第二章『蝶と椿』
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「・・・八番目・・・!? 兄・・・って。クロのほうが年下・・・に見える・・・けど・・・?」
「外見は関係ねーよ。吸血鬼は老けねーし・・・あとオレちょっと若く見られるんだよな」
真昼の後ろから、顔を覗かせながらスリーピーアッシュが言う。
「知らねーよ」
チラリと後ろを一瞥した真昼は、最初の話はともかく、その後の個人的見解など、ど―――――でも良いと顔を顰めながら一蹴する。
「・・・でもオレはこいつ見たことねーぞ・・・?」
スリーピーアッシュは『末っ子』を自称した、8番目の真祖だという椿の顔を見ながら、記憶を辿ろうとするかのように、首を傾けると、当惑した表情で口を開く。
「ねぇ他のサーヴァンプには会ったかい?」
すると、椿はそう言いながらトンと空中に向かって跳ぶと、その場で宙返りをやって見せた。
「蝶とか蛇とかいろいろいるよ?」
そうして、真昼の右腕に降り立ったのは、尾が二股に分かれた動物。
気付けば、瑠璃の傍らに居たスリーピーアッシュもまた、人型から黒猫の姿に変わっており。真昼の肩の上で、2匹の動物のケンカが始まってしまう。
―――――といっても、一方的に、黒猫の方が相手の尾に、べしっと弾かれていたのだが。「なっ・・・?! いててててっ、人の上でケンカすんなっ」と真昼が、声を上げると「にゃ~~~!!」と黒猫が、瑠璃の方に向かって逃げてきた。
すると、それを追いかけて、もう一匹の動物も瑠璃のところにやって来る。
黒猫が居る右肩とは反対の左肩に降り立つと「コン♪」と鳴き声を上げた動物に対して、瑠璃は目を瞬かせると、
「貴方、もしかして狐なの?」
「え? そいつ、犬じゃないの?」
と、真昼はしげしげと確認するように視線を向けてくる。
「・・・あはっ、ひどいなあ。狐だよ?」
二股の尾を揺らしながらそう言った狐の瞳の色は『真紅』。
―――――ただの動物ではなく、紛れもなく『吸血鬼』である証だ。
そして先程、真昼のリュックが無くなった時に自分が見たあの小さな黒い影は、この狐だったのだろう。
納得の表情で瑠璃が狐を見つめていると、
「僕が何なのか、分かるなんて、さすが〝ミストレス〟だね♪」
そう言って狐は首元にすり寄ってきたのだ。
ふわふわとした毛並みのくすぐったさに、思わず瑠璃が首を竦めると、スンスンと匂いをかぐように狐は鼻を鳴らし。
「兄さんの気配を纏っているのは気に入らないけど、この血の香りはやっぱりとても魅力的だし。君のこと、手に入れたら面白いことになるのかな?」
そう狐は言うと、首筋にチュッと口付けてきたのだ。
「にゃ!?」
「な!?」
それを見て、ぎょっとした表情で声を上げたのは黒猫と真昼で。
「・・・えっと・・・?」
これが人の姿でされた事だったなら、瑠璃も動揺を隠せなかっただろう。
けれど、相手は動物の姿なので、きょとんと目を瞬かせて、狐に視線を向けると。
コンという鳴き声と共に、狐は瑠璃の肩から離れて、また空中で宙返りを行い。
「あはははっ!! その反応!! あっは!! あはははははははははは。あ―――――面白くない」
人の姿に戻った椿はまた、笑い声を上げると、ふう・・・と口元を右手の着物の袂で隠しながら息を吐いた。
それに対して真昼が「・・・なんかこいつすげームカつくな」と肩を震わせながら呟く。
「ねぇ、椿―――――スリーピーアッシュの兄弟なら、どうして貴方は彼を攻撃するの?」
椿を見つめ、瑠璃は尋ねかける。
と―――――人の姿に戻ったスリーピーアッシュが、瑠璃の傍らに立つ。
椿はきょとんと瑠璃の問いかけに目を瞬かせると、スリーピーアッシュのほうを、片目を眇めて見据え、「だって人間だって兄弟ゲンカするじゃない」と言った。
それに対して、真昼が口を開く。
「・・・じゃあ、お前が・・・俺たちや他の人間を襲うようにあの手品師に言ったのか。
戦争しよっかって何だよ・・・シンプルに答えろ。『吸血鬼』って噂の通り魔も・・・お前の命令か? ・・・〝椿〟、人を殺してるのか?」
「だったら何? 僕、人間は好きじゃないんだ」
真昼の問いかけに、椿は嘲笑するような笑みを浮かべる。
「君たちだって、吸血鬼が嫌いだからこの子をやっつけたんでしょ? お互い様じゃない?」
「つばきゅ~~~~~ん。こいつらひどいんだよォ~~~ボクのこと八つ裂きにしてさァ~~~っ」
椿の左手にぶら下げられた、手品師のぬいぐるみがぺっぺと唾を吐く真似をしながら、訴える。椿は静かに話し続ける。
「ねぇ城田真昼。瑪瑙瑠璃。昨日この街で何人死んだか知ってる? 知らないよね? じゃあそのうち何人を僕らがやったとか、やらないとか・・・どうだっていいよね?」
「・・・何がしたいんだよ、お前らは!? 関係ない人まで巻き込むのやめろよ・・・っ」
「そうやって自分は関係ないと思ってる奴がいるのが面白くないんだよ」
真昼が激昂すると、椿の瞳孔がふいに冷徹な輝きを孕んだ。
刹那、跳躍した椿が、スリーピーアッシュの顔面を蹴り飛ばしたのだ。
下駄が顔面に直撃したスリーピーアッシュは血飛沫を上げながら倒れ込んでいく。
「―――――・・・・っ!?」
口元に手を当てて、瑠璃は蒼白な顔で息を呑む。
こちらに振り返った真昼もまた、目を見開き、言葉を無くして、立ち竦む。
「特に君のことだよ? スリーピーアッシュ」
狂気の笑みを浮かべた椿の、右手の着物の袂から、刀が出現する。
「さあお兄ちゃん。あーそびーましょ――――――?」
椿の刀がスリーピーアッシュに向かって振り下ろされようとした刹那。
間一髪のところで、意識を戻し、ばっと起き上がったスリーピーアッシュは、それを避けたのだが、同時に向かってきた椿の蹴りは避けきれず、バランスを崩して再び背中から後ろに倒れ込んでしまう。
その隙を椿は見逃さず、右脚の下駄の歯をスリーピーアッシュの右肩と首元近くに押し付けると同時に、右目に向かって刃を振り下ろしていく。
