に付いていき、手当てをして貰ったところで、さすがに〝吸血鬼〟の話は出来ないものの、怪我は〝猫〟に噛まれてしまったもので、気づけばあの場所に居て、勤めていた職場も無くなっていて、これからどうすれば良いか途方に暮れていたのだと話をしたら・・・・。
「つまり、住む場所もないってことだよな。―――――ならシンプルに考えて、ここに住めばいい」
―――――そう言って徹は手を差し伸べてくれたのだ。
「俺は仕事柄、出張で留守にすることが多いから、家のことは真昼に任せきりになっちまってるが。やっぱり、一人にさせとくのは心配だしな」
そして、徹の甥である真昼も―――――
「俺も叔父さんの意見に賛成だよ。シンプルに考えて、一人より二人の方が安心だろ」
―――――お日様のような暖かい笑顔でそう言って迎え入れてくれたのだ。
ちなみに、真昼は栗色の短髪にお日様のような笑顔が特徴的な、15歳の高校一年生―――――瑠璃より年下だったのだが、どうやら童顔である瑠璃の外見から年齢が近いと思われていたようで。
実年齢を告げたら、驚かれてしまったというのは今では笑い話の一つだ。
そうして、城田家でお世話になるようになってから、約一月余りたった頃。
思いもよらぬ形で、瑠璃は〝怠惰〟の吸血鬼と再会することになる。
【本館/17・2/19掲載/別館/17・2/21転記】