「―――――っ・・・やめてっ!!」
その光景に、瑠璃は悲鳴を上げるのと同時に、バッとスリーピーアッシュの上に覆いかぶさると、右手の平で刃を掴んだ。
「・・・瑠璃・・・お前・・・」
刃から血が伝い落ち、茫然とした表情を浮かべるスリーピーアッシュの頬を紅く濡らし、あの魅惑の香りが鼻孔をくすぐる。
「・・・あはっ。あっは!! あははははははははっ、あはっあはははっ、はははははは、あははははは」
瑠璃とスリーピーアッシュを見下ろしながら、椿は口元に弧を描くと、また狂気の笑い声を上げ始める。
「このっクロと瑠璃姉から離れ・・・」
それに対して、真昼もまた、この危機的状況を打破すべく、地面に放り出されていた、自分のリュックを手にするとそれを椿に向かって振り回す。
けれど、それが当たる事は無く、気づけば真昼の後ろに身を翻していた椿が、笑いながら話しかけてくる。
「あははっは。ねぇ城田真昼、瑪瑙瑠璃、今日一番面白かった話をしてよ。昨日面白かったことは何? 吸血鬼を拾ったことは面白かった? 吸血鬼を殺したことは面白かった? 今も世界で誰かが死んでる事は面白い? 今も世界で誰かが生まれてくることは面白い? ねぇ?」
くるくると回りながら、真昼と瑠璃に面白い話をするよう求めてきた椿は、もはや幾度目になるだろうか解らない、あの笑い声を上げ始める。
そうして、笑い終えた椿は死んだ魚のような瞳で「なんにも面白くない」と吐き捨てるように言ったのだ。
「―――――っ瑠璃姉! 右手出して!!」
「・・・ごめんね、真昼君」
椿が刀を消失させて二人から距離を取った直後、すぐさま傍に走り寄った真昼は、リュックからタオルを取り出すと、瑠璃の身体を起こさせて、右手の平の刀傷を止血すべく、それを巻いていく。
スリーピーアッシュが行動を起こしたのはその直後のこと。
地面に両手を着いたまま、椿目掛けて蹴りを繰り出していったのだ。
けれど、ザッと素早く椿は身を引いて、それを避けてしまう。
「てめえみたいな弟、心当たりねーよ」
身体を起こしたスリーピーアッシュは、椿を睨みつける。
スリーピーアッシュの額からは、まだ血が流れ出ており、痛む頭部を右手で押さえながら「何なんだよ、めんどくせー・・・。あ――――いてえ」とぼやくその姿を見て、真昼が「クロ・・・っ」と自身の右腕を目の前に差し出す。
「クロっ血ィ飲めよ!! 飲めば戦えるだろ!? この吸血鬼・・・ほっといたらやばいって。血飲んで戦わないと・・・」
けれど、真昼の方を振り返ったスリーピーアッシュは、そちらから視線を逸らすと、「嫌だ」と拒否の言葉を口にしたのだ。
それを聞いて唖然となった真昼に、スリーピーアッシュは両手を顔の前で掲げながら言う。
「・・・あれ言わなかったけ? オレ今日筋肉痛で全然動けねーよ?」
「ふざけんな―――――!!」
怒声を上げると同時に、真昼はスリーピーアッシュに掴みかかって行く。
昨日と同じように、また取っ組み合いに発展してしまった二人に、「二人とも、いまはそんなことしてる場合じゃないでしょう!?」と瑠璃は声を上げる。
「・・・ごめん瑠璃姉・・・って・・・あれ? 椿がサーヴァンプだっていうなら・・・椿の主人 は・・・?」
それにより、動きを止めた真昼が身体を起こすと、ふと眉を顰めて呟いた。
直後、地面にうつ伏せになって転がっていたスリーピーアッシュの背中に、椿が飛び蹴りを落としたのだ。
「クロッ」
「スリーピーアッシュ!!」
血を吐いて、身体を痙攣させたスリーピーアッシュの元に、真昼と瑠璃が駆け寄る。
「僕、その話は嫌いだ。もっと面白い話をしようよ」
すると、スリーピーアッシュの上から椿はまた跳躍して離れると、何処からともなく取り出した狐の面を被りながら語りかけてくる。
「世界をもっと面白くする僕の提案を聞く? 僕はね吸血鬼VS吸血鬼でパレードみたいに騒ぎたいんだ。吸血鬼だからね、戦争の燃料に人間の血が必要なのは仕方ないよね。嘆きは歓声に似てパレードを盛り上げる。そっちも七人兄弟全員集めてよ」
―――――気づけば、白い空間には椿の仕業なのだろう。
観覧車と回転木馬、神社の鳥居の幻影が出現していた。
『スリーピーアッシュ』『オールドチャイルド』『ダウトダウト』『ザ・マザー』『ロウレス』『ワールドエンド』『オールオブラブ』
言葉通りパレードのように瞬く空間の中で、椿は手品師のぬいぐるみと共に踊るようにしながら、七人の真祖達の名を上げていく。
「・・・そうして全部、僕に殺されろ」
七人の真祖の名を言い終えた時、狐の面の下から見えた椿の瞳は昏い影を宿していた。
「―――――真昼君!?」
それから一瞬の後に、またこちらに距離を詰めてきた椿に捕らわれたのは真昼だった。
真昼の襟首を、右手でグイと椿は掴みあげると、締め上げるように持ち上げていく。
「さぁ始めよう? もっともっと面白いことをしよう」
「意味・・・わかんねぇよっ。なんで戦争・・・っ人を殺すんだよ!」
椿の手を振りほどこうと、その腕を両手で掴んだ真昼は、息苦しさに顔を顰めながら訴える。
「そのほうが面白いからだよ?」
「ふざけんなっ。関係ない人巻き込んで・・・っ」
「そう・・・だから誰が死んだって関係ない 。僕が面白いなら他のことなんてどうだっていいよ」
そう言った椿の瞳は、底知れない闇を宿していた。
―――――そうして真昼の言葉に耳を貸すことなく、椿はただ一人で語り続ける。
「ねぇ・・・僕はとっても憂鬱なんだ・・・。君に僕の気持ちはわからないし、どうせ誰も僕を知らない。どうせ世界で誰も僕を理解しない・・・」
「・・・椿・・・貴方・・・」
絶望に染まった椿の瞳を見た瑠璃は、哀しげな顔で椿を見つめる。
彼の瞳は、こちらを向いているものの、その〝心〟は此処には、無い。
自分の内側に渦巻く、昏い感情―――――何故それを抱いているのか―――――その答を彼は出せずにいる。
―――――だから、誰の言葉も、いまの彼には、届かない。
一方、真昼もまた、幼い頃、母親を失った時。
学校で、変わらず優しく接してくれて、遊びに誘ってくれた友人たちの言葉を、何故か受け入れることが出来ず。
家に帰ると、暗い部屋で一人蹲っていた。
仕事から帰宅した徹は、そんな真昼の姿を見て、優しく抱きかかえると、静かにこう言ったのだ。
『真昼・・・今のお前はどんな気持ちだ。お前がその気持ちをわかっていないと、誰が何を言ってくれてもお前に届かない。名前をつけてみろ。それは感情と向き合うひとつの手段なんだ。そうすればこれから先・・・お前のところにやってくるいろんな感情との向き合い方もきっとわかる。まずお前が向き合えなかったら、きっと誰も向き合えない』
椿のこの瞳は、幼い頃―――――母親を失った時の自分と同じだ。
自分は、叔父が掛けてくれたあの言葉のおかげで、あの時、抱いていた感情と向き合うことが出きた。だったら、いま、自分が椿に掛けるべき言葉は―――――
「・・・何も面白くないのはお前が、お前の気持ちと向き合えてないからじゃないのか・・・」
過去の記憶から思い出された想いに、真昼は目に涙を浮かべながら、締め上げられているせいで、徐々に呼吸がしづらくなってきた為に浅く息を吐き出しながら、椿に言う。
「は?」
椿が目を瞬かせ、真昼の顔を見る。
「お前が誰も自分を知らないって感じるのは、お前がひとりで閉じこもってるからじゃないのかよ」
そんな椿に対して、さらに真昼が言葉を続けると、ふいに椿の手が緩み、真昼の身体はドサと地面に落下したのだ。
「真昼君!!」
いまだうつ伏せになったまま動かない、スリーピーアッシュの傍らに居た瑠璃が、すぐ傍に落ちてきた真昼の名を呼ぶ。
一方、椿は、表情が分からないくらい、黒い影を纏わりつかせながら、
「あはっあはっはははは。うん、そうかもね! だから戦争をしようって言ってるんだ! あっははははははっははは。コミュニケーションのひとつ! アクティブでしょ!?」
「ちがうだろっ。何で攻撃するんだよ!」
あくまでも、こちらの言葉の真意を理解しようとしない椿に、真昼は苦々しい表情を浮かべると、宣言する。
「吸血鬼が戦争を始めて人を殺すって言うんなら俺が止める。俺にだって・・・お前と向き合う手段があるんだ。・・・名前をつけてやるっ」
名前をつけると椿に言った真昼の言葉に反応するように、漸く意識を取り戻したスリーピーアッシュが、ぼんやりと血濡れの顔を上げる。
「サーヴァンプは・・・名前をつけて血を飲ませれば俺の話を少しは聞くんだろ。俺と向き合えって言ってんだ! 名前を付けてやる!」
そう真昼は叫ぶと、椿に向かって掴みかかって行く。
それに対して椿は、呆然とした表情を浮かべるも、
「・・・その前に君は死ぬけどね?」
すぐにまた、黒い影を纏わりつかせると、真昼の身体を切り裂こうと、左手を振りかざしてきたのだ。
「・・・っ真昼君!!」
「離れろ、真昼 っ・・・」
瑠璃が真昼に向かって手を伸ばしたのと同時に、初めて主人の名前をスリーピーアッシュが呼んだ。
―――――刹那、椿の目の前から、忽然と真昼たちは姿を消した。
「・・・あれ? 逃げられちゃったみたいだ。〝オールオブラブ〟が近くにいたのか・・・」
三人が消失した場所に舞い散るのは、独特の色合いを持った蝶の羽。
―――――彼の真祖が干渉してきた証だ。
椿はつまらなそうな表情で「・・・水を差されたなあ」と呟くと、
「まあいいか。宣戦布告はすんだしね」
そう言って、地面に落ちていた手品師のぬいぐるみを拾い上げる。
「逃がしていいのォ?」
拾われたぬいぐるみは椿に問いかける。
「楽しいことはとっておかなくちゃ。それよりお腹空かない?みんな も誘って回転寿司でも行こうか」
今、一皿90円セールだしね、と、ぬいぐるみを左手で弾ませながら椿は言い添える。
「つばきゅん、お稲荷さんしか食べないじゃ~ん。もっといいネタ食べないと損だよォ?」
それに対して、ぬいぐるみはそう返事を返すと、その前にボクの姿戻してよォ~~~と懇願する。コンコンコンッと下駄を鳴らしながら、椿が歩き出すと、白の空間が解除されていく。
駅前通りが現れた時、ふと、椿は足を止めると、
「・・・僕の名前は〝椿〟だ。・・・・・・ねぇ〝先生〟」
目を伏せて、唯一人の人物の事を想って囁くように呟いた。
けれど、その後に、ふと思い出したのは〝ミストレス〟である、瑠璃のこと―――――スリーピーアッシュを助けるために、彼女は身を挺して庇うだけでなく、躊躇もなく素手で刀を握ってきた。
―――――どうして、あの兄の為に彼女はあそこまでの事が出来るのか。
―――――あの兄は、自分から〝大切なモノ〟を奪っていったというのに。
「あ―――・・・面白くない」
―――――彼女をあの兄から奪って〝自分のモノ〟に出来たなら、少しは面白くなるのだろうか。
浮かんできたそんな想いに、椿は自嘲するような笑みを浮かべると、コンッと下駄を鳴らしてその場から姿を消したのだ。
「・・・!!? 何!? どうなった!?」
一方、椿の空間から脱出した真昼たちが、放り出されたのは、ビルの路地裏だった。
一番下にうつ伏せのスリーピーアッシュ、その上には縦に折り重なった瑠璃と、その傍らにはひっくり返った状態で乗っかった真昼の姿が在った。
「椿は?! ここどこ?!」 と、まず、がばと身体を起こした真昼が混乱した様子で辺りを見回す。
「いて――――・・・死ぬほどめんどくせー・・・」
「・・・っごめんなさい!! スリーピーアッシュ」
スリーピーアッシュの呻き声に、真昼に続いて瑠璃もまた慌てて身体を起こす。
プルプルと身体を震わせながら「も―――――死ぬ・・・不死だけど・・・」と言うスリーピーアッシュの顔を瑠璃は心配そうな顔で覗き込む。
外傷は治癒したようだが、やはり身体的負担は大きいのかもしれない。
「ここ・・・駅の逆側!? 蝶が横切ったと思ったら急に・・・」
周囲を見回した真昼が言った言葉に、瑠璃は心中で察する。
〝色欲〟の真祖〝オールオブラブ〟―――――リリイが、助けてくれたのだと。
駅前通りの近くまで送って貰ったところで、別れはしたが、もしかしたらその後も様子を見られていたのかもしれない。
―――――あとで、お礼のメールを御園君とリリイに送らないと。
そう瑠璃が考えていると、スリーピーアッシュもまた、誰が助けてくれたのか察しが付いたらしい。
「たぶん・・・〝色欲〟の真祖〝オールオブラブ〟だ。さっき一瞬気配がした・・・。あいつ昔から幻術系得意だし・・・あの〝椿〟って奴の空間から引っ張り出してくれたんだろ・・・」
は―――――助かった―――と息を吐きながらそう言うと、その言葉に瞬時に反応した真昼が、「えっ仲間!? もしかして瑠璃姉が会ったっていう!? まだ近くにいるのか!?」と辺りを見回したのだが「いやー・・・いなそうだ・・・通りすがりだったんじゃねーの・・・」とスリーピーアッシュは首を振る。
そして「あいつこの辺に住んでんのかー」と、スリーピーアッシュは呟くと、
「お前、あのままだったら殺されてたぞ。・・・それに、瑠璃も・・・」
真昼に呆れたような言葉を向けた後、タオルで止血処置された瑠璃の右手の平を見つめて顔を顰める。
―――――・・・昨日、闘争本能に身を任せようとした自分を止めるために、腕に傷を作ったばかりだというのに、今度は素手で刀を掴むなんて。
白かったタオルは、真紅の色を滲ませている。
「吸血鬼のオレはともかくお前たちは・・・」
怪我を負っているせいで、瑠璃が持つ魅惑の血の香りがより濃密さを増して感じられる。
やるせない感情が込み上げてきて、スリーピーアッシュは言葉を詰まらせる。
―――――・・・・向き合えねー。
「スリーピーアッシュは、怪我は大丈夫なの?」
顔を伏せると、は―――――・・・と、溜息を吐いたスリーピーアッシュに、瑠璃は尋ねかける。
「そうだよっ、クロっお前、〝椿〟にすげーやられてたじゃん!?」
すると真昼も、ばっと覗き込むようにスリーピーアッシュに顔を近づける。
「あ・・・あーいてて・・・ジュース買ってくれたら治るかも・・・」
「・・・平気そうだな」
すると芝居がかった態度で、スリーピーアッシュは声を上げた為、真昼はそれを半眼で見遣ると「吸血鬼って丈夫だなあ・・・」と呟き、壁に背を預けるように座り込む。
「は―――――・・・なんかもしかして、いろいろ面倒なことになってんのか・・・?」
どっと襲ってきた疲れに真昼は顔を顰めながら呟く。
「は――――――――・・・やっかいなことになってきたな―――――・・・」
そして身体を起こしたスリーピーアッシュもまた、疲弊した様子でそう言うと、ぽふと人型から黒猫の姿に変わってしまう。
真昼の近くに腰を下ろした瑠璃は、怪我をしていない方の手で、そっと黒猫を膝の上に抱き上げる。
それから労るように身体を撫でると、にゃ――――――と気持ちよさそうに目を伏せた黒猫は、「そもそも契約なんてしたのが間違いだったんだ・・・オレは何もしたくねーのに・・・」と、言葉を漏らしたのだ。
それを聞いた真昼は、先程、椿と対峙した時の出来事を思い返す。
『僕が面白ければどうだっていいよ』
そう言った椿に、真昼の言葉は届かず、唯一、向き合う手立てとして、名前を付けて血を飲ませるという方法を実行しようとしたが、それすらも阻まれてしまい、歯が立たなかった。
「俺達だけじゃ全然・・・止められそうになかったな」
ぼそ・・・と真昼が洩らした言葉に、黒猫がピクリと耳を動かす。
「でもほっとくわけにはいかないし・・・まずは他のサーヴァンプに会ってみたいな」
椿は追いかけようもないし・・・。1人は近くにいるみたいだし。
そう言った真昼に対して黒猫は「めんどくせ―――――・・・いやだ・・・向き合えね―――――・・・」と、瑠璃の膝の上で頭を抱えながら、微かに身体を震わせつつ、訴え出す。
「いいかげん現実と向き合え!!」
お前中心の話なの!! と、真昼は黒猫を一喝する。
「あの変な弟どうにかしないとだろ!!」
また、ぼこられるぞっ、と言いながら、瑠璃の膝の上から黒猫の後ろ首を真昼は掴んで持ち上げる。
それから黒猫にだけ聞こえるくらいの囁くような声で、「それにあいつ瑠璃姉にもまた、ちょっかいかけてくるかもしれないだろ」と言うと。
「だから今、何か行動できるのは俺とお前。それから瑠璃姉の3人だろっ」
そう宣言した真昼の言葉に黒猫は、死ぬほどめんどくせ―――――・・・と唸ると、
「でも会うっつったって・・・オレ誰のメアドも知らねーし」
「メアド・・・瑠璃姉、今日会ったって云う、他の真祖の主人の連絡先とかって聞いてるのか?」
「・・・それは―――――」
真昼の問いかけに、瑠璃は答えようと口を開きかける。
その時、ひらっと何かが掛かれたメモが舞い落ちてきたのだ。
そのメモに書かれていたのは、連絡先であろうメールアドレス。
―――――瑠璃が御園と交換した連絡先と同じものだ。
「おい。こいつ絶対近くで話聞いてただろ・・・」
あえて、存在をアピールするために、寄越してきたのであろう。
メモを拾った真昼は、憮然として溜息を吐いたのだった。
<後書き>
第一章から約二ヶ月。ようやく第二章が完成しました! この章でリリイと夢主が接触するという話は、第一章を書き上げた時点で決めていたのですが、
御園君も交えてのやり取りが中々纏まらず。プランABCと、色々考えてシリアスからこの形に納まりました。
原作では御園君たちが接触するのは椿の後ですが・・・。リリイとの絡みが書けたので個人的には満足です(笑)
クロは、今回は前回とは違って、癒し系ニャンコの姿であることを活用して甘えてましたね。
椿も初回は狐さんの姿でアプローチに留まりましたが、今後また違う形で絡みが書けたら良いなと考えてます。
読んで下さって、拍手をポチリと下さった方々、またモバイルサイトではランキングに投票してくださった方々、有り難う御座います!!
もし良ければ、コメントも添えて頂けたら励みになります。
更新はゆったりですが、これからも宜しくお願い致します。
朱臣 繭子 拝
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
「外見は関係ねーよ。吸血鬼は老けねーし・・・あとオレちょっと若く見られるんだよな」
真昼の後ろから、顔を覗かせながらスリーピーアッシュが言う。
「知らねーよ」
チラリと後ろを一瞥した真昼は、最初の話はともかく、その後の個人的見解など、ど―――――でも良いと顔を顰めながら一蹴する。
「・・・でもオレはこいつ見たことねーぞ・・・?」
スリーピーアッシュは『末っ子』を自称した、8番目の真祖だという椿の顔を見ながら、記憶を辿ろうとするかのように、首を傾けると、当惑した表情で口を開く。
「ねぇ他のサーヴァンプには会ったかい?」
すると、椿はそう言いながらトンと空中に向かって跳ぶと、その場で宙返りをやって見せた。
「蝶とか蛇とかいろいろいるよ?」
そうして、真昼の右腕に降り立ったのは、尾が二股に分かれた動物。
気付けば、瑠璃の傍らに居たスリーピーアッシュもまた、人型から黒猫の姿に変わっており。真昼の肩の上で、2匹の動物のケンカが始まってしまう。
―――――といっても、一方的に、黒猫の方が相手の尾に、べしっと弾かれていたのだが。「なっ・・・?! いててててっ、人の上でケンカすんなっ」と真昼が、声を上げると「にゃ~~~!!」と黒猫が、瑠璃の方に向かって逃げてきた。
すると、それを追いかけて、もう一匹の動物も瑠璃のところにやって来る。
黒猫が居る右肩とは反対の左肩に降り立つと「コン♪」と鳴き声を上げた動物に対して、瑠璃は目を瞬かせると、
「貴方、もしかして狐なの?」
「え? そいつ、犬じゃないの?」
と、真昼はしげしげと確認するように視線を向けてくる。
「・・・あはっ、ひどいなあ。狐だよ?」
二股の尾を揺らしながらそう言った狐の瞳の色は『真紅』。
―――――ただの動物ではなく、紛れもなく『吸血鬼』である証だ。
そして先程、真昼のリュックが無くなった時に自分が見たあの小さな黒い影は、この狐だったのだろう。
納得の表情で瑠璃が狐を見つめていると、
「僕が何なのか、分かるなんて、さすが〝ミストレス〟だね♪」
そう言って狐は首元にすり寄ってきたのだ。
ふわふわとした毛並みのくすぐったさに、思わず瑠璃が首を竦めると、スンスンと匂いをかぐように狐は鼻を鳴らし。
「兄さんの気配を纏っているのは気に入らないけど、この血の香りはやっぱりとても魅力的だし。君のこと、手に入れたら面白いことになるのかな?」
そう狐は言うと、首筋にチュッと口付けてきたのだ。
「にゃ!?」
「な!?」
それを見て、ぎょっとした表情で声を上げたのは黒猫と真昼で。
「・・・えっと・・・?」
これが人の姿でされた事だったなら、瑠璃も動揺を隠せなかっただろう。
けれど、相手は動物の姿なので、きょとんと目を瞬かせて、狐に視線を向けると。
コンという鳴き声と共に、狐は瑠璃の肩から離れて、また空中で宙返りを行い。
「あはははっ!! その反応!! あっは!! あはははははははははは。あ―――――面白くない」
人の姿に戻った椿はまた、笑い声を上げると、ふう・・・と口元を右手の着物の袂で隠しながら息を吐いた。
それに対して真昼が「・・・なんかこいつすげームカつくな」と肩を震わせながら呟く。
「ねぇ、椿―――――スリーピーアッシュの兄弟なら、どうして貴方は彼を攻撃するの?」
椿を見つめ、瑠璃は尋ねかける。
と―――――人の姿に戻ったスリーピーアッシュが、瑠璃の傍らに立つ。
椿はきょとんと瑠璃の問いかけに目を瞬かせると、スリーピーアッシュのほうを、片目を眇めて見据え、「だって人間だって兄弟ゲンカするじゃない」と言った。
それに対して、真昼が口を開く。
「・・・じゃあ、お前が・・・俺たちや他の人間を襲うようにあの手品師に言ったのか。
戦争しよっかって何だよ・・・シンプルに答えろ。『吸血鬼』って噂の通り魔も・・・お前の命令か? ・・・〝椿〟、人を殺してるのか?」
「だったら何? 僕、人間は好きじゃないんだ」
真昼の問いかけに、椿は嘲笑するような笑みを浮かべる。
「君たちだって、吸血鬼が嫌いだからこの子をやっつけたんでしょ? お互い様じゃない?」
「つばきゅ~~~~~ん。こいつらひどいんだよォ~~~ボクのこと八つ裂きにしてさァ~~~っ」
椿の左手にぶら下げられた、手品師のぬいぐるみがぺっぺと唾を吐く真似をしながら、訴える。椿は静かに話し続ける。
「ねぇ城田真昼。瑪瑙瑠璃。昨日この街で何人死んだか知ってる? 知らないよね? じゃあそのうち何人を僕らがやったとか、やらないとか・・・どうだっていいよね?」
「・・・何がしたいんだよ、お前らは!? 関係ない人まで巻き込むのやめろよ・・・っ」
「そうやって自分は関係ないと思ってる奴がいるのが面白くないんだよ」
真昼が激昂すると、椿の瞳孔がふいに冷徹な輝きを孕んだ。
刹那、跳躍した椿が、スリーピーアッシュの顔面を蹴り飛ばしたのだ。
下駄が顔面に直撃したスリーピーアッシュは血飛沫を上げながら倒れ込んでいく。
「―――――・・・・っ!?」
口元に手を当てて、瑠璃は蒼白な顔で息を呑む。
こちらに振り返った真昼もまた、目を見開き、言葉を無くして、立ち竦む。
「特に君のことだよ? スリーピーアッシュ」
狂気の笑みを浮かべた椿の、右手の着物の袂から、刀が出現する。
「さあお兄ちゃん。あーそびーましょ――――――?」
椿の刀がスリーピーアッシュに向かって振り下ろされようとした刹那。
間一髪のところで、意識を戻し、ばっと起き上がったスリーピーアッシュは、それを避けたのだが、同時に向かってきた椿の蹴りは避けきれず、バランスを崩して再び背中から後ろに倒れ込んでしまう。
その隙を椿は見逃さず、右脚の下駄の歯をスリーピーアッシュの右肩と首元近くに押し付けると同時に、右目に向かって刃を振り下ろしていく。
「―――――っ・・・やめてっ!!」
その光景に、瑠璃は悲鳴を上げるのと同時に、バッとスリーピーアッシュの上に覆いかぶさると、右手の平で刃を掴んだ。
「・・・瑠璃・・・お前・・・」
刃から血が伝い落ち、茫然とした表情を浮かべるスリーピーアッシュの頬を紅く濡らし、あの魅惑の香りが鼻孔をくすぐる。
「・・・あはっ。あっは!! あははははははははっ、あはっあはははっ、はははははは、あははははは」
瑠璃とスリーピーアッシュを見下ろしながら、椿は口元に弧を描くと、また狂気の笑い声を上げ始める。
「このっクロと瑠璃姉から離れ・・・」
それに対して、真昼もまた、この危機的状況を打破すべく、地面に放り出されていた、自分のリュックを手にするとそれを椿に向かって振り回す。
けれど、それが当たる事は無く、気づけば真昼の後ろに身を翻していた椿が、笑いながら話しかけてくる。
「あははっは。ねぇ城田真昼、瑪瑙瑠璃、今日一番面白かった話をしてよ。昨日面白かったことは何? 吸血鬼を拾ったことは面白かった? 吸血鬼を殺したことは面白かった? 今も世界で誰かが死んでる事は面白い? 今も世界で誰かが生まれてくることは面白い? ねぇ?」
くるくると回りながら、真昼と瑠璃に面白い話をするよう求めてきた椿は、もはや幾度目になるだろうか解らない、あの笑い声を上げ始める。
そうして、笑い終えた椿は死んだ魚のような瞳で「なんにも面白くない」と吐き捨てるように言ったのだ。
「―――――っ瑠璃姉! 右手出して!!」
「・・・ごめんね、真昼君」
椿が刀を消失させて二人から距離を取った直後、すぐさま傍に走り寄った真昼は、リュックからタオルを取り出すと、瑠璃の身体を起こさせて、右手の平の刀傷を止血すべく、それを巻いていく。
スリーピーアッシュが行動を起こしたのはその直後のこと。
地面に両手を着いたまま、椿目掛けて蹴りを繰り出していったのだ。
けれど、ザッと素早く椿は身を引いて、それを避けてしまう。
「てめえみたいな弟、心当たりねーよ」
身体を起こしたスリーピーアッシュは、椿を睨みつける。
スリーピーアッシュの額からは、まだ血が流れ出ており、痛む頭部を右手で押さえながら「何なんだよ、めんどくせー・・・。あ――――いてえ」とぼやくその姿を見て、真昼が「クロ・・・っ」と自身の右腕を目の前に差し出す。
「クロっ血ィ飲めよ!! 飲めば戦えるだろ!? この吸血鬼・・・ほっといたらやばいって。血飲んで戦わないと・・・」
けれど、真昼の方を振り返ったスリーピーアッシュは、そちらから視線を逸らすと、「嫌だ」と拒否の言葉を口にしたのだ。
それを聞いて唖然となった真昼に、スリーピーアッシュは両手を顔の前で掲げながら言う。
「・・・あれ言わなかったけ? オレ今日筋肉痛で全然動けねーよ?」
「ふざけんな―――――!!」
怒声を上げると同時に、真昼はスリーピーアッシュに掴みかかって行く。
昨日と同じように、また取っ組み合いに発展してしまった二人に、「二人とも、いまはそんなことしてる場合じゃないでしょう!?」と瑠璃は声を上げる。
「・・・ごめん瑠璃姉・・・って・・・あれ? 椿がサーヴァンプだっていうなら・・・椿の
それにより、動きを止めた真昼が身体を起こすと、ふと眉を顰めて呟いた。
直後、地面にうつ伏せになって転がっていたスリーピーアッシュの背中に、椿が飛び蹴りを落としたのだ。
「クロッ」
「スリーピーアッシュ!!」
血を吐いて、身体を痙攣させたスリーピーアッシュの元に、真昼と瑠璃が駆け寄る。
「僕、その話は嫌いだ。もっと面白い話をしようよ」
すると、スリーピーアッシュの上から椿はまた跳躍して離れると、何処からともなく取り出した狐の面を被りながら語りかけてくる。
「世界をもっと面白くする僕の提案を聞く? 僕はね吸血鬼VS吸血鬼でパレードみたいに騒ぎたいんだ。吸血鬼だからね、戦争の燃料に人間の血が必要なのは仕方ないよね。嘆きは歓声に似てパレードを盛り上げる。そっちも七人兄弟全員集めてよ」
―――――気づけば、白い空間には椿の仕業なのだろう。
観覧車と回転木馬、神社の鳥居の幻影が出現していた。
『スリーピーアッシュ』『オールドチャイルド』『ダウトダウト』『ザ・マザー』『ロウレス』『ワールドエンド』『オールオブラブ』
言葉通りパレードのように瞬く空間の中で、椿は手品師のぬいぐるみと共に踊るようにしながら、七人の真祖達の名を上げていく。
「・・・そうして全部、僕に殺されろ」
七人の真祖の名を言い終えた時、狐の面の下から見えた椿の瞳は昏い影を宿していた。
「―――――真昼君!?」
それから一瞬の後に、またこちらに距離を詰めてきた椿に捕らわれたのは真昼だった。
真昼の襟首を、右手でグイと椿は掴みあげると、締め上げるように持ち上げていく。
「さぁ始めよう? もっともっと面白いことをしよう」
「意味・・・わかんねぇよっ。なんで戦争・・・っ人を殺すんだよ!」
椿の手を振りほどこうと、その腕を両手で掴んだ真昼は、息苦しさに顔を顰めながら訴える。
「そのほうが面白いからだよ?」
「ふざけんなっ。関係ない人巻き込んで・・・っ」
「そう・・・だから誰が死んだって
そう言った椿の瞳は、底知れない闇を宿していた。
―――――そうして真昼の言葉に耳を貸すことなく、椿はただ一人で語り続ける。
「ねぇ・・・僕はとっても憂鬱なんだ・・・。君に僕の気持ちはわからないし、どうせ誰も僕を知らない。どうせ世界で誰も僕を理解しない・・・」
「・・・椿・・・貴方・・・」
絶望に染まった椿の瞳を見た瑠璃は、哀しげな顔で椿を見つめる。
彼の瞳は、こちらを向いているものの、その〝心〟は此処には、無い。
自分の内側に渦巻く、昏い感情―――――何故それを抱いているのか―――――その答を彼は出せずにいる。
―――――だから、誰の言葉も、いまの彼には、届かない。
一方、真昼もまた、幼い頃、母親を失った時。
学校で、変わらず優しく接してくれて、遊びに誘ってくれた友人たちの言葉を、何故か受け入れることが出来ず。
家に帰ると、暗い部屋で一人蹲っていた。
仕事から帰宅した徹は、そんな真昼の姿を見て、優しく抱きかかえると、静かにこう言ったのだ。
『真昼・・・今のお前はどんな気持ちだ。お前がその気持ちをわかっていないと、誰が何を言ってくれてもお前に届かない。名前をつけてみろ。それは感情と向き合うひとつの手段なんだ。そうすればこれから先・・・お前のところにやってくるいろんな感情との向き合い方もきっとわかる。まずお前が向き合えなかったら、きっと誰も向き合えない』
椿のこの瞳は、幼い頃―――――母親を失った時の自分と同じだ。
自分は、叔父が掛けてくれたあの言葉のおかげで、あの時、抱いていた感情と向き合うことが出きた。だったら、いま、自分が椿に掛けるべき言葉は―――――
「・・・何も面白くないのはお前が、お前の気持ちと向き合えてないからじゃないのか・・・」
過去の記憶から思い出された想いに、真昼は目に涙を浮かべながら、締め上げられているせいで、徐々に呼吸がしづらくなってきた為に浅く息を吐き出しながら、椿に言う。
「は?」
椿が目を瞬かせ、真昼の顔を見る。
「お前が誰も自分を知らないって感じるのは、お前がひとりで閉じこもってるからじゃないのかよ」
そんな椿に対して、さらに真昼が言葉を続けると、ふいに椿の手が緩み、真昼の身体はドサと地面に落下したのだ。
「真昼君!!」
いまだうつ伏せになったまま動かない、スリーピーアッシュの傍らに居た瑠璃が、すぐ傍に落ちてきた真昼の名を呼ぶ。
一方、椿は、表情が分からないくらい、黒い影を纏わりつかせながら、
「あはっあはっはははは。うん、そうかもね! だから戦争をしようって言ってるんだ! あっははははははっははは。コミュニケーションのひとつ! アクティブでしょ!?」
「ちがうだろっ。何で攻撃するんだよ!」
あくまでも、こちらの言葉の真意を理解しようとしない椿に、真昼は苦々しい表情を浮かべると、宣言する。
「吸血鬼が戦争を始めて人を殺すって言うんなら俺が止める。俺にだって・・・お前と向き合う手段があるんだ。・・・名前をつけてやるっ」
名前をつけると椿に言った真昼の言葉に反応するように、漸く意識を取り戻したスリーピーアッシュが、ぼんやりと血濡れの顔を上げる。
「サーヴァンプは・・・名前をつけて血を飲ませれば俺の話を少しは聞くんだろ。俺と向き合えって言ってんだ! 名前を付けてやる!」
そう真昼は叫ぶと、椿に向かって掴みかかって行く。
それに対して椿は、呆然とした表情を浮かべるも、
「・・・その前に君は死ぬけどね?」
すぐにまた、黒い影を纏わりつかせると、真昼の身体を切り裂こうと、左手を振りかざしてきたのだ。
「・・・っ真昼君!!」
「離れろ、
瑠璃が真昼に向かって手を伸ばしたのと同時に、初めて主人の名前をスリーピーアッシュが呼んだ。
―――――刹那、椿の目の前から、忽然と真昼たちは姿を消した。
「・・・あれ? 逃げられちゃったみたいだ。〝オールオブラブ〟が近くにいたのか・・・」
三人が消失した場所に舞い散るのは、独特の色合いを持った蝶の羽。
―――――彼の真祖が干渉してきた証だ。
椿はつまらなそうな表情で「・・・水を差されたなあ」と呟くと、
「まあいいか。宣戦布告はすんだしね」
そう言って、地面に落ちていた手品師のぬいぐるみを拾い上げる。
「逃がしていいのォ?」
拾われたぬいぐるみは椿に問いかける。
「楽しいことはとっておかなくちゃ。それよりお腹空かない?
今、一皿90円セールだしね、と、ぬいぐるみを左手で弾ませながら椿は言い添える。
「つばきゅん、お稲荷さんしか食べないじゃ~ん。もっといいネタ食べないと損だよォ?」
それに対して、ぬいぐるみはそう返事を返すと、その前にボクの姿戻してよォ~~~と懇願する。コンコンコンッと下駄を鳴らしながら、椿が歩き出すと、白の空間が解除されていく。
駅前通りが現れた時、ふと、椿は足を止めると、
「・・・僕の名前は〝椿〟だ。・・・・・・ねぇ〝先生〟」
目を伏せて、唯一人の人物の事を想って囁くように呟いた。
けれど、その後に、ふと思い出したのは〝ミストレス〟である、瑠璃のこと―――――スリーピーアッシュを助けるために、彼女は身を挺して庇うだけでなく、躊躇もなく素手で刀を握ってきた。
―――――どうして、あの兄の為に彼女はあそこまでの事が出来るのか。
―――――あの兄は、自分から〝大切なモノ〟を奪っていったというのに。
「あ―――・・・面白くない」
―――――彼女をあの兄から奪って〝自分のモノ〟に出来たなら、少しは面白くなるのだろうか。
浮かんできたそんな想いに、椿は自嘲するような笑みを浮かべると、コンッと下駄を鳴らしてその場から姿を消したのだ。
「・・・!!? 何!? どうなった!?」
一方、椿の空間から脱出した真昼たちが、放り出されたのは、ビルの路地裏だった。
一番下にうつ伏せのスリーピーアッシュ、その上には縦に折り重なった瑠璃と、その傍らにはひっくり返った状態で乗っかった真昼の姿が在った。
「椿は?! ここどこ?!」 と、まず、がばと身体を起こした真昼が混乱した様子で辺りを見回す。
「いて――――・・・死ぬほどめんどくせー・・・」
「・・・っごめんなさい!! スリーピーアッシュ」
スリーピーアッシュの呻き声に、真昼に続いて瑠璃もまた慌てて身体を起こす。
プルプルと身体を震わせながら「も―――――死ぬ・・・不死だけど・・・」と言うスリーピーアッシュの顔を瑠璃は心配そうな顔で覗き込む。
外傷は治癒したようだが、やはり身体的負担は大きいのかもしれない。
「ここ・・・駅の逆側!? 蝶が横切ったと思ったら急に・・・」
周囲を見回した真昼が言った言葉に、瑠璃は心中で察する。
〝色欲〟の真祖〝オールオブラブ〟―――――リリイが、助けてくれたのだと。
駅前通りの近くまで送って貰ったところで、別れはしたが、もしかしたらその後も様子を見られていたのかもしれない。
―――――あとで、お礼のメールを御園君とリリイに送らないと。
そう瑠璃が考えていると、スリーピーアッシュもまた、誰が助けてくれたのか察しが付いたらしい。
「たぶん・・・〝色欲〟の真祖〝オールオブラブ〟だ。さっき一瞬気配がした・・・。あいつ昔から幻術系得意だし・・・あの〝椿〟って奴の空間から引っ張り出してくれたんだろ・・・」
は―――――助かった―――と息を吐きながらそう言うと、その言葉に瞬時に反応した真昼が、「えっ仲間!? もしかして瑠璃姉が会ったっていう!? まだ近くにいるのか!?」と辺りを見回したのだが「いやー・・・いなそうだ・・・通りすがりだったんじゃねーの・・・」とスリーピーアッシュは首を振る。
そして「あいつこの辺に住んでんのかー」と、スリーピーアッシュは呟くと、
「お前、あのままだったら殺されてたぞ。・・・それに、瑠璃も・・・」
真昼に呆れたような言葉を向けた後、タオルで止血処置された瑠璃の右手の平を見つめて顔を顰める。
―――――・・・昨日、闘争本能に身を任せようとした自分を止めるために、腕に傷を作ったばかりだというのに、今度は素手で刀を掴むなんて。
白かったタオルは、真紅の色を滲ませている。
「吸血鬼のオレはともかくお前たちは・・・」
怪我を負っているせいで、瑠璃が持つ魅惑の血の香りがより濃密さを増して感じられる。
やるせない感情が込み上げてきて、スリーピーアッシュは言葉を詰まらせる。
―――――・・・・向き合えねー。
「スリーピーアッシュは、怪我は大丈夫なの?」
顔を伏せると、は―――――・・・と、溜息を吐いたスリーピーアッシュに、瑠璃は尋ねかける。
「そうだよっ、クロっお前、〝椿〟にすげーやられてたじゃん!?」
すると真昼も、ばっと覗き込むようにスリーピーアッシュに顔を近づける。
「あ・・・あーいてて・・・ジュース買ってくれたら治るかも・・・」
「・・・平気そうだな」
すると芝居がかった態度で、スリーピーアッシュは声を上げた為、真昼はそれを半眼で見遣ると「吸血鬼って丈夫だなあ・・・」と呟き、壁に背を預けるように座り込む。
「は―――――・・・なんかもしかして、いろいろ面倒なことになってんのか・・・?」
どっと襲ってきた疲れに真昼は顔を顰めながら呟く。
「は――――――――・・・やっかいなことになってきたな―――――・・・」
そして身体を起こしたスリーピーアッシュもまた、疲弊した様子でそう言うと、ぽふと人型から黒猫の姿に変わってしまう。
真昼の近くに腰を下ろした瑠璃は、怪我をしていない方の手で、そっと黒猫を膝の上に抱き上げる。
それから労るように身体を撫でると、にゃ――――――と気持ちよさそうに目を伏せた黒猫は、「そもそも契約なんてしたのが間違いだったんだ・・・オレは何もしたくねーのに・・・」と、言葉を漏らしたのだ。
それを聞いた真昼は、先程、椿と対峙した時の出来事を思い返す。
『僕が面白ければどうだっていいよ』
そう言った椿に、真昼の言葉は届かず、唯一、向き合う手立てとして、名前を付けて血を飲ませるという方法を実行しようとしたが、それすらも阻まれてしまい、歯が立たなかった。
「俺達だけじゃ全然・・・止められそうになかったな」
ぼそ・・・と真昼が洩らした言葉に、黒猫がピクリと耳を動かす。
「でもほっとくわけにはいかないし・・・まずは他のサーヴァンプに会ってみたいな」
椿は追いかけようもないし・・・。1人は近くにいるみたいだし。
そう言った真昼に対して黒猫は「めんどくせ―――――・・・いやだ・・・向き合えね―――――・・・」と、瑠璃の膝の上で頭を抱えながら、微かに身体を震わせつつ、訴え出す。
「いいかげん現実と向き合え!!」
お前中心の話なの!! と、真昼は黒猫を一喝する。
「あの変な弟どうにかしないとだろ!!」
また、ぼこられるぞっ、と言いながら、瑠璃の膝の上から黒猫の後ろ首を真昼は掴んで持ち上げる。
それから黒猫にだけ聞こえるくらいの囁くような声で、「それにあいつ瑠璃姉にもまた、ちょっかいかけてくるかもしれないだろ」と言うと。
「だから今、何か行動できるのは俺とお前。それから瑠璃姉の3人だろっ」
そう宣言した真昼の言葉に黒猫は、死ぬほどめんどくせ―――――・・・と唸ると、
「でも会うっつったって・・・オレ誰のメアドも知らねーし」
「メアド・・・瑠璃姉、今日会ったって云う、他の真祖の主人の連絡先とかって聞いてるのか?」
「・・・それは―――――」
真昼の問いかけに、瑠璃は答えようと口を開きかける。
その時、ひらっと何かが掛かれたメモが舞い落ちてきたのだ。
そのメモに書かれていたのは、連絡先であろうメールアドレス。
―――――瑠璃が御園と交換した連絡先と同じものだ。
「おい。こいつ絶対近くで話聞いてただろ・・・」
あえて、存在をアピールするために、寄越してきたのであろう。
メモを拾った真昼は、憮然として溜息を吐いたのだった。
<後書き>
第一章から約二ヶ月。ようやく第二章が完成しました! この章でリリイと夢主が接触するという話は、第一章を書き上げた時点で決めていたのですが、
御園君も交えてのやり取りが中々纏まらず。プランABCと、色々考えてシリアスからこの形に納まりました。
原作では御園君たちが接触するのは椿の後ですが・・・。リリイとの絡みが書けたので個人的には満足です(笑)
クロは、今回は前回とは違って、癒し系ニャンコの姿であることを活用して甘えてましたね。
椿も初回は狐さんの姿でアプローチに留まりましたが、今後また違う形で絡みが書けたら良いなと考えてます。
読んで下さって、拍手をポチリと下さった方々、またモバイルサイトではランキングに投票してくださった方々、有り難う御座います!!
もし良ければ、コメントも添えて頂けたら励みになります。
更新はゆったりですが、これからも宜しくお願い致します。
朱臣 繭子 拝
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
